2018年11月16日

3808話 閉じられた井戸


「寒くなってきましたねえ」
「もう冬ですよ」
「秋から冬は釣瓶落とし」
「最近釣瓶なんて使いませんし、井戸もないですがね」
「あるんです」
「使っていますか」
「使っていません」
「どんな井戸ですか」
「水道がまだ来ていなかった時代の井戸ですよ」
「古井戸じゃなく」
「共同井戸ですがね。四軒か五軒の」
「長屋のような」
「普通の家にも井戸があった時代です。水道時代手前の最後の井戸です」
「その井戸がまだ残っているのですか」
「そうです。かなり数はありますよ。四五軒で共同で使っていたのですがね。そういう井戸が町内にかなりありました。私なんて子供の頃は、水を汲みに行きましたから、釣瓶なんて毎日使ってましたよ。それをバケツに入れ、家の土間にある水桶に入れる。これはもっと昔は土瓶。重くて動かせないほど」
「流石に僕は水道時代ですから。記憶にありません」
「そういう井戸が、うちの町内にはかなりあるんです」
「もう使っていないでしょ」
「しかし、中に水は来てますよ。でも水替えしないと飲めない思いますがね」
「使わないまま放置しているわけですね」
「家を建て替えたり、塀を拵えて仕切ると、もう共同では使えません。よその家へ行けなくなりますからね。誰かの土地にあったのでしょ。だからその人の家の所有になります。四軒で使っていたのなら、その中の一軒のもの」
「家を建て直したりしたとき潰せばいいのに」
「それはお金が掛かりますからね。埋めないといけない。埋めた家もありますがね。家の建て方にもよります。まあ、端の方だとそのままの家が多いです。端のギリギリまで家を建てるとなると、埋めるでしょうが」
「いくつぐらい残ってます」
「さあ十軒か二十軒か数えたことはありませんが」
「かなり多いですねえ」
「使わないから蓋をしてますよ。地面から飛び出していますが、まあ、庭の端にあるので、邪魔にならないのでしょう」
「そんな穴が方々に」
「そうです。残っています」
「井戸といえば貞子でしょ」
「そうですねえ。隠せます」
「しかし、表からでは見えませんが、そんな空間が地下にあるのですね」
「近所のそのタイプの蓋をした井戸ですが、開けているのを見たことがあります」
「使っているのですか」
「だから、飲料水としては使っていませんが、西瓜を冷やしていたようです。まあ、魚を飼うのは無理ですが、生け簀にはなります」
「夏のことですね」
「ついこないだ、それを見たのですが、いつの間にかもう西瓜なんて食べる気がしないほど寒くなりましたよ」
「そうですねえ」
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 12:14| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月15日

3807話 居場所


 金沢は長い下積み時代を経て、最後は地方の支店長になり、そして定年直前に本社で部長となった。この温情に感謝したがもう遅すぎた。しかし多くの部下から迎えられたとき、流石に感動した。
 退職後、もう何もすることはなくなったのだが、部長の退職金としてはかなり低かった。まあ、部長にまでなったのだから、それが退職金のようなもの。同僚のほとんどはやめている。
 それに比べると、金沢は可能な限りの出世をしたことになる。流石にそれ以上の出世は身の丈に合わないのか、思いもしなかったが。
 金沢の日常は図書館か喫茶店へ行く程度。図書館ではロビーが居心地が良い。ソファーもあり、そこで新聞や雑誌を読む。しかし図書館ロビーのヌシがおり、それと折り合いが悪くなり、遠くて小さいが、別の施設の図書コーナーに通っている。
 そして喫茶店。
 だが安っぽいファスト系。そこでヌシのように毎日通っているのだが、やはり、そこにも常連のヌシがいる。
 客が誰もいないとき、そのヌシから話しかけられたことがある。意外と問題のない人で、すぐ近くに住む隠居さんだろう。
 その日も客がいなかったので、金沢は四人掛けのテーブルと二人掛けのテーブルの間に座った。端まであるソファーにテーブルがいくつも並んでいる。他の席は安っぽい椅子で、背もたれが板で痛い。
 何故中間に座ったのか、それは横への移動が大層なため。テーブルとソファーとの間隔が狭いので、二人掛けと四人掛けの間からソファーへ行き、そのまま横移動しないで座ってしまうため。だから四人掛けと二人掛けの都合六席を占領しているようなもの。
 そこで新聞を広げたり、グラビア雑誌を見ている。しかし、何もしないで、じっと正面を見ていることが多い。その正面にヌシの老人が来て座った。
 この老人は近所の百姓家の隠居さん。
 ヌシは態度の大きな新入りが気になるが、注意するようなことはない。だが、今言おうか今言おうかとタイミングを窺っていたようだ。
 金沢は部下に囲まれた部長時代の余韻を引きずっているのか、態度が大きい。しかし、今では身を置く場所が安定しない。ただの年寄りなのだ。
 ヌシの隠居さんは二人掛けのテーブルで小さく座っており、バイトや店長と話すのを目的としている。特に女子高生バイト相手のときは楽しげだ。
 金沢は部長時代の威厳をまだ見せようとしているのが、見せる場がない。多くの部下がいたのだという誇りがあったが、今はただのホコリ。
 ヌシは金沢と一度だけ話したことがある。金沢はここぞとばかり、支店長時代、ウィルスに感染したパソコンの修復を三日でやった話を始めた。これは十八番だ。所謂オハコ。そして本社で部長となったことを少しだけちらつかせる。
 ヌシは自営業のようなもので、今でも庭の畑で適当なものを栽培している。いわば現役だ。
 金沢の趣味は読書で、図書館通いをしており、活字の虫、活字中毒になっているとか。しかし喫茶店で本を読んでいるところは見たことがない。そう突っ込まれそうなので、家でずっと読んでいるので、ここではその休憩で来ているだけ。そして今、自伝のようなものを書いて本を出すため、資料を集めるのが大変とか。これもオハコの持ちネタ。
 ヌシは黙って聞いていた。
 しかし、その後、ヌシは二度と金沢には話しかけていない。
 そしてその日が来た。
 金沢が四人掛けと二人掛けの間に座って部長ズラをしているとき。
 惨劇は一瞬で終わった。
 その後、金沢は二度とその喫茶店に来ることはない。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 11:29| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月14日

3806話 橋を渡る


「次は何処へ行きますか」
「見るものがないねえ」
 山が深い。高い山ではないのだが、街から離れているため、深く見えるのだろう。
 夕食も終わり、浴衣に褞袍を羽織り、下駄を履いた宿泊客がそぞろ歩きを楽しんでいるのだが、見るべきものがない。川沿いのちょっとした膨らみ程度の場所。温泉として古くからあるが修験者の宿として使われていた。だから里の人間がわざわざここまで湯に浸かるに来ることは希。
 しかし、今は観光地化され、修験者が泊まったであろう宿坊のようなものがそのまま旅館や民宿となっている。部屋も当時のままなので、大部屋が多い。
 そこに団体客が宴会を開いているのだが、それも終わりがけ。もうお開きになり、寝るころだが、外に出ている人が結構いる。喫茶店やカラオケスナックなどは満席。
「あれは何でしょう」
「鶏小屋だろ」
「地鶏ですね」
 しかし、もう夜なので、中に入って見学はできない。
「何もないようなので、私は戻って缶ビールとチーズでも売店で買って、それから寝ます」
 連れの男は同じ宿の人で、初対面。しかし何か空気が似ているので、すぐに意気投合し、先ほどまでスナックで飲んでいたのだが、客が並んでいるので、ゆっくりできないので、早い目に通りに出た。
 大黒はもう少し夜風に当たりたかったので、一緒に帰らなかった。
「そうそう大黒さん、この先の上流に橋がありましてね。壊れかけています。そこは渡らない方がいいですよ。危ないからじゃなく、ややこしいものがあるらしいので。さっき誰かが言ってるのを聞きましたから」
 これは行けと言っているようなもの。餅つき用の臼に偶然溜まった水の中に浮き草が浮いていたので金魚でもいるのかと、外灯だけの暗がりで探した。そんなものしか見るものがない。
 大黒は当然、見に行った。橋らしきものはすぐに見えてきた。そこにも外灯が付いており、温泉場なので、明るくしているのだろう。夜も更けているので、遠くまでは行けないが、その距離なら行ける。
 大黒は橋の袂まで来た。むき出しの鉄橋で、錆び付いている。これはガシャンと行きそうな雰囲気だ。さらに上流を見ると、もう山の中。
 しかし端の向こう側には明かりがある。
 橋を渡ると階段がすぐにある。この岸はほとんど崖で、川岸というのがない。だから上へ行くしかない。
 階段の下と上に灯りがある。小さな蛍光灯だ。
 階段を上りきると、建物があるが、壊れている。
 神社でもないし、寺でもない。修験場時代の建物かもしれないが、そんなに古くはない。建物の形から道場のように見える。またはお籠もり堂だろうか。修験に関係しているのだろう。
 中は流石に暗いし、ロープも張ってあるので、それを見ただけで大黒は引き返すことにした。時間的にもそんなものだろう。
 階段を降り、橋を渡ろうとしたのだが、ない。
 違う階段を降りたのかと思い、もう一度上がると、今度は建物がない。別の場所に出たのだろうか。
 大黒は流石にまずいと思い、大声で助けを求めた。距離的には旅館街と近いし、まだ外に出ている人がいるはず。
 救援を待つため、橋のあった岸辺に戻る。
 しばらくすると、下流から懐中電灯の光が見える。
 旅館や民宿の人が助けに来てくれた。長い板を何枚か岩と岩の間に渡している。
 渡ろうとしたとき、大黒は気付いた。
 いつからかは分からないが腰から下がびっしょりと濡れていることを。
 橋など最初からなかったのだ。
 
   了




posted by 川崎ゆきお at 11:15| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月13日

3805話 自身を欺す


「もっと自分を欺して生きなされ」
「え、それは」
「それは……と思うのは真正面を見ているため」
「始まりましたね」
「何がかね」
「いつも説教が」
「説教ではなく説法じゃ」
「お寺の前に貼ってある教訓のようなものですか。教会にもありますねえ。ああいうのを読むと良いことが書いてありますが、なかなかその通りにはいきません。だから読まないことにしています」
「今日のわしの説法はちと違う」
「まあ、言うだけは誰でもできますし、それにコピーでしょ」
「何というひねくれた。まあ、よろしい。続けます」
「はいどうぞ」
「自分に不正直に生きなさい」
「それ、お寺に貼れませんねえ」
「だから、ちと違う」
「はい、続けて下さい」
「自分を欺すことです」
「詐欺師でも自分は欺せないでしょ。敏感ですから」
「そういう話じゃない」
「はい」
「それといちいち突っ込むでない」
「はい」
「自分を欺く、これじゃな」
「はあ」
「方針がある」
「はい、ありますねえ、特にメインの方針は大事です」
「しかし、方針通り行くかね」
「難しいですし、苦しいです。キツイ坂道を毎日上っているようで。いいときもありますが、プレッシャーを感じます」
「メインがありサブがある」
「はい、ありますねえ」
「メインを偽りサブをやる」
「あ、分かってきました」
「敏感じゃのう」
「言わんとすることが見えました」
「優秀じゃ」
「つまり陽動作戦でしょ」
「御名答」
「メインを偽るわけですね」
「メインはキツイがサブとしてならできる」
「本職よりも副業の方が気楽ですからね」
「メインは看板。見せかけじゃ。人にも見せかけ、自分にも見せかける。できるかな」
「そういえば師匠」
「何じゃ」
「師匠は見せかけでしたか」
「ん」
「師匠の本職は師匠じゃないのでは」
「いや、これが本職じゃ」
「それは陽動作戦で、裏でやっているのが本職では」
「そんなことはない」
「じゃ、上手く自分を欺せているわけですね」
「これは説法で、実際のことを話しているわけではない」
「はあ」
「説法をする者、そして聞く者。それぞれが本気で言い、本気で聞いていなかったりするもの」
「はい」
「実際にはその逆のことが興味深かったりする」
「はい」
「説法でも説話でも法話でも何でもよろしい。人の前で良い話をする。堅い話では聞かぬので、話を噛み砕いたり、柔らかくしたり、面白おかしく話すようになる。涙ものにしてもいいぞ」
「分かりました。落語の始まりでしょ」
「早いのう、先に言うでない」
「これで、今日の説教は終わりですか」
「そうじゃ」
「今まで非常に沢山の話を聞きました」
「持ちネタとして使うがいい」
「はい」
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 10:17| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月12日

3804話 イモ因果


 風が吹けば桶屋が儲かるというが、これは因果関係がある。しかし因果の繋がりが長すぎて、途中のことなど覚えていない。何かが起これば何かが起こり、その起こったことで、次の何かが起こり、さらにそれに影響を受け、違うものがまた動く。
 吉田はそんな遠い因果関係ではなく、まったく因果の糸が見えない事柄がある。それは普段は気付かない。しかし、思い出そうとすれば思い出せる。
 それはサツマイモ。これを買うと、何かが起こる。変化の前にサツマイモを買っていることになる。しかし、サツマイモを買うタイミングはそれほどない。今日はサツマイモを買おうと思う日もない。
 その日、平凡な日常を過ごしていた吉田は、平凡な散歩の戻り道、信号待ちをしていた。そのすぐ横に煙草屋があり、まだ現役で閉めていない。ただ店内らしきものがあり、土間がある。ここに店があったように吉田は記憶しているが、特に興味深い店ではなかったので、忘れたのだろう。しかし商品を並べて売るだけのスペースはある。普通の民家なので、一部屋潰して店としたのだろう。それは消えているが煙草だけは売っている。
 それを吉田はぼんやりと見ていたのだが、煙草屋の窓口のところに台を出し、そこに野菜を並べている。直販所だろうが、頼まれたのか、知り合いか、または自家栽培でもしているのか、数は少ないが細い目の大根とサツマイモが並んでいる。
 ここで吉田は目をなくした。サツマイモに目がないため。サツマイモそのものに芽はあるが目玉はないので、サツマイモが好物だということ。しかし好物は残しておいた方がいい。だから滅多に買わない。しかし、見てしまうと欲しくなる。分別がなくなるもの。ものを見る目がもうないようなもの。反射神経的に自転車を降り、三つほど盛った汚いサツマイモのザル盛りを窓口にあるカウンターに乗せた。これは煙草屋のカウンターだろう。
 しかし、中に人はいない。
 窓口の少し横にドアがあり、これは店舗時代の出入り口だろう。そこに書きものがあり、御用のときは押して下さいとある。そのベルのようなボタンを押すが何も聞こえない。手応えがない。故障しているようなので、もう一度押す。それでも音はしない。だが、すぐに老婆が店舗跡に姿を現し、ドアまで走り、ロックを外し、開けた。かなり奥まったところで鳴っていたのだろう。
 老婆は薄いビニール袋に笊盛りのサツマイモ三つを詰め込み、悪いところは削って食べて下さいと説明した。スーパーでは売れないような形や色。
 吉田は自転車籠にそれを入れ、ちょうど信号が青になったので、そのまま走る。
 そこで思い出した。
 サツマイモを食べると異変が起こる。
 これは吉田の中ではただのジンクス。本当は信じていないが、全くの嘘ではない。思い当たることが何度もあるが、大した変化や異変ではない。それにちょうどその時期に起こるようなことで、サツマイモとの因果関係は当然ながら説明できない。しかし印象として何処かにそれが残っており、何となく結びつけたりする。
 何処かの島の猿が海水でイモを洗うと、海を越えた場所に住む猿も同じことをやり出すらしい。
 吉田は家に戻ってからおやつに食べるため、蒸かし芋にした。焼き芋よりも簡単だし、煮るとご飯のおかずになるが、カボチャと同じで、量が多いとご飯が進まない。芋で腹が大きくなる。
 蒸したサツマイモは結構硬い。悪いところやへたを切るとき、包丁を入れたが思ったより柔らかくコスンと切れた。だから柔らかいものだと思っていたのだが、蒸かしているとき、たまに竹串を入れるが硬い。蒸かし時間的にはスーと入るはずなのだが。
 それでいつもよりも時間を掛けて蒸かした。流石に湯もなくなるので、適当なところでもう一度竹串を刺すと、今度は貫通した。
 食べると、ポテポテのサツマイモ。特上だ。ただ蒸し時間が長くかかるのが難だが。
 さて、サツマイモを食べたぞ。さあ、変化、異変。と、それを待つ番。
 しかしそれから一週間ほど経つが、異変は起こらない。以前は二日以内に変わったことが日常で起こった。長くて一週間以内。それを過ぎたのだから、今回はなかったのだろう。
 だが、よく考えると、サツマイモを食べると異変が起こるのは、起こるであろうと思っていないとき。ただ単にサツマイモを食べたときだ。
 今回は異変が起こるかもしれないと思いながら食べた。ここが違う。
 ということはサツマイモでの異変を避けるためには、食べる前に異変が起こるぞと思いながら食べれば異変は起こらないことになる。
 しかし、サツマイモの難は、それで避けれても、異変の原因になるのはサツマイモだけとは限らない。
 
   了
 
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2018年11月11日

3803話 過去への上り階段

過去への上り階段
 岩田は久しぶりに都会へ出てきた。最近は郊外でも都会と同じものがある。そのため大都会へ出る必要はない。
 岩田の住んでいるマンションからも都会は見える。ビルが彼方に見えている。電車に乗れば一時間以内で行けるだろう。昔はそこが仕事場で、そして遊び場でもあり、青春時代の多くの思い出も詰まっている。
 しかしもう青春をやるわけでもなく、仕事をやるわけでもないので、行く用事がない。
 だが近場の郊外に飽きたとき、密度の濃い都会へ出たくなる。これは近くを走っている電車を見る度に、そう思うが、なかなか行かないのは、行かなくてもいいことのため。
 その日はどういった風の吹き回しか、どんな風に押されたのか、凪がされるように駅へ向かい、ホームに立ち、電車に乗り、そして都会のターミナル駅に降り立った。そこはもう駅というものではなく、全体が巨大なショッピングモールのようなもの。
 都会に出たときのネタは懐かしのシリーズ。昔よく行った場所を巡回する。記憶の巡礼。岩田にしか分からない娯楽だろうか。しかし、何らかのイベントが起こるわけではない。ただただ思いに耽りながら歩いているだけ。
 様変わりしたものも多いが、昔からのものもまだ残っている。人が大勢流れている通りは地下鉄や私鉄へと繋がっており、岩田もその流れに以前は乗っていた。だから目を瞑っても歩けるほど。
 そのメイン通りの脇道があり、その奥にトイレがある。そこで行き止まりではなく、さらに続いている。これは間道、近道なのだ。しばらく行くと大きなホテルの裏側に出る。その地下に潜り込めば、あっという間に向こうにある大きな筋に出られる。人が少ないので歩きやすく、急いでいるときは走れる。
 その途中に喫茶店がある。上は巨大な駅のガード下になるのだが、建物は二階建て。だらか非常に高い高架下だ。
 間口は狭いが、ここは昔からある喫茶店で、岩田の作戦参謀本部。ここで人を呼び出したり、またここで一人で作戦を練ったりした。まだ携帯もスマホもノートパソコンもなかった時代。
 紙のノートに何かを書きながら過ごしたものだ。そのノートは何冊も溜まり、今も岩田の部屋にある。読み返すことはないが、捨てられない。誰かに読まれてはまずいわけではないが、頭の中のことを書き出していたので、いわば超プライベートな情報だろう。だから、用はなくなったが、捨てられない。
 その喫茶店に久しぶりに入る。
 客はまばらなのは場所が奥まっているためと、表からは中が見えないので、入りにくいのだろう。昔から来ているが常連さんなどはいない。どの程度からが常連かどうかは分からないが。
 そしてよく見ると岩田と同世代が多い。ある年になると、下なのか上なのかが分かりにくくなるが、どれも一人客。岩田と同じ思いで来ているのだろうか。
 岩田は小さな鞄から文庫本を取り出し、読み始めた。もう作戦会議をする必要がないので、間を持たせるため活字を追う。モダンの次にくるもの。近代の次にくるもの。そのポストモダンは何処へ行ったのかを描いた悲痛な文章。その中身は思想家達のバトルロイヤル。プロレスのようなものだ。誰が最後に勝ち残るのかを判定する人さえいなくなる話。
 ポストといえば穴を思い出す。長細い穴。郵便ポストの穴。
 うーむと、目を活字から離す。一気に読むと、次に読む本がないので、読書はそのへんにして、店内を見る。こういうときは動いているものに目がいく。
 老人が奥へ向かっている。トイレだろう。出るのなら岩田の前を通りレジへ向かうはず。
 しかし、薄暗い奥を見ると、階段がある。トイレは壁の横にあり、ドアは岩田からは見えない。老人はトイレのドアを開けたのか、音がしたような気がした。それよりも、階段が気になった。改築でもしたのだろう。
 高架下の一階部に喫茶店がある。この喫茶店には二階はない。若い頃から来ていたので、それははっきりしている。
 二階は物置か何かがあるのだろうか。しかし、二階へと続く階段など見たことがない。
 岩田は気になり、その階段へ近付き、当然上った。
そして出たフロアはただの踊り場。やはり二階はなかったのだが、岩田は踊るように回り込み、さらに上へと続く階段を上った。これは不可能なはず。なぜなら高架下のため、二階が限界。上は電車が走っている。
 三階も踊り場だが、回り込んでも上の階段はないが、横への通路がポカリと開いている。行くしかない。
 しばらくはコンクリートの壁に囲まれた四角いトンネルで暗いのだが、その先から光が来ているので、暗闇ではない。
 光が来ているところ、それは出口だろう。
 人が大勢横切っている。
 岩田の頭の中の地図ではここは三階箇所。何処かのビルの横腹を突いたのかもしれない。
 そこに出たとき、もの凄く懐かしいものがまず鼻からきた。匂いだ。下を見ると煙草の吸い殻、痰壺。通路の隅は赤さび、濡れている。
 そこが何処なのか、すぐに分かった。若い頃からよく通った地下鉄と私鉄を結ぶ地下通路なのだ。
 これはえらいことになったと思うと同時に、あの頃へ戻れたことで、意外と落ち着いた気持ちになれた。しかし事態を重く受け止めなければならない。これは現実とは違うことを。
 といった妄想をしながら、喫茶店で過ごしていたのだが、それぐらいにして、伝票を掴み、岩田はレジへと向かった。
 そんな階段などあろうはずがない。
 
   了
 
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2018年11月10日

3802話 ある調子


「誰がこんなことをしたのかね」
「あ、僕です」
「余計なことを」
「あ、はい」
「元に戻しなさい」
「分かりました」
 田村は調子が良いときは注意せよという教訓を忘れていた。これは自分で発見した自己管理方法。今日は調子が良すぎて、積極的な仕事をしてしまったようだ。少し方法を変え、よりよくするためにやったことなのだが、裏目に出た。おかげで元に戻すのに時間がかかり、帰りが遅くなった。
 地下鉄を降り、ターミナル駅前の賑やかな場所にいつものようで出たのだが、調子を崩してしまったためもあるし、また遅くなっていたので、そのまま乗り換えて、帰ることにした。
 一人暮らしなので、何処かで夕食を取る必要がある。ほとんどが外食だがコンビニ弁当で済ませることも結構ある。最近はスパゲティーシリーズと称してコンビニにあるう色々なスパに挑戦していた。食べたいわけではないが、何が食べたいのか分からないときは、このシリーズ物を続けることにしている。三タイプほど食べたので、次は四タイプ目。ラーメンとどう違うのか分からないようなスープスパ。それが頭に浮かんだのだが、売り切れているかもしれない。しかし、弁当類ほど売り切れはない。また是が非でも食べたいわけではないので、そのときはそのとき。
 そう思いながら乗り換え駅の改札に入りかけたとき、改札から出て来る岩田と目が合った。古い友達だ。同じ私鉄沿線に住んでいる。一駅違うだけ。仕事先をよく変える。今から仕事に行くのだろうか。もう暗くなっている。
 ターミナル駅は郊外へ戻る客が圧倒的に多い。そこで、ちょっと好奇心を起こしてしまった。
 夜の仕事なのかもしれない。そういった水商売の女性を、この時間よく見かける。
 しかし岩田はそんな関係ではないだろう。バイトか何かに行くところかもしれない。好奇心を起こしたのは何処で働いているかだ。
 目が合ったはずなのに、岩田はそのまま通り過ぎた。
 確かに岩田だ。見間違えるはずがない。
 田村は尾行した。やはり調子が良いのだろう。そういった調子の良いときは調子に乗る。好奇心も湧く。先ほどは乗りすぎて余計な仕事をして、失敗したことをもう忘れている。自分で拵えた教訓などそんなものだ。
 夕方は過ぎてもラッシュ時なので、ターミナル付近の通路は人が多い。かなり距離を詰めないと岩田を見失う。
 地下通路から横に入った。上は映画館などが並んだ建物がある。繁華街へと続く近道なので、そこで曲がる人が多い。
 エスカレータに乗り、地上の賑やかな場所に出るが、このあたりは田村は庭のようなもの、仕事後、よくウロウロしている。
 やがて岩田はレジャービルの横に入り込み、ビルとビルの隙間のような道を進んでいる。しばらく行くと、飲み屋街の裏側に出る。表通りではなく、裏通りの飲み屋街。風俗店などが点在している。そこをさらに抜け、枝道に入る。流石に田村もこの辺りまで入り込んだことはない。だが、場所は分かるし、位置も分かる。高速道路の下を抜けた辺りで、もうターミナル付近とは別の界隈。
 そして岩田は雑居ビルの狭い階段を上がっていく。
 近付きすぎるとまずいが、上がったあと、何処へ入ったのかが分からなくなる。それにもう通行人は少ないので、目立つ。
 田村は二階に上がると、廊下になっており、左右にスナックやバーなどがずらりと並んでいる。
 これでは何処に入ったのかは分からない。
 しかし、看板で分かった。「乱」という看板。バーのようだ。他に「ナオミ」とか「再会」とかがあるが、岩田なら「乱」だろうと直感で分かった。
 そして乱のドアを開けたが客がひと組カウンターの端にいるだけ。岩田はいない。
 そうか、着いたばかりなので、着替えているのかと田村は考え、適当なものを注文して、しばらく待った。
 しかし、岩田は出てこない。
「一人でやってるのですか」
「え、ああ、この店ですか。はい、そうですよ」
 外れたようだ。
 あれは岩田ではなかったのかもしれない。目を合わせたのだから、岩田なら挨拶ぐらいするはず。
 しかし、岩田だとしても、この二階に上がったとき、見失ったので、「乱」ではなかったのかもしれない。それで他の店を全部調べるわけにもいかないので、そこで諦めた。
 夜の仕事ではなく、夜遊びに来たのかもしれない。そう考える方が自然だ。
 やはり調子の良いときは余計なことをしてしまうものだ。
 
   了

 




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2018年11月09日

3801話 屋根部屋


 安っぽい建売住宅の多い一帯に妖怪博士は足を踏み入れた。昔の長屋のように間口は狭く、一応門はあるが、隣の門とくっついている。そしてガレージがあり、これで庭の全てを使い切ったようなもの、あとはお隣との境界線あたりの余地ぐらい。そこにはエアコンが出っ張っていたりして庭とは言えない。
 敷地が狭くても大きな家を望むのか、三階建てが多く、それらが並んでいる姿はまるで鉛筆。確かに一戸建てだが、申し訳程度の間隔。三階の上に三角の屋根があり、そこは四階に相当する所謂屋根部屋。
 その屋根部屋の異変で妖怪博士は呼び出された。依頼主はその家の主だが、もう年を取っており、夫婦で暮らしている。もう多くの部屋を使うようなことがなく、階段の上り下りもキツイので三階までは滅多に上らないし、四階相当の屋根部屋などはさらに登る機会はない。
 一階はキッチンと食卓。二階は和室で、三階は子供部屋。今は誰もいない。
「夜になると上の方から物音が聞こえるのです」
「はいはい」
「やはり駄目ですねえ」
「どうかしましたか」
「いや、開かずの間じゃありませんが、長く入っていないと怖いものが沸くようで」
「三階の子供部屋ですかな」
「そこはまだいいのですが、その上の屋根部屋」
「はい、何かが出るのは決まって屋根部屋ですからな」
「何がいるのか、調べて欲しいのです」
「何もいないと思いますよ。気のせいです」
「しかし、怖い気配が」
「あなた、佐伯さんとはどんな関係なのですか」
 博士は佐伯から事件を頼まれ、解決したことがある。そのとき、ものすごい額の礼金をもらった。その佐伯からの頼みで、屋根部屋の怪で困っているという知り合いの家を見てきてくれと頼まれた。
「佐伯は昔勤めていた会社の部下です」
「ああ、そうですか」
「じゃ、調べて頂きますか」
「はい」
 二階の畳敷きは普通の和室で、夫婦はここで過ごしているようだ。
 妖怪博士は狭い階段を上がり、三階の洋間に出るが、道場でも開けそうな程何もない板の間。カーテンだけが妙に目立つ。
 その上はもっと急な梯子のような階段があり、それが屋根部屋へと続いている。博士は靴下を脱いで滑らないようにゆっくりと上がる。
 下と同じで、屋根部屋には何もない。何も置いていない。傾斜した壁。端の方では頭を打つ。
 明かり窓から覗くと見晴らしがいい。似たような三階建ての家がずらりと見える。しかし四階相当の屋根部屋があるのは、この家だけのようで、そのため、より高いので、より見晴らしがいい。
 二階の和室に降りてきた妖怪博士は入れ直してもらったお茶をすすっている。
「どうでしたか。何かいましたか」
「いたような、いなかったような」
「はいはい、そんな感じのものです」
「それは下まで降りてこないのですかな」
「はい来ません。三階の板の間までです」
「きっと人が暮らしていない、あるいは使っていない部屋が好きなんでしょうなあ」
「しかし、上を取り壊すわけにはいきません」
「まあ、運動のつもりで、毎日三階と四階を見に行きなさい。それで、人が来ることが分かれば、奴はいなくなりますよ」
「はい、そうします」
 その後、怪しい気配は消えたようだ。
 実は佐伯家でも似たようなことがあり、妖怪博士は見事解決した。使っていない先代の書斎で起こる怪異だった。
 開かずの間にしなくても、ずっと開けなければ、同じこと。何かいそうだと思えば何かいるものだ。
 
   了
 


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2018年11月08日

3800話 きつね坂


 きつね坂。その名を聞いただけで、もう何があるのか分かりそうなものだが、ついつい欺されてしまう。分かっていても欺される。分かっているのなら欺されないはずだが、欺されてしまうのは、欺されてみたいという気が少しはあるのかもしれない。欺されるとろくなことにはならない。そのため、敢えて欺されようと思う人などいないのだが。
 柴田がきつね坂に差し掛かったのは、用事があるため。まあ道を行くときは何らかの用事があるものだ。その先に友人が引っ越したというので、行くところ。
 きつね坂というのは地図にはない。坂には名が付くが、この坂は名がない。ムジナだ。のっぺらぼう。だからむじな坂と呼んでもよかったのだが、ここはきつねの方が人気が高い。
 坂に名がない。空席で、何も入っていない。何かが入り込んでいるわけではないが、名前がない。こういう坂にきつねやむじなが入り込みやすいのだろうか。そういうのを入れるのは人なのだが、この坂は定番のきつね坂といつの間にか名を入れるようにになった。それを名付けるという。
 柴田もきつね坂の話は聞いている。この近所に住んでいるので、噂話で出てくる。ただ怪異談ではなく、坂の名が出てくる程度。
 さて、怪異が起こりそうな坂だが、柴田は信じるも信じないもなく、ただの坂としてみている。
 そして坂を上りだした。途中で振り返ったのは、急な坂なので下の景色がよく見えること。小高い場所に立ったようなもの。少し足が引きつるのか、一歩一歩が怠くなっていく。その労の結果を見るためにも振り返り、高さの成果を味わっている。
 そして上りきる。何も起こらない。始終人を化かす坂なら賑やかすぎて仕方がないだろう。噂どころか騒ぎになる。
 きつねが非番なのかもしれない。
 そして柴田は教えられた通り道を行くが、友人のマンションが見えてこない。その前に古びた酒屋があるのだが、それも見えない。また廃業した煙草屋があり、その角を左に曲がるのだが、そんな建物は出てこない。さらに進むと、もう行きすぎているのが分かるので、引き返した。
 そのときやっと柴田はきつね坂のことを思い出した。ああ、やられたなあ。と、このとき苦笑いした。
 要するに坂を間違えたのだ。似たような坂が隣りにある。
 そのズレは僅かなものなので、きつね坂をまた下って、少しだけ西へ入ったところにある坂からまた坂道を上るのは遠回りなので、ズレた分移動した。しかし、一旦方角を失うと頭の中の地図と現実が重ならなくなるためか、結構迷いながら、何とか友人が越してきたマンションへ辿り着くことができた。
 似たような二本の坂。どちらがきつね坂と呼ばれているのかは曖昧。
 きっとどちらもきつね坂なのだろう。
 
   了
 



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2018年11月07日

3799話 熱心


 何かに取り憑かれたように熱中している人がいる。それも特殊な分野で。そのため町内には二人といない。市内で一人いるかどうか分からないほど。都道県規模で数人いるかもしれない。十人もいれば多いほど。全国規模でも百人に満たない。世界規模ではそれなりの人数になるが。
 その特殊分野でも、さらにジャンルがあり、同じ分野でも全く違う。そうなってくると、町内で一人はいうまでもなく、国内でも国際的にも一人しかやっていないこともある。ただ、似たよう人もいるのだが、あるピンポイントだけなら一人いるかどうか。いるだけでもましで、誰もそこには手を出していなかったりする。
 やっていることが特殊なため、需要がない。当然供給者も出にくい。
 長い前置きになったが、山田はそういったことをやっていたのだが、ある日、我に返ったのか、覚めたのか、やめてしまった。何かが落ちたのだ。
「やっと戻って来たねえ山田君」
「はい、無事帰還しました」
「一体何を熱心にやっていたのですか」
「それを説明すると、長くなりますので」
「はいはい、何でもよろしい。普通に戻れたのですから」
「そんなに異常でしたか」
「普通の異常さじゃなかったよ」
「気付きませんでした。自分がどんな状態だったのか、ごく自然に普通にやっているつもりでしたから」
「しかし、もの凄く熱心だったよ。あの熱心さは素晴らしい。だが特殊すぎましたねえ。もう山田君にしか分からない価値観の世界に入っていたようなので」
「はい、心配をおかけしました」
「で、どうやって戻って来れたのですか」
「ある人に祓ってもらいました」
「確かに君は憑き物が憑いたように、異様だった。誰かにそれを祓ってもらったのですか。いや、憑き物というのはたとえで、形容です。そんな悪霊とかバケモノが憑依していたわけじゃないでしょ」
「そうなんですが、僕の症状を見て、友人のお爺さんが、一度会ってみてはと言われた人がいるのです。まあ、紹介されたわけです。その友人のお爺さんは信頼できる人ですし、一応言うことを聞いておこうと思いまして、汚い家に行きました」
「汚い家」
「失言です。古い家です」
「そこに住んでいる人に落としてもらったのですか」
「そうです」
「どのようにして」
「お祓いをしてもらいました」
「やはり何か憑いていたのですね」
「そのときは気付きませんでした。僕が熱中していたのは、ただの熱中です。憑き物だとは夢にも思っていませんから、想像だにしていません。しかし、その古い家の人が、チリハライのようなもので祓いだしたのです。それで、ああ、この人は僕に何かが憑依していると思ったので、僕もそうなのかなあと思った瞬間、何かがスーと、抜け落ち始めました。それはお祓いを受ける前でした」
「じゃ、お祓いを受ける直前に落ちたわけですか」
「そうです。決してあの人のお祓いで落ちたわけではなく」
「ほう」
「それで簡単なお祓いを受けているとき、既にもう落ちていますから、あの熱中していたことがスーと遠くへ去っていました」
「その人、名は」
「友人のお爺さんの話によりますと、妖怪博士と呼ばれているとか」
「山田君」
「はい」
「私にも、その汚い家、いや、古い家を教えてくれないか」
「え、先生も取り憑かれていたのですか」
「うん」
 
   了




posted by 川崎ゆきお at 11:40| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

3798話 古いものを引っ張り出す

「そんな古いものを引っ張り出してどうするつもりかね」
「こちらの方が安定していますので」
「もう終わったものだ」
「だから安定しているのです」
「そんな古いもの、使い物にならん。だから古くなったんだ」
「古くからあるということですよ」
「しかし新しいものに取って代わられた。負けたのだよ。古いものが」
「でも、その新しいものもすぐに取って代わられるでしょ。それに最近、テンポが速いので、あっという間です」
「その都度新しいものに変えればよろしい。それなのに、そんな古いものを引っ張り出してくるなんて、どういうつもりだ」
「不安定なのです」
「だから新しいものに変えればいい」
「しかし、うんと古いものは、ものすごく安定しているのです」
「それは君の好みだろ」
「ちょっと年を取っていますが。その道の達人です」
「時代遅れの達人だ、何ともならん」
「ベテラン中のベテランで右に出るものは他にいません」
「右にも左にも、競争相手がいないだけだろ。そんな古いものなど誰も振り返りはしない」
「そこが穴なんです」
「穴。競馬か」
「大穴です」
「何という年寄りだ」
「博士と呼ばれています」
「そんな年寄り、役に立つのかね。時代遅れで使い物にならんことは目に見えておる」
「妖怪祓いができます」
「そんな方法で解決するような問題じゃない。それは古いんじゃなく、問題が全く違う」
「AIじゃできません。やはり人でないと。それに最近のソフトはバグが多いですし、新機能が加わるごとに買い換えなくてはいけません。さらに競合するソフトも多くありまして、選択だけでも大変です」
「うーん」
「ここはうんとレトロでアナログ的なものを導入する方がよろしいかと」
「そうまでいうのなら、その博士を連れてきなさい。で、名は何というのです」
「妖怪博士」
「聞いたことがない」
 担当者は妖怪博士に依頼したが、見当違いだと言われて断られた。
 この担当者、何か大きな誤解をしているようだ。
 
   了

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2018年11月05日

3797話 ミスマッチ


「寒くなってきましたねえ」
「晩秋ですから」
「秋のお晩でやんすのう」
「故郷は北ですか」
「いや南です。暖かい気候に慣れていますから、寒いのは苦手です」
「この季節寒くならず暖かくなっていくと逆におかしい。異常気象だ」
「地球の温暖化とか」
「いや、氷河期が来るという説もありますよ」
「あ、そう。そっちの方がきついですなあ。さらに寒くなると」
「しかし、冷え込んでいます。私たちも」
「ああ」
「こうして話すことでコミュニケーションがとれ、より親しくなれ、より多くの共有を得ると言いますが、違いますなあ」
「はいはい、それについては同意します。話せば話すほど溝が深まる」
「何でしょうなあ我々は」
「ミスマッチコンビじゃないですか」
「私がものを言うとすぐにあなたは違うことを言う。まるで逆らうように」
「あなたもそうでしょ」
「そんなつもりは微塵もありませんよ。しかしそれじゃ嘘をついていることになる。これじゃコミュニケーションとは言いがたいでしょ。自然じゃない」
「まあ、歩み寄る必要がないからでしょ」
「それではコンビとして成立しない。チームプレイが今ひとつです。一人でやるより二人でやった方が三倍ほどよくなる。二倍じゃなく。しかし我々は一人でやっているときの半分だ。これはマイナス。だから一人でやった方が早いというより、遅くならない」
「二人で足の引っ張り合いをしているからでしょ」
「あなたそんな意地悪をやっているのですか」
「やっていませんが、ついつい」
「能率が倍か三倍、いやそれ以上になるはずなのに、どうしてでしょう」
「言ってもいいですか」
「どうぞ」
「あなた気分を悪くしませんか」
「それは大丈夫、あなたと話しているときはいつも気分が悪いので」
「じゃ、言います。あなたが嫌いなのです」
「分かります。その気持ち。実は私もそうなのです」
「これじゃだめですよね」
「同意します」
「意見が合いますねえ」
「ミスマッチなので、解散しましょう」
「はいはい、喜んで」
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 10:58| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月04日

3796話 ゾンビ記憶


 人に歴史あり。そのため歴史秘話もあるし、歴史から抹殺したこともある。しかし個人の歴史。世間に対して示すのは履歴。これは歴史的出来事ではなく、職歴だろうか。当然学歴が分かりやすい。卒業してからの職業が「がたろう」では分かりにくい。河川埋没物清掃員。まあドブさらいをする人だが、この話は落語「代書屋」で有名。
 自分のことなのに知らない歴史がある。それは実際にあったことで、体験したことなのに。その間の記憶が飛んでいるわけではない。忘れたのか、覚えていないのだ。
 それはうんと幼い子供の頃だろう。物心が付かない頃。当然生まれた頃の記憶などないはず。心はあるが、物心がない。この「もの」というのが興味深い。
「物心が付くか付かない頃」という言い方がある。ぎりぎり大人になってからでも思い出せる。
 人に歴史ありと言うが、本人が体験しているはずなのに知らないこともある。幼少の出来事なら親が話してくれるので、聞いた話を自分の記憶に書き加える。
 この物心が付かない頃の体験が、その人の性格などをかなり決定づけているらしい。これは生まれたときの環境が大きい。しかし、ここで大半の方向性のようなものが決まってしまうのだろう。これは文化もそうだし、言語も。
「記憶にございません」で逃げ切ろうとする人がいる。それを批判するが批判している人も結構やっているのだ。それが社会的なことでなくても。都合の悪いことは忘れるようにできている。
 個人史をたどるのは、何らかの目的がある。それを懐かしんで楽しむとかもあるが、過ぎ去った過去、もうそこへ戻れないだけに、逆に楽しかった時期を思い出したくない場合もある。失ったものになっていると、これは悲しい。
「失った過去が蘇る」などと言うのもある。何をなくしたのか知らないが、大事なものに違いない。当然敢えて蘇らせるのだから役に立つのだろう。
 まだ失ってはいないが、忘れてしまっているような事柄もある。そういうのを、今、蘇らせれば非常に都合がよい場合もある。しかし半ばゾンビ化しているかもしれないが。
 昔々の記憶、個人の歴史でも忘れかけていたことの中に宝物があるかもしれないが、化け物を引っ張り出すこともある。
 
   了 

posted by 川崎ゆきお at 10:37| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月03日

3795話 余暇の過ごし方


「最近忙しそうですね」
「いろいろと慌ただしくてね」
「それは結構なことで、景気がいいのですね」
「景気も何も、私は仕事をしていませんから。そのため、物価が下がるとありがたいです。景気がよくなります」
「いやいや、物価が下がりすぎると危ないでしょ」
「そうですか。まあ下がった分、余ったお金で何か買ってしまいますから、同じことですがね」
「じゃ、最近どうして忙しいのですか」
「やることがないので、いろいろと埋めネタをこしらえていたのですが、それが増えましてね」
「ほう」
「どれも経済には関係しませんが、やることが増えると必要な品やサービスも増えます。一円も使わない余暇の過ごし方もありますが、それじゃ私自身の景気が下がる。これは気分の問題です。景気は気分と似てますからね。そういう雰囲気になると、そういう気持ちになる」
「では、やることを減らせばゆっくりできるじゃないですか」
「何かをしている方がゆっくりできるのです。ただ単にゆっくりとか、のんびりとか、ぼんやりとかは逆に難しいですよ。まあ人によって違いますが、私は何かをやっているときがいいのです」
「それを増やしすぎたのですね」
「そうです」
「じゃ、減らせばいいことでしょ」
「自然にやめてしまったものはいいのですが、まだやりたいのに、強引にやめるのは何ですかねえ、本意じゃないので、今ひとつです」
「いずれも絶対にしなければいけないことじゃないのでしょ」
「朝、起きたとき顔を洗いますねえ。そして朝ご飯をいただく。これは外せないでしょ。まあ、仕事で忙しかったときは朝は抜きましたがね。それは少しでも寝ていたいからですよ。今じゃ夜更かしをしても、昼寝できますからね」
「絶対に必要なこと以外で抜けるところがあるでしょ。しなくてもいいような」
「基本的なこと以外は、どれもしなくてもいいことですが、それが日課になると、外せないものです」
「そうなんですか」
「余暇というのは、仕事を終えた後とかちょっと時間が空いた状態。しかし一日中余暇じゃ、ちょっとじゃない。初めの頃は暇で暇で仕方がなかった。余るほどあったのですが詰めすぎて今じゃ忙しくて忙しくて仕方ありません」
「しかし、のんきな話です」
「そうですか」
「ところで、お忙しいでしょうが、ちょっとした集まりがありましてね。是非参加してほしいのです」
「あなた、今までの話、聞いてなかったのですか。それにあなた、減らした方がいいとおっしゃった。逆じゃないですか」
「ちょっとしたボランティア活動なのですがね。空いている時間で結構ですから、来てもらえませんか」
「ボランティア」
「はい」
「絶対に行きません。これ以上忙しくなるのはいやです。それに余暇の余暇がありません。もう余暇に余裕がないのです」
「これは社会的にも有意なことですから、ただの暇つぶしとは違います」
「私の余暇の過ごし方は、有意なことはしないことです。どうでもいいようなことだからできるのです」
「そうでしたか。それは残念」
「それに私、ボランティアは大嫌い。一円でもお金がもらえるのなら行きますがね。出しますか」
「出ません」
「じゃ、私も出ません」
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 09:52| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月02日

3794話 画友


 モダンな家というか、アトリエ。それがメインで住居は従。一人暮らしの画家なので、寝るところがあればいいのだろう。高台にあり、この家だけが目立つ。画家として真っ盛りの頃に建てた。今は石組みにも苔が生え、いい感じになっている。
 盛りの過ぎた画家の家へ盛りなど一度もなかった画家が訪ねてきた。親友だ。
 八方美人だったその高峯という有名画家は、訪ねてきた無名貧乏絵描きには美人は使わない。八方の中に最初から入っていないのだろう。吉原というその親友は既に画家ではない。売れることもなく、名をなすこともなく終わっているが、高峯との親交は続いている。高峯にとっては近い距離にありすぎるので、八方美人の射程外。近すぎるとその気になれないのだろう。八方美人とは誰とでも、ということだが、外面に過ぎない。
「また絵を書こうと思うんだがね」
「またかい」
「ああ、もう趣味でもいいから」
「いやいや、君の場合、最初から趣味だよ」
「そうだったかな」
「君とはスタート時点から違っていた。僕はプロを目指した。絵を書いて稼げる人にね。君はそのへんが曖昧で、絵筆を持つことだけ楽しかったんだろ」
「その話は何度も聞いたよ。ところで高峯、君は絵を書かなくなって久しいが、どうなった」
「何が」
「だから、どうなった」
「何にもなっていないさ。仕事がないので書かないだけさ」
「定期的に個展を開いていたじゃないか。僕は行ったことがないけどね。ここに来れば、君の絵なんていくらでも見られるし、書いているところも見ているから」
「盛りを過ぎたあたりで、もう書くのをやめたんだ。この事は何度も説明しただろ」
「でも絵を書きたいとは思わないかい」
「え」
「だから、絵が書きたくなり、むずむずしないかい」
「しない」
「私はするねえ」
「君は絵筆を持っているだけでも楽しいからだよ」
「しかし、仕事がきつくて、最近書いていなかったんだ。また書こうと思うだけど」
「そんなもの勝手に始めればいいじゃないか」
「君も書かないか」
「僕はもういい。書きたいものは全部書いた。それに儲けたからね。もう仕事などしなくてもいい」
「羨ましいなあ」
「絵はねえ、年をいくら取っても上手くなる。絵の下り坂はないんだよ」
「衰えると思っていたけど」
「それは君が以前に書いた絵と同じようなものを書こうとするからさ」
「そうか」
「ただし、絵柄にもよるがね」
「でも書こうよ。こんな立派なアトリエがあるんだから」
「ああ、いつでも書く用意はできてるけど。面倒くさくてね。だから精神力がいるんだ。君の場合、まだ伸び代がある。どう化けるか分からない。君もそれをまだ期待しているだろ」
「うん、かすかに」
「まだ燃焼不足なんだ。これは伸び代に繋がる」
「しかし高峯、筆を使っていないと、落ちるよ」
「それはない」
「まあ、そういえばそうだねえ」
「そうだろ。何年も休んでいたとしても、いきなり書いても書けるものなんだよ。一度自転車に乗るのを覚えたら、一生忘れないだろ」
「でも、書くときの立ち上がりが遅いので、明日から始めようと、思ったりとか」
「それはあるけどね」
「で、どうなの。やはりもう書く気はないの」
「まあね。君は頑張って楽しめよ」
「出来上がったら、持ってくるよ」
「面倒な奴だなあ」
「じゃ、また来る」
「ああ」
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 11:29| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月01日

3793話 選択の自由


 選択肢が一つよりも複数ある方が豊かなのだが、選択したものが豊かなわけではない。枝の多さが豊かなだけ。
 複数あると、こっちの水は甘いぞ式に比較検討しないといけない。これは手間だろう。一番いいのは選択肢が複数あっても、選ぶのは決まっている場合。これは決心も決断もなく、絶対的なもの。それしかないと最初から考えている。これは動かない。こういう心を果たして豊かな心というのか、思い込みの強い人と見るかは分かりにくい。
 選択で迷っている人から見れば、その手間が掛からない。そして疑わない。あっちの水の方が甘いのではないかと、考えたりしない。迷わない。だからこれは豊かなのかもしれない。
 そのタイプは決断なしでやってしまえる。ご飯を食べるように。
 豊かな選択肢、自由に選んでもかまわない。自由が不自由なように、この自由が曲者で、基準を自分で考えないといけない。
 発想のまずい人は硬い頭。柔軟性のなさ。しかし、あまり考えない方が楽といえば楽。頭というのはできるだけ使いたくない。電気代が掛かるわけではないが。
 しかし、考えているだけ、思っているだけの段階では何でもできる。ただ、実際に動くとなると、スイッチを入れないといけない。そうでないと動かない。考えているだけでは現実は動かないが、実行すると現実が変わる。
 そのため、大きい目の電圧が必要。それが決断。決断するときぐっと盛り上がる。この盛り上がりの勢いがないと動けないためだ。そのままスーとやってしまえるのなら楽な話。茶碗でご飯を食べるように。
 選択の自由さ、豊かさよりも、選択後の方が長い。
 いい選択だったか悪い選択だったのかは徐々に分かってくる。そして選び直せない場合は、それと付き合い続けることになる。当然それを捨ててもう一度選択し直することができたとしても、それでは間違いを認めることになる。これはできれば認めたくない。
 強い決断が必要なのは、大事なことが多い。本物のタワシを買うか、樹脂製のタワシにするかの選択など、大したことではないので、決断力も低くていい。選んだときの理由も忘れていたりする。用途が同じなら、大した差はない。それで不満なら次に買うとき、別のタイプにすればいい。
 しかし人生規模での選択は、そうはいかない。
 自分で決めたことは最後までやり遂げ、やり通す。しかし柔軟で自由度の高い人はすぐに鞍替えできる。柔軟の使い方、自由の使い方は難しい。
 いずれにしても決断のとき、冒険を選ぶか安定を選ぶかが分かれ道。そしてよく分からないもの、曖昧なままで不安定なものを選ぶことが結構ある。そちらの方が展開が読めないだけに刺激があっていいためだろうか。
 決断のとき、何がきっかけで何が背中を押すのかは、もう理屈ではないのだろう。
 しかし、情動がないと、行動できない。
 
   了

 
posted by 川崎ゆきお at 11:15| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする