2019年05月31日

3404話 麦茶とグリーンティー


 妖怪というのは人々の頭の中にいる。しかし、それが出てきてもらっては困る。だが頭の中から妖怪を出している人などいない。何かが頭の中にいるとしても、それを出したりしない。出すとか出さないとかの問題ではなく、思いつきもしない。
 そしてそんなバケモノを出してしまうと、面倒で仕方がないだろう。誰にでも出せるのなら世の中バケモノだらけになる。
 バケモノがいるのはその人の頭の中の世界で、それが世の中に出てしまったとしても、それはまだその人の頭の中の世の中で、閉じ込められた世界なので、他の人にはその世界のバケモノなど見えないし、また感知できない世界。
 この論理ではお一人様お一人世界で、人の数だけ、つまり頭数だけの世界があるという話になり、それでは世間一般の中では困った説となる。
 つまり、その人が見たり接したりしている人々も全てその人だけの世界の中の人となる。これはいけないだろう。
 ただ、人は一人になったとき、たまにそんなことを思うものだ。
 というようなことが書かれている本を妖怪博士が読んでいるとき、いつもの担当編集者がやってきた。
 それよりも頭の中の妖怪を出してしまった後の話を読みたかったのだが、訪問者なので中断。
 そして編集者を奥の六畳に招き、お茶を出す。まだ麦茶には早い時期なのだが、妖怪博士は麦の香りが好きで、冬でも麦茶を飲んでいる。玄米茶が麦茶になった程度で、当然温かい麦茶。これは色の濃さを楽しむ。
 編集者はいやに静か。座ったままじっとしている。何か困ったことがあるのか、それとも言い出しにくいことでもあるのだろうか。
 彼を見ていると、先ほどの本を思い出した。これも妖怪博士の世界にしか存在しない人間なのか。また、彼の編集部へ行ったことは今までない。彼は彼なりの仕事を普段をやっているのだろう。だから妖怪博士の世界だけに出て来る一キャラで、その面だけの塊ではないはず。
「どうかしましたかな」
「いえいえ。近くまで寄ったので」
「まあ、休憩して行きなさい」
「ところが」
 いきなり来た。
「話し辛いことがあるのです」
「それで静かなのかね」
「実は危ないのです」
「何が」
「会社が」
「ほう」
「もうお目にかかれないかもしれません」
「それは大変じゃ」
「それで、いつもの妖怪談ですが、今回で最後に」
「それは寂しい」
「はい」
「それで、行くところはあるのですか」
「探していますが、出版関係は無理です」
「ところで」
「え、何ですか先生」
「君は君だったね」
「え」
「いや、いい。何でもない」
「はあ」
「君が勤めている出版社、本当にあるのかな」
「まだありますよ。潰れるかもしれませんが」
「そういう意味じゃなく」
「他に意味はないでしょ」
「そうじゃな」
「一度でもいいから博士と一緒に妖怪を見たかったです」
「一度ぐらい出てきたじゃろ」
「そうでしたか」
「まあ、妖怪などどうでもいいことだ。身の振り方の方が大事」
「何とか、食っていきます」
「で、これで最後なのかね」
「はい」
「長い間ご苦労さんでしたなあ」
「いえいえ、こちらこそ」
 編集者はお通夜の席から立つように、そのまま静かにはけていった。
 妖怪博士は編集者のことをいろいろと考えた。しかし、ほとんど何も知らない。ただの仕事関係の人間なら、そんなものだろう。
 テーブルを片付けるとき、出した麦茶が減っていない。
 お茶を飲む気力もなかったのだろうか。それとも温かい麦茶は嫌いなのか。暖かくなってからは冷めてから飲んでいたように思う。だが、今日はすぐに帰ったので、飲むタイミングがなかったのだろう。
 妖怪博士は先ほどの本の続きを読もうとしたが、やはり編集者のことが気になり、活字を追えない。
 そこでまた訪問者。玄関戸が勝手に開く。鍵は掛けていないが、勝手に開ける訪問者はいない。玄関戸が開き、閉まる音。廊下を歩く足音。そして奥の六畳までそれが近付いて来る。
 妖怪博士は本を閉じ、さっと身構える。
 六畳の間の襖が開く。
「暑いですねえ」
 先ほど通夜の客のように帰った編集者だ。忘れ物でもしたのだろうか。
「さて、原稿はできてますか」
「き、君は」
 では、先ほど来たのは誰だろう。
「出版社が潰れるのかね」
「まだ、粘りますよ。簡単には潰れませんよ。そのためにも、面白い妖怪談、書いて下さいよ。最近子供だけじゃなく、大人の読者も増えているようなので、好評です」
 では先ほど出てきた彼は何だったのか。
 まさか妖怪博士の頭の中から出てきたわけではあるまい。
「今回の妖怪は、何でしょう」
 妖怪博士は先ほど別れ際にその原稿を編集者に渡したような気がする。しかし、よく考えると、原稿などまだ書いていなかった。
 書き上げていない原稿を渡す。あり得ない。だから、先ほど来た編集者もあり得ない。
 夢でも見ていたのだろう。それで、先ほどまで読んでいた本だが、テーブルの上にない。
 これは妖怪などとはジャンルの違う世界。ややこしい世界に入り込んだのか。
 編集者は鞄から缶コーヒーを二つ取りだした。
「あ、お茶を」
「いいです。グリーンティーがどうも苦手で」
 最近妖怪博士はグリーンティーを飲んでいた。麦茶ではなく。
「まだできていないのなら、何か喋って下さい。そこから起こします。毎度のことでしょ」
「あああ、そうじゃったなあ」
 妖怪博士は頭の中から湧き出す妖怪の話をした。
 その途中で、目が覚めた。
 麦茶もグリーンティーも全部夢だったのかと思うと、大きな安堵を覚えた。
 目が覚めたのは担当の編集者が来たためだ。
「先生、博士、と玄関口で呼んでいる。
 妖怪博士は怖々、玄関戸を開けた。
 妖怪博士担当編集者、いったい何人いるのだろう。
 
   了



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2019年05月30日

3403話 屋上稲荷


 坪井ビルの屋上へは普通は上がれない。関係者以外立ち入り禁止というドアがあり、開けると階段があるタイプではなく、外付けの階段。だから外に面している。実際にはここも立ち入り禁止で、普段は閉まっている。
 ただ、火災時などでの非常階段なので、鍵を掛けてしまうと、いざというとき脱出できない。
 まあ、そういうことは滅多にないので、ロープが張られているだけ。敢えてその外付け非常階段を使う用事がないため不便は感じない。
 エレベーターや普通の階段もあるので、それで十分間に合う。
 問題は屋上なのだ。その鉄骨で錆びていそうな外付け階段を使わないと上がれない。
 だから屋上に何かを設置するのは大変なので、何もない。
 しかし上空から見ると鳥居が見える。こういうビルによくあるようなお稲荷さん。
 既に朱色が薄れ、祠も色あせている。鳥居がなければ放置した犬小屋。
 この程度の大きさなら、あの外階段からでも上げられるだろう。鳥居も上で組み立てればいい。だが、人が潜れるほどの大きさはない。
 そういった天空の祠に興味を持つ人がおり、それらを参るらしい。屋上聖地巡礼だ。まあ、見付けるだけでもいいらしいが。
 坪井ビルのお稲荷さんは航空写真からでも分かる。ただ、真上なので、見る人が見ないと分かりにくいが、このビルの屋上はそれしかないので、非常に分かりやすい。
 田村という天空聖地巡礼者が屋上へ出うとしたが、当然最上階からの入口は普段閉まっている。ドアを開けないといけない。当然仕掛けはある。これは本当に危ないドアで、開けると空中にいるようなもの。それに風が強い日など、階段へ出る気が萎えるだろう。
 手すりは頼りなく、少し押すとグワーンとたわむ。だからこんな手すりなど信用できない。ところどころ針金やガムテープで補強されているのを見てしまうと、ぞっとするだろう。鉄の階段だが作業員の足場のようなレベル。それよりも普段から使われていないのだから、安心できない。
 階段ごと壁から剥がれるのではないかと考えると、怖い。
 しかし最上階から屋上までは僅か、それでも踊り場が一つある。そうでないと角度がきつくなりすぎるため梯子になってしまう。
 田村は慣れた手つきで、ロックを外した。これは緊急時に回せば開く。その小さなハンドルのようなものはカバーを外せば出てくる。
 しかし、ドアを開けたとき、もの凄い風が吹いた。内側の空気が外に出たのか、外の空気が入ってきたのかは分からないが。
 それぐらいのことは田村は分かっているので、上へ向かい鉄梯子に毛の生えたような階段を上りだした。
 しかし、三段までで四段目を踏めず、足の裏を下へ戻した。思っている以上にビル風が凄い。山でいえば谷風、沢から吹き上げる風。これではさすがに上れない。
 それに階段の二段目を踏んだとき、怪しい音がした。これは階段ごと倒れるのではないかと思うほど、怖い音と揺れを少し感じた。
 流石にベテランだけあって、これは無理だと諦めた。
 屋上にあるお稲荷さんの色が剥げているのも、あの階段を上る冒険者がいないためだろう。
 この坪井ビルは老朽化のため、その後取り壊された。
 実は田村が実行した日、ビル内は静かで、人の気配がしなかったので、取り壊しは既に分かっていたのだろう。
 
   了



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2019年05月29日

3402話 あやかしの道


 滝井の宿を出てしばらく行くと枝道がある。街道には多くの道が入り込んでいる。小さな川が大きな川と合流するように。だから、珍しくも何ともないのだが、この街道を始終行き来している犬吉が知らない道。行商人なので村々をよく知っている。どの村も本街道へ出る道があるのだが、その枝道の先に村などない。あれば商いで入り込むだろう。
 またあるはずの道標もない。だから村へと繋がる道ではなく、山から下りてきた道かもしれない。
 犬吉はこの街道に詳しいといっても全ての枝道を知っているわけではない。主に村を巡る道筋を知っているだけ。だからどの方向にどんな村があるのは熟知している。
「これはもしかして」
 犬吉のように地形に詳しい人間だからこそ、そう感じる。始めてそこを通る人なら、ただの枝道として素通りするだろう。いくらでも街道と交差する道があるのだから。
 それが何処と繋がっているのかは知らなくてもいい。用があれば別だが。
「あやかしの道」
 犬吉はそう結論を下した。しかし、新田でもできて、新しい村がその先にあるのかもしれない。それならいい商売になる。
 さて、どちらを選ぶか。
 第一印象のカンではあやかしの道。これは入ってはいけない道で、そんな道など本当は存在しない。狐か狸が仕込んだ罠なのだ。
 だが、噂では聞いたことはあるが、化かされた経験は犬吉にはない。狐や狸と犬との相性の問題ではないが。
 それで、枝道をもう一度見た。今度は地面だ。新道ならそれとなく分かる。ここを通ったのは数ヶ月前。そのときはなかった。
 地面は轍の跡もなく、路肩に盛り上がりや、癖もない。既に枯れた草や葉っぱなどが溜まっているはずだが、それもない。どう見ても最近できた道。
 やはり新田ができたのだろう。山はなだらかで、斜面も緩い。まだ開墾できるようなところがあるような場所。しかし、どうもこの道は臭い。綺麗すぎるのだ。
 新村なら早く行って先に得意先にすべきだ。別の商人が取ってしまう。
 犬吉はそちらの方を重視し、まやかしの道である可能性を捨てた。
 そして新道に入り込んだのだが、いくら歩いても村になど出ない。それにこの枝道の枝道もない。さらに進むが道だけがある。
 よくならされた綺麗な道なのだが、それが何処までも何処までも続いている。
 犬吉は怖くなってきて、尻尾を巻いて引き返した。
 
   了
 


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2019年05月28日

3401話 暑い日


「暑くなりましたなあ」
「出ましたね」
「え、何が」
「そろそろ、それを言い出す時期なので」
「よくご存じで」
「去年も、そう言ってましたから」
「いや、今年は去年より暑い」
「そうですか」
「今年の冬は暖かかった。だから夏は逆に涼しいと思っていた」
「それはどういう思いですか」
「冬暖かければ夏涼し」
「それは何ですか」
「私が考えたものです」
「あ、そう」
「しかし、それに反する今日この頃の暑さだ。まだ梅雨前なのに」
「そういえば、今日は真夏並みかと」
「そうでしょ。だから暑いと言って当然。それでもまだ早いと思い我慢していたのです」
「我慢?」
「黙っていたのです」
「そんなこと、黙っていなくても」
「タイミングがあります。同意の得やすい」
「今日はグッドタイミングでしょ。文句なく暑い」
「ご同意、有り難うございます」
「当然ですよ。わけないこと。難しい同意じゃない」
「その難しい方の同意も頂ければ有り難いのですが」
「それとこれとは別」
「で、しょうね。しかし、一つでも同意すれば、何となく流れが良くなります」
「まあ、あなたの要望は分かりますがね。それをすると色々と無理が出ます。だから同意はできないのですよ。あしからず」
「どうあっても無理ですかな」
「無理なことは無理」
「意見の相違では仕方がありません。しかし、それでも同意するのが世の中ですよ。ここで呑んでもらわないと、私は二度と同意を求めなくなりますよ。ここまでですよ」
「何か、脅しています?」
「脅していません」
「まあ、あなたとは考え方が根本的に違うのです」
「でも今日は暑い、なら同意したじゃありませんか」
「それは考えじゃないし、意見でもない。そのままでしょ」
「要するに考えや意見が邪魔立てしておるわけですな」
「まあ」
「不届きな輩ですなあ。その考えや意見とかは邪魔ばかりする」
「まあ、そんなものですよ」
「それを取っ払ってもらえませんか。するとすんなり事が運ぶのですが」
「考えておきましょう」
「ほら、また考える。それがいけない」
「まあ、あなたとは意見が合わない。考え方がまるで違う。だから根本的に無理なのです」
「それも意見ですかな。そんな考え方も」
「まあ、そうです」
「意見の意見、考え方そのものの考え方を考えられては如何です。あ、また考えてしまうことになりますが」
「そうでしょ。どちらにしても考えが合わなければそれまでですよ」
「分かりました」
「ご了承下さい」
「いえいえ、また時期を見てお願いしますよ」
「何度来られても同じです」
「いやいや、人というのは何かの拍子で、コロッと考えなんて変わるものですよ」
「あ、そう」
「今回はここで引き下がりますが、次回を楽しみにしています」
「あなたもそのしつこい考え方、変えた方がいいですよ」
「はい、お互いに」
「しかし、今日は暑いですねえ」
「ほんとほんと。暑い暑い」
 
   了



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2019年05月27日

3400話 簾のかかっている空き家


 然一と名乗る僧侶が村に棲み着いた。村の外れに空き屋があり、そこに住んでいる。
 何故かそこにポツンと家がある。夜になると真っ暗。お隣がいないので当然だろう。
 何もない空き屋だが、簾が下がっている。まだ陽射しが強い時期ではない。
 前の住人が忘れたものだろうか、大して値打ちのあるものではない。何処にでもあるよう葦の簾。
 部屋が暗くなるので然一はそれを外し、丸めて納屋に入れた。納屋の中は何もない。数間あるのだが、家具は何もない。
 ところが寝ていると、何かがスーと入ってくる気配がする。まるで風のように。それはまさに空気の塊のようなもので、それが家の中を飛び回っているような感じ。
 夢でも見ていたのだろう。しかし、その感じがどうも気になるので、灯りを点け、家の中を見回すが、何もない。
 そのことを家主でもある豪農にいうと、簾の話になった。
 簾を取り外したことをいうと、それはいけないとなる。すぐに、同じところに垂らさないと、あらぬものが入り込み、面倒なことになると。
 然一は納屋から簾を出し、同じ位置に掛けた。その夜は異変はなかった。
 村人が食事を運んでくれる。その農婦に簾のことを聞くが、昔から、あるらしい。
 この家は村はずれにぽつりとあるが、どうしてかと聞くと、お籠もり堂だと答えた。
 つまり通夜をしたり、遺族が数日間ケを祓うため、そこで寝起きするとか。だが、数年前までの話で、今はそんなことはしなくなったので、ただの空き屋になっているらしい。
 然一は次の夜、その簾を外して寝た。実際には巻き上げた。
 すると、また妙な気配がする。
 これで、簾が魔除けの役目をしていることを知るのだが、一体何が来ているのか、興味を抱いた。
 然一は香を焚いた。しかも色が出る香。まあ、家の中を消毒するようなものだ。部屋中煙だらけになり、しかも色が付いているので、妙な空気に色が付いた。
 すると色の付いていない塊ができた。香がきかないところがあり、それが移動しているのが分かる。
 こいつが入り込んできたやつだろうと思い、杖で突いたり叩いたりして、追い駆けまわした。
 翌朝村人が朝ご飯を運びに来たとき、然一が倒れているのを見る。
 大丈夫かと聞くと、気が付いたのか、目を開けた。
 それからはあの簾をしっかりと取り付けた。
 然一は二年ほどこの村で過ごし、僧侶の仕事をしていたが、寺に元気そうな若い坊主が二人来たので、もう役目を果たしたと思い、立ち去った。
 この村での怪異を、書き記していたのだが、後年、それを読んだ人は、世の中にはそんなこともあるのだろうと思った。思っただけではなく、簾は魔除けになるという噂が広まった。
 
   了



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2019年05月26日

3999話 ポイント獲得


「何かありませんか」
「ありません」
「それは平和でいい」
「小さいことは色々とあるのですが」
「些細事で結構。どのようなことで」
「言うほどのことではありません」
「是非お聞かせ下さい。手助けできることなら」
「だから、言うほどのことではありません」
「遠慮なさらず」
「だから、人に言うようなことじゃありません」
「人に言えないほど、凄いことですか。じゃ、小さなことじゃない。重大なことなんでしょ」
「小さすぎて、言うほどのことじゃないという意味です」
「小さい?」
「はい」
「もの凄く小さい?」
「それほど小さくはありませんが、小さい方です。だから些細事」
「蟻の穴から堤防が崩れるって事もありますから」
「崩れません。そういうの見ましたか」
「たとえ話です」
「まあ、そんなことがあるかもしれませんねえ。一寸したことなので、大事に至らないと、気にも留めなかったことが、重大事への入口だったりします」
「そうでしょ。その可能性もあります。是非お聞かせ下さい」
「あなたは、何でした?」
「人を助けたいのです」
「助けて欲しいときは言います」
「そこを是非」
「じゃ、言いますがね。背中が痒いのです。手が届かない」
「分かりました」
「しかし、どうして、人を助けたいのですか」
「功徳が足りないので、纏めて獲得するためです」
「ポイントを溜めるようなものですね。あ、そこじゃない」
「違いますか」
「そこは痛い。その左横が痒い」
「はいはい」
「しかし、この程度では僅かなポイントしか付きませんよ」
「そうなんです。しかし、僅かでも徳が増えれば、徳を積むことになり、少しはましでしょ」
「要するに、助かりたいのはあなたの方で、私は今、背中をかいてもらうことで、あなたを助けているようなものですねえ」
「はは、そうなりますかね」
「どちらのポイントが高いのでしょう」
「さあ」
 
   了




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2019年05月25日

3998話 神のいない神社


 その地方を長く支配していた源氏の傍流は、今は途絶えたが、全盛期に神社を建てている。これは既にあった神社を建て直したもので、再建だ。その謂われは分からないが、名前だけは伝わっている。勝尾神社が昔あったと。
 どんな神社だったのか、まったく分かっていなかったので、適当に建てた。その時代によくあるような。これは地元に対してのサービスのようなもの。しかし、その源氏の傍流は消えてしまい、勝尾神社だけが残った。地元の人も古すぎて分からなくなった神社なので、適当なものを祭っていた。ただ、作ってくれたのが源氏だったので、八幡さんを祭った。そういう信仰や馴染みは、この地方にはない。
 やがて戦いに効くということで、戦勝祈願の神社になり、大きな戦いで大手柄を立てた武将が出た。
 それで評判が立ち、いくさの神様として有名になる。それは寺の名が勝尾のため。
 神社には氏子がいるが、村々の神社は別にあり、勝尾神社は祈願者の寄付で持っていた。ただ管理は地元の人達がやっているが、氏子ではない。
 しかし、徐々に参る人も少なくなり、大口の寄付なども減った。地元とは関係のない神社なので、そのまま放置してもいいのだが、うんと昔にあったことは伝わっているので、無関係ではないはず。それで、寄付が欲しいので、神社の名前変えた。勝尾の尾がいけない。尻尾、どん尻。
 それで勝雄神社とした。これなら英雄で勇ましく、戦勝祈願に特化した名になる。
 これで、再び人気を得たのだが、一時的なことで、さらに戦いなどがなくなった江戸時代に入ると、もう神社はボロボロになる。
 しかし、勝尾神社は八幡さんとは関係がない。源氏の傍流の領主が再建してくれたので、八幡さんを祭っていたが、本当は何を祭っていたのかは分からない。
 時代も穏やかになった頃、この地方に昔あったという勝尾神社を調べた人がいる。
 焼けたらしく、年代は分からないが、今でいえば飛鳥時代まで遡る。こういうのはできるだけ古いほうが格が付くので、分かっていても建立は不明となっていたりするもの。
 難波や大和に都があったような時代に建ち、その後すぐに燃えたらしい。平安時代に、和歌で詠まれている。その時既に燃えたあと。
 廃社や廃寺は結構ある。その中の一つなので、珍しいものではない。
 ただ、どんな神様が祭られていたのかが分からない。
 それで、もう戦勝祈願などで来る人もなくなったので、本来の勝尾神社に戻し、とってつけたような八幡さんもやめた。
 そして地元の人が細々と管理していたのだが、箱はあるが何も祭っていない。空き屋だ。
 所謂神一般を祭っているようなもの。これが案外受けたのか、色に染まっていないためか、江戸の後期になると、遠くから物見湯山で寄る人が増えた。時代がさらに豊かになり、そんな遊び人が増えたのだろう。
 何も祭っていない神社。
 この国にお寺が建ちだした時代に燃えた神社。物部と蘇我が戦っていた時代だろうか。神対仏の。勝尾神社が今日のような神社の姿をしていたかどうかは分からない。神社というより、丘の上にある祭壇だろう。だから神社ではなく、宮。
 その地方は渡来人が多く棲み着いていた。そちら方面からの神様だろう。源氏もそれに関係があるのかもしれない。
 
   了



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2019年05月24日

3997話 何でもいい人よくない人


 何でもいい人は、何でもしてしまう。何でもでは良くない人は良いことしかしない。両者とも、そんな極端な人はいないだろうが。
 何でもいい人はこだわりがないのか、または無知なのか、価値の強弱をあまり付けない人かもしれない。
 外食のとき、何を食べようかと決める。そうでないと店には入れない。すると外食にならない。外食に出たのだから、店に入る必要がある。屋台でもいいし、買い食いでもいいが。
 ところが何を食べるのかが決まらない。あれも良いし、これもいいしで迷うのならいいのだが、これといった店屋が見付からない。店を食べるわけではないが、食べたいと思う料理が見付からない。
 そんなとき、もう何でもいいか。となる。これは諦めのようなもの。決まらなかったし、また決めたいと思うものがなかった。だから、もう何でもいい。とにかく適当な店に入ろう。それで入りやすそうな店構えの店に入る。
 これで一応外食という目的は果たせた。その中身は問題ではない。食べたことが大事。
 もし何でも良くない人なら、見付からなければ、また思い付かなければ外食という目的を果たせないで帰ることになる。それでは戻ってから腹が減るので、弁当でも買って帰る。
 何でもいいからといっていた人は少なくても外食をした。
 当然、そういう人は店に入っても、次はメニュー。店屋は何とか無作為に選べたが、今度は何を食べるのかの枝分かれが待っている。一品しか置いていない店なら別だが、気に入ったものを選ぶ必要がある。または食べたいものを。
 ここでもまたそれがなかったりすると、何でもいいか、となる。今このタイミングで食べたいと思えるものがメニューにないからとて、出るわけにはいかない。その前に水とかお手拭きぐらいは出ているだろう。それで手を拭き、水だけ飲んで出るわけにはいかない。
 何でもいい人は決して何でもいいわけではない。何でもいいと思い、選んだものが気に入らない場合も当然ある。しかし、食べられるものなら、それを食べるしかない。また、気に入らないものだったとしても、気にしないで食べる。何でもいいからと適当な店にし、適当なものを注文したのだから、そこを問題にするとややこしくなる。つまり、スタート地点から見直さなければいけなくなる。
 選択の放置のようなものをしたわけなので、そこは覚悟しているはず。
 何でもいいと思っている人は、決して好みや主張や、スタイルがないわけではないのだが、それほど執着するほどの力が無いのだろう。大した違いはないと思ったり、どちらを選んでも似たようなものとか。
 自己主張が少なく、弱い。これは面倒なためだろう。しかし、そういう人でもものはしっかりと見ている。しかもそれほど偏りのない。
 だが、何でもいい人と、何でもでは駄目だというような極端な人はいない。結構混ざり合い、比率も変わったりする。またものによっては執着し、ものによっては無頓着、なども当然ある。
 そういう流れの末に今の自分があるのだろう。その先っぽに。
 
   了


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2019年05月23日

3996話 数奇に走る


 沼田は少し前のものを手にした。偶然それを手にしたのだが、まだ今の時代でも使える。それほど古くはないが、最近のものではないので、それなりの実用性しかない。未来を行くようなものではなく、目新しさはないし、可能性も感じられない。
 ある時代で終わってしまったものではないが、一世代か二世代前の世界では新しかったのだろう。その新しさも昔の新しさで、その新しさの延長上に今はない。以前考えられていた新しさとは違う。
 沼田はそれに触れると、妙に落ち着く。これは親の世代ほどには古くはないし、年の離れた兄弟ほどには近くもない。その中間ぐらいだろうか。だから親の世代から見ると、もの凄く新しいもので、新時代のものだったに違いない。
 小学生の頃、大学生が使っていたようなものだろうか。沼田をそれを見た覚えがある。子供にとって大学生は既に大人。体格もそうだろう。それに憧れのようなものを抱いていたことは確か。
 ただ、沼田が大人になってからは、もうそんなものを使っている大学生はいなかった。時代と共に消えた。
 沼田にとり、それは来たるべき未来のものだったのだがその未来に来たとき、それはもう使われていなかった。あることはあるが、古いものとして、見向きもされなかったのだろう。
 それで幻の未来になったことを覚えているが、若い頃ほど新しいものに憧れるもの。そうでないと先々のことを先取りできない。準備の意味もある。取り残される不安感もある。
 そして未来は何処へ行ったのだろう。その未来の一つ一つを通過してきたのだが、何やら頼りなさげな未来になっていた。その先、まだまだ未来は続いているのだが、もう大したことは来ないような未来だった。
 先々何が起こるか分からない。悪いことは来て欲しくないが、もの凄い未来が来るかもしれない。それは悪い側だ。そんなものに夢はないので、敢えて思わないようにしている。
 それよりも、一昔前のものがどうも気になる。その時代の考え方や、そこで使われていたものや、システム。それらは沼田が子供の頃に見ていたもので、それこそ大学生のお兄さん達の世界。
 当然年寄りになってしまうと、大学生などを見ても子供か孫の世代なので、可愛いものだが。
 それで沼田は懐古趣味に走ったわけではないが、それほど古くなくても、一つか二つほど前のものに興味を持つようになる。それは色々なジャンルがあり、色々な分野がある。もう誰も読まなくなった日本文学全集とかが二束三文で古本屋にある。当時は有名だったのだろうが、今読むと古くさい。当時は新鋭作家で、時代の最先端を走っていたのだろう。そういう未来は来なかったが。
 というようなことは、単なる骨董趣味に近い。だが懐古趣味にしては意外と新鮮で、来なかった未来にもう一度触れることができる。
 ある意味、これは数奇かもしれない。
 
   了




posted by 川崎ゆきお at 10:14| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月22日

3995話 ソシュールを聴きながら


 薄暑の頃、疋田は憂鬱になる。気候は春からさらに勢いづき、日も長く、元気いっぱいで、お膳立ては揃っている。それが憂鬱なのだ。何をするにも良い調子でいく時期なのだが、やることがない場合、勢いだけが空回りする。そしてやや汗ばむ時期なので、いい汗を出して動きたいのだが、なかなかそうはいかない。
 疋田は早く梅雨入りし、鬱陶しい天気になるよう期待する。そして湿気に満ちた重い空気の方が疋田には合っている。
 うっすらと汗をかきながら、疋田はドアを開けた。友人の部屋だ。不用心なのだが、仕掛けがある。最初ノブを回したときは固い。そこからぐっと力を加えて回すとガシャッと開く。だから軽く回しただけでは鍵がかかっていると誰でも思うだろう。さらにノブはガシャッと回っても、ドアは開かない。一度上に持ち上げると開く。だから二重ロックだ。
 さらにこのアパート、玄関口で靴を脱がないといけない。土足で入り込むこそ泥にとって同じことだが、それ以前に金目の物などどの部屋にもなさそうだし、見付かったとき、全部のドアが開いて人が出て来そうだ。いずれにしても泥棒が狙うような建物ではない。
「もう暑かったでしょ」
 疋田の友人吉原はソーメンを食べていた。しかも畳の上で。
「食べる?」
「いやいい」
「多い目にゆですぎた。手伝ってよ」
「じゃ」
 吉原は適当なコップを出してきて、そこに出汁つゆを入れる。出来合いのものではなく、自分で作った出汁のようだ。鍋からコップに移すとき、鰹節も流れ込んだ。
「氷、どうする」
「ああ、いらない」
「そうだね。私もいらない。冷たいものを食べると腹を壊すからね。それで一日調子が出ない」
「何かやってるの」
「私か?」
「うん」
「言えるようなことはやっていないので、正しくは一日過ごしているだけ」
 疋田は生ぬるいソーメンを口に入れた。唾液よりも温かい。
「少し暑いなあ」
「窓を開ける?」
「うん」
「しかし、力がいるんだ。それで汗が出るほどなので、何のために開けるのかが分からなかったりする」
「このアパート、建て付けが全部固いねえ」
「いや、緩んでいるところもある」
「あ、そう」
 吉原は窓越しの棚に置いてあるものをのけ、ぐっと横へと引いた。力を入れすぎたのか、パシンと大きな音がした。端まで行ったのだろう。物も落ちた。
 ソーメンを食べ終えると、吉原はコップを洗い直した。
「コーラ、飲むだろ」
「ああ、頂く」
 流石にコーラは冷蔵庫に入っている。ホームサイズだ。それを二つのコップに注ぐ。
「水薬のようだろ。この色ね。そこがいい。これは薬なんだ」
「そうだね」
 その話を聞くのは何度目だろう。
 疋田はコーラを飲むが、口に入れたとき、既に分かった。水を足したのか薄い。
「最近昼寝をしていると汗ばむようになった。いい気候だ」
「ああ」
「このアパート、静かだけど、何人住んでるの」
「満室だよ」
「え」
「安いので、人気があるんじゃない。落ち着くんだろうねえ」
「分かる気がする」
「みんな静かにそっと暮らしている。ほとんど部屋の中にいるんじゃないかな。ってことを言ってる話し声も聞こえているかもしれないがね」
「じゃ、そろそろ」
「もう帰るの、今日はソシュールの話の続きをしようと思っていたのに、シニフェがね」
「ああ、またの機会に」
「あ、そう」
 アパートの玄関口を出たとき、疋田の気持ちは明るくなっていた。
 
   了



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2019年05月21日

3994話 佐々峠


「佐々峠をご存じか」
「知りませんが」
「では何か思い当たるところは」
「佐々成政の冬の日本アルプス越えですか」
「その佐々さんとは違いますが、妙な峠でしてねえ」
「追い詰められていた佐々成政は日本海側から山を越え、家康に合いに行くため太平洋側へ出たのでしょ」
「佐々峠は中部の山岳地帯にはありません。京の都からほど近い峠道でしてな。そこを越えると日本海側へ出られます。これは間道でして、誰もそんなところを通る人はおりません。一つ道ではなく、ただの山道を繋いだだけ。その繋ぎ方は土地の人でも知らない。だから街道ではありません。その都からの入り口が佐々峠。日本海側から来た人にとっては都へ入る峠。そこからは都は見えませんがね」
「その佐々峠がどうかしたのですか」
「この峠が曲者でしてね」
「都の近くなら、そんな険しい山はないと思いますが」
「峠近くには里があります。都とは目と鼻の先ですからね。京に都が移る前から住んでいた人達もいます。早くから開けていたのでしょう」
「はい」
「日本海側は若狭の海。古くから大陸との行き来があります。昔は日本海側が表玄関だったのでしょうなあ。その若狭から都へ入る人は琵琶湖に出ます。そこから船に乗った方が楽ですからね。まあ、これは余談です」
「佐々峠は今もありますか」
「ありません。元々そんな名前の峠など存在しません。山の向こう側へ出る峠はあります。地元の人でもそれを佐々峠とは言わない。それが間道の入口だと知っている人だけが呼んでいるのです」
「はい」
「昔、都でその話を聞いた物好きが佐々峠を越えました。そのまま戻ってきません。数年後、戻ってきましたが、何処をどう歩いたのか、何も覚えていないとか」
「ははあ、そういうお話しでしたか。じゃ、日本海側への間道というのは」
「それはあります。都から脱出するとき、京盆地から出る道の一つでしたから」
「じゃ、今でもその峠はあるのですね」
「あります。山も昔のままあります。これは消せないでしょ」
「はい」
「そういう話がお好きなら、行ってみられるといいでしょ」
「遭難しそうなので、やめておきます」
「それがよろしい」
「でも、あなたは、どうしてそんな話をご存じで」
「私は佐々峠から下りてきた者です」
「ああ、木樵でしたか」
「いいえ」
「じゃ、若狭から来られたとか」
「違います。どこから来たのか、分からないのです。気が付けば佐々峠に立っていたのです」
「大丈夫ですか」
「はい、達者です」
「いえいえ、どうかお大事に」
 
   了




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2019年05月20日

3993話 並の部下


 高梨は人の上に立つ指揮官のようなものなので、多くの人を使っている。といっても本当に動かせるのは数人。その中にはトップクラスの人材もいるが滅多に使わない。使いにくいのだ。そしてよく使うのはナンバースリー以下の部下。
 その中でも吉本をよく使う。何かあればすぐに吉本を使う。まずは吉本にやらせてみるわけだ。それが駄目ならダメモト。ベテランやエース格を投入すればいい。それらは切り札で、ここ一番のときにしか使わない。それに何でもないような仕事で、彼らを使うのはもったいない。
 しかし、ほとんどのことは吉本で間に合う。また吉本が無理な場合、それより力のある人間を使ってもやはり無理な気がする。吉本よりも出来はいいが、結果は変わらなかったりする。
 大事な部下を取っておき、どうでもいいような吉本や、それに近いレベルの人間にさせている。これは使いやすいためだろう。
 だから吉本がここでは一番よく働いている。大した力はなく、並か、並以下。しかし並で間に合うような仕事が多いので、吉本でもできるのだ。
 そのため高梨が一番よく使う吉本が、エース格のように思われてしまった。一番力がある人間だと。そうでないと多用しないだろうと。
 そして長く吉本は多くの現場を踏むことで、ベストスリーの部下よりも経験が豊かになった。だがそれだけの力はない。実用上十分機能する程度。
 ところが世間では一番力のある高梨の部下だと思われるようになる。方々へ出向くため、顔が売れてしまった。いつも見る高梨の部下のためだ。実はもっと力のある部下がいるのだが、滅多に使わない。使うときも吉本でも簡単にできそうなことだったりする。上位の部下ならもっと確実にできる。吉本でもできることなので、さらにできてあたりまえ。
 だから難しい仕事を吉本に与え、力のある部下に簡単なことをさせているようなもの。
 吉本の力は大したことはない。だからよく失敗する。しくじる。しかし吉本なら仕方がないとなる。吉本では力不足なためだ。本来上の部下がやることを吉本にさせているためだ。
 そして、長くその状態が続いた。いくら並の力しかない吉本でも、経験を積むことで、力が付いた。それは並の人間が普通に力を付ける程度で、より上の実力者から見ると、大したことはない。もっと凄い力を持っているためだ。つまり並外れた。
 その並外れた部下が三人以上いる。しかし高梨は大事なことをさせない。それと本当に大事なときは高梨自身が出ていく。だから吉本は露払い。
 高梨からすると、トップスリーや、上位の部下に手柄を立てさせないようにしているのだろう。何故なら、彼らに活躍されると、高梨の地位が危なくなるため。実は部下がライバルなのだ。上位の部下にはランクがあり、序列がある。しかし吉本は序列外。
 しかし吉本ばかり使い続けたため、吉本の株が上がり、今でも上位の三人衆を超えてしまったのである。
 そしていつの間にか高梨の後釜となった。実はこれが狙いだった。子飼いの部下を後継者にできたので、上位の部下達の上に立つ。高梨に代わって。
 そして部下を使うようになる。上位の三人衆も使うことになるのだが、高梨しから学んだのか、実際に使うのは以前の吉本に似たクラスの部下だった。使いやすいためだ。
 高梨よりも優れているのではないかと思える上位の三人は、その後もあまり使われないまま。優れた人間ほど使いにくい。
 
   了
 

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2019年05月19日

3992話 偶然が偶然を生む


 夕方前、初夏の空はまだ明るい。田中は買い物に出ようと戸口を出たのだが、田淵という近所の面倒そうな男がいる。別に危害を加えられるわけでもないが、顔を合わせても挨拶はしない。向こうから避ける。当然話したことはない。ただ、偶然の出合い頭、顔を突き合わせることもある。そのとき、反射的に頭を僅かに下げる。相手も反射的に下げる。だから敵ではない。
 その田淵が先を歩いている。田中は自転車。追い越すこともできるが、誰が追い越していったのかが分かる。だから意識的になるだろう。そういう意識が働かないよう、道の反対側へ向かった。少し寄り道になるが、回り込めば問題はない。
 そして、いつもの道へと出たとき、徒歩の田淵の方が早いのか、後ろ姿が見える。これで田淵の目的地が分かった。コンビニだ。歩いて行ける距離、それ以上遠いと田淵も自転車を使うだろう。
 田中はコンビニに用はなく、その先に行くのだが、もう一度回り道することにした。これで二回目だ。
 それで回り込むところまで来たとき、面倒になった。田淵と接触する可能性は低いが、別の場所でもいい。目的地はスーパー。近い側のスーパーへ行こうとしていたのだが大回りになりすぎた。また、そこは小さく、品揃えも少ない。しかし、近いので、そちらへ行こうとしていたのだが、もう一つあるスーパーはショッピングセンター内にあり、他の商店も多く入っている。賑やかでいいし、こちらの方が安いし、他の買い物もできる。しかし遠い。
 だがちょうどその大きなスーパーへ行く通り道。方角は合っている。
 それでハンドルはそのままで直進した。曲がり込まないで。むしろ回り込む方が不自然だったこともある。
 これは予定にはない行動。しかし、スーパーに行くことにはかわりはなく、予定通り。ただ遠いので、雨が降っている日や元気のないときは、近くのスーパーへ行く。その日は元気だし、雨も降っていない。だから行く理由は本当はないのだ。遠い方へ行くのが本来の姿。
 だが、田淵の姿さえ見なければ、近い方にしただろう。その方が楽なため。
 そして、ショッピングセンター内で食材を買い、別の売り場で煙草をカートンで買い、戻ろうとしたとき、田中君じゃないか、元気かい。と声を掛けられた。苦手な先輩がいたのだ。そのまま近付いて来る。
 いつも厳しげな顔の先輩だが、しばらく合わないうちに顔が和らぎ、物腰も柔らかく、声も優しくなっていた。田中は軽く頭を下げた。先輩は一度も足を止めず。田中も止めなかったので、そのまますれ違った。
 今も世話になっている先輩で、大事な人なのだが、田中は苦手としていた。しかし、そうではなくなっていたので、少し驚いた。
 この先輩との接触は田淵にある。田淵の後ろ姿を見たので、道を変えた。それを二度繰り返す途中で、行き先を変えた。田淵がいなければ、遠い方のスーパーへは行かなかっただろう。そして偶然先輩とすれ違うことも。
 そのショッピングセンターは広い。そこで先輩と会う偶然などは滅多にない。同じ時間、同じ場所にいなければ、その偶然も発生しない。
 そしてその先輩と田淵とは似ている。似たタイプなのだ。
 たまたまとか、偶然とは結構あるが、ある偶然の流れが、別の偶然を引き起こすこともあるのだろう。
 しかし、それで何かが起こったわけではない。田淵の姿ならいつでも見られるが、先輩の姿を見るのは希なこと。だから田淵のおかげで、先輩と久しぶりに会ったことになる。
 先輩とは無沙汰だったので、いいタイミング。たまに顔を見せないといけないのだが、その手間が省けた。
 
   了



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2019年05月18日

3991話 生え抜きの生き残り


「当時はそれが最先端でしてねえ。といってもこの前のことですが、今はもう追いやられましたが」
「よくあることです。時代の移り変わりでしょ」
「しかし、古い時代の方がよかったような気がしますよ」
「じゃ、石器を使いますか」
「ああ、そこまで古いと。しかし、石器でも間に合ったのでしょうねえ。それが最新式だった。石を尖らせて道具にしたり、武器にしたりと。それを超えるものがまだなかったのでしょ。銅とか鉄が出てくるまでは」
「今もそれと変わりませんよ。周囲が変わり出すと、そのままでは難しくなるのでしょう」
「我々の時代は終わりですか」
「そうです。もう新時代に取って代わられました」
「私は老害として残りたかったのですがね」
「残っているじゃありませんか」
「メインから外れて草むしりですよ」
「雇ってもらえるだけでも結構なこと」
「高田さんはどうしてます」
「あの人は最後まで抵抗しましたがね。屈しましたよ。どこか遠いところへ行ってしまわれた」
「おっと時間だ。サボってられない」
「社員食堂でしたか」
「そこの飯炊きです」
「僕は空調の方です。ボイラーの免許も取りましたので、そちらもできます」
「ボイラーマンか。かっこいいじゃないか」
「キッコーマンと変わらないですよ」
「マンが付けば、かっこいいのはスーパーマンからでしょうねえ」
「ありましたねえ。まだテレビが家になかった時代、散髪屋へ行って見ましたよ」
「散髪屋にテレビあったのですか」
「店にはありませんが、散髪屋の家の居間にありましてね。そこで夜遅くまで見させてもらいましたよ。迷惑な話ですがね。子供なので、分からない」
「ところで、下北さんはどうなりました」
「西側で自転車整理をやってますよ」
「福田さんは」
「交通整理です。これは危ないですよ」
「でも、まだ若いでしょ」
「あなたもまだまだ若いじゃないですか」
「そうですねえ。まだ定年は先の先」
「私らの仕事、業者にやらせてもいいはずなんですがね」
「それが約束でしょ」
「そうでしたね。何らかの形で退職しないで済むようにと」
「あなたさっき、散髪屋でスーパーマンを見たって言ってませんでした」
「はい、言いましたが」
「あなた、何歳ですか。もうとっくに定年なんて過ぎているでしょ」
「いや、家が貧しかったもので、テレビが家に来たのはもの凄く遅かったんです」
「あ、そう」
「そうですよ」
「それより、一線を外れて、気楽になりましたよ」
「一線どころか、もう線の外ですよ」
「そうですなあ。飯炊きの会社でもないし、草むしりの会社でもない」
「我々の技術も、我々で最後でしょうねえ。もう誰も引き継ぐ者がいない。時代が変わりましたからねえ」
「また、どこかで必要なときがあるのでしょ。だから、我々を首にしないで、残しているのですよ」
「そうだといいんですが」
「しかし、長く使っていない技術。もう忘れてしまいそうです」
「そうですなあ」
 
   了



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2019年05月17日

3990話 自分主義


 本来の自分らしいものに対しては意外と避けて通ることがある。自分らしさ、自分探し、自分らしいものを探すのが本来なのだが、それをしないで寄り道することがある。これは故郷はあるが、敢えて故郷へ足を向ける気にならないところもあるため。
 なぜなら分かりきったものしかそこにはなかったりする。そしてよく知っていることに関しては、それほど興味を抱かなかったりする。
 たとえば大勢の人が行き交う雑踏の中で、肉親を見付けたときの。何とも言えない気持ち。
 武田はそれで自分らしくないことばかりをしていた。しかし自分らしいことも実際にはしている。これは意識しなくてもやっていることだ。あたりまえすぎて面白味はないが。
 自分らしくないものを探す。これはいくら探しても見付からないだろうが、では自分らしいものの探求はどうだろう。これも実際には辿り着かないのではないか。すると、同じこと。
 逆に寄り道したり、余所見したりする方が、得るべきものも多くなる。自分らしいことばかりでは寄ることはないし、見向きもしないだろう。
 自分らしさとは自分が自己判断をすることが多いし、ほとんどがそれだろうが、人から言われる方が説得力がある。君らしさ、あなたらしいですね。などと言われることで「らしさ」が固まってくる。他人の評価も大事だ。しかし、他人はよくそれだけ勘違いをしてくれるなと思うほど当てにならなかったりする。するとやはり自分のことは自分が一番よく知っていることになるのだが、それは当然だろう。他人の方がよく知っている自分などは頼りない限りだ。
 その他人が責任を取ってくれるわけではないのだから。
 ただ、そういった自分という詳細ではなく、一見してすぐにその人らしさが分かることがある。むしろ詳細を知っていると、その人らしさを隠してしまう。
 さて武田だが、自分らしいことというのは何となく分かっている。しかしこれは好みや気分がセンサーになっていることが多く、深い思慮の結果ではない。かなり単純なことの積み重ねや選択なのだ。そのうち、それがパターン化し、オート化する。それだけのことだと思っている。
 だからオート化にならないようにたまに自動操縦から外れて、マニュアル操作に切り替える。自分らしさのルールやルートから離れた動きをする。
 すると、自分らしくないと思っていたことでも、意外と自分らしい世界だったということもたまにある。ただ、それは一時的なものだったりすることが多いが。
 自分を高める。自分を積み重ねる。この自分自分という自分ばかりが出てくる世界が嫌なためかもしれない。
 自分から離れることも大事で、それができなくなったとき、故郷の本来へと戻ればいいのだ。
 
   了
 


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2019年05月16日

3989話 ひよこ塚


 丘陵の端にある住宅地だが、古い家並みが残っていた。昔の下町だろうか。下があるのなら上がある。それは台地のもう少し先にあり、そこは商家が並んでいたとか。今もそれらしい瓦葺きの家が軒を連ねているが、もう店として残っているのは質屋と酒屋ぐらい。取り壊されてマンションになったり、今風な建物に代わっているが、少し横道に入ると、昔ながらの長屋路地があり、その脇に古い木造家屋、これは長屋だろう。それが隠れるようにして残っている。
 こういった路地で、しかも坂もあるため、散歩にはいいのだが、そこに住む人達の生活道路。一般の人は立ち入りにくい。用事でもあるのなら別だが、ただの町散歩では。
 さて、その丘陵の端だが、ここまでは昔から民家が並んでいたようで、その先は平野になり、田園地帯になる。町屋と百姓家との境界線のようなところ。丘陵もここでは低くなっているが、まだその膨らみを残している。
「あなたもここですか」
「ああ、はい。ここです」
「以前あったのですがね。しばらく来ないうちに消えている」
「そうなんです」
「どのあたりにあったか、覚えています?」
「表道から出ている路地で、かなり細いです。砂利道で、通りに面した家の裏側に出られました」
「そうです。その未舗装の軒下を行くような通路です。雨垂れの穴がポツンポツンあるような」
「ええ、それで、私も似たような路地に入り込んだのですが、そこじゃない」
「やはり同じように探している人がいたのですね」
「あなたもですね」
「そうです。ここにあることは古くから知られ、絵地図にも名前が出ています」
「しかし、消えてなくならないでしょ」
「いや、私有地にありましたからね」
「そうです。ひとの家の裏庭のようなところでしたが、囲いがない。木が一本か二本立ってました。普通の庭木ですが、それが目印だったのに、それがない」
「私がいったときは、ゴミ捨て場になってましたよ。しかし地面がはっきりと膨らんでいました」
「円墳ですよね」
「そうです。所有者が壊したのもしれませんねえ。しかしその前に調査ぐらい入るでしょ」
「いえ、しなかったそうです」
「それはまずいですよ。潰すにしても、中からものすごいものが出て来る可能性もあるのですから」
「王印とか」
「まあ、そうです」
「しかし、古墳だとは認められていなかったようですよ」
「そうなんですか」
「だって、このあたりの古墳は全て集まっています。しかし、ここの円墳は一つだけポツンとあります。やはりただの盛り土。庭の築山のようなものじゃなかったのかと、最近思うのですよ」
「だから、ひとの家の庭にあると」
「そうです」
「私が見たときは、木の他に祠がありました」
「お稲荷さんでしょ。犬小屋程度の。あれは捨ててあったのを誰かが上に上げたんじゃないですか」
「そうなんですか」
「しかし、完全に消えましたねえ」
「場所的には、あのコンクリート造りの家です」
「私もそう睨んでいます。位置的にも、あの場所です」
「下に何が埋葬されているのか分からないですからねえ。怖いですよ」
「いや、地ならしで盛り土をのけたはずですよ。だから何もなかったんじゃありませんか」
「じゃ、昔の人は、どうしてひよこ塚と記したのでしょう。地図ではそうなってます」
「そのままですと、ひよこの墓ですねえ」
「そこからは推測ですが、どんな鳥のヒナだったのか。育たないで、死んだのでしょ。ひよこの状態で」
「そうですね」
「成長すれば、どんな鳥になったかでしょ」
「まさか神鳥」
「それならいいのですが、そうじゃなく、邪悪な鳥」
「ほほう」
「だから、成長しないように、殺したのでしょ」
「じゃ、鳥の墓」
「だから、ひよこ塚と昔の人は付けたのですよ」
「そこまで行きますか」
「このあたりで、やめておきますか」
「はい、楽しいお話し、有り難うございました」
「いえいえ、こちらこそ」
 
   了

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2019年05月15日

3988話 グル友


 あれは誰だろう。と、思うものの、ほぼ毎日なので、そのうち気に留めなくなる。そういう男が社員食堂に来ている。所属は分からないが、社員だろう。取引先の人間がたまにいることはあるが、見知った社員と一緒のことが多い。
 社員食堂は安い。半額以下だろうか。それを狙って外から入り込む人間もいるが、それも数日続かない。あまり旨くないためだ。
 そこへ重役の本田専務が入ってきて、定食を食べている。おかずは選べない。日替わりとなっているが、ほぼ同じようなもの。
 本田専務は社員の顔を見るために来ているようなもの。それで、この専務の顔を知らない社員は今ではいない。必ず誰かに声を掛ける。だから社員のほとんどは専務とじかに話したことがある。
 隅の方にいる例の男を専務はじっと見ていたが、やがて近くまで寄り、声を掛けた。当然男はその前に軽く頭を下げ、箸を置いたが。
 そしてしばらく話し込んでいた。
「明日、頼めるかね」
「はい」
 翌日も、その男が来ていた。前日専務と話していたのを他の社員も見ているので、やはりこの社の人だろうという程度。しかし所属が分からない。
 そこにまた専務が現れた。今度は食券を買わず、そのまま男に近付いた。
 男も何も食べていない。まだ注文していないのだ。
 そして二人は出ていった。
 きっと本田専務のお眼鏡にかない。特命を受けたのではないかと、他の社員は羨ましがった。
 社員食堂を出たところはまだ社屋内。その廊下沿いに小部屋がある。立ち入り禁止だ。中は実は休憩室のようなもので、半ば物置。倉庫だろう。だが仮眠できる場所もある。
 その部屋の奥にドアがあり、そこを開けると、地下街に出る。このビルの地下と地下街通路が繋がっているのだ。外部から社員食堂へ入り込むの場合、ここを使う。
「キスの天麩羅ねえ」
「そうです」
「じゃ、行きましょ」
 この二人を尾行していた一人の社員は、最終的に定食屋に入って行くのを見届け、すぐに戻った。
 ただのグルメ繋がりだろう。しかし、実はグル友で、キスの天麩羅定食を食べながら、密談を始めていた。
 
  了




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2019年05月14日

3987話 透視術


 村に伝わる秘仏。誰も見た者がいないとされているが、隠し仏として長く村にある。これは村人も拝めない地蔵さんらしい。しかし、観音か地蔵かをどうして知ったのだろう。やはり見ているのだ。
 場所も秘されているが、これは秘した人がいるし、その管理のようなものもしている。実際には庄屋の庭の奥にある倉にある。
 ところが二つもあることが分かった。どちらかが偽物なのだ。伝わっているのは一体。
 庄屋は村の長老でもある。これを隠し続けることも仕事。村人のほとんどはそんな秘仏の存在は知らない。上手く隠しているためだ。
 しかし、このままでは違う地蔵まで秘仏扱いにすることになり、これは効能が薄れると考えた。今まで、ずっとその状態で、倉で眠っていたのだから、それでもかまわないのだが。
 この庄屋の前の当主は、一度もそれを見ていない。あまり興味がなかったのだろう。
 この秘仏があるから、村は守られていると信じられているのだが、二つではなく、一つ。
 庄屋は同じ顔立ちで、ほぼ同じ大きさの二仏を観察しても、どちらが本物か分からない。どちらかが身代わりだろうか。見せていいのはレプリカの方。
 そのあたりを是非とも知りたいと思い、村にいる世間のことに詳しい男と相談した。寺や神社ではなく、流れ者のような村人だ。すっかり定着し、普通の村人として暮らしてたが、この男が結構世間のことを知っているので、村人はよく相談に行く。
 それによると、昔の仲間で、そういうのを見通せる人がいるらしい。その男なら中のものが分かるとか。
 当然庄屋は秘仏のことは口にしていない。
 庄屋はその男がいるという国へいく。これはお隣の国だが、天領。
 その男、与作という博打打ち。
 庄屋はそれだけで、何となく察しが付いた。
 与作は賽の目が読めるらしい。それならぼろ儲けではないか。しかし、それをすると賭場には行けなくなるので、目だたないように、たまにその透視術を使うとか。これは花札でもいける。
 ただ、サイコロの目。一とか六とかの形が見えるわけではなさそうで、花札も絵柄が見えるわけではない。だから透視術とは少し違う。
 庄屋は与助に二つの地蔵のうち、どちらが本物で、どちらが身代わりかを調べてもらった。
 どちらの地蔵も古そうに見える。
「分かりますかな」
「こっちでしょう」
 与作は指で示した。即答だ。
 庄屋はすぐにそれを風呂敷で包んだ。目印だ。
「中が分かるのですかな」
「いや、いる側と、いない側」
「え」
「中に何かいます」
「あ、そう」
「こっちはいて、こっちは何もない」
「それが見えるのでございますな」
「見えない」
「あああ、見えないのにどうして」
「何となくこっちだと」
「ななな何となく」
「そうです」
「大丈夫でございますか」
「百発百中ですよ。今まで賽を外したことはない」
「あ、さいで」
 それで、無事本物の方が分かったので、身代わりの方を屋敷の庭に祠を建て、その中で祭り、年に一度開帳することにした。
 本来セットもので、そういう風に使うものだが、これを譲り受けた先代が、本物とコピーをごっちゃにしたようで、どちらがどちらかが分からなくなったので、そのまま二体とも秘仏として放置していたようだ。
「じゃ、私はこれで」
「有り難うございました」
 礼を受け取り、与作は昔の仲間が村人として暮らしている百姓家へ寄った。
「久しぶりだな与助。庄屋の頼みは上手くいったかい」
「ああ、わけないこと」
「そんな凄い力、小博打だけで使うのは、もったいないよ」
「これは隠し球でね。一生一度の大勝負のときにしか使わない」
「もったいないねえ」
 しかし、与助の生涯で、いざというときは一度も来なかったようだ。
 
   了




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2019年05月13日

3986話 夏負け


 まだ春なのに吉田は夏負けした。それほどの高温ではないが、暑さに負けた。まだ夏は来ていない。春だ。だから春負けだろうか。春の何処に負けたのだろう。気温的に春の気温で負けることはない。寒かった冬から解放され、良い季候になり、過ごしやすいはず。しかし、春も終わりに近付くと、夏が入り込むのか、その先取りされた夏に負けた。
 青葉の季節。これは初夏。だから夏が入ってきている。春から夏バテでは夏になると死んでしまうだろう。
「もう夏バテですか?」
「ええ、早い目に」
「確かに今日など陽射しがあるところを歩いていると、暑いですがね。でもまだまま序の口ですよ。梅雨もまだなのですから」
「それで調子が悪いので、今回の仕事、一寸パスしたいのですが」
「ほう、でもここまでで出てこれたのでしょ」
「日影を選んで遠回りしながら来ました」
「電話で済むのに」
「いえいえ、それでは」
「まあ、いいです。じゃ、今回は引き受けてもらえないわけですね」
「夏バテで、何ともなりません」
「寝ていなくて、大丈夫ですか」
「一寸バテ気味なだけなので」
「あ、そう」
「こういう状態では良い仕事はできません。ご迷惑を掛けますので」
「はいはい、分かりました」
 吉田はそれだけを告げ、事務所から出た。外は相変わらず暑いが、夏服を着ている人などいない。まだ春なのだから、それほど暑くはない。
 夏を先取りした吉田だが、夏負けでは何ともならないが、本当の夏になってからは強い。実は夏に強いのだ。そのため、夏には夏バテしない。不思議な体質だ。
 では夏になったとき、何に負けるのか。それは決まっている。秋負けだ。しかし、秋の何に負けるのだろう。それは夏の寒さ。これはバテたとは言えないので、夏負けのような暑気症状ではない。
 だから夏風邪。これを引く。真夏の暑いとき、既に秋の涼しさを感じるのだろう。これに先取りされる。
 吉田は季節の先へ先へといっている。これは先を読む力があるのではなく、身体に来る。
 しかし、それは頭にも来て、未来を先取りするようなところがある。
 早い目早い目に吉田に襲ってくるのだが、いいものばかりを先取するわけではない。
 事務所を出たあと、吉田は日影を選びながらの戻り道、涼しそうな公園があったので、その木陰で休む。既に花は散ったが藤棚の下のベンチ。
 これで将来の良いことを先取りできれば、どれほど素晴らしいかと思うのだが、それを受ける力はないようだ。人の理と天の理とは違うのだろう。
 
   了
 

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2019年05月12日

3985話 簡単に済ませる日


 福永には今日は簡単に済ませようという日がある。天気も悪く体調も悪いとか、気がもう一つ乗らないとか、理由は様々。この簡単というのは何だろう。
 簡単、簡易。世の中は簡単にはいかない。また自分自身さえも簡単ではないが、それを簡単にしてしまえということだ。簡潔というのもある。これは清くていいのではないか。余計なことをしないで、簡潔に。無駄口を叩かず、淡々とこなす。
 しかし、よく考えてみると、これが結構難しかったりする。くどくしつこく、粘っこくやった方が実は楽なのかもしれない。無駄な動きが多いのでその分休憩しているようなもの。遊びがかなり入る。
 今夜の食事は簡単に済ませる。これなら簡単そうだ。簡単なものを食べる。または作ったり買ったりする。これは軽食とは限らない。腹が減るので何か食べないといけないので、食べる程度。おかずとかに拘らないで。
 美味しいもの、好きなものは遊びが多い。楽しむことが入っている。
 福永はこの簡単に済ませることが、実は最大の目的であり、境地ではないかと、ふと考えた。これはできるようでできるものではない。だから、簡単に済ませたいような気分のとき、できることではないような気がするが、簡単なことだけに、それほど体力も気合いもいらないだろう。すっと簡単にやってしまえるから体調の悪い今日は簡単に済ませようと思った。
 ではどちらだ。
 単純明快シンプル。これはメンテナンス系でいえば都合がいい。
 ということは元気なときほど簡単にしないで、複雑なことをやり始めるのかもしれない。避けて通れないこともやるし、手間暇かかる凝ったこともする。これがいけないのかもしれない。
 しかし、今日は簡単に済ませると決めたとき、すっと肩の荷が降りた感じになるので、これも悪くはない。実際には手を抜くということだが、よくいえば余計なことまでしないだけ。抜いているのではなく、加えないだけ。
 シンプルなものはいいのだが、シンプルすぎると、それはそれなりに問題だろう。だから身の丈に合ったシンプルさがあるはず。
 そんなことを思いながら歩いているとき、曇っていた空が暗くなり、雨が降り出した。傘の用意はない。天気予報をしっかり見ておれば折りたたみ傘を鞄に入れていただろう。
 まあ、濡れてもいいか。雨なのだから。
 福永は少し早足で、駅まで向かった。
 
   了



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