2017年10月21日

3419話 やまない雨


 物事が思う通りいってるときは勢いがある。気勢がある。意気込みというのは、上手くいっているときほどある。悪いときの意気込みは、気持ちだけで、不安な雲が見え隠れし、落ち着きがない。落ち着かないので、空元気を出し、やる気を奮い起こすのだが、これは皮一枚の気勢で、全体的なものではない。存在そのものの押し出しが強いと気合いを入れなくても進んでいける。順風満帆というやつだ。
 これは上手くいっているときで、物事が思う通りに進んでいるとき。これがベストなのだが、そうはいかないことが多い。
「また躓きましたか」
「はい」
「上手くいっていたのじゃありませんか」
「少し欲を出しました」
「それはいいことでしょ」
「上手くいっていたので、これもできる、あれもできると、欲を出したため、全体が萎んでしまいました」
「ありがちなことです。それだけの話です」
「そうなんですが、上手く事が運んでいたのはどうしてでしょうねえ。欲がなかったからでしょうか」
「思う通りの思うが」
「え、思う」
「思う通りの思うが、少なめだったためでしょ。思いが少ない」
「ああ、なるほど」
「欲がないのではなく、少なかったのです。欲張らなかったためでしょ。だからそれほど敷居は高くない。そのため、思う通りになる」
「つまり、あまり期待していなかったとか」
「それもありますねえ。思う通りいくと思いたいという期待があるのかもしれません」
「じゃ、思う通りに行くコツは、欲をかかないことですね」
「そうです。かかないことです」
「それと」
「はい」
「上手くいきすぎたときは再現が難しい。今度同じことをするとき、同じようにいきませんからね。また、前回は上手くいったのに、今回は上手くいかないこともあるでしょ。それほど条件は違っていないのに」
「あります」
「前回上手くいったので、今回も上手くいくと期待するからです。そう思い通りにはならないわけです」
「なぜでしょう」
「前回上手くいった理由を考えてみるとよろしい」
「期待していませんでした。上手くいくとは」
「そうです。それです」
「期待してはいけないということですね」
「成功するものだと思うと、思う通りにはいきません。そんなことを思うからです」
「しかし、何か思うでしょ」
「思います」
「じゃ、何ともなりません」
「しかし、今回思う通りにいかなければ、それで均衡が取れます。次にやるときは、もう期待しないでしょ。思い通りにはいかないこともあると」
「それで期待しないでやれるわけですね」
「そうです」
「じゃ、思い通りにならないということを思いながらやります」
「単純な話です。ただの気持ちの問題でしょ」
「はい、しかし、思い通り事が進んでいない日々は楽しさがありません。長くこんな日々を過ごしていると、病気になりそうです」
「なりましたか」
「まだですが、元気がありません」
「ずっと元気だと危険でしょ」
「そうですねえ」
「まあ、上手くいかないときは諦めることです」
「そんな単純な」
「弄らない方がいいのです。やまない雨はありません」
「あ、はい」
 
   了

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2017年10月20日

3418話 夜風


「少し夜風に当たってくる」
「どうぞ」
 大下は煮詰まったので、外に出た。外気を吸いたかったからだ。秋も深まり少し肌寒いのだが、むっとしていた場所から出たため、快かった。
 外に出ると風がある。無風状態の夜もあるが、歩いていると風を受けるのか、風がなくても違う空気が流れてくるように感じられる。風には色はない。匂いや音を運ぶかもしれないが。
 風聞。それが会議で話題になっていた。ただの噂だ。事実でなくても、それが流れているだけでも問題になることがある。先ほどまでの会議は、その対応策のため。
 根も葉もない噂なので、本当のことではないということをどう伝えるべきかで話し合われたのだが、大下は相手にしなければいいと言い切った。弁解がましいことや、説明をすればするほど火のないところに火を付けることになる。
 ただの噂なのだ。デマのようなもので、相手にしない方がいい。後ろめたいものがなければ。
 しかし、上の方は何とかしたいらしい。下の方では分からないが、上の方では思い当たるところがあるのかもしれない。
 大下は下なので、事情は分からないが、なくもないとは思っている。噂ではなく、事実かも知れないと。
 だからこそ、相手にしないことが正しいと力説したのだが、それでは会議を開いた意味がなく、その会議はその対応のためなので、対応策が何もしないでいいではだめらしい。
 やはり後ろめたいことがあるのだろう。対応しないといけないような。
「やはり噂は本当だったのか」
 大下の後ろから同僚が声をかける。もう人通りが少なくなったビジネス街の歩道。このあたりには店はなく、夜はゴーストタウンのようになる。
「知らないよ」
「大下さんの勘ではどうなんです」
「こんなもの勘で判断できないでしょ」
「じゃ、直感」
「似たようなものさ」
「僕は噂通りだと思う」
「どうして」
「だって、あんな会議なんてしないもの」
 それは大下も同じ意見だ。
「慌てている様子が見えるよ」
「本当のことが噂になったからかい」
「そうそう」
「それはみんな分かっているのかもしれないなあ」
「そうだろ。薄々どころか、分かっているんだ」
「あんな会議をするからバレるんだよ」
「そうだね」
 二人の後をゾロゾロと会議のメンバーが付いてくる。全員夜風に当たりに出たのだろうか。
「大下君、全員大下君と同じ意見らしいぜ」
 つまり、会議をすると余計に本当のように思われるということだろうか。それとも別の意味か。
 夜風に当たる会議のメンバーがたむろしている。もう終電間近い。
 夜の静かなときほど人目に立つもので、それを見ていた関係者がいる。
 これがまた噂になり、風紋が拡がった。
 
   了

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2017年10月19日

3417話 調子の悪いとき


「一方は調子の良いとき、もう一方が悪いですねえ」
「ほう」
「一方が調子の悪いとき、もう片一方が調子が良いです」
「一方が勝てば、一方が負けるということですね」
「それもありますが、自分自身の調子でもそれがあります」
「ほう」
「仕事が上手くいっていないときは、趣味がいい感じで進んでいたりとかね」
「じゃ、趣味の調子が悪いときは、仕事の調子が良いと」
「さあ、それは分かりません。趣味も仕事も調子が悪いこともあります。まあ、仕事が上手くいっていないとき、遊んでいても楽しくないでしょ」
「そういう人もいますねえ」
「遊んでいても、その遊びの調子が今一つのことが多いです」
「じゃ、一方が良いとき一方が悪いというのは」
「どの一方かが分からなかったりします」
「え」
「その一方が、どの一方かが、分からないのです」
「でも調子を見れば分かるでしょ」
「そうですねえ。気付かないだけかもしれません。それほど楽しいことではないことでも、意外とすんなりといった場合、楽しい思いとまではいかないので、実感がないのでしょ。実はこのすんなりが、調子が良いということです。しかし、気付いていないことが多いです」
「つまり一方の調子が悪いとき、何処か違うところが調子が良いということですね」
「そうです」
「それだけのことですか」
「はい」
「何か思い当たることがあって、そう言っているのですね」
「そうです。ただの個人的な感想のようなものです」
「はい」
「調子が良いとき、別の箇所の調子が悪くなります。まるで埋め合わせ、帳尻を合わせるようにね」
「調子が良すぎて、やり過ぎて、体調を崩すとか、他のことが疎かになるとかですか」
「ですから、片一方なのか、複数の一方なのかは分かりません。また何処で出るのかも分かりません。当然調子が悪いとか良いとか以外に、悪い偶然とか良い偶然もあります。別に何もしていないのにね。偶然と見えていても、それは原因があることもありますから、一概には言えませんが」
「法則のようなものがあるのですか」
「そう思えばそう思えないこともないような法則です。その場で作ったような法則でしょうか。法則は見出すものです。そしてこういったソフトな法則には例外がいくらでもあります。当てはまらないことがね。まあ、単純な法則ならいいのですが、世の中単純なものの集まりでも、集まると違ってくるでしょ。複雑になりますので法則も複雑になります。複数の法則を掛け合わさないと見えてきませんが、法則は単純な方がよろしい」
「一方が良いとき一方が悪くなるなんて、単純な法則ですねえ」
「さあ、法則と言えるかどうかは分かりませんが、そういう傾向があるという程度のものでしょ」
「ただ」
「何ですか」
「調子の悪いとき、何処かで調子の良いものがあるというだけでも、慰めになるでしょ」
「はあ」
「その逆もありますがね。調子が良いときは、何処かで悪い芽が芽吹いているわけですから」
「じゃ、調子の悪いときには、その法則、使えますねえ」
「そうです。単純なことです。悪いことばかりじゃないよって程度のね」
「ありふれた結論ですねえ」
「ただの慰めなんでしょうねえ、きっと。しかし、本当に調子の悪いとき、別のことがもの凄く上手く行くときがあるのです。これ、利用できますよ」
「はい、利用して下さい」
「そうしています」
 
   了

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2017年10月18日

3416話 負けず嫌い


 古田は負けん気が強いので、負けるようなことはしない。負けるのが嫌いだが、勝つことが好きなわけではない。それに勝てることなどそれほどないだろう。あっても大したものではなく、勝っても意味が薄い。結果的には勝っても、負けたのと変わらないほどダメージを受けていたりする。
 負けると分かっていることはしないし、勝つか負けるかが分からない場合も、しない。
 そうすると、することがどんどん減っていくのだが、小さなことで勝ち、小さな喜びもある。これは誰でも勝てそうなもので、勝っても価値は少ないのだが。この繰り返しを古田はやっている。
 そして、いつも勝ち組に加わっているのだが、組は勝っても、古田は勝っていない。それほどの働きはしていないので、評価が低いのだ。しかし勝ち組の最下位の方が、負け組のトップよりもいい。
 勝つと思っていたことでも負けることがある。このときはそんな試合などなかったことにし、勝敗の外へ逃げる。
 あまり立ち振る舞いはよくないのだが、その手が古田には合っているようで、このやり方で生きてきた。その評価は低く、寄らば大樹の影的人間であり、大勢に巻かれる人間だったが、その大勢の側の力が弱まりだすと、これは負け出すため、さっと乗り換える。そこにはポリシーはない。負けるのが嫌なだけ。
 たった一点、生きる道標が絶対にぶれないものがあるとすれば、負けるのが嫌なこと。これだけはずっと変わらない。これはただの性癖だ。また負けず嫌いの美点は古田にはない。負けると分かっていても勝とうとする負けず嫌いではない。
 つまり負けず嫌いの質が違う。といっても古田は結構負けている。いつも負けているようなものだ。だから負けず嫌いになって当然だろう。負けるのが苦手なのだ。だから負けない方法だけを考えているのだが、それでも負ける。だから人一倍負けることに通じている。負けず嫌いのはずなのだが、負け好きのように、慣れ親しんだものになっている。
 負けないように上手く回避しているつもりなのだが、逃げ切れなかったりする。だからますます負けず嫌いになる。
 そのため、勝ちの一手より、負けの一手の方を多く知るようになる。
 当然古田は自分自身にも負けている。負けないようにすればするほど負けるのだが、その教訓にも負けず、負けず嫌いの方針を変えようとしない。
 ある日、古田は思った。負けず嫌いとは何だろうかと。結論は簡単に出た。ただの気分の問題で、負けると嫌な気になるので、負けず嫌いをやっているだけのことだと。
 ここで一歩踏み出して、勝つ事へと転じればいいのだが、勝って美酒を味わう気はない。負けなければそれで充分だったのだ。
 勝つよりも負けないこと。負けていなくても勝っているとは限らない。
 
   了
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3416話 負けず嫌い


 古田は負けん気が強いので、負けるようなことはしない。負けるのが嫌いだが、勝つことが好きなわけではない。それに勝てることなどそれほどないだろう。あっても大したものではなく、勝っても意味が薄い。結果的には勝っても、負けたのと変わらないほどダメージを受けていたりする。
 負けると分かっていることはしないし、勝つか負けるかが分からない場合も、しない。
 そうすると、することがどんどん減っていくのだが、小さなことで勝ち、小さな喜びもある。これは誰でも勝てそうなもので、勝っても価値は少ないのだが。この繰り返しを古田はやっている。
 そして、いつも勝ち組に加わっているのだが、組は勝っても、古田は勝っていない。それほどの働きはしていないので、評価が低いのだ。しかし勝ち組の最下位の方が、負け組のトップよりもいい。
 勝つと思っていたことでも負けることがある。このときはそんな試合などなかったことにし、勝敗の外へ逃げる。
 あまり立ち振る舞いはよくないのだが、その手が古田には合っているようで、このやり方で生きてきた。その評価は低く、寄らば大樹の影的人間であり、大勢に巻かれる人間だったが、その大勢の側の力が弱まりだすと、これは負け出すため、さっと乗り換える。そこにはポリシーはない。負けるのが嫌なだけ。
 たった一点、生きる道標が絶対にぶれないものがあるとすれば、負けるのが嫌なこと。これだけはずっと変わらない。これはただの性癖だ。また負けず嫌いの美点は古田にはない。負けると分かっていても勝とうとする負けず嫌いではない。
 つまり負けず嫌いの質が違う。といっても古田は結構負けている。いつも負けているようなものだ。だから負けず嫌いになって当然だろう。負けるのが苦手なのだ。だから負けない方法だけを考えているのだが、それでも負ける。だから人一倍負けることに通じている。負けず嫌いのはずなのだが、負け好きのように、慣れ親しんだものになっている。
 負けないように上手く回避しているつもりなのだが、逃げ切れなかったりする。だからますます負けず嫌いになる。
 そのため、勝ちの一手より、負けの一手の方を多く知るようになる。
 当然古田は自分自身にも負けている。負けないようにすればするほど負けるのだが、その教訓にも負けず、負けず嫌いの方針を変えようとしない。
 ある日、古田は思った。負けず嫌いとは何だろうかと。結論は簡単に出た。ただの気分の問題で、負けると嫌な気になるので、負けず嫌いをやっているだけのことだと。
 ここで一歩踏み出して、勝つ事へと転じればいいのだが、勝って美酒を味わう気はない。負けなければそれで充分だったのだ。
 勝つよりも負けないこと。負けていなくても勝っているとは限らない。
 
   了

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2017年10月17日

3415話 曲者達


「最近如何お過ごしですか」
 さる業界で活躍した人で、やり手と言われていたが、今は引退し、静かに暮らしている。
「手詰まりですかな」
「はあ?」
「打つ手がないので、相談に来られたのでしょ」
「はい、実はそうです」
「そんなことでもない限り、訪ね来る人などおりませんからな。何せ嫌われ者だったのでね」
「いえいえ」
「自分には力は何もないのに虎の威を借りまくりましたよ。返さないといけないのですがね」
「いえいえ」
「小さくても背景を見なさい」
「あ、はい」
「相手は小さい。そうではありませんか」
「ご存じでしたか」
「風の噂で聞きました」
「その小さな相手を攻略しようと思うのですが」
「だから背景を見ましたか」
「え、何の背景ですか」
「その小さな相手の後ろに大きな相手が控えています」
「そうですか」
「それは私の勘です。だから誰もその小さな相手に手を出さないでしょ。大きな相手と戦うことになるからです」
「その裏付けはありません」
「じゃ、おやりなさい」
「しかし、少し心配で」
「その小さな相手の中に、村岡という男がいるはず。それが曲者です」
「村岡氏をご存じで」
「彼が大きな相手と関係しているはず。そしてこの村岡、元はその大きな相手の人間なのですよ。大きな裏付けでしょ」
「しかし、その関係はまったく見えません」
「一度引っかけてみればいいのです。どう出るか」
「やりました」
「どうでした」
「大きな相手は出て来ませんでした」
「助けに来るはずなのですがね」
「来ませんでした」
「じゃ、村岡は何をしておったのだ」
「分かりません」
「じゃ、安心して、攻めればよろしい。何も私に聞きに来なくても」
「一寸引っかけただけで、本気だとは思っていなかったのかもしれません」
「その可能性はありますなあ。村岡はやり手だ。その手には乗ってこなかったのでしょ」
「じゃ、本気で攻めると村岡氏も動き、大きな相手が乗り出すと」
「おそらく」
「あの村岡は曲者、私よりも老獪です。彼がいるから誰も手を出さないのですよ。私も現役時代何度も煮え湯を飲まされました」
「村岡氏と渡り合えるのは先生だけと思いまして」
「私は既に引退の身。もう何も影響力はありませんよ」
「では、せめて、よきアドバイスを」
「素直に、スーと攻めればよろしい」
「でも村岡氏が」
「私もよく使った手です」
「えっ」
「背景、後ろに怖いものが控えているぞ、って、いう手だよ」
「分かりました」
「ただ」
「何ですか」
「こちらも大きな後ろ盾がいるぞと、思わせれば、何もしなくても勝ちますよ」
「しかし、それで失敗し、引退されたのでしょ」
「ああ、そうだったね。言わなければよかった」
「分かりました。力はこちらの方が大きいです。攻め落とすのは簡単です」
「簡単すぎて怖いわけでしょ」
「はい」
「妙なことを想像しないで、さっとやってしまうことですなあ」
「そうですね」
「まだ、村岡氏が怖いですか」
「いえ」
「その分じゃ、まだ手を出す決心が完全についていない様子だね」
「はい、仰るとおり」
「私が村岡と通じていると思っているのでしょ」
「いえ、そんなことは」
「それで私にカマをかけにきた」
「そんなことはありません」
「私に相談するということは有り得ないのですよ。一番信用のおけぬ存在ですからね。村岡のことを探りに来たのでしょ」
「いえ」
「私なら村岡を押さえ込むことができます」
「本当ですか」
「私はもう引退した身、それなりのものを頂ければね」
「既に用意して参りました」
「最初から、そう言えばいいのに」
「あ、はい」
 
   了

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2017年10月16日

3414話 鞘の武士


 村の山道から少し登ったところに妙見堂がある。妙見菩薩、それは北斗七星の神様のようなものだが、この時代、神も仏も似たようなものだった。
 その妙見堂は小さく、四角い箱のような家。これを建てたお寺は宗派替えをし、そのため妙見さんは祭られていない。そこに曰くありげな武士が棲み着いている。空いているのだからということで住職が貸したのだが、借り賃はいらない。どうせそのまま朽ち果てる運命にあるお堂のためだ。
 住職は知り合いだったため、そんなことができたのだろう。
 村人はその武士に興味をもった。見知った人しかいない村なので、異物が入り込んだので、当然だろう。しかし、もう若くはないが温和な顔立ちで、悪い人でなさそうだった。
 そして住職から聞きだしたのか、その武士の噂は広まる。噂はあくまでも噂で、尾びれが付いてしまった。武芸の達人。もの凄く強い武芸者だと。そして今まで倒してきた相手を弔うため、妙見堂に籠もっていると。
 それらは事実ではない。別の人の話で、この武士は達人ではない。よくあるような事情で、身を隠しているのだ。だから、籠もっている。
 しかし村人達は好意を持った。強い人だからではなく、温和で優しげな人で、そして気さくな人柄のためだろう。字を習いに来る子供もいた。
 だから、村に棲み着いた居候のようなもので、住職が世話はしなくても村人がしていた。
 これにも実は魂胆がある。居候であると同時に用心棒にもなるためだ。
 そしてその時が来た。無頼漢が大勢村に押し寄せ、乱暴を働いた。山賊ではなく、無頼の徒がたまに村や町を荒らしに来る。その名目は尊皇攘夷のための資金を出せということだが、これは強盗だ。
 村の造り酒屋に彼らが来ているのをいち早く妙見堂に伝えた。
 相手は五人。村人総掛かりで問題なく退治できるのだが、怪我をしたくない。
 村の武士は太刀を手に酒屋へ駆けつけた。そこそこ上背があり、肩幅も広いため、見てくれは強そうに見える。
 武士は無頼漢に、そんなことはやめるように説得した。相手は五人。いくら強い武芸者でも、五人で一気に斬りつけられればひとたまりもないだろう。当然説得に応じない。最初から分かっているようなものだ。
 酒屋の旦那は金を出すことを無頼漢に伝えた。怪我人を出すよりましだし、店先を血で汚したくなかったのだろう。
 これで、居候であり、用心棒の見せ場がなくなってしまった。
 しかし、一番ほっとしたのは村の武士だろう。下手に戦えば負けるに決まっていたのだから。
 だが、無頼漢たちはその金額では納得しなかった。もっと出せるはずだと。
 これで風向きが変わった。
 無頼漢は酒屋に刃先を突き出し、脅し始めた。
 村人は目で武士に催促した。ここです。ここです。あなたの出番です。さあ、という目だ。
 武士は、うん、分かっている。当然だ。うんうんと目で答えた。しかし、なぜか目をしょぼつかせたように弱気な目。
 武士は腰から太刀を鞘ごと抜き、地面すれすれに足元で構えた。当然片膝をつき。
 無頼漢はそれを見たとき、囁き合った。そして、嘘のように逃げ出した。
 村の武士は片膝から両膝付きになり、そのままべたりと座り込んだ。緊張が解けたためだ。上手くいったようだ。
 無頼漢の中に、その構えを知っている者がいたのだ。これは達人しか使わない居合いの構えなのだ。立ち足の構えという。片膝を突いているので立ってはいないが、相手が足だけで立つことになる。つまり膝から上はもうなくなっているためだ。
 当然この武士、そんな居合い斬りなどできないし、第一その太刀を抜いても、竹光どころか何も入っていないのだ。重いので、刃を抜いていた。
 刀を抜くのではなく、もう既に刃を抜いていたのだ。
 
   了
 
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2017年10月15日

3413話 赤神様がいる村


 ターミナル近くのファスト系喫茶店。密かな場所ではないが、その三階が喫煙室になっており、木島はそこである調査員と会った。できるだけ知っている人と顔を合わせない場所ということで。二人とも煙草は吸わないが、この三階は下の階より狭い。そして小さな窓があるだけで、下の通りからは見えない。密談にはもってこいの場所だが、何かの取引とか交渉事ではない。電話で木島村と言われたとき、木島はどんな話なのか、察しは付いた。
 調査員は一枚の古い写真を取り出した。木島はそれを見たとき、用件が分かった。
 その写真は荒れ地に無数の鳥居が立っている風景で、その数が多すぎる。お稲荷さんのように鳥居が重なるように立っているのはよく見かけるが、朱塗りではなく、適当な木材だ。中には崩れたり、取れたりしているものもある。荒れ地は谷のようで、一方の斜面が緩やかなためか、そちらに多い。しかし荒れ地全体に鳥居が乱立しており、参道とはまた違う。
「ご存じですね。木島村です」
「はい」
 調査員は何かの下調べで来ているようで、廃村となった木島村ゆかりの人々を訪ねているようだ。
 木島村にはまだ木島家の土地がある。建物はほぼ崩壊したが、まだその残骸が残っている。草で覆われ、もう自然に戻っているが。
 早い時期に廃村になったのだが、村人はいないものの、土地は残っている。
「赤神様についてご存じでしょうねえ」
「その件ですか」
「この鳥居群は赤神様のためのものでしょ。押さえのような」
「よく調べられましたねえ」
「村から出た人達から聞きました」
「よく喋ってくれましたねえ」
「もうボケておられたのでしょ。赤神様は禁句らしいのですが、スラスラと語ってくれましたよ」
「よした方がいいです」
「どうしてですか」
「廃村になった原因だからです。聞きませんでしたか」
「はい、赤神様とは何かまでは知らないようでした」
「私も同じですよ」
「他の方々もそうでしょう。だからこそ調査が必要かと思い……」
「やめた方がいいですよ。私達はそれで逃げてきたのです」
「一体何を祭っていたのですか。赤神様としか分からないのです。何か聞いていませんか」
「赤い神様です」
「もう少し詳しく」
「ですから、誰も本当のことは知らないのです」
「じゃ、なぜ、あんなに多くの鳥居が」
「あれが立ったのはもの凄く古いようです。赤神様の祟りで、何かあったのでしょうねえ。鳥居の原に石饅頭がゴロゴロしています。写真ではそこまで写ってないでしょ」
「それは参考になります」
「犠牲者でしょ」
「それで村が全滅状態に」
「それなら、私も産まれていないでしょ。外から来た人達のものです。昔は行き倒れや野垂れ死にの人をそうやって弔ったようです。しかし数が多すぎるでしょ。あんな僻地の村に、これだけの人が来ていたのですからね」
「赤神様とどういう関係が」
「だから、やめた方がいいと言っているのです」
「それを調べに」
「だから、昔も、そうやって赤神様を見に来た人達がいたのでしょ」
「つまりこうですね」
「こう?」
「ああ、こういうことですね。つまり、赤神様の正体を暴きに行けば、祟りを受けると」
「そうです」
「村人は無事なのですか」
「中まで入った村の人は果てています」
「中とは」
「この斜面の端に穴があるんです。鳥居の向こう側です。原っぱの端です。そこまで行かないと穴は見えません」
「穴」
「赤穴と呼んでいます」
「あなたは見られましたか」
「遠くから一度だけ」
「良い事を聞きました」
「それで、何をされるわけですか。ただの調査ですか」
「そうです。村の風習を研究しているのです」
「その後、何をされるのかは知りませんが、調査も無理です」
「他に何かありませんか」
「私達が村から全員出たのは、私がまだ子供の頃でしたが、その頃、村興しで村の行事を増やそうとしていたのです。まだ元気があったのでしょうねえ。それで誰かが赤神様のことを言い出したのです。言い伝えを破ったわけです。あの多くの鳥居の意味を無視してね」
「ではそのとき」
「はい、赤穴へ行く前に、もう行けなくなりましたよ。赤神様に聞かれたのでしょうねえ。その後……」
「その後どうなりました」
「まだ物心がつくかつかないかの頃なので、よく覚えていませんが、引っ越しの準備をしていました。何があったのか知りません。村人全員が逃げ出しました」
「その話、聞きました」
「ボケてうっかり話した人でしょ。しかし、その人も何があったのかまでは知らないはず。私も親に聞きましたが、教えてくれませんでした」
「じゃ、どんな祟りがあったのかどうかも分からないと」
「何かあったのでしょ。逃げ遅れたのか、逃げられなくなっていたのかは分かりませんが、村にそのまま残った人が何人かいます。そのまま行方不明です。その人達なら、何が起こったかを知っているはずですが」
「はあ」
「それでも調査に行きますか」
「時代が違います。それに装備も」
「そうですか」
「今日はもの凄く参考になるお話し、どうも有り難うございます。きっと口を閉ざされるのではと心配していました。これは謝礼です。お受け取り下さい」
「そうですか」
「これで、調査は本決まりになるでしょ」
 喫茶店の階段を降りるとき、その調査員の背中を見た木島は、悪いことを話してしまったと後悔した」
「後日、またお伺いに窺いますが、そのときもよろしく」
「はい」
 しかし、その調査員、二度と来ることはなかった。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:50| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月14日

3412話 妖怪博士妖怪を見る


 古びた家で暮らしている妖怪博士は、ある日ふと壁を見たとき、そこにヤモリがいるのを見た。そのヤモリはよく見るヤモリで、散歩コースでもあるのか、その時間になると出るようだ。ほとんど動かないが、次に見たときは位置が変わっており、その次見たときはもう消えている。
 その日もふと見たのだが、これはいつも座っている場所から前を見れば本棚の横の壁が目に入るため、見るともなしに見てしまう。ただ本の背表紙を見ていることが多いが。
 その日のふとも、前回と同じで、やはりヤモリがいる。これは毎度のことなので、気にならないので驚きはしないが、生き物がそこにいることに変わりない。それに蚊や小さな虫に比べ、ヤモリはそこそこボリュームがある。それに蛇やトカゲに近いので、気持ちのいいものではない。
 そして、時間をおいて、ふとまた見ると、いる。
 その翌日もまだいる。余程そこが気に入ったのか、へばりついたまま。
 気になったので、再び見ると、今度は二匹に増えている。これは喧嘩でもするのかと思い、じっと見ていたのだが、微動だにしない。
 妖怪博士は遠くはよく見えるが、二メートルほど離れたものは苦手で、それ以上近いと老眼鏡で見る。要するにしっかりと見える距離ではない。もし見えていても、細部までは無理だろう。
 さて、それで済めばそれだけの話だが、この二匹、翌日もいる。これは居すぎだろう。
 この壁の手前は本が積まれていたり、色々とものが置かれているので、近付きにくい。そこで望遠レンズ付きのデジカメで覗いてみる。
 確かにヤモリだが、後で出てきたヤモリは蜘蛛の巣などが固まってできたものだった。すると、最初のヤモリが動かないのは、そこで張り付いたまま果てたのだろうか。
 薄暗い場所なので、望遠で覗いても、しっかり見えないので、今度は足場を確保しながら、その壁の前まで寄り、老眼鏡で見た。
 最初にいたヤモリも蜘蛛の巣や埃やゴミが固まってできたもので、綿埃などがボリューム感を生んでいただけ。ヤモリの頭と思っていたものはそうでなかった。
 幽霊だと思っていたらただの枯れ尾花。これだろう。化けるとは、化けたように見えることで、これは見る側の問題だったのだ。そのものは化かそうとして化けているわけではない。
 しかし、ヤモリが蜘蛛の巣やゴミなどが集まったものだと分かる手前に見たものは、ヤモリに似ているが、妙なヤモリで、こんなヤモリがいるのかと思うような代物だった。その妙なヤモリが妖怪のようなものだ。最初からそういうものとして存在しているわけではない。形が妙なのは本物ではないためだろう。
 何かが化けるよりも、化かされる方が多い。見る側の錯覚だ。原因は本人にある。妖怪博士はそれをヤモリだと思ったが、それはいつもそこにヤモリが出るためだ。
 これは妖怪の発生を知る手がかりになりそうだ。そうすると人により、妖怪に見えたり、見えなかったりする。
 妖怪化しているのは見る側の事情だろう。そして何かが化けたバケモノではなく、蜘蛛の巣の固まりは蜘蛛の巣以上のものではない。そんな形になったのは、外からの風も影響している。庭に面した場所にあるためだ。だからヤモリも外から遊びに来たりしていたのだろう。
 妖怪博士は最初ヤモリだと思い、疑わなかった。次に望遠のカメラで覗いたとき、妙な形をしたヤモリとして見た。この妙な形に見えた一瞬、ヤモリではないのかもしれないと気付き、近付いて見たのだ。だから妙な形としてとどまっているとき、それは妖怪の状態だったのかもしれない。ヤモリそっくりなら、確認しなかっただろう。
 ヤモリに化け損なったようなものだ。化けきっておれば、ヤモリのまま。
 見る側が妖怪を造り、そのものは化ける気など最初からない。偶然が作りだしたものだ。
 妖怪博士はその体験、大いに参考になったが、特に目新しい発見ではなかったのか、いい話には化けなかった。
 
   了

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2017年10月13日

3411話 心を込める


 志村は目覚めたとき、今日はいいことがあるのか、それとも悪いことが待っている日なのかを先ず考える。これは思い出さないとすぐには出てこない。目が開いただけの状態なので、真っ先に頭に来るのは「もう朝か」とか「ああ、目が覚めた」とか「よく眠ったなあ」程度のためだろう。
 しかし、気になることはすぐに出て来る。今日は何をする日だとかのスケジュール的なものだ。これはスケジュール帳を見なくても覚えている。たまに忘れているのもあるが。
 たとえばゴミ出しの日を忘れていたりする。それほど重要なことではないためだ。ゴミはものにより、出す日が違うし、特別な週があり、そのときにしか出せないものもある。それが第二木曜とかだと、こんなものは忘れてしまう。その日が木曜だとは分かっていても、それが第二木曜か第三木曜なのかまでは分からない。まだ月初めの木曜だと思っていると、月の最初の日が木曜だと、第二木曜はすぐに来てしまう。
 志村は目覚めたとき、すぐに思い出すのはゴミの日ではない。それほど暇ではない。
 嫌なことをしないといけない日は布団から出たくない。といって楽しいことがある日ならさっと起きるわけではない。楽しいことがその日あるとしても、本当に楽しめるかどうかの保証はないし、楽しむのもそれなりに疲れる。そのため、嫌なことも楽しいことも思い当たらない日の方がいいようだ。
 当然予定外の嫌なこと、楽しいことも起こる。実はそちらの方が急に来る。ただ、予測できないため、考えなくてもいい。
 それで、今朝はどうかというと、すんなりと起きた。何も考えないで、何も思わないで、ただ単に起きた。心に何もないのだ。
 スケジュールを思い出すと、結構面倒な用事が多くある。本来なら嫌な日なのだが、嫌がっていない。「これは何か」と志村は逆に心配になった。何かの覚悟でも決めたのか、開き直ったのか、それは分からない。
 しかし、よく考えると、これは心を閉ざしているのだ。非常に静かな状態なのだが、これは心のボリュームを下げているのだろう。心が波立たないように。それは嫌なことを多くしないといけない日なので、起きたときからそのモードに自動的に入ったのかもしれない。
 その日は面倒な用事で多数の人達と会った。志村はできるだけ心というものを使わず、それを抑え込み、無機的に振る舞った。
 しかし、結果は出たようだ。悪い結果ではない。
 相手側は感動したらしい。志村の態度に。
 そして「非常に心のこもった対応に感動しました」とメールが来ていた。
 これは皮肉のメールではない。しかし、志村にとり、皮肉な話だ。心を込めて対応しなかった方がよかったことになる。
 今まで心を込めすぎ、過剰な演技をしていたため、それが嘘臭かったのだろう。
 
   了

 
posted by 川崎ゆきお at 10:33| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする