2019年03月31日

3943話 村巫女


 疋田村の村巫女は高齢。老婆だ。この辺りの村巫女は年寄りが多い。どの村にも一人、そういう巫女がいる。これは特別な存在なので、一人。それ以上抱え込めないし、巫女は鬼道を使うため、船頭は二人いらない。迷ってしまう。一人の巫女が決定すればいい。ただ、もう今は巫女に頼るようなことはないが、本当に迷ったとき、それこそ丁半博打のように巫女に託す。
 疋田村の北にある真田村の巫女は、もっと北の方から来た巫女のようで、流儀が違う。所謂イタコの系譜。これは北方の巫女と呼ばれ、今はなくなった人とのコンタクトが専門になっているが、昔は鬼神とコンタクトが取れたらしい。これは神様のようなもので、こちらの方が巫女らしい。真田村の北方シャーマン系と疋田村の南方シャーマン系、二人の老婆が、ある日、出合った。まあ、同じ生業なので、同業のよしみだろう。
 二つの村、どちらにとっても一番近い隣村のためもある。当然近隣の村々にも村巫女がいる。この辺りはほとんどが南方の巫女で、北方の巫女は真田村だけ。
「娘は素質がないし、孫も駄目じゃ」
「ワタイところも同じ」
「どうじゃろう、養女をとらぬか」
「ワタイもそれを考えておったのです」
「少し離れておりますが、秩父に気性の激しい気の立つ娘がおると聞きました」
「ワタイも聞いております」
「信濃は遠いが、そこにもいるとか」
「もっと近くにおりませんかな」
「うちの村にはおらんしな」
「じゃ、秩父の気の強い娘にしましょうか」
「どちらが貰いますかな」
「占いで決めましょう」
「そうしましょう。そうしましょう」
 それで、秩父の村娘を養女にした。親も村も手を焼くほどの気の強い娘で、じゃじゃ馬娘。簡単に縁組みが決まった。
 二人の巫女は占いで決めたというが、実際にはクジ。北方イタコ系の真田村巫女が当たりを引いたので、養女とした。
 この巫女、あっちにいる人を呼び寄せる力はない。だから南へ下ったのだ。この辺りにイタコの風習はなく、占い婆さんとか、マジナイ婆さんとか呼ばれている。霊を迎え受けるより簡単なためだ。
 南方系の疋田村の巫女も養女を見に行った。
 この気の強い娘、何かが入っていると、北方の巫女は感じ、それを追い出すことから始めた。
 それには誰かを知る必要がある。しかし、イタコ系でも力がないので分からない。
 そこで、疋田村の巫女が呪文を唱え、御札を乱発させ、護摩も焚き、娘をいぶした。手荒いことをするのが南方系の特徴。派手なので、村ではこちらの方が受ける。それに北方の巫女は地味な普段着だが、南方の巫女は遊女以上に派手な化粧をし、衣服も派手。しかし婆さんなので、バケモノだ。
 気の強い娘は、それぐらいでは動じない。逆に二人の巫女に圧力を掛けてきた。これは神経に来るようなイライラが起こり、気が狂いそうになった。
「これは手強いですなあ」
「本物じゃわ」
 要するに、この二人の村巫女、神秘的な力など最初からないので、敵う相手ではなかったのだ。
「きつねが入っておるんじゃ」
「いや、違う、鬼神じゃ」
 結局二人の村巫女は、この気の強い娘に仕えることになった。
 秩父の村では厄介者だったが、疋田、真田両村や、その周辺では大変な評判となり、受け入れられた。
 しかし、その期間は短く、娘が大人になりかけたとき、鬼神が来なくなったのか、普通の娘に戻ってしまった。人が変わったように、大人しい子に。
 巫女としてはもう使えないので、娘の親とも相談し、戻すことにした。
 古い記録では、そうなっているが、実際には、ある日、高僧が娘を見に来て調べた結果、鬼神を操れるほどのシャーマンであることが分かったため、それを使えないように、何かをしたらしい。
 この娘の将来を気遣ってのことだろう。
 
   了
 


posted by 川崎ゆきお at 12:22| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月30日

3942話 春うらら


 森永は春になれば始めようとしていたのだが、季候がよくなると、身体も頭もリラックスするのか、緊張感がなくなり、何かをやろうという気が失せてしまった。
 新年もそうで、年が改まったときスタートを切ると決めていたのだが、寝正月で終わったので、スタートに覇気がない。そのあと真冬を迎え、気持ちは閉じた。その雨戸を開け、窓を開けても寒くない春を迎えたのだが、気持ちは開放的になるものの、頭は春うらら。緊張感、緊迫感、危機感、そういったものが緩くなっただけ。それで、スタートが切れない。
 マラソンならスタートした瞬間から歩いているようなもの。
 流石にこれではいけないと森永は思うものの、真剣ではない。うららかなときに考えることなので、そんなものだろう。
 こういうとき、仲間を訪ねるのが森永の流儀。そんな流派はなく、高度な知的技術でも何でもない。
「いるか」
「ああ、森永君。やはり来たね」
「春だからね」
「平日の真っ昼間から来られるのだから、相変わらずだね」
「そういう君も、部屋にいるじゃないか」
「それを見に来たんだろ」
「まあ、そうだけど」
「安心していいよ。寝たきり青年だから」
「本当に病気になるよ」
「もうなってる」
「あ、そう」
「要するに、立て直したいわけでしょ」
「表向きはね」
「立派な社会人になる気なら、ここには来ないよ」
「そうだね。しかし、何とかしたい」
「そりゃ僕だってそうさ」
「春は駄目だねえ。眠くて」
「うんうん」
 こうして、頷き合うからいけないのだ。
「社会人は無理だけど、個人でできる何かを探しているんだ」
「何をやっても、個人がやることでしょ」
「そうだけど、一人でやるということ」
「ああ、一人でね。まあ、誰だって結局は一人だよ。仕事に行っても、その中の一人であることにかわりはないし」
「だから、一人でできる仕事。これを探している」
「まあ、それを考えるだけで疲れるよ」
「一人でできて、やりがいのあること」
「贅沢な」
「そうだ、これがやりたかったんだと思えるようなことで」
「ないない」
「君も考えたんだろ」
「考えたけど、あれも夢、これも夢で終わったよ」
「駄目じゃないか、終わらせちゃ」
「そのてん森永君は立派だね。まだいろいろと考えて実行しようとしている。僕より勝っている」
「そんなの低レベルでの競い合いだろ」
「結局なんだろうねえ」
「怠けたいだけだよ」
「ああ、それを言っちゃあ駄目だよ。それは社会に出たとき、絶対に言ってはいけない希望だよ」
「怠けることに怠ければいいんだ」
「え、よく分からないよ。状態が」
「怠けようとするのを怠けるんだ」
「うう、掴めない」
「怠け心を起こさなければ全て上手く行く」
「それは分かるけど、楽をしたい」
「それは怠けないで懸命にやったから得られる成果だよ。いい結果が出て楽になる」
「あ、楽にならなくてもいいから、しんどいのがいやなだけ」
「まあ、その話は何度もしたから、もう繰り返すのはよそう」
「そうだね。議論し尽くしたからね」
「それでだ」
「何か、まだあるの」
「運だよ。運」
「運に頼るか」
「世の中、どんな偶然が待っているのか分からない」
「可能性としてはあるねえ」
「それまで、寝ていりゃいいんだよ」
「果報は寝て待てというからね」
「しかし、それは怠けていては、やってこないでしょ」
「そうだったか」
「地道にやりながら、機会を待つという意味だよ」
「地道か」
「そう、真面目にね」
「タナボタはどうかな」
「寝ているとき、棚からぼた餅が落ちてくるか。これはいいねえ。何もしなくてもいいんだから」
 この二人のミーティングは過去何度もやっているのだが、今回はタナボタで同意を得た。
 森永は春うららの中、安心して頭もうららのまま引き上げた。
 友達を選ぶべきだろう。
 
   了






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2019年03月29日

3941話 深刻劇


 深田は一寸面倒なことになり、それで気が重い。それは一寸したことから始まり、そこから流れが変わったのか、因果関係の無い別のこともおかしくなり出し、さらにかなり厳しいことが突然起こり、これはかなり尾を引きそうで、妙なところにはまり込んでしまった。
 悪いときは悪いことが重なるもので、纏めて来るようだ。
 それらの用事でウロウロしているとき、行き交う人々を見ていると、みんな幸せそうな顔をしている。そう見えるだけなのかもしれないが、深田にかかっている負荷を、もしその人達も背負っていれば、そんな平和そうな顔で歩いていないだろう。だが、深刻な顔で硬い表情の人もいる。そういう人は逆に目に入らない。
 もし深田と同じように気が重いのなら、外には出てこないかもしれないが。
 人出が多いのは桜が咲き出したためだろう。並木や公園や、神社の境内などで咲き始めている。その日は陽射しもあり、穏やかで、もう寒くはない。それで、外に出ている人が多いのかもしれない。
 春先の良い時期、卒業式で旅立ったり、入学式で上の学校へ通い出す。また新入社員として社会に出ていく。春はスタートの時期。
 そんな時期、深田は厄介なことになっているので、春を楽しむどころではない。
 といって平穏な年でも、春など楽しんだのだろうかと考えると、それほど楽しんでいない。楽しいことだとは思わないので、花見などにも行かなかった。
 しかし、気の重さからか、それが軽くなれば、花見に行きたいと思う。厄介事が春の間に終わるのか、夏や秋まで、いや年内や来年まで尾を引くかもしれないと思うと、数年は厳しいかもしれない。
 その厄介事は解決はしないので、しばらくはその状態が続く。重荷だ。しかし、背負い方のコツがあるのかもしれない。そちらの練習でもするしかない。
 そんな日々の中で、一寸いいことがあった。微笑ましい出来事だが、これが結構効いた。凄い話ではないが、気が休まった。
 もしいつもの深田なら、何とも思わないほど小さな出来事として見過ごしていただろう。
 弱っているときは、その一寸したいいことが数倍よく見えるので不思議だ。
 それからも道行く人が誰もが普通に暮らしているように見えて、それが羨ましい。しかし実状は分からない。深田よりも厳しい状況の人がいるかもしれない。
 幸せそうな表情で呑気で歩いている人が、意外と深田よりも深刻な事情を背負っているかもしれないし、また厳しい表情で歩いている人は、実は平穏に暮らしている人かもしれない。
 その後、深田は慣れてきたのか、負荷に慣れたようで、もうそんなものだと日常化していきそうだった。
 暗い話をする人が意外と明るかったり、明るい話をする人が逆に暗い人だったりすることもある。振り切って逆転したのだろう。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 12:34| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

3940話 超常現象座談会

 
 妖怪博士は雑誌主催の座談会に出た。超常現象についての議論だが、結局挨拶で自己紹介をしただけで、一言も発しなかった。司会が悪いのだろう。だが、その司会者、妖怪博士担当のいつもの編集者。敢えて妖怪博士に振らなかったのかもしれない。それがどういう意味なのかは知らない方がいいだろう。
 終わった後、すぐに解散になり、打ち上げも何もない。予算がないためだろう。主催者側の二人は消えるように逃げ去った。そのため、あの編集者と挨拶すらできなかった。
 置き去りにされた超常現象研究家達は、自分たちで打ち上げをすることにし、どの居酒屋がいいかと話し合いになった。
 妖怪博士は、そういうのは苦手なので、帰ることにしたが、もう一人、打ち上げに参加しない人がおり、帰りの路線も同じなので、その駅へと一緒に歩いた。
 この人もほとんど話しに加わらなかった人で、妖怪博士と似ている。そういう場が好きではないらしい。
 心霊研究が専門と紹介されていたので、妖怪とは関係が深い。また妖怪博士は幽霊博士と呼ばれる若き研究家を知っていた。合うたびに心霊には関わるなと忠告している。
「大下さんでしたか」
「はい、妖怪博士」
「今日はご苦労様でした。お疲れでしょ」
「聞いているだけだと、余計に疲れますよ」
「心霊が専門とか」
「いやいや、実は物理学が専門です」
「ほう」
「超物理学ですがね。これはもう幽霊に近くなりますよ」
「ああ、そうですか」
 妖怪博士は話すのが嫌いではない。ただ、座談会とか複数の人間を相手にするのが苦手らしい。座談会ではなく、対談タイプだ。この大下も、そうなのかもしれない。
 この二人、悪い気がしないのか、居酒屋ではなく、駅近くの喫茶店に寄ることにした。ただ、喫煙できる喫茶店を探すのに時間がかかった。駅裏の汚い路地にあるボロボロの店だが、ここは吸えるようだった。
 婆ちゃんのウェイトレスがおしぼりとお冷やを持って現れた。昔からある喫茶店のようだ。
「幽霊はどうなのですかな。いますか」
「います」
「科学的見地から見てもですか」
「そうです」
「まあ、色々と目撃談がありますからねえ。見た人や感じた人は多い。だからやはりいるのでしょうなあ」
「そうです」
「超常現象というより、日常化していたりしますね」
「妖怪はいますか」
「いません」
「あ、そうですか」
「幽霊が見える人と、見えない人がいますが、どうしてでしょうねえ」
「見えない世界の人でしょ」
「はあ」
「世界は、その人が作っているのです」
「ほほう」
「だから、キャラとして幽霊が出る世界と、出ない世界があります」
「なるほど」
 妖怪博士は適当に頷いた。議論する気はない。
「この世界を見ている人は一人です」
 ここから、難解になる。
「その一人のために世界があるのです」
 妖怪博士は、それがどの方向かと探っているとき目玉が泳いだ。
「もっといいますと、見せられているのです」
「はあ」
 妖怪博士はついて行けない。
「ものがそこにあるように見え、触ると手触りがあるように感じているだけ。全て実体のないバーチャルなのですよ」
 かなり、間を飛ばしている。
「幽霊だけじゃなく、今、こうして見ている世界も、実は幽霊のようなものなのです」
「ほう」
「そういう観点からすると、幽霊でも物怪でも何でもありですよ」
 妖怪博士は降参した。
「今日はこのへんにします。また機会があれば、お話ししますが」
「はい、またお願いします」
 あの編集者は、こんな人も呼んでいたのだ。そして彼にも振らなかった。
 しかし、妖怪博士にも振られなかった。ということはあの編集者から見ると、同類ということだ。
「私達は同じ穴のムジナなのですなあ」
「え、妖怪ですか」
「いや、何でもありません」
「じゃ、僕はこれで失礼します。ひと言も喋れなかったので、出すものを出してすっきりしました」
「はいはい」
 年下の大下が伝票を掴んだので、妖怪博士は割り勘を提案した。これはすぐに通った。
 しかし、レジには誰もおらず、すみませんすみませんと何度も呼んだが返事がない。
 本当に、ここに喫茶店があったのだろうか。いや、現にその中にいるではないか。
 かなりしてから水洗の音が聞こえ、婆ちゃんが出てきた。
 婆ちゃんはバーチャルではなかった。
 
   了

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2019年03月27日

3939話 僻地へ


 もうこれでいいのではないかと、浪は思った。ただ思う前にいろいろ考えあぐねてのこと。ふと思ったわけでも感じたわけでもない。いくら熟考しても調べても、最後はそう思えるかどうかで決まる。思った、思いましたでは、小学生の芸のない作文のようだが、ここが最初で最後の決定場所。まずは思わなければ話が始まらない。そして意志の決定も、意志だけでは決まらない。思わないと。または思えなければ。ということを浪は思った。まあ、感じた程度だろう。ただの感性の問題だが、あくまでも熟考の末。
「決まりましたか浪君」
「はい、もうこのあたりでいいだろうと」
「おお、それはよく決心してくれました。礼を言いますよ。有り難う有り難う」
 もし断っておれば、この有り難う有り難うの繰り返しは聞けないだろう。それを聞きたいばかりに判断を下したわけではない。
「少し僻地ですがね。国内ですから、そんなにひどい場所じゃありません。コンビニもありますし、ファミレスも、確かあったと聞いていますよ。今は分かりませんがね」
「はい」
「まあ、また戻れると思いますので、しばらく休憩だと思い、悪く思わないでくださいね」
 この人も色々と思うのだろう。
 浪が決心したのは、この人のいう通りかもしれない。少し疲れたのだ。僻地なので生活が少し変わるが、流人ではない。ただ、ここへ飛ばされた人は本道から外れてしまう。外道ではないが、所謂出世街道ではない。そこを通過して出世した人はいない。これは過去のデータが示しているが、浪はいやいやながら行くわけではなく、また断ることもできた。そこが違う。自ら進んで行くようなものなので。
 出世街道から都落ち街道を歩くわけだが、それも悪くはないと結論を下した。そちらの方が楽、というのがちらっと見えた。美味しい面もあるのだ。出世さえ考えなければ、極楽暮らしかもしれない。
 浪が僻地へ行ったと聞けば、ライバル達は喜ぶだろう。戦う相手が一人減るため、楽になる。
 しかし、よく考えると、小さな世界だ。それが潰れてしまえば出世もクソもない。地位などあっという間に相場が落ちるどころか、消えてなくなる。
 まあ、そういうことに疲れたのだろう。浪は、もうこのあたりでいいかと思い、僻地へ赴いた。
 
   了

 
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2019年03月26日

3938話 古きを訪ねて


「古きを訪ねています」
「どのような」
「それが今回は失敗しました。がっかりです」
「事情がよく分かりませんが」
「話すのも嫌なほど」
「あなた、確か、今のものよりも古いものの方がいいものが沢山あると以前言ってませんでした」
「言ってました。しかし、今考えての昔の記憶なのではありません」
「まあ、昔に思っていたことですね。今じゃなく」
「そうです。うんと昔に思っていたことです。しかし、今の頭で考えるにしても、やはり古い記憶のままです。だから本当に今、直接感じたことではないので、実際に接してみると、がっくりとなりました。こんなものだったのかとね」
「よく分かりませんが」
「小学校の頃、もの凄く立派な上級生がいました。立派すぎて、もう大人のようです。ところが、でもよく考えますと、たかだか小学生。もし私がその時代にワープして、その立派な少年、大人びた少年を見たとき、大したことはないと思うでしょ。相手は子供なんですからね」
「それはそうですねえ」
「小学生の頃、背が高かった同級生と、その後、高校で一緒になりましたが、縮んでいました。中学になってから、それほど背が伸びなかったのでしょうねえ。あ、この例はふさわしくありませんね。関係のない話です」
「はい」
「だから、昔思っていた昔と、今の感覚で見る昔とは違うのでしょうねえ。ただ、その昔、一度もそれから見ていない場合、昔の印象しかありませんから、そのままですがね。ですけど考えれば分かることですよ」
「それで、今回は失敗したと」
「そうです。昔あれほどいいものだったのに、昨日それに久しぶりに接したのですが、ちゃちなものでした。それで見るんじゃなかったと後悔しましたよ」
「よくあることですよ」
「しかし、今よりも優れているものがあるのです。今見ても、それは優れており、今は、それはないとかね。だから昔を訪ねているのです。そういうのと遭遇するはずなので」
「はい、ご苦労様」
「昔、凄いものだと思っていたのに、いま見ると大したことがなかったとなると、やはりショックですよ。まあ、半ば分かっていたのですがね」
「そういうのをお仕事に活かされているわけですね」
「いいえ、していません」
「あ、そうですか」
「ただ、見て歩くだけで、鑑賞です」
「じゃ、実用性はないと」
「ああ、そこは意外な面がありましてね」
「はい」
「実用性がないので、凄いままのものがあるのです」
「ありますか、そんなものが」
「価値基準がはっきりしていませんので、これは曖昧なままのイメージ物なので、判断は個人個人の感性に掛かってきます。だからそういう部類なら、古いものの方がいいのが一杯あるのです」
「ほう」
「しかし、実用性がないのでねえ」
「なるほど」
「まあ、そのうち古きものから凄いのを釣り上げますよ」
「それは楽しみですね」
「はい」
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 12:09| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月25日

3937話 時代アート


「最近は古きを訪ねています」
「古代文明ですか」
「いえ、そこまで古くはありません。私が生きていた時代なので」
「じゃ、最近とは言えませんが、そんなに古い話じゃない」
「そうです」
「それで何か」
「少し前の方が進んでいる技術などあるのです。まあ、廃れた技術なんでしょうが、必要がなくなれば、そこで終わるんでしょうねえ」
「ほう」
「少し前の本などもそうです。今の作者が書いたものなどはそれに比べると軽い軽い」
「ほう」
「一生費やした研究の本。こういうのは今は無理でしょ。まあ、その人の頭の中には、それに関する知識がぐっと詰まっている。おそらく日本中、いや世界中で一番それに詳しい人になっていたりします。そういう人が書いた一冊だけの本。こういうのがいいのです。だから古きを訪ねるだけの意味があります」
「確かに戦時中の零戦など、分解して調べても、その秘密が分からなかったとか、最近聞きましたが」
「まあ、その後、プロペラの戦闘機など開発してませんからね。だから途切れたのと同じなので、昔の人の方が詳しい」
「はい」
「建物もそうでしょ。ただの住宅、民家でも手の込んだことをしている。ノコギリやカンナ、ノミなどを使う大工も減ったでしょ」
「まあ、しかしそれに代わるもっと早くできて安くすむようになっていいじゃありませんか」
「それはもっともな話です。雨露凌げれば、それでいいのですから」
「そうでしょ」
「しかし、失われた技術、廃れて誰ももう作れなくなったもの、そういったものを見ておりますと、芸術鑑賞になりますよ」
「そうですね。趣味の問題ですよね」
「その趣味もですねえ、上質な趣味がよろしいかと」
「最近の趣味は趣味が悪いと」
「奥行きや拡がりがねえ、もっと欲しいのですよ。それだけの物で終わらないで、他のことでも通底するようなね」
「はあ。あなたは趣味人でいらっしゃる」
「いやいや、そんな高貴な趣味は持っていませんよ。ただ本物の凄さに触れると、ぐっときますねえ」
「いい鑑賞眼を持っておられる」
「いや、そんな眼識などなくても、見たり触れたりすればすぐに分かりますよ。これは何だろうと思うことで、何となく知識も増えていきます。それを知るのに必要だからです」
「現代アートについてどう思われます」
「いきなりそんなことを聞かれても分かりません。それに詳しく知りませんし」
「軽い感想で結構です」
「本物の職人さんに対するコンプレックスでしょうなあ」
「違うと思いますが」
「あなた、もしかして現代アートの人ですかな」
「そうです」
「ああ、ご苦労なことで」
 
   了


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2019年03月24日

3936話 岩場の行場


 山沿いの住宅地。ここは上へ行くほど金持ちの邸宅が多かったのだが、最近はその上まで家が這い上がっている。この辺りは里山で、持ち主がいる。それを売ったのだろう。そのため、今風な分譲住宅が斜面にへばりついている。その向こう側にも当然山は続いているのだが、そこは国有林。一応国立公園の一角だが、それらしきものはない。この山地そのものが国立公園のためだろう。そんな公園があるわけではない。ただの山。
 その先は山の奥へと続いているのだが、別の山系になるのか、少し区切れている。古くからの村がそこにあるのは、平らな場所があるためだろう。田畑もある。
 しかし、そこへ行くには車がないと不便だろう。バスは数時間に一本。その村とその近くにあるお寺と、ピクニックセンターあるため、何とか運行しているだけ。だから通勤圏内ではない。
 先ほどの斜面の住宅を越える一帯は荒れ地でゴロゴロ山と呼ばれている。そういう山があるのではなく、起伏が激しい程度。頂上というのはあるにはあるが、ただの岩のコブのようなもの。
 この辺りは岩がゴロゴロ転がっており、それでゴロゴロ山。太古の昔噴火でもあったのだろうか。
 ここはハイカーがたまに通る程度だが、このゴロゴロ山が目的ではない。住宅地の中程から山らしい景観になり出す。だから山への入口に近いが、既にここは山。家が建っているので住宅地に見えるが、そうではない。元々山だったのだ。
 しかしその先は国有林のためか、そのまま残っている。植林にはふさわしくない荒れ地なので自然に生えたような松が多い。それもポツンポツンとある程度。
 岩と岩の隙間は小さな渓谷というより古墳の石室のような感じ。つまり狭い。その上に一枚、岩が乗れば、これは人工物かと思ってしまうが、そういう珍しい偶然はない。
 先ほどから、その古墳の石室のような中で呪文を唱えている人がいる。まだ若い。
 ここを行場にしているというより、三方囲まれた場所なので、隠れ家ごっこに見える。
 そういった岩に囲まれた場所は探せばいくらでもあるが、いい場所は既に主がいる。その主のものではなく、早い者勝ちで、先に取ったものとなるのだろうか。ただ、しばくするといなくなることが多い。
 ここは通勤圏ギリギリの場所で、バス停もある。ここまでは電鉄会社のバスが走っている。数時間に一本ではない。それはその先の村行きだけ。
 だから市街地から、この行場は意外と近い。山奥ではないのだ。山の取っかかりだ。
 行者達はそれぞれ流儀があり、ヨガのようなことをしている人もおれば、単に座っているだけの人。また岩に抱き付いて、じっとしている人。
 松の木の股に昇って、そこから下界を見ている人と、様々。
 中には本を読んでいるだけの人もいる。
 ここには先住民がいたが、今はいない。といってもホームレスだ。しかし、彼らが健康的だったのに比べ、そこを占領した人達は誰もが病んでいるように思われる。
 
   了




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2019年03月23日

3935話 職務放置


 篠原町の駅裏に古いビルが結構ある。西洋風レトロビルではなく、戦後適当に建てたような三階程度のビル群。エレベーターなどはなく、雑居ビルだが店舗よりも事務所が多い。といってここはビジネス街ではない。駅の正面はドーナツ化現象で、駅以外が目的で来る人は希。
 吉田の就職先は、この古ビル内のオフィス。面接などは都心で受けた。高層ビルで、ビジネス系の催し物や会場になることが多いので、馴染みのあるビル。篠原町にオフィスがあるとは知らなかったのだが、都心から近いし、辺鄙な場所ではない。
 その会社、篠原の町とは絡んでいない。篠原でないといけないことはなく、何処でもいいようなもの。仕事はほとんどがセールス系で、外回りが多い。それなら、もっと都心部にあれば便利なのだが、方々に出向くような仕事ではない。貿易関係らしいが、よく分からない。
 マッサージ店の横にオフィスの入ったビルがあり、入口があるだけ。その横は中高年婦人向けの衣料品店。若い人は一人も歩いていないような場所。
 オフィスは二階の突き当たり左にある。中は二部屋あり、奥の小部屋に上司がいる。室長だ。
「吉田君だったかね」
「はい」
「初めまして。竹中です」
「はい、よろしくお願いします」
「ディスクを空けておいた。パソコンは使えたよね」
「はい」
「ソフトはインストールしてあるから、適当に使ってね」
「はい」
 上司の竹中は小部屋に入った。
 そのあと、出てこない。
 昼頃になり、やっとドアが開く。
「そのソフト、使える」
「エクセルとワードでしょ」
「それと通信ソフトが入っていたでしょ」
「あ、はい」
「既に合わせてあるから、そこの掲示板をたまにチェックしてね」
 上司は昼を食べに出たが、そのまま夕方まで戻ってこなかった。出るときの服装はスーツだが、手ぶらだった。
 戻ってきた上司は、小部屋に入り、鞄を提げてすぐに出てきた。
「じゃ、帰るときは鍵を掛けてね」
「はい」
 吉田はいくらでもスペアが作れそうなキーを渡された。予備だといって都合二つ。
 それで、初日、吉田は何をしたのかというと、留守番だった。
 人が来れば、担当の者がいないので、分かりませんとだけ答えることになっていた。しかし、誰も来ない。
 帰りしな、通信ソフトで掲示板を覗くと、書き込みがあった。仕事とは関係のない、競馬の話や食べ物の話とか芸能人の話。特に仕事に関係している話は何もない。何かを共有するためのものだと思っていたのだが、そうではないようだ。
 しかし見たことがない通信ソフトで、これはオリジナルかもしれない。フリーソフトかもしれない。
 翌日も、同じパターン。
 三日ほど経ったとき、人が来た。上司は昼を食べに行ったまま、まだ帰ってこない。
 担当者がいませんので、と、教えられた通りにすると、訪問者は去って行った。特に表情に反応はない。
 ワープロも表計算ソフトも、使う用途がない。スケジュールもない。
 給料日になると、振り込まれていた。仕事らしい仕事などしていないのに、そこそこの額だ。これでボーナスなども出るらしい。
 吉田は暇なので、本を読んだり動画を見て過ごした。
 しかしたまに人が来るので、居眠りはできない。
 上司は午前中はいるが、午後からは出ている。何処へ行っているのかは分からないが、長い昼の休憩だ。
 吉田の昼は一時間と決まっている。人が来るかもしれないため。
 ある日、人が来た。
 吉田と同世代で、まだ若い。いつものように担当者云々と答えると、すぐに帰ろうとした。
「伝えておきますよ」
「あ、いいです」
 その後も、人が来るたびに用件を聞いたのだが、誰も答えないで、さっと帰ってしまう。
 しかし、暇で仕方がない。閉じ込められているようで。
 だが、仕事ならそんなものだろう。
 半年後、上司が消えた。そのため、吉田が室長という肩書きをもらえることになり、あの小部屋に入ることができた。そして新入社員が一人来た。
 小部屋にはソファーがあり、そこで寝転べる。前任の竹中室長が残したままの漫画の本がずらりと並んでいる。難しい本もある。これはその前の人のものだろうか。すると漫画も前の人のかもしれない。
 そして昼になると、食べに行くことにしたのは、いままで通りだが、そのうち、徐々に戻るのが遅くなってきた。
 最近はポケットにカメラを入れているので、それで撮影に出掛けた。結構遠いところまで行ける。
 夕方までに戻ってくればいい。
 会社も社員も、職務を放置しているようなものだ。 これで何も起こらなければいいのだが、と藤田は思った。
 
   了
 


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2019年03月22日

3934話 雨桜


「今日も雨ですねえ」
「桜のつぼみが赤くなり始めてますよ」
「花見も近いですが、最近雨が多いので、どうなんでしょう」
「晴れ間にさっと人が集まりそうです」
「やはり花見時期も雨でしょうかねえ」
「今年の春は雨が多いとか」
「ワンチャンスですなあ」
「雨でも桜は咲いているでしょ。しかし花見客はいない。雨だと中止。一人で来る人も雨だと避ける」
「しかし、聞いたことがあるのですがね」
「え、何をですか」
「雨桜」
「枝垂れ桜の別名じゃないのですか」
「いえ、雨が降ると映える桜ではないかと」
「品種は限られているでしょ。そんな品種があったとしても、何処で植わっているのか分からない」
「いえ、普通のソメイヨシノです。ごくありふれた」
「ほう。じゃ、普通に雨の日に見に行けば、それで済むこと」
「だから雨の日だと、それが雨桜となるわけです」
「要するに雨の日の桜という程度でしょ」
「聞いた話なんですがね、わざわざ雨の日に花見をするんです」
「何を聞いたのですか」
「これは雨の日に傘を差して一人で花見をしている人が始まりだと聞いています」
「ほう」
「まあ、それが家元のようなものでしょ」
「花見の家元、そんなもの聞いたことがない。生け花じゃないしね。それに、雨桜の家元なんて、さらに聞かない」
「これはですねえ。雨の降る日でも花見はできるということなんですよ」
「ほう」
「むしろ、雨が降っていないと、雨桜にならない」
「雨の花見ねえ。傘を差して、立ったまま」
「歩いてもいいですよ。ただ地面は濡れていますから、車座は無理。まあ、立ち飲みならいけますがね」
「傘を片手に飲む。酌は」
「自販機で売ってるやつでいいでしょ。酌の必要はない」
「あては」
「傘に引っかけておけばいいのです。コンビニ袋の中にあてを入れておけば」
「片手に傘、片手にカップ大関、どうやっておつまみを摘まむのですかな」
「だからこれが難しいので、家元がおられるのですよ」
「どうするのです」
「カップ大関は脇で挟む。傘は肩で挟む。これが作法」
「ほう」
「しかし、雨桜のベテランは何もしないで、傘だけ差して桜を見ているだけ」
「そちらの方が家元らしいですなあ」
「立ち行に近い」
「ほう」
「立ったまま正座」
「座ってないじゃないですか」
「だから、黙想状態」
「はい」
「目を開けたまま、じっと桜を見ているが、風も吹き、雨の滴もあたり、変化が大きい」
「ふむふむ」
「それをじっと見ていると、気がおかしくなります」
「駄目じゃないですか」
「また、桜色をじっと見ていると、目もおかしくなります。微妙に動いていますからね。そうしているうちにあらぬものが見えてくる」
「ほう」
「これは雨桜行のようなもの。それをやっている人がいましてねえ。そこから流行りだしたのですよ」
「その人が家元なのですな」
「違います。それを見た人達が、まあ、家元のようなものですが、家元などいません。花見流派の一つですが、家元はいない。ここがいいのです」
「聞いた話しにしては、詳しいですねえ」
「それだけじゃありません。これは一種の行。宗派が生まれるかもしれませんよ」
「それって、あなたが勝手に言っていることでしょ。聞いた話じゃなく」
「分かりますか」
「分かりますよ」
「はい。ご無礼を」
 
   了



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2019年03月21日

3933話 琴の峰の山怪


 琴の峰を経て樽沢へ至る。
 藤田はいつもハイキングコースを通るたびに、その道標を見ている。コースから外れるため、そちらへは行かない。樽沢はかなり遠い。村に出る。だから町に戻ることになるのだが、その距離がかなり遠い。もの凄くアバウトな道標だが、嘘ではないのだろう。
 琴の峰はどの峰なのかは、ここからは見えない。峰峰の頂や、山のコブのような塊が多いため、特定できないが、一番近い峰のはず。その枝道に入り込まないと見えないのだろうか。または、何でも見ている峰のことかもしれない。本コースは登りになり、そこからほとんどの山を見ているはず。いちいち山の名前を覚えていないのは、予定にないためだろう。
 地図を見れば、出ているはずだが、琴の峰は覚えやすく印象に残るので、すぐに分かるはず。しかし、何度かこの辺りの地図を見ているが、琴の峰の文字など見たことがない。きっと別名なのだ。しかし、樽沢は実在する。聞いたことがあるし、樽沢行きのバスなどを見たこともある。山のとっかりにある村なので位置はおおよそ分かる。
 問題は琴が峰と樽沢の距離が長すぎること。
 藤田は月に二三度山登りをしている。軽いハイキングだ。その日も、馴染みのコースを歩いているとき、琴の峰を経て樽沢へ至の道標のあるところまで来た。一寸変化を楽しんでやれと、寄り道することにした。樽沢まで下る気はない。途中まで行き、引き返すつもりだ。もしかして琴の峰が見えるかもしれない。そして、何だ、あの山だったのかと思うだろう。
 この本コースはハイカーが多い。いつの間にか追い抜いていたり、追い越されていたりする。しかし、琴が峰へ向かうその道に入る人など見たことがない。
 人が踏み歩く頻度が低いのか、道がこなれていない。ゴツゴツとした岩や小石が踏むたびに、ずるっと滑ったりする。多くの人が通っておれば、落ちるべき小石は落ちる。崩れるべき土は取れる。人よりも水の通り道に近い溝のような道だ。そのため下り始めている。ということは琴の峰はもっと下にあるのだろうか。道標があるところは標高六百メートルほど。登りきっても一番高い峰でも八百メートル。
 藤田は下っていくが、すぐに道らしいものが出てきて、それは溝のような道とは別の方へ行く。これは明らかに人が通した道。琴が峰はその方角だろう。そうでないと、水の通り道では一気に沢へ降りてしまう。
 その道らしき道に入ると、下りでも登りでもないので歩きやすい。土と下草とのバランスがよく、足の裏が喜んでいる。
 どうやらその道、山の周辺を回り込んでいるらしい。左側は山の腹が迫り、右側は見晴らしがいい。
 山を取り巻くように通っていたなだらかな道が切れるのか下へ向かう道になる。
 左側は急斜面。これが琴の峰かもしれない。下り坂に差し掛かったとき、振り返ると、迫っていた山が少し引いたのか、山の姿が分かるようになる。山道は一本。
 見晴らしは少しよくなったが、遠くの方までは見えない。方角的に樽沢方面だと思われるが、目印がない。ここから村や町が見えるはずだが、樹木や山襞が目隠しになり、それほど見晴らせない。
 藤田はハイキング地図を広げた。
 樽沢方面からの登り口があるはずなのだが、それはコースにはない。だから樽沢からのハイカーはいないはず。まあ、村近くの背後の山なので、路はいくらでもあるだろうが、行き止まりになるのかもしれない。
 迫っていた山に沿って歩いていたのだが、その山が琴の峰らしいことは分かるが、何故琴の峰なのかは謎。樽沢から見れば、琴の姿をしているのかもしれない。琴にも色々な形はあるが。
 それで、納得できないし、樽沢までは遠いはずなので、行く気はないので、迫っているその山に分け入ることにした。道はないが、樹木や灌木の隙間を通れば何とかなる。問題は勾配だけ。しかし、取り付くところはいくらでもあるので。岩だけの崖ではないので、登りやすい。
 勾配がきついので、斜めに這い上がっていくことにする。子供の頃からこういったところを遊び場にしていたので、ターザンごっこのようなものだ。
 灌木などで目を突く恐れがあるので、サングラスを掛け、帽子も深く被り。タオルを首元にしっかりと巻いた。妙なところで、猿にでもなったようだ。
 斜め登りが効いたのか、下がよく見えるところまで登った。町は見えないが、下の山が見える。いずれも低い山で、建物も見える。それで、場所が特定できた。あの道標があったところから離れていないので当然だが、下の風景は同じようなもの。
 上を見ると、まだ繁みが続いており、頂上も近い。その山の向こう側の山が見えているためだ。それはいつも行く山の頂だろう。
 休憩してから、また繁みに分け入り、たまに飛び出ている岩の隙間を抜け、再び、また繁み。今度は勾配が弱くなってきたので楽だが、そのかわり、繁みが深い。前が見えないほど深くなる。山の頂上付近の斜面なので、これはおかしいとは思いながらも、先へ進むと、灌木の間隔が広くなり、下草や笹の海が消え、歩きやすくなる。土と落ち葉のやんわりとした場所に出る。
 道かどうかは分からないが、森の中に出たようだ。樹木と樹木の間隔がある程度あり、灌木が減り、下草だけになるので、歩きやすい。
 しかし、どう見ても鬱蒼と生い茂った森。
 そして来るものが来た。
 琴の音。
 周囲を見渡すと、上の方に屋敷の一角が見える。
 藤田は恐ろしいところに入り込んだという気はなく、琴の音に吸い込まれるように、そちらへ向かっていった。
 
   了




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2019年03月20日

3932話 川魚の料亭


 小雨の降る中、下田は呼び出された。雨が降るかどうかはその日になってみないと分からない。しかし郊外の外れ、さらに外れたところにある料亭。見た感じ普通のしもた屋。しかし、周囲には何もない。既に山沿いの辺鄙なところで、大きな寺はあるが、そこからはかなり離れている。だが、交通の便は悪くはない。その大きな寺院が観光の寺なので、バスがある。そして人はそれなりに多いが、平日は静まりかえっている。市街地から離れすぎているためだろう。
 下田を呼び出したのは、親父。肉親ではない。
 この場所に呼び出すときは極秘の話が多い。まだ決定していないが、内定している。それを部下に伝えるため、呼び出されることが多い。下田は肝心なところでは呼び出されない。内々で決まってからだ。その内々にはまだ加えてもらえない。
 この料亭、密議もある。内々ではなく、外部の人間と会うため。
 下田は雨でいい感じの山門前でバスを降りる。古い街道が走っているが、その道沿いではなく、結構寺の近くまで入り込んでいる。乗り降りする人が多いためだろうか。だから寺まで歩く必要はない。
 下田は寺の前で降りたのだが、街道と寺を繋ぐ道にまた戻った。料亭は街道をもう少し行ったところにある。こういうところは車で来るもの。ただし、タクシーは使わないという約束がある。目立つからだ。
 下田はいつも同僚と一緒に来るので、その車に便乗している。しかし、今日は一人。だから傘を差しながら山間の道を歩かないといけない。幸い小雨なので、びしょ濡れになることはない。
 料亭の裏庭に駐車場があり、そこに外車が止まっている。横に四人ほど座れそうだ。親父が先に来ているのだろう。
 料亭の棟は一つではなく、川沿いや橋の向こう側にもある。川魚が名物らしい。それと素麺と豆腐と紅葉の天麩羅。
 一番奥待った橋を渡ったその先にある部屋に下田は通された。親父は決まってその部屋にいるので、いつものことだ。
 親父は一部屋を置いた奥の部屋のさらにもう一つある小部屋にいた。
 四畳半ほどの座敷で、茶室風。この料亭では一番奥の奥に当たる。
 親父は難しそうな顔で座椅子で正岡子規を読んでいた。
「あいにく時期が悪い。佃煮の鮎でも頼むか」
「はい」
 親父は手酌でモミジの天麩羅を囓っている。
「ここは初夏がいい。冬に来るものじゃない。底冷えする」
「はい」
「そうだ。湯豆腐を頼もう。食ったことがあるか」
「ああ、よく覚えていません」
「そうだったか。じゃ、頼もう。ここのは水が違う。たかが豆腐だが、水で味がころりと変わる」
「はい」
 下田は冷酒で湯豆腐と鮎の佃煮を食べた。
 親父は、目をぎょろつかせた。
「その付き出しはイカナゴだ」
「あ、はい」
「食べたか」
「いえ」
「もったいない。それも頂きなさい。瀬戸内のイカナゴ。その佃煮じゃ。川魚料理屋で海の魚は合わんがな。佃煮してしまえば、もう分からん」
 湯豆腐と佃煮。親父は何を伝えたいのだろうかと、下田は頭を捻った。
「どうだ。鮎の佃煮、いけるじゃろ。ここで作ったものらしい。女将に言ってあるので、帰りに持って帰れ、いい土産になる。買うと目玉が飛び出すからな」
「はい、有り難うございます」
「よし」
 話はそれだけだった。
 下田はビジネスバッグに佃煮の箱をねじ込んだ。雨だが防水性のある鞄なので、問題はない。それに傘を差せば凌げるほどの小降り。
 山門前まで戻り、屋根のあるバス待ち所で、その佃煮を開けた。包装紙はない。小さな紙袋で女将から受け取っている。
 下田は佃煮の紐留めの木の箱を開けた。
 薄い半透明の薄紙をのけると、大きな鮎の佃煮と、小さい目と、さらに小さいのがある。
 しかし、どこををどう探しても、鮎の佃煮と説明の紙以外のものは出てこなかった。
 何か特別なものが、中に入っていると思っていたのだが、違っていた。
 親父から鮎の佃煮を受け取れば、それは何かを意味しているのだろうか。それなりに認められた証しだろうか。
 その後、親父との関係は以前と変わらないままだった。
 佃煮には意味はなかったことを知り、下田は毎朝、その佃煮を添えてお茶漬けにした。これは鯛茶漬けよりも高いはず。
 しかし、飴炊きなので、甘さが少し気になった。
 
   了

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2019年03月19日

3931話 古代王朝


「最近は古きを訪ねています」
「ほう、どのような」
「古代文明まで」
「それはまた古すぎる」
「世界四大文明以外の文明、またはそれ以前のさらに古い時代にあったとされる文明」
「そこまで行きますか」
「しかし、離れすぎているのは重々承知していますが、まあ一種のロマンでしょうなあ」
「今の暮らしとはあまり関係はないでしょ」
「なりませんなあ。しかし何処かで繋がっているかもしれませんしね。その痕跡が残っていたりします。私達の先祖が生きていた時代ですから、繋がっています。ただ、完全に消え去った種族もいるはずですがね。偶然私達の先祖は生き残った」
「そうでないと、今ここにいませんからね」
「何か面白いものがありましたか」
「一等はシュメールですなあ」
「古代メソポタミア文明ですか」
「ここの人達は消えてしまいますが、世界中に散ったともいわれています」
「ほう」
「日本にも来ていたとか」
「そこからが目の上の話ですな」
「目の上のたんこぶ」
「いえ、目の上の眉の話」
「ああ、唾がいる話ですな」
「一寸指で濡らします」
「はい、ご随意に」
「しかし、その話は結構有名ですよ」
「あなたもご存じで」
「この種のことを探ると、必ず出てくる定番中の定番ですよ」
「仰る通り」
「実は実家の近くに古代文明の痕跡があるのですよ」
「ほうどこですか」
「故郷の山ですがね。その入口付近。子供の頃、よく遊んだ裏山のようなものですよ。そこに古代王朝があったとか」
「邪馬台国時代ですか」
「そうでしょうなあ。色々な国が列島のあちらこちらに無数にあった時代だと聞いています」
「それぞれ独立した国家のようなものでしょうなあ」
「まあ、似たような顔付きの人達でしょうから、棲み分けていたのでしょうなあ。それぞれ出身地が違うかもしれませんが」
「異国の人達も」
「さあ、異国という概念があったかどうかは分かりませんよ」
「それで、その古代王朝はどうなりました。調査は」
「眉唾話ですからね。それに痕跡もありませんから、調べようがない」
「でもどうして、そんな王朝があることが分かったのですか」
「古文書ですが、これがそもそも怪しいとされています。ただ、日本語でもなければ漢文でもない」
「読めないじゃありませんか」
「ヘブライ語に近いのですよ」
「くさび形文字とか。記号のような」
「それに照らし合わせて解読されたようです」
「誰かが書いたのでしょ」
「誰でしょうねえ」
「そうです。わざわざ分かりにくい文字で書く必要があったのかどうか、ここが問題です」
「しかし、その王朝が、その言葉を使っていたのかもしれませんよ」
「その可能性が少しあるのです。方言で残っていたりとかね」
「他に具体的な証拠は何もないのでしょ」
「岩です」
「岩」
「その近くにゴロゴロ山とか、そういった岩がゴロゴロしているところがあるのです。その岩に、その文字らしいのが刻まれています。これは今も残っていますよ。こういうのが好きな人が、岩に印をしています」
「それは少し興味深いですねえ」
「シュメール人の末裔が、ここまで来て住んでいたのかもしれません」
「ああ、それは世界中に残っているらしいので、珍しいことじゃないですよ」
「しかしねえ、遠すぎる」
「遠いですなあ」
「そうです。遠い遠い」
 
   了



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2019年03月18日

3930話 加賀の村仙人


 前田の仙次郎は霊験があるらしい。何か妙な術でも使うのか、怪しげな薬でも飲むのか、またはそれを飲ますのか、妙な男であることは確か。こんな男が村にいると鼻つまみ者として扱われるのだが、そうはいかない。大庄屋の親戚で、遠縁ではなく、結構近い。その親は副庄屋などをしていたほどで、前田家の者なので、村人は見て見ぬ振りをしていた。触らぬ前田家に祟りなし。
 加賀百万石の前田家の領内にあるが、その前田家ではない。ただ、尾張時代、前田家の下男をしていた家系。そういうのは誇れるようなものではないのだが、前田家がまだ尾張の小さな領地しかなかったころ、戦のときは、この下男も連れて行った。当然戦闘員。やがて織田家が大きくなるに従い、古くからいる郎党なので、武士になり、その後秀吉が天下を取ったあたりで、武士を辞めている。前田家と柴田家の関係を見ていて、嫌になったようだ。
 それで下男時代からの夢だった土地持ちの百姓になった。その頃、前田家では重臣に近い存在になっていたので、その望みは簡単に叶えられた。
 そして前田の姓も頂いた。下男時代からほとんど家族のようなものだったためだろう。
 前田の仙次郎はその末裔になる。
 だから前田の仙次郎は豊かな家で育ったので、妙術などに興味を持ったのだろうか。遊びだ。
 さて、本当に霊験があったのかどうかは疑わしい。本人は仙術と言っている。
 この前田の仙次郎の話は、江戸時代の怪異談にも出てくる。仙術の使い手が加賀にいた程度で、その話によると、村人の前で虎を出し、大いに驚かせたとなっている。
 いずれも村人が仙次郎の言いなりになっていたことは確かで、見えていないのに、見えたことにしたらしい。
 仙次郎が住んでいた怪しげな家屋の裏山に、今でもしろ髭を生やした仙人の石像が立っている。風化し、苔むし、もう何かよく分からなくなったが、こういった奇人がいたことは確かだ。
 まあ、それができるだけの地位があったのだろう。だからただの道楽者だが、一応仙人として祭られている。
 
   了



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2019年03月17日

3929話 想像するは我にあり


 妄想は現実化しないことを意識して思い浮かべることだが、そんなことではなく無頓着に、思い付くままの想像もある。しかし、すぐにそれは現実ではあり得ないことだと誰もが悟る。だからそれを妄想だと片付ける。
 現実そのものも想像の寄せ集めのようなものだが、それが的確に機能し、それで動いているのなら、これは現実だろう。本当の現実は別にあったとしても、日常の頭ではそれを見るのは無理。分からないのだから、分かりようがないので、無視していい。
 本当の現実はこれではないと思うのもまた想像。現実とかけ離れすぎていると、妄想。
 もうそういうことも思わなくなったあたりが落ち着きどころだろう。落ち着き場所とはその辺りにあるようだ。
「あることを想像しましてねえ。まあ、想像だけじゃなく、実際にできることなんですが、その実現が私にとって非現実に近い。私の現実から少し離れています。でも行ける距離です」
「はい」
「はい、それで手にしました」
「ほう、実行したのですね」
「そうです。すると、また想像が生まれました。手にしたためか、そこまで行けたので、その向こう側が見えたのです。想像が想像を呼んだのでしょうか。でも実際に手に入れたのですから、それはもう想像ではありません。しかし、新たな想像が増えたのです。これは考えてみればきりがないような気がしました」
「はい」
「そして本来ならもの凄く遠いところなのですが、近くなったので、そこへ行きました。これは段階を踏めば行けるような感じでしょうか」
「それで」
「するとまた、その向こうの景色が見えました」
「想像豊かなのですね」
「そして、またそこまで行ってみました」
「凄い行動力ですねえ」
「想像することで現実が開けていくのです。私の領域が広がるように」
「はい」
「そして、そこから遠くを見ると、非常にいいものがまだあったのです。しかし、よく見ていると、よく見慣れた風景なのです」
「ほう」
「そうなんです。そこは故郷、最初の出発点でした。だからその果ては戻るということだったのです」
「想像の彼方のさらに彼方にあったものが、それを見ていた最初の地点だったわけですね」
「そうなんです」
「それで、どうされました」
「当然、そこへ行きました。といっても振り出しに戻っただけですがね」
「青い鳥現象ですね」
「はい、仰る通り。しかし、そこが私にとっては一番リアルな世界だったのかもしれません。色々な想像をして、遠くまで行きましたが、何か浮き草のように頼りなげで、安定しません。それで、さらにその先へ先へと旅していたようなもの。そして故郷に戻ってきた。でも、出るときの故郷じゃなく、戻ってからの故郷は違っていましたねえ」
「何が」
「だから、同じ故郷なのですが、印象が」
「あ、そう。じゃ、もう旅には出ないと」
「いや、色々と想像し、それに向かうときのわくわく感がいいので、また行きますがね」
「はい、御勝手に」
 
   了




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2019年03月16日

3928話 特別な家


 昔あって今はない特別な何かというのがなくなっている。それはあるのだが、もう使えなかったり、機能しなくなっていたりする。
 あまり裕福ではない漆原の家だが、貧しいなりにも暮らしていた。貧困家庭というほどではないが、地味な暮らし、よくいえば庶民的な生活。
 長男がやっと卒業し、働きに出るようになったので、一家は少しは楽になった。あまり良い仕事ではないが、正社員。何とか生きていける。会社が潰れても、再就職すればいい。このあたり、本人の意志で何とでもなるが、給料の良い仕事に就けるかどうかは意志だけでは決まらない。
 そのため、漆原は新卒で入ったその会社で一生いるつもりだった。普通に暮らせればそれでよく、それ以上の望みはない。
 ところが、その会社、零細企業で下請け。親会社が危ないらしい。入社早々、先が暗い。
「君が漆原君かね」
「はい」
 暗雲垂れ込める中、漆原は社長に呼び出された。工場で始終顔は見ているが、直接話したのは面接のときぐらい。
「助けて欲しいんだ」
 漆原を採用したのは特別な理由はない。真面目そうだったため。
 学歴もなく、家も貧しい。こういう子なら、我慢強く勤めてくれると思ったからだろう。それに新卒で、手垢が付いていない。
「君は特別なものを持っている」
 話は、かなりややこしくなる。子会社であるこの会社を救うには親会社が立ち直ってもらわないといけない。下請けが、そんなとき、しゃしゃり出る幕ではないが、死活問題。そこで白羽の矢が立ったのが漆原。
 親会社が苦しいのはライバル会社に押されているため。色々なところに手を打ち、親会社から仕事を奪ってしまったのだ。かなりやり手がいるらしい。名前も分かっている。
「君は特別な人間だ。それを使って欲しい」
 漆原は何のことか分からない。そんな特別なものなど何一つ持っていないのだ。
 話は、この会社の人事課長から来ている。漆原の履歴書を見て、すぐに分かったようだ。その経歴ではない。学校を卒業しただけの経歴なので、それではない。名前だ。
「漆原家の血筋だと聞きましたよ」
「え」
「我が社がピンチなのは、親会社を苦しめている宮原という男です。やり手です。あなたの家臣筋でしょ」
「え」
「それを利用できませんか」
 そんな昔の血縁や主従関係が通じるとは思えないが、社長にとっては、これは藁。つまり藁にでもすがる思い。
 漆原家は公家の血を引く武将。朝廷との縁が深く、官位も高い。親会社を苦しめている宮原が、実はその家臣だった。
 工場で新卒で入った漆原は漆原本家の末裔。父親が死ねば、第何代目かの漆原家当主を継ぐことになる。しかし、そんなことは親は言わない。なので聞いたこともなかった。
 しかし人事課長は、よくそこまで調べてものだが、これは大衆読み物に出て来るらしい。それで漆原の家来に宮原がいたことを思いだした。
 そして宮原を調べると、出身地が漆原家の領地と同じ。
 社長の藁作戦を漆原は断れない。それで、宮原を呼び出すことにしたのだが、漆原本家は文化住宅。長屋なのだ。これは呼び出しにくい。
 それで漆原は宮原の邸宅を訪問した。
 宮原は布袋さんのように嵩高くでっぷりした男で、それだけでも迫力があった。
 漆原の御曹司が来たと聞いて、宮原は驚いた。当然、応接間の上座に漆原を招き、巨漢の宮原は蝦蟇のように頭を下げた。
 宮原はそういう臭いことをしたかったのだろう。
 主従の関係は当然、今はない。しかし宮原は礼を尽くした。
 ただ、漆原が目的とする、親会社への攻撃を止めてくれないかという要求に対しては、丁寧に断った。
 まもなく、漆原の会社は潰れた。親会社も潰れた。漆原は失業したが、まだ若いので、就職先を探した。
 その後、宮原からの誘われたが漆原は断った。普通に暮らしていける程度が望みなので、その気があれば、就職口は見付かるはず。
 漆原家。それは都落ちした公家が領地の豪族と手を結び、戦国期、一暴れした程度の家柄だ。偶然その豪族の中に宮原氏がおり、そのときから長く主従関係が続いたようだ。
 漆原の名が知られたのは、朝廷との関係があるためで、その仲立ちなどをしていたので、よく名が出て来る。
 
   了



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2019年03月15日

3927話 嬉しヶ原の巫女


 嬉しヶ原は都から見れば北面。さほど離れていないが山をいくつか超えた里の外れにある。そこにも小さな集落はあるが、ある一家しか住んでいない。この原には領主がいる。都の貴族が持っている。
 たまに都から高貴な人が来る。ここにはシャーマンが住んでいるためだ。つまりシャーマンの居住地。これは巫女村と同じなのだが、多数の巫女が住暮らしているわけではない。都の貴族直属の巫女。しかし男もいる。シャーマン気質のある一族らしい。
 道義という貴族が、その日、久しぶりに訪れた。小さな村だが、そのときのための御殿がある。当然道義の先代が建てたもの。
 道義が頻繁に来るようになったのは、巫女が年頃になったため。この巫女が、今はここでの主で、何代目かの嬉しヶ原の巫女と呼ばれている。
 巫女の身分は非常に低い。遊女よりはましな程度だが、かなりの教養がある。身分の高い貴人と接するためだろう。接客業ではないが。
 ただ、この巫女、教養は無い。本を読まないため、誰でも知っている歌も知らない。ただ、文字の読み書きだけはできる。
 不特定多数の人相手のシャーマンではなく、この貴族だけなので、そこは適当なのだ。
 道義も巫女の力など当てにしていない。先代から続く家来のようなものだが、領地の作物のように、巫女の育ちを見に行く程度。
 競争相手がいないためか、もう名前だけの巫女の村になって久しい。ただ、この一族、そのタイプの血が流れているのか、勘が鋭い。そして瞳の色が少し青い。髪の毛は黒いが、鼻は高い。
 道義は都での人付き合いに飽きたとき、こうして嬉しヶ原まで遊びに来る。
「都の様子がおかしい」
「どうかされましたか」
「何かある」
「いくさでございますか」
「内裏」
「はあ」
「これは下手をすれば二つに割れる」
「そうなんですか」
「どうじゃ、どちらに付くべきか占って欲しい」
「え」
「巫女占いをせよ」
 しかしこの巫女、そんな力はない。
「お婆さまに言ってきます」
「あれはいい。大層なことをするわりには当たらん」
「はい」
「何でもいい。占え」
「巫女は占い師のようにその場でさっと占うようなことはできない。数日かかる。まずは、気を静め、その準備で一日はかかる。これは神が降りてくるので、その支度のようなもの。巫女が占うのではなく、巫女が超能力者なのではない。降りてきた神のお告げ。巫女の口から出る言葉だが、巫女の口を通した神の言葉なのだ。
「面倒じゃな」
「おそれいります」
「簡単に占え、いや、何でもいい。そちが適当に言え」
「何を」
「内裏が揉めているのは派閥争い。北と南、西と東、どちらでもいい。二つに分かれた。どちらに付けばいいと思う」
「どなた様とどなた様ですか」
「聞かなくてもよい。それなりのことを申せばいい」
「石清水」
 と、巫女は適当に答えた。
「石清水とな」
 道義は合点がいったようだが、これは独り合点。巫女は適当な言葉をいっただけ。
 道義の方針はこれで決まった。
 その後、道義の家は生き延びた。
 礼を言うため、道義は嬉しヶ原へ行ったのだが、あの何代目かの巫女はいないらしい。巫女の素質がないのを気にして、家出したそうだ。
 道義は人を使って探させた。
 
   了



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2019年03月14日

3926話 キセル坂


 山の下の丘陵地帯だが、まだそこは山ではないが、山の一部でもある。つまり麓。平地からいきなり山になるのではなく、何段階か踏んで山岳地帯に入る。
 平田は坂道があるとは思いながら、真っ直ぐ行きたいので、そのまま丘へ向かった。ここは市街地に近く、普通の住宅や店屋もある。そのため、山に登っている気はない。ただ単に坂がきつように思える程度。
 季候がよくなったので、適当な駅で降りて、そこから散策を始めたのだが、ゴチャゴチャした市街地ではなく、自然が残っていそうな方角へ向かった。自然とそれは山側になる。見るからに緑が遠くに見えている。
 それなりに高いところまで来たのだが、田畑があり、池もある。農水用の溜池だろうか。しかしフェンスで囲まれ、使われていないようだ。小高い場所だが田園地帯だったのだろう。棚田というほどの勾配はない。
 このまま進むと、どんどん山に近付く。もうその懐の中に飛び込んでいるようなもので、山そのものが視界にない。遠くから見ていたときにあった山が見えない。近付きすぎると、そんなものだろう。
 溜池を過ぎた辺りから家や店も少なくなるが、斜面にはびっしりと家が建っている。結構複雑な地形で、小さな丘のようなものが不規則に連なり、また飛び出した小山もあるが、これはもう山だろう。そこは傾斜がきついのか、家はない。
 溜池から少し上に行ったところに小さな畑がある。家庭菜園に近いが、それを耕している人はいかにもな農夫。ということは農家がまだ残っているはずだが、それらしい家の屋根は見えない。目にする限り、どの家も今風。
「キセル坂へ行きましたかい」
 少し離れているが、その農夫に声を掛けられた。
「いえ」
 と大きい目の声で返したのに、農夫は聞き取れないようで、近付いて来た。
「キセル坂を見に来たのでしょ」
「いえいえ」
「この辺りじゃ見るものといえばキセル坂程度ですからなあ」
「何処にあるのですか」
「目の前に見えておる」
「あの山ですか」
 その山は勾配がきついのか樹木で覆われているだけで家はない。その登り坂のことだろう。
「キセル坂って、何ですか」
「坂がきついので、一服したくなる。それだけだよ」
「上には何があります」
「何もないよ」
「キセル坂が名所なんですか」
「まあな」
「坂がきつい山道なんて、いくらでもあると思いますが」
「まあ、行ってみなさい。登れば分かるから」
 一寸長い階段を何段も上らないといけない山寺程度の長さしかない。坂だと思うからきつい。階段だと思えば、それなりの覚悟で登るだろう。
 散策人は真っ直ぐに伸びた坂を登り始めた。スキーのジャンプ競技ができそうなほど、真っ直ぐだ。
 途中で、すぐに息が切れ、一服する。キセル坂というのだから、刻み煙草でも、ここで一服したのだろう。
 しかし、これはおかしい。自然にできた道ではないだろう。真っ直ぐすぎる。まるで崖崩れで、禿げたような。
 坂の中程から先は、砂や小石が多くなり、足場が確保できなくなる。これは坂道ではない。坂だが、道ではない。
 つまり滑り台を下から登っているのに近い。
 散策人は流石に諦めた。四つん這いになって登る坂道など、散歩にはふさわしくないし、服も汚れる。それにずり落ちたとき、すりむける。それを想像しただけで、尻の穴がピクッとした。
 しかし、その心配は当たった。もう登る気はないので、引き返そうとしたのだが、下りのほうが実は危険。
 案の定滑り台をやってしまった。
 
   了




posted by 川崎ゆきお at 11:54| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月13日

3925話 上流下流の合流点


 それなりの力があり、器量もある人が、それにふさわしい地位を得た。上り詰めた。そしてその全盛期が過ぎた頃、その友人と道端で会った。その道とは小さな町の小さな道。小川は普段からそんなところは歩かない。車だ。しかし、現役を退いたので、郷里に戻った。まだ未練はあり、返り咲きを目論んでいるが、旬は既に過ぎていることは周知の事実。
 大山というその友人は名にふさわしくない地位しかなかった。力も器量もないので、名前負けしていた。名は凄いが見た感じ貧相な小男。その大山と小川がばったり出くわした。
 身なりは小川のほうが当然しっかりしている。一方大山は昔から身なりも貧素。質素ではなく、いつまで同じのを着ているのかと思えるほどの服装。所謂下層と上層がぶつかった。
「大山君か」
「ああ、小川さん」
「元気だったかい」
「小川さんもお変わりないようで」
「いや、ちょっと休憩中でね」
 小川の散歩は健康のためでも気晴らしでもなく、次なる構想を練っているところ。つまり仕事中。
「犬をねえ」
「犬がどうしたのかね」
「犬を飼ってたんだ」
「あ、そう」
「それで、毎日この辺りまで散歩に連れて行った。その癖が抜けなくてね。犬がいないのに、まだ犬の散歩をしているんだ」
「確かに犬はいない。見りゃ分かる。だったら普通の散歩だろ」
「そうなんだが、僕にとってはこれは犬の散歩なんだ。よく考えると、犬を連れてじゃなく、犬に連れられて散歩させてもらっていたんだよ」
「あ、そう。どうでもいいけど」
「小川さんはいつも若々しいですねえ。でもテレビで見ているより細いですねえ」
「あ、そう」
「帰って来たと聞きましたが」
「しばらく骨休めでね」
「また、活躍してください」
「ああ、有り難う。君も健康に気をつけて」
「有り難うございます」
「そんな敬語など使うなよ。同級生じゃないか」
「はいはい」
「困ったことがあればいつでも来なさい。しばらく本家にいるから」
「はい」
 二人はそこで別れた。それ以上話すようなこともないし、必要もなかったのだろう。
 大山は、とぼとぼと散歩を続けたが、顔はほころんでいる。
「勝った」
 と、コブシをぐっと握った。
 果たして何に勝ったのだろう。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 12:22| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月12日

3924話 黄泉の口


「神も仏も人の中におる」
「ほう」
「神も悪魔も人の中におる」
「では仏も鬼も人の中におわしますか」
「いかにも」
「で、人の中とは」
「奥底よ」
「何の」
「心の」
「ああ、善いものも悪いものもいるわけですな」
「まあ、それを分かりやすい形にしただけ」
「実際はそんなものはいないと」
「まあ、投影のようなもの、想像上のもの。これは心から出た絵じゃ」
「絵空事のようなものだと」
「あると便利だからの」
「しかし、心の中の、どのあたりに神や悪魔がいるのですか」
「奥の方」
「奥」
「そこは見えぬ世界」
「いるのに分からないのですね」
「しかし、自分では感じることも探ることもできん心の奥底がその人を動かしておる」
「善いことをしたり、悪いことをしたりとか」
「いや、物事を考えたり理解できるのは、その奥底の力なんじゃよ」
「で、それでどうなります」
「何が」
「いやいや、何がじゃないでしょ。そういうお話しを始めたのですから、何かためになることを」
「わしの話が理解できるのは、その奥底の力。だから、ここは大事だといっておる」
「でも特別な恩恵はないのですね」
「こうして会話できるのも、そのおかげじゃよ」
「じゃ、普通ですね。知っても知らなくても。知らなくても普通にやっていることですから」
「まあな。しかし人は仏にもなるし鬼にもなる。そういう奥底にあるものが出てきてな。これは出してはいかんのじゃ。奥底におる限り平穏。鬼も悪さはせん。仏もじっとしておる」
「仏心を出すと言いますねえ」
「そんなもの出し続ければ破産だろ。大損だ。生きていけんぞ」
「でもどうして出てくるのでしょうか」
「知らん」
「あっさりと」
「気が触れることがある。これは結界が切れたためじゃ。黄泉の口が開いてしまったようなもの」
「どうして開いたのですか」
「知らん」
「またあっさりと、そこが肝心でしょ」
「個々のことは知らん」
「はい」
「善いものが出て来れば、これは発作ではなく、天才じゃな」
「紙一重と言いますねえ」
「そうじゃ、だから心の奥底を弄ってはいけない」
「はい、栓が外れるかもしれませんからね。あまり弄っていると」
「そうじゃ。だからわが心を見詰めるというのは、非常に危険な行為と言わねばならぬ」
「はい」
「本当にそういうものがあるのですか」
「想像じゃ」
「はい」
「想像の限界はそこまで。そこから先は頭では探れん」
「その想像、当たってますか」
「想像など外れることが多いからな。その程度のことしか分からん」
「怖いですねえ、黄泉の口から怖いものが出て来るのは」
「夢の中に出てきたりする。外に出ようとしておるのだろう」
「心の奥底で何が起こっているのでしょうか」
「個々の奥底のことは分からんので、想像するのみ。しかし、わしらが知っておるものではなかろう。その概念とは違う仕掛けになっておるはず」
「御坊は覗かれたことはありますか」
「修行中、ちょいとな」
「教えてください」
「分別がなかった」
「はあ。それは」
「分かったのはその程度、人では無理じゃな。わしがわしである限りはな」
「はい」
「参考になったかな」
「なりませんでした」
「いつもじゃないか」
「あ、はい」
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 11:24| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする