2018年04月23日

3603話 白雲斉


「ペンパン草が生えておりますぞ」
「人は住んでいないのかもしれません」
「この里には空き屋は一つもなかったが、一戸あったか」
「そのようで」
「しかし、見付からなかった」
「空き屋ですかな」
「いや、人」
「もう出尽くしたのでしょう」
「この里は知恵者の産地で何人もいると聞いたのだが、もういない」
「既に取られたのでしょうなあ」
「引き返すか」
「少しお待ちを」
「どうした」
「空き屋ではないようですぞ。人が動くのが見えました」
「そうか」
「それに着物が干してあります。住んでいます」
「念のためじゃ、訪ねてみよう」
 二人の武士が雨戸を叩くと、中から顔まで髭のある真っ白な男が出てきた。
「まさか、白雲斉先生では」
 白雲斉とは屋号で人の名前ではない。軍師のようなものだ。知恵者の中でも、ランクが高い屋号。つまり雲の上にでもいそうな仙人のような人。
「是非、当家に来てもらいたい」
 この白雲斉、実はただのモドキ。つまり、擬態のようなもので、本物ではない。
 二人の武士も何となくそうではないかと思った。この里の知恵者は、もう他家が雇っているはず。残っていたこの白雲斉、誰も買わなかったのは、それなりの訳があるためだろう。しかし、手ぶらで帰るのも何なので、お連れすることにした。
 この時代の軍師は占い師で、出陣の日や方角などを占う程度。そして戦場でもただ祈祷したりする程度。負けそうになると、引き際を教えてくれるし、押しているときは鳴り物を使い鼓舞する。
 この里に数人にいたという知恵者は、このタイプではなく、指揮官を補佐するタイプ。それらは既に他家が取ってしまった。
 白雲斉に手を出さなかったのは、昔からの祈祷や占いをするタイプだったので、値が付かなかったのだろう。
 しかし、二人の武士が連れ帰った軍師白雲斉は効果があったのか連勝した。
 小賢しい知恵よりも、占いの方が士気が上がったためかもしれない。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 11:00| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月22日

3602話 魔道の辻


 幾筋もの道の中の一つを選んだのだが、これは失敗したのではないかと高峯は思った。そういう思いは始終で、別の道を選んでいても、やはり同じことを思っていただろう。思うだけ勝手だが、勝手すぎることもある。道が二股なら選択肢は二つ。あのとき別の道をと思うときも、一つ。それが幾筋もあるとこれは数が多い。どの筋がよかったのかとなると、選択肢が多すぎるので複数の想像をしないといけない。もしあのときを何筋分も。
 選択肢が多いと違いが見出しにくい。違いがあるので選択肢があるのだが、違いに特徴があまりない。これという特徴で、それが明快なものほど相手しやすい。ある筋とある筋との中間のようなタイプは妥協点としてはふさわしいが、妥協しなくてもいい選択が好ましい。
「また道を違えたのかね」
「はい、毎度です」
「どの道を取っても道は道。道故に繋がっておる」
「はい」
「だからどの道でも良いのじゃよ」
「そうですか」
「道とは言えんような道もある。だからこれは道ではない。余地とか隙間とか縁と言ってもいい。これは道ではないが人が通ることができる。そういう道さえ選ばなければ、普通の道なら問題はなかろう。何処かに繋がっておる。そして別の道を選んでも同じところに出たりする」
「はい」
「正道と邪道がある」
「迷っているときは邪道が見えます」
「そこへ入り込んではいかん。後悔の度合いが違う。正道のどの筋を取っても正道。従ってそこで迷いがあってもまともな迷いで、不幸な目に遭っても普通の不幸」
「邪道とは魔道のような」
「そうじゃな。正道には魔は出んが、邪道には魔が出る」
「じゃ、普通の迷い方をしているときは大丈夫なのですね」
「魔が出て散々な目に遭うことを思えばいい。迷ったとしても普通の迷いごとなのでな」
「しかし、道ではありませんが、もの凄く良さそうな通り道が見えます」
「それそれ、それが邪道じゃ。もの凄く上手く行きそうな道として見える。だから入り込む。簡単そうであり、また都合も良い。他の道筋に比べ効率も良い。しかしそれは邪道」
「はい」
「邪道、魔道の分かれ道。そういうのがある場所を魔道の辻と呼んでおる。魔への入り口がある辻」
「何か、そちらのほうが面白そうですねえ」
「それを魔が差すという」
「はい、注意します」
「正道は退屈。煮詰まり、埒が明かん。そこに魔が差し込む。それだけじゃ」
「はい、正道内でやります」
「しかし、魔道の力は大きい」
「誘わないで下さい」
「魔も使いよう」
「しかし、取り扱いが難しいのですね」
「そうじゃな」
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 10:40| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月21日

3601話 矢倉塚


 草加は子供の頃から同じ町に住んでいるのだが、すぐ近所に矢倉塚がある。当然知っている。幼い頃から家中の会話でヤグラヅカが出てくるため地名として知っているし、そのヤグラヅカの子供とも同級生で、よく知っている。
 しかし大きくなるに従い、家の前の路地から表通りへ、町内からより大きな町へと視点は移り、矢倉塚のことなど忘れていた。ヤグラヅカの同級生とも学校が違えば縁も切れ、通りで合うことも希。
 社会人になってからは、ますますヤグラヅカのことなど忘れている。その近くに広陵という町があるのだが、これもヤグラヅカと同じレベル。そのレベルの町ならいくらでもある。しかし、ヤグラヅカは結構近い。それでもそちらへ行く機会など殆どないので、ヤグラヅカに用事はないし、意識しないといけないことでもないので、他の近所の町々と同じように、萎んでいった。
 ところが勤め先を辞め、ぶらぶらしているとき、お金もないことから町内を自転車でウロウロして時間を潰していた。
 そのとき、やっとヤグラヅカが出てきたのだ。漢字で書くと矢倉塚。しかし古墳などない。あればきっと櫓のように背が高かったのだろうか。
 それで暇なので矢倉塚町に入り込み、案内版などを見ると、昔の地名や地図もある。小さな集会所、自治会館だろうか。普通の家を改造したものだ。
 何かの当番の人だろうか、集会所前で草花の手入れをしている。
「古墳?」
「はい」
「古墳なんてないよ」
「それは分かっているのですが、昔あったとかは」
「さあ、私も引っ越してからしばらく立つが地の人間じゃないからね。まあ、殆どそうだけど」
「じゃ、なぜ矢倉塚って言うのでしょうねえ」
「さあ、図書館か博物館へ行けば、知っている人がいるでしょ。村史もあるしね」
 矢倉とは武器庫だ。塚は墓。しかし、両者ともない。
 草加は少し遠いが市営の博物館へ行くと古墳や遺跡などを示したマップがあったのでそれを見る。縄文時代の遺構とかもある。
 古墳を調べると六つほどあるが、どれも小さい。その中に矢倉塚古墳があるはずなのだが、ない。
 そして、展示品やパネルを見ていると、市や県などが指定している歴史的建物というのがあった。古い農家などだ。これはものすごい数がある。
 その中に矢倉家というのが見付かった。これだ。
 しかし、矢倉塚にはなく、もっと離れた町で、この当時は村だろう。そういう村が集まって市になったのだが、矢倉家の家屋が残っているのはかなり離れた町。町名は知っていたが、遠いので馴染みがない。
 矢倉塚のあるところは新田で、矢倉家が中心になって開墾したらしい。飛び地のようなものだ。この地図では矢倉塚は載っていない。
 しかし古墳ではなく、矢倉家の墓場だったようだ。個人の家の墓なのだ。そんな大きな家ならお寺に墓があるはずなのだが。
 だから矢倉塚と呼ばれる墓場があったことは分かった。新田開発の頃にできたのだろう。当時の絵や写真は当然ないが、盛り土の高さが尋常ではなく、まるで小山のようだったので、何処からでも見える。土地の人は矢倉さんの墓地だと知っているので、矢倉塚と呼んだらしい。しかし矢倉塚という地名が正式に出てくるのは最近のことで、宅地になってから人口が増えたため、村から独立したらしい。
 草加はそこまで調べたので、矢倉さんの墓があった場所を特定することができた。既に二つの家の敷地内にある。
 そして、それを知ったからといって、特に役には立たなかったが、暇潰しにはなった。
 
   了
 


posted by 川崎ゆきお at 12:01| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月20日

3600話 素人探偵


 春の明るい頃、竹中は暗い気持ちでいた。季節は明るくなっても気持ちは明るくならない。季節は巡るが竹中は冬のまま。冬眠するわけにはいかないので、寒い中、起きている。しかし寒さではなく、暗いのが問題。
 何か気が晴れ、明るくなるようなことをやろうとするのだが、それは明るい人で、暗い人は最初からその元気がない。つまり、明るい人が暗くなったとき、明るさを取り戻そうとするが、最初から暗い人は戻り先に最初からいるようなもの。
 ただ竹中には暗さの中にも明るさがある。これは暗さにも程度がある。程がある。階調がある。比較的暗くない暗さもある。暗いことには変わりはないのだが、竹中の中では明るい。これは本当の明るさではないのだが、ましな暗さだ。
 そういう時期がたまに訪れ、それが今日。
 外に出ると春の明るさと多少は同期する。これが一番暗い場合は、春の明るさは眩しすぎて困るのだが、その日は問題はない。
 竹中は暗いが部屋の中に閉じ籠もっているわけではない。働きには出ていないが、散歩に出ることは嫌いではない。散歩は気晴らし。だから少しは気持ちも明るくなる。歩いているだけで気が晴れるわけではないが、明るい気持ちになる。特に今日のような春の陽気が効くようで、良い気分になってきた。それでも気分が明るくなったわけではなく、暗さが緩和されただけで、相変わらず暗い部類のまま。
 いつも下を向き、地面ばかり見ながら歩いているのだが、今日は少しだけ視線が上がっているが、上を見るには至らない。路面数メートル先まで見える程度の上がり方だが、そこに妙な靴を見た。前方から来る人だが、左右の靴の色目が若干違う。違う靴だろう。光線の具合ではなく、さらに近付くと形が違うのが分かる。
 そして裾を引きずったようなズボン。長すぎるのだろう。折りたたんでいるのだが、それが外れている。さらにその上のベルトだが、ベルト通しに柄物の紐。しっかりと編んだ組紐ではなく、寝間着の紐に近い。または布製のテープ状のものだろうか。スーツ姿だが下と上とではほんの僅か色が違う。別々のものなのだ。ノーネクタイで、どう見てもチェックのネルシャツ。上の二つが外れているのだが、止めないのではなく、ボタンが取れているようだ。
 そして首の付けから伸びている無精髭。伸び放題ではなく、ある程度伸びたところで、ハサミで切っているのだろう。長さがバラバラ。
 髪の毛は縺れ、不規則な伸び方だが、これも適当に切っているのか、左の耳は隠れているが、右の耳は隠れていない。無茶苦茶な切り方だ。
 そして頭に何かを付けている。よく見るとゆっくりと動き、さっと飛んだ。普通のハエよりも大きい。蜂にしては太っており、黒い。
 竹中は見詰めすぎてすれ違うタイミングを逸し、そのホームレスとぶつかった。
「ああ、すすみません。つい考え事をしていたもので、気付きませんでした。ダダダ大丈夫ですか」
 男が喋っているのを聞きながらその目を見た。今まで人に目を見て話すことはなかったのだが、この男の目なら安心して見ることができた。
「いえ、こちらこそ、下を見ていたもので」
「ところで、カカカ怪人を見ませんでしたか」
 竹中に光が射した。
「あなたは」
「はい、素人探偵です」
 これが竹中と探偵便所バエとの出合いだったが、出合っただけで、その後、再会はない。
 竹中は闇の中で光を見たのだが、あまり良いものではなかったようだ。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 10:51| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月19日

3599話 走る夢


 吉田は風邪で伏せっているとき夢を見た。普段は夢は見ない。弱っているときに見る。その夢は野原を駆けているシーン。追いかけているのか追いかけられているのかは覚えていない。ただものすごい勢いで走っている。
 この野原は草原。しかも平野部。そんな風景は近所にはないし、国内にもないだろう。広い平野で、山は遙か彼方。そんな場所なら農地になっているはず。しかし何もない。ただの草むらが続いている。
 これは遊牧民が暮らすような場所。だからその記憶は何かの映像から来ているのだろう。
 吉田はすぐに思い出した。数日前に見た海外のテレビドラマ。現代劇ではない。もっと昔の王朝物だ。そこで戦いがあった。
 これでタネが分かったのだが、追いかけているのか追いかけられているのかは謎のまま。周囲に誰かがいたはずだが、誰なのかは分からない。一緒に逃げている人間か、または追いかけている人間かも分からないが、何人かの人がいる。しかし人だと分かる程度で、どんな服装をしていたのかまでは見えない。人の形をしたものが流れている程度。大群衆ではない。それが兵なら分かりやすい。テレビドラマそのものなので。
 草原を走っている夢だが、実際には走り出したときに目が覚めた。大きな寝返りを打ち、布団から出ていた。畳に頭があった。その畳が草原だったのかもしれない。
 覚えているのは目覚めるまでの短いシーン、ほんの数秒。今まさに走ろうとし、走り出したとき、起きた。その手前に何かあったはずなのだが、あったという記憶があるだけで、中身までは覚えていない。だから夢が中断した数秒前だけを覚えており、その前は何だったのかは記憶にない。
 逃げているのか追いかけているのかが曖昧なのはその手前のシーンが分からないためだ。
 起きたとき、寝汗もかいていないし、息も荒れていない。怖かったとも感じていない。だから悪夢ではない。
 追いかけているのか逃げているのか、そのどちらかだが、そのどちらでもないとすれば、ただ単に走ろうとしているだけの夢なのかもしれない。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 10:55| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月18日

3598話 貴種流転談


「この罠が成功すれば敵を倒すことができる。これが最後の戦い」
「元々王子様がこの国の正統な後継者、元に戻せますねえ」
 国王に力がなく、その家来に乗っ取られ、王はただの操り人形。それだけ力のある家来がいたのだろう。この家来こそが王のようなもの。
 王子は幼い頃島に流されたのだが、正統性を訴える少数の家来に助けられた。艱難辛苦の末、反撃に出たのだが、その手が汚い。
 毒殺やだまし討ちを繰り返し、徐々に敵の勢力を削いでいった。
 最後の戦いは敵の仲間割れを狙い、これも様々な汚い手を使い、最終段階に達した。
 そして敵同士が戦うことになり、国王の周囲にいた主だった家来は亡び、国王を操っていた大物の家来も同士討ちの最中、刺客の吹き矢で暗殺された。
 しかし、その悪い家来が国を乗っ取っていた頃の方が安定していた。戦いはなく、平和。外敵も襲ってこなかった。それなりに繁栄していたのだ。
 ところが王子が国王になり天下を取ってから世は乱れた。本来の正統な後継者があとを継いだのだが。
 誰もがこの後継者を恐れた。旗揚げのときの初期メンバーが先ず逃げ出した。遠島先から王子を救い出した人達だ。当然その後も手柄を立て、功臣となったが、すぐに職を辞し、地方へ戻った。
 それはこの後継者のこれまでのやり方を知り尽くしていたからだ。姑息な手が多く、だまし討ちや、仲間割れを狙っての工作、そういうのを見てきただけに、この後継者のやり方を恐れた。
 敵だった実力派の大物家来は大人物で、正統派。戦いも正攻法。汚い手は一切使わなかった。
 そして後継者は王になるが、従うものは少なく、国は荒れ、外敵の侵入を簡単に許し、滅ぼされた。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 10:13| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月17日

3597話 自分らしさ


「無理をなさらず自分らしいやり方がよろしいかと」
「うむ」
「では、これにて」
「お待ちを」
「はい」
「それだけですか」
「左様で」
「それはちと難しい」
「簡単なことです。無理をせず、自分らしくやれば済むことです」
「そこが難しい」
「人は自分らしくないことをやりたがるものです」
「それは初耳ですが」
「自分のことを誇らしく思う人は少ないからでしょう」
「自分で自分を誇ると言うことは」
「そうです。誇りに思えるようなことをやってきた人は希なので」
「部屋の埃はいくらでもありますが。より良いものを求めた場合、今の自分では過不足」
「だからといって無理をされるのはどうかと」
「無理ではなく挑戦です」
「まだチャレンジしていないことは新鮮でよろしいかとは思いますが、戻されます」
「何処に」
「自分らしいところへ」
「そこなんじゃ」
「何処でしょう」
「自分らしさとは何かが分からぬ」
「その通り」
「では、何処に戻ればよろしい」
「自分らしい場所にです」
「だから、その自分らしさが分からんとなると、戻る場所が」
「それを探すのはおやめなさい」
「難解すぎて、わしには分からぬ」
「自分らしさとは特に何もしないと言うことです」
「何もせんとな」
「では動けぬではないか」
「平常通り動かれればよろしい」
「どの状態が平常なのじゃ」
「いつものようになされては如何かと」
「そのいつもが自分らしい場所と言うことか」
「左様でございます」
「いつもの場所はよく変わる。自分らしくないことをやることも、いつもの自分ではよくある。だからそれは自分らしさではない」
「戻されたところが自分らしい場所です」
「何からじゃ」
「無理をなさったあと、戻るでしょ」
「ああ、引き返すことがある」
「そこがその場所です」
「うーむ。しかし、それは結構動いておるぞ」
「当然です。自分らしさも変化しておるからです」
「しかし、自分らしさとは何もせんことだと先ほど言ったが、あれはどうなる」
「自分らしさを求めないことです。それに関しては何もなさらない方がよろしいかと」
「お坊はそれでやってこられたか」
「拙僧ですかな」
「そうじゃ」
「できませなんだ」
「できんことを人に諭すのか」
「そこで悟ったことを申したまで」
「悟れぬことを悟ったというようなものじゃな」
「それは私のような愚僧が口にすると浮いてしまいます」
「まあよい、いつもの自分というのも変わるということを知っただけでもいい」
「万物は流転します。全て流れて行きますが、遅いか早いかだけ、もの凄く遅いものは、動いていないように見えるだけ」
「もういい、そのあとの説教は」
「はい」
「少し無理をしたようじゃ。引いてみる」
「そのようになされませ。そのままお進みなられると、もう旦那様らしくなくなりすぎますので」
「うむ、分かった」
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 13:15| Comment(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月16日

3596話 静かなる鳩首


 とある大名の筆頭家老なのだが、この人は凡庸。しかし筆頭家老職は世襲制なので、凡庸でも筆頭家老をやっている。もう何代になるのか分からないほど長くなった。
 筆頭家老がいるのだから、普通の家老もいる。五人ほどいるだろうか。だから筆頭家老が凡庸でも他の家老が何とかしてくれる。
 普通の家老の中に優れた人がいても、筆頭家老にはなれないが、筆頭家老を代行するような役職が与えられる。これは一代限り。
 この大名家、凡庸な家老の時期に才気溢れる若様がおり、嫡男でもあるので殿様になるはず。
 この若様は凡庸な筆頭家老を嫌い、優秀な一人の家老と親しくした。つまり筆頭家老が邪魔なのだ。いても役には立たず、座っているだけ。
 若様は殿様にそのことを言うと、反対された。お前があとを継いでもあの家老は筆頭家老のままにするようにと。
 なぜかと問うと筆頭家老は変えられないためと念を押される。そういう仕来りで、これを破ると、秩序が乱れると。
 この殿様も何代目かなのだが、それほど優れた人ではない。そのため、政は家老に任せている。その筆頭家老が頼りないので、他の家老が実際には仕切っているのだ。その中に田中という家老がおり、若様のお気に入りだ。まだ若い。
 そうこうしているうちに殿様は隠居してしまった。まだそんな年ではないが、この人も凡庸なので、いてもいなくてもいいような存在だし、政が好きではない。だから才気溢れる息子に譲った。
 そのときも筆頭家老の大崎はそのままにしておくように念を押した。
 どうしてかと若様は聞くと、主筋だからと答えた。
 つまりこの大名家が昔仕えていた主人が大崎家だった。つまり大崎家を追い出したいきさつがあり、初代は周囲の影響を考え、大崎家を滅ぼさず、筆頭家老、つまり一番の臣下とした。主従が逆転した。
 当然代々の大崎家の人達は、そのことを知ってはいたが何せ凡庸な人しか出ないので、お飾りのように座っているだけ。
 若様はそれを守り、大崎を筆頭家老のままにした。まだ先代の父親が生きているのだから、下手な真似はできない。しかし、大崎が邪魔。役に立たない筆頭家老がいるだけでも嫌悪感を感じる。
 才気溢れる若い殿様にとっては当然かもしれないが、この凡庸な大崎氏が安全弁になっていることを知らない。
 重臣会議では常に若い殿様お気に入りの田中氏が仕切り、大崎氏は座っているだけだが、物事を最終的に決めるのは筆頭家老の大崎氏。これが重臣達のの総意ということで纏める役。
 この時期の大崎氏はかなり年寄りになっていた。跡継ぎがいるのだが、その人も凡庸。しかし凡庸なためか、当たり前のことを無難にこなしていたので、これが安全弁になっていたのだ。
 そのため、才気溢れる若い殿様と、これまた優秀な家老の田中氏のコンビで改革を試みるのだが、大崎氏がうんとは言わない。
 当然だ。その改革の中に筆頭家老は世襲制にはせずというのが入っているためだ。反対しないまでも大崎氏は頷かない。
 若い殿様が合意しているのに、大崎氏が合意しない。
 そこで田中氏は政敵を倒すことになる。殿様も黙認した。
 そして筆頭家老大崎家の屋敷を包囲し、一族皆殺しを目論んだのだが、田中氏が兵を出したとき、それを感知した大崎氏周辺の武将が味方に呼びかけ、救援にかけつけた。
 大崎屋敷へ向かう百人の兵。多すぎるのだが、そこは若い殿様が後ろにいるためだ。兵を動かせるのも殿様の黙認のおかげ。
 先代の殿様はそれを見て、心配そうにしている。
 田中軍が大崎屋敷に今まさに乗り込もうとしているとき、屋敷の前に幟が立っているのを見る。
 後ろを見ると、そこにも兵がいる。逆に田中軍が包囲されてしまった。
 大崎家というのは元々はこの一帯の領主。地縁血縁が多く、旧家臣も多くいたのだ。それらが立ち上がった。
 田中軍百に対し大崎軍は数千はいる。このままでは田中軍が全滅するどころか、城も危ない。
 先代の凡庸な殿様が心配したのはこれだ。大崎氏を何とかしようと試みると、何が起こるのか分からないと先々代から伝わっていた。
 先代の殿様は単身大崎屋敷に乗り込み、謝罪した。謝って済む話ではないが、大崎氏は了解した。
 それで血を見ず、事は治まったが、田中氏は追放された。
 凡庸で役立たずの筆頭家老だが、最大派閥の鳩首だったのだ。しかも静かな。
 
   了
  
posted by 川崎ゆきお at 11:13| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月15日

3595話 桜が落ちる


「桜がねえ」
「もう花見のシーズンは終わりましたが」
「いや、まだ咲いておる」
「山桜でしょ」
「いや、街中だ」
「ソメイヨシノですか」
「おそらくそうだろう」
「既に葉が出てきて、花はないですよ」
「それがまだある。咲く花、散る花がね」
「ソメイヨシノに似た品種で、遅咲きの桜じゃないですか」
「違う。ずっと咲いておる。桜が咲く前から咲いておった」
「分かりました」
「分かったかね」
「絵でしょ」
「そうなんだ。ある施設の壁にある絵でね」
「常設の」
「いや、この季節だけ」
「ディスプレイですね」
「まあそうなんだが、よく見ると、そんな桜は存在しない」
「絵ですから、存在しませんよ」
「いや、桜の木の絵としてもあり得ない」
「じゃ、桜の木じゃないのかも」
「この季節なら桜だろ。それに花びらは桜。しかし枝振りは桜だが、花の付き方がおかしい。枝の小枝、さらに小枝に付くのだが、そうではない」
「まあ、簡略化した絵なんでしょ」
「咲いている花もあるし、散りゆく花もある」
「絵ですから、何とでもできます」
「それを見ているとね。日によって散り方が違う」
「え」
「今まさに舞っている花びらが昨日とは違っていたり、数が少なかったり、増えたりしている」
「錯覚でしょ」
「そうだね。暇だからずっと見ているので、長いこと同じものばかり見続けていると動き出すことがある。それに近いのだが、見ているときには変化はない。ところが翌日行ってみると、変化している」
「書きお直したのですかねえ」
「そんな手間の掛かることをするはずがない」
「壁に掛けてある絵でしょ」
「壁にいきなり書かれてある」
「じゃ壁画」
「しかし、シーズンが終わると、別の絵になる」
「じゃ、壁紙でしょ」
「幅は一メートルもない。高さも。そこだけわざわざ張り替えるかね。それに区切りがない。張り替えたとすれば、そこだけ色が違うはず。日が差す場所にあるからね」
「じゃ、何でしょう」
「絵の一部が違っている日がある。枝は同じだが、花びらの位置が違っていたりする」
「どういうことでしょう」
「花びらが散って、落ちたのだ」
「絵でしょ」
「だから、絵が落ちた」
「はあ」
「よく見ると、花びらが光っておる。しかも丸く」
「はい」
「張ってあるんだ。花びらが」
「なるほど」
「それで剥がれて落ちることがあるんだろうねえ。それを張り直したようだが、位置が違う」
「壁画ではなく、貼り絵ですか」
「枝も実は貼ってある」
「なるほど」
「それに気付いたのは、いつもの時間帯と違うときに見たんだ。光線状態が違うので、光っていたんだ。丸い透明のテープのようなものが見えてしまった。さらの花びらの形に切った紙ではなく、丸いテープのようなものの中に桜の花びらをプリントしていたんだ。枝もそうだ。枝の端に光る箇所がある。枝に沿ってね。枝も複数のテープにプリントされたもので、絵を組み立ててある。きっと完成品のサンプルがあるんだろう」
「はい、分かりました」
「だから、この季節になると全国津々浦々にあるその施設で、一斉に使うんだろう。ここだけじゃない」
「そういうことだったのですね」
「しかし、その絵をじっと見ていると、桜が散って落ちることがある」
「接着が剥がれて、ポロリと落ちたのですね」
「そうじゃ」
「じゃ、枝も落ちるかもしれませんよ」
「まあな」
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 11:48| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月14日

3594話 黄龍が昇った


 降りそうで降らない空模様。青空が濁り、厚い灰色がかり、紫もかかっている。異様な空の色。覆っているその色の上はきっと青空で、黄龍が昇っているかもしれない。しかし、人はそれを見ることはできないが、さらに上からなら見えるはず。高い山からなら、この覆っている紫の雲が下に見えるはず。だが、近くにそんな高い山はない。
「黄龍を見たと」
「はい」
 実際には見えたかしれない、見えたように思えた程度。下からは見えないのだから。
「黄龍が昇るとなると、異変が起こる。王が替わるやもしれぬ」
「では誰が」
「誰が昇ったかじゃ」
「思い当たる方はおられますか」
「少なくても今の有力者達の中の一人ではない」
「じゃ、誰ですか」
「分からぬ。黄龍が昇ったということは、これは始まり。まだ身分の低い者かもしれんし、今、産まれたのかもしれんしのう」
「今、産まれた者なら、先の話ですね。赤ん坊では王になれません」
「または、王になる道を得たものじゃ。王になる運命にある。それだと早いかもしれん」
 今にも降りそうな空だが、まだ降らない。
「紫の空。これも気になる」
「降り出しました」
「来たか」
「はい」
「ここでは濡れる。雨具を用意せなんだ」
「では、何処かで軒を借りましょう」
 貧しい家並みが続く軒下を借り、雨がゆくのを待っているとき、軒の奥から赤ん坊の泣き声。
「黄龍が昇った日に産まれた赤子のようじゃな」
「それが王に」
「男女か聞いて参れ」
「ここから声を掛ければ聞けます」
「そうか」
 赤子は女の子だった。
「違っていたのう」
「でも女王という可能性も」
「このこと、覚えておこう」
「はい」
 その後十数年経過し、この地方はまだ動乱が続いていた。
 あのときの二人が、再び軒を借りたあの家を訪ねた。
「十数年前、ここで産まれた女の子はその後どうなりましたかな」
 親もこの二人のことを覚えていた。身分の高い人が雨宿りしていたこと、赤子が産まれたとき、そこにいたこと。そして男の子か女の子かと訊いたことも。
「あの子は幼くして亡くなりました」
「おお、それは可哀想に」
 二人は立ち去った。
「女王にはなれんかったのか」
「そうですねえ」
「しかし、お前は本当に黄龍が昇るのを見たのか」
「昇るように見えました」
「あの厚い雲の上は流石に見えんじゃろ」
「それが、上の青い空を昇って行く様を」
「見たように思えただけじゃな」
「あ、はい」
「仕方がない」
「残念です。この地を統一するはずの者は幼くして亡くなったのでは」
「仕方がない。わしがやるか」
「そうなさいませ。旦那様こそが、その者だったのかもしれませんから」
「しかし、わしでは絵にならんじゃろ」
「そ、そうですねえ」
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 11:31| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする