2016年06月30日

2944話 通り魔


 梅雨時、調子の悪いときに妙な客が来た。妖怪博士宅を訪ねる客は大概妙な人が多い。逆に普通のセールスとかは一切来ない。間違っても来ない。これは独自の何かを感知して、チャイムを押さないのだろう。この家はまずいと。つまり妙な家なのだ。しかし、ただ古いだけで、妖しい雰囲気はないのだが。
 さて、その客、何かを見たらしく、その相談だ。これは一文にもならないので、妖怪博士は適当にあしらっている。それに体調が悪いので、聞き取り方も荒っぽい。
「通りに出るのです。いや、出ているのです」
「何が」
「人です」
「はい、それは通行人です」
「そうじゃなく博士、夜中です」
「ほう」
「かなり遠くにいます。立ってこちらをじっと見ています」
「遠いので目玉など見えないでしょ」
「顔がこちらを向いています」
「それで」
「それで怖いので、反対側に向かいます」
「ほう」
「ある夜などは、それが出ているのですが、決心して、そちらへ向かいます。すると、さっと消えます」
 どのように消えたのか、その消え方を聞くべきだが、妖怪博士はそこも無視した。邪魔臭いのだろう。
「その人影はいつも小さいです。そして、別のところを歩いていると、また出ます。また遠くの方からこちらを見ています。私は付け狙われるようなことなどしていませんし、誰かに尾行されるような心配もありません。平凡な男です」
「いやいや、平凡なお人が夜中に外に出るのですかな」
 やっと妖怪博士は、積極的に聞いてみた。
「はい、夜中の散歩が趣味で」
「それがそもそも怪しいでしょ」
「そうなんですか」
「それに気付かないほど怪しいと言うことです」
「これは何という妖怪でしょうか」
 妖怪博士宅を訪ねる人は、もう答えは分かっているのだ。妖怪の仕業と。あとは名を聞きたいだけ。
 しかし夜中に遠くから見ている人がどうして妖怪なのだろう。
「博士ならこの妖怪を知っておられると思いまして」
「そうか」
「一晩に二度ほど見ることもあります。場所は違います」
「どういう場所ですかな」
「先が見えないほど、真っ直ぐな通りです」
「狭い、曲がりくねった道は」
「そこでも見ます。しかし、じっとこちらを見ているのは、真っ直ぐな道で、かなり遠いところにいる場合です」
「うーむ」
「どういう妖怪でしょうか、博士」」
「通り魔だ」
「え、通り魔」
 所謂あの通り魔のことを言ってしまったのだが、妖怪博士としては、その通り魔ではなく、通りに出る魔物の意味だ。
「その正体は何ですか」
「あなたです」
「それはありません。遠くにいるのも私だと」
「そうではなく、あなたも通り魔をやっているのです」
「え」
「あなたは見られているので、不審がって、じっと見ていたでしょ」
「はい」
「その相手から見れば、あなたが通り魔です」
「はあ」
「ポツンと通りに立って、じっとこちらを窺っているようなね」
「だって怪しい奴が通りの向こうから立ち止まってじっと見ているのですから」
「だから、相打ちです」
「はあ」
「正体はあなたというより、同じように夜中、散歩をしている同類でしょ。まあ、こんな暑苦しい夜、寝付けないので外に出て、涼んでいるのもしれませんしね」
「ああ。そうですか」
 通り魔を見た者はその瞬間、その人も相手から見れば通り魔だという話で、妖怪博士は勘弁して貰った。
 客はもっと神秘を期待していただけに、不満そうな顔で立ち去った。
 
   了

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2016年06月29日

2943話 天守の守り神


 天守の守り神、武神がいる。どんな敵も寄せ付けない神通力がある。だから、この城は落ちることはない。ところが本丸にある天守閣の下まで敵が来ていることで、既に城は落ちているのだ。本丸の前に二の丸三の丸があり、何重にも城は守られているのだが、最初に城門を破られた時点で負けだろう。もっと言えば城下まで敵が押し寄せている状態で、もう負け。もっと言えば領内に侵入されただけでも、もう負けに近い。その境界線や国境での戦いならいいのだが。
 そのため、城内の櫓一つ程度残っているだけでは、何ともならない。あとは階段や梯子から一層、二層と、登ってこられるだけで、それを阻止する天守の守り神がいても、同じようなものだ。
 しかし、天守の最上層にいる城主を倒さないと落城にはならないとなると、この武神が邪魔だ。
 実際には天守近くまで来れば、火を掛けて燃やしてしまえば済んでしまう。武神も殿様もそこで灰になる。
 ところがこの武神、不老不死で死なない。煮ても焼いても倒せない。城が落ちて、また、天守が燃えても、まだそこにいる。
「何処にいるのですか」
「だから、天守閣だよ」
「天守の何処に」
「さあ、天守の何処かでしょ」
「一階とか、二階とか」
「そこまでは分かりませんがね。今は一番上の階にいることになっています。だからそこにお祭りしています」
「まだ、守っているわけですね」
「そうです」
「何を」
「だから、天守閣です」
「建物をですか。それも天守の櫓だけ」
「あ、はい」
「城全体は守備外ですか」
「まあ」
「人は守らないのですか。城主とか」
「そこまでは伝わっていません」
 確かに、この城ができた頃、不思議なことが起こり、天守に登るのを嫌がる侍もいた。音がしたり、声がしたり、妙な影ができていたりとかで、見回り番の侍達は怖がったものだ。それで、これは天守閣を守る神か仏ではないかと言い出したのだ。
 実際には使われている材木だ。太くて長い木がいる。そんな木は滅多に生えていない。何処にでもある大木ではない。
 天守には二本の巨木が使われており、あとは継ぎ足してある。その二本の中の一本がどうも怪しいのだ。つまり木霊の一種だろう。天守の守り神とは、この木霊ではないかという説がある。木は死んでも生きており、呼吸さえしている。だから、たまに音ぐらい立てるだろう。
 さて、その天守閣だが江戸時代に入ると、取り壊される。一藩一城のためだ。しかし石垣は残っており、天守もコンクリートで再建された。もうあの天守柱もないのだが、守り神として、今も最上層に祭られている。
 
   了

 
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2016年06月28日

2942話 消えた地蔵盆


 志村の生まれ故郷は村ではない。郊外にあるベッドタウンで、ニュータウンだ。そのため志村の親の代から棲み着いたことになる。安っぽい分譲住宅だが全区画は広く、一つの町になっている。田圃を少しずつ宅地にしたものではなく、ごっそりと宅地化した。しかし、一つ一つの分譲区画面積は小さい。
 志村は学生時代から都会に出ていたのだが、定年後は生まれた家、つまり実家に戻ってきた。
 高校時代まで、ここで暮らしていたので、思い出も多い。それで、暇なときは町内をうろついているのだが、世代交代で息子の代になり、その息子も老いて孫の時代になっているが、家が古いためか、建て替えられたり、また昔からいた人も家を売ったり、そのまま放置したりと、人も町も様変わりした。
 そんなとき、ふと思い出したのが地蔵盆だ。これを楽しみにしていた頃があり、おやつを貰いに行った。
 その町に地蔵盆の祠が五つほどあったように記憶している。辻辻にあったのだろう。それが消えている。
 今考えると、それは人の家の庭にあり、それが通りを向いている。昔の家は庭が広く、玄関先にも庭があり、裏側の南向きにも大きい目の庭がある。垣根はあったが、軽いものだった。
 地蔵が置かれていたのは表側の庭だが、ガレージになったり、建て替えたときブロック塀で囲ってしまい、地蔵の祠もそのとき消えたのだろう。
 この地蔵はニュータウンができたとき、最初からあった。不動産屋が置いたものだ。だから分譲地の中に地蔵付きの区画があったことになる。五つか六つ。
 志村はそれらの地蔵が何処へ行ったのか、探してみた。するとガレージの奥に犬小屋のようにして放置されていた。捨てられないためだろうか。また、その家を更地にしたとき、完全に消えたものもある。祠に値打ちはないが、中の石仏は大事だろう。何処かへ持って行ったのかもしれないが、そんなもの引き取る場所は少ないだろう。
 それらの地蔵さんは同じ形で同じ大きさ。ニュータウンができたとき、石屋が彫ったようだ。
 盆踊りができる広場、今は公園になり、遊具で狭苦しくなったが、昔は映画も上映されていた。巡回でよく来ていた。夏場に限られるが。
 盆踊り、そして地蔵盆。これらができるニューターンだったのだ。
 地蔵盆になると子供達は順番に回っていたのだ。当然親たちは、自分たちの地蔵があり、その前にゴザを敷き、何やら拝んでいたが、子供達はフリーだ。お菓子を貰いに町内めぐりをする日にすぎない。これは餓鬼供養だが、餓鬼などいないので、子供を餓鬼に見立て、おやつをやっていた。大事な行事だ。
 そして、三村が戻ってきた頃には、もう地蔵盆はなくなり、地蔵を持っている家も、新築や改築、増築のとき、処分したのだろうか。当然捨てないで、犬小屋のような感じで、隅っこに置かれていたりする。
 当時は周囲は田圃で、まだ村の面影が残っており、地蔵盆の盛んな地方だったためか、ニュータウンにも地蔵込みで売り出されたのだろう。
 地蔵付きの分譲住宅を買った人は、地蔵の管理が義務づけられていたようだ。そういう契約箇所があったのかどうかは謎だが、軒下に木製のゴミ箱を置くような感覚だったのかもしれない。
 地蔵盆の世話は実際には、その周辺に地蔵盆世話人会があり、そこでやっていたらしい。これを隣保とも呼んでいた。その第一世代はとうに地蔵に連れて行かれ、あっちへ行っている。
 
   了

 
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2016年06月27日

2941話 体気


 蒸し暑く、じめじめとしている季節、高梨は体調が悪い。体調とは身体の調子だが、何処が悪いのかの重さや範囲は非常に広い。病名を言いにくい場合は、この体調を使う。しかし言いやすい病名などあまりない。内科か外科、整形外科も耳鼻咽喉もある。しかし、任意の病名を言うとリアルになりすぎる。だから、体調がいいか悪いかのイエスかノー的なところで、曖昧にしている。
 高梨の体調は、散歩に出たときに露わになる。出歩けられるのだから、大した症状ではないのだが、これは日課なので、癖になっている。寝込むほどのことでもない限り、出ている。
 梅雨時など足が重い。息苦しい。いつものコースの半分ほどでバテたようになる。しかし翌日湿気が減り、カラッと晴れておれば、すたすたと歩ける。これでほっとするのだが、足などが痛い場合、その限りではない。痛いものは天気に関係なく、痛い。
 普段使わないような筋肉を使ったり、普段取ったことのないポーズを取ったとき、筋が張ったり、痛くなったり、筋肉痛になったりする。これは二日もあれば、直っているはずなのに、一週間も二週間も取れないこともある。流石にこれは心配になる。この場合も、天気は関係しない。
 そして、いつに間にか直っていたりする。少し手こずったのだろう。
「この世では何が起こるのか、一歩先は闇です」坊主が言う。高梨の同級生で、インチキ臭く、胡散臭い男だが、寺の息子だったので、いつに間にか住職になっている。学生時代までは一緒に遊んだ仲だが、卒業してから互いに別の町で暮らすようになり、何十年も合っていなかったのだが、互いに帰郷し、互いに家業を継いだ。ただ高梨家の家業は既に廃業になっていたため、実家に戻り、家を継いだだけのこと。
 それで久しぶりにインチキ坊主に合いに行った。学生時代から丸坊主だったのは、いずれ坊主になるのだから、今から坊主頭にしておいた方が目立たないと判断したようだ。いきなり頭を剃るのは嫌だったのだろう。
「一寸先は闇ねえ、これを常套句というじゃないのかい」
「坊主はそういうものを口走るものさ」
「そうか」
 この寺に、その常套句というか、金言というか、なかには川柳のようなものを書いて、門の前に貼ってある。ワープロで大きな文字で印刷したものだ。彼の仕業だ。
「病気も気、気運も気、天気も気。気が意味するものがそれで分かる」
「それは気のせいだよ」
「ほら、そこでも気を使っている」
「気遣いもそうか」
「そうそう」
「体調と気との関係は?」
「気功は、わしは信じていないが、体気はある」
「体気」
「まあ、気力、精力のことじゃが」
「その年寄り言葉、やめてくれないかなあ」
「なにがじゃ」
「その、じゃ、だよ」
「ああ、最近これを使うようになった。もう年寄りの坊主なのでな」
「まあ、いいけど、その体気って何となく分かる。身体の大気のようなものかい」
「これは体内だけを差すのではなく、外側とも関係してくる。まあ、空気がなければ息ができないように、外との関係も大事」
「そういうインチキ臭いこと、何処で仕入れてくるの」
「オリジナルだよ。オリジナル」
「それはいいけど、体調と体気の関係は、何となく分かる」
「そうなんだよ高梨君。身体の中にも宇宙がある。これは曼荼羅図を見れば分かる」
「胎内何とかとか」
「そうそう」
「まあ、人の生命も宇宙の生命も、同一のもの、単独では存在しない。繋がっておる」
「それはよく聞く」
「わしも、草木も、人も空気も、石も岩も、水も一体のもの」
「そう思うと、地球が一匹の虫のように見えるなあ」
「しかし、わしが語るのはここまで」
「え、どうして」
「ここから先は宇宙宗教になるので、それは避けたいからじゃ。わしはSFは苦手でなあ」
「はいはい。ところでお寺の方は大丈夫」
「見たら分かるでしょ。幼稚園と保育所をやっているので、当分大丈夫。裏の丘にまだ墓地の余地もあるしな。下手な山より儲かるぞ」
 この同級生、里に帰るまでの長い期間、商社マンをやっていた。下手に寺で修行するより、多くの修羅場を越えてきたようだ。
 高梨は体気という言葉を手土産に、寺山を下った。
 
   了

 
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2016年06月26日

2940話 上ヶ原


 上ヶ原。この地名はよくある。上の方にある原だろう。地形的に上下ができている。川の上流か下流。また上はあるが下がない場合もある。上本町はあるが、下本町はなかったりする。下本町は、普通の本町だろう。それに対し、少し高い場所にあったり、北側にあったりする。
 鬼ヶ原との異名もある、この上ヶ原に対しての下ヶ原はない。下は平野だ。上ヶ原は「うえがはら」と読む。上の方にある原だが、人は住んでいない。
 上ヶ原は大きな山地の取っ付きで、平野部から見ると最初の坂だが、上ヶ原から先はただの山道で、壁のように立ちはだかる山腹にぶつかる。つまり抜けられない。山越えの道としてもふさわしくない。
 上ヶ原は小さな台地のようなもので、そこだけが大陸棚のように平。しかしそれほど広くはない。斜面を削らなくても、最初から宅地になりそうな場所だが、平野部からの坂がきつく、またその距離も長い。麓から上ってきた人は、平らな場所があるので驚くほどだ。
 上ヶ原には池がある。自然にできた池だ。今は貯水池として使われている。人が飲む水道水になる。
 ここが宅地化されないのは、鬼ヶ原伝説があるためだ。そんな伝説程度で、不動産屋が遠慮するわけではないが、宅地としての場所が悪いのだ。緩やかなスロープの道路を通す必要があるが、途中は何もない。元々麓の村人にとって用事のない場所でもある。
 山の取っ付きは今は宅地化されているが、上ヶ原までは上がって来れないようだ。
 池の畔に山荘があり、何度か建て替えられた後、大学のラグビー部の合宿所になっていた。
 さて鬼だが、この噂は学生達も知っている。体力のあるラグビー部の武者なので、鬼退治でもやりかねない。
 池は台地のど真ん中にあり、その周辺が原っぱなのだが、池の存在感が強すぎる。池が邪魔なのだが、埋めるわけにはいかない。貴重な水源のためだ。それも宅地化されない理由の一つだろう。
 鬼はこの池から出る。だから水鬼だ。合宿で寝泊まりしている学生が、窓から池を見ていると、鬼の角が浮かんだらしい。まるでネッシーならぬオニッシーだ。
 しかし、その頃は貯水池の周囲はフェンスで囲われ、鬼もそこからは出られないようだ。
 昔はこの水鬼が池から出てきて原っぱをのし歩いていたらしい。
 鬼退治の伝説は、リアルなものと繋がっている。鬼ではなく、人だ。誰かを退治したのだろう。征伐だ。
 この地方を研究している人がおり、それによると、この場所に古代王朝があったらしい。今でも解読できないような文字のようなものが岩に刻まれていたりする。これは先住民だろう。そこへやってきた新参者が、この先住民を征服したのかもしれない。それがいつの間にか鬼退治の伝説として残っている。
 今は、その大学の合宿所も廃墟となり、貯水池だけがある。周囲は原っぱ。ここはやはり先住民以外は住めない場所のようだ。
 
   了

 
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2016年06月25日

2939話 方墳のある家


 古墳というのは群れをなし、古墳群としていくつか点在している。そのため、一つだけポツンとあるのは妙だが、時代により、そんなこともあったのだろう。ただ、その地に古墳を作るとなると、土地の人達との関係もある。
 また、名もない小さな古墳もあり、誰の墓なのかはもう分からない。
 その地方の古墳群の規模はそれほど大きくなく、埋葬者も豪族で、その後、名をなした一族ではない。そこにポツンと一つだけ小さな古墳が混ざっている。これは古墳群の中の一つだと思われていたのだが、実は違うらしい。この古墳だけは身元がはっきりとしており、その子孫がすぐ近くに住んでいる。
 古墳群を作った一族が消えてからすぐの時代で、そのため、最初は、これが一番新しい古墳で、その後、古墳は作られなかったので、最後の古墳だと言われていたが、これが間違いなのだ。
 その小さな古墳、本当は真四角なのだが、見た目は円塚。今はこの古墳の上にお稲荷さんが祭られているが、人の家の庭だ。そういうことは珍しくない。古墳のあった場所が村の共同墓地になったり、神社になった例はいくらでもある。
 むしろ、その古墳ができたた頃から、ずっとそれを管理している子孫がいる方が珍しい。内部の調査はされていないが、古墳を作った一族がまだ健在で、今日まで続いているのだから、名家だろう。古墳時代後期から続いている家柄だ。しかし、歴史に名を残すような人は出ておらず、誰も注目などしていないし、一族の末裔達も、あまり気にしていないようだ。
 実はこの一族、帰化人で、石工の一族。職人集団が住み着いたものだが、人種は分からない。インドのさらに西だろうと言われている。
 石に関する技術を伝えに来た人達は多い。この古墳のヌシは石切りや、石組みではなく、石を彫るのが得意だったらしい。加工する側だ。
 ただそれは古墳時代までの話で、石工を家業とする末裔はいない。その後、この地に土着し、ただの百姓になった。ただ、庄屋を何度もやるほどの豪農だ。石工の集団なのだが先任者が多くおり、あまり仕事はなかったので、早いうちに切り替えたのだ。
 そして古墳時代に作られたという神像が残っている。この一族の宗派色が強い像で、当然日本人の顔ではない。
 中近東の神様に近いようだが、その子孫は顔立ちは平べったい。長い年月を経たため血が薄くなり、平らになったのだろう。
 他の国々は、この人種をヘブライ人と呼んでいるらしい。
 
   了


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2016年06月24日

2938話 皇帝の謎


「この帝王がよく分からないのですがね」
「何の帝王ですか」
「皇帝のようなものです」
「校庭の帝王、これは学校の番長ですか」
「まあ、番長のようなものですが、王の中の王です」
「ああ、その帝王」
「色々な国があり、その中の番長のように強い奴が、帝王、皇帝になる」
「はい」
「ところが、その帝王の場合、誰だか分からない」
「一番強い勢力でしょ」
「そうです。しかし、その地盤が何処なのかが分からない」
「どういう意味です」
「色々な国は、この帝王に従い、家来になりました」
「はい」
「この皇帝も実は色々な国の中の一つの勢力だったはずです。だから地盤になっている国があるはず。当然、名も」
「それがないのですか」
「そうなんです。しかも出身国も、名字もない」
「ほう」
「当時有力な国は七つほどありました。それぞれ場所は分かっていますし、国名もあります。しかし、帝王にはそれがない」
「その中の一つでしょ」
「その国が見付からない。だから、いきなり各国の上に君臨しているようなものです。天から降りてきたように」
「はい」
「そして、その帝王がどうして国々を統一できたのかも分からない。こんなもの兵力勝負でしょ。武力です。だから一番大きな国とか、力のある国が統一したのですが、その国が分からない」
「その中の一人でしょ」
「そうだと思いますが、出自が分からない。名がないし、出身地もない。いきなり君臨です」
「それを降臨というのです」
「いや、帝王は人ですよ」
「きっと天から降りてきた、天兵でしょ」
「それは神話です。あとで作られた」
「はあ」
「それで、私はこの帝王の出身地を探しました」
「分かりましたか」
「家来になった国々の一つです」
「それは妥当な答えですねえ」
「おそらくこの一族だと思います」
「そこまで分かりましたか」
「簡単ですよ。一番勢力の大きな有力な家来の国です」
「はい」
「これがこの帝国のナンバーワンかナンバーツーです」
「はい」
「その人が実は帝王なのです」
「最初から、そうなんでしょ」
「そうです。当時は、誰でも知っていることでした。しかし、それらは一切記録から消えたのです。だから、それを私は辿っているのですよ」
「暇ですなあ」
「それで分かったのですがね」
「結果は」
「はい、結果は皇帝などいなかった」
「はあ」
「家来が回り持ちでやっていたのです。帝王、皇帝を」
「しかし」
「はい、だから、帝王などいなかった」
「よく分からない話です」
「最初、これに気付いたのは、帝王が最初に持っていた国がない。名もない。これで、ピンとくるはずでしょ」
「それは何処の帝国ですか」
「ゲームの中に出て来る帝国です」
「あ、そう」
 
   了

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2016年06月23日

2937話 見返り婆


 後ろ姿の綺麗な女性。こちらを向くと一寸違うかな、と思うようなこともあるが、老婆ならその心配はない。何の期待もない。見返り美人という有名な絵もあり、ドラマなどでもヒロインの登場シーンでは、この手がよく使われる。
 しかし後ろ姿の方がよかったのではないかと思えるような横顔もある。真横になる手前の角度があり、ここでは頬が飛び出たりする。そして真横。これは鼻の形がモロに出る。そこから正面へと動かすのだが、この途中はあまり美しくない角度がある。七四あたりがいいのだろうか。七一や、七二は怖い絵になることもある。七四あたりから安定する。手前が七で奥が四だ。
 しかし、これが婆の場合、どの角度も似たようなものだ。
 さて、見返り婆だが、これは口裂け女が老いたものではないものの、パターンは似ている。やはり口が耳まで避けた老婆で、違いがあるとすれば歯がないことだ。江戸時代の妖怪でお歯黒というのがいる。これは口だけで、鼻や目はないので、のっぺらぼうのようなものだが、真っ黒な口はそれだけでも不気味だ。
 この見返り婆は佐賀の化け猫のように「見たなー」と来る。口が裂けているので、猫のようにも見えるので、その影響かもしれない。化け猫は油をなめているところを見られて「見たなー」とか「見たであろう」になるのだが、この化け物は人型で、猫の姿でなめているのではない。正体がばれたので、見たなーとなる。
 見返り婆も、こちらを向いたとき、見たなーを連発する。では、何を見られたのかだ。それは口が裂けているので、ただの老婆ではなく、妖怪変化の類いのため、正体を見られたので、見たなーとなるように思われる。では最初から正面から見た場合はどうなるのか。実はその場合、口は裂けていない。見返った瞬間避けるのだ。何か顔の筋でも違えたかのように。
 ただの顔面神経痛のお婆さんかもしれないが。また実際には耳元まで避けるようなことはなく、大きく口を開けたので、そう見えたのかもしれない。
 この見返り婆は狭い路地などにおり、所謂カシマ婆で、姦しい。女三人寄れば喧しい。ここでは一人なので、小うるさい婆さんだ。町内の噂の出所は、大概この婆さんから発せられることが多い。
 見返り婆状態は、その実行中、つまり、盗み聞きや盗み見、覗きなどをしている最中を見られたので、見たな、となる。だから、町内レベルの小さな話だ。
 自分が何かを覗き見したりしていることを、多少恥じているのか、または悪いことをやっていると自覚があるのか、その状態を人に見られたくない。だから後ろを常に気にしている。
 見返り婆を見た人は、なぜ「見たなー」となるのかが分からない。だから、口が大きいので、化け猫婆さんを見てしまったと勘違いしたのだろう。
 この見返り婆、さらに最近は首を回すのを控えるようになり、見事な見返り姿を見せることはなくなったようだ。持病の目眩の関係で、あまりキョロキョロすると、ふらっとするためだろう。
 
   了

 
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2016年06月22日

2936話 暑行


「また暑い季節になりましたなあ」
「夏ですからねえ」
「しかしあなた、この暑いのに、よく歩いていますねえ。用事じゃなく、散歩でしょ。健康のための日課のような」
「この季節は暑行です」
「諸行無常の」
「いえ、冬は寒行、夏は暑行です」
「秋と春は」
「普通の歩行です。これも行なんです。歩くことが行なのですよ」
「でもただの散歩でしょ」
「暑いとき、寒いとき、そう思わないと、やってられませんよ」
「そこの角にいる滝田さんは座行ですか」
「ああ、角に椅子を置いて座り続けていますねえ。いつ見てもいますねえ。あれも行なんでしょう。雨の日は傘を差して座ってますし、今は日傘を差して座っておられる。あの人は歩くより、座りの行なんでしょうねえ」
「座禅とはまた違う」
「そうです。椅子ですし、それに疲れてくるのか、かなり深く座っています。ホームゴタツの座椅子で、首だけ当てるように、沈み込んでますよ」
「でもあの椅子、クッションがないでしょ。堅そうな木の椅子。あれはゴミに出すまでは座布団のようなものを使っていたのでしょうねえ。あれは学習椅子です。おそらく」
「滝田さんに比べ、私などは行が浅い。炎天下に日傘だけでじっと座っているのが、如何に苦しいか。私は帽子だけですが、歩いているので、変化がある。風もある。日陰もある」
「熱中症は大丈夫ですか」
「滝田さんは何も飲んでおられない。水筒など持ってきていないようですが、たまに家に戻って、休憩するのでしょう。私は日に二回、滝田さんのいる場所を通りますが、いつもいるが、いないときもある。だから、一日いるわけではなさそうです」
「あなたも水分の補給が大事でしょ」
「暑行と言いましても、一時間も歩いていませんよ。だから、私も水筒は持ってこない。荷物は負荷です」
「しかし、お二人とも行として表に出ておられる。これは何ですか」
「ただの散歩じゃつまらんですからね。それに暑いやら寒いやらで、出るがが嫌になる。当然身体の調子が悪いときもあるので、出たくない。そんなとき、これを行だと思えば、出やすくなる。苦しみに行くようなものですからね。寒行より暑行の方が苦行になる」
「滝田さんも、そんな考えなのでしょうかねえ」
「さあ、聞いたことはないけど、座行も悪くはない。私はじっとしてられないたちなので、無理ですがね。同じ場所でじっと座っていると、色々な人が通り過ぎるでしょ。それを見ているだけでも飽きないのかもしれません。家でテレビを見ているよりもね」
「じゃ、座り番のようなものですか」
「ああ、通学中の立ち番みたいなものかもしれませんねえ」
「そういえば、私が昔住んでいた村じゃ、バス停近くの店屋の横で、じっと座っているお婆さんがいましたねえ。あれと同じかも」
「いますいます。地蔵盆の祠の横にじっと座っているお婆さんとかも。あれはそのまま板で囲めば、生地蔵のようなものですよ。近い位置にいます」
「ところで滝田さんは足が悪いのですか」
「いえ、すたすた歩いているのを、見たことがあります」
「座行と、歩行、これは別れるのですかな」
「定点観察タイプか、ウロウロするかの違いで、似たようなものでしょう。ただ、歩行に比べ、座行の方が私は難しいと思いますよ。特に炎天下や、真冬は。歩いている方が風もあるし、寒いときでも身体を動かしている方がましです」
「あ、向こうから足立さんが来ましたよ」
「ああ、あの人は車行でしょうかなあ。歩いているのを見たことがない」
「自転車行ですか」
「そうです」
「その違いは」
「これはですねえ、座行の発展型で、座して移動する。しかも自転車なので、遠くまでいけます。歩行よりも楽です。だから、初心者ですよ」
「じゃ、難度が高いのは座業の滝田さん」
「そういうことです」
 
   了


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2016年06月21日

2935話 夜行


「最近は夜行をやめたのですかな」
「大病しましてねえ。医者がよいの関係や、朝夕に飲む薬の関係もありますから、もうやめました。その時間は尻の穴、三角にして寝てますよ」
「三角」
「はい」
「見たのですか」
「いえいえ、気を抜いた状態を尻の穴三角にして寝ているというのですよ」
「三角」
「そうです」
「丸じゃなく、三角。それは筋肉の関係ですか」
「そこまでは知りませんが、寝ているので、夜行はやめました。まあ、その時間に起きておれば、やるでしょうが。ところであなた、まだ夜行しておるのですかな」
「はい、相変わらず夜中、ウロウロしていますよ。歩いているだけですから、ただの散歩なのですがね」
「分かります。深夜の散歩。これは落ち着くんです。昼間よりもね」
「百鬼夜行を見ました」
「ほう、それは素晴らしい。私も長い間、いや、若い頃からうろつき夜太とあだ名されるほど夜の街を徘徊していましたが、百鬼夜行にはお目にかからなかった。で、どんな妖怪が列をなし、歩いていました」
「その行列は似たような白い着物の人で、ただ歩き方がおかしくて、普通に歩いている人は少なかったです。妖怪じゃなく人間でした。ただ、顔や体型が少し気持ちが悪い」
「あなたそれ、死人ですよ」
「はあ」
「先頭に確か死神がいるはず」
「そこまで見ていませんが」
「まあ、死神も死人も似たような服装ですからねえ」
「死神が引率しているわけですね」
「そうそう。しかし、それは滅多に見られない」
「それは一瞬です。すぐに消えました」
「何人ぐらいの行列でした」
「二十人はいたかと」
「それは多い。纏めて連れて行くのでしょうねえ」
「なぜ消えたのでしょうか。あっちへ入ったのでしょうか」
「聞いた話では、そんなものは本当は見えない。しかし、何かの拍子で、一瞬見えることがあるらしいのです。だから一瞬だけ、そのカーテンが開いたのでしょうねえ。それですぐに閉まったので、消えたように見えたのでしょう」
「話に聞いていた百鬼夜行だと思いましたよ」
「まあ、似たようなものでしょ。もうこの世のものではないのですから」
「ま、一応報告しました」
「報告、誰に」
「あなたにです」
「私に。どうして」
「珍しいものを見たので、お知らせしないといけないと思い」
「ああ、それはわざわざどうも有り難う」
「いえいえ」
「ところであなた、御身体の方は大丈夫ですか」
「はい、元気です。まだ死神のお世話になるのは早いかと」
「じゃ、お頭は」
「頭」
「確かですかな」
「少し」
「自信がないのでしょ。だから、そんなものをご覧になられるのです」
「あ、はい」
 
   了

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2016年06月20日

2934話 寅神石


「お元気ですか」
「いや、元気じゃないよ」
「それはいけない。じゃ、お元気で」
「だから、元気じゃないと言っておるでしょ」
「ああ、そうなんですか、それはいけない、じゃ、お元気で」
「元気じゃないと言っておるでしょ。最近寝付きが悪いし、目覚めも悪い」
「それはいけませんねえ、じゃ、お元気で」
「次にお会いしたときも、まだ元気じゃなかったりしますよ。次は元気で会いたいね」
「そうですねえ、じゃ、お元気で」
「そのようにしたいのだが、なかなかなあ」
「じゃ」
「少しお待ちを、あなたお元気ですか」
「いや、それが元気がなくてねえ、人の元気など聞いている場合じゃない。自分のことで一杯一杯、手一杯。もう医者がよいで忙しい忙しい」
「元気ですねえ」
「元気じゃない。だから、医者へ」
「そうですか、じゃ、元気なのは、誰でしょう」
「元気なのは寅山さんだけだよ」
「ああ、あの人いつも元気ですねえ。野獣のように」
「秘訣があるようですよ」
「それは聞きたい。秘薬でも」
「寅神信仰です」
「そんなのありますか」
「そこのお稲荷さんの横にある石、あれが寅神さんでしてね。寅山さんは毎日お参りしている。それが秘訣です」
「じゃ、あなたも医者がよいなんてやめて、寅神参りをされたら」
「いや、相性が悪いのか、私には効かないようです」
「じゃ、寅山さんだけに効くと」
「そうです。ただの漬け物石ですよ。別に祭られたものじゃない。その辺に転がっていたものです。それを寅山さんが縄を掛けて、紙をぶら下げた。勝手にそんなことやっていいのかどうかは分かりませんがね、謂われも何もない石ですよ」
「じゃ、やはり寅山さん専用だ。それで寅山さんは虎のように強い」
「まあ、寅山さんも人間ですから、いつまでも元気なはずはない」
「そうです。しかし、元気なのはいいことです。私も寅神さんのようなものが欲しい」
「そうですねえ」
「あ、長話になった。じゃ、お元気で」
「はい、お元気で」
 お稲荷さん横の寅神石の左右に、高神石と、三神石ができた。先ほど話していた二人、高橋さんと三村さんの仕業だった。それが効いたかどうかは分からない。
 
   了


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2016年06月19日

2933話 町伏


 夜型生活を送っている合田は、当然夜中ずっと起きている。寝るのは明け方だが、陽射しを受けると危険な状態になる吸血鬼系ではない。
 夜中、起きているだけで、じっとしているわけではなく、仕事をしている。イラストレーターだが、実際にはカット屋だ。そのため本人の名が載るようなことは殆どない。これは印刷所の中のデザイナーなどが書いたりする。合田は印刷所にツテがあり、その下請けだ。印刷所のデザイナーやイラストレーターが年老いため、外に出すことが多くなったのだ。印刷工場の片隅にある三階の屋根部屋のようなところに、デザイナーが何人もいる。中には一寸名の知れた人や、大きな賞を取った人もいるが、年老いてからは仕事がなくなり、ここに集まってきている。象の墓場があるように、デザイナーの墓場があるのだ。
 そこから頼まれたカットを、毎晩合田は書き続けている。単価は安いが、仕事はある。それだけでも十分だ。
 それなら印刷工場のデザイン室へ就職すればいいのだが、夜型のため、それができない。疲れると、すぐに横になりたい。そして好きな格好で過ごせる。だから、自室で仕事をする方が楽なのだ。
 そのレベルのためか、自宅といっても二部屋しかない。これは、いつ取り壊されても不思議でないアパートのため家賃が安い。マンションに移るだけの収入はないが、アパートの階段を降りれば一歩で表の道だし、自転車も余地に適当に止めておける。こちらの方が楽なためだ。
 ある夜、それを見た。最初は音で、チリンと鳴った。風鈴の音に近い。そのため、気にしていなかったのだが、その音が近付いて来た。
 不思議に思い、窓のカーテンを開ける。暑いので硝子窓は開けているが網戸は入れている。
 下の通りを見ると、見慣れない服装の人だ。それが外灯の明かりで確認できた。
 何処かで見たことのある服装だと思っていたが、まさか山伏だとはすぐに判断できなかった。それはミスマッチのためだ。その姿は想定にないためだろう。風鈴ではなく、鈴だ。杖に吊しているのだろう。
 カットを書くのに少し飽きたので、合田は階段を降り、その山伏を尾行した。
 表通りから裏道、そして路地へと入り、さらにまた大きな道へと、目的地があるようでないような、妙な歩き方だ。それよりも山伏は山に決まっている。山に伏す。つまり里暮らしではなく、山に籠もって修行する人なので、街中をウロウロするのは、別のタイプだろう。しかし、それでも夜中には歩かないはず。
 しばらく尾行を続けたが、解答が欲しいので、合田は声を掛けた。
 すると、町伏だと言う。町を修行の場とした修験者らしい。
 昔の山伏は山野で寝泊まりしている。野宿だ。今はそんな山伏はいないだろうが、この町伏は町で寝泊まりしているとか。だから、ただのホームレスなのだが、目的が違うらしい。それで間違われないように山伏の姿をしているのかと聞くと、そうではなく、この服装で歩くのが行らしい。結構視線を感じるが、それが修行になるようだ。
 世の中には変わった人がいる。何処かで頭を打ったのだろう。
 合田はそれで事情が分かったので、もう興味をなくし、アパートに戻ってカットの続きを書くことにした。これにも納期があり、締め切りがある。遅れすぎると次から仕事は来なくなる。
 そして、ペンをカリカリ走らせながら、将来について考えてしまった。象の墓場へ行くか、町伏になるか。どちらの選択も希望していないが、つい想像してしまった。
 
   了
 

posted by 川崎ゆきお at 09:23| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月18日

2932話 岳童


 岩木岳はごつごつとした山で、岩場が多くあり、そこを素登り、つまり道具を使わないで、猿のように登りに来る人もいる。三メートルほどの岩でも、これは登るのに苦労する。
 その麓は何もないが、川を少し下ったところに古い村がある。一番岩木岳に近いところにある村で、田畑もここが限界のようだ。
 その旧家に岳童の写真がある。明治時代のものだろう。タケワロウと読む。一種のモンスター、妖怪だ。座敷童子は有名だがその山岳版。山童でもいいのだが、こういう言葉は呼び方が先にあり、あとで漢字で記したりする。
 この岳童、猿ではないかと言われている。しかし粗末ながらも衣類をまとっている。山男、山爺は大人だが、岳童は背が低く、そして童顔。だから、童顔の大人ではなく、最初から子供だろう。猿にしては頭が大きい。見事な才槌頭だ。
 この怪物は上流の滝にいる。村人も、そこまでは行くが、その先へは行かない。当然それは昔の話で、今はクライマーがその滝を登ったりしている。また、滝の上に注連縄を張る行事も残っていたが、今はない。これは結界だ。ここから先へ行ってはいけないというより、山のものが出てこないように、封じているのだ。川伝いに下ってこないように。
 猿に着物を着せても、やはり猿だ。猿回しの猿を人間と見間違えるはずはない。顔に毛が生えているし、二足歩行はしないだろう。それに手も足も毛だらけ。つまり毛ものとすぐに分かる。だから、猿ではなく、やはり人だろう。
 その写真を所有している旧家は、外人が写したガラス原板を一枚もらったらしい。この家に滞在し、岩木岳の探検に出たようで、そのお礼だ。だから、この原板そのものも怪しい。
 それよりも、この地方には座敷童子の伝説が残っている。実際に家の中で見た人もいる。その座敷童子が山に入ったのではないかということだ。だから山童なのだ。
 この旧家には流石に座敷童子の写真はないが、肖像画はある。簡単な絵だがやはり不気味だ。頭が異様に大きく、年寄りのように見える。これは赤ちゃんの顔がたまに老人に見えたりするのと似ている。たびの絵師が聞き書きしたようだ。
 座敷童子は家に福をもたらせると言うが、そうならなかった家が座敷童子を山に捨てたのではないか。
 結界のある滝、その下に祠があり、岳童が祭られている。その顔は童顔で、頭が大きく、目鼻は下の方に固まって付いている。小さな子なら、そんなレイアウトだが、その誇張が大きい。
 座敷童子といい、岳童(タキワロウ)といい、実際は何だったのだろう。
 
   了

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2016年06月17日

2931話 妖怪モモバケ


 梅雨時、低気圧の影響でか、妖怪博士は寝たきりだ。座っているより楽なためだろう。梅雨時の台風、これがたまに来ることがあり、そんな日は死んだようになる。
 妖怪博士は奥の六畳の茶の間で一日過ごすのだが、万年床になっている。そこへ、いつもの担当編集員が来た。博士はすぐに起き、蒲団を畳み、さっと押し入れに背負い投げで入れたのだが、これでもう一日分の体力を使ったような気になった。
「蒸し暑いですねえ」
「梅雨だからな」
 編集者は自販機で買ってきた飲み物を家具調電気コタツの上に置く。いつも同じものではなく、新製品とか、珍しいものを買ってくる。
「これは桃です」
「ほう、桃のジュースかね」
「いえ、桃の味がする炭酸水です」
「あ、そう」
「しかし先生、桃の味がしますよ」
「桃などしばらく食べておらんなあ」
 妖怪博士は桃味のする炭酸水を一口飲む。
「おお、これはいけるじゃないか。すっきりする」
「清涼飲料水ですから。この季節、これが効きます」
「しかし、本当に桃の味がする」
「そうでしょ」
「こんなことで、欺されるのだろうなあ」
「欺してなんていませんよ。果樹は入ってませんと、書いてあります」
「一パーセントもかね」
「はい」
「見事なものだ。嘘だと思っても、桃の味がするし、色も桃のように白っぽい」
「これは欺された方が得でしょ」
「そうだね。何も知らないで、桃の百パーセントジュースだと思って飲む方が」
「それじゃ、だめなんです。この爽やかさは出ません。本物の桃ジュースなら、逆に喉が渇いたりしますよ」
「いつだったか」
「何がです」
「最後に桃を食べたのは」
「どんな桃です」
「缶詰だったと思う」
「缶詰だと、あの汁で、桃も梨も似たような味になるでしょ」
「そうだな。ビワもな」
「普通の桃、僕もご無沙汰です」
「子供の頃はよく食べたがね、井戸で冷やして。ところが、皮がなかなかむけなくてねえ。まだ熟し切っていないので、固いんだ。肉までむいてしまったりね。それこそ爪程度の大きさしか一度にむけない。桃から汁が出るは、早く口に入れたいのか口からも汁が出るはで、桃を食べるのも大変だった」
「それに懲りて、今は缶詰ですか」
「しかし、この桃味、よくできておる。まるで桃を食べたような気になった」
「ところで、最近は」
「ああ、最近なあ」
「梅雨時で体調が悪いのですね」
「まあな」
「じゃあ、今度お見舞いに桃を買ってきますよ」
「そんな経費、何処から出る」
「会計から」
「大丈夫なのかね、君の出版社。出版不況は嘘か」
「本当ですよ。雑誌の売れ行きも悪いですし」
 妖怪博士は、そこで連載していた。
「さて、仕事なのですが」
「ああ、妖怪日記だったか」
「そうです。最近見られた妖怪を、何か二三個お願いします」
「桃のように二三個か」
「はい」
「じゃ、桃妖怪でいいだろ」
「どんな妖怪ですか」
「桃尻妖怪」
「子供向けですから、よろしく」
「そうか、じゃ桃太郎はあるから、桃姫じゃな」
「桃姫はあります。それに桃太郎は妖怪ですか」
「そうだな。それに妖怪日記なので、そんな昔の話では無理か」
「はい、少しはリアリティーが必要です」
 妖怪博士は低気圧の影響で、体調が悪いのか、一ひねりができない。そのため、桃が化けない。
「ももばけ」
 と、適当に言ってみた。
「妖怪モモバケですね」
「そうだ」
 さっき飲んだ、桃味の炭酸水に頼るしかなかったようだ。
 流石に編集者も、これは使えないので、出直すことにした。
 妖怪博士も、低気圧の結界で何ともならないようだ。
 
   了

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2016年06月16日

2930話 憑き物落とし


 すっきりとした目覚めの日、その状態が一日続けばいいのにと田中は思うのだが、そうはいかない。いい目覚めは体調が良いときもあるが、色々なことが上手く行っているか、何かが終わり、すっきりとしたときかもしれない。
 田中はどっちかと考えた。そんなことを朝から考える必要はないのだが、目覚めが良すぎたのだ。それで、逆に心配になってきた。
 朝、さっと起きられることが目覚めの良さではなく、目覚めたときの感じがすっきりとしている。初夏というには暑すぎる日が続いていたが、雨が降り、少し涼しくなった。目覚めの良さは気候も影響しているので、それも含まれるのだろう。
 いつもの朝より調子が良い。それだけのことだが、その理由がよく分からない。
 気温は暑くも寒くもない。熱帯夜に近い日が続いていたので、それが収まったため、楽になったのか。
「ほう、何かが落ちた」
「はい」
「何が」
「だから、何かです」
「何か憑いていたのですかな」
「分かりませんが、憑き物が落ちたときは、こんな感じかもしれません」
「そうですか」
「特に元気になったわけでもなく、精気がみなぎっているわけでもありません。持病が色々とありまして、それらが治ったわけでもありません。また、仕事もそれほど上手くは行ってません。何かをやり遂げた翌朝の気分に似ていますが、思い当たる節がありません」
「小康、または中休みでしょう」
「健康はそれほど悪くはないのですが」
「小春日和のようなものです」
「暖かいより、この季節、涼しい方がいいのですが」
「どちらにしても、穏やかな日が、たまにあるものです。何かの偶然が重なって」
「それが非常に清々しく、すっきりとしており、静寂の中にいるようで、驚いたのです」
「良い状態ですよ」
「何が憑いていたのでしょうか」
「さあ、それは私には見えません。それにもう出られたのであれば、さらに分からない」
「今、何か、入ってますか」
「さあ、それは分かりません」
「もう、何も憑き物はいないように思います。出ていったのです。だから、今朝の目覚めが清々しい」
「よかったですねえ。落ちて」
「特に祈祷もお祓いもしてもらいませんでしたが」
「そういうものは、時期が来ると消えてなくなる場合が多いですよ。下手に弄らない方がね」
「はい」
「そういう憑き物を追い出す力が、元々備わっているので、それに任せることです。多少時間はかかりますが」
「しかし、憑き物落としのあなたが、そんなことを言い出すと、商売にならないでしょ」
「これを商売にする人は、そういうものに取り憑かれた人です。祓わないといけないのは、祈祷師の中にあったりするものです」
「いい憑き物落としが近所にいて、助かりました」
「いえいえ、最近は憑き物に取り憑かれたと言って来る人など希ですからね。もう商売になりません」
「あ、落ちましたか」
 
   了

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2016年06月15日

2929話 白い着物の幽霊


「ボロアパートが集まっているような場所でしてね。もとは何だったのか知りませんが、あまり良い場所じゃなかったんでしょうねえ。少しだけ地盤が低いというか、雨が降れば水捌けの悪い、じめじめした場所です。それで幽霊なんですがね。これは誰だか分からない。白い着物の女性で、髪の毛が長い。括ったり結ったりしていない。洗い髪じゃなく、そういう髪型なんでしょうねえ。そういう風にカットしてある」
「その幽霊が出たのですか」
「噂では聞いていましたが、私のところに出るとは思ってもいなかったのです。アパートは六畳一間。そういう部屋が廊下を挟んで並んでいます。ドアと窓が並んでましてね。この窓は内側、つまり廊下側で、外を向いていない。その窓の下は流しがある。一寸したものなら、ここで作れます。小さな炊事場ですが、六畳の間に少しだけ板の間を付けた程度、水道が来てますからねえ、足の踏み場だけは板の間です」
「で、幽霊は」
「部屋というより、その内側の窓に出ました。共有の廊下ですから、部屋から見ると、外に近い。誰でも出入りできます」
「何階ですか」
「二階です。下の玄関で靴を脱がないとだめですが、集金人もここまで来ます。牛乳配達も、新聞配達も」
「はい」
「その窓は廊下に面していますから、当然磨りガラスです。中は見えない」
「でも幽霊は見えたと」
「一枚、少しだけ角が割れてましてねえ。そこから覗いていました」
「誰ですか」
「噂では、このアパートができる前の話になるようですが、最後はレンコン畑だったようです。だから、建物などなかった。その前は知りませんがね」
「はい」
「レンコン畑と、その幽霊が関係するかどうかは分かりません。しかし、幽霊がこのアパートに出ることは、不動産屋や大家からも聞いています。だから安いのです」
「折り紙付きのアパートですねえ」
「そうです。百パーセント出るとか」
「それは逆に珍しいです」
「痩せたお婆さんの場合もあるとか」
「キャラが違いますね。じゃ、複数の幽霊が」
「私が想像するには、何かいることは確かです。専門家はこれを地縛霊とか、地霊とか呼んでいるようです。その場所にいる幽霊です。他には行きません。建物は関係ありません。その場所です。何が建とうと、そこにいる。だから、レンコン畑も関係がないということですよ」
「はい」
「その幽霊が出たのは深夜の一時。私は見た瞬間すぐにドアを開けましたよ。そして廊下を見ました。誰もいません。さっき割れた窓から見たのですから、まだいるはずなのに。でも、もしいたら、逆に怖いですがね。それよりも」
「何ですか」
「真っ暗」
「夜ですからねえ」
「ぽつんぽつんと、廊下の上に裸電球が灯っていますが、これが便所の一ワットで、暗い。それよりも」
「何かありましたか」
「どの部屋も真っ暗」
「夜中の一時ですから」
「いや、朝方まで電気がついている部屋、これは作田さんですが、その他にも、二時や三時までは、部屋から明かりが漏れています。浪人も多いですからねえ。勉強中です。また、テレビからの明かりがチカチカしていたり、ラジオやレコードが小さく鳴っていたりします。それらが一切死んでいるのです。怖いですよ。幽霊が出たばかり、心細いですよ。誰か起きていると思って廊下に出たのですが、死んでいる。どの部屋も真っ暗。そんな夜もあるんでしょうねえ」
「それで、どうなりました」
「それで終わりです。その後一度も見ていません」
「じゃ、何だったのですか。まさか誰かの悪戯」
「私が思うに、これは髪の毛の長い白い着物の女幽霊。これは私のイメージなんです。古川さんも見たらしいですが、こちらはゾンビのような爺さんでした」
「ウジャウジャいますねえ」
「いや、一人でしょ」
「え」
「老婆でもなく、爺さんでもなく、白い着物の女でもなく、それぞれがイメージとする幽霊像を見ていたのです。というより、そういう風に見せられていたのですよ」
「はあ」
「錯覚なのですか」
「違います。見せられていたのです。だから、幽霊の姿がまちまちなのは、そのためです」
「じゃ、本当の姿は」
「そんなものはないのでしょうねえ」
「しかしその幽霊、私向けのイメージだと分かったとき、怖くなくなりました。だから、引っ越しもせず。まだ住んでいます。それょりも」
「何ですか」
「あの幽霊を見た夜だけ、他の部屋が真っ暗だったことの方が本当は恐ろしいのです」
「あ、はい」
 
   了


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2016年06月14日

2928話 極端


「一方を優先させると、逆のもう一方が顔を覗かせる」
「何かを優先させると、そうなりますねえ」
「気にしなければいいのですがね、その反対側を」
「陰陽のようなものですか」
「表と裏の関係じゃないが、似たような構図になることもあります」
「はい」
「優先させていないものが嫌なのではない。ただ、少しご無沙汰だ。ずっとそちら側で暮らしていたこともあり、今もたまにはそちら側にもいる。しかし、ずっといると、その逆側、反対側に戻りたくなる」
「振り子のようなものですね」
「そうだね」
「じゃ、中間位置はどうですか」
「それでは物足りないのですよ。もう少し強調したものでないとね。これをやり過ぎると極端になる。振り子が振り切った側だ」
「でも振り子なのですから、思いっきり振れば、思いっきり戻るでしょ。両極端を行ったり来たり」
「忙しいねえ」
「だから、中間がいいのですよ」
「それじゃ振り子じゃない。柱時計も止まってしまう。あれは振らないと、動かない」
「時間が止まると」
「そういうことだ。だから、どちら側でも良いので、少し振らないと、時は進まん」
「じゃ、あまり大きく振らない方がいいのですね。時が刻める程度の」
「しかし、振り子時計が止まっても、時は進んでおる」
「ああ、そうですねえ」
「だから、ブランコがいい。しかし、あれも行ったり戻ったりで、あの鎖の幅しか動いておらん。ブランコごと動くのならいいのだが、結局は同じ位置で行きつ戻りつを繰り返しておるだけ」
「例え話には限界がありますから」
「そうだね」
「しかし、年を取ると振り幅を計算するようになる。振り切ると戻りが辛いからね。だから、適当なところまで振る。極端には振らなくなる」
「中間から少し行った程度ですか。歩いて帰ることができるような」
「そうだね。自転車でもいい」
「クルマになると、かなり遠くまで振ることになりますねえ」
「道が続く限りな。道がなくてもフェリーで渡れる」
「それで、最近の振り幅はどの辺りですか」
「徒歩は、まあ、もう少し先だ。それでは物足りない」
「はい」
「私鉄の距離がいいかもしれん。それほど長くは続いていないでしょ。または市バスでもいい」
「結構近いですねえ」
「無理をすればタクシーで戻れる距離だね」
「自転車でもかなり遠くまでいけますよ」
「帰りが面倒だし、尻が痛くなる」
「振り子の戻りを気にしているようなものですね」
「ブランコのように労なく戻れないからね」
「はい」
「それで私が得た結論がある。これはただの思い込みかもしれないが」
「どんな答えですか」
「極端に走れば、その先は、その逆側の裏に出てしまう」
「はあ、何ですか、それは」
「戻らなくてもいいんだ。振った分の戻りではなく、さらに振り、極端を越えたところで、反対側の裏に出るんだ」
「それは故障でしょ」
「えっ」
「ブランコなら、ねじれたか、落ちたか、宙返りしたんですよ」
「ほう。その例えもいいが、少し違う」
「あ、はい」
「大を求めて、振り切ると、その先に小がある」
「はあ」
「小を求めて振り切ると、振り切った先に大がある」
「一寸絵が思い浮かびません」
「正義を求めると悪になり、悪の極地は正義だったりする」
「はあ」
「まあ、これは言いすぎだがね」
「そ、そうですよね」
 
   了


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2016年06月13日

2927話 信夫の野望


 人は何かをするとき、野望が必要だ。ただ、そんなものがなくても、物事はできるのだが。
 何かを強調する。そういう人がいる。この高円寺の信夫氏は野望が好きなようだ。彼はある道の老大家で、ずっと野望を抱いて生きてきた。そのため、大家になれたのだろう。これは成功した人だけが言えることで、勝てば官軍、何でも言える。しかし、野望とは勝利を得ることではない。また野望は達成できないことが多い。殆どがそうだろう。
「先生はもう野望をなくしたのですか」
「どういうことですかな」
「最近枯れられた」
「それもまた野望」
「枯れられたのに」
「枯淡の境地、これもまた野望なのですよ」
「はあ」
「何事も野望がある方がやりやすい。野望がエネルギーになりますからな」
「夢や希望のようなものですね」
「そうです。叶えられなくてもいいのです。まあ、野望を叶えるためにやるのですから、最初から叶わぬ望みではだめでしょうが、では誰がそれを決めるか。それは自分。そのため、とんでもない妄想を抱くことも可能」
「目的がある方が生きやすいのと、同じですね」
「そういうことです」
「はい」
「野望、野心、これらは野暮ったいこと。野原の野だ。野良犬の野だ」
「野望のイメージが悪いですねえ」
「野蛮もそうじゃな」
「野がいけないのですか」
「いけなくはない。殆どの人は、この野っ原で生きておる。野の人としてな。野とは世間のことでもある」
「在野の学者のような野ですね」
「野に下るの、野だ」
「野党の野ですか」
「何も望まなくても、家督が継げる。伝統を継げる。官位を告げる。公に対しての野だ」
「そういう話ではなく、野望が源泉なのですか」
「ああ、私の場合はね」
「しかし、最近大人しくなられて、枯れられていますが」
「それも野望なんじゃ」
「あ、はい」
「年取って枯れていくのではなく、枯れたものを目指しておる。これが今の私の野望だよ」
「つまり、常に何かを望んでおられるのですね」
「そう。野望には目的がある。あれになろう、これになろう。あれがしたい、これを果たしたい、などなどな。それが具体的にある」
「はい」
「野心というのがある。これは目的は何かまだ分からない。しかし、隙あらば何かを掴んでやろうとしておる。野心家がそうじゃ。しかし既にある地位にあれば、この野心、隠さねばならない。野心家は警戒される。しかし、野望を持つ人間は、もちっと無邪気だ。ただの望みを持つ程度で、しかも目的が分かっている。具体的だ。だから分かりやすい」
「それで、先生は野望がお好きで」
「私の次なる野望は、枯淡の境地。隠居して気楽に暮らすのが野望」
「はい」
「まあ、希望を述べておるだけのことじゃが、これがあるとないとではぜんぜん違う」
「はい」
「だから君も野心ではなく、野望を持て。それはスケールには関係ない。大きくても小さくてもな」
「野望ですか」
「それは妄想でもよろしい」
「はい」
「そちらの方が、実は力が強い」
「いやいや僕は常識人なので、なかなかそこまでは」
「その常識人になることも、野望なんじゃ」
「そうなんですか」
「常識人など何処にもおらんではないか」
「はあ」
「それもまた妄想の一つ」
「あ、はい」
 
   了
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2016年06月12日

2926話 うたかたの夢


「大将、どうなってまんねん」
 忍者の臭い声で、猟奇王はうたた寝から覚めた。
「うたかたの夢が消えたではないか。あまりにも儚すぎ、どんな夢やも忘れた。今見ていた最中なのに、これは早い。それほど貴様の声が現実臭いのよ」
「そんな解説どうでもよろしいですらから、青柳屋敷はどうしますねん」
「終わった」
「予告状、出しただけやないですか」
「十分な労じゃ」
「手下の下忍、まだ屋敷、見張ってまっせ。いつ実行してもええように」
「下忍はまだいたのか」
「一号と三号です。二号は田植えやから、田舎に帰ってます。農繁期は休ませています」
「田圃に鎧と槍を立てれば、一領具足の長宗我部兵だ」
「知りまへんがな」
「下忍を引き上げさせろ」
「三号が」
「やめたいとか」
「違いま。ものすごい綺麗な御姫さんが屋敷から出て行ったのを見たらしいですわ」
「姫」
「これは、何かあるんと違いまっか」
「ただの大きな屋敷の娘だろ」
「ただの屋敷と違います」
「以前もそんなことがあったのう。盗みに入った屋敷が、実は由緒正しき盗賊団の屋敷だった」
「一号が調べた結果、さる高貴な家の」
「猿の家か」
「違いますがな、身分の高い」
「どれぐらい」
「公家さんです」
「ほう、それは貴種じゃ」
「ただの公家と違いまっせ」
「何じゃ、それは」
「卑弥呼がおったような古い時代からの家柄ですわ」
「そういうことを言うものじゃ。ただの没落貴族だろ」
「それは分かりませんけど、屋敷の人は姫様と呼んでましたから」
「姫」
「はい」
「その姫がどうした」
「一号があとを付けていったら」
「何で、尾行などする」
「それはまあ、暇やからですわ。じっと見張ってるだけでは」
「うむ」
「すると、古いビルに入っていったらしいです」
「うむ」
「さらにそのビルの一室に入るところまで、見たそうです」
「貴様が命じたのか」
「いえ、一号の独断です」
「そうか」
「その一室、ドアに明知探偵事務所と」
「ん」
「明知探偵事務所と」
「では、予告状が来たので、探偵にでも頼みに言ったのだろう」
「そうでしょ。一号もええ情報を取って来ましたやろ。青柳屋敷のデカメ石、これを守るのは明知探偵ということになりまんなあ」
「敵は明知か。しかし、わしは、中止した。だから、安心せよとそのお姫様に伝えろ。屋敷の誰かでもいい」
「それはできまへん」
「なぜじゃ」
「まだ実行できるチャンスがあるかもしれまへんやないですか」
「それはない」
「いや、大将の気が変わって」
「まあ、それはあるかもしれんが、デカメ石など、あの屋敷にはないはず。だから、盗む用がなかろう」
「そうでしたなあ」
「まあ、この件はなかったことにせよ。それと下忍達を引き上げさせろ」
「せっかく猟奇王が活動を始めたいうのに、もったいないなあ」
「わしは寝る」
「ずっと寝てますがな」
「うたかたの夢に戻るのよ」
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 09:01| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月11日

2925話 山開き


 巨峰ではないものの、冬には山頂に雪をかぶることもある。
その山開きが初夏にある。この時期から登山客が増えるのだが、登山と言うよりハイキングだ。高く険しい山ではない。
 山の入り口、そこに寺の奥の院があり、その横に小さな祠がある。山開きのときだけ、その祠前に人が集まる。山開きの行事だ。こんな行事は昔はなかった。登山客が来るようになってから始めた。
 別に山開きなどしなくても、真冬でも人は登っている。立ち入り禁止の個人の山ではない。しかし、他の山が山開きを始めたので、この山でも山開きの行事を作った。
 この行事は山の神様への挨拶だ。登る人が多くなるので、よろしくね、程度の挨拶。
 幸い、この山には昔から神様がいる。山の神と呼ばれているだけで名はないのだが、お峰さんと呼ぶ人もいた。山の峰のことだ。その峰の形から、山の名ができたりする。また麓の人は山と言わず、峰と呼んでいた。
 この山は呼び名が複数あり、古い地図では御峰山となっている。修験の山大峰山ではない。お峰山だ。それがいつにまにか峰山になった。おを省いたのだ。実際にはお峰さんで、さんは山ではなかったのだ。神さんのさんだ。山田さんのさんだ。
 人の名で呼ばれていた山。だから、それは山の神様の名でもある。しかし、単純な名だ。このお峰さんの御神体が奥の院横の祠にある。ただの石に縄を巻いたものだ。それを板で囲んで、祠とした程度のもの。
 この岩ほどの石が山の神様ではない。お峰さんがこの石に入っているわけではなく、ショートカットだ。つまり山の神様と繋がっている石で、この石にアクセするとコンタクトが取れるということだ。
 山に向かい、山開きの挨拶をしてもいいのだが、ただの樹木しか目に入らない。山は漠然としているし、視界の前は全部山なので、この岩のような石を山と見立てて行事を執り行う。山全体が神なら、木や山道や、雑草や枯れ葉まで含まれてしまい、踏んづけることになる。だから、象徴が必要なのだ。それも扱いやすい。
 それで、この石が山を代表することになった。確かに山から運んできたもので、山の一部ではある。
 土地の人は山の頂上まで登るような用事はないので、子供以外は滅多に登らないのだが、ハイキング客が多く来る。その安全を祈る。つまりお峰さんにお願いするのだ。山に人が入りますが、よろしくと。
 このお峰さん、謂われも何もない。かろうじて名があるだけでも、大したものだが、山の名と同じなのだから、これも芸のない話だ。当然伝説もない。石を祭りだしたのは余所者が山登りに来るようになってから。だからお峰石も明治の初め頃に山から持ってきたのだろう。
 今年も山開きの行事が執り行われ、それは年々豪華になる。修験者スタイルの人が、今年も一人増えた。巫女さんも来ているが、これも村のオバサンだ。この日のために、巫女服や修験着を仕立て上げているのだ。実はネットでも売っているのだが、年々人数が増え、コスプレ大会になっている。
 また、山開きは三日あり、フリーマーケットが出る。ガレージセールのようなものだ。
 このフリーマーケットのため、山開きが三日に延長された。初めは数時間ですんだのだが。
 年々、この山開きは、村のイベントとして盛り上がり、派手になっている。
 
   了

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