2019年01月31日

3884話 風邪


 野中の一軒家、そう見えるのは周囲に家がないためで、草原や山中にポツンとある家ではない。水道やガス、電気など、その家のために引かないといけないので、大変だろう。お隣が遠い。一番近いお隣さんはお寺。朽ちたような寺なのだが敷地が広い。土地持ちなのだ。
 妖怪博士が呼ばれたのは、そういう一軒家で、平屋。木造で戦前に建ったものだが、建て方は丁寧。意外とこういう家は長く住める。しかし、ぼろ家に近いためか、空き屋になり、放置された。やがて地主の寺が貸家とした。
 そこに引っ越して来た隠居さんからの依頼。この年寄りにとって、そこは隠遁のための別荘に近い。敢えてこの家を選んだのは生まれ育った家と同じタイプだったためだろう。親は公務員だった。
「夜になると妙な音が鳴るのですよ。最初は風だと思ったのですがね。何せ一軒家で遮るものといえば庭木ぐらい。だから梢が鳴っているのかと思いましたが、風のない日でも鳴くのです」
「どのような音ですかな」
「ひゅーんと」
「じゃ、風ですな」
「シュワー、ギュワーなどとも」
「それは少し妙ですな。音だけですかな」
「その音が気味悪くて寝付けません」
「しかし、こんな一軒家に越してきて、大丈夫ですか」
「昼間は日向臭いところで、陽気な場所ですよ」
「子供の頃の思い出と繋がるような家とか」
「そうです。間取りも似てましてね。縁側もあるし、庭に花を植えたり、小さな池を掘ったりして、遊んでいましたよ。母親が蒲団を干していて、縁側にも出していましてね。ポカポカに膨らんだ蒲団でして、その上で寝転ぶのが好きでした」
「音はいつ頃からですかな」
「さあ、気にもしていなかったのですが、最初からでしょうか。最初はそんなものだと思っていましたがね」
「台風も来たでしょ」
「はい、来ましたよ。近くを通過しました」
「そのときの風の音と同じですか」
「いい質問です。そうじゃないからお呼びしたのですよ」
「じゃ、風じゃないと」
「はい」
「この近くに変わったところはありますか」
「空き地が多くて、家が建っていないのが不思議ですが、まあ、交通の便も悪いし、町からも遠いので、宅地としては今一つなんでしょう。あと、変わったところといえばお寺があります。一番近いお隣さんがお寺なんて、一寸洒落てますでしょ」
「そうですなあ。年をとると医者を飛ばしてお寺さんコースもありますからなあ」
「ここはそのお寺さんの地所です」
「お寺ですか」
「お寺といっても普通の家に近いですよ」
「お寺さんには相談しましたか」
「いえ、借りているので、何かケチを付けるようで」
「まあ、お寺とその風の音とは関係しないでしょう。しかし、風がないのに、風音がするというのは妙ですなあ」
「そうなんです」
「家鳴りはしますか」
「しません」
「音は決まって夜中ですかな」
「はい、昼間はしません」
「うーん」
 妖怪博士にも分からないらしい。何とか妖怪の仕業に持ち込みたいのだが、寺と強引に結びつけるには、遠すぎる。
「まあ、梵鐘系でしょうなあ」
「梵鐘とは、お寺の鐘ですか。あの寺には釣り鐘はありませんが」
「除夜の鐘と同じです。もの凄く遠くから聞こえてきます。遮るものがなく、しかも静かな、こんな場所ならなおさらです」
「つまり」
「音の通り道なんでしょうなあ」
「でも風がない夜でも」
「風ではなく、音の通り道」
「しかし、何か邪悪な感じがしましてね。それでそのタイプの妖怪ではないかと」
「そんな発想ができるのなら、大丈夫でしょ」
「ここは一つ、何か妖怪名を」
「そうですなあ」
 妖怪博士は一つゴホンと咳をした。
「風邪です」
「邪悪な風という意味ですね」
「しかし、悪意はないはず。従って音色を楽しめばよろしい」
「はい、分かりました。妖怪だと分かれば、安心できます」
「凄い神経ですなあ」
「妖怪なら、大丈夫ですから」
 一軒家からの帰り道、妖怪博士は吹きさらしの中をあるいていた。
 また咳が出たあと今度はクシャミまで出た。
 
   了


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2019年01月30日

3883話 真逆の人


 今日は簡単に済ませようと思うときは保守的で消極的なとき、できれば籠もっていたいが何かとやることがあるため、最低限のことはしないといけない。
 樋口はそんなときは神がサボりなさいと進めてくれると理解する。いったいどんな神で、どんなプロセスでの理解なのかは謎なのだが、啓示のように直接来るのだろう。しかし啓示を発している天の声は樋口自身のもの。つまり臭い声を出しているわけだ。
 この臭みは体臭のようなもので、樋口の匂い。意外と本人は臭く感じない。慣れた匂いであり、もう匂いそのものが分からない。
 さて、その日は何もしたくなかったのだが、仕事を終えないといけない。その日の分だ。これを残すと明日が辛い。その明日もサボると週末が辛い。さらにそこもサボると月末、そして年末が辛いが、そこまで引っ張らないだろう。途中で、もうやらなくなるか、放置する。
 その日の一寸したサボり心が、その後大きな影響を与えるかもしれない。これは善行を積めば良い事が起こるよりも確率は高い。
 時計を見ると定時まで間がある。簡単にやれば間に合う。それどころか時間が余るだろう。丁寧にやれば時間が足りないほど忙しい。そして今日はやる気がないので、それは無理。
 結局さっさと済ませて早い目に終え、社を出た。ラフすぎたかもしれないが、意外と早くできることが分かった。では今までどんなやり方をしていたのだろう。結論は丁寧にする必要はなかったことになる。馬鹿丁寧すぎたのだ。
 これは入社したときから丁寧な人、几帳面な人として評価されたため、それが尾を引いている。実はそれは偽装だった。本当はそんな人間ではない。しかしこの嘘を長く続けた。期待を裏切らないように、また違う面を出すのが嫌なため。
 本当は怠け者で、何もしたくない。だから仕事などしたくない。これが本音だ。そのため、それを隠すため、人一倍よく働き、丁寧で几帳面さを出し過ぎた。過剰なほど。
 それは今も続けているが、一寸しんどいとき、やる気がないとき、その地金が出る。
 樋口にとり、自分を解放するとは、眠らせること。新たな面を出すのではなく、怠け者の本姓に戻るだけ。しかし、これは禁じ手なので使えない。
 世の中には実は真逆の人だったというのが結構いるものだ。
 
   了



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2019年01月29日

3882話 文芸


 晴れた日の何でもない風景が続いている。それは何でもなくはないのは曇りや雨の日もあるため。しかし、雨でも何でもない雨、何でもない曇り空なら特に言うほどのことではないだろう。
 田代は久しぶりに風景を見ている。それがいいものだと感じるのは気持ちの問題。流感が流行っているとき、田代もいち早く流行に乗ったのだが、いち早く治っている。今日ははっきりと治ったことが分かるのか、それで風景が新鮮に見える。風が強いのか空気のよどみがなく、遠くまで鮮明。これは目が悪いときは、その鮮明さは二の次になる。今日は目がいいようで、見通しがきくし解像力も高い。遠くの小枝の雀が見えるほど。しかし、どんな顔の雀かは分からないが、どの雀も同じような顔をしているので、見分けられないだろう。
 昨夜風邪に効くと言われているニンニクを食べたためだろうか。ニンニクを焼いて囓ったのではなく、餃子に入っていた。匂いで分かるが、それほど量は多くない。
 風邪は治りかけていたのだろう。今日は気分がいい。これは珍しいことだ。何かやりたいとか、遠くへ行きたいとか、積極的になる。
 風景の中に踏切が入ってきた。閉まっていないので、サッと渡る。線路の彼方に駅が見える。遠くまで行くにはそれに乗るのが早い。しかし駅まで少しある。見えているがそのつもりで来たのではないので、遠回りになる。
 踏切からは駅は見えているのだが、線路は通れない。これはストでもして止まっていれば別だが、そんなところを普段は歩かない。線路の上を通ることはある。電車に乗れば当然だ。ただ直に足で線路を踏んでいるわけではない。また歩きにくい平行棒のような線路の上ではなく、その脇か間を歩くだろう。
 こういうのは歩き慣れることはない。一生の中で歩くことがあるかないかの経験だろう。特に大人になってから線路を歩くなどはほとんどない。電車が事故で止まってしまい、そのとき下りて歩くことはあるだろうが。
 その線路を渡り、右へ回り込んだ角に喫茶店がある。田代が毎日通っている店で。風邪の日と違い、今日は元気よくドアを開けた。
「またやってますねえ」
「はあ」
「喫茶店に入ったということでしょ。ひと言で済みますよ」
「そうなんですがねえ」
「風邪がその後、何かの伏線になりますか。線路がその後、出てきますか」
「出てきません」
「喫茶店に入り、昔の友達と偶然出合い、話の本筋に入るわけでしょ。今度は喫茶店で注文するシーンを長々と書くのでしょ」
「はい」
「そういう余計な描写はしないように」
「余計なことを書く方が楽しいんですがねえ」
「それにキャラが立ってません。風邪を引いて治っただけでしょ。それにこの人、職業も年齢も分からない。性別もです」
「それはあとで足します。それよりも遠くへ行きたいと思っています。線路はその伏線です」
「そんなもの複線も単線もない」
「その線路は最初から複線でしてね。だから複線を張りました」
「モデルになった路線があるのですか」
「ありません。想像です」
「遠くに見えていた駅は何処ですか」
「架空の駅です」
「見もしないものをよく書けますねえ。モデルぐらいあるでしょ」
「そんなの想像だけで小学生でも書けますよ」
「それとジャンル」
「あ、はい」
「この作品のジャンルは何ですか」
「ぶぶぶ文芸です」
 
   了

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2019年01月28日

3881話 暖かくなる話


「寒いですなあ」
「いや、今日は暖かいです」
「え、寒いでしょ」
「ところが暖かい」
「大金でも入って懐が暖かいとでも」
「大金よりも懐炉を懐に入れた方が暖かいです」
「じゃ、今日は入れていると」
「入れてません」
「じゃ、何故暖かいのですかな」
「さあ」
「鈍りましたか」
「まだ、大丈夫。感覚は正常」
「じゃ、どうして暖かいのですかな」
「考えてみました」
「はい。結果は?」
「先ず体調がいい」
「ほう」
「寝不足ではない」
「それで」
「それが原因です。これだけで暖かい」
「じゃ、今までは体調が悪くて、寝不足だったのですかな」
「そうです。だから着込むよりも、そちらを改善した方が暖かい」
「強い目の哺乳類のようですな」
「哺乳類の特性を活かすのです」
「しかし、熱があるんじゃないのですか」
「平熱です」
「ほう」
「それと足腰がよくなった」
「健康のため、歩いているからでしょ」
「階段を上るとき、足が鈍くなるのですがね。それがない」
「やはり歩くのは大事だ」
「歩いてません。これも体調が戻り、睡眠時間をたっぷり取れば、階段でも足は重くならない」
「そんなものですか」
「はい」
「私は貧乏で震えておりましてな。大金さえ入って来れば、解決します。寝不足でも、体調が悪くても、懐です。懐。ここさえ暖かければ、問題なし」
「じゃ、今、大金があれば、寒さが緩和すると」
「します、します。裸でも過ごせますよ」
「なるほど、人それぞれ」
「朝、起きたとき、寒いでしょ」
「まあ、寒いですよ。冬ですから」
「ところが冷たい水で顔を洗うと暖かくなります」
「顔から熱が出るんじゃないのですか。冷たいので、危険だと感じて顔熱を上げているとか」
「さあ、それは分かりませんが、まあ、寝起き、顔を洗うのが気持ちがいい」
「私は普通の冷たいです。湯沸かし器の湯で洗うほどでもないので、普通に水道の水を手で受けて、それで洗いますが、それほど気持ちがいいものじゃないですよ」
「それと、目がおかしいとき、水で目を洗うと治ります」
「余計に染みたりしませんか」
「そういうときもあります。水が目に入ると、痛くなり、涙が出てきて、止まらなかったりも」
「目医者に行かなければ」
「そうですねえ。しかし、何ともない日もあります」
「私は最近、踵のない靴を履いています」
「あ、そう」
「これはですねえ」
「もういいです」
「私の話も聞いて下さいよ。踵のない靴の方がですね。いいのですよ」
「それなら下駄を履けばいい」
「音がねえ」
「冬は長い目のズボンを履くのがよろしい。裾が靴まで掛かり、地面にまで来るような。これで足首がどれだけ暖かくなるか、一度やってみなさい」
「わたしは」
「何かありますか」
「えーと、思い付きません」
「無理に言わなくてもいいですよ」
「そうですなあ」
 
   了


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2019年01月27日

3880話 漫画原稿依頼


 白根は漫画家志望で地方都市に住んでいる。プロになろうと懸賞とかに応募したのだが、佳作にも入らない。それで、懸賞ではなく、直接編集部に投稿した。
 白根には仲間がいる。同人会だ。いずれもプロ志望者だけの集まりなので、同人誌は作っていない。自分で印刷するのではなく、原稿は印刷されるもの。印刷して貰うもの。だから自費出版はしていない。その仲間はライバル同士で、まだ誰もプロにはなっていない。それ以前に雑誌にも載ったことがない。
 ライバルなので、競い合っている。
 白根はその夕方、もう暗くなりかけているとき、駅前に出た。ネオン看板が多くあるのは飲み屋街のためだろう。駅近くにある喫茶店で待ち合わせることになったのだが、これはまだ仲間には秘密にしている。
 先日電話が掛かってきた。新聞社だ。勧誘ではない。新聞社が出している週刊誌からの依頼なのだ。
 そういえば、使い回しの原稿を方々に投稿しているので、それで引っかかったのかもしれない。漫画雑誌ではなく、いきなり週刊誌。原稿料がいいだろう。漫画雑誌の編集者の目は肥えており、敷居は高いが、新聞社系は専門の漫画編集者はいない。素人なのだ。
 東京からわざわざ地方都市まで編集長が来る。これだけでも、天に召されたに近い。
 しかし、期待は禁物。別の用件かもしれないが、電話では確かに原稿の依頼と聞こえた。空耳ではない。しっかりと聞き取った。
 喫茶店のドアを開け、編集長を探す。それらしい客は座っていないが、かなり早い目に来たためだ。
 そして約束の時間を過ぎても、それらしい人は入ってこない。さらに待つが、来ない。
 電話番号を聞いていなかった。嬉しさのあまり、すぐに切ったためだろ。部屋電話には着信履歴はないというより、その機能がない。
 しかし、東京の編集者が地方都市の駅前にある喫茶店の名をよく知っていたなと、少しだけ疑問に思う。この近くの出身かもしれないし、またこの町に来たときはよく利用しているのかもしれない。
 週刊誌の編集長だが、新聞記者時代もあったのだろう。
 しかし、一時間を経過したとき、別のことを考えた。
 喰わされたと。
 電話の声をもう一度思い出した。こんなことをやるのは同人会の田中だ。
 悪い悪戯をするものだが、引っかかるとは思っていなかった。しかし、そのときは真に受けた。逆にそれが恥ずかしい。
 その後、同人会の集まりでも、そのことは黙っていた。そんな依頼が来るのがそもそもおかしいので、第一声を聞いたとき、すぐに見破れたはず。本来ならこの冗談、そこで終わっている。
 田中にしてやられたので、白根は仕返しをしてやろうと、東京で有名漫画家のアシスタントをやっている先輩に頼んで、出版社の小封筒を探してもらった。
 田中の元へ講談社の封筒が届き、原稿依頼の件が書かれていた。そして打ち合わせ場所も、あの喫茶店。
 田中は時間前にやってきて、待ち続けた。
 白根は田中からは見えない席からじっと覗いていた。そして一時間ほどで田中が立ち上がったとき、すっと姿を現した。
「あいこだね」
「あ、やったな」
「これ、漫画にしたら入選するかも」
「しない」
 
   了
 

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2019年01月26日

3879話 日常生活


 日常というのは最初からそうあったのではない。いつの間にかそうなったもので、気が付けばそんな日々を送っていたことになるが、そんなことはいつ気付くのだろう。これは一寸日常から離れて戻り掛かったとき、気付くのかもしれない。
 日常は成り行きでそうなることが多い。妥協点とか落としどころとして収まり具合が安定したとき、日常になる。計画的になることもあるが、限られたところだけだろう。
 非日常は日常の外だが、その境界線は曖昧。以前なら日常的にやっていたことでも、もう何年もやっていないと、日常に組み込まれていないので、日常外的なイメージになる。しかし以前までそれが日常だったので、非日常というほど大層なものではない。
 また、日常外になっているが、それを取り込み、定着すると、日常内に入る。
 これまでにないものを取り込むと、今までのものと置き換えられることがある。そういうのは何処が起点になり、何がきっかけでそうなるのかは分かりにくいことがある。必要性や成り行きでそうなったとか、または偶然もある。
 日常内とは自分内という感じもある。自分らしいとか、自分に都合がいいとか、好きだとかの価値というより味方だろう。お身内のもの。つまり自分の世界内での違和感のないもの。また特性に合っているのだろう。いずれも自分の世界が結界のように張り巡らされており、その中での話が多い。まったく別世界のことなどは最初から取り組む気などは湧かないが、憧れとか夢とかを感じているときは、それを引き付けたいと思うかもしれない。できればそれを日常の中に取り込みたい。
 また日常の結界は形だけのものになり、それができたときの意味を失っていることもある。ただの癖のようなもの。習慣化され、それをやるのが決まり事になっていたりとか。
 日常の中に異物が入り込むと、追い出しにかかるわけではないが違和感を感じる。これは敵ではないか、自分の世界を崩す脅威となるのでは、などと警戒するが、好奇心もある。
 一寸した異分子的なものを上手く取り込んだとき、これがいつもの日常を活性化させるかもしれない。
 そういうことは実際には繰り返し繰り返しやっているに違いない。そして変化しながらも今の日常パターンのようなものが出来上がっているが、それが完成品ではない。常に何処かが入れ替わったり、増えたり、減ったりしているはず。
 また、なし崩し的にそうなってしまうこともある。崩れると、また作り直すような感じで、日常を変えていったりする。
 
   了

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2019年01月25日

3878話 急がば回れ


 急がば回れというのがある。直線で行った方が最短距離で早いのだが、わざわざ遠回りする。これは段取りを適当にすると、上手く行かず、逆に手間取ることになるので、その準備を整える意味でも、遠回りになるが、やるべき準備はやって進む方が逆に早いということだろう。
 また、急いでいるときほどゆっくりと行く意味もある。焦らず余裕を持って進めた方がいい。
 しかし世の中の多くのことは急いでいるときの方が多い。大事なことほど実は急ぎの用が多い。そして大事なことほど時間を掛ける必要があるが、大事すぎて、時間がかかりすぎる。いつまでも準備してられない。
 そして準備も熟考もなく、段取りもなく、下調べもなく、周辺への目配りもなく、後先考えないでさっとやってしまったときの方が意外とよかったりする。急いでいるので考えている余裕がない。もの凄く短絡的、目先だけ。と思われがちだが、バイパスで繋げているのかもしれない。近道だ。
 過程を省略して仮定を強引に持ってくる。仮定や仮説なので想像に近く、空想に近いかもしれない。裏付けを取っている暇がない。
 また、急を要するとき、結構テンションが上がる。頭の回転も速くなる。熟考の逆で直感で行くようなもの。これがバイパスだ。
 締め切り間際になり、もの凄いパワーを出すようなもので、追い詰められると出なかったものが出てきたりする。
 また何も出ないのに、出ないまま突っ込んだりする。これは無計画。何処へ向かうのかを決めて進んでいるわけではない。とりあえず動き出さないと間に合わないためだ。方角ぐらいは分かるだろう。
 火事場の馬鹿力というのもある。ただ、そういうシーンはハードで、二度とやる気は起こらないだろう。普段なら絶対にやらないこと。
 窮鼠猫を噛むというのもある。鼠もできれば逃げたいのだが、追い込まれて逃げ場を失うと、助かる方法はそれしかない。選択の余地がない。
 鼠は壁を囓る。穴を空ける。猫の歯より強いかもしれない。
 急がば回れは怠け者にとっては都合がいい。
 
   了
 


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2019年01月24日

3877話 初心に帰れ


 初心を忘れるな。などというが、初心とはかなり欲の強いもの。初心を忘れた人の方が欲が弱くなっていたりする。これは逆ではないかと思えるが、初心者の欲は上級者の欲よりも大きい。つまり欲張りだ。その欲がベテランになってくると叶わぬ欲であることが分かりだし、妥当な欲になる。
 初心者は知らないだけに夢を持ちすぎる。だから初心の頃の気持ちを忘れぬなというのは、もっと大それた欲を持てという意味にも聞こえてくる。そんな耳を持つ人は希だろうが。
 初心の頃の気持ち。心身とも溌剌としており控え目。それらはいいイメージだが、子供が純粋ではないように、ベテランよりもたちが悪かったりする。
「では初心に戻れとは欲張りになれということですか」
「まあその欲も壁にぶつかってすぐに消えるが、その欲を持ち続けた方がよいのじゃ」
「何がよいのですか。そんな欲張りの」
「年をとると欲が減る。初心に戻れとは欲を戻せということじゃな」
「逆だと思うのですが」
「君が初心者の頃はどうじゃった」
「そりゃ大人しいものですよ」
「大それたことを考えておらんかったかい」
「あれもしたい、これもしたい。ああいう風になりたいとか、第一人者になりたいとか」
「それみなさい。もの凄く欲張りじゃないか」
「いろいろな可能性がありましたからねえ。まだ何も始めていない頃なので、夢ばかり膨らませていましたよ」
「我欲を膨らませていたんだ。だから欲張りじゃといっておる」
「それは何も知らない初心者だからですよ。それで普通でしょ。まさか初心者の頃から隠居さんのようなことを思うわけがないし。そちらの方がおかしいですよ」
「初心は忘れる方がいい」
「いわれなくても、そんなもの忘れていますよ」
「そうか、それならいい。それに初心の頃の欲に戻るにはきつすぎるしな」
「そうですよ。若いからパワーがあったのです。気持ちだけ戻せてもパワーが付いてきませんよ」
「だからうまくできておる」
「でも初心に戻るとは、一からまた新鮮な気持ちでやり直すという意味じゃありませんか。出直すような」
「それは初心の頃の大きな欲に戻ろうということじゃな」
「初々しくて、真摯で、素直で、いいイメージなんですがねえ」
「初心を貫いておる奴もおるが、迷惑じゃ」
「純粋だからでしょ」
「それが一番の強欲。これほどたちの悪いものはない」
「あ、分かりました」
「何がじゃ」
「師匠はもしかして初心者の心を今もずっと持っておられるのではないですか」
「違う。そんなもの一日で捨てたわい」
「そうですかねえ」
 
   了


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2019年01月23日

3876話 ささやか暮らし


 笹岡は挫折し、さらに体調も崩したとき、もうささやかなものでもいいのではないかと思うようになった。コンディションが戻ればまた再開できるのだが、初期の目的は叶いそうにない。
 精神力など一寸した肉体的なことでころりと落ちたりする。笹岡もそれで落ちた。元々根性がなく、精神力も弱いのだろう。
 それで身体の回復を待ちながら散歩をしていた。散歩も体力はいるが重労働ではない。それにとぼとぼ歩き程度なら問題はない。普段よりも半分以下のスピードだが、散歩なので急ぐ必要はない。
 歩くだけでも苦労するわけではないが、普通に歩けない。しかし、毎日歩いているうちに、徐々に回復していった。笹岡はここで得たものがささやかなもの。小さな目標のようなもの。それにチェンジする気になった。これなら体力や精神力が弱くても何とかなる。
 つまり小さな幸せ以前の、もっと小さくて、それが幸せなのかどうかさえ分からないほどの目標に変えた。
 もっとも幸せを得るためにやってきたわけではない。何かを得れば幸せになれるとしても、幸せを直接得ることはできない。
 笹岡が気付いたのは、得ることではなく、捨てることで得られる幸せさのようなもの。
 笹岡は体調が戻ってからも、規模を減らし、小さくした。将来に繋がるであろう案件なども捨てた。どうせそのまま放置したままだったので、特に決断はいらない。それでプレッシャーがぐっと減った。
 いろいろな関係者などの人脈も極力切った。後々役立つ人達と思い、関係を続けていたのだが、その後々はもうないようなものなので、これもすっきりした。
 そしてささやかなものへと走ったのだが、これはこれでまた難しい。ささやかなことで得られる満足度が低いためだ。
 それに元気さが戻り、やる気も起きてきた。
 そしてまた大きい目のことをやり始めようとしたのだが、今回は本気になれなかった。一度ささやかなものを求めたためだろうか。大きなことが大層に思え、やる前から疲れてしまう。
 いろいろな関係者とも疎遠になっていたので、笹岡のことなどもう忘れられていた。
 あのとき、ささやかなものへとスタートを切ったのが効いているのだ。
 だから目的はささやかなものとなったのだが、これがなかなか見付からない。簡単に見付かり、簡単に手に入るはずのささやかなものなのに、得たときの気持ちの入り方が違う。つまりささやかな楽しみとか、ささやかな幸せなどが実感できないのだ。
 仕方なく笹岡は、また大きい目のことをやり始めた。関係者とも再び接触し、以前のような動きに戻った。
 大層なものより、このささやかなものの方が攻略が難しいようだ。
 
   了

 

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2019年01月22日

3875話 黄泉の石蛙


 源五郎が拾ってきた蛙石。これは蛙の形にそっくり。蛙が石になったのではないかと思えほど。源九郎は渓谷の奥にある小室で発見したという。
 村の物知りがそれを見て、これは大変なものを引っ張り出す、あるいは引きずり出すかもしれないといい、元の場所へ戻すよう源五郎に命じる。
「爺さん、それはどういう意味ですか」
「自然にこんな蛙の石ができるわけがない。蛙そっくりじゃないか。これは作ったものじゃ。彫ったもの。それにあの小室は昔から怪しい。まさか奥まで行かなかったじゃろうなあ」
「蛙は入り口にありました」
「では出てきたのじゃ」
「蛙石がですか」
「奥からな」
「あの小室は何ですか」
「得体の知れぬ法師が作ったもので、蛙の穴じゃ」
「え、蛙の巣なのですか」
「蛙石の巣じゃ。オタマジャクシから蛙になる蛙ではなく、最初から蛙の姿をして生まれてくる蛙でな。そんなものは世の中には存在せん。法師が何か妙なマジナイで、出してきたのじゃ。小室の奥に小さな穴が続いておる。それが蛙穴。黄泉の国と繋がっておる。だから普通の蛙じゃないんだ」
「しかし、石でしょ」
「動かん」
「不自由そうですねえ」
「足で動くわけじゃない。全体が動く」
「この石蛙もそうですか」
「そうじゃ。寝ている間に消えたりする。物騒なものじゃから元にあった場所に戻してきなさい」
「どうして石になったのですか」
「法師が石化の呪文で石にしたと伝わっておるが、元々石だったのかもしれん」
「分かりました。お爺さん」
「返してくるんじゃぞ」
「はい」
 しかし、源五郎は渓谷へ下りるとき、滑って転倒したはずみで、蛙石を割ってしまった。
 どう見てもやはり石だった。長老がいい加減な嘘を言ったのかもしれない。
 源五郎は怪我をしたため、渓谷まで下りるのを諦め、二つに割れた蛙石を渓谷に投げ込んだ。
 その後、源五郎にも村にも変化はなかった。
 
   了

 
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2019年01月21日

3874話 狂妄想


「一寸調子が悪いのですが」
「それはチャンスですねえ」
「え、そうなんですか」
「テンションも低くなるでしょ」
「はい、低調です」
「その低いときに決めたことは上手く行きます」
「そんな解釈があるのですか」
「ないかもしれませんがね。これは私の経験上だけの話ですから、普遍性はありません。最も普遍というのは当てにならないこともある。個人の事情と普遍が合わない場合」
「そんな難しい話じゃなく、本当にチャンスなのですか」
「底からの発想です。これはベースとして安定しているのです」
「調子が悪いので、頭も回転しません。こんなときにいい選択ができるでしょうか。決め事そのものが嫌になります。もっと元気なときにやりたいと思うのが普通でしょ」
「真夜中の狂妄想の逆です」
「狂妄想」
「夜中、もの凄く盛り上がって、もの凄いことを思い付く。そんなこと、ありませんか。そして朝になると、もう冷めている。とんでもないことを考えていたものだと思い、もうその続きは考えない」
「それが狂妄想なのですか」
「妄想を抱くのは結構です。しかし狂妄想になると、それは狂っている。これは盛り上がりすぎて、関所をいくつも破るほどのたちの悪い妄想になるからです。だから本人も朝起きると、それに気付いて、もう考えない」
「テンションの低いときはその逆になるわけですか」
「そうです安定しています。冒険はしない。とんでもないことを考えるだけの体力も、気力もない。底ですから。こういうときに物事を考えた方がいいのです。だからチャンスなのですよ」
「しかし、そんなとき思い付くようなものは、あまり大したことじゃないですよ。結構内に傾いています。外に向かってよりも」
「しかし、冷静でしょ。きっと真っ当な判断ができると思いますよ」
「そんなものですか」
「元気なときから見れば、面白味のない話ですがね。地味すぎるとか、小さすぎるとか、大したことじゃないとか」
「そのメリットは何でしょう」
「発想が騒がしくない」
「調子の悪いときの沈んだような気持ちとお揃えですか」
「そうです。外連味がない」
「外連って何ですか」
「俗受けです」
「すると」
「自分自身が受けるようなものじゃない発想」
「調子が悪いので、難しい話ですので、頭が回転しません」
「自分というのは他人の中にいるのですよ。それがなければ自分は浮かび上がらない。だから人受けするとは自分受けするのと同じようなもの。全部自分じゃなく、他人だったりしますしね」
「はあ」
「しんどいときは外連味たっぷりの臭い芝居をする気力もないでしょ。だからチャンスだといってます」
「もの凄い回し方ですねえ」
「どうです」
「はい、今日は調子が悪いので、何となく受け入れてみます」
「元気なときの考えより、きっとあなた自身のためになることを思い付きますよ」
「はい、参考にしてみます」
 
   了



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2019年01月20日

3873話 天然主義文学


 角を回ると吉田の家が見える。電柱が邪魔をし、最初は見えないが、そこには古びた質屋の広告。その質屋も古び、今は営業していない。看板も錆びてしまい、質の文字に切れがない。質を丸で囲んでいたのだが、それも今では途切れている。
 吉田の家は見えているのだが、まだ門だけ。その手前に数軒の家がある。その左側は公園の植え込み。密度の濃い葉のためか、公園内はよく見えない。しかし一本だけ違うものが植えられており、それが椿。この時期、ここが赤くなる。何故一本だけ種類の違うものが植えられているのかは察しが付く。右側の家の主が植えたのだ。
 公園の生け垣だが、その手前の余地、これは道路上ではなく、少しだけスペースがあり、花壇になっている。公園の花壇ではなく、前の家が勝手に庭のように使っているのだ。
 そこを通過すると、もう一軒家があり、煉瓦塀で煉瓦の門。近所付き合いが全くない老夫婦が住んでいる。その隣が吉田の家だが、まずは門。これはお隣に合わそうとして煉瓦風だが、実際にはブロック塀と変わらない。質感だけを模している。それがみっともないと思ったのか、隠すように吉田は蔦を這わせている。偽の煉瓦よりも、この蔦を見てもらおうとするかのように。
 蔦は門を越え、回り込んでいる。吉田が植えたので、蔦がいくら枝分かれしても、根元は分かっている。そこを切れば、始末できる。
 門はあるが門戸はない。あると開け閉めが面倒だし、カギもいる。それを持ち歩くのが面倒。また落とすかもしれない。だからスペアキーも用意する必要がある。キーは玄関だけでいい。これなら持ち出すのは一つで済む。
 門から玄関口までは通路だけ。左右は他人の敷地。つまり吉田の家が奥まったところにあるので、門から入っても庭には出られない。玄関のドアを開けない限り、敷地内には入れない。だから門は開けたままにしている。
 その日、いつものようにそこを通り、玄関に辿り着く。
「これ、全部いらないですよ。一行でいいです」
「はあ」
「角を回ってから玄関まで行く描写ですが、必要ですか」
「はい、写実派なので」
「そんなに見事な描写じゃないでしょ」
「軽くスケッチ風に」
「質屋の看板、公園前の植え込みに混ざった椿。煉瓦門。蔦の絡まった吉田の家の門。何に絡んでいるのですか」
「偽煉瓦の門に」
「そうじゃなく、ストリー上での絡みですよ」
「別にありません」
「門から玄関までの通路。確かにそういう家、ありますねえ。奥まっていて。これが何かに絡んできますか。または心理の変化などを表すときの記号になってますか」
「なってません」
「だから家に戻っただけでしょ。言いたいことは」
「はい」
「だからこのあたりの描写、全部無駄ですから、削除です」
「ここを書いているとき、一番楽しかったのですが」
「これじゃ退屈で読んでられない」
「はい」
「さっさとメインの筋を展開させないと」
「な、なかったりして」
 
   了


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2019年01月19日

3872話 焚き火


「寒いと何もできませんねえ」
「寒くなくても、何もしていないのでは」
「ああそうでした。しかし寒いときは動きたくない」
「暑いおりもそんなこといってましたよ」
「暑くていけませんから。しかし夏籠もりはないでしょ。冬籠もりはある。この違いですねえ。夏は暑くて何もする気にはなれませんが開放的です。明るいし、また日も長い」
「でも冬の方が部屋を暖かくしておけば夏よりも過ごしやすいでしょ」
「それは言えてますが、気分が違います」
「しかし、冬籠もりは冬眠じゃない。ずっと寝ているわけじゃないでしょ。何かやっているはず」
「一年中通してやっていることはありますよ。これは日課ですからね。しかしそれプラスが問題なのです」
「日課以外の用事とかですね」
「そうです」
「私は日課も減ってきましたよ」
「ほう」
「もうやっても必要のないことがありますからね。だから日課が減った。それでますます暇になりました」
「じゃ別の日課を増やせるじゃありませんか」
「それを考えているところです」
「僕もそうなんですが、増やす気になかなかなれない。何もしたくないというのが本音です。だから寒いときは冬籠もり。しかし、籠もって何をするのかとなると、それがない」
「要するに二人とも暇ということですね」
「いや、日課で結構忙しいのです。あなたのように日課を減らせればいいのですが、そうすると、私が私でなくなるようなことになります。それじゃますますやる気がなくなる」
「別にしなくてもいいことでしょ」
「そうですねえ、しかし、それを続けているから私が私でいられるのです」
「ほう、難しいことを言い出しましたねえ」
「生き方に関わります」
「それは大事だ」
「ただの自己満足でしょうねえ。小さな満足を日々得られるだけですが、これが糧になります。エネルギーを燃やすと、またエネルギーになり、それを燃やすと、またエネルギーになる」
「どういうエントロピーでしょうねえ」
「これはおそらく分裂するからでしょうねえ。そのとき出るエネルギーです」
「では日々凄いことをやっているじゃありませんか」
「日課ですからね。これは腹が減ればご飯を食べる程度の日課です。やっている本人は普通のことです」
「それで日課は増えるのですか」
「一つ増えると、一つ減ります」
「僕は減りっぱなしだ」
「日課は詰まらんものです。日々の生活のようなものでしょ。やっている中身よりも、他のことを考えながら過ごしていますよ」
「僕は日課を減らしたので、楽にはなりましたが、暇で暇で仕方ありません」
「そうでしょ。結局は暇潰しです。暇が潰れるようなものなら何でもいいのです。適当にエネルギーを燃やせるものならね」
「いい日課を一つ増やしたいところです」
「私もそうです。しかし冬場はいけませんねえ。前に出る気がしなくなります」
「そうですねえ。暖かい場所で、寛ぎたいですよ。しかし、寛ぐネタがない」
「そうなんです。だから何かをしないと寛げないわけです。ずっと寛いでいるのなら、あとはもう昼寝ぐらいしか残っていませんからね」
「いやあ、参考になりました」
「ここに大きな秘密があるような気がします」
「ほう、どんな」
「何かを燃やすことが大事かと」
「じゃ、焚き火でもやりますか」
「そうですな」
 
   了




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2019年01月18日

3871話 詰める


「何を考えておられるのです」
「ああ」
「おっしゃっていただければ、そのように致します」
「いや、大したことじゃない」
「やはりそうでしたか」
「気にするようなことではない」
「しかし」
「言っても詮無いこと」
「ご命令を」
「命じる必要はない」
「では、お一人で」
「うむ」
「しかし、お聞かせください」
「そうか」
「やっとその気になられましたか」
「ずっと気にはしている」
「で、どのような」
「些細なことじゃ」
「はい」
「詰められん」
「はあ」
「将棋じゃ」
「それなら、我々が何とか致しましょう」
「詰めるのは難しい」
「我らにお任せを、そんなことをお一人ではできぬこと」
「これは一人でやるもの」
「我らも被りましょう。できれば、我らだけでやらせてください」
「それはできぬ。一人でやるもの」
「このところずっと思案されております。心配でなりません」
「もういい」
「あのことでしょ」
「詰めが甘い」
「身動きできぬように我らが計りましょう」
「いや、これは一人でやる将棋」
「それはいけません」
「助けは無用」
「はあ」
「分かっておるのか」
「島崎様のことでしょ」
「違う。詰め将棋で詰め寄るどころか、わしが詰まってしもうてな、何ともならん。一からやり直すにしても、ここまで詰めたのは初めて、二度と同じことができんかもしれん。あと一歩。あと一歩」
「詰め将棋」
「歩じゃ。歩を甘う見ておった。あの歩が邪魔で何ともならのじゃ」
「島崎様の歩と言えば使い走りの立花。分かります」
「そういう話ではない。島崎も立花も出て来ん。詰め将棋の続きを毎日やっておるといっておるじゃろ」
「分かりました。島崎様の前に、立花を始末しましょう」
「違うと申しておるに」
 
   了




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2019年01月17日

3870話 夢の残党


「あの頃ねえ」
「そうです。あの頃のようにはいきませんか」
「あの頃は遠い夢を見ていた」
「それは可能な夢でしょ」
「しかし、力不足で、遠くまでは行けなかった。一寸町内を出たところで、終わっていた」
「いえ、もう少し遠くまで行ってましたよ」
「夢があったからねえ」
「今はないと」
「距離が短くなっただけだが、それもどんどん狭くなった」
「もう一度野望を抱かれては如何です」
「それは如何なものか」
「あの頃の仲間はほとんどいません。減りました。残っているのは私とあなたぐらい。無人の荒野を行くようなものですよ。遮るものがない」
「もう誰も見向きもしなくなったためでしょ」
「すいてます」
「行列ができない店へ行くようなもの。あれは行列ができておるから入りたがる。しかし、それだけのものがあるから並ぶんだろうねえ」
「今ならあの頃の夢を掴み取れますよ」
「君と二人しかいない。掴めて当然だ。そんなに掴みたいのなら、君が独り占めすればいい。何故そうしない」
「一人では心許ないので。それにあなたはリーダーだった」
「私が放棄すれば、君は行くかね」
「さあ」
「頼りないねえ。欲しくはないのかい」
「少しだけ」
「もう本気で欲しがるようなものじゃなくなっている。得たとしても大したことはない。しかし夢もカスを掴める」
「はい」
「しかし、まだそんな情熱が残っているのだから、大したものだよ」
「いえいえ、簡単に手に入るのですから、情熱も必要じゃありません」
「しかし、若い頃果たせなかった夢が果たせる」
「そうなんです。それが大事かと」
「うーむ」
「今頃手に入れてももう遅いということでしょ」
「そういうことだ」
「じゃ、私が一人でやります」
「そんなことはいちいち断らなくてもいい」
「もしもですよ」
「何かね」
「まだ役に立つ可能性もあります」
「既に終わった世界だ。誰もそこへは向かっていないのがその証拠」
「意外とそれが盲点かも」
「もしかして、と考える程度の夢か」
「そうです。もしかして、です」
「うーむ」
「どう化けるかは分かりません。復活するかも。そのときは先頭に立てますよ」
「しかし、若い頃、挫折したものなど、もう二度と見たくない」
「その気持ちは分かりますが、情熱を持ち続けていることが大事です」
「いや、もうあのことに関しては情熱など消え、すっかり冷めておる」
「そこを温めるのです」
「君一人で行きなさい」
「こういうのは一人ではできません」
「困ったねえ」
「簡単に取れます。情熱も継続力も必要ありません。瞬発力も、知識も。何故なら、競う相手がもういないのですから」
「しかし夢には相当しない」
「ですが叶うのです」
「分かった。君がそこまで言うのなら、付き合うよ」
「有り難うございます」
「夢見る力がなくても叶う夢か」
「はい、いい趣向でしょ」
「そうだね。一人じゃ馬鹿らしくてできんが、確かに二人ならできる」
「あの頃のように進みましょう」
「よし分かった」
 
   了



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2019年01月16日

3869話 階段落ち


「これはよく見る夢なんですが」
「はい、お話しください」
「階段の夢です。鉄の階段でして、壁沿いにあります。その階段がぐらぐらするんです」
「それは知っている階段ですか」
「そうです、昔住んでいた木造モルタル塗りの文化アパートです。しかし階段や二階の通路だけは鉄骨が入っています。むき出しの。だから階段も鉄です」
「それは昔住んでいた場所の階段というだけの夢でしょ。だから思い出のようなもの」
「上り出すとぐらぐらがひどくなり、一段ほど欠けていたり穴があったりで、それに二階への階段なのに、長くなっているのです」
「ほう」
「そして上りきるのですが、外側の手すりがぐらぐらで、その端の鉄柱も頼りないものでして、横へ回転するのです。上の屋根から外れているのです」
「それは実際にありましたか」
「ありません。夢の中だけでの話です」
「それから?」
「今度は下りるときが大変で、上るときよりも怖いのです。上るときに比べ、勾配が強くなっています。それに下を見ると、地面が遠い。三階か四階ほどあります。それで下りられないのです」
「部屋はどうなっています」
「部屋の中は夢では出てきません。階段付近だけです」
「はい」
「結局、勇気を出して下り始めるのですが、途中で階段がガクンガクン、がーんがーんと音を立てて壊れ始めました。先ず手すりが落ちました。そして壁沿いだったのが、そこから外れて、空中に浮いているのです。これは危ないと思いながら何段か下りると、ちょん切れました。それががーんと地面に落ちました」
「それは危ない」
「もう階段か何か分からないものにぶら下がっている状態です。これは落ちる。下に落ちるとワーとなったとき、夢が覚めました。このバリエーションは複数あるのですが、まあ似たようなものです。これは何でしょう」
「階段が落ちる夢でしょ」
「そうです」
「階段落ち」
「え」
「階段からあなたが落ちるのではなく、階段が落ちる夢で、それを階段落ちといいます」
「そういうタイプの夢があるのですね」
「そうです」
「それは何を表しているのですか」
「ただの落とし話でしょ」
「意味はないと」
「はい」
 
   了



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2019年01月15日

3868話 菜の花を見た


 どんよりと曇った冬の空。雨になるか雪になるか。おそらく雨だろう。降るとしてだが。なぜならそれほど寒くはないため。
 小林がそんな空の下を自転車で走っていると、畑に菜の花が咲いている。それもたった一株。まだ大寒前。冬の終わりなら春を知らせてくれるが、まだ早い。春の前に真冬の底が待っている。
 菜の花であることは間違いない。毎年この畑の横を通っており、春になると菜の花畑になる。
 小林は不思議なものを見た思いだが、冬でも桜は咲く。
 自然の理は季語とは違う幅やばらつきや例外がある。冬に咲く朝顔、これも珍しくはない。
 その畑の菜の花、見たのは小林だけではないはず。畑の主も見ているし、当然通りがかりの人も見ている。だから、小林がそれを見たからといっても特別なことではない。誰でも見ることができる。ただ、受け取り方が違う。
「冬の菜の花ねえ」
「啓示です」
「すぐにそこへ行く悪い癖があるね」
「今年は春が早い」
「それは啓示ではないでしょ」
「そうでした」
「君は予言を信じるかね」
「予言など聞いたことがありません」
「そうだね。予言者もいないしね」
「昔の予言は聞いたことがあります。読んだり、ドラマで見たりとか。ゲームなんかにもよく出てきます」
「リアルで聞いたことは」
「一種の予言ですが」
「どんな」
「新製品の予言とか」
「それは予想だろ。もっと神秘的なのはないかね」
「ありません」
「じゃ、菜の花を見て、予言と思ったのはどうしてだい」
「予言ではなく、啓示です。お告げのような」
「そこにどうして結びつけるのかね」
「ドラマでよくありますから」
「それで君は菜の花から啓示を受けたと」
「いや、そこまでいきません。意味するところが分かりませんから。ただ春が近いというだけで」
「素直な解釈だ」
「でも強引に結びつけられなくもありません」
「消極的な言い方だね。自信がないためだろ。言ってみなさい」
「春の意味です」
「ああ、この世の春とか、我が世の春とか、そういう解釈だね」
「春にはいろいろな意味が含まれていますから、それとは限りませんが」
「じゃ、何かね」
「ただの印象ですが、良いことがあるような気がしました」
「その根拠は」
「気がしただけです」
「気のせいだ」
「はい」
「しかしねえ」
「何でしょう」
「どうしてそういうことを私に話した。話すような内容じゃないでしょ」
「ネタです。会話の」
「あ、そう。まあ少しは間が持った」
「はい」
「しかし、他の人には言わない方がいい」
「そうなんですか」
「弱々しく見えるからね」
「意味がよく分かりませんが」
「啓示とか予言とか、そっちの話はしない方がいいのです。ここでは」
「はい」
「私達の仕事を全部否定しかねないのでね」
「あ、はい」
 
   了


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2019年01月14日

3867話 リアルなファンタジー


 誰が敵か味方か、分からないことがある。敵や味方は最初からいるわけではないが、そのうちできてくる。またディフォルトの味方もいる。最初から味方であろうと思えるような集団。当然その中にも敵がいる。味方なのだが、敵。
 逆に敵の中にも味方がいる。すると味方の中の味方と、敵の中の味方が味方の総数となる、そういう見方もあるが、敵か味方かよく分からない存在もある。人や場所、団体なども含めて。
 ある事象で敵が味方になり、味方が敵に回ることもある。だから誰が敵か味方かが分からなくなったりする。動きがないときは分かりやすいが、変化すると分かりにくくなる。
 ある事柄では味方になってくれるが、ある事柄では敵になってしまう。
 敵の敵は味方ともいわれている。共通の敵を持つ場合、組んだ方が有利。それで敵を倒すと、今度は組んだときの味方が敵として浮かび上がったりする。
 また敵に打ち勝ち、それを味方に加えるたり、敵に負けて、その敵の味方をするようになることもある。
 また全ての敵を打ち払い、全部が味方になったとき、味方の中に敵を作ったりする。
 天敵が救いの神になったり、守護神が疫病神になったりもする。
 ということは敵も味方も同じようなものだろう。
 宿敵もいる。これは長いだろう。宿命の敵なのだから。これは早く倒してしまうと、やることがなくなったりする。だからといって新しい敵を作るわけではないが、そんなことをしなくても敵は現れる。
 背中を撃たれる。これは味方側が急に敵に回って襲いかかってくる。背後からなので、油断している。背後にいる身内なのだから、その方向には敵がいないはず。これは裏切りだろう。まさに正面からではなく裏から斬られる。
 本当は味方同士なのに、同士討ちのようなことになることもある。内紛だ。
「父ちゃんは敵だ」
 と叫んで家を飛び出した息子もいる。本当の敵よりも、厳しい親の場合、そんな気にもなるのだろう。
 敵の発生と味方の発生はどちらが先か。敵がいるから味方を集める。また、敵ではないというだけでは味方ではないが、味方に付けることもできる。
 味方が多いので敵が発生することもある。どちらが先だろうか。
 これはその人の物語に関係する。夢や希望とか将来。それを叶えるのを邪魔立てするものを敵と見なしたりする。
 それが淡い夢でも、リアルで可能な夢でも、同じようなもの。その人のストーリー上では敵になるのだろう。
 しかし、物語には起伏や意外性が必要。敵が味方に、味方が敵に、などは物語の常套手段。
 リアルなファンタジーを人は書き続けながら歩むのだろうか。
 
   了



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2019年01月13日

3866話 蓬莱窟


 蓬莱窟の場所を知っている人物をやっと探しあてたが、ただでは教えてくれない。大金を払っても無理だが、どうせそんな金はない。脅しつけて聞き出すのも気が引ける。
 しかし、この人物、困った人ではないが、困りごとがあるらしく、そのことを知る。それを解決してやれば蓬莱窟を教えてくれるらしい。
 この人物の娘が行方不明になり、それを探し出せばいい。この人物もそれなりに探したのだろうが、それでも見付からないとなると、赤の他人では無理。また人にも頼んでいるはず。
 既に亡くなっているのか、または進んで家を出たのかもしれない。それなら生きていても姿を表さないだろう。
 蓬莱窟。それは人が掘った横穴で、そこに貴重なものがあるらしい。しかし、何処にあるのか分からないのだから、行きようがない。娘もそうで、行方不明で手掛かりもないので、探しようがない。
 ところが先に娘の手掛かりが分かった。その手掛かりを知っている人がおり、その人を探すことになる。その人は旅の商人。これは分かりやすいが、今何処にいるのかは分からない。四日前まで滞在していた宿場がある。それで場所ぐらいは分かる。
 宿場宿場を泊まりながら旅をしているのなら、計算すれば、どのあたりの宿場にいるのかが分かる。急いで行けば、商人の行く距離をどんどん縮められる。
 数日で、旅の商人が昨夜までいた宿屋を見付ける。そして翌日、宿場近くの村で櫛や簪を売っているところを押さえた。
 商人に娘のことを聞くと、それらしい娘から話しかけられた同業者から聞いたという。この櫛売りは直接娘とは会っていない。
 それで、その別の商人、これは膏薬売りだが、商売に出るのはたまで、いつもは故郷にいるらしい。そこで膏薬を作っているらしい。
 その故郷へ行くと、幸い狭いエリアで商っているらしく、近い場所にある。少し山奥だが。
 それで膏薬売りに娘のことを聞くと、その娘は遊女らしい。旅の遊女なのだ。年格好は合っているが、どうして遊女などになったのかは分からない。しかし、その遊女が嘱する場所がある。何らかの組織に入っているのだ。勝手にやっているわけではない。
 その家を教えてもらう。
 しかし、廃業したらしく、もう遊女の住処ではなくなっていた。
 だが、多少の手掛かりを得たので、蓬莱窟を知っているあの人物に知らせに行った。探しても見付からなかったが、最新情報を伝えることで、蓬莱窟の場所を教えてくれるかもしれないと思ったわけではないが、それ以上探すのが億劫になったのだろう。 その人物、つまり娘の親だが、その消息を聞いただけで安堵したようだ。娘が行方をくらましたのは、遊女になりたかったため。親はとんでもない話だと思い、当然許さない。
 それで改めて蓬莱窟のあり場所を聞くが、やはり駄目だった。
 それでもその人物の家業の炭焼きを手伝ったりして、粘っているとき、遊女が帰ってきた。
 その容姿を見て、これは客など付きようがない。だから遊女見習いのまま終わったらしい。
 娘は炭焼きを手伝い、元に戻った。
 その娘から蓬莱窟のことを聞くと、簡単に教えてくれた。すぐ近くの渓谷にあるらしい。
 言われた通りの険しい道を下って渓谷に出る手前で、もうその横穴ははっきりと見えていた。これなら、自分で探しても見付かっただろう。
 人が掘った横穴だけに浅い。その奥まで入っても光は届く。
 やっと探し当てた蓬莱窟だが、めぼしいものはない。壁に仏像の浮き彫りがあるだけ。しかし、岩盤を掘り、さらに仏像まで刻むのだから、長い年限が掛かっただろう。
 仏像は入り口付近に多くなり、奥へ行くと、もうないが、掘りかけの仏像がある。岩に刻んだ磨崖仏だが、途中で放置している。これが展示場なら、まだまだ展示できるスペースがある。
 それでがっかりして戻り、炭焼きの男に、あれはどういうことかと聞く。
 すると、あれを彫っているとき涅槃状態になり、不老不死の仙人になったような気になるとか。だから、そんなバカな真似をさせないように教えなかったらしい。
 蓬莱窟を探していたこの男も、それで納得したようだ。そして、炭焼きの娘と結婚した。
 そこを立ち去らなかったのは、あの蓬莱窟、それだけのモノではなく、まだこの炭焼きが本当のことを隠していると感じたため。
 それから歳月が流れ、炭焼きは老いて亡くなった。最後まで蓬莱窟の秘密は聞き出せなかった。
 二人の間にできた子が娘になった頃、行方不明となる。間を置かず、さっと旅人が訪れ、蓬莱窟の場所を聞きに来た。
 
   了
 


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2019年01月12日

3865話 千枚漬け仕事術


 山下は余裕がある。おかずの予備があるためだ。おかずとは何か。ご飯のおかずだ。
 普段使っているお金は小銭と千円札。万札を使うようなことは余程の買い物でないとないので、日常の中にはない。ところが千円札が切れ、五百円玉もなく、百円玉や十円玉ばかりになった。それらはズボンのポケットに入れているので、手を突っ込めばすぐに分かる。紙がない。
 それでは困るので、万札を崩さないといけない。場所としていいのはスーパーだ。多い目に買えば千円前後使う。
 それでタイミング的に夕食前だったので、食材を買うことにした。その日に食べるものしか普段は買わないのだが、保存が利くものなどを余分に買った。レトルトもので室温で保存できるハンバーグセットとか、棒鱈とか、おでんセットとか。
 もうそれだけで三食分の夕食が間に合う。棒鱈など一気に食べるわけではないので、結構持つ。一応魚だ。しかも常温で保存の利く。
 それで一万円札を出し、おつりで千円札を多く得た。どうせ買わないといけないおかず。贅沢をしているわけではない。買い置きだ。これで四日ほどは持つだろう。
 当然それらはメインのおかずで、それだけでは淋しい。ハンバーグセットに少しだけブロッコリとポテトフライが入っているが、それでは足りない。また味噌汁の子もいるだろう。豆腐や野菜は買い足せばいい。葉物は買いだめできない。
 それで千枚漬けを買った。冬はこれがいい。カブラを薄く切ったもの。甘酸っぱさがあり、そこに昆布が入っており、その粘りがいい。カブラの粘りか昆布の粘りかは分からないが。またアクセントとして小さな唐辛子が入っている。白地に赤は目立つ。さらに大きな円形ではなく細かく切ったものなので、食べやすい。
 山下に余裕ができたのは、おかずの買い置きができたため。これで数日は夕食の惣菜について考えなくてもいい。
 予備がある。これが余裕に繋がった。その間、準備しなくてもいいことも。
「おかずねえ」
「そうです。おかずの予備。これのあるなしでは余裕が違います」
「ただの惣菜でしょ」
「いやいや、これは食欲とも関係します。カロリーや栄養素をガソリンのように入れれば、大丈夫というわけじゃありません」
「米がメインでしょ」
「ああ、米は当然ありますよ。一番小さな袋でもそこそこ持ちますよ。毎日買いに行くようなものじゃありません」
「ご飯さえ食べておれば、それでいいでしょ」
「それじゃ、つまらんでしょ。ご飯だけでは。それに塩分とか、そういうのがないと、ご飯だけ食べるのはきついですよ」
「しかし、余裕というのはねえ君」
「はい」
「おかずの買い置きがあることかね」
「三日か四日はいけます」
「それは食事での余裕かね」
「食費はあります。食べるものが買えないのではありません。しかしそれほど余裕はありませんが」
「そうだろ。余裕のある生活とは、食費以外でも金が使えることだ」
「エンゲル係数ですね」
「最近あまり聞かんがね」
「しかし、先日、それで余裕とは何かのヒントを得たのです」
「買い置きのようなものがあるかどうかでしょ」
「これは下準備が豊かだと、余裕が生まれるのと同じでしょ」
「そう持っていくか」
「学校でも予習して行けば、余裕です」
「一番大きいのは貯金だろ」
「それには限界があるでしょ。それに貯金のために節約すると、日々が淋しいままです」
「何が淋しいのかね」
「日々の憩いがです」
「まあ、それはいいが、その余裕の教訓を活かして、仕事も余裕を持ってしなさい」
「仕事は嫌ごとですから、どうせ何を仕込んでも嫌なことは嫌なままです」
「そんなおかずのことなどどうでもよろしいから、仕事術を身に付けなさい」
「はあ」
「おかずに買い置きで得た教訓を活かせばいい」
「じゃ、仕事はご飯で、それに添えるおかずですね」
「仕事のおかずって、何だい」
「今、考えている最中です」
「仕事は米。ご飯。白いご飯。それだけを食べておるから楽しくないのだろ」
「何でしょう、仕事のおかずって」
「知らん」
「あ」
「出たかね」
「千枚漬け」
「おお」
「これは食が進みます。これですね。これ」
「仕事に千枚漬けを添える。では、千枚漬けは何に相当する」
「さあ」
「ここからだよ君。さあ、仕事と千枚漬けについて考えなさい」
「駄洒落ぐらいしか思い付きません」
「それはここでは言うな」
「はい」
「仕事が捗る何かだ」
「仕事以外の何かを付けることですね」
「よしよし、そのあたりだ」
「甘酸っぱいからです」
「応用や置き換えが効かん奴だなあ」
「無理ですよ。閃きません」
「唾液と関係する」
「はい」
「仕事と唾液。さあ、どうだ」
「唾液が出て食が進む。仕事が進む」
「その先だ。もっと具体的に。脳から唾液を出しなさい」
「やはり個々のおかずの問題じゃなく、買い置きがあることで余裕が生まれたのですから、仕事も余裕を持ってできるようになればいいわけでしょ」
「そんなあたりまえのことが答えかね」
「しかし、いいんですか」
「何がだ」
「こんなウダ話をしていて」
「ん」
「仕事に戻った方がよろしいかと」
「これがおかずなんじゃ」
「ああ、なるほど」
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 12:36| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする