2019年06月30日

3434話 朝会


「雨ですなあ」
「梅雨入りしましたから」
「集まりが悪い」
「雨ですからねえ、面倒なのでしょ」
「雨には負けますな」
「でも、あなたは出てこられた」
「朝会ですからね。日常業務です」
「業務ですか」
「まあ、日課です」
「しかし、自由参加なので、来ても来なくてもいいわけですから、今朝のような雨の日は来ない人が多いです」
「そうですなあ。でもあなたは来ている」
「あなたもですよ」
「じゃ二人だけ」
「私は会長ですからね。一応来ます。そうでないと、誰もいなければ困るでしょ」
「おかげで助かります。こんなところで、一人でいても手持ち無沙汰です」
「そうでしょ」
「しかしそれほど大切な集まりじゃないのでしょうねえ。雨だと来ない人が多いのは」
「そうです」
「梅雨時はぐんと減りますよ。今日はまあ、底ですねえ。雨でも来る人はあなたのようにいますが、他にもいます。当然です。雨なら中止というわけじゃないのですから」
「この程度の降りで来ないなんて、けしからんですなあ」
「まあ、無理に来てもらわなくてもいいのですよ」
「そうですな」
「まあ、たまに顔を出す程度でいいのです。私は毎朝来ますがね。これは日課です。そのついでに色々な人をお誘いして、来てもらっているのです」
「梅雨が明けて真夏になると、暑くて、また来る人が減るでしょ」
「いや梅雨時ほどじゃありません。ただ、雨でも来ていた人でも暑いと来なくなる場合もありますがね」
「ところで、ここは何の会でした。本来の意味を忘れていました」
「ただのお茶会ですよ」
「私はあなたに誘われませんでしたが」
「木下さんのお友達でしょ。木下さんに誘われた来られるようになったのでしょ」
「そうでした。木下君と一緒に来たのが最初でした」
「その木下さん、最近姿がありません。どうなされているのですか。電話をしても、そのうち顔を出すっていうばかりで、一向に来られません。あなた知ってます?」
「いや、木下君とは最近疎遠でして。連絡もしていませんし」
「あ、そう。じゃ、もう木下さんは来ないのかな」
「そうだと思いますよ」
「どんどんメンバーが減りましてな。それで人を誘ってきて下さいと言ったのですよ。木下さんにもね。ずっと以前の話ですが」
「それで来たのが私ですな」
「そうです」
「しかし、本来、この集まりは何なのです」
「先ほども言いましたように朝会、お茶会です」
「はあ」
「毎日来られているあなたなら分かるでしょ。ただの雑談です。特に何か目的があるわけじゃありません」
「これは、あなたが始められたのですか」
「そうです。多いときは十人ほどいましたよ。毎朝ここに来ていました。それが減っていきましたねえ」
「まさか、私のようなのがいるからでは。どちらかというと部外者でしょ」
「いえ、誰でもいいのですよ。私が知らなかった人でも」
「二人だけになる日もたまにありますねえ」
「最近多いですよ」
「それに雨だし」
「明日も二人のようです」
「じゃ、私は頑張って来ます」
「それは助かります」
 しかし翌朝は、その会長が来なくなった。
 
   了



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2019年06月29日

3433話 合田台風


 低気圧が台風に発達し、それが近付いて来るのか、晴天が一気に陰り出す。空梅雨で連日晴れが続いていたのだが、この台風が雨を持ってくるだろう。梅雨の雨か台風の雨かは分からないが。
 吉村はその影響で頭が痛い。低気圧のときはいつもそうだ。その親玉が近付いて来るのだから、いつもよりも重い。
 それで体調も悪くなり、何もできなくなる。実際にはできるのだが、身体が重く気も重い。気も優しく力持ちではない。
 台風が日常をかき回す。降らなかった雨も降り出す。
 吉村は合田のことを思い出した。彼は台風なのだ。最近発生していないが、そろそろ湧き出す頃。今年まだ発生していないので、第一号。というより、第一波だろうか。
 合田が現れると日常が狂う。平常が狂う。乱される。しかし、どこかそれを待っている面もある。かき回して欲しいのだ。
 日常は膠着しやすい。飽きてくる。平穏ならそれでいいのだが、退屈だ。変化を望む。
 合田が現れると危険。危機感。これが緊張を生む。そして、合田が暴れるだけ暴れるが、やがて去って行く。暴れ疲れたのか、暴れ飽きたのか、自然に消滅する。だからじっと身を縮めて通り過ぎるのを待てばいいのだが、これはチャンスなのだ。
 その台風のどさくさで、火事場泥棒のような真似をするのもいるが、未整理だったことを一気に整理したり、人を入れ替えたりと、普段できないことができたりする。ずっと懸案だったことで、なかなか実行に移す雰囲気ではないとき、合田台風のどさくさでやってしまえる。
 それにしては気も重く頭も痛い。こんなとき、逆噴射でもするように、より重く、より痛いことをした方がよかったりする。どうせ重く、痛いのだから。
 それで合田が来るのを待っているわけではないが、リアルな台風と同時に来るわけではないので、いつ現れるのかは分からない。
 
   了



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2019年06月28日

3432話 不思議な屋敷


 鬱蒼と茂る昼なを暗い場所に家がある。少し周囲の民家よりも敷地が広い。奥まった場所にあり、車で玄関先までは入れない。敷地までは私道で、近所の人がたまに散歩で入り込む程度。奥まった谷底のようなところなので、行く用事がない。
 その家も古いが、周囲の家も古い。同じ時代に建ったものだろう。ただ、敷地が広いことから、それなりの人物が住んでいる。
 家族はいないらしく、一人で暮らしているようで、近所の人はたまに見かけるが若い頃からずっとここにいるようで、今はかなりな年になっている。最初から老人ではない。近所の同年配の人は、それをよく知っているが、町内会にも入っていないので、回覧板のやり取りも、町内会の一斉清掃にも参加していない。
 最初からそういう家で、得体の知れない人だが、長くそこに棲み着いているので、そんなものだと思われている。
 たまに身なりのいい人が訪れたり、寿司屋や中華屋の出前も見かける。ピザのバイクは門まで来ている。
 当然郵便や宅配もここに来る。ただ私道の距離がそれなりにあり、車が入れるほど広くはない。無理をすれば入れないこともないが。
 屋敷の主は若い頃から老人になるまで、そこにいるようだが、働きに出ている姿は見かけない。外出はするが、近所で、すぐに戻ってくることが多い。
 生活していく上で色々と買い物があるのだろう。
 この屋敷ができた頃からいるのだが、その頃は十代後半だった。家族が何処にいるのかは分からない。親兄弟がいるはずだが、ずっと一人暮らし。ということは二十歳前に独立して、ここに家を建て、暮らしているのだろう。
 二十歳前で家など建たないし、土地も広いため、そんな金もないはず。
 庭木は最初から多く、今は何十年も経つので、太く背も高い。一寸した森だ。ただ、目立たないのは低い場所にあるため。
 地震や台風など、災害に何度か遭っているが、周囲の家々と同じように、屋根瓦が新しくなったり、倒れていた塀などは新しいものになっている。
 狭い公道から出ている枝道が、その屋敷の私道で、ここも木が生え茂っている。雑草なども五月蠅く生えているが、人が通れないほどではない。舗装はされていないが、ぬかるまないよう、石が敷かれている。草で見えなくなることもあるが、それなりに人が出入りしているため、生きた道だ。
 たまに散歩人が入り込み、屋敷の門にぶつかり、戻ってくる人もいる。近所の人も、門の近くまで散歩する。門の手前に祠があり、これは昔からこの地にあるためだろう。祠は屋敷の人が建て替えている。
 祭られているのは、延命地蔵のようだが、いつ誰が置いたものかは分からない。この地方を襲った災害か、人災かは分からないが、そのときにできたものだと言われている。
 それから数十年後、これは最近の話になるが、人が変わった。いつもの人が亡くなったのだろう。年齢的にもそんなものだ。そして二十歳前の人が住むようになった。
 そして前の人と同じような暮らしぶりだ。
 
   了



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2019年06月27日

3431話 リビングのソファー


 蒸し暑さで何ともならないので村田は横になった。まだ夕方、夕食前。何か買ってきて食べたいところだが、とりあえず横になりたい。暑いのだが、冷房をつけると寒くなる。まだ真夏ではないため、窓を開けているだけで十分。
 村田が仕事部屋として使っている居間にはソファーがある。いわゆるリビングルーム。一番広い部屋。ソファーは引っ越したときからある。前の人が置いていったのだろうか。古いものではなく、新品に近い。どこも傷んでいない。
 エアコンも置いていったのか、最初から付いていたのかは分からない。実は又貸しで、本当の持ち主は別にいる。親戚だ。その人が買った中古マンション。そのときからソファーはあったようだ。
 何故が気に入らないのか、すぐに引っ越してしまった。投資物件ではない。住むつもりで買ったのだろう。
 そのソファーで村田は寝転んだ。肘当てが枕にもなり足置きにもなる。身長分はないが、足を曲げたり、丸まったりすると、ベッドのように普通に眠れる。
 それで仮眠することが多い。疲れると、そこに座りテレビを見たり、楽な姿勢で音楽を聴いたり本を読んでいる。
 村田にとり、このソファーは憩いそのもの。
 一人暮らしでは広いマンション。いつまで使わせてもらえるのかはまだ分からないが、親戚は売る気はないようだ。村田も一生ここで暮らすわけではないので、家賃がいらないので助かる。
 そして怪談。
 これは夜中、寝室からトイレへ立ったとき、廊下に出る。廊下の向こう側はソファーのあるリビングと、その横に六畳の和室がある。親戚はそこを寝室にしていたようだ。村田が寝室にしているのは子供部屋だろうか。それが二つある。一つは使っていない。物置だ。
 さて、怪談。
 もうお分かりのようにあのソファーだ。
 トイレは子供部屋と居間との間にある。トイレのあるところが、ちょうど中央部で、キッチンや洗面所や風呂場などへ、その廊下で振り分けられている。
 だから夜中は子供部屋からトイレや洗面所へは行くが廊下の向こう側のリビングへは行かない。そこは仕事場のようなものなので。
 ある夜、村田はトイレの向こうにある居間の奥の窓際のカーテンが揺れているのを見る。廊下とリビングの間に扉はない。だから玄関口からその廊下が真っ直ぐに伸び、リビングの端まで見えるということになる。
 問題はカーテンではない。これは窓を開けていたため、揺れているのだ。
 昼間は暑苦しいのだが、夜になると、この時期ひんやりとする。それで、トイレに立ったついでに閉めにいった。そして振り返ると、ソファー。
 しかしソファーよりも先に人影を先に見る。ソファーを見ているのか人影を見ているのか、それは両方。
 ソファーでお婆さんが正座している。
 それを見たのは一瞬。錯覚にしても、形がはっきりとしており、あるべきものではないものがある。しかも物体ではなく、人間。
 最初見たときお婆さんだとは分からなかった。仏像のように見えたのだ。そしてぐっと目をこらすと、それがお婆さんであることが分かった。目は合わなかった。窓からの星明かりで、部屋は真っ暗ではない。カーテンは夏向けのレース、閉めていても暗幕にはならない。
 村田がソファーに近付き、もう少しはっきりと見ようとしたとき、消えた。
 きっと前の持ち主か、家族だろう。
 親戚がすぐに引っ越したのは、これかもしれない。
 それならソファーを捨てれば、もう老婆は出なくなるだろう。
 村田がそれを見たのは一度だけ。やはり何かと見間違えたのか、または全くの錯覚なのかもしれない。その後、変わったところはないし、ためしに夜中にソファーを見に行ったことはあるが、二度と出なかった。
 そのうち親戚の身内が結婚するらしく、それでこのマンションから村田は出た。
 その後、変わった話は聞かない。
 
   了


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2019年06月26日

3430話 右肩下がり


「平田君、ちょっと」
「はい」
「これなんだがね」
「売上げグラフですね」
「右肩下がり」
「はい」
「知っているだろ」
「はい、チェックしていますので」
「どう思う」
「こんなものかと」
「最初の頃と変わらん」
「最初は淋しかったですよね」
「それが少し上がりだし、それから右肩上がり。これは何処まで行くのかと楽しみにしていた」
「はい、いっときは期待しましたよ。倍々ですからねえ」
「今はバイバイだ」
「さよならですね」
「そうだ。これじゃ大損だよ。まだ突っ込んだ分さえ回収していない」
「そんなものですよ」
「これじゃ投資した意味がない」
「ある程度いけると思っていましたが、駄目でしたねえ」
「所詮流行り物か」
「旬が過ぎましたからね。今ではもう珍しくも何ともないし、あたりまえになったので、新鮮さがなくなり、冷静になったのでしょうねえ」
「これは誰が責任を取る」
「皆さん同意しましたよ」
「そうだ。私も同意した」
「誰も反対していません。だから追求する人もいないんじゃないですか」
「最善を尽くしたかね」
「これ以上尽くしようがありません」
「他に策は」
「無駄あがきです。余計に損をしますよ」
「じゃ、これはもう辞めるか」
「それは惜しいかと。それに今は経費はほとんどかかっていません」
「何かの拍子で盛り上がらんかね」
「その可能性はまったくありません」
「じゃ、続けるか」
「そうです。赤字というほどではありません。僅かですが黒字です。しかし突っ込んだ経費はまだ回収できませんが」
「そうだね。右肩下がりでも、黒字なら続ける方がいい」
「しかし初期の目的からすれば、完全に失敗ですが」
「じゃ、どうすればいい」
「このままでいいんじゃないですか」
「ずっとこの右肩下がりを見続けるわけか」
「底を突いても赤字にはなりません」
「それはいいねえ」
「そこだけは凄くいいです」
「底堅いというやつだ」
「うまい」
 
   了



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2019年06月25日

3429話 空の段ボール箱


 暖かいが暑いになり、暑苦しくなり出すと、黒崎はバテる。夏はバテていていいのだというのが黒崎の方針。ただ、方針と言うほどのことではなく、心づもりだろう。しかし、実際に夏休み状態に入ってしまうので、これは仕事に影響する。ただ、毎年夏場は休んでいるので、やはり方針となっており、決まり事の一つ。方向性の一つ。
 ただ夏休みなど取らなくても、年中休みのようなもので、下手をすると夏よりもその他の月の方が長く休んでいることもある。
 だが夏は仕事が入って来ても、しない。ここが普通の月とは違う。
「そのようにおっしゃらず、ここは引き受けてもらえませんか。失礼ですが、あなたの年収ほど稼げますので」
「私の年収を知っておるのかね」
「知るもなにも、ないんじゃありませんか」
「ほう。じゃ、私の年収分の儲けということは、一円にもならない仕事なのでは」
「いえいえ、あなたの地位にふさわしい年収分をお支払いします」
「夏から大晦日までかかるんじゃないのかね」
「いえ、一ヶ月もかからないと思います。あなたほどのベテランなら半月でできるでしょう」
「いい話なのだがね」
「そうでしょ。死ぬほど暑いわけじゃないですし」
「暑いときはねえ、何もしていなくてもバテるんだ。そんなとき仕事をすれば、ダウンする」
「それは大袈裟では」
「まあ、多少はね。しかし、この時期、何もしたくないんだよ」
 実は他の時期でも何もしていない。
「熱中すれば、暑さも涼しく思えるものですよ」
「暑さも忘れるか」
「そうですそうです」
「うむ、考えておこう」
「即答でお願いできませんか。急ぎなので。もし駄目なら他の人に渡すことになりますが」
 これが効いたようだ。
「分かった」
 翌日素早く宅配便で段ボール箱が届いた。資料だ。
 ざっと依頼書を読むが、簡単な仕事だ。
 しかし、相変わらず暑い。
 これはサギではないかと心配したが、黒田は一円も支払っていない。また契約書もない。
 その段ボールの蓋を開けたまま、ごろりと横になった。黒田は昼寝が好きで、それを楽しみにしているのだが、夏場は別。暑くて寝てられないが、静かにじっとしていると、体温も下がるのか、ウトウト程度はできる。しかし熟睡はできない。まあ、昼寝で熟睡した場合、体調が悪いのだろう。
 そして、目が覚めた。
 横に段ボール箱がある。それで、仕事を思い出したのだが、中に手を突っ込むと、何もない。段ボールだけの段ボール箱。箱だけがある。
 資料を見たとき、戻していなかったのかと思い、そこら中探すが、別の場所へ持って行った記憶はない。段ボールを開けたその場所で資料を見ている。
 手品か。
 段ボール箱は宅配で来たのだから、何か貼ってあるはず。しかし、そういう貼り紙はない。
 ああ、これは夢でも見ていたのだと思い、年収分の仕事も、全て夢だったと気付いた。
 しかし、何故、空の段ボールが、こんなところにあるのだろう。
 
   了
 



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2019年06月24日

3428話 去年の風


 まだ電気ストーブを出しているのだが、脇に置いている。もう付けることはない。
 そしてそろそろ扇風機が欲しいところなので、押し入れにしまっている扇風機を取り出し、そこに電気ストーブを入れた。交代だ。
 当然暑くなり、そのままでは汗ばむほどになっているので風が欲しい。窓からの風は来ない。それに南に面しているので、風そのものが熱い。だから扇風機が必要。
 当然のことを当然のように実行する。何の間違いもない。世間の何処で話しても通じる。
 そして扇風機のスイッチを押すと、すぐに風が吹いてきた。いい感じだ。その風が部屋の空気をかき回しているのと並行するように少しずつ何かが変わっていく。まずは壁側の本棚がメラメラと動いた。本の一部が動いたのだ。本というより背表紙。また隙間ができていたりする。部厚めの背表紙が別の場所に移動している。これはアプリケーションソフトのバッケージだ。電話帳ほどの分厚さはあるが、ただの空き箱。
 テーブルの上のものも変わっている。去年割って捨てた水飲み用のガラスコップ。それがある。
 風。
 去年の風が吹いたのだ。
「という夢を見たのですが、これは何でしょう」
「本当にそんな夢を見られたのですか」
「はい」
「よくできているというか、発想が夢らしくない。確かに夢は普段思い付かないような奇妙な話や展開になりますが。それにしても、その去年の風の夢。できすぎています」
「分かりましたか」
「創作でしょ。作ったのでしょ」
「実はそうなんです」
「じゃ、何故夢だと」
「とりとめもないウダ話なので、聞いてもらえないと思いまして」
「いや、聞きますよ。どんな話でも」
「そうですか、じゃ、作るんじゃなかった」
「それで、昨日見られた本当の夢はどんな内容でした」
「忘れました」
「あ、そう」
「だから、作ったのです」
「あ、そう」
 
   了


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2019年06月23日

3427話 白根崎


 何の関わりもない地名がある。奥崎はつい口癖のように白根崎と言っている。何かのついでに思い出すのではなく、それだけが独立して、ぽんと飛び出る。当然声には出していないが、奥崎にとり、白根崎は馴染んだ地名になったようだ。
 奥崎のように崎の付く人名かもしれないし、また別のものかもしれないが、地名だとはっきりと分かる。地名であることは分かっているので、これは間違いない。どうしてそれが分かったのかは分からない。ここが合点のいかないところだ。ただの思い込みだろう。
 白根崎の向こうに、とか、独り言をいうことがある。白根崎が出て来る本とか、物語とかを読んだ記憶はない。それなら、すぐに分かるだろう。ただ「白根崎」は奥崎が当てた漢字で、「しらねざき」という音から来ている。しかもこれは外から入ってきた音ではなく、奥崎が発した音。おそらく「白根崎」と書くのだろうと思う程度で、文字から得たものではないことは確か。
 そうすると、もう記憶などしてないほど小さい頃に耳から入って来た言葉程度しか思い付かない。または一度何処かで聞いたのだが、それを忘れているか。
 白根崎は地名からすると川や海と関係するかもしれない。岬の代わりに崎を当てることがある。先、先っぽもようなところ。
 地名からして、そういう場所を指しているのかもしれないが、これは当てにならない。何故なら白根崎は奥崎が漢字にしただけのことなので。
 だが、イメージとして、かすかに分かっているのは山だ。沢ではなく、川でもなく、海岸沿いでもなく、山の頂、山の端、山の先っちょ。しかも辺鄙なところにあり、淋しい場所。
 白根崎には伝説が多く残っており、神秘的なところ。
 白川郷。白老。おしらさま。島根。そういった音の響き、語呂で合成されたフィクションかもしれない。奥崎がいつの間にか作ってしまったイメージで、最初から想像上の地名なのだ。
 奥崎は白根崎と呼んでいるが、実は崎は後付けで、最初は白根だったような気もする。しらねだ。
「ざき」を付けたのは重心の問題だろう。その方が存在感が増す。
 白根崎の向こう側。
 白根崎へは近付いてはいけない。
 白根崎はこの先にある。
 白根崎で見たことは話してはならない。
 等々がぽんと頭から出て来るのだが、その先はない。ないもなにも最初からないのだから、当然だろう。
 この白根崎の記憶は、元がないのだが、何処かで、これが発生源だったのかと思うものと遭遇するかもしれない。
 
   了



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2019年06月22日

3426話 非熱心


 青葉繁る候、勢いのある頃なのだが、武田は簡潔に、簡単に済ませたいと淡泊なことを思う。深い思いではなく簡単な思い。単純な思いだ。思い方、考え方が簡単なので、すぐに思い付くようなこと。いや、思うまでもなかったりする。
 簡単に済ませる。これは暑くなってきたので、そちらへ向かうのだろうか。本来の目的に対しての挑み方ではなく、その日の気分や体調で左右される。それが年々シンプルな方面へと向かっている。凝ったことをするのが暑苦しくなったのだ。さらに夏場は余計にそれが来る。
 面倒なことはしたくない。これがメインになり出すと、もうあまり目的に拘らなくなるのだろうか。目的も、それに合わせて変わったりする。すると、最初考えていた目的は大したことではなかったことになる。簡単に変えられるものなので。
 気分もよく、気候も勢いがよいとき、逆に何もしないでいると、非常に効果的だ。
 それで相変わらず、その日も簡単に済まそうと思っていたのだが、既にその状態になっていた。これは習慣化するのだろう。すると、それが普通になる。
 簡単に済ませるとはあまり気を入れないで、力まないで、熱くならないで、さっとやってしまうこと。この場合過程を楽しむとか、充実感に浸りながら進むとかではなく、そういうものから解放されて、淡々とやること。しかし、ある意味これは極意で、なかなか辿り着けない道かもしれない。
 腕の立つ職人ほど手を抜くのが上手いという。懸命に仕事をしているような振りが上手い。しかし本当は見ているほど力を込めていないし、疲れないようにしている。熱心にやっているように見せるのが巧みなのだ。
 仕事をしていても休んでいるようなもの、というわけにはいかないが、休ませ方が上手いのだろう。長年培った技というのは、この手の休め方にあるのかもしれない。そして手が動けば勝手にできていく。細かいことを考えたりコントロールしなくても、それらは手が覚えているのだろう。
 武田が簡単にしたいとか、楽をしたいとかの怠け心は、実は達人へ向かう道かもしれないと、とんでもないことを考えた。本当は一番難しい道なのだ。
 しかし、その入口は懸命にやることでも、集中して汗を流すことでもなく、手を抜くことから始まる。
 それで武田は今日も非熱心な姿勢で、仕事を始めた。
 
   了




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2019年06月21日

3425話 消えたコンビニ


 今日は何かな、と起きたとき田村は考えた。寝起き早々今日のスケジュールを思い出そうとしているのだ。これは毎朝ではなく、たまにある。何か予定があったのではないかと、考える。考えないと思い出せないのだから、ないのだろう。
 スケジュールが混んでいたりするときは段取りなどを考える。しかし、予定がないのでは考えようがない。
 つまり、最近これといったことがない。ただ前日やろうとしていたことはある。これは一晩寝ると忘れてしまったり、またもうその気がなくなっていたりする。だから、その方面のことを思い出しているのだろう。
 どうやら差し迫った用事とかはないようで、出掛ける用事もない。だから、スケジュールはカラ。そういう大草原、大海原が続いているので、うっかりすると、今日もそれではないかと思いがち。それで、何かなかったかな、となる。見落としを落とさないように浮かべるため。
 しかし、どうもないようだ。そしてむっくっと起き上がり、朝の支度をし、散歩に出た。こういうのは用事というわけではない。日課になっているので、それに乗るだけ。その他、日常の細々としたことは、全て日課なので、何の疑いもなく、あたりまえのようにこなしている。
 ただ日々の変化というのがあり、これは季節季節の移り変わりは田村の事情に関わりなく巡ってくる。さらに日々同じようなことを繰り返していても少しは違いが生じる。
 その朝も散歩に出たのだが、これを欠かすと朝食の予定が狂う。いつも散歩の戻り道にあるコンビニでサンドイッチと豆乳を買う。サンドイッチはハムと卵が入っているものを選ぶ。なければ、他のものでもいいが三角に限る。なければ四角いミックスタイプでもいい。それさえない日は希だが、そんなときは焼きそばパンとかウインナーの入っているホットドッグにする。そこまで売り切れてなくなっていることは年に一度あるかないかだろう。ほぼ三角のハムと卵の三角のサンドイッチはある。
 これは別の時間帯に行けばないかもしれないが。
 それで、散歩の帰り道、コンビニに寄る。だから散歩コースの最後の方にコンビニが来るようにしている。
 そして、その朝も、町内を一周し、コンビニに差し掛かったとき、ない。三角のサンドイッチどころかコンビニがない。
 ないわけがない。昨日はあった。潰れるにしても、一日で消えるだろうか。その前に予告があるはず。閉店しますとかの貼り紙ぐらいあるだろう。
 そして一日で壊したとしても、跡が残っているはず。しかし跡形もない。そこは草が生え茂っている。一日でそこまで草は生えないだろう。それ以前に、
「ここは何処だろう」という話になる。
 毎朝歩いている散歩コース。こんなところに草の生えた空き地があったのだろうか。空き地はコンビニの駐車スペースを入れたほどの広さ。
 しかし、記憶にない。
 その空き地の左右は住宅。普通の二階建ての建売住宅。それなりに新しい。よく見慣れているようでいて、よく見ると、それは違う。そんな一軒一軒の家までしっかりと覚えているわけではないが、こんな家が並んでいる通りだったのかとなると、それは違う。
「ああ、やられたな」と思い、田村は引き返した。農村時代からある貧素な地蔵が立っている場所で、道が二股に分かれているのだが、三股になっていたのだろうか。
 存在しない三つ目に入り込んだのだろう。
 と、田村は冷静に判断し、その辻で、いつもの通りに入り直し、少し歩くといつものコンビニが見えてきた。
 田村のこの謎解きは、実は嘘で、ただ単に道を間違えただけの話だろう。
 
   了
 



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2019年06月20日

3424話 三本の矢


「割れんかね」
「中心メンバーです。敵の本体そのものですよ」
「その三人衆だがね」
「そうです。思うにその三人が大きな地位にあって、しかも影響も大きいです。一人一人が大きい」
「他は」
「大したことありません。実際に動かしているのはこの三人衆です。その結束が固いので、何ともならないのです」
「だから、割れんかといっている」
「割るとは」
「仲間割れ」
「それは無理かと」
「そこが割れたらどうなる」
「さあ、そんなこと、考えた人いませんし、僕も想像さえしていませんから」
「三体が固まっておるから固い。一体一体なら大したことないんじゃないか」
「三本の矢ですね。一本では折れ、二本でも折れるが三本だとなかなか折れないという年賀のとき毛利元就が息子達に語ったやつですね」
「細かい話はいい」
「はい」
「しかし、歴史を見れば分かる。折れたじゃないか」
「そうですねえ」
「だから三人衆も二人衆になればバランスを崩す。船頭が三人と二人とではバランスが違う。だから二人衆は双璧とかいうが、これはそのうち敵対する。三人衆だとそれは少ない。三角構造なのでな」
「分かりました。何とか崩してみます」
「三人衆の中でのリーダー格は誰だ」
「芝山氏かと」
「一番若いじゃないか」
「一番元気ですし、実力があります」
「次は」
「里中氏です。この人は一番の年長です。人望があります」
「最後の一人は」
「野々山氏です」
「どんなやつだ」
「それがよく分かりません。いつの間にか、その地位にいました」
「特徴があるでしょ」
「はあ、縁故ですかねえ。親戚が多い。それと人脈が豊富」
「それだけか」
「はい」
「この野々山だな、落とすとすれば、ここから崩そうではないか」
「野々山氏は大男で、巨峰です。一番難しい相手ですよ」
「縁故と人脈だけだろ」
「交際関係が広いですよ。それに交渉事では、彼がいつも出ていきます」
「三人衆を上手く調整しているのは、その野々山が臭いな。彼を取れば割れる」
「では、やってみます」
 しばらくして、彼は帰ってこなかった。
 野々村に取り込まれてしまったようだ。
 
   了



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2019年06月19日

3423話 妙堂


 低気圧の影響か、梅雨の湿気もあり、妖怪博士は腐ったように寝ていた。このまま寝続けると、本当に腐るのではないかと思うほど。そこへ電話。
「変わったお堂があるのですが」
「もういい。お堂はもういいといっておるだろ」
 担当編集者は、それは分かっているのだが、続くときは続くもの。妙なお堂があるという情報を得たので、動かないといけない。これは無視してもいいのだが、他にいい話はない。お堂と妖怪。何の関係もないが、もの凄く遠いわけではない。このお堂が実は妖怪ではないかという説を先に編集者は拵えた。
「何というお堂だね」
「妙堂です」
「そのままじゃないか」
「それが山の頂にありまして、最近出現したようで、麓の小学生や中学生は宇宙人の物見台だと言ってます。またこのあたりで円盤がよく目撃されるますので」
「そんなものが勝手に出現せんだろ。それに山の頂にお堂を建てるとなると大変なはず」
「だから宇宙人が建てたと」
「そんなことを信じるのかね」
「いえ、それよりも宇宙人じゃなく、そのお堂そのものが実は妖怪が化けてものか、または建物のお化けではないかと」
「一寸疲れているので、そういう話に乗る元気がない」
「雨ですしね」
「そうだろ。それに山頂といったが、山だろ、遠いじゃないか。交通の便もなかったりする」
「じゃ、これはやめます」
「簡単に諦めるようなことを頼むではない。そんなに凄い話じゃないためでしょ」
「そうです博士。しかし先生が興味がおわりで自発的に動かれるのなら、協力します」
「それで、どの程度まで分かっている」
「ああ、お堂のある山頂まで行った子供がいますが、消えていたとか」
「ほう」
「近付くと、消えるようです」
「別の山に登ったのだろ」
「そうかもしれませんねえ」
「他には」
「夜中になると、もうお堂は見えませんが、そこに明かりが灯っていたり、点滅していたりと」
「それは電気か」
「電気は来ていないと思います。発電機か、懐中電灯か、何かは分かりませんが」
「明るさは」
「弱いです」
「そこまで分かっているのなら、君が書きなさい」
「しかし、妖怪博士談としてでないと、僕は表に出ては駄目です。編集者が目立ってしまいますし、裏方ですから」
「困ったなあ。それを報告したやつを調べれば正体が分かる。誰だか分かるでしょ」
「匿名です」
 妖怪博士は宇宙人説はとらなかったが、山の怪として、山中にいきなり現れる屋敷などに興味があり、それではないかと思いたいのだが、それは山中であって、里から丸見えの山頂では話が違ってくる。それでは隠れていないし、山頂では山中で迷ったとは言えないだろう。下を見れば里が見えるのだから。
 しかし、部屋で寝ていると余計に腐りそうなので、編集者に連絡し、雨の中、電車を乗り換え、バスに乗り、その山の麓の町までやってきた。
 該当する山はすぐに分かったが、その頂上には何もない。アンテナが立っているだけ。それと高圧線が。
 地元の人は城山と呼んでいる。
 町の人に聞いてみると、当然だがそんなお堂、山頂にあれば見ているが、見た記憶はないとか。明かりも灯らないし、点滅もしない。
 まんまとやられたわけだが、投稿者を捕まえるわけにもいかない。それを探すだけでも大変で、これでは探偵ごっこになる。
 雨の中、大きな黒い傘を差しながら妖怪博士は雨に煙る山頂を見ている。
「その傘、何処で売ってました。特大ですねえ。重いでしょ」
「余計なことを」
 妖怪博士は、墨絵のような景色を見て、杜甫になったのか、頭が切り替わった。
「できた」
「できましたか」
「妙堂」
「だから、ありませんよ」
「妙堂で行こう。妖怪妙堂」
「え、ないので作るのですか」
「幻が今見えた。だから作ったわけじゃない」
「明かりは」
「夜になれば灯るだろう。蛍のようにな」
「しかし、それは僕が最初に立てた案ですよ」
「新作妖怪じゃ」
 妖怪博士が乗ってきたので編集者はしてやったり顔となる。
 これで次号の記事が埋まる。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 10:29| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月18日

3422話 妖怪仏


 神様のイメージとは何だろう。これはイメージなので、何とでも思い浮かべることができるが、実物がない。実像だ。姿がない。また固体化されていなかったりする。山そのもの、森そのものが神だとすると、複数の樹木や場所そのものが神様。人や動物なら個体として分かりやすいのだが。
「妖怪仏が出たのですが」
 妖怪博士の担当編集者が電話をかけてきた。緊急の用事ではない。ただの命令だ。指令だ。
「行ってもらえますか」
「遠いか」
「近いです」
「君は」
「忙しいので、今回はご一緒できません」
「妖怪仏?」
「妖怪神かもしれません」
「じゃ、妖怪の顔をした仏像かね」
「そのようです」
 梅雨の晴れ間、湿気すぎたので、少し乾燥が欲しいと思い、妖怪博士は引き受けた。甲羅干しだ。
 出たのはお寺の納骨堂の床下。そこにいらなくなった木札。これは卒塔婆の小さいタイプで、新仏が出たとき一時使うもの。または白木の位牌で仮の位牌。そういうものがないとお経を唱えるときのターゲットがないので坊さんが困るらしい。
 もういらなくなったのだが、簡単に捨てられないし、燃やせない。それに数も多くなるので、一時置き場として納骨堂の床下に転がしていた。悪い場所ではない。お堂内なのだから。
 そこに腐りかけの小箱が昔からあり、誰も触らなかった。空き箱もしくはいらなくなったものを詰め込んでいる程度に思っていた。ここには大事なものは置かない。床下なので、地面なので。しかし雨風は凌げる。だから悪い場所ではない。
 寺の住職は高齢で、その孫の子供が境内を探検していて、見付けたものらしい。下に潜り込んだのだろう。
 孫の子供はお化けの人形を見付けたと騒いでいたが、すぐに飽きたのか、もう興味をなくした。
 年寄りの住職は、どれどれと、その仏像を手にして、じっくりと見た。顔だけが妖怪で、あとは仏様だが、立像。手に持っているものやポーズでタイプが分かるのだが、棒立ちで、衣服もよくあるタイプ。何か持ったり握っていれば分かるのだが、それもない。また髪の形や髭などでも何とか分かることもあるが、何せ妖怪なので、頭部はバケモノ。カエルを踏み潰したような顔をしている。仏像というより、踏まれている小鬼に近い顔だ。
 ということは餓鬼が偉くなり、仏になったのだろうか。
「というわけでしてな。わしは妖怪仏と呼んでおるのですが、如何なものでしょうや」
「箱はまだ残っていますか」
「腐ってましたが、取っておきました」
 妖怪博士は木箱も見せて貰う。
 妖怪仏は木造で、その木の箱の木が結構似ている。
「納骨堂ができたのはいつ頃ですかな」
「大正です」
 妖怪博士は境内や本堂なども見せて貰った。主に飾り付けや化粧板、特に細工物を探した。欄間などには彫りものが多い。所謂工芸ものだ。
「この寺は古いのですか」
「本堂は建て替えました」
「それも大正ですか」
「いえ、二十年ほど前です」
 妖怪博士は宮大工が遊びで彫ったものではないかと思ったのだが、妖怪仏は顔以外に特徴はなく、素人目で彫り方の違いや癖などは分からない。
 しかし、妖怪仏の顔以外はプロのものだろう。
「住職はどう思われますかな」
「奉納品でしょ」
「捨てに来た」
「よく持ち込まれます」
 おそらく、これが正解だろう。妖怪博士は妖怪仏を木箱に入れ、蓋をするが、がたついてぐらぐらする。そこで布でぐるぐる巻きにして、封印してしまった。
「なるほど、それがよろしいです」
 住職も同意した。
「今度は見付けにくい場所に隠しましょう」
「はいはい」
「これを秘仏とすればよろしいかと」
「はい、分かりました。しかし、お顔が妖怪なのは、何故でしょうなあ」
「遊びでしょ」
「あ、はい」
「いつも仁王さんとかに踏まれている餓鬼や小鬼が正体ではないかと思えます」
「無念を晴らしたわけですな」
「だから、お遊びの像でしょう」
 妖怪博士は帰りのバスがなくなりそうなので、帰り掛けたとき、
「これは鑑定料です。僅かですが、どうかお納め下さい、博士」
「ああ、そんなつもりで」
「いえいえ」
「これは秘仏ですから、誰にも言ったり語ったり、見せたりしてはいけません」
「はい、分かりました」
 戻ってきてから編集者から電話があった。
「見ましたか、どうでした。早速記事にしましょう。僕も写真を撮りに行きますから、今度はご一緒に」
「小学生が彫った偽物でした」
「そうでしょうねえ。そな出物、あるわけないですしね」
「そういうことですな」
 妖怪博士はどこで買ってきたのか、豪華な幕の内弁当を食べている。巨大な伊勢エビが笑っている。
 鑑定料がよかったのだろう。
 
   了
 



posted by 川崎ゆきお at 11:05| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月17日

3421話 妖怪堂


「妖怪堂?」
「はい」
「妖怪堂」
「そうです。妖怪博士」
「もう飽きた」
「いえいえ」
「寺とか神社とかお堂とか、ややこしい村があるとか、幽霊が出る屋敷があるとか、そういうのばかりじゃないか」
「そういう世界ですから」
「どうせ村にある面倒くさそうなお堂じゃろ」
「一応」
「そこに妖怪が出ると?」
「そうですそうです。幽霊ではなく妖怪です」
「もうお堂や祠や、そういったものはもういい。それと古墳のような塚もな」
「そうおっしゃらず、今回は妖怪堂なので、そのものズバリなので」
「遠いのか」
「近いですが、少し郊外です。私鉄で行けます」
「うーん」
「軽く調べて貰えばいいのですが」
「低気圧が」
「梅雨ですからね」
「それで、頭が痛いし、それに雨。出掛けたくない」
「妖怪が大勢います」
「で、どういう話なんじゃ」
「妖怪のお堂があるのです」
「そんな勝手なことを」
「はい、その通りです。実は閻魔堂でした」
「珍しいが、閻魔堂がある村は結構多い。村の入口のさらに手前ぐらいにある。村と外との境界線あたりかな」
「そうです。村の外れというより、もう村から出ています」
「そうじゃろ。これは村人の信仰のためじゃなく、脅しだ」
「閻魔さんですからね」
「鬼瓦のようなもの。家ではなく村に取り付けたようなもの。これで、威嚇するわけじゃ」
「そうなんですか」
「悪さをしに、村に入り込もうとしても、その手前に閻魔堂があると、一寸躊躇する。まあ、もしあの世にいったとき、悪事は裁かれるのでな」
「そんな効果があったのですか」
「マジナイに近い。個人の家ではなく、村単位の守り」
「村のいいところにある神社とは違うわけですね」
「村人相手ではなく、外来者相手」
「じゃ、そういう含みで、行きましょう」
「しかし、閻魔堂がなぜ妖怪堂に。それに妖怪堂というのも、世の中にないわけではない。閻魔堂ほど有名ではないがな。これがあるのは街道筋のように人が多く通る場所じゃ」
「その妖怪堂は結構古いのです。閻魔さんもいますが、妖怪の絵や置物などがびっしり入っています」
「大きさは」
「お堂といっても板床はなく、屋根と囲み程度。一応閻魔さんが座る台はありますが、まあ、物置のような感じです」
「人は入れるか」
「入れますが、狭いです。それに色々なものを起きすぎたので、数人入ると一杯です。壁には妖怪の絵が飾ってありますし、土間には妖怪の木乃伊とか置物のようなものとか」
「秘宝館か」
「それが江戸時代から続いていまして、今は閻魔さんはいませんが、妖怪の絵が壁から天井までびっしりと貼られています」
「どの時代の絵かね」
「さあ、江戸時代のものはもうありませんが、今は浮世絵の妖怪画の複製とか、本やグラビア雑誌から切り取ったものがペーストされています」
「それだけのことじゃないか」
「ここに出るのです。本物の妖怪がお堂に集まるのです」
「もう分かった」
「では調査を」
「だからそれは人じゃろ」
「よくご存じで」
「想像が付く」
「はい」
「だから、その手には乗らんので、私は行かない」
「そうなんですか」
「何処に神秘がある」
「はあ」
「もっといい話を持ってきなさい」
「しかし、特集を考えているのです。次の号で」
「じゃ、適当に行ったこととして書くから、それでいいじゃろ」
「そうですね。僕も行くのが面倒でした。そんなのに付き合うのも邪魔臭いですしね」
 編集者は資料を置いて帰った。
 妖怪博士はそれを見ていると、見たことのある妖怪画が写っていた。
 最初それを見たとき、妙な気になったが、すぐに分かったとき、頭からしゅーんと血が引いた。
 妖怪博士が妖怪の中に混ざっているのだ。よく見ると、雑誌などでよく使われている妖怪博士の写真。それを拡大していた。
 もしかして、殿堂入りしたのかもしれない。
 
   了




posted by 川崎ゆきお at 10:33| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月16日

3420話 願念堂


 村の奥まった山腹に願念堂がある。非常に分かりやすいお堂だが、寺ではない。神社でもない。しいて言えば寺に所属している。お堂なので、寺造り。しかし僧侶がいるわけではない。お堂というのは色々な使い方があるが、この願念堂は文字が示す通り、願いを念じる場所。分かりやすい。
 このお堂には主がいるが、コロコロと変わる。願いが叶ったので、出ていったのだろうか。空くとすぐに別の人が入る。村人はここには入らない。来るのは他国の人。村人は貸主であり堂守のようなもので、ここを管理している。だから主がいるときは、その手伝いをする。食事とか、用事とかだ。
 お堂を建てたのはお寺ではない。村人が金を出し合って建てた。さる僧侶がこの地を訪れたとき、お堂が欲しいといいだした。村寺に滞在しているときだ。実は村の寺も檀家が建てたようなもの。寺そのものは大きな宗派の末寺だが、そんな金はない。この寺は宗派替えをよくやる。領主が変わるたびに、それに合わせたりする。もし領主がキリシタンなら教会を建てただろう。
 村から見れば都の高貴な出の僧侶はまさに貴人様。見るだけでも値打ちがある。僧侶になっているが、まだ若い。何か事情でもあるのだろう。それで旅先にもかかわらず、そこでお堂が欲しいといいだした。できれば、この地で落ち着きたいと。
 問題は何もない。僧侶として暮らす限り、都は黙認。ただ実家も金がないので、簡単には建たない。
 それで数ヶ村が金を出し合って建てたのが願念堂。最初はそんな名などない。僧侶が去ってから付けた名。これは何でもよかった。だからいかにも素人臭い名になった。
 貴族趣味が少しあるのか、お堂は雅。この高貴な方、余程お寺の抹香臭さが嫌だったのだろう。そして僧侶になるのも。
 その僧侶がお堂を去ったのは、還俗したため。俗に返ったのだ。一寸した政変があり、この貴族の血筋が途絶えたため。
 雅なお堂。派手な神社に近いかもしれない。この山田舎では珍しい。
 それで、ここを借りる人が結構いた。大庄屋の隠居とか、中に本当の旅僧や、村寺の本山の高僧なども、借りていた。死に場所のようなもので、期間は短いが。
 願念堂という名は村人が勝手に付けた名なので、あまり意味はない。
 
   了



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2019年06月15日

3419話 蘊蓄


 人は同じものを見てる場合、同じ見え方をしているのだが、多少は違う。その程度なら問題はない。視力の問題もあるだろう。しかし、そこに知識などが入り込むと目で見ているのではなく、頭で見ている。だから同じものを見ていても解釈が違うのだろう。その解釈とは御託のようなもの。これは神様の神託ではなく、いい意味ではない。ゴチャゴチャと御託を並べるとかの、あのゴタクだ。これは蘊蓄といってもいい。
 まあ解釈のことだが、そうなると分かりやすい視覚的なことの中にストーリーが加わり、途端に見えなくなる。物語世界に入るためだろう。それは見えているだけのものではなくなる。動きがあり、ドラマがあり、因果因縁があり、世界観まで加わる。
 知らない人にとっては見えていないものの話になる。そうなると、もう見えているだけのものとは違った世界までいってしまう。
 訳ありのことを知っている人達の話。訳の分からない人にとっては、初めて聞いたり、またはある程度知っていても、違う解釈だったりする。
 島田の先輩がそういう人で、蘊蓄を語り出すと際限なく続き、聞いていないことまで綿々と喋り出す。結局は自慢話。
「困ったものです」
「清原君のことかね、島田君」
「そうです」
「まあ、君の先輩なので、何でもはいはいと聞くべきだろう」
「間違っていません?」
「何がかね」
「先輩のおっしゃること。本当なのでしょうか」
「月の裏に何種類もの宇宙人がいるとかの話じゃないでしょ」
「そこまでかけ離れていませんが、独自なのではないかと、最近思いまして」
「独自?」
「はい、他の人の意見も聞きたいと思います」
「それはやめておきなさい。先輩との関係が悪くなる。良くても悪くても素直に聞きなさい」
「はあ」
「聞き流せばいいんですよ」
「そうですね。聞くだけで」
「相槌ぐらい打ちなさいよ。バレますよ」
「あ、はい」
「それと驚くことです」
「ああ」
「すると清原は調子づいて、もっと語り出すよ」
「まずいじゃないですか」
「聞いているだけでいいんだ。彼は知識や経験を披露したいだけ。だから凄いです、凄いです、をいってやれば、それで問題はない。馬鹿なやつだ。どう思われているのかに気付かないんだからね」
「しかし、先輩の話は本当でしょうか。僕は知らないので、よく分からないのです」
「彼の中で出来上がった世界だよ」
「ということは、独自すぎて」
「そんなこともない。当たっていることもある」
「じゃ、素直に聞き入ります」
「そうしなさい。大成しなかった残念な人だ。だから人助けだと思って」
「はい」
 
   了




posted by 川崎ゆきお at 11:31| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月14日

3418話 座布団オフィス


「今日の雨は梅雨寒ですなあ」
「そうですか」
「ひんやりする。寒い」
「でも晴れているときは暑いですよ」
「極端なんだよ」
「でも自然現象なので」
「そうだね。リアルにあることだ」
「人にもありますし」
「それは自然かな」
「そうでしょ。感情の起伏のようなものですので」
「感情は起伏するか? 暑くなったり寒くなったり」
「瞬間湯沸かし器のような人もいますよ。起動が速い」
「あれは頭の中の線が切れる恐れがある。そのためかこめかみあたりの血管が浮いておる。あれは切れないように太くなっているんだ」
「そうなんですか」
「それはいいが、季節外れの寒さは何ともならんねえ。これはないものとして、無視すべきだが」
「そうですよ。長くは続きません」
「まあ、一気に夏になるより、こういう戻りがある方がいい」
「そうなんですか」
「今日も雨か。まあ、梅雨なので仕方がない」
「そうですね」
「うむ」
「じゃ、そろそろ仕事を始めましょうか」
「仕事にも冷えた」
「別に冷凍食品を扱っていませんが」
「内容がね。もう冷え冷えする」
「この業界、冬の時代に入りました」
「そうだね。春は来ない」
「社長、手を動かして下さい。止まってますよ」
「そうか、動かしても詮無いがな」
「仕事ですから」
「君はまだ温度があるねえ」
「哺乳類ですから」
「そうか」
「冷えるときは動いた方が良いですよ。身体も暖まります」
「そうだね。ところで、引き継ぐかね」
「え」
「君がこの会社を」
「急にいわれても」
「私はもういい」
「考えておきます」
「そうだね。厄介なものを背負うことになるからね。いい話じゃない」
「春は来ませんか」
「回復はしない。落ちる一方」
「はい」
「規模をもっと縮めれば何とかなる」
「考えてみます」
「一人で、家のホームゴタツの上でもできるほどだ。これじゃオフィスとは言えないがね」
「座布団一枚分で済みます」
「そりゃ花札だ」
 
   了




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2019年06月13日

3417話 人のやらない新しいこと


 古いものが意外と新しかったりする。この新しいという概念が、先ず問われるところだ。それを問わない場合、自分にとっては新しければそれで通じる。ただ自分だけの一人通りだが。多数にとっては古臭いとなる、古いだけではなく、臭い。
 味噌臭く畳臭く、漆喰臭い。これは壁だが、日本家屋の、あの土壁の剥がれたような匂い。土は臭い。土臭い。
 少し前のものでも、もう忘れられてしまったものを今見ると新しいが、おそらく以前はそれが新しいものだったはず。しかしより新しいものが出たので、忘れられた。だが覚えている人が多いと、バレてしまう。
 新しいものを追いかけるにしても、新しさの意味により違ってくる。たとえばあまり人がやっていないことをやると、これは新しいかというとそうでもない。その新しさに価値があるかどうかによる。だから新たな価値を見出したものがいい。新しさと他の人がやっていないこととを混同してしまいそうになる。価値がないので、他の人はやっていないのだろう。または価値を見出せなかったかだ。
 ただ、一人だけ価値を見出しても、それは価値として流通しない。
「それで木村君は新しくて価値あるものを探しているのですね」
「そうです。完璧でしょ」
「しかし値が出るまで時間がかかったり、出ないまま終わることもありますよ。新しいものは不安定ですからね」
「はい」
「それで見付かりましたか」
「いいえ」
「それはいけない」
「人がやっていないことならいくらでも見付かるのですが」
「まあ、そんなものです」
「何とかなりませんか」
「何が」
「ですから、上手く行かないのです」
「人がやっていないからといって価値があるわけじゃない。新しいからといって価値があるわけじゃない。それだけのことですよ」
「価値ですか」
「そうです」
「価値がないと勝てないのですね」
「勝ち組にはね」
「じゃ、価値組だ」
「そんな余計なことをいっておる場合ではないでしょ。君の価値観はその程度。だから目新しさだけを追うことになる」
「はい」
「自分らしさ、自分が見出した価値、そういうものに拘るからですよ」
「じゃ、人と同じようにやればいいと」
「それもなかなかできるものじゃないでしょ」
「ああ、そうでした」
「だから君は人並みのことができないので、違う道を見出そうとしているだけ」
「できますよ。やろうと思えば人並みのことは」
「でも嫌なのでしょ」
「楽しくありません」
「それを個性派と呼んでいます。古い古い」
「はあ」
「君の考え方そのものがもの凄く古いんですよ」
「じゃ、何が新しいのですか」
「日々新しい」
「はあ」
「まあ、頑張って模索しなさい。探求しているうちに偶然いいものと遭遇するかもしれませんからね」
「はい、分かりました」
 
   了




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2019年06月12日

3416話 自家中毒


 毎日通る駅までの道。藤田は二十分ほど歩いている。家賃が安いだけあり、駅から遠い。バス停が近くにあるが、いつ来るか分からないし、朝は満員で乗りたくない。駅まで歩いた方が結果的には早い。これまでは自転車で駅に出たのだが、取り締まりが厳しく、もう止められなくなった。
 それはいい。日常化してしまうと、徒歩距離の二十分も普通になる。急げば十五分、走れば十分ほどで着くだろうか。しかし朝から汗をかきたくないので、二十分コースとなる。これで普通だろう。特に早足でもなく、遅くもない。どちらかといえば同じように駅に向かっている人よりも遅い目かもしれない。追い越していく人が結構いる。藤田が追い越すとすれば年寄り程度だろう。
 だが、そういう問題ではない。どうも足が重い。それでもペースは同じ。だから少し重い程度で支障はないのだが、足の重さは気の重さ。気から来ているのだろう。思い当たることはない。仕事先で面倒なことがあったとかもない。ささっと仕事し、ささっと終える。もう要領を覚えたので、仕事は簡単にこなせる。軽く流せる。
 日々問題はなく、平穏なもの。だから、気の重くなるようなことではない。なのに足が重い。何か苛つきのようなものさえ感じる。急に走り出したいとか。
 ほとんどガタンゴトンもいわないようなレールの上を走る電車のような日々。そのため、ストレスも少ない。そうなるのを避ける術を身に付けているためだろう。
 しかし、足が重く気も重い。理由が分からない。体調も悪くはない。だから気の問題。
 あたりまえのことをあたりまえのように粛々とやる。このあたりまえが何故か気に入らなくなってきたのだろうか。
 こういうのは長い休暇などのとき、退屈が続くと起こることがある。それに近い。
 これはまずい。コントロールが足りないのだ。
 では、何を弄ればいい。
 既に完璧だ。
 それ以上考えなくても藤田には分かった。
 こういうときは無理をせず、休むことだろう。そのための有給も残している。滅多に病欠はないので、これは簡単に使える。
 藤田はその場で電話した。
 しかし、一体何が起こり、どのようなことが無理となるのかは分からない。ただこの状態で出ると大変なことをしでかしそうなのだ。その予感だけが脳裡から伝わった。
 
   了


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2019年06月11日

3415話 安心楽路


 田中は楽をしたいと思うようになった。この思いは一番簡単で、黙っていてもそれは思っているだろう。水が低いところへに流れるように、楽をしたい、楽になりたいなどは一番自然なことで、努力は必要ではない。苦労することもない。新たな発想も必要ではない。
 だが、田中はそれができないでいた。少し楽をすると、その見返りが来る。笑ったときの皺が、そのまま苦しいときの皺に変わる。笑った分だけ皺が増えたりしそうだ。
 それよりも将来いい結果を生み出さないので、若い頃は苦労は買ってでもせよとなる。苦しい仕事をこなしたのにもかかわらず賃金が安いのではなく、その分、自分で払うということなので、これは赤字だ。そんな金が何処にあるのだろう。月給分を毎月買うようなもの。その間、何で食べているのだろう。これは蓄えがあるためだ。
 だから、金持ちの子でないとできない。まあ贅沢な環境で育てるよりも、金持ちの子ほど苦労させればいいのかもしれないが、これは大きなバックボーンがあり、安心して苦労できたりする。ある意味、苦労を楽しんだりする。
 田中が楽をすることに躊躇していたのは、そんな手を抜いた生き方ではろくな者にはならないためだろう。信用の問題もあるので将来よくない。
 だが、その将来になったのだが、大したことはない。楽をしないでやってきたのに、この程度か。ということになった。
 ならば、このあたりで手を緩めてもいいのではないか。どうせ凄い将来がこの先あるわけではないので。
 そしてもう楽をしてもいい年代に達したとき、このあたりで、楽へと走ってもいいと思えるようになる。田中はこれを楽路と勝手に言っている。
 楽をしてもいいというのは、もうそれほど頑張らなくてもいいという意味。まあ、頑張ってもたかがしれていることも分かっているし。
 安心楽路。安心して楽をしてもいいのに、田中はそれができないでいる。楽をしないのが習慣になっていたため、少しでも手を抜いたりすると、罪悪感に苛まれる。こんな楽をしているとろくなことにならないと。
 つまり、楽をしないというのは狙いだったのだ。方針であり、知恵だったのかもしれない。
 それで安心して息が抜けない。もう楽をしても何処からも文句が出ないのだが、悪いことが起こる予感がする。
 これは貧乏性なのかもしれないが、気を抜くのを恐れた。
 楽をする。怠ける。これは意外と難しいのかもしれない。
 田中は楽をしてもいいのだが、楽にはできない。楽はしたいのだが、気楽にできない。逆に楽をしない方が楽だったりする。
 楽路は遠い。
 
   了




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