2018年02月28日

3548話 自然流


 久岡は同じ手しか使わない。そのやり方は単純なもので、技とも芸とも言えぬ代物。誰にでもできることだ。相手は安心している。よくある手の中の一つしか使わないため、対策が簡単。それにその必要もないほど安っぽい手。
「技を教えたはずだが」
「はい、習いました」
「どうして、それを使わない」
「さあ」
「さ、さあとは頼りない。しかとした方針でやっておらぬのか」
「師匠から教えられた基本を守っています」
「まあ、それは感心でいいが」
「初心を忘れないようにと、何度も言われましたし」
「今も言っておる」
「だから、初心者の頃に学んだ方法でやっているのです」
「だから、それは基本で、もうかなり立つのだから、応用というのを考えないとね。その技は色々伝授したはず」
「でもそれを使いますと、初心が飛びます」
「だから、初心というのは技ではない。気持ちを言っておるだけで、何も技まで初歩のままでおれと言っているのではない」
「でもリスクがあります」
「それを補うのも技の内」
「はい、そうしています」
 しかし、この師匠は本当に心配して、そんなことを言っているわけではない。なぜならこの久岡、意外と強いのだ。そしてかなりの上位者になっている。見た目は弱そうで、しかも大した技を繰り出さないのに、不思議と勝つ。
 実は師匠にも分からないところで、技を出しているのだ。これは久岡だけが知っており、そのことは一切言わない。
 久岡が隠し技を使っているのではないかと、一時評判になった。あんな単純な基本技だけで上位者相手に勝てるわけがない。しかし、どんな技なのかは分からない。
 ある日、師匠がまた、確認した。
「秘技を使っているという噂があるか、本当か」
「さあ」
「さ、さあとは頼りない。大事なことじゃ」
 実は、こっそりと使っているのだが、それは言わない。技が技として見えないのだ。何処でその技を使ったのかも相手には分からない。
 久岡は技を使っているという自覚はあるが、それは使ったあとでのことで、自覚して技を使っていない。だから、師匠にも技は使っていないと言っている。
 つまり、自然に出るのだ。しかし、それが技だとは思えないほど自然で、基本的な動きをしているようにしか見えない。要するに基本の動きの中に全ての技も含まれていることになる。
 しかし、この久岡、人気がない。地味なのだ。特徴がない。得意技もないのだから、そんなものだ。
 ある日、師匠がまた問いただした。
「何か自分の型を作り、特徴を出してはどうじゃ」
「それをすると負けます」
「いやいや、勝つための勝ちパターンだ」
「必殺技は封じられます。出せないでしょ。相手も警戒していますから」
「そ、そう、そうじゃなあ」
 何の特徴もない初心者レベルの動きしかしない久岡。しかし憎いほど強い。
 ある日、また師匠が話しかけた。
「君のその技なしの技、わしにも教えてくれんか」
「はい、簡単です」
「で、どうすればいい」
「基本通りの動き、初心者の頃の動きしかしないことです」
「しかし、何か妙な動きを、この前見たぞ。他の者には分からんだろうが、わしにはちらっと見えた。あれは秘術だろ」
「だから、そういうのは自然に出てしまっただけです」
 これを自然流と呼ばれるようになったのは後の話。
 
   了

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2018年02月27日

3547話 突然の闇


 日は既に暮れている。夜道を金田は自転車で走っていた。仕事が遅くなった。まだ明るいうちに帰るのが日課になっていたので、この暗さに慣れない。同じ道なのだが、暗いと様子が違う。
 急に真っ黒になったので、金田は慌ててブレーキを引いた。前が見えないほど暗い。自転車のランプは自動なので、点いていたはず、故障かもしれない。しかし、道が見えないほど暗い。住宅地の道なので、外灯は灯っているはず。
 ガシャンと音が遠くでする。車が衝突したのだろう。
 暗闇はやがて消えていき、普通の夜の町に戻った。停電ではない。それなら車の灯りは見えるはず。全ての光が消えたのだ。
 晴れた夜空、もし星や月が出ていたとすれば、それらも見えなかったかもしれない。
「それは夢ですか」
「はい」
「闇が一瞬覆ったということですね」
「明かりという明かりが全て消えました」
「でもすぐに戻ったのでしょ」
「はい」
「立ちくらみで目の前が真っ暗になることがありますねえ。あれなら全て真っ黒。それに近いですねえ」
「しかし、車が衝突していました。信号が消えた程度じゃありません。前が見えないのですから」
「そうですねえ」
「僕は思わず止まりましたが、車だと流れがあるので、急に止められないでしょ」
「でも、あり得ない話なので、深く考えることはないですよ」
「光が全てなくなる。世の中から」
「じゃ、燃やしていた火も消えるということですか」
「そこまでは考えていませんでした」
「電気系でしょ。消えたのは」
「じゃ、蝋燭なら消えていないと」
「さあ」
「でも、それはほんの一瞬、数秒でした。1分以内です、消えていたのは。これはどういう意味でしょう」
「知りませんよ。あなたの見た夢の話なんて、最初から荒唐無稽なのですよ。だからそんなもの真剣に考えるようなことじゃありません」
「でも、印象深く覚えています」
「灯りは消えても、世の中は続いていたのでしょ」
「そうです。暗いだけでした」
「何か意味をつかみ出したいのですか」
「はい」
「あなたはどういう意味だと思います」
「だから、意味が分からないので、聞いているのです」
「じゃ、無意味な夢でしょ。メッセージが届いていないわけですから」
「あの暗がりがメッセージです」
「それをあなたがどう解釈したかで決まります。それがないのでしょ」
「ありません」
「そのときの感情は」
「あれっと思っただけです」
「それがメッセージかもしれません。いきなり真っ暗になるというのが」
「漠然としていますねえ」
「しかし、暗闇のままだと、大変なことになりますよ。夜だけではなく、朝になってもまだ暗いと」
「そうですねえ」
「会社どころじゃない」
「そ」
「えっ」
「それでした」
「ほう」
「会社休める」
 
   了

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2018年02月26日

3546話 コンサル事務所


 事務所で仮眠していた吉村はきっかけもなく目が覚めた。誰にも起こされることなく自然な目覚めだが、事務所には誰もいない。元々一人だ。
 寝起きは悪くない。すっきりしたが、それで仕事に戻り、冴えた頭で取り組めるのだが、仕事が、ない。
 しかし、これが吉村の日常になっており、最初からそうだ。そんなことではやっていけないのだが、実は仕事などしなくても食べていける。
 それならしなくてもいいのだが、吉村は遊ぶのが下手で、しかも浪費家ではない。一番好きなのは仕事。だからその好きなことをやっているのだが、仕事がない。好きなこととというのは仕事として成立しないようだ。
 そういうときはネット上から適当なものを見つけ出し、勉強している。過去の色々な出来事や、当然今起こっていることなどが分かる。しかし、その閲覧の仕方はランダムで、気が向いたとき、気が向いたものを適当に選び出して見たり読んだり、覗いたりしているだけ。世間がそれで見えるわけではないが、退屈しのぎにはちょうどいい。たまにものすごく長い海外ドラマを見てしまうことがあり、続きを見たくて見続け、目が充血したことがある。別にしなくてもいいことだ。
 そんなとき、ノック音。この事務所を訪ねて来るような知り合いはいない。ほとんど人が入って来ない事務所。しかし簡単ながらテーブルと椅子があり、仕切りもある。
 まさかと思いながら、ドアを開けると、しょぼくれた中年男。スーツ姿で高そうな革の鞄を下げている。
 たまに人が来ることがある。見知った人は来ないが、見知らぬ人が来る。客だ。しかも電話もなく、いきなり来る人は珍しい。これで、この人は駄目だとすぐに分かる。
「経営についてなのですが」
 簡単な挨拶のあと、中年男がいきなり本題に入ってきた。ここはコンサルの事務所なのだ。
 吉村はこの世の中で一番焦臭いと思っている仕事がある。それがコンサル。それに吉村はまだ若く、経験が浅いというより、実績はわずかしかない。これは吉村の助言ではなく、偶然良くなったのだろう。お礼を言われたが、心当たりは何もなかった。
 つまり、できるだけ仕事にならないようにインチキ臭いコンサル業を選んだ。それなのに客が来た。イエローページに吉村の事務所が出ている程度。
「色々な会社に相談したのですが、高いだけで、成果が上がりませんでした。それで個人でやっている方なら親身になって、助けていただけるのではないかと」
 吉村は一応資料に目を通すが、その業界の仕事内容など知るわけがない。だからさっと目を通しただけ。読んでも分からない。
「いかがですか」
「要するに客が増えればいいのでしょ」
「そそそそうなんです。そのための知恵を」
 ここで、話してしまうと、引っ張って引っ張ってコンサル料を取るタイミングがない。まずは資料を預かり、検討しないといけない。その前に契約だろう。
 しかし、面倒なので、即答した。
「えっ、商売替えですか」
「いくつかコンサルに相談したのでしょ」
「はい、四カ所も」
「全部駄目だったのでしょ」
「はい」
「その職種でやっても駄目ってことでしょ」
「はい」
「だから、違う業種に変えなさい」
「はあ」
「はい、終わりました」
 吉村は先に腰を上げ、さっとドアへ客を導いた。
 それから数ヶ月経過した。
 あの中年男がやってきたが、顔色がいいし、スーツも明るい目。野暮ったい革の鞄も手にしていない。一斤の食パンのようなポーチを手首に引っかけている程度。
 中年男は入ってくるなり、深々と礼をした。
 
   了


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2018年02月25日

3545話 来なくなった人


「まだ寒いですなあ」
「春はそこまで来ているのですがね」
「秋に冬は待ちませんが、冬は春を待ちますねえ」
「夏には秋を待ちます」
「暑いからですね」
「そうです」
「結局過ごしやすくなる季節を待つのでしょうなあ」
「そうですねえ。春とか秋とか」
「はい」
「しかし秋がなかったりしますよ」
「良い時期は短いのでしょ」
「春は初春がいいですなあ」
「それを過ぎると暑苦しくなるからでしょ」
「まあ、新緑の季節も良いですが、春の方が秋よりも長いような気がします」
「夏の前に梅雨がありますからね。いい季候じゃないけど、気温的にはまずまずですから」
「良い時期は短いということで、このへんで」
「はい。お開きにしましょう」
「しかし、最近集まりが悪いですねえ。今日なんて二人だ」
「そうですねえ」
「どうしてでしょう。多いときには十人ほどいましたよ」
「良い時期は短いのです」
「残ったのは私とあなただけ」
「そうですなあ」
「なぜでしょう」
「あなたが来るようになってからですよ」
「私がですか。皆さん私を嫌がって来なくなったとでも」
「おそらく」
「それは心外だ」
「別に集まらなくてもいい寄り合いですからねえ。また、別の場所もありますし、ここじゃなくてもかまわない」
「じゃ、どうしてあなたは残っておられるのですか」
「僕ですか」
「そうです。あなただけが残ったことになります。あなたは私を嫌がらなかったからですか」
「存続のためです。僕がいなくなれば、あなたも来なくなるでしょ」
「当然です。一人じゃ集まりとは言えない」
「だから、残っているのですよ」
「よければ理由を聞かせてください。なぜ皆さん私を避けたのか」
「そんなことは言えません」
「どうしてですか」
「聞けば、あなた、ショックでしょ」
「私が驚くようなことですね」
「まあ、そうです」
「聞きたいです」
「よしましょう。それを言うとあなた、明日から来なくなりますよ。そして僕が追い出したように見えてしまいますし」
「分かりました。考えてみます」
 翌日、彼は来なかった。
 欠かさず来ていた人は、それを確認し、仲間達に連絡を取り、元に戻った。
 来なくなったその人は、深く考えた。何が原因で避けるのかと。
 しかし、原因が何一つ思い浮かばなかった。それだけに自覚が全くないのだろう。
 人にはオーラーがあるとすれば、オーラーにも色々と種類があるようだ。
 
   了

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2018年02月24日

3544話 気分の決壊


 やっていることは同じことでも気が乗らないことがある。やり方や機能は同じでも、昨日とは違う。中身ではなく、別の問題で気が乗らないのかもしれない。当然気分が悪いときは、気の乗りも悪いだろう。何とか乗り切る程度が目的になったりする。その過程は普段よりも苦しいかもしれないが、調子が悪い中でもやり遂げた場合は、気分の悪さも改善するかもしれない。
 この気分は体調的に気分が悪くなった悪さだけではなく、当然やっていることが気に入らなくなり、気が乗らないこともある。この場合は気分が悪いとは言わないが。ひどい場合は、本当に気分が悪くなるほど、嫌なことになる。
 気分がいいとか悪いとかを感じないときの方がいいようだが、こればかりは機械ではないので、波がある。その波がどこから来ているのかは大凡分かるのだが、体調のように近くから来ている場合よりも、遠くから来ているものの方が本当は深刻だ。その遠くとは将来とか、その先とかの話だろうか。当然過去からの波もある。
 こんなことを、今やっていていいのだろうかとか、これをやっても大したことにはならないとか。
 そういう気分というのは天気のようなもので、結構変わるもの。
 気持ちの波はちょっとしたことでも起こる。ちょっとしたことで気が滅入ったり、ちょとしたことで、もの凄く元気になったり。
 そういったものはコントロールしにくい。だから上手く流せないので、我慢して嵐が去るまで待たないといけない。これが気分がいいときは晴れているような日で、できるだけ引き延ばしたいのだが、そうはいかない。
 水を制するもの天下を制すると、何処かで聞いたことがある。単純にいえば、治水だ。だから稲作などがメインの定住民による国だろう。
 水を制するとは川の流れを制するということだろうか。雨は制御できない。川もそうだ。しかし、少しはコントロールできる。流れを変えたり、堤防を築いたり、または決壊する箇所はそのままにしておき、その横に田畑を作らない。無理に止めるのではなく、決壊させる。そこには人は住まないし、大事な作物は植えない。そのまま放置していると、池ができるかもしれないが。
 気分というのも、決壊することがある。天下を制するように、この気分も制すればいいのだが、そうはいかない。これは自然現象に近いためだろう。雨が多く降れば決壊しやすい。その雨を調整できない。気分もそうだ。
 気持ちがじとっと湿っているとき、決壊しやすい。何ともならないものは、何ともならないと知る方がいいのだろう。
 
   了
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2018年02月23日

3543話 病院前の喫茶店


 まだ春が来たわけではないが、暖かい昼間。食後の散歩で立ち寄る喫茶店が休みなので、木下は別のコースへ向かうことにした。
 その喫茶店は年中無休なのだが、モール内にあり、そこがメンテナンス関係で年に二度ほど全館休館になる。木下は毎日そこへ寄っているのだが、結構遠い。自転車による散歩なので、そんなものだ。これが徒歩散歩なら、そこまで行かない。
 モールのある方角とは逆側へ行くことにしたのだが、その方面はまだ田畑が残っており、その先はすぐに大きな川。橋を渡れば別の市街地に出られるのだが、その先は山。だからすぐに行き止まりになるような場所なので、滅多にそちらへは行かない。つまりどんどん田舎になるためだ。
 暖かいとはいえ、まだ冬。春を思わせるような畑の匂いはまだしないし、冬の終わりから咲く小さな雑草の紫の花も、まだまだ先なのか、畦の彩りは少ない。しかし、一足先に春を運んでくるのか、野鳥が来ている。雀より大きいが、色が少し地味なタイプと、雀よりも小さいがレンガ色の小鳥。これは真冬には来ない。それが来ていることは、春が近いのだろう。梅の花が咲き始める頃だ。
 そういった畑を見ながら、川のある方角へと自転車で向かう。
 コンビニができている。この辺りも宅地化が進み、人が増えたので、客もいるのだろう。
 コンビニができることは知っていた。しかし場所が分からなかった。家のすぐ前にあるコンビとオーナーが同じはず。開店予告と立ち上げスタッフ募集の貼り紙があったが、番地だけでは何処に建つのかまでは分からなかった。
 それで、ああここだったのかと思いながら、その前を通過する。
 ここのオーナーは愛想がいい。年のいったバイトだと思っていたのだが、オーナーだと知ったとき、これは意外というより、こういう人がオーナーなので流行るのだろうと思い直した。愛想がよければ流行るわけではないが、客が多い店。だから儲かったので、支店のようなものをすぐ近くに出したのだろう。どちらも大きい目の道に面している。違う道筋なので、重ならないので、いいのだろう。そういうのは考え抜いた上で場所を決めているはず。
 そのコンビニが建つ前、何があったのかまでは覚えていない。一戸建ての小さな家では、駐車場付きのコンビニを建てる広さはないはずなので、そこそこ大きな建物があったはず。田んぼではなかった程度の記憶しかない。
 その道をまっすぐ行くと、すぐに橋が見える。木下は渡る気がないので、左側の小径へ入る。昔、農道だったような細い道だが、これが左側にあるお隣の旧村と繋がっているのは、何度か通ったことがあるので、覚えている。
 コンビニができるほど住宅地が多くなっていた。
 さて、モール内の喫茶店の代わりに、何処に入るかだが、二軒ほど知っている店がある。その農道を進むとバス道に出る。そこに大きな病院がある。総合病院だ。昔は田んぼに囲まれ、四階建てなので、遠くから見ることもできたが、今は近付かないと分からない。その病院前に処方箋専門の薬局が二つほどあり、喫茶店も二つある。
 木下の家から比較的近いところにあるのだが、病院前というのが気になっていた。
 しかし、ここまで来たのだから、この二軒のどちらかに入らないと、それを外すと、橋を渡らなければ、もう喫茶店はない。
 そして、広くてゆったり目の大きい店に入ったのだが、満席。客層は分からない。もう一つの店も満席。カウンターが一つ空いているが、間隔が狭すぎる。
 よく考えると、ランチタイムで一番客が多い時間帯。
 それで喫茶店に寄るのは諦め、別ルートで家まで戻る。その途中、自販機で缶コーヒーを買い、上着のポケットに入れた。
 小さな湯たんぽがポケットに入っているようで、妙に暖かい。
 木下は年に二度、昼食後の散歩コースを変える日がある。今年はこれが一回目。二回目は半年後だろう。
 
   了
 


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2018年02月22日

3542話 荒蛇ノ尊


 まだ田畑や農家が残っている住宅地に引っ越して来た田淵は、暇なので近所を探索するのが日課になっていた。引っ越し先はまだこんなボロアパートがあるのかと思うような建物で、家賃が安いことで決めた。その目的は隠れ家。しかし実際には仕事場なのだが、これは名目で、仕事など殆どしていないというより、ない。だから暇。
 農村時代の農家は神社の周辺に集まっている。住む所と田畑がはっきりと分離している。その田の殆どは宅地になっている。だから田淵が越してきたアパートは初期の頃に建ったのだろう。まだ周囲が田んぼだった頃、ポツンとあったに違いない。農家が田んぼを売る。よくあることで、都市近郊では殆どがそうだ。そのアパートは農家が副業で建てたものだろう。家主が農家なのだ。早い目に農業を辞めたのだろうか。
 近所をウロウロしていると、モダンな一戸建ての家が多い。そして町の外れ、昔の村外れなのだが、そこにも農家がある。固まっているはずなので、こんなところにポツンとあるのはおかしい。しかも三軒ある。神社前の農家はどれも大きく立派なものだが、こちらの三軒は古いが小さい。
 それで市の図書館で調べると、合祀されたと書かれている。村の神社のことだ。吸収されたのは古地図から推定して、あの三軒の農家があったところで、小さな神社があったらしく、その神様が合祀された。
 つまり村の中に二つの神社があったことになるのだが、これは出身地が違うためかもしれない。つまり、この村の原住民など最初からいない。開墾しにきに移り住んで来た人達でしめられているので、その出身地や、どんな繋がりでここへ開拓に来たのかだろう。
 一番大きな勢力というか、中心になって開拓した人達の次に大きかった集団がいたのだろう。
 村の神社には合祀されたという形跡はない。ただのスサノウ神社で、そこに合祀された神様の名前は書かれていない。
 田淵は暇なので、三軒だけ残っている一軒に聞いてみた。既に農家などやっていない。お爺さんの代までの話で、今はただの家。近い内に建て替えるらしい。
 昔、この近くに神社があったのかと聞くと、受験生らしい少年が近くの小学校にあったという。それで神社も取り壊されたのだろう。合祀の理由はそれかもしれないが、図書館で調べた合祀の時代は江戸時代。だから神社が消えたのは、もっと昔。大昔。
 この三軒、同姓。昔は二十戸ほどの家がこの近くにあったらしい。残ったのは三軒だけ。
 詳しく聞くと、出身地は大和。今の奈良県。その寺領にいた人達が、ここへ移住してきたらしい。当然別姓の人も多いのだが、残ったのは吉岡という家系だけ。だからこの三軒、遠い親戚になる。
 村の中にもう一つの村があったのだ。しかし、それは村の中央部ではなく、離れたところにあった。
 話が弾むに従い、お婆さんが出てきた。
 いいものを見せてやろうと、田淵は蔵に案内される。その奥に小さな神輿が仕舞われていた。
 しかし、よく見ると、それは神社。合祀されたのだが、村の神社ではしっかりと祭ってくれないので、ここでひっそりとお祭りしているとか。だから担いだり引いたりする神輿なのだが固定したまま。外に出したことは一度もないらしい。
 神様は大和の寺領時代から続くアラヘビノミコトとされている。蛇と関係する先祖神らしい。ローカルすぎて、誰も知らない神様だった。
 
   了
 
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2018年02月21日

3541話 うすらひの精


 薄ら氷が張っている。この地方では珍しい。薄ら氷は春先に張る薄い氷、この地方では真冬でも人が乗れるほどの氷は張らない。
 立花は光るものが見えたので、何だろうかと近付いた。稲刈り後、そのまま春まで待っている田んぼで、稲株だけが点々と残っている。当然だが水は抜いているが、水溜まりができる。そこが光っている。しかし、水溜まりの輝きよりも切れがあり、鋭い。滅多に氷など見たことがないので、田んぼに足を入れ、氷の張ってある場所に立った。子供時代なら当然踏んで、割ったりするのだろう。そんな思い出が立花にもある。珍しいのだ。
 その薄ら氷、見る角度が変わっているのに、まだ輝いている。どうも太陽の反射ではなく、内側から光っているようだ。そうなると、かぐや氷かもしれない。竹ではなく、氷。
 立花はドアノックのように、指の骨でコツンと叩くと、ピッツと亀裂が入り、ポコッと割れたが、光はまだある。
 田んぼの水溜まりの氷、数センチも深さはないだろう。
「誰かいるのか」
 立花は気配を感じ、割れ氷に向かい聞いてみた。
「はい」
 いた。
 聞くと氷の精らしい。雪の精と氷の精とでは違うのだろう。
 つまり妖精。
 氷の下から出てき来たのは光り輝く姫。和風だ。小さな人形のような。だからかぐや姫に近い。
 聞くと、名はウスラヒメ。暇らしい。雪が降り、氷が張るような地方ではないので、出番が少ないとか。
 何を待っているのかというと、見付けてくれること。
「出してくれて有り難う」
 当然、何かお礼が来るはず。
「何か願いを叶えてあげます」
 立花はフィギュアものが好きで、いくつかコレクションがある。ゲームのキャラで、エルフが好きだ。
「何か望みを叶えて上げますが、何が良いですか」
 当然この薄ら姫そのものが欲しい。
「それはなりません」
 立花はそれ以外の望みはない。もし何か別の世俗的な望みが叶っても、その副作用というか、弊害のようなものが起こることを知っていた。
「何もないです」
「そうですか」
「じゃ、これで」
「あ、はい」
 立花は田んぼから出て、道に戻り、仕事へ向かった。電車一つ乗り遅れるかもしれないが、遅刻にはならないはず。
 もう一度田んぼを見ると、薄ら姫がずっとこちらを見ている。そして手を振っている。
 立花も手を振る。
 薄ら氷の精、そんなののは見えるわけがない。しかし、薄ら氷が光っているのを見たとき、いるように感じたようだ。
 
   了
 
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2018年02月20日

3540話 ダンジョン喫茶


 何かを成したあとよりも、何かを成す前にウロウロしていた頃を岸和田は懐かしく思えてならない。
 これは初心の頃だろうか。まだ何もできていない時代、これからそれをやっていこうと決心した程度。ものになるかどうかは不確実、未知の世界が待っている。それだけに心が弾む。そのための準備などをやっていた頃が、妙に懐かしい。
 その頃、よく行っていた場所がある。これは将来のために役立つはずだと思い、普段なら行かない場所にも行った。その多くはそれに関係する人達と会うため。
 岸和田と同じような初心者も多くいた。そして将来のことを語ったり、情報を交換し合ったりと。
 当然、この頃はまだ何もしていないのと同じ。初心者ではなく、それ以前。だから夢があったのだろう。
 そういった目的があるとき、人は動きやすい。軸があるためだ。それに向かって進めばいい。
 そんな中に不思議な記憶がある。とある集まりで、都会の喫茶店に入ったのだが、それが深い。
 その店も岸和田が好んで入ったわけではなく、成り行きで、その店に決まった。七人ほどいただろうか。その人数で座れそうな店を探しているとき、小さな店が奥の方にあった。そこは地下街。間口は狭いのだが、洋風のクラシックな店。ギリシャの宮殿にでも立っていそうな柱。中程が膨らんでいる。店の大きさからすればバランスが悪い。大層すぎる。
 奥まった場所で人も来ないような地下通りの裏側にあるので、ここなら空いている席も多いので、座れるだろうと思ったのだろう。岸和田もそう思った。だからこの店に入ることは誰も予定していなかった。それこそ成り行き。既に三軒ほど回ったのだが、七人が座れるような空席はない。四人掛けテーブル二つあれば済むことなのだが、ターミナル近くなので、客が多いのだろう。
 中に入ると、そこそこ広いが、この付近では小さい方。しかし、すぐに落胆。二人掛けのテーブルとカウンター席が空いている程度。しかし店の真ん中に空間がある。井戸のように下が見える。螺旋階段だ。下にもあるのだ。ここは地下一階なので地下二階になる。
 ボーイが手招きするので、その階段を降りるが、やはり七人は座れない。ところが、そこにもまた穴が空いており、下が少し見える。地下二階にいたボーイが、下へと手招き。
 地下三階に降りると、流石に空いている席があり、二人掛けテーブルが並んで二つ、そして空いている。
 これで落ち着けた。
 ところが、穴はまだある。地下四階があるのだろう。岸和田は気になり、下を見た。すると人がいる。地下四階があるのだ。
 まあ、そんなことよりも、集会が大事なので、仲間達とその業界のことについて、色々と話し合った。ここで集まった仲間は、その後何十年も続く人脈になるかもしれない。
 集会は雑談になり、だれてきたところで、岸和田はトイレに立った。しかし、このフロアにはないらしく、下にあるらしい。
 地下四階へ降りると、客は少ないが、カップルが多い。
 そしてトイレはさらにその下にあるようだ。下への矢印が示されている。すると地下五階があるのだ。流石に螺旋階段はなくなり、普通の階段が端にある。
 そこを降りると地下五階。トイレだけしかないかもしれない。しかし、その階段、非常に深い。下へ下へと続いているのだが、二階分ほどの長さがある。もしかして、降りる場所を間違えたのだろうか。そう思いながらも、下まで行くと、そこもまだ喫茶店。トイレだけがポツンとあるのかと思ったのだがそうではない。
 だが内装は上とは全く違う。
 地下五層の喫茶店など、存在するのだろうか。先ずそれがおかしいと考えた方がいい。
 そして、トイレの場所を聞こうとすると、ボーイが出てきて、手招きする。そのボーイ、上の階とは服装が違う。
 案内されたのはさらにまだ下への階段。
 ああ、これは、という感じだ。
 当然、そんな喫茶店などない。岸和田のイメージだ。
 あの頃、そんな喫茶店に入ったことは実際にはない。しかし似たような店に仲間達と入ったことはある。しかも何度も。
 そして、今思い出すと、あの初心者時代のイメージが、あの地下の深い喫茶店を作り上げたのだろう。存在しないが、五層を超えるダンジョン。それが初心者時代の状況と繋がっている。
 体験した覚えのないことを思い出す。実に不思議な話だ。
 岸和田は結局その方面の仕事は初心者レベルで辞めてしまった。その業界、もの凄く奥が深かった。
 
   了
 
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2018年02月19日

3539話 感動する


「昔ほどの感動ですか」
「ありますか」
「感動ねえ」
「昔に比べ、感動するものが減ったのではありませんか」
「ああ、そりゃ若い頃は感受性も高かったので、感動というより驚いたり、新鮮だったりで、でもそれは感動とは少し違うかもしれませんよ」
「最近感動することはありますか」
「私が思っている通りに進むドラマを見たときなど盛り上がりますなあ」
「体験ではなく」
「はい。こうなって欲しいというような展開になり、思っていたような結末へ向かったときなど、カタルシスを覚えます。スカッとします。まあそれまでは我慢を溜め込まないといけませんが、そのときは見ていても辛い。しかし、主人公なのだから、惨めなまま終わるわけがない。また普通の娯楽作品ですからね、下手にひねったり、不条理なことになったり、哀れな結末で、余韻を残して何かを訴えるとかの臭い手を使わない作品しか見ないようにしています」
「鑑賞方法ですね」
「感動というのは意外性ではなく、上手く行くことですよ」
「そういう作品の話ではなく、あなた自身が感動することで、何かありませんか」
「同じです。先ほど言ったのと。そのパターンに填まったとき、上手くいったぞ、と思う程度で、それが感動なのかどうかは分かりません」
「しかし、若い頃に比べ、そういった感動が減っているのではありませんか」
「だから、それは先ほど言いましたように、単に驚いたり、凄いと感じただけで、感動とはまた違うのです」
「じゃ、感動とは何ですか」
「気持ちが動くことですよ」
「そのままですねえ」
「だから、それを言い出すと、全てが感動になります。その中でも特に動いた場合が、感動でしょう」
「はあ」
「しかし、気持ちは動かない方がよかったりしますよ。しかし、若い頃はよく動く、免疫がないからでしょ。それを感動と勘違いしてはいけない」
「では本当の感動とは」
「私の体験から言いますと、期待していなかったが、もしそうならいいだろうなあ、とは心で思っていることが、実際に起こったときです。これは意外性ではありません。そんなことは起こらないだろうとは思いながらも、あって欲しいような気持ちが何処かにある。だから心の中では浮かんでいるので、これは意外なことではない。だが、現実にはあり得ないだろうということですね。こういう条件を満たすようなことは一生のうちで一度か二度、あるかないかでしょ」
「お話しが難しいのですが」
「感動は貰うものや受けるものではなく、もっと能動性があるものです。受けるだけじゃ、それで終わるでしょ。心が動いただけ。しかし、その後、その動きが続くかどうかでしょう」
「いやいや、そういう話ではなく、最近何か感動したことはありませんか、と聞いているだけなのですが」
「そのタイプの感動ではつまらんでしょ」
「はあ」
「心が動き、体が動き、その後の生き方さえ変えるほどのことでないとね」
「そういう大層な話ではなく、昔は色々感動していたのに、年々感動することが減ったとかの話なのですがね」
「そうなのですか」
「それで、最近感動したことは」
「ありません」
「ないと」
「あったとしても、それは語らないでしょうねえ」
「はあ」
 
   了


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2018年02月18日

3538話 国民養生村


 三島は体調が優れないので、養生することにした。国民養生所というのがあり、そこに申し込んで当たった。審査はなく抽選だったようだ。
 南の斜面に建つ施設で、麓まで茶畑が続いている。休暇村のようなものだが、レジャー施設ではない。施設内に目立った建物はなく、廃村をそのまま施設にしている。だから何人かが一つの農家で暮らすのだが、空いている農家の方が多く、一人で来た人は大きな農家で一人暮らしができる。
 その一軒の何世帯も住めそうな大きな農家が本部らしく、そこで食事ができるし、弁当の配達もある。茶畑の丁度真上になり、村時代の畑がそのまま残っている。そこで農作業をしたり、山菜を取りに行ったり、昆虫採集もできる。
 滞在費は無料。
 三島はしばらくして気付いたのだが、若い人が多い。
 養生村なので、養生に来ているのだろう。それはいいのだが、全員公務員。学校の先生が多い。
 三島は中小企業の社員をやめ、仕事を探している最中。そのとき、いろいろと調べているとき、この施設を教えてもらった。仕事先よりも、休める場所がよかったのだ。
 あとで分かったのは、ここは非公開に近いらしい。三島はネットで応募して、当たったので、誰でも申し込めると思っていたのだが、そうではないようだ。この申し込みそのものが隠されていたのだ。
 三島が働いていた会社はIT関係で、そこに友部という青年がいた。彼にアドレスを教えてもらったのだ。
 建て前は国民なら誰でも応募でき、しかも抽選。条件はない。だが、ここに来ている青年の一人に聞くと、誰も応募などしていないし、そんなネット上の申し込みサイトなど知らないという。
 ではここに来ている公務員達は何だろう。どうして入れたのだろう。
 話を聞いていると、ある代議士の名が出てきた。大物だ。その後援会云々と言っている。後援者に対するサービス施設だったのだ。
 同僚だった友部はネットでそこへ潜り込んで、アドレスを得たのだろうか。しかし、簡単に入れた。しかもそれは生きており、メールで丁寧な説明と、ゲストナンバーまで知らせてくれた。
 だから茶畑の上にあるこの村にすんなり入れた。しかしそれまでは全てネット上だけの手続き。
 全員公務員。その中で三島だけが違う。これは何か居心地が悪いが、雨が少なく穏やかな気候の場所だけに、壊していた体調もよくなってきた。
 ここで人を集め、一体何をするのだろう。しかし養生村とあるだけに、あまり元気そうな人はいない。だから看板に偽りなし。
 三島はスマホであのアドレスをもう一度確認すると、アクセスできなくなっていた。ノットファインド。
 もう体調は戻ったのだから、ここから出ることにしたのだが、手続きが複雑で、すぐには済まない。
 引っかかる箇所が何カ所もある。登録番号は分かっているのだが、登録コードというのがもう一つあり、それが分からない。メールにも書いてなかった。
 そのコードがないと、退所の手続きができないらしい。コードを調べる方法があるのだが、それには証明書がいる。それに該当するものがいるのだが、免許証とかでは駄目。
 これでは出られない。
 養生村は怪しくはなく、穏やかな場所で、茶畑の下に港も見えるし、海も見える。平穏そのもの。そして施設といっても村全体がそうなので、囲われているわけではない。
 三島はそんな手続きなどしなくても、簡単に出られると思い、昼の日向に茶畑を下った。
 港は漁港で、バス停がある。来るときもそれに乗ってきた。
 そして無事、帰り着くことができた。
 その後、特に変化はない。
 
   了
 
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2018年02月17日

3537話 反応の人


 深見は名は深いが深く考えない人だった。殆どが反射神経だけで生きているのだが、これは意識的に考えないだけ。動物的な神経に近く、これは生命体としてはもの凄く大事なこと。しかし、人としてはどうなのかとなると、これは問われる問題だ。
 自律神経的に勝手に作用する反応ではなく、少しは考えた上での反応もある。ただ、あくまでも反応なので、浅い。印象だけで決めたり、習慣で自動化されているものを踏み続けた。
 反射的ではなく、反応というのは、少しは間があるし、意識の回路も回転し、色々と問い合わせているはず。得か損か、これをすればその後どうなるか。または周囲が何と言うだろうとか。
 深見の反応はそこまで含まれているので、好き放題の反応とは違う。ただ、単純な反応なので、中身は浅い。が、印象から受ける抽象化で、逆に一を見て百を知るわけではないが、身に合った反応を取るようだ。中身ではなく、印象。だから中間の過程を省略し、いきなり結論を得ているようなものだが、そんな高尚なことではなく、やはりどこまでいっても反応は反応。
 たとえば胡散臭い話をする人の話を聞くとき、その中身ではなく、語り方で分かるようだ。まあ、胡散臭い話とは怪しい話で、それだけでも分かるのだが、ありそうな話、もっともらしい話もある。語っている人も怪しい話としては喋っていない。だから胡散臭いかどうかはそのときは分からない。熟知した人なら、話の中身で大凡のことが分かり、これは胡散臭いぞ。と知るのだが、深見の場合、中身よりも、その人の喋り方や、言葉遣いの中に含まれている単語や、その発音。当然目や顔色や表情から出る臭さを嗅ぎ取る。これはただの反応。しかしもの凄く早い。
 世間には見た感じは教養もあり、知識もあり、当然知恵もある人がいる。それらは反応とは逆側なのだが、この反応だけで生きてきた人は、それなりに巧みな見識ができる。研ぎ澄まされるのだろう。だから、あの馬鹿が、と言われているような人が、意外と上手く生きていたりするものだ。ただそれは解説できないことで、説明もできない。知識はないが愚者ではない。自分のことに関してだけは賢いのだ。
 深く考え、思案する人は、動きが重くなる。そしていつまで経っても結論が出ない。熟考に填まると泥沼になり、抜け出せなくなり、何も決められない。
 その点、深見は答えを出すのが早い。一秒もかからない。これはイエスかノーか、オンかオフ的判断に近い。中身ではないのだ。ただ、それは深見にしか分からない。深見にしか通用しないやり方になる。
 人は結局反応しているだけに過ぎないのかもしれない。それが下等な、低レベルなことと思われたくないので、色々と中身を盛るのだろう。
 
   了

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2018年02月16日

3536話 華の時代


「どんな人にも華の時代がある」
「私にもですか。しかし、そんな時代ありませんでしたよ。もう先はそれほど残っていませんし」
「咲き誇っていた時代があったはず」
「なかったです。だからこの先にあるかもしれませんねえ」
「いや、確率としては若い頃から壮年までの間が多い。よく思いだしてみなさい」
「じゃ、咲いていたことに気付かなかったのでしょうか」
「そうです。だからよく思いだしてみてください。よかった時期があったでしょ」
「よかった時期ですか。あまりなかったような気がします」
「それでも、少しましな時期があったでしょう」
「あれがそうだったのかな」
「ほら、出てきたでしょ」
「ましな程度で、華やかなことではなかったです」
「それでいいのです」
「いいんですか、その程度で。そんなもの普通の人ならいくらでもあることですよ」
「でもあなたにとっては希に見ることだったのでは」
「まあ、一番いい時期といいますか、瞬間ですなあ。時期というほど長くないです」
「そのとき花開いたのでしょ」
「そんな大層なことじゃないのですが、あのときはよかったのかもしれません」
「それです。それがあなたの華の時期、華の時代です」
「一瞬ですよ」
「さっと咲いて、さっと散ったのですね」
「そうですねえ」
「そして大輪の花じゃなく、小さな花」
「そうだったのかもしれません。しかし、自分じゃそれが華だった頃だとはとても思えませんがね。一生のうちに華の時期が何度かあるのでしょ」
「一度の人もいますし、何度も咲かせる人もいますし、長く咲かせ続ける人もいます」
「じゃ、まだしっかりと咲いていないのかもしれません。またはそれが華だったとしても、まだ咲かせることができるわけでしょ。二回も三回も」
「そうです。しかしどんな人にでも必ず一度は華の時期があります。短くてもね」
「瞬間だったりして」
「それもあります」
「はい」
「あなたのように華の時期に気付かなかった方が実はよろしい」
「言われるまで気付かなかったのですから、なかったのかもしれません」
「それはうんと若い頃でしょ」
「そうです」
「一番多いのです。その頃が」
「そうなんですか」
「しかし、あなたはそれに気付かなかった」
「それが何か」
「華の時期は誰にでもあるのです。だから咲かせることが問題なのではなく、華の時代が過ぎてからが大事なのですよ」
「咲いたこと自体分からないのですから、大事も何もないですよ」
「一度華の時代を体験した人は、そこに固守します。ところがあなたは、よかった時代などないとおっしゃっていますね」
「無理に思い出せば、出て来ましたが、大したことじゃなかったですから」
「問題は華の時代を過ぎてからなのです。一度目の華は誰にでも来ますが、二度目はその人次第」
「おっしゃっている意味が分かりません。最初の華も強引に思い出せば、あれではなかったかと思う程度で、もの凄くいい時代じゃなかったですよ。だからそれが過ぎたことも分からなかったのですから、私は華とは無縁です。あなたの言われているのは華の時代があった人のその後の話でしょ」
「そうです」
「一瞬だけ、あのときよかったとは思いますが、それは偶然で、人生規模の華ではありませんでした」
「その頃に引っ張られてませんか」
「忘れていたほどですから、影響なしです」
「華のない人なんだ」
「そうですよ。普通はそうでしょ」
「人生には誰でも一度は華の時期が訪れます」
「じゃ私はまだ訪れていないかもしれません」
「よかった頃のこだわりがあなたにはない。だから、私の話は無駄でした」
「これから咲くかもしれません。花咲爺のように」
「じゃ、花咲か爺後のことは、今までの話を参考にしてください」
「え、何の参考でした」
「だから、花咲爺の頃がよかったと思い、それに固守するのをやめなさいということです」
「いや、だから今後も華なんて咲きませんから、そんな心配は無用ですよ」
 老師は難しそうな顔付きで去っていった。
 老師の話を聞いていたのは団子屋の親父。
 花より団子なのだろう。
 
   了

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2018年02月15日

3535話 蜘蛛女


 四家町はオフィス街で、そこの古ビルに妖怪が出ると聞き、妖怪博士は見に行った。担当編集者の頼みなので、これは仕事。出不精な博士でも、これは出ないといけないだろう。実際にはそういった場所へ行きたいのだが、きっかけがないだけで、行けばそれなりに楽しめるようだ。
 しかし妖怪が出ているのだから、それは楽しいとか、面白いとかいってられない。だが、出ることが悪いことだとは限らない。出た方がいい妖怪もいる。
 今回は大きな蜘蛛が出るらしい。大きい目の蜘蛛どころの騒ぎではなく、人がしゃがんで両足を広げているほどの大きさ。こんなもの蜘蛛だとは言えない。バケモノ。だから妖怪。
 目撃者は古ビルの管理系の人で、使い込んだ雑巾のような年寄り。巡回中に見たらしいが、特に被害はない。大きな蜘蛛がいるだけだが、廊下の向こうから背の低い人間が近付いて来る。見れば足が長いし、何本もある。通路一杯を使うほど幅があり、これでは狭い場所は通れないだろう。どこから入り込んだのか、それを調べる以前に、そんなものがいること自体がおかしい。
 管理の爺さんの案内で博士は古ビル内を案内してもらった。
「他に見た人はいませんかな」
「いません」
「どの辺りに出ましたかな」
「ここです」
「この三階の廊下ですか」
 左右にいくつもドアが並び、聞いたことのないような事務所が入っている。
「いつ出ます」
「いつといっても色々でして」
「時間は関係しないと」
「はい、昼でも夜でも」
「場所はこの三階の廊下だけですかな」
「いえ、ビル内のあちこちで見ました」
「あ、そう」
「あれはなんでしょう。蜘蛛のバケモノですか」
「はい、昔からそういうものがおります」
「おりますか」
「おります。だから驚かなくてもよろしい」
「はい」
「蜘蛛と遭遇したとき、どうでしたかな」
「向こうから蜘蛛が沢山の足で歩いてくるので、逃げようとしたのですが、足が動きません」
「金縛りのような」
「そうです。足が縛られたように」
「どんなお顔でした」
「そりゃ怖い顔になっていたはず」
「いや、蜘蛛のお顔です」
「女でした。顔よりもむっちりとした太ももが何本も出ていて、股がどうなっているかが気になりました」
「何歳ぐらい」
「ああ、二十歳前後のまだ若い」
「顔だけではなく、胴体までは人のはずですが、どんな服装でしたかな」
「さあ、そこまでは見ていませんが、赤いのを着ていました」
「毛むくじゃらの蜘蛛の体ではなく、衣服を着ていたわけですな」
「そうです」
「和物ですか洋物ですか」
「洋物だと思います」
「化粧は」
「分かりませんが、唇が真っ赤」
「髪型は」
「不規則に飛び出して、逆毛が立ってました」
「はい」
「蜘蛛女でしょ」
「そうですなあ。それで、足がすくみ、動けなくなったあと、どうなりました」
「蜘蛛女も止まり、ずっとわしを見ておりました」
「それから」
「後ずさりました」
「あなたが?」
「いえ、蜘蛛女が後ろ足で去って行きました」
「この廊下でしょ。突き当たりは壁、右側に階段がありますね。そこを下っていったのですかな」
「そこまでは見ていません。蜘蛛女が後退していくのでほっとしたところで、足が動いたので、逃げました」
「そういうことが何度もあったのでしょ」
「廊下でばったり合ったのは一回だけ。あとは階段を上がってくるところを見たり、違う通路にいるのを見たり、屋上の隅っこにいるのを見たり、ときには壁を這い上がろうとしたりとか」
「被害はないのでしょ」
「ありません」
「最近病院へ行きましたか」
「行ってません」
「持病は」
「肝臓が悪いです。飲み過ぎです」
「お薬は」
「飲んでません」
「風邪のときでも?」
「飲んでません」
「蜘蛛女を他で見たことは」
「今回が初めてです」
「挿絵とか、映画とか、写真とかでは」
「ありません。それが蜘蛛だというのに気付いたのは何度か見てからです」
「はい、有り難うございました」
 妖怪博士は聞くだけ聞いて、帰ろうとした。
「あのう」
「何ですかな」
「あなたプロだと聞きましたが、退治とかは」
「それはだめでしょ」
「え」
「ここのヌシでしょ。それほど大きいとね」
「はあ?」
「このビルを守っているのでしょ。退治など以ての外」
「じゃ、今度出合ったときは」
「蜘蛛女は意外と弱いし、臆病です。刺激を与えないようにすれば何もしません」
「でも、どうしてそんなものが出るのでしょう」
「私は蜘蛛女じゃないので、そんなことは分かりませんよ」
「プロでしょ」
「だから私の言う通りにしなさい。古いビルにいると聞きます。しかし少し大きい程度の普通の蜘蛛ですがね。これは普通の民家にもいます。ヤモリとセットものです。だからあなたと同じです」
「私と同じとは」
「警備系です。守っているのです」
「じゃ、仲間か」
「まあ、そんなところですな」
「じゃ、どうしてあんな人間の姿をして、しかも大きい」
「蜘蛛が化けてものでしょ」
「はあ」
「だから、バケモノ。この場合、蟲化けと呼んでますがね」
「どうして私だけに見えるのですか」
「きっとその蜘蛛女、あなたにだけ姿を送ったのでしょ。見えるように」
「ど、どうしてですか」
「あなた、よく見ると整った顔をされている。若い頃、美男子だったんじゃないですかな」
「え」
 
   了

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2018年02月14日

3534話 夢は畦道を駆け抜ける


 幾年月かが過ぎていたが、それに気付くようなものがないと分からないようだ。浦上は浪々の身のまま十年以上経つ。今ではそれが当たり前のことだとは思わないものの、日々、思うようなことではなくなっていた。慣れたのだろう。
 浪人であっても武士は武士、武家としての身分はあるが、浪人では何ともならない。それに最近は二本差しの侍を見ることも少なく、接することも殆どない。そのためか、丸腰、つまり刀を差していない。重いだけで役に立たないためだ。
 こういう浪人者が山里に棲み着いても、すぐに出ていくだろうと里の人達は思っていた。今は山裾で畑をつっくっている。田んぼは一人ではできないので、忙しいとき、手伝いに行く程度。村人として認められているわけではないが、もう村人達は違和感がないようだ。これも慣れだろう。大人しい浪人で礼儀もしっかりしており、そこはやはり武家、室町礼法を里人は知らないので、適当に返している。
 大人しいが武術も大人しいようで、つまり弱い。といって学問が得意なわけでもない。
 小さな藩だったが、取り潰されている。藩士は百人もいない。その半分ほどは他藩に仕官した。浦上は秀でたところがないし、名も知られていないので、仕官は無理。最初から諦め、浪人という職を選んだ。そんな職はない。ただの無宿者と変わらない。
 しかし生まれ故郷でもあるその藩内からは出なかった。城があり城下もあったのだが、流石に領主が変わったため、武家屋敷も明け渡すことになり、辺鄙なところに引っ越した。このあたりはまだ藩領だった頃の知り合いもおり、他藩へ流れるよりも、ここの方がまだましだった。ただの浪人ではなく、元藩士という肩書きは、まだ生きている。
 新しく入って来たのは旗本。藩領をもの凄く細かく分割し、複数の幕臣が領主となった。どの領地も代官しか置いていない。所謂旗本領。藩の取り潰しが盛んに行われた時期だ。
 ある日、その中の一人の代官が山里の浦上を訪ねた。
 この代官、ただの請負で、その旗本の家来ではない。
 いきなりの訪問なので、浦上は野良着のまま、腰には大小ではなく、鎌を差していた。
「浦上様ですね」
「そうです」
「初めてお目にかかります。代官の山城屋です」
 この代官、商人なのだ。
「何か御用ですか」
「仕官先を探しておられるでしょ」
「ああ、はい、一応は」
「じゃ、私のところに来ませんか」
「いや、代官所はもう一杯でしょ」
「いえ、私の店へ」
「はあ」
「聞けば勘定方におられたとか」
「あ、はい」
「用心棒ではなく、商いですか」
「いや、帳場だけでよいのです。家柄のしっかりとした信頼できる人が欲しいのです」
「それでわざわざ」
「はい、山城から近江や大和、伊勢方面まで広げようとしておりまして」
「しかし、あなた代官でしょ。ここの」
「それは庄屋に任せておけばいいのです。代官といっても年貢のときに来る程度です」
「はあ」
「承知してもらえますかな」
「でも、どうして私が」
「誰でもいいのですがね。大人しそうで、勘定の達者な人なら」
「私でよろしいのですか」
「はい」
「浦上さん」
 浦上は別の声で呼ばれた。
「浦上さん、そんなところで居眠りしてちゃ、いくら小春日和でも風邪を引きますぞい」
 目を覚ますと、畦作りを手伝いに来ていたことを思いだした。
「あ、はい」
 
   了

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2018年02月13日

3533話 新製品


 一つのことが新しくなると、他のことも新しくなる。これは時代が進めば当然起こることで、百年前のことを今もそのままやっている人は少ないだろう。ある箇所だけに限れば二千年前と同じことをやっていることもあるが、それはより大きいことか、より小さいことだろう。時代とともに新しくなっていくとすればその中間箇所。これがほとんどを占めている。
 変わらないと何ともならないこともあり、また変える必要はそれほどないのに、新しいものに手を出すこともある。これは能動的。積極的に自分でやるわけだ。
 その場合、一つを新しくすると、他のことも新しいものに変えたくなる。変える必要はないのだが、気分的にそう感じるのだろう。これはバランスが悪いとか、統一感がないとかで、新しいものに全部揃えてしまう。
 新しいものへの要求は、今より快適になるときは、それを楽しむためだけの行為に近い。必要性は統一感とか、そういったものが縄になり、引っ張られる。
 人の動きというのは太古とそれほど変わっていない。感情もそうだ。それらが時代により置き換えられたり、すり替えられたりする。また、まとめられたり、逆に独立させたりとかも。
 その中身ではなく、そういう行為があるということでは太古と今も同じだ。より大きなものは変わっていない。そしてより小さなものも。
「要するに新製品が出たので、それを買うべきかどうかの話ですね」
「今までとは違うわけじゃないけどね。これは思っていたものが出た。理想的だ。新しけりゃいいというものじゃないよ。私が思っている新しさ、それに今回遭遇した」
「でも、今のでもやっていけるのでしょ」
「不満が多い。それらを払拭してくれる商品が出たんだ」
「じゃ、古いのはどうするのです」
「君にあげるよ」
「いくらか払いますよ」
「それは好きにしたまえ。もう使わないので」
 その後しばらくして。
「君に売ったあれねえ、買い戻したいのだけど、いいかね」
「いいですよ。安く譲り受けましたが、使っていないので」
「使っていない?」
「はい」
「やはり、あれじゃ時代遅れだろ。私と同じ理由で使う気が起こらないんだろ」
「そうじゃなく、使う用事がまだないもので」
「あ、そう。じゃ、買い戻すよ」
「いいですよ。それより、どうしました。張り切って新製品を買ったのでしょ。だめだったのですか」
「聞くでない」
「不満だったのですね」
「そうじゃないが、思っていたものとは違っていた」
「じゃ、今は使っていないのですか」
「そうだ。こんなもの使えるか」
「怒ってますねえ。じゃ、僕が買い取りますよ」
「そうかい。じゃ、それも何だから、交換しよう」
「はい」
 それからしばらくして。
「君と交換したあれねえ」
「新製品をもらい受けて大喜びです」
「使っているかね」
「いいえ、まだ用事がないので」
「交換しよう」
「え、でもあれは不満だったのでしょ。思っていた新製品じゃなかったと言ってましたよ」
「誤解だった。よく説明書を読まなかったんだ」
「あ、そうなんですか」
「また、交換しよう」
「いいですよ。どうせ使ってませんから。それに僕が持っているものより、新しいですし。それ以前に使う用がないので、何も困りませんから」
「よし、成立した」
 それからしばらくして。
「交換しよう」
「またですか」
「取扱説明書をさらに読むと、違っていた」
「そうなんですか」
「これで最後だ」
 それからしばらくして。
「他社から新製品が出たんだ。今のはいらない。君に譲る。もうお金はいらない」
「あのう」
「何かね」
「忙しいです」
「何が」
「重いのを持って、往復するのが」
「いい運動になるじゃないか」
「そうですがね。今度は決まりですねえ」
「それは届いてからだ」
「はあ」
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 11:38| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月12日

3532話 春待ち妖怪


「梅の蕾が膨らむ頃、真冬の底から抜け出す季節。立春もこのあたりかもしれん」
「年寄りの茶話のようですねえ」
「私も年寄りだからな」
 妖怪博士は寒いのに水を飲みながら担当編集者に言う。彼は自販機でホットミルクティーを二本買って訪問したのだが、博士は飲もうとしない。温かい飲み物が好きではないらしい。
「最近よく水を飲んでいますが」
「ああ、これか」博士は小さなグラスをまた手にする。
「何か意味でも」
「最後はお茶で締めるが、私は水がいい。どんなにいい料理を食べても、最後のお茶が一番旨い。さらに進めると、水になる」
「じゃ、今は水が一番美味しいと」
「茶の境地よりも水」
「はい」
「それよりも何の話をしていたのかを忘れた」
「梅の蕾が、とか言ってましたが」
「季節の話をしておったのではない」
「妖怪ですね」
「あの梅の蕾が妖しい」
「どんな妖怪ですか」
「バイドク」
「梅毒ですか。そのままですよ」
「その梅毒ではない。梅そのものの毒」
「じゃ、梅干しなんて毒の固まりじゃないですか」
「あれは梅の実。蕾ではない。それに毒は薬になる」
「じゃ、梅の花は毒花なのですか」
「梅というのはきついじゃろ」
「うちの婆ちゃんが歯が痛いとき、梅干しの皮を歯茎に付けてました」
「それよりもコメカミじゃろ」
「当然、頭が痛いときは、梅干しの皮を張り付けていました」
「だから、きついものが梅にはある」
「そうですか。しかし何処に妖怪が」
「蕾」
「蕾に?」
「梅の蕾が妖怪ではないぞ。梅の蕾に化けた妖怪がおる。これをバイドクという」
「初めて聞きました。妖怪辞典にもありません」
「これはまやかしでな」
「何の」
「先ほど言っただろ。梅の蕾が膨らむ頃、真冬の底から抜け出す頃だと」
「はい。それが何か」
「早蕾なのじゃ」
「はあ」
「まだその時期ではないのに、蕾が真っ赤になり、ぷっくりと膨らんでおる」
「何か、いやらしいですねえ」
「だからその手の春の妖怪でな。季節の春ではないぞ」
「はい」
「その妖怪を見たものは発情する」
「へー」
「梅の蕾が気になるのは、早く冬が去らないかなと思うから」
「早く春が来て欲しいわけですね」
「すぐには来んが、寒さの底から出るだけでも春を感じるもの。それで注意深く梅の枝を見る。すると、既に赤く膨らんでいるのがある。これが曲者でな。これは違うのだ。梅の蕾ではなく、実は妖怪」
「それがバイドクなのですか」
「梅の毒ではない。妖怪の毒」
「つまり回春妖怪ですね」
「そういうのは子供向きでは無理じゃろ」
「はい」
「じゃ、これ以上話さん」
 妖怪博士はまた水を飲む。
「腹を冷やしますよ。この寒いのに、水では」
「うむ」
「なぜ、水なのです」
「悪いものは水で流すのが一番」
「体毒でもあるのですか」
「そういうわけではないが、最近水が一番美味しく思えるようになった」
「毒は水に弱いということですね」
「そう言うことじゃ。だからこの妖怪バイドク、水に弱い。雨や雪にな。それで消える。そして一度それを見た人は、蕾が消えているのに気付く。誰かが千切ったのかと思う程度じゃが、もっとよく見れば、蕾が膨らんでおるのは、一つだけ。これが本物の蕾と妖怪バイドクの見分け方じゃ」
「しかし回春妖怪なら、いい妖怪じゃないですか」
「それなら、春待ち妖怪に直せばどうじゃ。これなら子供向きでもいけるだろ」
「はい、そうします」
 
   了

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2018年02月11日

3531話 ややこしい町


「最近どうですか、ややこしい町へ行ってますか」
「ややこしい町ねえ、滅多にないですよ」
「そういうのはどうやって探すのですか」
「偶然ですよ。行った町で見付かる。町といっても広い町だと、その町全体がややこしいのではなく、その一部、ピンポイントだけが怪しい。町そのものがややこしいのなら、その町の住人全てがややこしい人ばかりに見えてしまいますがね」
「要するにややこしい人が行けば、ややこしいものが見付かるということですか」
「私はややこしい人間じゃありませんよ」
「そうですかね」
「たまにややこしくなりますが、そのときに行けば、普通の町でもいくらでもややこしいところが見つかるものです」
「ややこしいとは、怪しいとか、面倒臭そうなというような意味ですか」
「面倒臭い人間は確かにいますね。そしてそれを怪しいと思うと、どんどん怪しくなります」
「分かりました。つまり、あなたがややこしい町を捻出させているのですね」
「捻出」
「捻り出しているのです」
「それじゃ妄想でしょ」
「だからです。あなたが書かれたややこしい町を何カ所か訪ねたのですが、少しも怪しくないし、ややこしくもありませんでした。だからそれはあなたにしか見えない町だったのです」
「確かにそうですねえ。精神的にややこしくなったときに行った町が多いような気がします。まともなときには逆に出掛ける気もしませんがね」
「あなたにとってややこしい町とは何でしょう」
「私がややこしいので、町もややこしく見えるだけかもしれませんが、そんなとき、ややこしいものを見るとほっとするのですよ。ああ、ここでもやってるやってると」
「何もやってませんでしたよ」
「いやいや、僕が見た限り、もの凄いことをやってましたよ。この町の住人は全て復讐を誓った一族達が暮らし住んでいたりね」
「はいはい、いつものお話しですね」
「この町は盗人の町で、泥棒だらけの町で、泥棒の家が、別の泥棒の家に泥棒に入り、入られた泥棒の家は、また別の泥棒の家に入り、そこで、自分が泥棒に盗まれたものを見付けたとか」
「だから、そんなややこしいことは有り得ないでしょ」
「気持ちがややこしいときは有り得るのですよ。しかし、それはフィクションだとは私自身も分かっていますがね。そういった嘘の世界が見えるのです」
「じゃ、日本ややこし紀行というあなたの本はフィクションなのですね」
「当然でしょ。全部嘘なのですから」
「でも本当にあったややこしい話として書かれていますよ」
「私の頭の中では本当にあったフィクションだからです」
「え、今ややこしいことを言われましたねえ。実際にはないことだからフィクションでしょ。実際にあるフィクションって、何ですか」
「そこで実際にフィクションを見たからです」
「やはりあなたは面倒な人で、ややこしい人だ」
「大なり小なり、皆さんそうでしょ」
「まあ、そうですがね」
 
   了


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2018年02月10日

3530話 白根峰西へ一里


 白根峰から西へ一里とある。白根峰は高い山塊ではないのだが、雪が積もる。豪雪地帯ではないが、大陸方面からの寒風の通り道なのだろう。まるで日本海側からの風を羽を広げて受け止めているような。それで白根峰と言ったらしいが、実際には白樺の森があり、遠くから見ていると雪のように白いためだとも言われている。標高はそれほどないし、冬場ずっと雪を被っているわけではないので、白樺説が正しいのかもしれない。今は白樺など何処にもない。
 さて、白根峰から西へ一里だが、この峰は先ほど言ったように羽を広げたように長い。そして一里は短いので白樺峰との距離感が微妙。頂上を基点にしても、峰内の何処かになる。
 白樺峰の西は別の山々がずっと続いている。当然名はある。はっきりと分かるくびれがあり、川が境界線となり、別の山だとはっきりと分かる。川向こうの山は武山で低い。
 白根峰の西へ一里なら、この武山の山中となる。その基準を白根峰の端にある川とした場合だ。
 ただ、正しくは武山は西ではなく、南寄りなので、南西だろう。しかし、西にある目立ったものはこの武山だけ。だが、武山も古くから名のある山なので、白根峰の西などと言わず、武山だと記した方が早い。だから、白根峰の西一里は武山ではないことになる。
 一里は約四キロほど。白根山の基点が分からないが、昔の人の視点で立つと、白根山に登り、そこから見て一里なのか、白根山を下から見ながら、そこから見ての一里なのか、どちらかだが、どちらも基点が分からない。麓といっても広いが、西側が見える位置なのかもしれないが、これも分からない。当然この峰には峰道があり、山の頂といっても長い。一番高い場所がそれらしく思えるが、そこから一里では白根峰から出ないことになる。
「分かりましたか、白根峰の西一里にあるもの」
「これは手掛かりがあるようでないですねえ」
「一番高いところから、西へ四キロほどの地点へは行かれましたか」
「はい、斜面です。林道から分け入って、丁度一里のところに行きましたが、目だったものは何もありません」
「この山、殆ど植林でしょ」
「はい、杉の木だらけでした」
「二千年以上前の話ですからねえ。このへんは原生林でしょ」
「白樺とか」
「さあ、白樺が生えだしたのはいつ頃からかは分かりません」
「しかし、二千年前、本当にここに古代王朝があったのでしょか」
「冬場、ここは雪がよく積もります。この近くの山よりもね」
「それが何か」
「風です」
「寒いので風邪」
「そうじゃなく、大陸から一気にここへ渡れる」
「日本海をですか」
「大陸のある種族が、渡ってきてもおかしくはない」
「それで古代王朝を」
「その痕跡を昔の人は見たのでしょうねえ」
「本当ですか」
「この古文書は聞いた話を書き留めたものです。白根峰の西一里に何かあるぞと」
「本当でしょうか」
「想像です」
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 12:02| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月09日

3529話 同じでない日々


「日々同じというのでは何なので、変えてみました」
「えっ、何が何なのですか」
「同じことの繰り返しでは片寄ってしまいます」
「あ、はい」
「先ずは立ち回り先を変える。これは毎日行っている場所ですがね、そこしかなければ変えようがありませんが、その場合は行く道を変えます。立ち回り先も、変えられるものがあるのなら、そちらへ一日置きに変えます。これで何通りになりますか」
「数えていません」
「場所を変えることで一回。行く道を変えることで、同じ場所でも二回。行く道筋が複数あればもっと増えますし、行く場所も増えれば、ものすごい組み合わせになります。これで同じ場所へ同じように日々行っているとは言えなくなりましょう」
「ほう」
「だから日々、同じことをしていない」
「そうですねえ」
「茶碗は常に複数、箸も複数用意しておきます。茶碗など一つあれば充分ですが、二つあると交互に使える。だから毎日同じ茶碗でご飯を食べているわけじゃない。そして箸もそうです。さらにご飯もそうですよ。流石に複数の米びつに別の銘柄を入れて交互に毎日炊くわけにはいきませんが、なくなれば、前のとは違う銘柄にする」
「ほう」
「私は昼はパンですがね。毎日サンドイッチを食べていました。作るのが面倒だし、テレビを見ながらかじれますからね。これも変える。おにぎりでもいいし、カップラーメでもいい。しかし続けては駄目。片寄るからです」
「出掛けるときの靴や鞄もですか」
「ご名答。これはかなり玄人です。しかし、それだけの数を揃えられないと思いますので、これも交互でいいのです。二つ用意すればいい。即ち二つです。三つが難しい場合は二つ。そして交互」
「はい」
「靴は古くなると買うでしょ。しかし、今まで履いていた靴なので、捨てるほどではない。破れておれば別ですがね。だから新しい靴を買えば、都合二つになる。靴は他にもありますよ。しかし服装と合わない靴は駄目でしょ。葬式専用とかね。普段履く靴、これも交互に履けるでしょ。一足しかないのなら別ですが、いずれ買うはず。一生同じ靴を履いているわけじゃない」
「靴下もそうですか」
「私は靴下は毎日履き替えません。同じのをずっと履いていました」
「僕もそうです。汚れて底が硬くなって、足袋のようになるまで履いたりして」
「余計なことを言わなくてもよろしい」
「はい」
「なぜそのようなことをするか」
「靴下ですか」
「そうじゃなく、小まめに変えるかです」
「片寄らないようにでしょ」
「それもありますし、それがまあ目的なのですが、日々同じことをやっていると言わせないためです」
「誰から」
「自分自身からです」
「はあ」
「しかし、実際の意味は同じでしょ」
「やっていることは同じでも、やり方が違う。ここが大事なのです」
「しかし、同じことをやっているのでしょ」
「それはまあ、そうだが」
「じゃ、同じような日々を送られているわけでしょ」
「だから、細かいところが違う」
「僅かな差でしょ」
「その差が大事なのだ」
「はい、お好きなように」
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:32| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする