2018年11月30日

3822話 ある人脈


「水谷道太郎に近付きたいと」
「はい」
「何者か、知っておりますか」
「偉い人でしょ」
「知る人ぞ知る存在です。彼のことを知っておられるだけでも大したものです」
「いえいえ、たまに名前を聞くので」
「何か用件でも」
「お近づきになりたいと思いまして」
「それは無理でしょ」
「近付けませんか」
「近付けます」
「じゃ、いけるじゃないですか」
「会うことは簡単かもしれませんが、それだけです」
「できれば仲良くなりたいのですが」
「それはできますがね」
「じゃ、簡単じゃないですか」
「しかし、水谷道太郎は一人でぽつりといるわけじゃありません。取り巻きのような人々がいます」
「子分ですか」
「いえ、ただの仲良しグループです」
「ああ、それは何処にでもあるでしょ。その仲間に僕も加わりたいのです」
「水谷道太郎との接点はありますか」
「接点? ああ、興味があります」
「接点が興味がある……だけ」
「まあ、そうですが」
「何か得たいわけですか」
「交流があるだけで、充分です」
「要するに人脈の中に加えたいと」
「そうです」
「確かに水島道太郎と親しいというだけで、ちょっとしたものですが、知る人ぞ知る存在なので、あまり効果はありませんよ。一般的な場ではね」
「それは分かっています」
「しかし、知っている人は知っている」
「はい、コアな人も加えたいと思いまして」
「それで、水島道太郎ですか」
「はい」
「しかし、取り巻きが村を形成しています。そこには入れません」
「仲良しグループでしょ」
「そうです。ここはもう固定しています。水谷道太郎にはそんな気はないのですが、余所者を入れたがりません」
「それはどの仲良しグループでも同じでしょ」
「片山晋呉、山岡三次郎、牧田貴子、タイガー山下、黒沢明人。こういう人と交流はありますか」
「まったくありません」
「その中にあなたが入れると思いますか」
「思いません」
「そうでしょ。だからあの村には入れないのです」
「仲良しグループには水谷道太郎よりもうんと有名な人もいますねえ。名前だけは聞いたことはありかと思いますが他の人は、知らない人が多いでしょ」
「このメンバーは固定しています。いずれも水谷道太郎を尊敬する人達ばかり、私利私欲はありません。だから仲良しグループで、それは自然に発生したものです。あなたがやろうとしているのは無理にそこに入り込んで、利を得たいからでしょ。ここが違います」
「ああ、じゃ、見当違いでした」
「それが分かればよろしい」
「もっとポツンといる人にお近づきになります」
「それがよろしい。何人か知っていますので、紹介しましょう」
「そちらは簡単なのですね」
「そうです。取り巻きも側近も、仲良しグループもいません。しかし」
「はい」
「あまり値打ちがないので、人脈自慢にはなりません。逆効果かと」
「そうですか。ところで、あなたの場合は?」
「私もその部類です。仲良しグループなどいませんよ」
「じゃ、僕と仲良く」
「それは遠慮します」
「あ、はい」
「水島道太郎はいい人物なのですがね。取り巻きが悪い。これが欠点でしょう」
「人脈が多いのも良し悪しですねえ」
「少なすぎる私など悪し悪しですが」
「あああ、はい」
 
   了


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2018年11月29日

3821話 よくよく


「欲をかいちゃいけませんが、欲がないとやることがなくなりなすよ。元気もなくなる。目標もなくなり、目的もしっかりしない。何をやるべきかも曖昧」
「じゃ、欲深くてもいいのですね」
「神々の深き欲望だよ」
「はあ?」
「しかし、欲をかきすぎるとよくない。それだけハイパワーになり、鋭利になり、強くなりますがね。これは切れすぎる刀のようなもの。逆に自分を切ってしまうこともあります。誤ってね」
「では、どういう欲ならいいのですか」
「そんなこと考えなくても、勝手に出てくるでしょ。欲は際限ない。無尽蔵」
「やる気をなくしたとき、欲も沸きませんが」
「それは欲に失敗したんでしょ。うまくいなかった。目的とする欲を途中でやめた、とかの場合でしょうねえ。すぐに次の欲に移りますよ」
「いい欲を持てとよく言われますし、ある意味欲は必要だとも言われていますが。さらにもっと欲を持てとか、意欲的になれとか言われますが」
「その人の欲が、あなたにそう言わせているのでしょう。その人に都合のいい欲、持って欲しい欲。期待という欲で、あなた自身の問題じゃなく、相手の問題かもしれませんよ」
「欲と欲のぶつかり合いですねえ」
「ぶつかりましたか」
「共通する欲ならいいのですが」
「それが共欲というものです」
「共欲」
「共有欲、団体欲でしょうかね。その中にも当然個人欲がある」
「僕の場合」
「何ですか」
「欲々しいときの方が元気なので、そのために欲が必要かなと思っているのです」
「何をおっしゃるウサギさんです。深い欲望というのは誰もが秘めているもの。秘めたる欲です。本人も気付いていないかもしれませんがね。目先の欲のように見えても、実は奥深いところから来ていたりします。自分の本当の欲が分からない。よくあることですよ」
「欲は抑えた方がいいのでは」
「それもまた欲なんです」
「欲がないというのも、また欲なんですね」
「しかし、その欲ではなく、別の欲を狙っているのでしょ。欲がないように見えても、その欲ではなく、別種の欲を向いているのでしょうなあ」
「別種の欲?」
「それが隠された欲かもしれません。その場の欲ではなく、もっと遠大なね。または間接的に得られるようなものとか」
「ああ、たまにあります。別のことを考えていたりします」
「欲合戦の外に出ると楽でしょ」
「でも競い合わなければ達成できません」
「だからそこでの欲を捨てて、別種の欲へ向かうわけです」
「それは試合放置のようなものでしょ」
「より欲深い欲へとチェンジするのです」
「もう、意味が分からなくなりました」
「意味を紡ぐのも、欲があるからです」
「欲というのは巧妙なのですね」
「よく、そう言われています」
「はい、欲のことはよくよく考えてから行動します」
「はい、よくよくとね」
 
   了

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2018年11月28日

3820話 微熱通り


 寒くなった頃、吉村は風邪でも引いたのか、朝から調子が悪い。微熱があるようだ。それで動きがスローになる。それまで忙しく動き回っていたつけが回ってきたのだろう。風邪は回覧板のように回ってくるわけではないが、抵抗力が落ちたようだ。
 吉村はこのところ忙しく、ゆっくりしている暇がない。こういうときはのんびりと過ごすのがいいのだが、仕事が多い。その中には急がなくてもいいのも含まれている。それらをやらなければ、結構ゆっくりできる。
 自分がゆっくりだと周囲はどうなるか。移動中の足を緩めると、見えてくる風景が細かくなる。急ぎ足の時は風景など見ていないが、それが見える。ゆっくりを心がけたため、余裕ができる。どちらにしても通路の様子など見なくてもいいことだが。
 中華屋の看板が目に入る。いつも見るとはなく見ているので、知っているが。看板文字だけを見ており、看板の形や色や材質まで目に入って来た。しかし吉村にとり、入る気のない店なので、ただの通りすがりの風景。
 いつもその前をスーと通りすぎるのだが、今日はゆっくり。そのため、目に入るものが違う。実際には同じものしか見えていないのだが、細部までよく見える。
 それを見たのは、何だったのかと、今は思うのだが、その看板を少し越えたところに隙間ができている。途切れているのだ。小さな店の間口程度だろうか。取り壊したにしては、工事をしているところなど見ていない。昨日はそんな隙間はなかった。いや、あったかもしれない。知らないで毎日通っていたのだろうか。
 細い通路が右側にある。左側は枝道はない。
「何だろう」という余裕が今の吉村にはある。今日はのんびり、ゆっくりと過ごすと決めたので、時間に追われることもないので、その通路に入り込んだ。
 中華屋がある通りは毎日通っているが、そこだけ。枝道や他の筋には入ったことがない。必要がないためだ。
 吉村が知らないだけで、ずっとその狭い通路はあったのかもしれない。
 その通路は建物の横を貫いているようで、いわば隙間のようなもの。
 雑居ビルの裏か店舗の横側が左右にある。さらに進むと十字路に出る。交差している道は少しだけ広い。その広い方の道は暗い。そして無人。左右にずっと伸びている。看板はあるが灯りは入っていない。市場跡だろう。
 吉村はそれだけ確認し、もと来た狭い通路を引き返した。流石に微熱があるので冒険する気にはなれない。
 通りに戻ると、左側に最初に見た中華屋の看板がある。いつもの通りだ。
 そして、少し遅れたが、その先にあるビルで用件を済ませる。
 そのとき、古い市場について、ちょっと聞いてみた。
 その答えは、聞かなかった方がよかったようだ。
 
   了


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2018年11月27日

3819話 謎の人物


「田代さんはお元気ですか」
「ああ、田代さんねえ、先日お会いしましたよ」
「あの人、どういう人なのです」
「何かありましたか」
「いえ、いろいろとお世話頂いたことがあのですが、よく分からない人ですねえ」
「そうなんですか」
「何処の組織にも所属していないようですし」
「以前は大手にいましたよ」
「そこから独立して?」
「そうです」
「今は何をされているのですか」
「さあ、遊んでいるんじゃないですかね」
「はあ」
「しかし、いろいろと面倒を見てもらいましたし、人を紹介してくれましたし、相談事にも乗ってくれました」
「でも一瞬でしょ」
「い、一瞬とは」
「ずっとじゃないでしょ」
「そうですなあ。最近は順調なので、田代さんにすがる必要はなくなりました」
「だから、一瞬です。ずっと一緒じゃ、喰われますよ」
「そうなんですか」
「ただ、美味しい場合ですがね」
「うちはまずいので、喰わないでしょ」
「まあ、こちらもそうですが、困ったときの田代さんです」
「田代さんの本職は何でしょう」
「さあ、コンサルでしょ」
「いや、コンサルなら、もっと請求するでしょ。礼金は払いますがね。それじゃ食べていけないでしょ」
「さあ、コンサルにも色々ありますが、それが職業になると、駄目なんじゃないですか。仕事になりますからね」
「じゃ、田代さんは仕事としてやっていないと」
「遊びでしょ」
「じゃ、どうやって食べているのです」
「それは謎ですが、身なりはいつもいいですよ。ただスーツ姿は見たことはありませんが」
「うちに来て欲しいと考えたことがあります」
「僕もそうです」
「しかし」
「そうなんです。しかし、なのですよね。雇いきれないです」
「そうですねえ。使えない」
「逆に僕らが使われてしまいます。それにその気は田代さんにはないでしょ。大手にいた頃、それで辞めたようなものですから」
「使われるのが嫌なのですね」
「さあ、それは分かりませんが」
「コンサル以外で、何かなされているのでは」
「それはありますねえ。多方面で顔がきくのはそのためでしょ」
「田代さんには部下はいますか」
「いません。見たことはありません。誰かと一緒に来られたこともありますが、部下ではありません」
「肩書きはどうなっていました。あ、名刺には何も書かれていませんでしたね」
「肩書きのない名刺。わざわざ肩書きを言わなくてもいいわけでしょ。名刺としては最高ランクです」
「または、ないのでは」
「よく分からない人ですねえ」
「そういう人がたまにいるものですよ」
「そうですねえ。その実態を知れば、なーんだと思うかもしれませんがね」
「そうです」
 
   了


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2018年11月26日

3818話 さあ、行くか


 フーと頭の中に入ってくるものは、かなり偶然性が高い。何かが原因になっているはずなのだが、そのきっかけとなるものが分からないことがある。
「さあ、行くか」
 と高峯は、そのタイプのものが頭に入ってきた。よぎったというか、侵入してきた。しかし、何処から来たものかは思い出せる。現実に体験した、「ああ、行くか」のシーン再現ではなく、これは時代劇のワンシーンだろう。旅の途中で「さあ、行くか」となる。そこまでは分かるのだが、何故それが急に来たのかが分からない。
 これはいつの間にか鳴り出した音楽にも似ている。どちらにしても何処かにきっかけとなるものがあるのだろう。自由連想ではなく、自動連想に近い。勝手に連想している。連想する気などないのに勝手にやっている。
 これは下手な洒落を言うときとは違う。確かに「私」と聞いたとき、高峯は「和菓子」とくっつけたがる。「私」と「タワシ」もそうだ。しかし、それはきっかけがある。連想するパターンができているためだろう。
 しかし「さあ、行くか」にはそれがない。別にそれは何でもいい。別に行かなくてもいい。「さてこのあたりでいいだろう」などもそうだ。
 それらはセリフもので、フィクション。高峯の体験したことではないが、疑似体験でも、それは体験。そしてドラマの中のキャラと高峯とは全く違う。一方は存在しない。だが、それを見ているとき、高峯はそれなりに感情移入している。同化とまではいかないが、まるで自分のことのように思いながらドラマを見ていたのかもしれない。ただ、悪役のセリフなども、同じように浮かび出る。
「引けーい、引けーい」などだ。これは悪人が劣勢となり、引き上げるシーン。よく見るシーンであり、よく聞くセリフ。
 そういうことが頭をよぎることは珍しいことではないのだが、きっかけなしに頭に入り込んでくる。本当はちょっとしたスイッチがあるのだが、それに気付かない。因果関係が無いとしかいいようがないほど思い付くきっかけがない場合、それは偶然と受け止めるしかない。
 スイッチは外に向かっての感覚からではなく、内から来ていることもある。
 これが内なる声、内側からのメッセージだとすれば「さあ、行くか」はどのような価値があるのだろう。何もない。だから偶然出た目。だから出鱈目なのだ。つまりアトランダム。
 原因がある場合や思い当たる場合は偶然ではない。これははっきりと意識できる。
 そうではない「さあ、行くか」などに高峯は神秘的なものを感じる。きっかけが分からないためだ。
 内部からの飛沫のようなもの。そしてほとんどが価値はない。有為ではなく、無為。意味がない。
 ただの雑念として片付けるにしては、雑念の方が上等だ。雑念にはきっかけがある。しかし「さあ、行くか」にはそれがない状態で頭の中にふっとくる。
 天啓でも何でもない。インスピレーションでもない。もっと稚拙な構造だ。
 しかし、この意味のないものに意味を加えたりできる。きっかけがないのだから、それをきっかけにすればいいのかもしれない。アトランダムな偶然性というのは、意外といけるかもしれない。
 そして高峯は今度それが来た場合、何とかそれを使おうと考えている。
 
   了


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2018年11月25日

3817話 割り橋


 支店と言っているが出店のようなものではなく、支社だろう。規模は大きく、またここがこの組織の発祥の地。本社は元々、ここにあった。
 そこに新しい支店長がやってきた。早速全員を集め、挨拶が行われた。これはしなくてもいいのだが、この宝田の流儀だろう。
「何事においても慎重に、成功よりもミスをおこさないこと。ミスの少なさが成功をもたらす。そのため、私は割り箸を叩いて渡る、を信条としております」
 ざわめきは起こらない。しかし、一瞬フリーズした。
 慎重なら、もっと言葉にも慎重になるべきだろう。
 宝田もそれに気付いたようだが、何事もなかったかのように、挨拶を続けた。
 しかし、その後、宝田支店長のことを割り箸というようになった。
 宝田もそれに気付いたが既に遅い。石橋と割り箸を間違えた。だが、言ってしまったことなので、何ともならない。
 当然誰が聞いても、言い間違いだ。
 しかし宝田は言い間違いではないということを何とか証明しようと模索した。そんな模索より、仕事の模索をすればいいのだが、割り箸が憎い。この割り箸を叩いて渡るというのは本当のことだったと示したい。そうでないと、慎重なはずの宝田のイメージが崩れる。
 ある日、主だった幹部を支店長邸へ招いた。就任パーティーのようなもの。
 支店長邸は大きな庭のある邸宅。元々は社長の家だった。そこに今、支店長は住んでいる。この支店だけの特徴だ。
 就任から数ヶ月経っている。そのパーティーとしては遅いのだが、他にネタがなかったのだろう。
 集まってきた幹部達は屋敷の広さを羨ましがった。この支店長だけの特権だ。
 今も割り箸さんというあだ名は消えていないし、何度もその話題で、笑っている。
 庭に出たとき、妙なものが池に掛かっている。橋なのだが、近付いてみると、割り箸の大きなもの。こんなもの一般にはないが、割れ目もしっかりと付いており、横にのぼり旗がある。鯉のぼりかと思ってみていると、それは違う。「お手元」と書かれている。割り箸鞘だ。
 そこに宝田が登場し、割り箸を叩いて渡りだした。
 これで失言、言い間違いではなかったことを示したことになる。
 この割り箸橋を作ってもらうのに、数ヶ月かかったようだ。手間の掛かることをするものだ。
 
   了



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2018年11月24日

3816話 第一印象


 第一印象で決めるか、論理的に詰めて決めるのかで、高田は迷っていた。そのものの選択で迷っていたのではなく、選択の仕方で迷っていた。これは選択基準を何処に置くかの話。人それぞれ流儀があるが、そんな大層なものではなく、流派をなすほどのものではない。
 高田は第一印象で選ぶ方だが、それだけでは危ないので、論理的なフォローもする。そのとき、第一印象でよかったものが、意外と駄目だということが分かったりする。第一印象、見かけだけの判断の危険さを、そこで分かるのだが、これはまだ選択前。実際に選んだ後のことではない。つまり、まだ現実化していない。だから空想の世界だろう。
 しかし、調べ上げたことはほぼ現実を示している。データ的にそれを示しているため。だが高田にとっての現実はまだ。
 そして調べていくうちにデータ的にいいのがある。第一印象では見えなかったのだが、ここでは見えている。これは大きな候補となる。むしろ、これしかないというほどのデータを示している。
 では、第一印象とは何だったのか。それは高田の知る範囲でのデータだろう。情報だ。しかし知っているつもりでも、よく調べると、印象とは違いがあり、それで第一印象の良さが消え。ターゲットから外される。
 しかし、第一印象はデータだけのことだろうか。調べれば調べるほどデータは増え、候補も増える。しかし、それだけのことだろうか。データ化されていないものが当然印象としてあるし、またより高田の好みと合致しているはず。第一印象がいいのはその中身よりも相性がいいのだろう。
 印象だけでものを言う。これは勘だけで言っているようなもの。感性という柔らかいところでものを言っている。
 また論理的な詰めといっても、その論理は高田の論理で、これは癖があり、客観性が危ない。論理は組み立てなければいけない。その方法に癖や好みなどが出る。好きなパターンと嫌いなパターンがあるように、論理にも情緒的なものが入り込んでいる。なぜなら感性を使わないと論理も組み立てられないため。要するに気持ちがそこで動いている。そこがAIとの違い。人間臭いノイズ臭いものが蠢いているのだ。これは生ものの生命が高田の中にも入っているため。それがなければ、肉体がないことになり、高田も存在しないが。
 また人には運不運があり、偶然の巡り合わせとか、妙な因果、因果のない因果もある。当然流れというのもあり、その流れは経験ともなり、過去からの押し出しもある。
 あれを踏んだからこれが踏めるとか、あれを踏まなかったので、踏めないものができたりとか。
 第一印象というのはそういうものから来ているように思われる。その場の気持ちや感性だけではなく色々なものが綜合的に背景にあり、そこから押し出されのが第一印象かもしれない。
 高田は最初に思い付いたもの、最初に感じたもの、それをそのまま実行すれば間違っていたとしても問題はないように思う。思ったのだから仕方がない。論理的説明を問う必要はない。だからただの勘違いで済むので、シンプル。
 それで第一印象の勘のようなもの、雰囲気的なもので決めればよいものを、ついつい情報やデータに当たってしまう。すると、第一印象が崩れる。これは自爆のようなもので、自分で壊しているようなもの。
 印象とか、感じ。また、気持ち。そういったものは意外と奥深くて綜合的なところから来ている。
 そして高田の得た結論は第一印象に従うこと、最初の印象で決めるということだが、この決め方そのものも印象だったりする。
 
   了

 
 
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2018年11月23日

3815話 キリギリスの蟻


 蟻とキリギリスの話で、夏場遊んでいたキリギリスが困る初冬。例に従い蟻にすがる。そういう法則でもあるのだろう。
 夏場、猛暑の中でも働いていた田中の家はアパートで、しかもこの辺りでは一番安い。キリギリスの吉川は少し離れた町に住んでいるが、そちらの方が安い。だから田中よりもいいところに住んでいることになるが、それは最下位争い。低いレベルでの比較だ。
「田中君、いるかな」
「来たな吉川君。この季節になると来ると思ったよ」
「蟻様、いつものようにお願いしたいんだが」
「それがねえ」
 この蟻様、いつもと有様が違う。
「どうしたの田中君。夏場暑い中でも懸命に仕事をしていたじゃないか」
「全部無駄だった」
「どうして」
「倒産したようで、支払ってもらうのは難しそうなんだ。それで無理かもしれない」
「それは災難だったねえ」
「経費も掛かったし、その間、そればかりしていたから逆に赤字になった。大損さ」
「働いていたのにねえ」
「君の方がましだよ」
「そうかなあ」
「遊んで暮らしていたようだけど、お金、かけてないでしょ」
「まあ、そうだけど」
「それにたまに収入もあったというじゃないか」
「臨時収入だよ。ウロウロしていると、そんなこともある。でもそんなのじゃ食べていけない」
「でも君は季候の良いときは遊んでいるけど、寒くなると冬籠もりするらしいねえ」
「まあねえ」
「そのとき蓄えがないから、よくここに来た」
「そうそう」
「しかし、今年は無理だ」
「そうか」
「君は遊んでいるようでも、冬場に仕事をしているらしいねえ」
「え」
「そうじゃないと、春から秋まで遊べないでしょ」
「うん遊んでいるというより、何もしていないだけ」
「だから、お金がかからなくていいんだ」
「しかし、冬場の収入は春になってからなので、冬が越せない」
「僕は今月が越せない」
「さようなら」
「もう帰るの」
「話の流れが違うから」
「そうかい」
「いつも借りているので、恩返しがしたいんだけど」
「それが本筋」
「やはり、さようなら」
「待て待て、知ってるぞ」
「ん」
「吉川君」
「何だよ田中君」
「君は本当は金を持っている」
「それはない」
「いや、ある」
「絶対にそれはない。これだけは保証できる」
「そうだね。あるのなら、あんなところに住んでいないからねえ」
「そうだよ。黄金虫じゃなく、キリギリスだから」
「まあ、君に無心するのはお門違いだった。自分で何とかする」
「助かった」
「しかしねえ、吉川君」
「ん、何かな」
「懸命に働いたのに、無駄に終わるんだったら、君の方がましかなって思った」
「いやいや田中君、君の勤勉さはそのうち生きるさ」
「勤勉は美徳というけど、現実は違っていたりするよ」
 よく働く蟻の田中だが、今回は違っていた。その蟻の田中はキリギリスになり、大きな蟻様の家に行くことになるのだが、他のキリギリスとは一緒にしてもらいたくなかったようだ。
 
   了




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2018年11月22日

3814話 透視術


 今回の妖怪談はちょっと本物と遭遇したようなので、危険な話となる。
 妖怪博士は透視術、千里眼という非常に良い視力の少女の調査を頼まれた。少女は普通の家の子供で、親がそのことに気付いた。まだ見せていないものが見えたりする。たとえばプレゼントの箱。まだ中身を知らないのに、当ててみせた。まあ、それは絞り込めば分かるかもしれない。おそらく親が子供が喜びそうなものや、子供が欲しがっているものを知っていたため、範囲が狭い。
 しかし母親が家の何処かに仕舞い込んだ場所が分からなくなる。それを少女が言い当てた。それは隠していた財布だ。当然中身はそのまま。
 そういうことが重なるので、気味悪くなると同時に、これは誰にもできない特技を娘が持っているのではないかと多少は期待もした。しかし、その真実は分からない。そこで近所の有名な大学に通う女学生に心理学の教授を紹介してもらった。研究材料として、悪くはないと思ったのだが、専門外ということで断られたが、その方面は、この人だろうということで、そのこの人が調査に来た。それが妖怪博士。
 妖怪博士はトランプではなく、子供向けのいろはかるたを使い、透視の実験をした。まずは、ここからだろう。
 少女はトランプは持っているが、かるたは持っていない。慣れていないもので当てさす方がよかれと思ったのだろう。
 透視のいろははいろはかるたから、ということもある。ただの語呂だ。
 妖怪博士はかるたの絵が書いてある札だけを並べ、その中から少女に一枚選ばせた。それを妖怪博士が受け取る。少女は選んだだけで、絵は分からない。
「当ててごらんなさい」
「はい、先生」
「どんな絵ですかな」
「坂が見えます」
 少女は坂道を上る子供の絵を見事に当てた。坂道坂道辛いなー。さで始まる言葉だ。
 これは手強いと妖怪博士は喜んだ。妖怪博士はタネは仕掛けられるが、少女にはそれができない。
 次ぎに妖怪博士は財布を取り出し、いくら入っているかと聞いた。
 少女は二千三百二十一円と答えた。
 妖怪博士は少し恥ずかしかった。万札がない。
 しかし小銭までは覚えていない。二千円ほどはあると思っていた程度。
 これは来ていると、妖怪博士は本腰を入れた。
「物理的に、そのものが透けて見えるのですかな」
「さあ」
「じゃ、どうしてそれを言い当てられたのです」
「何となく」
 この場合、レントゲンのように透視するタイプと、誰かに教えてもらうタイプがある。大学の心理学者が嫌ったのは、このタイプではないかと見たのだろう。つまり守護霊とか背後霊とか、先祖とか、そういったものが見に行き、少女に教える。これは霊は透明人間のようなものだとすれば、勝手に覗けるが、財布の場合、開けないと中は見えないだろう。当然財布が動いた様子は全くない。
 次は実験者の心を読み読心術タイプがある。実験者が心に浮かべたものを読み取る。かるたの場合は妖怪博士は絵を確認したが、財布の場合は二千円台だろうという程度で、小銭までは心に浮かんでいない。
「もう一度聞きますが、どうして当てられたのですかな」
「何となく」
 妖怪博士は呪文が書かれた御札を封筒の中に入れ、中に何が書いてあるかを当てさせた。
「ごにょごにょ」
 少女は読めないようだが、妖怪博士もこの呪文は読めない。だから当たっている。
 そうなると、本物の千里眼ということになるが、そこまで目は良くないだろう。視力にも限度というのものがある。
 だから、誰かから教えてもらっているのだ。
「心とか頭とかに浮かぶのですかな」
「うん、何となく」
 これはイメージ化以前だろう。感じというやつだ。だから霊感と呼んでいる。
「困りましたなあ」
 つまり、こういう子は世に出してはまずいのだ。そこのところを両親に説明しないといけない。今はその力があっても一時的なことだろう。来年はそんな力など抜けているかもしれない。だから公表すべきではない。
 霊能力少女よりも両親の扱いの方が怖かったりする。
「どうでした、先生」
「サトリですなあ」
「悟り」
「はい、妖怪です」
「え」
「少女に取り憑いているようです。そのサトリは読心術や千里眼が得意で、嬢ちゃんの力ではなく、そのサトリの力なのです」
「どうすればよろしいのでしょうか」
「お子様のことなので、私がどうこう申すわけにはいきませんが、この能力を活かすか、普通の嬢ちゃんに戻すか、決めて頂けませんかな」
「でも誰にもない力なのでしょ」
「ですから、それは妖怪サトリの力でして、こいつは妖怪です。もし公表し、いろいろな場に連れ出されたとき、サトリはそういうのを嫌いますからね。抜けるでしょう。すると、読心術も千里眼も消えます。とたんにインチキだったことになり、嬢ちゃんは一生の傷を負います」
「私も気味悪いし、やりにくいと思っています」
「嬢ちゃんが悪いのではなく、サトリが悪いのです」
「分かりました。その妖怪を祓って頂けますか」
「何とかやってみましょう」
 サトリ祓いの呪文も儀式もない。そんなもの最初から存在しない。
 そのため、妖怪博士は少女に特殊な力のカラクリをコンコンと言い聞かせた。これが呪文のようなもの。
 そして下手な絵だがサトリのグロテスクな姿を書いて見せた。こんなものと縁を切るには、相手にしないこと。それでサトリは面白くないので、抜けると教えた。
 要するに自分で抜けということ、自分で追い払えということだ。
 その後、少女は、もう千里眼ができなくなったのだが、妖怪博士の説教が効いたのか、そういう時期だったのかは分からない。
 世の中には、こういう本物がいる。サトリなどではなく、その少女にその力があるのだ。しかし、それは誰も幸せにはしてくれない。
 ある日、娘がもう完全に治ったので、お礼がしたいと、少女を囲んでの食事会に誘われた。
 妖怪博士が一番気にしていた礼金がまだなのだ。
 当然、そのとき、しっかりと礼金の封筒を受け取った。
 横に座っていた少女が妖怪博士の耳元で「三万円」と小声で囁いた。
 
   了

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2018年11月21日

3813話 よく分からない本


「難しそうな本を読んでおられますが」
「ああ、この本ですか」
「ちょっとタイトルを盗み見しました」
「興味をお持ちですか」
「装丁が似ていましたので。まあそれだけでも何の本だかは分かりましたが」
「じゃ、あなたもお読みになった本」
「そうです。もう読み終えましたがね」
「難しい本ですねえ」
「はい、よく分からないという本です」
「確かによく分かりません」
「分からないということが書かれた本ですから」
「はあ」
「もの凄く時間の無駄をしました。何故分からないのかのその過程が書かれいるでしょ」
「そうですねえ。分かろうとして、いろいろと模索する姿です」
「それだけです」
「じゃ、模索書ですか」
「さあ、そんなジャンがあるのかどうかは分かりませんが、暇じゃなければ、そんな本は読みませんがね」
「そうですねえ。知らないことならネットで調べた方が早いですしね。いきなり解答や要約が書かれていますから」
「その解答を得るまでの話です。その御本は。しかし解答が出ないというのが解答のようです」
「じゃ、読む必要がないと」
「過程が興味深いですよ。あちらへ行ったり、こちらへ飛んだり。宝探しのようにね」
「本を買うのは久しぶりでして、ここ一番読み応えのある、歯応えのあるものに挑戦したわけですが、失敗でしたかねえ」
「買われたのですから、失敗とは思いたくないでしょうが、長い時間を掛けて読んだ結末が、よく分からないとなりますと、スカを引いたような気になります」
「いや、歯応えがあるだけでいいのです」
「犬が骨を囓っているようなものですかな」
「そうですねえ。何か咥えたり、口に含んだり、噛んだりなめたりねぶったり、それだけで充分ですよ」
「良い読者ですなあ」
「まさか」
「え、何か」
「あなた、この本の著者では」
「違います」
「そうですねえ。プロフィールを見ますとずっと海外で暮らしている人で、一度も日本に来たことのない日本人のようです」
「フランスでしたねえ」
「そうです」
「だから、著者は私じゃないですよ」
「そうですねえ」
「知らないことを本から得るのですが、この本を読んでも分からないままです。知ることはできないと書かれています。だから何を知るのでしょうねえ」
「私も、今読んでいる最中ですが、この本から何を得られるかどうかはその人次第ではないでしょうか」
「ほう、それは著者が喜びそうな話です」
「やはりあなた、著者じゃないのですか」
「違います」
「一度も日本に来たことがないと書かれていますが、それは以前の話でしょ」
「そうですねえ。その可能性もありますが、私じゃありませんよ。そんな偶然は有り得ません。偶然すぎてあり得ないのです。とってつけたような話じゃないですか」
「そうですねえ」
「私はこの本を読んだあと、何も得られませんでした。得ようとしても得られないということでしょう。必死で何かを得ようと努めました。これがいけないのかもしれません」
「じゃ、この本、結構いい本かもしれませんねえ」
「そうです。しかし暇じゃないと、読めませんがね」
「解説有り難うございます」
「いえいえ、読書の邪魔をしました。失礼します」
「はい」
 
   了

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2018年11月20日

3812話 我忘れ


 朝、目覚めた吉田は、今日は何をする日だったのかと先ず考えた。こういう日は何かある日で、今日しなければいけない、何かがあるとき。いつもなら単に目が覚め、何時だろうとか、もう少し寝ていたいなどが最初にくる。そのため、特に考えるようなことはしないし、考えることは起きようとすることぐらい。
 昨日の延長、昨日の続きがすぐに始まるわけではない。一度寝てしまうと、繋ぎ目なく始まるというようなことにはならない。どこからが続きなのかは、もう少し経たないと見えてこない。
 だから寝る前の事柄を朝になればバトンのように渡されるわけではない。動画を一時停止したようなわけにはいかない。一時的暗転が長い。何時間も暗転し、暗いままの幕間が長すぎる。だから寝る前の自分とは、少し変わっている。それに昨日に比べ、一日分年を取っている。
 今日は何をする日なのかと、起きたとき、すぐに思うのは、大きい目のネタがあるときだろう。それはすぐに思い出せる。昨日の続きが今日待っている。だから今日はそれをする日。
 しかし、今日は何をする日かは分かるが、今日は何がある日なのかは、実は分からない。やるべきこととは無関係なことが起こることもある。いずれも日常内の出来事なら大した変化ではないが。
 吉田が昨日は勇んでやっていた事柄だが、起きて続きをやろうと考えたとき、その気が失せ始めているのを感じた。きっとあまりいい感じで昨日は終わらないまま寝てしまったのだろう。
 一晩寝かすと正体が出る。昨日は熱中していたが、眠ることで興奮が収まり、冷静になる。すると途端に白けたものに見えてきた。
 それで今日やるべきことから外したくなる。つまり続きをやりたくなくなった。
 それはきっと本来やるべきことではなく、横道や枝道的行為のためかもしれない。しかし、その先にいいことが待っていると昨日は感じていたのだ。
 その感じ、実感は大事だが、錯覚というのもある。一晩置くことで、錯覚かもしれないと思いだした。要は続きをやるのが嫌になったのだろう。
 ではこの二三日熱中したことは、全て無駄になる。熱中なので、食べるものも適当だったし、遅くまでやっていたので、睡眠不足。そのため今朝も目は覚めたはいいが、まだ眠い。
 熱中、これが曲者ではないかと吉田は考え出した。熱中し、我を忘れる。だから我を忘れたのだろう。我とは自分だ。それを忘れたことになる。
 朝、目覚めたときはその自分が戻っていた。その自分から見ると、熱中していた我忘れの自分は自分の本来ではなかったのだろう。
 そして吉田は眠いなか朝の準備をし、一日のスタートを切ろうとした。昨夜まで熱中していたあれは辞めることにしたのだが、それがなくなると、すっきりし、憑き物が落ちたようになるのだが、それでは刺激がない。
 今日はもうわくわくするようなことが消えるわけだ。そして辞めてしまうと熱中していたものが全部無駄になる。だから辞めないで続けた方が物語としては好ましい。尻切れ蜻蛉になるよりも、もう少し続けた方がいいのではないかと考え直した。
 熱中したあとにくるクールダウン現象。ここを乗り越えるべきだろうと吉田は思い直した。
 熱中できるものがあるのも良し悪しだ。
 
   了

 
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2018年11月19日

3811話 天ヶ峰神楽


 天ヶ峰。それは何処にでもあるような山の名かもしれない。
 この地方での天ヶ峰は高天原伝説と絡んでいる。そこから神々が降臨したというものだが、これは後付けで、そういう必要があったのだろう。世の中の動きで、いかようにも変わる。
 実際にはこの辺りでは一番高い峰なので、天高きところの山という意味だろう。また里から見ると雨が分かる。霧が掛かるためだ。それで天気予測ができたりする。天ヶ峰ではなく、雨ヶ峰かもしれない。当然天ヶ峰の樹木までくっきりと見えるような日は空気が澄み、よく晴れていることになる。
 しかし、ある時代にこれを高天原と言い出した痕跡が今も残っている。天ヶ峰の取っかかりに神社があったらしい。ただ建物はなく、電柱ほどある丸太を二本立てただけ。ここが神様の通り道。ただ、もう神々が降りてこられるわけがない。もう遅い。
 しかし、戻り神、帰り神伝説があり、これも作ったものだ。下界へ降りられていた神々の帰省ポータル。
 お盆でも迎え火と送り火があるのだから、そこから来ているのだろう。
 しかし、帰られては困る。神を戻してしまうのは大問題だが、そうではなく、同じ神でも、あまりたちの良くない神々に帰ってもらうためのもの。
 そういうインチキ臭いことは、すぐに廃れるのか、また時世が変わったのか、その後は神弄りしなくなった。
 世の中が近代化し、そしてそれが行き着いた頃、何故かこういったものが逆行するように出てくる。全て割り切られた合理的な世界では息が詰まるのか、または神々というような郷愁を誘うものに向かう人もいる。
 たとえば古事記という言葉を聞いたり耳にしただけで、妙に懐かしい。
 天ヶ峰高天原伝説がまた復活し、傾いていた柱か鳥居のようなものが、また立て替えられた。これは安いものだ。その辺の木を切って、皮を剥けばいいだけ。
 それで以前あった神楽も復活させた。これは神々に喜んでもらうため、鳴り物入りで舞う。いわば送別会。
 今は里に戻った劇団員が指導している。ただ、アングラ。暗黒舞踏だ。
 自然の森の中での暗黒舞踏は逆に相性がいい。
 神戻りの舞いを振り付けたのだが、これも相性がいい。落ち武者のようなものなので、落ちていく神々を慰めるには丁度いい。実際に下へ落ちるのではなく、天に上がるのだが。
 参加者の中に女性が多いので、かぐや姫風な十二単をもっとおどろおどろしくしたもので、結構グロテスクだが、これが人気がある。
 こうなると神楽以前のもっと原始的な時代に戻っていくのだが、そこにやはり懐かしさのようなものが漂っている。
 古事記など結構グロテスクてエゲツナイ話なのだから。間違ってはいない。
 
   了


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2018年11月18日

3810話 消えたファイルの謎


 吉岡は以前書いていた文章ファイルをたまに見直し、書き加えたり、修正したりする。いずれも完成していない文章。
 暇なときに、見直すのだが、そういうファイルが三つほどある。
 その暇なときがあったので、読み込もうとファイル一覧から探すが、ない。
 三つのうち一つがない。吉岡は多くの文章を書くので、似たようなファイル名になっている場合があり、用の終わったファイルは削除しているが、その三つのファイルは未完成なので、削除するはずがない。しかし消えている。間違って削除したのだろうか。
 すぐにゴミ箱を見るが、見付からない。更新順とか、削除時間順とかで調べてもない。ゴミ箱は一年ほど整理していない。ここになければお手上げだ。
 似通ったファイル名もあるのだが、ファイル一覧では更新順に並べているので、いつも同じ位置にその三つのファイルはあるはず。
 考えられるとすれば、新規ファイルを同じファイル名で保存した場合だ。そのとき、同名ファイルがあるといってくるのだが、確認しないで上書きしてしまったのかもしれない。
 残った二つのファイルは、ファイル名でも分かるし、開けば内容は分かるのだが、消えたファイルのファイル名や中身がどうしても思い出せない。
 三つのファイルとも、それほど長文ではない。消えたファイルも中身を覚えておれば、書き直すことができるが、手掛かりが何もない。頭の中の記憶からサルベージしないと出てこない。
 書きかけの三つの文章は、それほど大した内容ではない。消えても惜しくはないが、何を書こうとしていたのか程度は思い出したい。
 もしかして、パソコンの中に誰かが侵入したのだろうか。そのパソコンは古いので、テキスト打ち専用に使っていたノートだ。ネットに繋ぐようなことは先ずない。ファイルはカード経由でメインパソコンに送っている。
 だからネット経由で何かが入り込み、そのファイルを消した可能性はないし、そんな暇なことなど誰もしないだろう。
 もしそうだとしても削除された理由が分からない。きっと何者かにとって、その内容がいけなかったのだろうか。ネットからではなく、ウィルスでもなく、リアル人間がモロに消した可能性もある。そちらの方が怖い。
 読む人にとっては絶対に殺さなければならない事柄だったかもしれない。
 その何者かとは、何処にでも侵入できる魔物ようなものか。
 おかしいのは吉岡の記憶からも消えていること。だから機械の中のファイルだけではなく、頭の中の記憶箇所まで消し去ったのだ。
 そんなことがあってからしばらくして、写真を写したSDカードをパソコンで開いた。そこに文章ファイルが入っていた。写真ばかり見ていて、SDカード内にあるテキストファイルなど、最初から見ていなかったのだ。
 ファイル名は、書きかけのフィルだった。しかし、三つない。二つだ。あのファイルがやはりここにもない。そして更新日を見ると、二つともかなり古い。いつものSDカードが何処かへいったとき、カメラからSDカードを抜き出して、一時的に使ったのだろう。
 さらにしばらくしてから、ようやく合点がいく答えを見出した。
 書きかけのフィルは最初から二つだけだったことを。そして三つ目はなかったことを。
 だが、実は三つ目はあったのだ。しかしちょっと書いて、これは書けないと思い、保存もせずに閉じたのだ。
 三つあると思い込んでいたのはそのためだった。
 
   了


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2018年11月17日

3809話 昼寝


「最近忙しくてねえ」
「忙しいのに、よく遊びに来たねえ」
「忙しついでだ」
「でも忙しくていいじゃないか」
「忙しいだけで儲かっていない」
「商売をやってるわけじゃないだろ」
「いろいろと先のことを考えて、動いている。下準備のようなもの。いずれも有為なこと」
「いい調子じゃないか」
「それで、昼寝ができなくなった」
「昼寝なんてしてるの」
「ああ、体調を崩したとき、よく昼寝をした。その癖が残っていて」
「忙しすぎて体調を崩したんだろ」
「まあ、そうだけど」
「また体調崩すよ」
「それがある。元も子もなくなる」
「しかし積極的に打って出るだけでも羨ましいよ。僕なんて、何もしていない」
「それは似たようなもの。君を見ていて思い付いたんだ。やはりやらないといけないと。動かないとね。でも昼寝ができないほど忙しいというのはやばいねえ。仕事が上手く行くより、昼寝できる身分の方がいい」
「じゃ、どっちを選ぶ」
「うーん。昼寝は捨てがたい。暇で暇で仕方がないときの気分ね。これは立ち位置が悪いし、将来に対する不安が出てくる。しかし、だらだらした暮らしは楽でいい」
「じゃ、もう忙しく過ごす必要はないでしょ。どうせやったって成果なんて出ないわけだし」
「決めつけるな」
「いつもそうじゃないか」
「今回は手を変え品を変えてのアタックなんだ」
「それは前にも聞いたよ」
「それは手も品も悪かったんだ」
「手品だね」
「そういう話じゃない。魔法じゃ解決しない」
「山田を知ってるだろ」
「ああ、天才だ。うんと若い頃に世に出た」
「今は」
「そうだな。凡人になったなあ」
「そうだろ、以前会ったときは態度がでかかったが、今は柔らかい。腰も低くなってる」
「高転びしたんだよね」
「そうそう。今じゃ、僕らよりも下だろ」
「そういうことがあるから、気をつけないと」
「心配することはないさ。そんな才能はないから」
「しかし、世に大きくて出て大活躍しても、大したことじゃないよ」
「やめろよ。そんな若年寄のような言い方」
「じゃ、昼寝はどうする。取る。取らない」
「うーん」
「昼寝を取りたいだろ」
「かなりね」
「そういう根性だからいけないんだ」
「やはりなあ」
「本当は止めて欲しくて、ここに来たんだろ」
「その面もある」
「じゃ、もう決まってるじゃないか。昼寝を取ると」
「そうだな」
 
   了



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2018年11月16日

3808話 閉じられた井戸


「寒くなってきましたねえ」
「もう冬ですよ」
「秋から冬は釣瓶落とし」
「最近釣瓶なんて使いませんし、井戸もないですがね」
「あるんです」
「使っていますか」
「使っていません」
「どんな井戸ですか」
「水道がまだ来ていなかった時代の井戸ですよ」
「古井戸じゃなく」
「共同井戸ですがね。四軒か五軒の」
「長屋のような」
「普通の家にも井戸があった時代です。水道時代手前の最後の井戸です」
「その井戸がまだ残っているのですか」
「そうです。かなり数はありますよ。四五軒で共同で使っていたのですがね。そういう井戸が町内にかなりありました。私なんて子供の頃は、水を汲みに行きましたから、釣瓶なんて毎日使ってましたよ。それをバケツに入れ、家の土間にある水桶に入れる。これはもっと昔は土瓶。重くて動かせないほど」
「流石に僕は水道時代ですから。記憶にありません」
「そういう井戸が、うちの町内にはかなりあるんです」
「もう使っていないでしょ」
「しかし、中に水は来てますよ。でも水替えしないと飲めない思いますがね」
「使わないまま放置しているわけですね」
「家を建て替えたり、塀を拵えて仕切ると、もう共同では使えません。よその家へ行けなくなりますからね。誰かの土地にあったのでしょ。だからその人の家の所有になります。四軒で使っていたのなら、その中の一軒のもの」
「家を建て直したりしたとき潰せばいいのに」
「それはお金が掛かりますからね。埋めないといけない。埋めた家もありますがね。家の建て方にもよります。まあ、端の方だとそのままの家が多いです。端のギリギリまで家を建てるとなると、埋めるでしょうが」
「いくつぐらい残ってます」
「さあ十軒か二十軒か数えたことはありませんが」
「かなり多いですねえ」
「使わないから蓋をしてますよ。地面から飛び出していますが、まあ、庭の端にあるので、邪魔にならないのでしょう」
「そんな穴が方々に」
「そうです。残っています」
「井戸といえば貞子でしょ」
「そうですねえ。隠せます」
「しかし、表からでは見えませんが、そんな空間が地下にあるのですね」
「近所のそのタイプの蓋をした井戸ですが、開けているのを見たことがあります」
「使っているのですか」
「だから、飲料水としては使っていませんが、西瓜を冷やしていたようです。まあ、魚を飼うのは無理ですが、生け簀にはなります」
「夏のことですね」
「ついこないだ、それを見たのですが、いつの間にかもう西瓜なんて食べる気がしないほど寒くなりましたよ」
「そうですねえ」
 
   了


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2018年11月15日

3807話 居場所


 金沢は長い下積み時代を経て、最後は地方の支店長になり、そして定年直前に本社で部長となった。この温情に感謝したがもう遅すぎた。しかし多くの部下から迎えられたとき、流石に感動した。
 退職後、もう何もすることはなくなったのだが、部長の退職金としてはかなり低かった。まあ、部長にまでなったのだから、それが退職金のようなもの。同僚のほとんどはやめている。
 それに比べると、金沢は可能な限りの出世をしたことになる。流石にそれ以上の出世は身の丈に合わないのか、思いもしなかったが。
 金沢の日常は図書館か喫茶店へ行く程度。図書館ではロビーが居心地が良い。ソファーもあり、そこで新聞や雑誌を読む。しかし図書館ロビーのヌシがおり、それと折り合いが悪くなり、遠くて小さいが、別の施設の図書コーナーに通っている。
 そして喫茶店。
 だが安っぽいファスト系。そこでヌシのように毎日通っているのだが、やはり、そこにも常連のヌシがいる。
 客が誰もいないとき、そのヌシから話しかけられたことがある。意外と問題のない人で、すぐ近くに住む隠居さんだろう。
 その日も客がいなかったので、金沢は四人掛けのテーブルと二人掛けのテーブルの間に座った。端まであるソファーにテーブルがいくつも並んでいる。他の席は安っぽい椅子で、背もたれが板で痛い。
 何故中間に座ったのか、それは横への移動が大層なため。テーブルとソファーとの間隔が狭いので、二人掛けと四人掛けの間からソファーへ行き、そのまま横移動しないで座ってしまうため。だから四人掛けと二人掛けの都合六席を占領しているようなもの。
 そこで新聞を広げたり、グラビア雑誌を見ている。しかし、何もしないで、じっと正面を見ていることが多い。その正面にヌシの老人が来て座った。
 この老人は近所の百姓家の隠居さん。
 ヌシは態度の大きな新入りが気になるが、注意するようなことはない。だが、今言おうか今言おうかとタイミングを窺っていたようだ。
 金沢は部下に囲まれた部長時代の余韻を引きずっているのか、態度が大きい。しかし、今では身を置く場所が安定しない。ただの年寄りなのだ。
 ヌシの隠居さんは二人掛けのテーブルで小さく座っており、バイトや店長と話すのを目的としている。特に女子高生バイト相手のときは楽しげだ。
 金沢は部長時代の威厳をまだ見せようとしているのが、見せる場がない。多くの部下がいたのだという誇りがあったが、今はただのホコリ。
 ヌシは金沢と一度だけ話したことがある。金沢はここぞとばかり、支店長時代、ウィルスに感染したパソコンの修復を三日でやった話を始めた。これは十八番だ。所謂オハコ。そして本社で部長となったことを少しだけちらつかせる。
 ヌシは自営業のようなもので、今でも庭の畑で適当なものを栽培している。いわば現役だ。
 金沢の趣味は読書で、図書館通いをしており、活字の虫、活字中毒になっているとか。しかし喫茶店で本を読んでいるところは見たことがない。そう突っ込まれそうなので、家でずっと読んでいるので、ここではその休憩で来ているだけ。そして今、自伝のようなものを書いて本を出すため、資料を集めるのが大変とか。これもオハコの持ちネタ。
 ヌシは黙って聞いていた。
 しかし、その後、ヌシは二度と金沢には話しかけていない。
 そしてその日が来た。
 金沢が四人掛けと二人掛けの間に座って部長ズラをしているとき。
 惨劇は一瞬で終わった。
 その後、金沢は二度とその喫茶店に来ることはない。
 
   了



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2018年11月14日

3806話 橋を渡る


「次は何処へ行きますか」
「見るものがないねえ」
 山が深い。高い山ではないのだが、街から離れているため、深く見えるのだろう。
 夕食も終わり、浴衣に褞袍を羽織り、下駄を履いた宿泊客がそぞろ歩きを楽しんでいるのだが、見るべきものがない。川沿いのちょっとした膨らみ程度の場所。温泉として古くからあるが修験者の宿として使われていた。だから里の人間がわざわざここまで湯に浸かるに来ることは希。
 しかし、今は観光地化され、修験者が泊まったであろう宿坊のようなものがそのまま旅館や民宿となっている。部屋も当時のままなので、大部屋が多い。
 そこに団体客が宴会を開いているのだが、それも終わりがけ。もうお開きになり、寝るころだが、外に出ている人が結構いる。喫茶店やカラオケスナックなどは満席。
「あれは何でしょう」
「鶏小屋だろ」
「地鶏ですね」
 しかし、もう夜なので、中に入って見学はできない。
「何もないようなので、私は戻って缶ビールとチーズでも売店で買って、それから寝ます」
 連れの男は同じ宿の人で、初対面。しかし何か空気が似ているので、すぐに意気投合し、先ほどまでスナックで飲んでいたのだが、客が並んでいるので、ゆっくりできないので、早い目に通りに出た。
 大黒はもう少し夜風に当たりたかったので、一緒に帰らなかった。
「そうそう大黒さん、この先の上流に橋がありましてね。壊れかけています。そこは渡らない方がいいですよ。危ないからじゃなく、ややこしいものがあるらしいので。さっき誰かが言ってるのを聞きましたから」
 これは行けと言っているようなもの。餅つき用の臼に偶然溜まった水の中に浮き草が浮いていたので金魚でもいるのかと、外灯だけの暗がりで探した。そんなものしか見るものがない。
 大黒は当然、見に行った。橋らしきものはすぐに見えてきた。そこにも外灯が付いており、温泉場なので、明るくしているのだろう。夜も更けているので、遠くまでは行けないが、その距離なら行ける。
 大黒は橋の袂まで来た。むき出しの鉄橋で、錆び付いている。これはガシャンと行きそうな雰囲気だ。さらに上流を見ると、もう山の中。
 しかし端の向こう側には明かりがある。
 橋を渡ると階段がすぐにある。この岸はほとんど崖で、川岸というのがない。だから上へ行くしかない。
 階段の下と上に灯りがある。小さな蛍光灯だ。
 階段を上りきると、建物があるが、壊れている。
 神社でもないし、寺でもない。修験場時代の建物かもしれないが、そんなに古くはない。建物の形から道場のように見える。またはお籠もり堂だろうか。修験に関係しているのだろう。
 中は流石に暗いし、ロープも張ってあるので、それを見ただけで大黒は引き返すことにした。時間的にもそんなものだろう。
 階段を降り、橋を渡ろうとしたのだが、ない。
 違う階段を降りたのかと思い、もう一度上がると、今度は建物がない。別の場所に出たのだろうか。
 大黒は流石にまずいと思い、大声で助けを求めた。距離的には旅館街と近いし、まだ外に出ている人がいるはず。
 救援を待つため、橋のあった岸辺に戻る。
 しばらくすると、下流から懐中電灯の光が見える。
 旅館や民宿の人が助けに来てくれた。長い板を何枚か岩と岩の間に渡している。
 渡ろうとしたとき、大黒は気付いた。
 いつからかは分からないが腰から下がびっしょりと濡れていることを。
 橋など最初からなかったのだ。
 
   了




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2018年11月13日

3805話 自身を欺す


「もっと自分を欺して生きなされ」
「え、それは」
「それは……と思うのは真正面を見ているため」
「始まりましたね」
「何がかね」
「いつも説教が」
「説教ではなく説法じゃ」
「お寺の前に貼ってある教訓のようなものですか。教会にもありますねえ。ああいうのを読むと良いことが書いてありますが、なかなかその通りにはいきません。だから読まないことにしています」
「今日のわしの説法はちと違う」
「まあ、言うだけは誰でもできますし、それにコピーでしょ」
「何というひねくれた。まあ、よろしい。続けます」
「はいどうぞ」
「自分に不正直に生きなさい」
「それ、お寺に貼れませんねえ」
「だから、ちと違う」
「はい、続けて下さい」
「自分を欺すことです」
「詐欺師でも自分は欺せないでしょ。敏感ですから」
「そういう話じゃない」
「はい」
「それといちいち突っ込むでない」
「はい」
「自分を欺く、これじゃな」
「はあ」
「方針がある」
「はい、ありますねえ、特にメインの方針は大事です」
「しかし、方針通り行くかね」
「難しいですし、苦しいです。キツイ坂道を毎日上っているようで。いいときもありますが、プレッシャーを感じます」
「メインがありサブがある」
「はい、ありますねえ」
「メインを偽りサブをやる」
「あ、分かってきました」
「敏感じゃのう」
「言わんとすることが見えました」
「優秀じゃ」
「つまり陽動作戦でしょ」
「御名答」
「メインを偽るわけですね」
「メインはキツイがサブとしてならできる」
「本職よりも副業の方が気楽ですからね」
「メインは看板。見せかけじゃ。人にも見せかけ、自分にも見せかける。できるかな」
「そういえば師匠」
「何じゃ」
「師匠は見せかけでしたか」
「ん」
「師匠の本職は師匠じゃないのでは」
「いや、これが本職じゃ」
「それは陽動作戦で、裏でやっているのが本職では」
「そんなことはない」
「じゃ、上手く自分を欺せているわけですね」
「これは説法で、実際のことを話しているわけではない」
「はあ」
「説法をする者、そして聞く者。それぞれが本気で言い、本気で聞いていなかったりするもの」
「はい」
「実際にはその逆のことが興味深かったりする」
「はい」
「説法でも説話でも法話でも何でもよろしい。人の前で良い話をする。堅い話では聞かぬので、話を噛み砕いたり、柔らかくしたり、面白おかしく話すようになる。涙ものにしてもいいぞ」
「分かりました。落語の始まりでしょ」
「早いのう、先に言うでない」
「これで、今日の説教は終わりですか」
「そうじゃ」
「今まで非常に沢山の話を聞きました」
「持ちネタとして使うがいい」
「はい」
 
   了



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2018年11月12日

3804話 イモ因果


 風が吹けば桶屋が儲かるというが、これは因果関係がある。しかし因果の繋がりが長すぎて、途中のことなど覚えていない。何かが起これば何かが起こり、その起こったことで、次の何かが起こり、さらにそれに影響を受け、違うものがまた動く。
 吉田はそんな遠い因果関係ではなく、まったく因果の糸が見えない事柄がある。それは普段は気付かない。しかし、思い出そうとすれば思い出せる。
 それはサツマイモ。これを買うと、何かが起こる。変化の前にサツマイモを買っていることになる。しかし、サツマイモを買うタイミングはそれほどない。今日はサツマイモを買おうと思う日もない。
 その日、平凡な日常を過ごしていた吉田は、平凡な散歩の戻り道、信号待ちをしていた。そのすぐ横に煙草屋があり、まだ現役で閉めていない。ただ店内らしきものがあり、土間がある。ここに店があったように吉田は記憶しているが、特に興味深い店ではなかったので、忘れたのだろう。しかし商品を並べて売るだけのスペースはある。普通の民家なので、一部屋潰して店としたのだろう。それは消えているが煙草だけは売っている。
 それを吉田はぼんやりと見ていたのだが、煙草屋の窓口のところに台を出し、そこに野菜を並べている。直販所だろうが、頼まれたのか、知り合いか、または自家栽培でもしているのか、数は少ないが細い目の大根とサツマイモが並んでいる。
 ここで吉田は目をなくした。サツマイモに目がないため。サツマイモそのものに芽はあるが目玉はないので、サツマイモが好物だということ。しかし好物は残しておいた方がいい。だから滅多に買わない。しかし、見てしまうと欲しくなる。分別がなくなるもの。ものを見る目がもうないようなもの。反射神経的に自転車を降り、三つほど盛った汚いサツマイモのザル盛りを窓口にあるカウンターに乗せた。これは煙草屋のカウンターだろう。
 しかし、中に人はいない。
 窓口の少し横にドアがあり、これは店舗時代の出入り口だろう。そこに書きものがあり、御用のときは押して下さいとある。そのベルのようなボタンを押すが何も聞こえない。手応えがない。故障しているようなので、もう一度押す。それでも音はしない。だが、すぐに老婆が店舗跡に姿を現し、ドアまで走り、ロックを外し、開けた。かなり奥まったところで鳴っていたのだろう。
 老婆は薄いビニール袋に笊盛りのサツマイモ三つを詰め込み、悪いところは削って食べて下さいと説明した。スーパーでは売れないような形や色。
 吉田は自転車籠にそれを入れ、ちょうど信号が青になったので、そのまま走る。
 そこで思い出した。
 サツマイモを食べると異変が起こる。
 これは吉田の中ではただのジンクス。本当は信じていないが、全くの嘘ではない。思い当たることが何度もあるが、大した変化や異変ではない。それにちょうどその時期に起こるようなことで、サツマイモとの因果関係は当然ながら説明できない。しかし印象として何処かにそれが残っており、何となく結びつけたりする。
 何処かの島の猿が海水でイモを洗うと、海を越えた場所に住む猿も同じことをやり出すらしい。
 吉田は家に戻ってからおやつに食べるため、蒸かし芋にした。焼き芋よりも簡単だし、煮るとご飯のおかずになるが、カボチャと同じで、量が多いとご飯が進まない。芋で腹が大きくなる。
 蒸したサツマイモは結構硬い。悪いところやへたを切るとき、包丁を入れたが思ったより柔らかくコスンと切れた。だから柔らかいものだと思っていたのだが、蒸かしているとき、たまに竹串を入れるが硬い。蒸かし時間的にはスーと入るはずなのだが。
 それでいつもよりも時間を掛けて蒸かした。流石に湯もなくなるので、適当なところでもう一度竹串を刺すと、今度は貫通した。
 食べると、ポテポテのサツマイモ。特上だ。ただ蒸し時間が長くかかるのが難だが。
 さて、サツマイモを食べたぞ。さあ、変化、異変。と、それを待つ番。
 しかしそれから一週間ほど経つが、異変は起こらない。以前は二日以内に変わったことが日常で起こった。長くて一週間以内。それを過ぎたのだから、今回はなかったのだろう。
 だが、よく考えると、サツマイモを食べると異変が起こるのは、起こるであろうと思っていないとき。ただ単にサツマイモを食べたときだ。
 今回は異変が起こるかもしれないと思いながら食べた。ここが違う。
 ということはサツマイモでの異変を避けるためには、食べる前に異変が起こるぞと思いながら食べれば異変は起こらないことになる。
 しかし、サツマイモの難は、それで避けれても、異変の原因になるのはサツマイモだけとは限らない。
 
   了
 
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2018年11月11日

3803話 過去への上り階段

過去への上り階段
 岩田は久しぶりに都会へ出てきた。最近は郊外でも都会と同じものがある。そのため大都会へ出る必要はない。
 岩田の住んでいるマンションからも都会は見える。ビルが彼方に見えている。電車に乗れば一時間以内で行けるだろう。昔はそこが仕事場で、そして遊び場でもあり、青春時代の多くの思い出も詰まっている。
 しかしもう青春をやるわけでもなく、仕事をやるわけでもないので、行く用事がない。
 だが近場の郊外に飽きたとき、密度の濃い都会へ出たくなる。これは近くを走っている電車を見る度に、そう思うが、なかなか行かないのは、行かなくてもいいことのため。
 その日はどういった風の吹き回しか、どんな風に押されたのか、凪がされるように駅へ向かい、ホームに立ち、電車に乗り、そして都会のターミナル駅に降り立った。そこはもう駅というものではなく、全体が巨大なショッピングモールのようなもの。
 都会に出たときのネタは懐かしのシリーズ。昔よく行った場所を巡回する。記憶の巡礼。岩田にしか分からない娯楽だろうか。しかし、何らかのイベントが起こるわけではない。ただただ思いに耽りながら歩いているだけ。
 様変わりしたものも多いが、昔からのものもまだ残っている。人が大勢流れている通りは地下鉄や私鉄へと繋がっており、岩田もその流れに以前は乗っていた。だから目を瞑っても歩けるほど。
 そのメイン通りの脇道があり、その奥にトイレがある。そこで行き止まりではなく、さらに続いている。これは間道、近道なのだ。しばらく行くと大きなホテルの裏側に出る。その地下に潜り込めば、あっという間に向こうにある大きな筋に出られる。人が少ないので歩きやすく、急いでいるときは走れる。
 その途中に喫茶店がある。上は巨大な駅のガード下になるのだが、建物は二階建て。だらか非常に高い高架下だ。
 間口は狭いが、ここは昔からある喫茶店で、岩田の作戦参謀本部。ここで人を呼び出したり、またここで一人で作戦を練ったりした。まだ携帯もスマホもノートパソコンもなかった時代。
 紙のノートに何かを書きながら過ごしたものだ。そのノートは何冊も溜まり、今も岩田の部屋にある。読み返すことはないが、捨てられない。誰かに読まれてはまずいわけではないが、頭の中のことを書き出していたので、いわば超プライベートな情報だろう。だから、用はなくなったが、捨てられない。
 その喫茶店に久しぶりに入る。
 客はまばらなのは場所が奥まっているためと、表からは中が見えないので、入りにくいのだろう。昔から来ているが常連さんなどはいない。どの程度からが常連かどうかは分からないが。
 そしてよく見ると岩田と同世代が多い。ある年になると、下なのか上なのかが分かりにくくなるが、どれも一人客。岩田と同じ思いで来ているのだろうか。
 岩田は小さな鞄から文庫本を取り出し、読み始めた。もう作戦会議をする必要がないので、間を持たせるため活字を追う。モダンの次にくるもの。近代の次にくるもの。そのポストモダンは何処へ行ったのかを描いた悲痛な文章。その中身は思想家達のバトルロイヤル。プロレスのようなものだ。誰が最後に勝ち残るのかを判定する人さえいなくなる話。
 ポストといえば穴を思い出す。長細い穴。郵便ポストの穴。
 うーむと、目を活字から離す。一気に読むと、次に読む本がないので、読書はそのへんにして、店内を見る。こういうときは動いているものに目がいく。
 老人が奥へ向かっている。トイレだろう。出るのなら岩田の前を通りレジへ向かうはず。
 しかし、薄暗い奥を見ると、階段がある。トイレは壁の横にあり、ドアは岩田からは見えない。老人はトイレのドアを開けたのか、音がしたような気がした。それよりも、階段が気になった。改築でもしたのだろう。
 高架下の一階部に喫茶店がある。この喫茶店には二階はない。若い頃から来ていたので、それははっきりしている。
 二階は物置か何かがあるのだろうか。しかし、二階へと続く階段など見たことがない。
 岩田は気になり、その階段へ近付き、当然上った。
そして出たフロアはただの踊り場。やはり二階はなかったのだが、岩田は踊るように回り込み、さらに上へと続く階段を上った。これは不可能なはず。なぜなら高架下のため、二階が限界。上は電車が走っている。
 三階も踊り場だが、回り込んでも上の階段はないが、横への通路がポカリと開いている。行くしかない。
 しばらくはコンクリートの壁に囲まれた四角いトンネルで暗いのだが、その先から光が来ているので、暗闇ではない。
 光が来ているところ、それは出口だろう。
 人が大勢横切っている。
 岩田の頭の中の地図ではここは三階箇所。何処かのビルの横腹を突いたのかもしれない。
 そこに出たとき、もの凄く懐かしいものがまず鼻からきた。匂いだ。下を見ると煙草の吸い殻、痰壺。通路の隅は赤さび、濡れている。
 そこが何処なのか、すぐに分かった。若い頃からよく通った地下鉄と私鉄を結ぶ地下通路なのだ。
 これはえらいことになったと思うと同時に、あの頃へ戻れたことで、意外と落ち着いた気持ちになれた。しかし事態を重く受け止めなければならない。これは現実とは違うことを。
 といった妄想をしながら、喫茶店で過ごしていたのだが、それぐらいにして、伝票を掴み、岩田はレジへと向かった。
 そんな階段などあろうはずがない。
 
   了
 
posted by 川崎ゆきお at 11:17| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする