2018年08月31日

3732話 地蔵送り


 地蔵盆がある頃、この地方では地蔵送りがある。
「まだ暑いですなあ」
「はい、残暑だと思い油断していました」
「そろそろ向こうから来る頃ですね」
 二人は村道で何かを待っている。
「来ますかねえ」
「暑いので、取りやめたわけじゃないでしょ」
「そうですねえ」
「あ、来ました来ました」
 二人はカメラを構えた。
「それ、白玉の高い望遠でしょ。レンズの明るい」
「それはいいけど、見た目ほどの望遠じゃない」
 左右は田んぼ、遠くに山がある。
 二人が見に来たのは地蔵送りの行事で、隣村から地蔵を輿のようなものに乗せて運んでいる。地蔵が先頭なので、向こうから地蔵がゆっくりと来るように見える。輿というより、荷車を逆向きにしたようなもので、リヤカーなら引っ張るのだが、押している。
 暑いのか、誰も見ていない。
 この山車か荷車か分からないが、船の形をしたタイプもある。隣村から送られてくる地蔵で、受け取った村は翌年、別の村へと回す。だから地蔵は毎年いる村が違う。それが順繰りに回って来る。
 地蔵はそれほど大きくはないが、この一帯にあるどの地蔵よりも大きい。そう見えるのは座像のためだろう。これで全身となると、運ぶのが大変だ。座ってもらわないと、運びにくい。
 船のような荷車の高さと座像の高さは計算されたもので、座っている地蔵が立ったときの高さになる。そして地蔵の顔は人間よりも数割大きい。
 メインは村の入り口で受け取ることなのだが、二人はそのシーンよりも、途中が好きなようで、地蔵が近付いて来るところが写真になるらしい。
 ただ、平らな道はいいが、何カ所か上り坂や下り坂がある。このときは流石に後ろから押すだけでは無理で、前に人が出て引っ張る。そのとき、安全のため、地蔵を寝かす。以前落ちて欠けたことがあるためだ。ただの石地蔵だが、人間よりも大きな上半身なので、岩を運ぶようなもの。
 以前は人も多かったので、地蔵の前に幟持ちが二人立ち。その前をさらに紋付き袴の世話人が歩いていたのだが、今はその規模ではない。
 鏡胴が純白の高い望遠レンズを付けて覗いていた男が、あれっと声を出す。
「どうかしましたか」
「人だよ、あれ」
「え」
 もう一人は気付かなかったようだ。
 石の地蔵ではなく、人間が座っている。何か罰当たりな気がする。
 つまり人が地蔵に扮しているのだ。
 そして二人の前を通過するとき、地蔵が手を振った。
 二人は知らなかったのだが、別の村から別の村へと地蔵送りをしているとき、壊したようだ。それで、地蔵がなくなったので、今年は人が代役を務めている。
「これは別の祭りだね」
「しかし、あの地蔵役、あれじゃ暑いと思うよ」
「そうだね。地蔵の頭を被っているし、体も何か塗っているしね」
 どういう形であれ、行事が続いているだけでもいいのだろう。
 しかし、バチが当たりそうな地蔵送りだった。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 10:30| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月30日

3731話 あなたが変わる


「あなたが変わらなければ何ともなりません」
「変えなければ駄目ですか」
「そうです」
「そちらが変わるというのは駄目ですか」
「そちらとは、私のことかね」
「そうです」
「変えないといけないのはあなたです。私じゃありません」
「でも、そちらが変わればこちらは変えなくても済みますが」
「それはできません。私があなたのために変えると、大勢の人が影響します。私一人の話ではなくなります。全体が狂ってしまいます。そして大勢の人が変えてきました。それは変えられるのです。だからあなたも変えなさい」
「あのう」
「何かね」
「そちらが変わった方が早いのでは」
「そちらそちらと何ですか」
「こちらから見てそちらです」
「私は変わりません」
「変えたくないのでしょ」
「皆のため、大勢のため、全体のためにです」
「あのう」
「まだ何かあるのですか」
「そちらが変えた方が、その全体もよくなると思うのですが」
「え」
「変えたくないのは分かります。こちらもそうですから」
「君は私に刃向かうのかね」
「刃物なんて持ってませんよ」
「変えないのなら、仕方がない。それなりの結果になりますよ。これが最後の忠告です」
「変えた振りならできますが」
「それでいいのです。それで」
「え、本当に」
「はい」
「振りなら、変えていないのと同じでしょ」
「まあ、そうですが、それでいい」
「じゃ、大勢の人達は、皆さん変えた振りをしているだけなんですか」
「それでいい」
「それじゃ変えても変えていないのと同じです」
「だから、変えやすいでしょ」
「まあ」
「だから、変えて下さい。分かりましたか」
「変えなくてもいいのですね」
「変えた振りをしたことで、それで変わるのです」
「そんなことはないでしょ」
「まだ刃向かいますか」
「刃物なんて持ってませんよ」
「まあいいでしょ。今日はこれぐらいにしておきます」
「あのう」
「何ですか」
「いくら暇でも、こんなことで遊ばないで下さいね」
「分かった分かった」
「やはり変えなければいけないのはそちらです」
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 10:39| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月29日

3730話 神輿


 その派閥は小さい。主流派の五分の一もない。しかし、その他の派閥が加われば主流派に迫ることができる。その計算があるので主流派は楽観できない。
 主流派の幹部が同じ主流派の高梨という男を訪ねた。
「楽観視できないと」
「そうです」
 高梨はドキッとした。
「絶対多数でしょ。安全圏でしょ」
「先ほども説明したしたように他の派閥が相手側に付くと、大きな派閥になります」
「しかし、烏合の衆」
「派閥の人数だけではなんともしがたいことになります」
 小さな派閥を引き連れている宮崎は突破力のある実力者、この切っ先に勢いがある。主流派に立ち向かえるのは、この男しかいない。そのため、主流派がぐらついたとき、担ぎ上げられることが多いのだが、あくまでも切っ先、つまり切り込み隊長のようなもので、役目はそれだけ。この宮崎の天下になるわけではない。
「それで僕にどうせよと」
「分かっているでしょ」
「はあ」
 宮崎が立ち上がった場合、他の派閥が加わっても、まだ半数には満たない。そうなると……
「僕は転びませんから、大丈夫です」
「お願いしますよ」
 こうしてこの幹部は転びそうな者を先回りして、念を押しまくり歩いた。
 宮崎派が主流派に迫る勢いがあった場合が怖いのだ。何が起こるか分からない。最大派閥とはいえ、数が多いだけに、宮崎に好意的な主流派の人間もいる。それだけではく、他の派閥が宮崎に与した場合、そこからの誘いもある。
 ただ、宮崎に勢いがなければ、他の派閥も乗ってこない。
「宮崎さん、今回はどうでしょう」
 側近が心配して聞く。
「仕掛けたのは誰だろう」
「吉原派の中田じゃないかと思います」
「中田が船頭か」
「はい」
「じゃ、吉原は天下を狙っているのだな」
「そうです」
 この少数派の宮崎、自分から打って出たことは一度もない。主流派以外の者が打って出るとき、宮崎がその先鋒になり、神輿になる。だから見た感じ宮崎が大将のように見えるがそうではない。
「まあ、やってみるよ。私にはそんな欲はないからね」
「問題は主流派を崩さないと勝てません。迫るだけです」
「それだけでいいんじゃない」
「まあ、頑張って崩しにかかりましょう」
「しかし、私にはそんな欲はないよ」
「担がれたまま、降りなければいいのです」
「まあ、やってみますよ」
「そうしましょう」
 結果的には他の派閥が今ひとつ乗ってこなかったため、宮崎は単独での戦いになった。
 裏で仕掛けた主流派に次ぐ大きな派閥の吉原派の中田が失敗したのだろう。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 10:59| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月28日

3729話 磨崖仏


「この道を行くと何処に出ます」
「はあ」
「だから、この道はどこへ繋がっていますか」
「行き止まりですよ」
「別の道と繋がっていないのですか」
「そうですよ」
「何処で行き止まりになりますか」
「山」
「山道があるでしょ」
「崖です」
「崖沿いの道とかがあるでしょ」
「ありません」
「じゃ、本当に行き止まりなんだ」
「そうですよ」
「その行き止まりの手前には何があります」
「家です」
「じゃ、そこに住んでいる人のための道ですか」
「そうです」
「不審な質問ですみません」
「何か用事ですか」
「いえ、道があると入り込みたがる性分でして。特にこういう小道が好きでして」
「しかし」
「はい」
「これは裏側の隙間のような道でして、奥の家と繋がってますが、裏道ですよ。それらの家を訪ねるのなら、表道から行った方がよろしいですよ」
「そうですねえ。この道だけだと、車も入れないですし」
「そうです」
「丁寧な説明、ありがとうございました」
「私も先ほどからぐるぐる回りながら得た情報です」
「え、地元の人じゃないのですか」
「そうです。この小道、路地ですがね。奥へ行きますと左に十軒、右に十二軒ほどの家がありますが、それなりに敷地は広いですよ。廃屋が一軒と、空き家が三軒。まあ、ちょっと古い町じゃ、少し寂しいかな、という程度ですが」
「不動産関係の人ですか」
「まあ、そのようなものです」
 静かな住宅地で立ち話をしているためか、後ろから人が見ている。
「奥へ行きますか」
「はい」
「じゃ、ご一緒しましょう。行き止まりに柵がありますが、それを超えると、崖の下に出ます。切り立った岩肌がありましてね。そこに磨崖仏があります」
「磨崖仏」
「浮き彫りですよ」
「知らなかった」
「私はてっきり、それを見に来た人じゃないかと思ったのです」
「違います。僕は道が好きで」
「まあ、行ってみましょう」
 歩き出すと前方に人影。道ではなく、庭から見ている。
「ちょっと声を抑えた方がよかったですねえ。話していること、丸聞こえだったようです」
「別に悪い話をしていたわけじゃないので、いいでしょ」
「そうですねえ。行きましょう」
 振り返ると、後ろから見ていた人が増えている。
「ちょっと怖いですねえ。走った方がいいでしょ」
「そうですねえ」
 二人は一気に十軒分ほどの距離を走り抜け、柵を飛び越えた。
 そして灌木を抜け、磨崖仏のある崖まで来た。
 振り返ると、柵のところまで追いかけてきたのか、こちらを見ている。
「拝んでいるふりをしましょう。これなら不審じゃないでしょ。何を目的としているのかが明解です。信心です。信仰心による振る舞い」
「あなた不動産関係の人じゃないでしょ」
「そうですか」
「こういうことに熟知しておられる」
「いえいえ」
 しかし、柵を越えて、町の人がじわじわと寄ってきた。
「ゾンビか」
「こういう経験は初めてだ」
「僕もそうです。道を探して、うろついているとき、怪しまれますが、追いかけられたことなどありませんよ。それに数が多いです」
 崖の右は川で、下へ降りられない。左は山にかかる雑木林。逃げ込むとすれば、そちらしかない。
 二人はさっと、走った。
 そして、大きく曲がり込んで、別の道からまた町に入った。そして、二人が立ち話をしていたあの小道まで来た。彼らの背後に回り込んだようなもの。
 そして先ほどの十軒分ほどの路地を通り、柵を抜け、灌木を抜け、崖下へ出た。
 先ほどなかったお供え物が積まれていた。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 10:43| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月27日

3728話 廃寺巡礼帳


 都から遠く離れた草深い田舎ではないが、草は多い。本来ならこの時期稲の穂が出だす頃だが、その場所に草が生えている。稲も草だが植えたもの。人の手が加わっている。
 田村は草地の畦道を歩いている。稲の代わりにアワやヒエだろうか、それが隅ではなくメインの田を覆っている。
 畦が十字路のようなところに、ちょっと膨らみがある。肥だめ跡などがあるが草で小高く見える。そこを農夫が通りかかった。
「東福寺は何処でしょう」
「それは京の都だろ。五山の一つじゃないか。こんな山里にはないよ」
「はい、分かっています。東福寺跡です」
「長く住んでるけど、そんなの知らないねえ」
「都の東福寺と同じ名前ですが、別のものです」
「別もくそも、そんな寺跡なんてないよ。そこのお寺さんに聞いた方が早いよ」
「そうですねえ。しかしこの辺りだと聞いてのですが」
「聞き間違いだろ」
「そうかもしれません」
 田村は少し山にかかったところにある寺を訪ねた。三重塔があり、下からもよく見える。
 階段を上がっていると、坊さんがいる。
「東福寺」
「はい」
「それはここでは隠語じゃよ」
「寺跡ではないのですか」
「そんな寺はありません」
「ここは」
「ここは西福寺です」
「近いですねえ」
「西があれば東があるというわけじゃありません。最初からそんな寺などありませんので、その跡なんてものはなおさらありません」
「もっともな話です」
「そうでしょ」
「しかし、先ほど隠語だと言われましたが、あれはどういう意味でしょう」
「東方からの福。それより、あなたはどうして東福寺跡を探しに来たのですかな」
「廃寺巡礼趣味でして」
「あ、そう。廃寺巡りですか」
「はい」
「残念ですなあ、そんな寺は最初から存在しないのですから」
「もしかして、この西福寺が東福寺なのではないのですか」
「まさか、ここは村寺ですが、五山を真似るわけにはいきません。知らなかったではすまないでしょ」
「分かりました。この寺の隠れたる呼び名が東福寺」
「面白いお方じゃ。じゃ、ここを東福寺跡だと思えばよろしい」
「そうします」
 田村はこうして廃寺の一つを発見したと廃寺巡礼帳に記した。強引な話だ。
 
   了


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2018年08月26日

3727話 妖怪博士の御札


 妖怪博士はよく御札を使うが、これは売られている。印刷されたものではなく、すべて手書き、文字が書かれているのだが、日本語ではないし、お経のような漢文ではないし、その原文であるサンスクリットでもない。古代文字の一つだと言われている。
 ある日、妖怪博士はそろそろ仕入れないと御札が切れることを思い出し、ついでにその御札の呪文を見ていた。どうせ読めないのだから、見ていても見ていないも同然。改めて見ると不思議な文字だ。記号かもしれないが、読めないだけにかえって遠い何かを感じてしまう。呪文とはそんなものだろう。
 お盆が過ぎてから涼しくなり、日影も伸び、外に出やすくなった。それで少し遠出して私鉄の終点から少し行ったところにある町に入った。ここに御札を書いた老婆がいる。
「切れましたかな」
「あれは最後の切り札なのでまたお願いします」
「書きためたものがありますので、それでもよろしいか」
 値段は高からず安からず、実用品なのでそんなものだが、効果はずっと続く。一年間有効ではなく、文字が消えない限り、問題はない。だから結構割安かもしれない。
「この文字なのですがね、お婆さん」
「はいはい」
「これは何語ですかな」
「さあ、代々伝わっているだけで、わしにもよう分からん」
「しかし、お婆さんがこれを書くのでしょ」
「見んでも書ける」
「じゃ、原本のようなものがあるのですな」
「そんな本ではありませんが、粘土板か、石版があったとか」
「石版に刻まれていたのを写し取ったわけですかな」
「そう聞いております」
「この家も古いですが、代々伝わっているのですね」
「わしらの先祖は南方から来た呪術師だったとか」
「ほう」
「この一帯を治めていたらしいのです」
「お婆さんはその末裔ですか」
「そこまで古くはないと思いますよ。わしらが知っておる先祖は洞守じゃ」
「堂守」
「洞窟を守る洞守」
「神社も寺もなかった時代、洞窟がその役目を果たしていたのでしょうなあ。もしかして、その洞窟の中に石版が」
「裏山にある」
「本当ですか」
「途中で埋まってしもうて、奥まで行けんし、それに戦時中は防空壕として使われておってな。戦後は入り口を塞いだ。崩れかけておったのでな。入り口は横穴じゃなく、縦穴なので危ない場所ですわ」
「しかし、その石版、呪術師が村を治めていた時代のものでしょ」
「石版ができたのは、もっとあとだと聞いております」
 老婆は石版を写し取った紙を持ってきた。古いものではない。何度も写し直したのだろう。 妖怪博士がよく貼り付けたり、護符として人に渡したりするものより文字が多い。
「それよりもお婆さん、この御札、何に効くのでしたかな」
「魔除けじゃよ」
「そうでしたなあ」
「神代文字に近いかもしれませんなあ。これを解読してもらいましたか」
「研究家が来たとき、見せましたが、言語体系ではないとおっしゃりました」
「そうですなあ。謎のままの方が神秘的でよろしい。それに原文を見て分かったのですが、横書きのようですなあ」
「あい」
「これを大量に印刷する気は」
「手書きでないと効果が出ないとか聞いておりなすのでな」
「はい、それで後継者は」
「娘や孫にも習わしております」
「女系ですかな」
「この呪文、空で書かないと効果がないのです」
「見ないで書くということですな」
「あい」
「まあ、お婆さんは私よりも長生きしそうなので、品切れの心配はなさそうです」
「あい」
 妖怪博士はその日、多い目に御札を仕入れた。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 10:48| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月25日

3726話 生暖かい風


 幽霊博士が近くまで来ているというので、妖怪博士は駅近くの喫茶店まで出向いた。家に来てもらってもいいのだが、エアコンがないので幽霊博士も暑いだろうと思った。
 この幽霊博士、まだ若い。
「心霊はいけません。体を壊すと忠告していたはず。まだやっておるのですか」
「はい、また痩せましたが、これ以上落ちないと思います」
「それはいいが、いつ見ても目の縁が黒い。これは何か憑いているんじゃありませんか」
「悪霊ですか」
「さあ、分かりません」
「疲れると黒くなります。それだけです。ご心配なく」
「それで最近どうですかな。わざわざ私に会いに来られたのですから、何か用事でも」
「いえいえ、本当に近くまで来たものですから。とある幽霊屋敷の住人が以前住んでいた場所が、この近くにあったもので、それを調べていたのです」
「何か見付かりましたか」
「幽霊屋敷の持ち主です。しかし、特に変わったことはありませんでした。裕福な家でした。身元もしっかりしておりました。だから幽霊屋敷などを買えたのでしょうねえ。趣味を果たしたということです。幽霊屋敷というのは持ち主に原因があることが多いのです」
「その幽霊屋敷について、来られたのですか」
「ええ、だからそれは済みました」
「いや、私にその幽霊屋敷を見せたいとか、そういう話ではないのですな」
「はい、ご安心下さい。そんなことはありません。それに調査も順調で、問題は何も起こっていません」
「そうですか」
「ところが先生」
「来ましたね」
「え、何がですか」
「何か聞きたいことがあるのでしょ」
「そうです」
「何でしょう」
「生暖かい風」
「ほう」
「幽霊が出る前に、お寺の鐘がボーン、生暖かい風がヒューとなります」
「よく聞きますねえ」
「何故温風なのですか。普通なら背筋がぞっとするほど冷たいとかでしょ。冷気がするとか。ところが生暖かい風は理に合いません」
「怪談話のとき、誰かが勝手に語ったものでしょ。頃は夏ではないはず。暑いときにそれより暖かい風となると熱風。暑苦しい風です」
「ああ、季節のことを計算に入れていませんでした」
「夏なら、生暖かい風ではなく、冷気がよろしいかと。その方が目立ちます。違う空気が来ている感じがします」
「僕はうんと小さい頃、近所のお姉さんのスカートの中に入るのが好きだったのですが、それが生温かくて」
「幽霊ではなく、そちらの方へ進んだ方がよかったのでは」
「え、どういうことですか」
「何でもありません。さ、続けてください」
「ですから、生暖かい風って、生き物が発しているのかと思いましたよ。お姉さんの温もりのような」
「あ、そう」
「つまらない質問をして、申し訳ありません」
「それは今回の幽霊屋敷と関係しますか」
「しません」
「生暖かい風も背筋がぞっとする冷気もなかったわけですな」
「はい、ありませんでした」
「いましたか」
「幽霊ですか」
「幽霊屋敷でしょ」
「屋敷が幽霊のようなものでした」
「ほう」
「屋敷の中に幽霊がいるのではなく、屋敷が幽霊のようなものです。そういう建て方をしていたのでしょうねえ。いかにも幽霊が出そうな。ただし西洋の幽霊でしょうか。洋館でしたから」
「では、心霊との接触はなかったわけですな」
「はい、もし接触しておれば、また体調を崩しますから」
「だから、およしなさいと言っているのです。幽霊は弄らない方がいいと」
「はい、肝に銘じます」
「しかし、この喫茶店、暑いのう」
「エアコンが弱いのでしょ」
「間違えて暖房にしておるんじゃないのか」
「それはないと思います」
 
   了


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2018年08月24日

3725話 宗方台風


 夏が終わったはずなのに暑い。何か異変が起こったのでないかと思い、寺田はネットで調べた。部屋が散乱している。これは異変のためではなく、片付けないで、そのままにしているため。
 テレビをつけた方が早いのだが、故障したまま放置してある。新聞など取っていない。古いパソコンがかろうじて稼働しており、これでネット程度なら見ることができるが、あまり使っていない。雨戸を閉め、世間を遮断した鎖国暮らしだが、雨戸は開いているし、窓も開いている。エアコンがないので、閉めると暑くて死んでしまうだろう。
 ネットの天気予報を見るが、異変ではない。地球が燃えだしたとかのニュースもない。ただ台風が近付いているようだが、大した規模ではない。
 これで急に暑さがぶり返した意味が分かった。台風が南からの暖かい空気を引っ張り込んだのだ。よくあることで、気にする必要もないのだが、今回の熱気のようなものは少し違う。暑さがぶり返した程度では騒がない。
 そこに電話がかかってきた。友人の宗方だ。戻ってきたので、会わないかという話。宗方は遠くへ行っていたのだが、戻ってきたようだ。
 これで正体が分かった。気象学的な異様な暑さではなく、台風は、この宗方なのだ。宗方が近付いてきたので、暑苦しくなったのだ。
 長いものには巻かれろというのはあるが、悪いものには巻かれろはない。悪に染まるなとか、友達を選べ、とかはある。どちらにしてもいいものではないので、会う必要はないのだが、世間を閉ざした鎖国中でも、この宗方だけとは繋がっていた。
「久しぶりやね、寺田君。元気だったかね」
 数年ぶりだが、宗方はさらにたちが悪くなったのか、顔が以前よりも怖い。少し膨らんでいるのは太ったからだろう。まぶたが分厚い。瞬きするとき音がしそうだ。
「相変わらず暑苦しそうだね」
「そうかい」
「前よりも脂ぎってる」
「チャーチュ顔だよ」
「油がにじんで、虹が出てるよ」
「それは言い過ぎだよ寺田君」
「戻ってきた理由は聞くまい」
「ありがとう」
 寺田はこの台風を適当にあしらった。何か言い出していたが、さっと矛先を変えたり、交わしたし、話に乗らなかった。長い付き合いなので相手の手はすべて分かっているので、与し易いのだ。
 簡単にあしらわれた宗方は不満そうだが、まあそんなものだと思い、話はそれで終わった。
「また近くまで来たときは寄るよ」
「台風は来ない方がいいけど」
「そう言うなよ」
「ああ」
「しかし」
「え、まだあるの」
「僕が暑苦しくて脂っこい人間になったのは、全部寺田君、君の影響なんだよ。そこだけは理解してね」
「そうだったかな」
「じゃ、またね」
「ああ」
 寺田は油顔を拭いた。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 10:53| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月23日

3724話 妖怪博士と担当画家


 暑い頃、夜な夜な現れていた妖怪だが、最近見なくなった。涼しくなったためだろうか。その妖怪、見た人はいない。見えないためだ。夏の暑い頃に出る。怪のものらしく夜にしか出ない。
 妖怪博士はこれには困った。見えないのだからビジュアル性がない。挿絵家はもっと困る。
 妖怪博士が書いた妖怪談は、文章だけではなく、挿し絵が入る。いつもなら、どんな姿をした妖怪なのかを説明している。画家のイメージではなく、博士がしっかりと指定している。こういう目で、こういう大きさで、とか。しかし、これはいい加減なもので、妖怪博士も実物など見たことがない。その殆どは昔の妖怪画を参考にしているが、新種の妖怪に関しては資料がない。
 それでも別の妖怪を参考にして、何とかなるのだが、今回のように姿のない妖怪に関してはお手上げだ。挿絵は必要ではなくても、そういう連載なので、レイアウトがおかしくなるので、必ず入れている。
 今回、偶然この画家と会う機会があり、ついでなので、そのとき説明した。
「夏になると夜な夜な現れる妖怪ですか」とまだ若い画家だが、絵描きではなく、イラストレーター。同じようなものだが、挿絵なので内容に絵を合わせてくる。
「夜にしか出ません」
「室内ですか、屋外ですか」
「ところ構わずです」
「いったいどんな妖怪なのですか」
「それがよく分からん。だから姿も分からないのじゃが、元々姿がないので、さらに分かりにくい」
「難解な妖怪なのですね」
「これはねえ、気配ものに属す妖怪でね、一応そういう属性はある。姿はないが声がするとか、音がするとか、音曲が聞こえるとか。しかし気配というのは感知しにくい」
「どういうことを起こす妖怪でしょう。それが起こっているところなら絵にしやすいのですが」
「いや、具体的に何かを起こすわけではないので、困りものじゃ」
「じゃ、何をやる妖怪ですか」
「夜になるといる」
「はあ」
「何かいる」
「はい」
「それだけ」
「困りましたねえ。それを見て、いや、見えないのですから、感じた人はどんな反応をしますか」
「またアレがいるなあ、程度じゃ」
「はあ、じゃ、不思議そうな顔が反応ですねえ」
「そうじゃな」
「じゃ、意外と簡単です」
「そうか。心配していたが、それなら画けるねえ」
「はい、久しぶりに妖怪以外の絵が画けます」
「しかし、妖怪らしきものを画かないと、あの編集者は許さんじゃろ」
「そうですね。妖怪図鑑を出すとか言ってましたから」
「妖怪カルタも出すと言っておる。だから妖怪の姿を画いてもらわんと困るらしい」
「分かりました。風景をもの凄く細かく書き、何も書いていないところを作ります」
「ほう、空気のように」
「そうです。空気か気体のように画いて、目をチョンチョンと入れれば、それでいけます」
「何かそれ、人魂か火の玉が尾を引いて飛んでいる絵に近いなあ」
「大きめに画きます」
「それで、行ける」
「しかし何故夏限定なのですか」
「それは熱帯夜などのとき、暑苦しくて、そういうのが出るのじゃ」
「まあ、いいです。出物腫れ物ところ構わずでしょうから」
「風情のあるように画いてもらえれば有り難い」
「はい、了解しました」
 妖怪博士、実は、この妖怪に関して、夏に夜な夜な出る妖怪ということ以上のことは考えていなかった。こうして画家と話すことで、形を作っていくようだ。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 11:03| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月22日

3723話 ミノタウルス


 箕田はその業界では小者で、ぱっとしないのだが、長くその業界にいるため、いろいろなことを知っている。
「最近高島さんが凄いですねえ。あれは行きますよ」
「わしもよく知っておる。見込みのある若者だと思っていた。よく気が付く男でねえ」
「箕田さんの弟子だったのですか」
「いや、そうじゃないが、手伝ってくれたことが何度もある」
「大山さんも褒めていました」
「わしは大山さんの手伝いをしたことがある」
「え、あの大山さんの」
「まだ若い頃だがね、いろいろと教えてくれた。結構気さくな人でねえ。面倒見が悪いと言われているが、そうじゃない。随分と面倒を見てもらったよ」
「それは箕田さんに才能があったからでしょ」
「いや、わしは可愛がられるタイプでね。それだけだよ。それに才能云々の話はやめなさい」
「はい」
「岸和田君を知っているね」
「はい、ベテランですねえ」
「あいつは才能の欠片もない。尻の軽いやつで、立ち回りが上手い。それだけで成り上がった男だ。わしは彼と一緒に仕事をしたことがあるがね、あれじゃ素人だよ」
 このあたりから箕田はエンジンが掛かりだし、業界内での話、自慢話や、言わなくてもいいようなゴシップを始める。それで、業界では箕田のことをミノタウロスと呼んでいる。ギリシア神話に出てくる怪物だ。
 ある日、箕田の盟友がそれを忠告した。この業界でのし上がって行こうと誓い合った同郷の男で、年も近い。
「ミノちゃんの気持ちは分かる」
「何が分かるんだ」
「自分だけ取り残されたんだろ」
「それを言うな。辞めていった連中に比べればましじゃないか。まだ現役じゃ」
「でも仕事はしていない」
「余計なことを」
「その年で、まだ一花咲かせようと企んでいるのだろ。一度も咲いたことがないからねえ」
「いやな奴だなあ」
「あまりペラペラと人のことを言うもんじゃない」
「分かってるんだけど、知ってるだけに、つい口を挟んでみたくなる」
「ミノちゃんは僕より苦労している。しかし、ものすごい大物から可愛がられていたんだ。一人や二人じゃない。端で見ていて、そのとき羨ましかったよ。僕らなんて近付けないような人の近くにいたんだから」
「言っちゃいけないことは言ってないつもりだ」
「それはそうだろうが、何か情けない」
「ふん」
「本来なら、ミノちゃんが、その大物になっていたはずなんだからな」
「小物で結構」
「そろそろ潮時だよ」
「分かってるけど」
「その前に僕が先に辞めるけどね」
「そうなの」
「もう僕らの時代じゃないんだ。僕は中途半端な大物でね。だからカリスマ性がない。ここらで幕引きだ」
「そうか、それは淋しくなる」
「先に国へ帰ってるから、早く、ミノちゃんも戻ってこいよ」
「ああ、淋しい話だなあ」
 しかし、箕田は居座り続け、ミノタウルスのように吠えまくった。
 だが、退治される前に国へ帰ったようだ。
 
   了



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2018年08月21日

3722話 散歩将軍


 閑職。ここでは閑な仕事ではなく、あまり大したことのない役職に飛ばされた人の話だが、将軍だ。この時代の将軍は多数いる。官職だが与えすぎたのだ。そのため、官職が閑職になった。
 橘は国境の警備。これは非常に多くある。国境警備なので、重要な仕事なのだが、橘の任地先と隣接する国はないに等しい。だから一番手薄。敵が攻めてくる気配もないし、その気もないのだろう。
 要するに橘は辺境の僻地に飛ばされたのと同じ。派閥争いに負けたとも言われている。
 白河城と呼ばれているが、川はない。ある貴族がこの地に流されたとき、都に住んでいた頃の地名を、ここで使った。だから以前は大隅と言われていた。隅だ。都から離れすぎた僻地。しかし、国はそこまでで、その先は別の世界。ただ、もう国規模ではなく、村々が点在しているだけの蛮地。その先は巨峰。もう人は住んでいない。
 国境警備なのだが、それら点在する村々が攻めてくる恐れはない。軍規模ではないためだ。
 そのため橘将軍は暇で仕方がない。ここは遠征をしたいところだ。まだ人が住める土地がこの先にあるのだから。
「将軍、それは無理です」
「そうかね」
「以前もそんなことを考えた前任者もいましたが、一つ一つの村を潰さないといけません。大軍は必要ではないので、簡単です。しかし、村の数が多い。そして村々を纏める者がいません」
「そんな説明はいいが。暇だ」
「そのうち都からお迎えが来るでしょう。しばらくお休みを」
「君は平気なのか」
「自分はこの地の者ですから、問題はありません」
「そうか」
 異国へと続く道は門で閉ざされている。白河城は関所のようなもので。いわば巨大な門。
 その先は人がまばらに住む程度なので、行き来する人などいないが、物売りが来る。
 異国といっても敵国ではない。その脅威もない。たとえその地を取ったとしても、大したものは手に入らない。そこを治めるだけでも手間だろう。
 橘将軍は数人の兵を連れ、私服で門から出た。それらの兵は白河城の兵ではなく、都から連れてきた側近達。
 物見遊山でもするつもりで、出掛けたのだろう。視察でも何でもない。
 将軍の最後の言葉は「ちょっと散歩に出て来る」だった。
 この将軍が所属していた都での派閥は劣勢だったが、数年後、息を吹き返した。
 都での内乱が起こったとき、橘将軍の話が出た。
 当然白河城にはもう将軍はいない。散歩に出たまま何年にもなる。
 白河城の向こう側の蛮地。そこから橘将軍は出兵した。誰も纏めることができなかった点在する村々を彼が纏めていたのだ。
 白河城の門は開けられ、橘将軍は大軍を率いて都へ向かった。
 
   了
 


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2018年08月20日

3721話 青いバナナ


 根本は朝から調子が悪い。何かいつもと違う。そういう日がたまにあるので、気にはしていないのだが、元気のない一日になりそうな気がした。一日ですめばいいのだが、三日程続くこともある。それ以上だと悪いところがあるのだろう。
 続いていた晴れの日が終わり、どんよりと曇った空になっている。低気圧のせいかもしれない。といって気圧計など持っていないので、天気情報を見るしかないのだが、そこまで気にするようなことではない。
 こういう日は何をしても捗らないし、やる気も半減以下まで落ちるので、何もしたくない。体が何もしたがらないことを先に発しているので、それに従うのが正しい。しかし、仕事は根本の都合通りには行かない。そのため、有給休暇というのがある。病欠はイメージが悪いし、使いすぎたくないので、休みを取った方がいい。だが、それなら前日までに言うべきだろう。当日の朝では流れが悪い。
 そういうことも考えたのだが、説明が面倒なので、出勤することにした。盆明けから数日後の話だが、その間十分休んだはず。部屋でゴロゴロしていた。疲れるようなことは何もしていない。だから体が鈍ったのだろうか。それよりも頭が鈍った。ゴールデンウイーク明けと盆明け、そして年明けによくある関門で、その小さい規模のは月曜日。
 根本は結局出社したが、ボーとしていた。当然そんなポーズはとらないし、見た目は分からない。しかしやる気が何も起こらない。
「根本君」
 上司が呼んだ。
 見抜かれたのかもしれない。
「用を頼みたいのだ」
 この上司と直々の仕事などほとんどない。だから緊張した。
「暇なようなので、いいでしょ」
「はい」
 要件はプライベートな話だった。
「これだ」
 上司は果物を詰め合わせたお供え物を出してきた。バナナなどはまだ青い。
「これをねえ、坂田さんのお墓に置いてきてほしいだ。置いてくるだけでいい。何もしなくてもいい」
「はい」
「これが地下鉄の駅から墓地のある寺までの地図で、これが墓地内の地図で、坂田家の墓に印をつけておいた。意外と近いよ、ビル街の寺だから、地図がないと、迷うからね」
「はい」
 根元は坂田という人など知らない。上司の関係者だろうか。この会社にいた人かもしれない。そうでないと、個人的なことで、部下を使わないだろう。
 根本は供え物をビジネスバッグに詰める。鞄が薄いので、少しきつい。
 根元の直接の上司は係長なので、挨拶をして、外へ出た。
 すると、すぐに係長が追いかけてきた。
「坂田さんの墓参りでしょ。しかもお盆が終わってからの」
「はい、そうです」
「君は指名された」
「そうなんですか」
「君、出世するよ」
「そうなんですか」
「うん」
「坂田さんって、誰ですか」
「先々代の会長だよ」
「上過ぎて、分かりませんでした」
「いつもは人には頼まないのだがね、今年は行けないのだろう。だから君に頼んだ」
「はあ」
「大宮課長や、武田課長を知ってるね。二人とも僕の後輩だよ。しかし追い抜かれた。この二人、今の君と同じように墓参りに行ったんだよ」
「はあ」
 根本はそれはただの偶然だと思ったのだが、急に元気が沸いてきた。
 その日の怠い体調も治り、残業までして帰った。
 しかし、墓参りの効果は何もなかったようだ。
 あのとき供えた青いバナナ、すぐには食べられないのかもしれない。
 
   了


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2018年08月19日

3720話 開きすぎる間


「何分夜分の話なので寝ぼけていたのかもしれませんねえ」
「じゃ、寝ぼけていたのでしょ」
「おそらく」
 それ以上話を聞いてもらえないようななので、田岡は別の人に会ったとき、その話をした。
「何分夜分のことなので」と同じ枕で始めた。「枕が合わなかったのでしょうか、暑いので夏用のさらっとしたものに変えてもらったのです。私は表面がゴザのが欲しかったのですが、嫁に文句を言うわけにもいかず、また言うほどの大事な話でもない。枕の話はここまでで、本題に入ります」
「どうぞ」
「夜分目が覚めました。この枕とやはり関係しているのでしょう。そんなことは最近ありません。いつもなら朝までぐっすりと寝ております。ところが目が覚めてしまった。あまり寝ていないのに、もう朝かと最初思いましたよ。珍しくよく眠れなかったのかとね。しかし、暗い。朝の明るさじゃありません」
「はい」
「曇っているのかとも思いましたが、これは明らかに夜の暗さ。周りも静かです。それで時計を見ますと、まだ夜中。この時計、爺さんの代からの柱時計でして、家宝のようなもの。ゼンマイ仕掛けです。たまに巻くのを忘れて止まっていることがあります。音がします。一時間に一回、ボーンと鳴ります。結構うるさいですよ。十二時なら十二回鳴りますからね。まあ生まれたときからあるので、慣れていますが」
「はい」
「柱時計なので高いところにありまして、踏み台がなければ手が届きません。面倒なのですが、これは私が管理しております。家宝ですからね」
「はい」
「それで時間は確認しました。時計は動いております。起きたついでに水を飲みたくなりました。台所まで行かないと、いけません。私の部屋は二階です。二階には私しかいません。昔は孫がいましたが、引っ越しました。それよりも夜中に急な階段を降りて台所に行くのはいやです。トイレは二階にもあるのです。その手洗いの水じゃだめでしょ。水は冷蔵庫の中に入っています。私専用のコップがありましてね。そこに入ってます。これは朝、飲むとき用なのですがね、今飲みたい。すぐにでも飲みたい。それで下へ行くことにしたのです」
「はい」
「まず私の部屋の襖を開けます。すると次の間に出ます。実は隣の部屋と私の部屋は合体できる仕様でして、本来なら廊下ぐらいあるはずなのですが、ありません。それで隣の間の襖を開けますと、また座敷。あれっ、まだ私の部屋から出ていなかったのかと思い、また開けました。しかし、また座敷。その座敷の襖を開けると、また座敷。振り返りますと半開きの襖がズーと続いているじゃありませんか。次の襖を開けると、やはり同じ結果。これじゃ私の家や敷地を越えてしまいますよ。お隣の山中さんの二階のテラスに届きそうです」
「はい」
「これはただ事じゃない。そうでしょ。おかしいではありませんか、少しおかしい程度のおかしさじゃありません。かなりおかしいというよりも、これは異変でしょ。あり得ないことでしょ」
「はい」
「これは睡眠に失敗したと思い、安全な自分の部屋の寝床へ戻ることにしました。あの家宝の柱時計が私を守ってくれるでしょう」
「はい」
「私は幾間も超え、私の部屋に戻り、怖いので布団を被りました。真夏ですがね、エアコンで涼しいほどなので、それができるのです。あえて涼しい目にしております。その方が布団の温かみが楽しめるからです。そんなことはいい。怖いので、そのまま寝ました」
「はい」
「あなた聞いていますか」
「はい」
「あなた機械ですか」
「いいえ」
 
   了


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2018年08月18日

3719話 天への階段


「それは暑い暑い夏の日じゃった。こんな日は大人しく家にいるべきなのじゃが、魔が差したのか、陽が差したのかは定かでないが、急に思い立ち、家を出た」
「家で大人しくしていればいいのに」
「うん、そうなんじゃがな。それはよーく分かっておるのじゃが、そういう気になった。だから魔が差したのじゃ」
「それは本来やるはずのない悪いことをふとやってしまうようなことでしょ。暑い中、外に出るのは悪いことだとは言えませんが」
「だから言ったじゃろ。魔が差したのか、陽が差したのかと」
「強い陽射しは既に差していたのでしょ」
「うん、まあ、そうなんじゃがな」
「何をしに外に出たのですか。用事ですか」
「いいや、暑い暑い夏の空が見とうなったわけじゃないが、折角のお日様、この盛りが終わらんうちに、夏を満喫したかったのかもしれん」
「散歩のようなものですね」
「うん、まあ、そうじゃな」
「それでどうなりました」
「この辺りには丘が多い。平地にいきなり丘が壁のようにある場所でな。場所は分かっておるので、できるだけ坂道を避けるため、丘の縁を歩いておった。左は山のような繁み、右は畑。その先は家や工場がある。見慣れた風景じゃ。今ならイチジクが実っておる。あの木はくねくねしておって気持ちが悪いぞ。古い木じゃが、高くならんよう横に拡がるように切っておる。だから瘤だらけで、しかもくねくねしたのが何本もずらりと並んでおる。まあ、その話ではないがな」
「何処へ行かれたのですか」
「陽は右側から差しておった。左は木が茂っておるのじゃが、木陰にはならん。分かっておることじゃが、これが厳しい。しかし、悪い気はせん。元々日向臭いのが好きなのでな」
「で、何処へ」
「うん、その先を進むと、蝉の鳴き声がうるさい。音で頭がおかしくなりそうなほどじゃった。まあ、暑さでわしの頭もおかしくなりかけておったのかもしれんが、そんなことはよくある。暑い日なら、少しはふらっとするじゃろう」
「それで何処へ」
「うんそれなんじゃがな、左側はずっと丘の繁み。これは断崖のようなところに生えておるんじゃろう。木の高さより、丘が高いので、高い木のように見えるがな」
「そこで何かありましたか」
「よく聞いてくれた。進むと急に蝉が鳴き止み、逆に静かすぎて、耳がおかしくなった。音が切れたと同時に切れ目ができた」
「切れ目」
「繁みに切れ目ができておる」
「上からの道でしょ」
「いや、そんなところに道などない」
「あ、はい」
「よく見ると坂道ではなく全部階段」
「はい」
「石の階段で、上まで真っ直ぐ続いておるではないか。そしてそこは日影。これは入り込むじゃろ」
「そうですねえ。急に階段が現れたのなら、何だろうと思いますけど」
「そそそう。その通り」
「階段を上がりましたか」
「ああ、上がった。丘の高さは階段の長さからして三階か四階ほどじゃろ。三階の高さなら階段で上れるが、四階は少しきついかもしれんが、頑張れば大丈夫。それに日影」
「はい」
「この上は何があるのかと思い、階段の先を見た」
「何がありました」
「空」
「はい」
「下から見上げておるので、空しか見えんのじゃろ。それで、汗をかきかき、息を切らせながら、登りきろうとした」
「何が見えました」
「階段の端は目の高さ、一歩登れば一歩分見晴らせる。そして登りきったのじゃが、何もない」
「え」
「空ばかり」
「でも丘の上でしょ」
「丘は平地になっておったが、草が生えておった。野っ原じゃ。何もない」
「ほう」
「しかし、雲がある。出るとき見た夏の空とは少し違う。色が違うし、雲の形が違う。それをじっと見ておると、とんでもないものが飛んでおる。虫ではないかと思っていたのじゃが、そうではない。帯か紐かは川分からん。着物の一部かもしれん。そういうのが飛んでおる。しかも優雅にな。これは女性じゃ」
「天使」
「いや、天女じゃ。笛を吹いておるのもいる」
「ほう、そこまでいきましたか」
「ああ、いったとも、ここは御浄土じゃ」
「蓮の花は」
「水がないので、蓮は無理じゃろう」
「あ、はい」
「終わり」
「え、それで終わりですか」
「あつけにやられてそんなものが見えたんじゃ」
「でも天から続く階段は」
「神社があったのを忘れておった。下から階段が続いておったんじゃ」
「忘れないで下さいね」
「うん」
 
   了


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2018年08月17日

3718話 苦しいとき


「体調が悪くてねえ」
「この暑さですから」
「いや、お盆近くはもう大したことはありませんよ。それでも影響がありますがね。ところがです」
「どうかしましたか」
「体調が悪かった翌日は元気なんだ。快適、快調、いい感じに戻っています。まあ、もの凄く元気になったわけじゃなく、まずまずというところですが」
「じゃ、回復したのでしょうねえ」
「そうなんですがね。ここに私は見出しました」
「ほう、何を」
「しんどいとき、何ともならなかったので、寝ていてもよかったほどですが、あのとき仕事をしていたのです」
「そんな状態で仕事を」
「体がです」
「体力を使うでしょ」
「体が直そうと仕事をしていたようなのです」
「はあ」
「だからしんどい」
「そうなんですか」
「だからしんどいとき、体調が悪いときは、修繕中、整備中だと思えば、これはいいことなんだ」
「いや、それは弱っている証拠です」
「いや、治そうとしている証拠なんです。だから健康なんだ。回復モードが機能しているのですからね」
「まあ、そうとも受け止められますが」
「だから二三日しんどいときは、治ってから、次にしんどくなるまで結構持ちます。二三日も掛かったのですからね」
「お薬とかは」
「それで元気になるとまずいでしょ。回復していないのに、元気な状態では」
「そうとも考えられますが」
「さて、そこでです」
「まだ、ありますか」
「苦しいときは何かをやっているわけです」
「確かに努力しているとき、頑張っているときは苦しいですねえ」
「そうでしょ」
「それが今日のお話ですか」
「そうです」
「はい、分かりました」
「理解できましたか」
「何にでも当てはまらないでしょ」
「それは分かっているのですがね。それは受け止め方の問題なのですよ。だから苦しさをどう受け止めるかで苦しさが違ってきます」
「苦しさが快感になりますか」
「なりません。苦しいままです。それに苦しまないとよくなりませんからね。楽ばかりしていると、何も身につきませんよ」
「はあ」
「まあ、人が見て苦しいと思えるようなことでも本人は楽しかったりすることもありますがね」
「うーん」
「だから、苦しいときは安心なのです」
「でも苦しいのでしょ」
「はい、苦しいです。しばらくは」
「私なんて、ずっと苦しい」
「御病気でしたか」
「いや、生きているのが、ずっと苦しい。苦しいだけですよ」
「それじゃ、慣れてしまうでしょ」
「そうなんですがね。しかし、あなたの話は少し強引で、楽天的すぎやしませんか」
「はい、そこが苦しいところです」
 
   了

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2018年08月16日

3717話 十三家


 秘境探検家の高橋はその日も郊外の町を歩いていた。秘境といっても山の中にあるわけではない。街中にある。街中の何処に秘境などあるのかと問われるが、よく見るとあるのだ。ただ地形的なことではない。しかし、地域性に関係するものが含まれていると、根が深い闇がそこにある。
 葬式でもあるのか年寄りが大勢歩いている。きっちりとした身なり。場所は旧村道だろうか、少し古い家が並んでいる。しかし羽織袴の人が多い。落語家の襲名披露でもあるのだろうか。
 農家の親父だろうか、道を開けて頭を下げている。一方通行の車道だが、不思議と車が入ってこない。 老人達は十人以上いるだろか、若い人も混ざっているが、列の後ろと前だけ。
 このことか、と思いながら、高橋は待ち合わせ場所の喫茶店に入る。メールで知り合った大熊が先に来ていた。地元の人だ。
「もう先に見ましたか。じゃ、話が早い」
 大熊が説明し始めた。
「ちょっと待って、探索もまだなのに、いきなり答えを聞いても」
「別にありませんよ。探索するような場所なんて」
「葬式、または法事」
「あの人達ですね」
「そうそう」
「闇をやっているのですよ」
「あれがメールで言っていた闇」
「そうです」
「そういう団体ですか」
「この地方のヌシでしょ」
「危ない人達」
「こんな小さな町に、そんな人達はいませんよ」
「じゃ、自治会」
「まあ、それに近いですが」
「何ですか。もう、いきなりですが、知りたいです」
「氏子でも、お寺の檀家衆でもありません。その上に立つ人達です」
「へえ」
「僕は親がここに越してきてから産まれた子ですが、滅多に見たことがなかったのです。その存在も知りませんでした。また、知ったとしてもどうってことはありません。ただ、滅多に表に出てこない人達ですから」
「団体名はありますか」
「ありません」
「ちょっとした町の集まりがありましてね。新しくできたイベントです。まあ、盆踊りとフリーマーケットを合わせたようなものでしょ。そのとき、普段見かけない年寄り達がいました。君がさっき見たあの集団ですよ」
「何者なのですか」
「十三家です」
「何ですか、それは」
「旧村時代の代表者です」
「それで十三人の人が歩いていたのですか」
「代表は十三家の回り持ちで、君が見たのは代表の交代があるのかもしれません。僕らでは窺い知れませんがね」
「じゃ、その十三家がこの村を仕切っていたわけですね」
「そのうちのひと家が欠けると、それに次ぐ家が入ったようです。十三人以下でも以上でも駄目なようです」
「それで、神社や寺の上に立つと」
「昔は五百戸ほどの村です。それなりに大きいですよ。しかし、この村、周辺の五箇所村を実は纏めているのです。それを併せますと、市町村レベルの半分ほどになります」
「でもそれなら村長とか、町長とか、市長とかでしょ」
「その上にいます」
「あの年寄り達がですか」
「そうです。表には出ません。だから闇なんです」
「闇の組織」
「組織と言うより、仕来りでしょ」
「そんな旧時代の勢力がまだ生きているのですか」
「形だけだと思っていたのですが、この前のイベントで、市長が深々と頭を下げていました。市長より偉い人がいるんだと、そのときピンときましたよ。しかも十三人も」
「それは地元の人間に対する愛想でしょ」
「あなた、先ほど見たときの、道、覚えていますか」
「当然ですよ。大きな屋敷が並んでいましたねえ」
「それじゃなく、車がいなかったでしょ」
「はい」
「この町の闇です。本当に偉い人は闇の中にいるものです」
「興味深いですが、この時代、そんなものがいるわけが」
「だから誰も信じません」
「組織名もないのでしょ。ただの大きな家の人達の寄り合いでしょ」
「そこを通さないと、何一つできません」
「講ですか」
「講にもいろいろとあります」
「宗教と関係しますか」
「しません」
「それ以上、何か分かりますか」
「十三家並みに大きな家が他にもあります。そこの息子から聞いたのですが、十三家に入らないと、実際のことは分からないとか」
「秘密結社ですねえ」
「講の一種だと思うのですが、何が軸になっているのかはまだ掴めません」
「はい、有り難うございました」
「まあ、こういう話は直接話した方がいいと思いましてね」
「はい、参考になりました」
 高橋は地元の大熊と別れて、またあの通りに出た。そして少し歩いていると、道への出入り口で水道工事をやっているのを見る。車が入り込めないのはそのためだろう。きっと水道局を動かしたのだろと、闇を感じた。
 しかし、それは偶然といえば偶然。十三家の年寄り達はそのひと家の屋敷に集まっていたのだが、大熊の言うような集まりだったのかどうかは分からない。
 
   了

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2018年08月15日

3716話 跳び飛車


「ここと、ここの間を狙いますと、別のものができます。しかし間ですからねえ。近いものしかできませんが」
「でも別物でしょ」
「ほんの少しね。しかし、似たようなものです」
「はい」
「次は新しくできたそれと、お隣のものとの間を狙います」
「狭いですねえ」
「最初に狙った中間は、それなりに間隔がありました。そのど真ん中にもう一つ加わるわけです。より狭くなりますので、より、よく似たものが並ぶのです」
「殆どコピーのような」
「そうですねえ、一見するとそう見えます。中間の間隔が狭すぎるためです。しかし別のものです。ただ印象は同じです」
「はい」
「さらに、それとお隣にあるものの間を狙うわけです」
「さらに狭くなりますねえ。どちらも似ているのに、さらにその中間ですか」
「そうです。それを繰り返していると、奥が出てきます」
「え、何ですか、よく聞こえませんでしたが」
「はい、並んでいるものの中間というのは平面的ですねえ。ところが、中間の中間と攻めていくと、奥を突いてしまいます」
「まだ分かりません」
「まあ、横並びから奥へ入っていけるのです」
「しかし、場所はその近くでしょ」
「近いですが、今度は深みが出てきます。下へ向かうのですね。これを奥へ向かうと言ってます。奥への入り口は、そういうところにあります」
「深度が加わるのですね」
「そうです。そして、それはもう別のものです。今までの横並びの似たようなものとは次元が違うような」
「それがあなたの芸風の奥義ですか」
「話せば簡単なことですが、それを極めるには同じ様なことをやる時間が必要なのです。それと最初言いましたように、中間中間を狙うことです。決してコピーであってはならないのです」
「分かりました。中間がもうないような狭い隙間になったとき、下への階段が現れるのですね」
「上手い上手い、そう言うことです」
「極意というのは聞いてもできないのはそのためですね」
「そうです。会得するには時間がかかるということです」
「はい」
「次は」
「ま、まだあるのですか」
「今度は奥へ一歩入ったものと、先ほどの横並びのものの中間を狙います。つまり斜め上になりますね」
「ほう」
「このあたりになると、名人です」
「それだけ頭の中に引き出しがあるということですね」
「身についたものがね」
「はい」
「それがなければ斜め狙いの中間など見えませんから」
「さらにその次があるわけですか」
「はい、下の階段はさらに深いはずですが、あまり下ではもう意味が分からなくなります」
「その斜め狙いこそ、あなたの得意技ですね」
「そうかもしれません」
「そのことを世間ではあなたのことを跳び飛車名人と呼んでますよ」
「いえいえ、とんだこって」
 
   了


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2018年08月14日

3715話 路地に消えた


 高橋は怪しい場所を探索するのが趣味だが、これは悪趣味。人が怪しい、または怪しめると思えるようなものは、あまり見られたくないようなものが多い。覗いてはいけないし、遠慮すべきだろう。それは単に好奇心の発露にしかすぎないので。
 とはいうものの好きなことはやめられない。それに怪しい町といっても、大したことはない。
 その日も高橋は匂いそうな道を歩きながら怪しい気配を何となく間接的に嗅いでいる。いきなり怪しいものが見付かるわけではなく、これがあれば、あれがあるだろう程度だ。川にいる淡水魚。清流にしか棲息しないのなら、その魚がいると清流だという程度の単純なもの。物事なら、それは前兆、季節なら先触れ。そういうものを先ず見付ける。
 その小径、普通だ。しかしやや段差がある。二歩ぐらいで一段の階段がある。これだけでも、もう十分かもしれないが、怪しさのヒントにはならない。それで、諦めて戻ろうとしたとき、前方に人。しかも見るからに老人。平日の昼間、ウロウロしているのは年寄りぐらいなので、珍しくはないが、漂ってくる雰囲気がある。小さな後ろ姿だが、何かありそうな老人。これは杖をついていることでピンときた。しっかりと具体的なものを見ているのだ。その杖、体が悪いとか、足が悪いとかでついている杖ではなく、もっと長い。高橋から言わせると魔除けの杖。
「このあたりに、何か変わったものはありませんか」
 聞くが反応はない。
 右側は石垣で、その上に児童公園がある。非常に狭い。当然誰も遊んでなどいない。子供はまだ学校だろう。
 左側はやや古い民家だが、あまり上等な家はない。ただ、改築や改装をしたのか、壁板が合板になっていたり、瓦屋根が平たいものになっている。だからよくあるような住宅地なので、怪しくはない。
「何か珍しいものはありませんか」
 やはり反応はない。耳が遠いのかもしれないと思い、少しだけ高橋は近付いた。
 するといきなり顔がこちらに来た。振り返っただけだが、目玉が見えないほどの奥目。さらに草が垂れているような眉毛。
 これはやったかもしれないと高橋を思った。そう思いたかっただけの思いかもしれない。
「幻の渓谷がある」
「ここは山じゃありませんよ」
「そう呼んでおる一角がある」
「あ、はい」
「渓谷といっても少し低地の通り。大雨でも降れば大変そうじゃが、川がある」
「この坂を下ったところですか。しかし上から見ている限り、そんな渓谷はありませんよ」
「そうじゃな」
「そうでしょ」
「一本の細い路地が走っており、その左右は長屋。昔の面影を残しており、二階の物干し台から洗濯物がひらひらしておる風景が懐かしい」
 老人はまるでセリフの棒読みだ。
「あ、はい」
「路地は地道で、砂利が少しだけあり、共同井戸で洗い物をしておる御婦人の姿も見える。小さな子がさらに小さな子を背負い、笛を吹いておる。子守じゃ」
「そんな場所が」
「この先にある」
「いえ、この先、確かに低い場所で、路地も走っていますが、そういう風には見えませんが」
「入り口が違う」
「はあ」
「それが開くのじゃ」
「あのう」
「たまに開く、今日はどうかなと思いながら、見に来た」
「あのう」
「散歩にはもってこいじゃよ」
 老人はゆったりとした階段を降りていった。そして降りきったところにある左側の路地に入っていく。
 高橋はあとを追った。
 杖をつき、ゆるりとした歩みの老人なのに、もう姿はない。
 
   了



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2018年08月13日

3714話 残暑見舞の客


 毎年お盆前になると、残暑見舞いのハガキのようにやって来る友人がいる。白石の小学校から中学までの同級生で、卒業後、合うことは先ずないのだが、年に一度だけやってくる。それがかなり続いている。非常に珍しい関係だが、二人とも比較的近いところに住んでいるため、行き来しやすいのだろう。ただ、白石から訪ねて行くことは今までなく、これからもないはず。関係性が薄い。
 これがもし年賀状程度の付き合いでも、十年も続かないだろう。それが義理のある人なら別だが、ただの同級生。しかもそれほどの親友ではない。ただ、小学一年生から中学三年生までずっと一緒だった関係は他にいない。いるにはいるが、顔を知っている程度。
 その友人とは学校時代、一緒に遊びに行ったり、同じグループに入っていたので、毎日のように合っていた。クラスが違う学年もあったが、それでも遊び仲間であることにはかわりはない。
 そして二人とも、もういい年になっている。白石には他に大勢友達はいたが、年とともに減っていき、退社してからは友達は一人もいなくなってしまった。もう必要がないためだろう。しかし、その友人だけはまだ活きている。年に一度とはいえ、継続している。しかも楽な話で、向こうからやってくる。そして小一時間もいない。いつも昼時に来るので、出前を頼んだりする。これは会食ではないものの、一緒に食べて、それで終わる。食べ終えると、もう用を済ませたかのように帰る。
 去年はソーメンを出したのだが、食べていた。ここが大事で、物理的に食べていた。つまり、お供え物ではなく。
 その友達、関係が浅かったのか、家を知らなかった。小学校も同じだったので、それほど遠い場所ではない。小学校のときは西へ帰っていた。中学のときも西。その途中小学校がある。だから小学校よりもさらに西だろう。白石は南側に家があるので、帰りは別。しかし、仲間達と一緒に寄り道をしてよく遊んだ。その中にその友人も混ざっていたのだが、印象は薄い。
 中学のときは二年続けて同じクラスになったが、帰り道に遊ぶようなことはなかった。
 それだけの関係なのだが、お盆前になると顔を出す。同級生時代は遊びに来なかった。卒業してからだ。そのきっかけは、偶然白石が家の前にいたとき、ばったり会ったこと。それで家に入れた。その頃は親兄弟と一緒だったので、親がおやつのようなものを出した。
 また遊びに来てもいいかな。というのが始まりだが、そのまたが数日後でも一週間後でもなく、一年後。そこから年に一度だけ遊びに来るようになる。長話をするわけではない。あまり会話は弾まない。だからそれほど親しい友達にはなれなかったのだろう。どこか馴染めなかったのだ。共通する何かが欠けていたのだろうか。
 そして今年、そろそろお盆も近い。彼がやって来る頃だ。残暑見舞いのハガキが来る頃、彼はやってくる。
 ただ、意識的に待ったことはない。来るという予想もしたことがない。
 今年初めてそれを意識した。あの友人はいったい何者なのかと。考えてみればおかしな話だ。今まで考えなかったのが不思議なほど。
 しかし、今年はまだ来ない。もうお盆は過ぎていた。
 そして、彼のことなど忘れた頃、やって来た。
 今年は天ざるを出前で取り、一緒に食べた。
 物理的に、しっかりと天ざるは消えていた。しかし、もしやと思い、彼が帰った後、すぐに表に出たが、後ろ姿がない。左右とも見晴らしがいい。彼の住んでいる方角は分かっているので、そちらは左側なので、走って追いかけた。
 角まで来たとき、左右を見ると、左側に彼の後ろ姿を発見。
 白石はそれ以上深追いしないよう、引き返した。
 
   了

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2018年08月12日

3713話 秋立たず


 夏の盛りが過ぎた頃、成田はそろそろ動き出さないといけないのではないかと思うようになった。思うだけ勝手、好きなことを思えばいいのだが、暑いときはそんなことも考えなかった。暑いので、全てを暑さのせいにすることができた。そして毎年だが立秋を過ぎる頃になるとクールダウンするのか、熱だれを起こしていた頭がすんなりと動き出す。これは危険だ。ぼんやりとしている方が成田のためなのだが、本人はそう思っていない。
 いろいろとやりたいことはあったのだが夏場は休憩していた。そういう気になれなかったのだろう。そして今年も再起動するように動き出すことになるのだが、毎年ろくな結果を招かないままうやむやなまま終わることが多い。それが殆どなので、その轍を踏むことは分かっている。分かっていても少し動きが欲しい。以前の続きでもいいし、新しいことでもいい。意欲だけは生まれる。これが問題なのだ。
 冬眠ではなく、夏眠から目覚めたように成田はむくりと起き上がろうとしていた。これはゾンビのようなもの。ゾンビが熱に弱いかどうかは分からないが、日光には弱そうだ。特に夏の陽射しには。
「起き上がりましたか、成田さん」
「はい」
「起き上がりはいけませんよ。寝ていなければ」
「いえいえ、少しやる気が戻ったので」
「まあ、下手に動かない方がよろしいかと」
「しかし、やる気が」
「どんなやる気ですかな」
「さあ」
「やる気だけのやる気ですか」
「はあ」
「去年もそれで散々な目に遭われたことをお忘れですか」
「毎年なので、もう慣れました」
「それで今回は何をするつもりですか。あ、何もなかったのでしたね」
「なくはないです。ちょっと新しいことを始めたいと」
「そんなことは勝手にやればいいことでしょ。わざわざ言いに来なくても、それとも私と関係するようなことですか」
「そうじゃありませんが、関係するかもしれません」
「まだ、何も決まっていないですから、可能性としてはあるわけだ」
「そうです。先輩のお力を借りなければいけないような案件になるかもしれません」
「それはお断りします。ろくなことにはなりませんからね。私は経験を活かす方なので」
「ご迷惑はおかけしません。一応活動期に入ったことを伝えに来たわけです。挨拶です」
「それはご丁寧なことで」
「これは決まりなのです。仕来りです」
「しかし、何をやるのかも決まっていないのに、挨拶も何もないでしょ」
「そうなんですがね。これで、盛り上がるものですから」
「で、盛り上がりましたか」
「はい、これでけじめが付きました」
「止めても無駄ですね」
「はい」
 成田のこと始めは、今年はそこまでで、やる気はあるのだが、やりたいことがないので、それ以上進めなかった。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:54| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする