2018年06月19日

3660話 世界


 行く機会が減った場所は、もう自分の世界から消えてしまいそうになる。二度と行くようなこともなければ、世界から消えたも同然。ただ普段からその場所のことを考えたり思っていると別。実際には行っていないのだが、自分の世界の中ではまだ存在している。
 行ったり行かなかったりの場所。これは中途半端な場所で、消えたり顕れたりする。
 全くの新しい場所は世界に組み込まれるかどうかはまだ未定だが、実際にそこに立っているときは確実に自分の世界の中にある。それが消えてしまうものなのか、または世界としてあり続けるのかはまだ未確定。
 こういうことは勝手にやっていることで、珍しいことではない。しかし、世界を作る動きもある。最初からそこにある世界ではなく、自分で作ったり、見いだした世界。これは地理的な場所とは違う世界だが、重なっていることもある。
 世界を生み出す。これは作為的なことで、簡単には手に入らないし、行けない。ただ、その手前程度なら行けるかもしれない。途中程度なら。
 個人の持つ世界観は個々バラバラなのだが、当然共通することも多い。一人一人に世界があるのは組み合わせ方や感じ方が違うためだろう。しかしその個人の世界、何でもないようなものかもしれない。
 病気などで伏せっていたり、外に出るのが厳しいときや、また他の用事で、最近ご無沙汰となっている場所、当然人もそうだが、近所の道沿いもそう。毎日通っていたところへ行かなくなると、もう自分の世界からは消えている。しかし完全に消えたわけではなく、まだまだ残っているのだが、行けない事情があると、当分、そこの世界はお休み。しかし単なる通路であり、道なのだから、そんなものは大して意味はない。そして行けるようになったとき、風景も戻る。それは自分の風景。
 自分が持っている風景なら見渡す限りの土地を所有していないといけないが、そうではなく、自分に付着していた風景。
 この風景の戻りは、自分の世界に戻れたような気になる。なくした世界を取り戻したような。
 風景を見る。これは何でもないこと。大きな意味はない。特に日常風景がそうだ。しかし意外と日常風景、いつもの風景が消えることは、何かがあったのだろう。まあ、引っ越せばそんなものだが、毎日見ていたようなものとはもう簡単には出合えない。その代わり新規の風景が開くのだが。
 風景そのもの、ある世界そのものはあまり変化しない。いつも見ている山など、毎年形を変えるわけではない。ただ、子供の頃に見ていた山と大人になってから見る山とでは山の感じは違うだろう。山だけを純粋に見るのなら別だが。
 そして大人になれば近所の山などあまり見ていない。既知のものしてあるため、それ以上興味がいかない。
 さて、世界だが、これは風景だけではなく、出来事などが加わるし、一番大きいのは存在という問題だろう。
 そして一般的に言われている世界観とは一寸違う。なし崩し的に世界が消えたり顕れたりもする。
 
   了



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2018年06月18日

3659話 帝王切開


 何事にも寛容で、懐も広い人だが深さがない。こういう人が議長になっていた。ある団体の作戦会議室のようなものだが、そんな部屋があるわけではない。大事な取り決めなどがあった場合、集まるところ。
 その議長が大宇陀。しかし、寛容すぎるのか、物事を自分で決めるタイプではない。みんなの意見を広く聞く。ただ聞くだけで、それをとりまとめた上で自分の意見を言うわけではない。意見らしきものがあったとしても、言わない。
 大宇陀が議長をしているのは、他の人では意見が最初から偏るため。つまり大宇陀は中間派。だが、中間派とはどっち付かずで曖昧。
 この団体の方針を本当に決めているのは、この会議室ではなく、この団体の代表者の外戚。つまり会長の奥さんの里。
 だから会議などなくてもいいのだが、一応みんなで決めたというアリバイのようなものが欲しい。皆で集まって決めたじゃないかと。
 そのため、議長の質など問題にならない。何も決められない人なのではなく、勝手に決められないため。それに外戚の意見と違っていてはまずい。それに合わせるためにすりあわせるのが大宇陀の役目。
 そのことは、会議のメンバーは既に知っている。この会議そのものが茶番だということも。
 外戚に逆らうことは会長にはできない。その奥さんと結婚したときからそれは分かっている。またそのために結婚したようなもの。だからこの団体の主は会長ではなく、この女王。その父は帝王。
 この関係はまだまだ数年続くはず。帝王は元気で、弱るような年ではない。
「帝王切開ですか」
「そうです。帝王を切りたい」
「大宇陀さんにしては珍しい寝言ですなあ」
「ああ、私が言えば全部寝言に聞こえるかもしれませんがね」
「それで、どうなさるのです」
「いつも会長から内案を頂いています」
「内案?」
「こういう風に決めよとの内意です」
「それは知っていましたが」
「その内案は女王経由で帝王から来ています」
「そうですねえ」
「そして女王に命じているのは帝王です。だから結局は帝王の指令なのです。内案の出所はね」
「だから帝王を切ると」
「そんなことはできませんが、決め事は会議室で行うのが筋です」
「いやいや、だからそれは最初から出来レースでしょ。それを引っ張っているのは大宇陀さん自身じゃありませんか」
「会議室で決めたことがこの団体の方針となります。だから会議室なのですよ」
「それは分かっていますが、大宇陀さんがいるかぎり、それはできないでしょ。またあなたがいなくなっても同じことです。どうせ次の議長も内意通りに引っ張る」
「内案は内案。まあ考慮しましょう」
「それはあなたの立場上できないでしょ。首になりますよ」
「一度やってみましょう」
「どのように」
「普通に会議をし、意見を戦わせ、そこで決めます。最後は私が落としどころを見つけて決めます。多数決じゃなく」
「それが本来ですがね。無理ですよ」
「いや、私ももう年だ。最後の最後は、イタッチぺをかまして終わらせたい」
「おやめになる覚悟で」
「最後ぐらい、自分の意見を言って終わらせたい」
「分かりました。盛大な送別会になるでしょう」
 そして、次の会議での帝王からの内案が届いた。
 大宇陀をそれを読んだ。
 自分の意見と同じだった。
 
   了


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2018年06月17日

3658話 一人弁当


 岸和田は自分より劣っている者を見て馬鹿にするよりも同情する。これは気持ちが分かるため。結局人はどこか劣っている箇所がある。それが目立たない箇所だったり、メイン箇所でなければ、問題はない。劣っている箇所がない人などいない。
 岸和田が一番同情するのは小学校の遠足などで一人で弁当を食べている人だ。人というより子供だが、将来が楽しみだろう。まだ若い、それ以前にまだ世に出る前の子供時代から苦労している。
 これは一緒に食べてくれるグループや相手が一人もいないため。だが、そうではないかもしれない。母親が作ってくれた弁当が寂しい物なので、それを見せたくないとか。
 そういうのを見ると岸和田は嬉しいものを見たような気になる。決してうれしがるようなものではないのだが。
 しかし、一人で弁当を食べる子は、そんな感じではなく、若い頃、といってまだ子供だが、孤独を愛しているのかもしれない。この時代から孤高の人。何が孤高なのかは分からないが、雰囲気だけは先取りしている。
 一緒に食べてくれる相手がいたとしても、無視し、離れたところで食べている。山なら岩の上だ。誰とも食べてくれなかった子は岩の裏。一人で食べているのが見つかると恥ずかしいため。
 しかし、その岩陰にもう一人の子が入ってきた。同類だ。ここで生まれた連帯感は大きい。特に親しくしたくもない相手であっても、選択肢はないのだ。これにより遠足で一人で弁当を食べたという事実から解放される。決して詭弁ではない。
 弁当解散というのがある。食べるために散ること。一人弁当タイプの子は安全地帯のない場所をさまようようなもの。どこへ向かえばいいのかも分からない。めぼしいグループや相手はいない。そういうときはそこで弁当を広げるのではなく、その辺を探る。とどまると一番目立つ中原で弁当をひろげるようなもの。そしてそこには先生がいたりする。
 先生が一緒に食べようか、などと誘うと、これは論外。もっとも厳しい刑になる。地獄にもそんな刑はないほどきつい。
 まずは人が少ないところへ向かうか、隣のクラスのいる場所へ紛れ込む。中には入れないので、その近くの曖昧な箇所。そこは国境の辺境。
 人目のつかない場所へ行くには、弁当の前に、その辺りを見学している振りをして、岩陰がなければ茂みの中に身を隠す。すると、先に逃げ込んだ子がいたりするが、このときも、目と目が合えば互いの事情は痛いほど分かっているだけに、何も言わない。
 こういう子たちは社会に出ればもっと苦労するだろう。しかし、子供時代から磨いた回避の方法を身につけている。それは解決策にはならないし、通じないことも多いが。
 しかし、学校では教えてくれないものを自習する。そしてそういう経験が大人になったとき、ものすごい社交上手になり、一番日の当たる場所にいる人気者なる、ということは残念ながら岸和田は思っていない。
 一人の世界。これは共有された世界より、当然広い。
 
   了



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2018年06月16日

3657話 術中に填まる


 浮世離れした暮らしぶりの村田だが、浮世にいる限り、浮世からは離れられない。この世は全て浮世。浮いているのだ。見るからに浮いた暮らしぶりの人もいれば、地に足を付けた地道な人もいるが、どちらもまた浮世。浮かれないようにしているのだが、完全ではない。浮世が入り込んでくる。
 世間から離れたところに暮らしていると、そこは世間から遠いだけに、そこまでやって来る人は地道な人ではなく、浮いた人が多い。つまり、普通の人ではなく、一寸特殊な人が訪ねて来る。これはわざわざ探してまで会いに来るのだろう。
「隠れ住む策士とはあなたですね」
「そんないいものではない。ただの世捨て人」
 世捨て人に近付いて来るのは普通の人は少ない。普通の人は世捨て人など相手にしないし、用もない。
「先生ほどの方が、こんなところで埋もれていらっしゃるとは」
「それほど大した人間じゃないから、山に捨て捨てられたのじゃ」
「是非当家にお越し下さい」
「私をそういう風に見てくれるのは有り難いのですがな、実は見かけ倒し」
「ご謙遜を。また、たとえそうであってもかまいません」
「そうであってもか」
「はい」
 村田は世に知られた策士。この策士というのは嫌われている。村田も嫌われるのがいやなので、策士をやめ、山中で暮らしていた。しかし、それは表向きではないかと浮世の人は見ていた。これこそ、この策士の策。分かりにくいところに暮らし、見つけてもらうまで待っているような。あるいはその痕跡を残し、探されやすいように仕掛けていたのではないかという疑いがある。
 これが策士村田が作った罠なら、三度断り、四度目に引き受けるはずだが、五度も六度も断った。
「やはり村田先生は本物でしょ」
「でもどうして断るのでしょうなあ」
「当家が気に入らないとか」
「私はまがい物と見ております」
「偽物」
「そうです。偽策士」
「偽物なら、引き受けるでしょ」
 七度目に訪ねたときは、現生を持って行った。現金だ。
 村田は断らなかった。
 しかし、準備が遅れてか、なかなか山から下りて来ない。
 心配し、見に行くと、もぬけの殻。
「流石策士、まんまとやられましたなあ」
「欲しいのう。あの村田いう男」
「はい、また探すことにいたします」
「そうしてくれ」
 
   了



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2018年06月15日

3656話 プレッシャー城


 広田は一日少しだけ仕事をしている。ほんの少し、小一時間ほど。もう隠居さんなので仕事はしなくてもいい。そこから先、何かをするとすれば隠居仕事になる。これは好きなことをすればいいのだが、そういうものは広田にはない。
 仕事とは与えられたものをすることで、頼まれないとできないし、命じられないとできない。そのため自分で勝手に作った仕事は広田の中にはない。自分のためにやるような仕事など、仕事ではないと思っているし、そういうものも思いつかないので、隠居仕事もない。
 それでも毎日小一時間ほどやっている。これは頼まれた仕事のため。しかしバイトのようなもの。バイトは広田の辞書では仕事と言わない。時間給としては悪くないが、一時間以上続ける根気がなくなっているので、それ以上時間をとれない。時間はいくらでもあるのだが、無理のないところで小一時間と決めている。
 しかし、これも長いようで、実際にはその半分ほどの二十分程度が限界。がんばれば小一時間は続けられるが、集中力がなくなるので、仕事が粗くなる。単純作業なら何時間でもできるが、判断が難しく、しかも曖昧で、解答がないような仕事なので、無難にこなすだけでも難しい。
「たまには休むか」
 仕事は夕方前にだけやっている。それが決まり。毎日医者へ通っているよなもの。その夕方が近づくと気が重くなる。広田にとり、それが一日の中の関門。これを毎日通らないといけない。結構プレッシャーになっている。その時間帯でなくてもいいのだが、朝から気の重いことをしたくないので、時間をずらしていくうちに夕方前になった。夕食後になると、腹が張るので頭も回転しなくなるし、夕食後はくつろぎたい。
 だから夕食前にすませることにしている。ここをはずすと、もうしない。しかしそんなことは一度もなく、やることが決まっている日は必ずやっていた。
「たまには休むか」と思ったのは、このプレッシャーから解放された日を作りたかったため。しかし、別に毎日やらなくてもかまわない内容で、毎日やっているのは癖のようなもの。そういう決まりだと思えば、少しは楽になる。辞書にはないが仕事なのだからと。
「休むと後がしんどい」
 これは仕事がたまるからではなく、一日置くと次の日の立ち上がりがしんどい。プレッシャーが倍ほどかかる。また「毎日やっていること」にはならない。昨日はやっていなかったのだから。
「たまにはいいか」と思ったのは、うれしいことがその日あり、それに夢中になりたかったため。夕方前の関所があると、安心して喜べない。それで、その日、関所を取り払った。
 関所がないので、すらすらと夕食前を通過し、食事も終わり、くつろいでいたとき。何か違和感がある。夢中になれるほどいいことはすでに終わっている。そのために休んだのだが、休んだことがどうも気になる。楽しいことは確かに果たしたのだが、果たし終えると、それほどのことでもなかった。逆に期待していたものとは違っており、少しがっかりした。満足度が低かったのだろう。
 その日は土曜。翌日は日曜。
「土日なら世間並みに休んでもよかろう」と、関所のない日を増やすことを考えた。
 そして翌日の日曜、関所はなく、特に何かをしたわけではないが、一日が楽だった。
 二日休んだことになる。
 すると月曜になると、遠くに見える夕方前の関所が一段と高くなっているのが見えた。プレッシャーの敷居が数段上がっているのだ。これはもう近づきたくない高さ。大阪の陣の真田丸のように要塞に見える。これを落とすとなると苦労しそうだ。
 いつもの関所は、それほど高くない。しかし二日分の休みが効いており、行く手を大きく塞いでいる。
「休むとこれがある」
 広田はそれが分かっていたのだが、こんなに高いものかと改めて感じた。
 この鉄壁の関所。越える気がしなくなり、その日は休んだ。これで三日だ。
 四日目、その関所を朝に見ると、ほとんどタワー。遠くからでもよく見える。いつもなら夕方が近づかなければ見えないのに。
「あれは幻、幻覚、幻術じゃ」と言い聞かせ、夕方前の関所へ目をつむって飛び込んだ。
 
   了



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2018年06月14日

3655話 無心


「つい昨日のように思うのですが、あれから長い年月が立ったのですね」
「はい、あの頃はまだ若き青年。前途悠々とまではいきませんが、夢がありましたなあ。いや、夢が見られたのでしょう」
「あなたはその夢を果たされたはずです。私たちの中では最も世に出た人だ」
「それもこれも昔の話。今じゃただの凡人。平凡な人間です」
「そうは見えませんがな。まあ、あなたの良い時代を知っているので、そう思うのでしょうかねえ」
「そうですよ。一時は成功しましたが、長くは続きませんでした。今は振り出しに戻ったようなもの。一からやり直す感じですが、もう時間がない。若い頃の一年は詰まっていますが、年をとるとスカスカです。密度が違います」
「それでいいんじゃありませんか。あなたほどの成功者なら、もう思い残すこともないでしょ。やることは全部おやりになったと思いますがね。少なくとも私たちの何十倍ものことを」
「しかし、結果が悪い」
「いや、いい結果をお出しになった」
「ですが、今はそれとは関係のないところにいます。全て失ったようなものですから」
「何も残っていないのですかな」
「そうです。だからあなたが羨ましい」
「それだけのことを言いに来られたのですか。他に用事があったはずですが」
「久しぶりに若い頃の仲間の顔が見たくなっただけです」
「そうですねえ、だから随分会っていない。あなたの消息はよく耳にしましたが、もう私たちとは別の世界に行ってしまわれた。だから縁が切れたようなものでしたよ」
「しかし、立花君、君は一度私を訪ねて来たと聞きましたが」
「ああ、あの頃一度だけね。でもお会いできなかった」
「それは失礼しました」
「いえいえ、もう昔のことなので、そんなことがあったことさえ忘れていたほどですよ。確かに行きました。大磯君、君を訪ねてね」
「どんな用件だったのでしょう」
「おそらく」
「おそらく?」
「はい、おそらく、今日あなたが訪ねてき来たのと同じ内容だと思われます」
「そうお思いか」
「違いますか?」
「おそらく、あっております」
「しかし、私どもはごらんの通りの暮らしぶり、何ともなりません」
「そうですか」
「私があなたを訪ねたとき、あなたは何とかなったはず。しかし会うことさえできませんでした。あのとき、非常に困っていたので、恥を忍んで、行ったのですよ」
「失礼しました。当時は忙しくて」
「もし」
「はい、何ですか」
「私にその余裕があったとしても」
「しても?」
「絶対にお貸ししません」
 大磯は少し怖い顔をしたが、すぐに苦笑いし、立ち去った。
 
   了


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2018年06月13日

3654話 サツキの次はアジサイ


 一寸したことで人が動き、現実が動いてしまうことがある。
「どうですか、体調は」
「体調かね、そうだね。悪くはないが良くもない」
「じゃ、お元気ですね」
「元気はない」
「でも、ご無事で」
「達者なようでもそうではない」
「奥歯に物が挟まっていますか」
「奥歯はない」
「あ、はい」
「良くないのは、欲がないからじゃ」
「そうなんですか」
「欲があると、体調など気にせん。欲に目がくらんでな」
「そうなんですか」
「君は若いから色々と欲があるじゃろ」
「世間並み、人並みにある程度です。特に欲張りじゃありません」
「欲をかくのは良いことじゃ。わしなど欲が欠けてしまった」
「いえいえ、そうとは思えませんが」
「ほう」
「見れば分かります」
「もう目の黒さもなくなり、ねずみ色」
「目医者へ行かれましたか」
「行っておらん。別に困らん」
「はい。でも最近の動きは随分とお達者なようで」
「達者じゃない」
「分かっております」
「君に何が分かる」
「先生の動きは分かっております」
「ほう」
「最近、また仕掛けられましたね」
「ん」
「青山をそそのかしたのは先生じゃありませんか」
「さあ」
「青山の動きが妙なのです。これは一波乱起きます」
「そうなのか」
「青山を使い、何をされようとしておられるのですか」
「青山はこの前、来たが、雑談しただけ」
「いえ、騒乱の種を植え込まれた。どんなお話をされました」
「青山が来たことは覚えているが、雑談じゃ。つつじが咲けば次はあじさいだな、というような話かな」
「それです」
「たわいのない話じゃないか。季節の話なのに、問題でも」
「筑紫さんの次は紫陽さん」
「何じゃそれは」
「紫陽さんとは高峯さんのことでしょ。高峯さんの俳名が紫陽」
「こじつけじゃ」
「筑紫さんは会長です。そろそろ交代だと青山に伝えた。いや指示した。そのように動けと。青山はあなたの懐刀」
「君はどうかしている」
「その証拠に築紫さん周辺がおかしくなっています」
「あ、そう」
「築紫さんに不満があるのですね」
「そんなことはない」
「あなたを引退に追い込んだのは築紫さんですから」
「いや、おかげでのんびりできるようになった。礼を言いたいほどだよ」
「本当ですか」
「ああ本当だよ。そして欲はもうない。だから体調も良くない」
「しかし、青山が」
「青山が勘違いしたのじゃろ。つつじの次はあじさい。雑談じゃないか」
「もしそうなら、それを本気で受け止め、先生の命令だと思い、動き出しているわけですから、止めてください」
「あ、そう」
「このままでは高見さんが会長になってしまいます。それはまずいでしょ。先生も望んでいないはず」
「そうだね」
「分かって頂けましたか」
「分かるも何も、わしゃ、何もしておらんがな」
 
   了




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2018年06月12日

3653話 閻魔飛び


 古ぼけた閻魔堂がある。板は腐り、隙間ができ、地面に近いところは苔で緑色になっている。お堂の形をしているが扉はない。最初からない。数段の階段は石段だが、中は土間。奥にベンチにしては高い台があり、そこに閻魔さんが座っていたはずだが、今はいない。空き家のような閻魔堂で、それを示す額のようなものもない。ただ地元の人はここが閻魔堂だとは分かっているのだが、中の具がないのだから、お参りもできない。保存するにしてもガワしか残っていない。
 場所は旧村時代の村の入り口の辻。今は宅地化が進み、農家とは関係のない建売住宅が建ち並んでいるのだが、それらも古くなっている。当然昔から住んでいる農家の人も、ここにはまだいる。寺や神社も村時代のまま残っているし、田んぼはないが大きな農家は残っている。建て替えるとき、以前と同じ形を残す家もあれば、今風の家にする家もある。だから一見して農家だとは分からないが、元農家だった人も多く住んでいる。
 辻にあるが、尖ったところ。道が二つに分かれているのだが、その角度が鋭いため、先端が三角。そこに閻魔堂がある。放置されているのは誰のものなのかがはっきりとしないため。実際には村のもの。何人かからなる共有地。全員の同意がなければ弄れない。その中には遠方へ引っ越した人もいるし、絶えた家もある。
 意外と村人だった人は閻魔堂など無視しているが、引っ越して来た人の中に神秘家でもいるのか、この手のものが好きな人がおり、よそ者がお参りに来ている。しかし、具はない。中は空き家だが閻魔堂だったことは耳にしているので、そのつもりでお参りに来るようだ。
 閻魔さんの別の顔は実は地蔵菩薩。逆に言えばお地蔵さんの別の顔が閻魔さん。この地蔵というのは将棋で言えば飛車角のように大胆な飛び方ができる。菩薩の中でも地蔵は機動力が高い。六道を行き来できるのはこの地蔵だけ。
 あの世とこの世、極楽も地獄へも行ける。
 そういうことを知った人が、この閻魔堂に来て閻魔さんが座っていた場所に座る。ベンチにしては高いので、台の上でベタ座りで目をつむる。座禅でも組んでいるような感じだが、足はフラットで適当。
 この人は修行僧でも行者でもない。またヨガや瞑想家でもない。どちらかというと神秘愛好者。これは悪い趣味。
 悟りを開くため座っているわけでもなく、お参りでもない。実はあっちへ飛んでいるのだ。
「衣笠さんでしたかな」
 閻魔の台座に座っているところを見られて、衣笠は驚くどころか、歓迎するかのような笑顔。声をかけたのは妖怪博士。
「ここですかな、ワープポイントとは」
「はい、なかなか飛べませんが、飛びそうになることが何度もありました」
「バチがあたらんようにな」
「はい、お参りはしませんが、挨拶だけはしっかりとして、ここに座らせていただいております」
「飛びかけたと?」
「はい、空気が変わり始め、身体がゆらゆらし始めて」
「まあ、ずっと座っていると、そんなものでしょ」
「そうですか」
「地蔵飛び、または閻魔飛びと言われていますが」
「そうです。ワープ術です」
「他に変化は」
「はい、座っておりますと、あらぬものが見えたり、聞こえたり、また何者かが近付いてきて、じっと私を見ていることも」
「目は閉じられているのでしょ」
「たまに開けます」
「地蔵飛びは目を閉じますが、閻魔飛びは目を開けたままです」
「そうでしたね」
「瞬きをしてはなりません。開けっ放し。すぐに涙が出てきますが、流るるがまま。やがて出なくなり、かっと見開いたままになりますが、今度は痛くなったり、かゆくなる」
「それ、苦手なので、目を閉じる地蔵飛びにしていますが、これもたまに開けます。そのとき、誰かがいたりします。子供だったり、動物のようなものだったりとか」
「閻魔飛びをしているときは妖怪がたかってきます。それでしょ」
「魔ですか」
「そうです。まあ、それが出てきたらやめることでしょうなあ。徳が足りないからです」
「はい、ありがとうございます。妖怪博士。わざわざ来て頂いて」
「いやいや、こういう空き家のお堂にはややこしいものが住み着くようなので、閻魔飛びも程々に。それにあの世、地獄、極楽にも飛べるようですが、レベルが低いと戻れなくなりますからね」
「はい、往路も課題の一つに加えます。色々とありがとうございました」
 
   了



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2018年06月11日

3652話 ポテトチップス


 梅雨時のじめじめした頃、下村は何かからっとしたことはないかと考えた。唐揚げを買って食べればいいのかもしれないが、それではない。しかし最初に思い付いたのは唐揚げ。これはコンビニで売っている。
 だが、一つだけ買うのは買いにくい。他にないかと考えるとポテトチップスがある。これもからっとしている。だが、そういうことではないので、そこから離れないといけない。
 からっとしたこと。晴れ晴れしいことだろう。そんなものは時期が来ないとやって来ないし、そういう状態になるまでの準備も手間暇もかかるだろう。唐揚げを買いに行くような簡単なものではないが、唐揚げだけを買いに行くのは意外と簡単ではない。それならポテトチップスの方が買いやすい。
 晴れ晴れしいこと。これはイベントへ行けばあるかもしれない。だが、それを見たり聞いたりして晴れ晴れしく感じるものでないと無理。そういうイベントが見当たらない。
 気持ちがからっと晴れるようなこと。それは何だろうかと、また下村は探し始めた。しかし、探さないと見つからないものなら心当たりもないのだろう。無理に見つけても強引すぎる。
 やはりポテトチップスでも買って食べる方が安上がり。これでからっとするかどうかは分からないが、するような気がする。ただポテトチップス程度では晴れ晴れしい気にはなれないだろう。
 コンビニで唐揚げだけを買うのも買いにくいが、ポテトチップスを買う場合も似たようなもの。それにコンビニは近くにあり、よく行っているので、もう顔を覚えられている。子供がおやつを買いに行くようなもの。それならば、と思い付いたのは、自転車でないと行けないが百均がある。ここなら買いやすいし、コンビニよりも安い。百円なのだから。
 それで湿気の強い中、自転車で百均まで行くが、いい大人がそれだけのために自転車を走らせるだろうか。おやつが食べたいのではない。からっとしたいのだ。しかしポテトチップスでからっとなる保証は何もない。下村がそう感じているだけの話。
 百均の駄菓子コーナーに行くと、手前に特価台があり、二つで百円セールをやっていた。その中に目的とするポテトチップスがあった。聞いたことのないメーカーで、しかも少し小さいがミニ袋ではない。やや小さい程度。これ二つで百円なら大袋分に匹敵するだろう。
 下村はすぐにカゴに入れ、レジへと向かった。このとき、少し晴れがましい気になった。目指していたポテトチップスが特価台にあったためだ。他のおやつではなく、目的とするものがそこにあった偶然性。これは効く。だから、ほんの少しだが晴れた。
 そして戻ってすぐにポテトチップスをボリボリかじりだした。確かにからっとしている。欲しかったもの、望んでいるものを得たことになるが、二袋目になると、歯茎を痛めた。ポテトチップスは意外と尖った箇所があり、それが歯と歯茎の間にガラスの破片のように突き刺さったのだ。これはたまにある。しばらくは痛い。痛いが食べ続けたい。そのうち収まるので。
 そして二袋分片付けてしまう。口の中が荒れ、油と塩気で少しぐったりきた。
 しかし、その後、からっとしたものが欲しいとか、気の晴れることをしたいとは望まなくなった。それ自体が雑念のようなものだろう。晴れるときは晴れる。晴れないときは晴れない。
 そう悟ったのだが、寝る前になって歯茎が今度は腫れだした。
 
   了

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2018年06月10日

3651話 たっぷりの朝食


 朝から眠い。
 岸和田は毎朝食事を作っている。自分で決めた朝定食で、豆腐入り味噌汁、大根下ろしとチリメンジャコ、目玉焼き、野菜の煮物。これだけのものを作って食べているのだが、野菜の煮物は作り置きがある。
 小さく低い膳があり、時代劇や旅館のようだが、そこに乗せて食べる。足の付いたお盆のようなものだが、動かさない。小さなテーブルといってもいい。それだけに皿が多いと置く場所がなくなるが、いつもの朝定食ならいける。
 それをいつもののように食べているとき、ふと思い出した。一人で黙々と食べているときなど、ふと思うことがある。思い出しやすいのだろうか。厠のように。しかし過去の思い出とかではない。以前のことだが夕べのこと。
 夕食に惣菜を買って食べた。コロッケやマカロニサラダなど。スーパーの総菜売り場で声を掛けられた。半額にしますと。見るとスーパーのオバサン。すぐ横に作った物を売っているのだ。だからパックを手にすると温かい。コロッケもそうだった。
 そのオバサンが半額にしますと売り込んできた。何かと思うと焼きそば。弁当コーナーに焼きそばやお好み焼きが並んでいるのは知っていた。しかし、その日はご飯はあるのでおかずが欲しかった。しかし、半額にしますが効いた。時間が来れば半額になる店だが、まだそれには早い。それを早くしてあげるから買いませんかとセールス。
 ここの焼きそばは元々安いのは盛りが少ないことで、フルサイズの焼きそばではないらしい。
 そのとき岸和田はマカロニを買うところだった。コロッケだけでは何なので、もう一つ加えようとしていたのだ。しかし焼きそば半額につられた。
 買われるのなら今すぐ半額にしますと言われ、頷いてしまう。
 どれにしますか。と聞いてくる。そのため、焼きそばが置いてある台まで行く。そこで半額シールを貼るので、好きな焼きそばを言ってくださいと。選ぶも何もない。焼きそばパックが四つほど並び、どれも百円引きとなっている。時間帯的に見て百円引きではまだ客は手を出さない。半額シールが貼られるとさっと出す。しかし、それが貼られる時間は客も少なくなる。だから売れ残りを心配して誘ったのだろう。そのオバサンが横の厨房で作ったものに違いない。今日はこの売れ方では捨てないといけないと察したのか。自分が作ったものを自分で捨てるのは忍びない。捨てるために作ったようなもの。買われ、食べられてこそ作る喜びもある。それほど大層な焼きそばではなく、ありふれたものだが、しっかりと豚肉も入っている。
 そのエピソードのようなものを思い出したのではない。コロッケは二つ買ったが一つ残っていた。マカロニサラダは半分ほど。焼きそばを買ったのだから、マカロニは必要なかった。つまり余計なものを買ったので、食べ残した。
 それを思い出し、コロッケとマカロニを冷蔵庫から出してきた。すっかり忘れていたのだ。
 小さなお膳。あと二つは無理なので、マカロニのパックの中にコロッケを同居させることで、膳からはみ出すが、何とか乗った。
 いつもの朝メニューだけでも食べるのが一杯一杯なほど量がある。その上コロッケとマカロニが加わった。
 岸和田は全て食べた。
 それで朝から眠い。
 
   了



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2018年06月09日

3650話 若手の反乱


「山田さんでしたか」
「そうです」
「じゃ、あちらの会議室でお待ちください。控え室になっています」
「あ、そう」
 次に来た増岡は個室に案内された。
 会議室に入るとき、山田はそれを見た。
 中に入ると何人かいる。いずれも後輩達。山田はその中ではトップ。しかし、いずれも若手。
 個室待遇と大部屋待遇。これは山田は分かりきっていることで、いつものことなのだが、少しは気になる。
 個室に入った増岡は一つ先輩。それほど変わらない。この業界は年功序列ではなく、業界に入った頃の順番で大凡のことが決まる。
 だから山田より若い西田というのが、個室待遇。上のグループ。中堅以上。ものすごく早く入ったためだ。実力は山田の方が上。さらに先ほどの増岡よりも上。力はあるのだが、入るのが遅かった。
 山田は若手のトップだが、メイングルーには入れてもらえない。
 会議室で若手達が雑談を始めているが、山田は馴染めない。山田よりも年かさの木村もいるが、入ったのが遅かっただけ。実力もさほどない。
 山田だけがここでは浮いてしまう。それで、同世代の増岡のところへ行く。
 増岡の控え室は当然個室。先ほど入って行くところを見たので、部屋は分かる。
 個室といってもちょっとした会議室だ。狭いが。
 いきなりドアを開け、入ってきた山田を見ても増岡は気にせず、本を読んでいた。二人はほぼ同期。中堅クラスの末席に引っかかったが、山田は届かなかった。しかし若手の中ではトップ。だが、もうそれほど若くはない。
 それに比べると増岡はメイングループに入っているが末席。増岡よりも年下はいるが、別格の実力者。
「上が一人欠けると、僕が入れるんだけどねえ」
「そうだね。充分その力はあるよ。僕よりも」
「そう。じゃ、代わろうか」
「勝手にはできないよ。君の方が若手相手だから気楽でいいんじゃない。実は僕はそちらの方でよかったんだ」
「この大勢ずっと続くんだろうねえ。僕と君との差は十位と十一位。でも君はピン差で先輩。しかし十位と十一位の間に段差がある。ここで分けられてしまう。その差は大きいよ」
「でもメイングループの末席は辛いよ。一番下なんだから。君なんてトップだよ。そちらの方がいいんじゃない」
「大部屋と個室の差。待遇が違う」
「まあ、上が一杯一杯だから、これ以上登れないよ」
「先輩達が年を取り過ぎた場合でも、僕らも似たように取り過ぎている。それほど変わらないからね」
「ああ」
 山田はメイングループのエースで年下の西田を連れ出し、若手グループの一部も引き連れて、新団体を作った。
 そのとき、メイングループの末席にいた増岡を誘ったのだが、自分がいると煙たがれると言って、そこに残った。
 中堅の西田が抜けたので、一人足りなくなり、若手グループから一人上げた。もし山田がいたら山田が入れただろう。しかし末席。
 山田グループは結局は反乱とみなされ、関連諸団体からは相手にされなかったため、自然消滅した。
 少しだけ気をよくしたのは増岡で、末席から一つ上になった。
 結局この団体はその後、時代から取り残されることになるのだが、若手は若手のまま終わっている。そして別の団体がそれに代わった。
 反乱を起こした山田達は解散したのだがが、何人かは新団体に吸収された。
 その頃、山田は実力者の西田の側近になり、強面のする存在として、今も活躍というより、暗躍している。本来の仕事より、こういうことが好きなのだ。
 
   了
 
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2018年06月08日

3649話 重鎮崩れ


「これはこれは立川さん。わざわざこんなところに」
「いやいや、たまには親交を深めないとね」
「はい、そうですねえ。しかし訪ねて来られるのは今までなかったですよ。どうかされたのですか」
「お分かりだと思いますが」
「はあ、まさか、あれですか。もうお耳に」
「どういうことですかな」
「生活が苦しくて」
「それはいけない」
「仕事が入って来ないものですから」
「それは皮肉ですかな」
「いえ、そんなつもりは」
「釘をね」
「釘。ちょっと待って下さい。あると思いますが、もう錆びているかも」
「その釘じゃない」
「はあ」
「刺しに来た」
「ああ」
「竹中から仕事をもらったようですな。一度はいい。しかし、二度は駄目」
「気にはしていましたが」
「そうでしょ。竹中とは付き合わない方がよろしい。筋というのがあるでしょ」
「はい」
「あなたは前田さんの人間だ。私もそうだ。仕事は前田さんから頂く。あなたを今まで育てたのは前田さんでしょ。裏切るようなことがあってはいけません。今回はなかったことにしますので、今後気をつけて下さい」
「仕事がなかったもので、つい」
「仕事は前田さんが世話してくれるでしょ」
「最近、止まってます。もう苦しくて苦しくて」
「まあ、前田さんも以前ほどの威勢はなくなりましたがね。それでも義理を欠いては駄目だ」
「前田さんのお耳に入りましたか」
「まだ知らないようです。まあ、あなたの動きなど大して関心はないはずですが、うちからそういう裏切り者が出たことが残念でね」
「裏切ったわけじゃありません」
「私など前田さんとはもう若い頃からの付き合いだ。他の人達も前田さんのお世話になっているはず。それを忘れてはいけません」
「重鎮からそう言われると、恐縮します」
「ところで堀川さん」
「はい、何ですか立川さん」
「いくらで引き受けました」
「え」
「竹中からいくらで引き受けました」
「悪くないです」
「あ、そう」
「これを機に、継続性のある仕事を次々に渡すと」
「あ、そう」
「でも、あなたから釘を刺されたので、反省しています」
「抜いてもいい」
「はあ」
「釘は抜く」
「あ、はい」
「竹中に口をきいてくれないかなあ」
「あああ、はいはい、喜んで」
 
   了



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2018年06月07日

3648話 極端


 大きなことはしたくないが、小さなこともしたくない。その中間の人々の方が一番多いのではないかと思える。
 大きな望みの人はできるだけ大きなものを望むが、小さなことを望んでいる人は、できるだけ小さくとは思わない。小さいよりは少しだけ大きい方がいい。それは人情だろう。敢えて小さなものを望んでいるのは無理をしないとか、可能性のないことはしないという程度で、小さなものを極端に望んでいるわけではない。
 今は小さく、これからも小さくても、それよりも小さいのは望んでいなかったりする。
 ここに非常に小さな人と大きな人がいる。体格のことではない。
「小さな世界から大きなものを見ているわけですな」
「そういうあなたは大きなものを見ているようで、もの凄く小さなものを見ておられる」
「いや、それは大きなものを見ておりますと、小さなものも見えてしまうだけです」
「それは私も同じです。小さなものを見ていると、大きなものが何となく見えたりします」
 この話だと、小さなものを見るために大きなものを見ていることになり、大きなものを見るために小さなものを見ていることになるが、あくまでも逸話で、しかも作られた話。極端な設定の方が分かりやすいためだろう。マクロとミクロの話ではよく出てくる。
 大人物ほど小人物だったりし、小人物ほど大人物だったりする。
 しかしリアルの世界では、その中間の曖昧でバランスの悪い、捉えにくい状態が実状かもしれない。これも何のための捉え方や評価の仕方なのかによっても違ってくる。
 あるジャンルから見れば凄い人だが、別のジャンルから見ると問題の多い人物で、困った存在だったりする。
 次の会話はこれとはあまり関係しない。
「自分の中に仏がいるのです」
「はいはい」
「適当に聞かないで下さい」
「はいはい」
「私の中に仏がいるのです」
「何という仏様ですかな」
「え」
「御名前や呼び名があるでしょ」
「大日如来、いや観自在菩薩だったか、それは」
「その仏様がどうかされましたか」
「仏様が入ってきたのです」
「何処に」
「体に」
「体の何処に」
「え」
「場所です」
「腹あたりではないかと思われます」
「あ、そう」
「これからは善行を積みます」
「私ら盗人ですぞ」
「そうです」
「仏心ができてしまうと、仕事ができないじゃありませんか」
「私はぬすっとだけじゃなく、いろいろと悪事をやってきたじゃないですか。だからです。仏が入ってきたのは」
「その轍を踏みますかな」
「え」
「よくある話です」
「これからは聖人を目指します」
「ぬすっとをやめるのには反対しませんがね。別に聖人を目指さなくても、普通のカタギになればいいじゃありませんか」
「それじゃ弱いです」
「あ、そう」
「深き反省、内省がそうさせるのです」
「私もそろそろ年なので、盗み働きもきつくなってきたので、今度大働きをしたあと、国へ戻って百姓に戻るよ」
「そうでしょ。あなたもそうなされませ。私に仏が入ってきたので、その影響で、あなたもそんな決心ができたのですから」
「じゃ、最後の大働きの計画を練りましょう」
「はい、そうしましょ、そうしましょ。善は急げだ」
「悪も急げです」
 
   了


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2018年06月06日

3647話 陽射し


「暑いですなあ」
「今日はもう夏です」
「陽射しがきついです」
「陽射しねえ」
「何か」
「いや、少し昔のことを思い出していました。ずっと日影で、陽など当たる場所にはいなかったのですがね、陽射しが強かった」
「え」
「いえ、本物の陽射しです。夏の、今日のようなのじゃなく、もっともっと焼けるようなほど暑い頃ですよ。山道を歩いていました。登山やハイキングじゃないですよ。山間に街道が走っていましてねえ。宿場と宿場を結んでいます。今は大きな道路ですがね」
「じゃ、その横の旧街道を歩いておられたのですか」
「旧街道ではなく、最短距離で次の町へ抜ける道です。地元の人が使っている道でしょ。これが山道でしてね。山裾を縫うように走っています。この道が暑かった。そして繁みから外れた野っ原がありましてねえ。日影がない。私は日影暮らしなので日影が欲しい。陽の差すところは憧れていましたが、真夏で酷暑、この陽射しは避けたいのですが、そこしか通るところがありません」
「はあ」
「その山道のような抜け道、たまに沿道に家がありましてね。数戸の集落です。こんなところにも人が住んでいるのかと思いましたが、私から見ると抜け道ですが、土地の人にとっては生活道路のようなものでしょう。店屋などはありませんが、村というより、家と家とを結ぶような。何せ平野がないのだから、少し平らなところがあると、そこに住むんでしょうなあ。よく見ると田んぼもあるんです」
「はい」
「まあ、こんな話、聞いても意味はないと思いますが、先を見ますと、こんもりとした木がある。あの下まで行けば涼しくなる。そう思いながら頑張って歩いていたのですが、頭にきました。帽子は被っていましたが、それじゃ効かないほど、頭が熱くなっている」
「熱中症のようなものですか」
「さあ、それは分かりませんが、カンカン照りのところに水がある」
「え、川ですか。池ですか」
「井戸かと思ったのですが、そうじゃない。石臼のようなものに水が入っているんです」
「神社の手洗いの、あれですか」
「もっと丸い。臼ですよ。餅をつくときの。よく見るとパイプが出ている。それを辿っていくと山の斜面まで続いている。水を引いているんですなあ」
「そうなんですか」
「私はそこでタオルを濡らし、それを頭の上に乗せて、その上から帽子を被りました。カッパの皿に水を補給したようなものです」
「そのためにその石臼が置かれていたのでしょうか」
「さあ、それは分かりませんが、それで助かりました。頭もひんやりし、元気が戻りました。そして遠くにあるこんもりとした木まで頑張って歩きましたよ」
「それはよかったですねえ」
「頭から垂れているタオルの隙間から見た強い日差し。あれは忘れられませんよ。しかし」
「何かありましたか」
「前方に見えていたこんもりとした木ですがね。消えていました」
「はあ」
「あそこまで行けば陽射しから逃れられる、あそこまで行けば、もう少し、もう少しと」
「目標ですね」
「そういう幻が出るんでしょうねえ。それが見えていたところに来ると、また水を溜めている石臼がありました」
「マラソンの給水所のようなものですねえ」
「そうです。そこでもう熱くなってしまったタオルをまた水に浸して、絞らないで、頭から被りました。木立が見えてきたのはその先へ行ったときです。原っぱから谷へ下るのでしょうなあ。それで繁みがあるので、やっと木陰を歩けます。もう少しです」
「よかったですねえ」
「家が点在しいるのですが、それで一つの村のようでした。その先は旧街道と交わるところです。その最後の家の庭に人がいるので、あの石臼のことを聞いたのです」
「何でした」
「カッパの水桶だとか」
「やっぱり給水所だったのですね」
「そうです。この辺りは水を引くのが大変で、雨が頼り。雨はカッパが降らしてくれるとか。それで川縁のカッパに丘まで来てもらう。カッパの皿の水がなくなるとカッパは引き返すので、水を置いたらしいのです」
「長い話でした」
「いえいえ。言いたかったのはあのとき受けた陽射しが今までで一番で、その後、あんな厳しい陽射しはありません。あの陽射しに比べれば、今日のような陽射しなど、何ともありません。だから、その後、陽射しに強くなりましたよ。もっときついのを体験しましたのでね」
「それで、あなた自身の陽射しは」
「ああ、私は相変わらず陽の射さないところで暮らしていますよ。日の目をみたいところですがね」
「はい」
 
   了



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2018年06月05日

3646話 神と悪魔


「正義が悪を作る」
「ほう」
「正しきものがあるから悪しきものが出る」
「逆じゃないのですか」
「順があるから逆も出る」
「ほう」
「神を作れば悪魔も作ってしまう」
「では逆を行けば」
「悪魔を作れば神が産まれる」
「そんな単純な」
「最初は混沌」
「はい」
「正しきも悪しきもない」
「人が作るわけですな」
「最初は正しきものというか、神や仏に先立つものがあった」
「正しいものが先にあったと?」
「いや、正しきものはあとから来たが、その正しきものとは、実は悪しきものだった」
「悪しきものとはなんですか」
「悪いこと一般」
「単純ですね」
「いやなこと、まずいこと。天災や災難。何でもいい。困るようなことじゃ」
「はい」
「それを抑えるため神仏ができたわけじゃない」
「では神仏は何処から」
「悪しきものから」
「え」
「悪しきものを神仏とした」
「そんな」
「リアルなのは混沌。正邪兼ね備えし世界。良いも悪いもごっちゃ。聖俗も」
「では神とは悪魔ですか」
「悪魔が神でもある」
「それじゃまとまりませんねえ。規律というか、構図が分からなくなります。善悪の基準がなくなります」
「それがリアルな世界で、わしらが住む世界。神にもなれば仏にもなるし魔物にもなる。君もたまになっておるじゃろ」
「そこまで極端に変化しませんが、その幅は少ないですが、多少はその面が」
「善人の怖さ。悪人の優しさ」
「はい」
「鬼の目に涙」
「はい」
「仏の顔も三度まで」
「次は仏じゃなくなるわけですね」
「いずれも普段から見知り、体験していることじゃないか。わざわざ言うほどのことではない」
「はい」
「金を借りるときはエビス顔、催促すると仏頂面。まあ、人は仏にもなれば鬼にもある。当たり前の話で、よく聞く話じゃないか」
「今日のお話は、分かるようで分かりません」
「混沌としたか」
「しませんが極端です」
「中間は各々が埋めればいい」
「あ、はい」
「たまには自分で考えろ」
「はい」
 
   了




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2018年06月04日

3645話 調子の良い朝


 大下は目覚めは遅かったが、朝、出かけるとき、自転車のペダルが軽い。小雨だが傘を差すほどでもない。風向きが昨日とは違うのかもしれない。いつもは向かい風。しかしそれではないようで、強く踏んでも負担がない。しんどいとは感じない。
 これはどうしたことかと考えるのだが、それで普通だろう。最近体調が悪く、体が重かったので、それが回復したのかもしれない。その証拠に起きるのが遅かった。いつもなら早く目が覚めすぎた。悪いときはそんなもので、意外と早起きになる。寝るにも体力がいる。
 それはいいのだが、この調子の良さは危険。体も気力にも勢いがありすぎる。これはブレーキが必要だろう。しかし、それも普通の状態で、深く考えることではない。
 最初の信号が青になってからしばらく立つのが分かっているので、急げば間に合う。これもしんどいときはどうせ間に合わないのだからと逆にゆっくりと進む。さて、それはどちらがいいのだろう。
 次は大きな交差点で信号のないところを渡る。今朝は調子が良いので、流れの隙間を狙ってさっと飛び出しそうになる。最近は充分渡れる距離でも待つことが多かった。サッと渡れば渡れないこともないが、クラクションを鳴らされることがある。そこのけそこのけお馬が通るではないが、邪魔立てする者は許さんとばかり、大声で怒鳴っているようなものだ。朝からそんな音を聞き、不快な思いをしたくない。余程急いでいるときは、手を上げるとか、お辞儀をすれば、クラクションは鳴らない。
 今朝はどうか。勢いがあるので、サッと渡る気になっているが、いや待てよう。と、一息入れる。この余裕が大事で、さっと渡れたからといっても到着時間に大差はない。生き急ぎは死に急ぎ。
 大下は勢いをセーブし、無事仕事場に到着した。無事も何もない。途中でどうかなったことなど一度もない。しかし可能性はある。
 だが、気にしているときは何も起こらず、油断しているときにいきなり災難は来る。これは因果関係はない。一方的に来る。タイミング的な偶発的な何かが。これは避けようがないが、油断しないことで回避できることもある。
 仕事場に到着したのはいいのだが、ビルのシャッターが閉まっている。早く来すぎたわけではない。開始の一時間前から開いているのだから。
 しかし、早い目に来たことは確かで、いつもよりも十分ほど早い。五分前でもジャストでも関係はない。仕事が始まるのは半時間ほどしてからで、そこに間に合えばいい。
 何故だろうと思いながら二階や三階を見るが、明かりが灯っていない。
 そのうち同僚が来た。
「閉まっているんだけど」
「本当だ」
「聞いてませんか」
「聞いてないよ」
「じゃ、なんでしょ」
「やったんじゃないの」
「やった?」
「閉鎖したんだよ。急に」
「それなら連絡がありそうなものだけど」
「逃げたんだよ」
「はあ」
 大下は朝から調子が良かったのは、これだったのか、と判明した。
 因果関係はない。
 
   了


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2018年06月03日

3644話 大家と後継者


 その道の大家がおり、この人はパイオニアのような人で、その道を切り開いた人。それだけの力もあるのだが、新時代には新時代の力がいる。それを持っていたのだろう。絶対的な一人で、並ぶものはいないが、そのライバル達はいるにはいる。だが古い道の人達で、もう世界が違っていた。
 その大家もやや陰りを見せる年になり、昔ほどの勢いはなくなった。しかしその道の第一人者として君臨していることは確かで、その道に入ってきた人達は、全てその大家の弟子だと言える。
 それでそろそろ後継者の話になるのだが、どの人もそれを望んでいないようだ。後継者として君臨できるのだが、誰もがその大家のようにはなれないことを知っていた。いい後継者になれると言われるようになっても、大家と比べると存在感が違いすぎる。それに弟子達の中の一人が継ぐわけで、ライバルが多すぎる。そして飛び抜けた人はいないので、今の大家を超える人もいない。追いつくだけ、追いかけるだけで一杯一杯だろう。近付く程度。
 だから誰もあとを継ぎたくない。そういう状態だと上を望まず、枝分かれを始める。分家のようなものだが、それぞれが一家をなすようになる。目指しているのはあの大家ではなく、自分自身の道。大家の真似はできるが遜色がある。比べると分かる。それにその大家が全てよく、全てがお手本であるとは思っていない。それぞれが独自性に目覚め始めていた時期だろう。
 そしてその大家は意外と若くして亡くなった。過労だろうか。このときも後継者の話題は出なかった。それぞれが小さな大家になっていたためだろう。
 小さな大家がそれぞれの道を行くことになったというより、それが自然な流れだった。
 後継者になりたがらない。譲り受けるよりも、小さくても自分の流儀で行く方がいいのだろう。
 
   了




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2018年06月02日

3643話 隠谷


 玄武谷三人衆というのがいる。ここは渓谷の村で、三村あり、その村長達のことを三人衆と呼んでいるのだが、実は親方達。田畑で食べていける場所ではないので、職人集団。木工と石工がいる。そして飾り職人も、この三者が三村で暮らしている。定着している。玄武谷の入り口に飾り職人の村があり、ここが玄武谷の中心。宿屋もあり、店屋もある。その奥に石工の村があり、その手前の支流の先に木工の村がある。
 そこで作られているのは民芸品のようなものだが、木仏や石仏も作られる。大したものではないのだが、安い。お寺の本尊になるような仏像ではない。
 大寺や大社建造などでは、その周辺に職人の村ができたりするが、そういった出稼ぎの職人をこの玄武谷からも多く出しているが、常にあるものではない。
 僻地で農業ができないので、そんなことをやっているわけではなく、最初からこの谷に棲み着いた人達。本邦の人達ではなく、渡って来た人達。実際には逃げてきたのだろう。だから、敢えて僻地に隠れ住んだ。
 そういう技術を公的に伝えに来た渡来人とは別ルート。もっと私的なものだ。
 玄武谷三人衆の親方は、それぞれの出身地のリーダーの末裔だろう。
 木工も石工も既に伝わってしまったあとなので、それほど珍しいものではないが、石工には組合のようなものがあり、これは国際的。そこからの援助も多少はあったのだろう。だから石工の仕事とは別に、秘密裏の使命も託されている。
 木工にも組合がある。石工と同じように互助会のようなもの。助け合うための組織だが、国内にそれが張り巡らされていると、ちょっとしたネットワークになる。
 飾り職人の村は、ここは複数の親方がいる。ジャンルが多いため、組合も多くある。あとは鉄工や陶芸などが加わればいいのだが、その余地がないし、鉱物や良質の粘土が出ないので、これは最初から来ていない。別のところへ行った。
 要するに異国から逃げて来た人達が、人目のつかない僻地で、何とか食いつないでいるということだろう。買い付けに来る商人や個人のための宿屋もある。ただ、村の人達はたまに売りに行く。これは秘密裏の仕事も兼ねている。世間の情報を伝える程度だが。
 この商人の中にも異国の人がいる。これは組織の恩恵で、助けに来てくれているのだ。
 最初は国際的だった組織も、今は職人集団とは関係のない集団になったため、職人達は自分たちで小さな組合を作った。ほんの数人から。
 助け合うのが目的の互助会。その後、講と混ざってしまった。
 玄武谷三人衆がいた三村は、もうない。隠れ住む必要がない時代になったためだろうか。
 今も切り出した石や、加工中の石などが少し残っている。
 
   了


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2018年06月01日

3642話 紅孔雀


 時代が変わり、世相も変わり、状勢も違ってきているのだが、ある過去の年代のままの人もいる。そこで止まっているわけではないが、基盤となっている。
 その年代よりもいいものがあればいいのだが、それを越えなければ、引っ越す必要はない。悪くなるだけで、いいことはない。
 これは自分にとってだけ都合がよく、居心地がいいのだろう。それでは時が止まり、未来がないように思えるが、未来は刻一刻来ている。これは誰にも来ているので、敢えて言うほどのことではない。
 先に進みすぎたとき、これでは不都合が多くなり、それを修正するような未来を考えた場合、以前に戻すことが未来になる。しかし同じようには戻らず、永遠に戻らないため、戻すだけで生きている間の未来を使い切っても無理かもしれない。
 これは過去に生きていることになるのだが、未来とは過去によって発生する。未来だけがポツンとあるわけではなく、過去が未来を作っていく。
「まだ見ぬ国に住むという紅き翼の孔雀鳥ですか?」
「そうです。その孔雀鳥が宝の在処を知っているのです」
「お伽噺ですなあ」
「子供の頃、その話を知りました」
「ほう、それでその孔雀鳥を探し続けているわけですな」
「ご存じありませんか」
「まだ見ぬ国でしょ。そんな国などないでしょ」
「初めて見る国です。今の国家とは違います」
「お伽の国ですか」
「いえ、実在しているはず」
「そこへ行くのがあなたの目的ですかな」
「そうです。流石に大人になってからは、そんな夢のような話は消えたのですが、最近思い出しまして。僕が本当に踏み込みたいのは、そこだからです」
「そこはフィクションの世界でしょ」
「はあ」
「鬼ヶ島のようなもの。鬼もいないし、宝物もない」
「海賊のアジトだったかもしれませんよ」
「じゃ、紅き翼の孔雀鳥がいる国は何ですかな」
「宝のありかを知っている鳥です。ですから宝を得られます」
「財宝が目的ですかな」
「流石に金銀財宝があるとは思っていません。違う意味での宝物を得る手掛かりが得られるのです」
「その手掛かりとは?」
「まだ見に国が何処にあるかを探すところから始めないといけません。これがまずない。しかし僕が行っていない場所ならいくらでもありますから、適当に出掛けています」
「適当?」
「はい、そんな雰囲気のする、そんな匂いのする場所へ行くのです」
「ご苦労なことですなあ」
「いえいえ」
「そんなことでうつつを抜かしておられると、あなたの将来によくない」
「僕の将来は、そこにあるのです」
「申しても無駄なようですなあ」
「紅き翼の孔雀鳥が飛んでいる場所を探すことが大事です」
「大事も小事もありません。それ以前の問題でしょ」
「秘めし宝を知る孔雀鳥」
「あなたは子供に戻っておられる。そこにはあなたの未来ではない」
「紅孔雀が僕の未来です」
 
   了

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