2019年07月31日

3465話 暑中見舞い


 毎年夏にだけ顔を出す友人がいる。夏だけで冬は来ない。用事はほとんどない。だが習慣化したのか、まるで年中行事。ただ行事らしきものは何もない。
 上田は学生時代からのボロアパートに今も住んでいる。就職が決まったとき、もっと便利な場所に引っ越そうとしたが、その前に辞めている。そういうことが繰り返しあり、なかなか引っ越せない。どうせまた辞めれば高い家賃のところから戻らないといけない。
 だからボロアパートに棲み着いているので、古株になっている。入り手が年々減るのは古くて汚いだけではなく、風呂がないため。だからかなり安い。
 そこへ学生時代からの友人が毎年遊びに来るのだが、特に親友ではなく、まあまあの友人。だから付き合いも適当で、深く絡むこともなかった。それが幸いしたのか、意外と長い付き合いになる。揉めたり喧嘩をしたり、意見の相違で嫌になるようなことはない。その手前までの付き合いのためだ。
 そして今年も暑いさなかやってきたのだが、これが例年よりは早い。いつもはお盆頃に来る。連絡も何もなくいきなり来る。そのとき偶然部屋にいることが多い。もし留守のときも、また出直してくるのだろう。
 その夏、来るのが早いので、何かあったのかと心配になったが、今までは残暑見舞いだが、今年は暑中見舞らしい。まるでハガキだ。それにしては年賀状は来ないが。
 特にもてなすわけではなく、学生時代と変わらず、冷蔵庫にある冷たいものを出す程度だが、いつも友人が近くの酒屋で缶ビールとバターピーナツを土産に持ってくるので、用意もいらない。それにいきなり来ても、持ち込んでくれるので助かる。
 しかし今年は缶ビールではなくコーラを持ってきた。身体を壊したので、アルコールは控えているらしい。しかしバターピーナツはいいのだろう。
 また、早い目に来たのは、就職するので、もう遊びに寄れないとか。
 それまで遊んで暮らしていたわけではないが、普通の会社員にはなっていなかったはず。それ以上聞かないし、また友人も言わないので、どんな暮らしぶりなのかは分からない。ただ、着ているものは相変わらずで、ヘヤースタイルも、靴も鞄も学生時代と同じようなもの。そういえば上田も人のことは言えないが。
 それで暑中見舞い程度の簡単な近況を語り合っただけで、コーラを飲み終えると、さっさと帰っていった。いつもそんな感じなので、じっくりと話し込んだことはない。だからこそ長く付き合えている。
 しかし、今年で最後だと思うと、少し淋しい気もした。
 そして翌年。お盆を過ぎた遅い夏。もう終わりがけに残暑見舞いのように友人がやってきた。来れなくなったはずなのに来ている。
 上田はにんまりした。
 
   了



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2019年07月30日

3464話 一騎駆け


 人は一人では弱いのだが、複数集まると強い。これは一人では弱いので仲間を募るのだろうか。または自然と寄り集まるのだろうか。それは分からないが、特定のグループがいつの間にか出来上がっている。そのメンバーはより自分に近いグループに自然と入っている。友人と一緒に参加したなら、その友人の友人などと合体し、二人が三人、三人が四人と繋がりを得る。いずれもそれなりに近い関係だろう。一人一人は単独なのだが、何処かに所属しているかのように、あるグループに属してしまう。
 これは強制的にグループ分けされたわけではないだけに、境界線は曖昧で、お隣のグループの誰かとも親しかったりするので、分けきれるものではない。
 グループ同士が合体したり、別のグループができることもある。
 岩田という人がこの業界では一番大きなグループを引っ張っている親玉だが、別にその気はない。ただ、人脈のネットワークが一番広い。そのため、この業界での集まりでは中心人物。また他の業界との繋がりもあり、文句なしの親玉であり、まあ、王様のようなもの。
 ところがどのグループにも入らないで、単独で動いている人間がいる。色々なグループの誰かとは繋がっているが、深くはない。だから見知らぬ人ではないが、仲間内ではない。
 そういう一人駆けの単騎タイプが複数いる。色々な集まりに顔を出すものの、さっさと帰ってしまう。
 岩田はそれらの単騎タイプを何とかしたいと思っている。一人でポツンといる人が気になるので、よく声を掛ける。実はこの方法で、仲間を増やしたのだが、決して親玉になるためではない。
 そういった一騎駆けが複数来ていたことがある。これはお互いに分かるようで、同じ一騎駆けがいると安心するらしい。誰とも馴染むことなくやっている人なので。
 つまり、単騎武者は馴染みたくないのだろう。一人駆けのほうが自由さがある。何処にでも顔を出すことができる。
 その親玉の岩田とは別に、別のグループの親玉達もいる。それぞれが王様のようなもの。仲が悪いわけではないが、肌が合わないのだろう。だが親玉同士は仲がいい。
 岩田グループにいると他のグループには顔を出しにくい。別に裏切り行為ではないが。
 単騎行動ではこれができる。誰に気兼ねすることなく、何処にでも行ける。
 しかし、仲間内の助け合いはない。困ったとき、助けてくれたりするが、仲間のため、やりたくないようなこともしないといけない。
 メリットの方が多いが、デメリットもある。一方単騎武者はその恩恵も義理の付き合いもないが、何かの集まりのあとはいつも一人でポツンと帰っている。このあたりが少し淋しい。だから孤独な人だろうが、そのスタイルが合っているのだろう。
 ある大きな集まりが終わった帰路、最寄り駅へ真っ直ぐ歩いている人間がいる。いずれも終わってからの交流のない一騎駆けの連中だ。しかし数騎いる。
 彼らは顔見知りだ。同じタイプの人間のためだろう。一人で動いているので、すぐに分かる。
 偶然横に並んだときでも、会釈程度でさっと離れる。
 この一騎武者が集まればそれなりのグループができるはずなのだが、その必要がないので、一騎駆けを続けている。
 
   了
 




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2019年07月29日

3463話 夏の散歩


 梅雨が明け陽射しが戻り、急に暑くなった。ただ湿気が抜けたのでカラッとした暑さ。明朗な暑さだ。湿気ている日は数値より暑いが、その日は数値通りの暑さ。ただ、気温は上がっているので、見た目通りの暑さだが。
 所謂炎天下。外に出るのを避けたいところだが、田辺は散歩に出た。今までは暑いので、出る気が起こらなかったのだが、夏の勢いに勝った。というより、勢いに乗せられた。盛夏、それは盛り。このエネルギーを吸収したのか、元気になり、活気が出てきたため。それで行動的になったのだろう。
 嫌なときはもっと嫌なことをする。これに近い。暑いときはもっと暑苦しいことをしたい。これはやけくそのようなものではなく、暑気払いには、この方法が効くようだ。一度暑いのに当たれば、免疫ができるわけではないが、その後の暑さは凌げる。暑さ慣れというのがあるのかどうかは分からないが、慣れると何ともなくなることがある。だが暑さに対しては、気持ちは慣れても体が付いてこないはず。所謂夏バテになる。当然熱中症に。気持ち、張り切り方とは裏腹に、肉体はリアルだ。
「それでこの暑い中、出たのですか」
「そうです」
「何ともありませんか」
「ただの散歩ですよ」
「炎天下散歩に出ている人を見ますが、木陰で休んでいる人が多いですよ。意外と涼しいのでね。だから炎天下を延々と歩くわけじゃないでしょ」
「それをやりました」
「ほう」
「自慢するようなことじゃありませんがね。炎天下で仕事をしている人もいますよ。それに比べれば暑くなれば、さっと日陰に入って休憩できるし、また途中で引き返すこともできますから」
「まあ、無茶はなさらないほうがいいですよ。是非ともやらなければいけないことじゃないでしょ。ただの散歩でしょ」
「意外と大丈夫でした。暑くなかったです」
「そんなバカな。今日はもの凄く暑いですよ。今夏最高気温を記録したとか」
「暑すぎて、分からなかったのかもしれません」
「そんなバカな。それは頭をやられたのじゃありませんか。大丈夫ですか」
「大汗をかきましたが、これを一発やると、すっきりするのか、出す物を出したのか、あとは平気でした」
「何か身体に悪そうですが」
「意外と大丈夫なのです」
 しかし、二日後、寝込んだようだ。
 暑気が二日後に出たのだろうか。それにしては、遅いようだが。
 
   了
 



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2019年07月28日

3462話 魔練り斬り


 剣の達人がいる。それは色々いるだろう。そういった個人技しか使わなくなったような時代、合戦向けではないが、そちらのほうが実用的になった。武士も大小を差しているだけで、槍や弓や鉄砲など本当に役に立つ武器を常に持ち歩いているわけではない。そんな合戦がほぼなくなったため。
 それで伸びたのが個人技。団体戦ではなく、一対一でやり合うような、所謂武術。
 武者振りを示そうにも合戦がなく、敵の大将首を持ち帰れば出世するような時代ではない。
 そういった時代、剣の使い手が大勢出た。そのなかに魔練り斬りの達人として恐れられた武者がいた。その中身は狂剣。要するに狂ったように刀を振り回す。これは子供がやるような仕草に似ているが、一番剣の使い方としてはふさわしいのかもしれない。
 当然、名を売るための剣術。だからただの浪人者。あわよくば大藩に仕官できればいうことはない。
 ただ、剣の筋が悪い。だが、強い。
 この魔練り斬りは複数相手で戦うときに最も効果があるとされている。だから試合ではなく、リアルな乱闘などに役立つ。
 剣術大会のようなものが流行りだし、御前試合とかが多くあり、魔練り斬りの達人はその多くで勝っていた。この流派そのものは個人の技で、一人だけの流派。
 そのため、達人といっても一人しかいないので、比べる相手がいない。だから競い合う相手がいないのだから、達人となる。
 しかし、実際には他の武芸者をなぎ倒してきたので、それだけでも十分達人だろう。
 あまりにも強いので、魔練り斬りの弟子になる者が増えた。実はこれも目的の一つ。弟子を取れば金が入る。ただでは教えない。主従の関係なら主人が家来に食い扶持を与えるが、剣術の弟子は金を払わないといけない。そのかわり、ただの弟子なので、いつでも縁は切れる。まあ、月謝を払うようなもの。
 ここでは入門料だけを取る。かなり大金だ。しかし月謝は払わなくてもいい。なぜなら弟子はすぐに辞めるので。
 一人の弟子が魔練り斬りの極意を聞いた。これは最後に与える巻物に書かれているのだが、既にそれを読んだ上で聞いている。
 つまりここでは入門と同時に免許皆伝。もの凄く敷居が低い。まるで免許皆伝の巻物を売っているようなもの。
 魔練り斬りとは魔物のように練り斬ること。魔物が練り歩くように。
 極意はこの魔物になりきれるかどうか。ここでは単に狂うかどうかだが、それはなかなかできるものではない。
 これは死を決意した死にもの狂いの死兵に近い。死兵を相手にすると大怪我をする。だから近付かないし、相手にしないほうがいい。
 魔練り斬りは、死兵ではないが、狂兵。所謂狂戦士。まともな精神状態ではない。この境地に至れば、普通の敵なら普通に倒せるらしい。
 だから魔練り斬りの構えとかはなく、やたら剣を振り回す。しかも魔物に魅入られたように。これは不気味だ。そして怖い。目がもう違っているためもある。そして動きも。
「それができるのは師匠だけだと思います」
「そうか、簡単なのじゃがなあ」
「師匠だけです」
「あ、そう」
 この流派はすぐに廃れた。本人が引退したためだ。一度も負けたことはない。
 あとを継ぐ者も、弟子もいないし、諸藩も薄気味悪いので雇わなかった。
 見た目が悪かったためだろう。
 
   了





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2019年07月27日

3461話 勉強になりました


 勢いを失った勢力は、当然勢いのある勢力に追い込まれ、勢いを失うのだが、元々勢いのあった勢力だ。だから勢力という。勢力がない勢力は勢力とはいわない。いってもいいのだが、何か悲しい。もの悲しさは失っていく悲しさだろうか。もろにものを失ったのだから。
 そういった勢いのなくなった勢力が寄り集まるところがある。これは溜まり場のようなもので、自然とそこに集まるのだろう。吹き溜まり。風が自然と運んできてくれる場所。そしてそこからは流れないで、溜まっている。
 これは個人にも言える。流れ流れて、そこに辿り着いたような。
 そこにはかつて地位も名誉もあった人が何人もいたりする。それなりに大物だった人達だ。今は二束三文。
 まだ先のある若手よりも値打ちは下。
「君はいい顔をしている」
「そうですか」
 年寄りが若者に話しかける。少し経験のある人なら、これは常套手段とすぐに分かるだろう。
 その若者は美男子ではない。どちらかというと不細工。それをいい顔をしているといわれると、容姿のことをいっていないと受け止める。だから人相。
「何かなす人だ」
 茄子になる人ではない。
「わしのところに来ないか」
 その場所は実際にはない。この吹き溜まりが、この年寄りの所だ。
 若者はやりたいことを探していた。この吹き溜まりに来たのは世間を見て回るため。勉強だ。そうしてウロウロしているうちに、何かが掴めそうだし、善い縁に巡り会えるかもしれない。
 その期待が少しある。縁だ。
「わしはこういう場所が好きでねえ、たまに顔を出す。ここには終わった人ばかりがいる。それが参考になる。失敗した人間から学ぶことも多い」
「はい」
「君には将来がある。大事な時期だ。そして君には大器の相が出ておる。これは生まれながらにして持っているもので、学んだもの、鍛えたものではない。最初からあるんじゃ。ただ入れ物だけの器だがね。だが、器だけ大きくても仕方がない」
 若者はいい気持ちになってきた。
 まあ、こんな所で立ち話も何だ。一杯やらんかね」
「はい」
 要するに、若者の金で飲もうというだけのこと。
 若者は当然この人のおごりだと思い、居酒屋へ入った。
 年寄りは身分を明かさず、世間話をしながら飲むだけ飲み、食べるだけ食べたあと、厠へ行くと行ったまま戻ってこなかった。
 店の人は知っている。しかし、売上げにはなる。カモが金を落としてくれる。若者が結局は払うのだから。
 欺されたことを知ったとき、若者はがっくりしたが、そんな善い縁が簡単に転がっているわけではない。向こうから来る縁は向こうに都合のいいようにできている。
 若者は勉強した。
 
