2019年01月20日

3873話 天然主義文学


 角を回ると吉田の家が見える。電柱が邪魔をし、最初は見えないが、そこには古びた質屋の広告。その質屋も古び、今は営業していない。看板も錆びてしまい、質の文字に切れがない。質を丸で囲んでいたのだが、それも今では途切れている。
 吉田の家は見えているのだが、まだ門だけ。その手前に数軒の家がある。その左側は公園の植え込み。密度の濃い葉のためか、公園内はよく見えない。しかし一本だけ違うものが植えられており、それが椿。この時期、ここが赤くなる。何故一本だけ種類の違うものが植えられているのかは察しが付く。右側の家の主が植えたのだ。
 公園の生け垣だが、その手前の余地、これは道路上ではなく、少しだけスペースがあり、花壇になっている。公園の花壇ではなく、前の家が勝手に庭のように使っているのだ。
 そこを通過すると、もう一軒家があり、煉瓦塀で煉瓦の門。近所付き合いが全くない老夫婦が住んでいる。その隣が吉田の家だが、まずは門。これはお隣に合わそうとして煉瓦風だが、実際にはブロック塀と変わらない。質感だけを模している。それがみっともないと思ったのか、隠すように吉田は蔦を這わせている。偽の煉瓦よりも、この蔦を見てもらおうとするかのように。
 蔦は門を越え、回り込んでいる。吉田が植えたので、蔦がいくら枝分かれしても、根元は分かっている。そこを切れば、始末できる。
 門はあるが門戸はない。あると開け閉めが面倒だし、カギもいる。それを持ち歩くのが面倒。また落とすかもしれない。だからスペアキーも用意する必要がある。キーは玄関だけでいい。これなら持ち出すのは一つで済む。
 門から玄関口までは通路だけ。左右は他人の敷地。つまり吉田の家が奥まったところにあるので、門から入っても庭には出られない。玄関のドアを開けない限り、敷地内には入れない。だから門は開けたままにしている。
 その日、いつものようにそこを通り、玄関に辿り着く。
「これ、全部いらないですよ。一行でいいです」
「はあ」
「角を回ってから玄関まで行く描写ですが、必要ですか」
「はい、写実派なので」
「そんなに見事な描写じゃないでしょ」
「軽くスケッチ風に」
「質屋の看板、公園前の植え込みに混ざった椿。煉瓦門。蔦の絡まった吉田の家の門。何に絡んでいるのですか」
「偽煉瓦の門に」
「そうじゃなく、ストリー上での絡みですよ」
「別にありません」
「門から玄関までの通路。確かにそういう家、ありますねえ。奥まっていて。これが何かに絡んできますか。または心理の変化などを表すときの記号になってますか」
「なってません」
「だから家に戻っただけでしょ。言いたいことは」
「はい」
「だからこのあたりの描写、全部無駄ですから、削除です」
「ここを書いているとき、一番楽しかったのですが」
「これじゃ退屈で読んでられない」
「はい」
「さっさとメインの筋を展開させないと」
「な、なかったりして」
 
   了


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2019年01月19日

3872話 焚き火


「寒いと何もできませんねえ」
「寒くなくても、何もしていないのでは」
「ああそうでした。しかし寒いときは動きたくない」
「暑いおりもそんなこといってましたよ」
「暑くていけませんから。しかし夏籠もりはないでしょ。冬籠もりはある。この違いですねえ。夏は暑くて何もする気にはなれませんが開放的です。明るいし、また日も長い」
「でも冬の方が部屋を暖かくしておけば夏よりも過ごしやすいでしょ」
「それは言えてますが、気分が違います」
「しかし、冬籠もりは冬眠じゃない。ずっと寝ているわけじゃないでしょ。何かやっているはず」
「一年中通してやっていることはありますよ。これは日課ですからね。しかしそれプラスが問題なのです」
「日課以外の用事とかですね」
「そうです」
「私は日課も減ってきましたよ」
「ほう」
「もうやっても必要のないことがありますからね。だから日課が減った。それでますます暇になりました」
「じゃ別の日課を増やせるじゃありませんか」
「それを考えているところです」
「僕もそうなんですが、増やす気になかなかなれない。何もしたくないというのが本音です。だから寒いときは冬籠もり。しかし、籠もって何をするのかとなると、それがない」
「要するに二人とも暇ということですね」
「いや、日課で結構忙しいのです。あなたのように日課を減らせればいいのですが、そうすると、私が私でなくなるようなことになります。それじゃますますやる気がなくなる」
「別にしなくてもいいことでしょ」
「そうですねえ、しかし、それを続けているから私が私でいられるのです」
「ほう、難しいことを言い出しましたねえ」
「生き方に関わります」
「それは大事だ」
「ただの自己満足でしょうねえ。小さな満足を日々得られるだけですが、これが糧になります。エネルギーを燃やすと、またエネルギーになり、それを燃やすと、またエネルギーになる」
「どういうエントロピーでしょうねえ」
「これはおそらく分裂するからでしょうねえ。そのとき出るエネルギーです」
「では日々凄いことをやっているじゃありませんか」
「日課ですからね。これは腹が減ればご飯を食べる程度の日課です。やっている本人は普通のことです」
「それで日課は増えるのですか」
「一つ増えると、一つ減ります」
「僕は減りっぱなしだ」
「日課は詰まらんものです。日々の生活のようなものでしょ。やっている中身よりも、他のことを考えながら過ごしていますよ」
「僕は日課を減らしたので、楽にはなりましたが、暇で暇で仕方ありません」
「そうでしょ。結局は暇潰しです。暇が潰れるようなものなら何でもいいのです。適当にエネルギーを燃やせるものならね」
「いい日課を一つ増やしたいところです」
「私もそうです。しかし冬場はいけませんねえ。前に出る気がしなくなります」
「そうですねえ。暖かい場所で、寛ぎたいですよ。しかし、寛ぐネタがない」
「そうなんです。だから何かをしないと寛げないわけです。ずっと寛いでいるのなら、あとはもう昼寝ぐらいしか残っていませんからね」
「いやあ、参考になりました」
「ここに大きな秘密があるような気がします」
「ほう、どんな」
「何かを燃やすことが大事かと」
「じゃ、焚き火でもやりますか」
「そうですな」
 
   了




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2019年01月18日

3871話 詰める


「何を考えておられるのです」
「ああ」
「おっしゃっていただければ、そのように致します」
「いや、大したことじゃない」
「やはりそうでしたか」
「気にするようなことではない」
「しかし」
「言っても詮無いこと」
「ご命令を」
「命じる必要はない」
「では、お一人で」
「うむ」
「しかし、お聞かせください」
「そうか」
「やっとその気になられましたか」
「ずっと気にはしている」
「で、どのような」
「些細なことじゃ」
「はい」
「詰められん」
「はあ」
「将棋じゃ」
「それなら、我々が何とか致しましょう」
「詰めるのは難しい」
「我らにお任せを、そんなことをお一人ではできぬこと」
「これは一人でやるもの」
「我らも被りましょう。できれば、我らだけでやらせてください」
「それはできぬ。一人でやるもの」
「このところずっと思案されております。心配でなりません」
「もういい」
「あのことでしょ」
「詰めが甘い」
「身動きできぬように我らが計りましょう」
「いや、これは一人でやる将棋」
「それはいけません」
「助けは無用」
「はあ」
「分かっておるのか」
「島崎様のことでしょ」
「違う。詰め将棋で詰め寄るどころか、わしが詰まってしもうてな、何ともならん。一からやり直すにしても、ここまで詰めたのは初めて、二度と同じことができんかもしれん。あと一歩。あと一歩」
「詰め将棋」
「歩じゃ。歩を甘う見ておった。あの歩が邪魔で何ともならのじゃ」
「島崎様の歩と言えば使い走りの立花。分かります」
「そういう話ではない。島崎も立花も出て来ん。詰め将棋の続きを毎日やっておるといっておるじゃろ」
「分かりました。島崎様の前に、立花を始末しましょう」
「違うと申しておるに」
 
   了




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2019年01月17日

3870話 夢の残党


「あの頃ねえ」
「そうです。あの頃のようにはいきませんか」
「あの頃は遠い夢を見ていた」
「それは可能な夢でしょ」
「しかし、力不足で、遠くまでは行けなかった。一寸町内を出たところで、終わっていた」
「いえ、もう少し遠くまで行ってましたよ」
「夢があったからねえ」
「今はないと」
「距離が短くなっただけだが、それもどんどん狭くなった」
「もう一度野望を抱かれては如何です」
「それは如何なものか」
「あの頃の仲間はほとんどいません。減りました。残っているのは私とあなたぐらい。無人の荒野を行くようなものですよ。遮るものがない」
「もう誰も見向きもしなくなったためでしょ」
「すいてます」
「行列ができない店へ行くようなもの。あれは行列ができておるから入りたがる。しかし、それだけのものがあるから並ぶんだろうねえ」
「今ならあの頃の夢を掴み取れますよ」
「君と二人しかいない。掴めて当然だ。そんなに掴みたいのなら、君が独り占めすればいい。何故そうしない」
「一人では心許ないので。それにあなたはリーダーだった」
「私が放棄すれば、君は行くかね」
「さあ」
「頼りないねえ。欲しくはないのかい」
「少しだけ」
「もう本気で欲しがるようなものじゃなくなっている。得たとしても大したことはない。しかし夢もカスを掴める」
「はい」
「しかし、まだそんな情熱が残っているのだから、大したものだよ」
「いえいえ、簡単に手に入るのですから、情熱も必要じゃありません」
「しかし、若い頃果たせなかった夢が果たせる」
「そうなんです。それが大事かと」
「うーむ」
「今頃手に入れてももう遅いということでしょ」
「そういうことだ」
「じゃ、私が一人でやります」
「そんなことはいちいち断らなくてもいい」
「もしもですよ」
「何かね」
「まだ役に立つ可能性もあります」
「既に終わった世界だ。誰もそこへは向かっていないのがその証拠」
「意外とそれが盲点かも」
「もしかして、と考える程度の夢か」
「そうです。もしかして、です」
「うーむ」
「どう化けるかは分かりません。復活するかも。そのときは先頭に立てますよ」
「しかし、若い頃、挫折したものなど、もう二度と見たくない」
「その気持ちは分かりますが、情熱を持ち続けていることが大事です」
「いや、もうあのことに関しては情熱など消え、すっかり冷めておる」
「そこを温めるのです」
「君一人で行きなさい」
「こういうのは一人ではできません」
「困ったねえ」
「簡単に取れます。情熱も継続力も必要ありません。瞬発力も、知識も。何故なら、競う相手がもういないのですから」
「しかし夢には相当しない」
「ですが叶うのです」
「分かった。君がそこまで言うのなら、付き合うよ」
「有り難うございます」
「夢見る力がなくても叶う夢か」
「はい、いい趣向でしょ」
「そうだね。一人じゃ馬鹿らしくてできんが、確かに二人ならできる」
「あの頃のように進みましょう」
「よし分かった」
 
   了



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2019年01月16日

3869話 階段落ち


「これはよく見る夢なんですが」
「はい、お話しください」
「階段の夢です。鉄の階段でして、壁沿いにあります。その階段がぐらぐらするんです」
「それは知っている階段ですか」
「そうです、昔住んでいた木造モルタル塗りの文化アパートです。しかし階段や二階の通路だけは鉄骨が入っています。むき出しの。だから階段も鉄です」
「それは昔住んでいた場所の階段というだけの夢でしょ。だから思い出のようなもの」
「上り出すとぐらぐらがひどくなり、一段ほど欠けていたり穴があったりで、それに二階への階段なのに、長くなっているのです」
「ほう」
「そして上りきるのですが、外側の手すりがぐらぐらで、その端の鉄柱も頼りないものでして、横へ回転するのです。上の屋根から外れているのです」
「それは実際にありましたか」
「ありません。夢の中だけでの話です」
「それから?」
「今度は下りるときが大変で、上るときよりも怖いのです。上るときに比べ、勾配が強くなっています。それに下を見ると、地面が遠い。三階か四階ほどあります。それで下りられないのです」
「部屋はどうなっています」
「部屋の中は夢では出てきません。階段付近だけです」
「はい」
「結局、勇気を出して下り始めるのですが、途中で階段がガクンガクン、がーんがーんと音を立てて壊れ始めました。先ず手すりが落ちました。そして壁沿いだったのが、そこから外れて、空中に浮いているのです。これは危ないと思いながら何段か下りると、ちょん切れました。それががーんと地面に落ちました」
「それは危ない」
「もう階段か何か分からないものにぶら下がっている状態です。これは落ちる。下に落ちるとワーとなったとき、夢が覚めました。このバリエーションは複数あるのですが、まあ似たようなものです。これは何でしょう」
「階段が落ちる夢でしょ」
「そうです」
「階段落ち」
「え」
「階段からあなたが落ちるのではなく、階段が落ちる夢で、それを階段落ちといいます」
「そういうタイプの夢があるのですね」
「そうです」
「それは何を表しているのですか」
「ただの落とし話でしょ」
「意味はないと」
「はい」
 
   了



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2019年01月15日

3868話 菜の花を見た


 どんよりと曇った冬の空。雨になるか雪になるか。おそらく雨だろう。降るとしてだが。なぜならそれほど寒くはないため。
 小林がそんな空の下を自転車で走っていると、畑に菜の花が咲いている。それもたった一株。まだ大寒前。冬の終わりなら春を知らせてくれるが、まだ早い。春の前に真冬の底が待っている。
 菜の花であることは間違いない。毎年この畑の横を通っており、春になると菜の花畑になる。
 小林は不思議なものを見た思いだが、冬でも桜は咲く。
 自然の理は季語とは違う幅やばらつきや例外がある。冬に咲く朝顔、これも珍しくはない。
 その畑の菜の花、見たのは小林だけではないはず。畑の主も見ているし、当然通りがかりの人も見ている。だから、小林がそれを見たからといっても特別なことではない。誰でも見ることができる。ただ、受け取り方が違う。
「冬の菜の花ねえ」
「啓示です」
「すぐにそこへ行く悪い癖があるね」
「今年は春が早い」
「それは啓示ではないでしょ」
「そうでした」
「君は予言を信じるかね」
「予言など聞いたことがありません」
「そうだね。予言者もいないしね」
「昔の予言は聞いたことがあります。読んだり、ドラマで見たりとか。ゲームなんかにもよく出てきます」
「リアルで聞いたことは」
「一種の予言ですが」
「どんな」
「新製品の予言とか」
「それは予想だろ。もっと神秘的なのはないかね」
「ありません」
「じゃ、菜の花を見て、予言と思ったのはどうしてだい」
「予言ではなく、啓示です。お告げのような」
「そこにどうして結びつけるのかね」
「ドラマでよくありますから」
「それで君は菜の花から啓示を受けたと」
「いや、そこまでいきません。意味するところが分かりませんから。ただ春が近いというだけで」
「素直な解釈だ」
「でも強引に結びつけられなくもありません」
「消極的な言い方だね。自信がないためだろ。言ってみなさい」
「春の意味です」
「ああ、この世の春とか、我が世の春とか、そういう解釈だね」
「春にはいろいろな意味が含まれていますから、それとは限りませんが」
「じゃ、何かね」
「ただの印象ですが、良いことがあるような気がしました」
「その根拠は」
「気がしただけです」
「気のせいだ」
「はい」
「しかしねえ」
「何でしょう」
「どうしてそういうことを私に話した。話すような内容じゃないでしょ」
「ネタです。会話の」
「あ、そう。まあ少しは間が持った」
「はい」
「しかし、他の人には言わない方がいい」
「そうなんですか」
「弱々しく見えるからね」
「意味がよく分かりませんが」
「啓示とか予言とか、そっちの話はしない方がいいのです。ここでは」
「はい」
「私達の仕事を全部否定しかねないのでね」
「あ、はい」
 
   了


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2019年01月14日

3867話 リアルなファンタジー


 誰が敵か味方か、分からないことがある。敵や味方は最初からいるわけではないが、そのうちできてくる。またディフォルトの味方もいる。最初から味方であろうと思えるような集団。当然その中にも敵がいる。味方なのだが、敵。
 逆に敵の中にも味方がいる。すると味方の中の味方と、敵の中の味方が味方の総数となる、そういう見方もあるが、敵か味方かよく分からない存在もある。人や場所、団体なども含めて。
 ある事象で敵が味方になり、味方が敵に回ることもある。だから誰が敵か味方かが分からなくなったりする。動きがないときは分かりやすいが、変化すると分かりにくくなる。
 ある事柄では味方になってくれるが、ある事柄では敵になってしまう。
 敵の敵は味方ともいわれている。共通の敵を持つ場合、組んだ方が有利。それで敵を倒すと、今度は組んだときの味方が敵として浮かび上がったりする。
 また敵に打ち勝ち、それを味方に加えるたり、敵に負けて、その敵の味方をするようになることもある。
 また全ての敵を打ち払い、全部が味方になったとき、味方の中に敵を作ったりする。
 天敵が救いの神になったり、守護神が疫病神になったりもする。
 ということは敵も味方も同じようなものだろう。
 宿敵もいる。これは長いだろう。宿命の敵なのだから。これは早く倒してしまうと、やることがなくなったりする。だからといって新しい敵を作るわけではないが、そんなことをしなくても敵は現れる。
 背中を撃たれる。これは味方側が急に敵に回って襲いかかってくる。背後からなので、油断している。背後にいる身内なのだから、その方向には敵がいないはず。これは裏切りだろう。まさに正面からではなく裏から斬られる。
 本当は味方同士なのに、同士討ちのようなことになることもある。内紛だ。
「父ちゃんは敵だ」
 と叫んで家を飛び出した息子もいる。本当の敵よりも、厳しい親の場合、そんな気にもなるのだろう。
 敵の発生と味方の発生はどちらが先か。敵がいるから味方を集める。また、敵ではないというだけでは味方ではないが、味方に付けることもできる。
 味方が多いので敵が発生することもある。どちらが先だろうか。
 これはその人の物語に関係する。夢や希望とか将来。それを叶えるのを邪魔立てするものを敵と見なしたりする。
 それが淡い夢でも、リアルで可能な夢でも、同じようなもの。その人のストーリー上では敵になるのだろう。
 しかし、物語には起伏や意外性が必要。敵が味方に、味方が敵に、などは物語の常套手段。
 リアルなファンタジーを人は書き続けながら歩むのだろうか。
 
   了



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2019年01月13日

3866話 蓬莱窟


 蓬莱窟の場所を知っている人物をやっと探しあてたが、ただでは教えてくれない。大金を払っても無理だが、どうせそんな金はない。脅しつけて聞き出すのも気が引ける。
 しかし、この人物、困った人ではないが、困りごとがあるらしく、そのことを知る。それを解決してやれば蓬莱窟を教えてくれるらしい。
 この人物の娘が行方不明になり、それを探し出せばいい。この人物もそれなりに探したのだろうが、それでも見付からないとなると、赤の他人では無理。また人にも頼んでいるはず。
 既に亡くなっているのか、または進んで家を出たのかもしれない。それなら生きていても姿を表さないだろう。
 蓬莱窟。それは人が掘った横穴で、そこに貴重なものがあるらしい。しかし、何処にあるのか分からないのだから、行きようがない。娘もそうで、行方不明で手掛かりもないので、探しようがない。
 ところが先に娘の手掛かりが分かった。その手掛かりを知っている人がおり、その人を探すことになる。その人は旅の商人。これは分かりやすいが、今何処にいるのかは分からない。四日前まで滞在していた宿場がある。それで場所ぐらいは分かる。
 宿場宿場を泊まりながら旅をしているのなら、計算すれば、どのあたりの宿場にいるのかが分かる。急いで行けば、商人の行く距離をどんどん縮められる。
 数日で、旅の商人が昨夜までいた宿屋を見付ける。そして翌日、宿場近くの村で櫛や簪を売っているところを押さえた。
 商人に娘のことを聞くと、それらしい娘から話しかけられた同業者から聞いたという。この櫛売りは直接娘とは会っていない。
 それで、その別の商人、これは膏薬売りだが、商売に出るのはたまで、いつもは故郷にいるらしい。そこで膏薬を作っているらしい。
 その故郷へ行くと、幸い狭いエリアで商っているらしく、近い場所にある。少し山奥だが。
 それで膏薬売りに娘のことを聞くと、その娘は遊女らしい。旅の遊女なのだ。年格好は合っているが、どうして遊女などになったのかは分からない。しかし、その遊女が嘱する場所がある。何らかの組織に入っているのだ。勝手にやっているわけではない。
 その家を教えてもらう。
 しかし、廃業したらしく、もう遊女の住処ではなくなっていた。
 だが、多少の手掛かりを得たので、蓬莱窟を知っているあの人物に知らせに行った。探しても見付からなかったが、最新情報を伝えることで、蓬莱窟の場所を教えてくれるかもしれないと思ったわけではないが、それ以上探すのが億劫になったのだろう。 その人物、つまり娘の親だが、その消息を聞いただけで安堵したようだ。娘が行方をくらましたのは、遊女になりたかったため。親はとんでもない話だと思い、当然許さない。
 それで改めて蓬莱窟のあり場所を聞くが、やはり駄目だった。
 それでもその人物の家業の炭焼きを手伝ったりして、粘っているとき、遊女が帰ってきた。
 その容姿を見て、これは客など付きようがない。だから遊女見習いのまま終わったらしい。
 娘は炭焼きを手伝い、元に戻った。
 その娘から蓬莱窟のことを聞くと、簡単に教えてくれた。すぐ近くの渓谷にあるらしい。
 言われた通りの険しい道を下って渓谷に出る手前で、もうその横穴ははっきりと見えていた。これなら、自分で探しても見付かっただろう。
 人が掘った横穴だけに浅い。その奥まで入っても光は届く。
 やっと探し当てた蓬莱窟だが、めぼしいものはない。壁に仏像の浮き彫りがあるだけ。しかし、岩盤を掘り、さらに仏像まで刻むのだから、長い年限が掛かっただろう。
 仏像は入り口付近に多くなり、奥へ行くと、もうないが、掘りかけの仏像がある。岩に刻んだ磨崖仏だが、途中で放置している。これが展示場なら、まだまだ展示できるスペースがある。
 それでがっかりして戻り、炭焼きの男に、あれはどういうことかと聞く。
 すると、あれを彫っているとき涅槃状態になり、不老不死の仙人になったような気になるとか。だから、そんなバカな真似をさせないように教えなかったらしい。
 蓬莱窟を探していたこの男も、それで納得したようだ。そして、炭焼きの娘と結婚した。
 そこを立ち去らなかったのは、あの蓬莱窟、それだけのモノではなく、まだこの炭焼きが本当のことを隠していると感じたため。
 それから歳月が流れ、炭焼きは老いて亡くなった。最後まで蓬莱窟の秘密は聞き出せなかった。
 二人の間にできた子が娘になった頃、行方不明となる。間を置かず、さっと旅人が訪れ、蓬莱窟の場所を聞きに来た。
 
   了
 


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2019年01月12日

3865話 千枚漬け仕事術


 山下は余裕がある。おかずの予備があるためだ。おかずとは何か。ご飯のおかずだ。
 普段使っているお金は小銭と千円札。万札を使うようなことは余程の買い物でないとないので、日常の中にはない。ところが千円札が切れ、五百円玉もなく、百円玉や十円玉ばかりになった。それらはズボンのポケットに入れているので、手を突っ込めばすぐに分かる。紙がない。
 それでは困るので、万札を崩さないといけない。場所としていいのはスーパーだ。多い目に買えば千円前後使う。
 それでタイミング的に夕食前だったので、食材を買うことにした。その日に食べるものしか普段は買わないのだが、保存が利くものなどを余分に買った。レトルトもので室温で保存できるハンバーグセットとか、棒鱈とか、おでんセットとか。
 もうそれだけで三食分の夕食が間に合う。棒鱈など一気に食べるわけではないので、結構持つ。一応魚だ。しかも常温で保存の利く。
 それで一万円札を出し、おつりで千円札を多く得た。どうせ買わないといけないおかず。贅沢をしているわけではない。買い置きだ。これで四日ほどは持つだろう。
 当然それらはメインのおかずで、それだけでは淋しい。ハンバーグセットに少しだけブロッコリとポテトフライが入っているが、それでは足りない。また味噌汁の子もいるだろう。豆腐や野菜は買い足せばいい。葉物は買いだめできない。
 それで千枚漬けを買った。冬はこれがいい。カブラを薄く切ったもの。甘酸っぱさがあり、そこに昆布が入っており、その粘りがいい。カブラの粘りか昆布の粘りかは分からないが。またアクセントとして小さな唐辛子が入っている。白地に赤は目立つ。さらに大きな円形ではなく細かく切ったものなので、食べやすい。
 山下に余裕ができたのは、おかずの買い置きができたため。これで数日は夕食の惣菜について考えなくてもいい。
 予備がある。これが余裕に繋がった。その間、準備しなくてもいいことも。
「おかずねえ」
「そうです。おかずの予備。これのあるなしでは余裕が違います」
「ただの惣菜でしょ」
「いやいや、これは食欲とも関係します。カロリーや栄養素をガソリンのように入れれば、大丈夫というわけじゃありません」
「米がメインでしょ」
「ああ、米は当然ありますよ。一番小さな袋でもそこそこ持ちますよ。毎日買いに行くようなものじゃありません」
「ご飯さえ食べておれば、それでいいでしょ」
「それじゃ、つまらんでしょ。ご飯だけでは。それに塩分とか、そういうのがないと、ご飯だけ食べるのはきついですよ」
「しかし、余裕というのはねえ君」
「はい」
「おかずの買い置きがあることかね」
「三日か四日はいけます」
「それは食事での余裕かね」
「食費はあります。食べるものが買えないのではありません。しかしそれほど余裕はありませんが」
「そうだろ。余裕のある生活とは、食費以外でも金が使えることだ」
「エンゲル係数ですね」
「最近あまり聞かんがね」
「しかし、先日、それで余裕とは何かのヒントを得たのです」
「買い置きのようなものがあるかどうかでしょ」
「これは下準備が豊かだと、余裕が生まれるのと同じでしょ」
「そう持っていくか」
「学校でも予習して行けば、余裕です」
「一番大きいのは貯金だろ」
「それには限界があるでしょ。それに貯金のために節約すると、日々が淋しいままです」
「何が淋しいのかね」
「日々の憩いがです」
「まあ、それはいいが、その余裕の教訓を活かして、仕事も余裕を持ってしなさい」
「仕事は嫌ごとですから、どうせ何を仕込んでも嫌なことは嫌なままです」
「そんなおかずのことなどどうでもよろしいから、仕事術を身に付けなさい」
「はあ」
「おかずに買い置きで得た教訓を活かせばいい」
「じゃ、仕事はご飯で、それに添えるおかずですね」
「仕事のおかずって、何だい」
「今、考えている最中です」
「仕事は米。ご飯。白いご飯。それだけを食べておるから楽しくないのだろ」
「何でしょう、仕事のおかずって」
「知らん」
「あ」
「出たかね」
「千枚漬け」
「おお」
「これは食が進みます。これですね。これ」
「仕事に千枚漬けを添える。では、千枚漬けは何に相当する」
「さあ」
「ここからだよ君。さあ、仕事と千枚漬けについて考えなさい」
「駄洒落ぐらいしか思い付きません」
「それはここでは言うな」
「はい」
「仕事が捗る何かだ」
「仕事以外の何かを付けることですね」
「よしよし、そのあたりだ」
「甘酸っぱいからです」
「応用や置き換えが効かん奴だなあ」
「無理ですよ。閃きません」
「唾液と関係する」
「はい」
「仕事と唾液。さあ、どうだ」
「唾液が出て食が進む。仕事が進む」
「その先だ。もっと具体的に。脳から唾液を出しなさい」
「やはり個々のおかずの問題じゃなく、買い置きがあることで余裕が生まれたのですから、仕事も余裕を持ってできるようになればいいわけでしょ」
「そんなあたりまえのことが答えかね」
「しかし、いいんですか」
「何がだ」
「こんなウダ話をしていて」
「ん」
「仕事に戻った方がよろしいかと」
「これがおかずなんじゃ」
「ああ、なるほど」
 
   了


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2019年01月11日

3864話 陰陽五行説


「陰陽五行説をご存じか」
「一週間のことでしょ」
「え」
「月火水木金土日」
「それの月と日はいらない」
「じゃ、火水木金土」
「陰陽なので二つに分かれる」
「どれが陰で、どれが陽ですか」
「火曜と木曜が陽」
「はい」
「水曜と金曜は陰」
「分かりました。暖かいか寒いかでしょ」
「確かに日は暖かい。暑いといってもいい。木は暖かいかどうかは分からんが、燃える。だから陽」
「水と金は冷たそうです」
「これが五行説」
「土は」
「中間」
「え」
「間」
「じゃ、陰陽五行説じゃなく、陰陽四行説じゃないですか」
「五行説では五つしかないが、陰陽では、あらゆるものがどちらかの性質を持っておる。ものだけではなく、現象もな。人の行為もそうじゃ」
「じゃ、単純な二元論」
「そうとも言えん。この五行が互いに関係し合っておる。相性のようなものがあり、強かったり弱かったりする。まあ、グーチョキパーのジャンケンのようなものかな」
「それがどうしたのですか」
「冬は当然、陰」
「夏は陽ですね」
「春も陽」
「秋と冬が陰ですか」
「男は陽。女は陰」
「分かりました。太陽は陽で、月が陰」
「そうそう」
「分かりやすいですねえ。イメージですね」
「ただ、土が問題なのじゃ」
「はい」
「陰陽五行説では土は陰陽どちらでもないがどちらでもある」
「はあ」
「まあ五行説なのでな、陰陽に分けるとなると、片方が一つ多くなり、また片方が一つ少なくなる。三対二か、二対三になる」
「じゃ、最初から六行説や四行説にすればいいのに」
「それを敢えて五行説にしたところに、意味がある」
「何ですか」
「中間を入れたことじゃ」
「土ですね」
「そうでないと、ただの二元論になる」
「じゃ、土曜が大事なのですね」
「火水木金ときて土日月とくる」
「日と月は五行説には入っていないのでしょ」
「週の終わりと週の初めが繋がっておる」
「確かに日曜日は陽です。しかし翌日の月曜は陰です。いやです。休み明けは。月曜はいやです」
「明治になってからかもしれんが、土曜日は半ドン。役所がそうだったのかどうかは分からんが、午前中で終わる。土曜の当て方としてはふさわしい」
「火曜水曜木曜金曜の割り当てはどうですか」
「陽陰陽陰の並びになり、綺麗に交互に来る。見事じゃ」
「それは自然界を模した原理のようなものですか」
「それもある。分かりやすいからな。しかし、その性格付けは人為的なものだろう。規律、規範、それに役立つ。だから本来のものとは違ったりする。
「たとえば」
「女性は月や海。男性は太陽や大地。これは強引じゃな。陰陽五行説のような中間がない」
「土曜日がやはり曲者ですねえ」
「半日仕事で、半日休み」
「仕事は陰ですね。そのあと陽気な休み。そういうの、役に立ちますか」
「水は土に弱く、土は金に弱いが、土から金が生じる」
「分かりました。土曜日は休みですが、バイトに行きます」
「そういう話ではないのじゃがなあ」
 
   了

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2019年01月10日

3863話 ゲテモノ


「何が良いのか分かりませんねえ」
「価値の問題でしょ」
「ああ、価値の」
「価値は人によって違いますが、まあ、似たようなものでしょ」
「価値観も時代によって違うでしょ」
「一年でも変化しますよ。それに子供の頃の価値観と大人になってからでは違う」
「じゃ、価値は安定していないと」
「相場のようなものでしょ。しかし普遍の価値というのもあるようですが、価値の賞味期限が長いのでしょうなあ」
「最近私は思うのですが、さりげなくやったことがもの凄く価値のあることだったりしましてね。逆に狙い撃ったように、これは値打ちものだと思い、やったことがそれほどでもなかったりします」
「価値に飽きているのでしょうねえ。定番過ぎると」
「そうじゃなく、価値があるかどうかも分からない状態でさりげなくやったことが意外といけたりします。でも柳の下にはもうドジョウはいない」
「それは値打ちがあると思い、狙い撃ちしたからでしょ」
「似たようなことをしたのですがね。あまり価値はなかった。すると、一時だけの価値だったのかもしれません」
「さりげなさというのはいいポイントですねえ。しかし、次からはさりげなくはできない。ここでしょうねえ」
「やはり定番物の価値あるものをやる方が無難ですか」
「しかし、一寸違うものが欲しい。あまり注目されていないが、価値のあるもの」
「価値を掘り起こすわけですね」
「見出すわけです」
「やはり、それも狙ってやるわけですから、さりげなくとは一寸違いますねえ」
「さりげなくに拘りますねえ」
「簡単にさっとやってしまえるからですよ」
「それは本当にさりげなくですか? 価値を意識しないで」
「はい」
「何処かで値打ちものだと思っているのでは」
「そうでしょうねえ。何か良さそうな感じがしましたので、きっとそうでしょう」
「わざとらしいさりげなさもありますねえ」
「それじゃさりげなさじゃないでしょ」
「このあたりが臭いと思い、さりげなく掘るとか」
「それはあります。時期的に、ここが痒いので、掻くような感じです。それと、最近ご無沙汰なので、たまにはやってみようとかも」
「要するに正面からではなく、違うところから攻めるわけですね」
「攻める気はありませんが、気が向くのでしょうねえ」
「それはマニュアル化するのは難しいです」
「マニュアルというのは既にあることを繰り返す手順のようなものでしょ」
「そうです」
「まだ価値がはっきりとしない先物買いが私の好みです」
「それには冒険が必要なのです」
「そうです。道が付いていないわけです。行き止まりだったりします」
「しかし、普遍性の高い価値観が安定しているものの方がいいですよ」
「でも飽きません?」
「飽きます」
「あまり価値がないとされているものを、もう一度見直すのも悪くないですよ」
「悪くはないですが、良くもないでしょ」
「もう既に誰もが放置したようなもの、見向きもしないようなものの中に、何かありそうな気がします」
「復活ですなあ」
「そうです。今このタイミングなら、いけそうなものがありますよ」
「たとえば?」
「それは業務秘密です」
「ないのでしょ」
「まあ、そうですが、見付けておれば、こういう話もしませんよ」
「なるほど」
「長く封印されていたものとか」
「それが、例ですか」
「そうです。または考え方としては、既に終わっている思想とかです」
「要するにゲテモノ食いでしょ」
「下手に出て、下手投げを食らわすのです」
「僕は上手投げが好きだなあ」
「あ、そう」
 
   了


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2019年01月09日

3862話 初夢合わせ


「初夢は何を見ました?」
「もう大分前ですねえ」
「でも幾夜の中でも、初夢は起きたとき、覚えているでしょ。またはどんな初夢だったのかを、チェックするんじゃありませんか。一番注目すべき夢でしょ。一年の中でもね」
「元旦の夜に見たものですか?」
「二日の夜でもかまいません。これはサブというか、予備というか、見なかったとき用に二回チャンスがあるのです。また二日続けて見た場合、いい方を選べばいいのです。しかし、元旦、その日を過ごした後に見る夢の方が区切りがいいでしょ。元旦の朝に見た夢は去年の分です。夢は昼間の印象を多く残しています。元旦の朝では去年の昼間ということになります」
「確かに見ましたが」
「元旦の夜に見た夢ですか」
「そうです」
「では二日目の朝に思い出した夢ということになります。それで結構です。覚えておられますね」
「はい」
「じゃ、予備は使わなくてもいいでしょ。それで、どんな夢でした」
「福助」
「ほう、それは縁起がいい」
「それが、気持ちの悪い夢でした」
「ほう」
「使っていない奥の座敷があるのですが、襖を開けると、そこに福助がずらりと並んでいるのです」
「大きな頭で、背が低く、髷を結っており、裃袴で座っている姿ですね」
「それが大勢ずらりと並んで座っているのです」
「ますます縁起がいい夢です」
「よく見ると、子供ですねえ」
「座敷童子のようなものです」
「その後ろに招き猫が寝転がっていました。何匹も」
「おお、招き猫。これは客を招く縁起物です。あとは宝船でも浮かんでいればいいのですが、座敷じゃ無理ですね」
「福助は半眼で薄笑いしていました。目は笑っていません」
「ん、何としたことでしょう。で、猫は」
「猫はそういうのとは関係なく、寝ていました」
「招き猫でしょ、座って手で招いていませんでしたか」
「座っているのもいましたが、眠いのか、左右に身体が揺れていました」
「大量の福助と招き猫。これは」
「これは、駄目でしょ」
「はあ」
「多すぎるし、福助の顔が怖いし、猫も招くのをサボっているし」
「そうですなあ。数が多いといいというものではない」
「そうでしょ」
「それで夢は何処で終わりました」
「はい、福助が立ち上がり、相撲を取り始めました。何人もいますので、座敷のあちらこちらで土俵を作り」
「初場所ですなあ。それで猫は」
「猫がいるところでも相撲が始まったので、寝転がっていた猫も起きて、福助達の周りをぐるぐる回り始めました。もの凄いスピードで。それが土俵のように見えました。
「土俵猫ですな」
「それはどういう縁起ですか」
「米俵なら分かりますが、土俵でしょ。これはありません」
「しかし、裃袴の福助の相撲を見ていると、行司が相撲を取っているようにも見えました」
「そのあと、どうなりました」
「最初は相撲だったのですが、蹴ったり殴ったり、頭突きや肘打ちをかましたりして、着物ははだけ、もう乱闘です」
「猫は」
「猫は巻き添えを食うので、飛び上がって、家具の上に避難していました」
「そのあとは」
「あのう、私が」
「私がどかしましたか」
「その福助達の中に入って投げ飛ばしました。何せまだ小さな子供程度の体格しかないので、楽勝でした。それで、全部福助をやっつけました」
「ほう。で、そのあとは」
「そこで終わりです」
「んーん」
「どうですか。この夢」
「縁起物を倒したとなりますと」
「いい夢じゃないと」
「いや、夢の中の成り行きが大事なのではなく、福助が出てきた夢を見ただけで、いい夢ですよ」
「あとで思い出すと、気味の悪い夢でした。福助を退治したので、これは今年、福に恵まれないと思い、忘れるようにしましたが、まだ、今も思い出せます」
「福助の夢を見たのですから、吉です」
「それから」
「まだあるのですか」
「二日の夜。また同じ夢を見ました」
「ほう、どんな」
「私が福助になり、座敷で座っているのです。そして何がおかしいのか、ニタニタ笑っていました」
 
   了



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2019年01月08日

3861話 祭りの準備


「あってはならなぬことじゃ」
「そんなこと、決めたからでしょ」
「決め事。これは伝統でもあり、慣習」
「悪い風習なんじゃありませんか。それに勝手に決めたのでしょ」
「そのようになっておる」
「そのようにしただけじゃありませんか」
「しかし、あそこは裏本家。それが執り行うなど、あってはならんこと」
「でも本家ではもう執り行えないのでしょ」
「わしは年で、もう動けんからなあ。息子達も都会に出て、おらん」
「兄弟衆も駄目でしょ」
「本家がやるべきこと。分家がやることではない」
「裏本家って、何ですか」
「遠い先祖の時代、初代かな。この村を開墾した一族じゃ。その息子が二人おった。しかも双子。ここで二家に分かれたのじゃ」
「じゃ、分家ですか」
「どちらが長男か次男なのかは分からん。どちらが先に腹から出てきたのか、確認せなんだ。印を付けたはずなんじゃがなあ」
「はあ」
「それでどちらを本家で、どちらを分家にするかで迷ったらしい。しかし、そんなものは長男として育てれば、長男。跡継ぎとして育てればそれが跡継ぎになる」
「それから本家と裏本家に分かれたのですね」
「本家からまた分家ができ、裏本家からもまた分家ができる。いずれも続いておる」
「じゃ、同じ血筋じゃありませんか」
「しかし、あの行事は本家が執り行う仕来り。これは本家と分家との違いを示すためでもある」
「でも、もう執り行う人がいない」
「孫にやらせようと思うのじゃが、いやだという」
「跡取りの息子さんは」
「因習だといって、相手にせん。それにそんな暇も金もないとか」
「じゃ、今年は中止になりますねえ」
「その方がいい。裏本家にやらすよりもな」
「それで影響は」
「ない」
「つまり、その儀式、してもしなくてもいいんでしょ。影響がないのなら」
「あるにはある。本家が執り行うことでな」
「儀式の内容よりも、主催者の問題なのですか」
「裏本家からは議員も出ており、会社も運営しておる。しかし、格は本家の方が上だというのを見せつけるためにも、本家がやるべきことなのだ」
「息子さんは」
「ただの会社員じゃ。三人もおるのに、大したことはない」
「はあ」
「まあ、中止じゃ」
「しかし、観光ポスターもそろそろできる頃です」
「駄目じゃ。わしが祭司として立てるはずだったが、腰がなあ、駄目なんじゃ。足は何ともない。腰をやられると足が丈夫でも何ともならん」
「じゃ、車椅子とか」
「寝返りもきつい」
「分家に手伝ってもらえばいいじゃないですか」
「本家の分家はさっぱりでな、裏本家の分家の方が多い。議員と企業を持っておるので、本家はさっぱりじゃ」
「じゃ、中止と」
「それに金もない。金が掛かるのでな」
「裏本家さんでも同じことができると言ってますが」
「あってはならんことじゃ」
「はいはい」
「じゃ、これはどうですか、本家の補佐を裏本家さんにやってもらうのは」
「ん」
「祭司の代わりをやってもらうのです」
「それも駄目じゃ」
「誰が決めたのですか」
「昔からそうじゃ。祭りを執り行えるのは本家だけ。それが崩れる」
「いつ決まりました」
「遠い昔じゃ」
「ただの決め事で慣習でしょ。誰かが決めただけで、今とは事情が違いますよ。それにその祭り、しなくてもいいようなものでしょ。必要性があるとすれば本家の威光を示すためでしょ」
「長男の家系でないと駄目なんじゃ」
「でもどちらが長男かどうかは双子なので、分からなくなったのでしょ」
「嫡子として育てた方が長男じゃ」
「ポスターや祭りの準備も既にすすんでいます。観光客も来るように、いろいろと手配しています」
「誰が金を出したんだ」
「裏本家さんです」
「しかし、あってはならんこと。裏本家が執り行うなど、あってはならん」
「まあ、そう言い続ければいいのです」
「え」
「これが最後です。裏本家さんに任せますか」
「ならん」
「分かりました。ではポスターのタイトルを入れ替えます。もう本家とは別の祭りなら、問題ないでしょ」
「少し、待ちたまえ」
「裏本家さんに任せますか」
「主催は、本家になるのなら」
「でも、決め事があるのでしょ。あってはいけないこと、あってはいけないことと何度も聞きましたが」
「決め事は変えてもいい」
「駄目です。そんな簡単に変えられるような決め事なら、力説しないでください」
「君は市役所の下っ端の癖に、偉そうな口をきくな」
「僕も裏本家ですし、市長も裏本家系です」
「本家は、本家は」
「いつまでもそう言い続ければいいのです」
「あってはならぬことじゃ」
「さっき、あってもいいことにしたじゃないですか」
「それもあってはならぬことじゃった」
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 12:08| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月07日

3860話 変人社員


 下村は少し変わったところがある。変人とまではいかないのは勤め人のため。全くの変人では勤まらないだろう。しかし、類は類を呼び。上司の竹中はこの下村に注目している。一寸毛色が変わっているからだ。
 下村の直接の上司は課長なので、竹中部長との接触は少ないのだが、課長から噂だけは聞いているのだろう。
 仕事の話ではなく、愚痴。下村の愚痴が一番多い。というより、奇行が多いため、話題にしやすい。ただ、愚痴と言うよりも、変わった奴だというゴシップ的内容。
 ある日、課長がいないとき、下村は直接報告書を持って行った。日報のようなものだが、本来課長が持っていく。毎日部長がそれに目を通すのではなく、週に一度程度。しかも流し読み。こういう上が見るような日報には大したことなど書かれていない。それに本当のことをそんなところに書かないだろう。事実関係も抜けているところが多い。長文になるためだ。
 課長は丁寧に読むが、部長は適当。これは課長は部下の熱心さを見ている。ただ文字数が多ければ熱心だというわけでもなさそうだ。
 部長は手渡された日報をさっと見ている。しかし、毎回目を留める箇所がある。それは下村が書いた箇所。
 部長は本来、そんな日報など読む必要はない。これは課長の仕事ぶりを監視しているようなもの。だが、ただの確認で、ただの形式。
「鉢植えねえ」
「はい」
「それを置いたと」
「盆栽が可能かと」
「何処に置いた」
「私の机です」
「その観察日記かね」
「いえ、そうじゃありませんが、これで育たなければ、室内の空気とか、陽射しとかが分かります」
「陽射しなど入ってこないでしょ」
「間接光が来ます」
「なるほど。しかし室内で盆栽は無理だろ。松だったかい」
「はい」
「今度は金魚を飼いたいと思うのですが」
「置く場所が問題だね」
「それと水です。ここの水道の水が合うかどうかです。泡が出るポンプとかは使わない方針です。水が合うかどうかも大事ですが、室温や、湿気。当然空気も影響します。水と小石だけで藻類は入れません。自然にできる苔に期待しています。そして砂は入れます。これがないと金魚がストレスを起こします。泥はいけませんが、小石の入った粗い目の砂を入れます」
 部長室にはもの凄く太い松の盆栽がある。大蛇のようにとぐろを巻いている。
 部長はそれを指差しながら「僕が新入社員の頃から育てたものだが、実はそうじゃない。途中で枯らした。これは買ったものだが、嘘をついていた」
「それは一目で分かりますよ。こんなに太い幹にはなりませんから」
「金魚もそうだね。大きくなってから死なせてしまった。それを隠すため、似たような大きさの金魚を買って入れ替えたよ」
「その金魚は」
「いや、金魚は卒業した」
「松もそろそろ卒業ですか」
「そうだね」
「あ、お時間を取らせました。日報を持って来ただけですから」
「ああ、一度ゆっくり話したかったんだが、まあ、いいか」
「いつでもお相手しますが」
「間違った方向へ行かないようにね」
「はっ」
「風雅はいい。しかし風狂はいけない」
「同じ意味では」
「風雅はいい趣味だが、風狂は趣味が悪い」
「はい」
「世の中と少し違う、変わったことをするのはいい。しかし、全部変わった場合、変人になり、会社勤めができなくなる」
「はあ」
「だから、一寸だけの変わり者程度で抑えることだね」
「肝に銘じます」
「僕はねえ、実は松じゃなく、松を見ているのではなく、虫を見ているんだ」
「はあ」
「どこから来たのかねえ。虫がいるんだ。それを見るのが楽しみでね。これは隠している。松を見るのはいい。しかし虫を見ると危ないのだよ」
「そんなものですか」
「それよりも君、エクセルで私小説を書いているようだね」
「どうしてそれを」
「課長が見たらしい」
「あ」
「僕も出てくるらしいので、一度読ませてくれないか」
「メールに添付します」
「そうか、そうしてくれたまえ。しかし君が書く純文学なら全部嘘だろ」
「分かりますか」
「そのタイプの人間だからね」
「はい」
「だから、フィクションとして楽しむよ。どんな日報よりもきっとよくできていると思うからね」
「戻り次第、すぐに送ります」
「うん、そうしてくれ」
「はい」
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 13:01| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月06日

3859話 小欲の人


「小欲ですか、大欲ではなく」
「そうです。最近は小欲になりました」
「でも欲は欲ですねえ。欲がある」
「欲がなくなればやることがなくなるでしょ」
「つまり欲の質を変えたと?」
「大欲を抱くのがしんどくなりましてねえ。もっと短時間で叶えられる簡単なものを注目しています」
「それじゃ盛り上がりませんねえ」
「盛り上がるのも疲れますからねえ」
「では大志ではなく、小志」
「そんな志のような大層なものではなく、ちょっとしたことでいいのですよ」
「たとえば」
「靴下です」
「深そうな意味がありますねえ」
「生地のいい靴下をもらいましてね」
「靴下のプレゼントを受けたのですか? 何故靴下なのです。中にクリスマス用のお菓子とかが入っていたのですか。そんなもの喜ぶのは幼児帰りですよ」
「そうじゃなく、普通に履く靴下です。もう忘れましたが、何かの動物の毛です。アンゴラだったように覚えていますが、高いものでしょうなあ。それを頂きました」
「誰から」
「大先輩です。その先輩が靴下専門店で買ってきたものですが、買いすぎたようで、プレゼントだといって頂きました。色はいいのですが、柄が気に入らなかったようです」
「靴下コレクターですか」
「いや、靴下専門店が珍しかっただけでしょ。それで多い目に買ってしまったとか」
「その靴下がどうかしたのですね」
「これが実にいいんだ。それでずっと同じものを履いている。結構分厚くてね。冬の今時分でも履ける。いつもはポリエステルのふわふわのを履いているのですが、あれは毛玉がひどい。それにずっと履いていると、硬くなるし、それ以前に伸びるのです。ゴムが緩んでいるのでしょうなあ、ズレます。そしてピタリ感がない」
「そういうことがポイントになっているのですか」
「こういう一寸した気持ち良さのようなものが、小欲です」
「個人的な欲ですねえ」
「欲のほとんどは個人的なものでしょ。まあ、団体欲もありますがね。大欲に繋がるような」
「しかし、靴下ですか。靴下」
「それがいいので、似たような靴下を買いましたよ。生地がいいタイプで高そうなやつをね。二足や三足を束ねていくら、というような品じゃなく」
「そうですねえ。ネクタイも百円のもありますが、やはり生地や一寸した加工が違うのでしょうねえ」
「衣服は適当でいいのですが、靴下だけはいいのを履くのがよろしいかと。靴よりもね」
「それはすぐに叶えられる欲ですねえ。いや、欲というレベルではないと思いますよ」
「価値を見出せるかどうかでしょう」
「靴下など、適当でいいんじゃないですか」
「私もその流派だったのですが、先輩から頂いた靴下を履いたとき、転びました。これは自分で選んだものではない。当然自分なら選ばないタイプの高い靴下です。やはり、この体験がなければ、靴下へとは至らない」
「小欲とは、控え目な欲ということでしょ。そんな高い靴下なんて贅沢品でしょ。控え目の靴下じゃありませんよ」
「では小欲ではなく、大欲かね」
「ああ、それは違います。靴下に対し、欲を出すというのは靴下関係者以外では聞かないでしょ」
「じゃ、何かね」
「一寸いい感じ、ということですか」
「それそれ、それが最近、私のポイントになっています」
「まあ、平和でいいのでは」
「こういうことは以前なら思い至らなかった。これは新境地だ」
「でも、もっと拡がりのあることが欲しいとは思いませんか」
「その靴下、ずっと履いておるが拡がらん」
「はい、もういいです」
 
   了


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2019年01月05日

3858話 ある同盟


「昨年は如何でしたか」
「穏やかだったのう」
「例年になく?」
「特に特徴がない」
「平穏だったのですね」
「去った年を思うこともなく、来る年の気負いもない。何か去年はどうの、今年はどうのと思いたいのじゃが」
「しかし、事態は動いております」
「そうか」
「田村家の動きが怪しいのです」
「ほう」
「岩村城に兵を集めております」
「岩村といえば、国境から離れておるじゃろ」
「そうなのですが」
 これが国境の砦に兵を集めているのなら問題だが、そこからは離れている。
「間者によりますと、国境の砦までの道が整備されているとか」
「ほう」
「軍事路です」
「それは穏やかではないな」
「それに岩村城の兵は傭兵です」
「金の掛かることを」
 この時代の兵は、ほとんどが農民。いざというときは、そこから兵を集める。戦いのあるときだけ。しかし傭兵は金が掛かるが、すぐに動かせる。
「こちらも、国境の城に兵を集めましょう」
「その前に岩村城の様子を探る方が先だろう。こちらが国境に兵を送ればすぐに分かってしまう。敵が奇襲してくるのなら、知らぬ振りをしておる方がいい」
「それでは手遅れです」
「では国境の城に近い城に兵を集めておけ」
「はい、それがよろしいかと」
「しかし、百姓も暇ではない。こちらも兵を雇うか」
 戦闘だけのための兵はいるにはいるが、数が少ない。ずっと雇っていると金が掛かるためだ。
 武士は戦闘のためにいるようなものだが、それだけでは少ない。指揮をとるだけで、実際に戦うのは足軽。
 岩村城を探っていた間者からの報告が早速届いた。
 岩村城は本城から離れているのは、城下に軍施設を置きたくないためだ。それで岩村城に集めているとか。軍事のためだけの城のようなもので、城下は兵の宿舎や武具職人などが住んでいる。軍事基地のようなもの。そこから国境の砦までの道が整備され、軍の移動が素早くなっている。砦の兵は僅かなので。
「やはり道を整備したのは臭いのう」
「そうでしょ」
 国境は敵は砦程度だが、こちらは城塞。規模が違う。緒戦では有利だろう。敵はそれを補うため、道を舗装したものと思われた。
 お互いに攻め込む意志は最初からない。考えてもいない。しかし、状況次第では、仕掛けてくる。
「田村家は立花家と戦闘状態になっております。兵の大半はそちらへ使っております。まだ小競り合いですが、田村家の兵が減ったところが付け目かと」
「それで足軽を雇い、岩村に兵を集め、道を整備し、用心しておるのじゃな」
「おそらく」
「田村が弱ったところを狙うか」
「はい、兵を集めておきます」
 ところが、田村家は小競り合いに勝利し、その敵の城を奪った。領地を広げたのである。
「今だな」
「攻めますか」
「うむ」
 田村家は小競り合い後、敵国へ突っ込んだため、岩村城の兵も動員してしまったのだ。それに勝ったとはいえ、兵も消耗した。数も減った。だから、狙い目と判断し、国境を越えた。
 その寸前に田村家から使者が来て、同盟を言いだした。互いに領土を広げようという誘いだ。
「外交できたか」
「はい」
「受けるか」
「それがよろしいかと」
 この同盟、意外と長く続いた。隣国同士だけに、物騒な相手をお隣に置きたくなかったのだろう。
 
   了

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2019年01月04日

3857話 初詣


 大山がボロアパートからワンルームマンションへ引っ越して初めての新年。テレビを見ているうちに迎えていた。
 真新しい気持ちにでもなったのか、初詣に行くことにする。どちらが先なのかは分からない。初詣を思い付いたとき、気持ちが新たになったのか、新たになったので初詣か。おそらく初詣を思い付いたのが先だろう。
 テレビを見ていると除夜の鐘が鳴っていた。それで思い付いたのかもしれない。
 この物件を探しているとき、周辺をウロウロし、どんなところかと探ったことがある。まだ年末前のこと。そのとき神社があったのを覚えている。周辺は住宅地だが、以前は農村だったようだ。小さな神社で何処にでもある神社。距離的に一番近い。
 新年の挨拶を土地の神様にする。まずは地盤から固める。これは新年早々、いいことを思い付いたと思い、その儀式を執り行うことにした。といっても単に近所の人が地元の神社へ詣でるだけの話。平凡でよくある話なので、特殊なことでもなく、凄いアイデアでもない。むしろもの凄く単純で、一般的なことで、単なる慣習だろう。
 ワンルームに引っ越したのは会社員になったため。これで生活が安定するのでボロアパートから引っ越せた。平凡な会社で平凡な暮らし。普通の社会人が普通の社会生活をおくるようなもの。
 神社はすぐに見付かった。意外と近い。うろ覚えにしては迷わず来ることができたが、何故か暗い。
 それに参拝客の姿がない。誰も神社へ向かっていない。十二時を少し回った頃なので、御神灯が灯っていたり、境内で焚き火でもしているはずだが、ボロアパート時代の町内とは違うようだ。
 鳥居を潜ると、ちょっとした広場があり、その先に石の柱が二本立ち、その間を縄で結んでいる。これは最初見たときと同じなので、普段からそうしているのだろう。
 石柱のすぐ向こうに小さな社殿があり、ガラガラがあり、賽銭箱がある。
 その賽銭箱の向こう側に社殿の扉があるのだが、そこに人影。椅子に座っているのか、五つの後ろ姿。
 灯りは扉前を照らしている電球だけ。正月にしては地味というより、何もしていないのに近い。
 近付くと大山の足音が聞こえたのか、後ろ姿が動いた。
 大山はとっさに後退した。何か行事でもやっているのだろう。しかも暗いところで。
 これは見てはいけないもの、聖なる何かだろうと思い、ゆっくりと離れた。
 五人の人影全員が立ち上がり、大山を見ている。
 初詣をしてはいけない旧村時代の神社。そんなものがあるのだろうか。地元の人はそれを知っているので、誰も詣でない。だから参拝客がない。
 立ち上がった五人が、じわじわと大山に近付いて来る。そのうち一つの影が消えた。暗いので階段を踏み外したようだ。
 大山は後ろ歩きではなく、入り口の鳥居目指して突っ走った。
 ここは因習の残る村なのかと思いながら、部屋に戻った。途中で自販機でコーラを買ったのは、アメリカン的なものを飲んで、すっきりとしたいため。
 後日大山は大家に聞くつもりだったが、オーナーは遠くにおり、管理会社が代行していた。ここを紹介してくれた駅前の不動産屋で、大きなチェーンだ。
 直接そこで担当者に聞くと、流石に地元の事情に詳しい人で、まだ若いのだが、よく知っていた。
 あの神社は無人で、もう何もやっていないとか。
 五人組が座っていたことをいうと、流石にそれは知らないらしい。いずれにしても初詣に来る人はいないとか。その準備をする人がいない。氏子はいるが、関わりたくないらしい。
 ではあの夜、社殿前で座っていた五人は何だったのか。暗くて顔までは覚えていないが、まだ若そうだった。背が高かったし、着ているものでも何となく分かった。
 彼らは学生で、何かの部活かもしれない。そんなややこしいことをするのは一般社会人にはいないだろう。
 大山は新年早々怪しいものを見てしまったが、一般化できないことが世の中にはある。
 既に社会人になった大山としては、それは立ち入ってはいけない世界なのかもしれない。
 
   了


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2019年01月03日

3856話 幻の新年


「新年は明けたのかね」
「もう十日立ちますが」
「そんなになるか」
 倉田氏は大晦日から離れにいた。そこで新年を迎えようと、年が変わるのを待っていたのだが、うとうとし始め、そのうち目が覚めたが、まだ夜。まだ年は明けていないと思った。
 離れは庭の繁みの中にぽつりとあり、昔はここで宴会などをやっていた。
 今は誰も使っていないが、ちょっとした客が来たとき、泊まってもらうことにしている。朝方まで飲み明かすような客は希だが、以前親しくしていた男がおり、彼が来るのを楽しみにしていたものだ。古い友人だが、今は消息がない。突然消えたようにいなくなった。
 最後に見たのは朝方。彼はそのまま眠ってしまったので倉田氏は母屋に戻った。そしてそれが最後になる。またそのときは気にも留めなかったのだが、いつの間にか帰っている。挨拶もなく。これは倉田氏がまだ寝ていると思い、そっと帰ったのだろうが、家人に聞いても、出ていくところは見ていないとか。
 勝手口は内側からなら開くので、そこから出たのだろう。
 さて、明けるのを待ちながらうたた寝から起きた平田氏は一度母屋に戻り、夜食を食べていた。こんな時間まで起きているのは久しぶり。そのとき、使用人に聞いたところ、年は既に明けて十日目だという。その間、ずっと離れにいたのだろうか。何も食べないで。また、家人が様子を見に来るだろう。十日も離れから出てこないのなら。
「元旦の日、私は何をしていた」
「いつものように挨拶を受けていましたよ」
「客は多かったかね」
「いえ、例年通りで、いつもの人達です」
「今日は十日だな」
「そうです」
「昨日は何をしていた」
「お仕事で外に出ておられましたが」
 まったく思い当たらない。十日ほどの記憶が飛んでいるのだろうか。
 年が明けようとする直前、うたた寝をしていた。その手前までの記憶はある。最後は旧友のことだ。ここから消えたようにいなくなったこと、など。
 それと関係しているように思われた。
「私は今まで何処にいた」
「離れにおられましたよ」
「それはいつだ」
「先ほどまでです」
 では十日間、ずっと離れにいたことになる。しかし、その間、年賀の挨拶を受けたり、昨日などは外に出ている。何処かで二つに割れたのか、または単に記憶が十日間だけ消えたのか。
「もう遅いので、お休みになられては」
「そうだな」
 本来なら年が明ける時間。しかしそれは十日前。
 こんなことがあるのだろうかと、倉田氏は驚くが、誰もそのことに気付いていない。十日間の記憶は消えているので、繋がりは悪いが。
 家族はもう寝てしまったようだ。遅いので、そんなものだろう。
 先ほどうたた寝をしていたので、眠くはないが、何故急に旧友のことを思い出したのだろう。きっとあの離れで飲み明かした頃が楽しかったようだ。
 そして、起きていても仕方がないと思い、既に家人が敷いたのだろう。夜具の中に入ろうとするとき、ゴーンときた。
 除夜の鐘ではないか。
 年が明けて十日目のはず。
 翌朝、倉田家では例年通りの新年を祝う集まりがあった。十一日の朝ではなく、新年の朝に戻っている。
 倉田氏の記憶から消えた十日間。記憶以前に、まだそんな日は来ていなかったのだ。しかし、使用人は今日は十日だと言っていた。
 倉田氏は混乱した。
 そして正月会の末席に、あの旧友がいた。
 しかし、すぐに姿が消えた。
 倉田氏は、あの友は既に亡くなっていると確信した。妙な神秘癖のある男だったので、今回の変事は、彼があの世から悪ふざけでもしていたのだろう。そう思うことにした。
 
   了

 
posted by 川崎ゆきお at 12:50| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月02日

3855話 除夜の隠し鐘


「今年も暮れていきますなあ」
「あなた、毎年言ってますよ」
「この時期なら言っていいでしょ。正月早々今年も暮れていきますなあでは合わないし」
「私は頭が暮れていきまするわ」
「お暮れというやつですな」
「若い頃、このワンテンポ遅れが欲しかったねえ。急ぎすぎた。何事にもね。だから即決。決断が早い。一直線。これじゃ何も考えないで、適当に決めていたようなものですよ。それで人生が変わる。今からじゃほとんど変わらないですがね。若い頃の判断は大事だ」
「そうなんですか」
「競い合っていた。全て競争。だから後れを取りたくなかったのでしょうなあ」
「それで遅れなかった」
「しかし、今は頭が暮れゆく」
「人生も暮れていくので、丁度いいでしょ」
「ところがあなた。私は急ぎすぎたので、いろいろと取りこぼしがある。様々なことをやっていましたからねえ。それらを拾い集めようと思うのです」
「もう過ぎ去ったことでしょ」
「将来役には立ちません。しかし、既にその将来になってますが」
「将来現役ですなあ」
「生きている間はまあ、現役でしょ。しかし、社会的な何かを成すという線が薄いですがね。もう個人的な話ですよ」
「ところで今年は除夜の鐘、何処へ行きましょう」
「ああ、もう何度も突きに行ったので、同じところばかりですなあ。少しは変わったところへ行きたいです」
「そうおっしゃると思いまして、見付けました。穴場です」
「どこか人が来ないような山寺ですかな」
「寺とは言えないのです。鐘撞堂だけが残っているのです。いや、最初から鐘撞堂しかなかったようです」
「建物はそれだけですか」
「寺じゃないようですから」
「誰かが持ち込んだのですかな」
「重いですよ。それに結構古い。特に有名な鐘じゃなければ、戦時中、溶かされてますよ」
「ああ、金属が不足した時代ですね」
「それで、徴収されないように隠していたらしいのです」
「つまり鐘の隠し場所だったわけですか」
「古いのは鐘だけで、釣り鐘堂は戦後できたようです」
「戦後、隠していたのを取りに来なかったのですか」
「さあ、そのへんの事情は分かりませんが、隠し場所は人目に付かない山の中。それを預かった山持ちが戦後鐘撞堂として建てたようです」
「分かるような気がします」
「え、何が分かるのです」
「預けたはいいが、重いでしょ。運ぶのがいやになった。芝居で使う張りぼての鐘じゃないんですから」
「それで鐘撞堂として今もあるんです。突けますよ、除夜の鐘が。山の中なので、いくらゴーンゴーンやっても文句をいう人はいませんしね」
「それはいい。それで決まりだ」
「少し遠いですよ。車がないと、帰れません」
「行きましょう」
「しかし、問題があるのです」
「大変な山奥だとか」
「それほど深くはありません。近くに町もあります」
「じゃ、何ですか」
「煩悩が溜まる場所」
「そう来ますか」
「かなりの煩悩が山間に溜まっているようですし、噂では鐘を突いて煩悩を落としても、他の煩悩がくっついてくるとか。だから移るんですよ」
「煩悩の感染」
「じゃ、誰も行かないでしょ。煩悩をもらいに行くのですから」
「だから、穴場なのです。場所も遠いし辺鄙なので穴場、そして悪い噂があり、二度ともう鐘など突きに行かない」
「じゃ、やめましょう。何のための除夜の鐘なんです」
「ところがです。アタリもあるのです」
「アタリ」
「よい煩悩もあるのですよ」
「ほう」
「これを狙いに行きませんか。穴狙いにリスクは付きもの。しかし当たれば非常にいい煩悩を憑けて戻れます」
「昔の私なら、何も考えないで行ったでしょうねえ。後れを取らないため、即決です」
「今は駄目ですか」
「いや、もう頭もお暮れになったので、緩んでます。一つ、それに飛びついてみますか」
「きっと昔やり残した楽しい煩悩のようなものを拾って帰れるかもしれませんしね」
「ああ、なるほどなるほど」
 
   了





posted by 川崎ゆきお at 13:39| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月01日

3854話 反省会


 蛭田は今年無駄に終わったものをチェックしながら一人で反省会をしていた。これは苦しい。
 できれば思い出したくないことなのだが、その経験を活かせると思っている。しかし、いくら反省しても、また似たようなことをやってしまうことは確か。
 去年も反省会を開いた。これが甘かったのか、身にこたえていないのか、結果的には反省会そのものが無駄。
 つまり、反省会そのものをやることを反省しないといけない。それは反省会の改善ではなく、そんな会を開く必要があるのかどうかの反省だ。
 蛭田が反省する事柄のほとんどは積極的に前に出て、何かを企てたとき。それらを反省によって止めてしまうと、もう前に出て何かをやることをしなくなる恐れがある。成功の美酒が味わえるかもしれないことでも、失敗を恐れて、やらなくなる。
 しかし蛭谷にとり、何かを企てることは生きている証しであり、それを取ってしまうと生きがいがなくなる。
 毎年毎年その反省会を繰り返しているのだが、たまに反省などしなくてもいい年もある。そんな年はあまり良い年ではない。逆なのだ。
 生き生きとしている年は、もの凄く反省材料が多い年で、元気なので、いろいろとやっていたのだろう。そのほとんどは失敗に終わったり、途中でやめたものもある。ただ、それらに向かうときは生き生きとしている。
 今年、蛭田はそれに気付いた。何でもいいから失敗や成功に関わらずやっていることが大事だと。その方が日々元気に過ごせるし、やることがいろいろとできる。忙しいのはいやだが、自分が仕掛けたことなので、やらされているわけではない。
 要するに成功しても失敗しても似たようなものではないか。結果は得られなくても、その間、有意義に過ごせた。そこがポイントではないかと気付いた。
 大きなリスクを負い、無駄に終わったとしても、その間、遊べた。遊んだという感じはないが、充実していた。
 失敗したことも多いが、成功したとしても、それが永遠に続くわけではない。失敗していた方がその後の展開は成功していたよりもよい場合もある。
 失敗も成功もなく、途中でうやむやになり、中途半端で終わったことも多い。その場合、次の何かを探すことができる。だから無駄に終わったとしても次の展開へと進める。あっちは駄目だったのでこっちへ、こっちも駄目だったのでまた違うところへと繋がりはぎこちないが、何となく方角が掴めたりするし行くところができる。
 日が暮れるように今年も暮れゆく頃、蛭田は意外と静かだ。こういう暮れは、来年凄いことが起こる。嵐の前の静けさのように。
 そのため、恒例の反省会も軽く済ませた。反省する必要がないと気付いたためだろう。経験を活かさない。そちらの方が開放的。過去の失敗を活かすのではなく、失敗を活かさないことで、それに足を取られないで進める。
 蛭田の目標というのは大したことではない。成功してもたかがしれている。ちょっとした達成感に浸れる程度。大成功だとしても一時的なこと。最初からそれほど高い望みを抱いていないところはリアル。
 そして成功したとしても、成功したあとが厳しかったりする。下手に成功したばかりに、苦しい日々になる可能性もある。
 何かに成ってしまうと、もう他のものには成れない。
 向かっているときの快さ。それだけでいいのではないかと蛭田は気付きだした。
 成功への道が厳しいとき、そういう転換をするもの。失敗から何を学ぶのかは人それぞれ。そして学ばないことも、また一つの流儀だろう。学びすぎてあり得ないような理想を思うよりも。
 今年の反省会、これは蛭田の一人会だが、例年になく充実したようだ。
 
   了
 
   

posted by 川崎ゆきお at 13:50| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする