2017年04月30日

3245話 難事


「聞けば凄いことになっているとか」
「大したこと、ありません」
「難事か」
「そのうち終わります。ここはじっとしている方が」
「そうか。しかし、なぜそのようなことが起きた」
「それがよく分からないのです。難事よりも、その原因の方が難事でして」
「難事が難事を呼んだのでは」
「いえ、難事になるようなことは何もなかったはずです」
「しかし、起こった」
「はい」
「それは難儀だ」
「原因が分かりませんから、下手に動かない方がいいと思います」
「この家だけではなく、我が家にも関わること。早急に解決するように」
「はい」
 難事の正体は、難儀な人が来たことだ。これは招かざる客で、台風のようなもの。または疫病神。その人物がなぜ来たのかが分からない。
 屋敷内にしばらく滞在し、何事もなく立ち去った。
「去ったか」
「はい」
「あれが来ると家が潰れるという。無事で何より。参考までに聞きたいが、どういう手を使った」
「だから、何もしませんでした」
「何か仕掛けて来ただろう。用件とかを」
「無視しました」
「それでは余計に」
「はい、その通りです。しかし、乗りませんでした」
「そんなことですんなりと引き下がる相手ではない」
「逆に用事を頼みました」
「何と」
「その用で、出ていきました」
「どういう用件を頼んだのだ」
「難儀な用件です。きっと果たせないでしょう」
「そうか」
「だから、戻ってきません。ご心配なく」
「難には難か」
「はい、それで難なきを得ました」
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 10:24| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月29日

3244話 落ち武者会


 時代から取り残され、もう誰からも相手にされなくなった人がいる。しかし、少数の人は相手にするだろう。人である限り、何処かの社会に入っている。
 その人が注目されたとき、誰かを追い落としたことになる。その追い落とした人も、またそれ以前にいた人を追い落としている。
 前田も忘れ去られた人なので、世間の片隅で静かに暮らしていた。今ではもう普通の人と変わらない。それは誰も来なくなった商店街の奥にある店屋のようなもので、客など滅多に来ない店と同じ。
「前田さんのお宅ですか」
 そのわび住まいに先達が訪ねてきた。
「ああ、これは黒川さん。久しぶりです」
 前田が追い落とした当人が来た。
「怖いですなあ」
「いやいや、昔のことですよ。それに前田さん、あなたも私ともう同じようなもの」
「はい」
「前田さん」
「はい」
「あなたに取って代わった竹中君ですが、彼も殿堂入りになったようです」
「そうなんですか。とんと世間に疎くて」
「業界から外れるとそんなものですよ」
「はい」
「しかし、私達の先輩である大河内さんはまだ健在です」
「あの人は、ずっとあのままでしょ」
「そうなんです前田さん。光らないまま」
「そうですね。一度も脚光を浴びませんでしたね。最初から誰からも注目されないで」
「その手があったのかと、今、後悔しています」
「大河内さんは僕なんかがまだ若い頃からいますよ」
「しかし、地位はその頃のまま。その他大勢の中の一人。大河内さんの時代など一度も来なかった」
「そうです。あんな先輩にはなりたくないと思っていました」
「しかし、今考えますと、彼の安定感に憧れます」
「安定感」
「不動の地位です」
「しかし、いるだけの存在でしょ」
「現役です」
「ああ、それはそうですが」
「私達引退組は彼のことを潜水艦と呼んでいます」
「潜水艦」
「一度も浮上しない」
「するでしょ」
「沈んでいるのが長いということです」
「はあ」
「そして誰にも見付からない」
「いや、ソナーとかレーダーか何かで分かるでしょ」
「海の底、すぐには発見できないでしょ」
「そうですねえ」
「いるかいないか分からない。しかしいる」
「そういうタイプなのでしょうねえ」
「いや、大河内研究を今やっているのですが、あれは作為的、計略なのです」
「そうなんですか」
「長生きの秘訣は脚光を浴びないことです」
「本当にそれを作為的に大河内さんはやっておられたのでしょうか」
「半ば性格だと思いますが、何度か大きな場に出られる機会がありました。それらを蹴っています。ここは作為でしょ」
「はあ」
「雑魚だと思っていたら、そうじゃなく、池のヌシのような存在だったのです」
「しかし、僕にとってはもうそれらは昔の話ですし、関係のない話になってしまいましたから」
「まあ、そう言わず、私達の仲間になって下さい。無理にとは言いませんがね。一度脚光を浴びて落ちた人は万といます。それらの集まりです」
「何というのですか」
「落ち武者会」
「はあ」
「今は落ちぶれていますが、錚々たるメンバーですよ」
「僕もそのメンバーに入れるのですか」
「資格は十分あります。あなたを追い落とした竹中君も追い落とされましたので、いい頃合いです」
 前田は落ち武者会の集まりに出席したが、リーダーの入れ替わりが早く、落ち武者会からの落ち武者も多く出ていた。それで第二落ち武者会が作られた。
 数年後、前田は落ち武者会のリーダになるが、すぐに第二落ち武者会へと落ちた。
 大河内研究の成果は出ていないようだ。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 10:16| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月28日

3243話 レトロモダンホラー


 ネット上の仕掛けもので、一寸した小金を稼いでいた田辺だが、売上げが減り続けている。以前にもそんなことがあり、別のやり方で何とか乗り切ったのだが、それも限界があるようで、また切り替える必要に迫られている。数年持たないようで、今回は三度目。
 田辺はそんなとき、散歩に出る。呑気に歩いているわけではなく、頭の中は別の世界を彷徨っている。それで交通事故に遭わないのは、風景と重ね合わせながらなので、現実の風景もしっかりと見ているためだ。
 今の仕掛けもののキーワードはレトロ。その前はモダン。そして今回は何にするかだ。
 部屋を出てからしばくすると、以前借りていたアパートがある。取り壊されたので、今はもうないが、ワンルームマンションとして建て替えられている。大家は同じだが、業者に委託しているらしい。取り壊し前にそれなりの費用が出たので、難なく引っ越せた。しかし、今借りている部屋代は高い。
 アパート時代から始めた仕事だが、その頃行き詰まっていた。そして引っ越してからキーワードをモダンからレトロに変えると息を吹き返した。そして家賃も苦にならない収入を得ていた。結構いい時代が続いた。それがここに来て、前回と同じように下り坂。
 今回は取り壊しはない。もしあれば、もっと安いところに引っ越すだろう。以前住んでいたアパートのような。
 そう思いながら歩いているうちに、不思議なことに気付いた。何か様子が変なのだ。しかし、特に変化はない。
 田辺の頭の中は、下り坂の仕事のことで一杯一杯なので、あまりよく見ていなかったのだろう。気付かないままアパートの階段を上がっていた。かなりの期間住んでいたので、勝手知った建物だ。二階への階段を上がりきり、通路から数えて三つ目が田辺の部屋、足取りも、手すりを持つ癖もそのまま。
 ここでなぜ気付かなかったのかと、不思議なほどだ。なぜなら建て替えられたワンルームにそんな鉄の階段はない。
 ワッと思ったとき、手遅れではなかったことに気付く。まだワンルームの前に立っているだけなので。
 今のは何だったのか、そのまま自分の部屋に入りかけた。入れば何がそこにあるのか。
 待てよ。と田辺はキーワードを探した。これがそうなのだ。モダンの次はレトロ。そして次は……。
 アパートの鉄の階段。錆びている。手すりを強く引くとぐらぐらする。階段……怪談……ホラーだ。
 モダン、レトロ、ホラー。これは三部作。これだ。これで作り替えれば、何とかなりそうだ。
 そして、今回は集大成で、レトロモダンホラーということにした。
 思い立つとすぐに実行するのが田辺のいいところだ。散歩はここまで。
 今、思い付いたホラー仕立ての案を詰めるため、その先にある昔よく入った喫茶店へと向かう。ここは一人参謀会議室としてよく使っていた。
 木製の古びたドア。ツタがレンガに絡み、ドアを開けるとリンがなる。電気ではない。振動で鳴るのだ。そして薄暗い店内。
 しかし、と田辺は否定した。填まったかもしれない。さっきのアパートのように。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 09:53| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月27日

3242話 言ってしまった禁句


「引く時期ではなかったということですか」
「早すぎる。それでは悪い履歴が残る。辛抱が足りないとかね。そういう人に思われる」
「じゃ、どのぐらい」
「三年」
「それは」
「君は三ヶ月だ」
「本当は初日にもう決めました。三日持たないと。それを三ヶ月も我慢してきたのですから、十分です。三年なんて」
「それほど悪い場所だったのかね」
「いいえ」
「じゃ、どうして」
「何となく」
「それでは理由にならんだろ」
「こんな人達と一緒に一生働くのかと思うと、真っ暗に」
「一生いるつもりだったか」
「そうです」
「一生いるつもりで三ヶ月かね」
「条件が違っていましたし」
「そんなことは当たり前だ」
「でも、万事がそんな感じに思えて」
「それはいいが、挨拶はしたか」
「え」
「だから、退職届を出したかと聞いている」
「出しました」
「よし、それで、けじめが付く」
「メールですが」
「メール」
「やめますとひと言だけ。これもいらないと思ったのですが、一応出しました」
「引き際が肝心だ。タイミングのことをいっているんじゃない。終わりは始まりだ。そんな逃げるようにやめたんじゃ、いい始まりにはならん」
「次は、もう決まっています。もう始まってます」
「早いな」
「三日目から探し始めましたから、これが実は始まりなんです」
「そのことではない。君自身の姿勢が問題なんだ」
「意味が」
「去り際も大事なんだ。しっかりと後始末をして、詫びるべきことは詫びる。終わり悪ければ初めも悪い。そんないい加減なやめ方ではだめだ」
「もう終わりました」
「何かから逃げるのも悪くはない。仕方がないからな。しかし、引き方というのがある。そんなメールひとつでは」
「そのあと、何も言ってきません」
「そんな問題じゃない」
「私物を残していったのですが、それは戻らなくてもかまいません。きっと捨てたと思います」
「尻を割って、逃げた。それだけのことになってしまう。それなりの事情を話すべきだった」
「しかし、やめたので、一泡吹かしたはず」
「君はそうして都合が悪くなれば、逃げる。逃げ癖ができてしまう。それが心配だ」
「はい」
「次もまた逃げることになる」
「ああ、それはまだ」
「どんな仕事も辛いもの。みんな我慢してやっているんだ。気楽な仕事など世の中にはない。平凡な人間でも、それに耐えて働いている。誰にでもできそうで、実はできないのだ」
「はい」
「それで君はどんな仕事ならいいんだ。君の将来のビジョンを聞きたい」
「実は」
「言ってみなさい」
「働きたくないのです」
「それを言っちゃ、おしまいだ」
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 09:46| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月26日

3241話 新しい道具と古い道具


 長く使っている道具は手に馴染み、道具を道具としてあまり意識しなくなる。道具は手の延長であったり、腕の延長であったり、目の延長や耳の延長だったりする。
 その慣れ親しんだ道具より、より使いやすいものがあったので、田村はそれを最近使い出した。最初はいいのだが、何となく手に馴染まない。何となくではなく具体的に大きさや重さが違うため、いつものようには使えない。結構ギクシャクした感じで、いい道具なのだが、田村にとってはさほどではない。しかし、しばらく使っているうちに、それなりにこなれてきたのだが、あるところで馴染み込ませる限界を見た。つまりいくら使い込んでも、今まで使っていた道具のようには行かないことが分かった。
 そして、そのいい道具をやめ、いつもの道具に変えた。
 ところが、ギクシャクする。手に馴染まない。つまり、やめてしまった道具に身体が合っているのだ。
 いつも道具など意識しなくても、使いこなせていたのだが、それができない。
「身体が覚えてしまったのですね」
「そうなんです。何とか合わそうと、身体が努力したのでしょ。それでそっちの方に合ってしまい、今までスラスラと行っていた道具の方がぎくしゃくするようになりました」
「はい」
「どうしましょ」
「え、何がですか」
「戻るか、進むか」
「ああ、以前の道具に戻るか、新しい道具に進むかですね」
「新しい方の動具はいくら使っても、それ以上手に馴染みません。身体も限界があります。それ以上合わせられません。ですから、新しい道具は古い道具に叶わない。ところが、戻してみると、その古い道具が手に馴染まない」
「すぐにまた馴染みますよ。しばらく使っていれば、感覚を思い出します」
「そうだといいのですが」
「よくあることですよ。二三日もすれば」
 そして、二三日立った。
「どうです。戻りましたでしょ」
「はい、いつもの調子になりました」
「じゃ、解決ですね」
「しかし、新しい道具の方が性能がいいので、多少ぎこちなくても、そちらでやった方がいい結果が出るのです。この問題は、どうしましょう」
「はあ」
「それにいつもの道具なのですが、それが壊れたとき、それに代わるものはもう手に入りません。先がないのです」
「一生使えないわけですね」
「そうです。だから将来のことを考えれば、手に馴染まなくても、新しい今風な道具の方が好ましいのです。それで変えてみたのですがね」
「じゃ、そちらを使うべきでしょ」
「しかし、古いタイプは使い心地が良くて、使っているだけでも気持ちがいい。新しいタイプは違和感が抜け切れませんが、性能がいいので、捨てがたい」
「道具に身体を合わせるというのがあります」
「ありますねえ」
「身体に道具を合わせるというのもあります」
「ありますねえ」
「ですから、どちらとも言えないということです」
「言えませんか」
「はい。何ともも言えませんし、どうとでも言えます」
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:30| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月25日

3240話 六枚の十円玉


 吉田は二日ほど休めると思っていたのだが、仕事が入ってきた。大した用件ではないが、せっかくの休みが消えてしまう。二日あるので翌日は休めるのだが、二日目は疲労回復のため、クッションの役割をしている。仕事で体力は使わないが、遊びに出た場合、ウロウロするため、普段歩いていないこともあって疲れる。
 仕事の電話が入ってきたのは駅までの道を歩いていたとき。急用らしく、今日中に頼みたいとのこと。
 非常に簡単な仕事なので、すぐにでもできるのだが、夕方に来て欲しいとか。今は昼前。まだまだ時間はあるが、夕方までに戻ってこないといけない。場所は同じ駅前。その用事を片付けてから遊びに行けば段取りとしてはいいのだが、そうはいかない。
 電話を切ると、もう駅は目の前。しかし、電車に乗って出掛ける気が失せた。ゆっくりできそうにないためだ。
 そしてここで出掛けないとなると、もう行楽は無理だ。明日は休みだが、その翌日からきつい仕事が待っている。朝も早い。だから体力温存のため、使えない。
 吉田はとりあえず出てしまっただけで、何処へ行くのかを決めていなかった。夜までに戻ってこられる場所なら何処でもいい。何処へ行こうかと考えながら駅へ向かっているとき、電話がかかってきたことになる。
 これがしっかりとした目的地があれば、断ることもできた。しかし、行く場所も決めていないので、説得力がない。やめてもかまわないのだ。それで、引き受けてしまう。
 駅のホームが見える。電車が入ってきて、さっと発車した。停車時間が非常に短い。客が少ないのだろう。または遅れていたのかもしれない。
 今からならそう遠くにまで行かなければ夕方までには、この駅に戻ってこれる。しかし、行き先が決まっていない。あの電話さえなければ思い付いたかもしれない。いろいろと行き先を考えながら歩いていたのだから。
 そこで思い浮かばなければ、構内にあるスナックで軽くオムライスでも食べながら、決めることにしていた。さらにそこでも決まらなければ、十円玉を六枚だし、それを振って表が出た数で降りる駅を決める。表が三つなら、次に来る電車に乗り、三つ目の駅で降りる。この駅は各駅停車しか止まらないので、それほど遠くまで行かないだろう。もし特急でも走っておれば、三番目に止まる駅は終点を越えてしまう。これはこれでやり方があり、そのときは乗り換えたり、またはもう鉄道がない場合は、バスに乗り、残りの数を満たすことにしている。そんなことは実際には起こらないのだが、行き先に迷い、決まらないとき、何度かこの方法を使っている。予定にない駅に降りることになるが、これは与えらたスケジュールだと思い、何度かこなした。これは決して悪くはない。
 しかし、夕方までに戻ってこないといけないので事情が違う。そんな気になれない。
 出掛けないとすると、また部屋に戻ることになる。夕方まで時間がありすぎる。それにもう駅に着いている。出掛けた方が時間が潰せる。
 吉田はカードで改札を潜り、とりあえず構内のスナックに入る。そしてオムライスを注文。このオムライスは冷凍食品なのだが、結構美味しい。カラッとしている。食べながら十円玉を六枚出そうとしたが、四枚しかなかったので、一円玉を加える。表か裏が分かれば何でもいいのだ。六枚なのは、全部表になったとしても六駅先なので、大したことはない。
 
 夕方、その駅前の喫茶店で電話をしている男がいる。吉田を呼び出しているのだが、電波が通じないのか、電源を切っているのか、何度かけても出ないようだ。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:16| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月24日

3239話 好きにする


 上手くいかないときは方法を変えてみる。よくあることだ。しかし、上手く行き出すと、それが当たり前になり、標準となる。いつもの方法で、という感じだ。
 その標準を長く続けていると退屈するわけではないが、飽きてくる。多少方法を変えても同じ結果が得られるのなら、飽きたところで、別の方法に代えたりする。余計なことだ。
 また、いつもの方法でも上手くいくはずなのに、調子が出ないことがある。これは長く続けているとよくあることで、方法が間違っているわけではない。それを方法のせいにして、別の方法でやる。すると、上手くいく。これは目先を変えただけで、その変化で何となく先へ進めるのだろう。
「つまり、駅へ行くのにいつもの道ではなく、違った道を通るようなものですか」
「そんな感じです。いつもの道というのは駅への最短コースになる場合が多いですねえ。そしていつの間にかそのコースばかり通るようになる。これは時間を優先させるためです。散歩じゃありませんから」
「じゃ、別の道にすれば遅く着いてしまいそうですが」
「少し早足で歩けば大丈夫です」
「そのメリットは」
「少しだけ新鮮です」
「それだけですか」
「実は駅までの最短距離は他にもあるのです。しかし交通量が多いし、歩道がない。だから本当に急いでいるときは、そこを通ります」
「ところが」
「はい」
「特に問題のない場合の方が危険なのです」
「問題がないのでしょ」
「問題がないことが問題」
「ほう」
「それで少しハンディになりますが、別の方法で行くこともあります」
「変化が欲しいからですか」
「ずっとやっていますとね」
「はい」
「それで色々なものを変えていきます」
「そんなことをしなくても、上手くいくのでしょ」
「上手くいくことが問題なのです」
「ほう」
「それで、色々と試みます。やはりいつもの方法が一番良かったような気がしますが、それを超えるものがあるかもしれません」
「よりよい方法を見付け出すのですね」
「そうです。しかし、それを採用しても、また同じことになりますがね」
「新しい方法も標準になると、飽きると」
「ですから方法にも旬があるのです。期間がね。期間を超えたやり方でも標準になると、惰性でずっと続けるものです。それに慣れ親しんだ方法の方が安定していますからね」
「私はその手です」
「これは時代に取り残されるとか、時代遅れの方法を未だにやっているとかではなく、試みの楽しさなのです」
「余計なことのように思われますよ。だって、上手く行っているのに、違う方法を求めたりするわけでしょ」
「方法を変えると、結果にも影響します。その方法に合った結果が出がちです。だから、結果は手法の中にあるのです」
「いい結果を出すために頑張っておられるのですね」
「いい結果などが出ると、それがまた問題になります。そしていい結果が出たときは、大概はたまたまなのです。これは同じことをもう一度やれと言われてもできません。たまたまですからね。だから始末が悪い」
「まあ、お好きなようになさって下さい」
「はい、好きにします」
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 10:31| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月23日

3238話 移動豆腐屋


 浦山は外出するため自転車の前籠に鞄を入れようとしたとき、声が聞こえてきた。近所の人ではない。おいしい豆腐如何ですかと女性の声。テープだ。しかしテープ状のに録音されたものではなく、内蔵メモリのようなものに記録されているのかもしれない。要するに物売りの声で、移動販売車。狭い道でも入り込めるようにか、軽のワゴン。
 浦山は子供の頃、豆腐売りを見ている。おそらく最後の世代だろう。豆腐屋は自転車で来ており、チリーンと鈴のようなものを鳴らしたり、ゴムのラッパの場合もあるようだが、その町内では鈴だ。ゴムのラッパは押さないとだめだが、鈴は振ればいいし、振動で勝手に鳴ったりもする。
 声を出す人はいなかったが、おそらく「とーふぇー」といいながら売りに来たのだろう。
 丁度朝の味噌汁に入れる豆腐が切れていたので、浦山が手を上げると、車は玄関先で止まった。中から二人出てきた。若いカップルのように見えるが、夫婦だろうか。両方のドアから二人も出てきたのだ。助手席の女性だけでも十分なはずなのに。
 浦山は一番小さいのをいうと、木綿しか残っていないらしい。コンビニで買えば二つか三つほどがセットになったタイプの一つ分程度の小ささ。値段は三倍。
 しかし、小さな豆腐なので、百円台。こういうのを売り歩いてどの程度の収入があるのかは分からない。普通のサイズは二百円ほどだろうか。しかし豆腐一丁の大きさの三分の二ほど。それを一丁とした場合でも十丁で二千円。百丁で二万円。しかも二人で来ているので、百丁出ても日給は一人一万円。これは売上げで、豆腐の仕入れ代やガソリン代もかかる。
 一日回れば百丁出るかもしれないが、車に百丁も積んでいないようだ。何処かに巣があり、そこにまた戻るのかもしれない。
 新しい商売ではなく、古くからある豆腐屋が流行らなくなり、豆腐屋の息子が始めたのかもしれない。それなら原価はそれほどかからない。
 浦山は出掛ける前なので、玄関を開け、すぐに買った豆腐を冷蔵庫に入れた。
 そして出掛け直したのだが、路地の向こうに豆腐屋の車が止まっている。数軒先の家の前だ。そこに一人暮らしのお婆さんがいる。待っていたのかもしれない。昔なら鍋を持って買いに行っただろう。鍋がいらなくなった分、楽といえば楽。
 その車で道が狭くなりすぎているので、反対側から回り込んで、大通りへと出た。
 そして戻ってから、この高い豆腐をどうするかと考えた。朝の味噌汁に入れるのはもったいない。そして木綿豆腐。いつもは絹こしを買っている。
 そして木綿を買うのはおでんに入れるか、湯豆腐にするかだ。
 豆腐だけを純粋に味わいたい。倍以上の値段を味わいたい。そうなると、湯豆腐が一番叶っている。そして昆布を敷くとか、そんなことはせず、豆腐だけをつけ汁で食べる。醤油と酢があればいいだろう。
 そして浦山はご飯と湯豆腐だけで夕食を済ませた。高いだけあって豆の香りがした。しかし豆腐は高いが夕食代は安く付いた。
 その後、浦山が出掛ける時間になると、あの豆腐屋が玄関先をゆるりとしたスピードで通過するようになった。浦山が買わなくても、その先のお婆さんが買うのだろう。だから、婆さんが豆腐屋の声を聞いて、奥から出て来る時間を計算して、ゆっくりと近付いて来るのかもしれない。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:09| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月22日

3237話 羅刹と黒い影


「ここに古い怪談があるのだが」
 妖怪博士は昔の絵を見せる。
 博士付きの編集者はそれを見る。鬼だ。
「何ですか、この妖怪は」
「これは鬼だ」
「見れば分かりますが」
「羅刹とも呼ばれておる」
「人を食べるのですね」
「そんなものがうろうろしておれば、人類全員喰い殺されておるだろう」
「ゾンビが人類を滅ぼすような」
「だから、少し様子が違う」
「はい」
「羅刹は一瞬にして全てを食べきる」
「はい」
「全てだ」
「それが何か」
「胃袋が大きすぎるし、また骨まで噛み砕くのだから、吸血鬼やゾンビを越えておる」
「ですから、それはお話しでしょ。地獄の鬼のように」
「歯が丈夫でないと骨を砕いて喉へは送れん。骨が喉や食道に引っかかれば大変じゃ」
「猫なんて平気ですよ」
「そうじゃな。しかし、一夜にしてあとかたもなく一人の人間を片付けるのは大変」
「どんな話ですか」
「この羅刹は死んだ人しか喰わん。だから死人が出たときに現れる」
「鬼にも色々と種類があるのですね」
「絵ではこのように鬼が人を食べておるところが描かれているが、実際には影のようだなあ」
「影」
「モヤッとした黒い影のようなものが死体を飲み込んでいく。それなら歯の心配や、喉に骨が刺さる問題や、胃袋の問題は解決する」
「しかし、影でしょ。2Dの平べったいものでしょ。余計に無理でしょ」
「だから、その影とはブラックホールのようなものだろう。穴が空いているのじゃ」
「それが羅刹の正体ですか」
「それを見た昔の僧侶が記録しておる」
「じゃ、鬼の絵は何ですか」
「分かりやすいように、人型の鬼の姿で画いたのだろう」
「じゃ、死体があれば、ブラックボックスから」
「それなら、死体のあるところブラックボックスだらけになり、町も村も穴だらけになるだろ」
「そうですねえ」
「羅刹は毘沙門天の眷族らしいが、それは後付けだろう。そういうところに収まっているがな」
「やはり地獄の鬼でしょ」
「全部食べてしまうというところがミソでな。持っていくことになる。あっちへ」
「どっちへ」
「だから、その行き先が問題で、羅刹に相当するものの仕業だが、その目的は想像の域を出ない」
「博士はどのように想像されていますか」
「あっちの世界にも、妙な奴がいるのじゃ」
「妙な」
「趣味性の高い」
「生前悪いことをしたので、地獄の鬼に喰われるのではないのですか。釜揚げとか、唐揚げにして」
「いや、単に死体であればいいようだ。だからこれは悪い趣味というか、嗜好に属する。ただ、舌とか喉越しとか歯応えとかは関係がなくなるので、これもまた違う」
「本当は食べないわけですからねえ」
「そうじゃ」
「じゃ、どんな嗜好なのでしょう」
「向こうの世界にも、変わり者がいるんだろ」
「はあ」
「別の書によると、これは村の慣わしらしく、人が死ぬと、丸一日、村人全員、村から出るらしい」
「村人全員で弔うのじゃないのですね」
「全員いなくなったところで、羅刹が現れ、始末してくれるということじゃな」
「死亡診断書とか、火葬許可書とか、埋葬許可書とかがいらなかった時代ですね」
「山に捨てても骨ぐらいは残る。しかし、羅刹だと骨まで持っていく」
「はあ」
「じゃ、その村は、火葬も土葬も風葬ももないわけですね」
「そうらしい」
「いつの時代の話ですか」
「書かれたのは江戸時代。それがあった時代はさらに古い」
「作り話でしょ」
「そうなんじゃが、影が死体を持って行くという話は、有り得ん話だとしても、何かの喩えと考えれば、色々と想像できる」
「はい」
「ここから先は意味の世界で、具体性はない。その黒い影が意味しているものと互換性のあることがあったのかもしれん」
「よく分からない話ですねえ」
「だから、いいのじゃ」
「はい」
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:11| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月21日

3236話 知的ゾンビ達


 外があまり変わり映えしなければ、内を探ってみる。実は、こちらの方が広く深いかもしれない。また、内があるから外もある感じで、外は内の延長かもしれない。
 内と外とが接するところ、それは普通の現実であり、普通の状態だろう。その外とは、内と関係する。内にそれがなければ外に出ても、それはないに等しい。見えていても見ていない。
 内が充実すれば外も変わる。内に変化があると、外も変わり映えしないものでも変わり始めるし、外の世界も拡がる。
 これは興味のないものは現実にはないようなものだ。あることは分かっているが、それ以上その現実をめくらない。表紙だけを本屋で見ているようなもの。棚が並ぶ通路なので、目に入るだけ。
 その本屋に知的な人がいる。客だが、毎日来ている。知的生活を送っているのだが、そのソースは殆どが本屋。だから本が先ずある。そこから吸収し、内の知を高めているのだろう。吸血鬼のようなものかもしれない。補給しないと死んでしまう。ただ、昼間でも歩いているので、ゾンビかもしれない。ゾンビは血よりも、肉を囓りたいだろう。
 その男、血ではなく、知に満たされ続けているため、非常に濃い。たまに輸血でもして血を抜かないと、だめだろう。しかし、溜め込むだけ溜め込んでいる。知はいくらでも量が入る。そして、古い知は忘れてしまったりする。知は満杯だが、頭の中で思い浮かべられる量はしれたもの。
 男は、知的生産者と名乗り、知を生産しているのだが、実際にはコピーだ。引き出しが多いだけ。
 情報は得なければ分からないが、知は何もなくても編み出せる。本など読まなくても、知は回転する。
 それは内と外との境目あたりで発生する。ここが現実でのリアルな現場だ。そこで役立たなければ、意味はないのだが、単なる知的好奇心を満たすことで満足する方が多い。予想や、仮説が当たっていたかどうかを確認して、満足を得たり、意外な展開になっているので、追跡したりとか。
 本屋へ毎日通うこの男、知に飢えていた。毎日知的生活を続けているのに、満たされない。
 この男だけではなく、常連の客が何人かおり、店内をゆるりと移動している。昨日も見た本の背表紙を見ているだけ。
 物欲があるように、知識欲がある。しかし多くの常連客が店内をうろついている姿は、あまり知的には見えない。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 10:25| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月20日

3235話 微睡


 初めは何かを考えながらとか、思いながらとか、あるいはふと頭に中で浮かんだことなどをそれなりにその先へ向かっていくのだが、ある時点で自動的に転がり出し、意識はあり、意志はあるのだが、それがオート運転に切り替わり出す。
 これが作田の寝入りばなでのいつものコースなのだが、オートへのバトンが上手く渡せないで、マニュアルのまま先を続けると、意識がしっかりしだし、寝入るどころか目が冴えてくる。しかし、目は閉じているが、キョロキョロと黒目が動いている。ここで瞼を開けると本当に起きてしまうので、そのカーテンだけは何としてでも閉め切っておきたい。
 しかし、意識的回転が刻み出すと、目を開けたくなる。目を閉じているのが逆に苦痛となるため。
 そして我慢できず。目を開ける。これで一巻の終わりで、寝入りばなの緒戦に敗れたことになる。
 そこからまた眠りに入ることはできるが、しばらくは眠りへのとば口は開かないため、横になっているだけのこと。しかし、意を決し、目を閉じる。これが合図だ。意識に言い聞かせる。目は閉じたと。
 すると今度はすぐに意識的なリードから、あるところで自動運転になるのか、意識的ではない展開になり始める。勝手に絵が回り出す。色々なシーンが先へ先へと連れて行ってくれる。「しめた」と作田が思った瞬間自動運転が止まり、手動となる。「しめた」という意識が邪魔をしたのだろう。「何がしめた」かだ。上手く軌道に乗ったぞ、ということだが、それを意識した瞬間、そこで止まってしまう。
 そしてまた意識が明瞭になり、眠りへの誘いの自動運転から遠ざかる。
 そういうとき、作田は思い疲れることでいつのまにか意識が弱まることを知っている。そのコースは結構時間がかかる。ものすごい夜更かしをしているようなものだが、何処かで疲れ、手綱が切れる。
 要するに頭が冴えて眠れないだけの話だが、快いまどろみは、気持ちがいいものだ。作田はそれを楽しみにしているわけではないが、うとうとなりかけたときが気持ちいい。その気持ちよさはまだ意識があるので感じられることで、それはほんの僅かな時間かもしれないが、少しは間がある。一瞬ではない。
 このまどろみを微睡と言っている。睡眠としては浅い。そのとば口。
「こういう快感は他でもありませんか」
「他」
「同じような気持ちよさの娯楽のようなものが」
「あるでしょうねえ。夢のような話しになりつつあるようなシーンとか」
「はい」
「夢のような展開になるような、その夢ではなく、その入り口です。夢の中に入る前。今からそこに入るというあたりです」
「わくわくするような」
「そうです」
「でも頭が冴えてしまいそうですが」
「そうですねえ。だからうっとりとなるようなシーンが好ましいですねえ。それは恍惚でしょうねえ」
「そういうの、売ってますか」
「映画やドラマや劇、絵画や当然音楽や写真でもあるでしょうねえ。ただ、何処でうっとりとなるのかは相性もあるので、どれがそうだとは言えませんが」
「じゃ、やはり、寝入りばなのうっとりの方が安いですし、何もしなくても手に入るので、いいですねえ」
「そういうことです」
「しかし、寝入りばなの自動運転に失敗すると、なかなか寝付けなくて、遅刻しそうです」
「はい、何事においてもリスクがあるものです」
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 11:08| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月19日

3234話 モヤ


 部屋の中にもやっとしたものが現れ、それが動いている。佐山は目に何か付いているのかと思い、擦るが、それではない。片目を瞑ってみると、やはり見える。目ではなく、実際に、目の先に、それがある。そのモヤは左右、上下に僅かながら動く。自分の目玉が動いているのかしれないが、さっと右の方へ移動した。
 そのモヤは丸いのか四角いのか分からないが、何かの形。目の前にあるのは本棚。その距離は二メートル半ほど。形もはっきりしないし、質感がない。そこだけ不鮮明に見えているような。しかしモヤの向こう側に見えているはずの本は見えない。
 右へ移動したので、佐山は目で追うと、右側にある壁に吸い込まれるように、消えてしまった。壁の向こう側は隣の部屋。
 佐山は襖を開け、隣の部屋に入るが、そこは普段使っていない八畳ほどの和室。床の間や仏壇がある。
 モヤの姿はもう見えない。別のところへ行ったのかもしれないと思い、別の部屋を探すが、見つからない。二階かもしれないが、無駄な気がして、書斎に戻る。
 そして本棚を見ながら、いつもの椅子に座る。
「壁だ」
 壁の中に吸い込まれるように入ったのは、すり抜けたのではなく、入ったのだ。
 壁は昔ながらの漆喰で、モヤが吸い込まれた辺りをよく見ると、少し色が違う。最初からそうだったのかどうかは分からない。しかし、モヤの正体が分からないので、壁を調べても無駄かもしれない。
 一番思い当たるのは仏壇。モヤもそれに属するものだと解釈すれば、話は通る。
 その仏壇には先祖代々が祭られているが、位牌はなく、過去帳だけ。最近書き写されたので、古くはない。そして七世代から昔は、もう分からない。
 しかし、モヤを霊的なものと解釈するのも妙だ。それならこれまで何度も見ているはず。
 壁に吸い込まれるように入ったのだが、壁に近付いたときに消えたのかもしれない。
 これは後で分かるのだが、書斎は庭に面しており、外が見える。車のライトが入り込むようなことはないが、何かの拍子で、何等かの光が差し込んだ可能性もある。
 佐山は、書斎のガラス戸を開けると、庭一面がモヤ。モヤモヤしたものが飛び回っている。
 これはモヤモヤしているときに見る夢だろう。
 
   了

 
posted by 川崎ゆきお at 10:47| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月18日

3233話 悪の十字架


 これは店が開くのは十時かと、呟いている人の話ではない。早く来すぎたのだろう。
 悪の十字架、これは悪魔の十字架であり、別に十字架でなくてもかまわない。十字架は人が作ったものだ。神と一緒に。
 神より先に悪魔がいた。これは呼び方は色々ある。あまりいいものではなく、人々に災いをもたらす有り難くない現象。それさえなければ、それなりの暮らしを続けられる。しかし長い人生の間には、色々と問題が発生する。その全てを悪魔の仕業とするには、悪魔も迷惑だろう。
 人災であっても、それが起こる背景に、人では何ともしがたいものが動いていることもある。人は時には何でもしてしまうことがある。
 悪魔、魔人、これは人称。人に近い。その多くは獣のような姿をしている。人ではなくケダモノ。だから人の道理は通じない。
 自然災害は悪魔の仕業とは言い難い。悪魔がいくら貧乏揺すりをしても、地震は起こらないし、くしゃみをしても嵐にはならない。
 神に先だって悪魔が登場し、その悪魔の仲間から神が生まれたとするのが悪の十字架だ。しかしこれは日本の神仏もそうではないかと思える。ただし、もっと原始的なもので、悪に相当するものを神仏として崇める。悪も悪い気はしないだろう。
 悪を鎮めるため、大人しくじっとしてもらうため、拝み奉る。これは宗教以前の話だろう。
 悪心を起こすのも、悪魔の仕業となると、悪魔も迷惑だが、それも背負ってもらう。これが悪の十字架。
 その店の前で悪の十字架かと、呟いているのを聞いた横の人は、開店時間が早くなって九時から開いていますよ、と親切に教えてあげた。見れば分かることだ。シャッターは上がっている。
 その男、次からは悪の苦事か、となる。
 
   了
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:50| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月17日

3232話 南北朝時代の古墳


 文字のようなものが刻まれているが、読み取れない。そんな漢字はないので、記号かもしれないが、何を表しているのかが見えてこない。ただの模様のように見える。曲線と直線が混ざり合う五センチほどの一文字。文字だとしての話だが。
 場所は洞窟の突き当たりの岩。人の目の高さよりもやや低い。その洞窟は人が掘ったものではない。入り口付近は人が手を加えており、四角い。しばらく進むと、下へ向かいゴツゴツとした岩と岩の隙間がグニャグニャと続いている。
 ここがこの聖地の最深部に当たるのだが、開かずの洞窟として、石垣で塞いでいたのだが、崩れたのだろう。人が通れる穴が空いている。
 聖地と言っているのは古文書に出てくるだけで、地図も何もなく、地名だけ。
 長くここが発見されなかったのは工場内にあるためだ。大きな敷地で、丘を飲み込んでいる。周囲は平野で、聖地としては珍しい。山岳地帯ではないためだ。
 この聖地、何の聖地なのかは分からない。手掛かりとなるのは入り口の石垣だが、これは平凡なもので、その造りから作り手を想像することはできないし、後から作られたものだろう。
 また、入り口から少しだけ続いている人工の洞窟も、自然の穴を広げている程度で、削り取っただけ。むき出しの岩を削っただから、これだけでも大したものだ。
 唯一の手掛かりは突き当たりにある謎の象形文字。ただ、一文字しかないので、何ともならない。その形は特殊な形ではなく、印鑑のように一寸複雑な画数にした程度。しかし、何が変化してそうなったのかは分からない。そして印鑑ほど複雑ではない。
 象形文字なら何かを象徴しているはずで、元になる具像があるはず。しかし、それは特定出来ないので、ただの模様だろうか。抽象模様なのだ。
 刻まれた当時、色が入っていたらしく、自然についた色ではなく染料を流し込んだようだ。殆ど色は消えているのは年月のためだろうか。
 洞窟内にはそれ以外のものはない。入り口に手を加えたことと、突き当たりの岩に文字が刻まれている程度。
 この工場、超巨大企業のグループ会社の一社で、名は知られていない。工場内にある公園に見える。丘と言っても低いので、築山のようなものだ。盛り土だと言われても信じるだろう。
 聖地と言われていたのは古文書で分かるのだが、それほど古い時代ではない。南北朝時代だろうか。その後、この丘に関する記載はない。
 しかし、この近くの旧家から、当時のことを思わせる日記が出てきた。メモのようなもので、儀式でもあったのか、それを用意する品々などが書かれている。ただの祭りの準備と同じようなものだが、その場所が、この丘なのだ。
 これは詳しく発掘すれば分かるのだが、文字があった場所の下を掘れば、何か出てくるはず。
 つまり誰かの墓。
 ただ、人間の墓かどうかは分からない。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 10:51| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月16日

3231話 嘘の話


 ただの仏教説話。説法のようなもので、その教えを物語にしたものだが、誰が作ったものかが分からなくなっている。これは落語と同じで、戯作者不明とか、また語り継がれるたびに話が変わってくる。時代に合わせて。しかし、それらが流行っていた頃は更新されるのだが、そのままだと止まってしまう。古い話のまま。しかし、その古い話をするとき、また違ってくるのだが。誰も語らなくなった話は、意味がよく分からなかったりする。
 お経はそのままでは意味が分からないので、訳がある。また解説を加える人も多かったはず。
「抹香臭い話ですねえ」
「実はここに物語の秘密があるのですよ」
「ほう、どのような」
「後で調べれば仏教説話だったり、大陸方面にある話を焼き直したものだったりもしますが、それを消化吸収している間に、別のものになります。これはツールのようなものですが、そんな道具的な意味だけではありません」
「ほう」
「本来の意味とは違う。またはテーマとは違うものになるのです。今風にアレンジしたり、当てはめたりするのでしょうねえ。決して時代劇を現代劇に直すわけじゃありませんが」
「それが、何か」
「戯作者というのは、何かそれに相当するものがあって、それを劇にしたのでしょうねえ。現実に起こったこと、過去にあったことを素材にしてね。しかし、戯作を元にして戯作を作る場合もあります」
「コピーのようなものですか」
「そっくりじゃありません。リアルからではなく、フィクションからフィクションを作るようなものです」
「神話を元にして、話を作るとかですね」
「そうです。その状態になると、その神話が本物に見えてしまうことがあります」
「はあ」
「ここが少し面倒な話で、分かりにくい箇所ですがね」
「はい、分かりません。神話は神話でしょ」
「元になった話そのものがフィクションなのです」
「それは分かりますが」
「そして、元になったフィクションが、いつのまにか本当にあったことのように思えてきます」
「それはないでしょ。元が神話なら」
「神話なら分かりやすいですが、元になったものが神話ではなく、有名な話ではない場合、元は一体何だったのかも分からないわけです」
「確かに面倒な話ですねえ」
「本当にはなかったことでも、その話を何度も何度も語られ、また世間にも広く行き渡り、それが長い長い年月が立ちますと、本当にあったこととになる可能性を秘めています。全部じゃないですよ」
「そ、それが何か」
「そちらの方が、現実よりも現実になってしまいます。本当はそうじゃなかったと言っても、もう手遅れなのです」
「はあ、でも真実は別にあるのでしょ」
「真実ではなく、事実関係でしょうねえ。フィクションでも実録だと長い長い間思われてしまうと、これはもう現実になります。実際はどうであれ、現実のものとして機能してしまえば、そちらが現実になります」
「しかし、あまり関係がない話ですが」
「いえ、あなたの過去もそうなのです。そう思い込んでいる現実があるでしょ」
「事実とは違う根拠のようなものですか」
「思い違いでも、錯覚でもいいのです。それを長い長い間抱き続けていますと、本当は根も葉もないことでも、根が生え、葉が出てしまうのです」
「挿し木のように」
「そうです」
「難しい話ですねえ」
「本当のことよりも、嘘でもいいから今となってはそちらにした方が都合がいいためでしょうねえ。事実関係など脆いものですよ」
「はい」
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 10:39| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月15日

3230話 雨の日


「雨の日は休んだ方がいいですねえ」
「そうなんですか」
「元気が出ません」
「ああ、低気圧で」
「鬱陶しくなります」
「空も気分もですね」
「そうです。だから雨の日は無為に過ごした方がいい」
「え」
「だから、無為に」
「じゃ、いつもと同じですね」
「いつもは有意です」
「そうでしたか」
「まあ、人から見れば無為に過ごしているように見られがちですが、実は結構大事なことをやっているのです」
「たとえば」
「上下水道代を払いに行くとか」
「銀行落としじゃないのですか」
「それだけ、まだなのです。ギリギリに払いに行きます。それ以上遅れると督促状が来ます。さすがに水道は止まりませんがね。これが来るのがいやだ」
「それが有意なこと。大事なこと」
「そうです。決心が必要です。払いに行くぞってね」
「コンビニでしょ。それならついでに払えば」
「いや、近所のコンビニで払うのはいやなのです。住所や名前が分かってしまいますしね。それに私名義ではなく、爺さんの代からの名義でしてねえ。そういうのをコンビニの店員に見られるのが」
「見ていないと思いますよ。結構忙しそうですし」
「しかし、いやなので、だから普段行かないコンビニへ行きます。ここはそういうコンビニ払いのときに残しています」
「パンなどを買ったついでに払えばいいのに」
「パンと水道代とではものが違います。ここは分けて考えないと。本来なら水道局へ払いに行くべきこと。用件が全く違う」
「はいはい」
「そろそろ払わないといけなくなっているのですが、この雨ではその決心がつきません」
「鞄の中に入れておけば」
「いや、見るのもいやです。あの請求書のはがきを。だからめくっていませんので、いくらなのかも知らない。しかし、基本料金まででしょ。大した額じゃない。金がないわけじゃないですよ」
「はいはい」
「そろそろ気合いを入れて、そのはがきを持って払いに行く時期なのですが、あいにくの雨、この雨で気合いがなくなりました。雨の日はやりたくないし、やる気力が失せます。雨の日は何もしないで、じっとしているのがよろしい。下手に動いてもろくなことにならない。だから雨の日は休むことにしています」
「昔なら、雨の日は野良に出ないで、書を読むとかですね」
「書ねえ」
「そうです」
「そういえば本も最近読んでおりませんなあ。それなりに気合いが必要ですからね。元気があるときにしか本は読みません。目の筋肉が違います」
「じゃ、何をされているのですか」
「何をしようかと考えているうちに一日が終わってしまいますが、まあ、部屋でゴロゴロしているようなものです」
「ゴロゴロ」
「このゴロゴロも、結構難しいのですよ。元気がないので、それに併せて、優しいことをします。退屈しない程度の刺激が少しだけあるようなね。まあ、雨音を聞いているだけでもよろしいんですが。寝転び続けるのも、結構苦痛ですよ。だからゴロゴロしたり、動物園の熊のように、家の中を用もないのにうろうろしてみたり」
「はい、分かりました」
「用もないのに冷蔵庫を開けてみたりとか」
「はい、もう結構です」
「そうですか。じゃ、このへんでお邪魔します。いい暇つぶしができました」
「そうですか」
「また、お邪魔します」
「もういいです」
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 10:29| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月14日

3229話 谷風


 とあるパーティーで盛り上がっているとき、風が吹いてきた。室内だ。空調だろうと誰も気にしなかったが、それにしては風が強い。
「故障でしょ」
「言ってきます」
 しかし、故障ではなく。緩く暖房が入っているだけ。その証拠にエアコンの吹き出し口の下へ行っても変わらない。そこからの風ではないようだ。
 パーティーはギャラリー内で行われており、グループ展の打ち上げのようなもの。
 窓は閉まっているし、ドアを開けても、屋内なので暖かい。風など吹き込むような状況ではない。
 何かの都合で送風状態になったのだと思い、気にしないで、また談笑となり、熱いほど盛り上がってきたところで、今度は強い目の風。
 エアコンの故障ではないと思っていても、やはり気になるので、もう一度誰かがドアを開け、言いに行った。
「おかしいですねえ。故障じゃないです」
 ビルの人が送風口の下でリモコンでオンにしたりオフにしたり、送風にしたりする。
「きつめいの送風にしてもらえませんか」
「いいですよ」
 しかし、その風ではない。
 だが、風はやんでいる。
 不思議なことがあるものだと頷き合っているとき、一人の客が、その謎を解いたようだ。
「谷風です」
「谷風」
「谷から吹き上げる風です」
「じゃ、ビル風のようなものですか」
「それとは違います。風がないときにはビル風も吹かないでしょ」
「そうでしたか。じゃ、何ですか」
「だから、谷風です」
「谷風って、何ですか」
「昼間に起こります。山が日差しで熱くなる頃でしょうねえ」
「はあ」
「すると、空気の密度が下がり、日陰にある谷底から空気が流れてくるのですよ。風です。これを谷風と呼んでいます」
「しかし山などここには、それも今は夜ですよ。熱せられるようなものなど」
「パーティで熱くなっていたでしょ」
「結構じゃないですか」
「ところが」
「何ですか」
「あの隅で、一人で静まりかえっている人がいるでしょ」
「黒田さんでしょ」
「あの人は話しにも加わらないで、じっと、冷ややかに」
「え」
「その黒田さんが、谷なんです」
「じゃ、黒田さんから吹き上げてくる風だったのですか」
「黒田さんが谷風を吹かせていたのでしょうねえ。これは作為的じゃなく」
「おい、黒田君」
 先輩らしい人が、黒田を呼んだ。
「だめじゃないか、一緒に盛り上がらないと」
「あ、はい」
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:41| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月13日

3228話 年寄りの冷桜


「この桜、来年は見られるであろうか」
「さあ」
「おぬしはまだ若いから見られるであろう」
「さあ、それはどうでしょうか」
「この寺まで歩いて来られるじゃろう。その階段も平気で上がれるはず。わしはもう今年で限界じゃ」
「じゃ、下から見られては」
「上から見下ろす桜がいいのじゃ」
「でも、山門前も結構高いですよ」
「去年までは、この上の奥の院から見た」
「そこはもう山ですよ」
「もう下界が見えんほどの奥。山門の屋根を見下ろすのが好きじゃったなあ。桜と辛み、絵になった」
「今年は無理ですか」
「無理はしとうない」
「そうですねえ」
「しかし、今年も何とかここで花見ができた。それだけで十分かもしれん」
「はい」
「今、山門から上がってくるのは黒崎氏だ。わしより一回り上じゃが、元気よのう」
「もうすぐこちらへ来られますよ」
「いや、黒崎氏は奥の院まで行くつもり。去年もそうじゃった。わしは隠れる」
「別に隠れなくても」
「ここで根を上げたのを見られとうない」
「はい、金堂の横に参りましょう」
「うむ」
 黒崎氏はお供が遅れるほどスタスタと奥の院へと登って行った。
「元気な年寄りじゃ」
「毎日歩かれておられるからでしょう」
「そのためか。鍛錬しておるのじゃな」
「そうです。しかし、ああいうお元気な人ほど、来年は姿を見せないかもしれません」
「そうじゃな。その通りじゃ。さて、帰るとするか。ここに隠れていても、奥の院から見える」
「はい」
 老人は若侍と一緒に山門を下った。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 11:12| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月12日

3227話 桜泥棒


 薬臭いのではなく、胡散臭い漢方医が処方箋を出した。長細い小さな紙切れに書かれている。ものすごい数の薬箱の引き出しがあるのに、その中にはないようだ。
 信三郎の病は気の病ではなかろうかと言われ、くしゃみがよく出るのは、そのため。しかし春先なので、花粉が飛んでいるのだろう。
 処方箋には信三郎が住んでいるところから一番近くにある桜の花びらをお茶に入れて飲むというもの。また、桜茶漬けにして食べてもいいとか。
 折良く桜が咲いている。満開近い。今なら桜が手に入る。いい時期に診てもらったことになるのだが、うかうかしていると散ってしまう。今ならまだまだ猶予がある。
 問題は一番近くにある桜の木だ。信三郎の屋敷には桜の木はない。散り際が現くそ悪いので植えていない。
 そうなると、隣の屋敷だが、それは見えている。塀の向こう側だが、その塀は共同のもので、二つの屋敷の仕切り。土塀ではなく、板塀。その隙間からのぞけるのだが、そんなまねは誰もしない。それに庭と庭の端なので、庭の一番奥のためか、普段、用はない。庭には出るが、そんな奥までは行かない。それにどちらの庭にも植え込みがあり、茂みのようになっている。お隣の桜は、そこにある。おそらくこれが一番近い場所にある桜だろう。
 信三郎は、植え込みの奥まで行き、板塀と植え込みに足や手をかけながら、こちら側に伸びている手頃な枝を見つけ、引きちぎった。これだけあれば、桜茶でも桜茶漬けでもできる。
 そして、すぐに家人に言いつけ、桜茶を作らせた。
 しばらくすると、お隣から苦情が来た。桜泥棒だと。
 そんな大層な話ではないのだが、一声かければよかったのだろう。信三郎は謝りに行った。
 その屋敷に入るのは初めてで、今は隠居さんが住んでいるはず。
 庭先にある座敷に通された信三郎は、訳を聞かれた。いい年をした武士が桜をむしったのには訳があると。気の病の説明すると、その病の影響でむしったのかと言われたので、漢方医の話をした。それで、老人は納得したようだ。
 しかし、信三郎は不審に思い、聞いてみた。
 桜泥棒をするところを見ていたのかと。
 隠居は庭を見るが趣味で、庭の奥に一木だけある桜を眺めていたらしい。
 信三郎は何度も謝ると、老人は手で制し、もうそれはいいから、その気の病に効く話は本当かと聞いた。
 胡散臭い漢方医なので、当てにならないが、試してみると、気が涼やかになり、くしゃみも出なくなったことを告げると、隠居は、よし、と声を上げ、庭に降りていこうとするので、住んでいる場所から一番近い桜に限ると付け加えた。
 隠居屋敷の桜は一本だけ。何処を起点にすべきか分からないが、そのお隣にも桜の木はある。屋敷内の桜よりも、近い。これは母屋から見た場合だ。
 信三郎は例の処方箋を出し、文字を丁寧に読み直すと、住んでいる場所から一番近くにある桜となっている。だから、住んでいる場所は計算に入らないのだろう。
 隠居は信三郎のようなまねはできないので、お隣に声をかけ、桜の花をもらうことにした。
 その説明を隠居は詳しく話したことから、そのお隣さんも興味を持ち、同じことをやり出した。
 
   了
 

posted by 川崎ゆきお at 10:27| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月11日

3226話 何かいる


 そこには誰もいないのだが、何かいるような気がする。具体性がないことから、五感ではなく第六感が感じているのだが、その感覚はどこから来るのだろう。きっと内側から来るはずで、見えない、聞こえない、触れない、匂わない。しかし、高畠は下駄の鼻緒が切れたのを想像すると、いやな鼻緒の匂いがする。子供の頃、大きな庭下駄があり、それを履いて、遊んでいた。緩んでいたのか、ぷつりと切れた。雨上がりの匂いとも重なっている。鼻緒が雨で濡れていたのだろう。切れたとき、いやな匂いがした。
 今では下駄という言葉を聞いただけで、あの匂いがする。そのため、具体的な発生源などなくても匂いは発生するが、鼻で感じているのではない。匂うものなどそこにはないし、また下駄もそこにはない。
 この五感を通さないでやってくるものは日常的にもよくあることなので、珍しい話ではない。ただ、何かの気配を感じるというのは、少し内容が違う。近くに何かがいるからだ。
 気配だけで、それが何だか分からない。これは困った話だ。寝入りばな、自分の寝息を聞くことがある。誰か横で寝ている人とか、動物でもいるのかと思うと、自分自身だったりする。
 それなら発生源ははっきりとしている。しかし気配だけで、それが何の気配であるのかさえ分からない場合、困った話になる。
「気のせいでしょ」
「いや、確かにいる。何かが」
「霊かい」
「それなら、何か訴えたいことがあるとか、そういう筋書きになるけど、得体が知れない。最初から」
「じゃ、幻覚だね」
「幻覚」
「空耳のようなものだ」
「あ、そう」
「ないものが見えたり、音などしないのに、音を聞いたり、まっ、よくある幻覚だよ」
「夢の中の出来事のような」
「うん、夢の中での音がそうだろうねえ。匂いもね」
「しかし、何か妙なものが近くにいるんだ」
「見えないのに、どうして妙なものだと分かるんだ」
「何となく」
「カンかい」
「第六感」
「うーん。どうかな、何かバグってるだけかもしれないし、ただのノイズのようなものかもしれないよ。思っているほど意味はなかったりする」
「そうだといいんだけど」
 高畠は妙な気配がするとき、こうして架空の人物を呼び出し、聞いてもらうことにしている。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 10:28| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする