2019年02月28日

3912話 貧の戻り


「長く生きておりますとねえ、忘れ去ったもの捨て去ったものが多く出ます。出物腫れ物ところ構わずじゃないですが、もっと構わなければいけなかったこともあります」
「その中の一つが復讐を」
「さあ、どんな善人でも閻魔さんに掛かれば、一つや二つの悪行があるでしょ。そのことよりも悪いことをしたとか思わないまま過ぎ去ったりします。相手は一生覚えております。積年の恨みを抱くだけの粘り強さがあれば別ですがね。そこまで執着する方が逆に無理です。ただ、それがきっかけで、一生台無しになったとかになりますと、別ですが」
「それで」
「怨まれるようなことは何もしていないという方でも、その存在そのものが恨みを買う場合もありましてね」
「それで今回は」
「人の場合はそうです。行く人来る人通る人、戻る人もおられれば、過ぎ去るだけの人もおられます。それらは人の場合ですな。まあ、この世は人の世」
「はい」
「実は人だけではなく、物にもあるのです」
「出ましたね。そちらの話ですね」
「そうです。空の財布。これは捨ててはいけない。拾った人は迷惑。一文無しになって財布も空。だから貧乏な人なのでしょ。もう財布があっても入れる銭がない。こんな物捨ててしまえと捨て去る。拾った人は銭に困っておられる。財布など見ると、すぐに拾うでしょ。しかし、その場で開けてみればいいのに、持ち主が探しているかもしれませんのでね。さっと持ち帰り、家で開けて見る。すると空」
「所謂空の財布というやつですね。有名なお話しです」
「そうです。しかし空だと思いきやさにあらず。綿ぶくなどが底の隅にあるもの。これが貧乏神の寝床の蒲団。見えないほど小さな貧乏神がそこで寝そべっておる。財布の持ち主が変わったことを知った貧乏神、早速仕事を始める」
「空の財布を拾った人が貧乏になるのはそのためですね」
「逆に財布を捨て去った方は貧乏神も一緒に投げ落とした。これで、このお方は貧乏は治らぬが、普通の貧乏に戻れた。これを目出度し目出度しとまではいきませんがね」
「それで、過去からの復讐のようなお話しはどうなりました」
「寒の戻りのように貧の戻りがありましてな。捨てた貧乏神が元の主人を懐かしがり、戻って来よります。これが怖い」
「貧乏が戻るのが怖いわけですか」
「今も貧乏ですがな。それは普通の貧乏。しかし貧乏神がもたらす貧乏は尋常ではない。非常にきついですぞ」
「貧乏神は人ですか」
「そういうもので、物でも人でもない。しかし、物にはそういう貧乏神のようなものが付着したり、沸いたり、変化することがあります」
「それを物怪と」
「まあ、長く生きておると、そういうものが増える。人生何処で何をしたのかまではもう忘れておるしな。まあ物を捨てるのはいいが、拾うのは控えるべきだろう」
「それが今日の教訓ですか」
「少し浅いがな」
「あ、はい」
 
   了


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2019年02月27日

3911話 援軍部隊


 戦場へ向かう長い隊列が続いている。道が狭いこともあるが、各隊の動きがバラバラで、隊と隊の間がかなり離れていたりする。こんなとき、奇襲を掛けられると、横腹を突かれ、所謂中入りされて兵は多くても、その腹の箇所は手薄だったりする。義経が使った奇襲がそんな感じで、信長の桶狭間もそうだったと言われているが、違うかもしれない。
 行軍の前方近くで何やら人の出入りがある。周辺は伏兵が潜みそうな場所はない。こういうのは既に偵察隊が調べているので、奇襲ではない。
「ない」
「はい」
「ないわけがない」
「それがなくなりました」
「引っ捕らえろ」
「既に追わしています」
「罪は問うな。戻せば助けると、伝えろ」
「はい」
 行列の後方で、それが起こったようだ。
 最後尾は荷物を担いだ荷駄部隊が続いている。道が悪いので、担がないといけない。荷車が通れないのだ。
 しかし、荷車は簡単な板と車輪の組み立て式を持ち込んでいる。車輪を抜き、荷台だけを神輿のように担ぐ。それも無理な坂などでは荷を分けて背負うしかないが。
 騒ぎはこの荷駄隊で起こった。米俵を担いでいた隊が消えてしまった。荷車が使えないので、それを担ぎながらついてきていたのだが、流石に重いので、遅れ出す。しかし、この行軍は急がないといけない。援軍のためだが数日かかる。その間の食べ物がなくなったのと同じ。途中に村はない。
 つまり一番早い道を選んだため、近道だが村さえないような道筋なのだ。その道も頼りないもので、途中で消えていたりする。
「食い詰め者に米俵を背負わせれば、持ち逃げするじゃろ」
「はい」
 軍を仕切っている年寄りが、さもあらんというよような顔をする。
「荷を背負ったままそう遠くへまでは行けまい」
 腰弁当というのがあり、二日ほどは凌げる。それが尽きたとき、腹ぺこで敵と遭遇する距離に入る。「敵の仕業ではないでしょうか」
「矢はどうじゃ」
「はい、矢の荷は無事です」
「じゃ、敵じゃない」
「そうですか」
「誰が雇った」
「さあ、分かりませんが、荷駄奉行に聞いてみなければ」
「まあいい。取り戻せば罪は問わん」
「はい、すぐにでも見付かると思います」
 急ぎの行軍なので、兵を進めながら、かなりの兵を抜いて、探索に当たらせた。
 これはすぐに分かった。
 狼煙が上がった。
 盗人を発見した合図ではない。ご飯を炊いていたのだろう。
 罪を問わなかったのは、今度は運ぶ人足が足りなくなるためだ。
 彼らは既に白いご飯を食べている。ついでなので、オムスビを山盛り作って、行軍中の兵に配った。
 この部隊。そんなことはあったが、戦場に間に合い、救援に駆けつけたということだけを示すような戦い方だった。敵は援軍が来たことを知り引いた。
 
   了



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2019年02月26日

3910話 思ひ出


「今日はどんな話をしましょうか。毎日なので、もう話すこともないのですが、実は色々とあるにはあるのです。でもお話ししても退屈なだけなので、控えているだけです。また同じ様な話ですが少しだけ違う。この違いがいいのですが、違うところはほんの一部。これでは退屈でしょ」
「いえいえ、まだ話されていないことがあると思いますが」
「昔の思ひ出。さあ、思い出として語れるのは他にありましたかなあ」
「大事な話をほとんどされていません」
「そうでしたかな。まあ、人に聞かせる話ですからねえ」
「僕には話していただけないのですか」
「ほとんど話したじゃないですか」
「いえ、あの話については、ひと言も触れておられません」
「それはまだ思ひ出になっていないからですよ。途中で切れてしまいますからね。全部終わってからお話ししますよ」
「実はそれを聞きに来たのです。今までのお話をそのため我慢して聞いていました。いつあの話が出るか、いつ出るかと期待しながら。しかし一向に出ないようなので、今日は何とか聞きたいと」
「困りましたなあ」
「いつかは誰かに話しておくべきでしょ。秘密は守ります」
「そういう人に限ってペラペラペラペラ喋るものですよ。あなた、聞きたい理由は、それを公開したいからでしょ」
「しません」
「じゃ、何ですか」
「興味がありますので」
「興味本位で聞く。それは無理です。もう少し敬意を払ってもらわなければ」
「しかし、世に知らせた方がいいのではありませんか。このままでは誰の記憶にも残らないまま終わってしまいます。公表はしませんが、一人ぐらいには漏らしてもいいでしょ。それで、誰かがそのことを覚えていることになりますから。その誰かとは僕ですが」
「昔はねえ、妙なことがあったのですよ。今よりもね」
「はいはい」
「それが今も続いているので、なかなかお話しはできないのですよ」
「今もですか」
「おそらく」
「しかし、是非とも、その話を」
「まあ、私のつまらん話を毎日毎日聞いて頂いたお礼といってもなんですが、あなたがそれが狙いだったのなら、聞き賃としてお話ししましょうか」
「やっとその気になられましたか」
「確かに、私が墓場まで持ち込んでは、そんな事実があったことは永遠に消えてなくなるでしょ。しかし、その方が本当はいいのですがね」
「もう、前置きはよろしいので、是非、お話しを」
 老人はその話を延々と続けた。非常に長い話で、半日掛かった。
 数ヶ月後、その聞き役は消息を絶った。
 それを知った老人は、やはり、あれはまだ生きており、終わっていなかったと知った。
 そして聞き役に悪いことをしたと後悔した。
 
   了



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2019年02月25日

3909話 尻割草


 北村はまだ寒いが春を感じた。寒さが引いたあたりで咲き始める野の花を見たため。
 春の草花を買ってきて植えたのでも、種を買ってきて育てたのではない。野生。野育ちの植物で、それは売られていない。
 雪割草などがそれにふさわしい、読んで字の通り。しかし北村が住む一帯にはこの草花はない。もっともっと北へ行かなければ見ることはできない。雪を割って出て来るというあたりが、いかにもだ。
 さて、春を感じたので、北村も蠢き始めだした。しかし、これは目的があってのことではなく、少し意欲的になっただけ。
 何かをやってみたいだけでは心許ない。なぜなら何かなので、何かの中身は空虚。だからエネルギーだけは湧いている。これは何でもいいから使うことだろう。特にやることがないのなら空蒸かしのようなもの。
 そういう弱い根拠で外に出たのだが、やはりまだ寒い。寒いが意欲は温まっている。困ったものだ。
 その意欲の降り先は、何か新しいことをやること。これなら正常なエネルギー発散となり、有意な行為となる。ただの暇潰しで、あらぬ事をやるよりも。
 正常なこと。まともなこと。これは社会的に見ての話だが、それが大事。
 しかしそんなネタは既に今までにも考え倒しており、あるのなら、とっくの昔にやっている。
 北村は何をしても長続きしない。あるところで辞めてしまう。これは仕事でも趣味でも。
 その理由は先が見えてしまうため。懸命にやっても自分の力では限界があり、それが見えてしまう。やる前は見えていないが、しばらくすると見えてくる。それで長く続けても無駄に思え、別のものに乗り換える。しかし、そこでも同じパターンを踏んでしまう。そういうことを何度もやっていると、これは何をしても同じではないかと思い出す。どうせ途中で尻を割るのだから、尻が持たない。雪割草ではなく、私は尻割草かと思うようになる。
 そのため、今年も春を待つ尻割草状態だが、まだ割るどころか、何もしていないのだから、割りようがない。
 毎回尻を割り続けていると、割れ方や、割り方のコツを会得するようで、予想できるし、回避できるようになる。しかし回避そのものが尻を割るということ。逃げるわけだから。
 それに尻というのは最初から割れている。そうでないと歩けないだろうし、足も開かない。トイレで股も割れない。洋式なら別だが、それ以前に歩けないだろう。
 さて困ったものだと思いながらも北村はまだ寒い中、市街地を歩いている。これはやることが何もないときの散歩。目的地はない。しかし目的はある。部屋でくすぶっているよりも、身体を動かしている方がまし。それに運動不足なので、少しは歩いた方がいい。それだけのメンテナンス系が目的。しかしそれでは頼りない。
 こういうとき、歩道を歩いていると、見知らぬ人と偶然ぶつかり、それがきっかけで長編ドラマが始まる。
 しかし、そんなドラマのようなことは起こらないが、人が行き交う場所というのは誰と遭遇するのかは分からない。偶然が発生しやすい。それは人が出ているところに出るためだろう。だが北村は散歩中の出来事から、凄い世界へ入って行ったという経験はない。散歩は散歩のまま。交通事故にでも遭わない限り、出るときと戻ったときとの差はないが、部屋に入ったとき、少しは新鮮な気になる。間を置くためだろう。
 その日も北村は散歩中、キョロキョロしていた。何か刺激物がないものかと見ているのだ。また、新たなことをするためのヒントがあるかもしれない。
 これも偶然の遭遇で、偶然見たものがきっかけになり、これだと叫ぶようなものがあるかもしれない。
 しかし、見付けたとしても、どうせ尻を割るのだが。
 
   了
 


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2019年02月24日

3908話 日暮れ坊


 これは妖怪博士が普段やっている仕事の一部で、いつもの営業のようなもの。
「夕方、日が落ちた寸前から妙なことになるのです」
「暗くなっただけでしょ」
「そんなもの子供の頃から知っていますよ。その奇妙さとは違うのです。そうでないと、わざわざ博士に相談しません」
「それは失礼しました」
 妖怪博士はテーブルの紅茶を持ち上げる。妙に平たい。頭の鉢が開いたような感じで、ピンク色の花が一輪描かれている。反対側から見れば、ただのツルッとしたカップ。そして非常に薄い。指で弾くとピーンと音がしそうなほど。
「世界がさっと入れ替わるような感じになるのです」
「だから、暗くなったからでしょ」
「だから、それは子供の頃から知っています。そのあとがあるのです」
「はい、それが本題ですな」
「そうです」
「続けて下さい」
「坊さんが来ます」
「はあ」
「お坊さんです」
「この屋敷へ来るのですかな」
「いえ、外に出たとき、見かけるのです」
「夕暮れ時に散歩でも」
「はい、毎夕やっておりますが、冬場は暮れるのが遅いので、ほとんど夜歩きになりますが」
「僧侶を見かけると」
「そうです」
「スクータは」
「いえ、徒歩です」
「服装が僧衣」
「そうです」
「それで位が分かるでしょ。どんな僧衣ですかな」
「時代劇に出てくる雲水のような」
「見かけるだけですかな」
「はい、しかしこの近くにはお寺はありません」
「頻度は」
「三日に一度は見かけます。時間帯や場所はバラバラです。私も同じ道を歩かない場合があるので」
「じゃ、僧衣で散歩をしている人でしょ」
「そんな人は近所では聞きません。もしそうなら町内の噂で耳に入ると思います」
「じゃ、遠くから来ているのでしょ。長い目の散歩をしている人」
「世界が変わると言いましたね」
「はい、聞きました」
「その坊さんが見たあと変わるのです。だから夕暮れ時の変わり方とは違います」
「どう変わるのですかな」
「だから、妙な感じになる程度なのです。日は落ちたといいましても、まだうっすらと明るい。これだけでも夕暮れどき独自の怪しさのようなものはありますが、さらに深みを増し、この世かあの世か分からないような、妙な境目のような風景になるのです」
「それで、真っ暗な夜になった場合はどうですか」
「まだ続いています」
「暗いのに、風景は見えますか」
「ですから風景じゃなく、空気そのものが違うような」
「その坊さんを見なかった日はどうですか」
「何ともありません」
「日暮れ坊ですなあ」
「早いですねえ」
「いやいや、そういう妖怪がいるのです。その状況なら日暮れ坊しかいません。あとは釣瓶落としもいますが。これは歩けるかどうか分かりません。釣瓶の縄に掴まった状態ですから。上下は得意だが、水平移動は無理かも。井戸に出るからそれと分かるのですが道端で見ると、得体の知れないバケモノですよ」
「その日暮れ坊を見た人はどうなります」
「近所で噂になっていますか」
「なっていません。なっておれば、博士に相談しません」
「じゃ、あなただけが見えると。または遭遇するというわけですな」
「断定はできませんが」
「日暮れ坊は暗くなることを知らせる妖怪でしてね。それだけです」
「いや、知らせてもらわなくても見れば分かりますよ」
「子供相手ですよ。日が暮れてもまだ外で遊んでいる子供に日暮れ坊が出るぞと脅していたようです。だから、実際にそんな坊さんがいるわけではありません」
「それを私が見たわけですか」
「そうです」
「しかし、空気が変わったように感じました。夜の帳が降りる頃なので当然でしょうが、それだけじゃないのです。妙に生温かく、何故か懐かしいような」
「それは心象風景に近いものでしょうなあ」
「しかし、確かに坊さんを見たのですが。これはどういうことです。私の幻覚ですか」
「それらしい人が歩いていると、坊さんに見えただけでしょ」
「そんなものですか」
「だから、心配するようなことではありません」
「幻覚じゃないのですね」
「見間違えでしょ」
「その日暮れ坊、本当はどんな妖怪なのですか」
「まあ、人生の暮れを知らせてくれる妖怪です」
「じゃ、私もそろそろ」
「まだ、大丈夫ですよ。その前に死神が先に姿を現します。お寺さんは順番的には最後なので」
「はい、分かりました」
 妖怪博士は紅茶をぐいと飲んだ。かなり冷めていたが、一気飲みをしたためか、葉が気管に入ったのか、咳き込んでしまった。
 その咳を聞いた老人は、お礼を渡すことを思い出した。
「あ、失礼しました」
「いやいや、いいお手前で」
 老人は礼金を封筒に包んだ。
 咳払いで催促をしたわけではない。
 そして屋敷を出るとき、自分も坊主のようなものかもしれないと思った。こうしてお布施のようなものをもらえるのだから。
 そして戻り道、封筒を開け、指で紙幣を探ると二枚ある。二万円のお布施。これは多いと思い、水銀灯の下で、確認すると、二千円だった。
 がっかりしたはずみで遠くを見ると、向こうの水銀灯の下に人が歩いているのが見える。僧侶だ。
 妖怪博士は小走りで、そこまで行くが、もう姿はなかった。
 
   了
 
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2019年02月23日

3907話 他人の目

他人の目
 相変わらずのマイペースで振る舞っているより、少し嫌だとか、苦手なことをやったときの方が評価が高かったりする。自己評価と人の評価とは違う。
 人といっても個々人、一人一人の評価だが、その数が多いと、高い評価になる。世間全体から見れば大したことはないが。
 それでも世間の同調者がこれまでより多いと、いつものマイペースは何だったのかと思うだろう。自己評価の高い、お気に入りのことをしているときよりも、いいものが返ってくるのだから。
 当然それを一度味わうと、柳の下を狙うのだが、相変わらずマイペースで他人の評価など気にしないで我が世界を滑りまくっている人もいる。
 綺麗な滑走ならいいが、転んだりするにもかかわらず、自己評価だけを頼りにしている。
 この自己評価も、世間の評価の影響を受けて、変わるものだが、自分だけを信じて生きている人もいるのだろう。そんな根拠が何処にあるのかは分からないが、これは自分教とか自己教とかの宗教に近い。教祖と信者が同じ。
 ただ、人には自分の中に他人がいるもので、自分という領内でも謀反はあるし、革命もある。
 人が持っているポリシーは、生活習慣病のようなもので、いつの間にかそんな考え方や暮らしをしていたようなことが多い。
 自分の中の他人とあまり交流しない人は、リアルでの他人とも交流しないのだろう。しかし、最低限のことは人なので、やらないと社会生活が無理になる。
 逆にリアルな人との交流は少ないが、自分の中での他人とは多く付き合っていたりする。果たしてそれが他人と言えるかどうかは分からない。全部自分ではないかといわれれば、そうかもしれない。
 人は他人からどう見られているかを気にする。どう見られようと関係がない人もいるが、見られていることは知っている。または意識するあまり、無理に目を閉じ、耳を塞ぐ。
 ただ、他人がどう見ているのかは、その他人になってみないと分からない。世の中に多くある言い方で、別の意味で見ていることもある。または「ある意味」で見ている。
 本人が分かるのは、ただの反応。感じ程度。扱われ方や、相手の姿勢、態度で、何とか把握するのだろう。当然直接言われることもあるが、言う側にも問題がある。言う必要があったり、言わないと、言う側の都合が悪くなるとかが含まれる。
 このあたり、そんな正確なモノではなく、雰囲気でおおよそのことは分かる。これは肌で分かる。より動物的なセンサーを使うのだろう。その方が精度が高かったりする。
 さて、自分はそれほど気に入っていないのだが、それを評価されたときの話だが、どういう意味で評価されたのかは差し置いても、何か世界が拡がったような気がする。自分は気に入っていないのだが、受けると、受け入れらたことになり、他人が受け入れるのだから、自分も受け入れようと思うかもしれない。それで気に入らないものが気に入ったものの仲間入りする。
 人の評価を気にする。人目を気にする。これは悪いことであるはずがない。あたりまえの話だ。
 高い評価を受け続け、天狗になる。これは大天狗に大いになった方がいい。そんな時期などほんの僅かなのだから。
 
   了
 


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2019年02月22日

3906話 酸っぱいコーヒー


 三雲は雨が降っているのは分かっていたが、出ることにした。雨男と言われているので三雲ではなく、雨雲とも呼ばれている。
 それは昔の話で、雨が降ろうが槍が降ろうが、一人で動く場合、関係はない。誰にも迷惑は掛けない。雨は掛かるが。
 もう仕事関係での団体戦や団体行動で何処かへ行くという機会はない。仕事を辞めたので。
 それでも外出するのが好きで、毎日近所をウロウロしている。
 その日は雨を押して喫茶店へ行く。これは日課。大きな商業施設の中にあり、百貨店よりも店が多いし、屋根のある町のようなもの。近所の個人喫茶へ行くよりも賑やかで華やか。
 そこへ行く道沿いも毎日見慣れたものだが、雨の日は趣がある。雨は小雨より少し強い中降り。長い距離は難しいが、この程度の距離ならそれほど濡れない。当然傘は差している。
 神社前を通るとき、境内を見ると、お百度石が濡れ、いい感じで境内に水溜まりができ、神木が逆さに映っている。本殿は近いので霞んではいないが、雨で艶が出ている。
 そして商業施設が見えてきたのだが、何かいつもと違う。雨のためもあるが、そんな日でも来ているので、それとは違う何かがある。外見、特に変化はない。入口に車止めがあり、すぐ先にバイク置き場がある。そのあるはずのバイクがない。まあ、雨の日は少ないのだが、それでも一台も止まっていないのは妙。これは外見といえば外見。具体的な違いがある。
 そして近付くと、車除けのポールが妙。いつもと形が違う。ポールの形は同じだが、横に線が入っている。ポールとポールの間を鎖を渡しているのはよく見かけるが、それではない。ポールの後ろ側に横へ走る何かがある。車止めにしては大袈裟。このポールで車は入れないが、人や自転車やバイクは通れる。
 さらに近付くと、もう何も通せないようになっている。封鎖だ。その柵のようなものに四角く白いものが貼り付けてある。休館日と書かれている。
 それで三村は納得した。謎の全て、妙な雰囲気が氷解した。これは去年も見た。実は年に一度、全敷地内のメンテナンス日。年中無休で正月でも開いているのだが、この日だけは全館閉まる。
 実はそれを三雲は一ヶ月ほど前から知っていたのだ。そういう貼り紙もあったし、アナウンスもあった。それを毎年毎年忘れているようで、ついうっかり行ってしまう。習慣とは恐ろしい。
 これで喫茶店でコーヒーが飲めないことを諦めたわけではない。近くに個人喫茶があるので、去年もそこへ流れた。だが、今年はそこへは行かない。喫茶店がいつの間にか焼き肉屋になっているのを、先日見たから。お爺さんがやっていた。もう苦しくなったのか、辞めたのだろう。経営ではなく、体調の問題かもしれない。
 その他の喫茶店は近くにはない。しかし、少し遠いが駅前に出ればある。実際には駅前の商店街にはない。以前はあったが、お婆さんがやっていた。これは体調が原因で閉めたのではなく、取り壊された。また喫茶店として建て替えるのかどうかは分からないが、お婆さんなので、そんな張り切り方はしないだろう。
 その駅にはファスト系の店もあるが、駅前なので自転車を止められない。店の前に余地がなく、その通りは整理員が目を光らせているので、ベテランでないと止めるタイミングが掴めない。三雲はこの駅は最寄り駅ではないので、来ることはほとんどない。前を通ることはあるが、止めるタイミングを会得していない。毎日ならコツが分かるはずなのだが。
 それで駅前ではなく、駅後。つまり線路を渡った向こう側へ向かうことにした。駅から遠いが、個人喫茶がある。ここはコーヒーが旨い。専門店のため。そしてお爺さんがやっている。しかもかなり高齢。
 雨の中、ほとんど遠出のような感じで、やっとその専門店の前まで来た。店内に明かりがある。お爺さんは死んでいないことが分かる。
 このお爺さんが仕切っているのだが、実際に動いているのは曾孫ほど離れた女子バイト。お爺さんが元気なのはそのためかもしれない。
 そして三雲は恐る恐るドアを開ける。中で何が起こっているのか分からないためだ。お爺さんも曾孫娘のようなバイトもいないかもしれない。それ以前に、ドアの向こう側は亜空間で、この世の喫茶店内ではなかったりするかもしれない。これはあり得ないが。
 三雲はドアを開ける。すぐにお爺さんが出てきて注文を聞く。もう自分ではコーヒーを立てたり、軽食を作る気がなくなったのか、ウエイター役をやっていた。きっちりとした身なりで、チョッキを着ている。蝶ネクタイも。しかし足元を見ると、スポーツシューズ。これは分かるような気がする。店内を始終歩き回るためだろう。
「ブレンド」
 と、第一声がそれ。この声、人間国宝の落語家並みのトーン。
「あ、アイスでお願いします」
「シュガーとフレッシュ入れていいですか」
「はい」
 要するに面倒なのを運ぶのが嫌になったのかもしれない。
 そして三村は人間国宝級落語家のようなマスターが長年培ったコーヒーを飲む。一口飲んで、すぐに分かった。
「すっぱい」
 ここに辿り着いたようだ。
 三村は今までこんな酸っぱいアイスコーヒーを飲んだことはない。何度か来ていたが、いつもホットだった。
 そして、前回来たときも曾孫娘のようなバイトがいたが、毎回変わるのか、同じ娘は二度と見かけない。
 酸っぱさの原因はこのあたりにあるのかもしれない。
 
   了
 



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2019年02月21日

3905話 いいもの


「いいものをお持ちで」
「ああ、これですか」
「高かったでしょ」
「いやいや」
「私なんてとても手が出ませんよ」
「使いやすいですよ。非常に快適です」
「そりゃそうでしょう、最高のものですから」
「そうなんですがね。しかし、しばらく使っていると、これが普通になりましてね。もう最初の頃のあの快適さはありませんよ」
「快適さに気付かなくなったと。でもそれはそれで羨ましい限りですよ。憧れます」
「あ、そう。別に人に見せるものじゃないけど」
「そうですねえ。使うものですから。同じ使うのなら快適に使いたい。私から見れば夢のようなものですよ」
「買えば済むことですよ」
「お金がねえ」
「それは仕方がない」
「あるのですがね」
「ほう。じゃ買えるじゃありませんか」
「私には似合わない。それにそんな高級なものを持つような身分じゃないし」
「そんな身分制度はありませんよ。金さえ払えば誰でも買え、誰でも持てますよ」
「でもプレッシャーが」
「持てば慣れて、あたりまえのようなものとして使えますよ。私なんて、もうこれがいいものだという感じさえないのですから。だから、いいものだという有り難さがどんどん薄れていきます。そしてねえ、しばらくすると、思ったより凄くはなかった、こんなものかと、少しがっかりします。想像していたものとは違うのです」
「私なんて、もっと凄いものだと想像していますよ」
「しかし、現実はもっと下ですよ」
「そんなものですか。でも、そういうのを持つのが夢なので、夢は夢として残しておいた方がいいのかもしれませんねえ」
「そうですよ。叶ってしまった夢なんてそんなものですよ。逆に私は、もっと手間の掛かる面倒臭い昔のものに憧れたりしますよ」
「どうしてですか」
「不思議と結果が違うのです」
「いいものの方がいい結果が出るのでは」
「快適です。それだけなんだなあ」
「快適の反対は何でしょう」
「不快ではないと思いますよ。一寸スムーズにいかないだけです。これを不快と取るかかどうかでしょ」
「しかし、そんないいものをお持ちなのに、満足していただかないと困りますよ。私にとっては憧れの到着点のようなものなのですから」
「そうですなあ。夢を壊すような話はやめましょう」
「はい、そうして下さい」
 
   了



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2019年02月20日

3904話 豪族


 陣触れがあり、その村も兵を出さないといけない。二十戸ほどある。本来なら全戸出さないといけない。
 これは徴兵ではない。ここの村人は流れ者ばかりの傭兵。つまり雇われ兵。しかし、戦のときだけ銭で雇っていたのだが、終われば、いなくなる。
 戦は始終あり、常雇いとしたいのだが、そんな費用はない。だが、いなくなると困る。
 そこで土地を与え、自活できるようにした。当然年貢は取らない。銭の代わりに田畑を与え、それで食って行けと言うことだ。そのため、流れ者が定住するようになった。
 つまり戦がなくても食べていける。その代わり普段は百姓をしないといけないが、元々土地を失ったり、最初から持たない連中なので、有り難かったのかもしれない。
 食べるために足軽をやっていたのだが、足軽をしなくても食べられるようになった。しかし、戦のときは出ないといけないが。
 その陣触れが来たのだが、動きが怪しい。
 怪しいのは村人ではなく、雇い主の方。どうも勝てそうな戦いではない。彼らの仲間には間者のような者がいる。ただの情報屋だが、今回の戦い、負けそうだとの報告。
 城から若侍が来て、集合をかけた。出てこないので、連れに来たのだ。この若侍が指揮官となり、その命令通り動かないといけない。武器のほとんどは弓と槍。いずれも戦いのとき、簡単な防具といっしょに支給される。
 しかし村人達は拾ったり略奪したり盗んだ武器や防具や馬まで実際には持っているのだが、それは使わない。それらは自分たちの戦いに取ってあるし、売れば金になる。
 村の長は、この若侍を信じていない。一隊を指揮するには若すぎる。
 村の長は、年を取っているだけの人で、足軽の頭は別にいる。しかし指揮権はない。勝手な戦い方をされると困るので、城の侍が指揮を執る。
 村の長は困ったが、断るわけにはいかない。それが契約なのだ。戦って手柄を立てても、それはこの若い指揮官のもの。常雇いの傭兵なのだから、それは分かっているのだが、田畑をもらい、そこで暮らしていると、もう百姓でもいいかと思うようになったようだ。
 頭が村の長に代わり、若侍に掛け合った。今回は出ないと。
 こういう村が複数あり、その足軽達が、この領主の主力軍と言える。実際に戦うのは足軽なのだから。そのため、城の侍よりも足軽の方が当然多い。圧倒的に多い。
 それで、今回は不利なことが分かっていたので陣触れに応じない村が結構出た。忠誠心はない。
 戦いは案の定負け、領土も奪われた。
 それで、普通の村は、その新領主のものになったが、傭兵村はそうはいかなかった。新領主の雇兵として、同じ条件で従う村もあったが、何処にも所属しない村ができた。
 年貢を払う必要はなく、陣触れもない村。それらの村が連合し、党と呼ばれるようになる。豪族だ。
 浮き草の流れ者の傭兵に土地を与えたため根付いてしまったのだろう。
 山賊や盗賊のようなことをする豪族も出てきたが、ある豪族が橋の上で寝ている少年を蹴飛ばした。暗くて分からなかったのだろう。猿に似た小男。のちの太閤秀吉。これが縁で猿の雇兵となり大名にまで上った者もいるらしい。
 
   了
 
 


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2019年02月19日

3903話 敵う相手ではない


「何かありますか」
「いや、何でもない」
「じゃ、これで失礼します」
 森田は席を立ち、ドアへ向かおうとしたその後ろ姿に声が掛かる。
「あのことだがねえ」
 何もないと言っていたのだが、やはり何かあるのだろう。大事な話、本当の用件は席を立ったときや別れ際に来る。
 来たか、あのことだな。と森田はドキッとした。というよりも、この話が本題だろう。最初から、その話をすべきなのだ。森田はそのつもりで来たのだから。
「森田君」
「はい」
「佐伯のことだが」
「もうお決めになりましたか」
「うむ」
「じゃ、早速実行に移しますよ」
「もうワンタイミングくれないか。佐伯とは長い付き合い、ここで切るには忍びがたい」
「状況がそのようになっています」
「分かっている。しかし、あと一日くれないか。もう一度佐伯を説いてみる」
「これで三回目ですよ」
「分かっておる。切りたくないんだ」
 翌日森田は呼び出された。
「どうでした。話はつきましたか」
「私が切られることにしたよ」
「それは駄目でしょ」
「それしかない」
「どうしても助けるつもりですか。御自身が引いてまで」
「借りがあるからねえ。私がこの地位に上がれたのも全部佐伯のおかげなんだ」
「しかし、今はもう佐伯さんがいなくてもやっていけますよ。それより、今では佐伯さんの存在自体が脅威になっています」
「この地位を佐伯に譲る。どうせ佐伯が拵えたものだ。私はただの人形。佐伯が直接やればいいんだ」
「しかし、皆さん佐伯さんではついていけません。苦手なんですよ。だから、それはできません」
「私は能なしだ。佐伯なしでは何もできない。佐伯がいなくなれば、どうなる」
「僕たちでやります」
「それが願いか」
「僕たちでもできます。佐伯さんのかわりは」
「しかし、佐伯に引いてくれとはやはり言えない」
「じゃ、僕たちがそのように持っていきます。その間、黙認して下さいね。何も知らなかったと」
「いや、待ちたまえ。もう一度佐伯と話し合ってみる」
「でも四回目ですよ」
 四回目の会談でも、佐伯に言えなかったようだ。会談の中身はただの世間話で、切り出せなかった。だから五回目、六回目でもそれを繰り返すだけ。
 佐伯に指図されるのはいいが、森田や若い連中から指図されたくない。自分の無能振りを示したくない。佐伯ならそのあたりを上手くやってくれる。だから佐伯を切ることは、自分も辞めることだ。
 しかし、本当に自分は無能なのだろうかと、たまに考えることがある。
 結局、しつこく佐伯と用もないのに会い続けたためか、悟られてしまった。
「私を切りたいんじゃありませんか」
「それは」
「森田に言われたのでしょ」
「いや」
「森田を切れば済むこと。簡単でしょ」
「そ、そうだなあ」
 佐伯ほどのやり手では森田ごとくの若造がどだい敵う相手ではなかったようだ。
 反撃してきた森田を佐伯はもの凄い罠で森田を嵌め、潰してしまった。
 世の中には豪腕というか、怖い人がいる。
 
   了


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2019年02月18日

3902話 湯豆腐を目指す人


 どんよりと曇った冬の空。寒々としており、こういう日は湯豆腐でも食べてその温かさを保ちながら寝入りたいもの。と作田はこの時期になると、いつも思うのだが、そんなことをしたことはない。
 寒いとき、カロリーが必要。湯豆腐だけでは頼りない。楽しみにしている夕食のおかずが豆腐だけでは味気ない。豆腐そのものには味はないが、いい豆腐は豆臭さがあるのだろう。
 木綿か絹こしか、どちらを選ぶかだが、湯豆腐は潰れやすいので、塗り箸では挟んだとき、切れてしまう。湯の中では挟めるが、上に上げると割れる。だから割り箸の方がいいが、それでも柔らかな絹こしでは無理。もう口の中に入れる準備をしているのに、ポロリと崩れ落ち、泳いでいるその片割れを挟むと、それもまたハサミのように切ってしまう。それを繰り返しているうちに挟めそうな塊がなくなってくる。これが味噌汁なら、そのまま汁ごと飲んでしまえばいいが、湯豆腐の湯はただの湯。味はない。ただ出汁昆布が敷いてあったりするので、純粋に昆布出汁だけを味わう絶好の機会なのだが、口の中で待っているのは豆腐の塊。
 それで湯豆腐にするのなら木綿と決めているのだが、なかなか実行できない。食べる限り、一丁そのまま湯船に入れたい。出汁は醤油だけでいい。湯豆腐を入れたとき、湯が入るので、すぐに薄まるが、最初の濃いときの醤油がきゅっとくるときが最高。
 醤油の発明がものを食べやすくしたと聞いたことがある。塩でもいいのだが、醤油のツンと来る感じが生臭を押さえ込める。
 そういう能書きだけはあるのだが、作田は実際には湯豆腐だけをおかずにしてご飯を食べたことは一度か二度。これはおかずが何もないとき、豆腐だけがあった場合。しかし不本意ながらの夕食。望んで食べた経験はない。
 しかし、寒々としたこの時期、湯豆腐が頭に浮かぶ。湯船に入っている豆腐。その豆腐は自分だ。
 一丁百円もしない豆腐だが、観光地で食べると千円する。ただ湯船は檜で立派。豆腐も極上。流石に二丁百円の百均ものとは違うだろう。
 作田は何かの付き合いで、その高い湯豆腐を一度だけ食べたことがある。豆腐よりも添え物の方が高いのではないかと思えるほど。
 江戸時代の豆腐は今ほどには安くなかったらしいので、これはいいものだったようだ。特に歯が悪いか、歯茎だけの年寄りは豆腐は有り難かっただろう。
 作田は実行に移す機会はないが、湯豆腐のイメージだけは頭の中にある。これは憩え、和めるイメージとして。
 作田は社内ではそれほど高くない豆腐のような存在かもしれない。しかし、食材の中では安い豆腐でも、湯豆腐屋では高い。これだけ化ける食材があるのだろうか。
 作田もそういう豆腐でいきたい。ただの豆腐では安っぽい。しかし湯豆腐になると違ってくる。冷や奴では安い。卵豆腐でも安い。やはり湯豆腐だ。
 作田を豆腐だとしよう。それに値打ちを付けるには湯豆腐仕様にすること。
 それにはどうすればいいのかと、湯のことを考えた。
 
   了



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2019年02月17日

3901話 一般外の世界


 いつもと違う仕事が間に入ったので、下村は休憩時間が遅くなった。時間が来ればやめればいいのだが、気になった仕事で、ついつい熱中した。仕事に熱心なのではなく、気になっため。
 それはもう仕事から離れた別の箇所を刺激したのだろう。ただの好奇心かもしれない。休憩が遅くなるのも気にしないで続けていた。
 どうせ休憩時間といっても、ぼんやりしているだけで、これが一番休憩になるのだが、その時間、プライベートなことで使いたい。銀行に行くとか、買い物に行くとか。
 しかし休憩時間は何もしたくない。そうでないと休憩にならない。
 途中で差し込まれたその仕事。これは仕事と言えるかどうか、分からない。一寸した調査の依頼。すぐに終わるようなことではなさそうで、現場を踏む必要がある。そうでないと調査にはならないが、これは受けるかどうかを上司に相談する必要がある。
 ただ、受けるかどうかの最初の窓口は下村で、ここで蹴ってもいい。自分がやりたくない案件なら蹴っている。どうせ自分がしないといけないのだから。
 休憩から戻った下村は、上司に報告した。上司がどんな反応を示すのかが楽しみでもある。
「これは今日来たのかね」
「そうです」
 調査依頼はメールでの問い合わで、受けてくれるかどうか。
「何かの手違いでは」
「僕もそう思います」
「君はどう思うかね」
「だから、手違いだと」
「その内容だよ。そんなことがあるのかねえ」
「さあ、だから調べてみなければ分からないと」
「調べなくても、そんなことは起こらないと思うけど、まあ、うちはその専門じゃないから何とも言えないがね」
「はい」
「だから手違いだ。相談相手を間違えたんだろ」
「でもうちは調査一般となっていますから」
「これは一般には当てはまらないよ」
「そうです」
「受けるとしても、やるのは君だよ」
「はい」
「どうする」
「一応ネットでざっくりと調べてみました」
「何か分かったかね」
「そんな情報はありません」
「そうだろ。一般の話じゃないのだから」
「検索の仕方が悪かったのかもしれませんが、場所は確認できました」
「それはメールにも書かれているじゃないか」
「依頼に関する情報が、そこにあるかどうかを、もう少し詳しく調べていたのですが、ありません」
「まあ、君に任せるよ」
「じゃ、やってもいいと」
「ああ、好きなようにしなさい。たまには息抜きが必要だろ。休憩だよ。これは」
「有り難うございます」
「調査だけなので、適当でよろしい。解決する必要はない。うちは調べるだけだからね」
「はい」
 下村はにんまりとした。
 その依頼とは幽霊が出る家があり、それが事実かどうかを調べて欲しいというもの。
 その地方都市へ下村は遊びに行くようなもの。上司は下村がよく働くので、慰安旅行のつもりでゴーサインを出したのだろう。
 ただ、戻ってきた下村は、以前とは少し違っていた。
 
   了


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2019年02月16日

3900話 野草の思想


「さて何処へ行こうか」
 箕田は思案した。別に行かなくてもいいことだが、何処かへ行かなければ、立ち止まることになる。それを避けたいだけで、何処かへ行こうとする。ただの移動でいい。箕田は蓑虫のような人間だが、冬眠しているわけではない。虫といえども動物。しかも箕田は立派なホモサピエンス。
 本能は動物ほど立派ではないので、何らかの意志で、考えで、動かないといけない。困った動物だ。しかし、動くことが動物の仕事。止まると、静物になるわけではないが。
「当たり障りのないところ」
 これが意外と難しい。何か行動すると、それなりの成果もあるがリスクもある。特に得ようとするものがないのにウロウロしている状態は逆にリスクだけを背負う。だから、まあまあの行動がいい。それが当たり障りのないところ。何とか動いているだけ、活動しているだけでいい。中身は問わない。
 箕田は自分自身を操縦しているのだが、これが自動運転になれば楽だと思うが、逆にもの凄くリアルなものを突きつけられそう。もしAIなら用もないのにウロウロするな、ということで、動かしてくれないだろう。
「常識的な動き、普通の動き」
 箕田はこれに頼るしかない。非常に一般的なことをすれば当たり障りはないと踏んでいるが、ミスマッチもある。
 箕田は既に行く場所を失っている。つまり目的はもう以前とは違っている。だから何も考えないで、一直線で進めた頃とは違う。行き場がないのだ。
 しかし、一気に墓場まで行くにはまだ早い。その間の埋め草がいる。つまりもう埋め草人生になっている。それにまだ箕田は気付いていない。ただ、行く場所がなかなか見当たらないというあたりで、それが出ているのだが。
 埋め草転じて花と咲く。しかしどんな草でもそれなりの花をつけるだろう。ただその花に華がないが。
 それで思い付いたのか、もの凄く地味な野草の花見に走った。我が身を映すのかもしれない。以前なら、そんなものは見えなかった。
 それで、外に出たのだが、近所に野っ原などない。住宅地のためだ。しかし更地に雑草が生えており、その中に踏み込むが、寒いのか、花の色がない。葉の色ばかり。あれば目立つだろう。
 それで別の空き地を見に行くが、住宅地なので、鉢植えなどがあり、そこには花が咲いているが、そういう華のある花ではなく、もっと野育ちの野生の野草がいい。
 赤い花をよく見かけるが、ほとんどが椿や山茶花。これは木だ。柔らかそうな草がいい。
「これが私の行き場所なのか」
 と、やっと気付いたようだ。植物博士になるわけではないので、そんなものを観察しても、将来が拓けるわけではない。それにすぐに飽きることは目に見えている。なぜなら地味な行為のため。当たり障りはないが、成果がない。
 野草の花を見るために生きてきたわけではない。こういうのは趣味の話で、ほんの気晴らしとか、暇潰し程度のジャンルだろう。
 箕田が更地の野っ原で花を探しているとき、窟が見えた。下ばかり見ていたので、人が来ていたのが分からなかった。
「いいですねえ。場所がいい。風水もいい」
「ここを買われるのですか」
「いや、色々見て歩いているのですよ」
 こりゃ規模が違うと、箕田は犬が糞だけして野っ原から走り去るように更地を後にした。
 
   了

 

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2019年02月15日

3899話 スローな悩み


 日々気ぜわしく過ごしているように思え、高峯は少しゆったりとした暮らしぶりを考えた。そんなことを考えるゆとりがあるのだから、既にゆったりとした暮らしぶりをしているのだろう。
 しかし、このゆったりが意外と慌ただしい。ゆったりと過ごすネタを入れすぎたのか、時間がいくらあっても足りない。毎日押し気味で、のんびりと暮らすゆとりがない。
 一つのことだけゆったりとやればそれでいいのだが、ゆったりも飽きる。そのため、ゆったりの間に休憩のゆったりを入れることになる。これが増えすぎた。ゆったりというのはおまけ。そのおまけのおまけが増え、さらにそのおまけまでくっつけたので、それらを消化するだけでも忙しい。
 食べ物と同じで、それ以上食べられないことがある。腹が一杯で無理をして食べると逆に苦しいように。
 高峯はそれを反省するが、改善されたとしてもただ単にゆったり過ごせるようになるだけで、大したことではない。
 しかし、反省の甲斐あってか、一つのことを思い付いた。何もしないでぼんやりしておれば、それが最高のゆったりではないかと。だが、これは考えた先から崩れ出す。何故なら、ずっとぼんやり何もしないでいることは座禅のようなものではないか。すぐに何かしたくなる。有為なことでなくても姿勢程度は動かしたいだろう。また動きたい。これは運動ではない。
 高峯はもう年で、特に何もしなくてもいいのだが、若い頃のことを思い出した。そこにヒントがあった。それは忙しさの中の静けさ。まるで台風の目の中に入ったように、忙しいのだが、ゆったりしているという心境を得たことがある。これは忙しさに麻痺して、心が飛んでしまったか、または集中しすぎて、我を忘れ、忙しいとかゆったりとかの思いが頭の中から消えたのかもしれない。
 そうなるとできるだけ忙しく気忙しいことをやり過ぎた方がその境地に入れるような気がしたが、これもまたすぐに崩れた。
 何故なら、ああ今ゆっくりしているという感覚も、そのときは意識にないため、味わえない。
 それで次に考えたのは、身体をゆっくりと動かすこと。まずは体から。これを体勢という。体がゆっくり目なら気持ちもそれにつられてゆっくり動く。身体の中には当然目玉も入る。気忙しげな目付きでキョロキョロしない。目を動かすときも、ゆっくり動かす。
 そのゆっくりさで収まる程度のことを一日すればいい。要するにネタを減らすこと。やることを減らすこと。
 だが、これもまた辛抱できなくなるはず。能か狂言のように無理とに身体をゆっくり動かすなど、できそうにない。意識しているときはいいが長く続かないだろう。
 ゆっくり、ゆったりと憩える聖域として睡眠がある。ここは寝てしまっているので、意識的に何かをするということは消える。これは作らなくても勝手に眠くなるので、誰でも持っているものだ。
 それはいいのだが、問題は起きてから寝るまでの間。高峯はここに昼寝を一本入れているので、寝ることのゆったり度の高さは既に知っていることになる。これはもう使っている。
 一日ゆっくりと過ごすというのは、それまでの間、有為なことで忙しく、やっとゆっくりできる日ができたときの話だろう。
 高峯に欠けているのはこの有為なことを普段ずっとしているということ。ここから起こすのは難しい。既に一日中ゆっくり過ごせるのだから。
 だが、ゆっくり過ごせるはずなのに忙しく、決してゆっくりではない。そのため、それも含めて、そういうこと自体が呑気な悩みなのかもしれない。
 ゆっくりに疲れたとき、流石にゆっくりしたくなる。これは休憩に疲れて休憩するとか、寝過ぎて逆に疲れたので、また寝るというような話に近い。
 
   了
 

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2019年02月14日

3898話 最後の切り札


「切り札、隠し球。これは切ればもう切り札ではなくなり、隠し球も見せてしまえばそれまでよ」
「はいそれまでよですね」
「だから切り札は切れず、隠し球は隠し通さんといけん」
「じゃ、一生使えない」
「いや、ここ一番で使う」
「その、ここが問題ですねえ。まだそのときじゃなかったり。それに一生じゃ、若い頃に使うと保険が切れたようになりますしね」
「また作ればいい」
「それは作るものですか。それとも勝手に身につくものですか。それとも最初からあるものですか」
「まあ、その分野は、シーンにもよるが、そんなもの、使わなくてもやっていける方がいい」
「あるシーンというのは大事ですねえ。これは身に付けたものではなく、一つのことを隠すことで、手の内を隠すことになりますから、情報を与えないので、都合がいいかもしれません」
「まあ、切り札や隠し球はそういうときに当てはまるのだろうねえ」
「はい」
「それよりも、まだ切り札の使い方がある。これはやっておる人も結構いる。ソースのようなものかな」
「醤油ではなくソース」
「情報もそうじゃが、教養のようなものもな」
「教養」
「これは身に付けたものだが、それをずっと隠し続けておる。あることを学び続けておるのじゃが、口外しない」
「虎の巻を暗記しているとか」
「何かについての技術書ではなく、もっと全体的なこと」
「素養のようなものですか」
「そうじゃ。そういうのが切り札、隠し球になることもある。これは隠しておるのではなく、黙っておるだけ。だから切り札なのじゃが、どの札か分からん。何かに対しての切り札ではないからじゃ」
「たとえば」
「西洋哲学者なのに、隠れて東洋哲学を学んでおったりしてな。本当は専門家並みの知識があったりとかな。ボクサーでサウスポー。左利きじゃが、実は右のパンチの方が強かったりして」
「たとえが哲学ではあまり役に立ちませんが、そんな勝負の場じゃないでしょ」
「これは何かの専門家裸足のものを持っておるのに、それを一切出さない、見せないとかじゃ」
「でも、そういう知識なりを身に付けておく必要がありますねえ。ローマと同じで」
「そう、一日でならず」
「三日以上」
「もっとじゃ」
「失礼しました」
「または博打打ちが使う手で、切り札があると見せかける術もある」
「世間にはいますねえ。歩けないほどの高下駄を履いた人」
「これは高転びする以前の問題で、高くまで上がれんだろ。まあ、普通に勝負して、普通に負けるのなら、負けた方がいい」
「しかし、誰にも知られずにものすごいものを会得して、それをじっと隠しているのもいいですねえ。それを使わない場合、負けますが。これは余裕ですねえ」
「それは最初に言った。切り札を使うと、もう二度と使えない」
「じゃ、ぞれを温存させたままやるのですね」
「そして一生使わないまま終わってもいい」
「有り難うございました。凄い極意を教えていただきました」
「愚か者め、そんなこと誰でもやっておるわい」
「ああそうでしたか」
 
   了



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2019年02月13日

3897話 乳臭い


 内臓の調子は舌先で出ると言われている。他にも色々と出所はあるのだが、舌先の場合、わざわざ試す必要はなく、食べたり飲んだときに分かる。その中でもコーヒーのようなものは、分かりやすい。お茶でもいい。ただし、いつも一定した味と香りであることが大事。そうでないとそのものの様子で違ってしまう。
 岸和田はそれで朝の喫茶店でそれが分かるようになった。毎朝トーストと卵の付いたモーニングセットとホットコーヒーを飲む。これはアイスでは駄目。それは舌や唇と熱さの関係が分かりにくいため。
 トーストをかじるとき、口の荒れが分かる。口内の問題もあるが、体調の問題が多い。口が荒れるというのは口そのものだけが原因ではないだろう。調子が良いときの岸和田は囓るとき、違和感を感じない。これも喫茶店で焼いたものなので、毎朝違うかもしれないので、当てにはならない。同じ種類のパンでも古いか新しいかだけでも変わるので。
 そしてゆで卵。これは爪に来る。爪先は結構敏感なセンサー。皮を剥くとき、尖った箇所ができ、そこに当たると痛かったりする。また親指で皮を滑らせるように剥がすときも、親指の腹の感覚が毎回違う。当然体調が悪いときは痛い。指の腹はもの凄く敏感だ。
 これも卵の質にもよる。また茹で方にもよる。強情なほど固い皮や、つるんと剥けないほど薄皮でくっついているものとか。そして水分も影響しているのだろう。これは作り方にもよる。だからトーストもゆで卵も個体が原因の場合があるので、全て体調と関係づけるのは危険だが、トーストを囓るとき、妙にカサカサとかパサパサとかしているというのは分かる。個体差を越えるほどのカサカサ加減の場合。
 そして、一番分かりやすいはずの水だが、これは味も何もないので、逆に分かりにくい。
 本命はホットコーヒー。これも同じ時間帯に行くとほぼ同じ時間に入れたものが出る。だから安定している。これにも個体差はあるのだが、もっと飲みたいと思うときと、残すときがある。ここで分かる。
 そして香りだ。これがコーヒーの豆臭い香りが来ると、結構いい。コーヒーが良いのではなく、体調がいい。
 岸和田はその日は、今まで経験しなかったコーヒーの味を体験した。これはミルクの匂いというより乳の匂い、要するに乳臭さを感じた。コーヒーそのものではなく、そこに入れるフレッシュから来ているのだろう。それがコーヒーと砂糖が混ざった状態で出た。今まで、そんな乳臭い感じはなかった。非常にマイルドなのだ。
 これは店がフレッシュを変えてきたのかもしれない。砂糖を変えただけで、コーヒーの味は変わる。そのフレッシュは小さなカップに入ったもので、いつも見ているタイプ。だからフレッシュを変えてきたのではない。砂糖もバー状の袋に入っているタイプで、これもいつもと同じ。
 では、この乳臭さは何だろう。近いものとしては不二家のミルキーがある。
 これは体調の変化で、今まで閉ざされていた味覚の一つが出たのか、それとも単に個体の問題で、変化したのは個体で、体調ではないのかもしれないが、コーヒーを飲んで、滑らかな乳の味と香りがした。ためにし、もう一口飲むと、やはり同じ。しかし、コーヒーカップから飲み終える頃には、それはもう消えていた。
 先日まで風邪気味だったので、コーヒーも美味しくなかったが、今朝は治っていたので、何かが刷新され、味覚が通ったのかもしれない。しかも新しいタイプの感覚も。
 それら全てが錯覚だった場合も、そのとき受けた感覚は、結構印象に残る。これはあのとき食べたきつねうどんが美味しかったとか、タコ焼きが美味しかったとか。そしてそれを越えるものが今もないとかを一生言い続けるだろう。
 だから、岸和田が今日感じたコーヒーの味を越えるものは今後ないかもしれない。何らかの偶然が重なって発生した味や香りだとすれば、再現させにくい。
 岸和田は少しだけ、何らかの奇跡のようなものを味わった気持ちになる。あまり役に立たない奇跡だが。
 
   了



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2019年02月12日

3896話 考えが足りない


「何が良いのかねえ。最近分からなくなりましたよ」
「人それぞれですから」
「しかし、人の言うことを聞くだろ」
「聞きます。参考までに」
「あちらの人は良くいうが、こちらの人は悪くいう。どうする」
「だからどちらも参考にします」
「そういうのを参考にした意見が既にある。実際はこういうことではないかと、解説してくれる。だから参考にしなくても、先にそれらを参考にしてまとめ上げた人がいる。この場合、どうかね」
「参考の参考ですね。それらも含めて参考にして、自分の考えでいきます」
「参考が一つもない状態でいくのはどうかね」
「何処かで耳に入るでしょ。それに既に知っている参考意見もありますから」
「じゃ、参考にしなくても、いけるわけだ。しかし、見たことも聞いたこともない場合は、どうかね。参考とするものがない」
「そのときは、似たようなものを参考にします」
「普通だね」
「はい、別に変わったことはしていません」
「じゃ、最終的には何が決め手になると思う」
「考えすぎると、逆に結論が出ません」
「そうだね。きりがないねえ。じゃ、どうする」
「まあまあのところで実行します」
「まあまあだと決まる瞬間は、何で決める」
「そのときの気分でしょ」
「え」
「またはタイミングとか」
「じゃ、意外と曖昧な箇所で決まるのだね」
「あとは性分とかですねえ」
「性格かね」
「性癖のようなものです」
「じゃ、最初からその性癖で決めた方が早いんじゃないの。参考などいらないと思うけど」
「一応儀式です」
「参考意見を聞くのは儀式かい」
「実は既にもう決まっているのですよ。ただ、実行に移すとき、一押しがない」
「要するに背中を押してもらうため、参考意見を聞くと」
「はい、良い意見も悪い意見も全て聞きます」
「しかし、ただの参考」
「そうです。だから、既に決まっているので、変えることはありません」
「参考意見では意見を変えないと」
「はい」
「つまり自分は一切変えないと」
「まあ、そうなりますが」
「じゃ、どんな話でも、聞くだけで、あなたは馬の耳状態だと」
「はい」
「じゃ、話し合いなど最初から無駄」
「だから儀式ですよ」
「いますねえ、そういうタイプ。じゃ、そこまで固守するかたくなさは、余程しっかりしたものをお持ちなのですな」
「いえ、ありません」
「ああ、分かりました。自分を変えたくないタイプなのですね」
「普通は変えたくないでしょ」
「まあ、そうですなあ」
「しかし、最近、何が良いのかが分からなくなってきましたよ。こういうときが変え時でしょうなあ。掴まっているものが頼りないので、離しても惜しくないためでしょう」
「そうなのですか」
「ところであなた、しっかりとした意志を持っておられる。それはどこで培われたのですか」
「自然にそうなりました」
「ほう、そうなるものですか」
「はい、特に何もしていません」
「それは素晴らしい」
「いえ、普通でしょ」
「私は、特殊だと思いますが」
「実は面倒なので、あまり考えたくないだけですよ」
「ああ、そうなんだ」
「だから何処にでもいるようなありふれた人間ですよ」
「どうせ深く考えても考えが足りないことに気付いたりするものです。だったら考えない方がいい。そういうことですな」
「考えとはまた違うのです。考えなくても、決まっていたりしますから」
「いいですなあ。そんな本能のような太い線は」
「いえいえ、だからただの性格ですよ」
「はい、色々と参考になりましたよ」
「それで、何が良いのか何が悪いのかが分かりましたか」
「私が一番悪かったりします」
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 12:09| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月11日

3895話 老害対策


 なくしたものが戻ってくると、嬉しかったりする。喜ばしいことだ。しかし、自分自身でなくしたものがある。人ごとではなく、捨てたのだろう。しかし、一度捨てたもの、または不本意ながらもなくしたものが戻ってくると、その有り難さを思い知る。元々あったものなら、そこに戻れることを。
 なくしたり、失ったりすることもあるが、増えることもある。新しいものが来たので、古いものを捨てたりする。入れ替えだ。交代。
 世代も交代し、肩で風を切って歩いた場所も、もう違う世代に変わっており、出る幕がなかったりする。しかし、別の場所での出番もできるだろう。
 長く業界にいた三村も、もう何世代も違う若い者が仕切っており、出る幕がなくなったのだが、今はもうその業界からは遠ざかり、違う世界に住んでいる。ただ、現住所はそのままなので、別世界にいるわけではない。
 三村は老兵は去らずではなく、老兵は去る方を選んだ。まあ、役に立たなくなったので、当然だろう。
 そのため、孫の世代が今は活躍している。だから、それを見て楽しむお爺ちゃんのような存在。
 若い者に任せて年寄りは引っ込んだ。という風になっておれば、いい感じなのだが、未だに影響力を持っている人がいる。三村の後輩で引退したはずなのに、業界のご意見番として煩がられている。
 ある日、孫の世代が来て、何とかならないかと相談を受けた。そのご意見番、高田というのだが、それを抑えるのは先輩である三村しかいない。気が付けば三村が最長老になっていたのだ。
「困っています」
「所謂老害というやつですか」
「そうです」
「気にしなければいいのですよ。もう何の役職にも就いていないでしょ。発言権はありません」
「しかし、小うるさくて」
「私らの時代は小姑だらけで、先輩だらけ。だからほとんど院政でしたよ。結局現役の役員じゃなく、元老院が決めていました。そんな組織はないのですがね。それに比べれば、いまは五月蠅いのは一人でしょ」
「しかし、影響力を持っています。言うことを聞かないと、不都合が起こるのです」
「まだ、力を誇示したいだけ」
「何とか高田さんに話してくれませんか」
「何を」
「ですから、口出ししないようにと」
「それは無理ですなあ。言いたいことは言う人です。私も現役時代は困りましたよ。部下なのに偉そうにしていましたからね。だから老害じゃなく、そういう人なのですよ」
「それで考えたのですが」
「何か策でも考えて、私に協力してくれというわけですかな」
「そうです」
「何をすればよろしい。できることならやりますよ。どうせ暇なので」
「会長に復帰して下さい」
「え、もう年をとりすぎて、それは無理です。それにもう業界のことなど忘れていますし、いま復帰すればそれこそ浦島太郎状態です」
「いえ、三村さんが戻れば、あの人は黙ります」
「そのためだけに私を起用するのですかな」
「そうです」
「じゃ、高田が静かになれば、お役御免と」
「はい」
「業界の決め事はもうできませんよ。君たちがやってくれますね」
「はい。あの人の押さえだけで、充分です」
「何か、ワンポイントの押さえのピッチャーのようですなあ」
「お願いできますか」
「いいでしょ」
 三村は失った地位に戻ったのだが、その感慨はない。なくしたものをやっと取り戻したという気持ちも。なぜならそんな気は最初からなかったのだ。
 三村の役目は最終決定の印鑑を押すこと。これで、誰が決定したのかが分かる。あの五月蠅い男も三村が最高責任者として決定したとなると、黙るしかない。
 その後、三村は会印を押す毎日となる。またはサイン。これだけの仕事なので、楽といえば楽。
 世代交代のとき、こういった繋ぎの人も必要なのだが、誰が見てもあからさまな老害対策であることが丸わかりだった。
 
   了

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2019年02月10日

3894話 梅と雨


 雪にならずに雨になる。真冬、この雨を梅雨とは言わないが、この時期梅の花が咲く。それに実が成る頃が梅雨。さらに長雨にならないと、梅雨とは言えないが、冬に咲く梅と縁遠いわけではない。また梅雨時はジメジメと湿気が多いため物が腐りやすい。梅の実は食中りにもいいはず。殺菌作用があるかどうかは分からないが、腹がおかしくなったとき、梅干しをなめたりする。梅毒というのもあるが、これは梅の毒ではない。
 梅雨は色々なものが湧き出す季節で、目には見えないが微少なものが元気に活躍している。
 冬時の梅の花と雨。次の関係は実になってからだが、その間春が長く続く。それに水を差すのが梅雨。
 しかし、ここで色々なバイ菌が活気づくように、夏前の暖かさと湿気が人にも影響するはず。
 梅雨の花は紫陽花。春の雨は菜の花。春の長雨は菜種梅雨。ここでも、まだ梅がある。まあ、低気圧が停滞し、雨が降り続くことを梅雨というのだろうか。もうあの梅とは関係はなくなるが。ツユと言える。分解すると汁や水分となる。まあ、空から汁が降ってくるとは言わないが。水分が多いのでツユとして使ってもいい。おつゆが多いとかになると、分泌物のように聞こえる。雨といえばひと言で済む。あまり誤解はない。
 下田は梅雨時になると活気づく。ナメクジやミミズのような男だ。名字は下田ではなく、蛭田の方が似合っている。何故か湿気に強く、さらにそれを好む。両生類時代を懐かしんでいるのかもしれない。
 雨の中、梅雨ではないが、梅の花を見に来ている。このところ雨が多い。この時期の長雨をどういうのだろうかと考えているようだが、ふさわしい言葉が下田の辞書にはない。本来なら雪が降っている季節。
 湿気を好む下田は雨を好む。そのため、天気の悪い日を選んで梅園へ来た。桜の花見よりも、梅の花見の方を好んだ。
 冬の乾燥した空気で苦しかったのだが、この雨で潤いを得て、元気になったようだ。魚人ではない。
 人とは体質が異なるのか、単なる好みの問題かもしれないが、雨が好き。
 雨の日の梅。それは季節の先取り。雪にならずに良かったと、黒光りのする枝に流れる滴を見て、いい艶だと愛でる。花だけではなく、梅のカクカクとした枝振りこそ梅の真骨頂。梅の丸い蕾など、さらにいい。
 雨で梅園に人出はない。梅の香りと湿気を大きく吸い込み、下田は満足を得たようだ。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 12:24| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月09日

3893話 匂いのきつい通り


「昨日は何処まで行きました?」
「ああ、散歩ですか。近所ですからねえ、特にいうほどのものではありませんが、少し妙なところに入り込みましたよ」
「といいますと」
「いつもはそちらへは行かないのですよ。何だかあまり良さそうな雰囲気じゃないので」
「どんな場所ですか」
「住宅街の続きですがね。周囲とそれほど違いはないのですが、何か饐えた匂いのようなものがするのです」
「酸っぱいような、腐っているような」
「そうです」
「時間帯は」
「夕方です」
「何か夕食の準備でもしていたのでしょ」
「しかし、腐ったような」
「じゃ、魚でもさばいていたのでは」
「いや、その近くまでは朝夕関係なく、昼でも通るのですが、やはり饐えたような」
「じゃ、朝食や昼食の準備でしょ」
「食べ物の匂いじゃありません。生き物の匂いじゃなく、植物の匂いでもなく、つまり生臭い匂いとは少し違うのです」
「それで、昨日はその嫌な場所へ踏み込んだわけですね」
「ええ、少し匂いがましだったので、これならいけると」
「まさかゾンビの寝床では」
「ゾンビは生きているでしょ。少なくても肉体だけは」
「じゃ、何なのです」
「空気です」
「空気が臭い。じゃ、ガス漏れとか」
「それなら、ずっとガス漏れ状態で、そのうち引火して爆発しますよ」
「それで、踏み込まれて、どうでした。何かありましたか」
「少し家並みが古くなります。でも普通の住宅ですからね。時代劇に出てくるほどには古くはありません。古くて汚くなったりもしません。見た感じ、一寸時代的に古いかなと思う程度です。また、子供時代、こんな家がまだ新しかったかなと思うほどです。だから、何となく懐かしい家並みです」
「その家並みのエリア、広いですか」
「いえ、電柱数本分ですかね。走れば、一気に抜けらるような一角です」
「そこを抜けると、何処に出ます」
「公園とかがあって、その向こうは大きい目の通りで、そこはよく通っています」
「そこを通っているとき、人を見ましたか」
「見ませんでした」
「住んでいるのでしょうか」
「住んでいると思いますよ。まあ、その辺の道でも人を見かけない通りはいくらでもありますから」
「しかし、誰も見なかったと」
「はい」
「饐えた匂いはどうでした」
「少し弱まっていたので、通る気になったのですがね。抜けると匂いも消えました。あれは何でしょうねえ」
「きっと匂いを誘発するようなものがあるのでしょ。実際にはそんな匂いは立っていない。この錯覚はありますよ。見ただけで匂いがするとか。実際にはそこからの匂いじゃありません」
「はあ」
「私は昔、写真をやってましてねえ。自分で現像してましたから酢酸とかを使うのです。きつい匂いですよ。まだ中学生の頃ですがね。写真部にいました。一年でやめましたが、その後、カメラを見るとその匂いがするようになったのです。カメラからそんな匂いは立っていない。それと同じじゃないですか」
「じゃ、僕は何を見て、あの匂いが来たのでしょう」
「今度行ったとき、その通りの入口に何があるかをよく見ることでしょ。使わなくなった暖炉の煙突とか、挽き臼とか、置き石とか。何か、あなたに関係したものがあるはずですよ」
「分かりました。今度行ったとき、確認してみます」
「そうしなさい」
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 12:15| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする