2018年06月30日

3671話 いる


 今は寂れた漁村だが、それも廃れ、釣り船などが出る程度の港。しかし、昔は外洋を乗り越えてやってきた船が出入りしていたらしい。その名残が少しだけ残っている。洋館だ。
 この港や背後の山や自然を愛した異国の商人が別荘として建てたもの。陸に上がったときだけ使っていたようだが、全盛期はここは日本支社として事務員が詰めていた。
 当然そんな古い建物はいくら頑丈でも朽ち果てていくのだが、それを譲り受けた人が結構補修し、今も古いながらも人が住める状態。
 もう海外からの船はこの港には来ないので、当然洋館もそれとは無関係。
 譲り受けた人は日本の商社の重役。異国の商社は西ヨーロッパの深いところにあった。その貿易商と日本の商社とが仲がよかったのだろう。それで譲り受けたようだ。
 偉いのはその後も、しっかりと保存していること。この商社の重役だった人は、その後、別の会社を興したのだが、その地の洋館は代々守り継がれていた。
 港から軽く坂を上ったところにある森に囲まれた場所で、まだ山の手前。そのため、高低差はあまりない。周囲には何もなく、深い繁みの中に洋館の尖った屋根だけが覗いている程度。
 その一階は昔のままなのか、応接室と言うよりも開放的なロビー。だだっ広い大広間のようなもので、昔は仕切りを置いて何人かの事務員が仕事をしていたのだろう。そのため、人が暮らす住居ではなく、オフィスのような建物だが、小さなホテルにも見えるし、また小さな城にも見える。
 これはきっと故郷を懐かしむための造りなのかもしれないが、譲り受けた日本人にとり、それは異国そのもの。しかも紳士淑女が集う舞踏会の会場のようにも見える。生活臭さがない。
「親父や爺さんやその先代達が何故ここを大事にするのか、そのわけがようやく分かってきました。文化的な意味合いではなく、出るのです」
 妖怪博士は洋館の長い長い話を聞いたあと、そうではないかと思った。でないと呼ばれないだろう。
「元の持ち主のお国柄でしょうか」
「そうだと思います。あれで有名ですから」
「しかし、あれは伝説で」
「分かっております博士。しかしそれに近い何かがいることは確かなのです」
 妖怪博士は神妙な顔で頷く。
「お決まりのように地下室がありましてね。さらに隠し部屋があります。そこは墓地。石造りの寝棺がありました。しかし石棺じゃなく、寝床だったのですね」
「今もありますか」
「よければお見せしますが、中には何も入っておりません。それに地下室そのものも何もありません。ちょっとした三台ぐらい入れる車庫程度の広さです」
「儀式用ではありませんかな」
「はい、特に怪しい事件が起こったとは聞いていません。ただ、先代の遺言で、大事に保存するように言われています。だから私も、この洋館を守るつもりなのですが、経費が結構掛かります。それにかなり広い土地でして、税金も結構掛かります。それで先代からの申し伝えに反しますが、経済的な理由で、手放したいと思うのです」
「それで、私を呼んだ理由は何でしょう。あれがいるかどうかですかな」
「そうです。もしいるのなら、手放せません」
「そうでしょうなあ、この洋館、あれを閉じ込めるために建てたのでしょう」
「はい、僕も今はそう思っています」
「それで、出たわけですね」
「いえ、出たかもしれないと思いまして」
「出たか出なかったかがまだはっきりしないと」
「それで、博士に調べていただきたいと」
「分かりました。調べましょう」
 妖怪博士は三日ほど、この洋館に滞在した。
 四日目、依頼者が来たので、「いる」と答えた。
 依頼者は、売ることを諦めた。
 
   了

 
posted by 川崎ゆきお at 10:50| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月29日

3670話 脳裡に浮かぶもの

脳裡に浮かぶもの
「脳裏というのが大事でしてね」
「はい」
「これがかすめます。よぎります」
「はい」
「何かをしているとき、何かを考えているとき、ふと思うことがあるでしょ。何も思わないことも多いのですが、まったく関係のないことが浮かんだりします。これが曲者でしてね。脳裏とは、脳の裏と書きますが、表のことを考えているとき、裏で起動するのですね」
「はい」
「また、脳の裡とも書きます。タヌキですね。これで脳裡と読みます。この狸が曲者。動物でしょ」
「そうですね。裏は漠然としていますが、狸はケダモノです」
「そして狸のイメージは何ですか」
「化かす」
「まあ、キツネに比べると大人しい。狸寝入りとか、狸囃子、ポンポコ狸の腹鼓。何故か間の抜けたような印象。これです」
「え、どれですか」
「脳裡にふと思うこと、よぎること。あまりまともなことじゃなかったりします。今、やっていることとは無関係な。しかし、ふっと浮かぶ。浮かばそうとして浮いて出るのではありません。作為的なものじゃなく、自然に出てくるのです。湧き出てくるのです。これはつまらない駄洒落を思い出したりとかがそうですね。韻だけを踏んでいる」
「つまり、連想の話ですか」
「連想法は作為的でしょ。連想するというサ変名詞です。しかし脳裡に浮かぶものは、作為なし。勝手に来ます。いきなり。だから来ないときもある。何かを引っかけたのでしょうねえ。しかし、つまらんものが多いですし、また思い出したくもないものを釣り上げたりします。連想法は今から連想するぞ、連想行為に入るぞと思いながら連想します。それじゃなく、ふと頭をよぎる。これが大事」
「何が大事なのですか」
「作為的でないからです」
「はあ。それで何か役に立ちますか」
「狸の仕業」
「あのう」
「頭の中に狸がいて、幻を見せるようなものですが、これは雑念に近いでしょう。一番多いのは性的な連想。これも狸の仕業。だからワイセツは猥褻と書きます。狸がいるでしょ。ただこちらの狸は田んぼに土じゃなく、田んぼに衣となってますがね。この衣が色っぽい。着衣の方が余計に色っぽいのと同じです」
「じゃ脳に狸がいるのですか」
「だから脳裡」
「その大事さが分かりませんが」
「狸のお告げです」
「そこまで行きますか」
「何が頭の中をよぎったのかをよく考えることです」
「今、偶然よぎりました」
「そうかね」
「はい」
「どんな」
「欺されまいと」
「あ、そう」
 
   了

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2018年06月28日

3669話 諸行無常


 気流というのがあるように、気持ちの流れもある。気分の流れだ。気流というのは周囲との関係で風の流れが決まったりする。これは自然現象だが、一定のパターンがあるはず。
 気分も個人単独で発生することもあるが、それは病とかだろう。発生源が体にある。ご気分は如何ですかと聞く場合、体調を聞くことになるが、これは病んでいる場合。また、病んでいないのに、急に気分が悪くなることがある。精神的な気分となると、病気ではなく、発生源も体ではない。
 気分は体で反応することも多い。気流とはその気分の流れのようなものかもしれないが、これは発生源が外にあったりする。時代の流れなどがそうだ。
 流行るというのもそうで、本人と関係のないところで、そういう流れが生まれている。
 そういった社会現象とは別に、極めて個人的な流行り廃りがある。これは一日で終わったり、その後、習慣になるほど定着したりと様々。
 しかし、これは人に言うほどのことではなく、好みが変わったとか、趣味が変わった程度。そこにある流れは、気の流れだろう。気持ちの変化。しかし、それらは単純な移行でも、そこへ至る流れというのがある。もっと遡ったところから続いていた流れの先っぽかもしれない。
 この流れは一日の中でも生まれたりする。今日はどうも流れが悪いとか、いつもの調子のようには行かないとか。しかし夕方になると、いつもの流れに戻っていたりする。そういう日々の流れも、あるところで別の流れになることもある。流れが変わるのだ。具体的にそれが現れるまで気付かないかもしれないが。
 そして、変わったはずの流れが、また元に戻ったりもする。
 流れそのそのものが快いときもある。何でもいいから流れが速くなると、気持ちがいいとか。これは変化が欲しいと思う気分の流れに乗ったのだろうか。
 街でも人の流れがある。それが変わったり、もう流れなくなったりもする。
 それと同じように個人の世界にも、そういった流行り廃りがあり、流れも変わるという話で、これは空気の流れのように、ある意味自然なことだろう。
 一つの流れは、別の流れから押し出されていたり、また流れが止まるのは、別の流れの影響かもしれない。
 結局人も街も気持ちも流れて行く。諸行無常と言うことだろう。
 
   了

 
posted by 川崎ゆきお at 11:20| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月27日

3668話 雨の土曜日


 雨の土曜日、土橋は近所の喫茶店で一服している。この雨では出掛けても楽しくないだろう。そう思いながら、以前のことが頭をよぎる。何か特別なエピソードや印象に残るシーンではなく、土日の過ごし方。
 以前なら土曜か日曜は何処かへ出掛けていた。近所の喫茶店ではない。もう少し遠い。場所によってはギリギリ日帰りできる距離。
 これは平日、自由が奪われていたことの反動だろうか。好きなところへ行ける自由を確認したかったのだろうか。一日まるまる自分のことで過ごす。人と一緒のこともあるが、一人のときの方が多い。一緒だと好きなようには動けないため。
 ところが退職後、毎日が自由になった。何をしてもかまわない。ところがしばらくするとあまり出掛けなくなり、徐々にその回数も減ってきた。いつでも行けると思うと、今日出なくてもいいし、明日出なくてもいい。気が向いたら行こう程度になる。
 しかし、一向に気が向かない。以前なら簡単に出掛けていた。何も考えないで、さっと。まるで仕事のように。
 土橋は山歩きが好きなので、近くの山へよく出掛けたのだが、これも今は大層になったのか、滅多に行かない。そして最近では行く気さえない。ただハイキングの案内書や地図を見るのは好きだ。以前行ったコースなどを改めて見たり、また地図には載っていないが、近道を見付けたことがある。今も地図には載っていない。
 やはり反動だろう。自由を得ると、自由を使わないのも自由になる。そしていつでも自由を使えるので、今でなくてもよくなった。
 あの頃休みの日になると出掛けていたのは、ストレス解消もあったのだろう。それと通勤電車ではなく、少し遅らせて、のんびりとした車両で、いつもの都心部ではなく、逆側へ向かう。いずれも反動だ。いつもとは逆側へ行こうとしていた。
 つまり土橋の場合、仕事あっての趣味であり、行楽。仕事が消えれば、それらも消えてしまう。
 さて、近所の喫茶店、何することもなく座っている土橋。これはちょっと危険ではないかと思うようになる。
 何もすることがない人。座ったまま虚空を見ている。それに該当する。本でも読めばいいのだが、今まで読んだ本は全て通勤中。部屋では読まない。これも反動だ。
 知識を伸ばしたり、趣味を深めたりするエネルギーは、仕事に行っていたからこそ生まれた。
 これではいけないと思い、土橋は急に立ち上がり、喫茶店から出た。
 外は雨、傘を差し、歩きだす。それは駅の方角、広い世界がその先にある。だが、二三歩行ったところで、覚めた。
 そして帰ることにした。
 これも反動だろうか。しかし、そんな反動で動いてもろくな結果にはならない。単に町を彷徨うだけの話。何も解決しないし発散もしない。
「危ない危ない」と呟きながら、土橋は家に戻った。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 10:47| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月26日

3667話 教堂


 村に教堂と呼ばれる建物がある。お堂の形をしていない。経堂はお経などを置いている場所だろう。それとは違う。お経もあるが普通の本もある。貴重な写本もある。
 村は農家と田んぼしかない場所ではなく、昔の村は結構いろいろなものがあった。その一つが教堂。お寺が一応管理しており、支所のようなもの。
 まあ、市役所の支所のようなものだろうが、その建物の二階がカルチャーセンターになっていることがあるように、教堂は宿泊施設もある。宿坊のようなもの。
 旅の坊さん、雲水などの定宿にもなっており、また教堂というぐらいなので、江戸時代の寺子屋の役目も果たしていたのだろう。管理している寺は山際にあり、階段がきつい。だから農家などのある村の中心部のほうが便利。街道も通っており、普通の旅籠もある。大きな街道ではないが、人通りもある。村といっても街道が通っているため、結構風通しがいい。そのため、村人以外の人も多く見かける。
 この教堂には学僧がいることもあれば、神主がいたり、行者や儒者なども出入りしている。神道でも道教でも、何でもありだ。耶蘇教が禁制ではなかった時代は、キリシタンも来ていた。耶蘇が運営すればそれは教堂ではなく教会となるだろう。
 そういう人達が一つ屋根の下にいると、宗教戦争でも起こしそうなものだが、あくまでも学識を磨くための場だったようだ。他流試合を楽しむ人も当然いた。
 しかし、いい時代はわずかで、あとは今でいえばユースホステスのようになり、妙な主が居座り、風通しが悪くなった。
 要するに宿坊でもあるので、無料なのだ。だから旅籠代を浮かすため、偽学者が多く来た。
 そして住職が何代か代わったあたりで、寺もしんどくなったのか、閉めてしまった。
 その建物に伊勢の遊郭が、ここに入った。その後、この街道筋の村は、そちらの方が有名になる。
 風俗だけに、風通しはよくなった。
 宿坊だった頃の部屋はそのまま使われ、高僧の筆による掛け軸とか、知的な雰囲気で、宿坊だっただけに質素だが、逆に趣があり、これで人気が出たようだ。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 10:33| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月25日

3666話 老害


「岩上さんが若月にすり寄っておるらしいですぞ」
 長老格の佐伯は顔をしかめた。
「若月といえば若手じゃないか。年を取ってからでは似合わん名だな」
「若月は若手のリーダーです。次世代を担うでしょう」
「岩上さんのような大長老がどうして若月などに」
「嫌われないようにでしょ」
「岩上さんといえば一番の老害。それが機嫌取りか」
「我々も誰か若手に唾をつけませんと、持って行かれます」
「若手で有力なのは、あとは誰だ」
「淀川が第二グループのリーダーです」
「じゃ、淀川と親しくせい」
「ですが、淀川は既に立川さんがすり寄っていて」
「他に有力なグループは?」
「神崎がいます」
「あれは小便小僧だ」
「もう彼しか残っていません」
「神崎にわしがベンチャラを使うのか」
「仲間になってくれる若手が一人もいないよりはましです」
「しかし、そんなことをしてどうなる。どうせわしらは出て行くんだ」
「我々の息のかかった後輩を残すためです。このままでは若手を取り込んだ岩上さんの天下になります。それに私たちは若手に嫌われています。岩上さんもそうでしたが、最近は違うでしょ。若手の機嫌を取りだしています。出遅れてはなりません」
「分かった」
 若手の神崎グループというのは少ないが、実力者が多い。親睦を深めるということで一席設けた。宴会だ。
 長老の佐伯はにこやかな顔で彼らは眺めた。
 しかし、神崎は警戒した。何か企みがあるはずと。
「君が神崎君かね。たまに顔を見かけるが、まあ一献」
 まさか毒など入っているわけではないが、これは受けてはいけない盃だと、神崎は直感で分かった。覚えのない接待を受けたようなもの。
「将来を担うのは君たちだ。私は微力ながら援助するよ」
 しかし、いつもは押さえ込まれ、援助どころか妨害されている。若手の台頭など有り得ない。その隙間さえない。この長老が去っても、まだまだ上はいる。
 若手の神崎のライバルは若月。その若月には主流派の岩上が取り込んでいることを知っている。それに対抗するには佐伯では弱い。
 しかし、年寄りの味方がいないよりもいる方がいいと、最終的には盃を受けようとした。
「どうだね、受けてくれるね」
「はい」
 佐伯は今まで彼に見せたことのない笑顔で盃を交わした。
 佐伯は作り笑いをしたが内心苦々しい。それは隠した。
 ところが神崎は表情一つ変えていない。何かまだ含みのある目つき。元々そういう顔なのだが、顔がふてぶてしい。また、彼は目も合わさない。
「来るなあ」と横の側近が心配した。
 一瞬だった。
 黒岩は酒を神崎に顔に浴びせた。
「なんだその面は、この小便小僧があ」
「やはりなあ」と側近は目を閉じた。
 神崎は顔を拭きながら、ほっとした。
 いつもの老人達に戻っていたからだ。
 世の中には連鎖反応というのがある。
 若月にすり寄っていた岩上も、同じことをやってしまったようだ。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:57| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月24日

3665話 浦上の悪蔵


「浦上の悪蔵さんはおいででしょうか」
「そんな人、ここには下宿していないよ」
「ここにいらっしゃると聞いたのですが」
「聞き違いじゃないのかい」
「困ったことがあれば浦上の悪蔵さんを訪ねて行けと言われまして」
「確かにここは浦上だが、悪蔵なんて人はこの宿にはいないよ」
「それは困った」
「もしかして徳三郎さんのことじゃないのかい」
「違います。悪蔵さんです」
「何をしている人だね」
「さあ」
「下宿人はいるが、徳三郎という人だ。一度も部屋代を払ったことがない人でね」
「その人が悪蔵さんかもしれません」
「そうだね。悪いやつだから、悪蔵と呼ばれても不思議じゃない」
「おられますか」
「いない」
「じゃ、お待ちします」
「いつ帰るか分からんよ」
「ここで暮らしていらっしゃるのでしょ」
「そうなんだが半月ほど姿を見ないことがある」
「下宿代、払っているのでしょ」
「払っていない」
「いつお帰りでしょうかねえ」
「さあ、鉄砲玉だから分からんよ」
「でもどうして下宿代、払わないのでしょうねえ」
「金がないんだろう」
「お金なら、私が持ってきています。私が払いましょう」
「二年分だよ」
「ああ」
「まあ、いいんだ。徳三郎さんには世話になっているから」
「悪蔵さんとはどんな人なのです」
「知らないで来たのかい。名も徳三郎だよ」
「村に来た旅人から聞きました」
「ほう」
「困ったことがあれば、浦上の悪蔵さんを訪ねなさいと。それで下宿先を教えてくれました」
「それは何かの縁だね」
「いったい悪蔵さんとはどういう方なのでしょう」
「ごろつきだよ」
「やくざですか」
「ああ、そんなものだけど、徳三郎がいるから、この宿にはごろつきは寄りつかない」
「そんなに強い人なのですか」
「さあ、喧嘩をしているところなんて見たことがないけど」
「じゃ、いないのなら、出直します」
「それがいい。ところで、何を頼みに来たのだい」
「嫁の弟が駆け落ちして、連れ戻したいのですが、どこにいるのか分からなくて」
「困ったこととはそんなことかい。名はなんていう」
「お淳さんと吉次さんです。吉次さんは私の義理の弟で堅気ですが、お淳さんは茶屋の」
「玄人だね」
「はい、きっとだまされて」
「じゃ、徳二郎さんが戻ったら伝えておくよ」
「お願いします」
「もし何処かでそんな話でも聞けば、知らせるので、在所を教えてくれないか」
「はい、東郷村造り酒屋の峰吉と言えば分かります」
「徳三郎さんが引き受けるかどうかは知らないよ。それにものすごく困った話でもないしね」
「いえ、旅人の話では、そういうことは得意だとか」
「まあね」
 一月もたたないうちに、浦上の下宿屋の使いを頼まれたという物売りが来て、吉報をもたらした。見つかり、そして戻ってくる最中とか。
 浦上の悪蔵。本名徳三郎。これがどんな男なのかは分からない。
 
   了

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2018年06月23日

3664話 ガリ版のエロ本


「吉田君とは長い付き合いなのですが、まずはその縁から話さなければいけないのですが、その前に、なぜ吉田君についてここで今語るのかが問題です。これは是非ともあなたに聞いて頂きたいからです。これはあなたと仲良くなりたいからです。この話がそのため、役に立つでしょう」
「はい」
「その前に吉田君のキャラについて説明が必要でしょう。どういう人間なのかを知ることで、話の理解に役立ちますし、意外性もキャラを説明しておけば、意外ではなく、納得できるものと思われます」
「はい」
「そのキャラなのですが、あるエピソードがあります。それが最も吉田君を表していると思いますので、その話をします」
「はい」
「その話の舞台になったのは柏手町の西の外れにある小道、この道の話ではありませんが、昔からある由緒正しい参道のようで、それを調べていたのですが」
「あのう」
「はい、何か」
「いや、いいです。続けて下さい」
「ああ、小道の話はここでは関係ありませんでしたね、失礼しました。問題は柏手町の西の外れ。ここに妙な店がありましてね。ただの古道具屋、古物商なのですが、古書もやっております。そこにガリ版刷りのエロ本が売られているのです。ガリ版ってご存じですか」
「謄写版でしょ。孔版印刷」
「はいはい、それです。何せ裏本なので、印刷所が引き受けない。当然製本もね。だから、わら半紙に印刷したものを二つ折りにした和綴じ。糸で縫ったものです。これは熱海の温泉街で売られていたとか。その作者は分かっています。熱海の書き師として有名ですが、もうお亡くなりになられたようです。古い時代ですからね」
「はい」
「私と吉田君との出合いは、そのガリ版刷りのエロ本を同時に見つけたことから始まりますが、同時に手を出したわけじゃありませんよ。私が見ているとき、吉田君は他のものを見ていたようです。狭い店なので、客がもう一人いることはすぐに分かります。そして私が本を置くと、さっと交代で、その本を手にしました。しかし、しばらくすると元の位置に戻したようです」
「はい」
「私は、この男に買われる前に買ってやろうと、また本を手にしました。そして値段を見ると、ベラボーな値段。桁が一つ多い。まあガリ版なので百部で原紙のロウ紙が駄目になるようですから、少部数です。それで、その価格では買えないので、また戻しました」
「はい」
「すると彼がすぐに手にして、私と同じように値段を見たあと、さっと戻しました」
「あのう」
「はい」
「エロ本の話ではなく、吉田君のキャラの話でしょ」
「だから、今それをやっている最中じゃありませんか。ガリ版刷りの熱海のエロ本。西の門真か東の熱海かというほどエロ本の産地で有名です。吉田君のキャラを象徴しており、分かりやすい」
「はい、キャラは分かりましたが、その吉田君がどうかしたのですか」
「それが縁で、吉田君と仲良くなりました。エロ本だけではなく、色々と怪しいものに興味のある男でしてね。数少ない同好の士です。その後長い付き合いが始まりました」
「それで」
「え」
「それでどうなるのですか」
「もうなりましたが」
「どのように」
「今、言ったでしょ。その後、仲良くなりましたと」
「それだけですか」
「はい」
「納得できません。我慢して聞いていたのに、展開がないじゃないですか」
「今も、ずっと展開していますよ」
「分かりました。吉田君などどうでもいいのですが、そのエロ本はどうなりました」
「値段の付け間違いだったようです」
「ほう」
「それで桁が一つ取れたのですが、それでもまだ高い。それで、二人で買うことにしました。これなら半額になります。ところが、今度はどちらの所有物にするかという話になりましてね」
「どうなりました」
「お互いに貸し借りする関係の所有物ということにしましたが、吉田君は蔵書用の大きなゴム印を持ってましてね。それを押したいようなのです。私も花印を持ってまして、これを押したい。そこはまあ話し合って、二つ並べて押すことにしました」
「そのガリ版のエロ本の内容はどんなものでした」
「普通の本屋でも売っているような内容ですよ。ただ隠語がもろに出てくる程度。ガリ版ですからねえ、手書きです。だからその隠語のところだけ太い」
「ほほう」
「こんな話、お好きですか?」
「お嫌いです」
 
   了



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2018年06月22日

3663話 日常が崩れる


 日常は自分とは関係のないことでも崩れる。天地異変がそうだろう。大昔に恨みをのんで亡くなった人の呪いや祟りではない。そういう人が自然現象さえ動かしていたと信じられていた時代もある。これは本当にそう信じていたのかは当時の人から聞いてみないと分からないが、異変が多いと原因を作りたい。原因が分かれば安心する。
 そして天地異変を起こすような祟り神は既にしっかりと祭られている。
 原因が自分にはない災難。偶然の何か。偶然にも必然性のような遠縁があったりし、決して偶然ではないこともあるが、どう見ても遭ってしまう偶然の災難は確かにある。大災害なら多くの人が被るのでもう個人の因果からは出てしまう。
 だからその需要の神もいるのだが、大勢では無理。保険が払えないというわけではないが。
 安全のためのお守り袋などは一人だけ助かるというわけにはいかないが、軽減作用があるとしている。大凶が凶ぐらいですむように。
 まあ、人には寿命があり、いずれはこの世から消えるのだが、災難に遭い、短命で終わってしまうよりは、いいのかもしれない。特に若死にではまだやりたいことも多くあるだろう。
 いいことで日常が崩れるのは好ましい面も多いが、悪いことで日常が狂うと、これは厄介だ。身から出た錆なら納得はいくが、そうでない場合、原因を作りたがる。前世とか先祖とかまで持ち出す。
 つまらないことで日常が崩れた場合、元に戻すのは大変かもしれないが、戻れた場合は、ほっとする。進歩や改善ではなく、以前の状態でも充分なほど。
 
   了
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2018年06月21日

3662話 黄糸神社


 たどり着けない神社がある。自然が険しくて行けない場所ではない。今は住宅地となっている場所で、当然交通の便は普通。しかし参拝はできない。また、お参りするにしても、何が祭られている神社なのか分からないので、用はない。ただ、神社らしきものがあれば、参る人がいる。しかし表道からは見えないので、神社があることさえ気付かない。
 しかしプロは違う。こういうものを見て歩くのを専門にしている高橋という男は聡い。ちょとした欠片からぴんとくるようだ。
 その欠片とは住宅地の庭木にしては少しだけ高いのがあること。この辺りは台地で森が広がっていたので、もっと原生林のように高い木や古木が残っているが、そこから少し離れている。
 そしてさほど高くはないが幹が太い。ものすごく高くなる木ではないのだろう。その一部が通りから見えている。ある角度のところからだけ見える。つまり、前を塞いでいる家の屋根などが邪魔をしているのだが、高い建物ではない。
 そして高橋はそこへ行こうとするのだが、道がない。それらしきものはあるが、車庫への通路だろうか。大きな家の横を走っているが、見たところ行き止まり。その道の奥がどうなっているのかは分からないが、裏側に庭でもあるのだろう。その向こうは別の家。高い木はそのもう少し先。
 それで高橋は回り込むのだが、住宅地に沿って続く細い道から左側にその木があるはずだが、生け垣などが邪魔で、見えない。それが終わると今度は普通の家が軒を連ねている。新しくはないが昔からあったような家でもない。昔はこの高台一体が畑だったようだ。そして左側へ出る抜け道がない。あるにはあるが、家と家の隙間の細い通路で、それぞれの家の裏側に出る程度で、その先を貫いていない。そこから木の一部が見えているのだが、突き当たりの植え込みや塀が邪魔で、どういうところに立っているのかが分からない。
 そしてやっと左へ続く道があるのだが、それでは行き過ぎ。そして三階建てのマンションが木の方角を塞いでいる。マンションの裏側からなら木は確実に見えるはず。ただ、マンション風にはなっているが、何かよく分からない。寮かもしれない。
 道はそこで行き止まりとなり、もう回り込めない。さらにしつこく回り込もうとすると、バス道に出る。そこからは遠い。そしてバス道を回り込むと、最初のところに戻ってくる。
 道で囲まれたかなり広い面積だが、間の道がない。しかしどの家も宅配便の車が入れる程度の道はついている。だから道で繋がっているのだが、その木のある場所だけはどの道からも繋がっていない。
 高橋は、これ以上歩いても分からないので、調べてみた。まずは明治時代に作られた地図。それを図書館で見ると、やはり畑が広がる台地だった。古木が残っている茂み一帯は屋敷跡。金持ちの別荘とかが並んでいたようだ。
 そして神社のマークを発見。あの木がある場所だ。どういう神社なのかを村史などで調べると、黄糸神社。氏神様ではなく、絹糸と関係していたようだ。つまり、高台の畑は桑畑。蚕の餌だ。高橋流に言えばシルク神社となる。
 次に航空写真で見ると、木のある周辺には建物はなく、最初見た車庫への入り口のような道の突き当たりの建物裏にあたるが、広い中庭で、農家の庭によくあるような畑だった。
 桑畑の真ん中に生糸、絹糸の神社がある。特に疑わしいものではない。
 高橋はもっといかがわしく神秘的な神社を期待していた。または神社ではなく、古墳とか、何かの遺跡とか。貞子を落としたような井戸とか。
 しかし繭や蚕や生糸、絹糸などと関係する真面目な神社だったので、がっかりした。
 
   了

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2018年06月20日

3661話 ないものがある


 あるはずがないものがある。逆にないはずのないものがある。あるものがあり、ないものがある。
 武田はないはずのものがあったので、少しあわてた。最初からないものと諦めており、また、ないものとしてやってきた。ないのだから仕方がない。なければなくても何とかなるもの。別のものでやるとか、それがなければできないことなら、そのことはしないとか。そしてないのだからそれ以上考える必要はなかった。
 あればいいのになあ、とたまには考えるのだが、無理なら仕方がない。諦めてはいないが、実質諦めたも同然。
「ないものが突然現れたのですかな」
「そうです」
「そりゃ魔法だ」
「手品かもしれません」
「それでどうなりました」
「喜びました」
「それはよかった」
「しかし、急に降って沸いたようなことなので、パニックになりました。予定にもないことですし、予想だにしていません。期待さえしていませんでしたから」
「ほう」
「初めは喜んだのですが、今考えると迷惑な話です。心の準備もできていません。その後どうすればいいのか分かっていますが未知の領域。そちらへ行く予定は全くなかったのですから、これは迷惑です」
「でも、望んでいたことなのでしょ」
「はい、でも、夢の一つ程度で、あくまでも夢。現実になるとは思っていません」
「それでどうなりました」
「捨てました」
「ほう」
「それはものすごく欲しいもの、望んでいたものなのですが、その準備も心構えもできていません。それがないものとして今までやってきましたから、そちらの方が得意で、しかも最近調子がいいのです。長年磨き上げてきましたからね」
「もったいない」
「捨てた場所は覚えています。教えましょうか」
「お願いします」
 その人は教えられた場所へ行き、それを拾った。幸い誰も気付かなかったのだろう。こんないい落とし物を。
 しかしその人もしばらく立つと、それを捨ててしまった。
 いったい何を拾ったのだろう。
 
   了


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2018年06月19日

3660話 世界


 行く機会が減った場所は、もう自分の世界から消えてしまいそうになる。二度と行くようなこともなければ、世界から消えたも同然。ただ普段からその場所のことを考えたり思っていると別。実際には行っていないのだが、自分の世界の中ではまだ存在している。
 行ったり行かなかったりの場所。これは中途半端な場所で、消えたり顕れたりする。
 全くの新しい場所は世界に組み込まれるかどうかはまだ未定だが、実際にそこに立っているときは確実に自分の世界の中にある。それが消えてしまうものなのか、または世界としてあり続けるのかはまだ未確定。
 こういうことは勝手にやっていることで、珍しいことではない。しかし、世界を作る動きもある。最初からそこにある世界ではなく、自分で作ったり、見いだした世界。これは地理的な場所とは違う世界だが、重なっていることもある。
 世界を生み出す。これは作為的なことで、簡単には手に入らないし、行けない。ただ、その手前程度なら行けるかもしれない。途中程度なら。
 個人の持つ世界観は個々バラバラなのだが、当然共通することも多い。一人一人に世界があるのは組み合わせ方や感じ方が違うためだろう。しかしその個人の世界、何でもないようなものかもしれない。
 病気などで伏せっていたり、外に出るのが厳しいときや、また他の用事で、最近ご無沙汰となっている場所、当然人もそうだが、近所の道沿いもそう。毎日通っていたところへ行かなくなると、もう自分の世界からは消えている。しかし完全に消えたわけではなく、まだまだ残っているのだが、行けない事情があると、当分、そこの世界はお休み。しかし単なる通路であり、道なのだから、そんなものは大して意味はない。そして行けるようになったとき、風景も戻る。それは自分の風景。
 自分が持っている風景なら見渡す限りの土地を所有していないといけないが、そうではなく、自分に付着していた風景。
 この風景の戻りは、自分の世界に戻れたような気になる。なくした世界を取り戻したような。
 風景を見る。これは何でもないこと。大きな意味はない。特に日常風景がそうだ。しかし意外と日常風景、いつもの風景が消えることは、何かがあったのだろう。まあ、引っ越せばそんなものだが、毎日見ていたようなものとはもう簡単には出合えない。その代わり新規の風景が開くのだが。
 風景そのもの、ある世界そのものはあまり変化しない。いつも見ている山など、毎年形を変えるわけではない。ただ、子供の頃に見ていた山と大人になってから見る山とでは山の感じは違うだろう。山だけを純粋に見るのなら別だが。
 そして大人になれば近所の山などあまり見ていない。既知のものしてあるため、それ以上興味がいかない。
 さて、世界だが、これは風景だけではなく、出来事などが加わるし、一番大きいのは存在という問題だろう。
 そして一般的に言われている世界観とは一寸違う。なし崩し的に世界が消えたり顕れたりもする。
 
   了



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2018年06月18日

3659話 帝王切開


 何事にも寛容で、懐も広い人だが深さがない。こういう人が議長になっていた。ある団体の作戦会議室のようなものだが、そんな部屋があるわけではない。大事な取り決めなどがあった場合、集まるところ。
 その議長が大宇陀。しかし、寛容すぎるのか、物事を自分で決めるタイプではない。みんなの意見を広く聞く。ただ聞くだけで、それをとりまとめた上で自分の意見を言うわけではない。意見らしきものがあったとしても、言わない。
 大宇陀が議長をしているのは、他の人では意見が最初から偏るため。つまり大宇陀は中間派。だが、中間派とはどっち付かずで曖昧。
 この団体の方針を本当に決めているのは、この会議室ではなく、この団体の代表者の外戚。つまり会長の奥さんの里。
 だから会議などなくてもいいのだが、一応みんなで決めたというアリバイのようなものが欲しい。皆で集まって決めたじゃないかと。
 そのため、議長の質など問題にならない。何も決められない人なのではなく、勝手に決められないため。それに外戚の意見と違っていてはまずい。それに合わせるためにすりあわせるのが大宇陀の役目。
 そのことは、会議のメンバーは既に知っている。この会議そのものが茶番だということも。
 外戚に逆らうことは会長にはできない。その奥さんと結婚したときからそれは分かっている。またそのために結婚したようなもの。だからこの団体の主は会長ではなく、この女王。その父は帝王。
 この関係はまだまだ数年続くはず。帝王は元気で、弱るような年ではない。
「帝王切開ですか」
「そうです。帝王を切りたい」
「大宇陀さんにしては珍しい寝言ですなあ」
「ああ、私が言えば全部寝言に聞こえるかもしれませんがね」
「それで、どうなさるのです」
「いつも会長から内案を頂いています」
「内案?」
「こういう風に決めよとの内意です」
「それは知っていましたが」
「その内案は女王経由で帝王から来ています」
「そうですねえ」
「そして女王に命じているのは帝王です。だから結局は帝王の指令なのです。内案の出所はね」
「だから帝王を切ると」
「そんなことはできませんが、決め事は会議室で行うのが筋です」
「いやいや、だからそれは最初から出来レースでしょ。それを引っ張っているのは大宇陀さん自身じゃありませんか」
「会議室で決めたことがこの団体の方針となります。だから会議室なのですよ」
「それは分かっていますが、大宇陀さんがいるかぎり、それはできないでしょ。またあなたがいなくなっても同じことです。どうせ次の議長も内意通りに引っ張る」
「内案は内案。まあ考慮しましょう」
「それはあなたの立場上できないでしょ。首になりますよ」
「一度やってみましょう」
「どのように」
「普通に会議をし、意見を戦わせ、そこで決めます。最後は私が落としどころを見つけて決めます。多数決じゃなく」
「それが本来ですがね。無理ですよ」
「いや、私ももう年だ。最後の最後は、イタッチぺをかまして終わらせたい」
「おやめになる覚悟で」
「最後ぐらい、自分の意見を言って終わらせたい」
「分かりました。盛大な送別会になるでしょう」
 そして、次の会議での帝王からの内案が届いた。
 大宇陀をそれを読んだ。
 自分の意見と同じだった。
 
   了


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2018年06月17日

3658話 一人弁当


 岸和田は自分より劣っている者を見て馬鹿にするよりも同情する。これは気持ちが分かるため。結局人はどこか劣っている箇所がある。それが目立たない箇所だったり、メイン箇所でなければ、問題はない。劣っている箇所がない人などいない。
 岸和田が一番同情するのは小学校の遠足などで一人で弁当を食べている人だ。人というより子供だが、将来が楽しみだろう。まだ若い、それ以前にまだ世に出る前の子供時代から苦労している。
 これは一緒に食べてくれるグループや相手が一人もいないため。だが、そうではないかもしれない。母親が作ってくれた弁当が寂しい物なので、それを見せたくないとか。
 そういうのを見ると岸和田は嬉しいものを見たような気になる。決してうれしがるようなものではないのだが。
 しかし、一人で弁当を食べる子は、そんな感じではなく、若い頃、といってまだ子供だが、孤独を愛しているのかもしれない。この時代から孤高の人。何が孤高なのかは分からないが、雰囲気だけは先取りしている。
 一緒に食べてくれる相手がいたとしても、無視し、離れたところで食べている。山なら岩の上だ。誰とも食べてくれなかった子は岩の裏。一人で食べているのが見つかると恥ずかしいため。
 しかし、その岩陰にもう一人の子が入ってきた。同類だ。ここで生まれた連帯感は大きい。特に親しくしたくもない相手であっても、選択肢はないのだ。これにより遠足で一人で弁当を食べたという事実から解放される。決して詭弁ではない。
 弁当解散というのがある。食べるために散ること。一人弁当タイプの子は安全地帯のない場所をさまようようなもの。どこへ向かえばいいのかも分からない。めぼしいグループや相手はいない。そういうときはそこで弁当を広げるのではなく、その辺を探る。とどまると一番目立つ中原で弁当をひろげるようなもの。そしてそこには先生がいたりする。
 先生が一緒に食べようか、などと誘うと、これは論外。もっとも厳しい刑になる。地獄にもそんな刑はないほどきつい。
 まずは人が少ないところへ向かうか、隣のクラスのいる場所へ紛れ込む。中には入れないので、その近くの曖昧な箇所。そこは国境の辺境。
 人目のつかない場所へ行くには、弁当の前に、その辺りを見学している振りをして、岩陰がなければ茂みの中に身を隠す。すると、先に逃げ込んだ子がいたりするが、このときも、目と目が合えば互いの事情は痛いほど分かっているだけに、何も言わない。
 こういう子たちは社会に出ればもっと苦労するだろう。しかし、子供時代から磨いた回避の方法を身につけている。それは解決策にはならないし、通じないことも多いが。
 しかし、学校では教えてくれないものを自習する。そしてそういう経験が大人になったとき、ものすごい社交上手になり、一番日の当たる場所にいる人気者なる、ということは残念ながら岸和田は思っていない。
 一人の世界。これは共有された世界より、当然広い。
 
   了



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2018年06月16日

3657話 術中に填まる


 浮世離れした暮らしぶりの村田だが、浮世にいる限り、浮世からは離れられない。この世は全て浮世。浮いているのだ。見るからに浮いた暮らしぶりの人もいれば、地に足を付けた地道な人もいるが、どちらもまた浮世。浮かれないようにしているのだが、完全ではない。浮世が入り込んでくる。
 世間から離れたところに暮らしていると、そこは世間から遠いだけに、そこまでやって来る人は地道な人ではなく、浮いた人が多い。つまり、普通の人ではなく、一寸特殊な人が訪ねて来る。これはわざわざ探してまで会いに来るのだろう。
「隠れ住む策士とはあなたですね」
「そんないいものではない。ただの世捨て人」
 世捨て人に近付いて来るのは普通の人は少ない。普通の人は世捨て人など相手にしないし、用もない。
「先生ほどの方が、こんなところで埋もれていらっしゃるとは」
「それほど大した人間じゃないから、山に捨て捨てられたのじゃ」
「是非当家にお越し下さい」
「私をそういう風に見てくれるのは有り難いのですがな、実は見かけ倒し」
「ご謙遜を。また、たとえそうであってもかまいません」
「そうであってもか」
「はい」
 村田は世に知られた策士。この策士というのは嫌われている。村田も嫌われるのがいやなので、策士をやめ、山中で暮らしていた。しかし、それは表向きではないかと浮世の人は見ていた。これこそ、この策士の策。分かりにくいところに暮らし、見つけてもらうまで待っているような。あるいはその痕跡を残し、探されやすいように仕掛けていたのではないかという疑いがある。
 これが策士村田が作った罠なら、三度断り、四度目に引き受けるはずだが、五度も六度も断った。
「やはり村田先生は本物でしょ」
「でもどうして断るのでしょうなあ」
「当家が気に入らないとか」
「私はまがい物と見ております」
「偽物」
「そうです。偽策士」
「偽物なら、引き受けるでしょ」
 七度目に訪ねたときは、現生を持って行った。現金だ。
 村田は断らなかった。
 しかし、準備が遅れてか、なかなか山から下りて来ない。
 心配し、見に行くと、もぬけの殻。
「流石策士、まんまとやられましたなあ」
「欲しいのう。あの村田いう男」
「はい、また探すことにいたします」
「そうしてくれ」
 
   了



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2018年06月15日

3656話 プレッシャー城


 広田は一日少しだけ仕事をしている。ほんの少し、小一時間ほど。もう隠居さんなので仕事はしなくてもいい。そこから先、何かをするとすれば隠居仕事になる。これは好きなことをすればいいのだが、そういうものは広田にはない。
 仕事とは与えられたものをすることで、頼まれないとできないし、命じられないとできない。そのため自分で勝手に作った仕事は広田の中にはない。自分のためにやるような仕事など、仕事ではないと思っているし、そういうものも思いつかないので、隠居仕事もない。
 それでも毎日小一時間ほどやっている。これは頼まれた仕事のため。しかしバイトのようなもの。バイトは広田の辞書では仕事と言わない。時間給としては悪くないが、一時間以上続ける根気がなくなっているので、それ以上時間をとれない。時間はいくらでもあるのだが、無理のないところで小一時間と決めている。
 しかし、これも長いようで、実際にはその半分ほどの二十分程度が限界。がんばれば小一時間は続けられるが、集中力がなくなるので、仕事が粗くなる。単純作業なら何時間でもできるが、判断が難しく、しかも曖昧で、解答がないような仕事なので、無難にこなすだけでも難しい。
「たまには休むか」
 仕事は夕方前にだけやっている。それが決まり。毎日医者へ通っているよなもの。その夕方が近づくと気が重くなる。広田にとり、それが一日の中の関門。これを毎日通らないといけない。結構プレッシャーになっている。その時間帯でなくてもいいのだが、朝から気の重いことをしたくないので、時間をずらしていくうちに夕方前になった。夕食後になると、腹が張るので頭も回転しなくなるし、夕食後はくつろぎたい。
 だから夕食前にすませることにしている。ここをはずすと、もうしない。しかしそんなことは一度もなく、やることが決まっている日は必ずやっていた。
「たまには休むか」と思ったのは、このプレッシャーから解放された日を作りたかったため。しかし、別に毎日やらなくてもかまわない内容で、毎日やっているのは癖のようなもの。そういう決まりだと思えば、少しは楽になる。辞書にはないが仕事なのだからと。
「休むと後がしんどい」
 これは仕事がたまるからではなく、一日置くと次の日の立ち上がりがしんどい。プレッシャーが倍ほどかかる。また「毎日やっていること」にはならない。昨日はやっていなかったのだから。
「たまにはいいか」と思ったのは、うれしいことがその日あり、それに夢中になりたかったため。夕方前の関所があると、安心して喜べない。それで、その日、関所を取り払った。
 関所がないので、すらすらと夕食前を通過し、食事も終わり、くつろいでいたとき。何か違和感がある。夢中になれるほどいいことはすでに終わっている。そのために休んだのだが、休んだことがどうも気になる。楽しいことは確かに果たしたのだが、果たし終えると、それほどのことでもなかった。逆に期待していたものとは違っており、少しがっかりした。満足度が低かったのだろう。
 その日は土曜。翌日は日曜。
「土日なら世間並みに休んでもよかろう」と、関所のない日を増やすことを考えた。
 そして翌日の日曜、関所はなく、特に何かをしたわけではないが、一日が楽だった。
 二日休んだことになる。
 すると月曜になると、遠くに見える夕方前の関所が一段と高くなっているのが見えた。プレッシャーの敷居が数段上がっているのだ。これはもう近づきたくない高さ。大阪の陣の真田丸のように要塞に見える。これを落とすとなると苦労しそうだ。
 いつもの関所は、それほど高くない。しかし二日分の休みが効いており、行く手を大きく塞いでいる。
「休むとこれがある」
 広田はそれが分かっていたのだが、こんなに高いものかと改めて感じた。
 この鉄壁の関所。越える気がしなくなり、その日は休んだ。これで三日だ。
 四日目、その関所を朝に見ると、ほとんどタワー。遠くからでもよく見える。いつもなら夕方が近づかなければ見えないのに。
「あれは幻、幻覚、幻術じゃ」と言い聞かせ、夕方前の関所へ目をつむって飛び込んだ。
 
   了



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2018年06月14日

3655話 無心


「つい昨日のように思うのですが、あれから長い年月が立ったのですね」
「はい、あの頃はまだ若き青年。前途悠々とまではいきませんが、夢がありましたなあ。いや、夢が見られたのでしょう」
「あなたはその夢を果たされたはずです。私たちの中では最も世に出た人だ」
「それもこれも昔の話。今じゃただの凡人。平凡な人間です」
「そうは見えませんがな。まあ、あなたの良い時代を知っているので、そう思うのでしょうかねえ」
「そうですよ。一時は成功しましたが、長くは続きませんでした。今は振り出しに戻ったようなもの。一からやり直す感じですが、もう時間がない。若い頃の一年は詰まっていますが、年をとるとスカスカです。密度が違います」
「それでいいんじゃありませんか。あなたほどの成功者なら、もう思い残すこともないでしょ。やることは全部おやりになったと思いますがね。少なくとも私たちの何十倍ものことを」
「しかし、結果が悪い」
「いや、いい結果をお出しになった」
「ですが、今はそれとは関係のないところにいます。全て失ったようなものですから」
「何も残っていないのですかな」
「そうです。だからあなたが羨ましい」
「それだけのことを言いに来られたのですか。他に用事があったはずですが」
「久しぶりに若い頃の仲間の顔が見たくなっただけです」
「そうですねえ、だから随分会っていない。あなたの消息はよく耳にしましたが、もう私たちとは別の世界に行ってしまわれた。だから縁が切れたようなものでしたよ」
「しかし、立花君、君は一度私を訪ねて来たと聞きましたが」
「ああ、あの頃一度だけね。でもお会いできなかった」
「それは失礼しました」
「いえいえ、もう昔のことなので、そんなことがあったことさえ忘れていたほどですよ。確かに行きました。大磯君、君を訪ねてね」
「どんな用件だったのでしょう」
「おそらく」
「おそらく?」
「はい、おそらく、今日あなたが訪ねてき来たのと同じ内容だと思われます」
「そうお思いか」
「違いますか?」
「おそらく、あっております」
「しかし、私どもはごらんの通りの暮らしぶり、何ともなりません」
「そうですか」
「私があなたを訪ねたとき、あなたは何とかなったはず。しかし会うことさえできませんでした。あのとき、非常に困っていたので、恥を忍んで、行ったのですよ」
「失礼しました。当時は忙しくて」
「もし」
「はい、何ですか」
「私にその余裕があったとしても」
「しても?」
「絶対にお貸ししません」
 大磯は少し怖い顔をしたが、すぐに苦笑いし、立ち去った。
 
   了


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2018年06月13日

3654話 サツキの次はアジサイ


 一寸したことで人が動き、現実が動いてしまうことがある。
「どうですか、体調は」
「体調かね、そうだね。悪くはないが良くもない」
「じゃ、お元気ですね」
「元気はない」
「でも、ご無事で」
「達者なようでもそうではない」
「奥歯に物が挟まっていますか」
「奥歯はない」
「あ、はい」
「良くないのは、欲がないからじゃ」
「そうなんですか」
「欲があると、体調など気にせん。欲に目がくらんでな」
「そうなんですか」
「君は若いから色々と欲があるじゃろ」
「世間並み、人並みにある程度です。特に欲張りじゃありません」
「欲をかくのは良いことじゃ。わしなど欲が欠けてしまった」
「いえいえ、そうとは思えませんが」
「ほう」
「見れば分かります」
「もう目の黒さもなくなり、ねずみ色」
「目医者へ行かれましたか」
「行っておらん。別に困らん」
「はい。でも最近の動きは随分とお達者なようで」
「達者じゃない」
「分かっております」
「君に何が分かる」
「先生の動きは分かっております」
「ほう」
「最近、また仕掛けられましたね」
「ん」
「青山をそそのかしたのは先生じゃありませんか」
「さあ」
「青山の動きが妙なのです。これは一波乱起きます」
「そうなのか」
「青山を使い、何をされようとしておられるのですか」
「青山はこの前、来たが、雑談しただけ」
「いえ、騒乱の種を植え込まれた。どんなお話をされました」
「青山が来たことは覚えているが、雑談じゃ。つつじが咲けば次はあじさいだな、というような話かな」
「それです」
「たわいのない話じゃないか。季節の話なのに、問題でも」
「筑紫さんの次は紫陽さん」
「何じゃそれは」
「紫陽さんとは高峯さんのことでしょ。高峯さんの俳名が紫陽」
「こじつけじゃ」
「筑紫さんは会長です。そろそろ交代だと青山に伝えた。いや指示した。そのように動けと。青山はあなたの懐刀」
「君はどうかしている」
「その証拠に築紫さん周辺がおかしくなっています」
「あ、そう」
「築紫さんに不満があるのですね」
「そんなことはない」
「あなたを引退に追い込んだのは築紫さんですから」
「いや、おかげでのんびりできるようになった。礼を言いたいほどだよ」
「本当ですか」
「ああ本当だよ。そして欲はもうない。だから体調も良くない」
「しかし、青山が」
「青山が勘違いしたのじゃろ。つつじの次はあじさい。雑談じゃないか」
「もしそうなら、それを本気で受け止め、先生の命令だと思い、動き出しているわけですから、止めてください」
「あ、そう」
「このままでは高見さんが会長になってしまいます。それはまずいでしょ。先生も望んでいないはず」
「そうだね」
「分かって頂けましたか」
「分かるも何も、わしゃ、何もしておらんがな」
 
   了




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2018年06月12日

3653話 閻魔飛び


 古ぼけた閻魔堂がある。板は腐り、隙間ができ、地面に近いところは苔で緑色になっている。お堂の形をしているが扉はない。最初からない。数段の階段は石段だが、中は土間。奥にベンチにしては高い台があり、そこに閻魔さんが座っていたはずだが、今はいない。空き家のような閻魔堂で、それを示す額のようなものもない。ただ地元の人はここが閻魔堂だとは分かっているのだが、中の具がないのだから、お参りもできない。保存するにしてもガワしか残っていない。
 場所は旧村時代の村の入り口の辻。今は宅地化が進み、農家とは関係のない建売住宅が建ち並んでいるのだが、それらも古くなっている。当然昔から住んでいる農家の人も、ここにはまだいる。寺や神社も村時代のまま残っているし、田んぼはないが大きな農家は残っている。建て替えるとき、以前と同じ形を残す家もあれば、今風の家にする家もある。だから一見して農家だとは分からないが、元農家だった人も多く住んでいる。
 辻にあるが、尖ったところ。道が二つに分かれているのだが、その角度が鋭いため、先端が三角。そこに閻魔堂がある。放置されているのは誰のものなのかがはっきりとしないため。実際には村のもの。何人かからなる共有地。全員の同意がなければ弄れない。その中には遠方へ引っ越した人もいるし、絶えた家もある。
 意外と村人だった人は閻魔堂など無視しているが、引っ越して来た人の中に神秘家でもいるのか、この手のものが好きな人がおり、よそ者がお参りに来ている。しかし、具はない。中は空き家だが閻魔堂だったことは耳にしているので、そのつもりでお参りに来るようだ。
 閻魔さんの別の顔は実は地蔵菩薩。逆に言えばお地蔵さんの別の顔が閻魔さん。この地蔵というのは将棋で言えば飛車角のように大胆な飛び方ができる。菩薩の中でも地蔵は機動力が高い。六道を行き来できるのはこの地蔵だけ。
 あの世とこの世、極楽も地獄へも行ける。
 そういうことを知った人が、この閻魔堂に来て閻魔さんが座っていた場所に座る。ベンチにしては高いので、台の上でベタ座りで目をつむる。座禅でも組んでいるような感じだが、足はフラットで適当。
 この人は修行僧でも行者でもない。またヨガや瞑想家でもない。どちらかというと神秘愛好者。これは悪い趣味。
 悟りを開くため座っているわけでもなく、お参りでもない。実はあっちへ飛んでいるのだ。
「衣笠さんでしたかな」
 閻魔の台座に座っているところを見られて、衣笠は驚くどころか、歓迎するかのような笑顔。声をかけたのは妖怪博士。
「ここですかな、ワープポイントとは」
「はい、なかなか飛べませんが、飛びそうになることが何度もありました」
「バチがあたらんようにな」
「はい、お参りはしませんが、挨拶だけはしっかりとして、ここに座らせていただいております」
「飛びかけたと?」
「はい、空気が変わり始め、身体がゆらゆらし始めて」
「まあ、ずっと座っていると、そんなものでしょ」
「そうですか」
「地蔵飛び、または閻魔飛びと言われていますが」
「そうです。ワープ術です」
「他に変化は」
「はい、座っておりますと、あらぬものが見えたり、聞こえたり、また何者かが近付いてきて、じっと私を見ていることも」
「目は閉じられているのでしょ」
「たまに開けます」
「地蔵飛びは目を閉じますが、閻魔飛びは目を開けたままです」
「そうでしたね」
「瞬きをしてはなりません。開けっ放し。すぐに涙が出てきますが、流るるがまま。やがて出なくなり、かっと見開いたままになりますが、今度は痛くなったり、かゆくなる」
「それ、苦手なので、目を閉じる地蔵飛びにしていますが、これもたまに開けます。そのとき、誰かがいたりします。子供だったり、動物のようなものだったりとか」
「閻魔飛びをしているときは妖怪がたかってきます。それでしょ」
「魔ですか」
「そうです。まあ、それが出てきたらやめることでしょうなあ。徳が足りないからです」
「はい、ありがとうございます。妖怪博士。わざわざ来て頂いて」
「いやいや、こういう空き家のお堂にはややこしいものが住み着くようなので、閻魔飛びも程々に。それにあの世、地獄、極楽にも飛べるようですが、レベルが低いと戻れなくなりますからね」
「はい、往路も課題の一つに加えます。色々とありがとうございました」
 
   了



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2018年06月11日

3652話 ポテトチップス


 梅雨時のじめじめした頃、下村は何かからっとしたことはないかと考えた。唐揚げを買って食べればいいのかもしれないが、それではない。しかし最初に思い付いたのは唐揚げ。これはコンビニで売っている。
 だが、一つだけ買うのは買いにくい。他にないかと考えるとポテトチップスがある。これもからっとしている。だが、そういうことではないので、そこから離れないといけない。
 からっとしたこと。晴れ晴れしいことだろう。そんなものは時期が来ないとやって来ないし、そういう状態になるまでの準備も手間暇もかかるだろう。唐揚げを買いに行くような簡単なものではないが、唐揚げだけを買いに行くのは意外と簡単ではない。それならポテトチップスの方が買いやすい。
 晴れ晴れしいこと。これはイベントへ行けばあるかもしれない。だが、それを見たり聞いたりして晴れ晴れしく感じるものでないと無理。そういうイベントが見当たらない。
 気持ちがからっと晴れるようなこと。それは何だろうかと、また下村は探し始めた。しかし、探さないと見つからないものなら心当たりもないのだろう。無理に見つけても強引すぎる。
 やはりポテトチップスでも買って食べる方が安上がり。これでからっとするかどうかは分からないが、するような気がする。ただポテトチップス程度では晴れ晴れしい気にはなれないだろう。
 コンビニで唐揚げだけを買うのも買いにくいが、ポテトチップスを買う場合も似たようなもの。それにコンビニは近くにあり、よく行っているので、もう顔を覚えられている。子供がおやつを買いに行くようなもの。それならば、と思い付いたのは、自転車でないと行けないが百均がある。ここなら買いやすいし、コンビニよりも安い。百円なのだから。
 それで湿気の強い中、自転車で百均まで行くが、いい大人がそれだけのために自転車を走らせるだろうか。おやつが食べたいのではない。からっとしたいのだ。しかしポテトチップスでからっとなる保証は何もない。下村がそう感じているだけの話。
 百均の駄菓子コーナーに行くと、手前に特価台があり、二つで百円セールをやっていた。その中に目的とするポテトチップスがあった。聞いたことのないメーカーで、しかも少し小さいがミニ袋ではない。やや小さい程度。これ二つで百円なら大袋分に匹敵するだろう。
 下村はすぐにカゴに入れ、レジへと向かった。このとき、少し晴れがましい気になった。目指していたポテトチップスが特価台にあったためだ。他のおやつではなく、目的とするものがそこにあった偶然性。これは効く。だから、ほんの少しだが晴れた。
 そして戻ってすぐにポテトチップスをボリボリかじりだした。確かにからっとしている。欲しかったもの、望んでいるものを得たことになるが、二袋目になると、歯茎を痛めた。ポテトチップスは意外と尖った箇所があり、それが歯と歯茎の間にガラスの破片のように突き刺さったのだ。これはたまにある。しばらくは痛い。痛いが食べ続けたい。そのうち収まるので。
 そして二袋分片付けてしまう。口の中が荒れ、油と塩気で少しぐったりきた。
 しかし、その後、からっとしたものが欲しいとか、気の晴れることをしたいとは望まなくなった。それ自体が雑念のようなものだろう。晴れるときは晴れる。晴れないときは晴れない。
 そう悟ったのだが、寝る前になって歯茎が今度は腫れだした。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:41| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする