2018年01月19日

3508話 来る者は拒まず


「来る者は拒み、去る者は追う」
「何処かで聞いたことがありますが、それは、来る者は拒まず、去る者は追わずじゃないですか」
「来るものを拒まず、では人が増えます。しかしどうなんでしょう」
「何が」
「必要な人達でしょうか。または気に入った人ばかりじゃないでしょ。嫌な人も入っています」
「それを拒まない腹の大きな人です。包容力や寛容力があるのです」
「来る者ではなく、この人に来てもらいたいという人を探すのがいいのです。それに向こうから来る人はろくな人がいない。たまたま良い人も混ざっていますがね。これはこちらから探し出そうとしていた人だったすると、探す手間が省けます」
「では去る人は追いかけるとは?」
「当然でしょ。こちらでお願いして来ていただいたのですから、引き留めますよ。勝手に来た人なら、勝手に去っても何ともありませんがね」
「でも来る人は拒まぬの人も、来るのを待っているだけじゃなく、同じように探しているはずですよ」
「しかし、去る人は追わずでしょ」
「はい」
「ここが違います。去ります、あっそう、では愛想がない。嘘でもいいから引き留めないと」
「まあ、そうですが、それは去って行く人は仕方がないということでしょ」
「来る人を拒み、去る人を追う人の方が人を大事にしていると思いますが」
「そうでしょうかねえ」
「何ともならない人を受け入れた場合、その来た人のために果たして良い事でしょうかねえ。望まれていない人だった場合、あまりいい感じでは過ごせないでしょ。ところがこちから出向いて見付け出して来てもらった人は、大事にしますよ。眼鏡違いということもありますが、それは選んだ人の責任。来た人の責任じゃない。ところが来る者は拒まずで来た人は、自己責任ということになります」
「しかし、良くいうじゃありませんか、来る人は拒まず、去る人は追わずって。何か良いことがあるから、そんなフレーズができたのでしょ」
「それはおそらくタイプでしょうねえ。お人柄を表す言葉でしょ。ただ私の性分からいいますと、来る人を拒まずの人のところへは行きません。是非来て欲しいという人のところへ行きます。待遇が違いますよね。それに選ばれた人間になります。必要とされている人間にね」
「じゃあ、去る人は追うも、あなたの性分ですか」
「そうです。もし私が去ることになったとき、引き留めてほしいものですよ。あ、そう、じゃ、よりもね。だから私から去る人にも、引き留めます。去る人への餞別です。引き留めても無駄な人でもね。まあ、それなりの事情があるのでしょ」
「じゃ、来る人は拒まず、去る人は追わず、は駄目ですか」
「まず、それを言ってる人が大した人じゃない。中には大人物もいるかもしれませんが、本当は複合型でしょ。まあ、そういう大人物がいうのなら、方便として聞きますがね。本当は違うでしょ、というのを知りつつね」
「それであなたは成功しましたか」
「いや、来て欲しい人から拒否されますし、門を開けていても、来る人はいません。拒みようがない。それに人がいないので、去る人もいない」
「ああ」
 
   了


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2018年01月18日

3507話 日向ぼっこ


 縁側に日が差し、座敷の一部にも日が入り込んでいる。その中間に蒲団がある。庭で干していた蒲団を取り入れたままのようだ。
 大村はそこに寝そべり、庭から見える明るい空を眺めている。そのうちウトウトし始めた。
 大村が覚えている至福のときというのは、そんな感じで、まだ物心が付くか付かない頃だろう。もの凄く古い記憶として覚えている。それ以前の記憶になると曖昧で、明快な絵は描けない。
 冬の小春日和、大村は座っていたベンチでふとその頃を思い出した。もう大村は老人。
 あの縁側での蒲団の上に匹敵するような至福感はその後なかったように思える。色々なことで喜んだり、楽しんだりしたが、単に取り入れた蒲団の上に転がっているというような単純なものではない。意味が色々と詰まっている。達成感とか、いい偶然とか。
 しかし、あの蒲団の上を越えられない。その蒲団は暖かい空自を吸い込んで倍ほど膨れているように見えた。そのためボリュームがあり、柔らかい。
 当時、それを幸せなこととして受け止めながら転んでいたわけではない。それに幸せとか至福とかの言葉も知らなかっただろう。
 ではいつ頃、それが至福のときだと思うようになったかだ。それは二十歳前後だろう。
 その後、年寄りになるまで、それを思い続けている。一番いい例として。
 ただ、大人になると、同じ条件で転がっても何もないだろう。親なら注意するところだ。
 大村は周囲に誰もいないことを確かめて、ベンチで横になった。蒲団とベンチとの差はあるが、悪いものではない。しかし、もの凄く幸せな気分にもなれないが。
 夏の日とはいえ、遮るものがないので、流石に暑くなってきた。
 それで座り直し、またあの蒲団のことを思い返す。これは何度もやっているので、それ以上の記憶は呼び出せない。
 流石に日に当たりすぎたのか、日向ぼっこを中止し、帰ることにした。
 もの凄く簡単なものなのだが、二度と体験できないこともあるようだ。
 
   了
 

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2018年01月17日

3506話 夜中の目覚め


 夜中、目を覚ました高畠は、よくあることで、これはトイレだ。しかし、そうではなく、目が完全に開き、眠気がない。そんなことは滅多にないので、これは何だろうかと考えた。床についてからそれほどたっていないが、そこそこ眠っている。だがまだ半分ほどで、こんな時間に起きると、朝までが長すぎる。
 誰かが起こしたわけではない。灯りを付けると、室内はいつも通り。目が覚めるほどの大きな物音もしていないはず。ごく自然に目が覚めたのだが、起きた時間が不自然。
 季節は真冬。寒くて目が覚めることはあっても、すぐにまた寝てしまう。こんなにしっかりとは目は覚めない。また、まだもう少し寝ていたという気持ちもない。
 それでも早すぎるので、一応トイレに立ち、戻ってきて、また布団の中に入った。これは眠った方が得策。原因は分からないが、考える必要もないだろう。フライングのしすぎだ。
 しかし、眠れない。いつもならもっともっと寝たい方で、不眠症とは無縁。
 木下は仕方なく起きることにした。これは仮起きで、本気で起きたわけではない。再び灯りを付け、いつも起きたときのようにパソコンの電源を入れる。
 そしてウェブを軽く巡回。いつも見て回るようなところを覗く程度。ネット散策だが、決まったコースがある。
 煙草を取り出すと、コーヒーが飲みたくなった。冷蔵庫にアイスコーヒーが入っているが、それを飲むともっと目が冴えるだろう。それで昨夜の残りの水がコップに入っているので、それを飲む。本気で起きて、一日のスタートを切るつもりはないので、着替えもせず、ストーブを強くして座っていた。
 体調が悪いとき、夜中に目が覚めることがある。今夜と同じように。そんなとき、一度起きると、すぐにまた眠くなる。そのコースに乗ろうとしていた。
 ところが眠気が襲ってこない。しかし、頭はそうだが、体は眠り足りないのか、疲れてきた。
 これはいいタイミングだと思い、パソコンの電源を落とし、さっと蒲団に入った。
 眠気はないが、強引に目を閉じた。その状態でも映像がある。模様のようなものが動いており、それが人の顔に見えだし、さらに見続けていると、非常にリアルな顔になっていく。しかも怖い顔。これは体調の悪いとき、たまに現れる。解決方法は目を開けること。それで怖い顔は消える。そして再び目を閉じると、また模様から始まる。そのあと人の顔になる手前で、さっと目を開ける。
 これを二三回繰り返していると、もう模様も出なくなる。
 そのうち夢の船が来ているのか、自分の意識ではなく、夢の意識が侵入しだし、そのまま持って行ってくれる。
 そして朝方の岸壁に無事寄港したようだ。夢の意識は消え、自分の意識に戻る。
 時計を見ると、寝過ごしている。途中で起きた時間がプラスされたのだろう。
 少し遅れたがいつもの朝を迎えることができた。
 夜中、急に起きてしまったのは何だったのかは今も分からない。
 
   了
 
posted by 川崎ゆきお at 11:44| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月16日

3505話 妖怪ポスター


 その先のことは分からないまま高橋は来てしまった。その地に何かあると聞いたからだ、そういった噂は当てにならない。
 その噂とは竹田の町には何かがある……という程度。何かがあるとだけで何があるのかは分からないし、何もなくはないだろう。どの町にも何かがある。特徴があろうとなかろうと、何かがあることには変わりはない。
 この何かとは、高橋が求めているもので、高橋が欲しいものがそこにあるという意味。高橋にとっての何かで、興味を引くものが何かある程度。求めている何かがあるはず。
「高橋君が好きそうな何かが竹田にありますよ」
 これを教えてくれたのは大黒というたちの悪い友達。結構ブラックな男だが、名が大黒のためだろう。悪友といってもいい。
 その大黒は高橋の好きそうなものを知っている。だからそれに該当するものが竹田町にあるはず。高橋が好むような何かが。
 しかし、竹田の町に来ても、何もなかった。何かあるはずだが、何もない。高橋が興味を引きそうなものが目に入ってこない。郊外の普通の町で、周囲の町と区別が付かないほど特徴がない。これはきっと外からでは見えないところにあるのだろう。
 それで駅前から町を一周したのだが、それらしいものはやはりない。
 しかしよく考えてみると、何かを探しているのだが、高橋にとっての何かで、具体的な何かではない。つまり高橋も何を探しているのかが分からないのだ。これでは見付からないだろう。
 竹田の町の特徴は何もなく、またその歴史も何もない。あるにはあるが平凡なもので、周囲の町と変わらない。竹田ならではの何かがないのだ。謎解きを一人でしてもらちがあかないので、年寄りが立っていたので聞いてみた。
「竹田の特長かね」
「はい」
「それより、ラーメン屋ができたらしいが、あんた知ってるか」
「知りません」
「昨日開店したらしいんだけど、何処にあるのか分からないんだ。おそらく吉岡金物店の近くだと思うんだ。廃業した店があってね。きっとそのあとにできたんだ。そっちへは滅多に行ってないので、分からないが、できたとすれば、そこしかない。しかし、今、人に聞くとそのままらしい。じゃ、ラーメン屋は何処にあるんだ。竹田は狭いからねえ、分かるはずなんだ」
「竹田の特長なんですが」
「え、何。ラーメンでしょ」
「ラーメンで有名なのですか。竹田ラーメンとか」
「いや、わしが今いっているのはラーメン屋の話なので、腰を折るな」
「あ、はい」
「そこで考えたんだ。ラーメン屋ができたことを教えてくれた男がどうも怪しい。あいつ、勘違いしてるんじゃないのか。わしがこんなに探しているのにないんだから、この町じゃなく、お隣の町かもしれん」
「竹田に何かあると聞いてきたのですか」
「そりゃあるさ。色々とね。詳しい話が聞きたいかい」
「はい、お願いします」
「これは噂だがね。この竹田の町名は竹と書くが、実は武田信玄の武と書く。それを隠すため竹田という地名がついた。これは武田家がが滅亡しただろ。勝頼の代で、家来の多くは徳川が抱えた。しかし、武田の復興を望んだ家来が、この竹田に棲み着いたんだよ。甲斐からかなり離れているけどね。これが……」
 高橋はその時代の歴史には興味がなかったので、適当に聞き流した。求めている何かではない。
「あいつ嘘を教えたのかねえ。ラーメン屋なんてできてないよ」
 高橋は老人がまだ話しているのだが、スーと立ち去った。
 すると大黒か。と、そちらを考えた。
 竹田に行けば何かあるというのは嘘だろう。本当なら、行けばすぐに分かるような何かがあるはずなのだが、ラーメン屋を探している年寄りと遭遇しても何ともならない。
 そして、その周辺をもう一度探索しながら、駅へと向かった。
 そして切符を買おうとしたとき、ポスターが目に入った。竹田妖怪祭りとなっている。これだ。探していた何かは、駅にあったのだ。確かに竹田に来れば、これが目に入るはず。これに気付いていれば、探す必要などなかった。
 会場は竹田神社境内となっている。その神社は当然見て回った。だが、そんなイベントなどなかった。
 電車が来たのか、降りてくる人がいる。地元の人らしい初老の女性二人が改札から出てきたので、聞いてみた。
「ああ、竹田の妖怪祭りかい。毎年この時期にやってるよ。行ってみたら」
「さっき、行ったのですが、何もありませんでした」
「竹田神社だよ」
「はい、竹田神社に行きました」
「私らも行ったことがないけどねえ。どんな祭りなのか、気になるけど、妖怪なんて気味悪いからねえ」
 それをニヤニヤ顔で聞いている駅員がいる。まだ若い。さっきまで改札にいた人だ。
「ポスターだけでね。これが妖怪祭りの正体」
「え」
「ポスターの妖怪なんだよ」
「しかし、これ、信じて行く人が」
「いませんよ」
「このポスター、誰が持ってきたのですか」
「ここはポスターを貼る場所じゃないんだ」
「はあ」
「この時期になると、ポスターが貼られている」
「え」
「誰かの悪戯なんだろうけど、そのうち剥がしに来るのか、消えている」
「でも竹田神社にとっては迷惑でしょ」
「これを見て行く人なんていないと思うよ」
「でも竹田神社に行っても何もない」
「妖怪が集まる月となっているでしょ。それが妖怪祭り。妖怪なんて見えないんだから、いなくて当然。でも見える人には見えるんだって」
「じゃ主催は妖怪ですか」
「そのようですねえ」
 大黒はこのポスターの噂を聞き、高橋に教えたのだろう。
 
   了

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2018年01月15日

3504話 流浪の果て


 寄場と言われている場所がある。溜まり場ともいい、あまり良い場所ではない。流れ者とかが身を寄せる場所でもあり、土地を追われたり、逃亡した農民、流民が一気に集まることもあるらしい。
 ただこの寄場、一箇所に集めるための施策のようなもので、散らばっているよりも、扱いやすい。
 しかし場所的には街道筋とか、船着き場にある。当然川港にも。これは流通の仕事が多くあるためだろう。
 岩谷家は没落し、その一族郎党は、この寄場に身を寄せた。さる大名家で筆頭家老を務めていた重鎮で、しかもその大名家よりも各上の家系。だから名家だ。
 しかし、よくあるように、この家老は悪家老で、悪事がばれ、無惨な最期を遂げた。ただその功績もあり、大名家の主筋の家系であることも考慮し、その家族は追放だけですんだ。
 この家老には土地があり、領地もあったのだが、当然取り上げられた。しかし、もともとはこの地を任されていたのだから、取り上げるも何も、自分の領地だったのだ。
 出来星大名の家老になっただけでも、惨めだったが、大名家を凌ほどの権勢を振るっていたのだから、取り戻したも同然だが、そのやり口があくどすぎた。
 さて、その家族が流れて着いたのが寄場。そういう連中が小屋がけしている。中には立派な家も建っている。ここは民として認めてもらえない反面、年貢もない。
 悪家老の家族は親切な運び屋の親方の世話で小屋をもらうことができた。親方は荷駄隊を組んで物資を運ぶ仕事。運べるものなら、人でも死体でも運ぶ。この親方、悪家老の家族の顔を知っていたようで、悪いものを運び込むとき、何度も頼んだらしい。
 そのうち、息子達が荷駄隊を手伝うようになり、親方も喜んだ。跡取りがいないし、もう年だった。
 この荷駄隊を守る人達がいる。護衛だ。頼まれた品物なので、盗まれたり、襲われたりすると大変なため。
 悪家老の息子の一人が、その警備隊長になり、多くの男達を従えだした。家老の息子なのだ。こういう指揮は上手い。世が世なら一手の大将。
 配下の連中は悪党と呼ばれ、運送の仕事がないときは足軽として、戦に加わった。傭兵だ。
 そのうち、この悪党の規模が大きくなり、ちょっとした勢力となる。
 そして寄場の小屋に住んでいたこの家族は、寄場のヌシになり、大きな屋敷に住んでいた。それだけの財力を稼いだのだろう。
 そしていつの間にか、豪族規模になり、寄場の屋敷は城に近い砦になった。荷駄の護衛がいつの間にか武力勢力になったのだ。
 そして息子達はもう立派な鎧兜を身に付けた武者になっていた。元々は名門の武家だったので、少しは戻った。
 下克上の始まる頃、彼らは活躍したが、大きな勢力が天下を取ったとき、あの家族達は足軽隊を総動員して、大きな武功を次々に立て、家柄もいいことから一国の領主にまでなれるはずだったのだが、それを断っている。
 もう浮き沈みの連続がしんどかったのだろう。
 そして武家を捨て、寄場時代の荷駄仕事に戻った。あの親切な荷駄の親方が亡くなったので、それを引き継いだようだ。
 昔、寄場に流れ着いたとき、よくしてくれた親方の情けが忘れられなかったようだ。
 それに悪家老だった父を亡くしたあと、この親方を父のように慕っていたようだ。
 
   了
 
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2018年01月14日

3503話 憩いの家


 疋田が引っ越したということで、高村は見に行った。そこは郊外の町だが駅から少し外れた旧市街のようなところにある。鉄道が通ってから、メインは駅前になり、昔の街道が走っていた通りは寂れた。そのさらに外れ、そこはもう場末なのだが、古い民家が多い。歴史的景観とかのレベルではなく、少し古い程度で、時代劇風ではない。
 空き屋が多い。その一軒を疋田が借りているようだが、汚い家で、しかも小さい。だが敷地だけは不釣り合いに広く、しかも母屋は平屋。
 小さな門がある。ガラガラッとそれを開けるのだが、これは門というより塀のようなものだろう。左右は生け垣だが、手入れはしていないのか、尖ったものが好きな向きに伸びている。
 門らしさが一応あるのは屋根があるためだ。あまり意味はないので飾りに近い。
 母屋の玄関口までは飛び石。家は小さいが本格的だ。数歩で玄関まで行けるのだが、南向き。当然縁側がある。その部屋に疋田がいた。手招きするので、玄関からではなく庭から高村は上がった。
「どう憩うかだな」
「そんな隠居さんじゃあるまいし」
「若年寄だ」
「じゃ、働く気はもうないと」
「働きに出てもいいよ。働くことが憩いになるのならね」
「ほう」
「目的は如何に憩うかだよ」
「ここに引っ越したのもそうなの」
「うんうん。これだけのぼろ家なら、もう手を入れる必要はない。放置すればいい。まあ、借りてるだけなので、それは家主の仕事、瓦が落ちれば、家主が直す。借家の気楽さだよ」
「それで、憩えたのかい」
「部屋が少ない。風通しがいい。床下がある。縁側もね。天井裏もある。夏なんて、全部開けてしまえばいい。周囲は草むらのようになってるだろ。庭木も最初からある。これは絵に描いたような家だ。こんな家がまだあったんだ」
「それで憩えたの」
「うーん、今その最中だけど、いい感じだね」
「それはよかったねえ」
「憩うことが人生最大の目的。憩いに向かってまっしぐらだ」
「君んちは金持ちだから、そんなことができるんだよ」
「いや、マンションを買ってやるといってたけど、ここにした。こちらの方が憩えそうだからね。現にいい感じで暮らしているよ」
「庭いじりとかしてかい」
「弄らない。勝手に生えてきて、勝手に花が咲き、勝手に枯れる。放っておけばいいんだ」
「で、ここで一日いるわけ」
「いや、散歩に出るし、遠出もするし、遊びにも行く」
「憩いの家で籠もっているわけじゃないんだ」
「目的は憩い。だから憩いとは何かを考えている」
「年寄りみたいに」
「最近の年寄りは忙しそうだよ。憩ってなんていないかもしれない」
「それで分かったの? 憩いとは何かを」
「これは永遠のテーマだ。憩いとは休憩のようなもの。何かをしたあとの休憩。だから僕が今やっているのは休憩に疲れて休憩をしているようなもの」
「じゃ、憩い疲れもあるってことだね」
「憩い疲れ。うん、確かにある」
「まあ、気楽なもんだなあ」
「苦がなければ楽も分からん。ここがネックだな」
「じゃ、あまり憩っていないわけ」
「これは幸せの解釈と同じでね。自分が幸せだと感じれば、それが幸せなんだ。気持ちの問題だね」
「ほう」
「だから憩っていると思えば、それがどんな状態でも憩っていることになる」
「なったかい」
「そう思えばね。しかし、ここまでして憩えるように持ち込んだのに、憩えていないとなると、これはもったいない。だから憩えたと思うしかない」
「いや、ここは憩いの家だよ。僕も、こんなところで何もしないで、くすぶっていたいよ」
「じゃ、又貸しするよ」
「え、君が折角見付けた物件だろ」
「ちょっと飽きてきたからワンルームの牢屋のようなところに変わるつもりだ」
「ほう」
「あれは座敷牢だね。または棺桶だ」
「そこまで狭くないでしょ」
「やたら壁の方が広い」
「狭いところの方が落ち着くというしね」
「そうなんだ。それにチャレンジしようと思う」
「じゃ、ここはいつ引っ越すの」
「君次第さ。君はここに本当に住みたい? 家賃は貰うよ」
「じゃ、やめておく」
「安く貸すよ」
「ワンルームに引っ越すのなら、もう借りる必要はないと思うけど」
「ここを本家とした」
「え」
「本家は別にあるから、ここは僕の本宅かな」
「じゃ、僕は留守番か。それじゃ管理人代を貰わないと」
「そうか、又貸しじゃなく、留守番になるか」
「まあいい。ここは駅まで遠いし、君の職場も遠くなる。本宅のままにしておくよ。空き屋でもいい。ワンルームは別宅でね。本宅があるからできるんだ」
「そういう世界を作っているんだね」
「別宅の方が憩えるというじゃないか」
「ああ、なるほど」
「憩うのは意外と難しい」
「今日は、もの凄く憩えたよ」
「え」
「こんな憩えそうな家を見て、君を見て、もうすっかり憩えてしまったよ」
「その憩い、どうして手に入れた」
「来ただけよ」
「そうだな。僕は憩えていないのに、君は簡単に越えいる。不思議だね」
「そうだね」
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 13:24| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月13日

3502話 現代妖怪講義


「いにしえのことを思うと、神秘に満ちていたように思えるねえ」
「急になんですか、博士」
 寒い季節、妖怪博士宅を担当の編集者がいつものように奥の六畳のホームゴタツで妖怪博士と話している。
「憑き物のように物事には付属品のようなものがくっついておってな」
「儀式なんてそうですねえ」
「家宝とかもある。最近どの家も家宝など気にもしておらんだろ。使う用途がない。しかし、持っていることが大事。家代々に伝わるもの。こういうのが古い家にはまとわりついておる」
「妖怪もそうですね」
「そこへ持っていくのはまだ早い」
「はい」
「昔の人は縁起をよく担いだ。古い暦には怖そうな名の日がある。いい日もあるしな」
「大安吉日ですね」
「何の根拠もない。だから神秘事だ。こういうものが世間には沢山詰まっておった。絡んでおった」
「はい」
「仏事も神事もそうじゃ。仏壇や神棚が普通の家にもあった。また仏事のときの作法のようなものがあり、やってはいけない行為や順番などもある。当然仏具もある。まあ神具は普通の家にはなかったかもしれんが、そういった根拠なき根拠があった」
「でも最近は簡略されているでしょ」
「時間や手間がもったいないからじゃ。濁世のことが忙しいのでな。付き合ってられんのじゃろ」
「礼式とかもそうですねえ。単純な挨拶でも」
「だから根拠なき因果関係なきことが世間で広く行われていた時代は、妖怪も多かった。妖怪も似たようなもので、根拠はない。謂われはあっても、作り話。だから、妖怪も出放題」
「今は出ませんが」
「昔の妖怪は外に出ておった。内に出るとそれは取り憑くという、憑依じゃ。それは妖怪とは言いにくいがな。動物のように姿を現してこそ妖怪。その方が分かりやすい」
「今の妖怪はどうなのですか」
「そこじゃ」
「これからが本題ですね。核心ですね」
「期待するな」
「承知してます」
「今は内に出る」
「家にですか」
「人の中に出る」
「じゃ、憑依」
「形式は憑依系じゃが、中身はよう分からん。狐が憑いたとか、そういった分かりやすいものではない」
「病気とか」
「病気の気の箇所じゃよ」
「その気の中に妖怪が入り込んでいると」
「そうじゃな。内側なので、これは外側からは見えんし、奴らは巧妙。かなり進化した妖怪種。そのため、ビジュアル性を消しておる。形がないと妖怪らしくならんだろ。または名がなければな」
「個人の中に入り込んだ何かですか」
「昔から狐憑きとかはおるが、そこから派生したタイプ。あれはキツネではなく、ただの病じゃ。しかし、たまにその中に妖怪が本当に入り込んでいたのじゃろう。キツネといっているが、それは違う。形も名もない故、何とも言えぬだけ」
「博士」
「何じゃ」
「冬眠している間に、そんなことを考えておられたのですか」
「冬眠ではない。少し睡眠時間が長かっただけ」
「でもいつ来ても留守でしたよ。あれは寝ていたのでしょ」
「まあ、そうじゃが」
「その間、考えていたことが、そんなことですか」
「何がそんなことじゃ」
「あ、はい」
「私は古典的妖怪ではなく、現代妖怪を追っているのでな。妖怪の今の現れ方について考えておったまで」
「つまり今の妖怪は外に出ないで、内に出る。だから見えないし、分からないので、妖怪が出なくなったと思っているだけと」
「集団や、家ではなく、個人の時代になって久しい。メインは今は個人。大きな市場じゃ。人口分ある。現代妖怪もその個人向けになったということじゃ」
「個人オーダーの妖怪ですね」
「そうじゃ。そしてその妖怪、進化し、巧妙になっておる。個人のややこしい動きなどは奴らの仕業なのじゃが、違う原因に責任転換のようなことをしておる。自分が犯人だとは分からんようにな。そのため、分かりやすい原因を表に出し、自らは裏で笑っておるのじゃ」
「憑き物の一種ですね、やはり」
「憑依系の進化したものじゃ。進歩ではなく、進化。これは形そのものが変わる」
「進化とは化けると言うことですね」
「うんうん、上手いことをいうじゃないか」
「はい」
「まあ、それで終わり」
「終わりますか」
「次の策を考えておらんから」
「策とは」
「当然次に考えねばならぬのは、その抜き方じゃ」
「憑き物落とし、悪魔払いのようなものですね」
「それはまだ考えておらん。しかし腹案はある」
「何でしょう」
「妖怪は動物的で知能が低いが、進化した妖怪は賢くなりすぎた。ここが弱点だろうよ」
「はい、期待しています」
「ところで春はまだか。寒くて仕方がない」
「まだこれからが真冬ですよ」
「蓑虫のように冬眠を続けるか」
「はい、また窺います。起きておられる頃を狙って」
「ああ、そうしてくれ」
 
   了

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2018年01月12日

3501話 命枯れるまで


 堀田は命枯れるまで生涯現役で仕事をやろうと思っていたのだが、もの凄く早い目にやめてしまった。
 まだ体力的にも問題はなかったが、若い頃のような精気や力強さがなくなりかけていた。まだまだ続けることも当然可能だが、身を削ってまでやるようなことではなかった。それだけの見返りがあるのだが、マイナス効果かもしれないし、堀田にとり、最大の見返りは収入だった。それをやり続けないと食べていけない。
 しかし、経済面が解決したため、もう仕事をしなくても食べていけるようになった。
 仕事も減っており、自分で仕事を作らなければいけない状態になっていたので、これは需要がないことが丸わかりで、そのこともあって、見切りをつけた。
 仕事仲間でやめてしまった人もいるし、商売替えした人もいるが、多くは現役バリバリでまだやっている。さらにその先輩達も現役なのだが、その姿を見ていると、早く引いた方が身のためではないかと思うようになった。
 逆にいいときにやめてしまった人もいる。全盛期にやめたのだろう。少し早すぎるが、いい印象を残して去っている。そして二度と戻っては来なかったので、ずっといいときの印象で生きている。
 年代を重ねすぎると、逆効果になるようで、もうその年でやるのはみっともないとか、惨めとか、哀れにさえ思えるようで、これは堀田の感覚なので、一般性はない。自分がそう感じるのだから、そういう人にはなりたくないようだ。ただやり続けないと食べていけないのなら、仕方がない。
 堀田はドロップアウトしたのだが、その仲間内から見ての話で、本来やりたかったことに向かえることになる。その中身は実は何もなく、何もしたくなかったのだ。
 また堀田の引退を寂しがる人もなく、復帰を願う人もいなかった。これは少しショックだったが、自分の実力から見て、当然だろう。
 命など何もしなくても削れていく。無理に削る必要はないだろう。
「是非戻ってきて欲しい」
 と、ある日妙な男が現れた。これは有り得ない話なので、適当に聞き流していたが、結構な収入になるらしい。
「裏ですか」
「はい」
「そうでしょうねえ」
「裏の仕事ならいくらでもあります。あなたのレベルなら簡単にできます」
「何をすればいいのですか」
「まあ、身代わりのようなものです」
「身代わり」
「なりすましてください」
「代役ですか」
「まあ、そんなものです」
 文筆業でいえばゴーストライターのようなものだろう。
「あなたの名は一切伏せます。また伏せないと駄目ですが、あなたもこのことは伏せ続けてください。墓場まで」
 堀田は仕事に戻る気はなかったのだが、何となくやりがいがあるような気がした。妙な性分だ。戻るのはもう嫌だったが、そういう形でならいけそうだった。それは命を削ってまでやるようなことではなかったためでもある。
 ある日、ものすごい新人が現れた。
 
   了

 
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2018年01月11日

3500話 引く人


 岩田は引き際がいい。よすぎるほどで、これは諦めるのが早すぎる。あともう少し粘っておれば引かなくても済む場合もあるが、引かなければいけない状態が、もう嫌なのだ。何かケチが付いたような感じがし、さっさと引いてしまう。
 当然会社を辞め倒している。「そんなことでやっていけるのかね、君」などと仕事中説教されると、やっていけないかもしれないと思うのだろう。やっていけないことはやってはいけない。単純明快な解だ。しかし、この説教は問いかけているだけで、仕事に関しての態度を言っている程度かもしれない。しかし、やっていけるかどうかを自分で判断しなさいといっているのなら、即答で、やっていけないと答えてしまうだろう。
 そのため「やめてしまえ」などと言われると、明日から来なくなるのではなく、その場でやめて、さっさと帰ってしまう。引き際がよすぎるのだ。
 流石にそういうことが積み重なると、経験値が溜まり、そうならない職場を一応は探す。だからチームワークが必要な職種は駄目。引くきっかけは仕事の内容ではなく、職場での人間関係だろう。そこでのひと言が引き金になり、引いてしまうのだ。
 身を引く。それはいいことでもある。適当なところで、ほどほどのところで引き、しつこく粘ったり、深追いはしない。また早くやめて欲しいと思う人が多くいると、さっさとやめた方が喜ばれるだろう。
 嫌な人がいない職場では、逆に仕事がきつかったりする。本当にできなかったりし、努力もしないで、さっさとやめてしまう。力のないものが同じ給料を貰っていれば、同僚にも悪い。岩田の分まで同僚がフォローしているのだから。
 それで、引き続けているうちに最果てまで来てしまった。
 そしてウロウロしていると、引きの大将と出くわした。引くことに関しては、岩田など足元にも及ばないほどのベテラン。その引き際の早さは見えないほど素早い。
「どん詰まりに来てしまいましたかな」
「はい」
「すぐにやめたり、身を引くのが得意なのでしょ」
「そうです。得意すぎます」
「分かる分かる。みなまで言うでない」
「はい」
「わしはその道のベテランだが、引き際が早すぎるやつほど実は粘り強いのじゃ」
「はあ」
「しつこく食らいつき、餌を放さない犬のようなもの。歯が抜け、顎が外れてもまだ話さない」
「その逆です」
「いや、君は引くことをやめない。これだけはしつこく守っておるではないか」
「守るも何も、自然にそうなるのです」
「だから天才だ。作為なしでできる」
「はあ、でもこれが一番簡単ですよ。すぐに諦める方が。そしてすぐに負ける方が」
「実はそういう人を求めている場所がある」
「本当ですか。まさか浜で地引き網を引く仕事じゃないでしょうねえ」
「違う」
「本当にあるのですか」
「あるわけない」
「そうでしょ」
「しかし、先ほども言ったが如く、君のようなタイプはもの凄く根気あり、努力家で、どんな困難でも立ち向かえるタイプなのじゃ」
「そんなバカな」
「だから裏返しじゃ」
「え」
「裏返せばいい」
「ああ、なるほど」
 それで岩田は鬼のデングリ岩というところに連れて行かれ、そこで裏返された。
 その後、引き際の悪い人間になり、途中で諦めないしつこい人間になった。
 しかし、どうも性に合わないことが分かり、またあの大将のところへ行った。
「戻してくれじゃと」
「はい、またあのデングリ岩で」
「裏返しすぎたようじゃな。よしよし」
「今度は腹を下にした姿勢からひっくり返すのではなく、その中間の横へ少しだけ返そう。どの程度がいい。返しすぎると、今とは正反対になる。角度を調整するから、いいなさい」
「中程が好きです」
「あ、そう中程か。今なら微調整できるぞ」
「中程でいいです」
 これで適度になったのか、岩田は普通になった。しかし老人の調整が悪いのか、中間だと言ったのに、まだ少しだけ引き気味だった。こういうものの中間を出すのは難しいようだ。
 その後、岩田は今までのように極端に引くようなことがなくなり、長く同じ職場にとどまった。
 
   了

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2018年01月10日

3499話 仕事場風景


 岸和田は自宅でもできる仕事をしている。そのため通勤時間はない。あるにはあるが寝間から机までの距離。しかし布団の中でもできるので、この場合はゼロ。だが、これではメリハリがないので、朝食後、一度外に出る。散歩の趣味はないので、一番近くにある喫茶店へ通っている。コーヒー代を交通費だと思えばいい。また朝ご飯を作るのが面倒なときはモーニングセットを頼めばいい。最近はそちらの方が多くなった。トーストと卵だけだがモーニングサービスなので、値段はコーヒー代に含まれる。だからこれは食べないと損。最初の頃はコーヒーだけだったが、いつの間にかここで朝食を取るようになる。
 そしてしばらく今日の予定とか、段取りなどを考える。新聞や雑誌が置いてあるので、それも読む。
 そして自宅へ戻るのだが、これが出勤に近い。喫茶店から家まで少し歩かないといけない。これが通勤路になる。だから逆転した。喫茶店がまるで自宅で、本当の自宅が会社のように。
 この切り替えは上手くいき、蒲団から出ていきなり仕事を始めることを思えば、いい感じだ。
 ところが仕事が減り、一時はなくなったことがある。そのときも、その喫茶店へ行くのだが、予定や段取りを組む必要はなく、朝食を食べ、コーヒーを飲むだけになっていた。
 そして自宅に戻ってもやることがないため、適当に過ごしていた。休憩しているのと変わらない。そのうち、ゲームを始めたり、テレビを見たり、本を読み出した。
 そういう日が長く続き、もうこの仕事は無理かと思ったとき、少ないながらもまた仕事が入ってきた。しかし、そのときのテーブル周りは、もう仕事をやるような雰囲気ではなくなっている。これは仕事仕様に片付け直せばいいのだが、パソコンはゲーム機になっており、ここで仕事をする気にはなれない。そんなものしなくてもいいのだが、そういう雰囲気に部屋がなっていた。ここでは頭が働かないと。また仕事をするのがもう嫌になっていたこともあり、片手間でやることにした。
 しかし、ゲームや動画などを見ていると、なかなか仕事に頭が切り替わらない。
 そこで岸和田は朝に行く意味のなくなった喫茶店で仕事をすることにした。本来は自宅で仕事をするため、休憩の場だったのに、そこに仕事を持ち込んだ。
 これで逆転した。喫茶店が仕事場になり、自宅は普通の自宅になった。自宅では仕事は一切しなくなる。
 しかし、考えてみると、こちらの方がノーマルなのだ。毎朝喫茶店へ通うのだが、それは仕事場へ行くようなもの。そして戻ってきたときは、自宅が休憩所になる。普通だ。喫茶店はそれほど粘れないので、何軒か回るようになる。喫茶店から喫茶店へと渡り歩くのではなく、一度自宅に戻って昼ご飯を食べたり、夕食を食べたりとかもする。だから日に何度も出勤をしていることになる。
 自宅で仕事をしていたころはだらだらとやっていたのだが、喫茶店を仕事場にすると集中できるのか、短時間だが効率がよかった。
 喫茶店はオフィスではない。しかし、人がいる。一人で部屋で仕事をしているより、こちらの方が社会に出ているような気になる。
 こういうノマド風な人がその喫茶店にもいる。岸和田のノートパソコンは十インチだが、そのノマドは十三インチ。これは負けていると思い、十四インチを買った。流石に十五インチは重くて持つのが大変。
 その後、そのノマドは七インチのタブレットを持ってくるようになった。仕事をしている人ではなかったのだろう。
 
   了

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2018年01月09日

3498話 フェチ

フェチ
「今年も一つ年を重ねましたなあ」
「いや、まだ新年始まったばかり、数日重ねただけですよ」
「いや、去年の分」
「しかし、一年ぐらいでは年は感じないでしょ」
「それもそうですが」
「三年前との差も、分かりにくい。これは健康状態を言っているだけで、他の因子を外した感想ですがね」
「じゃ、何年ほど」
「一気に年をとるわけじゃなく、徐々に来ています。ガクンとある日きついことになることもありますが、大概はじわじわときているので、そのスピードがよく分からないほど」
「私は数年前、病気をしましてねえ。それがなかなか治らないとき、年を取ったと感じましたよ。その後、徐々に治り始め、やっと去年あたりから病は消えました。すると、若返ったようになりましたよ」
「病のせいでしょ」
「そうです。年を取っていくのは病気じゃありませんからね」
「今は本当に治ったのですかな」
「はい、以前のようになりました。まあ、それで普通なんでしょうねえ。特に元気というわけではなく」
「精神的にはどうですか」
「ああ、もう年ですなあ。これから先、何かやろうとしても、時間がない。だから短期でできるようなこととか、どうせ今からでは無理なことでも、一歩一歩先へ行けているだけでも、まあいいかという感じで、急がなくなりました。急いでもどうせこの年では辿り着けませんから」
「ほう、それは結構なことで」
「そのためか、今年の抱負を作りませでした。どうせもう大したことはできませんからね」
「でも、何かやっておるのでしょ」
「残るものは残ります」
「やった結果ですか」
「いや、未だにやっていることがです」
「やれることが減り、やりたいことが減り、その中で、まだやり続けているものがあると」
「そうですなあ」
「本能的なことですかな」
「それはベースで、誰にでもあるでしょ。そうじゃなく、不思議と若い頃から続いていることがあるのです。これは大したことではないし、それを目標にしたこともありません」
「ほう、何でしょうなあ」
「誰にでもあるでしょ」
「悪趣味とか」
「それに近いですが、決心しなくてもできることです。しかし、それをメインだと思って意識しだすと駄目になりますから、そっとしてます。だからこれは公言できません。それに言いにくいですし、言ってもあなたには理解できないと思います」
「ますます気になる」
「いやいや、話題にしては駄目な話なんですよ」
「じゃ、聞きますまい」
「あなたにもあるでしょ」
「確かにありますが、それは」
「それは」
「ちょっと言えません」
「そうでしょ」
「確かに言いにくいですなあ」
「結局私的なものが残るんですよ。決してその人にしか分からないことじゃなく、もの凄く一般的なことでも、接し方が私的すぎるんでしょうねえ」
「何を差しているのか分かりませんが、私事は意外と残りますなあ」
「私は数年前まで病んでおりまして、身体がえらかったのですが、そのことだけはできました」
「ほう」
「いやいや、やめておきましょう。ついつい何をやっていたのかを言い出しそうになりますから」
「それは危険ですなあ。これ以上聞くのはやめましょう。私にもそのタイプのことがあることを改めて知りました。やはりそれは表に出すとまずいということがよーく分かります」
「はい、有り難うございます」
「いえいえ」
 
   了

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2018年01月08日

3497話 慣れ親しむ

慣れ親しむ
「取引会社を変えるのですか」
「何か粗相でも」
「お互いにない」
「ではどうして」
「慣れ親しみすぎた。それはいいのだが、重くなった」
「重用されているからでしょ」
「その気になればいつでも変えられることを見せたいわけじゃない」
「じゃ、次は何処と」
「昔からある会社だがね。かなり大きい。大きすぎて嫌だった。しかしサービスはいいし、時代に合わせ続けておる。今は主流で大メジャーだ。それだけのことはある。大きなグールプの代表でもあるのでね」
「しかし、我々とは水が合いません」
「寄らば大樹の影」
「はい、それでは今までのシステムやその他全て入れ換える必要があります」
「古いシステムは捨ててもいい」
「今も使っていますよ。乗り換えると、一からまた」
「似たようなものだ」
「しかし実際はどうなのですか」
「実際?」
「本当のところです」
「面倒になった」
「何がですか」
「古い付き合いがね。しがらみができすぎた。悪いことじゃないよ。いずれも良いことなんだ」
「それだけのことですか。反発されませんか」
「それがあるから切りたいんだ」
「え」
「今度乗り換えたい相手はドライでねえ。切っても、あ、そう程度でいい。取引先が多いので、そんなものだよ」
「しかし、どう説明しますか。落ち度もないし」
「慣れ親しみすぎたのが落ち度だ」
「はあ」
「縁ができすぎた。これが重い」
「では、どう説明します」
「何か作れ」
「落ち度もないのに」
「適当に作れ」
「あ、はい」
 そう決めて、実行した。
 ところが、一番大事な取引先が連動するように消えてしまった。
 それで社長はガッカリした。
 その理由は皮肉にも、同じだった。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 12:24| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月07日

3496話 昔へ帰る人


 山間を走る国道が急に細くなってきたが、石黒は気付いていないようだ。いや分かっているのだが、あまり見ていないのだろう。国道を徒歩で故郷まで帰ることにしたのは反省の時間を持ちたいため。結構時間はかかるが、そこは昔の大きな街道でもあるので、次の町は宿場町。そんなものはもうないはずだがビジネスホテル程度はあるだろう。昔の人が歩いた道だ。
 IT関連の会社を辞め、国へ帰るのだが、これは上手く行かなかったため。石黒程度のレベルでは、もうちょっとネットやデジタルものに強い程度ではやっていけない時代になっていた。それで故郷へ帰り、やり直そうと考えた。しかし、まだ決心が付かない。心の整理もできていない。
 そこでその時間を作るため、徒歩で帰ることにした。これなら歩きながらじっくりと考えられる。様々なことを反省できる。
 そして出発してから三日目。結構ホテル代がかかる。車で帰ればガソリン代だけで済むのだが、売ってしまった。だから電車でも高速バスでもよかったのだ。
 しかし、そういった少しでも早くとか、少しでも効率よくとかに、もうIT業界にいたときは飽き飽きしていたので、思いっきりローテクなことがしたくなった。デジタルではなくアナログを。
 三日目も同じ国道だが、道が狭くなっている。山間に入ったためだろうか。しかし左右に余地があり、崖や川で拡張できないわけではない。田舎に行くほど狭くなるのは分かっていたが、少し狭すぎる。
 四車線から二車線になったのは納得できるが一車線ではトラックがすれ違うには待機場所がいるだろう。
 それよりも故郷に戻ることは昔に戻ることになる。これは今では望んでいることで、過去へ向かいたい。出直すとは、出発点に戻ることで、綺麗さっぱり国を出てからのことは忘れようと思った。
 頭の中はそんなことで一杯で、何とか気持ちも均されていき、初期化に成功したのかもしれない。過去に戻るべきだ。前へ前へと行きすぎたのだ。もっともっと後退すべきなのだ。
 しかし車の姿が見えない。
 歩道のない道なので、その方が好ましいので、気にはしていなかったが、田舎とはいえ国道。車の姿を見ないというのも不思議だ。
 そんなことはどうでもよく、メインは気持ちの整理、頭の中で、纏めだした。けじめを付けるための時間はまだ十分ある。
 山間の町に出たのか、建物がある。最初に目に入ったのは火の見櫓。田舎ではよくあるが、それほど辺鄙な場所ではないはず。
 そして町の入り口はまるで宿場町。これは昔の宿場町跡が残っているので、観光地化しているのだろう。
 そう思いながら夕暮れも近いので、ビジネスホテルを探そうと思ったが、町の様子からそんなビルは無理だ。そのかわり道沿いに宿屋が軒を連ねている。宿場町なのだから、探す必要などない。その多くは民宿だろうか。普通の家に近い。中には茅葺きもあるし、玄関先に大きな水車がある。回っていないが。
 宿場町風観光地に入り込んだのだが、人がいない。これはおかしいと思い、宿屋の中を覗いてみた。すると、三和土の向こうに帳場があるらしく、そこに老婆が座っている。
「まさか」
 そう思うのは、髪型が時代劇のためだ。髪は薄いが、日本髪を結っている。お婆さんが単に髪を後ろに纏めて団子にしているのではなく、左右に開いている。カツラの日本髪は見たことはあるが、この老婆の髪型はリアルすぎる。
 それで入るのをやめ、宿場のメイン通りを進む。そして人がちらほらと見えるのだが、これも時代劇。まるで映画のオープンセット。
 昔に戻りたい。とは思うものの、これでは昔すぎる。
「やりすぎたなあ」
 と思いながら、適当な宿屋に入ったが、入る前、少し躊躇した。心配した。
 宿賃が高いのではないかと。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 12:28| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月06日

3495話 ある交渉


「彦左衛門が出てきたか」
「はい、これはちょっと」
 彦左衛門とは隣村の実力者。彼がわざわざ出てくるのだから、これは重要なことだろう。
 隣村との揉め事があり、その話し合いだ。
「こちらは誰を出しましょう」
「村おさを出すまでもあるまい。それにまだ若い」
「では庄蔵さんが」
「わしか、わしは彦左衛門が苦手でな。相性が悪い。いつも言いくるめられる」
「では」
「お前が行け」
「私はそれほどの力はありません。彦左衛門とは渡り合えません」
「困ったなあ」
「先生にお願いしては」
「あの先生か」
「浪人とはいえ御武家。格は百姓の庄左衛門とは違います」
「あの先生は、ちょっとなあ」
「武芸はだめですが、学者です」
「まだ寺におるのか」
「もう長いです。この村で落ち着きたいともいっております」
「あの御仁に村のことが分かるのか」
「揉め事は猟師の人数でしょ」
「こちらが大勢出し過ぎた」
「取り決め違反ですから」
「その程度の問題なら、先生でもいいか」
「弁舌は立ちます。漢文で喋ります」
「漢語ができるのか」
「はい。ただの漢学者ではありません」
「通訳をやっていたとか。それで逃げたとか」
「逃げた。上手く話せないので逃げたのか」
「密貿易です。その通訳です」
「それで見付かって逃げたのか」
「はい」
「悪くはない」
「そうでしょ。そういう荒事をこなせる先生ですから。猟師の人数を減らしてくれというような話し合いなど簡単でしょ」
「じゃ、頼むか。こういうときは癖の強い者を出すに限る」
「で、聞き入れますか」
「約束違反だからな。一応聞き入れる。猟などこっそりやればいいのじゃ。向こうもそれをやっておるくせにな」
「はい、先生なら彦左衛門と渡り合えましょう」
「しかし、なぜ彦左衛門が来るのじゃ。猟の話ではなく、別のことで来るのではないのかな」
「そうですねえ。表向きとは別の用件で」
「それなら村おさを出す必要があるが」
「若いので、そのあたりの勘が働きません」
「じゃ、わしがやはり出るか」
「先生は」
「本当は猟の話ではなさそうなので、わしが出る」
「それがよろしいかと」
「しかし庄右衛門が苦手でなあ」
 こういう話し合いは一対一ではしない。
「じゃ、先生を付けましょう」
「そうして貰うと有り難い」
「では、そのように計らいます」
「うむ」
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 12:25| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月05日

3494話 正月様の御旅所


「正月も過ぎましたなあ」
「いや、まだ松の内ですよ」
「え、いつまでですか」
「七日か十五日までは正月ですよ。それに私なんて一月を正月と思っていますから、月末までです」
「それは長いですなあ」
「まあ、門松が取れれば正月は終わりですがね」
「今日はまだ三日目。これで終わるのかと思いましたが、まだ三日目なんだ」
「正月三が日というやつです。まあ、この三日間だけでしょ。正月気分でいていいのは」
「正月様は来ましたか?」
「何ですかそれは、年神さんのことですかな」
「うちの田舎では正月様と呼んでます。表からではなく裏から来ます。竈に来ますから、炊事場にお供え物をするのです。餅とか蜜柑とか」
「じゃ、家単位の神様ですなあ。うちでは年神さんと言って、新年を持ってくる神様です」
「干支とはまた違うのですか。今年は戌年なので、犬が年神様ではだめですか」
「それじゃ犬神様になってしまいます」
「どちらにしても、神社などへ行かなくても来てくれるんですね、神様が。もう正月様のお供えはしませんし、普通のその辺の神社へ参ってますよ。来てくれるのなら行かなくてもいいんだけど、田舎の話で、ここには来てくれないかもしれません」
「そうですねえ。元旦に神社などには昔は行かなかったようですよ。あんなに大勢の人が一気に行くなんてのは最近の話かもしれません。まあ、誰にでも新年は来ますからね。神様から来てくれます」
「そうですなあ」
「ところで初詣へは行かれましたか」
「夜中に行きました。日が分かり、年が変わってすぐに」
「それは素早い。寒いし、眠いでしょ」
「いや、年越しのときは夜更かしになりますよ。夜中の二時か三時になるとだれてきますがね」
「初詣は何処へ」
「これは私が信仰している祠です」
「ほう」
「長い間、祠だと思っていたのですが、物入れでした。小さな小屋でした。中には入れませんがね」
「何の小屋です」
「農具でも入れておくんでしょうなあ」
「はあ」
「田んぼの横にありましてね。畦道沿いです。私はずっとそれが地蔵でも祭ってあるのだと思っていましたが、そうじゃなかった。それに使っていないのか、放置状態。休耕田です。こういうのは家庭菜園に切り替わることが多いのですが、そのまま放置です。だから野原のようになってましたね。そこに祠。これはいい景色だ」
「はい」
「それで、ただの物置だと分かってからでも初詣は、ずっとそこでやってます」
「でも神様はいないのでしょ」
「ところが私と同じようにお参りに来る人がいるのですよ。丑三つ時前でしょうかなあ」
「その人も物置だと分かっていて来るわけですか」
「犬小屋のような大きさです。ポンプとか、モーターとかそういったものが入っているような。錆びちゃまずいようなね」
「その人もあなたと同じように祠だと思って来るのですかな」
「いや、物置だと最初から知っているようです」
「ほう、じゃ、なぜお参りに」
「訳を聞くと神様の御旅所なんです」
「御旅所」
「休憩所のようなものです」
「ほう」
「この辺りに来る様は、ここで休憩するらしいです。だから正月様が来てくれる前に、ここで正月様に挨拶するとか」
「でもその物置、昔からはないでしょ」
「そうです。しかし、良い場所なので、使うようになったのでしょ。祠の大きさから考えて、かなり小さな神様のようです」
「じゃ、その物置がなくなると、別の場所へ」
「そうでしょうなあ」
「珍しい話ですねえ。有り難うございました」
「嘘ですよ」
「ああ、いけませんなあ、正月から嘘は」
「でも普通の神社も、そういった嘘の固まりじゃありませんか」
「はいはい」
 
   了
posted by 川崎ゆきお at 11:58| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月04日

3493話 寛ぎの場


「何処で寛げるかでしょうなあ。楽できるとか」
「何処でしょうか」
「以前はそういう場所が何処かにあるのではないかと考えていたのですが、最近は自分がいつもいる場所に変わりました」
「いる場所?」
「いつも座っている場所です」
「はい」
「安楽椅子とまではいきませんが、べた座りのできる座椅子です。前のテーブルはコタツです。そこにパソコンが乗っています。キーボードも。以前は真正面にテレビがありましたが、パソコンでもテレビを見ることができるので、テレビは使っていません」
「そこに座っておられるときが一番寛ぐのですか」
「ここは私の司令塔。中枢部です。ここから全ての指令を出せますが、実際に動くのは私だけです」
「はあ」
「この指令というのは次は何をしようかという作戦に基づいて実行されます」
「つまり一人参謀会議を行う場なのですね。それじゃ寛げないのではありませんか。テレビを見ているようなわけにはいかないでしょ」
「いや、参謀会議は私一人なので、思い付いたことを実行すればいいのです。殆ど実行していませんので、最近は作戦も練っていません。練りに練った作戦ほど面白味に欠けます。そして重くて腐腐になってしまいます。思い付けばさっとすぐにやる方が好ましいので、司令塔をやる時間など実際には瞬時です。だからあとは寛いでいます」
「何をされて寛いでいるのですか」
「テレビは殆ど見ていません。これは見ていて寛げませんから。それにいらぬ刺激が一方的に襲ってきますからね」
「じゃ、ネットですね」
「そうです。こちらの方が知りたいものを探して見ることができます。まあ、それも限りがありますから、それ以上のことは分かりませんし」
「それもよくある過ごし方ですね」
「そうですねえ。ただ、その寛ぎ方は何もしたくないときに限られます」
「はあ」
「それと私は仕事をしていた時期は、それをやっているときが一番寛げました。仕事を辞めてからは自分の居場所がなくてね。何かしないと一日が長い。だから色々と用事を作って忙しそうにしていましたが、何か違うのです。忙しいので当然寛げません。これは無理に作った用事のためでしょ」
「はい」
「目的が寛ぐことだと気付いたとき、何が一番寛げるのかを考えてみました。何をしているときが寛げるかをね」
「それが部屋でぼんやりとしていることだったわけですね」
「そうです。しかしこれがなかなか難しいのですよ。一番簡単ですぐにでもできることなのですがね」
「退屈するからでしょ」
「それもありますが、時間を忘れるほど寛げるようなものが理想です。なぜか最近、気ぜわしく日々が過ぎ去りましてね。ゆっくりできるはずなのに、なぜか時間が押し気味で、ゆとりがありません」
「全部が全部ゆとりの時間じゃないのですか」
「そうなのです。一日のんびりとしていていいのです。それなのにゆっくりできない。寛いでいるという実感がなくなりました」
「じゃ、部屋の中のその場所は寛げる場所ではなかったのかしれませんよ」
「そうなんです」
「そうでしょ」
「じゃ、他にそんな場所があるのでしょうや」
「さあ、こればかりは個人差がありますし、そんな場所など必要のない人もいますよ。あったとしてもたまに行くだけでしょ」
「たまねえ」
「そうです。ずっと寛げるようなことって、ないと思いますよ。たまにそういうのがある程度でしょ」
「そうですなあ」
「それと」
「まだありますか。他に」
「蒲団に入り、さあ寝ようかと思うとき、寛げますよ」
「ああ、一日が終わって、あとは寐るときねえ。確かに寝ているときは寛いでいると思いますが、眠っているのでそんな意識はないので、残念ですが」
「人は必ず寝ます。だから皆さんそこで寛いでいるのですよ」
「いやあ、参考になりしたよ。寛ぐための作戦なんていらないんだ」
「そうです」
「有り難うごじゃいました」
「いえいえ、御達者で」
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 12:20| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月03日

3492話 視願


 平沼は無事年を越したのだが、昨日から今日になった程度で、大した変化はない。しかしいつもの朝ではなく、新年の朝なので、少しは受け止め方が違うようだ。そういえば寝る前も今年はこれで終わるという思いが少しはあった。今日が終わり、明日になる規模よりも一年の規模の方が大きいが、実感するほどの値が平沼にはない。仕事納めもなければ忘年会もなく、元旦の朝の食事も昨日の残り物。ご飯だけは炊いたが、普段と変わりはない。
 雑煮でも作ればそれらしくなるのだが、年末に買た餅を食べてしまった。
 初詣に行く気もなく、また誘われることもなく、いつものように食後の散歩に出ただけ。その近くにも神社はあるのだが、寄らない。その神社、たまに用事のついでに寄ることはあるが、通りから見ているだけ。朝の散歩はそのコースには入っていないので、お参りもなし。また、神社に行くことはあってもお参りはしない。手も合わせなければ賽銭も投げず。
 信仰心とか、信心には興味がないわけではなく、結構神秘的なことは好きで、験を担ぐことも多いし、迷信だと分かっていても、一応はそれを立てるタイプ。ではなぜ初詣をしないのか。初でなくても、仕舞いでも詣でない。もっと別のところにそのタイプのものがあると思っている。たとえば誰も信仰しないような、ただの木とかだ。当然神木でも何でもなく、ただ古いだけとか、目立たないところにあるとか。枝振りがいいとか。何処か自然界の驚異のようなものが出ているような木を選ぶ。それで木に願をかけるわけでもなく、手や身体を当ててエネルギーを吸収するわけでもない。あれは木の精が入ってくるのではなく、逆に木に抜かれる。だから悪いものを木に吸い取ってもらうにはちょうどいい。アースのようなものだ。神木に悪いガスを捨てるようなもので、犬の小便と変わらない。神木を汚しているのだ。
 では、お気に入りの木に対して、平沼はどう接するかというと、視願をする。これは遠隔ものだ。直接触れたりしない。視願というのは一種の念波だろう。目で物を言うようなものだが、言葉はない。目で少し木に挨拶をする程度。願をかけてもそれは言葉だろう。神様なら知っているかもしれないが、日本の神様は英語では駄目だ。
 木には耳がない。だから木に気をかける。視願は一瞬だ。
 これだけでいい。だからもし平沼が神社でお参りをするとすれば、遠くからでもそれが可能。しかし、それをしないのは、神社には神様などいないからだ。もし神と呼ばれる何かがいたとしても、それは何かではなく立派な名前があるのだが、神秘性が薄い。自然発生的な精霊の方がまだしもリアリティーがある。
 要するに作られた神々ではなく、手垢の付いていないタイプを平沼は好んだ。人が弄れないものがいい。これもまた自然崇拝のようなタイプに入るのだが、そちらの方がまだしも清い。
 山の精、草の精、水の精、谷の精。そういったものと接する方を好んだ。人格のある神というのは生臭いのだろう。作られた神は作った人の臭みが出る。
 空ゆく雲。風。そういったものに視願を当てている方が効くような気がする。当然元旦の初日の出もいいのだが、その時間平沼は寝ている。起きてまで見ようとは思わないので、その程度の扱いだ。
 これは信心ではい。信じていないためだ。少し距離のある関係でいる方を好む。だから樹木にちょと目配せする程度がいい。
 それでその朝も、いつもの散歩コースを歩いただけだが、最近気になっている廃屋の庭木があり、その枝振りが気に入った。神詣でしないで、そっとその木に視願を送ったが、願い事の中身はない。願い事全般という欲ばったものではなく、木に対して、気にかけている。その存在を認識しているという程度でいい。
 また更地が野原のようになり、あまり見かけない地味な野草が咲いていた。これはいけると思い、視願した。
 
   了

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2018年01月02日

3491話 玉手箱


 常世の国から玉手箱を持ち帰った北島は、開けるかどうかと迷った。玉手箱の意味を知っているからだ。しかし、常世の国では玉手箱といっているが、別のものかもしれない。
 それは宝箱かもしれないし、パンドラの箱かもしれない。一番いいのは宝箱。しかし、どんな宝だろう。これが大判や金塊や宝石類ならもっと重いはず。持った感じスカスカで、箱の重さ程度しかないように思える。だから通常の玉手箱で煙りしか入っていないのだろう。
 それなら開けると白髪のお爺さんになってしまう。一気に時が立ち、その間の北島の人生はなかったも同然。北島だけが時を経るのではなく、周囲も経ており、もう北島を知っている人もいなくなる。
 パンドラの箱ならどうだ。これは開けると全ての災いなどが飛び出し、パニックになるが、直ぐに閉めれば希望だけ底に残るらしい。だから希望を得るには、まずは災いを先に走らせないといけないことになる。希望などいつでも手に入る。しかし、いい状態のときは逆に希望が希薄になるだろう。満ち足りているため。
 北島は常世の国。これは島だった。そこの姫と夫婦になるが、風の便りで親が死にかかっているので、見に行ったのだ。しかし姫はここを出た人は二度と戻ってこないことを知っていた。それで餞別代わりに玉手箱を渡したのだ。
 北島はその意味が分からなかった。ただのお土産だと勘違いした。しかし、玉手箱を持ち帰った人の話を知っている。開けると老いるし、周囲も様変わりする。親の家はもうないほど村も変わってしまっているだろう。病気の親を見舞いに行けなくなる。
 開けるとやはり宝箱で、軽いがものすごく価値があり、直ぐに換金できるものが入っていたとすれば、薬代になるし、医者にも診せられる。しかし、何が入っているのかは分からない。
 北島は浜辺から村へ戻る途中、気になって気になって仕方がない。それに持ち歩くのも邪魔だ。
 そして親の家が見える砂山の上で開けてしまった。案の定白い煙が出た。正真正銘の玉手箱だった。周囲が煙で真っ白になる。自分の髪の毛も真っ白だろうと思い、一本抜いてみたが黒い。身体を見ても老いている様子はない。
 やがて煙が引いたとき、姫が嬉しそうな顔で立っているのが見えた。
 ワープ装置だったのだ。
 
   了

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2018年01月01日

3490話 ヒキガエルの大将


「退却じゃ」
「まだ何もしていませんが」
「これは負ける予感がする」
「いやいや、それではここまで進軍した意味が」
「分かっておる。しかし勝たねば意味はなかろう。無駄に怪我人を生むだけ」
「それはありがたいのですが、それでは使命が」
「では進撃した振りをしよう」
「はい、その方がまだ見栄えがあります。何もしないで、敵の姿も見ないで引き返すよりは」
「そうじゃな」
 槍部隊が所謂槍衾を張りながら押し出していった。騎馬は使わない。
 敵は気付いたのか、出てきた。先陣は騎馬。これが一気に駆けてきた。
「怯えるな! 騎馬では槍を越えられぬ。横の隙間をもっと詰めろ」
 これは敵の脅しで、流石に馬では突っ込めない。後方から投石隊が飛び出してきて、石を投げ、その後ろから弓隊が迫ってきた」
 投石で槍衾が揺らいだ。そこに弓。
「だから、引くのじゃ。引けーい! 引けーい!」
「出ましたねえ」
 この大将がヒキガエルと呼ばれている由縁。「かかれー」というかけ声は勇ましいが、「引けー」の大将は悪い名を残すのだが、配下はその声をいつも待っていた。
 弓が届かない距離まで引くと、もう部隊は崩れ始めている。そこを騎馬が突撃してきた。
 既にヒキガエルの大将は馬で逃げていた。それを追うように全軍全速で後退。このときの早さはすさまじい。
 しかし騎馬は直ぐに追い付くが、人数が少ない。逃げながら馬を槍で囲み、弓で射る。
 退却したとはいえ、騎馬を止めただけ。しかし槍や弓隊が追撃してくる。
「散れい、散れい。固まるな」ヒキガエルの大将が叫ぶ。本隊が何処にあるのか分からないように散らすのだ。当然馬印とかは倒している。
 敵は勇敢だが、相手が悪い。逃げ専門のヒキガエルの大将率いる部隊のため、逃げることに関しては超一流。
 追撃してきた敵軍も、深追いしすぎたのに気付いたときは、引きの大将の友軍が、敵の左翼を突いた。左翼が出過ぎたのだ。
 戦いに勝利したが、一番の手柄は左翼を突いた部隊で、ヒキガエルの大将は引いてしまったので、褒美はなし。
 しかし、でっぷりと太った総大将の殿様は、決してヒキガエルの大将を褒めないが処分もしない。
 このトノサマガエルとヒキガエルのコンビは結構続いた。
 
   了

 
posted by 川崎ゆきお at 11:24| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする