2018年01月31日

3520話 雪だるま


「寒いですなあ」
「冬ですからね」
「大寒波ですよ」
「冬ですからね。夏には来ないでしょ。来て欲しいですがね」
「こういう日は早く帰って何もせず過ごしたいです」
「いつも早い目に帰られているじゃないですか」
「そうですなあ。それに早く帰っても、結局は何もしていませんなあ」
「雪だるまは作りましたか」
「え」
「雪だるまです」
「そうですなあ。珍しく積もっていて、子供が小さなのを作っていたのを見ましたが、まさかこの年ではしゃいで雪だるまなど作りませんよ。もう孫もいますからね。孫に作ってやりたい気はあるのですが、それほど積もっていません」
「作る方がよろしいかと」
「大の大人が雪だるまをですか」
「そうです」
「どうしてまた」
「あれは魔除けなのです」
「はあ」
「だから庭先ではなく、門とか玄関口に置いているでしょ。門松のように」
「何に効くのですか」
「魔除けなので、魔物に」
「聞いたこと、ありませんなあ」
「滅多に雪も降らず、積もるのも珍しいこの地方では、これは効きます」
「でも一晩で溶けそうですよ」
「ひと冬効きます。一度作れば」
「魔物ですか」
「そうです。それが入って来られない」
「溶けても」
「そうです」
「今冬だけですかな」
「そうです。冬に一度作れば、それでいいのです」
「どんな魔物に効くのですかな」
「冬に来る魔物です」
「そんなもの、この地方にいましたか。いや、いるも何も、そんなものいないでしょ。冬になると、そんな魔物が町内をウロウロしている姿なんて」
「魔物は見えません」
「でも、どうしていると分かるのですかな」
「寒鬼のことだと思われます」
「寒気ですかな」
「寒鬼は寒気のようなものですが、天候のことではありません」
「それが魔物で、雪だるまが、それを防いでくれるわけですな」
「寒鬼は寒々しい魔物で、その家を冷やします。気温のことではありませんよ」
「それでどうなるのですかな」
「気持ちが寒くなります」
「はあ」
「風邪の悪寒ではありません。家冷えを起こし、不幸になります」
「それを雪だるまで防げるのですかな」
「家の前でで先に冷たい奴が立ちはだかっていますからね」
「雪だるま、足も手もありませんが」
「雪だるまが既にいると思い、魔物は入れません。先客がいるのでね」
「でも、溶けて消えるでしょ。すぐに」
「魔物は一度雪だるまがいる家を見ると、絶対に入り込みません。溶けても大丈夫です」
「それで、雪だるまを作れということですかな」
「今ならまだ溶けずに雪が残っています。小さくてもいいので、それを作って家の前。マンションならドアの前に置きなさい」
「そんな風習、ありませんが」
「知られざる呪術です」
「おお、帰るとき、雪を集めて、早速作ることにしましょう」
「夜になると吹雪くようです。今夜は冷え込みそうです」
「いい話を聞きました」
「寒い話です」
「はあ?」
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 10:54| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月30日

3519話 環状都市


「丸井町へ行かれましたか」
「丸井町」
「丸い町です」
「そのままですねえ。で、何があるのですか」
「特に変わったことはありませんが、丸いだけです」
「丸いとは?」
「町の真ん中がありましてね。そこから同心円状に道が重なってあるのです」
「ちょとイメージがわきませんが」
「道が丸いのです」
「カーブですね」
「だから輪のような道が、何本もあるのです」
「土星の輪のような」
「そうです。その輪が幾重にもあります。一番端の外周はかなり離れたところにあります」
「妙な構造ですねえ。何のために」
「城のようなものではないかと言われています」
「もしそうなら有名でしょ」
「しかし規模が小さいですし、本当はそんなにしっかりとした円状ではなく、角張っています。どの道も狭いです。そして中心部まで真っ直ぐに行ける道はありません」
「住宅地図で見ればよく分かるはずですが」
「その気になって見れば、丸く取り囲んでいることが分かりますが、ちらっと見たのでは分からない。その後、変わりましたからね」
「それで、中心部には何があるのですか」
「お寺です」
「城じゃなく」
「城としても機能していたようです」
「じゃ、お寺が本丸」
「そうです。だから最初の円の道は二の丸、次が三の丸、次が四の丸。次が五の丸ということでしょうなあ」
「五の丸で終わりですか」
「今はかなり崩れていますがね。途切れたり、また工場などが建ち、跡形もありません」
「歴史は」
「室町時代です」
「お寺は」
「この町の中心でしょうねえ。農家じゃなく町屋が多い場所だったとか」
「寺領とか」
「それに近いです。そこの寺は大きくて、よく一揆を起こしていた宗派に属していますが、領主はいません」
「じゃ、昔の堺のようなものですか」
「それに近いです」
「門前町とはまた違うのですね」
「寺を幾重にも囲み、まるで守っているような地割りですからね」
「それが丸井町ですか」
「そうです。行ってみられればいい。円状は崩れていますし、本当は直線が多いですがカクカクトと回り込んでいますので、分かりにくいですが」
「ありがとうございます。行ってみます」
 そういう寺内町が、まだ残っているのだろう。
 
   了

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2018年01月29日

3518話 緑郷崎奇譚


 リョクゴウザキ。リョクゴウ崎。その地名のようなものを何処で聞いたのか忘れたし、また聞いたことも、見たこともないのかもしれない。しかし高橋はリョクゴウ崎という言葉がたまに頭に浮かぶ。今では緑郷崎と勝手に漢字を当てている。おそらくリョクゴウザキに近い言葉を知っていたのだろう。何かの本とかで。しかし、その名ではなく、間違って記憶したのかもしれない。ただ、地名であることは何となく覚えている。
 地図で調べると、それに近い地名はあるが、場所的に合わない。
 そんなことを長年頭の片隅に置いていると、発酵してきたのか、または何かの刺激で揺さぶられたのか、ぽろりと記憶が戻った。本に出ていたのだ。その本が何であったのかは忘れたが、昔の話を集めたもので、昔話のように古くから伝わっている話ではなく、明治の頃に書かれた創作もの。つまり、その時代に作られた物語だ。その本は今はない。古書店にあった文学全集の中に含まれていた。その全集そのものが古い。
 そして物語は忘れてしまったのだが、リョクゴウザキでの怪異談。高橋にとってリョクゴウザキは緑郷崎となってしまったので、そちらの当て字で表記する。
 緑郷崎は平野部に突き出した山の先っちょのような場所。山というほどの高さはもうなく、木の根のように細く伸びた岡。ここに村があり、そこでの話。
 リョクゴウザキは長細い台地で、その根元は大きな山へと繋がっている。ここがもし海岸なら、緑郷崎は岬になるだろう。
 さて、問題はどんな怪異談だったのか。それをすっかり忘れており、リョクゴウザキという響きだけが残った。昔話なら子供にでも分かるような語りになるのだが、明治の中程から大正にかけて活躍した作家で、子供向けではなく、大人向けのためか、話が分かりにくい。風景描写が嫌に多く、主人公の心情を自然の風景と絡めて綿々と語れており、肝心の怪談そのものが靄に隠れて読み取れなかった。要するに何も出なかったのだろう。出てもおかしくない場所という程度。しかし、緑郷崎の人達は何かを恐れていた。それが何かは分からない。そして恐れる村人を、周辺の村々の人が恐れた。緑郷崎の怪談ではなく、それを恐れている村人が怖いということだ。
 この村だけは台地にあり、高い場所にある。山の根が不気味な形で伸びている地形なので、それだけでも妙な場所でもある。
 緑郷崎の小説では、緑郷崎村と周辺の村々とのやりとりが結構ある。
 高橋はやっと緑郷崎とは何だったのかを思い出したのだが、フィクションであることは確かなので、自分の過去とは関係しない。
 しかし、緑郷崎で本当にあった怖い話は思い出せない。そこは曖昧模糊とした描写で、作者も具体的に書くようなことがなかったのかもしれない。だからやたらと緑郷崎という言葉、語呂が不気味に聞こえ、それだけが印象に残ったのだろう。
 この作家はその後、残らず、文学全集に収録されているのも数作。長編ではなく、他の作家と一緒に短編として残っているだけ。
 作者のプロフィールのようなものがある。生年月日から推定すれば長寿だったようだ。
 緑郷崎。その響きだけが高橋の中では今も語呂として響いている。
 
   了


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2018年01月28日

3517話 何かが来る


「何かありましたか」
「ありません」
「でも心配されている」
「はい、不安です」
「でも何もないのでしょ」
「ありません。だから逆に怖いのです」
「何もなければ、何もないでしょ」
「いや、何かあった方が分かりやすい」
「ほう」
「何かじゃなく、具体的になりますから、構え方も工夫できます」
「でも今は何もないわけでしょ」
「だから不気味なのです。いつも何かあるので」
「じゃ、もう収まったのでしょ」
「そんなはずはありません」
「まあ、そういうものが来たときに心配すればよろしい」
「何が来るのでしょうねえ」
「私には分かりません」
「静なので不気味です。きっと溜め込んでいるのかと」
「いや、もうこの先も何もないんじゃありませんか」
「そうですねえ。ここんところずっと静ですから、このままもう来ないかもしれませんが」
「取り越し苦労です」
「以前、もっと長い間来なかったことがありましてね。そのあと、ものすごいのが来ました。だから間が開く方が怖いのです」
「来るのを待っているみたいですねえ」
「はい、早く来てくれた方がどれだけ落ち着くか」
「調べられませんか」
「無理です」
「前回来たときはどうでした」
「とんでもないものが来ました。予想だにしていないようなことが。決まったものが来るのなら、心構えもできるのですが、違う出方をしてきたのです。これには流石に慌てました。しかし、そう来たかということで、来たので、少しほっとしましたよ。これでやるべきことが決まったと」
「じゃ、今回もその方法でやればいいのですよ」
「この待ち時間が嫌でしてねえ」
「来るか来ないかも分からないわけでしょ」
「そうです。このままもう来ないことも考えられますが、それは私の単なる希望でしかありませんから」
「悪いことが来ると嫌なのは分かりますが」
「え」
「どうかしましたか」
「良いことが来るのです。喜ばしいことが」
「だったら、あなた、そんな心配など」
「良いことや楽しいことが来ると、疲れますから」
「あらま」
 
   了

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2018年01月27日

3516話 汁を出す


 一つのことが終わると、一つのことが始まる。遭うは別れのはじめという言葉もある。終わりよければすべてよしというのもある。確かに終わればそれで終わってしまうわけではなく、その次がある。これは常に何かに向かっているということだろうか。その向かい先が終わりであっても。
 これは終わらせたいというのが目的なら、終わりは早く来る方がいい。当然終わりにしたくない、終わらせたくないこともある。また始めがなかったりすることもある。これは自然に始まっていたとか、最初からその途中だったとか、また意識的に始めていなかったとか。
 嫌なことは早く終わらせたいが、そうすると、次に嫌なことがすぐに来てしまう。そういう順番になっている場合だが。
 今の嫌なことよりも、それが終わってから来る次の嫌なことの方が大きい場合、今の嫌なことを長引かせておき、終わらせないようにする方が、楽な場合もある。
 良いことが終わったあとは、悪いことが来そうな場合も、良いことを長引かそうとするが、良いことは長くは続かないので、そのうち終わってしまう。そのため良いことが起こりそうな種をまき続けるのも方法だ。しかしこれは良いことを欲張っているのかもしれない。
 悪いことが終わると、良いことが訪れるわけではないが、悪いことが去れば普通に戻るだろう。悪いことが続いていた頃に比べれば、良いことなどなくても、有り難い話だ。
 始まりはあるが、終わりがないのもある。始めたが、途中で放置したような例。これはいくらでもある。しかし終わりがないわけではなく、放置したことが終わりになる。
 何かが終われば、次のことを目論む。まるで酒のあてを探しているように。
 人の欲というのは際限ないが、そういうことを知っているだけに、それを封じるのではなく、それなりに活かせばいいのだが、欲というのは情緒的なもので、頭の中の何処かが刺激され、それが快感を呼ぶため、自然と欲望の汁が出てくる。
 実際には単純な話なのだが、それでは何なので、色々と理屈を付けたり、名分を付けたり、主義主張レベルにまで持ち込むのだろうか。本当は個人の頭の中の、一寸した快感が元だったとしても。
 一つのことが終われば一つのことが始まるのは、その汁のなせる技かもしれない。
 
   了



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2018年01月26日

3515話 始める前のプレッシャー


「ほんの軽く、スーと始めた方がよろしいですよ」
「肩の力を抜いて、と言う意味ですか」
「まあ重大なことや、それを始めると色々とややこしいことが起こったり、いつもとは違う状態になるやもしれませんがな」
「当然です」
「だからスタートが切りにくい。始めにくいのでしょ」
「いずれやります。近いうちに。まだその決心が固まっていないだけで」
「いや、そんなものかなり前から固まっていたんじゃないのですか。心配なのはその影響でしょ」
「まあ、そうですが」
「ですから、茶碗と箸でご飯を食べるようにやればいいのです。何か考えながら箸を持ちますか。茶碗を持ちますか」
「条件にもよります」
「ご飯を食べるときにそんな条件が必要ですか。すんなりと食べられるでしょ」
「あまりお腹がすいていないときは、箸も茶碗も重いです。おかずももっとあっさりとした酢の物があればいいのにと思ったりします。また茶碗の中のご飯。これ、食べきれるかどうかが心配で。いつもの量なので、これでは多いかとも。よく残すことがあるのです。そのとき、汚いですが釜に戻します。醤油なんか付いていると汚いですよ。これは避けたいので、食べきれないと思ったとき、残りはお茶をかけてお茶漬けにします。これは意外といけます。それなら最初からお茶漬けでよかったんじゃないかと思うのですが、胃によくありません。お茶漬けだとご飯をあまり噛まないですからね。しかし歯が痛くて噛みづらいときはお茶漬けに限ります」
「余計なこと、言ってません?」
「言ってませんが」
「そうですか」
「だから、条件によって、すっとできない場合もあるのです」
「でも結局は食べるわけでしょ」
「はい」
「ですから、毎日ご飯を食べているような気持ちで始めなさい」
「おかずが」
「え」
「おかずが気になります。ご飯はすんなりと食べられますが、おかずによってテンションが変わります。まあ、食べないとお腹がすくので、食べますがね。決して米だけを食べているわけじゃありません。それにご飯だけじゃ味気なくて食べられないでしょ。一寸味のあるものを添えないと。お茶漬けでも結構水臭い。湯漬けというのになると、もうだめです。やはり塩分です。辛いとか酸っぱいとかがないと。それと甘いものはご飯に合いません。おはぎ、ぼた餅ですね。あれはご飯として、僕は認めていません。赤飯は認めますがね」
「君は何を言ってるのかね」
「ご飯についてです」
「そうではなく、物事はさっと、軽く、すんなりと、何も考えないで、やり始めた方が好ましいと言っているのです」
「そうですねえ」
「理解できましたか」
「そんなこと、最初から分かっていますよ。それができないから問題なのです」
「だから、何も考えないで動き出すことです。深く考えないで、深刻にならないで、ご飯を食べたり、顔を洗ったりするように」
「最近寒いので、顔を洗うとき、ドキッとします」
「驚くようなことではないでしょ」
「急激に冷たいものを顔に浴びるわけですよ。これはやはり身構えないと」
「顔を洗うのに、何を身構える必要があるのです」
「急激な体温の変化で卒倒したり、それと、顔に吹き出物か、何かできていましたね。ゴシゴシ擦って洗えないときがあるんです。それを忘れて、擦ってしまい、痛い思いをしたことがあります」
「うーむ」
「また、顔を洗っているとき、目に水が入るでしょ。それで目を開けられないので、タオルで拭くとき、目を閉じたまま。このとき、目は開けていた方が良いのです。立ちくらみしそうなりました」
「顔を拭くだけで立ちくらみですか」
「目を閉じた状態でタオルを手探りで掴み、そのあと、顔を拭くのですが、かなり頭を動かしているんでしょうねえ。目を開けている状態なら無事ですが、閉じていると平衡感覚が分からないのか、ふらっとして」
「もういいです」
「とりあえず、軽くスーと、平常心のまま、ご飯を食べるようにスタートさせますから、ご心配なく」
「うむ」
 
   了

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2018年01月25日

3514話 のんのんさん


 山道の枝道をのんきそうな顔をした人が下ってくる。小林はその枝道は知っているが、行き止まりになるため、ハイキングの道としてはふさわしくないので、入り込んだことはない。笹が狭い道をさらに狭くし、割れ目程度に細くなりながら上へと続いている。
 のんきそうな顔。これは小林の主観。何かいいことがあっての笑顔ではなく、初期値がそんな顔の人に見えた。笑顔とのんきさとを結びつけたのは小林の経験から来ていることで、心配事などないのか、にやにやしている人。
 町から離れたハイキングコースなので、近くの人といっても、里まではかなり離れている。しかし、そののんきそうな人はハイカーの姿ではなく、庭先に出る程度の服装。
 目が合ったのか、やあ、と手を軽くその人は上げる。小林はそのまま枝道前を通り過ぎてもよかったのだが、下ってくるまで待った。
「上に何かありますか」
 坂道の上は山の瘤のようなところで、その裏側は絶壁に近い。真下は川。川に沿った道はない。
「のんのんさんですよ」
「ノンノン」
「アンアンじゃないですぞ」
「のんのん婆さんというのは聞いたことがありますが」
「アンアンとかマンマンとか、何処にでもある呼び方ですがな」
「上にそんなものが祭られているのですか」
「石だけしかありませんがな」
「のんのん石」
「そんな呼び名はありませんが」
「のんのんさんとは何でしょう」
「幸せを呼ぶ神様ですよ」
「そうですねえ。災いをもたらす神様に参る人もいませんが」
「いや、神様そのものが災いの元でしてた。荒神さんなんてそうでしょ。アラブル神です」
「荒れた神と書きますね」
「だから、それをお鎮めするのですよ。そうすると逆におつりが来る。お礼ですがな。よく祭ってくれたとね」
「じゃ、幸せを招くのんのんさんは」
「ほう、勘の鋭い青年じゃ」
「逆になるわけですね」
「その通り」
「じゃ、幸せの神様を鎮めるわけですから、不幸になる」
「察しがいいのう」
「ではどうして、そんな神様をお参りするのですか」
「だから、誰も参っておらんから、上には何もない。石があるだけ。わしは天邪鬼なんでな。逆にそういう神様に参るのじゃよ」
「それがのんのんさんですか」
「そうじゃ」
「わざわざ不幸になるような行為を」
「わしゃ、幸せが似合わんでな」
「しかし、にこやかなお顔ですが」
「そこなんじゃ」
「はい」
「のんのんさんにお参りしてるからいい顔になったんじゃない。これは生まれつきらしい」
「いいお顔です」
「顔とは不釣り合い。ずっと不幸なまま」
「はあ。しかし、幸福感というのは主観ですから」
「難しいことを言うなあ」
「幸せそうなお顔です。だからのんのん様の御利益が出ているのでは」
「幸せの神様は不幸をもたらす。だから、それはありえん」
「考えすぎですよ」
「そうかのう」
 男は、にこやかな顔のまま本道を下っていった。
 青年はその枝道を登った。
 山というより、そこだけ盛り上がっている程度。笹と松に覆われ、岩が多い。頂上といっても大きな岩が天を向いている。だから頂上に登るには、岩登りが必要なほど。その岩の横から下を見ると、切り立った崖。当然行き止まりなので、ハイキングコースには不向き。引き返さないといけないので。
 のんのんさんのようなものはない。漬け物石程度のものがあると思っていたのだが、探しても見つからない。
 のんのんさんを祭ったあとのようなものも見当たらない。あの人は、ここで何をしていたのだろう。
 小さい目の岩の隙間に煙草の吸い殻がある。あの人が吸ったものだろうか。まだフィルターが白い。古い吸い殻もある。
 のんのんさんがどうのこうの話ではなく、あののんきそうな人、ここではどんな顔をしていたのかと想像すると、少しリアルな気持ちになってしまった。
 
   了

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2018年01月24日

3513話 季節外れのカマキリ


 増田は恨まれたかもしれない。その自覚が根付いたのがいけなかった。自覚しない方がよいのだ。よくあることで同僚を叱った。穏やかに説明したつもりなのだが、相手の古沢の表情が変わった。視覚だけではなく、何かが伝わってきた。念を感じた。
 古沢を注意する同僚は誰もいない。恨まれるのが怖いのだが、そう思わせるだけの視覚的なものが古沢にはある。触らぬ神に祟りなし、身のため。しかし誰も注意をしないので、増長していき、限界に達していた。同僚の中で一番年かさの増田が言わなければいけない。言いたくないが、丁寧に説明した。
 それが出るようになったのはドアの前。マンション三階の通路だ。カマキリのような虫がいる。この季節、カマキリがいるのかどうかまでは気付かない。カマキリに似た虫で、細いが結構長い。
 そのカマキリが部屋の中にも出るようになったあたりで、これはカマキリではないことに、やっと気付いた。廊下で何度か見ているのだが、そうたびたび見るものではないだろう。たまたまマンション内にカマキリが迷い込んだけ。蚊のようなものだ。しかし結構大きい。これが小さければ、とんでもない虫であっても、無視するだろう。
 部屋の中に入り込んだとするとベランダから。ガラス戸はよく開け閉めする。閉め忘れたときに入り込んだとしても、なぜ増田の部屋なのか。
 また、夜中にガサコソと音がする。ゴキブリが何かの上を歩いているような。しかし、このマンションに越してからはゴキブリなど見たことはない。
 次は夜中、目を覚ましたとき、小さな目を見た。直ぐそこにカマキリがいた。
 同僚の古沢との関係は、その後、変化はない。増田が注意したことは守っている。
 増田はある決心をした。何人かの知り合いを経てたどり着いた人物がいる。その老人、舗装されていない路地の奥に住んでいた。
「式神ですかな」
「そうです。飛ばされました」
「それがカマキリだと」
「そうです」
 妖怪博士は古沢との関係や、カマキリについて、詳しく聞いた。
「あなたはそれを古沢さんが飛ばした式神だと思われるわけですな」
「そうです。先生はどう思われます」
「ご婦人だけの職場では、そういうこともあるでしょう」
「じゃ、やはり式神ですね」
「そのカマキリに似た虫。その出方などから見て、おそらく」
「式神ですね」
「まあ、そうでしょうかなあ」
「式神返しとかはありませんか」
「あなた、恨みを買うようなことはしておられないでしょ。注意したのは仕事の段取りの説明でしょ。それを守らないから」
「そうです。規則というだけではなく、他の人が迷惑します。皆さんその段取り通りやっておられるので、別のことをされると」
「そんなことで恨みを抱いて式神など飛ばすでしょうか」
「そうなんです」
「そうでしょ」
「しかし、普段から暗い人で、それに根に持つタイプですし」
「はい、分かりました」
「式神返しをお願いします」
「因果というのがあります」
「はい、ありますが、それが何か」
「悪いことをすると、それがいつか自分に返ってくるとか」
「私が何か悪いことを。丁寧に説明しただけです」
「あなたのことではありません。式神を飛ばした古沢さんです」
「どういうことでしょう」
「その程度の理由で飛ばすような式神などしれています」
「はあっ」
「だから式神返しも必要ないでしょう」
「そうなんですか」
「悪い念を飛ばす人がいます。その後、古沢さんとの関係は悪くないのでしょ」
「以前と同じで、特に変化は」
「悪い念を飛ばしていないからです」
「でも、式神を」
「悪い念を式神に託したのでしょ。だからあなたへの恨みがあったとしても、もう古沢さんからは抜けています。式神に託したわけですから。それに大きな恨みを持つほどのことじゃない。その式神もたかがしれています。しばらく様子を見なされ」
「はい」
 妖怪博士に相談したが、解決しなかった。
 その後もあのカマキリが出まくった。
 ある日、ドアを開けると、カマキリがばらばらになっていた。掃除のおばさんがモップで潰したのだ。
「嫌だねえ。季節外れのカマキリなんてさ」
 といいながら、ちり取りに掃き入れた。
 その後、式神は出ていない。
 
   了


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2018年01月23日

3512話 社運を賭ける


 何をやっているのかよく分からない部署、庶務課がある。この会社では雑用係と呼ばれているが、庶務課課長は部長待遇。元々は営業部長で、この社のメイン部署。営業部の下に複数の営業課がある。だからそこの営業部長というのは幹部であり、実力者。それが格下げされて、庶務課長になった。庶務課の上の部はこの社にはない。
 高橋営業部長が庶務課長に落とされたのは営業不振のためだといわれているが、待遇は部長。それは秘されてある。
 庶務課は対外的な仕事も多い。冠婚葬祭やクレームや、社屋の掃除や備品などの調達。だから雑用係なのだ。他の部署で処理できないことをやっているため、何が専門なのかが分からない。
 この庶務課に古参がいる。係長だが部下はいない。高橋課長はこの古参に目を付けた。この老人を動かすには上司になる必要があった。つまり古参係長の直接の上司は高橋課長となる。
 この二人、実は同期。だが親しく接したことはない。
 高橋課長が古参の庶務課長村谷に興味を示したことが過去一度だけある。それは新入社員研修旅行でのこと。この社は大企業ではないので新入社員の数も知れている。そのため複数の社から参加する研修会社によって執り行われた。この専門会社は旅行会社の子会社で、厳しいことをするわけではない。研修旅行がそうであるように、遊びなのだ。
 ただ、新入社員だけのツアーはそれなりに研修がある。
 高橋の会社からは村谷を含め、五人参加していた。今思うと、残っているのはこの二人だけ。景気が悪くなり、早期退職した。
 研修旅行は温泉地だったが、滝行のイベントを見学した。見ているだけでいい。これで精神力が付くわけではない。見学だけなので。
 滝行とは水行の一つで、所謂滝に打たれること。実際にやるのはプロ。観光用なので、修験者が雇われている。しかし、この人もそれで食べているわけではない。温泉場で働く老人だ。この人は休みの日は修験者として、山を練り歩いたりしている。
 ツアーの誘導員。これはただの案内人に近い。本当なら研修の先生だが、そんなことはしないが、もし希望があるのなら、滝行に参加しましょうと新入社員達を誘う。これは言っているだけで、聞いている側も聞いているだけ。研修旅行の中身はそんなものだが、村谷というあの同期が、進み出た。
 褌を締め、白衣に着替え、修験者と一緒に滝に打たれた。入社式後なので、もう暖かく、しかも滝といってもちょろちょろ落ちてくる程度、滝壺と呼べるほど深くはなく、水もすぐに流れるので、問題はないが、足場が悪い。滝よりも、足の裏の方が痛い。
 高橋が見たのは、まだ若い村谷の精気だった。横の修験者よりも、様になっていた。
 その頃は若いので、遊び半分、そんなことをしたのだと思っていたのだが、社内での存在は地味。フレッシュマンのはずなのだが、老けて見えた。しかし、誰も参加しない滝行に名乗りを上げたのだから、積極性があるはずだが、その後鳴かず飛ばずで年だけ重ね、庶務課の係長として部下もいない。
 おくやみの村谷さんと、庶務課では呼ばれている。冠婚葬祭の、葬式部員なのだ。社員の家族が亡くなると、花輪を手配する仕事。ここで滝行との関係が何となく分かる。そういう陰気なのが似合っている。
 高橋課長が村谷係長に目を付けたのは、最近のことで、我が社ではあの人しかいないと思ったのだ。それで格下げしてでも村谷の直接の上司になった。
 営業不振。営業部がいくら頑張っても何ともならないことはこの道一筋の高橋には分かる。人為を尽くしても無駄。だが営業の最高司令官として何とかしないといけない。しかし営業部長に収まっていても、手の打ちようがなくなっていた。
「村田君」
「あ、部長」
「いや、今は課長だよ」
「はい」
「どうだね。やってくれるかね」
「それは社命ですか」
「庶務課の仕事だ」
 高橋は営業部長のとき、一度頼んでいるが、社命でないと駄目だという。当時の庶務課長は、その手のことに興味はない。だから課長を切って、高橋が乗り込んだ。
「社命とあらば」
「やってくれるね」
「経費は」
「庶務課からいくらでも出る。それにその種の装備品等々は庶務課扱いだろ」
「しかし、護摩を焚くとなると」
「大きな換気扇を用意すればいい。場合によっては工事をしてもいい。調理場を作るといってな」
「はい」
「面倒なことは私が何とかする。これは社命だ」
「鈴が必要です。本物の。飾り鈴の本物は高いですよ」
「いちいち細かいことを言わんでいい」
「はい。じゃ、おおっぴらに執り行わさせていただきます」
「覚えているかい、研修旅行のときのこと」
「はい、ついふらっと滝行に参加しました」
「その後、そっちへ行ったんだろ」
「恥ずかしながらおっしゃる通り」
「そうだと思っていた。それでよかったんだ」
「はい、お役に立てて幸いです」
「二人のときは敬語を使うな。同期じゃないか」
「あ、はい」
 落ち込んだ営業成績、社運をこの係長に託した。
 その後、何をやり始めたのかは、想像に難しくない。
 
   了


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2018年01月22日

3511話 お座式


「これには参りました」
「お参りでも」
「いや、呆れたというか、有り得ないことを言い出すので、長三さんには参りました」
「どう参られたのですかな」
「舞っていると」
「舞う」
「はい」
「舞うぐらいよろしいでしょ」
「長三さんじゃなく、人形がです」
「舞っている人形ですかな」
「九州へ旅したとき、買ったものらしいのです。土産物屋で。しかも相場より安かったそうで、これは掘り出し物だと思ったようです」
「その長三さんがですね」
「古道具屋じゃなく、新品しか扱っていない土産物屋です。何やら訳あり品となっていたようですが、何処がどう違うのかは分からないと」
「博多人形ですか」
「さあ、そうだと思いますが、芸者です」
「買われたのは何処ですか。福岡ですか」
「いえ、熊本だとか」
「はい」
「槍を構えた加藤清正を買おうとしていたのですが、その横に色っぽい芸者を見付けたので、そちらにしたようです。色白で綺麗な肌で……」
「持ち帰るのが大変でしょ」
「送ってもらったとか。それを私も見たことがあります。あれはもう何十年も前です。長三さんもまだまだ元気な頃でした」
「舞い姿の博多人形。それに参っておられるのですかな」
「そんな趣味は長三さんにはありません。小棚の上に硝子ケースのまま飾ってあるだけです。参っているのは私です。その芸者が出てきて踊り出すというので」
「見ましたか」
「長三さんの話です。この話には参りました」
「どんな感じで舞っているのですかな」
「座敷に降りてきて、きっちり座り、頭を下げ、そのあと、優雅に踊り出すとか。人形ですから小さいですよ。だから扇も小さい。踊りといっても腕が主で、腰を少し沈めたりする程度とか。しかし結構足は動かします。しゃなりしゃなしゃなと歩き出したり、くるっと回ったり」
「全て長三さんの話ですな」
「そうです。聞いた話です」
「それはお座式でしょ」
「はあ」
「正確にはお座式という妖怪です」
「そうなんですか」
「お座敷に呼ばれた芸者さんでしょ」
「誰が呼んだのですか」
「長三さんしかいないでしょ」
「そうですねえ。しかしとんでもないことを言い出すので参りましたよ。どうすればよろしいでしょ、妖怪博士」
「踊らせておけばいいでしょ」
「しかし」
「何か、問題でもありますかな。これは無害です。その博多人形もどき、お座敷に呼ばれて舞を披露しているだけ」
「じゃ、熊本で売られていた博多人形が妖怪だったと」
「人形そのものは妖怪じゃないですよ。その中にお座式が入るため、動き出すのです」
「怖いものが入っているのですねえ」
「だから、訳ありだったのでしょ」
「それで、お座式とは何でしょう」
「動力源の一種でしょ。お座式とは、式神の式と同じ字をあてていますが、動かし方の一種です。アナログ式か、デジタル式かのような違いがあるだけです。今回はオザ式でしょ」
「じゃ、そのままでいいと」
「ところで、その人形が踊っている部屋は何畳ですかな」
「八畳です」
「そりゃ博多さんにすれば大広間」
「先生。感想はそれだけですか」
「あ、はい」
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:53| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月21日

3510話 天狗の棒術


 まだ日の出前。しかしうっすらと明るい。雪明かりではなく、明けていくためだろう。少年は裏山を少し入った所にある道場へ通っている。山道が途中で膨らみ、ちょっとした広場になっている。少年はそれを道場と呼んでいる。確かに道にできた膨らんだ場所なので、道場かもしれないが、そうではなく、剣の道を究める武道の道場。ただ、そんな建物はない。
 少年はこの寒い中、敢えて道場へ通う。寒稽古というやつだ。
 木刀を適当に振り回しているだけなのだが、毎日それをやっていると、素早く振り下ろしたり、払ったりすることができるようになる。また間合いを幾通りも覚えた。さっと切るか、じわっと切るか。またフェイントではないが、ふわりとした剣先から急激に叩き付けるとか。
 少年は武家ではない。町道場はあるが、藩士でないと入門できない。少年は百姓の五男なので、武芸など必要ではないのだが、武芸好き。
 ただし、木刀を振り回すのが好きなだけで、それ以上のものではないようだ。つまり武芸で身を立てようとかの思惑はない。
 剣術に興味を持ったのは、その練習が面白いからではなく、村に流れてきた股旅を見てから。無宿人。所謂旅のヤクザ。博打打ちだ。
 これが村人を集めてサイコロ博打を初め、そのトラブルで、役人が来ていた。ヤクザは刀を振り回したが、相撲取りの経験のある村人に押し倒されてお縄になった。
 少年はそれを見ていた。太刀を持ったヤクザが負けている。それは武芸の心得がないためだろう。
 少年は相撲取りにもヤクザにもなるつもりはないが、百姓の子でも一応はなれる。そのヤクザも、元は百姓だったはずで、何かの都合で、流民となったのだろう。あのヤクザ、もう少し太刀の練習でもしておれば、素手の相撲取りには負けなかったはず。技術以前に、大男に突っ込まれ、何もできなかったようだ。
 それがきっかけではないが、この頃の少年は強くなりという共通した何かがあるようだ。喧嘩に強くなりたいとか。
 それで少年が選んだのは相撲や取っ組み合いではなく、剣道だった。もし無宿人に身を落としたときでも、剣術の心得があれば、多少は有利なはず。
 それで寒い中、木刀を振り回していた。
「無駄なこと」
 と、声。
 奥山の方から来たのか、背の高い大柄な男がいる。顔が奇妙。山人かと思ったが、山神に近い人。天狗の面を被っている。だが天狗にしては鼻がそれほど長くはない。
「面を取れ!」
「面ではない」
「では天狗か」
「鞍馬の天狗のようなものじゃ」
「じゃ、わしは牛若丸」
「剣術を教えに来たわけではない。無駄だと教えに来てやった」
 天狗は太く長く角張った杖で、少年の足を払った。とっさのことだが、反射的に木刀を立て、払いを止めたが、持つ手が痺れ、離してしまった。
 払い損ねた天狗は棍棒を引き、棒の中程で握り返して少年の首筋で止める。
「無駄なことじゃ」
「武芸が無駄なのですか」
「剣術より、棒術の方が上。だから太刀は無駄なこと」
「そうですか」
「刃物は無用」
「あ、はい」
「偶然、ここを通りかかった。もし棒術を極めたいのなら、教えてやろう」
 少年は刀でも棒でも何でもよかった。ずっと使っているのも棒のような木刀。太刀は刃があり、そこは握れないが、木刀は棒は触れる。
 この天狗。実は僧侶で、少年は弟子になるため、稚児として、天狗に従うことにした。これは年季務めの稚児ということで、親は銭を貰ったので、文句はいわなかった。
 その後、この少年は僧侶になり、大和の国、宝蔵院流棒術の四天王に次ぐ位にまで昇った。僧侶ではあるが、武芸者になれたのだ。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 11:51| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月20日

3509話 平穏な日々


 平穏な日々とは過ぎ去ってからでないと分からないかもしれない。平穏な日々を思うのはそうではないときに多い。つまり平穏ではない日に平穏な日々を思うのだろうか。平穏な日々を過ごしているときは、それが平穏だとは思っていないかもしれない。退屈で刺激がないとまではいわないが、それなりに小さな出来事があり、少しだけ日常も乱したり、またいつも通り行かないトラブルもある。それらはその日のうちに解決していることが多い。転んで擦り傷を負ったときなどは、それが治るまでしばらく日数が掛かるだろうが、かすり傷程度で済めば大事に至ったり、その後、尾を引くようなこともなければ平穏はすぐに戻ってくる。
 平穏ではない日々というのは、解決の見通しが立たないなどの先に対する不安が含まれるため、平穏ではいられない。これももの凄く遠い未来なら別だが、近々やってきそうな嫌なことが予想できる場合、平穏は崩される。しかし、それも慣れてくると、日常化していくのだろうが、その前まで過ごしていた日々がもの凄く平穏に見える。
 平穏とは受け取り方が違うが、先への見通しが明るい頃などは、いい日々だろう。ここでは平穏さよりも、未来への期待の方が大きい。それを得られる可能性が高いと、日常が多少乱れても何ともない。よりいいものが手に入るためだ。
 平穏ではない日々から、平穏な日々へ至る峠道がいい。平穏さを感じるのは、そのときかもしれない。そして平穏な日々がまた続くのだが、もう有り難さはない。
 夢や希望は絵空事の想像だけでは無理で、実現できる可能性があるときに、それが実感できる。夢があるとかないとかは、実現できそうなものがあるかどうかで、夢の規模ではない。それは些細なことでもいい。
 実現できない夢や希望もある。この場合、一歩でも近付ければ、それなりの納得の仕方で、夢を果たしたことにはならないが、前進したという達成感程度はあるだろう。
 むしろ夢や希望を果たしてしまった方が厳しいかもしれない。
 平穏な日々は、あまり夢や希望を必要としない。
 
   了

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2018年01月19日

3508話 来る者は拒まず


「来る者は拒み、去る者は追う」
「何処かで聞いたことがありますが、それは、来る者は拒まず、去る者は追わずじゃないですか」
「来るものを拒まず、では人が増えます。しかしどうなんでしょう」
「何が」
「必要な人達でしょうか。または気に入った人ばかりじゃないでしょ。嫌な人も入っています」
「それを拒まない腹の大きな人です。包容力や寛容力があるのです」
「来る者ではなく、この人に来てもらいたいという人を探すのがいいのです。それに向こうから来る人はろくな人がいない。たまたま良い人も混ざっていますがね。これはこちらから探し出そうとしていた人だったすると、探す手間が省けます」
「では去る人は追いかけるとは?」
「当然でしょ。こちらでお願いして来ていただいたのですから、引き留めますよ。勝手に来た人なら、勝手に去っても何ともありませんがね」
「でも来る人は拒まぬの人も、来るのを待っているだけじゃなく、同じように探しているはずですよ」
「しかし、去る人は追わずでしょ」
「はい」
「ここが違います。去ります、あっそう、では愛想がない。嘘でもいいから引き留めないと」
「まあ、そうですが、それは去って行く人は仕方がないということでしょ」
「来る人を拒み、去る人を追う人の方が人を大事にしていると思いますが」
「そうでしょうかねえ」
「何ともならない人を受け入れた場合、その来た人のために果たして良い事でしょうかねえ。望まれていない人だった場合、あまりいい感じでは過ごせないでしょ。ところがこちから出向いて見付け出して来てもらった人は、大事にしますよ。眼鏡違いということもありますが、それは選んだ人の責任。来た人の責任じゃない。ところが来る者は拒まずで来た人は、自己責任ということになります」
「しかし、良くいうじゃありませんか、来る人は拒まず、去る人は追わずって。何か良いことがあるから、そんなフレーズができたのでしょ」
「それはおそらくタイプでしょうねえ。お人柄を表す言葉でしょ。ただ私の性分からいいますと、来る人を拒まずの人のところへは行きません。是非来て欲しいという人のところへ行きます。待遇が違いますよね。それに選ばれた人間になります。必要とされている人間にね」
「じゃあ、去る人は追うも、あなたの性分ですか」
「そうです。もし私が去ることになったとき、引き留めてほしいものですよ。あ、そう、じゃ、よりもね。だから私から去る人にも、引き留めます。去る人への餞別です。引き留めても無駄な人でもね。まあ、それなりの事情があるのでしょ」
「じゃ、来る人は拒まず、去る人は追わず、は駄目ですか」
「まず、それを言ってる人が大した人じゃない。中には大人物もいるかもしれませんが、本当は複合型でしょ。まあ、そういう大人物がいうのなら、方便として聞きますがね。本当は違うでしょ、というのを知りつつね」
「それであなたは成功しましたか」
「いや、来て欲しい人から拒否されますし、門を開けていても、来る人はいません。拒みようがない。それに人がいないので、去る人もいない」
「ああ」
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 12:16| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月18日

3507話 日向ぼっこ


 縁側に日が差し、座敷の一部にも日が入り込んでいる。その中間に蒲団がある。庭で干していた蒲団を取り入れたままのようだ。
 大村はそこに寝そべり、庭から見える明るい空を眺めている。そのうちウトウトし始めた。
 大村が覚えている至福のときというのは、そんな感じで、まだ物心が付くか付かない頃だろう。もの凄く古い記憶として覚えている。それ以前の記憶になると曖昧で、明快な絵は描けない。
 冬の小春日和、大村は座っていたベンチでふとその頃を思い出した。もう大村は老人。
 あの縁側での蒲団の上に匹敵するような至福感はその後なかったように思える。色々なことで喜んだり、楽しんだりしたが、単に取り入れた蒲団の上に転がっているというような単純なものではない。意味が色々と詰まっている。達成感とか、いい偶然とか。
 しかし、あの蒲団の上を越えられない。その蒲団は暖かい空自を吸い込んで倍ほど膨れているように見えた。そのためボリュームがあり、柔らかい。
 当時、それを幸せなこととして受け止めながら転んでいたわけではない。それに幸せとか至福とかの言葉も知らなかっただろう。
 ではいつ頃、それが至福のときだと思うようになったかだ。それは二十歳前後だろう。
 その後、年寄りになるまで、それを思い続けている。一番いい例として。
 ただ、大人になると、同じ条件で転がっても何もないだろう。親なら注意するところだ。
 大村は周囲に誰もいないことを確かめて、ベンチで横になった。蒲団とベンチとの差はあるが、悪いものではない。しかし、もの凄く幸せな気分にもなれないが。
 夏の日とはいえ、遮るものがないので、流石に暑くなってきた。
 それで座り直し、またあの蒲団のことを思い返す。これは何度もやっているので、それ以上の記憶は呼び出せない。
 流石に日に当たりすぎたのか、日向ぼっこを中止し、帰ることにした。
 もの凄く簡単なものなのだが、二度と体験できないこともあるようだ。
 
   了
 

posted by 川崎ゆきお at 10:52| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月17日

3506話 夜中の目覚め


 夜中、目を覚ました高畠は、よくあることで、これはトイレだ。しかし、そうではなく、目が完全に開き、眠気がない。そんなことは滅多にないので、これは何だろうかと考えた。床についてからそれほどたっていないが、そこそこ眠っている。だがまだ半分ほどで、こんな時間に起きると、朝までが長すぎる。
 誰かが起こしたわけではない。灯りを付けると、室内はいつも通り。目が覚めるほどの大きな物音もしていないはず。ごく自然に目が覚めたのだが、起きた時間が不自然。
 季節は真冬。寒くて目が覚めることはあっても、すぐにまた寝てしまう。こんなにしっかりとは目は覚めない。また、まだもう少し寝ていたという気持ちもない。
 それでも早すぎるので、一応トイレに立ち、戻ってきて、また布団の中に入った。これは眠った方が得策。原因は分からないが、考える必要もないだろう。フライングのしすぎだ。
 しかし、眠れない。いつもならもっともっと寝たい方で、不眠症とは無縁。
 木下は仕方なく起きることにした。これは仮起きで、本気で起きたわけではない。再び灯りを付け、いつも起きたときのようにパソコンの電源を入れる。
 そしてウェブを軽く巡回。いつも見て回るようなところを覗く程度。ネット散策だが、決まったコースがある。
 煙草を取り出すと、コーヒーが飲みたくなった。冷蔵庫にアイスコーヒーが入っているが、それを飲むともっと目が冴えるだろう。それで昨夜の残りの水がコップに入っているので、それを飲む。本気で起きて、一日のスタートを切るつもりはないので、着替えもせず、ストーブを強くして座っていた。
 体調が悪いとき、夜中に目が覚めることがある。今夜と同じように。そんなとき、一度起きると、すぐにまた眠くなる。そのコースに乗ろうとしていた。
 ところが眠気が襲ってこない。しかし、頭はそうだが、体は眠り足りないのか、疲れてきた。
 これはいいタイミングだと思い、パソコンの電源を落とし、さっと蒲団に入った。
 眠気はないが、強引に目を閉じた。その状態でも映像がある。模様のようなものが動いており、それが人の顔に見えだし、さらに見続けていると、非常にリアルな顔になっていく。しかも怖い顔。これは体調の悪いとき、たまに現れる。解決方法は目を開けること。それで怖い顔は消える。そして再び目を閉じると、また模様から始まる。そのあと人の顔になる手前で、さっと目を開ける。
 これを二三回繰り返していると、もう模様も出なくなる。
 そのうち夢の船が来ているのか、自分の意識ではなく、夢の意識が侵入しだし、そのまま持って行ってくれる。
 そして朝方の岸壁に無事寄港したようだ。夢の意識は消え、自分の意識に戻る。
 時計を見ると、寝過ごしている。途中で起きた時間がプラスされたのだろう。
 少し遅れたがいつもの朝を迎えることができた。
 夜中、急に起きてしまったのは何だったのかは今も分からない。
 
   了
 
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2018年01月16日

3505話 妖怪ポスター


 その先のことは分からないまま高橋は来てしまった。その地に何かあると聞いたからだ、そういった噂は当てにならない。
 その噂とは竹田の町には何かがある……という程度。何かがあるとだけで何があるのかは分からないし、何もなくはないだろう。どの町にも何かがある。特徴があろうとなかろうと、何かがあることには変わりはない。
 この何かとは、高橋が求めているもので、高橋が欲しいものがそこにあるという意味。高橋にとっての何かで、興味を引くものが何かある程度。求めている何かがあるはず。
「高橋君が好きそうな何かが竹田にありますよ」
 これを教えてくれたのは大黒というたちの悪い友達。結構ブラックな男だが、名が大黒のためだろう。悪友といってもいい。
 その大黒は高橋の好きそうなものを知っている。だからそれに該当するものが竹田町にあるはず。高橋が好むような何かが。
 しかし、竹田の町に来ても、何もなかった。何かあるはずだが、何もない。高橋が興味を引きそうなものが目に入ってこない。郊外の普通の町で、周囲の町と区別が付かないほど特徴がない。これはきっと外からでは見えないところにあるのだろう。
 それで駅前から町を一周したのだが、それらしいものはやはりない。
 しかしよく考えてみると、何かを探しているのだが、高橋にとっての何かで、具体的な何かではない。つまり高橋も何を探しているのかが分からないのだ。これでは見付からないだろう。
 竹田の町の特徴は何もなく、またその歴史も何もない。あるにはあるが平凡なもので、周囲の町と変わらない。竹田ならではの何かがないのだ。謎解きを一人でしてもらちがあかないので、年寄りが立っていたので聞いてみた。
「竹田の特長かね」
「はい」
「それより、ラーメン屋ができたらしいが、あんた知ってるか」
「知りません」
「昨日開店したらしいんだけど、何処にあるのか分からないんだ。おそらく吉岡金物店の近くだと思うんだ。廃業した店があってね。きっとそのあとにできたんだ。そっちへは滅多に行ってないので、分からないが、できたとすれば、そこしかない。しかし、今、人に聞くとそのままらしい。じゃ、ラーメン屋は何処にあるんだ。竹田は狭いからねえ、分かるはずなんだ」
「竹田の特長なんですが」
「え、何。ラーメンでしょ」
「ラーメンで有名なのですか。竹田ラーメンとか」
「いや、わしが今いっているのはラーメン屋の話なので、腰を折るな」
「あ、はい」
「そこで考えたんだ。ラーメン屋ができたことを教えてくれた男がどうも怪しい。あいつ、勘違いしてるんじゃないのか。わしがこんなに探しているのにないんだから、この町じゃなく、お隣の町かもしれん」
「竹田に何かあると聞いてきたのですか」
「そりゃあるさ。色々とね。詳しい話が聞きたいかい」
「はい、お願いします」
「これは噂だがね。この竹田の町名は竹と書くが、実は武田信玄の武と書く。それを隠すため竹田という地名がついた。これは武田家がが滅亡しただろ。勝頼の代で、家来の多くは徳川が抱えた。しかし、武田の復興を望んだ家来が、この竹田に棲み着いたんだよ。甲斐からかなり離れているけどね。これが……」
 高橋はその時代の歴史には興味がなかったので、適当に聞き流した。求めている何かではない。
「あいつ嘘を教えたのかねえ。ラーメン屋なんてできてないよ」
 高橋は老人がまだ話しているのだが、スーと立ち去った。
 すると大黒か。と、そちらを考えた。
 竹田に行けば何かあるというのは嘘だろう。本当なら、行けばすぐに分かるような何かがあるはずなのだが、ラーメン屋を探している年寄りと遭遇しても何ともならない。
 そして、その周辺をもう一度探索しながら、駅へと向かった。
 そして切符を買おうとしたとき、ポスターが目に入った。竹田妖怪祭りとなっている。これだ。探していた何かは、駅にあったのだ。確かに竹田に来れば、これが目に入るはず。これに気付いていれば、探す必要などなかった。
 会場は竹田神社境内となっている。その神社は当然見て回った。だが、そんなイベントなどなかった。
 電車が来たのか、降りてくる人がいる。地元の人らしい初老の女性二人が改札から出てきたので、聞いてみた。
「ああ、竹田の妖怪祭りかい。毎年この時期にやってるよ。行ってみたら」
「さっき、行ったのですが、何もありませんでした」
「竹田神社だよ」
「はい、竹田神社に行きました」
「私らも行ったことがないけどねえ。どんな祭りなのか、気になるけど、妖怪なんて気味悪いからねえ」
 それをニヤニヤ顔で聞いている駅員がいる。まだ若い。さっきまで改札にいた人だ。
「ポスターだけでね。これが妖怪祭りの正体」
「え」
「ポスターの妖怪なんだよ」
「しかし、これ、信じて行く人が」
「いませんよ」
「このポスター、誰が持ってきたのですか」
「ここはポスターを貼る場所じゃないんだ」
「はあ」
「この時期になると、ポスターが貼られている」
「え」
「誰かの悪戯なんだろうけど、そのうち剥がしに来るのか、消えている」
「でも竹田神社にとっては迷惑でしょ」
「これを見て行く人なんていないと思うよ」
「でも竹田神社に行っても何もない」
「妖怪が集まる月となっているでしょ。それが妖怪祭り。妖怪なんて見えないんだから、いなくて当然。でも見える人には見えるんだって」
「じゃ主催は妖怪ですか」
「そのようですねえ」
 大黒はこのポスターの噂を聞き、高橋に教えたのだろう。
 
   了

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2018年01月15日

3504話 流浪の果て


 寄場と言われている場所がある。溜まり場ともいい、あまり良い場所ではない。流れ者とかが身を寄せる場所でもあり、土地を追われたり、逃亡した農民、流民が一気に集まることもあるらしい。
 ただこの寄場、一箇所に集めるための施策のようなもので、散らばっているよりも、扱いやすい。
 しかし場所的には街道筋とか、船着き場にある。当然川港にも。これは流通の仕事が多くあるためだろう。
 岩谷家は没落し、その一族郎党は、この寄場に身を寄せた。さる大名家で筆頭家老を務めていた重鎮で、しかもその大名家よりも各上の家系。だから名家だ。
 しかし、よくあるように、この家老は悪家老で、悪事がばれ、無惨な最期を遂げた。ただその功績もあり、大名家の主筋の家系であることも考慮し、その家族は追放だけですんだ。
 この家老には土地があり、領地もあったのだが、当然取り上げられた。しかし、もともとはこの地を任されていたのだから、取り上げるも何も、自分の領地だったのだ。
 出来星大名の家老になっただけでも、惨めだったが、大名家を凌ほどの権勢を振るっていたのだから、取り戻したも同然だが、そのやり口があくどすぎた。
 さて、その家族が流れて着いたのが寄場。そういう連中が小屋がけしている。中には立派な家も建っている。ここは民として認めてもらえない反面、年貢もない。
 悪家老の家族は親切な運び屋の親方の世話で小屋をもらうことができた。親方は荷駄隊を組んで物資を運ぶ仕事。運べるものなら、人でも死体でも運ぶ。この親方、悪家老の家族の顔を知っていたようで、悪いものを運び込むとき、何度も頼んだらしい。
 そのうち、息子達が荷駄隊を手伝うようになり、親方も喜んだ。跡取りがいないし、もう年だった。
 この荷駄隊を守る人達がいる。護衛だ。頼まれた品物なので、盗まれたり、襲われたりすると大変なため。
 悪家老の息子の一人が、その警備隊長になり、多くの男達を従えだした。家老の息子なのだ。こういう指揮は上手い。世が世なら一手の大将。
 配下の連中は悪党と呼ばれ、運送の仕事がないときは足軽として、戦に加わった。傭兵だ。
 そのうち、この悪党の規模が大きくなり、ちょっとした勢力となる。
 そして寄場の小屋に住んでいたこの家族は、寄場のヌシになり、大きな屋敷に住んでいた。それだけの財力を稼いだのだろう。
 そしていつの間にか、豪族規模になり、寄場の屋敷は城に近い砦になった。荷駄の護衛がいつの間にか武力勢力になったのだ。
 そして息子達はもう立派な鎧兜を身に付けた武者になっていた。元々は名門の武家だったので、少しは戻った。
 下克上の始まる頃、彼らは活躍したが、大きな勢力が天下を取ったとき、あの家族達は足軽隊を総動員して、大きな武功を次々に立て、家柄もいいことから一国の領主にまでなれるはずだったのだが、それを断っている。
 もう浮き沈みの連続がしんどかったのだろう。
 そして武家を捨て、寄場時代の荷駄仕事に戻った。あの親切な荷駄の親方が亡くなったので、それを引き継いだようだ。
 昔、寄場に流れ着いたとき、よくしてくれた親方の情けが忘れられなかったようだ。
 それに悪家老だった父を亡くしたあと、この親方を父のように慕っていたようだ。
 
   了
 
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2018年01月14日

3503話 憩いの家


 疋田が引っ越したということで、高村は見に行った。そこは郊外の町だが駅から少し外れた旧市街のようなところにある。鉄道が通ってから、メインは駅前になり、昔の街道が走っていた通りは寂れた。そのさらに外れ、そこはもう場末なのだが、古い民家が多い。歴史的景観とかのレベルではなく、少し古い程度で、時代劇風ではない。
 空き屋が多い。その一軒を疋田が借りているようだが、汚い家で、しかも小さい。だが敷地だけは不釣り合いに広く、しかも母屋は平屋。
 小さな門がある。ガラガラッとそれを開けるのだが、これは門というより塀のようなものだろう。左右は生け垣だが、手入れはしていないのか、尖ったものが好きな向きに伸びている。
 門らしさが一応あるのは屋根があるためだ。あまり意味はないので飾りに近い。
 母屋の玄関口までは飛び石。家は小さいが本格的だ。数歩で玄関まで行けるのだが、南向き。当然縁側がある。その部屋に疋田がいた。手招きするので、玄関からではなく庭から高村は上がった。
「どう憩うかだな」
「そんな隠居さんじゃあるまいし」
「若年寄だ」
「じゃ、働く気はもうないと」
「働きに出てもいいよ。働くことが憩いになるのならね」
「ほう」
「目的は如何に憩うかだよ」
「ここに引っ越したのもそうなの」
「うんうん。これだけのぼろ家なら、もう手を入れる必要はない。放置すればいい。まあ、借りてるだけなので、それは家主の仕事、瓦が落ちれば、家主が直す。借家の気楽さだよ」
「それで、憩えたのかい」
「部屋が少ない。風通しがいい。床下がある。縁側もね。天井裏もある。夏なんて、全部開けてしまえばいい。周囲は草むらのようになってるだろ。庭木も最初からある。これは絵に描いたような家だ。こんな家がまだあったんだ」
「それで憩えたの」
「うーん、今その最中だけど、いい感じだね」
「それはよかったねえ」
「憩うことが人生最大の目的。憩いに向かってまっしぐらだ」
「君んちは金持ちだから、そんなことができるんだよ」
「いや、マンションを買ってやるといってたけど、ここにした。こちらの方が憩えそうだからね。現にいい感じで暮らしているよ」
「庭いじりとかしてかい」
「弄らない。勝手に生えてきて、勝手に花が咲き、勝手に枯れる。放っておけばいいんだ」
「で、ここで一日いるわけ」
「いや、散歩に出るし、遠出もするし、遊びにも行く」
「憩いの家で籠もっているわけじゃないんだ」
「目的は憩い。だから憩いとは何かを考えている」
「年寄りみたいに」
「最近の年寄りは忙しそうだよ。憩ってなんていないかもしれない」
「それで分かったの? 憩いとは何かを」
「これは永遠のテーマだ。憩いとは休憩のようなもの。何かをしたあとの休憩。だから僕が今やっているのは休憩に疲れて休憩をしているようなもの」
「じゃ、憩い疲れもあるってことだね」
「憩い疲れ。うん、確かにある」
「まあ、気楽なもんだなあ」
「苦がなければ楽も分からん。ここがネックだな」
「じゃ、あまり憩っていないわけ」
「これは幸せの解釈と同じでね。自分が幸せだと感じれば、それが幸せなんだ。気持ちの問題だね」
「ほう」
「だから憩っていると思えば、それがどんな状態でも憩っていることになる」
「なったかい」
「そう思えばね。しかし、ここまでして憩えるように持ち込んだのに、憩えていないとなると、これはもったいない。だから憩えたと思うしかない」
「いや、ここは憩いの家だよ。僕も、こんなところで何もしないで、くすぶっていたいよ」
「じゃ、又貸しするよ」
「え、君が折角見付けた物件だろ」
「ちょっと飽きてきたからワンルームの牢屋のようなところに変わるつもりだ」
「ほう」
「あれは座敷牢だね。または棺桶だ」
「そこまで狭くないでしょ」
「やたら壁の方が広い」
「狭いところの方が落ち着くというしね」
「そうなんだ。それにチャレンジしようと思う」
「じゃ、ここはいつ引っ越すの」
「君次第さ。君はここに本当に住みたい? 家賃は貰うよ」
「じゃ、やめておく」
「安く貸すよ」
「ワンルームに引っ越すのなら、もう借りる必要はないと思うけど」
「ここを本家とした」
「え」
「本家は別にあるから、ここは僕の本宅かな」
「じゃ、僕は留守番か。それじゃ管理人代を貰わないと」
「そうか、又貸しじゃなく、留守番になるか」
「まあいい。ここは駅まで遠いし、君の職場も遠くなる。本宅のままにしておくよ。空き屋でもいい。ワンルームは別宅でね。本宅があるからできるんだ」
「そういう世界を作っているんだね」
「別宅の方が憩えるというじゃないか」
「ああ、なるほど」
「憩うのは意外と難しい」
「今日は、もの凄く憩えたよ」
「え」
「こんな憩えそうな家を見て、君を見て、もうすっかり憩えてしまったよ」
「その憩い、どうして手に入れた」
「来ただけよ」
「そうだな。僕は憩えていないのに、君は簡単に越えいる。不思議だね」
「そうだね」
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 13:24| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月13日

3502話 現代妖怪講義


「いにしえのことを思うと、神秘に満ちていたように思えるねえ」
「急になんですか、博士」
 寒い季節、妖怪博士宅を担当の編集者がいつものように奥の六畳のホームゴタツで妖怪博士と話している。
「憑き物のように物事には付属品のようなものがくっついておってな」
「儀式なんてそうですねえ」
「家宝とかもある。最近どの家も家宝など気にもしておらんだろ。使う用途がない。しかし、持っていることが大事。家代々に伝わるもの。こういうのが古い家にはまとわりついておる」
「妖怪もそうですね」
「そこへ持っていくのはまだ早い」
「はい」
「昔の人は縁起をよく担いだ。古い暦には怖そうな名の日がある。いい日もあるしな」
「大安吉日ですね」
「何の根拠もない。だから神秘事だ。こういうものが世間には沢山詰まっておった。絡んでおった」
「はい」
「仏事も神事もそうじゃ。仏壇や神棚が普通の家にもあった。また仏事のときの作法のようなものがあり、やってはいけない行為や順番などもある。当然仏具もある。まあ神具は普通の家にはなかったかもしれんが、そういった根拠なき根拠があった」
「でも最近は簡略されているでしょ」
「時間や手間がもったいないからじゃ。濁世のことが忙しいのでな。付き合ってられんのじゃろ」
「礼式とかもそうですねえ。単純な挨拶でも」
「だから根拠なき因果関係なきことが世間で広く行われていた時代は、妖怪も多かった。妖怪も似たようなもので、根拠はない。謂われはあっても、作り話。だから、妖怪も出放題」
「今は出ませんが」
「昔の妖怪は外に出ておった。内に出るとそれは取り憑くという、憑依じゃ。それは妖怪とは言いにくいがな。動物のように姿を現してこそ妖怪。その方が分かりやすい」
「今の妖怪はどうなのですか」
「そこじゃ」
「これからが本題ですね。核心ですね」
「期待するな」
「承知してます」
「今は内に出る」
「家にですか」
「人の中に出る」
「じゃ、憑依」
「形式は憑依系じゃが、中身はよう分からん。狐が憑いたとか、そういった分かりやすいものではない」
「病気とか」
「病気の気の箇所じゃよ」
「その気の中に妖怪が入り込んでいると」
「そうじゃな。内側なので、これは外側からは見えんし、奴らは巧妙。かなり進化した妖怪種。そのため、ビジュアル性を消しておる。形がないと妖怪らしくならんだろ。または名がなければな」
「個人の中に入り込んだ何かですか」
「昔から狐憑きとかはおるが、そこから派生したタイプ。あれはキツネではなく、ただの病じゃ。しかし、たまにその中に妖怪が本当に入り込んでいたのじゃろう。キツネといっているが、それは違う。形も名もない故、何とも言えぬだけ」
「博士」
「何じゃ」
「冬眠している間に、そんなことを考えておられたのですか」
「冬眠ではない。少し睡眠時間が長かっただけ」
「でもいつ来ても留守でしたよ。あれは寝ていたのでしょ」
「まあ、そうじゃが」
「その間、考えていたことが、そんなことですか」
「何がそんなことじゃ」
「あ、はい」
「私は古典的妖怪ではなく、現代妖怪を追っているのでな。妖怪の今の現れ方について考えておったまで」
「つまり今の妖怪は外に出ないで、内に出る。だから見えないし、分からないので、妖怪が出なくなったと思っているだけと」
「集団や、家ではなく、個人の時代になって久しい。メインは今は個人。大きな市場じゃ。人口分ある。現代妖怪もその個人向けになったということじゃ」
「個人オーダーの妖怪ですね」
「そうじゃ。そしてその妖怪、進化し、巧妙になっておる。個人のややこしい動きなどは奴らの仕業なのじゃが、違う原因に責任転換のようなことをしておる。自分が犯人だとは分からんようにな。そのため、分かりやすい原因を表に出し、自らは裏で笑っておるのじゃ」
「憑き物の一種ですね、やはり」
「憑依系の進化したものじゃ。進歩ではなく、進化。これは形そのものが変わる」
「進化とは化けると言うことですね」
「うんうん、上手いことをいうじゃないか」
「はい」
「まあ、それで終わり」
「終わりますか」
「次の策を考えておらんから」
「策とは」
「当然次に考えねばならぬのは、その抜き方じゃ」
「憑き物落とし、悪魔払いのようなものですね」
「それはまだ考えておらん。しかし腹案はある」
「何でしょう」
「妖怪は動物的で知能が低いが、進化した妖怪は賢くなりすぎた。ここが弱点だろうよ」
「はい、期待しています」
「ところで春はまだか。寒くて仕方がない」
「まだこれからが真冬ですよ」
「蓑虫のように冬眠を続けるか」
「はい、また窺います。起きておられる頃を狙って」
「ああ、そうしてくれ」
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 11:28| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月12日

3501話 命枯れるまで


 堀田は命枯れるまで生涯現役で仕事をやろうと思っていたのだが、もの凄く早い目にやめてしまった。
 まだ体力的にも問題はなかったが、若い頃のような精気や力強さがなくなりかけていた。まだまだ続けることも当然可能だが、身を削ってまでやるようなことではなかった。それだけの見返りがあるのだが、マイナス効果かもしれないし、堀田にとり、最大の見返りは収入だった。それをやり続けないと食べていけない。
 しかし、経済面が解決したため、もう仕事をしなくても食べていけるようになった。
 仕事も減っており、自分で仕事を作らなければいけない状態になっていたので、これは需要がないことが丸わかりで、そのこともあって、見切りをつけた。
 仕事仲間でやめてしまった人もいるし、商売替えした人もいるが、多くは現役バリバリでまだやっている。さらにその先輩達も現役なのだが、その姿を見ていると、早く引いた方が身のためではないかと思うようになった。
 逆にいいときにやめてしまった人もいる。全盛期にやめたのだろう。少し早すぎるが、いい印象を残して去っている。そして二度と戻っては来なかったので、ずっといいときの印象で生きている。
 年代を重ねすぎると、逆効果になるようで、もうその年でやるのはみっともないとか、惨めとか、哀れにさえ思えるようで、これは堀田の感覚なので、一般性はない。自分がそう感じるのだから、そういう人にはなりたくないようだ。ただやり続けないと食べていけないのなら、仕方がない。
 堀田はドロップアウトしたのだが、その仲間内から見ての話で、本来やりたかったことに向かえることになる。その中身は実は何もなく、何もしたくなかったのだ。
 また堀田の引退を寂しがる人もなく、復帰を願う人もいなかった。これは少しショックだったが、自分の実力から見て、当然だろう。
 命など何もしなくても削れていく。無理に削る必要はないだろう。
「是非戻ってきて欲しい」
 と、ある日妙な男が現れた。これは有り得ない話なので、適当に聞き流していたが、結構な収入になるらしい。
「裏ですか」
「はい」
「そうでしょうねえ」
「裏の仕事ならいくらでもあります。あなたのレベルなら簡単にできます」
「何をすればいいのですか」
「まあ、身代わりのようなものです」
「身代わり」
「なりすましてください」
「代役ですか」
「まあ、そんなものです」
 文筆業でいえばゴーストライターのようなものだろう。
「あなたの名は一切伏せます。また伏せないと駄目ですが、あなたもこのことは伏せ続けてください。墓場まで」
 堀田は仕事に戻る気はなかったのだが、何となくやりがいがあるような気がした。妙な性分だ。戻るのはもう嫌だったが、そういう形でならいけそうだった。それは命を削ってまでやるようなことではなかったためでもある。
 ある日、ものすごい新人が現れた。
 
   了

 
posted by 川崎ゆきお at 11:25| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする