2019年06月18日

3422話 妖怪仏


 神様のイメージとは何だろう。これはイメージなので、何とでも思い浮かべることができるが、実物がない。実像だ。姿がない。また固体化されていなかったりする。山そのもの、森そのものが神だとすると、複数の樹木や場所そのものが神様。人や動物なら個体として分かりやすいのだが。
「妖怪仏が出たのですが」
 妖怪博士の担当編集者が電話をかけてきた。緊急の用事ではない。ただの命令だ。指令だ。
「行ってもらえますか」
「遠いか」
「近いです」
「君は」
「忙しいので、今回はご一緒できません」
「妖怪仏?」
「妖怪神かもしれません」
「じゃ、妖怪の顔をした仏像かね」
「そのようです」
 梅雨の晴れ間、湿気すぎたので、少し乾燥が欲しいと思い、妖怪博士は引き受けた。甲羅干しだ。
 出たのはお寺の納骨堂の床下。そこにいらなくなった木札。これは卒塔婆の小さいタイプで、新仏が出たとき一時使うもの。または白木の位牌で仮の位牌。そういうものがないとお経を唱えるときのターゲットがないので坊さんが困るらしい。
 もういらなくなったのだが、簡単に捨てられないし、燃やせない。それに数も多くなるので、一時置き場として納骨堂の床下に転がしていた。悪い場所ではない。お堂内なのだから。
 そこに腐りかけの小箱が昔からあり、誰も触らなかった。空き箱もしくはいらなくなったものを詰め込んでいる程度に思っていた。ここには大事なものは置かない。床下なので、地面なので。しかし雨風は凌げる。だから悪い場所ではない。
 寺の住職は高齢で、その孫の子供が境内を探検していて、見付けたものらしい。下に潜り込んだのだろう。
 孫の子供はお化けの人形を見付けたと騒いでいたが、すぐに飽きたのか、もう興味をなくした。
 年寄りの住職は、どれどれと、その仏像を手にして、じっくりと見た。顔だけが妖怪で、あとは仏様だが、立像。手に持っているものやポーズでタイプが分かるのだが、棒立ちで、衣服もよくあるタイプ。何か持ったり握っていれば分かるのだが、それもない。また髪の形や髭などでも何とか分かることもあるが、何せ妖怪なので、頭部はバケモノ。カエルを踏み潰したような顔をしている。仏像というより、踏まれている小鬼に近い顔だ。
 ということは餓鬼が偉くなり、仏になったのだろうか。
「というわけでしてな。わしは妖怪仏と呼んでおるのですが、如何なものでしょうや」
「箱はまだ残っていますか」
「腐ってましたが、取っておきました」
 妖怪博士は木箱も見せて貰う。
 妖怪仏は木造で、その木の箱の木が結構似ている。
「納骨堂ができたのはいつ頃ですかな」
「大正です」
 妖怪博士は境内や本堂なども見せて貰った。主に飾り付けや化粧板、特に細工物を探した。欄間などには彫りものが多い。所謂工芸ものだ。
「この寺は古いのですか」
「本堂は建て替えました」
「それも大正ですか」
「いえ、二十年ほど前です」
 妖怪博士は宮大工が遊びで彫ったものではないかと思ったのだが、妖怪仏は顔以外に特徴はなく、素人目で彫り方の違いや癖などは分からない。
 しかし、妖怪仏の顔以外はプロのものだろう。
「住職はどう思われますかな」
「奉納品でしょ」
「捨てに来た」
「よく持ち込まれます」
 おそらく、これが正解だろう。妖怪博士は妖怪仏を木箱に入れ、蓋をするが、がたついてぐらぐらする。そこで布でぐるぐる巻きにして、封印してしまった。
「なるほど、それがよろしいです」
 住職も同意した。
「今度は見付けにくい場所に隠しましょう」
「はいはい」
「これを秘仏とすればよろしいかと」
「はい、分かりました。しかし、お顔が妖怪なのは、何故でしょうなあ」
「遊びでしょ」
「あ、はい」
「いつも仁王さんとかに踏まれている餓鬼や小鬼が正体ではないかと思えます」
「無念を晴らしたわけですな」
「だから、お遊びの像でしょう」
 妖怪博士は帰りのバスがなくなりそうなので、帰り掛けたとき、
「これは鑑定料です。僅かですが、どうかお納め下さい、博士」
「ああ、そんなつもりで」
「いえいえ」
「これは秘仏ですから、誰にも言ったり語ったり、見せたりしてはいけません」
「はい、分かりました」
 戻ってきてから編集者から電話があった。
「見ましたか、どうでした。早速記事にしましょう。僕も写真を撮りに行きますから、今度はご一緒に」
「小学生が彫った偽物でした」
「そうでしょうねえ。そな出物、あるわけないですしね」
「そういうことですな」
 妖怪博士はどこで買ってきたのか、豪華な幕の内弁当を食べている。巨大な伊勢エビが笑っている。
 鑑定料がよかったのだろう。
 
   了
 



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2019年06月17日

3421話 妖怪堂


「妖怪堂?」
「はい」
「妖怪堂」
「そうです。妖怪博士」
「もう飽きた」
「いえいえ」
「寺とか神社とかお堂とか、ややこしい村があるとか、幽霊が出る屋敷があるとか、そういうのばかりじゃないか」
「そういう世界ですから」
「どうせ村にある面倒くさそうなお堂じゃろ」
「一応」
「そこに妖怪が出ると?」
「そうですそうです。幽霊ではなく妖怪です」
「もうお堂や祠や、そういったものはもういい。それと古墳のような塚もな」
「そうおっしゃらず、今回は妖怪堂なので、そのものズバリなので」
「遠いのか」
「近いですが、少し郊外です。私鉄で行けます」
「うーん」
「軽く調べて貰えばいいのですが」
「低気圧が」
「梅雨ですからね」
「それで、頭が痛いし、それに雨。出掛けたくない」
「妖怪が大勢います」
「で、どういう話なんじゃ」
「妖怪のお堂があるのです」
「そんな勝手なことを」
「はい、その通りです。実は閻魔堂でした」
「珍しいが、閻魔堂がある村は結構多い。村の入口のさらに手前ぐらいにある。村と外との境界線あたりかな」
「そうです。村の外れというより、もう村から出ています」
「そうじゃろ。これは村人の信仰のためじゃなく、脅しだ」
「閻魔さんですからね」
「鬼瓦のようなもの。家ではなく村に取り付けたようなもの。これで、威嚇するわけじゃ」
「そうなんですか」
「悪さをしに、村に入り込もうとしても、その手前に閻魔堂があると、一寸躊躇する。まあ、もしあの世にいったとき、悪事は裁かれるのでな」
「そんな効果があったのですか」
「マジナイに近い。個人の家ではなく、村単位の守り」
「村のいいところにある神社とは違うわけですね」
「村人相手ではなく、外来者相手」
「じゃ、そういう含みで、行きましょう」
「しかし、閻魔堂がなぜ妖怪堂に。それに妖怪堂というのも、世の中にないわけではない。閻魔堂ほど有名ではないがな。これがあるのは街道筋のように人が多く通る場所じゃ」
「その妖怪堂は結構古いのです。閻魔さんもいますが、妖怪の絵や置物などがびっしり入っています」
「大きさは」
「お堂といっても板床はなく、屋根と囲み程度。一応閻魔さんが座る台はありますが、まあ、物置のような感じです」
「人は入れるか」
「入れますが、狭いです。それに色々なものを起きすぎたので、数人入ると一杯です。壁には妖怪の絵が飾ってありますし、土間には妖怪の木乃伊とか置物のようなものとか」
「秘宝館か」
「それが江戸時代から続いていまして、今は閻魔さんはいませんが、妖怪の絵が壁から天井までびっしりと貼られています」
「どの時代の絵かね」
「さあ、江戸時代のものはもうありませんが、今は浮世絵の妖怪画の複製とか、本やグラビア雑誌から切り取ったものがペーストされています」
「それだけのことじゃないか」
「ここに出るのです。本物の妖怪がお堂に集まるのです」
「もう分かった」
「では調査を」
「だからそれは人じゃろ」
「よくご存じで」
「想像が付く」
「はい」
「だから、その手には乗らんので、私は行かない」
「そうなんですか」
「何処に神秘がある」
「はあ」
「もっといい話を持ってきなさい」
「しかし、特集を考えているのです。次の号で」
「じゃ、適当に行ったこととして書くから、それでいいじゃろ」
「そうですね。僕も行くのが面倒でした。そんなのに付き合うのも邪魔臭いですしね」
 編集者は資料を置いて帰った。
 妖怪博士はそれを見ていると、見たことのある妖怪画が写っていた。
 最初それを見たとき、妙な気になったが、すぐに分かったとき、頭からしゅーんと血が引いた。
 妖怪博士が妖怪の中に混ざっているのだ。よく見ると、雑誌などでよく使われている妖怪博士の写真。それを拡大していた。
 もしかして、殿堂入りしたのかもしれない。
 
   了




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2019年06月16日

3420話 願念堂


 村の奥まった山腹に願念堂がある。非常に分かりやすいお堂だが、寺ではない。神社でもない。しいて言えば寺に所属している。お堂なので、寺造り。しかし僧侶がいるわけではない。お堂というのは色々な使い方があるが、この願念堂は文字が示す通り、願いを念じる場所。分かりやすい。
 このお堂には主がいるが、コロコロと変わる。願いが叶ったので、出ていったのだろうか。空くとすぐに別の人が入る。村人はここには入らない。来るのは他国の人。村人は貸主であり堂守のようなもので、ここを管理している。だから主がいるときは、その手伝いをする。食事とか、用事とかだ。
 お堂を建てたのはお寺ではない。村人が金を出し合って建てた。さる僧侶がこの地を訪れたとき、お堂が欲しいといいだした。村寺に滞在しているときだ。実は村の寺も檀家が建てたようなもの。寺そのものは大きな宗派の末寺だが、そんな金はない。この寺は宗派替えをよくやる。領主が変わるたびに、それに合わせたりする。もし領主がキリシタンなら教会を建てただろう。
 村から見れば都の高貴な出の僧侶はまさに貴人様。見るだけでも値打ちがある。僧侶になっているが、まだ若い。何か事情でもあるのだろう。それで旅先にもかかわらず、そこでお堂が欲しいといいだした。できれば、この地で落ち着きたいと。
 問題は何もない。僧侶として暮らす限り、都は黙認。ただ実家も金がないので、簡単には建たない。
 それで数ヶ村が金を出し合って建てたのが願念堂。最初はそんな名などない。僧侶が去ってから付けた名。これは何でもよかった。だからいかにも素人臭い名になった。
 貴族趣味が少しあるのか、お堂は雅。この高貴な方、余程お寺の抹香臭さが嫌だったのだろう。そして僧侶になるのも。
 その僧侶がお堂を去ったのは、還俗したため。俗に返ったのだ。一寸した政変があり、この貴族の血筋が途絶えたため。
 雅なお堂。派手な神社に近いかもしれない。この山田舎では珍しい。
 それで、ここを借りる人が結構いた。大庄屋の隠居とか、中に本当の旅僧や、村寺の本山の高僧なども、借りていた。死に場所のようなもので、期間は短いが。
 願念堂という名は村人が勝手に付けた名なので、あまり意味はない。
 
   了



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2019年06月15日

3419話 蘊蓄


 人は同じものを見てる場合、同じ見え方をしているのだが、多少は違う。その程度なら問題はない。視力の問題もあるだろう。しかし、そこに知識などが入り込むと目で見ているのではなく、頭で見ている。だから同じものを見ていても解釈が違うのだろう。その解釈とは御託のようなもの。これは神様の神託ではなく、いい意味ではない。ゴチャゴチャと御託を並べるとかの、あのゴタクだ。これは蘊蓄といってもいい。
 まあ解釈のことだが、そうなると分かりやすい視覚的なことの中にストーリーが加わり、途端に見えなくなる。物語世界に入るためだろう。それは見えているだけのものではなくなる。動きがあり、ドラマがあり、因果因縁があり、世界観まで加わる。
 知らない人にとっては見えていないものの話になる。そうなると、もう見えているだけのものとは違った世界までいってしまう。
 訳ありのことを知っている人達の話。訳の分からない人にとっては、初めて聞いたり、またはある程度知っていても、違う解釈だったりする。
 島田の先輩がそういう人で、蘊蓄を語り出すと際限なく続き、聞いていないことまで綿々と喋り出す。結局は自慢話。
「困ったものです」
「清原君のことかね、島田君」
「そうです」
「まあ、君の先輩なので、何でもはいはいと聞くべきだろう」
「間違っていません?」
「何がかね」
「先輩のおっしゃること。本当なのでしょうか」
「月の裏に何種類もの宇宙人がいるとかの話じゃないでしょ」
「そこまでかけ離れていませんが、独自なのではないかと、最近思いまして」
「独自?」
「はい、他の人の意見も聞きたいと思います」
「それはやめておきなさい。先輩との関係が悪くなる。良くても悪くても素直に聞きなさい」
「はあ」
「聞き流せばいいんですよ」
「そうですね。聞くだけで」
「相槌ぐらい打ちなさいよ。バレますよ」
「あ、はい」
「それと驚くことです」
「ああ」
「すると清原は調子づいて、もっと語り出すよ」
「まずいじゃないですか」
「聞いているだけでいいんだ。彼は知識や経験を披露したいだけ。だから凄いです、凄いです、をいってやれば、それで問題はない。馬鹿なやつだ。どう思われているのかに気付かないんだからね」
「しかし、先輩の話は本当でしょうか。僕は知らないので、よく分からないのです」
「彼の中で出来上がった世界だよ」
「ということは、独自すぎて」
「そんなこともない。当たっていることもある」
「じゃ、素直に聞き入ります」
「そうしなさい。大成しなかった残念な人だ。だから人助けだと思って」
「はい」
 
   了




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2019年06月14日

3418話 座布団オフィス


「今日の雨は梅雨寒ですなあ」
「そうですか」
「ひんやりする。寒い」
「でも晴れているときは暑いですよ」
「極端なんだよ」
「でも自然現象なので」
「そうだね。リアルにあることだ」
「人にもありますし」
「それは自然かな」
「そうでしょ。感情の起伏のようなものですので」
「感情は起伏するか? 暑くなったり寒くなったり」
「瞬間湯沸かし器のような人もいますよ。起動が速い」
「あれは頭の中の線が切れる恐れがある。そのためかこめかみあたりの血管が浮いておる。あれは切れないように太くなっているんだ」
「そうなんですか」
「それはいいが、季節外れの寒さは何ともならんねえ。これはないものとして、無視すべきだが」
「そうですよ。長くは続きません」
「まあ、一気に夏になるより、こういう戻りがある方がいい」
「そうなんですか」
「今日も雨か。まあ、梅雨なので仕方がない」
「そうですね」
「うむ」
「じゃ、そろそろ仕事を始めましょうか」
「仕事にも冷えた」
「別に冷凍食品を扱っていませんが」
「内容がね。もう冷え冷えする」
「この業界、冬の時代に入りました」
「そうだね。春は来ない」
「社長、手を動かして下さい。止まってますよ」
「そうか、動かしても詮無いがな」
「仕事ですから」
「君はまだ温度があるねえ」
「哺乳類ですから」
「そうか」
「冷えるときは動いた方が良いですよ。身体も暖まります」
「そうだね。ところで、引き継ぐかね」
「え」
「君がこの会社を」
「急にいわれても」
「私はもういい」
「考えておきます」
「そうだね。厄介なものを背負うことになるからね。いい話じゃない」
「春は来ませんか」
「回復はしない。落ちる一方」
「はい」
「規模をもっと縮めれば何とかなる」
「考えてみます」
「一人で、家のホームゴタツの上でもできるほどだ。これじゃオフィスとは言えないがね」
「座布団一枚分で済みます」
「そりゃ花札だ」
 
   了




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2019年06月13日

3417話 人のやらない新しいこと


 古いものが意外と新しかったりする。この新しいという概念が、先ず問われるところだ。それを問わない場合、自分にとっては新しければそれで通じる。ただ自分だけの一人通りだが。多数にとっては古臭いとなる、古いだけではなく、臭い。
 味噌臭く畳臭く、漆喰臭い。これは壁だが、日本家屋の、あの土壁の剥がれたような匂い。土は臭い。土臭い。
 少し前のものでも、もう忘れられてしまったものを今見ると新しいが、おそらく以前はそれが新しいものだったはず。しかしより新しいものが出たので、忘れられた。だが覚えている人が多いと、バレてしまう。
 新しいものを追いかけるにしても、新しさの意味により違ってくる。たとえばあまり人がやっていないことをやると、これは新しいかというとそうでもない。その新しさに価値があるかどうかによる。だから新たな価値を見出したものがいい。新しさと他の人がやっていないこととを混同してしまいそうになる。価値がないので、他の人はやっていないのだろう。または価値を見出せなかったかだ。
 ただ、一人だけ価値を見出しても、それは価値として流通しない。
「それで木村君は新しくて価値あるものを探しているのですね」
「そうです。完璧でしょ」
「しかし値が出るまで時間がかかったり、出ないまま終わることもありますよ。新しいものは不安定ですからね」
「はい」
「それで見付かりましたか」
「いいえ」
「それはいけない」
「人がやっていないことならいくらでも見付かるのですが」
「まあ、そんなものです」
「何とかなりませんか」
「何が」
「ですから、上手く行かないのです」
「人がやっていないからといって価値があるわけじゃない。新しいからといって価値があるわけじゃない。それだけのことですよ」
「価値ですか」
「そうです」
「価値がないと勝てないのですね」
「勝ち組にはね」
「じゃ、価値組だ」
「そんな余計なことをいっておる場合ではないでしょ。君の価値観はその程度。だから目新しさだけを追うことになる」
「はい」
「自分らしさ、自分が見出した価値、そういうものに拘るからですよ」
「じゃ、人と同じようにやればいいと」
「それもなかなかできるものじゃないでしょ」
「ああ、そうでした」
「だから君は人並みのことができないので、違う道を見出そうとしているだけ」
「できますよ。やろうと思えば人並みのことは」
「でも嫌なのでしょ」
「楽しくありません」
「それを個性派と呼んでいます。古い古い」
「はあ」
「君の考え方そのものがもの凄く古いんですよ」
「じゃ、何が新しいのですか」
「日々新しい」
「はあ」
「まあ、頑張って模索しなさい。探求しているうちに偶然いいものと遭遇するかもしれませんからね」
「はい、分かりました」
 
   了




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2019年06月12日

3416話 自家中毒


 毎日通る駅までの道。藤田は二十分ほど歩いている。家賃が安いだけあり、駅から遠い。バス停が近くにあるが、いつ来るか分からないし、朝は満員で乗りたくない。駅まで歩いた方が結果的には早い。これまでは自転車で駅に出たのだが、取り締まりが厳しく、もう止められなくなった。
 それはいい。日常化してしまうと、徒歩距離の二十分も普通になる。急げば十五分、走れば十分ほどで着くだろうか。しかし朝から汗をかきたくないので、二十分コースとなる。これで普通だろう。特に早足でもなく、遅くもない。どちらかといえば同じように駅に向かっている人よりも遅い目かもしれない。追い越していく人が結構いる。藤田が追い越すとすれば年寄り程度だろう。
 だが、そういう問題ではない。どうも足が重い。それでもペースは同じ。だから少し重い程度で支障はないのだが、足の重さは気の重さ。気から来ているのだろう。思い当たることはない。仕事先で面倒なことがあったとかもない。ささっと仕事し、ささっと終える。もう要領を覚えたので、仕事は簡単にこなせる。軽く流せる。
 日々問題はなく、平穏なもの。だから、気の重くなるようなことではない。なのに足が重い。何か苛つきのようなものさえ感じる。急に走り出したいとか。
 ほとんどガタンゴトンもいわないようなレールの上を走る電車のような日々。そのため、ストレスも少ない。そうなるのを避ける術を身に付けているためだろう。
 しかし、足が重く気も重い。理由が分からない。体調も悪くはない。だから気の問題。
 あたりまえのことをあたりまえのように粛々とやる。このあたりまえが何故か気に入らなくなってきたのだろうか。
 こういうのは長い休暇などのとき、退屈が続くと起こることがある。それに近い。
 これはまずい。コントロールが足りないのだ。
 では、何を弄ればいい。
 既に完璧だ。
 それ以上考えなくても藤田には分かった。
 こういうときは無理をせず、休むことだろう。そのための有給も残している。滅多に病欠はないので、これは簡単に使える。
 藤田はその場で電話した。
 しかし、一体何が起こり、どのようなことが無理となるのかは分からない。ただこの状態で出ると大変なことをしでかしそうなのだ。その予感だけが脳裡から伝わった。
 
   了


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2019年06月11日

3415話 安心楽路


 田中は楽をしたいと思うようになった。この思いは一番簡単で、黙っていてもそれは思っているだろう。水が低いところへに流れるように、楽をしたい、楽になりたいなどは一番自然なことで、努力は必要ではない。苦労することもない。新たな発想も必要ではない。
 だが、田中はそれができないでいた。少し楽をすると、その見返りが来る。笑ったときの皺が、そのまま苦しいときの皺に変わる。笑った分だけ皺が増えたりしそうだ。
 それよりも将来いい結果を生み出さないので、若い頃は苦労は買ってでもせよとなる。苦しい仕事をこなしたのにもかかわらず賃金が安いのではなく、その分、自分で払うということなので、これは赤字だ。そんな金が何処にあるのだろう。月給分を毎月買うようなもの。その間、何で食べているのだろう。これは蓄えがあるためだ。
 だから、金持ちの子でないとできない。まあ贅沢な環境で育てるよりも、金持ちの子ほど苦労させればいいのかもしれないが、これは大きなバックボーンがあり、安心して苦労できたりする。ある意味、苦労を楽しんだりする。
 田中が楽をすることに躊躇していたのは、そんな手を抜いた生き方ではろくな者にはならないためだろう。信用の問題もあるので将来よくない。
 だが、その将来になったのだが、大したことはない。楽をしないでやってきたのに、この程度か。ということになった。
 ならば、このあたりで手を緩めてもいいのではないか。どうせ凄い将来がこの先あるわけではないので。
 そしてもう楽をしてもいい年代に達したとき、このあたりで、楽へと走ってもいいと思えるようになる。田中はこれを楽路と勝手に言っている。
 楽をしてもいいというのは、もうそれほど頑張らなくてもいいという意味。まあ、頑張ってもたかがしれていることも分かっているし。
 安心楽路。安心して楽をしてもいいのに、田中はそれができないでいる。楽をしないのが習慣になっていたため、少しでも手を抜いたりすると、罪悪感に苛まれる。こんな楽をしているとろくなことにならないと。
 つまり、楽をしないというのは狙いだったのだ。方針であり、知恵だったのかもしれない。
 それで安心して息が抜けない。もう楽をしても何処からも文句が出ないのだが、悪いことが起こる予感がする。
 これは貧乏性なのかもしれないが、気を抜くのを恐れた。
 楽をする。怠ける。これは意外と難しいのかもしれない。
 田中は楽をしてもいいのだが、楽にはできない。楽はしたいのだが、気楽にできない。逆に楽をしない方が楽だったりする。
 楽路は遠い。
 
   了




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2019年06月10日

3414話 シマイバナ


「雨ですねえ」
「これで梅雨入りでしょ」
「明日晴れるらしいです」
「そうなんですか、で、そのあとは」
「下り坂です」
「じゃ、すぐにまた雨」
「さあ、曇りかもしれませんし」
「この雨で、もう梅雨入りでもいいでしょ」
「じゃ、明日の晴れはどうなります」
「梅雨の晴れ間」
「ああ、そう思った方がよろしいですねえ。今日の雨が梅雨の雨だと思えば何ともない。夏が暑いように梅雨は雨ばかり。これは諦めがつきます」
「ところでアジサイを見に行かれましたか」
「咲いてますねえ。まだ咲き始め。まだ見所じゃない」
「ツツジも見に行かれましたか」
「まだ咲いてますなあ。しかし時期が過ぎた。サツキは五月に見るもの。六月はアジサイにバトンタッチ」
「しかしまだ咲き始め。ツツジは咲き終わる頃ですが、まだ咲いています。どちらも早いか遅いか」
「まあ、どちらも見ることができるわけですな」
「どうです。六月の梅雨で雨が降っている頃に見るツツジのシマイバナ見学は」
「それは考えもしなかった」
「まだ、咲いていますからね。品種が違うのでしょ。場合によっては満開で、見所ですよ」
「雨にツツジ。まあ、いいかもしれません」
「ツツジの前は何でした」
「桜です」
「桜の前は」
「梅です」
「梅の前は」
「椿です」
「いずれも木ですねえ」
「それは気付きませんでした」
「雨ですが、行きますか、濡れたツツジを見に」
「そうしますか。しかしアジサイも咲いていますよ」
「じゃ、両方」
「いや、アジサイはもう少し寝かせましょう。まだまだこれから飽きるほど見ますから。ツツジはもう終わりなので、見納めです。ラストチャンスのシマイバナ」
「じゃ、その方針で行きましょう」
「はい」
 
   了




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2019年06月09日

3413話 納豆の糸


 暑い日だった。急に暑くなった。いきなり夏になったようだ。朝から暑い。
 吉岡はいつものように昼寝をしていたのだが、よく眠れる。途中で目が覚めたが、寝たりないというより、また眠りに落ちようとしているのが分かる。それをどうすることもできない。無理に起きてもいいのだが、その理由もない。スケジュール的な問題もないためだ。
 真夏の昼寝。これはそれほど眠れない。うとっとなる程度で終わる。暑くて寝てられない。それなのにまだまだ眠れる。これはおかしい。きっと暑気で朦朧としているのでないか。本来の眠気ではない。そしていつもよりも昼寝の時間が長すぎる。この時期短いか、眠りにさえ落ちないか、どちらか。横になっているだけの日も多い。
 これは危険だと感じ、吉岡は強引に起きた。納豆のような眠りの糸を引っ張っているが、それを切って。
 起きてすぐにネットで気温を調べると、全国的に高温。確かに気温はこれまでよりも高いが、真夏の凄い暑さではない。
 しかし、朝からグンと気温が高いことは分かっていた。この調子では昼頃、凄く暑くなるはず。しかし、昼寝するとき、それほどでもなかった。
 春から徐々に暖かくなり、身体もそれに慣れてきており、さらに初夏で暖かい、から暑いに変わってきたのだが、それにも慣れたはずだが、今朝の暑さはその慣れを超えたものらしい。だからいきなり夏に襲われたようなもの。
 吉岡はいつものように昼寝を終えると散歩に出る。部屋にいるよりも涼しいかもしれないと思ったのだが、逆だろう。夜なら外の方が涼しいかもしれないが、昼間は日影の方が涼しい。陽射しがないだけ。
 ドアを開けると、むっとする空気が、ということもなく、室内とそれほど気温は変わらない。しかし、いつもよりも暑いのは確か。
 いつもの散歩道を歩いていると、人もいつものように出ている。行き交う人や自転車、車。いつもと変わらない。特に異変はない。外に出られないほどの高温ではない。そんな日でも出ている人はいるだろう。
 散歩コースは緑の多い通りで、炎天下を歩いているわけではない。そしていつもの距離を歩き、戻ってきた。
 そして夕方まで仕事を続けたのだが、その頃はもう普段と変わらない。
 気温を見ると、下がりだしたようだ。そして夕方になると、涼しいほどに。これは季節としては妥当。
 翌日もまた暑くなったが、その日は窓を大きく開けての昼寝。閉めていた窓が別にあり、そちらも開け、部屋と部屋との仕切りも全部開けた。
 そして仕舞い込んでいた扇風機を取り付けた。
 その状態で吉岡は眠りに落ちようとした。暑いが意外とすんなりと眠れるようだと感じながら。
 そして普通に昼寝から目が覚めた。眠りも納豆のような糸は引かなかった。
 
   了

 
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