2019年02月17日

3901話 一般外の世界


 いつもと違う仕事が間に入ったので、下村は休憩時間が遅くなった。時間が来ればやめればいいのだが、気になった仕事で、ついつい熱中した。仕事に熱心なのではなく、気になっため。
 それはもう仕事から離れた別の箇所を刺激したのだろう。ただの好奇心かもしれない。休憩が遅くなるのも気にしないで続けていた。
 どうせ休憩時間といっても、ぼんやりしているだけで、これが一番休憩になるのだが、その時間、プライベートなことで使いたい。銀行に行くとか、買い物に行くとか。
 しかし休憩時間は何もしたくない。そうでないと休憩にならない。
 途中で差し込まれたその仕事。これは仕事と言えるかどうか、分からない。一寸した調査の依頼。すぐに終わるようなことではなさそうで、現場を踏む必要がある。そうでないと調査にはならないが、これは受けるかどうかを上司に相談する必要がある。
 ただ、受けるかどうかの最初の窓口は下村で、ここで蹴ってもいい。自分がやりたくない案件なら蹴っている。どうせ自分がしないといけないのだから。
 休憩から戻った下村は、上司に報告した。上司がどんな反応を示すのかが楽しみでもある。
「これは今日来たのかね」
「そうです」
 調査依頼はメールでの問い合わで、受けてくれるかどうか。
「何かの手違いでは」
「僕もそう思います」
「君はどう思うかね」
「だから、手違いだと」
「その内容だよ。そんなことがあるのかねえ」
「さあ、だから調べてみなければ分からないと」
「調べなくても、そんなことは起こらないと思うけど、まあ、うちはその専門じゃないから何とも言えないがね」
「はい」
「だから手違いだ。相談相手を間違えたんだろ」
「でもうちは調査一般となっていますから」
「これは一般には当てはまらないよ」
「そうです」
「受けるとしても、やるのは君だよ」
「はい」
「どうする」
「一応ネットでざっくりと調べてみました」
「何か分かったかね」
「そんな情報はありません」
「そうだろ。一般の話じゃないのだから」
「検索の仕方が悪かったのかもしれませんが、場所は確認できました」
「それはメールにも書かれているじゃないか」
「依頼に関する情報が、そこにあるかどうかを、もう少し詳しく調べていたのですが、ありません」
「まあ、君に任せるよ」
「じゃ、やってもいいと」
「ああ、好きなようにしなさい。たまには息抜きが必要だろ。休憩だよ。これは」
「有り難うございます」
「調査だけなので、適当でよろしい。解決する必要はない。うちは調べるだけだからね」
「はい」
 下村はにんまりとした。
 その依頼とは幽霊が出る家があり、それが事実かどうかを調べて欲しいというもの。
 その地方都市へ下村は遊びに行くようなもの。上司は下村がよく働くので、慰安旅行のつもりでゴーサインを出したのだろう。
 ただ、戻ってきた下村は、以前とは少し違っていた。
 
   了


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2019年02月16日

3900話 野草の思想


「さて何処へ行こうか」
 箕田は思案した。別に行かなくてもいいことだが、何処かへ行かなければ、立ち止まることになる。それを避けたいだけで、何処かへ行こうとする。ただの移動でいい。箕田は蓑虫のような人間だが、冬眠しているわけではない。虫といえども動物。しかも箕田は立派なホモサピエンス。
 本能は動物ほど立派ではないので、何らかの意志で、考えで、動かないといけない。困った動物だ。しかし、動くことが動物の仕事。止まると、静物になるわけではないが。
「当たり障りのないところ」
 これが意外と難しい。何か行動すると、それなりの成果もあるがリスクもある。特に得ようとするものがないのにウロウロしている状態は逆にリスクだけを背負う。だから、まあまあの行動がいい。それが当たり障りのないところ。何とか動いているだけ、活動しているだけでいい。中身は問わない。
 箕田は自分自身を操縦しているのだが、これが自動運転になれば楽だと思うが、逆にもの凄くリアルなものを突きつけられそう。もしAIなら用もないのにウロウロするな、ということで、動かしてくれないだろう。
「常識的な動き、普通の動き」
 箕田はこれに頼るしかない。非常に一般的なことをすれば当たり障りはないと踏んでいるが、ミスマッチもある。
 箕田は既に行く場所を失っている。つまり目的はもう以前とは違っている。だから何も考えないで、一直線で進めた頃とは違う。行き場がないのだ。
 しかし、一気に墓場まで行くにはまだ早い。その間の埋め草がいる。つまりもう埋め草人生になっている。それにまだ箕田は気付いていない。ただ、行く場所がなかなか見当たらないというあたりで、それが出ているのだが。
 埋め草転じて花と咲く。しかしどんな草でもそれなりの花をつけるだろう。ただその花に華がないが。
 それで思い付いたのか、もの凄く地味な野草の花見に走った。我が身を映すのかもしれない。以前なら、そんなものは見えなかった。
 それで、外に出たのだが、近所に野っ原などない。住宅地のためだ。しかし更地に雑草が生えており、その中に踏み込むが、寒いのか、花の色がない。葉の色ばかり。あれば目立つだろう。
 それで別の空き地を見に行くが、住宅地なので、鉢植えなどがあり、そこには花が咲いているが、そういう華のある花ではなく、もっと野育ちの野生の野草がいい。
 赤い花をよく見かけるが、ほとんどが椿や山茶花。これは木だ。柔らかそうな草がいい。
「これが私の行き場所なのか」
 と、やっと気付いたようだ。植物博士になるわけではないので、そんなものを観察しても、将来が拓けるわけではない。それにすぐに飽きることは目に見えている。なぜなら地味な行為のため。当たり障りはないが、成果がない。
 野草の花を見るために生きてきたわけではない。こういうのは趣味の話で、ほんの気晴らしとか、暇潰し程度のジャンルだろう。
 箕田が更地の野っ原で花を探しているとき、窟が見えた。下ばかり見ていたので、人が来ていたのが分からなかった。
「いいですねえ。場所がいい。風水もいい」
「ここを買われるのですか」
「いや、色々見て歩いているのですよ」
 こりゃ規模が違うと、箕田は犬が糞だけして野っ原から走り去るように更地を後にした。
 
   了

 

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2019年02月15日

3899話 スローな悩み


 日々気ぜわしく過ごしているように思え、高峯は少しゆったりとした暮らしぶりを考えた。そんなことを考えるゆとりがあるのだから、既にゆったりとした暮らしぶりをしているのだろう。
 しかし、このゆったりが意外と慌ただしい。ゆったりと過ごすネタを入れすぎたのか、時間がいくらあっても足りない。毎日押し気味で、のんびりと暮らすゆとりがない。
 一つのことだけゆったりとやればそれでいいのだが、ゆったりも飽きる。そのため、ゆったりの間に休憩のゆったりを入れることになる。これが増えすぎた。ゆったりというのはおまけ。そのおまけのおまけが増え、さらにそのおまけまでくっつけたので、それらを消化するだけでも忙しい。
 食べ物と同じで、それ以上食べられないことがある。腹が一杯で無理をして食べると逆に苦しいように。
 高峯はそれを反省するが、改善されたとしてもただ単にゆったり過ごせるようになるだけで、大したことではない。
 しかし、反省の甲斐あってか、一つのことを思い付いた。何もしないでぼんやりしておれば、それが最高のゆったりではないかと。だが、これは考えた先から崩れ出す。何故なら、ずっとぼんやり何もしないでいることは座禅のようなものではないか。すぐに何かしたくなる。有為なことでなくても姿勢程度は動かしたいだろう。また動きたい。これは運動ではない。
 高峯はもう年で、特に何もしなくてもいいのだが、若い頃のことを思い出した。そこにヒントがあった。それは忙しさの中の静けさ。まるで台風の目の中に入ったように、忙しいのだが、ゆったりしているという心境を得たことがある。これは忙しさに麻痺して、心が飛んでしまったか、または集中しすぎて、我を忘れ、忙しいとかゆったりとかの思いが頭の中から消えたのかもしれない。
 そうなるとできるだけ忙しく気忙しいことをやり過ぎた方がその境地に入れるような気がしたが、これもまたすぐに崩れた。
 何故なら、ああ今ゆっくりしているという感覚も、そのときは意識にないため、味わえない。
 それで次に考えたのは、身体をゆっくりと動かすこと。まずは体から。これを体勢という。体がゆっくり目なら気持ちもそれにつられてゆっくり動く。身体の中には当然目玉も入る。気忙しげな目付きでキョロキョロしない。目を動かすときも、ゆっくり動かす。
 そのゆっくりさで収まる程度のことを一日すればいい。要するにネタを減らすこと。やることを減らすこと。
 だが、これもまた辛抱できなくなるはず。能か狂言のように無理とに身体をゆっくり動かすなど、できそうにない。意識しているときはいいが長く続かないだろう。
 ゆっくり、ゆったりと憩える聖域として睡眠がある。ここは寝てしまっているので、意識的に何かをするということは消える。これは作らなくても勝手に眠くなるので、誰でも持っているものだ。
 それはいいのだが、問題は起きてから寝るまでの間。高峯はここに昼寝を一本入れているので、寝ることのゆったり度の高さは既に知っていることになる。これはもう使っている。
 一日ゆっくりと過ごすというのは、それまでの間、有為なことで忙しく、やっとゆっくりできる日ができたときの話だろう。
 高峯に欠けているのはこの有為なことを普段ずっとしているということ。ここから起こすのは難しい。既に一日中ゆっくり過ごせるのだから。
 だが、ゆっくり過ごせるはずなのに忙しく、決してゆっくりではない。そのため、それも含めて、そういうこと自体が呑気な悩みなのかもしれない。
 ゆっくりに疲れたとき、流石にゆっくりしたくなる。これは休憩に疲れて休憩するとか、寝過ぎて逆に疲れたので、また寝るというような話に近い。
 
   了
 

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2019年02月14日

3898話 最後の切り札


「切り札、隠し球。これは切ればもう切り札ではなくなり、隠し球も見せてしまえばそれまでよ」
「はいそれまでよですね」
「だから切り札は切れず、隠し球は隠し通さんといけん」
「じゃ、一生使えない」
「いや、ここ一番で使う」
「その、ここが問題ですねえ。まだそのときじゃなかったり。それに一生じゃ、若い頃に使うと保険が切れたようになりますしね」
「また作ればいい」
「それは作るものですか。それとも勝手に身につくものですか。それとも最初からあるものですか」
「まあ、その分野は、シーンにもよるが、そんなもの、使わなくてもやっていける方がいい」
「あるシーンというのは大事ですねえ。これは身に付けたものではなく、一つのことを隠すことで、手の内を隠すことになりますから、情報を与えないので、都合がいいかもしれません」
「まあ、切り札や隠し球はそういうときに当てはまるのだろうねえ」
「はい」
「それよりも、まだ切り札の使い方がある。これはやっておる人も結構いる。ソースのようなものかな」
「醤油ではなくソース」
「情報もそうじゃが、教養のようなものもな」
「教養」
「これは身に付けたものだが、それをずっと隠し続けておる。あることを学び続けておるのじゃが、口外しない」
「虎の巻を暗記しているとか」
「何かについての技術書ではなく、もっと全体的なこと」
「素養のようなものですか」
「そうじゃ。そういうのが切り札、隠し球になることもある。これは隠しておるのではなく、黙っておるだけ。だから切り札なのじゃが、どの札か分からん。何かに対しての切り札ではないからじゃ」
「たとえば」
「西洋哲学者なのに、隠れて東洋哲学を学んでおったりしてな。本当は専門家並みの知識があったりとかな。ボクサーでサウスポー。左利きじゃが、実は右のパンチの方が強かったりして」
「たとえが哲学ではあまり役に立ちませんが、そんな勝負の場じゃないでしょ」
「これは何かの専門家裸足のものを持っておるのに、それを一切出さない、見せないとかじゃ」
「でも、そういう知識なりを身に付けておく必要がありますねえ。ローマと同じで」
「そう、一日でならず」
「三日以上」
「もっとじゃ」
「失礼しました」
「または博打打ちが使う手で、切り札があると見せかける術もある」
「世間にはいますねえ。歩けないほどの高下駄を履いた人」
「これは高転びする以前の問題で、高くまで上がれんだろ。まあ、普通に勝負して、普通に負けるのなら、負けた方がいい」
「しかし、誰にも知られずにものすごいものを会得して、それをじっと隠しているのもいいですねえ。それを使わない場合、負けますが。これは余裕ですねえ」
「それは最初に言った。切り札を使うと、もう二度と使えない」
「じゃ、ぞれを温存させたままやるのですね」
「そして一生使わないまま終わってもいい」
「有り難うございました。凄い極意を教えていただきました」
「愚か者め、そんなこと誰でもやっておるわい」
「ああそうでしたか」
 
   了



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2019年02月13日

3897話 乳臭い


 内臓の調子は舌先で出ると言われている。他にも色々と出所はあるのだが、舌先の場合、わざわざ試す必要はなく、食べたり飲んだときに分かる。その中でもコーヒーのようなものは、分かりやすい。お茶でもいい。ただし、いつも一定した味と香りであることが大事。そうでないとそのものの様子で違ってしまう。
 岸和田はそれで朝の喫茶店でそれが分かるようになった。毎朝トーストと卵の付いたモーニングセットとホットコーヒーを飲む。これはアイスでは駄目。それは舌や唇と熱さの関係が分かりにくいため。
 トーストをかじるとき、口の荒れが分かる。口内の問題もあるが、体調の問題が多い。口が荒れるというのは口そのものだけが原因ではないだろう。調子が良いときの岸和田は囓るとき、違和感を感じない。これも喫茶店で焼いたものなので、毎朝違うかもしれないので、当てにはならない。同じ種類のパンでも古いか新しいかだけでも変わるので。
 そしてゆで卵。これは爪に来る。爪先は結構敏感なセンサー。皮を剥くとき、尖った箇所ができ、そこに当たると痛かったりする。また親指で皮を滑らせるように剥がすときも、親指の腹の感覚が毎回違う。当然体調が悪いときは痛い。指の腹はもの凄く敏感だ。
 これも卵の質にもよる。また茹で方にもよる。強情なほど固い皮や、つるんと剥けないほど薄皮でくっついているものとか。そして水分も影響しているのだろう。これは作り方にもよる。だからトーストもゆで卵も個体が原因の場合があるので、全て体調と関係づけるのは危険だが、トーストを囓るとき、妙にカサカサとかパサパサとかしているというのは分かる。個体差を越えるほどのカサカサ加減の場合。
 そして、一番分かりやすいはずの水だが、これは味も何もないので、逆に分かりにくい。
 本命はホットコーヒー。これも同じ時間帯に行くとほぼ同じ時間に入れたものが出る。だから安定している。これにも個体差はあるのだが、もっと飲みたいと思うときと、残すときがある。ここで分かる。
 そして香りだ。これがコーヒーの豆臭い香りが来ると、結構いい。コーヒーが良いのではなく、体調がいい。
 岸和田はその日は、今まで経験しなかったコーヒーの味を体験した。これはミルクの匂いというより乳の匂い、要するに乳臭さを感じた。コーヒーそのものではなく、そこに入れるフレッシュから来ているのだろう。それがコーヒーと砂糖が混ざった状態で出た。今まで、そんな乳臭い感じはなかった。非常にマイルドなのだ。
 これは店がフレッシュを変えてきたのかもしれない。砂糖を変えただけで、コーヒーの味は変わる。そのフレッシュは小さなカップに入ったもので、いつも見ているタイプ。だからフレッシュを変えてきたのではない。砂糖もバー状の袋に入っているタイプで、これもいつもと同じ。
 では、この乳臭さは何だろう。近いものとしては不二家のミルキーがある。
 これは体調の変化で、今まで閉ざされていた味覚の一つが出たのか、それとも単に個体の問題で、変化したのは個体で、体調ではないのかもしれないが、コーヒーを飲んで、滑らかな乳の味と香りがした。ためにし、もう一口飲むと、やはり同じ。しかし、コーヒーカップから飲み終える頃には、それはもう消えていた。
 先日まで風邪気味だったので、コーヒーも美味しくなかったが、今朝は治っていたので、何かが刷新され、味覚が通ったのかもしれない。しかも新しいタイプの感覚も。
 それら全てが錯覚だった場合も、そのとき受けた感覚は、結構印象に残る。これはあのとき食べたきつねうどんが美味しかったとか、タコ焼きが美味しかったとか。そしてそれを越えるものが今もないとかを一生言い続けるだろう。
 だから、岸和田が今日感じたコーヒーの味を越えるものは今後ないかもしれない。何らかの偶然が重なって発生した味や香りだとすれば、再現させにくい。
 岸和田は少しだけ、何らかの奇跡のようなものを味わった気持ちになる。あまり役に立たない奇跡だが。
 
   了



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2019年02月12日

3896話 考えが足りない


「何が良いのかねえ。最近分からなくなりましたよ」
「人それぞれですから」
「しかし、人の言うことを聞くだろ」
「聞きます。参考までに」
「あちらの人は良くいうが、こちらの人は悪くいう。どうする」
「だからどちらも参考にします」
「そういうのを参考にした意見が既にある。実際はこういうことではないかと、解説してくれる。だから参考にしなくても、先にそれらを参考にしてまとめ上げた人がいる。この場合、どうかね」
「参考の参考ですね。それらも含めて参考にして、自分の考えでいきます」
「参考が一つもない状態でいくのはどうかね」
「何処かで耳に入るでしょ。それに既に知っている参考意見もありますから」
「じゃ、参考にしなくても、いけるわけだ。しかし、見たことも聞いたこともない場合は、どうかね。参考とするものがない」
「そのときは、似たようなものを参考にします」
「普通だね」
「はい、別に変わったことはしていません」
「じゃ、最終的には何が決め手になると思う」
「考えすぎると、逆に結論が出ません」
「そうだね。きりがないねえ。じゃ、どうする」
「まあまあのところで実行します」
「まあまあだと決まる瞬間は、何で決める」
「そのときの気分でしょ」
「え」
「またはタイミングとか」
「じゃ、意外と曖昧な箇所で決まるのだね」
「あとは性分とかですねえ」
「性格かね」
「性癖のようなものです」
「じゃ、最初からその性癖で決めた方が早いんじゃないの。参考などいらないと思うけど」
「一応儀式です」
「参考意見を聞くのは儀式かい」
「実は既にもう決まっているのですよ。ただ、実行に移すとき、一押しがない」
「要するに背中を押してもらうため、参考意見を聞くと」
「はい、良い意見も悪い意見も全て聞きます」
「しかし、ただの参考」
「そうです。だから、既に決まっているので、変えることはありません」
「参考意見では意見を変えないと」
「はい」
「つまり自分は一切変えないと」
「まあ、そうなりますが」
「じゃ、どんな話でも、聞くだけで、あなたは馬の耳状態だと」
「はい」
「じゃ、話し合いなど最初から無駄」
「だから儀式ですよ」
「いますねえ、そういうタイプ。じゃ、そこまで固守するかたくなさは、余程しっかりしたものをお持ちなのですな」
「いえ、ありません」
「ああ、分かりました。自分を変えたくないタイプなのですね」
「普通は変えたくないでしょ」
「まあ、そうですなあ」
「しかし、最近、何が良いのかが分からなくなってきましたよ。こういうときが変え時でしょうなあ。掴まっているものが頼りないので、離しても惜しくないためでしょう」
「そうなのですか」
「ところであなた、しっかりとした意志を持っておられる。それはどこで培われたのですか」
「自然にそうなりました」
「ほう、そうなるものですか」
「はい、特に何もしていません」
「それは素晴らしい」
「いえ、普通でしょ」
「私は、特殊だと思いますが」
「実は面倒なので、あまり考えたくないだけですよ」
「ああ、そうなんだ」
「だから何処にでもいるようなありふれた人間ですよ」
「どうせ深く考えても考えが足りないことに気付いたりするものです。だったら考えない方がいい。そういうことですな」
「考えとはまた違うのです。考えなくても、決まっていたりしますから」
「いいですなあ。そんな本能のような太い線は」
「いえいえ、だからただの性格ですよ」
「はい、色々と参考になりましたよ」
「それで、何が良いのか何が悪いのかが分かりましたか」
「私が一番悪かったりします」
 
   了



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2019年02月11日

3895話 老害対策


 なくしたものが戻ってくると、嬉しかったりする。喜ばしいことだ。しかし、自分自身でなくしたものがある。人ごとではなく、捨てたのだろう。しかし、一度捨てたもの、または不本意ながらもなくしたものが戻ってくると、その有り難さを思い知る。元々あったものなら、そこに戻れることを。
 なくしたり、失ったりすることもあるが、増えることもある。新しいものが来たので、古いものを捨てたりする。入れ替えだ。交代。
 世代も交代し、肩で風を切って歩いた場所も、もう違う世代に変わっており、出る幕がなかったりする。しかし、別の場所での出番もできるだろう。
 長く業界にいた三村も、もう何世代も違う若い者が仕切っており、出る幕がなくなったのだが、今はもうその業界からは遠ざかり、違う世界に住んでいる。ただ、現住所はそのままなので、別世界にいるわけではない。
 三村は老兵は去らずではなく、老兵は去る方を選んだ。まあ、役に立たなくなったので、当然だろう。
 そのため、孫の世代が今は活躍している。だから、それを見て楽しむお爺ちゃんのような存在。
 若い者に任せて年寄りは引っ込んだ。という風になっておれば、いい感じなのだが、未だに影響力を持っている人がいる。三村の後輩で引退したはずなのに、業界のご意見番として煩がられている。
 ある日、孫の世代が来て、何とかならないかと相談を受けた。そのご意見番、高田というのだが、それを抑えるのは先輩である三村しかいない。気が付けば三村が最長老になっていたのだ。
「困っています」
「所謂老害というやつですか」
「そうです」
「気にしなければいいのですよ。もう何の役職にも就いていないでしょ。発言権はありません」
「しかし、小うるさくて」
「私らの時代は小姑だらけで、先輩だらけ。だからほとんど院政でしたよ。結局現役の役員じゃなく、元老院が決めていました。そんな組織はないのですがね。それに比べれば、いまは五月蠅いのは一人でしょ」
「しかし、影響力を持っています。言うことを聞かないと、不都合が起こるのです」
「まだ、力を誇示したいだけ」
「何とか高田さんに話してくれませんか」
「何を」
「ですから、口出ししないようにと」
「それは無理ですなあ。言いたいことは言う人です。私も現役時代は困りましたよ。部下なのに偉そうにしていましたからね。だから老害じゃなく、そういう人なのですよ」
「それで考えたのですが」
「何か策でも考えて、私に協力してくれというわけですかな」
「そうです」
「何をすればよろしい。できることならやりますよ。どうせ暇なので」
「会長に復帰して下さい」
「え、もう年をとりすぎて、それは無理です。それにもう業界のことなど忘れていますし、いま復帰すればそれこそ浦島太郎状態です」
「いえ、三村さんが戻れば、あの人は黙ります」
「そのためだけに私を起用するのですかな」
「そうです」
「じゃ、高田が静かになれば、お役御免と」
「はい」
「業界の決め事はもうできませんよ。君たちがやってくれますね」
「はい。あの人の押さえだけで、充分です」
「何か、ワンポイントの押さえのピッチャーのようですなあ」
「お願いできますか」
「いいでしょ」
 三村は失った地位に戻ったのだが、その感慨はない。なくしたものをやっと取り戻したという気持ちも。なぜならそんな気は最初からなかったのだ。
 三村の役目は最終決定の印鑑を押すこと。これで、誰が決定したのかが分かる。あの五月蠅い男も三村が最高責任者として決定したとなると、黙るしかない。
 その後、三村は会印を押す毎日となる。またはサイン。これだけの仕事なので、楽といえば楽。
 世代交代のとき、こういった繋ぎの人も必要なのだが、誰が見てもあからさまな老害対策であることが丸わかりだった。
 
   了

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2019年02月10日

3894話 梅と雨


 雪にならずに雨になる。真冬、この雨を梅雨とは言わないが、この時期梅の花が咲く。それに実が成る頃が梅雨。さらに長雨にならないと、梅雨とは言えないが、冬に咲く梅と縁遠いわけではない。また梅雨時はジメジメと湿気が多いため物が腐りやすい。梅の実は食中りにもいいはず。殺菌作用があるかどうかは分からないが、腹がおかしくなったとき、梅干しをなめたりする。梅毒というのもあるが、これは梅の毒ではない。
 梅雨は色々なものが湧き出す季節で、目には見えないが微少なものが元気に活躍している。
 冬時の梅の花と雨。次の関係は実になってからだが、その間春が長く続く。それに水を差すのが梅雨。
 しかし、ここで色々なバイ菌が活気づくように、夏前の暖かさと湿気が人にも影響するはず。
 梅雨の花は紫陽花。春の雨は菜の花。春の長雨は菜種梅雨。ここでも、まだ梅がある。まあ、低気圧が停滞し、雨が降り続くことを梅雨というのだろうか。もうあの梅とは関係はなくなるが。ツユと言える。分解すると汁や水分となる。まあ、空から汁が降ってくるとは言わないが。水分が多いのでツユとして使ってもいい。おつゆが多いとかになると、分泌物のように聞こえる。雨といえばひと言で済む。あまり誤解はない。
 下田は梅雨時になると活気づく。ナメクジやミミズのような男だ。名字は下田ではなく、蛭田の方が似合っている。何故か湿気に強く、さらにそれを好む。両生類時代を懐かしんでいるのかもしれない。
 雨の中、梅雨ではないが、梅の花を見に来ている。このところ雨が多い。この時期の長雨をどういうのだろうかと考えているようだが、ふさわしい言葉が下田の辞書にはない。本来なら雪が降っている季節。
 湿気を好む下田は雨を好む。そのため、天気の悪い日を選んで梅園へ来た。桜の花見よりも、梅の花見の方を好んだ。
 冬の乾燥した空気で苦しかったのだが、この雨で潤いを得て、元気になったようだ。魚人ではない。
 人とは体質が異なるのか、単なる好みの問題かもしれないが、雨が好き。
 雨の日の梅。それは季節の先取り。雪にならずに良かったと、黒光りのする枝に流れる滴を見て、いい艶だと愛でる。花だけではなく、梅のカクカクとした枝振りこそ梅の真骨頂。梅の丸い蕾など、さらにいい。
 雨で梅園に人出はない。梅の香りと湿気を大きく吸い込み、下田は満足を得たようだ。
 
   了



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2019年02月09日

3893話 匂いのきつい通り


「昨日は何処まで行きました?」
「ああ、散歩ですか。近所ですからねえ、特にいうほどのものではありませんが、少し妙なところに入り込みましたよ」
「といいますと」
「いつもはそちらへは行かないのですよ。何だかあまり良さそうな雰囲気じゃないので」
「どんな場所ですか」
「住宅街の続きですがね。周囲とそれほど違いはないのですが、何か饐えた匂いのようなものがするのです」
「酸っぱいような、腐っているような」
「そうです」
「時間帯は」
「夕方です」
「何か夕食の準備でもしていたのでしょ」
「しかし、腐ったような」
「じゃ、魚でもさばいていたのでは」
「いや、その近くまでは朝夕関係なく、昼でも通るのですが、やはり饐えたような」
「じゃ、朝食や昼食の準備でしょ」
「食べ物の匂いじゃありません。生き物の匂いじゃなく、植物の匂いでもなく、つまり生臭い匂いとは少し違うのです」
「それで、昨日はその嫌な場所へ踏み込んだわけですね」
「ええ、少し匂いがましだったので、これならいけると」
「まさかゾンビの寝床では」
「ゾンビは生きているでしょ。少なくても肉体だけは」
「じゃ、何なのです」
「空気です」
「空気が臭い。じゃ、ガス漏れとか」
「それなら、ずっとガス漏れ状態で、そのうち引火して爆発しますよ」
「それで、踏み込まれて、どうでした。何かありましたか」
「少し家並みが古くなります。でも普通の住宅ですからね。時代劇に出てくるほどには古くはありません。古くて汚くなったりもしません。見た感じ、一寸時代的に古いかなと思う程度です。また、子供時代、こんな家がまだ新しかったかなと思うほどです。だから、何となく懐かしい家並みです」
「その家並みのエリア、広いですか」
「いえ、電柱数本分ですかね。走れば、一気に抜けらるような一角です」
「そこを抜けると、何処に出ます」
「公園とかがあって、その向こうは大きい目の通りで、そこはよく通っています」
「そこを通っているとき、人を見ましたか」
「見ませんでした」
「住んでいるのでしょうか」
「住んでいると思いますよ。まあ、その辺の道でも人を見かけない通りはいくらでもありますから」
「しかし、誰も見なかったと」
「はい」
「饐えた匂いはどうでした」
「少し弱まっていたので、通る気になったのですがね。抜けると匂いも消えました。あれは何でしょうねえ」
「きっと匂いを誘発するようなものがあるのでしょ。実際にはそんな匂いは立っていない。この錯覚はありますよ。見ただけで匂いがするとか。実際にはそこからの匂いじゃありません」
「はあ」
「私は昔、写真をやってましてねえ。自分で現像してましたから酢酸とかを使うのです。きつい匂いですよ。まだ中学生の頃ですがね。写真部にいました。一年でやめましたが、その後、カメラを見るとその匂いがするようになったのです。カメラからそんな匂いは立っていない。それと同じじゃないですか」
「じゃ、僕は何を見て、あの匂いが来たのでしょう」
「今度行ったとき、その通りの入口に何があるかをよく見ることでしょ。使わなくなった暖炉の煙突とか、挽き臼とか、置き石とか。何か、あなたに関係したものがあるはずですよ」
「分かりました。今度行ったとき、確認してみます」
「そうしなさい」
 
   了


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2019年02月08日

3892話 日常の渚


 真冬、晴れて陽射しがあり、暖かく、しかも風のない穏やかな日。こんな日は年に何度もない。春は遠いが小春日和。小さな春が来たようなものだが、これは一瞬のもの。明日からまた寒くなるだろう。普通に戻るだけなのだが。
 岩田は時至り、今こそ絶好のチャンスと勢いづいたが、特に何かをするわけではない。下拵えもなく、準備もない。絶好の日和が来ただけ。こういう日に出掛けないといつ出掛けるのかと思うのだが、日課というのがある。それは朝食後の散歩。その途中に喫茶店があり、そこに入るのが日課。これは省略してもいいのだが、出掛ける決心をしたのは散歩に出てしばらくしてから。これは暖かいぞと、そのとき思った。そのため、近所を一回りする程度の服装だし、鞄には本が一冊と薬だけ。メモ帳とボールペンが入っているが、カメラがない。
 しかし、取りに帰ればいいのだ。まだ十分と立っていない。しかし、十分歩くとそれなりの距離まで行ける。戻る気がしなくなる。
 では朝の日課が終わってから改めて出掛ければいい。このままでは駅とは方角が違うので、そのまま行く気になれない。
 それで、いつもの散歩コースを歩いていると、梅が咲いているのが見える。まだ木の枝の方が目立つ。枝は黒く、花は梅色。酸っぱそうな色。何も梅園に行かなくても、この町内でも梅見はできる。
 さらに行ったところに、いつもの喫茶店があり、そこに入る。既に朝食を済ませたので、コーヒーを飲むだけ。その同じ値段でトーストがモーニングサービスで付いてくるのだが、それは取らない。断る。なぜならこれから本を読むためだ。口の中をグチャグチャさせながら読むのは今一つ。それにマーガリンかバターが塗ってあるし、パンを食べると血圧や血糖値が上がる。心臓がパクパクいうわけではないが、身体が熱くなる。だから、読書の邪魔。
 本を読んでいるうちに、本の中に入る。これで世界が一度途切れるのか、読み終えたあと、出掛けることが億劫になった。このまま静かな気持ちで戻り道の散歩を続け、部屋に戻ってからDVDを見たい。昔の映画だが、屋台売りの安い物。それを何作も買っていたのだが、一気に見る体力がないので、少しずつ見ている。あの剣士はどうなるのだろう。女だとばれるのは時間の問題。実は江戸育ちのお姫様なのだ。
 その続きが気になり、出掛ける気が失せてきた。このままのんびりと過ごしたいと思う気持ちへ傾いたのだろう。そちらの方が楽なため。
 年に数回しかないチャンス。しかし、まだ真冬が始まったばかり、もう一回か二回はあるだろう。そのとき出掛ければいい。
 岩田は飛び立とうとしたのだが、日常の引力が強くて、その圏外へは出られなかったようだ。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 11:39| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする