2018年05月22日

3632話 重荷を下ろす


 背中の荷物を下ろす。身軽になる。よく聞く話だ。佐伯はそれを思い出し、リュックの荷物を減らしたわけではない。荷物はあるが、背ではなく、肩にぶら下げるショルダーバッグ。だから背中ではなく肩の荷を下ろす、となるが、似たような場所だ。ただショルダーの場合どちらかの肩に負荷がかかる。細かい違いはあるが、肩の荷を下ろすとは全部だろうか。
 実際にはそういう鞄の中身ではなく、責務とか、抱えている問題とか、そっちのこと。これはわざわざ言わなくてもいいことだが、イメージとしては背中に背負っていた荷物をどさっと下ろしている絵が浮かぶ。しかし山登り中ではまた背負い直さないといけない。そこに放置するわけにはいかないだろうし、必要なものが入っていたりする。だが、重いリュックを下ろしたとき、楽になる。これはイメージではなく、体験している人が多いはず。山登りでなくても。
 それで佐伯は何を背負っているのかを確認した。大して重い荷は背負っていないのだが、それが最近重く感じられるようになった。昔はもっと重荷だったのだから、その頃に比べれば軽い方。
「肩の荷を下ろしてほっとしたいわけですな」
「そうです」
「何を背負われておられました?」
「石のようなものが」
「石」
「はい」
「石を背負っておる人など見かけませんよ」
「だから、石のようにずしっとくるものです」
「そうでしょうなあ。石など背負う必要はないはずです。そんな用事は滅多にない。漬け物石をもらって、それを運ぶとかならありましょうが」
「だからその意味での石ではなく、何も背負っていないのに、背中が重いのです」
「マッサージとか整骨院へは」
「行ってません。だから、そういう物理的な重さではなく」
「でも背中に石を背負っているような重みがあるのでしょ。だから石じゃないのですか」
「石ではありませんが、子供にしがみつかれているような」
「じゃ、子泣き爺でしょ」
「やはり」
「思い当たりますか」
「郊外のひっそりとした裏山で用を足しました」
「小ですか」
「いや大」
「要は便意を催したの野ぐそしたと」
「人も通る里山ですので、祠の裏で」
「はい」
「それからです。背中が重くなったのは」
「その祠に祭られている何者かがバチを与えたのでしょう」
「急に重くなったので、近所の人に聞きました」
「何を」
「だから、あの祠に祭られているものです」
「ああ、当然ですなあ。しかし、すぐに祠を注目されたのは賢明です」
「いえいえ」
「それで、何が祭られていたわけですかな」
「分からないらしいです」
「中には何が」
「漬け物石のような石饅頭だけとか」
「その石の大きさ分程度の重さではありませんか」
「そうです。その石ほどの重さをずっと背中に感じています」
「今もですか」
「はい」
「きっと子泣き爺の親戚のようなやつがしがみついているのでしょ」
「ここへ来れば治ると聞きました」
「ここは整骨院や整形外科じゃありません」
「しかし、根本原因が凝りではありませんから」
「分かりました」
 妖怪博士は客の背中に御札をサロンパスのように貼り付けた。
「あ、そこじゃなかと、もちっと左」
 妖怪博士は貼り直した。
 妖怪を払うよりも、こういう客は適当に追い払うことにしているようだ。
 客はそれで背中が楽になったというのだから、不思議な話。
 
   了



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2018年05月21日

3631話 月日


 いつの間にか日が過ぎていく。それはやるべきことをやっていないためだと田中は考えた。そんなことを考えている暇があれば、そのやるべきことをさっさと片付ければいいのだが、そうはいかないらしい。さっさとできない事情がある。
 では、やるべきことをスラスラと片付けた場合は月日が立つのが遅いのかというと、そうでもないらしい。
 しかし、色々なことを詰め込んで懸命にやっていると、逆にあっという間に日が過ぎることもある。ひと月分の用件を一週間でやってしまったときなどは、月日を早く感じるかどうか。それとも遅く感じるかどうか。後者の場合、やってるときは一日が目まぐるしくて早いが、やり終えると、まだ一週間しか立っていないことになり、これは遅く感じる。しかしやっているときは早い。そのため、一日などあっという間に過ぎてしまう。
 だが、色々なことが一杯あった一日は、長い一日だったと思うこともある。
 ではやるべきことをしないと月日が早く感じるのは何故か。これは単純なことで、期限などがある場合、その日が迫って来ると早く感じる。やるべきことのスピードよりも日の方が早い。当然の話で、そんな気になるとかの話ではなさそうだ。
 また、嫌なことが先にある場合、その日がもの凄く早く来てしまう。逆にいいことがある場合、なかなかその日が来ない。
 それらはいつ考えるかだ。そして何に関しての時なのかも。何も考えていなければ、月並みのスピードだろう。頭の中に含んでいるものとの関係で遅い早いが決まるのだが、その含んでいるものは一つや二つではないはず。だから一つはもの凄く早く、一つはもの凄く遅いとするとば平均的な速さになるかもしれない。
 そして時間経過を意識するのは、何かのきっかけがいる。腹が空いたことがきっかけで、まだ食べていないことが分かる。あっという間に時間が過ぎ去ったので、食べる時間を過ぎていたとか。
 時というのは厄介なもので、扱いにくい。物や空間がなければ時もない。物の変化で時ができるようなものか、時の変化で物が変わるのかは分からないが。
 さて、田中だが、やるべきことをしていないので、あっという間に日が過ぎ去ったことを感じたのだが、これは先が厳しくなり、時間が足りないか、さらに遅れることからの感想だろう。時の速さのせいではなく、田中自身の問題。時を刻んでいるのは実は田中だったりする。
「月日が立つの早いものですなあ」
 田中は期限に遅れた言い訳けをするしかなかった。
「あっという間に日が過ぎていきましたとさ」
 要するに言い訳を始めただけ。
「月日短し、そして、人生も短きかな」
 今度は歌い出した。
 
   了



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2018年05月20日

3630話 ネット賽銭箱


 梅雨が近いのか湿気が強くなっている。こういう日は寝苦しいのか、何度か木下は夜中に起き、その度にまだ早いとまた寝るのだが、そのサイクルで次に目が覚めたときは早い目の朝。ここで起きてもかまわない。少し早起きになるが、早起きは三文の得。早起きすると枕元に一文銭が三枚置かれているのなら、これは具体性がある。しかし一文銭では値打ちがない。古銭として売れるかもしれないが、売りに行くときの交通費の方が高く付きそうだし、その労だけでも三文以上の人件費が掛かるだろう。まあ昔の三文を今でいえばいくらになるかは分からないが、大した金額ではなさそうだ。
 枕元にチャリン。これは賽銭のようなものだが、似たようなことを木下は以前やっていた。パソコンからコインが出る仕掛けだ。それにはコインをパソコンの中に仕込んでおかないといけないが、これは本物の銭ではなく、ネットビジネスのようなもの。
 木下がホームページ上に作成したのは神社。そして賽銭箱。その罠に引っかかった信心深い人が賽銭を投げてくれる。それを朝見ると、パソコンからお金がチャリンチャリンと自販機の釣り銭のように出てくる。
 と、早起きしたわりには爽やかな話ではないが、少し時間のゆとりがあるので、そんなことを思い出したのだろう。
 早く起きたとはいえ小一時間ほど。これは時間としては長いのか短いのかは分からないが、ぼんやりとしているときの小一時間は結構長い。その時間を使い、木下は何かをするということはないが、朝の用事をゆっくりとできる。急がなくてもいい。普段よりも時間があるので余るほど。それで別の用事もできたりする。やはり三文の得だ。
 そして小一時間のゆとりも昼頃には使い果たすようで、それからはいつもの時間通りになってしまった。
 しかし、朝方考えた自販機のようなチャリンが気になる。小銭でもいいから、朝、パソコンからお金がポトンポトンと出てくればいいだろう。大した額ではなくても日銭が入る。
 そういう仕掛けをもう一度作れないものかと考えた。
 しかし殆ど詐欺のようなものなので、合法的なコンテンツ販売や閲覧でお金を取るのがいいのだが、それでは普通のネットショップになる。売るものなど持っていないので、仕入れてこないといけない。これも面倒だ。元手が掛かるので。
 やはり昔考えたネット神社がいい。
 それで、夜中までかかってネット神社のウェブサイトを作り、勝手に総本山を名乗った。しかし中身は神社か寺か分からないようなものになったが、欲張って賽銭箱を増やした。また色々なところへお参りできるように周遊コースなども作った。聖地の箱庭のようなものだ。
 そこには小さな石饅頭から、お地蔵さんや、祠、そして神殿や本堂とか、幹だけになった古木の下とかに賽銭箱を仕掛けた。
 音まで入れ、ガラガラの音や、賽銭が落ちたときの音、お寺では念仏まで入れた。いずれも音源はネット上にある効果音。
 それでは飽き足らず、ゲーム性を出すため、秘密の神社とか、隠された奥の院とか廃寺を作り、その下にダンジョンを作り、迷路抜けまで作った。
 そういうのは思い付いた日の夜にできたわけではないので、数ヶ月かかった。大作だ。
 そして朝起きると、無数にある賽銭箱からお金がざくざく落ちてくるはずなのだが、世の中そんなに甘くはない。しかし辛くもないようで、ザクザクではなく、ポツリポツリと一円玉程度は落ちてくるようになった。
 これを作る手間暇労賃を考えると赤字。
 また、そんな仕掛けを作る時間働ければ、それなりの銭は得ただろう。
 
   了




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2018年05月19日

3629話 人の世


 人の世があるのなら虫の世もある。昆虫などは集団で暮らし、社会がある。だから虫の世もある。しかし人が人の世を思うとき、思うことで人の世が出てくるが、虫は虫の世のことを思うだろうか。近くにいる虫について思うところはあるかもしれないが、どの程度の距離だろう。犬や猫、鳥あたりなら親や兄弟のことを思うかもしれない。そのとき、犬の世として、猫はただの動物扱いになるとは思えない。猫から見ての犬も。
 ちょっと違う生き物程度だろう。それが脅威なら逃げだし、特に危険がなければ一緒にいるかもしれない。水飲み場の動物など混ざり合っている。動物にとり、この水飲み場が広い世間かもしれない。
 人の世の、この世とは人々にまつわる色々なことという程度かもしれない。世の中というのは自分が発見しなくても生まれたときからあるものだが、親兄弟親族、そして親戚から近所の人、よく見かける人。ある場所へ行けばいるような人。店屋などがそうだし、道に出れば様々な不特定多数の人達が行き交っている。世の中には自分たち以外にも、同じように生きている人達がいることを知る。
 小さな子が保育園や幼稚園、さらに小学校へ行くと、それぞれの家や町内から同じように来ている他の家庭の子供達と遭遇する。決して小さい子は自分一人ではなく、大勢いることが分かる。
 世間にも範囲や括り方があり、また直接触れることができる世間や間接的にしか知ることができない世間もあるが、ぼんやりとではあるが大凡の状態は大人になれば分かるようになる。世間を見渡せるようになる。
 しかし世間ではなく、人の世となると、ちょっと情味が加わる。大昔のことでもよくなる。その時代も人の世として、今のようにあれこれのことがあったはず、それが変わらず続いていたりとか、人が生きて動いている限りあるべきことが起こり、それに伴う感情も今も昔も変わらないような、あるパターンができる。世の常とかが、そこで出て来る。
 人の世は何か哀れを誘うような印象があるのは、人の世云々というときの状態が、そういう情味のあるときが多いためかもしれない。別の言い方もあったはずだが。
 そして人の世ということで、これは個々の小さな話から世間一般のもっと広いところまで広げることで、普遍的なこと、よくあることとして諦めやすくしているのかもしれない。まあ、悪いこと哀しいことばかりが人の世ではないが、これは我々人類が、という風に言うと、細かい話から遠い話になり、個々のことも大海に流れて、いずれ雨になり、戻ってくるような所へと持ち込み、いわば自然に近いものではないかという意味で人の世が使われているのかもしれない。
「吉田君」
「はい」
「間違ってます」
「え」
「勢いは感じますが、比喩が間違っていますし、言葉の定義もできていません。これは駄目です」
「残念です。折角調子の良い論文ができたのに」
「それはただの作文で、感想程度。それでは世の中では通じません」
「まさに人の世ですね」
 
   了




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2018年05月18日

3628話 歌の家


 諸国を遍歴し、経験値をたっぷり蓄えた白ノ俊だが、それを活かす機会がない。しかし良く考えるとずっと遊覧船に乗っていたような旅。苦労などしていない。これは本家が金持ちのため。若い頃の苦労は買ってでもしろと当主に言われ、旅に出たのだが、路銀はたっぷり持って出た。銭で解決することは銭で解決した。殆どのことは銭で解決した。
 これは一応外遊をした坊っちゃんに近い。坊っちゃんのままだが色々なものを見聞し、世俗の知識も増えた。世間の事情にも詳しくなった。
 当主は早い目に隠居した。気楽に遊んで暮らしたかったのだろう。それと入れ替わるように白ノ俊が当主になった。
 しかし白ノ俊の家はもう形式だけのようなもので、実際には何もしなくてもいいのだ。当主の仕事はこの名家を守る程度で、普通の家長の役割と代わらない。だがまだ若い白ノ俊が逆に余計なことをすると叱られた。
 ただ、色々な席に出ることが多くなり、それが負担になったが、特に何かをするわけではない。座っているだけでいいような役だ。父親はこれが嫌で、早く引退したのだろう。そして旅に出ると言いだし、姿を消してしまった。
 この家は歌の家で、家業は歌。歌詠みだ。しかし歌手ではない。ただ、声が大事で、節回しも覚えないといけないが、そこは適当で良かった。ただ、そういう家は他にもあり、白ノ俊の家は序列から言えば末席。だから、なくてもいいような家だが、数が少ないと見栄えがしないので、頭数の一つとして続いている。
 本当は昔の人が詠んだ歌を全部そらんじなければいけない。丸暗記だ。さらにその解釈も必要。しかし白ノ俊も父親もその先代も、物覚えが悪いのか、見ないと詠めない。しかしそんな出番は滅多にない。あったとしても家人の誰かが代わってやってくれる。
 それでも歌の家に生まれ育ったので、いつの間にか耳で覚えた歌はかなりある。だから一般の人よりも多くの歌を知っていることになるが、先々代の時期から歌会もなくなり、そんな機会は実際にはない。あれば必死で覚えるだろう。
 しかし、大昔の家人が詠った歌の解釈がある。これは口伝。文字には残さない。これは業務秘密なのだ。それを受け継いでいるからこそ値打ちがある。
 白ノ俊は子供の頃から、子守歌代わりにそれを聞かされた。そのため、それは暗記したものではなく、自然に覚えた。歌の注釈のようなもので、いわば虎の巻。
 これが、白ノ俊が持っている最大の財産。しかし活かすところがない。旅に出て見聞を広げたときと同じ。
 白ノ俊の先祖に偉い人がいたのだろう。その人が独自な解釈をしている。この歌はこういうことを本当は詠んだものだというストーリー性のあるもので、個々の言葉についてはあまり触れていない。だから独自すぎて、評価は低い。歌の家のランクが低いのはそのためだ。
 この解釈というか解説、歌よりも、物語性があり具体性がある。白ノ俊がお伽噺でも聞くようにスーと覚えてしまったのは、そのためだろう。
 白ノ俊は後に作詞家になり、この国の風景を情緒豊かに歌い上げている。その一曲ぐらいは誰でも聞いた覚えのある童謡として、今も残っている。
 若い頃、色々なところに旅したことが、ここで活きたようだ。苦労のない呑気な旅だったが、風景だけは感慨深く眺めていたようだ。
 
   了


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2018年05月17日

3627話 踏切を渡る


 線路側からプラットホームが見える場所。そこは踏切。その場所から電車がホームに入って来るのを佐々木は待っている。ここがスポットで、休みの日など同じように写しに来ている人もいる。そのため、佐々木が見付けた秘密のスポットではない。
 流石にホームにいる人は肉眼では見えないが、いるかどうか程度は分かる。電車がホームに入って来るまでに写さないと、それからでは踏切が閉まる。ホームに止まったあたりでもう踏切は閉まり出す。
 そうすると線路が真ん中に見える位置から写せなくなるので、出ないといけない。閉まると閉じ込められてしまう。
 だからホームに着いた瞬間写せばいい。一瞬のタイミング。写したあと、すぐに閉まり出す。踏切の脇からでも写せるが、シンメトリーにならない。斜めからになるため。
 佐々木は望遠レンズで狙いを付け、それを待つ。流石に望遠だとホームにいる人が見える。ベンチに座っていた人が立ち上がる。そしてドアが開いたのだろう。降りる人乗る人の動きが見える。遮断機が閉まる前のけたたましい音を立てる。その駅のすぐ手前に大きな道がある。当然そちらはもう既に閉まっているだろう。写せば、さっと立ち退く必要があるが、一枚目を写したとき、ピントが違うところに来ていた。AFのポーズ位置が電車ではなく、線路のコントラスト高い所に合っていたのだ。だからピンポイントの一点AFにすべきだったと後悔したが、もう一度シャッターボタンを半押しにすると今度は電車の正面ではなく、手前の車に当たった。あれっと思ったのは当然だ。
 一回目のシャッター後、出ないといけないので、二枚目を写したため、遮断機が下り始めているので、写真よりも、踏切内から出る方が先。
 今のは何だったのかと、佐々木は肉眼で駅手前の踏切を見るが、変わったところはない。客を乗せ終えたのか、電車は走り出したようだ。
 そして佐々木のいる踏切前を通過していった。
 あれっと思ったのは駅手前の踏切は閉まっているはずなのに、車の姿を見たのだ。渡っているところを。そこをカメラのAFが拾い、そしてシャッターを切った。
 佐々木はすぐに背面液晶で、今写したものを見たが、車の姿はない。その前に写したのを見ると、客が乗り始めた止まった状態の写真。これを写したかったのだが、やはりピントが来ていないので鮮明さがない。
 そして最後に写したのをもう一度見ると、車は写っていないが、電車にしっかりとピントが来ている。だから、満足したのだが、二枚目は確かに車が横から入り込んできていたはず。渡っているのだ。そしてピントが車に合ったことまで分かっている。しかし、車は写っていない。
 それよりも閉まっている踏切では渡れないはず。
 その踏切はホームに近い。電車はまだ止まっているが、遮断機は下りていたはず。
 どちらにしてもあり得ない現象だ。その証拠に写したはずなのに写っていない。
 きっとその車、白かったが、踏切を強引に渡ったのかもしれない。しかしそれなら写っているはず。
 白い車が横切った証拠写真がない。逆に写したはずなのに写っていないことが証拠になる。
 
   了



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2018年05月16日

3626話 機械の汁


 自分はいいと思っているのだが、他人はさほどいいとは思っていないことがある。逆に嫌ではないが、それほどいいとは思っていないものを、他人は非常にいいと思っていたりする。この他人というのは不特定多数の人々。しかし仲良しグループでも、それがある。
 自分が好きなので、他人も好きだろというのも頼りのない話で、また自分が面白いと思うこともそれと同じで、これも基準としては弱い。しかし本人が弱いだけかもしれないが。
 弱い好ましさ。弱い嗜好。これは対象が弱いのではなく、本人の弱さが出ているのだろう。
 嗜好というのは比較的自由な世界で、特に権利主張などを掲げるようなことではなく、勝手に味わえばいい。好みのあるなしなど、大した問題ではない。嗜好の問題なので。
だから力のない人でも、嗜好の問題ではうるさかったりする。ただの嗜好なので、意見を述べても、何かが動くわけではない。単に好きか嫌いか程度で、それも嗜好なので弱い。
 また、嗜好、好みに関しては敢えて言う必要がないが、腹の底では嘲笑していたりする。
「基準が分からんようになった」
「ほう」
「私の好みが通じなくなった」
「いやいや、最初から通じていませんでしたよ」
「そ、そうか」
「指針を失った」
「どんな」
「自分が面白いと思うことをやってきた。それが通じなくなった」
「もう面白くないからででしょ」
「じゃ、泉が枯れたのか」
「大した水じゃなかったですしね」
「私にとっては名水だ」
「いや、自分で掘った井戸なので、美味しいと思っていただけだよ」
「そうか」
「これからは嫌いなことをする」
「あ、そう」
「この前、嫌いなことをやったんだが、もの凄く受けた。好きなものをやるより、受けたんだ。しかし、しんどい。嫌なことなのでね。好きなことなら楽しくやれて楽なんだ。自分も面白いしね。ところが嫌なことなので、やるのが辛い」
「やっと普通に戻れたんだよ」
「そうなのか」
「楽して受けないさ」
「楽そうにやってる人もいるぞ」
「裏で結構苦しんでいるさ」
「そうなの」
「楽そうに見せるだけでも辛かったりしてね」
「じゃ、本当は辛いんだ」
「好きなこと、面白いことなんて、すぐに尽きるよ」
「泉が枯れたので、それが分かった」
「そうだろ。だから好きでも嫌いでもなく、淡々とやるのが極意なんだけど、これは難しいよ」
「君はそれをやってるのか」
「ああ、しかし、地味なので、受けない」
「うーん。じゃ、残るのは何だと思う」
「機械的にやることだよ」
「ほう」
「しかし人がやることなので、機械のような精密さはない。だけどそこに滲み出る汁が美味しい」
「おお、それが極意か」
「何もしなくてもいいんだよ、特にね。淡々粛々機械的にやっていると滲み出てくる」
「それって、やっぱり地味だなあ」
「まあな」
 
   了



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2018年05月15日

3625話 雨男


「雨で何ともなりませんなあ」
「あなたそれ、何十回言ってます」
「え」
「百回を超えてますよ」
「百回。なるほど雨の降る日百回。これはありうる回数ですなあ。しかし、今まで雨が降った日はもっと多いでしょうが、毎回毎回言ってるわけじゃないですよ。この前、雨が降ってましたねえ」
「さあ、記憶にありません」
「私は覚えています。ボロ靴では濡れるので、新しい靴を買うきっかけとなった雨でした。そのとき、私、あなたに、雨が降ってますとは言わなかった。つまり雨話題は一切しませんでしたよ」
「細かい話を」
「だから、毎回毎回雨が降ってます降ってます。雨で往生します。困ったもんだ。雨で何ともならん、なんてことを言い続けているわけじゃない。言わないときもあるんだから」
「では、雨が降っているときに雨の話題をなさらな日はどうしてですか」
「他に喋ることがあるからです。雨の話などしておる場合じゃない」
「じゃ。話題がないときは雨ですか」
「いや、話題があっても、雨話をするときもありますよ。ちょっと印象が違うと言いますか、趣きが違う雨の降り方や、かなり厳しい降り方をしたいたときとか」
「では今日はどうですか」
「何が」
「だから、他に喋ることがあっても、どうしても雨の話がしたい日ですか」
「いや、したくない日です。雨で何ともならんと言ってみたかっただけで、続きはありません」
「しかし、長い続き話になってますよ」
「そうですか」
「だって、ずっと雨の話で始終です。私、今日は用事があるので、先に帰ります」
「あ、そう」
「明日も雨の話、しますか」
「降っていなければしません」
「あ、そう」
「その代わり、今日は雨が降ってませんなあとなりますが」
「やはり雨ですか」
「はい、好きなんです。雨が」
「はい、じゃ、また明日」
「はい、ごきげんよう」
 
   了



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2018年05月14日

3624話 誰かいるのか


 堀口は早く仕事を終えて遊びたいとか、自分の時間をエンジョイしたと思うのだが、そんなときに限り、仕事が捗らない。あと僅か。ほんの数十分で済む。調子の良いときはその半分で済む。そして大してプレッシャーの掛かるようなものではないので、さっとやれば、さっと終わってしまう。だが早く済ませたいときに限り、そうはいかないのだから、皮肉な話だ。
 簡単なはずのことで手こずる。やり出せばすぐなのだが、止まってしまう。
 何が災いしているのだろう。これは早く済ませたいと思う気持ちがプレッシャーになるため。当然堀口がそんな止めに入るようなことはしていない。もっと早くと勢いを掛けているのに。
 それで、どうにも前へ進まなくなったが、これを終えてから遊びたい。中断した状態では気が重い。さっと終えたときの解放感がない。
 さっとできるどころが、まったく止まってしまい、何ともならなくなった。このままでは座っているだけ。何もしていないのとかわらない。
 しかし……と三村は考えた。仕事を早く上げるのはいいのだが、何をしてそのあと過ごすかだ。それはまったく考えていなかったが、自由な身になることだけでもよかった。好きなことができる時間、自由時間、それを得るだけで。
 それには終わらせないといけない。そうでないと解放感がない。
 それで仕方なく普段の数倍の時間を費やして何とか仕事をやり終えた。
 外に出ると、もう夕方から夜になっていた。この時間から遊ぶにしても、子供なら暗くなってからは鬼ごっこもしないだろう。
 それで遅いという感覚が先に立ち、そのまま真っ直ぐ家に帰った。
 ドアを開けると様子が違う。帰り道にウロウロしなかったので、結果的には昨日よりも相当早く帰ってきたのだ。しかし昨日と同じで外は暗いし、部屋の中も暗い。休みの日は別だが、仕事に出ている日に、こんなに早く帰ったことは今まで殆どない。
「誰かいるのか」
 堀口は急にそんなセリフのようなものを吐きたくなったのか、声を掛けてみた。こんなものは一人芝居で、誰もいないことが分かっているからできること。
 がさっ
 と音がした。ペットは飼っていない。
 声の振動で、何かが落ちたのだろうか。そんなことはあり得ない。もしあるのなら客が来て話しているとき、その声で棚からボタボタ物が落ちっぱなしになってしまう。
「誰かいるのか」
 堀口は少し不安になってきた。靴を脱ぎ、忍び足で廊下を進み、居間を覗いた。
「誰か来たの」
 今度は反応はない。
 そんなことを楽しんでいる場合ではないので、リモコンで灯りを点けた。パッと居間のLED灯が灯り、明るくなった。これで、この怪談は終わりだろう。
 しかし、今度は確実に何かの気配がする。後ろだ。
 これはやるかもしれないと思いながら、堀口は一気に振り返った。
 誰もいない。
「誰かいたの」
 反応はない。
 がさっと音がした犯人は誰だと思い、居間の隅々まで見るが、物が落ちた形跡はない。横の和室も覗くが、朝起きたときのままの掛け布団がベッドからずり落ちている程度。これが「がさっ」の正体だなと分かり、もう「誰かいるのか」劇を終えた。
 
   了

 
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2018年05月13日

3623話 土讐


 子供が妖怪を見たと誇らしげに語り出した。場所は妖怪博士宅。ここなら思いっきり語れるのではないかと大喜びの大はしゃぎ。
 実は妖怪博士、子供が嫌いだ。それが小さければ小さいほど幼ければ幼いほど気味悪がる。世間の人情とは違っている。赤ん坊などは以ての外。生まれたてなど、見るとぞっとする。いずれも妖怪じみて見えるのだろう。胎児になると、もう駄目だ。
 そんな妖怪博士だが子供向け雑誌に妖怪の話を書いている。殆どは担当の編集者が代わりに書いているのだが。これは本来の仕事ではないためと、偶然そういうところの仕事しか来ないため。
 これで一つネタが出来たので、助かるのだが、語っているのは子供。これは嘘だとすぐに分かる。そう頭から決め込んでいるのは、子供は正直でないためだ。嘘ばかりつく妖怪のような存在。だからその先入観が先に走る。
「川にかな」
「そうです。もうコンクリートで固めたドブ川ですが、その中にいたのです」
「そんな排水路のよう中では魚もおらんだろ」
「魚はいませんが、雑草が生えています」
「コンクリートじゃろ」
「水が流れている端っこに泥が溜まって、そこから」
「ああ、あるのう」
「それと繋ぎ目や割れているところからも草が伸びています」
「つまらんものをしっかりと観察しておる。えらいのう」
「うん」
「それで妖怪はどうした」
「そこに大きな虫がいました。大きな亀ぐらいの」
「じゃ、亀じゃろ」
「大きさはそれぐらいですが」
「亀の子束子が流れついたのじゃ名」
「違います。お爺ちゃん」
「私はそこまでまだ老けておらん」
「足が一杯あって」
「じゃ、カニだろ。何処かで飼っていたものが逃げた」
「違います。大きな頭をしていました。顔がありました」
「じゃ、タコか」
「違います」
「で、その妖怪、どんなことをしていた」
「え」
「だから、何をしておった」
「ずっと僕を見ていました」
「ほう」
「何か話しかけるような」
「うむ」
「でも怖い顔をしていました」
「それから」
「草の中に入っていきました。そして消えました」
「ヒビ割れとか、切れ目から出ている程度の草じゃろ。そんなに茂っておったのかな」
「ぜんぜん」
「では何処に身を隠した」
「知りません。だからこれは何だろうかと思い、博士にお知らせを」
 妖怪博士はしばらく本朝草木図鑑などを頭に描きながら、イメージ検索をしていたのだが、子供がそれを見て笑い出した
 思案中の妖怪博士の顔がおかしかっためだが、ここが妖怪博士が子供嫌いの主因。そんなにおかしな顔にはなっていないのに、無理に笑ういやらしさ。これが大嫌い。
「ドシュウじゃな」
「ドジョウ」
「土と、復讐の、讐と書き、土讐」
「ふーん」
「草の根にいる妖怪でな。昔は草原、野原にいるとされておる。草が生えておるところなら、何処にいてもおかしくない」
「僕が見たのは土讐なの」
「草とくっついておるが、実は土の妖怪。川底の泥の中にもおる」
「ふーん」
「分かったか」
「面白くありません」
「君が見たものに近いのはそれじゃ」
「でも土なんてないし」
「泥が溜まったり、土砂が溜まったり、ヒビの入ったところなら土は近い。セメントの下は土じゃ。いくらでも土はある」
「でもその妖怪、怖い顔をしていました」
 妖怪博士は人がそういう工事をして、地肌を覆うようなことをしていることを物申す気はないので、その説明は省いた。
「分かったかい」
「面白くない」
「土讐はその名の通り、復讐系。近付くと怖い目に遭う。面白いとか面白くないとかの問題じゃない」
「分かりました」
 子供は丁寧に礼をして、帰っていった。
 見てもいない妖怪を勝手にでっち上げる嘘つきな子供。今度来たら何か悪いものでも憑けて帰してやろうと妖怪博士は思った。
 
   了



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2018年05月12日

3622話 闇のパトス


 ある閃きを得たなら、すぐに実行すればよかったのだが、竹下はもっと丁寧に検証することにした。そのまま実行に移すのは無茶だと考えた。しかしこれが後で考えるとブレーキになり、一瞬の閃きがもう閃かなくなった。
 一瞬光を見たのだが、その後の検証で闇が見え始め、暗くなり出した。暗雲だ。
 最初に閃いたときは晴れていたのだろう。しかしよく調べていくうちに雲が見えだし、そのうち黒雲となり、まさに暗雲。
 では最初に見たあの明るさ、あの閃き。そして希望。わくわく感は何だったのか。それはよく知らなかったためなのだが、かえってそれが邪魔をし、動けなくなった。
 あのとき、もし、さっと動いておればどうなったのかと、今も想像する。あくまでも想像だが、その想像の材料が揃いすぎたため、点数が低くなったどころか、これはやってはいけないことに見えたため、想像もまた、それに合わせたものになる。
 しかし竹下の今までの経験で、成功したときのことを思い出すと、いずれも何も考えないで実行したケースが多い。熟考したものは殆ど全滅している。考えが足りないのはいけないが、足りないからこそできることがある。
 成功例を思い出すと、そういう細かいことは後回しにして突っ込んでみたいという衝動が強かった。考えるとできなくなるので、考えないのではなく、やりたいから突っ走ったのだろう。これは衝動的で、危険。しかし、人道上に関わらないことなら、問題はない。
 ここで突破しないといけないのは世間ではなく、竹下自身なのだ。自分との戦いのようなもので、止めているのは自分。敵は自分。
 動いてみて初めて分かることもあり、勢いだけで出ても二三歩で終わることもある。そういうことばかりを繰り返しているため、竹下はよく考える人になったのだが、この安全装置のおかげで、冒険ができなくなった。
 つまり安全地帯しか歩かなくなる。欲しい物は安全地帯にはない。だから釣り上げる魚も小さい。
 それよりも最近は閃かなくなった。インスピレーションではなく、情動のようなものだろう。このエネルギーは強い。それを使わないで動くので、いつも何か燃焼不足。当たり前のことが当たり前にできるだけなら感動はない。
 竹下が思っているわくわくする世界とは、シナリオがない、筋書きにないことと出合うことだろう。物語は語り出さないと生まれないようもの。何が飛び出すのかが分からないからいいのかもしれない。
 竹下は次回、何か閃いたときは、そのまま突っ込んでやろうと決心した。
 しかし、閃き路線を封印していたためか、最近は何も閃かなくなったようだ。
 一瞬の閃き、それは眩しいばかりの光を見ると同時に、闇のパトスで走れるのだろう。
 
   了
 



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2018年05月11日

3621話 三村君じゃないか


 三村はとりあえず散歩に出た。このとりあえずがいけない。これという判断ができないので、適当なことをしていることになるのだが、それでもとりあえず動ける。それが解答ではないにしても。とりあえずやってみようという感じだが、やることが分かっているのなら問題はないが、やることがないので、とりあえず何かをするというのが問題。
 三村はとりあえず散歩に出た。これは本来の目的ではない。散歩に行きたくて、散歩に行くわけではない。こういうとりあえずのときは、よくないことが起こるのだが、散歩程度ではそれほどもの凄いことなど起こらないだろう。ただ、交通事故に遭うと問題だが。
 それぐらいは普通に回避するはず。頭がパニックになり、外に出て、そのパニック状態のままウロウロするのなら別だが、その日の三村はそれほど重症ではない。
 居ても立ってもいられない。座っていても立っていても駄目。それなら歩けばいい。それで散歩に出た。文字通り一歩一歩歩を進めることができるが、歩くことが目的ではなく、歩いて到着する目的地もない。あるとすれば、とりあえず間が誤魔化せることだろうか。この間は、問題の間で、間を置くということだろう。
 そういった難しい解釈をしながら、三村は家の近所を歩いているのだが、これはとりあえずの散歩。しかしいくらとりあえずでも、何処へ向かうか程度のことは決めないといけない。ただ、決めなくても家の前の道を適当に進めば、それで済むこと。どちらの方角へ行くか、関係がないのなら、それこそ適当でいい。このとき、右へ行くか左へ行くかは癖や慣れや歩きやすさなどで勝手に判断を下しているようだ。
 とりあえずの散歩でもとりあえずの目的地なり、コース取りが必要なので、三村はとりあえず静かな方角へ向かった。
「三村君じゃないか」
 三村はよく聞こえなかったが、自分を呼ぶ声かもしれないとは思わなかった。
「三村君じゃないか」
 今度ははっきりと聞こえた。
 三村は周囲を見回すが、誰もいない。空耳にしてははっきりとした声だった。
 三村はしばらく立ち止まったまま、じっとしていた。しかし、その後、声は聞こえない。やはり空耳なのだ。だが、二度も聞いた。
「ここだよここ。見えないかい」
 そんなものは見えない。
「僕だよ。正岡だよ」
 三村は走り出した。正岡を知っている。しかし姿がない。何処かに隠れているのだろうか。住宅地の狭い道だが、人の気配などない。
 三村はそのまま歩きだした。もし隠れているのなら、追いかけてくるだろ。そのとき姿が見えるはず。
 しかしその後、声は聞こえてこなくなった。正岡は知っているが、この近くには住んでいない。それに何年も合っていない。そういう友人はいくらでもいる。同級生などそんなものだ。卒業すればもう合う機会もないため。
 奇妙なことがあるものだと三村は思うものの、それが凄い現象だとまでは考えていない。よく考えると、凄いことが起こったのに。
 そして戻って来たときは、このとりあえずの散歩も終わったことになる。そして、本当にやらなければいけない問題について、もう一度考え始めた。今度は避けないで取り組むため。
 そして、無事に問題を乗り越え、ほっとしたとき、「三村君じゃないか」というあの声を思い出した。そのときは空耳だと思っていたのだが、よく考えると、もの凄く怖い話だ。
 正岡の消息が気になるので、共通の友達に連絡し、正岡のことを聞いた。すると、特に変化はないらしい。
 やはり空耳だったようだが、何度思い出しても、ぞっとする話で、後で効いてくる。
 
   了



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2018年05月10日

3620話 傘


 雨が降っているのは分かっていたが、小雨なので立花は傘を差を差さないで外に出た。しかし本降りになると厄介なので、傘は手にしている。
 雨が降っている。傘はある。しかし差さない。これは妙ではないか。何か間が抜けているように思えたが、留めている紐を解くのが面倒。金具が錆びており、片手でパカッと開かない。両手がいる。手提げ鞄を手首に通せば両手は使えるが、それも面倒。さらにその傘はバネでパッと開くはずなのだが、傘の芯が少し曲がっており、途中までしか開かない。
 しかし雨は降っている。小雨だが衣服に斑点が付きだした。そのうちそれが拡がっていきそうだ。
 傘は持っている。だから差せばいいのだ。
 だが立花は雨とか傘とかのことではなく、別のことで頭が一杯で、多少濡れても何の影響もない。それよりも、今、頭の中にある問題が深刻で、それで頭が一杯になっているのだ。
 そのうち小雨から本降りになりだした。流石にそれではびしょ濡れになるので、立花は傘を差した。先ほどのあのややこしい順番を踏んで。
 しかし通り雨だったようで、すぐにやんだ。もう雨は降っていない。ところが立花は傘を畳まない。窄めるとき、二段式になり、節がある。その節を通過するとき、少し力がいる。このとき、暇なときなら曲がった心棒を真っ直ぐに戻そうと頑張るのだが、前回それで失敗し、余計複雑なカーブや節ができた。そういう素材の傘なのだ。風に強い傘なので柔軟性がある。
 さらに傘を紐で巻くのだが、例の金具のことを思うと、うんざりする。また降るかもしれないので紐を使わなくてもかまわないのだが、そういったことではなく、まだ頭の中を一杯にしているものの領域が広く、雨や傘に対する取り分がない。だから雨がやんでいるのに、傘を差したまま歩いている。
 やがて駅に近付き、改札まですーと入ろうとしたが、流石に傘を差したままプラットホームに出るわけにはいかない。天井があるので、雨の影響もない。ここで仕方なく、傘を萎めようとしたが、上手くスライドしないので、力んだ。すると滑ったのか、痛い思いをした。そして紐を締めるとき、例の錆びた金具同士を合わせて、パチンと鳴るのだが、そのパチンの音が出ない。改札前、後ろに人が来ている。
 ええいと声を出しながら、立花は改札を抜けた。
 電車はすぐに来て、さっと客が乗り、さーと走り去った。
 そして無人となったホームに、半開きの傘だけがポツンと横たわっていた。
 
   了



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2018年05月09日

3619話 ある小者


 火縄銃、当時は種子島と呼ばれていたが、その威力で今までの鎧では役に立たなくなった。
 松下嘉平という人は、種子島をはじき返す鎧があると聞き、欲しくなった。それはあくまでも噂で、何処で売っているのかは分からない。領内では聞かないので、他国。堺あたりへ行けばあるかもしれないと思い、小者に銭を持たせ、買いに行かせた。
 小者は流れ者だったが、真面目に仕えていた。嘉平は良い人で、しかも真面目な人。まあ、普通の武将だろう。地位は低くはない。
 使い走りの小者は、それこそお使いに出たことになるのだが、松下家にいても何ともならないと思い、そのまま逃げた。銭を腹に飲んだまま。
 その銭で針を買い、針の行商で諸国をウロウロした。一箇所にいるより鼠のようにちょろちょろしている方が合っていたのだろう。
 それから月日が流れた。
 天下を取った秀吉は大坂城で諸国の大名とよく合っていた。
 派手好きな秀吉は演出も凄い。金ぴかの大広間に客を迎え入れるのだが、少しも威張らない。そして大袈裟すぎるほど歓迎した。
 しかし、最近は自信が付いたのか、横柄になり、天下人しての貫禄が出てきた。既に武家の中では最高位。頭を下げる相手は天子様しかいない。
 その日も大名家から挨拶を受けるため、大広前へ向かっていたのだが、相手は少領の田舎大名。
 秀吉は別の用事で出ていたので、大広間への通路が同じ廊下になった。奥から入れば、こんなところで顔を合わせなくても済むのだが、気を遣うような大名ではないので、一緒に向かってもいい。そこは気さくな人なので。
 これでは大広間上段に姿を現す見せ場がなくなるが、それにも飽きたのだろう。
 まだ若い当主らしい。一度顔を見たことがあるが、戦わずに取った。従属を願い出たためだ。その一行が廊下を通り過ぎるのを見ていたのだが、家来が三人ほど付いてきている。
 秀吉の小姓が異変に気付いた。秀吉の様子がおかしい。そして急に隠れてしまった。
 二人の小姓は慌てて追いかけたが、もの凄く早い。
 田舎大名の家来の中に老人がいた。秀吉はそれを見たようだ。
 その老人、松下嘉平だった。
 
   了


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2018年05月08日

3618話 冒険王


 大型連休の頃、坂上はやる気を失った。遊びほうけていたわけではなく、ゴロゴロしていただけだが、これがいけない。元気に遊びにでも出ていればまた元気に仕事に戻れるのだが、ただのゴロゴロでは怠けているだけ。休みなので体を休めないといけないほど坂上は疲れていない。睡眠時間は人より長いし、健康そのもの。
 五月病。これが坂上が毎年越えなければいけない峠の関所。越すに越せない田原坂のように曲がった坂道が続いている。
「どうなの」
 同僚の大黒が遊びに来た。積極的だ。遊びに来るのだから。
 少なくても電車に乗らないと坂上の部屋までは来られない。部屋の近くの自販機とコンビニにしか行かない坂上とは違う。
「また五月病か」
「もう新入社員じゃないけどね」
「じゃ、何だ」
「この季節、眠くて、だるくて、何もしたくない。それだけ」
「しかし君の大型連休は倍ある。超大型連休だ。連休を過ぎても出て来ない。今年もそれかい」
「可能性はある」
「心配して来たんじゃなく、君が来ないと僕が倍忙しくなる。だから頼むよ」
「ところで大黒君」
「何だい」
「遊びに出たかい」
「だから、今日、来たじゃないか」
「それが遊びなの。行楽なの」
「観光じゃないけど、暇なので遊びに来たんだ」
「しかし、何もないよ」
「いいんだ。出掛けただけで」
「あ、そう」
「やはりねえ」
「何」
「やはり、これということがないとねえ」
「これと」
「これというのは、まあ、凄い話とか、そういうことでもないとアクティブになれない」
「要するに冒険に出たいんだ」
「冒険も探検も、一人遊びのようなものでね。一人でそんな雰囲気に浸っているだけで、ただぶらぶら歩いているだけのことさ」
「冒険ねえ」
「冒険王になりたい」
「何をする人?」
「冒険する人さ」
「ふーん」
「宝探しでもいい。これは楽しんだだけで終わるのではなく、お宝を持ち帰られる」
「余計に疲れてきた」
「まあ、いいじゃないか。元気そうだから、あさってから会社だ。出て来られそうだね」
「まあね」
「じゃ、安心して帰るよ」
「早いなあ」
「見に来ただけ。それだけ」
「分かった」
 翌々日、坂上はいやいやながら出社した。しかし、大黒は来ていなかった。
 先輩が連絡しても大黒のケータイは繋がらない。無断欠勤。
「君なら友人なのだから知ってるだろ。大黒君はどうした」
「冒険へと旅立ったのでしょ」
 先輩はまったく表情を変えないで横を向いた。
 
   了


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2018年05月07日

3617話 謗法寺の秘仏


 謗法寺の秘仏というのは伝説の仏像。見た人は誰もいない。それよりも謗法寺という寺は燃えて今はない。さらにそれよりも謗法とは仏法を誹ること。だからそんな寺が存在するわけがない。
 その秘仏は長野の善光寺の秘仏よりも古いとされている。そのため、この国で作られたものではない。
 謗法寺は記録にあるだけ。当時本当に謗法寺と言っていたのかは分からない。その近くに今は神社がある。おそらく謗法寺跡にできた神社だろうと言われている。この神社が謗法寺と言い出したのかもしれないが、この神社も今はないが、その近くに鳥居だけがあるような神社が山の取っかかりにある。その山が霊山のためだ。山の神様を祭っているのではなく、その山が神。
 最近になってその霊山神社ゆかりの旧家から謗法寺や秘仏に関する聞き書きが発見された。
 謗法寺は燃えたのだが、これは燃やされたのだろう。事前にそれが分かっていたらしく、本尊を隠した。これが秘仏と言われるもので、寺に隠したのではなく、山に隠した。その場所が記されていた。
 場所は霊山の頂にある祠。昔は里の人は山頂に登る用事などないし、山々で暮らす民も、この霊山はポツンとあるので、尾根伝いの山の道からも外れている。名山ではなく、高くもないので、頂上まで木が茂っている。里から見ると、この山は非常に目立つ。山脈ではなく、ポツンと聳えているためだ。それで山の神様が住むとされた。
 頂上付近にある祠といっても斜面の崖をくり抜いたもので、人が入れるような広さはない。岩に空けた穴のようなもので、そこに秘仏を隠したとある。飛鳥時代の話なので、そんなものは埋もれてしまっているだろう。
 この秘仏は仏様のお姿らしいが、神として祭られている。神像だ。神様には実は姿がない。人なのかさえ分からないし、形がない。そこが仏との違いだ。それで、海を渡って来た異形のお顔や服装が珍しく、見たことのない人種なので、これを神像としたようだ。これが謗法寺の御本尊だとされるのだが眉唾物。それに先にも触れたように謗法寺の本当の名は分からない。何処かで山岳信仰と引っ付いてしまったのだろう。
 さて、山の神様ゆかりの鳥居で最近行われる山開きの行事や、山の神様の行事のとき、この秘仏の話をやっている。何処かは分からないが、山頂近くの斜面に祭られていると。それが神像ではなく、仏像なのが妙だが、その説明のために謗法寺の話が出てくる。
 山の神様が聞いたら、怒りそうな話だ。
 
   了


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2018年05月06日

3616話 旅の小娘


 どう見ても百姓娘の一人旅。下崎信三郎は前を行くこの小娘が気になった。この時代、娘の一人旅は珍しくない。
 しかし、一人旅では困るだろうと思い、信三郎は追い越すとき、チラリと顔を見た。美人ではないが、可愛い顔付きで、しかもかなり若い。
 娘道中には付きものの同伴者。それに信三郎はかって出た。娘は慣れているのか、次の宿場までお願いした。
 本街道からの枝道の小さな街道。これは距離が短いが、その宿場町の先に大社がある。そのため神詣での人がこの街道を使う。旅籠もそこそこあるのだが、これも大社用。大社の先は山に入り、もう村はまばら。その先へ行く人は希だろう。
 しかしその宿場町、荒れており、乱暴者がのさばっている。最初は旅の無宿者が何人かいたのだが、いつの間にか増えて、一団となった。ちょっとした組織だが、他所者の集まり。
 宿場町に差し掛かった二人は、その程度では驚かない。相手にしなければいいのだ。何処の宿場にもそういった連中がいる。
 信三郎は武家姿。相方は粗末な百姓娘。この組み合わせが気に入らないのか、乱暴者が行く手を遮った。ちょっと冷やかそうと思った程度。
 しかし、信三郎は娘を守る気満々で、立ち向かってしまう。そっと横へ避ければよかったのだ。いくら無法者でも、旅人を宿場で襲うほどあくどくはない。それに旅籠の主人達が、それでは許さないだろう。だから本気ではなかった。
 信三郎は抜刀した。敵意丸出しのため、乱暴者達も受けて立つ気になる。彼らは脇差しを抜いた。その中に浪人者もおり、そちらは長刀。
 宿場の人達は、この侍が片付けてくれることを期待した。遠巻きで応援するつもりだ。
 四人ほどが一斉に切りかかったので、信三郎は堪らない。後退し、そのまま尻餅をついた。しかし、娘を守るため、這いながら娘の前に出て盾になった。
 四人は、また一斉に刀を振り回した。一人が軽く、刃先を振った。本気で切るつもりはないのだが、これは刃傷沙汰になる。
 信三郎は剣術の心得はあるが、四人がかりでは無理。太刀を団扇のように扇いでいるだけ。
「代わりましょうか」娘がそういうと同時に、信三郎の刀を取り上げ、無法者の中へ突っ込んだ。
 あとは一瞬の出来事で、無法者達はそれぞれ手傷を負ったのか、退散した。
 この娘、百姓姿だがさる藩の密使。ただの小娘ではなかった。
「最初に言ってよ」と信三郎はほっとしたとき、そうつぶやいた。
 
   了


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2018年05月05日

3615話 語るに落ちる


「語りたいことが若い頃は一杯あったのだがね」
「青年の主張ですね」
「感情が沸き立っていたんだろうねえ。しかし、今は語りたいことを探さないといけなくなった。そして語るようなこともないのに語っていることがある」
「ますます語らないといけないことが増えるのじゃありませんか。世の中色々見て見識も広くなり、多くの体験をされたのですから」
「最近は口が淋しい」
「お腹が減っているとか」
「いや、語るほど淋しくなる。言ったところで大した意味はない」
「しかし先生は昔から社会に対し、警笛を鳴らしていたじゃありませんか」
「父ちゃんのポーが聞こえるだ」
「はあ」
「あれはやはり元気だったからだろうねえ。そういうことを言ってみたかったんだよ」
「そうなんですか」
「社会に物申すなんて簡単だよ。実際に行動する方が遙かに難しい。そして一つの行動に出ると、他の行動には出られなくなる。体は一つだからね」
「大丈夫ですか。これ全て記事になりますが」
「そうだったね。録音していたんだ」
「はい。だからいつもの調子でお願いします」
「もう元気もないのに、芝居はしんどいよ」
「いっそのこと、そのことを記事にした方が面白いかもしれません。これは衝撃ですよ」
「え、皆さん、もう知っているでしょ」
「読者は分かりません」
「いや、気付いているはずだよ」
「そうですねえ」
「私の場合、役でね」
「厄」
「ああ、その厄でもあるので、疫病神のような役だよ。そういう役割を受け持つことが多い。だから語りたくて語っているんじゃないけど、語っているうちに本気になってきて、その気にはなるがね。実際には演じているんだよ。演説ってそんなものだろ」
「先生は怖い人で、近付きがたい人で、反骨の人で、他の人が言わないことでもしっかりと言う人です」
「だから、そういう役どころなんだよ。本当はそうじゃない」
「何か今日はおかしいですねえ」
「そうだね、もう年なので、本当のことをちょっと言いたかったんだろうね」
「それは墓場まで持っていくようなことじゃないのでしょうか」
「いや、そんな大層な問題じゃない。犬がケンケン吠えているようなものさ」
「今回は調子が悪いようですので、日を改めます」
「そうしてくれるか、今日はいくら喋っても記事にはならんだろ」
「はい」
 
   了



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2018年05月04日

3614話 国境越え


「間道ですかな」
「そうです領外へ出たいのです」
「間道をお探しとは関所が通れない事情が」
「色々と込み入ったわけがありまして、説明しますと……」
「いえ、結構です」
「教えていただけませんか」
「少しお待ちを」
 土地の爺は役人を連れて戻ってきた。旅人はすぐに捕獲された。通報すれば報酬がもらえるため、関所近くの村には、この手の爺が見張っているのだ。
「間道を探しているのですが」
 また一人の旅人が関所近くの村を訪れた。今度は歯抜け婆が相手した。
「間道はありますが。見張りがおります」
「そうですか」
「しかし、あの山を越すか回り込めば領外へ抜けられます」
「じゃ、適当に山を回り込めばいいのですね」
「間道は幾筋も出ていますが、見張りがいます。だから道になっていないところを通るのがよろしいかと」
「ケモノミチですね。それを教えてくれませんか」
「だから、道はありませんので教えようがありません」
「知っている方はおられませんか」
「猟師の庄助が詳しいです。もう年なので、狩りには出ておりませんが、あの山を何度も超えたと聞きます」
「じゃ、庄助さんを紹介してもらえますか」
 歯抜け婆のスースーした声は聞き取りにくかったが役に立ったので、礼金を払い、庄助老にも案内料を先払いし、山へと分け入った。
 ところが、この庄助というのは追い剥ぎの親玉で、山際のところで身ぐるみ剥がされ、金目の物を全て奪われた。
 次に脱出を試みた男は関所から遠く離れた村へ入り込み、そこから山を越えることにした。しかし、そこも有名な国抜けの通路で、一番奥まったところにあるのだが、それだけに目立つのだ。一番目立たない場所が、一番目だった。
 次の脱出者は国境の麓にある村で猟師見習いとして入り込み。一年後に無事山を越えた。何事も時間と手間暇が掛かるという話だが、急いでいるときはそうはいかないだろう。
 
   了



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2018年05月03日

3613話 本物志向


「本物とは何でしょう」
「本格的なものでしょうねえ」
「言い方が違うだけですねえ」
「対象の違いもあります」
「本物とは何でしょう」
「本当のものでしょうか」
「本当。それも言い方が違うだけで」
「まあ、格が違うということでしょ」
「格が高いと、あるところから、本物のレベルに達するのですか。それともやっていることが、そもそも違うのですか」
「まあ、上等なものです」
「格が高いから、上等」
「そうです。それと正統派でしょうねえ」
「異端では駄目だと」
「異端も正統派になることもありますよ。よく聞くでしょ、最初は邪道扱いだったのだが、いつの間にかそれが王道になり、主流になったとか」
「じゃ、本物とは何でしょう」
「本当のもの、正解のようなものです」
「しかし、世の中色々とありますよね。様々なやり方とかが」
「それがものになれば、本物でしょう」
「ものになるということは、使えるということですね」
「そうです」
「私は本格的なものに対してプレッシャーがありましてねえ。それを避けて、別の方法を探したり、風変わりなものや、変態、変種へと走りましたが、どれ一つものになりませんでした。それで最近本格的なものに戻ることにしたのですが」
「好きなようにしなさい」
「それで本物志向に目覚めたのですが、やはり本物はいいですねえ。本格的といいますか、定番中の定番は。やはり安定感があります」
「本物ですからね」
「本物の中にも偽物があるのでしょうねえ」
「あるでしょうねえ。数が多いと。しかし弱い目の本物で、間違ってはいません。本物の中でも格差がある程度」
「でも明らかに偽物がいるんじゃないのですか」
「偽物とは本物に似せたタイプですから、やはりこれも本物なのです。偽損ねているだけで」
「しかし本物や本格的というのは苦しいですなあ」
「だから離脱する人が多いのです。我慢が足りないのでしょ。それと力がなければ本物にはなれません。だから力がなくてもやっていけるものに走ったりするものです。これは悪いことじゃありませんがね」
「私は色々と寄り道をしましたが、これからは本物を目指します」
「それで、ここへ戻って来たのですか」
「そうです。また一からやり直します」
「しかしあなた、もうお年で先はありませんよ」
「いえ、本物の片鱗に触れるだけでも満足です」
「しかしあなたは邪道がお似合いだ。そちらの方が力があります。実は本物も崩れるのです。だから何が本物かなんて、時代によるのです。だからあなたは邪道を進みなさい」
「え、そうなんですか」
「正道も邪道もありません」
「あ、はい」
 
   了




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