2017年10月31日

3428話 深更


 夜も更けてきた。もう深夜だろう。植村は時計でしかそれが分からない。日が暮れ、暗くなってからはずっと暗いまま。外からの明かりがお隣の窓明かりに変わる程度。それも消えているのだが、カーテンをしているためか、それも見えない。夏なら分かりやすいのだが。
 この時刻、シンコウという妖怪が出るらしい。シンコウ、信仰ではなく、深更から来ているのだろう。夜更けのこと、深夜のことだ。
 夜は来る。だから毎晩来ているのだが、その夜ではなく、別の夜が来るようだ。そうでないと、わざわざそんな妖怪など気にすることはない。
 植村は妖怪辞典で調べたが、シンコウという妖怪などいない。ではなぜそんな妖怪名を知っているのか。それは妙な夜が来ているのに気付き、妖怪博士に相談したところ、それはシンコウの仕業だと言われた。近所に住む妙な人だが、妖怪研究家と聞いている。もうこれだけでおかしな人で、まともではない。まともな仕事ではないのだが、妙なときには頼りになる。世の中は普通とはまた違うものが結構あるためだ。寺社があるのもそれに近い。
 それで、シンコウとは何かと聞くと、別の夜の訪れだと説明してくれた。しかしそれ以上のことは知らないらしい。ただ、そんな現象があり、どんなものなのかは個人差がありすぎて、一概には言えないとか。分かっているのは、空気が変わり、いつもの夜ではないこと。そして、それが来るのは夜更かしをしたときらしい。これは未知の時間帯ではないものの、もう寝ている時間。しかし、途中で起きてトイレに立つこともあるので、ずっと寝ているわけではない。だから真夜中の時間帯は、それなりに経験している。だから、これはシンコウではない。夜に目を覚ますと毎回シンコウに出くわすことになる。
 シンコウは夜更かしになった時間帯に普通の夜から妙な夜への切り替えがあり、これがシンコウ。だから進行型のようだ。
 夜中、目が覚めたときはいきなりだが、シンコウは徐々にしか来ないらしい。夜の深まり、夜の底へとじわりじわりと入っていく状態だろうか。この過程を経ないとシンコウにはならないとか。これは妖怪博士からの説明ではなく、植村の体験から来ている。個人差があるというのは、そのことなのか、それが共通する入り方なのかは分からない。シンコウを体験した人など知らないためだ。
 シンコウが来ると目が冴え、別の次元に入る。本来なら眠くなり、目など冴えないし、もう寝支度以外のことはしたくなくなり、フェードアウトしていくものだが、この妖怪が来ると、これなら何かが始まるような空気が流れる。出発進行だ。だが、流れているが風はないし、気温も同じ。
 空気というのは、時のようなものでもあるのか、空間のようなものなのかは分からないが、先ず時間の概念が飛ぶのか、時計を気にしなくなる。短針がもう寝ないといけない角度になっていても、気にしないでそのまま起きている。
 風邪などを引き、風邪薬を飲んでぐっすり寝ようとしているとき、逆にその薬が裏目に出て、目が冴えに冴えることがある。それに近い。
 シンコウが来たときは、目が冴えるというよりも、焦点が定まらない。もう目の前のものなど見ていない。だから明快に見えるとか、頭がしっかりと働くとかの冴え方ではない。何か新雪を踏むような気持ちになるのだ。これがシンコウの世界。
 そして今夜、シンコウは来ない。夜は来るし夜更けは来るし深夜も来るが、あのシンコウは来ない。
 これは妖怪博士から御札を買って貼ったためだろう。この御札でシンコウが入り込むのを防げるかどうかは分からないと言われた。保証できないが、どうしますかと聞かれ、気休めのため、買った。
 だから、妖怪シンコウは気のせいだったのかもしれない。
 
   了

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2017年10月30日

3427話 豚まんと商談

豚まんと商談
「豚まんはあると」
 平沼は昼前に出掛け、戻る手前だ。まだ用事は残っている。商談中だ。
「豚まんは三つ入り。しかし小さい。パン屋の豚まんは小さい。これは一つじゃなく、二つ食べないと腹が減るだろう」
 というようなことを思いながら商談を続けている。
「レンジで温めるとカラカラになる。水を入れても似たようなもの。それに生地が硬くなることもある。やはり蒸し器で蒸すのがいいだろう」
「では、次回はこの続きを」
「あ、そう。これぐらいでいいの」
「はい、今日はここまでで、続きは後日」
「ああ、分かりました」
 先方が伝票を掴み、立ち上がったので、平沼も立つ。
「豚まんがある。昼はこれを食べればいい」
 当然、これは声を出して言っていない。
「じゃ、またお電話します」
「一つ残る」
「え、何か」
 思わず、声にしてしまったようだ。
「いや、何でもない」
「疑問な点がまだありますか」
「一つ残るんだがね」
「やはり、あるんですね」
「一つじゃ物足りない」
「え、疑問点が他にもまだもありますか」
 流石に豚まんの話はできないので、適当に誤魔化した。
「今日の昼は二つあるからいい。しかし明日の昼は一つだ。これをどうするか」これは声を出して言っていない。
「確かに一つ不備な点はあります。よく気付かれましたねえ」
「いやいや」
「そして、それは後々、問題を起こす可能性もありますが、それは何とかなる問題でして、足したり、または別のものをあてがうことで解決しますので、敢えて説明はしませんでした。不備を隠していたわけではありません。重大なことですが、解決する問題ですので」
 ここで話が合った。
「そうだね。足せばいいんだ。または別のものを用意するとか」
「そうです」
「納得できました」
「有り難うございます。まさかそこまで見ておられるとは思いませんでした。流石です」
「いやいや」
 さて、肝心の商談だが、これは適当に聞き流し、殆ど聞いていなかったのだ。どうせ何を言い出すかはもう分かっていたので。
「やはり一つで満足を得られる大きさのものにすべきだった」
 これも声には出していない。
 
   了

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2017年10月29日

3426話 至る


 これは将来伸びるだろうと思い、懸命にそれをやっていて、数年後、実はそれほどではなかったことがある。これは予定が狂う。そのために積み重ねた数々のことが無駄になるためだ。世の中には無駄なことなどないとはいわれているが、そのために使ったお金は帰らない。またその間の時間も戻らない。
 無理をして、そのとき買ったものが、もう役に立たないとなると何ともし難い。当然、その間、別のこともできたのだが、それを選ばなかったので、失敗すれば、その間、何もしていなかったのと同じになる。これは戻らないし、帰らない。
 時田にはそういうことが多い。そのため、継続的にずっとやっていることがないため、その道のベテランにもなれず、名刺の肩書きも淋しいもので、作らなくてもいいほど。
 しかし年を重ね、経験を積んでいるだけに、色々なことに通じている。これは遺産、財産のようになっているのだが、それは価値として測りにくい。
「何とかならんものかねえ」
 時田と似たようなタイプの平岡にぼやくのだが、これはもう解答は最初から分かっている。
「人生経験が豊富なので、それを活かして、何かをすれば」
「それはもう何度もしたよ。しかし、名刺がねえ。肩書きがねえ。大したものじゃないから、権威がない」
「そんなのいらないでしょ」
「そうなんだが、あなた何者って思われることが多いのだよ。そして、今まで何をしてきた人、と聞かれる。そんなとき、困る」
「どう答えています」
「一番メジャーなときのことを話す程度だけど、これもそれほど有名じゃない。説明しないといけないほどね」
「分かります」
「君はどうしてるの」
「もう年ですから、それなりのことをして、何とか暮らしていますよ。もう野心はありません」
「あ、そう。私より若いのにねえ」
「先輩はお元気だ。まだまだやれそうですよ」
「いや、私ももう老人だよ。今までの経験を活かすにしても、その期間はもう僅かだ。しかし、今まで何も成しえなかったからねえ。一つぐらいは何かをやった人として、終えたい。もう冒険はいいから」
「そこへ至りましたか」
「至りましたとも」
「僕など至らない人間なので、何処にも至りませんよ」
「それでね。何をしようかと考えている最中だが、何かないかね」
「あるわけないでしょ」
「昔は色々とアイデアを出したじゃないか」
「ああ、それは若気の至りです」
「至っていたか」
「はい」
「至れることがあるんだ」
「悪いことではいくらでも至れますよ。その逆が難しいのです」
「そうだね」
「至らない。それもまた、いい感じだよ」
「それで、今回は何を始めるわけですか」
「そうだね。そこへ至らなくても、そこへ向かう程度のことはしたい」
「はい、御達者で」
「うむ」
 
   了

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2017年10月27日

3425話 帽子の警告

帽子の警告
 室田は玄関の廊下に細く小さなテーブルのような棚を置いている。友人の引っ越しのときに貰ったものだ。丁度それぐらいの高さのテーブルが欲しかった。棚は二段で横板はない。一寸した仮置き場だ。
 タネも仕掛けもないマジックのテーブルのようなものだが、いつの間にか帽子置きになっていた。戻ったとき、すぐにそこに帽子を置く。そして出るときはその帽子を取りながら靴を履く。
 帽子置きにするつもりはなかったのだが、帽子を置くともう面積はそれで占めてしまうので、他の物が置けなくなる。だから非常に贅沢な帽子掛けのようなもの。掛けるのではなく、置くので帽子置きだろうか。
 その日、台風が接近していたのだが、室戸は出掛けることにした。風は弱く、雨は小雨。まだ遠いのだろう。その前に来た台風は近くを通過したのだが、それさえ分からないほど穏やかなものだった。それが頭の何処かにある。この程度なら大丈夫と。
 そして、いつものように出掛けようと、鞄を肩に引っかけ、帽子置きの前に来たのだが、帽子がない。戻ったとき、確かに被っていた。ここに置いたはずなので、あるはず。しかし探さなくても視野に入っている。下に落ちていた。
「ん」
 と、室田は験を担いだ。帽子が落ちた。地面ではないが板張りの廊下。風で帽子が飛んだというイメージではなく、転倒した絵が浮かんだ。
 帽子が消えることはある。これは帽子置き場ではなく、被ったまま部屋まで入り、その辺りにポイと置いた場合だ。置き場所が違うだけだが、しばらくは消えたようになり、見付からなかったりする。しかし、何処かで脱いだことは確かなので、分かりやすいところに置かれていたりする。しかし棚から帽子が落ちたことは今までない。
 一人暮らしなので、帽子を隠すような人間も動物もいない。
 玄関戸からの隙間風にしては、まだそんなに強い吹きではない。残るのはしっかりと置かなかったためだろう。それなら目の前で落ちるところが見える。だが、落ちかけのまましばらくは落ちないでそのままだった可能性もある。
 どちらにしても出掛けようとしているとき、帽子が落ちた。これはゲンクソが悪い。そう感じるのは台風が来ていることを知っているため。もしものことがある。
「この帽子のようになるぞ」と警告されたように感じたが、風雨はそれほどでもないので、帽子は飛ばないだろう。帽子だけが飛べば問題はないが、本体も一緒に飛ぶと大変だ。そのイメージが真っ先に来ていた。
「これはただの験担ぎだ」と室戸は、そう判断した。判断などする必要もないのだが、天気が天気だけに、出掛けない方がいいのかなと、少しは迷った。
 結局、室戸は玄関を開け、自転車に乗り、出掛けた。小雨だが、濡れるので傘を差し、路地道を進む。風がややあるが、これなら大丈夫だろう。
 しかし、大通りに出た瞬間、ものすごい突風を受け、バランスを崩した。風の通り道になっていたのだろう。
 バランスを取りながら帽子を押さえた。片手は傘を持っているので、傘を持つ手でハンドルを押さえる芸当だ。まだ、そんな余裕がある。
 強い風を受けたのは一瞬で、そのあとは問題はなかったが、用事を済ませ、戻るとき、風雨が強まっていた。予想外に早く来ていたのだろう。小枝がしなり、悲鳴のような声を発している。枝が路面に落ちているのを見て、これは傘など差せる状態ではないと覚悟し、濡れながら走った。やはり、帽子が知らせてくれたことは正しかったのだ。しかし、それが正しいとすれば、何処かで帽子が落ちるはず。帽子だけではなく、本体も。
 転倒する。これは歩いていれば問題はないが、自転車がいけない。バランスを崩し、思わぬ角度でいきないバタンと横倒しになれば、ダメージはかなりある。
「乗るのを諦めよう」
 室戸は傘は差せないし、自転車にも乗れないので、自転車にすがりつくように戻った。
 そして大きな通りから路地に入る間際、押さえるのが間に合わず、帽子が飛んだ。路上に転がり、口を向けた帽子を拾いながら、室戸は呟いた。
「中身が入っていなくて良かった」と。
 
   了

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2017年10月26日

3424話 暗々亭


 嵐の夜、水木はずぶ濡れで山道をバイクで走っていた。そういう趣味があるわけではない。また競技でもない。部屋を出るときは降っていなかった。たまの休みも狭い部屋でゴロゴロしていることが多いので、広い場所へ行きたかったのだろう。それで行きすぎてしまった。山中に入ると市街地のように縦横に道路が走っているわけではないので、たとえ広い場所でも通れる道は限られており、しかも方角も、その道を選んだことで決まってしまう。途中で変えたいときも、枝道や交差する道と出合わなければ無理。それまでは好むと好まざるとに関わりなく、ずっと先まで走ることになる。さいわい、この辺りには滅多に来たことがないため、どの道を走っても結構新鮮で、満足していた。
 しかし、山に入りすぎたようで、枝道や脇道がない。あることはあるが、地肌の見えた山道。徒歩ならいいが、バイクだと途中で引き返すことになりかねない。
 気が付けば大きな山を越えていたようで、空気が違ってきた。分水嶺を超えたのかもしれない。そこから雨が降り出したのだが、まだ小雨。合羽の用意をしていなかったのが残念でならない。いつもバイクのシートの下に入れていたのだが、雨の日に着たまま、入れ直していなかった。
 戻るにしても、後ろを見ると大きな山塊。そこを越えて来たのだが、戻っても雨宿りができそうな場所はなかった。最後に見た町は遙か彼方。それなら先へ進んだ方がいいと思い、そのまま走ったのだが、来たときと同じように、人家は見えない。分水嶺は一番辺鄙なところにあるのだろう。端と端。果てと果ての間の山。
 暗くなり始め、雨はますます強くなってきた。こんなときは、市街地まで降りて、ビジネスホテルにでも泊まる方がいい。もう簡単に戻れる距離ではなくなっている。それにずぶ濡れで走るのはきつすぎた。
 今は雨宿りをしたいのだが、木の下などに入り込めばましだが、こんなところで一息つきたくない。
 そして長く続いていた下り坂が平らになったとき、橙色の明かりが見える。人家だ。山小屋にしては道路沿いにありすぎる。こんな自動車道路は最近できたはずなので、その建物も最近のものだろう。しかし、こんなところに建てても客など来ないはず。一応道路沿いにあるのだからドライブインだろう。
 近くまで行くと看板に暗々荘と書かれている。僅かだが照明をあてている。暗々なので、暗いままにしておけばいいのだが、それでは夜は読めない。
 看板の下に窓のある大きなドア。明かりは点いているので、営業中だろう。暖簾があれば、出ていればすぐに分かるのだが、山荘と暖簾とは相性が悪いのだろう。水木の感覚では銭湯の暖簾が頭にあるのだが、建物は銭湯ほどに大きい。温泉でも湧いているのだろうか。それで山荘。宿屋かもしれない。これはさいわいだ。
 しかし、その手は桑名の焼きハマグリ。こんなところに望み通りのものが建っているわけがない。それに嵐の夜の山荘とはできすぎている。
 今、水木が欲しいと思っている施設がそこにある。雨宿りしたい。体を温めたい。それが温泉。そして何かボリュームのあるものが食べたい。それはここで可能かどうかは分からないが、もう少し近付いて見るとぼたん鍋という文字が窓から見える。猪の鍋物だ。これだ。填まりに填まっている。
 だからその手は喰わないと水田は思ったのだ。これは何かの間違い。おそらく幻覚だろう。秋の雨は冷たい。ここに入ればくつろげるだろうが、そのままいってしまうだろう。翌朝の新聞には山道で遭難。しかも幹線道路沿いの道端で倒れていたとなる。
 くわばらくわばらと思いながら、その誘惑に乗らず。深夜までかかって市街地に出て、ビジネスホテルを見付け、難なきを得た。しかし、ひどい風邪で、二日ほど連泊した。
 帰るとき、町の案内板を見ると、暗々亭が載っている。温泉旅館だった。
 実在していたのだ。
 
   了
 
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2017年10月25日

3423話 台風の目


 台風が近付いているのか、そこそこ強い雨が降り続いている。金本は行きつけの商業施設へと入る。建物ではなく、その手前にある駐輪場へ。その手前にバイク置き場があるのだが、殆ど止まっていない。雨ならそんなものだろう。そして車の駐車場用の道路を渡る。これは当然施設内なので、ただの通路。信号などはない。そのため誘導員が立っている。ただこれは土日祭日に限られる。その日は日曜日。しかし、平日よりも渡る人は少ない。
 そして自転車駐輪場へ入ると、がら空き。雨で人が来ないのは分かっている。だから止めやすい。建物近くに一寸した屋根というか出っ張りがあり、その下なら濡れない。ここは特等席だ。いつもは止められない場所。雨の日でもその下だけは自転車が詰まっている。しかし、台風で強い目の雨だと、そこもスカスカ。
 そして建物内に入ると、表とは違い人が多い。バーゲンはしていないはず。それは毎日ここに来ている金本だから分かること。しかし、この施設、雨の日のバーゲンというのがある。それも知っているが、それほど人は来ない。
 ではこの客の多さは何だろう。日曜日は確かに客が多い。だから見慣れた日曜日の風景だが、雨という変数が入っている。駐輪場を見れば分かることだ。客は少ないはず。
 そしていつもの喫茶店に入ると満席近い。子供がふざけて走り回っているのだが、そそのかしているのはお爺さんのようだ。一番動きが激しいのは孫と遊んでいるお爺さん。はしゃぎすぎて転倒した。
 何だろう、この騒ぎはと思いながら、金本は隅の席に座る。満席近いので、そこしか座る場所がない。かなり広い喫茶店で、雨の日はがら空きで客がまったくいないこともある。雨よりも日曜日が勝っているのだろうか。しかし、日曜日でもこれほど客が多い日は滅多にない。
 何処かで何かの変化があったのかもしれない。そういえば今日は選挙の投票日だ。ここへ来るとき学校の前に車が止まっていた。葬式でもあったかのように。
 そこからだけの推測では、車で投票に来たまま商業施設まで来たのではないか。投票所は歩いてでも行ける距離にあるはず。しかし雨なので車で来る人が多い。僅かな距離だ。せっかく車を出したのだから、そのまま出掛けたのだろう。しかし台風が近いので遠くへは行けない。雨の日でも過ごせる近場といえば商業施設になる。投票を終えた人が全員そんな行動をとるわけではないが、その流れもあるのだろう。
 雨の日の商業施設は確かに客は少ないが、土日などは逆に多くなるのかもしれない。
 また最近晴れた日がない。出掛けたくても、雨ばかり。遊びに行けない。そして今日もまた雨。その出掛けたがっている人が溜まりに溜まり、雨でも何とかなる商業施設へと偶然押し掛けたのか。
 結局は買い物や外食に来たようなものだが、それなりに華やかな場所で、雨でもハレの場に近い。だから出掛けた気に少しはなる。
 金本は勝手な推測をし、それで謎が解けたと独り合点した。自分なりに納得したのだ。そして端の席なので、通路がよく見える。そこをまたお爺さんが走っている。先ほどの人ではない。そして後ろから孫が追いかけている。
 さらにもう一人、真っ白な頭のお爺さんが全力疾走で駆けていく。
「やはり何か起こっているのだ」
 雨が続いているので散歩に出られず、イライラが溜まりに溜まり、ここで暴れているのだろうか。しかし、それはない。そんなはずはない。
 金本は喫茶店を出て、施設のメイン広場へ行くと異変があるのが分かった。大勢の年寄りが走っているのだ。ここでランニングをしているわけではない。その走り方が早すぎる。これではすぐに息が切れるだろう。その証拠に、あちらこちらで、ペタンと俯せに倒れている人が何人かいる。
 メイン広場は円形で、その円が駒のように回っている。床が回転しているのではなく、人がぐるぐる回っているのだ。
 金本は、その気はないのだが、足が動き出し、その円形の中に吸い込まれるように入っていった。冷静で客観的な判断はここまでで、何かに感染したのではと感じたのが最後だった。その後は覚えていない。
 
   了

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2017年10月24日

3422話 甘くないアンパン


 三島は毎日通っている場所からの戻り道、何か忘れているような気になった。それが何かが分からないが、何かを忘れている。もの凄く大事なことではなさそうなのは、決して忘れてはいけないようなことではないためだろう。
 こういうのは一生思い出せないこともあるが、今回はすぐに来た。パンを買い忘れていた。これは帰ってからの昼ご飯。ほぼ毎日、立ち寄り先で買っているのだが、その日は忘れたのだ。雨が降っていたためかもしれないが、そんな日はいくらでもある。忘れたことを思い出せたのだから、忘れた原因まで追うことはないと思い、ほっとするが、引き返さないといけない。そのパン屋は安いことと、毎日なので慣れている。どのパンが何処にあるのかも分かっている。メーカーもののパンではないので、他の店では売っていない。同じタイプのパンもあるが、いつものパンがいい。
 そして引き返す気があるのかないのか曖昧なまま自転車を漕ぐ。こういうことはたまにある。仕方なく近くのコンビニで買うことになる。今日もそのパターンに持ち込むしかないと思い、先へと進んだ。それにもの凄く大事な用件ではない。しかし買わないと昼飯がない。買い置きがない。お茶漬けにしてもいいのだが、ご飯の残りがない。小麦粉でもあればそれを練って焼けばパンのようなものなので、それでもいい。卵はあったので、残り物の野菜を細かく切って入れればお好み焼きのようになる。しかし小麦粉の買い置きがない。滅多に使わないので、古くなり、捨てた。
 だから、パンにしなくてもいいのだが、できればパンを食べたい。パンならすぐに口にできる。
 それで思い出したのが、その通りの先にある手作りのパン屋。この手作りという言葉を聞いただけで高そうなので、避けていた。それに入ったことがない。
 しかし、タイミングがよかった。思い出したとき、その先にパン屋があるのだから。コンビニは回り道をしないといけない場所。余計なところを走らないといけない。手作りパン屋ならそのまますっと自転車で横付けできる。店も狭いので、ドアを開ければすぐにパンが並んでいるはず。買いやすい。
 それで、自転車を止めようとすると、店の前に三台止まっている。四台は無理。狭い道なので、敷地内でないとはみ出せば車が通りにくくなる。しかし、そのすぐ横に銀行があり、何台か並んでいる。駅前に近いのだ。それだけに、駐輪禁止で、人が出ており、止めにくい場所になっている。そのパン屋の敷地内なら文句はなかったのだが。
 それで、地方銀行の前に止め、パン屋に入ろうとすると、老婆が出てきた。自転車ではない。近所の人だろう。
 そしてドアを開けると入れ替わりに、もう一人出てきた。この人はどうやら自転車で寄ったのだろう。だが、あと二台止まっている。客のものでなければ店の人のものだろう。家と店が同じ場所にあるのだろうか。
 さて、パンだが焼きたてで、艶がいい。その殆どは菓子パン。クリームパンとかアンパンとか。これはおやつだ。値段は少しだけ高いが、少しだけ小さい。しかし一つ一つしっかりとした形をしており、長年手作りパンをやっているためか、磨き上げた造形物に近いのだろう。普通の家の玄関ほどの広さしかないが、隣の部屋で焼いているのか、初老のお父さんが片付けをしている。今日の分はもう終わったのだろう。レジにいるのは奥さんだろうか。個人のパン屋というのはこういうものを見てしまう。
 昼に食べるパンは一つでいい。しかしどれも小さいので、二つ買う。いつもより贅沢なことになってしまったが、たまにはいいだろうと三島は三つ目に手を出す。クルミの入ったパンだ。クルミは見えないが、表面がクルミ色に焼けている。こうなると陶芸だ。さらに一寸砂糖が見えている白っぽいのも買う。形が筏のようで、それが気に入った。買いすぎだ。
 トレイに乗せて、レジに置くと奥さんが一つ一つ袋に入れ、レジ袋に詰め込んでくれた。
 店を出て、もう一度自転車を見ると、二台止まったまま。やはり店の人の自転車でパン屋夫婦自転車だ。
 三島は銀行に止めていた自転車の荷かごにパンを入れる。そしてもう一度パン屋を見ると、お婆さんが入って行くのが見える。
 この近くにお菓子屋や饅頭屋はない。スーパーもない。駅の売店もない。
 つまり甘いものを売っているのは、ここだけなのだ。それで流行っているのかもしれない。
 そういう感想を得て、三島は自転車を出した。
 そして戻ってから食べてみると、パンそのものよりもクリームパンのクリームに驚いた。甘くないのだ。ここまで練り上げ、磨き上げた完成品がそこにあった。当然アンパンもそれほど甘くない。まったく甘くないわけではないが、歯や胸に来るような甘さがない。
 こういう芸当はメーカーもののパン屋ではできないだろう。
 三島は大きなヒントを得たような気になったが、使うネタがなかった。
 
   了


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2017年10月23日

3421話 宵の口


「宵の口へ行かれましたか」
「え」
「宵の口へ入られましたか」
「暗くなってから、何か」
「時間じゃなく、口です」
「入り口」
「そうです。暗くなってから開く入り口があるのです」
「え、何かのたとえですか。隠語ですか」
「宵へ行く入り口です。それが開きます」
「夜でしょ。宵って」
「そうです」
「じゃ、もうそんな入り口がなくても夜は来ますよ」
「夜ではなく、場所です。宵という世界があるのです」
「ど、何処に」
「何処に現れるのかは分かりません」
「じゃ、そんなところへは行けないでしょ。いきなりそんな入り口が出現するのですか」
「門や、ドアのようなものじゃありません。しいていえば長い」
「長い入り口ですか」
「そうではなく、宵の口は普通の場所からいきなり切り替わるのではなく、歩いているうちに徐々に入っていくのです。しかし、そこはまだ宵の口で、門から母屋の玄関までが長いのです。だから最初は宵の口に入ったことさえ分かりませんが、徐々に違ってきます。周囲の風景が」
「はあ」
「たとえばいつもの道なのですが、もう暗くなっているので、昼間ほどはよく見えません。建物などは変化していませんが、奥へ行くほど徐々に変化していきます。宵の世界はそのように徐々に立ち現れてくるのです」
「宵とは夜でしょ」
「そうです。夜の中に夜があるのです」
「はあ」
「ですから、宵の口はただの夜です。よく見慣れたね。しかし、先へ行くほどもう一つの夜、宵へと入って行きます。宵の口はその過程なのです」
「夜の中に夜があるのですか。それじゃ、見分けが付かないじゃありませんか」
「もう風景が違ってきています。この国のものなのか、あるいはこの国の古い時代のものなのか、はたまたこの国にではなく異国のものかさえも分かりません」
「あ、そう」
「夜の中の夜。これは真の夜ではなく、別の夜なのです。異国かもしれませんが、そんな国など存在しないでしょう」
「あなたはその宵の口から宵の世界へ入られたのですか」
「いえ、宵の口までです。少し行ったところで出てしまいました。徐々にややこしい風景になりつつあったのですが、元の通り道に戻っていきました。私が後ろ側へ戻ったのじゃありませんよ。風景が戻っていきました」
「何を見られたのです。どんな風景に変わっていったのです」
「少しだけ違うのです。大きな変化じゃありません。しかし奥へ行くほど建物の形が妙になっていき、その先を見ると、あるはずの外灯がもうないのです。それでも月明かりで、町並みはそれとなく見えています。もういつもの通りとは別物で、そんな場所など存在しないことがはっきりと分かりました。道に迷ったんじゃありませんよ。一本道で、いつも通っている道ですからね。牛乳屋の看板文字が、まったく読めない妙な文字に変わっていました」
「はあ」
「時間的な意味での宵の口に注意しないといけませんよ。この時間、もう一つの宵の口がありますからね。私はそこへ入り込んだようです。さいわい長い宵の口を進んだけで、本当の夜の世界までは辿り着けなかったので、戻れたのでしょうねえ。何せあなた、夜の中にある夜ですよ。これは入り込めば出られなくなるはず」
「夜中に怪談をすると、怖くなるようなものですか」
「そんなところですかな」
「一つ聞きたいのですが、先へ先へと進むと風景が違ってきて、さらに進むと戻ってきたわけでしょ。一歩も後退しなかったわけですから、ある距離を歩かれたのです。戻ったとき、何処にいました。宵の口が出たときの場所なのか、歩いた分、進んだ場所なのか」
「ところが何処から宵の口が始まったのか分からないのです」
「でもいつもの宵に戻ったときの場所は覚えておられるでしょ」
「忘れました。それに暗いので覚えていません」
「その後、どうされました」
「いつもの道なので、いつものように歩いて家へ」
「興味深いのは夜の中の夜ですねえ」
「そうです」
「その感覚は何処から来たのです」
「分かりませんが、夜の中にもう一つ夜があるように感じたのです」
「はい、有り難うございました」
「参考になりましたか」
「その宵の口が現れるのを楽しみにしています」
「夜の中の夜ですから、これは夜の世界ではなく、黄泉の世界かもしれませんから、お気を付けて」
「はい」
 
   了


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2017年10月22日

3420話 無血の城


 丹下左膳は有名だが、それほど名が知られていない戦国武将がいる。丹下義秀。何をした人なのかはその子孫しか興味がないだろう。しかし、この人が歴史を変えるのだが、それを言い出すと、戦国時代の誰もが歴史を変える動きをしていた。もしその人がいなければ、というのは言い出すときりがない。丹下義秀もその部類だ。
 丹下家は小さな領主だが、早くからこの地方の有力大名を寄親にし、家来になっている。この大名家の家来の構成はそんなもので、寄せ集めなのだが、その大名家が傾き、跡目争いに巻き込まれる。誰を今度寄親にするかだが、丹下家は早くからその大名家の嫡男に味方した。そちらの数の方が少なかったのだが、領地と近いのが一番の理由だ。
 そのとき味方をした筆頭が丹下家だった。そして、その嫡男があとを継ぎ、所謂戦国大名として一国を統一した。全国ではない。都道府県レベルだ。このあたりから、この大名は勢力を拡大していく。多くの家臣を抱えるようになるが、丹下は古参になる。古参は他にもいる。その中では丹下の影は薄い。それほど活躍をしていないし、手柄も少ないからだ。
 しかし殿様はその丹下をよく使った。一番野心がなく、一番信頼できるためだ。
 非常に長い説明になったが、ある攻城戦での話が、丹下らしさが出ている。
 それは何でもないような小城攻略を丹下は命じられた。誰がやっても落ちそうな城だが、丹下軍だけではなく、与力として大軍が与えられた。
 ところが城はなかなか落ちない。どうでもいいような城で、ここを落とさなければ先へは進めないほど重要な場所ではない。
 この攻城戦に参加した他の武将は、ここで休憩していたのだ。丹下に人望があるとすれば、無理攻めしないこと。つまり猛将ではないため、怪我人が少ない。無理な攻撃をしないのだ。それが殿様からの命でも、丹下は上手く誤魔化している。困った奴だと殿様は思うが、自分よりも年上で、さらに跡目争いのとき、真っ先に味方に付いてくれた恩もある。他の武将には厳しいが、丹下には優しい。まるで親父のように見えるのだろう。しかし、その力を知っているので、重要な局面では使わない。だからこの戦国大名の主力軍ではなく、予備軍のような、フォロー、中継ぎ用の軍になっている。しかも寄せ集めの。そんなとき、重鎮の丹下がいると、ぐっと落ち着くのだ。
 だから、競って丹下軍と一緒に行動したがる武将が多かった。今回はその典型で、たまには休みたいのだ。
 丘の上にある小城。力攻めしないのなら、兵糧攻となるが、丹下はそれもしない。だから城も囲まず、その近くで陣を張り、気長に待っている。そのうち降参するだろうと。
 城主も、丹下が攻め手なので安心したようで、籠城戦の厳しさがない。城へはいくらでも兵糧を運び込める間道があり、そこが塞がれていないので、腹も空かない。
「困ったお人じゃ」
 殿様は苦笑いする。しかし、かなり長い。早く落とすように催促を何度もしているのだが、丹下は動かない。
 問題は開城条件だ。よくて城主のみ切腹。その一族や家臣団はそのままというもの。これはけじめで、仕方がないこと。
 この条件があるので、城主は切腹するのが嫌で頑張っている。
「そろそろだな」
 丹下も流石に長引きすぎたので、このあたりで、けりをつけることにする。
 それで自ら城に乗り込んだ。こういう勇気があるのだろう。
 そしてその交渉は簡単なものだった。
「寝返りなさっては如何ですかな」
 蒲団の上で寝返りをうつのではなく、この城主が仕えている大名家を裏切れと言うことだ。しかも自発的に。
 これで城主は城を枕にではなく、城を土産に乗り換えられる。一族や家臣は無事という条件よりも、いいが、裏切り者になる。
「やはり、命は大事ですぞ」
 丹下は人質として嫡男を連れて、戻ってきた。
 後は殿様がそれを許すかどうかだ。滅ぼしてしまえば領地は増える。しかし許したとなると、武将に与える領地が減る。
 丹下は土地は召し上げるが、家臣は丹下家が面倒を見るということで、殿様を説得した。これで殿様の負担がない。禄は丹下が与えるのだから。
 滅多に物申すことなどない丹下のたっての願いなので、殿様は許した。
「それより、長く休んだものだ」
「あ、はい」
 丹下家はその後も戦国動乱のドタバタに巻き込まれ、主君を変えたりしながらも、明治になるまでは幕府の直轄地の代官として、細々と続き、その後も、この家系はしっかりと残っている。
 これといったことは何もしていない家系だが、一つだけ頑張ったのが、この無血攻城戦だった。その城主の子孫は今でも、丹下義秀の名を忘れないでいる。
 
  了

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2017年10月21日

3419話 やまない雨


 物事が思う通りいってるときは勢いがある。気勢がある。意気込みというのは、上手くいっているときほどある。悪いときの意気込みは、気持ちだけで、不安な雲が見え隠れし、落ち着きがない。落ち着かないので、空元気を出し、やる気を奮い起こすのだが、これは皮一枚の気勢で、全体的なものではない。存在そのものの押し出しが強いと気合いを入れなくても進んでいける。順風満帆というやつだ。
 これは上手くいっているときで、物事が思う通りに進んでいるとき。これがベストなのだが、そうはいかないことが多い。
「また躓きましたか」
「はい」
「上手くいっていたのじゃありませんか」
「少し欲を出しました」
「それはいいことでしょ」
「上手くいっていたので、これもできる、あれもできると、欲を出したため、全体が萎んでしまいました」
「ありがちなことです。それだけの話です」
「そうなんですが、上手く事が運んでいたのはどうしてでしょうねえ。欲がなかったからでしょうか」
「思う通りの思うが」
「え、思う」
「思う通りの思うが、少なめだったためでしょ。思いが少ない」
「ああ、なるほど」
「欲がないのではなく、少なかったのです。欲張らなかったためでしょ。だからそれほど敷居は高くない。そのため、思う通りになる」
「つまり、あまり期待していなかったとか」
「それもありますねえ。思う通りいくと思いたいという期待があるのかもしれません」
「じゃ、思う通りに行くコツは、欲をかかないことですね」
「そうです。かかないことです」
「それと」
「はい」
「上手くいきすぎたときは再現が難しい。今度同じことをするとき、同じようにいきませんからね。また、前回は上手くいったのに、今回は上手くいかないこともあるでしょ。それほど条件は違っていないのに」
「あります」
「前回上手くいったので、今回も上手くいくと期待するからです。そう思い通りにはならないわけです」
「なぜでしょう」
「前回上手くいった理由を考えてみるとよろしい」
「期待していませんでした。上手くいくとは」
「そうです。それです」
「期待してはいけないということですね」
「成功するものだと思うと、思う通りにはいきません。そんなことを思うからです」
「しかし、何か思うでしょ」
「思います」
「じゃ、何ともなりません」
「しかし、今回思う通りにいかなければ、それで均衡が取れます。次にやるときは、もう期待しないでしょ。思い通りにはいかないこともあると」
「それで期待しないでやれるわけですね」
「そうです」
「じゃ、思い通りにならないということを思いながらやります」
「単純な話です。ただの気持ちの問題でしょ」
「はい、しかし、思い通り事が進んでいない日々は楽しさがありません。長くこんな日々を過ごしていると、病気になりそうです」
「なりましたか」
「まだですが、元気がありません」
「ずっと元気だと危険でしょ」
「そうですねえ」
「まあ、上手くいかないときは諦めることです」
「そんな単純な」
「弄らない方がいいのです。やまない雨はありません」
「あ、はい」
 
   了

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2017年10月20日

3418話 夜風


「少し夜風に当たってくる」
「どうぞ」
 大下は煮詰まったので、外に出た。外気を吸いたかったからだ。秋も深まり少し肌寒いのだが、むっとしていた場所から出たため、快かった。
 外に出ると風がある。無風状態の夜もあるが、歩いていると風を受けるのか、風がなくても違う空気が流れてくるように感じられる。風には色はない。匂いや音を運ぶかもしれないが。
 風聞。それが会議で話題になっていた。ただの噂だ。事実でなくても、それが流れているだけでも問題になることがある。先ほどまでの会議は、その対応策のため。
 根も葉もない噂なので、本当のことではないということをどう伝えるべきかで話し合われたのだが、大下は相手にしなければいいと言い切った。弁解がましいことや、説明をすればするほど火のないところに火を付けることになる。
 ただの噂なのだ。デマのようなもので、相手にしない方がいい。後ろめたいものがなければ。
 しかし、上の方は何とかしたいらしい。下の方では分からないが、上の方では思い当たるところがあるのかもしれない。
 大下は下なので、事情は分からないが、なくもないとは思っている。噂ではなく、事実かも知れないと。
 だからこそ、相手にしないことが正しいと力説したのだが、それでは会議を開いた意味がなく、その会議はその対応のためなので、対応策が何もしないでいいではだめらしい。
 やはり後ろめたいことがあるのだろう。対応しないといけないような。
「やはり噂は本当だったのか」
 大下の後ろから同僚が声をかける。もう人通りが少なくなったビジネス街の歩道。このあたりには店はなく、夜はゴーストタウンのようになる。
「知らないよ」
「大下さんの勘ではどうなんです」
「こんなもの勘で判断できないでしょ」
「じゃ、直感」
「似たようなものさ」
「僕は噂通りだと思う」
「どうして」
「だって、あんな会議なんてしないもの」
 それは大下も同じ意見だ。
「慌てている様子が見えるよ」
「本当のことが噂になったからかい」
「そうそう」
「それはみんな分かっているのかもしれないなあ」
「そうだろ。薄々どころか、分かっているんだ」
「あんな会議をするからバレるんだよ」
「そうだね」
 二人の後をゾロゾロと会議のメンバーが付いてくる。全員夜風に当たりに出たのだろうか。
「大下君、全員大下君と同じ意見らしいぜ」
 つまり、会議をすると余計に本当のように思われるということだろうか。それとも別の意味か。
 夜風に当たる会議のメンバーがたむろしている。もう終電間近い。
 夜の静かなときほど人目に立つもので、それを見ていた関係者がいる。
 これがまた噂になり、風紋が拡がった。
 
   了

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2017年10月19日

3417話 調子の悪いとき


「一方は調子の良いとき、もう一方が悪いですねえ」
「ほう」
「一方が調子の悪いとき、もう片一方が調子が良いです」
「一方が勝てば、一方が負けるということですね」
「それもありますが、自分自身の調子でもそれがあります」
「ほう」
「仕事が上手くいっていないときは、趣味がいい感じで進んでいたりとかね」
「じゃ、趣味の調子が悪いときは、仕事の調子が良いと」
「さあ、それは分かりません。趣味も仕事も調子が悪いこともあります。まあ、仕事が上手くいっていないとき、遊んでいても楽しくないでしょ」
「そういう人もいますねえ」
「遊んでいても、その遊びの調子が今一つのことが多いです」
「じゃ、一方が良いとき一方が悪いというのは」
「どの一方かが分からなかったりします」
「え」
「その一方が、どの一方かが、分からないのです」
「でも調子を見れば分かるでしょ」
「そうですねえ。気付かないだけかもしれません。それほど楽しいことではないことでも、意外とすんなりといった場合、楽しい思いとまではいかないので、実感がないのでしょ。実はこのすんなりが、調子が良いということです。しかし、気付いていないことが多いです」
「つまり一方の調子が悪いとき、何処か違うところが調子が良いということですね」
「そうです」
「それだけのことですか」
「はい」
「何か思い当たることがあって、そう言っているのですね」
「そうです。ただの個人的な感想のようなものです」
「はい」
「調子が良いとき、別の箇所の調子が悪くなります。まるで埋め合わせ、帳尻を合わせるようにね」
「調子が良すぎて、やり過ぎて、体調を崩すとか、他のことが疎かになるとかですか」
「ですから、片一方なのか、複数の一方なのかは分かりません。また何処で出るのかも分かりません。当然調子が悪いとか良いとか以外に、悪い偶然とか良い偶然もあります。別に何もしていないのにね。偶然と見えていても、それは原因があることもありますから、一概には言えませんが」
「法則のようなものがあるのですか」
「そう思えばそう思えないこともないような法則です。その場で作ったような法則でしょうか。法則は見出すものです。そしてこういったソフトな法則には例外がいくらでもあります。当てはまらないことがね。まあ、単純な法則ならいいのですが、世の中単純なものの集まりでも、集まると違ってくるでしょ。複雑になりますので法則も複雑になります。複数の法則を掛け合わさないと見えてきませんが、法則は単純な方がよろしい」
「一方が良いとき一方が悪くなるなんて、単純な法則ですねえ」
「さあ、法則と言えるかどうかは分かりませんが、そういう傾向があるという程度のものでしょ」
「ただ」
「何ですか」
「調子の悪いとき、何処かで調子の良いものがあるというだけでも、慰めになるでしょ」
「はあ」
「その逆もありますがね。調子が良いときは、何処かで悪い芽が芽吹いているわけですから」
「じゃ、調子の悪いときには、その法則、使えますねえ」
「そうです。単純なことです。悪いことばかりじゃないよって程度のね」
「ありふれた結論ですねえ」
「ただの慰めなんでしょうねえ、きっと。しかし、本当に調子の悪いとき、別のことがもの凄く上手く行くときがあるのです。これ、利用できますよ」
「はい、利用して下さい」
「そうしています」
 
   了

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2017年10月18日

3416話 負けず嫌い


 古田は負けん気が強いので、負けるようなことはしない。負けるのが嫌いだが、勝つことが好きなわけではない。それに勝てることなどそれほどないだろう。あっても大したものではなく、勝っても意味が薄い。結果的には勝っても、負けたのと変わらないほどダメージを受けていたりする。
 負けると分かっていることはしないし、勝つか負けるかが分からない場合も、しない。
 そうすると、することがどんどん減っていくのだが、小さなことで勝ち、小さな喜びもある。これは誰でも勝てそうなもので、勝っても価値は少ないのだが。この繰り返しを古田はやっている。
 そして、いつも勝ち組に加わっているのだが、組は勝っても、古田は勝っていない。それほどの働きはしていないので、評価が低いのだ。しかし勝ち組の最下位の方が、負け組のトップよりもいい。
 勝つと思っていたことでも負けることがある。このときはそんな試合などなかったことにし、勝敗の外へ逃げる。
 あまり立ち振る舞いはよくないのだが、その手が古田には合っているようで、このやり方で生きてきた。その評価は低く、寄らば大樹の影的人間であり、大勢に巻かれる人間だったが、その大勢の側の力が弱まりだすと、これは負け出すため、さっと乗り換える。そこにはポリシーはない。負けるのが嫌なだけ。
 たった一点、生きる道標が絶対にぶれないものがあるとすれば、負けるのが嫌なこと。これだけはずっと変わらない。これはただの性癖だ。また負けず嫌いの美点は古田にはない。負けると分かっていても勝とうとする負けず嫌いではない。
 つまり負けず嫌いの質が違う。といっても古田は結構負けている。いつも負けているようなものだ。だから負けず嫌いになって当然だろう。負けるのが苦手なのだ。だから負けない方法だけを考えているのだが、それでも負ける。だから人一倍負けることに通じている。負けず嫌いのはずなのだが、負け好きのように、慣れ親しんだものになっている。
 負けないように上手く回避しているつもりなのだが、逃げ切れなかったりする。だからますます負けず嫌いになる。
 そのため、勝ちの一手より、負けの一手の方を多く知るようになる。
 当然古田は自分自身にも負けている。負けないようにすればするほど負けるのだが、その教訓にも負けず、負けず嫌いの方針を変えようとしない。
 ある日、古田は思った。負けず嫌いとは何だろうかと。結論は簡単に出た。ただの気分の問題で、負けると嫌な気になるので、負けず嫌いをやっているだけのことだと。
 ここで一歩踏み出して、勝つ事へと転じればいいのだが、勝って美酒を味わう気はない。負けなければそれで充分だったのだ。
 勝つよりも負けないこと。負けていなくても勝っているとは限らない。
 
   了
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3416話 負けず嫌い


 古田は負けん気が強いので、負けるようなことはしない。負けるのが嫌いだが、勝つことが好きなわけではない。それに勝てることなどそれほどないだろう。あっても大したものではなく、勝っても意味が薄い。結果的には勝っても、負けたのと変わらないほどダメージを受けていたりする。
 負けると分かっていることはしないし、勝つか負けるかが分からない場合も、しない。
 そうすると、することがどんどん減っていくのだが、小さなことで勝ち、小さな喜びもある。これは誰でも勝てそうなもので、勝っても価値は少ないのだが。この繰り返しを古田はやっている。
 そして、いつも勝ち組に加わっているのだが、組は勝っても、古田は勝っていない。それほどの働きはしていないので、評価が低いのだ。しかし勝ち組の最下位の方が、負け組のトップよりもいい。
 勝つと思っていたことでも負けることがある。このときはそんな試合などなかったことにし、勝敗の外へ逃げる。
 あまり立ち振る舞いはよくないのだが、その手が古田には合っているようで、このやり方で生きてきた。その評価は低く、寄らば大樹の影的人間であり、大勢に巻かれる人間だったが、その大勢の側の力が弱まりだすと、これは負け出すため、さっと乗り換える。そこにはポリシーはない。負けるのが嫌なだけ。
 たった一点、生きる道標が絶対にぶれないものがあるとすれば、負けるのが嫌なこと。これだけはずっと変わらない。これはただの性癖だ。また負けず嫌いの美点は古田にはない。負けると分かっていても勝とうとする負けず嫌いではない。
 つまり負けず嫌いの質が違う。といっても古田は結構負けている。いつも負けているようなものだ。だから負けず嫌いになって当然だろう。負けるのが苦手なのだ。だから負けない方法だけを考えているのだが、それでも負ける。だから人一倍負けることに通じている。負けず嫌いのはずなのだが、負け好きのように、慣れ親しんだものになっている。
 負けないように上手く回避しているつもりなのだが、逃げ切れなかったりする。だからますます負けず嫌いになる。
 そのため、勝ちの一手より、負けの一手の方を多く知るようになる。
 当然古田は自分自身にも負けている。負けないようにすればするほど負けるのだが、その教訓にも負けず、負けず嫌いの方針を変えようとしない。
 ある日、古田は思った。負けず嫌いとは何だろうかと。結論は簡単に出た。ただの気分の問題で、負けると嫌な気になるので、負けず嫌いをやっているだけのことだと。
 ここで一歩踏み出して、勝つ事へと転じればいいのだが、勝って美酒を味わう気はない。負けなければそれで充分だったのだ。
 勝つよりも負けないこと。負けていなくても勝っているとは限らない。
 
   了

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2017年10月17日

3415話 曲者達


「最近如何お過ごしですか」
 さる業界で活躍した人で、やり手と言われていたが、今は引退し、静かに暮らしている。
「手詰まりですかな」
「はあ?」
「打つ手がないので、相談に来られたのでしょ」
「はい、実はそうです」
「そんなことでもない限り、訪ね来る人などおりませんからな。何せ嫌われ者だったのでね」
「いえいえ」
「自分には力は何もないのに虎の威を借りまくりましたよ。返さないといけないのですがね」
「いえいえ」
「小さくても背景を見なさい」
「あ、はい」
「相手は小さい。そうではありませんか」
「ご存じでしたか」
「風の噂で聞きました」
「その小さな相手を攻略しようと思うのですが」
「だから背景を見ましたか」
「え、何の背景ですか」
「その小さな相手の後ろに大きな相手が控えています」
「そうですか」
「それは私の勘です。だから誰もその小さな相手に手を出さないでしょ。大きな相手と戦うことになるからです」
「その裏付けはありません」
「じゃ、おやりなさい」
「しかし、少し心配で」
「その小さな相手の中に、村岡という男がいるはず。それが曲者です」
「村岡氏をご存じで」
「彼が大きな相手と関係しているはず。そしてこの村岡、元はその大きな相手の人間なのですよ。大きな裏付けでしょ」
「しかし、その関係はまったく見えません」
「一度引っかけてみればいいのです。どう出るか」
「やりました」
「どうでした」
「大きな相手は出て来ませんでした」
「助けに来るはずなのですがね」
「来ませんでした」
「じゃ、村岡は何をしておったのだ」
「分かりません」
「じゃ、安心して、攻めればよろしい。何も私に聞きに来なくても」
「一寸引っかけただけで、本気だとは思っていなかったのかもしれません」
「その可能性はありますなあ。村岡はやり手だ。その手には乗ってこなかったのでしょ」
「じゃ、本気で攻めると村岡氏も動き、大きな相手が乗り出すと」
「おそらく」
「あの村岡は曲者、私よりも老獪です。彼がいるから誰も手を出さないのですよ。私も現役時代何度も煮え湯を飲まされました」
「村岡氏と渡り合えるのは先生だけと思いまして」
「私は既に引退の身。もう何も影響力はありませんよ」
「では、せめて、よきアドバイスを」
「素直に、スーと攻めればよろしい」
「でも村岡氏が」
「私もよく使った手です」
「えっ」
「背景、後ろに怖いものが控えているぞ、って、いう手だよ」
「分かりました」
「ただ」
「何ですか」
「こちらも大きな後ろ盾がいるぞと、思わせれば、何もしなくても勝ちますよ」
「しかし、それで失敗し、引退されたのでしょ」
「ああ、そうだったね。言わなければよかった」
「分かりました。力はこちらの方が大きいです。攻め落とすのは簡単です」
「簡単すぎて怖いわけでしょ」
「はい」
「妙なことを想像しないで、さっとやってしまうことですなあ」
「そうですね」
「まだ、村岡氏が怖いですか」
「いえ」
「その分じゃ、まだ手を出す決心が完全についていない様子だね」
「はい、仰るとおり」
「私が村岡と通じていると思っているのでしょ」
「いえ、そんなことは」
「それで私にカマをかけにきた」
「そんなことはありません」
「私に相談するということは有り得ないのですよ。一番信用のおけぬ存在ですからね。村岡のことを探りに来たのでしょ」
「いえ」
「私なら村岡を押さえ込むことができます」
「本当ですか」
「私はもう引退した身、それなりのものを頂ければね」
「既に用意して参りました」
「最初から、そう言えばいいのに」
「あ、はい」
 
   了

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2017年10月16日

3414話 鞘の武士


 村の山道から少し登ったところに妙見堂がある。妙見菩薩、それは北斗七星の神様のようなものだが、この時代、神も仏も似たようなものだった。
 その妙見堂は小さく、四角い箱のような家。これを建てたお寺は宗派替えをし、そのため妙見さんは祭られていない。そこに曰くありげな武士が棲み着いている。空いているのだからということで住職が貸したのだが、借り賃はいらない。どうせそのまま朽ち果てる運命にあるお堂のためだ。
 住職は知り合いだったため、そんなことができたのだろう。
 村人はその武士に興味をもった。見知った人しかいない村なので、異物が入り込んだので、当然だろう。しかし、もう若くはないが温和な顔立ちで、悪い人でなさそうだった。
 そして住職から聞きだしたのか、その武士の噂は広まる。噂はあくまでも噂で、尾びれが付いてしまった。武芸の達人。もの凄く強い武芸者だと。そして今まで倒してきた相手を弔うため、妙見堂に籠もっていると。
 それらは事実ではない。別の人の話で、この武士は達人ではない。よくあるような事情で、身を隠しているのだ。だから、籠もっている。
 しかし村人達は好意を持った。強い人だからではなく、温和で優しげな人で、そして気さくな人柄のためだろう。字を習いに来る子供もいた。
 だから、村に棲み着いた居候のようなもので、住職が世話はしなくても村人がしていた。
 これにも実は魂胆がある。居候であると同時に用心棒にもなるためだ。
 そしてその時が来た。無頼漢が大勢村に押し寄せ、乱暴を働いた。山賊ではなく、無頼の徒がたまに村や町を荒らしに来る。その名目は尊皇攘夷のための資金を出せということだが、これは強盗だ。
 村の造り酒屋に彼らが来ているのをいち早く妙見堂に伝えた。
 相手は五人。村人総掛かりで問題なく退治できるのだが、怪我をしたくない。
 村の武士は太刀を手に酒屋へ駆けつけた。そこそこ上背があり、肩幅も広いため、見てくれは強そうに見える。
 武士は無頼漢に、そんなことはやめるように説得した。相手は五人。いくら強い武芸者でも、五人で一気に斬りつけられればひとたまりもないだろう。当然説得に応じない。最初から分かっているようなものだ。
 酒屋の旦那は金を出すことを無頼漢に伝えた。怪我人を出すよりましだし、店先を血で汚したくなかったのだろう。
 これで、居候であり、用心棒の見せ場がなくなってしまった。
 しかし、一番ほっとしたのは村の武士だろう。下手に戦えば負けるに決まっていたのだから。
 だが、無頼漢たちはその金額では納得しなかった。もっと出せるはずだと。
 これで風向きが変わった。
 無頼漢は酒屋に刃先を突き出し、脅し始めた。
 村人は目で武士に催促した。ここです。ここです。あなたの出番です。さあ、という目だ。
 武士は、うん、分かっている。当然だ。うんうんと目で答えた。しかし、なぜか目をしょぼつかせたように弱気な目。
 武士は腰から太刀を鞘ごと抜き、地面すれすれに足元で構えた。当然片膝をつき。
 無頼漢はそれを見たとき、囁き合った。そして、嘘のように逃げ出した。
 村の武士は片膝から両膝付きになり、そのままべたりと座り込んだ。緊張が解けたためだ。上手くいったようだ。
 無頼漢の中に、その構えを知っている者がいたのだ。これは達人しか使わない居合いの構えなのだ。立ち足の構えという。片膝を突いているので立ってはいないが、相手が足だけで立つことになる。つまり膝から上はもうなくなっているためだ。
 当然この武士、そんな居合い斬りなどできないし、第一その太刀を抜いても、竹光どころか何も入っていないのだ。重いので、刃を抜いていた。
 刀を抜くのではなく、もう既に刃を抜いていたのだ。
 
   了
 
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2017年10月15日

3413話 赤神様がいる村


 ターミナル近くのファスト系喫茶店。密かな場所ではないが、その三階が喫煙室になっており、木島はそこである調査員と会った。できるだけ知っている人と顔を合わせない場所ということで。二人とも煙草は吸わないが、この三階は下の階より狭い。そして小さな窓があるだけで、下の通りからは見えない。密談にはもってこいの場所だが、何かの取引とか交渉事ではない。電話で木島村と言われたとき、木島はどんな話なのか、察しは付いた。
 調査員は一枚の古い写真を取り出した。木島はそれを見たとき、用件が分かった。
 その写真は荒れ地に無数の鳥居が立っている風景で、その数が多すぎる。お稲荷さんのように鳥居が重なるように立っているのはよく見かけるが、朱塗りではなく、適当な木材だ。中には崩れたり、取れたりしているものもある。荒れ地は谷のようで、一方の斜面が緩やかなためか、そちらに多い。しかし荒れ地全体に鳥居が乱立しており、参道とはまた違う。
「ご存じですね。木島村です」
「はい」
 調査員は何かの下調べで来ているようで、廃村となった木島村ゆかりの人々を訪ねているようだ。
 木島村にはまだ木島家の土地がある。建物はほぼ崩壊したが、まだその残骸が残っている。草で覆われ、もう自然に戻っているが。
 早い時期に廃村になったのだが、村人はいないものの、土地は残っている。
「赤神様についてご存じでしょうねえ」
「その件ですか」
「この鳥居群は赤神様のためのものでしょ。押さえのような」
「よく調べられましたねえ」
「村から出た人達から聞きました」
「よく喋ってくれましたねえ」
「もうボケておられたのでしょ。赤神様は禁句らしいのですが、スラスラと語ってくれましたよ」
「よした方がいいです」
「どうしてですか」
「廃村になった原因だからです。聞きませんでしたか」
「はい、赤神様とは何かまでは知らないようでした」
「私も同じですよ」
「他の方々もそうでしょう。だからこそ調査が必要かと思い……」
「やめた方がいいですよ。私達はそれで逃げてきたのです」
「一体何を祭っていたのですか。赤神様としか分からないのです。何か聞いていませんか」
「赤い神様です」
「もう少し詳しく」
「ですから、誰も本当のことは知らないのです」
「じゃ、なぜ、あんなに多くの鳥居が」
「あれが立ったのはもの凄く古いようです。赤神様の祟りで、何かあったのでしょうねえ。鳥居の原に石饅頭がゴロゴロしています。写真ではそこまで写ってないでしょ」
「それは参考になります」
「犠牲者でしょ」
「それで村が全滅状態に」
「それなら、私も産まれていないでしょ。外から来た人達のものです。昔は行き倒れや野垂れ死にの人をそうやって弔ったようです。しかし数が多すぎるでしょ。あんな僻地の村に、これだけの人が来ていたのですからね」
「赤神様とどういう関係が」
「だから、やめた方がいいと言っているのです」
「それを調べに」
「だから、昔も、そうやって赤神様を見に来た人達がいたのでしょ」
「つまりこうですね」
「こう?」
「ああ、こういうことですね。つまり、赤神様の正体を暴きに行けば、祟りを受けると」
「そうです」
「村人は無事なのですか」
「中まで入った村の人は果てています」
「中とは」
「この斜面の端に穴があるんです。鳥居の向こう側です。原っぱの端です。そこまで行かないと穴は見えません」
「穴」
「赤穴と呼んでいます」
「あなたは見られましたか」
「遠くから一度だけ」
「良い事を聞きました」
「それで、何をされるわけですか。ただの調査ですか」
「そうです。村の風習を研究しているのです」
「その後、何をされるのかは知りませんが、調査も無理です」
「他に何かありませんか」
「私達が村から全員出たのは、私がまだ子供の頃でしたが、その頃、村興しで村の行事を増やそうとしていたのです。まだ元気があったのでしょうねえ。それで誰かが赤神様のことを言い出したのです。言い伝えを破ったわけです。あの多くの鳥居の意味を無視してね」
「ではそのとき」
「はい、赤穴へ行く前に、もう行けなくなりましたよ。赤神様に聞かれたのでしょうねえ。その後……」
「その後どうなりました」
「まだ物心がつくかつかないかの頃なので、よく覚えていませんが、引っ越しの準備をしていました。何があったのか知りません。村人全員が逃げ出しました」
「その話、聞きました」
「ボケてうっかり話した人でしょ。しかし、その人も何があったのかまでは知らないはず。私も親に聞きましたが、教えてくれませんでした」
「じゃ、どんな祟りがあったのかどうかも分からないと」
「何かあったのでしょ。逃げ遅れたのか、逃げられなくなっていたのかは分かりませんが、村にそのまま残った人が何人かいます。そのまま行方不明です。その人達なら、何が起こったかを知っているはずですが」
「はあ」
「それでも調査に行きますか」
「時代が違います。それに装備も」
「そうですか」
「今日はもの凄く参考になるお話し、どうも有り難うございます。きっと口を閉ざされるのではと心配していました。これは謝礼です。お受け取り下さい」
「そうですか」
「これで、調査は本決まりになるでしょ」
 喫茶店の階段を降りるとき、その調査員の背中を見た木島は、悪いことを話してしまったと後悔した」
「後日、またお伺いに窺いますが、そのときもよろしく」
「はい」
 しかし、その調査員、二度と来ることはなかった。
 
   了

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2017年10月14日

3412話 妖怪博士妖怪を見る


 古びた家で暮らしている妖怪博士は、ある日ふと壁を見たとき、そこにヤモリがいるのを見た。そのヤモリはよく見るヤモリで、散歩コースでもあるのか、その時間になると出るようだ。ほとんど動かないが、次に見たときは位置が変わっており、その次見たときはもう消えている。
 その日もふと見たのだが、これはいつも座っている場所から前を見れば本棚の横の壁が目に入るため、見るともなしに見てしまう。ただ本の背表紙を見ていることが多いが。
 その日のふとも、前回と同じで、やはりヤモリがいる。これは毎度のことなので、気にならないので驚きはしないが、生き物がそこにいることに変わりない。それに蚊や小さな虫に比べ、ヤモリはそこそこボリュームがある。それに蛇やトカゲに近いので、気持ちのいいものではない。
 そして、時間をおいて、ふとまた見ると、いる。
 その翌日もまだいる。余程そこが気に入ったのか、へばりついたまま。
 気になったので、再び見ると、今度は二匹に増えている。これは喧嘩でもするのかと思い、じっと見ていたのだが、微動だにしない。
 妖怪博士は遠くはよく見えるが、二メートルほど離れたものは苦手で、それ以上近いと老眼鏡で見る。要するにしっかりと見える距離ではない。もし見えていても、細部までは無理だろう。
 さて、それで済めばそれだけの話だが、この二匹、翌日もいる。これは居すぎだろう。
 この壁の手前は本が積まれていたり、色々とものが置かれているので、近付きにくい。そこで望遠レンズ付きのデジカメで覗いてみる。
 確かにヤモリだが、後で出てきたヤモリは蜘蛛の巣などが固まってできたものだった。すると、最初のヤモリが動かないのは、そこで張り付いたまま果てたのだろうか。
 薄暗い場所なので、望遠で覗いても、しっかり見えないので、今度は足場を確保しながら、その壁の前まで寄り、老眼鏡で見た。
 最初にいたヤモリも蜘蛛の巣や埃やゴミが固まってできたもので、綿埃などがボリューム感を生んでいただけ。ヤモリの頭と思っていたものはそうでなかった。
 幽霊だと思っていたらただの枯れ尾花。これだろう。化けるとは、化けたように見えることで、これは見る側の問題だったのだ。そのものは化かそうとして化けているわけではない。
 しかし、ヤモリが蜘蛛の巣やゴミなどが集まったものだと分かる手前に見たものは、ヤモリに似ているが、妙なヤモリで、こんなヤモリがいるのかと思うような代物だった。その妙なヤモリが妖怪のようなものだ。最初からそういうものとして存在しているわけではない。形が妙なのは本物ではないためだろう。
 何かが化けるよりも、化かされる方が多い。見る側の錯覚だ。原因は本人にある。妖怪博士はそれをヤモリだと思ったが、それはいつもそこにヤモリが出るためだ。
 これは妖怪の発生を知る手がかりになりそうだ。そうすると人により、妖怪に見えたり、見えなかったりする。
 妖怪化しているのは見る側の事情だろう。そして何かが化けたバケモノではなく、蜘蛛の巣の固まりは蜘蛛の巣以上のものではない。そんな形になったのは、外からの風も影響している。庭に面した場所にあるためだ。だからヤモリも外から遊びに来たりしていたのだろう。
 妖怪博士は最初ヤモリだと思い、疑わなかった。次に望遠のカメラで覗いたとき、妙な形をしたヤモリとして見た。この妙な形に見えた一瞬、ヤモリではないのかもしれないと気付き、近付いて見たのだ。だから妙な形としてとどまっているとき、それは妖怪の状態だったのかもしれない。ヤモリそっくりなら、確認しなかっただろう。
 ヤモリに化け損なったようなものだ。化けきっておれば、ヤモリのまま。
 見る側が妖怪を造り、そのものは化ける気など最初からない。偶然が作りだしたものだ。
 妖怪博士はその体験、大いに参考になったが、特に目新しい発見ではなかったのか、いい話には化けなかった。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:28| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月13日

3411話 心を込める


 志村は目覚めたとき、今日はいいことがあるのか、それとも悪いことが待っている日なのかを先ず考える。これは思い出さないとすぐには出てこない。目が開いただけの状態なので、真っ先に頭に来るのは「もう朝か」とか「ああ、目が覚めた」とか「よく眠ったなあ」程度のためだろう。
 しかし、気になることはすぐに出て来る。今日は何をする日だとかのスケジュール的なものだ。これはスケジュール帳を見なくても覚えている。たまに忘れているのもあるが。
 たとえばゴミ出しの日を忘れていたりする。それほど重要なことではないためだ。ゴミはものにより、出す日が違うし、特別な週があり、そのときにしか出せないものもある。それが第二木曜とかだと、こんなものは忘れてしまう。その日が木曜だとは分かっていても、それが第二木曜か第三木曜なのかまでは分からない。まだ月初めの木曜だと思っていると、月の最初の日が木曜だと、第二木曜はすぐに来てしまう。
 志村は目覚めたとき、すぐに思い出すのはゴミの日ではない。それほど暇ではない。
 嫌なことをしないといけない日は布団から出たくない。といって楽しいことがある日ならさっと起きるわけではない。楽しいことがその日あるとしても、本当に楽しめるかどうかの保証はないし、楽しむのもそれなりに疲れる。そのため、嫌なことも楽しいことも思い当たらない日の方がいいようだ。
 当然予定外の嫌なこと、楽しいことも起こる。実はそちらの方が急に来る。ただ、予測できないため、考えなくてもいい。
 それで、今朝はどうかというと、すんなりと起きた。何も考えないで、何も思わないで、ただ単に起きた。心に何もないのだ。
 スケジュールを思い出すと、結構面倒な用事が多くある。本来なら嫌な日なのだが、嫌がっていない。「これは何か」と志村は逆に心配になった。何かの覚悟でも決めたのか、開き直ったのか、それは分からない。
 しかし、よく考えると、これは心を閉ざしているのだ。非常に静かな状態なのだが、これは心のボリュームを下げているのだろう。心が波立たないように。それは嫌なことを多くしないといけない日なので、起きたときからそのモードに自動的に入ったのかもしれない。
 その日は面倒な用事で多数の人達と会った。志村はできるだけ心というものを使わず、それを抑え込み、無機的に振る舞った。
 しかし、結果は出たようだ。悪い結果ではない。
 相手側は感動したらしい。志村の態度に。
 そして「非常に心のこもった対応に感動しました」とメールが来ていた。
 これは皮肉のメールではない。しかし、志村にとり、皮肉な話だ。心を込めて対応しなかった方がよかったことになる。
 今まで心を込めすぎ、過剰な演技をしていたため、それが嘘臭かったのだろう。
 
   了

 
posted by 川崎ゆきお at 10:33| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月12日

3410話 地下鉄通路の怪


 夜中、もう最終近くになっていた。まだ二三本余裕があるはずなのだが、予定していたよりも遅くなった。その夜、三木はイベントへ行ったのだが、終わるのが伸びた。アンコールはなかったのだが、遅い時間までやっていた。早く終わって欲しいほどいいものではなかった。若い頃を知っているだけに、年取ってからもう出なくてもいいのにと思う気持ちの方が強かった。見苦しさだけが気になった。
 しかしそのミュージシャン、それがかっこいいと思っているようだった。金を払った分、楽しまないと損だと思い、できるだけ合わせよとしてが、それにも限界があった。
 そんなことを思い出しながら、急ぎ足で地下鉄に乗り、乗換駅で降りたのだが、久しぶりに降りたためか、何か様子が違う。ホームの一番先にトイレがあるはずなのだが、ない。移動したのだろうか。しかしトイレのあった場所はただのタイルの壁で、奥はない。
 この地下鉄駅は二階建てになっており、一度下へ降りないといけないのだが、降り口がない。
 ここで気付いてもいいはずだ。降りる駅を間違えたのだと。しかし、まだ知っている駅と思い込み、別の通路を探した。改札から出てしまうと地上に出てしまうので、それを避け、ホームの反対側へ向かった。駅名はしっかりと書かれているが、目に入らない。そんなもの見なくても分かると思っているというより、駅を間違えたことなど頭にないためだろう。だから、そんな確認はしない。
 すると、ホームの右側に通路があった。
 三木はその通路は以前からあるものと思っていた。似たような通路のためだろう。この通路からでも下へ行けるはずなのだが、下り階段がない。長く一直線に伸びており、階段らしいものはない。このまま行けば地下鉄の走っている道路の向こう側の改札へ出てしまう。どちらにしても下へは行けない。
 しかし、降り口があったはずなので、その記憶通り奥へ奥へと進んだ。頭の中にあるこの駅の地図と違う。こんな構造ではない。何処かで知っている場所に出れば、今何処を歩いているのか、さっと分かるはず。
 しかし通路は何処までも続いている。こんなに長い通路などなかったはず。しかし、近いところを走っている別路線の駅への乗り換えで、長い通路もある。だが、この駅はそんな場所ではない。それにもう道路も横断しているはず。
 照明が奥へ行くほど薄暗くなってきたのは電灯の間隔が長いためだ。最低限の照明。そのため一つの電灯が灯す明かりが届かなくなっている箇所もある。僅かだが下か黒い。
 そのうちポタリポタリと水滴が落ちる音。足元を見ると、濡れている。タイルは茶色くなり、ぬるっとした嫌な色目。錆や苔が見える。
 この時点で乗換駅からの終電の余裕が一つ消えている。時計を見ると、最終に間に合うかどうかだが、ここからの距離が計算できない。これは無理だろうと諦めるしかない。
 それよりも、この通路、何処へ繋がっているのだろう。
 やがてタイルからコンクリートだけになり、さらに進むと素掘りの洞窟になる。
 水溜まりがあるどころか、水が流れている。
 しかし、電灯はまだあり、その光源を背後に受けた人影がこちらに来る。
 近くまで来たとき、それがあのミュージシャンだと分かる。ただの老いたおじさんだが、怖い顔をしていた。
 
   了
posted by 川崎ゆきお at 10:35| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする