2017年12月11日

3469話 枠外


「追い込まれて一気にやるのがいいか、それとも余裕を持ってゆっくりと時間をかけてやる方がいいですか」
「はあ」
「どちらがいいですか」
「よく聞いていませんでした。何か複雑そうな問題なので」
「いえ、単純で分かりやすい話です。早くかゆっくりかです」
「さあ」
「聞いても無駄ですか」
「何が聞きたいのか、よく分からないので」
「ですから、急いでさっと短時間にやってしまうのがいいか、ゆっくりですが、日にちをかけてやる方がいいのか」
「それは、私の問題ですか」
「そうです」
「じゃ、好みの問題ですね」
「はい、あなたが思っているのはどちらかを考えてください」
「事実と違っていてもいいのですね」
「はい」
「日数がないときは早くやるでしょう。日数があるときはゆっくりやるでしょう」
「じゃ、どちらですか」
「条件を言ってください。日数はあるのですか」
「十分あります。たっぷりと」
「じゃ、少しずつやります」
「一気にやらないのですね」
「急がなくてもいいので」
「でもさっとやれば早く終わりますよ」
「しかし、まだ時間があるので」
「じゃ、ぎりぎりのところで、一気にやるのは駄目ですか」
「ぎりぎりになるまで何もしていなければ、そうなりますが、それは苦しいので、少しでもいいから進めていきます」
「はいはい、そういうような答え方で結構です」
「そうですか」
「それが嫌なことならどうします。長い間嫌なことを抱えることになります」
「一日少しずつなら嫌なことでもわずかな時間で済むので、問題ありません」
「ではぎりぎりまで延ばさないで、最初の数日でさっとやっとしまうのは駄目ですか」
「急ぐ理由がありませんから、一気にやるのは」
「これはサロンパスを一気に剥がすか、じわじわ剥がすのかと同じ問題です。一気は痛いですが、一瞬で済みます。じわじわだとなかなか剥がれませんから剥がしている時間ずっと痛いわけです」
「でも一気に剥がすときより、痛みは小さいでしょ」
「小さいですが、長く痛いので、そちらの方が本当は痛みの量は大きいはずです」
「要するにどう答えればいいわけですか」
「あなたの性格を見ようと」
「ああ、それなら同じです」
「何が同じです」
「一気に剥がすときもあるし、徐々に剥がすこともありますし、一気にやることもあるし、ゆっくりと日数を使って少しずつやることもあります」
「そうなんですか。どちらも同じだと」
「そのときになってみないと分かりません」
「じゃ、あなたが理想とするやり方は?」
「そんなものに理想があるのですか。どちらもしんどいことはしんどいですから、どちらも理想じゃありません」
「そこを無理に考えて想像してください」
「何もしないのが一番です。これが一番楽で快適で、理想だ」
「それじゃ何もできないでしょ」
「だから、そんなことをしなくてもいいのが一番いいのです。答えはその枠外です」
「はい、分かりました」
「何が分かったのでしょう」
「聞く人を間違えていました」
「じゃ、あなたも枠外をやったわけだ」
「はい」
 
   了
posted by 川崎ゆきお at 11:49| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月10日

3468話 良いもの悪いもの


「いいものとか気に入ったものができたときは注意が必要です」
「滅多にそういうものはできませんが」
「たまにあります」
「そうでしょ」
「興奮します。自分でも感動します。してやったりと。早く人に見せたいとか言いたいとか」
「評判が良くないでしょ」
「そうなんです。どうしてご存じなのですか」
「私はきゃ利が長いので、データがあるためです。いいものができた場合、ろくなことはありません」
「でも評判がいい場合もあるでしょ。いいものなのですから、それに僕は非常に気に入っているし」
「喜んでいるのはあなただけ、の場合が多いです」
「確かに、でもものすごく受けることも」
「そのあとどうなります」
「あれは凄かったけど、今回は少し、とか言われます」
「結果が良くてもそうなるのです。そのあとがね。それに気に入ったものができたとき、その後再びそのレベルのものが続くわけではありませんから、本人も苦しいわけです」
「じゃ、自分だけが気に入ったもので、人はそれほど評価しないものの方がいいのですね」
「そちらの方がましですが、自分も気に入り他人も気に入るものがいいでしょ」
「当然それを目指しています」
「一番陥りやすい例となります」
「じゃ、本人も気に入らず、他人にも気に入ってもらえないものがいいのですか」
「それじゃやりがいがないでしょ」
「そうですねえ」
「どのあたりがいいのでしょうか。長いキャリアを踏んでこられたのですから」
「だからといっても何ともならないのが現実です。敢えて言えば、自分は苦しく、辛く、気に入りもしないけど、他人様が気に入ってくれる方がまだましです」
「じゃ、自分は楽しくないですよ」
「他人が喜ぶ姿を見て、それが楽しみになります」
「よくある話ですねえ。もっと他にないのですか」
「長いキャリアを積めば積むほど一般的なよくあることをいうものです」
「自分が楽しくないのは、面白くありませんから僕には無理です」
「じゃ、自分が楽しく、他人も楽しいのがいいと」
「それもよくありますねえ」
「あります。誰もが思い付くことで、新味も何もない。もう何も言っていないのと同じ」
「ただ、不思議と偶然があります」
「どういうことでしょう」
「偶然受けることがあるのです。これは厄介です」
「偶然なので、再現できないからですね」
「同じように繰り返せても、時期により違ってきます。また偶然受けとしても、それは一回だけで、二度三度はもういらないと言うことになりかねません」
「柳の下の土壌ですね」
「二番煎じというやつです」
「困りました。どういう方針で行けばいいのでしょう」
「どの方針をとろうと、なるようにしかなりません。まあ、そうやって流されていくことも、また乙なものですから、好きなようにやることでしょうなあ」
「いいものができたときは注意が必要というのは、どういう注意でしょうか」
「悪いものができるより、いいものができる方が厄介だという意味です」
「分かりました。悪いものばかり作ります」
「操作取るには百年まだ早いですぞ」
「あ、はい」
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 11:24| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

3467話 眠り猫

 眠り猫が取り憑いたという少女がいる。おおよそどんなものか、それだけで分かるような話だ。
 少女はそれで不登校になり、眠り姫のように寝て暮らしていたが、そうそう眠れるものではない。それに始終眠り猫が作用しているわけではなく、朝方に多い。これは学校へ行くために起きないといけない時間帯にやってくる。それで起きることは起きても、まだ眠りから覚めきっていない状態で、動作が遅く、病んでいるのと変わらないほど身体も気も重いようだ。
 親は心配し、医者にも連れて行ったのだが、曖昧な症状のため、相手にされない。それは気の病ではないと言われ、精神医を紹介されたが、別に異常は見つからなかった。こういうものは異常だと思えばいくらでも異常さと結びつけ、それなりの病名を付けるのだが、この精神医、良心的なためか、ただ親から話を聞くだけ。少女にも二三質問するだけで、単に寝起きが悪いだけのことで済ませようとしたが、親はそこは何とかならないものかと心配顔。このままでは不登校が続くことを心配した。
 当然学校の先生が来て、事情を聞きに来たが、特に不登校の原因が家庭にも学校にもないようだ。だから単に目覚めが悪いだけなのかもしれない。しかし、朝の様子はがやはりきになりもう一度、あの良心的な精神医に相談した。こういう長話をじっと聞いてくれるような精神医なので、良心的だが、何でもかんでも薬を出さないためか、儲けは少ないようだ。
 親がそこまで言うのならということで、薬を与えようとしたが相手はまだ少女。これは副作用の方が心配になり、ある人を紹介した。
 少女が医者へ行ったのは昼間。このときは普通の少女だ。その状態の少女ではなく、朝の様子を見てもらわないと、ことの異常さが分かってもらえない。流石に精神医も朝のそんな早い時間に往診へは行けない。この精神医も実は寝起きが悪く、朝に弱い。それに往診はしていない。
 それで、ある老人を紹介した。彼なら行ってくれると。
 その老人も、実は朝が苦手なのだが、友人の精神医に頼まれたので、行くことになる。最近、この老人は仕事をしていないので、暇だったようだ。
 朝の早い時間、老人は少女宅を訪問した。
 少女は自室で眠っていたが、親が起こした。起きたときの様子をこの人に見せるためだ。少女に何かが取り憑いているのではないかと思うほど様子がおかしい状態を第三者に見せたかったのだろう。
 無理に起こされた少女は、応接間に現れた。目がうつろで焦点が定まらず、唇が震えているが、これは何かをつぶやいているらしいが、聞き取れない。口は動いているのだが、声を出していない。喉を使っていないのだ。
 老人は憑きものに詳しいらしく、少女の挙動をじっと見ていたが、すぐに判明したようだ。
「眠り猫の憑依ですな」
「はは」
「まあ、心配はいりません」
「でも、このままでは不登校が続き」
「心配ですかな」
「当然です。悪いものが憑いているのでしょ。祓ってくださいませんか」
「眠り猫を祓うには、まず眠り猫を起こさないといけません」
「はあ」
「それには時が必要です」
「あのう」
「何ですかな」
「この子は眠り猫じゃなく」
「じゃなく、何ですかな」
「何か嫌なことがあるので、学校へ行きたがらないだけのように思えます。赤ちゃんの頃からよくぐずる子でした。今もそうではないかと」
 少女は相変わらず瞼を閉じ、うとうとし始めている。
「お母さん、私は専門家です。これは妖怪眠り猫の仕業です」
 少女の瞼が少しだけ開く。
「でも」
「時が必要です。眠り猫を抜くには」
「あ、はい」
 老人は内ポケットから御札を出してきた。
「これを嬢ちゃんの部屋に貼りなされ。そのうち眠り猫は退散するでしょう」
「それは何の御札ですか」
「眠り猫を起こす呪文が書かれています。いかに眠り猫とはいえ、ずっと眠っているわけではありません。たまに目を覚まします。そのときこの御札を見ると、驚いて退散するでしょ。御札の文字は読めなくても、憑依していることがばれた程度は猫でも分かるからです」
「はい、やってみます。でもそういうことではなく、この子は」
「この子はそういうことなのです。妖怪眠り猫が憑いているだけ。簡単な話です」
「はい」
 少女はうとうとしていたが、老人が御札を置いて去るとき、少しだけ老人を見た。
 老人は軽く少女と目を合わせ、片目を少しだけ閉じた。少女はぽかんと老人を見ていたが、すぐに二階の階段を上っていった。
 老人が時が必要だと言った通り、ある時が来たとき、少女は普通に目覚めることができ、学校にも行きだした。
 親はあの精神医に電話した。
 老人が来た日、親は彼の名を聞いていなかったのだ。それでお礼がしたいと、紹介者の精神医に問い合わせた。
「彼ですか。名前ですか。私も知りません」
「呪術師ですか」
「いや、妖怪博士とその筋では呼ばれています」
 
   了
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2017年12月08日

3466話 そこには戻れない


「あの夢の奥には何があるのでしょうなあ。いや、奥ではなく、その周囲も」
「どんな夢を見られたのですか」
「喫茶店だと思います。しかも都会のど真ん中にある賑やかな。しかし込み入った場所で、店屋がごちゃごちゃとありまして、あれば地下街かもしれません。地下街の路地のような場所で、路地と路地とが交差する賑やかな場所です。人通りも多いのです」
「思い当たる場所はありますか」
「似たような場所は知っていますが、夢の中の喫茶店とはまた違います」
「そこで何をされていたのですか」
「友人達と集まってました。休憩で入ったのか、その店で集まるのが目的だったのかは分かりませんが、喫茶店なのに飲み屋のようになってました」
「知っている方ばかりですね」
「懐かしいような顔が何人かいましたが、懐かしいと思うだけで、それだけの印象で、何処の誰だかはっきりしません。知り合いとか友人とか、そういう人達なのでしょうねえ。今、思い出しても一人として名前が分かる人はいませんでした」
「懐かしいだけの顔ぶれですか」
「全く知らない人も座っていました。同じテーブルです。その横のテーブルにも人がいましたが、これも知り合いなのでしょうねえ」
「人物も分からないし、場所も特定できないわけですね」
「そうです。それで奥というのは喫茶店の奥じゃなく、店の外です。周囲はどうなっているのかに興味がいきました。ガラス張りの店なので、外が見えるのです。ちょうど交差しているところで、一方の通路の奥まで見えます。その奥は地下の大通り。これは地下鉄が近いのでしょうねえ、だらか人が通り過ぎるのがわずかに見えます」
「その駅も分からないのですね」
「はい、その近くに地下鉄の駅は複数ありまして。路線が違います。三つほど地下鉄があり、私鉄も地下に潜り込んでいますから、特定するには何か目印が必要なんです。せめてこの喫茶店の場所さえ分かれば、駅も分かるのですがね」
「そこで何をしていたのですか」
「雑談でしょうねえ。隣のテーブルの人を含めると八人ほどいます。それだけの人数で一緒に過ごすということは過去にも何度かありました。何かの寄り合いの帰りとか、これから団体で出掛ける前とか。または目的地がこの店で、ここで何らかの集会があるとか」
「オフ会じゃないのですか」
「え、ネットの」
「そうです。顔と名前が合わないし、名前もニックネームのまま。また始めて見る顔ばかりだとすれば、そんなものです」
「いや、リアルで合った覚えのある人もいました。誰だったのかは名前が出てきませんし、どこで合った人なのか、どういう関係の人なのかもさっぱりですが、それでも友好的な関係なのは確かで、みんなにこにこしています」
「まあ、そういう夢もあるのでしょう」
「この喫茶店のある地下街のような場所。この周辺がどうなっているのか知りたいのです」
「きっと夢の中の人物と同じで、何処かで見たような、懐かしい場所がずっと続いていると思いますよ」
「そうですねえ。確かにそこにいるのは私です。そして皆さん、私のことを知っている。非常に温かそうな雰囲気で」
「あなたがその集まりの主役でしたか」
「違います」
「何かが凝縮されているのでしょうねえ」
「年は何となく分かります。少し老けてきた若者だった頃です」
「一番いい時代だったのかもしれませんよ」
「そうですねえ。活気があり元気そうでした」
「三十前あたりですね」
「その前後だと思います」
「寝る前とかに何か若い頃のことを思い出したりしましたか」
「特にありませんが、古い動画を見ていました」
「動画」
「私がまだ二十代の頃にやっていたものです。懐かしさ一杯で見ていました」
「きっとその影響でしょ」
「そうなのかもしれません」
「そして過去の若い頃に戻ったのですが、ものすごく曖昧な場所だった。その地下街や喫茶店、登場する人達、そこへ戻ったのですが、そのものはもうないのでしょうねえ」
「はあ」
「だから雰囲気だけが、そこに漂っていたような夢じゃなかったのですか」
「そうです。懐かしいだけではなく、ものすごく居心地が良かったのです」
「そこへはもう戻れないのですよ」
「そうですねえ」
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 11:20| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月07日

3465話 幻の町の柿


「本日の調子はいかがですか」
「ああ、まずまずです」
「例の幻の町はまだ見えますか」
「見えるどころか、その町を歩いていますよ」
「昨日もですか」
「昨日は曇っていたので、出掛けていません。この晩秋、もう冬に入ってますが真っ赤な柿の実が青空によく映えるのです。だから曇っておればそうならない。柿色と青空。これは補色の関係で、より柿色が映え、しかも暖色系なので、飛び出してきます」
「幻の町にその柿の木があるのですね」
「あります。農家の庭ですがね」
「しかし、そこは幻の町でしょ」
「そうです。幻想の町、この世に存在しない町です」
「でも見ることも、そこを歩くこともできるわけですか」
「その気になれば柿の木から実をもぎ取ることもできますが、高いところにあるので、手が届きません。先ほど言い忘れたのですが」
「えっ、何を言い忘れたのですか」
「はい、晩秋の頃じゃ駄目なんです。まだ葉がある。その葉が全部落ちた頃でないと、その絵になりません」
「落葉が終わってからですね」
「そうです」
「その町、それは村ですか」
「そうです」
「どうして行かれるのですか」
「歩いてです」
「散歩中に見られるのですね」
「見ているだけじゃなく、そこを歩いています」
「最後に行かれたのいつですか」
「柿の木にまだ葉が残っている頃です。そろそろ実だけになる頃だと思い、昨日出掛けようとしたのですが、曇りじゃ映えない。だから中止しました」
「どの方向へ歩かれるのですか」
「西方です」
「楽土がありそうな方角ですねえ」
「晴れればまた行きます」
 数日後、その客がまた現れた。老人は客に柿の実を見せた。
 客はがぶりと柿の実をかじった。よく柿食う客になりたかったわけではない。
「これが幻の町の柿ですか。もぎ取ったのですか? 高いところにあるので取れないはずでしょ」
「いえ違います」
「どう違うのです」
「この柿はスーパーで買いました」
 この客はまた柿をかじったが、先ほどは気付かなかったが、じんわりと渋味が口の中に広がっていった。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 10:35| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月06日

3464話 長老会議


 その業界では新人よりも長老の数が多く、全体の八割を占めている。新人はまだ使い物にならないので、一割にも満たない人達が実務に当たっている。問題は長老達だ。
「最近何かしましたかな」
「いえ」
「そちらの作田さんは」
「私も、いえです」
「家にいるだけですかな」
「そうです。それであなたは」
「私も家です」
 長老達は実際には何もしていない。長老というより隠居だ。隠居でも仕事はする。しかし、楽隠居さん達のようで、名だけは長老として名を連ねている。名前だけなら名簿の紙代だけですむが、長老手当のようなものが付く。これは完全に引退し、この業界から去らない限り自動継続的に受け取れる。その額が巨額。
「自動更新を止めたいのですがね」
「長老手当のことですか」
「そうです。何もしていないのに、月々いただくのは」
「しかし、後進の指導などをされているでしょ」
「しておりません」
「ほう、おりませんか」
「相談に来る人もいません。だから何もしていないのと同じなのです」
「じゃ、引退しますか」
「いや、まだこの業界には残りたい。そうでないと肩書きが何もなくなりますし」
「手続きが必要ですよ」
「何の」
「だから、手当の中止を申請しないといけません」
「口だけじゃ駄目ですか。理事の武田君に言えば、それですむことじゃ」
「なかなか手続きが面倒というより、手当を断る人がいませんから、申請用紙がそもそもないのです」
「はあ」
「しかし、貢献もしていないのに」
「今まで貢献したので、受け取ってもいいのですよ」
「他には」
「それだけです」
「どなたか他にも同じことを思っておられる方はいませんか」
 長老会議に来ている長老達は全員首を振る。
「私だけですか」
「完全引退をなされれば、長老手当も出ません。功労金が出ますが、わずかなものです」
「はあ」
「それよりも、今、誰が仕事をしているのか、どなたかご存じですか」
「後藤君が仕切っていると聞きました」
「あの小僧か」
「はい、新人に毛の生えたようなレベルです」
「レベルが落ちたねえ」
「暇なので、もう誰がやっても同じなんですよ」
「そうだったか」
「それよりも雪見酒だがね」
「寒いので、行きたくないですよ」
「だから、いい温泉を見つけたんだよ」
「露天ですか」
「いや、ガラス張りだ」
「それ、沸かしているんでしょ」
「何処もそうですよ。もう枯れて、かなり深いところから汲み上げているんですよ」
「じゃ、慰安旅行は雪見酒ツアーでいいですね。もう決めますよ」
「あ、はい。私はどうせ行かないので、何処だってもいい」
「おや、それは寂しい」
「遠くへ行くだけの自信がねえ」
「じゃ、また体調が戻られたら、ご一緒しましょう」
「では、これでお開きにします」
「はい」
「次回は貸本主義についてのレクチャーをやります」
「佐山さん」
「何ですか」
「資本主義でしょ」
 
   了


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2017年12月05日

3463話 三文神話


 世の中には作り話が多い。それが事実であっても歪められたり本質を隠していたり、また全くある箇所には触れなかったりする。
 作り話の宝庫は神話だろう。これは何とでも言える。フィクションの始まりは神話だったのかもしれない。しかし、何らかのそれに近い実話があったのだろう。それを盛りすぎたり、または本来とは違う話にしたり、別の場所にある言い伝えを借りてきたりとか、これはフィクション作家にとっては宝の山なのだが、実際にはそこから学ばなくても日常の中でもそんなことをしている。
 神話がやり放題なのは、昔話がそうであるように、昔々で始まる物語は、嘘ですよ。ファンタジーが始まりますよ、と、ことわっているようなものなので、間違えることはない。昔々で始まる話は聞いている側もそれは夢のような話で、決して現実に起こったことではないと知りつつ聞いている。実はとんでもない話や、珍しい話を聞きたい欲求があるため、話の展開が奇妙でも、そこは問わないことにしている。なぜなら真実を知りたいわけではないためだ。嘘を嘘として嘘を楽しむ。これは娯楽で、そのため、話は面白ければ面白いほどよい。
 神話に出てくる神々など誰も見たことはない。それを作った人も見ていない。だから神とは概念で、姿形は適当。人がこの世にまだ現れていない時代の神様。これは絵にしにくい。服がまずないだろう。しかし裸同然の神様では、神様らしくない。この場合の神様は人の姿をしている場合だが。
 神様の名前も、その神様が自分で名乗ったとしても、そんなもの聞いた人などいないはず。それを言ってしまうと、身も蓋もなくなるし、別の神様と区別するため、名前は必要だろう。ただ人名ではなく、山の神とか、海の神とか、その程度から始まったのかもしれない。
 神話に出てくる人物と、実在した人物が重なることもある。この実際の話が神話の元になった可能性もある。人物の配置や境遇や状況が似ていたりする。
 神話は神様の話だが、神代の昔の話なので、昔の話の中でもものすごく古い時代になる。時代さえないほど古い。当然それを作った時代が反映され、聞く人に分かりやすいように置き換えている。
 神話に出てくる神様には感情がある。人間以上に。これは人が作った話なのだから当然だ。感情がなければドラマとしての盛り上がりに欠ける。背景描写だけだと地味すぎる。
 それらの神話。実は今の時代でも作られている。だから昔の人がとんでもない神話を作っていたのと変わらないのかもしれない。ただ、それが神話としてどの程度残るかは分からない。だから現代の神話はほとんどが三文神話。二束三文の三文で、安い。つまり安っぽい話ということだが、神話へと持ち込もうとするのは団体だけではなく、個人でもそうだ。世間一般の神話ではなく、個人の神話。
 そしてどういう個人神話を作るのかが、生きている間の流れかもしれない。そして、それは自然にやっていたりする。
 都合のいい話、それもまた神話だ。
 
   了

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2017年12月04日

3462話 古きを捨て新しきを得る


「新たなものを得るには古いものを捨てなくてはなりません。そうでないと新たなことはできません」
「古いものをそのまま残しては駄目ですか」
「その古いものをお使いですか」
「はい、使います」
「じゃ、新しいものはいらないのでは」
「そうです」
「じゃ、簡単でしょ。新たなこと、新しいものは必要ではないということですから」
「いえ、新たなものも欲しいのです」
「両方必要ですか」
「新しいものだけで全てがいけるわけではありませんので」
「では、共存、混成ですな」
「それでじわじわと古いものが消えていったりしますので、何も古いものを捨てる必要はないと思います」
「あ、そう。でも私の主旨は分かりますよね」
「はい、存じております。精神的な切り替えをきっぱりとやった方が流れとしてはいいということでしょ」
「それも一つです。他にもいろいろあります」
「今までのこともしたいし、これからのこともしたいのです」
「矛盾しませんか」
「しません」
「それはどんな方法なのですか。その構造なり流れを聞かせてください」
「そんな大層なことではありません。先ほど言いましたように、古いものはそのうち消えていきますから、わざわざ捨てなくてもかまわないかと」
「それも一理ありますが」
「いえ、自然とそうなりますから、特に何かをする必要はありませんが、新しいものが古いものを殺していくこともあります。それが一寸苦しいところです」
「新たなことが古きを殺す。これですね」
「古いやり方ではやっていけないことがありますから、僕が殺すわけではなく、時代が殺すのだと思っています」
「少し待ってください」
「はい、なんでしょう」
「私が指導しているのに、君の意見の方が詳しい」
「え、普通ですが」
「新たなことをするには古きことを捨てなければいけない。私はそれしか言っていないことに気付いた」
「そうですか。非常にいい意見だと思います。参考になります」
「しかし、詳細は君の方が上だ」
「あまりシンプルではありません」
「そうだね。しかしそちらの方がリアリティーがある。現実的だ」
「いえいえ」
「古きものを捨て去ることで明日が開ける」
「そうですねえ」
「納得できるかね」
「はい」
「じゃ、なぜ古きを捨てないで新しきものを」
「先ほどから言ってますように、新しいものだけで全部は無理ですから、徐々に移行していくことになります。それに古いものを残しておいても、問題はありません。矛盾しません」
「私はシンプルなものが好きだ。だから、古きを捨て新しきを得るのがいい」
「ただの性格の問題でしょ」
「う、うむ」
 
   了

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2017年12月03日

3461話 岬の巫女


 小さな岬の先端に神社がある。灯台があるような場所だが、岬は複数出ており、この神社の岬は奥まったところにあるので、灯台は別の岬にある。それでも昔はあったらしい。湾内を行き交う船のためだろう。しかし、明かりを灯しに行くのが面倒らしく、灯台があったのは僅かな期間だったようだ。
 今は岬近くの家々は廃村状態で、残る人だけが残っている。新しい建物もたまには建つので、まだまだ人が住む人家があるだけまし。
 さて岬の神社だが、風雲神社。御神体は竜ではない。この岬から見る冬の夕焼けが不気味なことで知られている。風のある日、雲が千切れ、不気味な黒雲が不規則に蠢き、まるで生き物のようだ。何か異変でも起こりそうな雰囲気だが、竜が天に昇る勢いのいい風雲ではなく、実は風運。
 風雲でも風運でもどちらでもいいが、そういう名の社が岬にあり、御神体はなく、占い婆さんが住んでいた。だから神社ではなく、住居兼占い所。
 怪しまれないように小さな鳥居が立ち、これが朱色なので非常に目立つ。決して怪しい家ではありませんよと示そうとしているのだが、余計に怪しい。
 周辺の家々では岬の巫女の家と呼んでいる。
 その占い方は風占い。風は見えないので、形となって現れる雲を見ての占い。岬から内海を経て外海まで遠く見渡せるため、展望がいい。特に冬場の夕焼け空は不吉なほど異様。その雲の形や流れから岬の巫女が占うことになる。当然冬場だけではなく、どの季節でもいいが、夕方に限られる。その刻限、雲の変化が大きいためだろう。
 実際には雲を見ているのではなく、風を見ているのだが、その人の風雲をそこから読み取るらしい。だから風運でも風雲でもかまわない。
 天の動きは同じ。だからそれを個人に当てはめても全員同じになってしまう。雲が不気味なら、その人の運気も不気味と出る。これでは占いにならない。
 灯台は海だけ見えるわけではなく、この岬からは陸側も遠く見渡せる。三百六十度のパノラマなのだ。額縁のような木枠があり、それがテーブルの上で回転する。生年月日で方角を得て、そこで額を止めると、風景を切り取れる。それを見て、個人の運勢を占う。
 今は当然そんな神社のような占い所はない。周辺の家々が減り、客が減ったためだ。遠くからわざわざ人が来るほどの評判はなく、そのうち怪しげな巫女ということで追放された。本当の理由は国有地に勝手に家を建てていたため追い出された。
 この岬の巫女、灯台下暗しではないが、自分の運命は占えなかったようだ。しかし占わなくても分かるような話だが。
 
   了

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2017年12月02日

3460話 老忍と老臣


 塀を乗り越えようとした人影が「うっ」と声を漏らした。
「何かありましたか」
 聞き取れないほど小さな声で、四つん這いで踏み台になっていた黒装束が聞く。
「筋を違えた」
「この筋ではなく、別の筋」
「いや、この筋の屋敷じゃが、わしの筋が」
「大丈夫ですか、師匠」
「運動不足だろうよ」
「運動不足の忍者ですか」
「もう少し高くせよ。これでは痛い」
「はい」下忍は四つん這いを上げた。
「よしよし、これなら足が上げやすい」
「大丈夫でございますか」
「問題は越えたときじゃ」
「大した高さではありません」
「膝に負担がかかる。ものすごいショックがな」
 昔は二階の屋根から飛び降りても平気だった師匠、今は寄る年波で骨が細く、そして脆くなっているのだろう。筋肉も筋も細い。
「曲者ー」
 どうやら気付かれたらしい。深夜に声を出して喋りすぎたようだ。
 師匠の老忍はまだ塀の屋根瓦に足をかけていなかったので、これ幸いと、四つん這い程度の台から地面へ降りた。
「逃げるぞ」
 庭に灯りが見える。追っ手の提灯だ」
「あの塀の向こうだ」
 塀の木戸が開き、追っ手の侍が数人飛び出してきた。
 下忍は一目散に逃げる。流石にこのスピードに追っ手は追いつけない。
 下忍は老忍を逃がすための囮。
 侍達があとを追ったあと、身を潜めていた老忍が動き出し、開いたままの木戸へ近付いた。
 そして屋敷内に入ろうとすると、提灯が動く。
 その提灯は低い。小さな老人が持っているようで、非常に長い戦国時代の馬上剣を脇に差している。長いので地面に擦れるためだろう。
 この老人、屋敷の主で、藩の老臣。曲者を追っていくところなのだが、まだ木戸さえ出ていない。庭を少し進んだところ。
「赤目の半蔵ではないか」
「そういうあなたは柴田様」
「忍び込もうといしたのはおぬしか」
「左様で」
「以前、世話になった」
「いえいえ」
「何を調べに来たのかな」
「練習です」
「そうか」
「わしも久しぶりに刀が振るえると思い飛び出したのじゃが、仲間はもう先へ行ってしもうたようじゃ。これから追いかけても無理だろう」
「あの下忍は足が速いので、追っても無理です」
「そうか」
「では、練習が終わりましたので、このへんで」
「そうか」
「老忍は背を向け、木戸から出ようとしたとき、妙な音がした。
 振り返ると、老臣が長剣を抜こうとしていたのだが、引っかかるようで、抜けないらしい。背後から斬りつけるつもりだったにだ。
 老臣よりも少し体の大きい老忍はそのまま体をぶつけると、いとも簡単に老臣は蚊のように飛ばされ、尻餅をついた。
 老忍は母屋に踏み込み、老臣の手文庫から密書を盗み出そうとしたが、暗くて部屋が分からない。それにそんな大事なものを、簡単な場所に置いているわけがない。
 そのうち追っ手が戻ってきたので、老忍はもう一つの木戸から逃げた。
 先ほど尻餅をついた老臣は正座したまま庭にいた。腰をやられたらしく、そのときは正座状態でじっとして治すようだ。
「行くのか」
「密書の在処など、教えてはもらえんじゃろうなあ」
「ああ、当然な」
 老忍は木戸から出ていった。
 久しぶりに運動をしたためか、足が笑っている。先ほど痛めた筋がまた痛み出した。それと神経痛が出たのか、足が引きつる。
 庭で座ったままの老臣は、そのまま部屋に運び込まれたが、そこから姿勢を変えるのが大変らしく、そのままの姿勢で朝まで過ごした。
 この老臣と老忍、戦国の世が終わる頃まで何度も一緒に仕事をした仲らしい。
 久しぶりに出合ったこの二人。互いに老いたことを実感したようだ。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:37| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月01日

3459話 小夜が来る


 賑やかな港町から少し離れた場所に城下町がある。こちらはひっそりとしているのだが、城下やその周辺の村々に小夜が来る。一寸した夜のひとときということだが、妙な間だ。
 小夜は武家屋敷にも来るし、町屋や百姓家にも来る。
「小夜いらんかえー」と、暮れかけたとき、物売りが来る。何も持っていないので、何を売りに来ているのかは分からないが、小夜と言っているのだから、小夜を売りに来ている。
 子供がこの声を聞くと怖いことになると言われ、親は耳を塞ぐらしい。
 半纏を着た小男が売り歩いているのだが、客はそれを見付け、近付く。そこで軽く立ち話。それで売ったことになり、買ったことになる。小男は客の家と名だけ確認する。一枚の紙にそれを書き、もう一枚を客に渡す。御札のようなものだが、名が書かれている。
 つまり、これは小夜の宅配。
 しばらくすると、小夜が客の家なり屋敷なりを訪れるが、裏口からそっと招き入れる。
 他の地方ではこういうものはないが、この地域だけにある。似たようなものとして北国の雪女もあるが、それは素人だが、こちらはプロ。
 この城下だけにそんな風習があるのは賑やかな港が近いためだ。ここは大歓楽街でもあり、遊郭が無数ある。
 その夜あぶれた遊女が出張しているだけのことだが、それを小夜と呼んでいる。
 売れ残りなので安いということもあり、また遊郭まで行くのを躊躇う人のため、それなりに流行り、常連客も多い。
 問題は日本家屋の間取りだが、そこは心得たもので、小夜の間というのをそれとなく作っている。
 小夜達はコスプレではないが、客に合わせた服装で来る。按摩に扮した小夜もおり、これはそのまま出張マッサージだろう。何かの師匠や、武家のお女中姿もある。これは家人を誤魔化すためだが、そんなものはバレている。
 また城下に小夜が歩いていると、すぐに分かる。これも丸わかりなのだが、見て見ぬ振りをする。
 小夜。一寸した夜の間。
「小夜いらんかえー」の声は鉄道ができ、港町が寂れ始める頃まで聞こえていたらしい。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 11:19| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする