2017年01月31日

3157話 引きつけの法則


 思えば叶えられる。楽な話だ。思っているだけでいいのだから。しかし、常日頃から思っていると、何等かのチャンスで、さっと実行できるかもしれない。だが、しないかもしれない。思っているのだが、思いが強いほど、さっとできなかったりする。
 これは腹が減っている場合、それは思いと言うほどのことではないが、腹が減っていると思っているだろう。思っていようがいまいが、すぐに食べるだろう。この場合も腹が空きすぎて逆に食欲が飛んでしまっていることもある。減りすぎてバテたのだろうか。
 成功への秘訣は、思い続けることで、そのため、叶えられる確率が一パーセントほど増えるかもしれない。この差は結構ある。あまり思っていない、望んでいない人と戦ったとき、実力が同じなら、一パーセントの差で勝てる。ただ、相手も同じように思っているのなら、引き分け。そうなると、より思いの強い人が、その一パーセントに少しだけ上乗せされるため、思いの強い人の方が勝つ。
 という話を永田は先輩から教わり、実行してみることにした。常に望み、常に思い続けておれば運を引き寄せられるというものだが、思っていない人に比べ、一パーセントの増量なので、大したことはない。宝くじが当たる確率が一パーセント高くなる程度。
 しかし、この僅かなピン差で勝てることがある。だから、いい未来を引き寄せ、運を引き寄せ。好ましいことを引き寄せられるように、常日頃から念じ続けよと先輩のアドバイス。
 所謂先輩がいうのは引き寄せの法則のようなものだろうか。永田も聞いたことはあるが、どんな法則なのかは知らない。
 そして先輩に教わったのは、妄想のような瞑想。そのやり方はエジプト式らしく、座った状態で、片膝を立て、背を反り、左へ捻り、首だけ右へぐっと回す。まるでプロレスのコブラツイスト状態。
 この状態で、その姿は三角になり、ピラミッドパワーも入る。そして、宇宙のエネルギーを吸収するため、その状態で身体を微動させる。要は貧乏揺すりだ。その振動が波動となり、思いと同期し、思いが具体的に作動する。これは波動なので、物理現象だ。銀行の利息に比べれば一パーセントは大きい。
 永田はやる気満々で、全身全霊で、そのスタイルになり、身体を細かく振動させたり、背筋を反らして捻り、首をぐっと回すため、思い切り力を入れた。
 結果、運を引き付けたのではなく、引き付けを起こした。こぶらがえりのきついのが来たようだ。
 望みは叶えられる。しかし、思っていないことで。
 
   了

 
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2017年01月30日

3156話 落ち着く


 落ち着いたものとは、落ち着いたものだ。だから、それで落ち着いた。落ち着きのあるものではなく、なんやかんやでそこに落ち着いたもの。とどのつまりのようなもので、結局のところ、そうなったという感じだろう。
 落ち着いたものを望む場合は、今、落ち着かないためだろうか。落ち着くまでの過程だが、何処に落ちるのかが分からない。落ちて着く。だから上昇ではなく、下降。または宙に浮いたような状態からの着地。地面は噴火や地震でもない限り、安定している。
 落ち着き先というのもある。これは引っ越しだろう。仕事先が落ち着いたとも言うが、それまでウロウロしていて定職がなかったのかもしれない。または転職先を探している状態。
 落ち着いた人というのは、仕草も落ち着いているのだろうか。ドタバタしない。または精神的に落ち着いていることでもあるが、上にも下にも横へも行かず、じっとしているようなものだ。
 また、落ち着いて考える場合もある。興奮しており、よく考えない状態ではなく、気持ちが落ち着いたときに、気持ちを落ち着けて考えることだろう。これも精神状態の落ち着き加減だろうか。
 落ち着きのない人もいる。フワフワ、ドタバタしている様子が目に浮かぶ。当然座っていても貧乏揺すりをしたり、何処かを触ったり、目をキョロキョロさせたりの動きが多い。
 しかし、落ち着いて考えていると遅い場合がある。今すぐ判断しないと、とんでもないことになる。家が火事なら、何も考えないで、火の回らないところへ逃げることだろう。
 また、落ち着きのない興奮した状態、目先のことだけを気にしている人の方が、とっさの判断で、そのときの勢いでやってしまったことの方が正解だったこともある。落ち着いておればいいということではない。
 落ち着くとは、落としどころの問題で、落ち着いて考えたことがいい考えであるとは限らない。また、何も特に思案もない状態でも、なるようにしてなってしまい、そこがいい案配の落としどころになる場合もある。
 
   了


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2017年01月29日

3155話 梅台の怪


 山というほどではないので、丘だろうか。市街地の外れで、梅台町。住宅地だ。桜台や桃台はよく聞くが、梅台は珍しい。丘の斜面が梅畑だった。今は当時の梅は一本も生えていないのは、ブルドーザーで削り取ったため。斜面に台を造り、家が生えた棚田のようなもの。
 しかし、梅の木は生えている。これは庭木として売られているもので、梅干し用ではない。梅台に来た人は、それが名残だと勘違いしやすい。
 丘なので標高は低く、山頂というほどの場所もない。てっぺんまで家が建っている。流石に丘の裏側は傾斜がきつく、雑木林のままだが、神社や寺があり、その参道などが近所の人の散歩コースになっている。一寸した山のようなもので、ここに入り込むと静かだ。
 丘の向こう側はまだ農家が残る田園風景だが、それほど広くはなく、また、ここにも家が建ち始めており、その先は本格的な山の裾野になるが、大学や会館、それに大きな総合病院などが見える。その先は山間の町や村が続く。
 問題は丘の裏側だ。ここは裏側にある村と関係する。表側は既に市街地なので、もう村はないが、こちらの方が豊かな村だった。田んぼも広い。しかし山を分け合った。表側と裏側に。そして表側は山の形が変わるほど変わったが、裏側はそのまま残っている。神社や寺も裏の村のものだ。
 近所の人の散歩コースになっているのだが、遭難する人がいる。見晴らしが悪いためと、山頂らしきものがしっかりとしていないので、方角が分かりにくい。
 裏の村の人達は、ここを迷い山と呼んでいる。丘だが、襞が多くあり、さらに里山なので、道が多い。さらに村の墓場跡もある。土葬時代のものだ。丘の裏側と、そこにある村の端っこの雑木林とが接しており、丘ではなく、山に入り込むのだろう。
 しかし二人では迷わないが一人で歩いていると、迷いやすいらしい。下から市街地の騒音が聞こえてきそうな場所なのだが、丘から降りられなくなり、長い時間歩き続けたとか。そして出てきたときは、その丘ではなく、かなり離れたところだったする。もうあの丘が見えないほど離れた。
 狭い場所だが山の怖さがそれなりにある。
 そして梅畑時代の梅の古木が、この裏側に一本だけ残っている。既に枯れており、幹だけ。そのため、梅の古木が化かすのだと、裏側の村の人は言っている。
 
   了

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2017年01月28日

3154話 深夜の怪事


 イラストレーターの山崎は夜中に仕事をしている。古びたアパートだが、取り壊されるまでいるつもりだ。家賃の高いところには越せない事情もある。既に中年に差し掛かっており、行く末はもう見えている。個人事業主としてやるには、不安が多い。といって転職を考えないで、万が一にかける。つまり売れっ子イラストレーターになる可能性に。そういうものを抱いている間は元気で、張りもある。
 それよりも、夜な夜な何かが出ることで、このアパートから離れられない。怖いので離れた方がいいのだが、楽しんでいるようだ。
 その怪事は普通には体験できない。どんな娯楽映画を見るよりも、生の3Dの臨場感には叶わない。
 先々のこともあるが、それよりも、夜な夜な起こる怪事に興味がいく。
 木造モルタル塗りで、ガタが来ているためか、家鳴りが激しい。これは心霊現象のラップとは少し違うようで、お馴染みの家鳴りなので、それは気にしていないのだが、たまにリズムが加わることがある。このとき、何かが近付いて来ているか、または何かが出ているのだ。たまに姿を見ることもある。それは紫色のモヤのようなもので、最初は目の錯覚ではないかと思った。明るい外から部屋に戻ってきたとき、誰かが煙草を吸ったあとのように、煙たいような色に見える。匂いはない。靄と言うほど濃くはなく、何かを燃やしたすぐあとのような。だから、これには形がない。空気が濁っている程度。
 エアコンがあるので、それで換気するが、消えない。これは目の錯覚だろう。
 作業机は窓際にあり、椅子のすぐ右は窓。いつでも外を見られるような配置だ。アパートの横に小径が見えるのだが、そこに犬ほどの大きさのものがよく歩いている。夜中に限られるが。
 猫にしては小さいので、中型犬だろう。しかし、そんな放し飼いの犬など近所にはいないし、そんなこともできないだろう。その犬に似た塊は確かに四つ足で歩いている。スピードは遅い。しかしよく見ると、立体感がない。黒い塊で、四つ足だが、これは穴が空いているのではないかと思うようになる。つまり、そこだけ風景が破れている。現実が破れており、地肌が出ているような。この発想は絵描きのものだろう。
 また、真下を見るとアパートの庭があるのだが、そこに伸び放題の庭木が数本ある。その枝に妙な鳥も止まっている。この鳥は動かない。飛んでいるところを見たこともない。しかし、ふっと窓から見ると、止まっているのだ。これも現実に穴が空いたように。これでは生の3Dではなく2Dだ。
 穴なら角度を変えて見れば分かるのだが、庭まで降りて木の枝を見上げても、そんな鳥はいない。
 山崎は安い稿料の仕事を根気よくやっている。数をこなしていくらの仕事だ。そのため退屈なので、この夜中の怪事を楽しんでいるようだ。
 
   了

 
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2017年01月27日

3153話 赤石の夜参り


「夜中に村に行かないことですね。それだけです」
 老婆はそう言いながら家賃帳を西脇に渡す。まだ青年だ。家賃帳とは家賃の領収証のようなもの。年に一度新しくなる。
 西脇は大きな農家の庭の向こう側にあるアパートに引っ越した。間に業者が入らない昔からのシステムのようで、家賃は現金払い。
 これは老婆の小遣いになるため、現金が好ましいのだろう。それよりも入居に関しての細々とした注意事項などを言われるのではないかと思ったが、夜中に村に行ってはいけないとは、何だろう。妙なところにスポットが当たった。これが一番大事な留意点のようだ。
 そして入居してからしばらく立ち、同年代のアパート住人と挨拶ぐらいはする程度になったとき、あのことを聞いてみた。
「どの村です」
「この村ですよ」
「じゃ、夜中に帰ることがあるので、始終夜中に行っていることになりますよね。行くというより、戻ってくるだけですが」
「この村のことですが、この近くにある神社やお寺なんかがある場所ですよ。昔は村の中心部だったようです」
「そこに夜中、行ってはだめなんですか。しかし、何処にあるのか分からないし」
「大きな木が生えているでしょ。その下です」
「ああ、ありますねえ。しかし、そっちへ行く用事がないので」
「まあ、迷信のようなものですよ」
「何があるのです?」
「僕も気になって、昼間に行ったことがありますが、屋根を重ねたような石塔がありました。それから色々な石が。祠もありますよ。その前は広場のようになっていました。周囲は農家ですが、そのど真ん中、一番奥まった場所です」
「そこに何か、秘密が?」
「祠の中に石がありました」
「石仏のような?」
「三角の石で、それが赤い」
「赤い石」
「そうです」
「それが、この村の臍のようなものですか」
「婆さんが言っていたのは、これだと思いましたよ」
「それで」
「昼間だったので、今度は夜中に行きました」
「赤い石が光っていたとか」
「そんなことはありません。別に何もなかったです」
「そうですねえ。誰でも立ち入れる場所でしょ。何かあったら危険ですしね」
「そうです。だから迷信でしょ」
 西脇は気になるので、昼間ではなく、夜中に行ってみた。
 初めて立ち入る場所だが、地図で確認している。大きな農家に取り囲まれたような一角で、幹だけ残した巨木や、祠が確かにある。
 祠の中の赤石を見ようと、近付こうとしたとき、足音がする。西脇は慌てて、農家の塀に身を隠し、そっと広場を見ると、数人の人影。
 そして赤石のある祠前にゴザを敷き、そこに座って拝んでいる。
 その中の一人は、家主の老婆。そして、アパートの住人もいる。都合十人ほど。後ろの方はゴザが足りないのか、地べたで座っている。
 西脇は見なかったことにし、その場を離れた。
 この講のようなものは、家主の一家がリーダーらしく、当主が亡くなったので、あの老婆が引き継いでいる。
 夜中に赤石さんを拝むだけの講で、それだけのようだ。
 そして、その勧誘方法は、「夜中、村へ行ってはいけない」らしい。これで興味を示した人だけが対象になる。聞き流した人は、最初から興味がないため、無視。
 西脇は三度ほど覗きに行き、四度目に、その座に加わった。
 お参りのときは、祠の格子を開け、赤石がよく見えるようにする。そしてじっと見ていると、赤い石が光り出すらしいが、西脇はそこまで、まだ見えない。
 これを赤石の夜参りと言うらしい。
 
   了

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2017年01月26日

3152話 闇からの誘い


 冬の夕暮れ時、これは淋しいというよりも、寒い。秋の夕暮れはそれなりにまだ余裕がある。少し肌寒いと感じる晩秋は心細く感じるが、真冬だとそんな感傷ではなく、モロに寒い。早く暖かい場所に入りたいが、村田は郊外まで出てしまい、すぐには戻れない。暖かい格好をしてきたのだが、それでは足りないようだ。幸い風がないだけまし。そのかわり風邪が入ったのか、鼻水や咳が出る。熱はないので風邪ではないのかもしれないが。
 村田は何を思ったのか自転車で、そんな中途半端な時間に外に出た。目的地はない。散歩のようなものだが、とりあえず外に出たかったのだろう。
 しかし、季節が秋なら物思いに耽りながら自転車を転がすのだが、寒いのでそれどころではない。
 さて、村田は何を思ったのだろう。何も思っていなかったのかもしれないし、思っていたかもしれないが、しっかりとした思いではなく、ごく自然に外に出ていた。急に西側に拡がる郊外へ行きたかったのだ。それにしては時間が遅い。それに真冬。ウロウロを楽しむような季節ではない。
 赤かった夕日も彩度を落とし、逆に黒い雲が太陽に重なってきた。夕焼け小焼けの赤さではない。
 どれぐらい走ったのか、疲れてきた。そこはもう田畑が拡がる郊外で、大きな幹線道路沿いだけが賑わっている。適当な店に入って、暖まりたいが、本屋もなく、喫茶店もない。
 ファミレスやカレーの専門店や、ホームセンターがある程度。
 この中で選ぶとすればホームセンターだろう。見学だけで済む。
 しかし、別に買うものもないので、立ち寄る気にならない。それより、寒空の中を走っている方が気楽だったりする。余計なものを見たくない。
 そのきっかけとなった「思うところ」は忘れたというより、具体的に何も思っていなかったようだ。
「それを闇のパトスというのですよ」
 何処からか声がするが、これは自分で言っているのだろう。独り言で、声には出していないので、聞こえてきたわけではない。
 これは闇からの声だ。何等かの闇からの誘いがあったに違いない。そうでないと、わけもなく冬の夕暮れにウロウロしないだろう。
 夕食時になっているためか、腹が空いてきたので、牛丼屋に入る。やはり寒いし心細いため幹線道路の歩道を走っていた。しばらく進むと、見付かった。これはある場所は最初から分かっていた。それほど遠い場所ではなく、たまにこの辺りまで来ている。
 牛丼屋に入るとき、西日が最後の光を放ち、そのあと、シュンと消えた。
 そして村田は牛丼を食べ終えたとき、闇の世界から抜け出したのか、気持ちは並。
 店を出ると、闇。これはもう西の空も暗くなっていたため。
 結局牛丼を食べに遠くまで来ただけの話になった。
 
   了

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2017年01月25日

3151話 芸人通りの怪


 鈴木通りを右に入ったところに、ややこしい一帯がある。鈴木通りは下町にある芝居小屋からきている。もうそんな演芸場はない。
 ややこしい一帯とは、芸人などが住んでいたためだろうか。安っぽいアパートや下宿屋、それにビジネス旅館もあった。その通りは普通の住宅地なので、店屋などはない。そのため、そこに入り込むような人は滅多にいない。本通りである鈴木通りも寂れてしまったので、なおさらのこと。
 演芸場があった頃から住んでいる人もいる。まだそんなアパートが取り壊されないで、残っているためだが、外装は変わっている。壁などが剥がれたりしたため、新建材で補給し、木造丸出しの汚らしい家が建ち並んでいる風景とは少し違う。その反面趣きもなくなっている。変わったのは表面だけ、皮一枚だけで、中身は同じ。
 特に名は付いていないが、芸人通り。そういうアパートがまだ複数残っているため、若い人が引っ越してくる。芸人ではなく、演劇を志す人だ。お笑い芸人の卵はここには来ないようだ。
 鈴木演芸場は大衆演劇の小屋で、その後、映画館になり、やがてピンク映画と実演の小屋になる。実演とはストリップショーのことだ。これが最後で、この建物は放置されて長い。取り壊す費用さえないのだろう。
 例の芸人通りだが、そこに長く住む大村という老人が結構怪しいものを見ている。演芸場は封鎖され、中には入れないが、そこへ通う人をたまに見かけるらしい。
 夜中や早朝に、その姿を見かけ、鈴木劇場の芸人だと言われている。
 もうろくした爺さんが見た程度なら、その解釈は簡単だが、若い俳優の卵なども見ている。
 ある日、そのことについて、若い俳優が大村に聞いてみた。先輩に当たるが、立つ舞台が違うので、滅多に話などしないが、芸人の幽霊に関しては例外。
「知ってる顔もたまに通りますなあ。あれは私がまだ若手の頃の先輩です。この人は分かりやすい幽霊でして、髷を結ってます」
 若者も、その髷を結った人を見たので、大きく頷いた。
「国定忠治か、番場の忠太郎でしょ。しかし、あの人の十八番は一本刀土俵入の駒形茂平です。これは比較的新しいですがね」
 これは芸人というより役者だろう。さらに着物を着て三味線を持って通る女芸人もいる。これは芝居の前座のようなもので、歌と踊りとお芝居の興業とは少し違う。
 しかし股旅姿の人もお爺さんだし、三味線の二人もお婆さんだ。この芸人通りの何処かから湧き出すようだが、実体は分からない。
 
   了

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2017年01月24日

3150話 感染性貧乏


 高田は福引きで、福を引き当てた。景品ではなくサービス。旅行などではなく、福の神が当たった。
 下田は神社でおみくじを引いた。これが一番安く付く。すると大凶ではなく、貧が出た。当然その場ですぐに貧乏神が憑いた。嫌なものを背負ったものだと思うものの、ただでさえ貧乏なので、あまり差はないような気がした。しかし、貧乏から極貧へと落ちた。
 高田も下田も大したことはしていない。つまり、福引きとおみくじだ。下田も福引きをやればいいのだが、何か買わないと、福引き券がもらえない。買い物はしたが、福引き券がもらえる額には達していなかった。
 福の神を得た高田はさらに豊かになり、何の心配もなく、楽隠居になった。この福の神は強力で、金銭的なことだけではなく、あらゆる方面で福をもたらせた。
 そして老年に差し掛かっても、下田は極貧から普通の貧乏に這い上がるため、極貧の海を泳ぎ続けていた。年取ってからも仕事をし、また病気や怪我に悩まされた。高田のような幸せな老後は来そうにない。
「来たか貧乏神」
 下田が背負っている貧乏神ではなく、下田が来たのでそう呼んだ。どう見ても、下田そのものが貧乏神に見えるためだ。
「どうしても厳しくて、金を貸してくれないか。もう頼めるのは、君しかいないんだ」
「そんなことだと思っていたよ。余程困っているんだな」
「ああ」
 高田は金を貸した。大した金額ではない。
「恩に着るよ」
 高田にとっては拾ったような福。何の努力もしていないのに、福の神が来たのだから。
「まあ、何もないけど、ご飯でも食べていきなされ」
「はい」
 下田は食べたこともないような鯛の天麩羅を御馳走になった。当然、酒も。
 知人が困っているのだから、当然だろう。また困ったら来なさいと言って、土産まで持たせた。下田が来たのは、これが最初で最後。
 下田は有り難く頂いた。
 その後、高田は没落し、下田は裕福になった。
 何が起こったのか。
「あなたが下田さんを家に入れたからよ」
 高田の奥方が、今はもう長屋の婆さんになっているが、ぼやきだした。
 原因は貧乏が感染したのだ。実際には入れ替わったのだろう。
 
   了

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2017年01月23日

3149話 野中の一軒家


「野中の一軒家って、見たことありますか」
「野中さんの家」
「そうじゃなく、ポツンと野の中に一軒だけ建っている家です」
「さあ、長く生きてきて、色々な場所へ行きましたが、見たことはありませんなあ。あったかもしれないが、見ていない。小屋なら田んぼの真ん中にあったりしますが、あれは家じゃない。それに野ですか。野原ですね。そんなところに行く機会がない。近所にも野原などないですよ。平野なら家が建ち並び、家がなくても田圃が続いている。農家はありますが、一軒家じゃない」
「やはり、幻の家ですねえ」
「野っ原が続いてるような場所は確かにありますよ。湿地とかね。また牧草地のようなもの。または山を焼いて、原っぱになっていたり。そういうところに建っている家って、ただの家じゃないでしょ」
「それほど広い野じゃなく、少しだけ、他の家々とは離れたところにあるような」
「はいはい、それなら見たことはありますよ。周囲に家がない」
「ありましたか」
「ありましたねえ。町の外れの一軒家です。変わり者が住んでいたとか、その程度です。私が見たのは画家のアトリエです。遠くから見ただけなので、よく分かりませんが、半分洋館のような家でした」
「僕が探しているのは、草が生い茂る野原です。そこにポツンとある一軒家」
「そのアトリエの回りは雑木林でしたなあ。山裾なので、草だけが生えているような場所じゃなかった。それで、何ですか、その野中の一軒家が、どうかしましたか」
「そういうところに住んでみたいのです」
「おや、まだお若いのに。それに不便でしょ。まあ、それ以前にそんな草原が国内では無理かもしれませんなあ。無人島に近い島ならあるかもしれませんがね。意外と小さな島なのに広々としていますよ」
「島じゃちょっとイメージが違います」
「どうして、そんな家に住みたいのですかな」
「野中の一軒家に住んでいるというのが言いたいので」
「それなら、野中の野の解釈を少し変えれば、結構あるんじゃないですか」
「そうですねえ」
「しかし、本当の理由は何ですか。何か秘密めいたことをしたいとか。しかし、逆に目立ちますよ。一軒しかないのですから」
「そうですねえ。ちょっと思い付いただけで」
「ああ、そうですか」
 
   了

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2017年01月22日

3148話 物悲しい話


 後戻りとは、それ以前にいたところに戻ることだが、これには区切りがあり、戻りすぎると人間になりつつある猿になったりする。そこまで戻らなくても、ついこの間までの状態。
 季節のように行きつ戻りつしながら、前へ進んでいるのだが、これは行く歩数の方が多く、戻りの歩数の方が少ないため。
 より良さを求め、前に進んだつもりで、以前の方が良かったりすることもある。これは進んでみなければ分からない。だが、より良いと予測して進むのだろう。
 山田は高価なものを買ったのだが、後悔している。これなら以前使っていた物の方が良かった。そうなると、それに支払ったお金が全部無駄になる。それで我慢して使っていたのだが、より悪いものを使っていることになる。
「後悔先に立たずですなあ」
「いや、損をしたと思えば、それで済む問題です」
「しかし、消えたお金は戻らない」
「そうなんです。だから我慢して使っていたのです。そうでないと、物語がおかしくなる」
「物語?」
「そうです。ああしてこうしてこうなったの」
「それは上手く行ったときの物語でしょ」
「はい」
「だから、悪くなったときの物語だと思えば、別に物語がおかしくなることはない。そういう物語なのです」
「失敗談ですか」
「そうです」
「しかし、高い代償です」
「まあ、そうでしょうがね」
「そのお金を貯めるのにどれだけしんどい思いをしたか。それを無に帰すような行為は、やはりしたくない。だから我慢して使っていたのですが、やはり辛抱もそこまで」
「良い品だと思って買ったのでしょ」
「決して悪い品ではなかったのですが、相性が悪かったのです。まあ、相性だけの問題ではなく、思ったいたものとは違っていました」
「よく調べてから買えばよかったのに」
「そうなんです。それまで使っていたものは、かなり気に入っていまして、これは良い買い物だった。それをさらに良くしたようなのが出たので、手を出したのです。ところが、後退している箇所がかなりありました。前のものと交代したかったのですが、これじゃ後退だ」
「つまり、前進しているつもりで後退したわけですかな」
「いや、確かに前進している箇所も多いですよ。しかし、不満の方が多い」
「よくあることですよ」
「しかし、貯めたお金があっという間に消えたようなものです。使っていれば、その後悔はありませんし、良い物語になったのに」
「それも含めて物語ですよ」
「はい」
「その失敗で……」
「え、やはり失敗ですか」
「まあ、その失敗のようなもので、あなたの人生は狂いましたか」
「それほど変わりません」
「生活が変わるとか」
「それもありません」
「じゃ、平和な話ですよ」
「しかし、悔しいです」
「後悔先に立たず」
「まあ、取り返せますがね」
「じゃ、取り返しの付かない話じゃないんだ」
「はい」
「あなたの、その物語なのですが、物の話です」
「はあ」
「物にまつわる物語でしょ。そして買い物の話です」
「そうです」
「私なんて、欲しい物が万とあっても、買うお金がないので、残念ながら、あなたが羨ましい。そんな失敗をしてみたいものですよ」
「あ、はい」
 
   了


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2017年01月21日

3147話 護符売り


 黒峰の護符売りが、とある町に来ていた。全国を回っているらしいが一人。そのため津々浦々まで回りきれるものではない。護符売りが護符売りに来て売り残し、護符護符言いながら帰る護符売りの声に近いものがある。それほど売れるものではないが、悪くても旅費程度は出る。
 黒峰の護符、あるいは黒峰山、黒峰寺の護符と言っているが、そんな山も寺もない。護符とは守り札のようなもので、護符には読めないような呪文と誰だか分からないような仏様が書かれている。寺も仏も架空のもの。そのため、この護符売りしか、この護符は売っていない。
 越中富山の薬売りなら、年に一度は来るだろうが、この護符売りからもう一度護符を手に入れるのは難しい。何処にいるのか分からないため。
 一人で売り歩いているため、一度も足を入れたことのない町や村も多い。この護符には有効期限のようなものはない。
 黒峰の護符には二種類あり、大きいのは部屋の柱に貼るタイプで、小さいのはお守り袋などに入れるタイプ。家置きと、携帯タイプの違い程度。
 この黒峰、何処にあるのかと問われると、四国だと答えている。四国の何処かと聞かれると、四国の何処かだと答えている。お遍路さんで有名で、霊場も多いことから、悪いイメージではない。
 架空の寺が出している護符だが、霊験あらたからしい。レアなためだろう。
 その護符売り、既に三代目で、お爺さんが始めた護符売りを孫も引き継いでいる。お爺さんは旅の人だったが、孫の代になると、寒村に家を構えた。一応家がある。
 ある時期、三代揃って護符売りをやっていた。
 あることを、そればかり専門にやっていると、それなりの風格が付き、ただの護符売りだが、非常に霊験のある人に見えるとか。
 そして、その子孫、今はその寒村に住む普通の農家。護符売りで大儲けしたわけではなく、もうそんなものを売り歩ける世の中ではないので、護符売りは辞めている。
 しかし、売り残した護符が何枚か残っている。
 
   了


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2017年01月20日

3146話 心にしみいるライブ


 小さな喫茶店で個人でやっている店としては流行っている方だ。その殆どは常連客で、これは個人喫茶では普通だろう。しかし、マスターの人脈が広く、また色々な活動をやっているので、遠くから来る人もいる。個人喫茶としては別格で、ライブハウスになったり、画廊になったり、講演会場になったりもする。狭い店なので、詰め込んでも五十人は無理。
 地方の拠点になっているような店で、ただの喫茶店ではない。
 マスターはある日、音楽を聴いていた。静かな曲で、何か感じるものがあった。曲はメールの添付ファイルで、メール本文には、この店でライブをやりたいというもの。住所を見ると、それなりに遠い。
 どうも一人でやっているミュージシャンらしく、飛び込みのようなもの。しかし、その一曲を聴いただけで、マスターはすぐにOKを出した。
 そして当日現れたのは普通の青年で、ウクレレほどのリュートを持って来ただけ。リュートは音がよく響き、電気でも入っているような音がするので、音響装置はいらないとか。当然狭い店なので、マイクなども必要ではない。
 この青年、そのリュートでエレキ音を鳴らすのではなく、琴のような音色。マスターの琴線に触れたのもそこだ。
 ライブは夜半から始まり、そして終わった。
「すみませんねえ」
「いえいえ」
「おかしいですねえ、告知はかなり前からしていたのですが」
「いえいえ」
 青年はネット上にも曲を公開しているし、動画サイトにも上げている。当然ファンもいるはず。
 マスターは音楽関係にも詳しく、ミュージシャンやスタッフとの付き合いもある。しかし、その青年についての情報は何も知らない。ものすごい数のミュージシャンがいるので、当然だろう。
 窓の向こうに、いつ降り出したのか雪。この地方にしては珍しい。暖房を効かせているのだが、冷え込んできた。
「お疲れでしょ。アツアツのコーヒーでも」
「はい」
「ケーキもありますから、選んで下さい」
「はい、有り難うございます」
「しかし」
「はい」
「一人も客が来なかったのは、初めてです」
「あ、はい。僕はかなりあります」
「あ、そうなの。告知とかは」
「しませんでした」
「ネット上でのやり取りとかは?」
「まったくしていません」
「あ、そうですか」
「ご迷惑をかけました」
「いえいえ、静かで、良い曲でした」
「はい」
「お食事は?」
「もう、出ます」
「何か作りましょうか」
「いえ、これ以上ご迷惑を」
「そうですか」
「はい」
「しかし」
「はい」
「心にしみいるライブでしたよ」
「はい、しみました」

   了

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2017年01月19日

3145話 暖かくなる話


「寒いですなあ」
「冬ですから」
「こういう時は部屋でじっとしているのがいいのでしょうが、私の家がまた寒い。外よりましですが、日差しのあるときは外の方が暖かいほどだ」
「暖房は」
「炬燵と電気ストーブです」
「じゃ、十分でしょ」
「その状態でも今日なんて寒い寒い。温かい味噌汁を飲んでやっと落ち着きましたが、わが家が寒いというのは、いまいちですなあ。落ち着かない」
「エアコンは」
「ありますが、あまり暖かくはありません」
「部屋全体が暖かいでしょ。電気ストーブに比べ」
「それほど暖かくないですよ。設置場所が悪いのか、暖かい風が当たるところに私はいない。それに隙間風が入ってきます」
「部屋を閉め切っていますか」
「いえ、三部屋ほど開け放しています」
「閉めないと」
「それじゃ閉鎖的になりますし、いちいち襖を開けるのも面倒」
「去年の冬も、そんな感じでしたか」
「寒い寒いと思いながら過ごしましたよ。毎年です」
「じゃ、それが普通の状態なのですね」
「そうなんですが、暖かい部屋にいたいです」
「じゃ、暖房を増やすなり、着こむことです」
「耐えられないほど寒いと、震えがきますね。ガタガタと。そんなときは布団に入ってしまいます。ここは暖かい。自分の体温で暖かいのでしょうねえ」
「炬燵とかは」
「電気毛布が温泉のように暖かい」
「じゃ、暖かい場所があるじゃないですか」
「しかし、それじゃ寝たきりだ」
「寝たままテレビを見たり、本を読んだりできるでしょ」

「首までしっかりと布団でガードしておく必要がありますし、腕を出すと寒い。顔まで布団をかぶった状態で、ちょうどいい。だから何もできません」
「毎年、それで過ごしてこられたのでしょ。どうして今年は」
「あと、ほんの少し手を加えれば、今までにない暖かい冬が過ごせるかもしれません。そう思ったのです」
「手を加える」
「はい、電気ストーブが小さくて古い」
「ああ、それで交換するわけですね」
「そうです。倍の大きさで、体の芯まで温まるという遠赤外線タイプを」
「はいはい、じゃ、それを買われれば済む問題でしょ。電気ストーブなんて、そんなに高いものじゃないし、一度買うと、ずっと持ちますよ」
「これから買いに行くところです」
「はい、行ってらっしゃい」
「しかし」
「まだ何かありますか」
「先日見学に行ったのですが、迷ってしまって、どれを買えばいいのか分からない」
「今よりも大きい目なら、暖かいでしょ」
「そうなんですが、大きすぎると、重いので、持って帰れない」
「じゃ、配達してもらえばいいのですよ」
「そうですねえ」
「頑張って、買ってきなさい。持ち帰ったその日から暖かくなりますよ」
「そうですねえ」
 そうやって、彼は五回ほど買いに行き、迷ってしまい、今回は六度目だった。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:26| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月18日

3144話 消えた北大路


「西大路と東大路の間に大路があったのですか?」
「そうです」
「北大路や南大路はありません、そしてただの大路という地名もありません」
「それがあったのです」
「西か東の文字が欠けていただけじゃないのですか」
「違います。大路会館があったり、バス停も大路でした」
「あなた、何処へ行って来られたのですか」
「北大路へ」
「だから、北大路はそこにはありません。先ほど言いましたね。南大路もありません。あるのは西大路と東大路だけ」
「別れる前の地名ではありませんか?」
「何が」
「ですから、西と東とに別れる前は、ただの大路」
「いや、そういう意味じゃなく、大きな道があったのですよ。だから大路。その道の東と西の違いです。少し長い通りです。それで分けたのでしょ。それに大路は通称です。元々の地名がありましたが、それはもっと広い範囲を指していました」
「はい」
「それよりもあなた、ありもしない北大路へ行かれたのですか」
「はい、北大路へ行きたいと思い、行きました」
「それは西大路か東大路の間違いでしょ」
「そうだったのかもしれません」
「だから、なかったでしょ。北大路なんて」
「そのかわり、大路がありました」
「それはただの道の名前です。しかも大きな道という程度で、道の名としてもしっかりしたものじゃない。これは昔の新道。町屋が並んでいた程度です。そして周囲の道幅に比べ、広いので、大通り。だから大路大路と読んでいた程度。しっかりとした名前じゃありません」
「じゃ、大路会館や、大路バス停は」
「何の会館です」
「さあ」
「新しく建ったものでしょ。バス停の大路はあったかもしれませんよ。西大路と東大路の間ぐらいに。しかし、そんな町はありません。それでどうでした」
「え、何がです」
「ですから、西大路か東大路へ行かれたのでしょ。そこを北大路と間違えて」
「はい、さっぱりです」
「さっぱり」
「様変わりしていまして、昔の面影など何も残っていませんでした」
「そうですなあ。あの通りは道こそ広いですが、中心部から少し離れていましたから、開発も早かった」
「はい」
「それで、どんな思い出がありました」
「学生時代です。友人がそこに住んでいて、原付バイクを貰いに行きました。やるというので。しかしバッテリーが切れてまして、それを押しながら、その大通り沿いにあるバイク屋へ持っていきました。そこから乗って帰ろうと。しかし、故障箇所が多くて、マフラーなんて錆びて穴が空いていました。だから、修理は無理だと言われましたよ。あまり親しい友人じゃなかったし、目上だしで、文句を言うわけにもいきません。それで、捨てて帰りました」
「はい」
「その大通り、そんなバイク屋などもうありませんし、休憩で入った木造二階建ての喫茶店もありません」
「じゃ、そこまでどうやって行かれたのですか」
「電車で来て、駅前からバスで」
「あ、そう」
「友人の家は北大路にありました」
「それはきっと西大路か東大路の間違いでしょ」
「そうでしたね」
「そうです」
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:36| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月17日

3143話 ネギ


 まだ早朝、岩田老人はこの時間、自転車で散歩する。特に用はない。徒歩ではなく、自転車という程度。こちらの方が遠くまで行けるため、見る景色も多い。
 その朝も自転車散歩からの戻りがけ、餅を思い出した。正月、もらい物の餅をずっと雑煮にして食べているのだが、これが美味しい。正月が明けてからも朝は雑煮になり、半ば習慣化していた。当然もらい餅はすぐになくなったので、買い足した。
 この朝、餅を思い出したのは、餅が切れたからではなく、ネギが切れている。雑煮といっても毎朝作る味噌汁に餅を入れる程度。そのため、朝は一椀で済む。味噌汁にはネギと豆腐を入れていたのだが、雑煮にしてから豆腐は入れなくなった。そしてネギを切らせた場合、餅だけを煮ることになる。これは淋しいと思い、ネギを買うことにしたが、早朝なのでスーパーは開いていない。こういうときはコンビニに入る。都合よく、思い出した場所からコンビニが見えている。いつもの近所の店ではないが、同じチェーン店。白ネギが置いてあるはずなので、それを一本買う。
 それを自転車の後ろ籠に斜めに入れる。レジ袋から当然はみ出ている。ネギが丸見えだ。
 岩田はカモネギを思い出した。鴨が葱を背負って走っているようなもの。岩田はカモではないが、ネギと一緒に鍋にされそうだ。しかし、野菜はネギだけでは淋しい鴨鍋だろう。
 いつもなら寄らないコンビニに寄ったので、帰りの道も、入ったことのない路地に入り込む。こちらの方が近道かもしれないが、元来散歩は寄り道がつきもの。ただ、帰路なので、早く戻りたい。
 細い路地をじぐざぐに抜ける。真っ直ぐでは方角が違うためだ。
 すると路地の角に白い着物を着た若い人が立っている。下は袴だ。それはいいが、この季節、寒いだろう。
「こちらです」
 と、袴が言う。
 村田は意味が分からないが、誰かと間違えられたのかもしれない。
 問題はネギだ。それが合図だったようだ。
 村田が案内された場所は、木造の古びた家だが、一歩室内に入ると、そこは神社だった。
 袴姿の青年はそこの禰宜らしい。神職だ。
 その神社は隠された神社で、隠れ裏鴨神社。そこで鴨鍋をするわけではない。
 村田はえらいところに連れ込まれたと後悔した。心の準備がまったくできていない。
 ネギなど背負って走るものではない。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:34| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月15日

3142話 孤独な日々


 小春日和のポカポカ陽気で、風もなく暖かい。良い日だ。しかし坂上は陰鬱な顔。最初からそんな顔なので目立たないが、眉間の縦皺がいつもより深い。眉間の皺を立てすぎ、今ではキズのように取れなくなっている。しかし、その生活は至ってのんきなものだし、その性格ものんき者。
 眉間に皺を寄せるのは癖だが、意味なく寄せているわけではない。嫌なことあるときに限られる。坂上は最近嫌な用事が増え、機嫌が良くない。大した用事ではないのだが、普段ならしなくてもいいようなこと、また初めてやるようなことはプレッシャーがかかるのだろう。いつものことをいつも通りやるのが坂上の日常。それが壊されるのが嫌。自分から進んでやることならいいが、つまらない雑用だ。
 坂上のスケジュールは太平洋のど真ん中にいるように、何もない。または大草原にいるようなもので、スケジュール表は真っ白。全て空き地。その日々、時間をどう使おうと自由だが、意外と昨日と同じ様なことを今日も繰り返しやりたいようだ。変化を望まないというより、邪魔臭いのだろう。
 その空き地にポツリポツリとスケジュールが書き込まれている。これがどうも気に入らない。絶対に行かなければならない日や、時間帯があるのが気に入らない。気が向けば行く程度ならいいが、絶対だ。
 それらの用事は悪いものではなく、坂上が得をする話なのだが、別にそんな得をしなくてもいいと思っている。
 そして、今日はその件で出掛ける日。だから顔が一段と険しい。
 いつもの何でもないような一日を過ごしたいのだ。
 隠居暮らしが長いので、何もしなくてもいい日々がディフォルトになっている。
 では何もしなくてもいい日に何をしているかだ。結構色々と忙しく出歩いている。それらは有為なことではないので、何もしていないのと同等だが、本当は一日のスケジュールがきついほど。しかし、しなくてもいいことなので、全部取りやめても支障はない。
 そして、今朝はそれではなく、有為な用事で、駅までの道を歩いている。本来なら川沿いの道を散歩している時間。そこは自分の時間であり、自分の風景。
 さて、出掛けた先だが、そこでは愛想良く振る舞い、眉間の皺も浅くしている。そして笑顔を絶やさない。これは帰ってから顔の筋肉が痛くなるが。
 世の中には孤独を愛する人が昔からいる。自分の世界で暮らしたいのだろう。
 そういう人は難しそうな顔付きで歩いているが、内面はそれほどでもないようだ。
 
   了

 
posted by 川崎ゆきお at 10:57| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月14日

3141話 妖怪隠れん坊


 確かに「どうぞ」と言われて、家の中に入り、いつもの廊下を通り、ひと部屋越えて奥の六畳に入ったのだが、妖怪博士の姿がない。
「先生」
 いつもの担当編集者は当然妖怪博士の名を呼ぶ。先生とか、博士とか、毎回呼び方が違うが、決まった規則はない。
「ああ」
 声だけがする。広い家ではない。
 妖怪博士は半畳ほどの開きの押し入れの中で、何やら探していたようだ。玄関で声をかけたとき、ここから「どうぞ」と言ったのだろう。
「探し物ですか」
 開きの押し入れは家の中程にある四畳半の部屋にある。家のど真ん中にあり、日当たりの悪い場所だ。部屋には何もない。ここは応接間として使っているようだが、担当者は入ったことはなかった。いつもは庭に面した奥の六畳で、妖怪博士の居間のようなもの。
「隠れていたのかと思いましたよ」
 捜し物が見付かったのか、いつもの六畳へ移動する。
 妖怪博士はコタツの上に和綴じの本を置く。印刷されたものではなく、肉筆だ。
「何ですか、これは」
「妖怪書」
「ああ」
「江戸時代の暇人が書いたのだろうねえ。結構値段が付いていたらしいが、知人が買ったもので、私は借りて読んでいるだけ」
「何か面白そうな妖怪が載っていましたか」
「隠れん坊という妖怪が不気味だ」
「子供の遊びの隠れん坊ですね」
「隠れている坊やだ」
「坊さんのことじゃないのですか」
「いい年をした僧侶が隠れん坊や鬼ごっこなどせんだろ」
「そうですねえ」
「この本によると、そのタイプの隠れん坊ではなく、隠しん坊のようなもの」
「隠しん坊ですか」
「物をよくなくしたり、何処かに仕舞っていたのだが、忘れてしまい、見当たらないとか、そういうことだ」
「え、どういうことですか」
「失せ物は隠しん坊の仕業じゃ。本では隠れん坊となっているが」
「悪い妖怪ですねえ」
「置いた場所や、仕舞った場所と違う場所に移動させたりするらしい」
「悪戯坊やのようなものですね」
「物を隠す妖怪じゃな」
「なるほど。でも博士」
「何かね」
「どうしてこの本を押し入れから」
「そうなんじゃ、ここで読んでいたのじゃが、何処かへいってしまった。それで他のものを探しているとき、さっきの押し入れから出てきた」
「隠れん坊の仕業ですね」
「まあ、間違って、そんな奥まったところに仕舞ったのだろうがね」
「そうでしょうねえ」
「この隠れん坊、隠すのが得意じゃが、年老いた隠れん坊。これはもう子供じゃない。年寄りだが、そいつは人をも隠すらしい」
「ものじゃなく、人も」
「神隠しの一種に近いが、隠れてしまうのは年寄りが多い」
「はあ」
「お隠れになられたということじゃな。だから、ここに死神が入っておる。まあ、年寄りほど物をなくしたり、仕舞い場所を忘れたりするもの。最後は自分も隠してしまうのだろうねえ」
「それも妖怪の仕業ですか」
「まあ、自然の摂理だろう」
「はい」
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:41| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月13日

3140話 白サギが来る排水溝


「どこまで話しましたかな」
「雨の日に散歩をした話です。冬の雨で、冷えてきたので戻ろうとしたとき、までです」
「そうでしたな、続きがあります。聞きますか」
「はい」
「それは付き合いの良いことで、別に聞かなくてもいいような話ですよ」
「どうぞ」
「じゃ、甘えさせていただいて、続きを話しましょう。戻ろうとしたとき、川を見たのです。用水路でしょうなあ。昔の農水路なのですが、今はただの排水溝のようになっています。そこに鳥がいました」
「鳥」
「水の中です。川幅は結構あるのですが、まあ、車一台分程度でしょうか。いや、一台半程度。トラックならはみ出す程度。その中ほどにもう一つ窪みがありまして、普段はそこをちょろちょろと水が流れています。その日は雨が降っていましたが、水かさはそれほど増えていません。その溝のようなところが溢れることは先ずなく、大雨が降ったあとなら、土手の方に来ますが、今風な排水溝ですから人の背より高い。だからここも溢れ、道まで水が行くことは先ずありません」
「鳥はどうなりました」
「その一番下の水が本当に流れている狭いドブのようなところにいました。白鷺でしょうか。しかし小さい。まだ子供ですかな」
「その鳥がどうかしましたか」
「白鷺は近付いても逃げない鳥でしてね。これは鴨もそうです。雀や鴉はすぐに逃げますがね。鳩は別ですが。で、その白鷺、こんなところに餌があるのかと、心配しながら見ておりますと、嘴を水の中に入れ、つついています。魚などいるわけがない。全部コンクリートで、草さえ生えていませんからね。しかし、雨水と一緒に何か流れ込んできているのでしょうか。農水路だったので、源流は普通に魚のいる河ですが。しかし、魚など見かけたことはありません。または私どもには見えなくても、白鷺には見えるものがあるのでしょうか」
「何をつついていました?」
「だから、見えません。微生物ぐらいいるでしょうし、また小さな虫でもいるのでしょうかねえ」
「はい」
「そのあと、移動しました。ドブの中を歩きながら、またつついています。次は飛びました。横の道のガードレールに止まり、川を見ています。そして何かを見付けたのか、さっとそこまで飛びました。そして、また何かをつついています」
「何かいるのでしょうねえ」
「この排水溝には雀ぐらいの大きさで白っぽい鳥がよく来ています。その鳥は決まってペアです。そして同じように何もいないはずの川で、何やらつついています」
「はい」
「それで終わりです」
「あのう」
「はい」
「どういう意味になるのでしょうか」
「さあ、私どもにも分かりませんが、私らには見えなくても、何かあるんでしょうねえ。それだけです」
「本当にそれだけですねえ」
「はい、本当にそれだけの話です」
「はい」
「次の話は」
「ああ、また間を置いて聞きに来ます」
「はい」
 
   了

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2017年01月12日

3139話 山道場


 中峰は古くからある修験者の道場。山道がその場だ。そのため文字通り道場。中峰があるのだから、大峰もあるはずだが、中峰がこの辺りでは一番高い山。そのため、これは単に峰の中という意味らしい。中峰に寺社やお堂や祠や野仏さえない。人工的なものは一切ないのは、御山が御神体のため、余計なものは置かない。その変わり、麓の渓流沿いに大きなお寺があり、寺とは関係ないが、宿坊がある。ここには余計なものが色々とある。これは個人が経営する宿屋だが、これも古い時代からある。
 場所は川の源流があるような深い場所のため、交通はバス程度。そのため、どうしても宿屋が必要になる。これは一般の人向け。
 プロの修験者もいるが、これも最近は見かけない。この中峰は寺とも神社とも関係しない。所謂山岳信仰だが、一応麓の宿屋や寺がキャンプ地のようになっており、寺では祈祷などの行事が行われている。標高がそれなりにあるので、冬場は山は閉じる。だから、山開きの行事などは、この寺で執り行われるが、寺と中峰とは関係がない。寺はただの世話人のようなもの。いわば管理人だ。
 神社も近くにあるが、中峰とはまったく関係しない。神通りのある神社として、それなりに有名。神通りとは、神様が行き来する通路のこと。
 ここも交通の便がバス程度で、しかもそのバスはマイクロバスで日に何便もない。わざわざそんなところへお参りに行く人はいないはずなのだが、遠方から来ている人がいる。ここは日帰りでも大丈夫だ。山に登るわけではないので、滞在時間は短くて済む。
 寺は昔からこの地に根ざしたものではなく、比較的新しい。村には別に小さな葬式用の村寺がある。墓地なども、そちらにあり、修験者専用の寺は、そこは譲っている。それに新参のため。
 神社も、昔からあるこの山里の氏神様とは別のもの。だから、その神通りとなっている神社も、比較的新しい。その年代を調べると、ほぼ同時期。つまり寺と神社は同じ家がやっていたのだ。
 土地の人や、古くから修験の山に入る人は、その寺も神社も無視している。
 一番信頼が置けるのは、宿屋で、規模も大きい。何軒も並んでおり、その建物は当然寺よりも古い。修験者の団体、これは遠方の村や町で中峰講を組んで来ているのだが、泊まる宿は決まっている。宿屋は売店や、土産物屋にもなっており、団体用の大広間もある。山伏のような衣装も、ここで売られている。団体さんの修験者は、普通の人達で、その中のリーダーが、修験のやり方を代々受け継いでいる。
 まあ、ここで修験者のような服装に着替え、徒党を組んで山を練り歩くだけのこと。特に難しい仕来りはない。山の中をウロウロするだけでもいいが、中峰は結構深く、迷いやすい。
 中峰の土産物屋が作った胃腸薬がある。薬草を団子にしたものだが、これが結構売れて、名物になっている。
 また、ここは有名な行者が開いた山ではなく、それ以前から山の中に入る人が多かったようだ。高い山ではないが、それだけに木々が生い茂る原生林。見通しが悪く、何が飛び出すか分からないような自然のままの山だけに、神秘的なことと遭遇することも多かったのだろう。
 
   了

 
posted by 川崎ゆきお at 10:45| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月11日

3138話 風坊主


 いつの頃からか強い風が吹くと風坊主が出る。風の妖怪だが、姿はない。空気のようなもの。
 しかし木枯らしが吹く頃は姿が見える。葉が落ちるためだ。そのため葉が舞い、その葉の集まりで風坊主の形となる。坊主と言われているだけあって、てるてる坊主のような姿。春の花吹雪の頃も桜坊主のように出る。
 当然吹きだまりのゴミやチリなどで、風坊主となる。また吹雪のように強い風が吹くと、舞う雪が風坊主の姿になるが、これはスカスカの雪だるまのようなもの。
 高田はその妖怪書を読んでいて、思い当たることがある。風の強い日は真夏でも姿を現すからだ。ただ、形取れるようなものがあっての話で、綺麗に庭を掃除した場合、舞い上がるものや、吹き飛ばされるものがないためか、見ることはない。
 当然雪と同じように雨でも見えることがあるが、それは緩い雨に限られる。ただ風の都合で、半分ほど形取られることもある。これなら雨坊主だ。
 妖怪の解説書には、そこまでしか書かれておらず、風坊主の正体は分からない。分からないからこそ妖怪で、説明できないから神秘事。この妖怪書の作者はこじつけをしない。分からないままほったらかし。 しかし、高田は解答を持っている。そのように見えてしまうだけのことで、もし風坊主の話を聞かなければ、姿など一生見ることはないはず。実際にはかすかにその姿を現していても、気付かないだろう。そこに風坊主がいることを。
 この妖怪書には絵が入っているが、ヌボッとした鈍そうな姿だ。そのため、怖くはない。
 高田が庭で風坊主を見たのは、その妖怪書を読んでから。その後も風の強い日は見るようにしているが、いつもいつも見ているわけではない。風坊主に思いを寄せるのは、穏やかなときだが、天候ではなく、気持ちに余裕があるとき。
 その場合、風坊主が見える状態は、良い状態。また、そういう状態だからこそ、風坊主でも見付けてやろうという気になる。
 今年、見る機会は平年並で、まずまずだ。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 10:32| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする