2017年01月10日

3137話 廃社の怪


 正月明け、しばらく立つが、村田は抜けきれないでいる。では何処に入り込んでいたのか。それはただの長い目の休みを過ごしていたので、仕事に戻るための頭の切り替えができないだけ……ではなく、正月に入り込んでいた。それは大晦日の夜からで、いつもなら十一時までには床につくのだが、テレビを見ているうちに年を越す寸前まで来た。除夜の鐘をつく映像が流れてきたので、それに誘われるように、村田は外に出る。除夜の鐘をつくためではない。鐘がつける寺など近くにはない。神社は歩いてでも行ける距離にあるので、そこで初詣をするつもりだ。これは今年に限ってのことで、去年も一昨年も、その前の年もやっていない。
 ここに引っ越し、一人暮らしを始めてからはカップそばを食べて寝るだけ。ここに餅を入れるのが楽しい程度の年越しそば。
 今年、初詣を思い付いたのは良い年ではなかったため、魔除けの御札か、お守り袋でももらって来ようと思った。ただ、町内の神社は村の神社で、そんなアイテムは売っていない。おみくじ程度。引かなくても、良い年ではないことは分かっている。だから凶。それをどう凌ぐかが問題で、それにはお守りや魔除けが有効。しかし、それを売っていないとなると、ただ単に神頼りになる。困ったときにしか、神様など用はないのだが、何もしないよりはましかと思い、外に出た。
 年が変わる寸前のカウントダウン。神社の稼ぎ時だろう。パチンコ屋の開店時間前のように参拝客が並んでいるものと想像したが、誰もいないし、それに暗い。廃寺というのがあるように廃社になったのかもしれない。しかし、鳥居や本殿は小さいながらある。では休社だろうか。そんな休んでいる神社など聞いたこともないので、空き屋のような、空き神社かもしれない。面倒を見る氏子などがいなくなり、放置されているのだろうか。
 そばの道路の水銀灯からの明かりしかない境内を歩き、社殿で手を合わせる。パンパンと柏手は打たない。音を立ててはいけないような空き巣の心境になる。
 そして、手を合わせたまま、まるで仏様でも拝むように、賽銭箱の向こう側にある社殿の中を見たが、そんなものは見えるわけではない。格子の扉までしか見えない。
 しかし、神は前ではなく、後ろにいた。肩に何かが触れたので、すっと振り返ると神様のような白い髭の老人が立っている。これはきっとイメージだろうと、村田はとっさに判断した。これが出発点で、その夜から村田は妙な世界に入り込むことになる。その白い髭の神様に連れられて。
 それは正月を明けてからも続いており、そろそろ抜け出そうと思っている。これは本人次第。
 結局その白い髭の老人は漂泊の人で、いわばホームレスかもしれない。住む家がないので、外で寝ている。こういう人を最近見かけなくなった。公園でテント暮らしの人がいたのだが、全て撤去されている。そして何処へ去ったのかは分からない。
 村田がその夜、その神様に付いていくと、神社の裏口から町の裏側へと向かった。実際にはそんな裏口はなく、町の裏側というのもない。この辺り、新しい家やマンションが建ち並び、ゴミ一つ落ちていないような清潔過ぎる衛生都市だ。
 しかし、村田が歩いていたのは、古い建物が残る路地。その路地は何処までも続いており、いくつもの路地と交ざったり離れたりしながらも、奥へ奥へと続いている。
 それよりも、羽子板で羽根をついている着物姿の子供や、バドミントンをしている子供。頭は丸坊主。女の子はおかっぱ。中には子供をねんねこで背負っている子もいる。
 日の丸が小さな門の前に揚げられ、正月飾りの門松もある。しかし夜中だ。
 夜空を見上げると、凧が上がっている。
 引っ越して間もないとはいえ、そんな町並みなど有り得ないことは村田は知っているのだが、不思議と違和感がない。まるで前を行く神様が映像を映し出し続けながら歩いているようで、グーグルストリートを見ているようなもの。
 それを見て、戻ってきてから、村田はおかしくなった。気が狂ったわけではなく、一人でも、あのCGのような古い町並みが見えるようになった。ただし昼間ではなく夜に限られる。明るいと写りが悪いのかもしれない。
 それを毎晩見に行くためか、生活時間帯が夜型になってしまった。これを正月気分が抜けないとは言わない。正月とはまったく関係ないが、その路地は年中正月のようだ。
 この期間は連休なので、夜更かしが多くなった程度だと思えばいい。その夜更かしが長い程度。
 しかし、夜の散歩はまだ続けており、あの路地の奥の奥、さらに枝道の奥の奥への探索がやめられない。
 これは教訓にも何もならないが、廃社には気をつけなければいけないだろう。
 
   了
 
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2017年01月09日

3136話 鳩が出た


 いつも持ち歩いているものをなくすことがある。それがライターやボールペン程度なら問題はない。被害は百円ぐらいで、尾を引くような話ではない。しかし、ボールペンが今すぐにいるとき、なくしていると、使えない。そういうシーンは滅多にないが、何等かのメモを取るとき、ペン類が一切ないと、暗記しないといけない。それが書かれたものなら、それをスマホなどで撮せば事足りるが、写せないような場所だと無理だ。このときは必死で暗記するだろう。そして忘れてしまうと、もの凄く困るようなこともあるかもしれない。
 財布をなくす。ケータイなどをなくすと、これはかなり面倒なことになる。財布の中にカード類、免許証などが入っていると、かなり尾を引く。決して大損をするわけではないが、財布なので、当然現金も入っている。それは大した額でなければ、少し困る程度でいい。
 そしてなくした場合、どうしてなくしたのかを思い出す。一番最初に思い付くのは落とした。取られたなら、原因ははっきりしている。スリにすられたのなら、すられたことも分からなかったりするので、謎のままだが。
 岩田はライター程度の大きさのある端末をなくした。いつもは鞄の中の小袋に入れている。鞄はなくしていないので、鞄の中にあるはずなのだが、その端末、通信端末で、パソコンからインターネットに繋げるもの。これがないと、外ではネットができない。ライター程度の大きさのUSBだ。少し太った小魚程度。
 これを契約してから二十年近い。端末は何度か切り替わっている。最後の端末になってからはあまりネットに繋がなくなったので、解約してもいいと思っていた。それに今はそんな端末など使っている人は少ないし、またその会社名もよく変わり、今は大きなネット会社の下で、細々とやっている。
 この端末、何度もなくしているが、すぐに見付かる。それで本気で探さなかった。殆ど使っていないためだ。
 しかし、ある日、町に出たとき、すぐにでも欲しい情報があった。大事なことではないが、ネットで調べれば詳細が分かる。それを見たい。その端末をなくしたことをそのときやっと気付いたのだが、鞄を変えたとき、入れ忘れたのではないかと、そちらを考えた。しかし、鞄の中には小袋が入っている。端末はいつも小袋に入れているので、そこにあるはずなのだが、ない。
 たまに小袋に入れないで、ライターのようにポケットに入れてしまうこともある。形が似ているためだろう。そうなると、ポケットが臭い。最後に使ったとき、ポケットに入れたのだ。それは一週間ほど前だと思う。通信端末を最後に使ったのも、その頃。
 当然いま着ているポケットを調べたが、ない。
 一週間前、何を着ていたかだ。最近着た上着は二着か三着。これは調べれば分かる。一週間前何を着ていたのかの記憶はないが、残る二着のはず。
 しかし、二着ともポケットの中は空。ティッシュと一円玉が出てきた程度。ライターを入れるようにポケットに入れたので、内ポケットに入れた可能性はない。念のため、二着の全部のポケットを見たが、ない。
 ライターと同じ扱い。これがポイントとなり、外から戻ってきたとき、ライターはどうしているかと思い出すと、煙草と一緒にその辺に置く。その置き場所はほぼ決まっているが、置き場所が雑然としており、しかもポイと投げるように置くので、たまに遠くへ飛んでしまうことがある。そういう飛び方をしたライターが何個もあるが、それはすぐに分かるので、見付け出して使う。
 それで、岩田はライターを探すように、その辺を探すが、なくしたライターが出てきた程度。
 次は鞄だが、これは真っ先に調べた。最近新しい鞄を買っており、前の鞄の中に残っているかもしれない。だから当然探したが、出てこない。鞄はよく変える。その前に使っていた鞄かもしれないと思い、それも調べるが、ない。
 たまにしか使わない端末だが、料金は払っている。今度は使わないのに払うことになる。岩田は解約の方法をネットで調べると、電話の案内に従えば、すぐにできるらしい。窓口へ行けばいいが、ケータイ屋のように近所にはないのだ。
 それに、その端末には電話番号のようなものがあるらしい。さらに暗証番号や、機種の番号なども必要となると、ものがないので、何ともならない。またユーザー番号のようなものも分からない。請求書や、支払ったこと伝えてくるハガキは、経費節約で来なくなっている。だから、何も分からないが、名前を言えば全部分かるだろう。
 それも面倒なので、今度じっくりと探してみることにする。次に臭いのは落としたかもしれないということだ。また、最後にネットをしたときに入った喫茶店で忘れたか。まだ、可能性は残っている。
 そして、家捜しのように、部屋の中で探しまくったので、それなりのことはしたと思い、一旦忘れることにした。もう部屋の中で探すような場所はない。
 以前もなくしたことはあるが、簡単に見付かった。今回もそうなることを望みながら、試しに前の鞄に手をつっこんでみた。大きなトートバッグだ。中のポケット類を何度も見たので、入っているわけがない。しかし、前回のように簡単に見付かり、ああ良かったとなりたい。たとえば、今その鞄の中に手を突っ込めば、すっとその端末に触れていたりとか。
 岩田は試しに、それをやってみた。こういう風に簡単にいつも見付かっていたなあというのを思い出しながら。
 そして手を突っ込むと端末を握っていた。嘘のような話だ。
 トートバッグの底にあったのだが、その上に眼鏡拭きが乗っていたのだ。フワッとした柔らかい生地で、汚れているので、底に放置していた。
 この底も何度も手を当てたのだが、気付かなかった。
 いつもならこういう風に出て来るというのを試しにやると出てきた。まるで手品のように。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:46| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月08日

3135話 大晦日の訪問者


「大晦日はどうでした」
「ああ、もう遠い昔のように思えますなあ」
「来ましたか」
「え、何が」
「何かが」
「何か」
「来たでしょ」
「年末、押し迫ったときに銀行口座を作りましてね。そのカードが届くはずなんですが、それはまだ早い。大晦日の二日前でしたからね。来るとすればそれでしょ。まあ、別になくても困りませんが、それと、ネットでも使えるので、ワンタイムキーのような暗号カード。これも来るはずなんですが、一週間はかかるでしょ」
「もう一週間、立っていると思いますよ。大晦日前なら」
「ああ、そうですねえ」
「来ていたんじゃないですか」
「来るとすれば書留です。留守だったのかもしれません。紙切れが入っていたかもしれませんが、外からはよく見えない。郵便受けの中がね。底の方で溜まっているのでしょ。見てみます。この前も、念のために覗いたのですが、そのときは宅配便の紙が入っていましたよ。幸い何度か来たようで、受け取れましたがね」
「そうじゃなく、大晦日の夜、誰か訪ねて来ませんでしたか」
「人ですか?」
「それは分かりませんが」
「宗教の勧誘の御婦人、これはもう高齢の婦人です。良いのを着てました。よそ行きですねえ。二人で来ていました」
「はいはい」
「いつものお誘いだと思ったのですが、そうじゃない。何やら手書きの紙をもらいました。何かから書き写したのでしょうねえ。いつもなら、そういうのが書かれた冊子を置いて帰るのです。これを受け取れば退散してくれますが、今回は違いました。団体が違うのでしょうかねえ。世の中には危険なものが一杯。毎日口にしているものの中にも危ないものが一杯入っている。悪い世の中になったものだと仰っていました」
「それが書かれた手書きの文章ですか」
「メモ帳よりも大きい目ですが、便せんの半分ぐらいの紙切れです。同じものが書かれたコピーではなく、全部違うようでした。相手に合わせて選んでいるのか、どのカードにするのか、選んでいましたよ」
「そのカードには、何と書かれていました」
「見てません。玄関先のテーブルの上に置いたまま。ここは一時置き場です。チラシなどを抜いたとき、まずはここに置きます。たまに手紙とかハガキとかも混ざっていますからね。ここでチェックするのです」
「そのカード、紙切れのようなものは、まだそのままありますか」
「はい、あると思います。玄関を開けたとき、風が入ってきて飛ぶので、上に電話帳を乗せています」
「それは呪文でしょ」
「そうなんですか」
「すぐに確認してください」
「分かりました」
 その翌日。
「これがその紙切れです」
「拝見します」
「ただの聖書の一文でしょ」
「そのようですねえ」
「何か大事なことでも」
「いえ、大晦日の夜に、訪ねて来る、あるものがいるのです」
「あるもの」
「人かどうかは分かりませんが、訪問者です」
「あのう」
「思い出しましたか」
「その御婦人の二人連れ、大晦日の夜ではなく、三十日の昼頃でした」
「あ、そう」
「はい」
「三十一日の遅くに訪ねて来た人とか、見かけた人は?」
「だから、思い出せないので、いなかったのでは」
「あ、そう」
「誰なのです。その人は」
「正月様です」
「はあ」
「まあ、いいです。その御婦人達がそうだったのかもしれません。年齢的には老婦人で合ってますが、しかし二人じゃない」
「正月様って何なのですかな」
「年の神様です」
 この正月様は老婆で、これは近所の人が貧しそうな家を覗きに来る。しかし、玄関からではなく、炊事場などがある勝手口から。何を覗いているのかというと、正月を迎えられる食べ物があるかどうかを。もし餅も用意できていないのなら、持って来てくれる。覗きの婆さんだが、偵察員のようなもの。この婆さんが施してくれるのではなく、裕福な家の婆やが多い。この施しにより、その裕福な家はさらに栄えるという話だ。
 
   了


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2017年01月07日

3134話 裏聖天


「正月はどうされていましたか」
「毎年、初詣に出ています」
「近所ですか」
「いえ、遠いです」
「じゃ、大勢の人で賑わう場所ですね」
「賑わいません」
「ほう。じゃ、わざわざ流行っていないような神社を探してお参りに行くのですか」
「はい、それに近いです」
「何処の神社ですか」
「妙見山近くです」
「妙見さんは確かに山の上にあるので、遠いですが、ケーブルもあるし、結構賑わってますよ」
「だから、その近く」
「他にありましたか」
「妙見さんとは関係はないのです」
「妙見さんの奥の院とかではない?」
「妙見さんは山頂にありますから、それ以上奥といっても、もう上には行けない」
「妙見さんは星の神様でしたか。北極星の」
「それとは関係ありませんが、その眷族のようなのが北斗七星。その七つの中の一つをお祭りしているのが、私が行く場所です。他の六つはありません。一つだけです。しかし、これは表向きで、実は違うのです」
「話がややこしいですねえ」
「ですから、妙見さんの近くにあるので、一応それを意識して、妙見さん関連の神様としているだけです。得体の分からない神様じゃ、表向き、不味いので」
「何処にあるのですか」
「妙見山の裏側にある小さな山に挟まれた谷にあります」
「神社名は」
「ありません」
「表向き、あるのでしょ」
「聞かれたら、そう答えるだけです。妙見関連だと」
「じゃ、何です。何を祭っているのです」
「聖天さんです」
「別にそれなら隠す必要は」
「普通の聖天さんも怪しいですがね。御神体は象さんですから。それなら何とかなりますが、裏聖天なのです」
「はあ」
「男女合体の象の像ですが、裏聖天さんは男と男、女と女となりますが、さらにもっと危ない組み合わせがありますが、ここでは言えません」
「はい」
「それら怪しげな組み合わせの象の像が祭られています。二体で一体ですが、そのペアやトリオが何組もある。従って一つ一つの御神体は小さい」
「はあ」
「当然それは門外不出。参拝者は正月にだけ少しだけ見せてもらえます。ご開帳ですね。それを私達は裏昇天祭と呼んでいますが、それを隠すため、妙見菩薩系を前面に出しています」
「凄いところへ初詣に行くのですねえ」
「聖天さんは神様ですが、仏教でも神道でもありません。また、ヒンズー教でさえない。それ以前の土着の信仰です。こちらの方が荒々しく、そして生々しく、エネルギーに満ちています。これを北極星の妙見さん近くに置くことで、パワーは倍。まあ、そういうことです」
「御利益はありましたか」
「普通です」
「あ、はい」
「しかし、初詣として、変わっているでしょ。ありふれていない」
「それだけですね」
 
   了

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2017年01月06日

3133話 梅干しと味噌の日


 年の瀬が迫った頃、大石は今年、出合った人達のことを思い返す。道ですれ違った人も、出合い頭の人として含まれる。それほど出合いが少ないのだろう。出合いはあっても、一度きりで、二度と合わない人もいる。実際にはこちらの人達の方が多い。
 逆にすれ違う程度の出合い方をしている人とは何年もその関係を続けているが、これは人間関係のうちには入らない。しかし、長く見ている人だ。
 そういうのを思い出し、回想シーンに耽るには、そのタイミングがいる。年の瀬ならいつでも良いわけではなく、それなりの時や場所が必要だ。大石の場合、そのタイミングは大晦日の朝。いつものように朝の用事をしているときで、日常の中。翌日は元旦。その元旦の朝も続けて一年を通しての出来事を思い浮かべる。だから年間物はこの二日。しかも続いている。元旦は新年について思うのだが、まだ目が覚めてから数分も経っていないので、今年のことは何も分からない。全て未知だが、大凡の察しは付く。去年から続いているものが、今年も続くのだと。
 さて、一年を振り返って、色々な人を思い浮かべるのは、それらの人達は自分自身の延長であり、何等かの象徴のように思えるからだ。
 その中には、消えてしまった人もいるが、新しい人もいる。少ない交友関係の大石だが、それでも入れ替わりがある。当然自分から去った場合もある。これは行きつけの店屋、場所へ行かなくなれば、もう二度と合うようなことがないような人々だ。別の場所ですれ違っても、分からなかったりする。
 また例年よりも、頻繁に顔を見る人もいる。当然合う機会が減っている人も。
 これを大石は人間星占いと言っている。交際関係の人達が星座のようなもので、自分という夜空の中で動いている。星の巡り合わせのように、ある星とある星が接近したり、離れたり、また、今年はよく見える星もある。
 人間星占いを大晦日に味噌汁を飲みながら、元旦は梅干しを食べながら人間星占いをやるのが大石の年中行事になっている。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 10:39| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月05日

3132話 旅立ち計画


「クリスマスの頃なのだがね」
 老人が正月明けに、話し出した。タイミングとしては旬を逸している。しかし、去年のその頃の出来事で、まだ半月も立っていないので、最近のことだ。それでももう遠い過去のように思えてしまう。
「何かありましたか」
「何かをやろうとして忘れてしまった」
「クリスマス停戦とか、休戦とか」
「そんな物騒な話じゃない。それに私は何処とも戦ってはおらん」
「では」
「旅立とうと思った」
「もうお年ですからねえ」
「そうじゃなく、旅行」
「あ、はい」
「それで計画を立てようとしていたのだが、行き先を忘れた。旅先を決めたか決めなかったか、曖昧なままクリスマスになった。そのあと、年末年始は色々と用事があって、旅行どころじゃないから、そのまま放置していた。計画をね。しかもそんな計画をしたことも忘れていたんだ」
「はい」
「そして今頃、落ち着いてきたのか、それを思い出した」
「何処へ行く予定だったのですか」
「あの世への旅立ちじゃないよ」
「それは先ほど確認しました」
「あの夜、思い付いたことまでは記憶しているが、何処だったのかを忘れた。いや、思い出せば出てくるはず。ああ、あそこへ行こうかと、ふっと脳裏に浮かんだ。浮かんだだけでピン留めしなかった。メモらなかった。それで、大事な行き先を忘却した」
「忘却の彼方へ、ですね」
「忘却とは忘れ去ることなり」
「はいはい」
「思い出でも何でもない。まだ行っていないのだからね。しかも行き先さえ分からない。きっと旅行案内のパンフレットにはないような場所だろう。それなら思い出せるが、そうではない」
「クリスマスの頃、見られた夢の中での話ではありませんか」
「そうだろうか」
「はい。夢の中で旅行の計画を立てていたとか」
「それに近いが、それではない」
「クリスマスの頃でしたねえ」
「そうじゃ」
「いつ頃ですか」
「だから、クリスマスの頃」
「時間帯は」
「イブの夜」
「旅立とうと思い立ったきっかけは」
「さあ」
「何か引き金のようなものはありませんか。テレビを見ていて、急に思い付いたとか」
「イブの夜。一度寝た」
「じゃ、やはり」
「トイレで起きた。その戻りに来た」
「来た」
「思い付いた」
「トイレで何かありましたか」
「ない」
「どのタイミングですか」
「だから、トイレから出て、薄暗い廊下を歩いているとき」
「そのとき、来たのですね」
「そうじゃ」
「それが思い出せない?」
「確かに行く場所を思い付いたのじゃが、いつ行こうかと思いながら寝床に入り、そして寝た。翌日はクリスマス。それで、そんなことなど、忘れていた。正月が明けるまで、何かと行事が多くて、今頃やっとそれを思い出したのじゃ」
「それで、まだ思い出せないと」
「そうとも、気になって仕方がない」
「じゃ、今度夜中にトイレに立たれたとき、寝床へ戻られるときに、思い出すかもしれませんよ」
「そうじゃなあ、同じ状況だと思い出せるかもしれん」
「あっ」
「思い出しましたか」
「い、いま、出そうで出なかった」
「あ、はい」
 
   了

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2017年01月04日

3131話 塩崎の洋館


 塩崎は少し山手の町だが、海と山が迫っており、この海峡近くの町は何処も山手にある。市街地から郊外に出る手前だ。そこが境界線ではないが、塩崎の町はそこから少し山に入った所で、静かな場所。
 明治時代、居住地が海岸沿いにあり、その別荘のような感じで、塩崎にも洋館が建っていた。今はその殆どはない。当時は塩崎村で、海もよく見える高台の村。海岸には港はない。
 要するに外人好みの場所で、ここに多くの外国人が住んでいたが、今、残っているのは高台にあるこの塩崎だけ。
 貿易会社の支配人が住んでいたらしいが、数年で帰っており、その後は村の人が住んでいた。塩崎の町にも外人はいるが、居留地時代の人達とは別。
 裕福な外国人は、今も残るその洋館を欲しがったが、村人が手放さない。
 それは塩崎村の時代からの権力の象徴のようなもので、いわば城なのだ。しかし別荘として建てられたため、城のような形はしていないが、二階建ての農家よりも高い。
 歴代のこの村のヌシのような家がある。それが複数あり、ヌシが変われば村長も替わる。市町村区分では、白石市塩崎町になる。塩崎の地名は漁村ではなく、塩を作っていた時代の名残。そして塩崎の有力者は塩崎町止まりで、白石の市長は出ていない。市会議員はいる。これは確実に当選する。
 塩崎村時代から大きな家が複数あり、それがやり合っていたのがいけない。それだけ分散してしまう。
 今、この塩崎町のトップは増井家で、市会議員。しかし毎回入れ変わる。未だに三家か四家が争っているためだ。
 注目すべきことは、村、今は町だが、そこのトップになると、例の洋館が公邸になる。勝手にそんな仕来りができたのだろう。そのため、同じ人が住んでいない。入れ替わり立ち替わり変わる。
 当然、ここまでお膳立てしたので、幽霊の一つや二つ出ないとおかしい。そのため、五つや六つほど出る。
 居留地別荘時代の外国人貿易商の支配人が建てた洋館だが、それとは関係なく、もっと和式の幽霊が出る。
 洋館には合わない和風の幽霊で、これは塩崎村時代から続く抗争と関係するのだろう。
 恨み、怨まれ、また恨み……を、この村ができたころから続いている。その頃の犠牲者だろう。
 持ち主が変わると、それに合った幽霊が出る。当然町のヌシの家系が変わると、今まで出ていた幽霊は出なくなる。
 そういった因縁付きの洋館で、しかも明治中頃の古い建物なので老朽化が進み、取り壊されて当然だが、村のトップがそれを許さない。ここに住むことが象徴のため。
 今の塩崎のど真ん中にあるのだが、鬱蒼とした木々に覆われ、外からは建物そのものがよく見えない。当然撮影禁止。また、文化財的価値はあるのだが、調査させない。
 しかし、この高台の町も宅地化が進み、町も綺麗になったのだが、あの洋館のある中央部だけは、まるで古墳のようにこんもりとしたまま、今も残っている。
 
   了


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2017年01月03日

3130話 判で押したような日々から


 谷口は穏やかな日々を送っている。日々遊んで暮らしているようなものだが、大金持ちではないので、お金がかからない過ごし方をしている。人との付き合いは殆どなく、一人暮らしなので、誰とも話さない日の方が多い。それで言葉を忘れたわけではなく、部屋にいるときはインターネットを見たり、そこに書き込んだりしている。SNSというやつだ。そのため、声を出しての会話はないが、言葉は使っている。ただ、キーボードから打ち出す言葉だが。
 平穏無事、何事もなく過ごしているのだが、たまに用事ができる。これは雨戸を閉ざして引き籠もっていても社会とは縁は切れない。電気もガスも社会と繋がっている。それらは自動引き落としで、非接触状態でもいけるが、契約書の書き換えがあった。電気ではなく、別件。これは更新ではなく、また一から申請しないといけないらしい。
 大した契約ではないのだが、その事務所へ行く必要がある。ネット上ではできないし、また郵送でも無理なようだ。
 いつもとは全く違うことをやる。谷口にとり、これが一番の面倒事になる。違うことをするというのは刺激があっていいのだが、それはジャンルにもよる。今回はただの事務手続き。事態は何も変わらないが、放置していると、権限を失う。その前に何度も何度も言ってくるだろう。だから、行く必要はあるが、楽しいことではない。
 送られてきた書類を見ると、準備するものが多い。市役所へ行かないといけないものも含まれている。
 向こうでもこの書類は書けるのだが、いつもの自分の部屋で書いた方が落ち着く。谷口は引っ越して間もないので、自分の住所を暗記していない。やけに長い名のマンション名だし、難しい漢字が一つ入っている。この漢字は何度も覚えたのだが、まだ不安。だから部屋で書いた方が安心。
 ボールペンがない。あることはあるが、インクが出なかったりする。普段から使っていないためだ。手書き文字も、こんなときにしか書かないので、筆順を忘れていたり、それ以前に漢字が出てこない。読めるが書けない漢字が年々多くなっている。
 嫌なことは午前中に済ませたいのだが、朝はいつもの喫茶店でモーニングを食べる癖がついているので、それは外せない。そのあと軽く散歩に出るのだが、これは省略しないといけない。
 それで、喫茶店から戻り、持って行くものを鞄に入れるのだが、ここからいつもの日常コースから出ることになる。本来なら昼頃までのんびりと過ごしており、お昼は何を食べようかと考えているような時間だ。
 しかし、午前中に済ませたいので、いつもは向かわない駅前へ出る。うまく契約できるかどうかが心配で、腹具合が悪くなってきた。
 大した内容の契約ではなく、ただ書類を何枚か書けば済む程度なのに。
 勤めていた頃は、こんなことは誰にでもできる簡単な用事だが、それは毎日がそんな感じだったため。
 さて、結果だが、出直さないといけなくなった。印鑑を忘れてきたのだ。部屋で印鑑を押したあと、そのままだった。
 
   了

 
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2017年01月02日

3129話 サンタを見た


「あのクリスマスの日は、まだ子供だったので、しっかりとは覚えておらんのだが、サンタを見た」
「三太という人ですか」
「違う。サンタ、クロースのお爺さんじゃ」
「クリスマスはサンタだらけですからねえ」
「それは店屋とか、賑やかなところだろ」
「その場合、結構若いサンタですねえ。女サンタもいたりして」
「今年もコンビニへ行くと、店員がみんなサンタクだった」
「はい」
「ところがわしが見たサンタは本物だったのかもしれない」
「子供の頃なので、いると思っていたのでしょ」
「いや、それはもう分かっていたよ」
「そうなんですか」
「夕暮れ前で少し薄暗くなりかけた頃でな。家にはわし一人。家の者は買い物に出たり、父親は会社なので、こんな時間には戻ってこない」
「そこにサンタが」
「当時夢中になっていた月刊の漫画雑誌があってな、その付録でサンタとソリとトナカイを組み立てる紙が入っておったので、それを作っていたのじゃが、暗くなってきたので、電気を付けようと立ち上がると、窓の向こうにサンタがおる」
「窓の向こうは何処です」
「庭じゃ。家の裏側。そんなところに入り込むような人はいない。町内の人でもな。わしはすぐに分かった」
「サンタの正体ですね」
「うちの爺ちゃんだろうと気付いた。この近くに住んでおる。大きな袋を背負っておった。爺ちゃんは髭などは生やしていないが、きっと付けひげだろう」
「はい」
「見てはいけないと思い、わしはすぐに身を伏せ、窓を見ていた。そこからプレゼントを入れてくれるのかなと期待した」
「いいお爺さんですねえ」
「ところが、いつまで待っても窓は開かない」
「カギは」
「かかっておらん」
「それで」
「かなり待ったあと、そっと窓から覗いてみた」
「はい」
「庭にはもう誰もいない」
「はあ」
「あれは本当のサンタクロースだったのかもしれないと思いながら、サンタセットを組み立てた」
「それで、結末は」
「爺ちゃんは夜になってからケーキを持ってやってきた。わしへのプレゼントもな。それも月刊の漫画雑誌で、付録が多いやつじゃ。ライバル雑誌だ」
「で、サンタは」
「庭にいたサンタは何だったのかだ」
「何でした」
「この時代よくあったサンタ泥棒だろうねえ」
「はあ」
「背負っていた大きな袋。あれは盗ったものじゃろう。うちに入らなかったのは、わしが電気を付けたからじゃ。それで、他に行ったのかもしれん」
「はい」
「しかし、この辺りでサンタ泥棒が出たという話はなかったようでな」
「じゃ、本物の」
「さあ、家を間違えたのかもしれんが、正体は分からぬまま。しかし、わしはあれは本物のサンタではないかと思うことにした」
「それで」
「それで終わりじゃ」
「実は、というのはないのですか」
「ない」
「はい、失礼しました」
 
   了


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2017年01月01日

3128話 宮鳴り


 鳴宮は音と関係する神社だが、聞いた人はほとんどいない。それを知らない人は、鳴っていても聞こえない。それほど低い音のため。
 宮鳴りというのがあるらしく、宮が地鳴りのような音を立てている。樹木なども音を立てるが、それは水が上がっていく音。ポンプのように吸い上げているのだ。
 古い家では家鳴りがする。これはきしんでいるのだろう。鳴宮は何度か建て替えられているので、今はそれほど古くはない。古い宮でも、その中にいないと聞こえないだろう。家鳴りが外から聞き取りにくいように。そして昼間、鳴っていても外の騒音などで聞こえない。ただ、ラップのように、高い音は別だが。
 鳴宮の宮鳴りは、宮ではなく、地面からではないかと言われているが、それなら地鳴りで、土砂崩れの危険性があるが、それ以前にここは平地。空洞のある大きな地下水道でも走っているのかもしれない。また断層が走っているという噂もない。
 鳴宮の歴史は古く、平安時代の記録にあるが、いつ、誰が建てたものかは分からない。おそらく今、現存するような神社の系譜とは違うのだろう。鳴宮が先にあるのではなく、音が先にあったのかもしれない。地形的には平凡で、なだらかな平地。周辺との高低差は殆どない。山も川も遠いが、奈良時代、溜池が掘られたらしい。その後も溜池は増えているが、今は一つも残っていない。宅地になったため。
 どうしてここで音が鳴るのかは分からない。しかし、古くから音の鳴る場所として知られていたのか、そこに宮を建てた。宮、神社だが、神の住む場所、または普段はいないが、神がいる場所として建っているのだが、この鳴宮の神は分からない。今の鳴宮はありふれた神様が祭られている。これはとりあえずだ。本当の神は、この音のヌシ。そしてそれを鎮めるため、宮を建てた。やはり不気味だった。
 そのため宮がなくても音がするので、宮鳴りとは言えないが、いつの間にか、それを宮鳴りと言うようになった。神様の名が分からないし、怖くて誰も付けなかった。それで適当に付けたのが、鳴宮。
 そして今はそんな音はしない。また、耳を澄ませば聞こえるのかもしれないが、ある時期から普通の村の氏神様になったためか大人しくしている。
 古老は音なし神社と呼ぶこともある。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 12:21| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする