2017年08月31日

3368話 釣り落とした魚


 昔にあって今はなくなってしまったものがある。あの頃いやというほど目にしていたものでも、もうなくなってしまい、行くことも見ることも、噂さえもない。何かの話のとき、たまに出て来ることもあるが昔話だ。十年一昔、二昔前、三昔前のことなら、遠い昔と変わらないが、個人の中では、ついこの前のことのように思えたりする。
 その消えたもの、別の形を取って現れることも多いが、昔に比べると物足りなかったりするし、今は不可能な事柄もある。これは時代の風潮でそうなってしまった場合、その風潮は滅多なことでは以前には戻らない。
 生まれる前に既になくなっていたものは気にはならないが、よく見かけていたものがなくなってしまうと残念だ。無念と思うほど大事なことではなく、少し思いが残る程度。それがこの先戻ってこないことが分かると、もったいないことをしたと、残念がる。
 これは昔がよかったという話ではなく、その昔に戻っても、それほどよいものだとは思わなかったことも含まれる。当時ならよくあることで、ありふれていたのだ。
 こういう残念無念な思いが、その復活のような形で、新たなものを作り出すのかもしれないが、それはよかった時代に向かっていることになる。だから過去へ向かう未来となるが、そこだけをワープさせるわけにはいかないので、当時と同じものは不可能だ。
 過去が未来を作るにしても、失ったものを取り戻す話になる。それには過去にそれを体験したことのある人でないと、強い思いで進めないだろう。
 しかし、どうしても取り戻すことが不可能な場合、別の形で得ようとする。これは置き換えや代わりののようなもので、ないよりはまし程度。
 ただ、そんな感情を常に抱き続けることは希で、何かの折、思い出す程度だろう。何となく今風なものと人々も同化してしまうためだろう。
 また、あのとき、行ったり、見たり、触れていればよかったのにと思うものでも、過去に戻り、体験したとしても、思ったより良くなかったりする。
 感情というのはつかみどころがなく、思い違いや錯覚も多い。と言いながらも、昔の人達も、過去への思いなどをよく口にしている。過ぎ去りし過去は、その当時よりもよく見えるのだろうか。
 
   了

 
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2017年08月30日

3367話 弁天魔


 妖怪博士が古い怪異談を調べていると「べんてんま」という妖怪が出てきた。弁天間と書くのか、弁天魔と書くのかは分からない。かななので、ただの発音だ。当て字ができるほど流行らなかったのだろう。
 大人になりかけの少女が見るようで、小さな子供や大人には見えないとされている。その姿はまちまちだが、実はこの弁天魔、姿を現さない。そのためビジュアル性がないので、そのうち忘れられたのだろう。
 では何処に現れるのか。それは少女の中に幻覚として出る。これも妖怪としては弱い。形のない妖怪は弱い。
 この妖怪、少女に付きまとっているのだが、内蔵。そのため、その動きはまちまち。その人に即した怖いことをする。その性格はその少女の性格により変わるので、同じ弁天魔でも共通した特徴がないのだ。これも妖怪として弱い。何かに特化したり、突き抜けた箇所がないと、妖怪らしさがないためだ。
 妖怪博士は少女時代などないので、少女については疎いため、どんな状態になるのかは想像できない。その解説も曖昧なもので、少女に何か異常が起こるとなっているのだが、本人が言うには弁天魔が出たとしか言わないらしい。出たといっても少女の中に出ただけなので、外からは見えない。
 狐憑きのようなものかもしれないが、それならそういう動作をするものだ。しかし弁天魔は少女も見ているだけで、弁天魔に憑依されるわけではない。
 この弁天魔、妖怪としての知名度が低いというより、忘れられた妖怪で、そんな妖怪の存在など、今では誰も知らないのだが、今の時代でも少女に弁天魔が出ているのかもしれない。ただそれを弁天魔だとは気付いていないのだ。
 弁天魔と名付けた人が、昔おり、やはりベンテンは弁天を当てる方がいい。弁天さんは弁財天のことで、これは女性であり、インドの神様だ。川や蛇と関係づけられている。
 インドの神様は厳しいものがあり、魔的な面も含まれるので、弁天魔と書くのがいいのかもしれない。つまり少女の持つ魔だろう。内なるところから来ているのだが、少女はそれを外部のものとして見ている。
 内部の魔のため、その少女に即した現れ方をするため、弁天魔は一様ではない。少女によって違うのは、くどいが少女が発しているためだ。
 この弁天魔の退治方法は、解説によると、大人になれば消えるとなっており、何もしなくてもいいらしい。
 これを読んでいた妖怪博士。この弁天魔、今でもいるような気がしたが、少女ではない博士には分かりようのない話だ。
 
   了

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2017年08月29日

3366話 起業の秋


「急に涼しくなりましたねえ」
「ああ、そうですねえ。楽になりましたねえ」
「暑くて暑くてどうにもならなかったですからねえ。しかし、暑くなくてもどうともならない日々を送っているので、もう暑さのせいにはできなくなりましたよ」
「ああ、そうなんですか」
「夏場、色々と思うところがあり、涼しくなれば実行するつもりでした」
「涼しくなりましたよ」
「そこです」
「え、どこですか」
「夏場考えていたのは、ただのお題目で、お経のようなものでした。まあ念仏でも唱えておれば多少気が落ち着いたのでしょう」
「何を考えておられたのですか」
「秋になれば、いよいよ新事業を興すと」
「ああ、起業ですか。それはありふれた念仏ですねえ」
「そうなんです」
「で、もう失敗を考えて」
「はい、今からでもできるわけですが、その今になると、それはただの妄想だったと考えてしまいます。暑いときなので、頭がどうかしていたのでしょ。寒くても似たようなものですがね。どちらにしてもやる前から失敗が見えてきましてね。それで何ともなりません」
「何ともならないことが多いですねえ」
「何とかなることは簡単な事です。しかし、やっても大した値打ちはない」
「じゃ、頑張って起業されては」
「起業という言い方をすると失敗することが分かりました。いい言葉じゃない。殆ど失敗話を量産するようなもので、失敗の代名詞が起業なんです」
「はあ」
「誰だって起業できます。だから敷居が低いのでやり始めるのは簡単なのですが、そのあとがいけない。そういう話、方々で聞くでしょ。だから起業とは失敗することなんです。それで何ともならないと思いまして、今回も足踏み状態です」
「じゃ、起業以外のことをやられては」
「そうなんです。だから別の言葉を探す必要があります。起業は失敗しますのでね。手垢の付いていない言葉を探しています」
「探さなくても、新規事業でいいじゃないですか」
「ああ、新規ねえ」
「他に何かやりたいことがないのですか」
「だから起業をやりたいのです」
「ですから、その起業の中身です。何かやりたいことがあってやるわけですから」
「そこなんです河原崎さん」
「はい、何でしょう」
「ないのです」
「それはだめでしょ。起業したいから起業をするのは」
「いや、何でもいいのです。何か事業をやりたいのです」
「それはもう個人的な話ですから何とも言えません」
「ボランティアや非営利団体は嫌なんです。やはり儲けて、いい暮らしをしたい」
「それで暑い頃に考えていたことは、やはりだめなんですか? それをやられては。失敗を恐れず」
「それが何ともならないので、ブツクサ言っているのですよ」
「やる前から失敗が見えていると」
「そうです。だから計画はあるのですが、何ともなりません」
「困りましたねえ」
「まあ、人にこんなことまで話す必要はなかったのですがね」
「そうですよ」
「はい、何ともなりません」
 
   了


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2017年08月28日

3365話 狸寝入り


 岸利駅は夏の駅。それは坂口にとっての話で、この駅へ来るのは夏が多い。そしていつも暑くて眩しい。ここに海水浴場があるわけではなく、同人が住んでいる。同人とは同じ趣味の仲間で、親友ではない。だから普段の付き合いはない。しかし、岸利に住むその同人竹下は年上だが相性がいい。同人の中では一番気が合うので、話すことが多い。
 そして例会以外でたまに彼の家へ遊びに行くことがある。それが決まって夏。
 前回行ったのは一年前。駅前や竹下の家までの道沿いは変わっていない。暑くてほこりっぽいことも。
 竹下は店舗つきの住宅に住んでいるが、二階のある長屋のようなもの。表は店屋通りだが、竹下の店はシャッターが閉まったまま。このタイプの店はもう流行らないので、そんな例は多いが、竹下の店は最初から閉まっている。開店しないまま終わったようなのだが、住居としては問題はない。
 勝手知った家ではないが、表はシャッターなので、裏口の勝手口から入る。
 いきなり来たので驚くだろう。幅の狭いドアをノックするが反応はない。いつもなら階段を降りてくる音がするので、留守かもしれない。しかしドアを引くと開いた。だから、二階にいるのだろう。
 それほど親しい間柄ではないが、こうやって勝手にドアを開け、二階の階段を上るのは何度かある。いい前例か悪い前例かは分からないが。
 階段を上がると二間続きの部屋に出る。夏場なので全部開けている。そして部屋の中は全部見える。どうやら昼寝中のようだ。
 流石に蒲団の前までいきなり行けないので、声をかける。エアコンが効いているのか、タオルケットを掛けて寝ているようだが、坂口の声で、身体が動き、上体を起こした。それが長い黒髪。
「あ、間違えました。泥棒ではありません。ここ確か竹下さんのお宅でしょ」
 似たような勝手口がずらりと並んでいるので、間違えてのかと思った。
「はい、竹下は留守です」
 竹下が結婚したとか同棲しているとかは聞いていない。そんな深い付き合いではないので、言わなかっただけかもしれない。
「じゃ、出直します」
「そうですか。何か冷たいものでも」
「いえいえ」
 後日、この事を竹下に言うと、それは岸利狸だろうとの返事。そんなことがあるわけはないが、岸利は昔から狸がよく出る場所で、狸に欺される話が多かったとか。
 しかし二階にいた狸、坂口が上がってきたので、狸寝入りしていたわけではないはず。しっかりと起きてきたではないか。
 だが竹下が岸利狸の仕業だと言い張るのなら、それを信じるしかない。それが仲間内としての礼儀だろう。
 
   了

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2017年08月27日

3364話 避暑地


 あともう少しというところに、この山地では最高峰を越えることができるのだが、最後の難所が七曲がりの胸突坂。斜面がきつすぎるため、ジグザク道にしているものの、余計に距離が長く感じる。その頂上に古道があった。
 山越えならもっと低い場所があるのだが、麓からいきなり最高峰を目指すのは、その方が早いからだ。そして越えるのではなく、峰伝いに行く。里の人間も、この山地を越えることはあるが、その向こう側へ出るためだ。
 しかし里へ出ない者にとっては、尾根道の方が早いし、迷うことはない。山頂には昔から道がある。道というより、通れるようになっている。ただ余計な岩などは避けるが。
 この峰道を行く人は遠くから遠くへ行く人が多い。しかも集団で歩いていることがある。これは集団移動だろう。見晴らしがいいので、迷いにくいこともあるが、人目を避ける意味もある。里人は頂上まで来る用事がなく、あるとすれば山越えの峠道程度。
 この人達は里の人間ではないが、何処から来た人達なのかは分からない。尾根の各所に手掛かりを残している。それは石饅頭だったり、石組みや石積みだったり、また岩に印のようなものを刻んでいる。つまり、その人達にとって、峰道は日常の道で、通り道だった。
 その峰道をたまに修験者が歩くこともある。何かの行ならもっと歩きにくい坂の多い道がいいので、峰歩きはマラソンのようなもので、長距離ものの行だろう。峰の中には平地に近い場所も結構多い。それは山の端を見ていれば分かる。
 今では峰歩きは登山では普通にやっているので、その登山者がしそうなことを、昔の人達もやっていた。ただ、趣味で登っていたわけではなく、移動や仲間達への連絡のため、目印などを残していたのだろう。
 明治に入ってから西洋人が西洋風な登山道を開いたと言うが、これは開かなくても最初から開いている。用がなければ山頂までは行かない。それにそこは神の土地で、人の土地ではない。一種の聖地だった。しかし、それ以前に国内の山を全て踏破し倒し、そこを普通の高速道路のような移動ルートとしていた人々がいたのだ。これは山岳信仰の山開きとはまた違う。そこは修験のための道場だが、その前の人達は日常の場だったのだ。
 その人達は何処から来たのだろう。きっと寒いところから列島に来たのだ。だから麓は暑いので、涼しい山頂付近を住処にしたのかもしれない。
 
   了

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2017年08月26日

3363話 貞子井戸


 創業が明治の初め頃という古い会社に田村は就職した。昔からその名は聞いたことはあるが、大企業ではない。パッとしないので、今も続いているのだろうか。古いからといってやることなすこと、全て旧式ではない。
 数社受けた中で、ここに運良く入れた。正社員なら何処でもよかった。
 夏の終わり頃、田村は海へ行くことにした。会社の寮があり、夏場は海の家になる。浜辺にできた小屋ではなく、松林の奥にある。テニスコートなどもあり、一寸した屋敷街だ。別荘が多いのだろうか。交通の便は悪くはないが、よくもない。
 その寮は社員なら誰でも泊まれる宿舎ではなく、海水浴シーズンだけ開いている海の家のようなもので、シャワーもあり、広い座敷もある。夏場は何人かが来ている。顔見知りの先輩に会うのが嫌だったが、知らない社員ばかりなので、気楽に過ごせた。実際には着替えをして、さっと海へ行くだけで、寮内で寛ぐようなことはなかったが、雨が降り出したため、泳ぐのをやめて、寮へ戻った。すると無人。雨でもう帰ったのだろう。
 寮といっても、普通の瓦葺きの平屋で、二階はないが天井は高い。襖や障子は全歩開け放たれており、そこから庭が見える。苔むした庭で、夏場でもここにいると涼しい。ブランコもある。家族連れも来るためだろう。
 田村は誰もいない大広間の真ん中で大の字になって寝ていたのだが、昼食を食べ損ねたのか、腹が減ってきた。
 無人とはいえ管理人のおじさんがいる。それと婆さんが。これは近所の人だろう。
 何か食べるものはできるかと聞くと、そんな用意はないが、出前を頼めるらしい。近くに食堂があるのか、そのメニューを出してきた。田村は玉子丼を頼んだ。おじさんがすぐに電話をした。
 出前が届くまで暇なので、屋敷内を見学したが、タネも仕掛けもない間取り。全部開けているので、あとは炊事場程度。ここは使われていないのか、お茶を沸かす程度のようだ。昔の竈があるが、流石にそれは死んでいる。しかし外から見えていた煙突の根元は、この竈だったのだ。そしてもう一本あったようなので、その根本を探すと、風呂場だった。薪で焚いていた時代があったのだろう。今はこの風呂へ続く廊下際にシャワー室や脱議場が並んでいる。
 フォーサイクルのエンジン音がし、すぐに勝手口が開く音。出前がカブに乗って来たのだろう。
 田村は大広間に戻り、大きな黒光りするテーブルの前に座る。そこに玉子丼が運ばれてきた。重そうに持ってきたのは婆さんだ。
「食べたらお帰りですか」
「あ、はい」
「食べ終えたら言ってくださいな」
「はい」
 管理人のおじさんはもう帰ったのか、姿を見せない。
 婆さんも早く田村に帰って欲しそうだ。それで寮を閉めるつもりらしい。雨で来る人がいないので。
 玉子丼を食べていると、また婆さんが入ってきた。
「台所へ行きなさったかのう」
「あ、はい。一寸覗きました」
「井戸の蓋を開けてはならんのに、開けてしまいましたかのう」
「井戸なんてありましたか? それにあったとしても開けはしませんよ」
「そうかのう」
 貞子でも出てくるのだろうか。
 田村は婆さんがせかせるので、一気に食べ。寮を出た。
 それだけのことだが、数年後、そのことが気になった。
 井戸だ。
 井戸など田村は見なかったので、井戸の蓋など知らない。だから開けようにも、井戸などないのだ。しかし、あったのかもしれない。外なら分かるが、台所の薄暗い土間に井戸があったとしても、井戸だとは気付かなかったかもしれない。
 それを確かめようにも、もうその会社を辞めてしまい、その海の家に入ることはできない。海水浴場はその頃閉鎖されている。汚れがひどく、もう泳げなくなっていた時代の話だ。
 田村はその井戸のことを久しぶりに考えたのだが、きっと婆さんが何かを井戸に入れていたのかもしれない。貞子ではなく、西瓜でも冷やしていたのだろう。
 
   了

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2017年08月25日

3362話 静観好き


「分かっているだろうねえ」
「はい」
「ことがおこった」
「はい」
「じゃ、どうする」
「え」
「なにをすればいいか」
「そうですなあ」
「分かっているはず」
「何をすべきかは心得ておりますが、いざとなると、それは難しいかと」
「このときのために考えていたことがあるだろ」
「はい、色々ございましたとも」
「一番いい策を決めたではないか」
「そうなのですが、二番目の策を今回は使うべきかと」
「あれほど検討した結果、一番になった策ではないか。なぜ二番目の策じゃ」
「どちらかと申しますと、三番目の策がふさわしいかと」
「三番目は無策で、策を弄せず、じっとしておる策のはず。そんなもの策でも何でもない」
「二番目の日和見策よりも安全かと」
「何が安全じゃ」
「日和見は動くことがあります。三番目は何もしないということで、動かない方が安全です」
「一番目の策は打って出ることじゃろ。そのための準備は既に整えておる。動かず、じっとしておる方が危険なので、その策が一番になったのじゃ。それを今とるべきだろ」
「そうですなあ」
「頼りないのう。一番目の策に出ようじゃないか」
「少し自信が」
「勝算はあるはず。それは十分計算し尽くしたこと。何処にも不安材料はない。今すぐにでも出ないと、手遅れなる」
「そうなのでございますがねえ。どうも様子が計画とは違うようで、かなり手強いかと」
「そんなことは最初から分かっておるじゃないか」
「士気、気勢が想像以上に高くて」
「ん」
「流れが強く。追い風のようでして」
「そう感じるだけじゃ。それを臆病風に吹かれたという」
「はあ、まあ、そうなんでござりますがね。いざとなると、心配で心配で」
「ではどうすればいい」
「二番目の日和見策で行きましょう」
「出遅れて、手遅れにならぬか」
「そうなったときは静観していましょう」
「何をなすべきか」
「だから、今、述べました」
「何も決めておらぬのと同じじゃないか」
「では、お一人でご判断を」
「まあ、待て」
「そうでしょ。だからここは私どもにお任せを」
「頼りなさげで心配じゃ」
「はい、心配することが実は最大の策なのです」
「分かったようなことを」
「策士とはそんなもの」
「もっと威勢のいい策士を雇うべきだった」
「はい、しかし私は本当のことを申しているだけですので」
「では、そなたが薦める第三の策にするか」
「今回の雰囲気では、静観し、守備に徹するのが得策かと」
「分かった」
 
   了

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2017年08月24日

3361話 磨岩仏辻の妖怪


 妖怪博士は珍しくフィールドワークに出た。妖怪を見たという老人の話を聞くためだ。その信憑性は考えなくてもないのだが、場所が一寸気になった。
 よくある山の斜面に拡がっている村で、平らな場所を探すのが難しい。山の根が村に差し込まれ、坂道が多い。日本中何処にでもあるような山裾の村だが、妖怪が出るのは磨岩の辻と呼ばれる山道のような村道。場所的に高い位置にあり、村を見下ろせる。そこに辻があり磨岩仏と呼ばれる岩があり、仏像のようなものが浮き彫りされているが、誰だかは分からない。古すぎるため、殆ど風化し、目鼻はない。のっぺらぼうだが、これが妖怪なのではない。この磨岩の辻を妖怪が通るらしい。
 この話は妖怪博士付きの編集者がやっているウェブサイトに来た投稿で、子供が多いのだが、珍しく年寄り。最近見た記憶はないが、子供の頃はよく見たとか。そして多くの村人も遭遇したようだ。
 その真意を問うよりも、妖怪博士は場所が気に入った。
 目撃した老人は、その辻に磨岩仏があるといっているが、磨崖仏の間違いだろうが、実際に実物を見ると、小さな磨崖仏。崖ではなく、大きい目の岩に彫られているので、磨岩仏と言い出したのだろう。しかし、村はずれのお地蔵さんではないらしく、風化しているとはいえ、人間味のする顔なので、明王クラスの誰かだろう。不動明王なら分かりやすいが、顔が人に近いが、獣が入っている。岩は自然のままで、仏像とは一体化していない。元々そこにあった大きな岩かもしれない。
 さて、どんな妖怪がその前を通るのかというと、丸い笠をかぶった腰の曲がった小さな人らしい。あまり人が通らない外れなので、そんな人とすれ違えばドキッとする。それだけのことだ。
 この妖怪を村人は磨岩様の眷族と呼んでおり、投稿者の老人が子供の頃には、多くの村人も遭遇したらしい。
「どんなお顔の妖怪でしたかな」
「いつも笠をかぶっておりましたので、顔までは分かりません」
「あ、そう」
 この老人が子供の頃まで、腰の曲がった小さな人がいたのだろう。その人が亡くなってから出なくなり、当然今も出ない。だから、簡単な話なのだが、その風景を妖怪博士は気に入った。一寸小高いところに磨岩仏があり、小径があり、村が見渡せる。非常に良い風景だ。この小径を背の低い腰の曲がった村人の誰かが通っている。
 辻には三方から道が来ており、村を外周する道、そこから下る道、そして山側へ延びる道。
 その山側の道は何処へ行くのかと聞くと、老人は奥山だと答えた。
「その山道沿いに何かありませんでしたか」
「炭焼き小屋がありました。その奥は銀山の廃坑も」
「そこも、この村のうちでしたかな」
「いや、もう別の」
 笠を被り、大きな荷を背負い、腰の曲がった小さな人。おそらく、そこの人だったのだろう。
 妖怪博士は、その実地検証をウェブ上で発表した。山から下りてきた精霊が、たまに行き来していたのであろうと。
 
   了
 
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2017年08月23日

3360話 朝顔


「朝顔?」
「はい」
「朝顔がどうかしましたか。まさかその年でまだ朝顔日記を付けているとか」
「それはありませんが、朝顔を種から育てたことは一度だけあります。夏休みの宿題を素直にこなしていたのです。今思えば記録ですから適当でよかったのです。実際に育てなくても、写真の添付は必要じゃありませんが絵は必要でした。これも適当に書けばよかったのですが」
「やはり朝顔絵日記の話ですか」
「違います。朝顔が気になりましてね」
「その辺に咲いているでしょ、いくらでも。珍しくも何でもない花ですよ。網フェンスに蔓を巻かせたりね。また簾を立てて日除けとし、その表面にさらに朝顔の蔓を絡ませ二重の日除けとする、とか。日常見慣れた景色でしょ。そんなものが気になったのですか」
「そうなんです」
「ほほう、どうして」
「いつも気にしてなかったからです」
「咲いているのは分かっていても、大きな驚きじゃない。あるものがあるという程度で、意外なものじゃない。気をつけるようなものじゃない」
「だから、気になったのです」
「ほほう」
「今まで気にしていなかったものを気にする。その方針で見た場合」
「方針とは大袈裟な」
「いえいえ、目先を変えて、ありふれたものに目を向けようと考えたとき、朝顔が来ました」
「じゃ、朝顔でなくても昼顔でも夕顔でも、百合でも、サルスベリでも何でもよかったのでしょ」
「そうなんです。しかし、一等が朝顔です」
「一等ですか。じゃ優勝ですなあ」
「なぜ朝顔が一番に来たのかが不思議です。これは個人的なことでしょうが、それが朝顔だったわけです。この縁を大事にしたい」
「それよりもっとあなた、人の縁を大事にしなさい。評判よくないですよ」
「その問題は別の問題です」
「あ、そう。それで朝顔との縁を大事にするとはどういうことですか」
「何でもないものから何かを見出す。これです。その象徴が私の場合、朝顔だった。もし今、家紋を作るのなら朝顔をデザインしたものしたい」
「朝顔の象徴はいわずとも朝でしょ。そのまんまです。まあ、便器も朝顔といってますがね」
「そうなんですか」
「男性用の、あれです。ラッパのように開いているでしょ」
「それは一寸、朝顔のイメージとしては」
「まあ、そうですが、朝がポイントじゃないですかな」
「いえ、そうじゃなく、私にとって朝顔はあまり詳しくないからいいのです。最初に思い浮かべたのが朝顔だった。この縁だけで、もう十分です」
「それで、どうするわけですか」
「ああ、朝顔もあったなあ、と言う程度で終わります」
「じゃ、大して意味はないですなあ」
「しかし、今後朝顔を見たとき、感じ方が違い、見方も変わります。これだけでいいのです」
「はい、お勝手に」
 
   了

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2017年08月22日

3359話 毒茶亭


 福崎にある毒茶屋敷は分かっていても、つい飲んでしまう。武家屋敷風の民家だが、店屋ではない。通りに通用口があり、ここは門構えではないため、出入りしやすい。普通の小径ではないかと思い、入り込んでしまうことがある。その周辺は古い街並みが残っているが保存云々はない。ある意味穴場の観光地だが、その施設は何もない。ただあるとすれば、この毒茶屋敷。
 小径に入り込んだ人は玄関横の庭に出る。それなりに手入れされた日本庭園だ。ここまで入り込むと、これは人の家の庭だと分かり、引き返す。それで別段変わったことは起こらないが、老婆がたまに通りで立っている。その老婆を無視すれば事なきに終わるが、毒茶屋敷の噂を知っている人なら、老婆に声をかけてしまう。この人が毒茶屋敷の老婆と呼ばれる人なのかと少し感動的に。
 この老婆は客引きの引き込み婆ではない。声をかけなれば、無闇には引き込まない。
 つまり、話しかけると、立ち話では何なので、お茶でも入れますからとなる。武家屋敷風な敷地内に入れるので、これは滅多にないと思い、見学がてら屋敷内に入る。
 母屋の端に離れがあり、毒茶亭と額がかかっている。客人はそれを見ているはず。
 毒茶亭の内部はそれなりに広い茶室。八畳ほどの古びた座敷で、武家屋敷時代は応接間のようなものだった。特に茶室風には作られていない。
 そして、お茶が出るのだが、それを飲むと、イチコロ。
 毒茶を出す屋敷。しかもその茶室風な建物にはしっかりと毒茶亭と書かれているのだから、これは飲んではいけないだろう。最初から毒茶を出しますと断っているようなものだ。しかし、客はついつい飲んでしまう。分かっているのに。
 まさか本当に毒茶を出すとは思っていなったのかもしれない。きっと毒のような毒々しいお茶だと思っていたのだろう。
 
   了

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2017年08月21日

3358話 感傷旅行


「盆を過ぎると涼しくなるといいますが、暑いですなあ」
「お盆の頃涼しかったですからねえ」
「そのまま秋へ向かうのかと思いしや、そうはいかない」
「はい、寒の戻りのように暑の戻りですね」
「いや、まだ夏は続いておりますので、その範囲内でしょ」
「気温は大して高くないのですが、妙に暑いですねえ」
「うむ、それなのだ」
「はい」
「一度涼しくなったので、ほっとしたのがいけなかったようだ。気持ちがもう秋に向かっておる。もう暑さはないものと見なしてね」
「まあ、そのうち涼しくなりますよ。時間の問題です。夕方も早くなりましたし、影も長くなってますから、以前よりは楽でしょ」
「そうなのだ。まあ、暑くても寒くても、それだけのことなので平和な話ですがね」
「でも暑い時期の仕事は大変でしょ」
「いや、もう何もしておりませんので、暑さ対策が仕事のようなものですよ」
「じゃ、夏がいってしまうとやることがなくなりますね。次の寒さ対策までかなり間がありますよ」
「いやいやこのあとすぐに感傷の秋が来る」
「感傷」
「色々と思い浮かべたりする。そして感傷的になる。この感傷との戦いだ」
「それがお仕事ですか」
「そうだな。だから年中忙しい」
「秋祭りもありますが、あれも感傷ですか」
「そうだね。私の中では秋は全て感傷なんだ」
「それじゃ傷だらけになりますよ」
「いや、昔の古傷が痛む程度で、それほどのものではない」
「でも感傷に浸るというのも悪くないですねえ」
「少し痛いが暑いよりもいい。ただ、古傷を思い出すと、哀しいだけじゃなく、腹立たしく思うこともある。怨念だ。恨みだ。それがまだ残っておったりする」
「復讐に行かないでくださいよ」
「それはないがね」
「でも、楽しいこともあったでしょ」
「そちらを思い出す方が哀しい」
「そうなんですか」
「もうそんな体験はできないはずだらね」
「はい」
「それはそっと小箱に入れてしまっておく方がいい。これは特効薬だから、いざというときにしか開けない」
「いい思い出が詰まっているのですね」
「そうだね。ここは私の聖域のようなもので、私自身も滅多に触れない」
「はい」
「しかし、今日は暑い。感傷の準備をしようと思っていたのに、予定が狂った」
「まだ夏ですから」
「夏の終わり頃から始まる。私の感傷旅行がね」
「はい、お好きなように」
「うむ」
 
   了

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2017年08月20日

3357話 隠れ里


 四十万村、別名静寂村は隠れ里と呼ばれているが、分からないように村の在処を隠しているわけでもなく、隠すためにできた村ではない。それほど山奥ではなく、普通の山里と変わらないのだが、便が悪い。これは地形的なことで、山間部によくあるような村だ。
 ただ近在の村人も四十万村へ足を運びたくない。山道が険しいことと、蛇が出る。狭い岩肌伝いの湿気た場所があり、ここを通るのが嫌なのだ。それにわざわざここへ出向くだけの用事もない。
 昔の話なので、この村は独立しており、近在の村の一部ではなかった。村として古くから拓けていたわけでもなく、村人も、近在の人達と似たような風習のため、特別な村ではない。ただ山奥ではなく、横へ逸れたところにあるため、奥よりも遠く感じられた。近いのに遠いのだ。それはこの村で行き止まりになるためだろう。あとは山また山となり、もう村はないので、立ち寄る人も少ない。
 昔はこんな隠れ里のような村にも外部から色々な人が訪れていた。行商とか、寺や神社に属する人達だ。当然物好きな旅人もおり、辺鄙なら辺鄙なほど由として来ていたのだ。
 そのため、近在からは無視されていたわけではないが、旅人がここを隠れ里だといいだした。別に隠しているわけではない。これは訪れた人が、ここに隠れ住みたいと思う気持ちから来たものだろう。隠れ家のような里。それがロマンを誘ったのだ。
 毒蛇が多いとされる沢沿いを少し登ったところに、里がある。山にできた棚のような場所で、僅かだが平地があるし、田畑もある。その時代は無理に田んぼを造り、米を作る必要はなく、隠れ里の人達の多くは猟師や木樵だった。
 また、この村は辺鄙な場所にあるためか、世間と隔離したような状態のため、あまり影響を受けなかった。
 この地を訪れた人達の噂が少し拡がり、その影響からか、ここに隠れ住む人が来た。そしていつの間にか、元いた村人より数が多くなる。
 そして早いうちに廃村となり、里のあった場所は山に戻っている。しかし、この村にも墓場があり、それが沢沿いの崖に僅かに残っている。
 隠れ里はそれで本当に隠れてしまった。
 
   了

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2017年08月19日

3356話 新たなる過去へ


「終わりは始まりだというが、始めることが少なくなるねえ」
「始まりは終わりだともいいますよ」
「誰が」
「さあ」
「君が勝手に言っているんじゃ」
「何処かで聞いたような気がします」
「一つのことだろうねえ」
「一つのことが終わり、一つのことが始まる」
「そうそう」
「でも、一回きりのこともありますよ」
「年代だね」
「そうです。たとえば青春なんて一度きりでしょ」
「戻れないねえ」
「一度きりの春ですよ」
「うむ」
「春は毎年巡ってきますが、その人の春は一度きり」
「淋しいことをいうねえ」
「まあ、いつまでも若くないってことですよ。だから、やることも限られてきます」
「それそれ、だから終わりは始めだといっても、できることが減るんだ」
「会うは別れの始めともいいます」
「私がいいたいのは、終わったところから始めようということだが、別に何も終わったわけではない」
「一寸時間軸が分かりませんが」
「だから始めは終わりなのだから、終わりから始める」
「じゃ、一秒で終わってしまいそうですよ」
「そうじゃない。終わったことは、終わったことなので、さっと別のことへ行くだろ。終わったのだから、もうすることがない」
「はい。正にもう終わった状態ですね」
「そうだ。だからその先は誰ももう行かない。行き止まりだからね」
「はい」
「その行き止まりをスタート位置として始める」
「でも、行き止まりなのですから、一歩も進めませんよ」
「一ミリぐらいは進むだろ」
「確かに進んでいますが、あと何ミリ残っています?」
「あとは、身体を押しつければ、もう少し」
「その程度は距離とはいえませんよ。遙か彼方まで行けなければ」
「そうか」
「だから、それは止まっているのと同じです。立ち止まっているのと」
「行き止まりのたとえが悪い。そういう物理的なことじゃなく、先は実は果てしなく続いているんだ。誰もがもう終わっている世界と思い、先へ進まないだけ」
「そんな世界がありますか」
「これは終わりなき戦いではなく、もう終わっているので、戦いもない。戦後だ」
「はあ」
「しかし、戦後は長いだろ。何処までも続き、もう誰も戦後だとは気付かないような世代もいる」
「そのたとえも、あまりよくないかと」
「そうか」
「それで、次は何をされるわけですか。何を始めるわけですか」
「全てが終わっているようにも見えたりする」
「はあ」
「だから、何をするにも、全部が全部既に終わっているところから始めるようなものではないかと、最近感じた」
「はい」
「それなら、逆側へ行ってやれと」
「逆といいますと、過去へですか」
「いや、むしろ全てが過去に向かっているのかもしれない」
「はあ」
「そう考えると、終わった世界など珍しくなく、また可愛いものだよ」
「特殊なお考えですねえ」
「過去に戻るといっても、あの過去じゃないよ」
「はあ、どんな時間軸ですか」
「過去へ戻るのだが、あの過去ではなく、別の過去だったりする。だから、同じ道を引き返すんじゃなく、別の道から過去へ向かえば、未知なる過去へ至るかもしれない」
「もう、ついて行けませんが」
「そうか」
「はい」
「私もだ」
 
   了

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2017年08月18日

3355話 思い


 思いというのはいつまでも残るものだが、消えてしまう思いもある。色々なことを思っていたのだが、新しいものが現れ、それで古い思いはお留守になったり、忘れたりする。またはもう思うようなことでもなかったり。この場合の思いは感情だろう。その感情が消えると思いも薄まり、もう思わなくなる。感情がそれに乗らなくなり、静まるのだろう。
 長く思い続けていることでも、いつの間にか空念仏になり、意味は失われていないのだが、感情が消えている。
 ただ、そういう思いは完全に消えてなくなるわけではなく、感じなくなっているだけで、底の方でまだ影響を及ぼしているはず。自覚なく。
 悪い思い、いけない思い、辛い思い。やってはいけない思いなどは封印することもある。自ら禁じ手とし、そこはもう触らないし、それを使わない。そしてその思いを理由にしない。
 しかし、その封印したものや、忘れていた思いが急に湧き出すこともある。封印したことさえ忘れていたのだろう。もう封印しなくても、意識に上がらないし、その感情も以前ほどではなくなると、封印の必要がないためだろう。
 しかし、以前なら封印もので、その思いは捨て去っていたことでも、今なら軽くできることもある。そのときは無理な思いだと諦めていたことでも、できてしまう。それだけの条件ができたのだろう。何の条件かは分からないが、すんなりと思いを遂げることができる障害が消えたのだ。
 その思いが変わっていなければいいのだが、思いが可能になっても、もうその気がなくなっていることもある。
 また、そんな思いとか、重そうなこととは思えなくなり、簡単にやってしまえることかもしれない。だから思いを遂げたという実感もないため、あまり楽しくはないが。
 変わる思いもあれば変わらぬ思いもある。また実現が難しい場合、これは夢になる。そして夢は夢のまま残しておく方が夢があっていい。何でもかんでも遂げてしまうと、どんどん夢の在庫が減る。だから夢を遂げた人ほど夢が少なくなる。
 そして新たな夢を探すのだが、どんどんそれは難しくなる。それほどの思いが生まれにくいためかもしれない。特に大きな夢を果たしてしまうと。
 新たな夢、思いを胸に抱けるかどうかは本人次第。なぜなら夢とは個人的なもので、思いや願いが違うためだろう。だから夢に大小はないし、レベルはない。本人が思えるかどうかの問題だ。
「思い」それを思うのもまた思いだ。
 
   了
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2017年08月17日

3354話 夏の終わりの宝探し


 お盆を過ぎると涼しくなるのだが、その頃、八代は夏の疲れがどっと出るようだ。しかし、出るほどの働きはしていないし、体力も使っていない。
「そろそろ仕事を始める頃だ」
 友人の渡辺が入ってきて、いきなりいう。
 渡辺も夏の間中ぐたっとしており、休んでいたが、これは夏に限ったことではない。
「そろそろだな」八代もその意見には賛成だ。決して反対はしない。
「さて仕事なんだが八代君、宝探しに行かないかい」
 来たな、と八代は感じた。働きに行く気が渡辺には最初からないのだろう。しかし、元気そうだ。
「宝探しねえ。その話、何度も乗ったけど、だめだったじゃないか」
「だから宝探しなんだよ。簡単に見付かるようならそれは宝じゃない。誰かがもうとっくに見付けているよ」
「そうだね。で、今回は何?」
「さっきまで夏休みをしていたので、まだそこまでの具体性はない。ただ、もう暑さも引いてきたので動き出さないといけないことは確か。それに気付いただけでも大したものだろ」
「そうだね。今年は早い目に気付いたのね」
「仕事は早い方がいい。この場合、起ち上がり、スタート地点が早いほどいい。いわば早起きをしたようなものだ」
「それで」
「それでね。具体的にはまだだけど、要するに宝探しに行こうということだけは分かった」
「そうかい」
「宝探しの前に、どの宝を探すか。まずは探す宝を見付けることから始めようじゃないか」
「じゃ何も分かっていないんだね。宝物の地図とかも」
「それはもう、最後の最後。そんなものを手に入れるのは、もっと後だよ。その手前が難しいんだ」
「そうだね。もの凄く難しいと思うよ」
「だろ」
「じゃ、どうやって宝を探すの」
「特定の宝じゃなく、宝情報を得ることから始めるんだ」
「はいはい」
「君も乗るねえ」
「どうすればいいんだ」
「宝がありそうなものを日頃から心がけて探すんだ。探す気持ちが大事。まずはそれだね」
「じゃ、特に何かする必要はないと」
「そうだね。まずは気持ちを宝探しに入れ替える。宝探しの人間になること。これがスタートだ」
「楽そうでいいけど」
「まあ、そうなんだけど」
「でもどうやって情報を得るの」
「普段から耳を澄ませ、しっかりと目を開いて、よく観察することだ」
「急に暑くなってきた」
「そうだよ。まずは気持ちを熱くすること。その感じで臨もうじゃないか八代君」
「そうしたいけど、夏の疲れがどっと出てねえ。体調悪いんだ」
「どんな仕事をした」
「特に」
「そうだろ。だからそんな夏の疲れなどないはず」
「最近気温の変化に弱いんだ」
「そんなことでは宝探しで深山に分け入れられないぜ」
「深山」
「宝物は深山に隠されているはず」
「深山も遠いけど、その手掛かりも遠そうだねえ」
「ま、まあね」
 渡辺はそのあとも宝探しについての御託を並べ立て、聞いている八代もその気になり、盛り上がった。
 そして数日後、渡辺がまた現れたのだが、もう宝探しの話は出なかった。
 
   了

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2017年08月16日

3353話 犬の盆


「お盆休みはどうしておられました。相変わらず休まないでお仕事ですか」
「いや、帰ってました」
「え、こちらが出身地と聞きましたが」
「ええ、ここが実家です。私はここで生まれ育ち、他所へは一歩も出ていません。珍しいでしょ。一度も引っ越しなどしなかったのは」
「じゃ、どちらへ帰っていたのですか」
「あっちはガラガラのようなので」
「あっちとは」
「ご先祖さんがいる場所ですよ」
「はあ」
「あっちはお盆でみんな娑婆へ来てますから、ガラガラで、すいていていいのでね」
「そこへは気楽に行けないでしょ」
「だから、冗談ですよ」
「そうでしようねえ」
「ご先祖じゃないけど、珍しいものが帰って来ましたよ」
「誰か訪問者でも」
「人ではありません」
「亡くなった方でも一応人でしょ。仏様になっても」
「犬です」
「はあ」
「初めて帰って来ましたよ。流石に犬のお供えは用意していませんでしたから、慌てて鰹節入りのご飯を作って供えましたよ」
「他のご先祖様は」
「帰って来ているはずなのですが、見えません」
「じゃ、犬は見えたのですか」
「犬は仏になれないんでしょうねえ。畜生のまま」
「はあ」
「その犬、子供の頃に私が拾って飼っていました。昔なので捨て犬は結構いたのですよ。でもその犬は子犬で、何匹か一緒に捨てられたのでしょうねえ。その中の一匹だと思います」
「はい」
「家族全員で可愛がりましたよ。しかし馬鹿な犬でしてね。何をするにも不細工。不器用な犬でしてねえ」
「それも冗談でしょ」
「そんな犬がいたことは確かですよ。遠い昔ですがね」
「でも、戻って来ないでしょ」
「お盆の夜に、急に思い出したのですよ。それで、戻ったのかなと思いました」
「見たわけじゃないのでしょ」
「そうです。しかし、来ていたのでしょ」
「はあ」
「それで好物だった鰹節でかき混ぜたご飯を供えました。待てが効かない犬でしてね。どう仕付けても無理でした。だから供える寸前に、もう鼻を入れていたと思いますよ」
「なるほど」
「実はその犬の形見がまだあるのです。すっかり忘れていましたが、柱の上の方に今もぶら下がっています。お守り袋のようなものですが、その犬の毛がまだ入っているはずです」
「よく捨てないで」
「高いところ、殆ど天井に近い箪笥の後ろの柱なので、放置状態です。他にももう期限が切れたはずの御札とかも貼ったままですよ」
「その後、犬は飼われましたか」
「死んだとき、あまりにも哀しかったので、もう生き物を飼うのはこりごりだと親がいいまして、飼ってもらえませんでした」
「今も」
「そうですなあ。だから、帰って来た犬は、あの犬に間違いありません。一匹だけですから」
「しかし、思い出しただけでしょ」
「お盆の夜に思い出したのですよ。それまですっかり忘れていたことなのですよ」
「そうですねえ」
「だから、帰って来たことを知らせたのでしょ。不器用な犬でしたかが、懸命に何かを訴えるのは得意でしたから」
「はい」
「これを犬の盆といいます」
「犬盆ですか」
「はい、だから、大文字焼きも、大に点を加えれば、犬文字焼きで、丁度いいのです」
「下に付けると太文字焼きですね」
「ああ、太字か」
 
   了

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2017年08月15日

3352話 神隠し


「神隠しについてなのですが」
「この暑苦しいときに、また面倒な話を」
 妖怪博士付きの編集者がいつものように現れたのだが、夏場は訪問回数が少ない。妖怪博士の家にクーラーがなく、扇風機だけで暑いためもある。この編集者、実はサボりに来ている。しかし、博士の家は避暑地にはならないので、回数が減ったのだろう。
 妖怪博士は一応麦茶を掛け布団を抜いたホームゴタツの上に置く。
「神隠しねえ」
「はい、その真相を」
「そんなこと、すぐに答えられんじゃろ」
「いや、軽くて結構です。どうせ小学生が読むので」
「なかなか最近の子供は欺せんぞ」
「はい」
「神隠しは嘘じゃ」
「神隠しに遭って数年後、戻って来た少年の話など、数限りなくありますよ。天狗と一緒に異郷で遊び、そして数年後、村に戻って来たとか」
「ああ、あるのう」
「それも嘘ですか」
「あったとすれば誘拐か、家出だ」
「どうして、そう思われるのですか」
「昔あったのに、今はない」
「はあ」
「聞いたことがあるかね」
「行方不明はありますが、神隠しのように数年も」
「だから、そういう嘘をつく人が減った」
「神隠しに遭った子供が嘘を」
「その全部を作った人じゃ」
「作り話なのですか」
「もし神隠しが今もあるのなら、似た話を聞くはず。しかし、普通の子供が普通の場所にいるとき、突然消えて、数年後に出て来たというような話はもうないだろう。そういう嘘を言う人が減ったというより、もうしなくなったので、神隠しもなくなったのじゃ」
「身も蓋もありません」
「それに比べると妖怪は方々でまだ出ておる。嘘をつく人が多いのではなく、最初か嘘話をしているようなものじゃがな」
「そうですねえ。妖怪なんて誰も信じていませんよね」
「嘘話でも年月が経つと、それを記したものも古くなり、もう真意は確かめられぬから、そのうち本当にあったことのように思えたりするのかもしれんなあ」
「じゃ、神隠しの本当の意味は何でしょう」
「それは小学生向けではない。私でも分からん。神隠しと昔の人が言わせたその背景がな」
「背景ですか」
「まあ、消えてもらいたい子供いたのかもしれん」
「小学生向けではありません。博士」
「神がお隠しになったのだから、仕方がない」
「しかし、出て来ることがあるでしょ。数年後。あれはなんでしょう」
「許したのかもしれん」
「子供を隠して、許した……ですか」
「座敷牢にでも閉じ込めていたのかもしれん」
「はあ」
「よく庭の倉の前で遊んでいたのが最後の姿で、数年後、また倉の前に姿を現した。などは辻褄が合っておる」
「許したのですね。軟禁を」
「出て来ない神隠しは、隠しっぱなし。だから、亡くなったのだろう。神様の仕業なら詮無し。仕方がないということだな」
「はい」
「これを記事にするのかな」
「いいえ、参考までに」
「神隠しじゃなく、紙隠しだな」
 
   了

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2017年08月14日

3351話 逆盆帰り


 もうお盆の帰省ラッシュのニュースが出る頃、そろそろお盆が近いことを高峯は朝に知るが、お盆はいつなのかははっきりとは知らない。カレンダーを見ても書いていない。
 その朝、高峯はいつものように自転車で外に出た。朝の散歩だが、決まった道筋がある。
 少し走ったところで、違和感を覚える。何かを見たとかではない。特に変わったことは起こっていないのだが、変化がなさ過ぎる。妙な違和感。その正体は人がいないこと。もうお盆に入ったのだろうか。しかしお盆だからといって家でじっとしているわけではない。生活道路から少し広い道に出たとき、決定的になる。誰もいない。車も走っていない。帰省ラッシュがどうのといっていたのだから、もっと車が多くていいはず。何本かの筋と交差するのだがそちらの方角にも車はいない。当然人もいない。
 真夜中でも車が走っている通りだ。何かの都合で遙か彼方まで車の姿がないこともあるだろうが、朝のこの時間にそれは珍しいというより、ないことだ。
 お盆のまだ暑い頃、長く伸びた影が家々の前を黒く塗りつぶし、誰も外に出ておらず、一瞬怖い闇を見るようなこともあったが、それは一瞬のタイミングで、人や車の姿はすぐに現れた。だが今朝はそれではない。こんなに長い間、しかも遠くまで見渡せることなど有り得ない。
 高峯の朝の散歩はパンを買いに行くことだ。近くのコンビニでもパンは売られているが、メーカーもののパンではなく、個人が焼いているパン屋に通っていた。だから少し遠いので自転車で散歩のように出掛けている。
 パン屋へ行くまでに牛乳屋がある。宅配専門だが、シャッターは閉まり、車も車庫に入ったまま。その先の酒屋は流石にこの時間はまだ開いてないので、閉まっていても不思議ではない。
 これは何かの偶然が重なっているのだと高峯は思うことにしたが、次の交差点で、左右を見ても無人。車は見えない。止まっている車はあるが、動いている車がない。当然自転車も人も、猫も。
 パン屋は住宅地の中にぽつりとあるのだが、開いている。朝の早い時間からやっている。焼きたてなので、まだ温かい。
 パン屋の硝子ドアを開けると、冷房が心地よい。人はいる。客はいないが、いつもの店の人がいる。高峯はいつものパンを盆に乗せ、店員に渡す。
「人が少ないようですが」
「そうですか」
「表、誰もいませんよ」
「お盆だから帰省したんでしょ」
「ここは休まないのですか」
「ここが僕の故郷ですから。ここが実家なんです」
「あ、そう」
 高峯は滅多に店主とは話さないのだが、無人の街でやっと人間と出合ったような気になり、気安く話してしまった。
 そしてパン屋からの戻り道、ポツリポツリと人が出ているのが見えた。犬の散歩者や、車も見える。
 そして途中まで来たとき、いつもの道筋の風景に戻っている。では、それまでの無人の風景は何だったのか。
 
   了

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2017年08月13日

3350話 熟考


 ものの良さはそのとき良くなくても、時期によって変わる。気に入らなかったものでもいつの間にかお気に入りとなり、気に入っていることさえ分からないほど普通に使っていたりする。ものの価値などいい加減なもので、思っているほど安定していない。これは本人が安定していないのだろう。しかし、永遠の安定になると、それはもうこの世にはいない。
 価値は変化するが、実際には本人の変化で変わるのだろう。受け止め方などが。だから価値は変わらないのかもしれないが、それをずっと見続けている人も変わるので、価値は曖昧だ。これは価値観が合わないだけで、ものそのものはずっと同じようにあり続けているのかもしれない。万物は変化するので、ある範囲内での話だが。
 朝、思い付いたことを昼になると否定し、夜になると、また肯定する。移り変わる価値観は猫の目のように目まぐるしいのだが、一日の範囲内では目の玉をぐるぐる回しても、それほど目立たない。一日は結構長い。
 同じものを使っていると飽きてくるが、飽きたことにも飽きるほど使っていると、もうあまり思わなくなる。しかし何等かの変化が起こり、価値観を見直す必要に迫られることがある。何も起こっていなくても、自発的にやる場合もある。
 別の価値を見付けに行く場合と、今あるものをもう一度再確認し、これがやはり一番価値があると、再認識し、変えないで動かない場合と。
 何がそこで起こったのかは分からないが、普段はそんなことなど思わないだろう。よりよいものを見たとか、このままではいけないような気分になったとか、それは色々だ。
 その色々の中で、退屈なので、刺激が欲しいので、そういう価値観を弄ることもあるが、これは色々な中の一つには入らないだろう。しかし、人はこういった余計なことで動いたりする。
 退屈なときは暇なときで、用事が少ないので、余裕がある。だから余計な動きに出たりする。
 現状維持か、新天地への旅立ちか、と大層なことを考えるのは、威勢が良くなるためだ。刺激がある。しかし、そこを弄ると、取り返しの付かないことになることもある。必要に迫れていないのにやるためだ。
 だから、現状維持を選ぶのが妥当で、滅多に冒険はしない。しかし隙あらば飛び出したいはず。
 人は頭の中で何を考え、何を思っているのかは分からない。思っているだけで行動に出なければ分からないし、それを言わなければ分からない。そのため人知れず静かに謀反が進んでいたりしそうだ。
 だが、そういう冒険も、さあ、出ようと具体性を帯びると、引き返したくなる。
 熟考するとは、色々な可能性について思い浮かべることから入るのだが、なかなかまとまらないと、考えが熟さない。その熟したときが食べ頃で、このとき動くのだろう。これを逸すると腐ってしまう。
 
   了

 
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2017年08月12日

3349話 ウロウロする


「最近引き籠もりがちとか」
「用がないと、外に出なくなるねえ。今日は君が来てくれたので助かるよ」
「そうですか」
「一寸仕事が暇になってねえ。しかし、やるべき事は多いのだが、まだ動き出すタイミングじゃない。それは自分で決めることで、いつでもいいんだけどね。誰かが押してくれると有り難いんだが」
「どんな計画ですか」
「いや、まだ思案中で、まとまっていない」
「そうなんですか」
「何もないと部屋でじっとしていることが多くてねえ。暇なので遊べばいいんだが、何処へ行こか、何をしようかと考えているうちに出遅れる。誰か誘ってくれればいいんだけど、そういう友人が最近減った。まあ、飲み友達なので、大した付き合いじゃないけど。一度か二度断ると、次から誘われなくなるねえ」
「で、ずっと部屋で」
「暑いしねえ。エアコンの効いた部屋でゆっくりしている方がいい」
「そうなんですか」
「君はよく出掛けるの」
「はい、用もないのに出掛けますよ。散歩のようなものですが」
「あ、そう」
「それで、この近くまで来たので、突然お邪魔しました」
「いいよ。僕なんてアポなしで」
「何度か寄ったことはあるのですよ」
「そうなの」
「いつもお留守でした」
「忙しい頃だね。いや、忙しくなくても、部屋にいることは少なかったねえ。毎日何処かへ行っていた」
「用がないと出にくいでしょ」
「誘われると出やすい」
「誘いに来るのですか」
「待ち合わせだよ」
「そうですねえ」
「直接こうして訪ねて来るのは、君ぐらいだよ」
「はい」
「用がないと友人も誘ってこないしね」
「用が必要ですか」
「そうだね」
「では、用を作られては」
「ああ、そうなんだが、今一ついいのがなくてねえ。これは出合いの問題だろうねえ。いいものに出合うには逆に出掛けていないと遭遇しない。何かのきっかけで知り合いになるとかね」
「用がなくても出掛けられますよ」
「君がそうだろ」
「はい」
「どうしてそんなことができるんだ」
「家を出ればいいだけですよ」
「出れば?」
「そうです。外出すればいいだけですよ。こんな簡単な事はありませんよ」
「出て、どうするの」
「とりあえず、行きつけの場所へ行くとかです」
「それなんだね。毎日出掛けている人は、そういう場所がある」
「行きつけの通りでも、川でも、店でも、何でもいいのですよ。とりあえずそこまで行く。行く途中で、別のところを思い付けば、そちらへ行く。ポスターなんかを見て、イベントがあれば、近くまで行くとかね」
「イベント」
「フリーマーケットとか、模擬店とか。野菜市とか、何でもいいのです」
「で、君は今日はどんなネタで、ここまで来たの。結構遠いでしょ」
「古着市がお寺の境内であったのです。これは、偶然、何日か前に貼り紙で知りました。このマンションの近くですよ」
「知らないよ。何処のお寺。この近くなら、太鼓寺だろ」
「そうです」
「そこで古着市ねえ」
「興味ないでしょ」
「まあねえ」
「秋物の一寸したレインコートでもあれば買おうかと思い、来てみましたが、ありませんでしたねえ」
「あ、そう」
「それで、先輩がコート類が好きなのを思い出して、しかもこの近くに住んでるのも知ってましたから、その流れで。まあ、近くまで来れば、寄りますよ。でも留守が多いので、やめようかと思ったのですが」
「最近ずっといるから」
「それは幸いでした」
「君のように僕もウロウロしないといけないねえ。しかし」
「はい」
「この暑いのに、秋物のレインコートかい。よくそんなもの買う気になるねえ」
「夏はすぐに過ぎますよ。だから薄い目の、雨の日に引っかけられるようなのが欲しいのです。大袈裟なものじゃなく。それなら傘がなくても何とかなりますし」
「それは仕事じゃない」
「そうですが」
「それなんだ。仕事じゃないことでもやらないといけないんだ。どんどん狭い穴にはまり込んでしまう」
「そうなんですか」
「僕も、ウロウロしてみることにする」
「そうして下さい」
 
   了

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