   了

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2019年07月26日

3460話 ある作戦会議


「その後どうなりました」
「色々と情報を集めています」
 小さな街の小さな駅前商店街の奥にある喫茶店。こんなところで話し込んでいる二人は何者だろうか。きっとそれにふさわしいレベルの人達に違いない。
「相変わらずのままではいけない」
「そうです」
「しかし、何ともならなくても何とか打開策を立てないとね。そのため、日々努力はしていますよ。君もでしょ」
「これ、一万円です」
「モバイルノート」
「はい、中古ですが動きます」
「じゃ、ネットで」
「はい、これで外出先でもアクセスできます」
「スマホで良いんじゃない」
「画面が小さいので、駄目です」
「じゃ、タブレット」
「やはり使い慣れたOSじゃないと」
「しかし、それ大きくて分厚そうだけど」
「二キロほどあります」
「あ、そう。しかし携帯性が悪そうだけど大丈夫」
「それぐらいの重さ、何ともありません」
「あ、そう」
「ところで、先行きはどうです。何か動き、ありましたか」
「ない」
「僕も見付けていません」
「じゃ、想像で行くか」
「はい、予測しましょう」
「そうだね」
「手掛かりがないときは、仮の手掛かりを作って、そこから推測していくことです」
「仮の手掛かり、いいねえ、それは」
「仮ですから、適当でいいのです」
「それじゃ全てが仮定にならないかね」
「現実も仮定のようなものですよ」
「おお、いきなり」
「手掛かりが見付かるまで、適当に作戦を練りましょう」
「そうだね」
「前回は出遅れました。動きが見えるまで待ったからです。今回は先走りましょう」
「いいねえ、いいアイデアだ」
「いや、まだアイデアの中身の話じゃなく、ただのアタック方法です」
「そうだね」
「少し話が変わりますが」
「何かな」
「雨でしょ」
「雨が何か絡んでくるのかな」
「いえ、雨で、ここまで自転車で来るのが大変なので、バスに乗ってきたのです」
「あ、そう」
「それでコーヒー代が足りないのです」
「ああ、それぐらいいいよ」
「有り難うございます。じゃ、続けます」
「よし」
 何の手掛かりも、情報もないまま仮定の話で大いに盛り上がり、二人は満足を得た。
 そして駅前で別れたのだが、コーヒー代が払えなかった仲間は、バスにも当然乗れず、とぼとぼと歩いて帰った。
 バス代を貸して……までは言えなかったのだろう。
 
   了



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2019年07月25日

3459話 運天


 大きな領地を有する大大名だが、中原から大軍が来る。新興勢力だが大きくなり、今では手の付けられないほどの兵を動員できる。それらがひたひたと押し寄せてくる。新旧の入れ替わりだろう。自領だけをひたすら守ることを家訓としていたこの大名も、もう打つ手を失っていた。
 朝、目が覚め、無事一日を終えればいいという程度の考えになっていた宝蔵という僧侶がいる。本職ではない。元は武家だ。大した名だが、これは人の付けた名で、宝の蔵。頭の中の蔵に宝が入っているのだろう。所謂知恵者。
 そこにもう一人の僧侶が現れる。こちらは高僧だが、高年ではない。
「何とかなりませんかな」
「何かな」
「聞き及んでおられるでしょ」
「さあ」
「領内まで押し寄せてきております」
 といってもその領地は広く、本拠地まで来るのはまだまだ先。一つ一つの城を潰しながらなら数年かかるだろう。また一つの城で一年も二年も抵抗されれば、さらにかかる。しかし、いずれ時間の問題で、降参する城主が多くなれば、将棋倒しとなり、一気に流れ込んでくるだろう。
「知恵をお借りしたい」
「そのために、あなたがいるのでしょ」
「私は僧侶」
「いや、政僧として名高い」
「軍師なら家中にもおられます。しかし、手の打ちようがないとか。あなたはどう思われますか」
「同じです」
「考えもしないで、簡単におっしゃらないで下さい」
「もう世事はいい。それで僧になったのじゃから。我が身と一日のことだけで一杯一杯」
「しかし、必要とされております」
「必要な知恵があればな」
「絞り出して頂きたい」
「同じじゃ」
「何が」
「だから、手の打ちようがない。このままでは亡びる。全ての領地を失う前に、いいところで和議に持ち込むしかないじゃろ」
「いや、わが領地一歩たりとも踏ませぬ」
「それは無理。多くのものが犠牲になりまするぞ」
「だから、聞いておるのです。何か打開策はないかと」
「人の世は分からぬ。それしか言えん」
 この高僧は外交僧でもあるので、早くから色々なところに顔を出し、他国の要人との交際も多い。
「がっかりです。作戦は天に任せるでは」
「もはやわしは世捨て人、自分のことしか考えておらん。もう言えることは運を天に任せる。それしかなかろう」
 本能寺の変があったのはそれからしばらく後。
 和議は成立し、いい条件で戦いは終わった。
 運がよかったのだろう。
 
   了
 



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2019年07月24日

3458話 喫茶店の客


 いつもの人達がいない。まるで違う喫茶店に入ったように大石は感じた。これは大袈裟だが、いつもの空気とは違うような気だけは確かにした。
 どうしてなのかは考えなくても分かる。少し遅い目に来たため、いつもいる客は既に帰ったあと。ただ一人だけ見知った顔が隅のテーブルにいた。普段はあまり見かけないが、たまに見かける。その程度の顔見知り。知人でも何でもない。テーブルの付属品のようなもの。セットものだ。
 遅れてきた理由ははっきりしている。朝、起きるのが遅かったので、そのまま昼までずれ込んだ。これはたまにある。しかし、いつも今日のように店内の様子を意識することはなかった。これは理解しているためだろう。遅れれば客は入れ替わると。
 では今日は何故意識したのか。それは暑いため。汗をかいていたのだ。炎天下を移動したので、一息つくまで、息を整えていた。そのとき、店内を見回した。
 この喫茶店での客は店内を見回さない。他の喫茶店でもそうだろうし、電車内でもそうだろう。子供ならぼんやりと車窓風景を見ているかもしれないが、視点は手元にあったりする。スマホを見たり、居眠ったりで、キョロキョロ周りを見回さない。一人客の場合はなおさらそうで、下を見て何かをしている。だが、人が動いたときなどは反射的に見たりするが。
 つまり大石は汗が引くまで長い目に店内を見回したので、意識的になったのだろう。店内ではなく客を見回した。知らない顔ばかり。
 いつも一人で来る老人がいる。スマホや端末ではなく、本を読んでいる。その大きさがよく分からない。文庫本でも新書版でもなく、単行本だろうが変形だろうか。たまにその横を通ることがあり、チラリと覗くと特大フォント。お経か、金言集だろうか。いつもその装丁の本を読んでいるようで、それ以外の本を見たことがない。愛読書のようで、座右の書ではなく携帯している。肌身離さず身に付けている本。ただ鞄はなく、レジ袋が鞄。まあ、鞄にもなる。
 特大フォントをちらっと見たとき漢字かな混じりなので、お経ではなく解説本のようだが、和文に直したものかもしれない。般若心経にしては分厚すぎるので、やはり解説本だろう。またはただの金言集か。
 常に人生や生き方を意識している人だろうか。または同じ言葉を何度も味わうことで、より理解を深めようとしているのか、または目はそこにあるのだが、別のことを考えているのか、そのあたりは分からない。
 読者家はあと二人いる。企業ものばかり読んでいる初老の人。もう人は単行本を読んでいるがブックカバー付きなので、タイトルは分からない。本はいつも分厚い。
 さらにかなりの年配者だが、大きい目のノートパソコンをいつも立てている。マウスやイヤホンも使っている。
 また、年取った息子と、さらに年取った母親がいつも来ている。介護しているのは母親のほうで、介護されているのは息子のほうだった。
 そういうキャラの中に大石が混ざっていたのだが、周囲のキャラが変わると、何故か落ち着かない。
 初めて見るキャラばかりなので、キャラがまだ立たないのだろう。
 汗が引いてきたので、視線を戻し、もう店内のことなど忘れて、いつものように瞑想に入った。
 背筋を伸ばし、顔を真正面に向け、目を半眼に閉じ。じっとしたまま動かない。
 自分が一番目立つキャラであることを、大石は知らない。
 
   了




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2019年07月23日

3457話 ある独立


「これは身体によくないなあ」
 北村は勤めていたのだが、独立し、自宅で仕事を続けていた。業務内容は同じ。だから違和感がない。家でやるようになると、通勤がなくなった。それに費やされる往復の時間や、昼に食べるランチやそのあとのコーヒー代もかからなくなったし、また帰りの寄り道で余計なものを買ったり、飲んだり遊んだりする機会も減った。いずれも使わなくてもいいような金だった。
 さらに疲れればいつでも横になれる。こんな楽なことはないし、仕事は直接取引なので、勤めていた頃の給料の倍以上あるし、その仕事は途切れないため、将来も安定している。当然複数の取引先を持っており、新たに加わるところもできるほど。独立してよかったと、思ったものだ。
 ところが数ヶ月後、身体を壊した。仕事をやりすぎたのだろう。休みの日を作らなかったし、一日中仕事をしていた。別に忙しいわけではない。
 仕事はやればやるほど儲かる。だから働いた分だけどんどん増える。だから休んだり遊びに出たりするよりも楽しかった。
「これは身体によくないなあ」と思い出したときは、もう手遅れのようなもので、かなり身体を壊していた。特に食べるものが片寄っていたり、インスタントものや、適当なもので済ませていたためだろう。そしてほとんど運動はしなかった。
 それで、仕事に向かう気力も失せたので、しばらく休むことにし、休養を取った後、元の会社に戻った。
 決まった時間に起き、出社し、決まった時間にランチに出て、色々な店で色々なものを食べた。以前と同じように。そして定時になると、さっと帰り、寄り道して帰った。
 休みの日は、観光地へ出たり、散歩や、サイクリングで汗もかいた。そして夜更かしすると朝、起きられないので、決まった時間に床に就いた。
 健康はもうすっかり戻ったが、収入は減った。しかし、こちらのほうが気楽だと分かったので、もう独立する気は起こらない。
 身体を壊した理由の中にストレスもあった。取引先とのトラブルで、面倒なことになった。一人で解決しないといけない。上司の助け船も、相談相手もいなかった。
 独立したほうが気楽にできると思っていたのだが、違っていたようだ。
 
   了



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2019年07月22日

3456話 放置状態


 可能性を残したまま放置してしまったままのものが色々ある。武田は部屋の中で、その痕跡を見る。放置なので、仕舞い込んだり、捨てたわけではない。その頃やっていたままの状態で、それらは残されている。ただ、別のことをやり始めたため、少しは移動している。邪魔になるため。
 しかし、いつでもすぐにできるように、まだ周辺にある。大掃除でもしない限り、そのままだろう。古いネタほど埋もれ、深い階層にいる。
 そして、もう可能性はゼロ、もうやることはないだろうというのは、当然目の付かないところに移動させるか、または捨てている。
 本棚を見ると、その痕跡が残っている。それほど大きな本棚ではないので、もう読んだり参考にする必要のないものは、売り払うか捨てるか、または別の場所に移している。
 その本棚の中の一冊の背表紙、これは何十年も前にやめてしまったことの残骸。それが残っている。もう二度と手にすることはないはずなので、本棚にはないはずなので整理漏れだろう。そういう背表紙のタイトルが数冊ある。
 また、パソコンにもう使っていない機材などが接続されている。これは別のものを突き刺すまでの命だろう。邪魔にならないので、抜かれないで済んでいる。
 竹田はそれらを見ながら、放置したものが増えていることに気付くと同時に、可能性のあるものが減っていることも感じる。この感じは具体的で、物としてそこにある。頭の中にあった可能性そのものが具体的にある。
 年々減り続ける可能性の扉。いずれも可能性に向かう入口程度で、その入口から向こう側というのが本番なのだが、そこへも至らなかったものが多い。それは武田が至らないためだろう。
 そして、可能性や伸び代などを考えた場合、実際に残っているものは僅かになってきた。
 その残ったものとはメインとしてやろうとしていたものではなく、枝道、寄り道のようなもの。
 だが、残った可能性のあるもの、現役でまだやってるものも、ほぼ落ち武者状態で、衰退の一途。
 そこで武田は、そんな景気の悪いものは捨てて、新たに別のものに手を出すのだが、それらが放置物としてうずだかく積み重なっている過去を見ると、そう簡単には手が出ない。
 そうして残ったもの。まだやっているものが、結構リアルな存在に見えてくる。カスとかクズしか残らなかったわけではないが、可能性はあっても、それほど伸びないものばかり。
 しかし、放置していないだけましで、これは捨てる気が最初からなかったりするので、本物だろう。だが、その本物が今一つ勢いがないのは淋しい限り。
 しかし、それらには色々と放置したものの何かが肥やしになり、それなりに発酵しているのだろう。
 そして放置したものの復活。再開というのは、何度かやっているが、一度捨てたものに関しては無理なようだ。
 だから、捨てないで、放置状態にしているのだろう。
 
   了



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2019年07月21日

3455話 夏の思い出


「夏を感じるのはどういうときですか」
「そりゃ暑いときですよ。時と場所を選ばず、感じますよ。ただ冷房の効いたところは別ですがね。それでも冷房でも効かない暑さだと夏を感じますよ。さらにね」
「もうちょっと情緒的なことでありませんか」
「情緒」
「軽いエピソードで結構です」
「子供の頃ありましたねえ」
「朝顔とか」
「観察日記は書いたことがありません。そうではなく、海です」
「海水浴」
「そうです。その夏始めて行く海。砂浜の砂が熱い。そこはさっと走り抜けて波打ち際まで出る。寄せたり引いたりで、陸になったりならなかったりしている波打ち際。ここはもう足の裏は熱くない。さて、そこから海に入るのですが、そこからです。夏を感じるのは」
「はいはい、どのような」
「腰まで浸かり、徐々に胸まで入る。心臓麻痺を起こさないようにね。やはり少し冷たいです。そして、沖へ向かって泳ぎ出す。足が着かないあたりまで泳ぎ進んでいるときの前方の海と空。半々。そこへ向かっているとき、夏を感じます」
「子供が」
「はい、子供ですから、自然の中に入ると、更に動物的になるのでしょうねえ。下手をすると溺れる。私は泳ぎは達者じゃない。犬かきか横泳ぎができる程度。立ち泳ぎもできますがね。平泳ぎは顔に水を被るとそこで止まります。だから立ち泳ぎのような平泳ぎか、犬かきです。そして進むうちに沖に出ていく。出過ぎると戻れない」
「はい」
「私にとって海は無限なのです。しかし、私は有限。泳いで戻れる距離までですからね。そこへ向かっているとき、海や空と同時に夏を感じました。今年も、こうして夏の海で泳いでいると。海水浴なんて、夏休みの間に二回か三回ぐらいでしたからね。毎週行きたかったのですが、天気が悪かったりしますし、親の都合もありますからね。まだ小さいので、一人じゃ行けない」
「要するに空と海ですか」
「空だけでも十分です。夏の空。これは定番でしょ。夏を感じる」
「そうですねえ」
「それを海の上から不安定な姿勢で眺めていた子供時代が最高だった。同じ青い空と白い雲でもね」
「はい」
「ふと見上げた夏の空という感じですが、水平線を見ながら見ていたので、真っ直ぐ前を見ていると、海と空が半々。そこへ向かって進んでいるのですよ。これは最高でしたよ」
「有り難うございました」
「ありふれた話で申し訳ない」
「いえいえ」
 
   了
 


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2019年07月20日

3454話 何ともならない夢


 覚えていないが、何か奥深いところにあるような夢を見た。最近そんな夢をよく見る。まるでシリーズ物のように。何かの特集だろうか。
「覚えていないと」
「はい、目が覚めたときはしっかりと覚えているというより、それに浸っていたりしますが、しばらくすると溶けてしまいます」
「どんな夢ですか」
「ですから覚えていないのです」
「何夜も見られたのでしょ」
「はい、連続して一週間ほど」
「でも、どれか一本ぐらいなら覚えているでしょ。まったく記憶から消え去るわけじゃないですから」
「昔の記憶です。それが蘇りました。それさえ滅多に思い出さない。ましてやそれが夢で再現されていても、実際の記憶以上に夢の記憶は残らないものですよ」
「しかし、僅かでも」
「何かのシーンです。断片的な。しかもそれほど古い時代じゃない。いや、かなり昔のもあったような気もしますが、何せ忘れているので、分かっているのはその程度」
「寝ている間に色々と整理されているのでしょ」
「整理」
「ハードディスクのメンテナンスのようなものですよ。断片化ファイルの整理。無駄な穴が空きますからね。そのとき、飛び出たのでしょ」
「何が」
「ですから、アルバムの整理中、ある写真に目がいって、しばらくそれを見ていたとか」
「そういう例ではないと思いますが、何か調整しているのでしょうねえ」
「記憶だけではなく、身体の中も、色々と寝ているときに調整しているものですよ。これはメンテナンスです」
「それはいいのですが、何か深いものに突き刺さったとか。非常に残念で仕方がないとかの未練とか、そういうものを感じました。その中身は忘れましたが」
「夢の中では釣り落とした魚がわんさと釣れるものです」
「そういう喩えではないと思いますが」
「それで、どうなりました」
「目が覚めたとき、ため息が出たり、また深い層に突き当たり、あの頃のあのシーンにまた戻らないといけないのかとか、しかし、そこへはもう二度と戻れないので、何ともならないしと」
「あのう、覚えていないのに」
「中身は覚えていませんが、そういうことを感じたことは覚えています」
「荒唐無稽でしたか」
「いえ、どの夢も淡々としていました」
「ほう」
「どちらにしてもしみじみしてしまいましたよ」
「しかし、夢の中身が分からないのでは、何ともなりませんねえ」
「覚えていても、何のことやら分からないような話やシーンだと思います。本人でないとね」
「はい」
「昔といいますかついこの間のことでもいいのですが、気になっていたこととかですかね。それを思い出させるような夢でしたが、思い出せないのですから何ともなりません」
「あのう」
「何ですか」
「夢の話を聞きたいのです。だから中身を覚えていないような夢では、それこそ何ともなりません」
「ああ、そうですなあ」
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 10:32| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月19日

3453話 陰気陽気


 来し方の様々な思いというのがあり、どの頃がよかったのかと、田村は友人に尋ねた。
 それは色々あり、あの頃はよかったと思えることはいくらでもあり、特定できないという。それほどいい思いを過ごしてきたのだろう。いいことは忘れ、悪いことばかりを思い出す人ではなさそうだ。
 田村は悪いことを忘れない人で、いいことは忘れる人。これは友人とは対照的。
 君はどの時代がよかったかねと友人に訊かれ、田村は数少ない中から、あれやこれやと思い出していた。楽しかったことはあったようだが、些細なことで、瞬間的な小さなことが多かった。たとえば海水浴場で食べた西瓜。それにかき氷が乗っており、その蜜と西瓜の甘さが溶け合い、もの凄く美味しかった。
 果たしてこれがいい頃の思い出だろうか。悪いことがある時期でも、その海水浴場の西瓜を食べれば、やはり美味しかったに違いないが、あまりいい時代でなければ泳ぎに行こかと考えもしないかもしれない。ただ、この海水浴場へは家族と行った子供時代。
 それを友人に話すと、戻りたいかね、と聞かれた。田村は戻りたいと答えたが、すぐに否定した。
 どうして、と聞かれたので、そこからが辛いと答えた。何が辛いのかは、その後今日までの期間の艱難辛苦を思い出したとき、またそれをやるのかと思うとぞっとしたから。
 そういうのを乗り越えて今日、ここにいる。楽しいことよりも辛いことを繰り返したくはない。
 では今が一番いいのかね、と聞かれたので、そうかもしれないと答えた。今の方がましなためだ。
 今度は田村が友人に聞いてみた。すると、大きな賞を頂いたときだという。彼は研究家だ。その成果が最大限に出た頃だろう。田村も覚えている。一番いい時代のはず。当然の答えだろう。
 あれをまたやりたいので、また研究を続けているらしい。
 でも成果が出るまでが苦しいだろうと聞くと、結果よければ苦しいことは帳消しになるらしい。
 真っ当な考えだ。
 陽を思う人と陰を思う人がいる。陽気な人と陰気な人。
 田村は自分は陰気な人間なのだと、改めて思った。
 
   了
 



posted by 川崎ゆきお at 10:13| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月18日

3452話 普通


「あの人は普通にしておれば強いのですがねえ」
「そうですねえ、まずは負けないでしょ」
「負けないことは強いこと。しかし、なぜ普通にしないのでしょうねえ」
「色々と思うところがあるからでしょ」
「思いすぎて、空回りする」
「いやに攻撃的になったり、逃げ腰になったりと」
「それが作為的すぎのでしょ」
「作戦でしょ」
「それが外れるから負けるのです」
「はあ」
「普通にしておりゃ勝てるのに。勝てないまでも負けはしないのに」
「普通って」
「いつも通りでいいのですよ。下手に弄らない方がいい。作戦が外れて逆目に出る」
「言って聞かせてはいかがです」
「言ったよ。普段通りやってりゃ大丈夫だと」
「それを聞かないのですね」
「しっかり聞いてくれた。真剣にね」
「それなのに」
「それなのにね、普通に徹しすぎて臨機応変さまで捨てた」
「何処までが普通なんでしょうねえ」
「だから、普通の動きだよ。自然にそうなるでしょ。普通は。難しいことじゃない。普通といってもずっと普通じゃないでしょ。それなりに自然とずれたり、違うことをたまにする。しかしあの人はそうなるところを強引に普通に振る舞おうとした。まあ、私の意見を聞いてくれたのでしょうがね」
「今度は普通に徹しすぎたのですね」
「そうです」
「どうしましょう」
「好きなようにやらすしかない」
「じゃ、また妙な作戦を立てたり、深く考えすぎたりして、普段通りじゃなくなりますよ」
「あの人にとっての普通はないんだ」
「そうなんですか」
「私たちが思っているだけで、それはあの人にとっては普通じゃないのかもしれない」
「要するに考えすぎるのはあの人にとっては普通なのですね」
「そうですね。それで自分で決めたことは生真面目に守る。絶対にずれない。軸がぶれない」
「惜しいですねえ」
「だから、余計なことはもう言わないようにしましたよ」
「しかし、あの人の作戦、たまに当たって、凄い結果を残すことがありますよ」
「うまく填まったときはね。しかし滅多にない。トータルすれば結果はよくない部類ですよ」
「そのあたりをまたアドバイスされてはいかがです」
「それを言えば、またそのことばかり意識して、何ともならんよ」
「じゃ、放置」
「普通にやればうまくいくのに、惜しいねえ」
「難しいですよね。普通って」
「まあね」
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 10:35| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月17日

3451話 社神


 西村は一流企業の正社員だが、業種とはまったく関係のない仕事をしている。そういった雑用的なことは珍しくはない。そのため、社の本業と関わりは何もない仕事なので、業務内容に感しても疎い。よく耳にする企業なので、誰でも知っている。それでその業務と関連付けた印象を人に与えてしまうのだが、関わっていないのだから、詳しいことは分からない。
 その社にいるからといって、その社らしい人とは限らない。
 西村には同僚がいない。上司はいるが、その上司も西村に任せている。今では一番詳しいのは西村だが、担当になってから学んだもので最初は素人に近い。
 同僚に近いのは冠婚葬祭、特に葬式系の担当者だ。しかし専任ではない。
 西村の直接の上司は、総務とか庶務とかではなく、会長。係長、課長、部長、専務、社長を飛び越して会長。しかし、西村はまだ若い。
 別の特務を帯びているわけではない。なぜなら社の業務とは関係しないためだ。
 西村が担当しているのは神様。社神というのは存在しないが、会長が昔から信仰している神様がいる。社長は息子ではないので、関係はないのだが、一応社神となっている。会長時代に決まったことで、会長が会社を興す前からの神様。会長が子供の頃から庭にあった神様で、だから会社とはまったく因果関係はない。業種にあった神様ではなく、会長の家に昔からあった庭の祠。そこに祭られていたのが白髭様。これが社神となり、それを祭る一室が社屋にある。西村はその担当。だから神主のようなものだ。
 西村は五代目に当たるらしい。担当者が地方へいってしまったので、その後任。
 西村はそれまでは研究室にいた。特に成果はないものの、この社の業務と深く関わる大事な仕事だった。
 会長が研究室を視察に来たとき、西村の顔を見て、これはいいと思ったようだ。神主顔というのはどんな顔なのかは会長のイメージを超えない。会長だけが思っている雰囲気だろうか。
 西村は公家のような顔をしている。ドラマなどで出てくる公家顔に近い。それと神主のイメージがだぶるのか、会長は、こいつだと後任に決めたようだ。印象としては眉が薄く、唇が薄い。
 白髭明神とは猿田彦のことらしいが、会長が聞いているところでは、ただの白い髭を生やした仙人のような老人で、いわばただの縁起物。家の守り神らしい。
 会長の家と会社とは関係はないが、それを持ち込んでいる。息子はいるが、出来が悪いので、右腕と頼む部下を社長にしている。だからこの社長は白鬚様を見ても何とも思わないらしい。お稲荷さんやエビスさんのような商売繁盛とか、豊穣とか、その程度の認識。
 この神様、本社社屋だけではなく、支店、営業所にも祭られている。西村の担当はそれらの管理。
 社外にあるネット系のサーバーをたまに見に行くようなものだ。動いているかどうか、コードが外れかけていないかとか。
 当然祝詞もある。これは白髭明神とは関係のない言葉で、会長宅に伝わっている。ただの土着信仰、民間のマジナイのようなものだが、その文句を一応西村は諳んじられる。お経よりも意味が分かるので、覚えやすかったらしい。
 全国に散らばっている支社支店、営業所、そういうところを全部回る。
 だから社の業務とは全く違うが、意外と全部の施設を回るので、これは隠密ではないかと言われている。お庭番のようなものだ。
 しかし、そんな使命は会長からは受けていないようだ。
 
   了
 

posted by 川崎ゆきお at 10:16| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月16日

3450話 丸い石


 妙見坂を登ると轟町に入る。昔この坂の近くに妙見堂があったらしいが、今はない。ただ石饅頭程度を祭った祠はあるが、妙見さんとは関係がないようだ。しかし、妙見堂よりも古いらしいが、詳しいことは分からない。ただの石饅頭で、何を祭っているのかはもう誰も知らないし、この程度ものは記録にさえ残らないだろう。
 妙見堂が建ったのは江戸中期とされており、これは建てたお寺の記録に残っている。寺が建てたのだが実は神社。目の神様だと言われている。北斗七星と関係する妙見菩薩から来ているのだが、そのお寺の宗派とは違う。その寺は禅宗。この寺は引っ越して、この坂の近くにはない。引っ越した時期と、妙見堂がなくなった頃とが近い。
 それよりも前にあったとされる石饅頭の祠だが、これとの関係は分からない。どちらも妙見坂沿いではなく、少し離れたところにある。坂の名はあとでできた通称で、妙見堂があった頃に付いたのだろう。
 この石饅頭の祠、今も残っており、近所の人が管理している。自治会ではなく、お参りに来る人達だ。祠は公道ではなく中村という土地の人の庭にある。それが通りと面しているので、開放している。その通りは妙見坂と交差している。
 おかしいのは、何の謂われも言い伝えも伝説もない石饅頭が長く保存されていること。また、祠は何度か建て替えられている。犬小屋程度の大きさだが、今残っているものはコンクリートの台の上に固定されている。
 これで、年寄りがしゃがみ込まないで、手を合わせることができる。
 由緒正しい妙見堂が消え、何かよく分からないものが残った。
 中村家の所有となっているが、このあたりは中村姓が多く、農村時代は田んぼも多く持っていたのだろう。中村家の母屋や塀などを建て替えたときも、この祠のある場所はそのままにしている。塀の外にあるためだ。敷地の角にある。
 中村家も、その石饅頭の信者のようなものだ。この家がその気になれば、いつでも取り壊せる。
 しかし、何を信仰しているのだろう。妙見さんは目に効くということで、はっきりしている。妙見さんは星の神様なので星を見ると目がよくなるとされているので、その関係だろうか。だからお寺がそれを目的に建てたのだが、流行るどころか廃れてしまった。そして本寺も廃れ、引っ越した。
 因果関係があるとすれば、石饅頭との関係だろうか。
 その石饅頭、漬物石程度の大きさで、ただの自然の石。何も刻まれていない。当然お顔もない。ただの丸っこい石なのだ。何処からこんな石が出てきたのかは分からない。河原か何処かにそんな石があったのだろう。誰か拾ってきたのか、またはまったく関係のないところから運び込まれたのか、一切分からない。
 昔からここに在るとされているが、それは噂。つまり村ができる前からその石はあったと。
 最初から正体が分からない石なので、なんとでも話を盛れる。
 ここに参る人は、好き勝手で、つまり自分の都合に合わせた効能となる。地蔵でもなければ不動さんでもない。またお稲荷さんでもない。水神さんでもない。無印なのだ。だから神でもあり仏でもあり、何でもありかもしれない。
 名もなく由来、謂われもない祠。不思議な存在だが、近所の人達にとってはごくありふれた存在らしい。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 10:41| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月15日

3449話 訳の分からない人


 友田はある日突然気落ちしたような気分になる。これは上へ行くほど落ちるようだ。登った分だけ落ちるのだろうか。しかし、かなり落ちる。実はこの降下気分を味わいたいがために登るのだろう。しかし、そんな気はないのだが、ある程度上り飽きたところで、すっと落ち出す。まるで気落ちしたように。
 気持ちが落ちる。沈む。これは何かと考えた。頂上が見え始めた頃に、それが起こるようで、目的とするものが、すぐ近くに迫ったとき、ふと降りてみたくなる。下へ。だから落下。
 これは頂上を眺めたとき、この程度か。と思うためだと友田は自覚している。上り詰めても仕方がないかと。
 目的を果たせば喜ばしい。全ての努力や蓄積がここで一気に花開く。だからもうそこに手が届いているのだから、登り切ったほうがいいはずなのだが、そうならない。
 これは事柄にもよるのだろう。たとえば簡単に手に入るもの。誰でも手に入るものなら、問題はない。目的を果たす。石けんを買いに行き、石けんを手にする前に買わないで戻ることはないだろう。石けんを買うなどは難しい問題ではないためだ。
 また貰えるものは貰う。これも簡単に手が入るため。
 そのタイプではなく、長く願っていたものとか、それまで懸命にやってきたことに対して、それが起こるようだ。
 頂上が垣間見えたとき、興ざめするかのようになる。これが欲しかった目的なのかと、がっかりする。思ったよりも大したことがないと。
 そして、ここまで登ると、もうあとは簡単。いつでもまたここまで来ることはできる。それが分かっただけで、満足したりする。目的を果たすよりも、果たせることが分かったことだけで。
 そして目的を果たしてしまうと、それで一巻の終わり。そこが果てなら、もう先はない。これが寂しいのかもしれない。
 それで、スーと降下し、下の方で暮らす。別にそこに家を建てて住むわけではないが、ポジション的に下位へ行く。そのあたりにいた頃が一番楽しかったのだろう。
 目的を果たした人はその瞬間の歓喜はあるだろうが、そのあとがいけない。あまりいい感じではないことを見ているため。
 友田はそれで降下したあと、また徐々に登り出す。いったい何をしているのだろう。
 世の中には訳の分からない人がいるものだ。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 11:13| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月14日

3448話 寝る前


 夜も深まっている。まだ寝る時間ではないが、この時間帯には既に眠りに入っている人も多いだろう。田中は夜更かしが日常化しているので、その夜も普段通りで、今布団に入ると逆に早寝となる。だから遅い時間帯だが決して夜更かしだとは思わない。
 いつもの寝る時間を過ぎてもまだ起きていると、これは夜更かしになり、そろそろ寝ないといけないと思うだろう。翌朝いつもの時間に目が覚めたとしても、夜更かし分睡眠不足になる。睡眠がわずかでも足りないと、その日はコンディションが変わる。一日眠いわけではないが、何かすっきりとしない。
 その夜も、もう遅いので、わずかな時間しか残っていない。当然用事のようなものは夕食を食べてからはもうしない。寛いでいるだけ。
 そして寛ぐのにも疲れてきた深い時間帯、ここが好きなようで、一日が完全に終わる直前。しかし、まだ間がある。もう別のことをして過ごすという気もなく、聴いていた音楽も止め、ぼんやりとネットを閲覧している。いつも決まって見るコースがあり、そこを見て回るのだが、チェックしている程度。場合によっては同じサイトを何度も見たりしている。朝見たときと同じのをまた見たりする。そういうサイトは一日一度更新される程度で、場合によっては一週間ほど変化がない場合もある。ニュースなどはよく更新されるが、見出しを見るだけで、本文まで読む記事はめったにない。
 だから見るといっても瞬間、そのほとんどは前回見たときと変わっていなかったりする。何かの目的があって見ていたのだが、今はチェックするだけのものが多い。実は立ち止まりたくないのだろう。変化がないことを確認しに行くようなもの。また変化がないから行くようなもの。見て回るだけでいい。しかし、実際には見ていないのに等しい。
 また、この時間から映画やドラマを見るには重すぎるし、またそんな時間もない。それこそ夜更かしになる。
 もう寝る前のわずかな時間帯。田中はここが好きだ。特に変化のない一日でも、それが終わろうとしている。もうすることは残っていない。なので何もしたくない。その日、一日する用事は終わったのだから。
 これは大晦日に一年を振り返るほど大層なものではないが、それに近い。
 こういうとき、昔のことが頭をよぎる。特に昔関係した人々だ。それらの人達は今どうなっているのだろうかもあるが、ただ思い出していることのほうが多い。それらのキャラが自動的に立ち上がり、まるでドラマのワンシーンのように蘇る。
 その中でも、遠に忘れてしまい、思い出すこともなかったようなキャラが起き上がってくることがある。まるでゾンビだ。
 このチャンネルは自動選択のようで、何が来るのかは分からない。
 プライベートな時間帯とはこのことだろう。自分にしか分からない世界。誰かと共有しているのだが、もうその機会がなかったりする。つまり「あの頃はああだった」「そうそうそうだった」とあとで一緒に思い出すような。
 これは立ち上がってくるキャラによりジャンルが異なる。不快な思いをした人達を思い出すと、胸くそが未だに悪い。嫌なものが立ち上がったと後悔するが、自発的に思い出したわけではないので、後悔も何もないのだが。それはすぐに止める。
 当然過ぎ去った過去だけではなく、先への思いも出てくる。そういうのが回り出すともうそろそろ布団に入る時間。結構しみじみとなったあたりがいい頃合い。これはいいものを思い出したときだが。
 寝る前のわずかなこの時間、田中はいつも小さな自分に戻るようだ。
 
   了



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2019年07月13日

3447話 簡単なもの


「簡略化ですか?」
「そうだ。簡単にしようと」
「今でも結構規模を小さくしていますよ」
「もっとだ」
「これ以上減らすと、もうやっていないような」
「もうやめてもいいんだがね。それじゃ寂しいだろ。だからまだやってます程度の規模でいいんだ」
「分かりました。しかし盛り返した場合、困りますよ」
「その心配はないし、私ももうやる気はない」
「じゃ、どの程度まで落とします」
「最低限まで」
「じゃ、かなりの省略になりますが、かえって手間がかかるかもしれませんよ」
「ゆっくりでいい」
「はい」
「規模縮小。これがいい」
「はい」
 ところが簡略化し、規模も落としてから、急に流行りだした。
「注文が来てます」
「何だろう。苦情か」
「依頼です」
「その注文か」
「どうしたのでしょうねえ」
「分からん。間に合うか」
「簡略化しましたから、大丈夫です」
 さらに依頼が続いた。
「不思議だねえ。いわば手を抜いてから流行りだした」
「粗悪品ギリギリですよ。しかも設備を減らしましたので、ばらつきも多いです」
「何だろう。やる気をなくてからこの祭り騒ぎは」
「そこまで賑やかじゃありませんが。注文が殺到しています。また機械を入れましょう。これじゃ間に合わない」
「急げ急げ、急げ幌馬車」
 しかし、以前と同じ設備に戻し、丁寧で精度の高いものを作り出した瞬間、注文がガクッと減った。
「何だろうねえ」
「分かりません」
 依頼が減ったので、また簡略化した。
 するとまた依頼が来始めた。
「やはり簡略化だ。簡単なものが好まれたんだ」
「まるで夢のようですねえ」
「夢だ」
 
   了




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2019年07月12日

3446話 元気のないとき


「元気のないときはどうしてます」
「私に対する質問かね。それとも君のことかね」
「私的でも一般的でもどちらでもかまいません」
「まあ、これは私的なことなので、私だけに当てはまり、君には当てはまらないかもしれませんよ」
「結構です。参考にしますから」
「元気のないときは落ち着くでしょ」
「はあ?」
「ほら、ここで思い当たって貰わないと、先を喋っても無駄です。どうです」
「元気のないときは落ち着く……ですか」
「思い当たらない?」
「今、考えています」
「じゃ、思い当たらないんだ」
「気が小さくなり、萎縮し、大人しくしていようと思いますが、これが落ち着くということなのですかねえ」
「おそらく。そして、それが君の標準なんだ」
「はあ」
「元気のあるときの状態を標準にすると、あとが厳しい。元気であることが条件になりますからね」
「ああ、思い当たりました」
「そうでしょ」
「しかし、元気を奮い起こさないとやっていけませんが」
「あ、そう」
「そのときはどうするのですか」
「それは元気な態度ばかり見せているからでしょ」
「じゃ、もう手遅れですねえ」
「まあ、いつも元気だとは限らないのでね」
「元気のないときでも元気な振りをしていました。それが辛くて辛くて」
「元気のないときの空元気、これは疲れます」
「それで余計に元気が減る一方でした。今はその状態で、すっかり底です」
「それが君の標準だと思えばよろしい。それが基準で、いつもその状態を維持することでしょ」
「元気を出さないということですね。でも、そんな気力のなさでは」
「それと私的な話になりますが、体調があります。意外とその影響が大きいですよ。あまりにも個人的な話なのですがね」
「今気付いたのですが」
「何かね。私の健康状態かね」
「いえ、師匠はいつもしんどそうにしているのは、そのためかもしれないと。体調じゃなく、元気なときでもしんどそうな態度ですから」
「そうだろ。私は元気がないだろ」
「それは偽装ですか」
「さあ、癖になってしもうてな。このほうが楽なんじゃ」
「僕は元気のないときでも元気そうにしていますから、色々と期待されます」
「期待して欲しいからじゃろ」
「まあ、そうですが、しかしもうくたびれました」
「元気でない状態のときを維持しなさい」
「しかし」
「元気な方が楽しいのでしょ?」
「そうです」
「まあ、そういう元気は自然に出てきますよ」
「そうなんですか」
「元気は天気と同じ。コントロールすると不自然じゃ」
「はあ」
「元気なときは隠しなさい」
「もったいない」
「だから、こればかりは私的な見解になるので、君には当てはまらないのでしょうなあ」
「でも参考になりました」
「あ、そう」
 
   了




posted by 川崎ゆきお at 11:10| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする