2018年03月31日

3580話 龍を宿す


 人の内心は分からない。時田は大人しく従順で腰も低く、愛想もいい。誰に対しても親切なので、良い人なのだ。そのようなことを常に実行し続けられるということは実際には有り得ないし、逆に不自然なので、これは何処かで意識的にやっているのだろう。
 愚弄、馬鹿にされたり、さげすまされたりしても、へいこらしている。これはストレスが溜まるだろう。
 しかし人の内心は分からない。こういう覇気のない人間なのだが、実際には覇気がある。そんなものが何処にあるのかと思うし、表面に出ることはない。覇気があるどころか、覇王なのだ。
 ただ、本当の王ではない。だが常に王になりきっている。ただしこれは内心で、言葉にも態度にも出さない。出せば滑稽だろう。
 だから人から嫌なことをされた場合や、不快な目に遭ったときは「この下郎め」と内心で思っている。「手打ちにしてくれるぞ」とか。
 進化論が果たして合っているのかどうかは分からないが、動植物はそれなりの進化を続けているらしい。時田もそういう妙な進化を遂げた妙な形をした虫や植物のように、変な進化をしたのだろう。
 時田の住む国はこの国ではなく、時田が支配する大帝国。頭の中だけの国なので、いくらでも大きく膨らませる。
 普段はへいこらしているが、その視線は上からのもの。だから、ものすごく相手を見下している。
 ただ、普段は良い人なので、敵も多くはない。どちらかといえばうまく世渡りをしている方だ。角がないためだろう。
「まだ龍を持ち続けておるのですかな」
 夢の中で予言者が語りかける。
「そうです」
「しかし龍を持っていることを悟られてはなりませんぞ」
「はい、隠し続けます」
 これは夢の中の話。龍とは王の中の王のこと。帝王を意味する。時田は夢の中で予言者から龍を宿していると告げられ、それを本気にした。ものすごく鮮明な夢で、現実よりもリアルだった。
 その後、心の中の龍が裏側に常駐し、帝王の態度を取るようになった。ただ、内心だけの話。
 しかし考えてみれば寂しい話だ。
 だが、時田には龍がいるので、へいこらしていてもストレスは溜まらない。
 人の内心は分からない。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 11:21| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月30日

3579話 巫女在籍の多い神社


 里の山際にある神社は周囲は森で覆われ、何処にでもあるような造りだが、社殿の横に建物がある。神主の家にしては規模が大きすぎる。由緒のある神社かといえばそうでもなさそうで、古いことは古いのだが村の神社ではない。つまり氏子は村人ではないし、氏子そのものもいないようだ。村の神社は別にあるので、やはり何らかの謂われがあるのだろう。
 この神社には神主はいない。村の神社なら不思議ではなく、氏子総代とか、誰かが回り持ちで神主をやっていたりする。
 神主や氏子ははいないが巫女が大勢いる。神社横に建物があり、これがかなり大きいということは先ほど述べた。おみくじ売り場のようなものがあり、アイテム類が売られているが、ほこりをかぶっており、あまり売れていない。
 しかし、向こう横町の煙草屋の看板娘のように巫女が常に常駐している。ここを訪ねた人なら分かるが、行く度に違う巫女がいる。それほど参拝客もいないので、呼び鈴を押さないと売り子の巫女は出てこないが、おみくじを買うのは参拝客ではなく、巫女。
 しかし、よく見ると若いことは若いが、話し出すと小娘ではないことが分かる。
 そしてしばらくして行ってみると、以前いた巫女達はもういなくなっている。一日だけの巫女もいる。巫女を必要とするような行事はこの神社にはないが、神社ではなく巫女が行事なのだ。
 村人は参拝に来ないが、例外もある。
 問題は社殿でではなく、その横にひっそりとはしているものの、かんなびた建物があり、こちらの方が社殿より実は立派。その入り口は先ほど説明したおみくじ売り場。
 実はこのおみくじ、参拝者が巫女から買うのではなく、巫女がおみくじを買うのだ。そのおみくじは非常に高い。そしておみくじを買うことで、巫女になれる。おみくじには文字が書かれている。これは一人一人の巫女が書いたもの。
 祭られている御神体の神は、ムスビノミコト。もうこれで、どういう施設なのかが分かってしまう。
 その起源は戦国時代らしく、ある領主が作ったのがきっかけらしい。この時代の兵士はほとんどが農民、村人なのだ。この時代の要望は江戸時代になると消え、別の要望に切り替わる。跡取り息子がいないとかだ。
 同じようなものとしてお籠もり堂がある。お寺系だが、その神社系もあるのだ。
 
   了


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2018年03月29日

3578話 奥の桜


 私鉄のおもちゃのような一両編成の電車で終点に降りると、そこから既に花見は始まっていた。
 竹下はそこではなく、山寺を抜けたところへ行くことにした。山寺周辺が一番桜が見事で、花見客もここが多い。春休みのためか子供も多くいる。
 そこを抜けたところから山の中に入っていくのだが、人通りの多い山道のようなのが続いている。シーズンでなければただのハイキング道だろう。しかし山際まで宅地のためか、散歩に来る人も多いらしい。険しい山でもなく、高くもないので、ファミリー向けのコースにもなっている。
 奥へ行くほど山らしくなるが、このあたりまでの桜は植えたもの。だから道から外れると桜はない。
 猿がいることでも有名で、枝から枝へと群れで移動している。まるで枝の道、枝に道があるかのように飛び移る枝は決まっているようで、小さな猿も、頑張って飛んでいる。
 餌付けされているため、小道近くにしか猿はいない。そこから離れると食べていくのが大変なため。
 奥へ行くに従い、年寄りが多くなる。意外と若い人よりも足が達者なため、奥まで見に行くのだろう。奥の桜として知る人ぞ知る穴場。
 花見客は少なくなるが、それでも前をゆく人は連なっている。戻ってくる人もいるので、結構賑やかだ。途中に屋台も出ている。奥の桜への入り口あたりに小さな滝があり、そこには掘っ立て小屋のような飲食店もある。海の家のようなもので、その山の家版だろうか。シーズンが終わると片付けるはず。
 滝の前で休憩している人はやはり年寄りが多いが、まだ子供も混ざっている。
 そこを過ぎてからは年寄りばかりになる。奥の桜はこの先にあるのだが、滝で引き返す人が多い。
 竹下はまだ若いが奥の桜という言い方が気になり、ただの好奇心で向かっている。
 観光向けの山道が普通のハイキングコースのように狭くなり、簡単な丸木で作った階段も消え、山道らしくなってきた。
 前を行く人は健脚の年寄りばかりのようだが、それでも下村の方が足は達者。ワーゲン部にいたので、山歩きは得意。それで追い越していくのだが、一人追い越し二人追い越し三人四人と追い越していくうちに、ある共通点を見た。共通していないことが共通点というわけではないが、軽く横顔を見るとより年寄りが多い。さっき追い越した人より、次に追い越した人の方が年がいっている。
 さらに進むと、足下が怪しい老人ばかりになる。
 奥へ行くほど年が増えるのだ。
 そして奥の桜に到着する。桜の古木だが、大きい。周囲には桜はない。奥の桜まで見に行かない人が多いのは、滝のところで桜が終わるためだろう。いずれも植えたものなので、そんなものかもしれない。
 老木の下に集まっているのはかなりの年寄りばかり。暇なのかもしれない。
 竹下が老木に近付いたとき、それら老人達が一斉に振り返った。
 竹下は軽く礼をした。
 老人達は二十人ぐらいはいるだろうか。もうこれ以上老けようがないほど老けた顔。その顔が一斉に竹下を見ながら笑い出した。
 歯のない真っ黒い口。
 ああ、これは人ではないようだと気付き、竹下は逃げた方が良さそうだと決心したとき、老人達は竹下ににじり寄ってきた。歯がないし動きも鈍いので吸血鬼系ではない。
 当てはまるものは、あれだろう。
「ゾンビ」
 
   了


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2018年03月28日

3577話 業界のキッコーマン


 下田は人の集まりを苦手としていた。嫌ってもいた。しかし人出が多いところは好きだ。大勢の人で賑わっているところへはよく出掛ける。ただし、見知った人がいないことが条件。群衆の中の一人は意外と孤独なもの。だから、一人でいるときと変わらないためだろう。
 しかし集まりが苦手、徒党を組んだり組織の一員とかは駄目。スタッフとかはとんでもない話で、何かのスタッフに加わるとかはもってのほか。
 そんな下田なのだが、ある業界のキーマンになっている。キーポイントにおり、扉を開ける鍵を握っている人。
 それはいつも孤立しているため、手垢が付いていない。誰とも親しくはないが、悪くも思われていない。敵もいなければ味方もいない。このポジションにいるのは下田だけ。実力はさほどなく、人を動かす力もないのだが、人と人を繋ぐ役目程度はできる。色に染まっていないため、通りがいい。
「下田さん。あなたがキッコーマンだと分かりました」
「それや醤油でしょ」
「はい。隠語です」
「あなたが業界の鍵を握っているのです」
「握っておりませんよ」
「派閥、仲間、そういうものを作らないあなた、その位置で何を狙っているのですか」
「何も狙っていませんよ」
「それは分かっています。何も狙っていないということは、皆さんもご存じ。だからあなたには気を許すのですが、本当はどうなのです」
「そんな野望はありませんよ」
「あなたは三人では絶対に人と合わない」
「合ってますよ。そんなこと避ける方が難しいじゃないですか」
「しかし、あなたを含めて三人の場合、あなたは死んでいる。いないのと同じ。全く話の中に入ってきません」
「相手が二人だと話しにくくてねえ」
「本当は何を企んでるのですか」
「何も企んでいません」
「これまで何度か異変がありました。業界を揺るがす大きな動きです。そして、いつも下田さん」
「はい」
「下田さんが暗躍しています」
「何もしていませんよ」
「下田さんが橋渡しをしていることは分かっています」
「直接言えないから、伝えてくれと頼まれただけです」
「北原さんと毛利さんを合わせたのもあなたでしょ」
「はい、両方から言われまして。それだけですよ」
「そういう密談をあなたが仕切っていた。これは複数あります。いつもいつも下田さんの影があります」
「私は何もしていませんよ」
「さて、今回」
「はい、何でしょう」
「ちょいとしたクーデターを起こします」
「そんなこと、私に喋っていいのですか」
「あなたは口が堅いというより、自分から話さない。聞かれても面倒なので、話さないでしょ」
「はい、面倒に巻き込まれたくありませんから」
「だから明かせるのです。しかし、このクーデターには奥の院のバックアップが必要なのです」
「長老の田端さんですね」
「そうです。援護はいりません。見て見ぬ振りをしていてくれればいいのです。できますか」
「何を」
「いやいや、そういう風に奥の院に伝えてくれますか」
「簡単です」
「はいはい、それを期待していました。お礼に、いいポジションを約束します」
「いらないです」
「それだ」
「え、何ですか」
「我々の仲間にも入らないという意味でしょ」
「そうです」
「だから、キッコーマンを続けられるのだ」
 
   了


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2018年03月27日

3576話 方向と方法


 目先や方法を少し変えると一瞬だが新鮮な気持ちになる。これは長続きしないが、行き詰まったとき、少しは動ける。動けば事も動く。止まれば事は運ばない。
「目先ですか」
「そうです。これは方向を少しだけ変えてやるのです」
「方法もですか」
「方法とはやり方です。これを変えるのです」
「でも、いつもの慣れ親しんだやり方でないと」
「それで、事が動き出したときは、戻せばいいのです。それにいつものやり方といっても、昔からそうじゃないでしょ」
「はい、しかしそれが最善のやり方になっています」
「だから、戻せばいいのです」
「じゃ、一時だけの変化ですね」
「そうです」
「しかし、ありますかねえ。別の方向とか方法が」
「探せばあるでしょ。以前にやっていた方法でもいいのです」
「それならできますが、あまりやりたくないですね」
「だから変化のための変化でいいのです」
「そうですねえ。あとで戻せばいいんですから」
「そうです。とりあえず前へ進まないといけないわけでしょ」
「はい、止まってしまいました」
「動かせばいいだけのこと」
「そうです」
「目的は動かすこと」
「はい、そうです」
「だから方向とか方法は何でもいいわけですよ。動けば」
「そうですねえ」
 それからしばらくして。
「どうですか。うまくいきましたか」
「はい、行きました。目先を変えました。すると動き出しました」
「どんな目先です」
「いつもの方向ではなく、別の方向を向きました。すると、違う道が現れてきたので、これは何だろうかと好奇心も出ましてね。それで動かすことができました」
「それは良かった。でもしばらく立ちましたが、どうですか」
「はい、まだ長年やっていたものに戻していません」
「じゃ、調子がいいと」
「しかし、その方向、寄り道なのです。新鮮でいいのですが、方向としては本道から外れています」
「枝道だったわけですね」
「それで、目先が変わり新鮮な気持ちになり、やる気も起きましたが、目的地も違ってしまいます」
「じゃ、戻ればいいじゃありませんか」
「それが、その枝道の方が楽しくて」
「じゃ、それを枝じゃなく、幹にすればいいんですよ」
「でもその方向では目的が」
「目的を変えればいいのです」
「それは」
「では、最初からその目的地でしたか」
「変わっていきました」
「そうでしょ。目的なんて、変わるものです」
「どうしてでしょう」
「自分で決めたからです」
「はあ」
「目先は方向です。それを変えたわけです。そして方法ですが、そちらはどうでした。変えましたか」
「方法は同じです。しかし、方向が変わったので、方法も楽になりました」
「方法が楽?」
「はい、無理をしなくてもいい方法でできますから」
「それは良かった」
「ありがとうございました」
「いえいえ、それもまたしばらくすると、色々と問題が出ます。そして止まってしまうでしょう」
「いえ、今のところ、その枝道の先に何があるのかを見てみたいので」
「それはいい。好奇心がある間は進めるでしょう」
「はい、お世話になりました」
 
   了


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2018年03月26日

3575話 桜咲イタ父帰レ


「花見時ですなあ」
「桜は咲いてますか」
「サクラサイタチチカエレです」
「電文ですか」
「そうです」
「父は何処かへ行っていたんでしょうか」
「失踪したんでしょうなあ。家出のようなもの」
「でも居場所は分かっているのでしょ」
「失踪なので、行方は分かりません」
「じゃ、電報を届けられない」
「電文ではそうなるのですが、実際には桜咲いた父帰れです」
「じゃ、電文じゃないとなると何ですか」
「新聞広告です」
「ああ、しかし、父はそれを読むでしょうかねえ」
「さあ、それは分かりませんが」
「それでどうなりました」
「見たようです」
「これだけでも凄い偶然ですよ」
「そうなんです。全部の新聞に出したとしてもね」
「じゃ、父は新聞を隅から隅まで見る機会があったのですね」
「そうでしょう」
「でもいい知らせですねえ」
「知らない人が見ても、何か和みます。悪い話じゃないので」
「それで帰ったのでしょうか」
「帰りました。その父とは私です」
「だから、問題は解決したので、帰ったわけですね」
「はい、問題から逃げていました。それを家族が解決したので、もう安心して戻って来いということです」
「情けない父親ですねえ」
「いや、私がいれば解決しないので、姿を隠したのです」
「なるほど、それなりに事情があったのですね」
「そうです」
「それが、桜咲いた父帰れの中身ですね」
「間違いはありませんでした」
「良かったですねえ」
「家に帰ってみると、庭の桜が咲いていました」
「花見時ですからね」
「私は桜を観賞するために戻ったのではない」
「はあ」
「引っかかりました」
「桜咲いたでしょ」
「それだけです」
「庭の桜が咲いた。それだけのことで、新聞に出すでしょうか」
「出しません」
「だから、問題が解決したと思うでしょ。桜咲いたで」
「嘘じゃありませんが」
「そうなんだが、引っかかった」
「じゃ、問題は解決していなかったのですね。それじゃ安心して帰れないじゃないですか」
「まあ、逃げていても仕方がないので、問題は何とかしましたがね」
「それは良かった」
「やってみれば、簡単でした」
「そりゃ良かった」
 
   了


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2018年03月25日

3574話 神通力


 その地方の国々は巫女が重要な働きをしていた。中には巫女が女王として治めていることもある。
 国といっても規模は小さく、市町村レベルにも達しない地域で、これを一国としていたが、それよりも狭い地域もあり、これは国レベルではなかったが、僻地ではそれが多かった。それは豪族とも言われており、あるまとまった団体で、これが最小単位の勢力。その豪族集団が一つになったのが国。だから村落単位でいえば、村々が集まった群ということだろう。群が国レベルだった。
 そして豪族も、国と対抗するため、周辺豪族と連合の形をとることもあるが、これは対等な連合。物事は話し合いで行われる。国となると王がおり、それに属する豪族は家臣。
 さて巫女だが、それら豪族、つまり村単位で巫女がいる。豪族でも国でも、その扱いは大きく、地位も高く、重臣に近い。いや、それを越えていることもある。
 優れた巫女のいる国や勢力は発展する。巫女とは占いは表向きで、実際には政治を動かしている。そのため、優れた巫女とは政治家なのだ。
 これは政策のダメ押しのようなもので、最終決定は巫女の神託で行うことで、天意となる。ただ、その神意は占う前に決まっている。
 この地方での占いとは丁半博打のようなものではなく、お告げだ。巫女の神通力で神意を得る。だから亀の甲羅のひび割れとか、そういった具体的な証拠はない。偶然に頼らない。
 巫女には見えないものが見え、天の意志が見えるとされているが、その数はもの凄くいる。各村に一人は必ずいる。一国の中にも当然巫女が多くいる。しかし、本当に神通力のある巫女はいない。
 とある村巫女の孫娘がほんとうに神通力があることを知った老巫女は、孫を村巫女にしなかった。
 この地域で求められている巫女は、勝れた政治感覚のある人で、長や王に助言を与えるだけの能力が必要だった。いわば参謀なのだ。
 この物語は、それを秘した娘がやがて新通力があることが分かってしまい、巫女に追われるのだが、その後、この地域の国々の長となる話。
 だが長すぎるので、またの機会に語ることにする。
 
   了
 

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2018年03月24日

3573話 新しいシステム


「どうも上手くいかん」
「以前の方法に戻したらどうでしょうか。それを望んでいる人達も結構いますから」
「いや、不備があるから、今の方法に変えたんだ。それで上手くいってたんだ。ところ不備が出た。今まで気付かなかったんだ」
「長くやっていると、何かが出るものでしょ」
「リスクというやつだね。しかし、以前の方がリスクは少なかった」
「しかし、以前の方法はもう古いですよ。それでシステムを変えたのですから」
「そのとき、誰も反対しなかったしね」
「そうです。望ましい選択でした。おかげでスムースにやれるようになり、皆さん喜んでいましたよ」
「ところがここに来て、面倒なことになった。以前にはなかったことだ」
「以前も面倒なことは多くありましたよ」
「元に戻すわけにはいかないかね」
「戻せますが」
「じゃ、そうするように働きかけてくれ」
「しかし、今の方が良いですよ」
「良い?」
「はい」
「前のやり方の不満はほぼ解消されました。だから、戻せばまた不満が出ます」
「要するにどのリスクが良いかだね」
「はい、以前のリスクの方がましかもしれません」
「そうだろ」
「はい」
「じゃ、古いのに切り替えてくれ」
「分かりました。そういうことがあろうかと思い、いつでも戻せる状態にしておきましたから」
「そうか、そりゃ良かった」
「しかし、主任も戻されますよ」
「何が」
「ですから、前のやり方に戻すと前の主任でないと」
「それはまずい」
「じゃ、どうします」
「戻さなくてもいい。不備は何とか克服しよう」
「それは無理です。何ともなりません」
「じゃ、我慢しよう」
「はい、それしかありません。または新しいシステムを入れるかです」
「その場合、私はどうなる」
「主任が主導してやられるのなら、主任のままでしょ」
「じゃ、新しいシステムを探してくれ」
「色々候補はあります」
「もう探し出してくれていたのかね」
「そうです。きっとそういうことがあるかと思いまして」
「よく気が付くねえ」
「いえいえ」
「それで、どういうのがあった。今より良くて、不備も出ないタイプが好ましいが、そんなものがあったかね」
「あれば、すぐに報告しています。どれも今よりもさらに良さそうなのですが、不備の出方が分かりません。実際に代えて見ないと」
「予測できるだろう」
「できます」
「じゃ、今よりも良くて、不備が少ないのに決定しよう」
「しかし、莫大な費用が掛かります」
「良いものは高いからねえ」
「そうです。不備も最小限で済むらしいので」
「困ったねえ。高すぎると、通らないだろう」
「何とかならないのかね」
「今のシステムでも、その前のシステムでも、少し我慢すれば問題はないかと」
「じゃ、私は無駄なことをしたのかね」
「無駄ではないでしょ。それで主任になれたのですから。そして僕は副主任になれました」
「怖いのは前の主任だ」
「前川さんですね」
「前川が新しいシステムを導入したがっていることを掴んでいる」
「はい、その気配があります」
「それを阻止せにゃならん」
「取り合いですねえ」
「そうだ。システムなんて、何でもいいんだ」
「分かりました。今よりも不備はきついですが、コストが掛からないシステムを見付けています」
「そうか」
「これで対応できます」
「しかし、折角不備の少ないはずのものを導入したのに、さらに不備の多いのを使うのかね」
「今のシステムも不備が出ているでしょ。どれを使っても同じですよ」
「しかし、高額なシステムなら、それは少ないのだろ」
「同じでしょ」
「じゃ、前のシステムに戻す話は、なしだ。そのコストの掛からないシステムに乗り換える方向でやってくれ」
「はい、分かりました」
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 11:38| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月23日

3572話 三層の町


「町の中に町があるのです」
「ほう」
「その町の中にさらに町が」
「じゃ全部で三つの町ですね」
「そうです」
「町中町でしょ」
「そんなものがあるのですか」
「一番古い町が外側に拡がり、ドーナツ化現象じゃありませんが、古い町を囲むように新しい町ができたようになります。最初の町の周辺には何もなかったのでしょ。だから拡がっただけ。しかし建物は新しい。町の施設も中央部ではなく、周辺にできる」
「じゃ、新しい町の中に古い町が残っているだけですね」
「これを町中町と言います。町の中の町」
「その新しい町の周辺がさらに拡がって、もっと新しいものが建ち並ぶと、三重でしょ」
「拡がりすぎ、面積が広くなりすぎると、別の町になります」
「はい」
「で、その町中町の中の町を見付けたのですか」
「以前行ったときは古い農家がありましたが、今は普通の町になっていました」
「しかし、痕跡が至る所にあるでしょ」
「全部建て替えたのでしょうねえ。道も整備されていましたが、どうしても無理なときは、そのまま残っていました。細くて曲がりくねっていたり、路肩に大きな石などがあったりと」
「それだけですか」
「いえ、その中央部が一番古い家並みだったのですが、それが一番新しくなりまして、その外周の町よりも新しくなっていたのです」
「さらにその外周もあるでしょ」
「その外周よりも新しいのです」
「ほう、じゃあ二層目が一番古いものが残っていると」
「そうなんです。ドーナツ化現象のように沈んでいた中央部に高いビルが建ちました」
「高層マンションとか」
「そうです」
「三層目が一番広いと思うのですが、その周辺はどうなってます」
「もう別の町の境界線で、それ以上拡張できません」
「すると、今一番古いのは第二層目」
「そうです」
「まあ、そのうち層も見えなくなるでしょうねえ」
「今なら、まだはっきりと三層に分かれていることが分かります」
「しかし、一番古い場所が一番新しくなり、三層目も古くなる。この一番外側の領域が一番古くなった場合、町の入り口が一番古くて、中程が次に古く、中央部が一番新しいということになる」
「それもまた古くなりますよ」
「そして、一番古かった中央部に住んでいた人達がいち早く世代交代し、一番若い所帯だったりする」
「有り得ますねえ」
「だから、町の入り口は年寄りばかりになる可能性も。そして中へ行くほど若い人が多くなる」
「ありえますねえ」
「まあ、そういう視点で見ていくと、町も生き物です」
「はい、そうですねえ」
 
   了


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2018年03月22日

3571話 観覧車


 仕事が一段落付いたので、田中は自由な時間を得た。しかし、一段階なので、二段階三段階とあるため、自由な大海原が拡がっているわけではない。浜辺から少し沖に出かかったところで、戻らないといけない。
 二段落目はすぐに待っているのだが、二三日のんびりとしていてもかまわない。これは日数的に多いといえば多い。連休に近いが、中途半端。一日目は寝ているだろし、最後の日は体力温存で、無茶はできない。翌日から二段落目が待っている。
 すると何かできるのは一日だけ。
 その一日、丁度休みの中日が来てしまったが、何をしていいのやら、まだ決まっていない。それに外は曇天。雨でも降れば出掛けても楽しくない場所もある。
 それで田中は二日目も部屋でゴロゴロしていた。出掛ける予定が立たなかったこともあるが、それほど行きたいところもなかった。
 そして翌日の最後の日。空は晴れ、季候も良い時期。これは出掛けないと損だと思い、とりあえず外に出た。しかし、行き先は未定。出るということだけが決まっていた。
 明日から仕事なので、あまり遠くへは行けない。そして疲れることも控えるべきだろう。そうなるとますます行き先が少なくなる。
 行き先も決まらないのに外に出る。これが危険なことを田中は経験上知っていた。地に足が付いていない。何処にでも足は付けられ、踏めるのだが何のために踏んでいるのかの意味がないため、宙を歩いているようなもの。単に道が続いているから進んでいるだけ。その道は駅まで続いている。これは以前にも経験した。
 とりあえず出掛ける場合でも、一応電車に乗るため、駅へ向かう。ここまではできる。目的地は駅。これも以前同じことをやっていた。そのときは適当な駅で降り、適当に散歩し、適当に帰って来るはずだったが、適当には行かなかった。
 そのとき降りた駅に行ってみたくなった。しかし、当時降りた駅は実際には存在しなかった。そして駅周辺の町など、地図にはなかったのだ。
 今回もそれをやってしまう恐れがある。しかし、見知らぬ駅ではなく、今度は以前と同じ駅なので、知っている町になるはず。
 田中は二の足を踏まなかった。二回目なので様子が分かっているし、無事そこから戻って来られたし、その後も何の影響もない。だから安心して繰り返せる。
 その駅は丸太山行きの各駅停車の中程にある駅。駅名は円加。しかし、そんな駅はない。
 前回と同じように丸太山行きに乗り、郊外へ郊外へと向かう途中で、居眠りを始めた。駅に到着したときのアナウンスで目が覚め、降りたところが円加駅。今回も眠ることにした。
 しかし、なかなかウトウトならない。昨日部屋で一日ゴロゴロしているとき、昼寝もしていたのだろう。それに今朝は遅い目に起きてきた。もう十分睡眠は足りている。だから前回と同じように居眠りができない。
 終点の丸太山には遊園地があり、閉鎖の噂がある。
 観覧車が見えてきたが回っていない。
 目的地はここではない。しかし終点なので降りた。折り返し運転ではなく、車庫に入るらしい。田中が降りると、箱は無人になった。
 終点なので、線路はそこで終わっている。もし仮にブレーキでも壊れて、止まらなくなった場合を予測してか、ぶつかっても多少はやわらぐ程度の仕掛けがある。それを見ながら改札へ向かっていたが、その横の少し離れたところにも改札がある。臨時改札だろうか。
 田中はそちらから降りることにした。しかし自動改札だと思っていたが、そうではなく、駅員もいない。だから改札ではないのだ。
 そこを抜けると駅舎の横に出る。そしてその先に電車が止まっているのが見えた。
「これはやったかもしれない」と田中は電車に近付いた。だがホームがない。
「そうか」
 田中はすぐに気付いた。車庫なのだ。
 見付かるといけないと思い、改札のようなものがあった場所へ戻る。腰ほどの高さの木戸が開いていただけ。
 そして、普通の改札から出て、遊園地へと向かう。観覧車はまだ動いていない。客が来ないと動かないのだろう。
 田中はもの凄く高い入園料を払い、観覧車へ向かった。中の乗り物は無料らしい。
 観覧車前に行くと、係員がさっと扉を開けてくれた。
 そして、かなり経ってから音が大きく鳴り出し、動き出した。
 観覧車の箱が一番上に差し掛かったとき、丸太山の麓にあるだけに、結構見晴らしがよく、乗っただけの値打ちがあった。この路線の何処かにあの円加駅があるはずで、それを探したが、当然見付からない。
 観覧車が時々ギシュギシュと妙な音を出した。この鉄骨、古すぎるのではないかと、心配になり、繋ぎ目などを見ると、テープで留めている箇所が何カ所もある。まさかそれで補強しているわけではないだろうと思うものの、怖くなってきた。
 高い場所なので、風があるのだろう。少し揺れる。それとギシュギシュという度に、箱がガクンガクンとなる。そういう仕掛けの乗り物ではないはずなので、古いためだろう。
 やがて箱は下に降りてきた。係員がドアを開ける。すぐに降りないと、また上までいってしまう。あれから誰かが乗ったのだろう。
 それで、無事に戻って来ることができたのだが、あの丸太山遊園地、閉鎖される噂があるが、もう既に閉鎖されていたと、あとで知ったら、怖い話しになるだろう。
 そんなことはなく、田中は休みを終え、翌日から第二段階の仕事を始めた。
 
   了
 

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2018年03月21日

3570話 漫画家志望2


「今晩は今晩は」
「はい」
「遅か時間にすまんとです」
「夜中の二時ですよ」
「まだ起きとられると思いまして」
「まあ、それはいいですが、何か」
「まんぐあの原稿を持って来たとです」
「えっ」
「先生ば、何か画いて持って来いと言いなさったので無理して画いて来ましたばい」
「まあ、いいから玄関先で大きな声じゃ困るから、中に入りなさい」
「おんじゃまします」
「それで、何でした」
「まんぐわの原稿ですばい」
「そんなこと言ったかなあ」
「言いましたばい。まんぐあ家としてやっていける才能があっかどうか、見定めたいと」
「近いことを言ったかもしれませんねえ。まあいいです。見せてください」
「これですばい」
「だから、見せてください」
「見せとるとです」
「これじゃなく、画いたもの」
「これが、画いたものですたい」
「どこに」
「ここ」
「これは、何ですか」
「だから、まんぐわです」
「間違えて持ってきたのですね」
「違うばい」
「そう怒らなくても」
「嫌なことを無理して画いたとです」
「裏向けじゃないのですか」
「表ですばい」
「仕事が溜まっているもので」
「毎晩徹夜ですか」
「そうじゃないですが、忙しいので」
「あのう」
「何ですか」
「感想とか」
「何の」
「わしが画いたまんぐわの才を見て欲しいたい」
「見たからもういいです」
「先生の真似ばして画きました」
「僕はこんな絵でしたか」
「はい」
「模写というのがありましてね。まずは模写から始めるのがいいのです」
「はい、始めました。これがそうです」
「始めたのはよろしいのですが、これじゃ先が随分長いような気がします」
「そげん長か模写ば続けんといかんとですか」
「それよりも、真似て画いて下さい」
「真似ましたけん」
「うん、そうなんですがね」
「もっとしっかりと見てつかわっさい」
「ああ、思ったより繊細なんですね」
「あ、褒められたとですね」
「よく絵が見えないのは鉛筆が薄いためでしょ。それに細すぎます」
「6Hです」
「そりゃ薄くて硬いでしょ。だから、紙が切れていますよ」
「力んだけん、力が入ったとです。力作ばい」
「彫刻家がいいんじゃないですか」
「まんぐわ家になりたか」
「まあ、そういうことです」
「それで、才能は如何なものでしょう」
「これじゃ如何なものか、です」
「褒められたとですか。じゃ、頑張って修行するたい。よろしゅうおたのもうします」
「あ、そう、ちょと忙しいからね。今度は模写じゃなく、いや、これは模写じゃなかったけど、模写のつもりで画くのではなく、今度はオリジナルを画いて持って来て下さい」
「はい、喜んで」
「今夜は」
「泊まるところはあるとです」
「あ、そう、それやいい」
「じゃ、また来るとです」
「遅いからもっと声を落として」
「元気が出ましたばい。じゃ、今夜これでおじゃましますたいの」
「はい」
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 11:33| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月20日

3569話 想像と実際


 想像すれば分かることはそれほど興味はない。分かるまでは興味深い。これは興味の時間が長いためだろう。何年も持つものもある。そして、永久に分からないものも。しかし、まったく分からないことが分かっていると、それもまた対象外になってしまう。分かる楽しみがないためだ。
 そして、想像で分かってしまうことは、もう想像だけで十分で、やる必要がないこともある。これは結末が分かってしまい、そのあとのことも見えてしまうと、これはしなくてもいいことではないかと先読みするからだ。これもただの想像にしか過ぎないのは、実際にやってみると、想像とは違っていることが多いためだろう。
 想像通りになるものと、想像とは違うことになるものがあるとすれば、それも想像しているのだが、違ったものになる方が興味深い。全てのお話しが決まっていないためだ。それは細部程度の違いで、本筋はそのままよりも、本筋そのものが違っている方がやってみる気になる。しないと分からないからだ。
 実行していくうちに分かってくることの方が楽しいかもしれないが、その逆もある。こんなにえらいものだったのかや、苦しいものだったのかと、やってみて初めて分かることもある。
 逆に想像していたより、やってみると、非常にいい場合もある。それがなぜ想像できなかったのかと思うほど。しかし想像内では計り知れない事柄もあるので、これは想像できない。
 つまり興味深いのはやっていくうちに認識が変わることだろう。そのものが変わるのではなく、それに触れた人が。これも想像内かもしれないが、どちらかといえば期待感だろう。凄い世界が待っているのではないかと。
 やっても結果は見えていることでも、その端っこまで行くと、最初に想像で結果を見ていた目と、その果てで見た目とが違っていたりする。これは過程をつぶさに体験したため、見え方が違い、対象は同じでも、捉え方が変わるのだろう。だから、結果は分かっていても、そういった見る側の変化がある。対象ではなく、見る側が変わる。
 想像だけでは事実関係の実態が体に食い込んでこない。ただ、それらは悪い傷を残すこともあり、体験すればいいという話ではなくなる。
 一度ひどい目に遭うと、嫌悪感を覚え、嫌な意識を植え付けてしまうこともある。
 想像でものを言うというのは意外と当たっているのは、体験による色眼鏡がないためだろう。第三者の目に近い。
 しかし当事者にしか分からないとか、体験もないのに語るな、などというのが出てくるが。
 想像でものを言う。これはどこまでいっても想像で、事実を言っているわけではない。
 興味深いのは、ある程度想像していて、その想像とどう食い違うのかを見ることだ。その通りかどうかを見に行くようなもの。
 そして想像とは違っていた場合、そこが最も興味深い箇所となる。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 11:54| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月19日

3568話 長屋の巫女


 長屋の巫女というのがいる。長屋王の巫女ではなく、長い家の巫女。だから町内の長屋に住んでいる巫女。長屋住まいの巫女。
 妖怪博士は、そんなものがいること自体怪しいと思い、訪ねてみた。
 巫女といっても、もうお婆さんだ。若い頃から巫女をやっているらしい。どういう巫女かと問うと、神社の巫女ではなく、ただの預言者のようなものらしい。ただの預言者、そんなもの、簡単なものではないので、ただ単にできるものではない。それをずっと続けているというのだが、立派なものだ。それなりの需要があるのだろう。しかし、長屋住まいなので、儲かるような職ではないようだ。
 そこにちょっと妖怪博士は神妙さを見た。
「こんなところで何をなさっておられるのですかな」
「巫女をやっておりますの」
「それは噂で聞いておりますが、どんなことを」
「何でもやります」
「占いも」
「さようです」
「手相とか人相は」
「それはいたしませんが、そこに現れている方もおられます」
「では、私はどうかな」
「特に変わったところはありません」
「変わったところがある人もおられるわけですな」
「はい」
「どのような」
「特別な人がおられます」
「良い風に、悪い風に」
「どちらもです」
「私はどうかな」
「特に変わったことはありません」
「預言をされるとか」
「はい」
「長屋の巫女としてその業界では有名とか。私はその方面は疎いので、よく知りませんが」
「預言というほどでもありません」
「何を見て預言とするのですかな」
「何かがいます」
「いる」
「はい」
「何が」
「何かです」
「それが見えるのですかな」
「はい」
「それは大したものじゃ」
「どういたしまして」
「それはどんなものでしょうなあ」
「多くはその人の守り神のようなものでしょう」
「守護霊とかですかな」
「それとは違います。神です」
「神」
「はい、神としか言いようがありません」
「たとえば貧乏神とかも」
「はい、その類いです」
「良い神もあれば、悪い神もおられると」
「そうです」
「それを見て預言を」
「はい、具体的には分かりませんが、方向性は分かります」
「その神に支配されておるとか」
「それはありませんわ」
「じゃ、何でしょう」
「運命でございます」
「ほう」
「人には定めと申しますか、使命があります。それを果たすかどうかは本人次第です。ただ、そんなものをは果たさなくてもよろしいのですよ」
「神秘的ですなあ」
「そうですわねえ」
「私の使命や、宿命は何でしょう」
「見えませんわ」
「見えない?」
「はい」
「そういうときはどうなされるのですかな」
「分かりませんと答えるだけです」
「全てが見えるわけじゃないと」
「そうです。見せないようにしているのでしょう。その神が」
「その場合の神とは人ですか」
「遠い先祖かもしれませんし、大昔の人かもしれませんが、それは人ではありません」
「先祖なら分かりやすいのですがね」
「その先祖の人にも付いていた神でしょう」
「そして神とは人のようなものではないと」
「はい、仏様でもありません」
「困った人じゃ」
「私くしがですか」
「そうです」
「私くしも困っております。しかし、巫女が私の使命ですから、仕方なくやっておりますのよ」
「因果な稼業ですなあ」
「ところで心霊でもなければ神仏でもない何かとは何でしょうなあ。そういうことを考えたことはあるでしょう」
「精だと思います」
「精」
「はい」
「つまり、あなたは人の精気が見えるのですな」
「見えません。感じるだけです」
「それで、私にはそういう精気は感じられないと」
「私には無理なだけかもしれません」
「はい、了解しました。今日はどうも有り難うございました」
「あなたは神秘家ですか」
「あ、はい、その類いです」
「あなたの精が見えれば良かったのですがねえ。残念です」
「じゃ、これで失礼します」
 妖怪博士は、長屋から出たとき、汗をかいていた。長屋の老巫女、久しぶりに手強い相手と遭遇したのだろう。
 たまにこういう整理のつかない人物がいる。もし妖怪博士に長屋の巫女のような神通力があれば、彼女の正体が分かるのだが。
 世の中には謎のまま、得体の知れぬままの人が結構いるようだ。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:05| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月18日

3567話 賢者と愚者


 賢く、知恵もあり、教養も知識も豊かで、知性も高いのだが、世の中、それだけでは何ともならない。いくらいい頭があっても活かす場所がなかったりする。せいぜい今夜のおかずは何を作るかで、その知性を使う程度。
 また豊かな経験も活かすところがなければ、何ともならない。
 岸和田は世の中の人が全部馬鹿に見えるのだが、本人が一番哀れなのかもしれない。
 それを運だと諦めているが、この諦めるということにも一家言あり、運命としてみるか、自分が至らなかったとみるか、その見方だけでも考えるところがある。
 下手に知性があるばかりに悩むことも多く、単純明快な動きができなかったりする。いつも、何かひと含みあり、それが毒のような作用をもたらすためか、調子の良いときでも手放しで喜べない。
 そこで若い頃からの師匠に相談した。そんなものは自分で解決し、自分で何とかするのが知性人。自分の頭で考えることを第一としているのに、相談へ行くのは矛盾しているが、そこは師匠なので、これは行きやすい。
「愚かさに徹しろと教えたのに、守っておらぬようじゃな」
 その言葉が返ってくることは最初から分かっていた。実は、この師匠の教えが嫌いなのだ。
「愚かさに徹しておれば、愚かなことになっても、普通。いつも通りなので、問題はなかろう」
「馬鹿の壁の中で暮らせというのですか」
「愚かさにもランクがある。レベルがある」
「それは初耳でした」
「わしの話をこれまで聞いておらなんだのか、何度も言ったはずじゃぞ」
「あ、はい」
「馬鹿さ加減の上手い下手がある」
「馬鹿は馬鹿でしょ」
「馬鹿正直というのがある」
「それは嫌です」
「君はねえ、どうしてそんな考えなのに、わしの弟子になっておるんじゃ」
「さあ」
「そこは考えたことはないのかね」
「あります」
「じゃ、わしの説教を聞くのが嫌なら来なくてもいいじゃないか」
「いえ」
「何が、いえじゃ」
 実は岸和田にしては馬鹿を見に来ていたのだ。こんな愚かな師匠が世の中にいて、偉そうなことを言っているので、それを冷やかしに来ていたようなものだが、その期間が長いため、今では一番弟子。しかし、師匠の教えが悪いのか、岸和田は鳴かず飛ばず。これは教えを守っていないためだろう。この師匠を反面教師としてこれまでやってきたのだ。つまり反対のことを。
「馬鹿にランクやレベルがあるということはどういうことでしょう。低位の馬鹿と高位の馬鹿がいるのですか」
「世の人は全て馬鹿じゃ、それがましかどうかの問題でのう。賢くなればなるほど馬鹿になる」
「それは師匠が考えたことですか。それとも、何処かに教本でも」
「いや、適当に馬鹿なことを言っておるだけ」
「やはり」
「君は知性が邪魔しておる」
「知性を活かし切れていないわけですか」
「知性を働かせてしまう病のようなもの。だからレベルは低いのじゃよ」
「馬鹿より低いのですか」
「馬鹿正直にできんじゃろ」
「はい」
「賢者の一つ先に愚者がおる。これは隣り合わせ」
「はあ」
「賢者がふと不安がる謎のように見えぬ闇、知性では何とも捕らえられんものがあり、そこに足を踏み入れると落とし穴。愚者の穴がポッカリ空いておる」
「師匠にしては珍しく、難しい比喩ですねえ」
「適当じゃ」
「はい」
「君のように知性がどうの。頭のレベルが高いだの低いだの言っておることが即ち愚者の道」
「はい分かりました」
「分かっておらんくせに。まあ、それが人というもの。今日はここまで」
 岸和田は、この師匠と話しているだけでも気が楽になる。それでたまに教えを請いに行くのだろう。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 11:40| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月17日

3566話 漫画家志望


「まんぐうわの画き方を教えてくださらんとかね」
「漫画ですか」
「そうです。まんぐうわです」
「そんなジャンルができたのですか」
「まんぐわでもいいです」
「漫画でしょ」
「そげんもん、わしにも画けますかいのう」
「ちょっと聞き取りにくいのですが」
「まんぐわっ家になりたいけん、国から出てきましたばい。まんぐわのいろは
ば教えてつかわっさい」
「画いたものはありますか」
「ありましぇん」
「画いたことは」
「なかばい」
「ではどうして、漫画家になろうと思ったのですか」
「儲けたいからです」
「あ、そう」
「まんぐわはどうやって画くのですか。そこから教えてつかわなっさい」
「広島ですか」
「九州ばい。爺ちゃんは岡山やけん」
「どうしてここへ」
「先生のまんぐわのファンですけん」
「それは有り難いけど」
「よかですか、弟子入りしても」
「それは困るけど」
「じゃ、画き方を教えてつかわっさい」
「あのねえ」
「はい−」
「自分でやりなさい」
「それが分からんとですから、教授のほどを」
「漫画の画き方なんて真似ればいいんですよ。それに画き方の本なんていくら
でも出ているじゃないですか」
「本じゃ、しかとしたことは分からんとです」
「僕だってしかとは教えられませんよ」
「よかです。人から直接習うのがいいと岡山の爺っちゃんが」
「それはいいけど、ペンとか持ったことは」
「Gペンとか、丸ペンでしょ、カブラペン」
「知ってるじゃないですか」
「そんなの近所じゃ売ってません」
「もう文房具屋に置いてないのですか」
「はい」
「じゃ、サインペンやボールペンや鉛筆で絵を画いたことは」
「子供の頃は画いてましたが、下手じゃけん、嫌いになって、ごぶさたですわ
い」
「いやいや、漫画家になろうという人が、画くのが嫌いでは」
「絵は嫌いじゃが、金は好きですたい。嫌いなこっても、銭ばなるんなら、何
でもしますけん」
「あのうねえ」
「なんですかいのう」
「漫画は儲からないですよ」
「金持ちの漫画家がいるじゃなか」
「ほんの一握りですよ」
「じゃ、その握りになりますたい」
「寿司屋じゃないのですから」
「寿司は好きですたい。シャコが」
「じゃ、寿司屋へ見習いに行った方がいいのでは」
「いや、文化人になりたか。作家になりたか。画家でもよか。小説家でもよか
けんよ」
「じゃ、今度、来るときは、鉛筆でもいいから漫画を画いて持ってきてくださ
い」
「その画き方が分からんとですから、来たのですたい」
「だから、適当に画いたものでよろしい」
「そう言われるのなら、画いてみるばい」
「じゃ、今日はこれで」
「はい、しかし」
「どうかしましたか」
「今夜泊まるところが」
「明日は雨かもしれませんねえ」
「あのう」
「一雨ごとに暖かくなるようです」
「あのう、今夜、わし」
「では、また」
「あのう、あのう」
 
   了

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2018年03月16日

3565話 修羅の門


 仙人渓谷に修羅の門がある。そこは修験者の道場のようなものだが、箱庭のような場所で、巨木や巨石、絶壁、滝や洞窟などが集まっている。山寺の奥の院のさらに奥にあるのだが、寺の庭のようなもの。そのため、気楽に入り込める。すぐそこにあるのだから。
 山寺だが創設は古く、とある貴族が供養のために建てたものだが、一族の菩提寺ではない。余程この貴族、悪いことでもしたのか、罪でも犯したのだろう。敵を弔うために建てたようだが、今は由来だけが残っている。建立者の貴族も没落し、建物だけが残り、大きな寺が、その後、ここを引き受けた。オーナーの貴族がいないし檀家もいないし、山中にあるため、そのままでは朽ち果てるだけ。
 大寺が引き受けたのは、研修所的に使うため。修行のためだ。場所として丁度いい。
 そして奥の院の向こう側が行場として使えることが分かり、この宗派の新人は、ここで研修のようなものを受けることになる。当然まだ若い総力の卵達。
 その大寺も時勢に合わなくなったのか、いつの間にか消え、別の宗派の末寺になったが、まあ、支店のようなもの。しかし里が遠すぎて何ともならず、別院と名を改め、年取った高僧達の別荘のようなものした。今で言えば、老人ホームのようなものだ。
 その中の老僧が例の行場に手を加え、色々なものを盛りだした。しかし行場を復活させたわけではなく、箱庭のようなものを作り出したのだ。祠や石仏、磨崖仏、それだけではなく、神々まで祭りだした。ただの庭いじりに近いのだが、本物の滝もあるし、洞窟もあり、巨石も多く、絶壁に飛び出した鬼の腰掛けまである。
 やがて、その別院も火災で燃えてしまった。その後は廃寺になり、今は残っていない。しかし、奥の院裏の渓谷はそのまま。
 修羅の門も、別院時代にできたものだろう。自然を利用したアトラクションのようなもので、門だけがあり、そこを潜ると渓谷から出てしまう。つまり、修験道場への入り口ではなく、出口に向かって門があるのだが、石を積み上げて、ある程度の高さにしたものが二本あるだけ。流石に石柱とまではいかない。そこに修羅の門と書かれている。
 要するにここから先は、別院への戻り道なのだが、その門が修羅の門。娑婆への入り口でもある。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 12:19| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月15日

3564話 勢力拡大


 下田のやり方は汚い。しかし、それは正攻法だろう。一番合理的な。
 それは周辺、隣接するところとは同盟する。同盟とは助け合うことなのだが、敵に回らない程度の同盟もある。しかし援軍に来てくれる同盟が都合がいいが、こちらも助けに行かないといけない。これは困る。だから、敵に回らない程度の不戦、不可侵同盟を得るのが下田のやり方。
 しかし隣接する全てと同盟するわけではなく、一番弱そうなところとは同盟しない。まずはそこを攻めるのだ。攻めているとき、留守を狙われる恐れはない。味方で囲まれているため。
 そして攻め取れば、それと隣接するところとまた同盟する。そこが弱いところなら、そのまま攻めてもいい。
 そして周囲の中で、一番弱そうなところと同盟関係をやめる。以前より強くなったので、手が出せるようになったので、今ならいける。
 そこを取ると、さらに大きくなり、周辺の殆どを取ってしまえるが、もの凄く大きなところとも接触しているので、こことはしばらくは勝負できない。下田の勝負とは、勝つことが分かっている相手としかしない勝負で、負ける相手とは同盟し続ける。
 大きな勢力に便乗し、おこぼれを貰う。大きな勢力が攻めきれず、途中で引き返したときなど、そこへ攻め込む。敵は既に消耗している。だから簡単に取れる。
 そして取った箇所の周辺とも同盟関係を結ぶ。弱ければ取ってしまう。
 そうしている間にもう一つの大きな勢力とどこかで接触する。当然同盟だ。これで大きな勢力二つと同盟したことになる。
 そして、また同じことをやっているうちに、三つ目の大きな勢力の近くまで来てしまう。その頃になると、最初近くにいた大きな勢力はもう小さな勢力になっている。下田がそれだけ大きくなったためだ。だから勝負すれば勝てる状態。
 この大きな勢力を取ると、下田はもう押しも押されぬ大勢力になる。しかし小さな勢力はもう食べ尽くしたので、大きな勢力しか近くになかったりする。
 残った大きな勢力の中で、一番弱そうなところを次は狙う。
 もう既に一番大きな勢力になっているので、何処でも取れる状態なのだが、それでも慎重に、一番弱いところから順番に片付ける。その方が被害が少ない。
「そんなに上手く行きますかねえ、下田君」
「机上ではそうです」
「問題は同盟の質だよ」
「はあ」
「相手も同じ手を使ってきたらどうするのかね。同盟しているから攻めてこないとは限らないだろ。それにこちらはその手で同盟を破って取りに行っているんだからね。相手もそうするでしょ」
「そこに気付きませんでした」
「分かったらよろしい」
「はい」
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:42| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月14日

3563話 見た目通り


 人は見た目で分からないが、見た目ではない事柄などを見たとき、それで分かるのだろうか。見た目といっても見ただけの見た目もあるし、表面だけの関係もあるし、また表面的なことしか知らない場合もある。これは人に限らないが。
 見た目はあまり良くないが、実際には良い人だったというのがパターンとしてある。ではどういうところで良い人だと分かったのか。これも見た目の一部ではないのか。
 そして意外と禁じ手とされている見た目がほぼ真実に近かったする。
 これはビジュアル的に見ているだけでも、また会話などから得たことの表面だけを見ているわけではないため。当然本当はこうだったとか、表面はそうだが、実際にはそれは誤解だったとか、踏み込んだ情報を得たわけではないので、どこまでいっても表面的。皮一枚だけ。しかしその皮だけで、分かったりする。奥の情報はないのに。
 これは見ているだけではなく、伝わってくるものがあるためだろう。
 見た目だけだと誤解しやすいが、その誤解が当たっていたりする。このあたりになると直感になる。
 では直感の何処に触れて判断しているのだろう。これを「何となく」と呼んでいる。本人もしっかりと説明できない。それだけの材料がないためだ。だから想像だろう。
 この想像はどこから来ているのかになると、意外と動物的なところからかもしれない。
 人の本質を見極める。それは経験とか、勘所とかを働かせる高度なものだ。それとは逆に、レベルの低い動物的なことで判断する。これは細かな情報の積み重ねではない。
 そうなると、この判断は敵か味方かレベルになってしまう。そしてあくまでも本人にとっての。そのため普遍性はない。
 見た目で誤解し、本当はそんな人ではなかったと思った場合でも、その後しばらくして、また逆転し、やっぱり最初の見た目通りの人だったとなることもある。すると、最初の直感が正しい。
 ただ、そういうことは本人の都合で決まるので、相手を正しく評価するというのは無理かもしれない。
 
   了
 

posted by 川崎ゆきお at 11:08| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月13日

3562話 裏長屋の画伯


 裏長屋。まだそんな言葉が通じるような間口の狭い一つ屋根の家が住宅地のど真ん中にある。ここは秘境とも言われている。その秘境の長屋に磯崎画伯が住んでいる。ここが気に入ったのではなく、ここから出られないのだ。キャリアのわりには実績がなく、賞らしき賞も取ったことがない。ここから出られないのはそのためだが、出たいとも思っていないようだ。
「磯崎画伯のお宅でしょうか」
 狭い長屋暮らしとはいうものの部屋の奥には裏庭があり、そこで画伯はネギの根を植えているところだった。青ネギの残りだ。必ず根がしっかりあるものを買っている。
 二間ある部屋は全てアトリエ。そのため足の踏み場がないので、客を通すわけにはいかない。玄関の三和土に椅子を置き、そこで接客するようにしているが、その椅子、パイプ椅子で大型ゴミの日に出たもの。少しガタがあり、シーソーのようになる。
「絵を画いていただきたいのですが」
「何の」
「自由に」
「それはできない」
「注文はありません。自由に画かれて結構です」
「余計に難しい」
「はあ」
「私はカット屋でねえ。絵の使い道がはっきりしていなければ画けないのだよ」
「観賞用です」
「じゃ、まるで画家だね」
「そんな冗談を、画伯」
「いや、それはあだ名でね」
「あだ名?」
「ニックネームだよ」
「そうなんですか」
「社長というネックネームや、博士というニックネームあるだろう。それと同じ。仲間内だけの呼び名だろうけどね」
「じゃ、画伯は画家ではなかったのですか」
「私はデザイナーだ」
「はあ」
「イラストは画けない。つまり絵は画けないんだよ。だからベーシックデザイナーなんだよ。マッチのラベルのデザインが得意でねえ。チマチマしたものしか作れないよ」
「でも依頼人が是非とも油で画いてくれと」
「油絵の具もアクリル絵の具も持っていないよ。百均の子供用の水彩絵の具ならあるがね」
「はあ」
「しかし、画伯の絵を見た依頼者が」
「間違いじゃないの」
「磯崎さんでしょ」
「そうだよ」
「じゃ、やはり磯崎画伯だ」
「そう呼ばれることもあるけどね。皮肉だよ。冗談でそう呼ばれているだけ。しかし、その依頼人の方、何処で私のことを知ったのですかな」
「さあ、そこまでは知りません。磯崎画伯を探し出して、絵を依頼してこいと頼まれました」
「まあ、そんな凝った悪戯をする人もいないはずだから、その依頼人さん、勘違いしておられるのでしょうねえ」
「何とかなりませんか」
「引き受けろと」
「はい。画伯でしょ。絵描きさんでしょ」
「画くことは画くけど、下手でねえ。絵は素人以下だよ」
「油絵の具と筆一式は用意します」
「いやいや、水彩絵の具でも油絵風に画けますから、ご心配なく」
「じゃ、引き受けていただけますね」
「自由な絵というのが難しくて、条件が厳しいがね」
「一番条件がいいはずだと思うのですが」
「じゃ、本当に何でもいいの」
「はい、お願いします」
「それでだね」
「はいはい、ギャラですね」
「うん、まあそうだけど、高いと画かないよ」
「当然可能な限りお支払いします」
「だから、高いと駄目なんだ」
「はあ」
「高いと画けない」
「じゃ、安いと」
「画ける」
「考えておきます」
「考えることないでしょ。安く済むんだから」
「じゃ、いくらなら」
 画伯は指を一本立てた」
「十万ですね」
「千円」
「はっ」
「千円なら気楽に画ける」
「それでよろしいのですか」
「うん、いい」
 男が帰ったあと、さっと水彩絵の具をしぼり出し、水を加えないで、一気に書き上げた。
「終わった」
 この画伯、きっとプレッシャーに弱いのだろう。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 11:20| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月12日

3561話 少しだけズレている


 日が暮れかかる繁華街の中にある小さな駅。地方銀行や老舗の饅頭屋、団体客が何組も入れそうな城のような居酒屋、まだ主婦の友の看板を掲げた小さな本屋。ネオンが輝き始めたのは曇っているので空が暗いためだろうか。夕焼けなどは期待できそうにないが、こんなところで見ても仕方がないし、また建物が邪魔をしてよく見えないだろう。
 高島は数ヶ月に一度ほどこの駅前で仕事の打ち合わせをするのだが、先方は遠くから来ている。高島は最寄り駅だが徒歩距離ではなく自転車距離。雨の日などは大変だが行き慣れた場所だし毎日ではない。偶然雨が降っていた日もあるが、そんなことは大した問題ではない。
 改札口が見えたとき、先方は先に来ていたのか、姿が見える。何度か合った人なので、遠くからでも分かる。
「お待たせしました」
「いえいえ、私も先ほど着いたばかりです」
「そうですか」
「じゃ、またいつもの喫茶店で」
「はい」
 高島は少しだけ違和感を感じた。確かにこの人に間違いはない。いつもの人だ。人違いだとすれば高島を見ても無視するだろう。しかし、なぜかおかしい。何がどうおかしいのかが分からないので、そんなことを思うことがおかしいのだろう。二ヶ月ぶりなので、少しは変化があったのかもしれない。
 先方は先に歩き出し、いつも入る路地の奥にある飲み屋が集まっているところの手前にある古びた喫茶店のドアを開けた。
「空いてます」
 狭い店なので、そう言ったのだろう。
 高島がこの喫茶店に入るのは打ち合わせのときだけ。だから、二ヶ月ぶりになる。
 違和感は店そのものにも滲み出ていた。こんな内装だったのか、こんなテーブルだったのかと、少し気になる。椅子も以前とは違っているように思えた。
 もの凄く背の低いお婆さんがおしぼりとお冷やを運んでくる。これもいつもと違う。こんなに小さな人だったのかと、なぜか気になる。二ヶ月の間に縮んだわけではない。きっとそれまでは踵の高い靴を履いていたのかもしれない。しかし、小さなお婆さんという程度で、どの程度の小ささなのかはまではしっかりと見ていたわけではない。最初からそんな身長だった可能性もあるが、印象と違うと感じたことは事実。
 先方は鞄から資料を取り出し、説明を始めた。高島は受け取った一枚をちらっと見るが、何のことか意味が分からない。「まさか」と思いながら、先方を見る。
 先方は「何か」という目付。
「あのう」
「説明しますから」
「いや、この資料じゃなく、人違いでは」
「え、何がですか」
「あのう」
「どうかしましたか高島さん」
「いえ」
「あ」
 先方は違う資料を出したことに気付いたようだ。
「失礼しました」
 高島は安堵した。
 しかし、運ばれてきたコーヒーカップが、以前と違う気がするし、壺に入っているはずの砂糖はスティックに変わっていた。
「どうかしましたか、高島さん」
「いえいえ」
 渡された資料はいつもの仕事のもので、問題は何もない。
「簡単な説明をさせていただきます」
「はい」
 説明は理解できた。問題は何もない。
「では、これでお願いします」
 打ち合わせが終わり、先方は伝票を掴み、さっとレジへ向かった。
 だがレジに立っているのは小さなお婆さんではなく、小さなお爺さんだった。こんな人もいたのだ。いやそうではなく、あのお婆さんかもしれない。
 店を出たとき、もう暗くなっており、ネオンが眩しい。
 いつものように先方を改札まで送ることにしたのだが、駅名を見るのが怖かった。一字違っているだけで、大変なことが確実に起こったことを意味するからだ。
 高島は、もしそうであってもかまわないかな、と思いながら、二文字の漢字を見た。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 11:10| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする