2017年11月30日

3458話 三本の狼煙


「切羽詰まっています」
「そうか」
「早く、ここから逃げないと危ないです」
「まあ、そう慌てなさんな。どんな状態かを先ず把握しないとだめでしょ」
「敵はすぐにやってきます」
「敵」
「そうです」
「誰じゃ」
「分かりませんが多勢でやってきます」
「見たのかね」
「山から狼煙が上がりました」
「しかし、それだけでは分からん。それにどの敵が来たのかも分からんのだろ」
「しかし、差し迫っているのは確か」
「そう慌てることはない」
「一刻も早く、逃げないと」
「もう少し情報が集まるまで待とう」
「しかし、あの狼煙は三本。これは非常事態です。敵襲です」
「以前も三本上がったぞ。あとで間違いだったと分かった」
「はい、しかし、敵は多勢、こちらは対抗できません。逃げるしか手はないのです。その合図が三本の狼煙です。今、逃げれば間に合います」
「数日持つ。そのうち援軍が来る」
「伝令を出してから、間に合うかどうか」
「敵も一気に来ないはず。敵の目的が何かも分からず、どの敵なのかも分からずでは、手の打ちようがない。情報が足りん。もっと冷静になりなさい。落ち着くことじゃ。慌てふためいて動いてもろくなことはない」
「三本の狼煙の意味は一つしかありません。ここは逃げることです」
「相談して決めるので、まあ、待ちなさい」
 その相談が長引いたためか、待ちきれない連中は勝手に逃げ出した。これは違反だ。
 逃げ出すとき、既に敵の大軍がもうそこまで迫り、間一髪で脱出できた。
 しかし、これは違反なのだが、それをとがめる重臣達は既に大軍に飲み込まれ、館もろとも跡形もなく消えていた。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 09:56| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月29日

3457話 内なる世界


 風邪が入ったのか内田は元気がない。積極的に何かをする気が起こらない。気分も盛り上がらないので、好きなことをしていても、今一つ乗らない。
 外気は冷え冷えとし、底冷えがするが小雨。雪にならない方がましなのだが、冬の暗さが重々しい。当然日差しはなく、外は暗い。
 こんなとき、内田は内なる世界に籠もりたくなる。外へ向かう気が失せるためだ。しかし何をするにしても内だけのことでは済まない。内もまた外にある。外もまた内にあるので、観念世界だけで暮らしているわけではない。
 やはり風邪で気が塞いでいるのか、大きなことはできないが小さなことならできるというわけでもないようなので、何もしたくないのだろう。
 風邪を引いているのだから、安静にし、寝ていればいい。だから何もしなくてもいいのだが、寝込むほどの症状ではない。少し風邪っぽい程度。
 早い目に仕事を済ませたのだが、殆ど捗っていない。集中力がなくなっているため、途中で投げ出し、仕事をしている振りをしながら勤務時間まで過ごした。ここが一番きつかった。
 事務所を出ると、雨が降っているので、地下道の入り口まで小走り。まだそれぐらいの体力はあるが、息苦しい。これは寄り道しないで、地下鉄に乗り、そのまま私鉄に乗り換えて、さっさと帰るのが好ましい。いつもは乗換駅が繁華街のため、そのあたりをウロウロしてから戻っている。ほぼ毎日そこで夕食を済ませていた。
 しかし、こういう場所ではあっさりとした軽いものはあまりない。お茶漬けを食べたいのだが、そんな専門店はない。焼き肉屋や飲み屋にあるのだろうが、メインを食べ終えてからの話で、それだけを食べに来る客はいないだろう。
 しかし、壊れかけの大衆食堂があるのを思いだした。ただのめし屋だが、まだ潰れないである。その店にはお茶漬けはないが、ご飯にお茶をかければ、それで済むことだ。おかずの漬物は最初から付いてくる。沢庵が二切れほど。普通のおかずは、皿に盛られて並んでいる。これは軽い物を取ればいい。
 繁華街は元気で景気のいい食べ物屋が多いため、弱っているときの病人食のようなものを出す店は最初から期待していない。元気な人向けの店ばかりだ。弱っているとき、そういう看板や飾り付けがうるさく見える。
 その裏道に入ると雨は強くなっていた。その通りはアーケードがないので、濡れること覚悟で、小走りで暖簾を潜った。
 夕食時間帯だが客は少ない。ここはサラリーマンが昼に食べに来ることで持っているのだろう。どの店も昼は満席で、その客が流れてくる。ここで満席なら立ち食い蕎麦屋程度になる。
 タラコの焼いたものはないが、菜っ葉を卵で綴じたものがあっさりしていそうなので、それを手にする。出てきたご飯に、大きな薬缶でお茶を注ぐ。テーブルに醤油やソースと一緒にコショウと塩があったので、塩を振る。これでお茶漬けが出来上がった。
 風邪薬を買うのを忘れていたが、眠くなるし、今飲むとまずい。あれは睡眠薬と同じなので、要は寝て治すのが基本なので、別に困らない。寝る前、頭が冴えすぎたとき、風邪薬は鎮静効果もあるので、飲むことはあるが、今日は内なる世界に入り込んでいるので、頭のさえはない。
 お茶漬けをすすり込むと汗が出てきた。やはり風邪だろう。この汗で治るかもしれないが、体力が一段階減ったような気がした。
 それで、さらなる内の世界へと思いを巡らし始めた。これはヒストリーだ。内田自身の物語を語り出した。単に昔のことを思い出すだけなのだが、内田が内田であることの証しのようなものなのだが、そういう意味ではなく、以前に体験した楽しい思い出を再現させているにすぎない。
 内田が内田であることは過去の思い出の中にしか入っていない。これを単に取り出すことが、内田にとっての内なる世界で、大袈裟なものではない。まるでそれをドキュメンタリー番組の語り手のように、頭の中だけで語り始める。
 だから単に思い出に浸っているだけのこと。
 そして食べ終えた内田は勘定を済ませ、ガラス戸を開け、暖簾を頭で押し、裏通りに出たとき、雨はやんでいた。さっきまで雨音がしていたのに、急にやんだのだろうか。
 アーケードのある本通りまで走る必要がない。裏通りはがらんとしているが、表通りの横が遠くからでもよく見える。裏道の幅だけのスクリーンのようで、通りすぎる人が見える。そちらは明るい。
 ふと後ろを見ると、右に大衆食堂があるのだが、その裏道の先がまだある。ここは行き止まりで、ホテルの裏側の壁で終わるはずなのだが、小さな灯りが長く長く何処までも続いている。
 以前からそうだったのかもしれない。別の裏通りだと勘違いしていたのだろう。
 内田はそこへ踏み込む気力も体力もないので、無視した。これがさいわいしたのか、無事戻ってこられた。
 
   了

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2017年11月28日

3456話 踏み迷う


「モミジの名所でしてね。ややこしいことになるとは思いもよりませんでしたよ。踏み迷ったと言うべきでしょうか。少し外れてしまいました。でもその先にまだ赤いものがありましてね。少し上り坂になりますが、道らしきものはありません。滅多に人が足を踏み入れない場所なんでしょうなあ。しかし下を見ると、大勢の観光客がいる。だから安心していました」
「何が起こったのですか」
「もう年なので、今年が最後の紅葉狩りになるやもしれぬと思いながら、目に焼き付けに来たのですがね。いい思い出になると張り切ったのがいけなかったのか、坂道も苦にならない。まだまだいけると、奥へ奥へと踏み込んでいったのです。これじゃ来年も来られるなあと嬉しがりながらね」
「迷ったのですか」
「振り返ると、大勢の人がいた場所がもう見えない。別の谷間に入り込んだのでしょうなあ。しかしモミジはまだありました」
「迷ったのですね」
「先へ先へと進んでいるので、迷うような感じではありません。もと来たところを戻ればいいので、そのときは迷ったとは思いませんでした」
「しかし、ここでこうして話されているのですから、結果的には戻れたわけでしょ」
「そうです」
「それで何があったのですか。そのややこしいこととは」
「気が付けば山中にいました。山襞がいくつも見えます。山一つぐらい超えたというか、過ぎたのでしょうねえ。沢伝いに来たと思いますから。それに息もそれほど上がっていない。山を乗り越えたわけじゃない。それで場所を確かめようと少し高いところに無理に登ったのですが下を見ても山また山。大勢人がいた場所からなら下の町がよく見えるんですよ。それよりも高いところに立っているはずなのに、町が見えません。遠くを見ても、ずっと山が続き、そして赤く霞んでいます。紅葉で山の色が変わっているんでしょうねえ。それと」
「何ですか」
「高圧線が見えません」
「高圧線」
「鉄塔です。山に一つもそれがない」
「はあ」
「最初は気付かなかったのです」
「そんなに遠くまで来たのですか」
「そんなはずはありません。一時間も歩いていませんよ」
「はい」
「それで怖くなり、踏み込んではいけない世界に踏み迷ったのではないかと思いまして、すぐに引き返しました」
「はい、それでこうして無事に戻って来られた」
「帰り道、真っ赤なんです」
「紅葉でしょ」
「こんなに赤くはありませんでした。目が悪くなり、全部赤く見えるのかと勘違いしたほどです。地面も落ち葉で真っ赤。いくら紅葉の季節でも、こんなに赤くありませんよ。来るときはところどろろに赤いものが見えていました。だからそれに誘われて奥へ奥へと踏み入れたのですがね。ですから違うところを通っているのだと、すぐに分かりました」
「モミジですか」
「分かりません。もしモミジなら、ものすごい数で、ものすごい密度です。人が大勢いたところが一番モミジやカエデが多いのですが、ここはそんな規模じゃない。だから、ここが名所になるはず」
「そこを抜けて戻られたのでしょ」
「そうです。怖くなって走り出しました。下り坂なので、ものすごい早く。何度か転びましたが、何とか人が大勢いるところまで戻れました」
「無事で何よりです」
「目の前が真っ赤でした。あれは何だったのでしょうねえ。これじゃまるで赤目の滝だ。しかし、目の前が真っ黒になるよりはましですが」
「そうですね。目医者へ行くことです」
「あ、はい」
 
   了

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2017年11月27日

3455話 高や町へ


 長くかかっていた仕事が一段落し、木村は一息も二息も、それ以上にゆったりとした呼吸ができる日々を過ごしていた。次の仕事はまだ先なので、しばしの休み。しかも結構長く休める。
 ここ最近の息詰まる忙しさからの解放。それはいいのだが、気が抜けたような息遣いになり、何もする気がしなくなった。忙しいときは、暇になればあれもしたいこれもしたいと、それを楽しみにしていたが、それらのメニューがいざできるようになってから急に色あせた。食べたくなくなった。そして今、何が食べたいのかとなると、これが思い付かない。何も食べたくないのだろう。
 それで何することなく過ごしていたのだが、次の仕事が迫ってくる。ぼやぼやしていると、また息が詰まるような日々になる。
 それで尻に火が付いたわけではないが、出掛けることにした。火が付くほど危険な状態になるわけではなく、自由な時間をエンジョイすればいいのだ。これは仕事中ずっと願っていたこと。今、果たさないといつ果たす。しかし、やる気がない。
 仕事もやる気がなかったが、尻に火なので、これは否応なくやっていた。しかし、遊びは強制されたものではない。好きなことをすればいいのだから。
 それで、余暇時間の過ごし方のメニューを繰ってみた。暇になったとき用のメモのようなもので、これを書くのが楽しみだった。
 その中の一つを無作為に選び、実行することにした。それは見知らぬ町をうろつくことだ。これはお金がかからない。
 見知らぬ町の候補も書かれており、暇になれば、あそこへ行こう、あの駅で降りてみよう、あのバスに乗り、妙な名のバス停があるので、そこで降りてみよう。また新しくできた超高層ビルの展望台に上がってみようとか、とんでもない値段のする湯豆腐を出す土産物屋レベルの食堂へ行ってだまされてみようとか、色々なことが書かれている。
 全て果たせることで、夢を書いたものではない。実現可能だ。
 無作為に選んだ見知らぬ町での彷徨を選んだのは、ただウロウロしているだけでもいいので、楽なためと、目的は現地で見付けることで、何をしに行くのかが一番曖昧なためだ。
 見知らぬ町の候補がいくつかメモられており、これもサイコロを転がすように、適当な数字を得て、メモの上から何番目かに当てはめる。大きな数字が出た場合は、また上から数え直せばいい。それで出たのが高の町。高の駅は高の町にあり、これはテレビをそれとなく見ているとき、出てきた町。名の通り高いところにある。周辺は平地だが、その高の町だけは丘の上にある。平野部に隆起したような地形だ。これが実は日本最大の古墳ではないかと妄想する。その証拠に山ほどには高くないが、ぽつりと島のように、その丘がある。しかし古墳としては大きすぎる。
 高の町はそのとっかかりにあるが、丘程度なので、普通の住宅地になっている。ただ山頂に当たるところには家がない。ここは森林公園になっている。
 テレビではその地形を紹介する番組ではなく、移動豆腐屋の話。昔の豆腐売りと同じだが、車で売りに来る。偶然その背景になっていたのが高の町。だから高の町の紹介ではなく、何処でもよかったのだろう。しかし、木村はその地形に注目した。その町名をメモしただけで、その後詳しく調べたわけではない。これは見知らぬ町探索用で、下調べして行くと、もう謎がないので楽しめない。現地でウロウロしながら発見する方がいい。
 これに決めたのだが、その日は腹具合が悪かったので、翌日にした。
 翌朝、腹具合は治っていたが、空具合が悪かった。しとしと降る冷たい晩秋の雨。これでは興ざめだろう。傘を差してまでウロウロしたくない。
 水を差された翌朝は晴れていた。しかし朝から友人からの電話。遠くへ引っ越し、滅多に会う機会がないため、帰省したときは必ず会っている。
 その翌日は曇っていた。これでは盛り上がらないので中止。
 その翌日は晴れていたが、高の町のことを忘れていた。
 二日後、思い出し、さあ行こうと思ったのだが、何か気が進まない。盛り上がらないのだ。
 そのうち次の仕事が始まったので、高の町はお蔵入りとなった。
 そして息が付けないほど忙しい日々の中、高の町のことが前面に出てきた。早くこれを終えて高の町へ行こうと。
 こうして行こうと思いながら行けないままのネタが数多くある。高の町もその一つになってしまいそうだ。
 
   了


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2017年11月26日

3454話 スリルとサスペンス


 ひやりとすることがある。これは何か危険な状態に入った瞬間だろうか。頭だけではなく、体に来る。ひんやりなら冷たいとか寒いで、ひやりよりも緩い。またひんやりが気持ちいいこともある。
 ひやりとなったとき、それはかなりまずいときで、または、そのまずい状態に入りそうになったときだろう。
 ひやりとすることは避けることができる。全てではないが、ひやりとなるような行為をしなければいいのだ。しかし普通にしていてもひやりとなることもある。
 スピードを出しすぎるとひやり率も上がる。そうかといってゆっくりと走っていたのでは逆に危険かもしれない。流れに乗るのがいいのだろう。
 ひんやりを楽しむように、ひやりを楽しむこともあるが、これは全体が分かっていることで、予測できること。スリルを楽しむのだが、滅多なことでは危険なことにはならないことに限られるだろう。一つ間違えば怖いことになる。これが二つならまだ安全だ。しかし一つでは、それに失敗すると、一巻の終わりになる。しかし、安全だと分かっていると、スリルがない。
 スリルと似たようなことでサスペンスがある。一寸した謎がスリリング。スリルよりもサスペンスの方が物語性がある。同じようにぞっとするようなこと、危険なことなのだが、スリルは体に来るが、サスペンスは頭にも来る。
 どちらも似たようなものだが、危機感ということが共通しているようだ。危険な状態の質の違いだろうか。サスペンスはそれ以外に謎が含まれるミステー性もある。
 スリラーものとサスペンスものの違いははっきりしない。どちらの要素も入ってしまうためだろう。ただ、スリラーものの方が生理的な怖さが高い。
 こういうのは分けなくていいのだが、それぞれにニュアンスの違いがあるようだ。
 日常でもこういう怖い話はある。瞬間的なものもあり、見間違えたり、うっかりしていたときなどにも起こる。あるはずの鞄の中の財布がなかったりすると、怖いと言うより、ひやっとするだろう。落としたとなると、中の現金もそうだが、カード類は面倒だ。
 鞄にではなくポケットに偶然入れていたとすれば、ここでほっとする。この安心感がもの凄く良い。この安堵感はひやっとしなければ出てこなかったりするので、敢えてひやっとなるようなことをして、戻りを楽しむこともある。危険なスポーツはそのスリルを味わうためだけではないが、多少その面がある。
 用もないのに冬山に登るというのもそうだ。余程の偶然が重ならない限り遭難したり、落ちたりしないのだが、これも足場の一つが崩れると、そのままいってしまうだろう。
 しかし、何も仕掛けなくても、ひやりすることはある。一寸先は闇で、何が起こるのかは分からない。
 
   了

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2017年11月25日

3453話 下手な考え


「下手なことはできん」
「でも、下手ですよ」
「だから下手なことはできんと言っておる」
「じゃ、何もできませんよ」
「上手くやればいい」
「それは無理です」
「努力が足りん」
「これで一杯一杯ですが」
「何とかならんか」
「なりません。ここは動かしがたい事実なのですから」
「じゃ、下手にやれということか」
「今までそうしてこられたのですから」
「しかし、恥ずかしい。いつもいつも下手な真似では」
「真似なくても、下手ですから、真似てもいませんよ」
「じゃ、何だ」
「下手でもやってこられたのですから、良いじゃないですか。他に方法はありません」
「下手は下手なりにということかね」
「そうです。上手く動くよりも」
「しかし、恥ずかしいじゃないか」
「下手こそものの上手なりと言います」
「言わない。そんなことわざなどない」
「そうでしたか」
「もっと上手い手を考えなさい」
「先方はこちらが下手だと思っています。これだけは真理に近いほど確実なことですから」
「念を押すな」
「はい。だから期待していないでしょ。だから上手く動くのです」
「え、下手で良いんじゃなかったのか」
「違います。上手に下手に動くのです。上手く立ち回ろうと下手に動くのです」
「どっちじゃ。下手なまま動くのか、下手に動くのか」
「どちらを選んでも下手なままですから、結果的には同じです。ただ、上手に動くことを下手に動くと言いますから、先方もそれを予想しています」
「方法を考えなさい。そんないい加減な作戦じゃだめだ。自分でも何を言っておるのか分からんだろ」
「それを下手な考えと言います」
「じゃ、上手い案を考えることが下手な動きになるのか」
「結果的には下手で終わりますから、何をどうやろうと、下手なまま」
「じゃ、最初から下手なままを押し通せば良いのだな」
「それも下手な考えです」
「下手を自覚しての理知的な動きではないのかね」
「り、理知的ですか」
「そうだよ君」
「下手な考え休むに似たりとも言います」
「下手な鉄砲数打ちゃ当たるとも言うぞ」
「ですから、そんなことを言っている状態そのものが既にだめなのですよ」
「そうか」
「下手で元々とかはないのか」
「ありません」
「じゃ、どうすればいい」
「何をやろうと下手なのですから、今まで通りでよろしいかと。それで何とかやってこられたのでしょ」
「そうか」
「上手く立ち回った連中は高転びしてますよ。私達が転んでも低いところからの転落なので、大した怪我はありません。すぐに立ち直れたでしょ」
「うむ」
「上手く動かないで、下手に動くのです。これからも」
「下手に動くということは、上手く動こうとして失敗することじゃないのかね。だったら下手に動くと危ないじゃないか」
「上手く動いても失敗することは分かっています。だからこそ下手に動くのです」
「大丈夫かね君」
「任せておいてください。私の下手な考えに」
「訳が分からんようになったので、もう勝手にしろ」
「じゃ、これから下手な考えで、下手な動きをしてきます」
「ああ、期待しないで待っておるぞ」
「ぎょい」
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:36| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月24日

3452話 ガード下の幽霊


 いかにも出そうなガード下に、妖怪博士が出向いた。待ち合わせのためだ。出ると言えば幽霊。ここは幽霊スポット。待ち合わせ相手は幽霊博士。
「わざわざすみません」幽霊博士はまだ若いのだが老けて見える。目の周りが黒い。
「ここは有名な心霊スポットですかな」
「そうです。たまには先生の意見を聞きたくて」
「そうなのですか。しかしガード下では最近の幽霊ですなあ」
「戦前からありますから、結構古いです」
「こんなところに線路がありましたか。知りませんでした。あるはずがない線路じゃないのですかな」
「そこまで大袈裟なスポットではありません。それじゃスポットじゃなく線です。それにエリアが広すぎますよ。しかし、確かにこの線路は馴染みがないと思います」
「何線ですか」
「貨物の引き込み線です」
「じゃ、乗ったことがないはず」
「戦前からあります」
「では幽霊とは幽霊列車ですかな」
「違います。このガード下に出るのです。鉄道とは関係ありません」
「どうしてここなのですかな」
「出やすい雰囲気のためでしょう」
「それでもう解が出ておるじゃないか。私を呼ぶ必要はありませんよ幽霊博士」
「ここでの目撃例が非常に多いのです。だから有名な心霊スポットになっています」
「見ましたか」
「何を」
「幽霊ですよ」
「残念ながら僕は幽霊を追っていますが、一度も幽霊を見たことがないのです」
「それは健全だ。しかしあまりこの種のものには深入りしない方がよろしいですぞ」
「霊に接していると、健康によくないようです」
「そうじゃろ」
「そこで相談なのですが、いませんか」
「何が」
「妖怪です」
「ここは幽霊じゃろ」
「いえ、心霊スポットと言われているところは、実は妖怪の仕業ではないかと思うのです」
「それじゃ、あなたの仕事がなくなりますぞ」
「何か、それらしい妖怪がいそうな雰囲気はありませんか」
「さあ、急に問われても」
 ガード下は普通の道路と違い、側壁が汚れ、岩のようにも見える。普通の道路よりも野性的で、グロテスク。気持ち悪い場所。
「つまり、狐狸がそういう化かし方をしているのではないかということかね」
「下等霊の仕業が多いのです。人じゃなく、動物霊です」
「見ましたか」
「見ていません」
「写真はありませんかな」
「ここでの心霊写真は腐るほどありますが、全て合成です。動物は一枚もありません」
「あ、そう」
「だから幽霊など出ないのです」
「幽霊博士がそう仰るのなら、身も蓋もなくなりますぞ」
「僕は心霊を研究しているだけなので、商売でやっているわけではありません」
「今回は依頼じゃなかったのですか」
「依頼で何度も調べに来ましたが、分からないままです。だから手詰まりで」
「上の引き込み線が臭いようですが」
「僕もそれを考えましたが、幽霊とは結び付きません。貨物でしょ。客車じゃない」
「色々な荷が通ったのでしょうなあ」
「貨車ですから」
「人ではなく、物。人なら幽霊、物なら物の怪」
「そう来ますか」
「このガード下。列車からすれば、鉄橋。そして下から空が見える。隙間が一杯。天上が塞がれておらんガード下」
「荷は落ちないと思いますが」
「しかし、そういうものと繋がっている接点かもしれん」
「そうですが、ここでの目撃例の霊は鉄道とも貨物とも関係ありません。ずぶ濡れの女性が座っていたり、足音や大勢の声が聞こえたり、ここを通過中悪寒がしたり」
「座り込んでいる女性以外に、どんな幽霊が出ていますかな」
「ビニール傘だけが歩いて来るとか。側壁に人の顔が現れるとか」
「それらを全て幽霊博士は調べられたわけでしょ」
「はい、共通しそうな原因はありません。バラバラです」
「じゃ、嘘でしょ」
「写真も合成ですから」
「出やすい場所とは、出やすい雰囲気だからでしょうなあ」
「妖怪の可能性はありませんか」
「妖怪が人を化かすことは多くありますが、全て幻覚です。だから化かされた人の数だけネタが違うのです」
「バラバラなのはそのためではないかと思い、先生をお呼びしました」
「つまりこれは幽霊ではなく、怪だと」
「ただの怪異だと思います」
「似たようなものじゃ。どちらも怪しい話。つまりその現象が怪しいのではなく、話が怪しいのですよ」
「僕もそう思います」
「しかし、それじゃ仕事にならんでしょ」
「一つ一つの嘘話を追っていくうちに、健康を害したようです」
「病院へ行きなさい」
「しかし、因果な商売です」
「あなたの目の周りが黒いのは、悪い霊が憑いているためかもしれませんぞ」
「そのこともあって、先生に相談を」
「じゃ、きっと下等な霊。所謂動物霊。そして私にいわせれば、それは妖怪」
「はい、何とかなりませんか」
「幽霊の正体よりも、あなた自身のことですね」
「そうです」
「切り札があります」
「ああ、あの御札は効きませんでした」
「そりゃ気の毒だ。気のせいじゃ済まないところにおるようじゃな」
「はい」
「内臓が悪いのでしょ」
「はあ」
 幽霊を見たことのない幽霊博士と、妖怪を見たことがない妖怪博士なので、それ以上調べようがなかったようだ。
 
   了

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2017年11月23日

3451話 闇太郎


 寒くなってきたためか、妖怪博士はホームゴタツの中で固まっていた。南に面した奥の六畳がいやに暗い。既に日が暮れかかっているためだろう。
 妖怪博士は長すぎる昼寝から起きたあとも、またうたた寝をしていたようだ。
 誰かが戸を叩かなければ、そのまま朝まで寝てしまい、そのまま冬眠していたかもしれない。
 誰かが来ていることが分かったので、電気を付け、客を迎えた。
「闇太郎ですかな」
「そうです。あれは闇太郎です。最近よく見かけます」
 妖怪博士が妖怪名を探す前に、既に客が知っていたことになる。妖怪に名を付けるのが妖怪博士の仕事で、お寺さんが戒名を付けるようなもの。
「何ですかな、その闇太郎とは」
「真っ黒なやつで、町内を歩いています」
「通行人でしょ」
「全身真っ黒です」
「顔もですかな」
「そこまで近付いて見ていませんから分かりませんが、目だけ光っているような」
「頭の形は?」
「坊主です」
「じゃ、闇坊主の親戚でしょ」
「闇坊主ですか」
「あなたが見た闇太郎は闇坊主のことです」
「何ですか、その闇坊主とは」
「海坊主のようなものです」
「はあ、しかし私が見たのは陸にいました」
「進化して陸に上がったのでしょう」
「最近その闇太郎がウロウロしています。何度も見ました」
「時間は」
「深夜です」
「深夜の町で見かけたのですな」
「そうです」
「あなた、そんな真夜中、どうして外に?」
「はい、夜中の散歩が趣味でして」
「趣味?」
「いえ、趣味と言ってますが、実は昼夜逆転しまして、夜中中起きているのです」
「じゃ、今は」
「今は起きたところです。これから一日が始まります」
「あ、そう」
「夜中の散歩。これは僕にとっては昼間の散歩と同じことなのですが、町内を一回りします。そのとき、見かけるようになったのです」
「見ただけですかな」
「そうです。闇太郎に近付いていくと、逃げていきます」
「じゃ、散歩しているだけでしょ。その闇太郎は」
「闇坊主はどんな感じです。闇太郎と同じものでしょ」
「闇坊主は大人しい妖怪で、海坊主のような荒々しさはありません。岡に上がった魚のようなものですからな」
「闇坊主は何をする妖怪でしょうか」
「だから、散歩しているだけですよ。それだけの妖怪です。まあ、妖怪は何か一点だけに凝り固まったようなのが多いのです」
「散歩だけですか」
「散歩というか、暗い場所を黒い姿でウロウロするのですがね」
「僕はどうすればいいのでしょ。そんなものを見てしまったのですから、何か怖いことでもあるような」
「ああ、闇坊主を見るようになれば、少し危険だと言われていますなあ」
「昼間が嫌いなのです」
「どなたが」
「私がです」
「あ、そう」
「だから夜に引き籠もっています」
「なるほど」
「それがやはりだめなんでしょうねえ。それで闇太郎を見てしまうのでしょう」
「ところで、どうして闇太郎という名を?」
「分かりません。それを見たとき、あ、闇太郎だと思ったからです」
「確かに昔の盗賊で闇太郎という架空の人物はいますし、付けやすい名なので、他にもいるでしょ。過去に闇太郎という名を聞いた記憶はありませんか」
「ありません」
「あ、そう」
「これは何でしょう」
「このままでは闇の世界に引きずり込まれます」
「その気がします。もっと濃い闇の世界に籠もりたいと思っていましたから」
「闇坊主、それは闇の病とも言われています」
「やはり普通の生活に戻れということですか」
「それは自覚しておられるでしょ」
「はい、闇太郎がその警告だと思います」
「理解が早いですなあ」
「いえ」
「じゃ、そういうことでいいですね」
 そして客は去って行った。
 妖怪博士は見料を取るのを忘れてしまった。いつもなら適当な護符や御札を渡して、札料を取るのだが、別に魔除けを必要とする妖怪でもなく、また本人も生活習慣を改めるということで、解決したようなもの。
 客が帰ったあと、またホームゴタツでうたた寝を始めたのだが、長い昼寝だったので、もう眠気はない。ただ寒いので、じっと座って固まっているだけ。
 そして寝る時間になったので、蒲団を敷いたのだが、目が冴えて眠れそうにない。
 眠れいないときは資料の整理にあたるので、それをやっていると、寝たのは朝方だった。そういうサイクルが続き、妖怪博士自身が昼夜逆転してしまった。
 客が見た闇太郎。昔からいる闇坊主。これは人から移るようだ。まるで風邪じゃなと、妖怪博士は苦笑いした。
 
   了

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2017年11月22日

3450話 訳ありの女


 京都大原、晩秋、空は哀しいほど晴れ、木々が恥ずかしいほどに赤い。
 そこを訳ありらしき女性が野を行く。たまに立ち止まり、何やら思案。ふと前を見ると似たような訳ありの女性がいる。事情は違えど、こんなところに一人で来ていることが訳あり。
 さらにその先の道にも女性がポツリポツリと歩いている。その道沿いに昔の茶店のようなものがあり、赤い毛氈の腰掛け台にやはり似たような女が間隔を置いて座っている。
 その先に人の列が見える。いずれも訳ありの女で、大きなお寺の前まで続いている。その山門を潜ると境内はもう頭しか見えないほどの人人人。いずれも訳ありの女達。ものすごい数の訳があるのだろう。
 山門横に土産物屋が並び、そこに訳ありの店の看板。
 中に入ると、訳があるのは女ではなく、品物のようだ。そこに入った女は死んでいた目が生きる。ブランド品がもの凄く安い。これは何らかの事情で傷が付いたような訳あり品ではなく、偽ブランドだろう。
 その横に訳ありレストランがあり、これは流石に客は一人もいない。明らかに失敗してるため、近いうちに閉めるはず。
 訳ありの女達がその訳を話せる場所がある。占いの店だ。これも軒を連ねている。
 女一人大原での逍遙は無理で、ポツンと立てない。
 訳ありの女の情念が紅葉をさらに赤く燃やし、紅蓮の炎が天まで焦がす。しかし、これだけ多いと火事場の野次馬。
 三味や踊りは習いはするが、習わなくても女は泣けるらしく、どの訳ありの女も涙目。
 それはいいのだが、こうも頭数が多いと訳が分からない。
 
   了

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2017年11月21日

3449話 大御所とその後輩


 同期やライバル、そして先輩がまだ活躍しているというのに、平田はドロップアウトした。それらの人達の噂を聞くと、羨ましく思うものの、それだけの力が平田にはなかったので、諦めるしかない。
 そこに先輩がやってきた。
「辞めてからしばらく立つけど、元気かね」
「先輩こそお元気そうで」
「そうでもないんだけど」
 この先輩は顔が広い。人好きのためだろう。人柄もすこぶるいい。評判もよく、あまり悪く言う人はいないが、全ての人から好かれているわけではない。それはどんな人物でもそうだろう。
「何か御用でも」
「十手持ちじゃない」
「じゃ、御用聞き」
「話というのは他でもないが、復帰してくれないかなあ。君が欠けると淋しい」
「でも辞めてからもうかなり立ちますよ」
「辞めていく人が多い」
「でも先輩の周囲には多くの人が集まっているじゃありませんか」
「そうなんだがね」
「僕が戻ったとしても、もうそんな力は残っていませんよ」
「いや、今考えると、君はいるだけでよかったんだ」
「いるだけ?」
「君は私にすり寄ってこなかった」
「そうでしたか」
「私の周りにいる人間は私のためではなく、自分のために集まってきているんだ。まあ、それで普通だがね」
「人徳ですよ」
「いや、不徳だ」
「よく分かりません。その関係は僕には」
「君は私に何も頼まなかった」
「そうでしたか」
「君は私に懐かなかった」
「そうでしたか」
「何か思うところがあってのことかね」
「何も思っていませんよ」
「そこが微妙なんだ」
「はあ」
「君は私を褒めなかった」
「そうでしたか」
「今いる私の取り巻きや周囲の連中とは違っていた」
「普通でしょ」
「そうなんだ。君は私をただの先輩としてしか見ていなかった」
「先輩ですから」
「そうだね。好きでも嫌いでも先輩は先輩だからね」
「何が言いたいのでしょうか」
「私は実はそういった淡泊な関係を望んでいたんだ」
「しかし、色々な人から……」
「確かにもてはやされている。それが不徳でねえ」
「徳があるから人が寄ってくるのでしょ」
「あれは蟻だ」
「はあ」
「私は砂糖だ」
「お名前も佐藤ですねえ」
「それは関係ない」
「じゃ、私にどうせよと」
「戻ってくるだけでいい。仕事は私が用意しよう」
「でももう辞めていますから」
「だから復帰だ」
「はあ」
「特に魂胆はない」
「戻るにしても、先輩の周りは人が多すぎます。僕はその中に入るのがいやなのです」
「君は人気がない。だから誰も相手にしないし、目にもくれないだろうから、そんな心配は無用」
「それは何でしょう」
「さあ」
「しかし、僕はもうブランクがありすぎますし、それに辞めてすっきりしましたから、戻る気はありません」
「そこを何とかならんかね」
「もうその世界にいませんから」
「だから、復帰だよ。復帰。道は私が付ける。君は私に無愛想だったから、早く辞める結果になったんだよ」
「そうだったんですか」
「もう少し愛想がよければ、面倒見たんだ」
「でも辞めたのは僕の力不足で、結構長くやってましたから、よくやった方です」
「だめかね」
「はい」
「本当の理由は聞くまい」
「はい、その方がよろしいかと」
「相変わらずだ、君は」
「はい」
「だから身近に置きたかったんだ」
 この先輩は大御所としてその後も君臨するのだが、今も平田のことを気にしているようだ。
 
   了

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2017年11月20日

3448話 ペテン師


 都会の賑やかな場所で声をかけられた場合、あまり良いことにはならないので無視する方がいい。それが客引きなら分かりやすいが、一見して普通の通行人のような人の方が危ない。
 では普通の通行人とは何だろう。その場所に用事があって来ている人や、ただの通り道なので歩いている人。当然仕事で移動している人や勤め帰りの人。これは夕方だろう。朝はラッシュで人も多く、ややこしいことを仕掛ける人も少ないだろう。それに悪い奴ほど起きるのが遅いため、早朝は苦手。
 都会では見知らぬ人と会話するようなことは希。道を聞かれる程度。勧誘の場合、それとなく分かる。
 ところが怪しい人は普通の会話から入ってくる。夏なら暑いですねえ、冬なら寒いですねえ。春秋なら良い季候になりまいたねえ。雨なら鬱陶しいですねえ。晴れなら良い天気ですねえ、と。これで乗ってこなければ、それ以上話さない。これは信号待ちのとき、独り言のように話しかけてくる。無視されれば独り言で終わる。
 要するに顔見知りでもないような普通の人が話しかけてくるのがポイントで、見るからに得体の知れない人ではなく、普通の通行人。この普通の中に紛れ込んでいるので、見分けが付きにくい。だから話しかけてくることが普通ではないということだろう。これが都会育ちではない老婆なら別かもしれない。見知らぬ人にでも話しかける。だが都会の雑踏の中に一人で来ているような老婆は滅多にいない。いることはいるが、それ自体、もう既に怪しいので、分かりやすいが、この判断は難しい。ただの気安い婆さんかプロなのかを。
 さて、その怪しい人の中身だが、そこでの話は話しかけた側だけが最終的に得をする話だろう。だから世間話から始まり、それに乗り、聞き役になったりすると徐々に相手のペースに填まっていく。
 また、怪しいとは思いながらも、暇なとき、もう少し泳がしてみようと思うこともあるが、これもまた危険だ。話のネタになる前に、もうそんなことは話せなくなるほど思い出したくもないネタになる。
 酒場などで見知らぬ客と意気投合するというのはある。もし怪しそうな客がいる場合、敢えてこちらから話しかけたりするので、怪しい人が逆転するが。
 都会の人混み、そこに出る怪しい人は年々減っているように思える。街頭流しが減ったためだろう。あまり効率がよくないからだ。残っているのはヘボい怪人で、これは大した被害にはならない。
 昔の都会には最初から怪しげな人が結構うろついていた。もの凄く分かりやすい感じで。数も多かったのだろう。
 今は普通の社会人の中に怪人がおり、スマホ時代ではないが、見た目はスマートだ。
 
   了

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2017年11月19日

3447話 看板通り


 デパートのようなターミナルビルを抜けると商店街があり、そこは既に寂れており、アーケードはあるが駅までのただの道に近い。そのトンネルを抜けると日向臭い場所に出る。商店がまばらに並んでいる場末。それもすぐに途切れ、住宅地になる。
 その通りに古書店がある。入り口に湿って曲がったような文庫本が並んでいるが、表紙は変色し、平積みの表紙も埃を被っている。一冊も動いていないのだろう。チリハライがないわけがないが、そのまま放置。その向かいに薬局がある。ペンギン薬局とあり、いつの時代のマスコット人形か分からないほど老いたペンギンが、もう焦点が分からなくなったような目で通りを見ている。
 この二店、商店街から商店街八分にされたと噂があるが、肝心の商店街が寂れたため、別に駅前に店を構えても仕方がないので、同じようなもの。
 商店街八分とは村八分のようなもので、葬儀や災害以外は一切の付き合いが絶たれた家に近いが、実は弾かれたのではなく、最初から場末のさらに向こう側で営業している。
 この駅のある街では古書店と薬局だが、他の街ではテイラーや散髪屋になっていたりする。いずれにしても客は最初から少ないし、その後、盛り返して流行るようなことはない。主人の愛想が悪く、もう二度と来たくないような店で、まるで客を拒否しているような構え。
 当然そんな状態だし場所が悪いので一見の客も殆どないので、やっていけるはずがない。しかし、メイン商店街は潰れても、ここは潰れない。潰れて当然だが、最初から潰れているような状態で店をやっている。
 だから店屋ではない。こういう店が駅前や商店街のある通りの場末のさらに末で店を構えている。
 それらの店は繋がりがある。目的が同じためだ。表向きは商店だが、実は支部なのだ。しかも支部には正と副二組で構成されている。
 普通の商店街にあるような店はほぼ網羅されている。それらを合わせれば、かなり大きな商店街になるはず。だが、目的は商店ではなく、商売ではない。
 このネットワークが何のためにあるのかは分からないが、世襲制で、今は孫の代。その孫の子が継げば四代目の組織員になるのだが、御時世か、どの支部もあとを継ぎたがらない。
 そしてこの組織のトップも世襲制だが、同じ現象が起こっている。そしてもうそんな組織など必要ではなくなっていたためか、閉める店、ここでは支部だが、それが多くなった。本来なら勝手に閉めるわけにはいかないのだが、本部も黙認だ。
 中にはあとを継いだ支部もある。四代目でまだ若い。そしてもう支部ではなく、看板通りの商売を続けている。
 商店街を抜け、場末のさらに末でポツンとある店を見かけた場合、それと疑ってみてもいい。
 世の中には看板通りではない店屋もあるということだ。
 
   了
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2017年11月18日

3446話 ホラー小説


 上島は昼食後散歩に出たついでに決まって入る喫茶店がある。結構広いファスト系で、最初に入ったときは見知らぬ人ばかりだが、数年通うと常連客の顔を覚えてしまう。しかし、ここはターミナルに近いのか、風通しがよく、見知らぬ人も結構いる。今まで見たことのない人の比率は半々だろうか。ただ、客が少ない日は常連客ばかりのときもある。雨の日とかだ。
 それで見慣れてしまっているので、もう客など見ないで、買ったばかりのタブレットを覗いていた。主な使用アプリは電子書籍や、動画。ただの娯楽のひとときで、休憩に入っただけ。散歩そのものも休憩だが、散歩では目の前の現実しかなく、フィクションがない。それで喫茶店で休憩するときに、現実では有り得ないようなフィクションを楽しむ。これも散歩のようなものだ。散歩では見られないようなものに接することができる。
 今日の客層は平均的なもので、常連客が六人と、一見さんが六人。それぞれテーブルを離して座っている。つまりある間隔を取っている。広い店なので、それができる。
 タブレットで至近距離を見ていると、目が疲れるので、たまに遠くを見る。その視線の先に偶然一見さんがいたのだが、上島は手にしたタブレットをガタンとテーブルの上に落としそうになった。数センチなどで落下というほどではないが、気を取られるような人がいたのだ。
 しかし、思い出せない。また見た覚えがあるのかないのかも曖昧で、知っているようで知らない。上島と同年代で少し年がいっている。これは昔の知り合いかもしれないと思い、旧友を色々と思い出した。またよく見かけていた近所の人かもしれないが、家とこことは結構離れているので、近所の人は見たことがない。
 しかし、タブレットから手が離れるほどの衝撃があったのだから、余程の人だ。合ってはいけない人とか。
 その客は文庫本を開いて読んでいる。距離は遠い。顔は正面。相手は上島が見ていることに気付いていない。本を読んでいるので、そんなもの。
 しかし、たまに目玉が動く、姿勢も変わる。そんなとき、視線が合いそうになるので、上島はチラリチラリと観察した。
 あの衝撃の意味は、余程大事なことで、とてつもない人に出くわしたほどのショック。それにふさわしい人物を探さないといけない。下手をすると、合うともの凄く都合が悪い相手かもしれない。相手が気付けばおしまいのような。しかし、過去にそんな経験はないはず。人から怨まれるようなことも、合ってはまずい人はいない。
 しかし、上島がそう思っているだけかもしれない。
 いくら思い出しても該当する人物が出てこない。
「自分ではないか」
 これはフィクションとしては成立しても、顔かたちが違う。しかし中に詰まっているのは自分ではないか。自分自身がそこに座っていれば、衝撃だろう。タブレットを落として当然。だから該当するものは自分自身となる。
 しかし、これは何処か似ている人の場合。何度見直しても似ていない。ではあのショックは何だろう。どうして驚いたのか。決して不思議な顔ではない。
 そして男は立ち上がり、上島の前をスーと通り過ぎ、レジへと向かった。男は上島を見たはず。しかし無視している。上島のことを知らないのだ。
 これでほっとした。
 そして読んでいたホラー小説の電書を閉じた。
「これだったのか」
 と、該当する原因が分かった。フィクションが現実に介入したのだろう。
 
   了

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2017年11月17日

3445話 裏通りの鍋焼きうどん


 雨が降っているときはさほどではなかったが、やんでから空気が変わったのか、寒くなってきた。もう冬の初め、下に落ちている葉の方が多い。
 友部はある手続きの用事を済ませたあと、中途半端な夕方の町を歩いていた。手続きを済ませたので、未来が拓けるかもしれないが、あとは本人次第。手続きそのものは難しくなかったので、その先の方が実際には難しく、ものになる人は限られているのだろう。
 しかし、この手続きは見せかけで、一応将来何になるのかを周囲に示すだけのもの。本当はそんなことはしたくなく、遊んで暮らしたかった。
 将来のことよりも今が寒い。いつもより早く起きたので、寝不足も加わっている。このまま戻って寝たりない分を補う方が賢明だ。
 駅は繁華街を抜けたところにあり、薄暗くなってきたためか、ネオンが映える。もう雨は上がっているのだが、滲んだように輝いている。
 一段落ついたこともあり、ここで遊んで帰ろうかとネオン看板などを見ている、ついつい誘われるのだが、腹が空きだした。寝不足のときは不思議と腹が空く。食べる量も多くなる。これは個人的なことだろう。
 ネオン通りから脇道を覗くと、そこも歓楽街の中なので、店屋が多い。日用品などを売っている店ではない。
 友部は体が冷えてきたので温かいものでも食べて帰ることにした。賢明な判断。そして健全。
 立ち食い蕎麦屋もあったが、今日は区切りの日なので、もう少し張り込んでもいいと思い、少し古い老舗らしい食堂へ入った。洋食屋ではなく和食屋。高そうな大衆食堂かもしれない。この路地だけは時代から遅れているのか、または一定の客がいるのか、潰れないで残っているようだ。
 鯉のぼりでも垂れ下がっているのかと思うような大きな暖簾をくぐり、店内に入ると、それなりに客がいる。食堂だが、そこで飲んでいるようだ。
 友部は壁の品書きを目で一つ一つ追っていると鍋焼きうどんが目に止まった。少し大きい目の手書き文字。値段は結構安い。しかし立ち食い蕎麦の数倍はするが、今日はケチくさいことは考えないことにする。手続きを終えた記念すべき日なので。
 出てきた鍋焼きうどんはアルミ鍋に入っていた。もう何回も使ったような鍋で、こ擦り傷があるし、焦げて色も変わっている。ただの食器ではなく、本当にこの鍋で煮込んだものだろう。
 少し離れたところでおでんの盛り合わせで一杯やっている男が、チラリと友部を見る。一杯飲み屋、縄のれん、酒の直販所などでよくいるような男。
 そして、目でメッセージを送ってきた。絡まれるようなことはしていない。
 友部は反射的にそのメッセージを受けた。といっても目礼しただけ。無視しなかった程度のメッセージを交わした程度。
 すると、男は友部の方へやってきた。四人掛けのテーブルだが、その横のテーブルに着き、話しかけてきた。
「いいよ」
 意味が分からない。
「じゃ、任せなよ」
 これも不明。
 何がスイッチになったのか、友部は考えた。変わったことは何もしていないので、この男が勝手に芸を始めたようなものだ。酔っているのだろう。
「じゃ、行こうか」
 何処へ。
「さあ、すぐに行きたいだろ」
 友部はここで訊ねてもいい「何がどうなのか」と。しかし、間を置いた。
 出るにしても、鍋焼きうどんをまだ食べ終えていない。しかし男は急がせた。
 友部はもう少し考えてみた。この店に入ってきてやったことといえば鍋焼きうどんを注文したこと。
 この鍋焼きうどんがスイッチになったのだろうか。これは合図のようなもので、鍋焼きうどんを食べることが、この男への合図になり、秘密めいたところへ連れて行く。
 しかし、それなら鍋焼きうどんを注文した客は全てそうなるだろう。
 やはりこのまま男を泳がせるとまずいと思い、何がどうなのかと聞いてみた。
 男はそこで挙動不審になり、訳の分からない言葉を呟きながら、元のテーブルに戻り、三角のコンニャクを囓りだした。
 これで、友部は鍋焼きうどんに集中できた。たまに男を見ると、目を合わす気はないのか、自分の世界に入り込んでいた。
 
   了

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2017年11月16日

3444話 寸暇詐欺


 寸暇に何かをやり続けるということもあるが、この寸暇というのはわずかに空いた暇な時間ということだが、そんな空いた時間などないほど忙しく日々過ごしている人もいる。もし寸暇があれば休憩していたりする。暇というのは、今特にやることがなく、またやろうとしてもできない場所なり、タイミングのときだろうか。隙間時間などとそれを呼んでいる。
 寸暇を惜しんで働くとかもある。何らかの暇ができても、その時間がもったいないので、作業を続けるとかだ。ここは休憩してもいいところでも働く。食後の一服もなく、昼休みでも働くようなもの。これは良いことだとされているが、体を壊すだろう。それよりも、時間がないので休む暇がないのかもしれない。本人の意志ではなく。
 寸暇の寸とは長さだろう。一寸は三センチほど。だから三センチほどの間が空いたとき、五センチのものは入れられない。これは距離だが、時間としてみた場合、三分。だから三分でやれることを入れることができるが、三分ではカップラーメンに湯を入れて待つ程度の時間。普通はじっと待っているわけではないので、寸暇ができても他のことをしているだろう。
 このとき、今までの続きではなく、別のことを入れる。三分でできる別の用事を入れるといいのかもしれない。
 塵も積もれば山となるのだが、それでできた山も、塵なら仕方なかったりする。足場が弱く、登れないかもしれない。それに塵なので、風が持っていく。しかしある程度の固まりができる。
 しかし、寸暇を使って有益なことを続けた場合、それは価値になるかもしれない。有益なことほど面倒臭く、また難しい。しかし三分間だけなら辛抱できる。
 ただ、その有益さは本人だけが有益なものだと、あまり価値はないが、価値を決めるのは本人。それを価値だと認定すれば、それは価値あるものになる。ただ、これもなかなか認証しにくいものだ。価値があり、有益だからこそやりたくなかったりもする。
 寸借詐欺ではないが、寸暇詐欺をやっているようなものだろうか。
 好きなことを寸暇にやる。しかし、寸暇ではなく一日中やれるとなると、あまり好きではなくなるかもしれない。時間があればずっとそれを続けたいと思うものの、有り余ると、飽きてくる。僅かな時間だからこそよかったのかもしれない。
 逆に暇潰しのようなことばかりを一日中やっている場合、その暇潰しにも寸暇が空く。そこで有益なことをすればいい。
 
   了

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2017年11月15日

3443話 実体験


 映画で見た記憶も実際に体験した記憶も、似たようなものとして残るのだろうが、一寸した差がある。その差は何だろう。
 たとえば一度見た古い映画をもう一度見たとき、所々は覚えている。まったく忘れてしまっているシーンもあるし、印象に残らなかったため、初めて見るのに近い感じのときもある。こちらの方が楽しめたりするが。
 実際にあったことは、動画のように残らない。そんなデーターは残せないためだ。だから、比べようがない。もし実際に起こったことの全記憶が残っていたとすれば、比べられるかもしれないが。
 過去のものとなると、どちらも古いため、記憶に残るのは僅かかもしれないが、やはり実際にあったことの方が印象に残る。
 なぜなら映画の中のどの人物も自分ではないためだ。映画の中の人にも過去があり、その人を取り巻く色々なことがあるだろうが、それらは説明で描かれている程度。しかし、またはこんなことをしてきた人だろうという程度の設定は示される。しかし、それは見ている人のことではない。当たり前の話だ。またいくら感情移入しても、そのときだけで、また自分に戻ってしまう。
 ではなぜ実体験の方が印象に残るのか。それは体験とは何かを考えればいい。決して一面的ではなく、その人の何処かと繋がっている。関連する情報が含まれているのだ。テーブルの上にあるペン一つでも、映画の中のペンとでは馴染みが違うし、含有物が違う。中のインクのことではない。それを買ったときの背景などが含まれている。そしてそのペンで何を書いていたのかも。また、そのペンを使っていた時代なども含まれる。実体験はその人の目で見たもので、映画は監督やカメラマンが見せようとした絵だろう。自分の目で見ていないので、本当なら見るものも違ってくるはず。何処を写し、何処を写さなかったのかだけでも、自分の見方とは違うはず。
 だから印象を支える事柄が多くあるため、実体験の方が記憶に残りやすいのだが、これはそれらの体験を踏まえた上で、今もその記憶が生き続けているためかもしれない。映画はそこで終われば、終わるが、現実の実体験は尾を引きながら、それらを含めた上で進行中だ。今も実はそうなのだ。上映しなくても、それは回っているようなもの。敢えて思い出さなくても。体験とは身に染みつくということかもしれない。お蔵入りではなく。
 そして、見た映画も、その中に含まれる。これはどんな体験でもそうだが、忘れていることが多い。映画のようにそのままをまた見ることができないが。
 記憶としては曖昧で、忘れてしまっていても、体が覚えていることがある。体験とはまさに体を使っているのだろう。
 
   了

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2017年11月14日

3442話 敵意の発生


 白木氏の城をいくつか潰し、残るは本拠地だけ。もうこのとき白木軍は殆ど残っていない。前線で主力軍が敗走したため、勝敗は既についていた。
 しかし、白木城に迫ったとき、隣国の黒崎軍が援軍で来ていたのだ。
 攻め手の立花氏は大国で、大軍を連れてきたが、あとは大したことはないと、軍団の多くを帰還させていた。そのため、攻め手の方が兵が少ない。
 立花氏はむかっときた。白木軍に対してではなく、援軍で駆けつけた黒崎軍に対して。きっと白木軍には受けただろう。同盟国の義理を果たし、来てくれたのだから。
 立花氏は、これでは城攻めどころか、このままでは立花軍がやられてしまう。引き返した軍団を呼び戻せばいいのだが、疲労度の少ない新手の黒崎軍は気勢も上がり、まともに戦うのは避けたい。それに白木氏は滅ぼさないといけないが、黒崎氏には敵意はなく、その領土を奪う気もない。だから敵としては考えていなかった。ところが白木軍に加勢し、結果的には立花氏に刃向かったことになる。これでムカッとした。
 立花氏は伝令を飛ばし、帰還中の各軍団に指示を与えた。黒崎領に侵攻せよと。
 立花氏は白木黒崎軍と対峙し、睨み合ったまま動かない。つまり黒崎軍を引き付けていたのだ。動かないように。
 この策は当たった。白木城に駆けつけた黒崎軍は全軍で来ていた。これは実際には戦う必要がない。立花軍は迂闊には動けないだろうし、兵糧も心許くなるはずだし、士気も下がりだし、そのうち引き上げるだろうと思っていたのだ。
 その魂胆が立花氏をむかつかせたのだろう。
 主力を持ってきた黒崎の本拠地はガラガラ。そこへ立花の主力軍が攻め込んだので、ひとたまりもない。
 その報を聞いた白木城の黒崎軍は、すぐに引き返したのだが、既に戦いは終わっていた。
 援軍が去ってしまった白木氏は、白旗を揚げ、城を降りた。立花氏は白木氏を家臣とし、白木領をそのまま任せることにした。ここは治めにくい土地なので、地の人間に任せた方がよかったのだ。
 しかし、黒崎氏は追放した。当然領地は没収、立花一族の家臣を入れた。実は白木領より、黒木領の方が大きい。だが、黒木領を取ることは念頭になかった。悪意も好意もないが、黒木軍は強く、出城も多いので、容易には落とせないことも理由だった。
 黒崎軍にもチャンスがあった。援軍として来たまではよかったのだが、動かなかったのだ。このとき、攻め手の白木軍は僅かで、主力は返していたのだから、城から打って出れば、訳なく立花氏の首が取れた。そして大国を手に入れることができたかもしれない。
 しかし、黒崎氏は援軍で、立花氏は、ここでは敵だが、敵意を持っていたわけではない。両者とも戦う気はなかったのである。
 あと一歩で簡単に手に入る戦いを邪魔立てした援軍の黒崎が余程憎たらしかったのだろう。敵意が生まれたのは、その瞬間だった。
 
   了
 
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2017年11月13日

3441話 不思議な会社


「おや、しんどそうですが大丈夫ですかな」
「分かりますか。一寸熱があって」
「それはいけない」
「昨夜雨に遭いましてねえ。帰るときです。傘を忘れていたもので、濡れました」
「私は用意していましたから濡れませんでした。大きい目の高い傘です。ビニール傘より大きい。少し重いですがね」
「はい」
「傘よりも、それは風邪が入ったのでしょ。今日は早い目に帰られては」
「微熱です。少しだるいだけです」
「そうですか、熱が出てフラフラなら、来られませんからねえ」
「そうです。よくあることですよ」
「しかし、しんどそうですよ」
「確かにしんどいことはしんどい」
「そうでしょ。やはり大事をとって」
「いや、仕事が残ってますから」
「私がやっときますよ。大した量じゃない」
「そうですか」
「お互い様です。私が三日ほど寝込んでいたとき、私の分までやって貰いましたから」
「いえいえ、それほど大した量じゃないので」
「そうなんです。ここの仕事、一人でできることを四人か五人でやっているようなものです。ですから午前中の半分で上がってしまえる仕事です」
「そうですねえ。そう考えると、おかしいことはおかしいですが、給料は世間並みに出てますし」
「私が社長なら、人件費の無駄遣いです」
「でもゆっくりやれば一日かかりますよ」
「それは秘密です。言っちゃだめですよ。誰もそれには触れない」
「はい、その申し合わせ、守っています」
「上に聞かれるとまずいですからねえ」
「上は気付いていないのですか」
「ここの係長は気付いていますよ。その上の課長も」
「じゃ、部長は」
「曖昧です。知っているかもしれませんが、経営に触れると社長の機嫌が悪くなりますからね」
「専務は」
「当然知っているでしょ。だって専務が二十人もいるのですよ。どんな大企業なんだ」
「そうですね。ただの町工場ですから」
「何か妙なことで使われるのではないかと、心配しています」
「妙なこととは」
「何かに動員されるのではないかと。そのためのストックです。社員が多いのは」
「そんな前例、ありましたか」
「先輩に聞いても、それはありませんでしたが」
「じゃ、きっと儲けすぎているのでしょ」
「そのようには見えませんが」
「まあ、そういうことですから、早退しても誰も文句は言いませんよ」
「そうですねえ。じゃ、大事をとって、帰ります」
「うん、そうしなさい」
「ついでに」
「なんですか」
「二三日休まれても良いですよ」
「はいはい」
「しかし、待遇がよすぎて、逆に怖いです」
「そうでしょ。それに気付いた人が辞めていきます」
「僕もおかしいと思い、辞めようかと思ったことがありました」
「大丈夫ですよ。何も起こりません。しかし、一寸不気味ですがね」
「はい」
「じゃ、お大事に」
「はい」
 
   了

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2017年11月12日

3440話 温石


 妖怪博士が住む路地裏は妙な人がたまに通る。その近くに住んでいる人以外は入り込まないのだが、何らかの磁場ができているのだろうか。妖怪博士がここに棲み着いたのもそのためかもしれない。
 ある日、妖怪博士が昼寝をしていると、妙な人がやってきた。妙な石を拾ったらしい。これは妖怪と関係するのではないかと思ったようだ。そこに妖怪博士が住んでいることを、この人は知っている。しかし妖怪博士は彼を知らない。近所の人なら顔ぐらいは知っている。だからこの路地裏に入り込んだ人だ。この人もそんな磁場に引き寄せられたのかもしれない。通りすがりの人が妖怪博士宅を知っていることも不思議だが、同類は同類を知るものだ。
 男が拾った石は暖かい。だから妖怪の卵ではないかと言い出した。しかし卵は親が温めないと冷たいはず。だから熱を持っている石となる。
 妖怪博士はその石を手にする。意外と軽いが卵のようには丸くなく、平べったい。しかしすぐに正体が分かったようだ。
「何でしょう」
「オンジャク」
「え」
「温かい石と書いて、温石」
「何でしょう」
「懐石料理ではないが、腹を温めるもの」
「懐炉ですか」
「あれは火が付いておる。燃えておる。そうではなく、軽石を温めたものじゃ」
「そんなものがどうして落ちていたのですか」
「落としたのじゃ」
「はあ」
「今どき温石を持ち歩く人がいるとは信じられん。軽石なので、軽いので持ち運びやすいがな」
「誰でしょう」
「そこじゃ」
「はい」
「問題は温石ではなく、それを落とした者。こちらの方が怪しいとは思わぬか」
「その持ち主が妖怪だと」
「寒がりの妖怪かもしれん」
 妖怪博士はその石けんほどの温かい軽い石をじっと見続けている。
「何か見えますか」
「石じゃ」
「石ですからね」
「これはただの軽石じゃが足の裏を擦るときの軽石とは形が違う。まるでちびた石鹸じゃ」
「やはり、これを落とした人が妖怪ですか」
「いや、怪しい人物には違いはないが、試したのかもしれんなあ。昔の人の防寒方法を」
「懐炉を買えば早いのに」
「そうじゃな。今は火を使う必要がない」
「そうです。揉めば熱くなってきます。あれを懐に入れれば済むことですよ。わざわざ軽石を温めなくても」
「きっと妙な人なので、試してみたのだろう」
「はい。しかし道端で温かい石を拾ったときは驚きました」
 妖怪博士はその石を男に返す。男はそれをポケットに入れ、立ち去った。
 石は拾ったものではないのだろう。その男、妖怪博士の実力を試すため、持ち込んだものだと思われる。
 しかし、妖怪博士は昼寝から起きたところなので、あまり良い解釈はできなかったようだ。
 
   了

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2017年11月11日

3439話 雨男


 春は花見、秋は紅葉を楽しめる寺がある。少し山に入った谷にあるのだが、近くには村があり、農家がすぐ横に見えている。鉄道は走っていないが、バスはあり、最寄りのバス停からは少し離れているが、それほど長い距離ではなく、寺の屋根が見えている。都市近郊の離れなので遠い場所ではないため行楽客が結構いる。寺の中ではなく、その周辺にサクラもモミジもカエデもあり、寺がなくてもここは名所なのだが、サクラは確実に植えたものだが、モミジは自然に根付いたものもあるようで、まとまっていない。つまり点在している。
 しかしモミジよりもサクラが多いため、サクラの葉もしっかりと赤くなるので、そちらの方が目立つ。ただ、色が違う。濃い赤はやはりモミジで、赤いだけではなく透明感がある。葉が薄いのだろう。
 紅葉シーズンは山が早い。
 その日はあいにくの雨で人出が少ない。寺だけを見に来るような人は希なので、花見と紅葉のシーズンでないと、行楽客もいないに等しい。それに雨が降っているため、これは致命的。そのため、山門前にある茶店もガラガラ。店屋はそこだけで、シーズン外は閉まっている。雨は朝から降っており、これでは最初から行く気にはならないだろう。しかし、シーズン以外の日に比べると、人がいる方なので、茶店は開いている。客が来ないので、開けていても仕方がないので閉めているというのでは、いかにも露骨だ。
 しかし、値段はかなり高い。こんな高いおでんの盛り合わせが世の中に存在するのかというほど。これは祭りの日の露店よりも高い。
 この茶店を長くやり続け、もう年寄りになった主人は、座っているだけで、殆ど動いていない。バイトに任せているのだ。本来なら店に出なくてもいいのだが、人を見たいのだろう。
 そして雨の日にも周囲が一番よく見える場所に座り、行楽客を見ているのだが、ある一人の男をずっと見詰めている。鋭い目ではなく、ただ、ぼんやりと。
 その男、毎年雨の日に来る。長いコートで長髪。外人のように背が高い。そして傘を一本持っているだけ。
 男が来るのは花見と紅葉の二度。しかも雨の日に限られる。人が少ないので、目に付いたのか、主人は覚えてしまった。年に二回しか見かけないのだが、何年も続くと記憶に残るのだろう。そしてずっと長髪で、ずっと同じ色のレインコート。
 茶店は仁王門を背にしている。だから寺の境内ではなく、その入り口付近にある。ここも紅葉が鮮やかで、寺に入る必要がないほど。茶店近くにモミジもあるが、これは植えたものだろう。当然このあたりはお寺の土地。
 男は紅葉の濃い場所ではなく、少し奥にいる。ここはそれほど紅葉する木はないが、それでも色づいている。そして離れた場所だが、大きい目の桜の木がある。その下で傘を差しながらじっと立っているのだ。春はサクラの花見、秋はサクラの紅葉を毎年ここで見ている人。
 茶店の主人はそれを見るともなしに見ている。雨なので人出が止まり、茶店周辺も無人になることがある。しかし、あの男は動かないで立ったまま長い時間じっとしている。これは誰が見たとしても目立つだろう。
 主人はじっと男を観察し続けているわけではない。たまにバイトが何かを聞きに来るし、また立ち上がってその用事をすることもある。一寸した食堂なので、何処に何があるのかを、新入りのバイトに説明しないといけなかったりする。そして用が終わると、また外がよく見える場所に座り、あの男を見るのだが、そのときはもういない。同じ場所でそうそう紅葉を楽しむわけにはいかないのだろう。飽きるはず。
 しかし、何年も主人は男を見ているが、来るところや去るところを見たことがない。
 そして主人は、そのことを誰にも言わない。言うほどのことではないためだが、それ以外に言いたくないような気持ちもある。そちらの方が大きい。
 主人はその男を雨男と呼んでいるが、実体があるのかどうかは分からない。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:29| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする