2019年08月31日

3496話 家系図が届く日


「秋の長雨ですねえ」
「そうですねえ」
「どうかしましたか、息が弾んでいますが、途中何かありましたかな」
「少し遅れたもので、急いで自転車を漕いできたのです」
「急ぐほどのことじゃないでしょ。多少遅れても問題は何もありませんよ。約束事ではないのですから」
「そうじゃなく、宅配便が届くのです」
「じゃ、家にいればいいでしょ。留守にしないで」
「いえ、まだ時間があります」
「時間指定ですか」
「そうです。二時から四時までの間です」
「もうすぐ二時ですよ」
「だから、二時までに間に合うように、急ぎました」
「急がなくても」
「いえ、出遅れたのです。他の用事がずれ込んで、いつもの時間に出られなかったのです。ここに来て、あなたとお話しして、戻ってくれば二時前になっています。しかし、出遅れたので」
「それで、急いでこられたのですね」
「そうです」
「息が切れるほど、自転車を漕いだのですな」
「傘を差しながら全速で突っ走ってきました」
「危ないですよ」
「しかも風が強く、傘が煽られるので、足よりも腕や手首や指のほうが疲れましたよ。そこで体力を余計に使い、一寸息が弾んでいます」
「まあたまに激しい動きをするのもいいでしょ」
「はい」
「で、間に合うのですか」
「二時まで、もう少し時間があります。戻る時間込みで、まだまだ大丈夫です」
「それは気忙しい。ゆっくり話せないじゃないですか。遅れるといけないので、帰りも猛スピードで戻られるのでしょ」
「それはできればそうしたいという程度で、ゆっくりでもいいのです」
「それじゃ遅れるでしょ」
「二時から四時までですが、いつも二時に来たためしがない。四時前に来ることが多いのです」
「早いときは?」
「二時半頃です。今までで一番早かったのはこの二時半で、あとは四時前か三時台が圧倒的に多いのです。だから、二時に戻っていなくてもいいので、本当は余裕があるのです。でも、もしものことがありますからね。二時に来るかもしれない。だが、絶対に来ません。その記憶がありませんから」
「今日は室町時代における源氏の系譜、これは傍流の話ですが、どうします」
「足利氏以外の源氏ですね」
「新田氏のほうが本流に近いのですがね」
「あ、そろそろ」
「そうですか。じゃ、急いで戻ってください。これじゃ落ち着いて話せませんから、今日は私も気が乗らない」
「はい、続きはまた今度」
「で、何が届くのですかな」
「家系図です」
「ほう」
「偽物です。これを落札したのです」
「ああ、それが届くと」
「はい、明日、持ってきます」
「ほう、それは興味深い」
「じゃ、これで」
 こういうときに限って宅配便は二時過ぎに来ていた。
 しかし、すぐに再配達で、受け取ることができた。
 しかし、その偽物の家系図。偽物の偽物だった。それなら本物ではないかという話にはならないようだ。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 10:54| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月30日

3495話 蝋燭あります


 和漢の書を読み漁るのが好きだが、学者になれる家柄ではない。それどころか藩がお取りつぶしになり、田村伊右衛門は浪人した。
 文武に優れ、かなりの使い手なのだが、それで食べていけるほどではないので、用心棒のようなことをして暮らしていた。この仕事もずっとあるわけではないので、裏長屋で過ごすことが多い。そして好きな書を読み漁っていた。貸本屋から借りたものなので、それぐらいの金はある。
 ある夜、足元に気配。軽く目を開け、下目で見ると、影。
 さらに凝視すると、それは頭の禿げた着流しの老人。眼光鋭く、彫りが深い。目はただの穴かと思うほど。
 それはすぐに消えたが、翌晩今度は枕元に出た。
 和漢の書を読み漁っているだけに、それが死神だとすぐに分かった。足元に出ている間はいいが、枕元に来れると、死期が近いことになる。
 田村伊右衛門には持病はない。おそらく用心棒稼業中に命を落とすのだろう。そういう運命。
 次の夜、目と鼻の先ほどまで死神は来ており、枕元に座っている。田村はとっさに死神の腕を掴み、ねじ伏せようとしたが、間接が取れない。それ以上回らないほど力が強い相手のようなので、反対側へ引っ張って、そのまま一本背負いのように投げ捨てようとしたが、死神は力を緩め、田村の背に体重を預けたため、投げられない。背中に死神がくっついたようなもの。
「未練がましい。諦めろ」
 この死神、普通に喋れるようだ。
「さあ、旅立つときが来た。お連れしよう」
 田村は書に記されていることを思いだした。これは運命で抵抗しても無駄だと。
 誰もが寝静まった深夜の道。田村は死神のあとをとぼとぼと付いていく。逃げても追いかけてくるだろう。
 しかし、この先に木戸があり、閉まっているし、木戸番がいる。夜中は通れないのだ。
 だが、死神は枝道へ回り込む。長屋が続く路地。その一軒に死神は入って行った。
 誰も住んでいないようだ。
 この近くに川があり、そこに船が来るまで、ここで待つということらしい。このあたり、運河が多いのだが、川船も眠っているはず。
「まだ間がある。冥土の土産に寿命について教えてやろうか」
「いえ」
「大人しく観念したようなので、その褒美じゃ。抵抗されると、手間取るのでな」
 死神は隣の部屋を開ける。そこだけは板戸。
 蝋燭屋にでも来たのかと思うほど。無数の蝋燭が並んでいる。明かりも点いている。この死神が担当するそのエリアの人達だろう。
「お前さんの蝋燭は、その一番短いやつで、もう上下より横の方が長い形になっておろう。これが寿命というやつ」
 田村は本で読んだ通りの光景なので、実は知っていた。
「これを見れば諦めが付くじゃろ」
 死神が前屈みになり、田村の蝋燭を手にしようとした瞬間、首が飛んだ。
 死神の首が床に転がった。
 田村は部屋の隅にある一番大きく長い真っ新の蝋燭に、自分の蝋燭の火を移した。
 その瞬間、田村は長屋の寝床にいた。しかし、田村自身、それを何処まで意識できただろう。
 田村伊右衛門は布団の中で泣いていた。生まれたばかりの赤ちゃんの姿で。
 
   了
 



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2019年08月29日

3494話 天の狗


「大沢の向こうの奥沢へは行かないことにしていた。これは縄張りが別なのでな。まあ、入り込んでもいいのだが、危ない。獲物と間違えられる」
「じゃ、猟師にも縄張りがあるのですね」
「大沢までは里の縄張り。そこから上流へは行けんこともないし、間違って入り込むこともある」
「誰の縄張りなのですか。かなりの奥山になるのでしょ」
「渓谷が深いが、もう川幅は狭い。支流が多くあり、どの川も狭い。水が流れておらんところもあるし、湿地もある。ここは風景がいい。一寸した原っぱだ。ただ、雨が降ると池のようになるのでな。田んぼには向かんし、また遠すぎる。ぽつりとそんな場所があるだけ。そのため道もない」
「そんなところで暮らしている人がいるのですか。その縄張りを持っている人達でしょ」
「これは約束事でな。長年の決め事で、わしらは大沢までで、あの人達は奥沢まで」
「じゃ、大沢と奥沢の間はどうなっているのですか」
「緩衝地帯だよ」
「じゃ、大沢へ行ってもまだ接触はない」
「彼らも奥沢からは下ってこない。奥沢までが縄張り」
「ここの里の人で奥沢まで行った人はいますか」
「何人も行っておる。まあ、大沢周辺で迷い、入り込んでしまったんだろうなあ。わしも奥沢まで遡ってしまったことがある」
「川に沿って行けば迷わないと思いますが」
「それじゃ、猟にならん。それに川筋まで獲物は滅多に降りて来ん。人の気配があるのでな」
「でも水を飲みにとか」
「それは別のところにある。そこを狙うのだが、支流を遡ったりするうちに迷ってしまう」
「奥沢の奥はまだあるのですか」
「見えているじゃないか。あの高い連峰だ。あそこまでは流石に人は行かん」
「それで奥沢に住んでいる人達は何者なのです」
「住んではおらん。しかし、小屋はある。奥沢周辺に点在しておる。わしが行ったときは誰もいなかった」
「何者ですか」
「天狗だろう」
「まさか」
「天から降りてきた狗じゃないがな」
「天の狗って何ですか」
「獣のようなものだろう。まあ、人なので、獣ではない。野蛮な人達という程度。だが、それは見た目で、彼らよりわしらのほうが野蛮じゃ」
「不思議な人達ですね」
「人種が違う。顔が違うので、すぐに分かる」
「異人でしょうか」
「わしらから見ればな」
「話したことはありますか」
「そんな人はいくらでもおる。里へ物を売りに来たときにな」
「じゃ、顔なじみの人もいるわけですね」
「売り子に限られるがな」
「合いたいか」
「いえ」
「この村に薬屋があるだろ。こっちで暮らしておる」
「じゃ、仲が悪いわけじゃないのですね」
「ただ、奥沢へ入ってはならん。邪魔になる」
「興味が湧きました。行ってみます」
「夏場はおらん」
「そうなんですか」
「暑いのが苦手なようじゃ。北の山へ移動しておる」
「じゃ、今なら、彼らの縄張りに入り込めるじゃないですか」
「残っておるのもいるし、違う連中が来ておるかもしれん」
「有り難うございました」
 この話を書き留めた人は、もういなくなり、その孫も老人になった。祖父が若い頃書いていたノートだけが当時のまま残っている。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 11:17| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月28日

3493話 降りみ降らずみ


 悪霊が降りてきて、悪さをする。まあ、あまり悪霊がいいことを施してくれないので、ノーマルな話だ。ただ、悪霊が降りてくることはノーマルではない。常識的に、それはない。日常の中に、そんなものが始終降りてくれば賑やかで仕方がない。悪霊が降りてくれば、それを退治する側も降りてくるだろう。だから色々なキャラが降りてきて、賑やか。
 ただ、この悪霊、怨霊とか、モンスターとか、バケモノではなく、人の心の中に入り込むものとして見れば、結構降りてきているだろう。欲に目が眩む人もそうだろう。何かに取り憑かれたように、一つのことばかりやっているとか。
 そう考えれば日常の中に悪魔でも魔物で妖怪でも、色々と降りてきている。そしてそれに先立つのか、あとから来るのか、神や仏も降りてくる。
 それらは何処から降りてくるのか。単純に言えばその人の心だろう。そこから湧いてくる。
 と、妖怪博士は、そこでペンを置いた。正確には鉛筆で2Bの濃いタイプ。先は丸い。濃い鉛筆は尖らせると折れるためと、画数の多い字を書くとき、潰れるので、知らない漢字でも誤魔化せるため。
 そこへいつもの担当編集者がやってきた。
「できましたか先生」
「今書いておるところ」
「それは遅いですよ。あとどれぐらいかかります」
「いや、これは失敗じゃ」
「ええ」
 編集者は原稿を覗き込む。四百字詰の原稿用紙ではなく、コピー紙で書いている。だから文字数が数えにくいのだが、何となくボリュームで分かる。これは担当編集者なので、慣れているためだろう。
「大きな文字も小さな文字もある。どれも同じ大きさのマス目に入れるのは無理がある」
「それは、よろしいですが、どうして失敗なのです」
「読めば分かるだろ」
 編集者は目を通す。
「前置きばかりでですねえ。しかも具体性がない」
「屁理屈じゃ」
「それはいいのですが、読者は小学生なので、やはり」
「だから、失敗だといっておる」
「単純な妖怪談でいいのですよ。適当で」
「なかなか子供を欺すのも難しい。いや、子供ほど欺しにくい」
「事実じゃないのですから、妖怪談はお伽噺です。だから、そういう書き出しでないと、こんなエッセイ風なのはやはり」
「分かっておる」
「むかしむかしで始まれば、これが麻酔になります。子供はファンタジーだと分かり、そのつもりで読みますので」
「いや、たまには、よかろうと思ってな。念仏のように、意味は分からんかっても、何とかなる」
「悪霊が降りてくる話ですが、先生、具体性がないし、ビジュアル性もないです」
「だから、失敗したと言っておる」
「はい」
「実はお筆先なのじゃ」
「え、自動筆記ですか」
「ああ、悪霊が降りてきて、これを書かせた」
「そんな嘘を」
「たまには、決まりものではないものを書きたくなる」
「それは、また別の機会で」
「君は心の底から何か悪いものが湧いてこんかな」
「来ません」
「あ、そう」
「悪心でしょ。そういうのは」
「ああ、そうだな。悪霊ではないのう」
「そうです」
「分かった分かった。別の話があるので、それを持って行きなさい」
「そんなストックがあるのですか」
「昔、書いたものだ」
「妖怪談ですね」
「そうだ」
 妖怪博士は茶箪笥の引き出しの奥から原稿用紙を取り出し、編集者に手渡した。
「お茶がいるのう」
「いや、いいです。受け取って帰るだけですから」
「あ、そう」
 編集者は、さっと原稿に目を通す。
「どうじゃ」
「これは先生が書いたものですか。一寸調子が違いますが。文体も」
「ああ、昔書いたものなのでな。だからもう紙も黄ばんでおるじゃろ」
「いいですねえ。この妖怪坊主というシンプルさが」
「そうか」
「これなら使えます。持って帰ります」
「その引き出しに、入っていたのを、偶然見付けたのだ」
「え」
「書いた覚えはないし、この茶箪笥に入れた覚えもない」
「どういうことですか」
「分からん。降りてきたんだろう」
「自動転送」
「冗談だ」
「びっくりしました。じゃ、これで、帰ります」
「ああ、ご苦労さん」
「では、失礼します」
 その原稿、本当に妖怪博士が書いたものなのだが、まだ若い頃のもの。かなり素直で、話も素朴。
 しかし、内容は幼稚。坊さんに化けた妖怪談。あるようでなかったする。
 子供達にとって、坊さんというのは結構怪しいのだ。
 
   了





posted by 川崎ゆきお at 11:49| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月27日

3492話 ダンジョンあります


 大人しく目立たない社員だが、いつも何か含むもの、腹に一物あるような顔をしている。これは顔には当然出ない。目鼻のどんなレイアウトでも、そこまで特定できる特徴にはならない。だが、仕草、ものの言い方の節々にそれが現れる。だが、それは不満があってのことではなく、何か不安そうで、またそれでいてランと目が輝くこともある。これも光線状態でそう見えるのかもしれないし、そんな輝く目というのも、何処がどう輝いたのか、光ったのかは分かりにくい。
 だから具体的にはどうということはなく、しいて言えば雰囲気だ。これは細かいところを見ても見えてこない。全体的な態度のようなもので、現れる。醸し出される。
 ただ、目立った存在ではなく、問題を起こすような社員ではない。地味だが真面目に働いている。文句の付けようがない。ただ、態度が少し妙という程度。
 部長はその話を聞いて、その平田に聞いてみた。課長はこの会社にはいない。課長の代わりに主任がいるが、いなくてもかまわないような存在。だから部長が直々指揮している。平社員が圧倒的に多いのだが、部長が当然一番年嵩。下手に係長や課長がいるよりも、上手くまとまっていた。
 平田の様子がいつも何となくおかしいというので、何か思うところでもあるようなので、聞いてみることにした。これは暇なのだ。
 しかし、この部長、部下の一人一人にいつも目配りをしており、非常にいい人だ。
「何かあるのですかな」
「いえ」
「ここ最近じゃないですか。様子がおかしいらしいですねえ。何か伝えたいことでもあるのですか」
「いえ」
「落ち着きがなくなっていると聞いています」
「いえ」
「プライベートな心配事には流石に私も無理ですが、社内のことでなら、何とかしますよ」
「はい」
「社内ですか」
「はい」
「ほう。言ってください。秘密にします。君から聞いたとは絶対に言いませんから」
「はい」
「社内ですね」
「社屋です」
「社屋。このビルですか」
「はい、この本社ビルです」
「何か不備でも。しかし、人じゃなく、社屋。社屋のこと、つまり建物でしょ。それが原因で妙になったというのは、解せませんが」
「地下室です」
「地下は駐車場でしょ」
「その下です」
「機械室でしょ」
「その下に」
「え」
「その下にあるのです」
「何が」
「ダンジョン」
 部長は静まった。
「地下ダンジョンへの入口があるのです」
 部長に声はない。
「機械室の奥に扉がありまして、それを開けると地下へ続く階段がポッカリと空いていまして、そこを下りると広いフロアに出ます。そこにドアが二つ並んでいます。一つはダミーで、ドアだけです。本当のドアを開けると、奥へ続く通廊が」
「少し待ちなさい」
「はい」
「君はそれを見付けたと」
「はい。でも言い出しにくくて」
「奥へ入りましたか」
「はい。何度か挑戦しました」
「昼休みから戻るのが遅い日が多いというのはそのためですか」
「そうです」
「それで」
「はい、奥に行くと、地面に動くものがあります。地面を這うような。大きなピザぐらいの大きさで、ナメクジのような気持ち悪い軟体性で」
「スライムだよ」
「はい」
「色は」
「青です」
「赤に気をつけろ。青は攻撃してこないが、赤は攻撃してくる」
「はい」
「もうよろしい。仕事に戻りなさい」
「部長も、あのダンジョンをご存じだったのですね」
「スライムの次は蝙蝠が来る。その中に毒を持っているのがいる。それにやられると大変なので、解毒薬を持って行くように」
「はい」
「忘れると命取りだ」
「注意します」
「よし。じゃ、もう仕事に戻りなさい」
「はい」
 部長は、この平田とパーティーを組んで、今度はもっとダンジョンの奥まで行くことにした。それには平田のレベルがもう少し上がるまで待つ必要がある。
 
   了
 


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2019年08月26日

3491話 夢のお告げ


 ある関係者の夢を見た。その人物が夢で登場するのは初めて。もう十年以上前からの関係だが、一度も現れたことがない。当然夢の中でだが。
 上田は接待を受けていた。そんな関係ではないので、ただの歓迎、もてなしだろう。その人物の住む街を訪れた。彼の地元なので、色々と連れ回された。また彼の友人などとも引き合わされた。
 ただ上田はその人物の街へ行ったことがない。通ったことはあるが、その街に行く必要がないためだろう。
 だから上田は遊びに行ったようなもの。これは夢の中での話。
 夢の中では何かの端末。これはノートパソコンでもないしタブレットでもなく、スマホでもない。見たことのない端末で、通信カードというより、無線のUSB端子のようなマウスやキーボードをコードなしで繋ぐタイプに似たものが底に刺さっていた。何のための端子なのかは分からない。そして、その端末、モニターがない。長細い板状のものだが、これで何をするのかは分からないが、その人物に貸してもらった。業務用の端末かもしれない。しかも二台もある。小さいタイプと大きいタイプ。
 それを弄っていたのだが、何をしていいのか分からないが、適当にボタンやレバーを引いたりしていた。するとその人物は、上田が使いこなせていることで、満足顔になっている。
 そのあと、その人物は席を立ち、次の場所へと行こうとしたので、上田は二つの端末をすぐに手にして、彼と一緒に立ったが、二つ重ねて持とうとしたが、先ほどの出っ張りが底にあるので、それで上手く重ならない。小さい端末の底からそれが飛び出ている。大きい端末にはそれは付いていない。だから、小さいのを下にすればピタリと重なるだろう。
 そして彼のあとをついていこうとしたときに、夢が覚めた。
 上田はそれから朝の用事を片付け、一段落したところで、彼のことが気になったので、プロフィールなどを見直した。すると、今日が誕生日らしい。
 一度も夢では現れたことのない人物が、偶然とはいえ誕生日に出現した。
 彼の誕生日など、覚えてなどいないし、気にしたこともない。誕生日が問題になるような関係ではないためだろう。
 そして彼とはここしばらく音沙汰がない。何かあったのかもしれない。
 
   了




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2019年08月25日

3490話 豪傑君


 瞼は分厚く、目を閉じていても、卵のように膨らみ、鼻は横に拡がり、当然唇は分厚く、頬はコブのように膨れ、顎から首に掛けては重々しい筋が垂れ下がっている。当然手は大きく指は親指で割り印できそうだ。これで身体がほっそりとしておれば逆に変なのだが、当然がっちりと骨太。
 酒田は彼を秘書として採用した。護衛だろう。
 行く先々にその豪傑君を連れて行くのだが、酒田は貧相な細い鼻と、痩せて小柄で、目は細く、眉は薄く唇も細く、口というより切れ目。
 新たに傘下に入った新田氏の元を訪れたとき、歓迎を受けた。当然だろう。大事な客だ。
 しかし新田氏は豪傑君を大将だと思ったようだ。それだけ貫禄があるため。そして大物然としている。酒田氏と豪傑君のやり取りを聞けば、どちらが大将だかすぐに分かるのだが、それを聞く前に、豪傑君と握手し、そのまま招き入れた。
 あとは豪傑君だけの歓迎会になる。
 また、翌朝は名所などを案内した。当然豪傑君がメイン。
 酒田氏は言い遅れたのだが、そのままにした。接待慣れをしており、もう受けたくなかったのだろう。秘書としてずっとかしこまっていた。
 しかし、この豪傑君、体力だけの巨漢だと思っていたが、そうではなく、新田氏や世話役の人達の話に上手く答えている。しかも堂々と。
 しばらく使っていると、そのうち秘書課の中でも優秀なほうで、慣れるに従い仕事も全部覚え、大将の仕事内容などもほぼ把握してしまった。そのあと、また地方へ行き、傘下の人達と合ったりするのだが、新田氏のところへ行ったときよりもこなれており、接待を受けるだけではなく、仕事までこなした。つまり大将の酒田氏の代理が務まった。というより、この豪傑君が、酒田氏だと思われているのだから、入れ替わったようなもの。
 岸和田氏という傘下の町へ行ったとき、年取った秘書をどうして連れてくるのかと、聞かれたことがある。豪傑君はこの秘書は年をとっているだけではなく、もの凄く実力のある男で、自分より優れていると答えた。
 しかし、岸和田氏は冗談と思い、老いた小男の酒田氏をからかった。
 酒田氏は満更でもないようで、こういった座興が好きなようだ。
 その後は豪傑君が大将だと思う傘下の人達の方が多くなった。しかし、昔からの傘下は知っていたが。
 年は流れ、世代交代が進む。可愛がってもらった酒田氏は亡くなり、息子の代になっていた。豪傑君は先代の頼みで、息子の秘書として活躍した。
 この息子、さらに背が低く、か細いモヤシのような人で、それでは押さえが効かないということで、ほとんど表に出なかった。
 それでさらに貫禄の付いた豪傑君が、大将の役を引き継いだ。
 もう大将の仕事にも慣れた。一番大事なのは押し出しと、野太い声。これだけで十分だったようだ。
 
   了



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2019年08月24日

3489話 今様


「過ごしやすくなってきましたねえ」
「いい気候です」
「まだ、暑いですが、暑さに勢いがない。弱まりました。いい感じです」
「盛りが過ぎたあたりがいいのでしょうねえ」
「夏の真っ盛りもいいですが、暑くて何ともなりませんからね。過ごしやすいとはいえません」
「過ぎゆく夏を惜しむ。そのあたりの頭になりますからね」
「頭もクールダウンしますし」
「ダウンしすぎると駄目ですが」
「凍えて固まったりとか」
「そうですねえ」
「しかし、涼しくなると、落ち着きます」
「盛んなときは、この落ち着きは無理ですから」
「そうですねえ。落ち着いている場合じゃない」
「こういうのは毎年繰り返されるので、既に分かっていることですが」
「分かっていても、そのときはそのときですよ」
「しかし、このまま寒くなっていくわけですから、あまり喜べませんが」
「それこそ、そのときはそのときですよ。今は今」
「今様ですな」
「今様というのは、新しい目の今風なものですよ」
「じゃ、昔からあるあの舞いは当時は新しかったのですね」
「そうだと思います。今様以前の踊り方というのがあったのでしょう」
「しかし、その今様も、もの凄く古くさく感じますよね」
「まあ、今は今の舞いがあるわけです。それを今様とは言いにくい。今様は今様として固まっているわけです」
「じゃ、今様が流行っていた頃、さらなる今様もあったのでしょうねえ。もっとその当時の今風な感じにアップしていくとか」
「じゃ、今様は当時はモダンだった」
「おそらく」
「おっと話が逸れました」
「まあ、今様とは、今風なことと考えればよろしいでしょう。今の様子。そのまんまですが」
「じゃ、私も今風を舞ってみます」
「別に舞わなくてもよろしいですよ」
「そうですねえ」
「今は刻々変化します。今の様子も次々に変わります。季節が変わるように、世の中も変わっていきます。そして今様は常に新しい」
「今日は冴えていますなあ」
「暑さが引いてきたおかげです」
「単純ですなあ」
「それが今の今風かもしれません」
「単純に考えたいと」
「まあ、そうです」
 
   了





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2019年08月23日

3488話 飲む話


 考える間などないのだが、吉田は考えてしまう。これは判断したくないというより、やりたくないのだろう。判断ではなく、そのことを。だからサボっているようなもの。
 それで二三日思案した。
「まとまりましたかな」
 そろそろ先方に顔を出さないと、放置したことになるので、吉田は訪問した。
「難しい話じゃない。即断、即決できるだろ。何を戸惑っておられる」
「少し心の整理を」
「じゃ、もうできたのだな」
「あ、まだです。まだ整いません」
「先延ばしにするとろくなことにはならん。それに迷うようなことじゃない」
「はい、しかし」
 ここでさっと決めてもいいのだが、それではあっさりといってしまう。もう少し何かが欲しい。だが、ここで強引に決めさせられるのを期待している。
「じゃ、決まったということでいいね」
「あ、もう少し」
 いいタイミングなのだが、飲めなかった。
「何か理由でもあるのかね。あれば聞こう」
 いい人だ。しかし、そういうことではない。決めてしまうと終わってしまうからだ。もう戻れない。
「特に理由はありません」
「じゃ、承諾できるじゃないか」
「はい」
「じゃ、決めていいな」
 これが最後の機会だろう。ここで飲むのを逸すると、ただ単に引き延ばすだけのことで、結局は何処かで飲むのだから、早い遅いだけの話。
「じゃ、決まったということで、いいね」
 流石に吉田はさらに否定できないので、黙っていた。これは受け入れたということになる。
「いずれにしても、良く考えて飲んでくれるので、その態度は悪くはない。大事に熟考に熟考を重ねたんだろうからね」
「いえいえ」
「さあ、これだ。飲んでくれ」
 吉田は丸薬を受け取り、さっと飲んだ。
「どうじゃ」
「水」
「あ、悪かった。水を用意する」
「早くお願いします。引っかかってます」
「悪い悪い」
 
   了



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2019年08月22日

3487話 八幡の藪屋敷


 八幡の藪屋敷と呼ばれている家がある。屋敷というほどには立派なものではないが、結構大きい。二階はないが屋根は高い。これは屋根裏部屋があるはずだが、明かり窓程度なので物置だろうか。農家ではないが、周辺は農家がまだ残っている。
 村落時代、農家ではない家も混ざっていたのだろう。商家かもしれない。
 八幡の藪屋敷とは、このあたりにある鎮守の森ほどの樹木に囲まれているためだろう。八幡さんが祭られている。ただ、神木とかではなく、雑木林で、高い木はなく、低木が多い。それらが密生した藪。
 だから表からは家が見えないほど。ただ家があることは分かっている。だから藪屋敷と呼ばれている。
 単純にいえば神社のように森に囲まれた中に建っている家。
 藪の手入れはほとんどされていないようで、実際には庭木なのだが、表口もそれで塞がれている。当然母屋は蔓草で覆われているかしょもあるが、そこだけは何とか防いでいるようで、根元から切られた蔓が枯れてロープのように垂れ下がったり、地面を這っていたりする。ただ、電線は宙にあるものだが。
 子供達にとり、そこは絶好の冒険場所。道沿いに土塀はあるが、壊れて切れているところが多い。そこから中に入れそうなものだが、実際には灌木が垣根のように密生しているので、隙間がない。しかも庭は広く、密林も深い。というより分厚い。生け垣の比ではない。
 しかし、冒険者達は何度もアタックし、ときには枝をへし折り、母屋へ出る道を開拓しているようだ。これは遊びとしては面白い。
 当然一日では抜けられないので、道造りで日々を過ごす。まるでトンネルでも掘っているようなもの。
 誰も住んでいないから、そんなことができるのだが、管理している人はいる。村の人で、子供達もたまに顔を見かける農家の人。しかし、その農家の家ではない。
 元々農家ではなかった家なので、毛色の変わった人の家だったようだ。古い農家がまだ残っているような町なので、その時代のものだが、そろそろ建て替えないといけない頃になっている。修繕だけでも大変だろうが、この藪屋敷はそのまま放置されているため、建った当時のまま。
 道沿いに門があるが、当然閉まっている。そして土塀と藪で入る隙間がない。門の隙間から覗くと、石畳が伸びているが、ほとんど雑草で覆われている。そして母屋の玄関口当たりは横から伸びてきた樹木で見えない。また、種が落ちたのか、通路に木が生えている。
 裏口はあるが、隣接する農家との隙間の路地は塞がれており、裏へ回れない。
 藪屋敷の裏側にも当然庭があり、そこはもう一軒隣接する大きな農家の庭と面している。ここからなら藪屋敷の母屋の屋根の一部が見えたりする。
 だが、そこから入り込めないのは、管理しているのがこの農家のためだ。だから子供達はそこからは攻められない。
 母屋まで藪に道を付けていた子供が、ついに縁側が見えるところまで辿り着いた。しかし、縁側より先に、そこに赤いものを見た。
 真っ赤なおべべを着た女の子が座っていたのだ。
 子供は悲鳴を上げながら戻った。
 今も残っている怪談と言えば、これだけで、それ以外には不思議な話は伝わっていない。
 藪に道を付けていたことは確かだが、本当にそこまで辿り着けたのかどうかは怪しい話。
 そして今は、そんな八幡の藪屋敷などは当然、ない。駐車場になっている。
 
   了

 
posted by 川崎ゆきお at 11:41| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月21日

3486話 オールマイティー


「何でも出来る人は何にもしない」
「出来るのにしないのですか」
「少ししか出来ない。または限られたものしか出来ない人ほど、何でもやろうとする」
「逆ですねえ」
「オールマイティーではやる気が出ないのだよ。どうせ出来ることなのでね」
「はあ」
「ところが限られたことしか出来ないか、または満足に出来ないような感じの人は、それをやろうとする」
「出来ないので、やろうとするわけですか」
「そのようだ」
「どうしてでしょう」
「もし出来れば凄いからだ」
「はあ」
「何でも出来る人は、出来てあたりまえ。だから凄くも何ともない。本人にとってはね」
「はい」
「また何でも出来る人は忙しい。何でも出来るんだからね。きりがない。そして色々なことに手が出せるのだが、人がやることだ。全部は出来ない」
「それで金言なのですが」
「金言」
「教訓です。どのような言葉になりますか」
「さあ」
「今日の話はためになると思うので、金言だと思いますよ」
「いや、アルミ言程度だよ。一円玉ものだ」
「要するに、あまり力のない人ほど懸命にやるということですか」
「解釈は人それぞれ」
「力が無いので、創意工夫したりするので、伸び代があるとか」
「それもあろう」
「はい」
「それとね。出来ない箇所を何かで補おうとする。出来る人なら簡単に使える手が使えない。だから数少ない限られた手だけでやるので、洗練されたものになる」
「それは技巧派ということですか」
「いや、技巧が無いので、単純な技だけで何とかやろうとする」
「その技が素晴らしいのですね」
「技そのものは素晴らしくはない。何でも出来る人の技に比べればね」
「そのへんの境地が今一つピンときません」
「結果は先に言ったでしょ」
「え、何でした」
「何でも出来る人は何もしないと」
「それは極端でしょ。何かするでしょ」
「いや、ほとんど何も出来そうにない人ほどには懸命に何かをやろうとはしていない」
「何でしょう」
「出来れば素晴らしいと、出来てあたりまえの違いだよ」
「はあ」
「じゃ、何も出来ない人の方が色々と出来るわけですね」
「いや、何も出来ない人なので、やはり出来ないがね。出来損ないしか出来ないが、何かをやろうという気だけは大きい」
「まだ、分かりません」
「出来ないからやるんだよ」
「そんな単純なことですか」
「そうだよ」
 
   了


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2019年08月20日

3485話 送り火の夜


「盆が終わるのう」
「もうすぐ送り火です」
「そろそろ帰らないといけないなあ」
「あっちへですか」
「君はどうする。まだ残るのかね」
「去年から残っています」
「それは長居過ぎる。あっちじゃ心配しているじゃろ」
「一度帰る予定ですが」
「じゃ、丁度いい。送り火が焚かれている間に立とう。いいタイミングじゃ。この機を逃すと、立ちにくいぞ」
「そうですねえ。一年も空けていたので、向こうはどうなっているのか、気になりますよ」
「相変わらずだよ、あっちは。こっちほどには変化はない」
「じゃ、立ちましょうか」
「そうしよう」
「しかし、今年、戻ってきた人は少ないようですよ」
「年々減ってる。昔ほど盛大に迎えてくれん」
「何度ほど帰られていたのですか」
「毎年じゃ。もう長い。もうわしのことなど誰も知らんかったりする」
「でも遠いご先祖に当たるわけですから」
「そうじゃな」
「じゃ、行きましょう」
「よし行くか。ところで、君はどちら方面だった」
「戻るところですか」
「そうじゃ」
「毎回適当です」
「そうじゃな、場所などないものなあ」
「そうですよ。郵便も届かないし、宅配便も来ませんよ」
「まあいい。ここを立つだけでいい」
「はい、行きましょう」
 上田は寝ていたとき、そんな会話を聞いた。
 あれは誰だったのか、映像はなく、声だけが聞こえていた。
 
   了




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2019年08月19日

3484話 調子に乗る


「調子は如何ですか」
「まずまずだね」
「それは何より」
「調子が良いわけじゃないし、まあそれは期待できない」
「はい」
「毎度同じことを繰り返しているだけで、さっぱり展開が開けない」
「いえいえ、続けられているだけでもご立派です」
「続けなくてもいいのだがね。これをやめると他にやることがなくなるので、探さないといけない。そちらのほうが厄介だ」
「はい」
「しかし、展望もなく、その先も今と様変わりしないようなことをやるというのは惰性だねえ」
「そうですか」
「だから調子は良くない。これは景気が良くないのと同じだ。ただ、そんな状態でも、さらに調子が良くないときがある。調子が悪いのに、さらに悪い状態になる。最悪だね」
「そうなんですか」
「だから、いつもの調子に戻れるだけでも調子が良いと見るべきだ」
「何か、込み入った話ですねえ」
「調子の悪いことでも調子良くやっていると、調子が良い」
「分かるようで分からないような。結局調子は良いのですか、それとも悪いのですか」
「悪くても調子良く行くことがある。これは何だろう」
「知りません」
「全体的な調子は悪く、不調なのに、調子良くできることがある。まあ、滅多にないがね。それより、調子の悪いまま調子の悪いことをすると苦痛だ」
「はあ」
「いやいや、難しい問題じゃない。よくあることだ」
「調子って、何でしょう」
「気持ちよく進むことだろ」
「もっと、色々とありそうですが」
「基本となるのは気分だろうね。そしてリズムやテンポ。これは内容とは関係がない。調子が悪くても調子良くできるのは、このリズムやテンポに快く乗ったときだ」
「もう分かりません」
「そうかね。まあ、あまり景気のいい話じゃない。そして調子の良い話でもない」
「はい」
「目的とは別に調子だけを楽しむというのもある」
「要するに、お調子乗りですね」
「違う」
 
   了





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2019年08月18日

3483話 浪費の神事


 今年もお盆が来た。武田はこの日、何か特別な買い物をしてもいい日と決めている。たとえば普段は買えないようなもので、迷い悩んだまま実際には諦めたものでも、この日なら買ってもいい。お盆の記念のようなものだろうか。一人でお盆セール、お盆祭りをやるようなもの。
 これは年の瀬の大晦日もそうで、この日は一年を無事過ごせたので、記念で何か買ってもいい日。しかも無条件で。
 これはご先祖様からのプレゼントだと武田は勝手に解釈している。それを自分で買うようなもの。しかし、プレゼントなので、何がもらえるのかは分からない。送る側が決める。しかし、送る側も武田なので、武田自身が欲しい物の中から選んでいることになる。要するに何やかやといいながら、結局買いにくいものを買うチャンス日としているだけだろう。
 ただ、それらは衝動買いに近いので、冒険しすぎて、失敗することもある。
 今年も無事夏を越せそうなので、その意味でのお盆の買い物に走ろうとしたのだが、夏はまだ終わっていないし、暑い日がその後もあり、熱中症などでダウンするかもしれない。それを言えばきりがないが。
 その物も欲しいが、それ以上に、この行事を続けているのは、何かの区切りだろう。そして、そういった自分に対してのプレゼントを買える状態を愛でること。これは目出度いだけかもしれない。
 一年の半分を既に過ぎているが、その過程での給水所のようなもの。
 これは毎年良好なわけではなく、厳しい年もある。それでも何とか過ごせているだけで十分。もっと苦しい状態の人もおり、それに比べれば平和なもの。
 不幸はあるが、普通の不幸なら問題はない。
 さて、それで今年もお盆になったので、武田は何を買うかと物色しているのだが、候補が多い。それら全てを買うわけではないし、買えないものもあるし、必要ではない物もある。いずれもなければ困るようなものではない。
 だからこの年のお盆にふさわしいものを探す。いまの武田を象徴しているようなものがいい。そうなると、ストーリーを作らないといけない。一寸した物語が必要。
 それらはこじつけであってもかまわない。神話とはそんなものだ。
 ということはお盆や大晦日に神事をやっているようなもの。
 だからこれは聖なる行事で、儀式なのだ。
 しかし、この年のお盆、台風が来ており、外に出られない。
 それでも実行はできる。ネットで買えばいいのだ。
 
   了




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2019年08月17日

3482話 お盆の客


 アパートの戸を叩く音がする。またセールかと思いながら、増岡は態度を整えてドアを開けた。セールなら気構えるのをよして、興奮しないで、そっと引き取ってもらう態度になっていた。これは演技なので、少しだけ間が必要。しかしお盆休みにセールスに来る人がいるだろうか。同じアパートの住人かもしれないが、滅多に来ない。また、たまに来る人は戸など叩かないで、声を先に掛けてくる。しかも大声。
 それでドアの前に姿を現したのは、背が高く、ほっそりとしており、年は増岡と似ており、もう年寄りだ。
 長身の男は軽く微笑んだ。
 増岡はすぐにではないが、彼ではないかと、もう一度顔を見た。だが、名前が出てこない。もうしばらく合っていないし、思い出すことなど希な昔の同業者。まだ若い頃上京し、そのまま戻ってこないが増岡が上京したときはよく宿にしていた。
 逆にその上田が帰省したときは増岡の部屋が宿になる。上田はさらにそこから少し行ったところに実家があるので、途中で下りて、わざわざ泊まりに来る。これがお盆の頃毎年続いた。
 しかし、それはもう昔のことで、今はもう消息さえ分からないほど遠い存在。仕事で上京したままそこで家族を持ち、暮らしていると聞いたのが最後の便り。別の仕事に就いたので、もう同業者ではなくなったためか、お盆になっても来なくなった。
 しかし、いつもなら電話があるはず。それで駅まで迎えに行った。いきなり暑苦しい部屋に来てもらうよりも、駅前の喫茶店で歓談し、そのあと遊びに行くのがパターンになっていた。
「ああ、上田君か、元気だった」
「そうでもないけど、まあまあだね」
 確かに上田に間違いはない。話すとき、すこし鼻から口に掛けての皺が大きく伸び縮みし、目は何処を見ているのか、視線を合わさないで話す。
「暑いから喫茶店でも行くか」
「ああ、そうするか」
 増岡は暑いので適当な服装だったので、それなりの夏服に着替えるため、奥に入った。戸口からは見えない程度の奥だが。
 それで、鞄とカメラを持ち、靴を履こうとしたが、上田がいない。先に表に出ているのかと思い、アパートの入口へ行くが、そこにもいない。
 古い友達なので、家電話は何処かにメモっているが、ケータイ系は知らない。
 アパートの前の道を少し探すが、見付からない。
 奥で着替えていたのは一分ほどだ。さっきまで戸口にいたのだ。その証拠に戸は開いたまま。
 アパートに戻り、待つことにした。
 まずは暑いので、上着を脱いでいる、イビキが聞こえる。
 寝室がもう一室あり、そこを開けると、増岡のベッド。しかし、聞こえてくるのはイビキというより、大きい目の寝息だけで、姿がない。
 そして寝息が徐々に聞こえなくなった。
 増岡は猫が死んだとき、買っていた線香を探した。
 
   了



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2019年08月16日

3481話 寒月


「暑いねえ、どこか涼しいところはないのか」
「クーラーを付けないからですよ」
「あれは疲れる。体調に悪い」
「涼しい人がいますよ」
「立ち振る舞いの涼しい人かね」
「それはどうだか分かりませんが、寒月さんです」
「あいつは涼しいと言うより寒い」
「こういう猛暑のときは効きますよ」
「寒々としたやつだ。それだけだろ」
「いえ、久しぶりなので、訪ねてみては如何です。少し山に入った渓谷沿いに住んでいますから、涼しいですし」
「冬に行ったことがあるが、凍えそうだった」
「はい、だから夏場は、過ごしやすいのです」
「じゃ、行くか」
 寒月。これはあだ名で、そんな名前ではない。七人衆の一人だがその末席。その住処が渓谷沿いにある。辺鄙な場所だ。しかし、寒月氏はそこが気に入って長く住んでいる。
 流石に渓谷の中に入ると涼しい。これだけで涼になり、寒月を訪ねるまでもない。
「涼しいでしょ」
「空気が濃い。これだけの繁みと、この木陰と、この谷風を受けているだけで、十分だね」
「その先です。あの尖った崖の上が寒月の住処です」
「趣向を凝らしすぎているんじゃないか」
「そんな感じですが、ある境地を求めると、同じようなものになるのでしょう」
「そうだね」
 寒月氏は浴衣姿で昼寝をしていた。崖の上の家なので、広くはないが、全ての部屋を開け放しているので、大広間のように見える。そして家具はほとんどない。
「どうだね。寒月君、元気だったかね」
「あ、はい。お久しぶりです。顔を出そう出そうと思いながら暑くて暑くて町へ下りづらくて」
「分かるねえ。こんないいところに住んでいると、そうだろう。エアコンもいらない。しかし冬は厳しいだろ」
「冬は蒲団を被っておれば凌げます。しかし暑いのはなにをどうしようと無理ですから」
「そうだね」
「はい」
「しかし、こんなところで、仕事ができるのかね」
「はい、何とか」
「君は末席とはいえ七人衆の一人、しっかり働いてもらわないとね」
「期待されていないと思いますが」
「お見通しか」
「本当は六人衆でしょ」
「だから、君は次席、補欠のようなものだが、実力は六人衆にも勝る面を持っている。だから席を増やし、七人衆としたんだ」
「有り難うございます」
 そのため、この寒月氏は六人衆待遇。
「君はそれほど寒くない」
「そうですか」
「だから、寒月という名は変えた方がいい」
「私が付けた名じゃないので」
「そうだね。我々が呼び方を変えないといけない」
「君が寒いのではなく、ここが寒い」
「そうですね」
「しかし、そういうところにわざわざ住んでおるのだから、君はやはり寒いやつだよ」
「寒さとは関係なしに、ここが善い場所なので」
「そうだね。善い場所だ。しかし、ここじゃ不便で仕事などできんだろ」
「そうですねえ」
「していないのか」
「六人衆がおられますので、私の仕事などありません」
「そうだったか」
「それで、用がないので、ここで暮らしているのです」
「それは何か皮肉かね」
「決してそうではありません」
「まあいい。好きなようにすればいい」
「はい、有り難うございます」
 同行の一人は二人から離れた場所で昼寝をしている。
 そして夕方、少し涼しくなった頃、二人は山を下りた。
 寒月は涼やかな者ではなく、やはりどこか鋭利な冷ややかさを持っていた。
 味方としては寒々しいが、敵に回すと氷の刃となる。だからそっと囲っているのだろう。
 
   了
 



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2019年08月15日

3480話 遠縁


 最初の印象が当たっている場合がある。印象だけ、イメージだけ、雰囲気だけの把握で、詳細を調べたわけではない。だから実態とイメージとは別。またイメージは人によって異なる。絶対的なデータではない。データとして示されているものからもイメージは発生する。データそのものも実体ではないためだ。
 そして調べていくに従い、最初イメージしていたものよりも、よりデータ的に優れているものが浮かび上がってくる。
 ところが、全ての面で優れているものはなく、データをよく見ていくと、劣っている箇所もある。それを劣っていると見るか、当然のこととして見るのかで違ってくる。これは本人との関わり方で変わるのだろう。
 データ的には優れたものでも、実際にはそれほど大した違いはなく、ほとんど変わらなかったりする。
 それで最初印象がよかったもの、イメージがよかったものに、戻ることがある。第一印象でピンときたものが、意外と当たっていたことになるが、これは直感なので、勘違いも多いし、認識不足、知識不足のための誤りであることも多いはずなのだが、射貫いていることもある。
 要するに、最初の印象として、落とし所としてよかったのだろう。本人にとり、それが一番妥当だったことになる。
 直感はオーダーメイドのためだ。その人に沿ったその人だけに当てはまる特殊なディバイスのためだろう。以下省略で、直接言い当てるようなもの。途中の説明や過程は簡単なもので、最初からもう決まっているようなもの。直感で決めるとは、詳細やデータに惑わされないといういい面もある。そして、その人にふさわしい墓穴になるが。
 この直感というのは、そのものに対してだけではなく、もっと遠いところからも繋がっている。それらは印象でありイメージであり、悪く言えば妄想だが、妄想なら妄想だと分かるので、それほど悪いものではない。
 内面の何か、何処かが喜んでいるのだ。これには様々な要因、遠縁があるようだ。だから第一印象と言っても、結構深いところから来ているのだろう。本人にだけ当てはまることだが、似たような思いを懐く人も当然いる。
 ただ、その遠縁は、結構恥ずかしいもので、口には出せなかったりする。
 因果は何処で巡るかは分からない。それらはまったく関係のないところから繋がっていたりする。
 
   了
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2019年08月14日

3479話 狐狸の道


 郊外の町から山へ入る道沿いにはお稲荷さんが多い。狐を祭った動物神だ。犬を祭れば犬神様になるわけではない。本来の犬神信仰とは違う。だから犬が御本尊のになっているような神社は希だろう。南総里見八犬伝の地では、犬を祭っているかもしれないが。
 猫を祭れば猫神様だが、これも探せばあるだろう。単に動物を祭るだけのものなら単純で思い付きやすい。
 さて、その狐の神様を祭った祠などが多い場所なのだが、山道の入口から始まり、電柱一本分間隔である。これは多すぎるのではないか。
 ただ、仕掛けは狐の置物。これはお稲荷さんでよく見かける狐だが、売られているので、手に入りやすい。本来の稲荷信仰とは別物だが、この地では、流行っているらしい。
 これは欺されないようにとか、狐に憑かれないようにとか、そっち方面だ。
 山へ入る道は複数枝分かれしているのはまだ里山なので、林業関係の道だろうか。昔なら木樵道。
 メインの道は狐が多いが、枝道に入ると、狸が多くなる。ここは讃岐道と呼ばれている。狸といえば讃岐だろう。
 ここの狸も市販品で、住宅地でもよく見かける信楽焼。玄関先や飲み屋などでもよく見かける。
 これも狐と同じで、人を化かすので、その魔除けの意味もあり、狐があるのなら、狸もあるだろうというようなもの。カップうどんやそばのようなもの。
 さらに奥へ向かうと、狐と狸の祠が交互に並んでいたり、一緒にあったりする。
 しかし、ここまで数が多いと、異様だ。
 里の人達に聞くと、それだけ多いのは、狐や狸に化かされやすい場所なのだが、既に化かされているという。化かされた人達がそういう祠や置物を並べだしたらしい。
 中には狐の祠のある場所から出ている狭い小径。これは道ではなく、ただの植物の切れ目だが、そこにトンネル状に鳥居が続いている。いずれも小さい。こういうのを作ったこと自体、化かされた証拠だろう。
 ということは、それらの祠が効かなかったことになる。
 讃岐道も同じようなもので、ゴミとして捨てられたような狸の置物を集めてきて、並べたりしている。
 既にこの一帯の山は林業などしていない。だから山に入る人など希。山の手入れ、山仕事などではなく、こういうアトラクションのようなものを作りに来るのだろう。
 しかし、それも含めて、やはり狐狸に欺されているのかもしれない。
 
   了
 

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2019年08月13日

3478話 ミステリーツアー


「何か、このあと予定とかありますか」
「予定は未定です」
「じゃ、これから行きませんか」
「何処へ」
「ミステリーツアーのようなものです」
「この暑いのに」
「涼しくなりますよ」
「じゃ、ミステリーではなく怪談とか」
「まあ、それは私にも分かりません。行ってみなければ」
「いったい何処なんです」
「樫木町です」
「聞いたことはありますが、近いでしょ」
「そうです。この近くです」
「なぜ樫木町なんですか」
「分かりません。偶然樫木町なんでしょうねえ。田中町でもいいし、楠町でもいいし、大河内村でも」
「いったい何があるのです」
「行ってみなければ分かりません」
「危なそうですねえ」
「普通の町ですよ。この近くなので、こことそれほど変わらないと思います。特別な場所じゃなく、平凡なありふれた町だとか」
「誰かに聞かれたのですか」
「又聞きの又聞きですから」
「じゃ、都市伝説のようなものですか。ただの噂」
「しかし、噂の中身がまったく分からないのです。だから伝説化しようがありません」
 二人は駅前のバスターミナルへ行き。そこで幸坂行きに乗った。樫木町はその途中にあるのだが、バス停は弥勒堂前。そこから少し歩けば樫木町。
 昼と夕方の間ぐらいの時間帯で、一番暑い頃かもしれない。
 二人は弥勒堂前で下りた。この時間なので、老人しか乗っていない。何人かそこで下りたので、弥勒堂へ行くのが目的かもしれない。
 弥勒堂はお堂だけがあるような場所で、近くに大きな寺があり、管理は寺がやっているらしいが、常駐ではない。このあたりは聖域で、小さな祠や石地蔵などが点在している。ただ、樫木町はその奥なので、弥勒堂とは関係がない。
 だが、ミステリーツアー的な頭があるので、どうしてもこの弥勒堂や、周辺の祠などが気になる。
「これは結構暑いですよ」
「そうですねえ」
 弥勒堂を抜け、奥へ向かっている二人、猫の子一匹出ていない。住宅地だが、少し古い。
 電柱の番地表示プレートが樫木町に変わっている。だから、既に足を踏み入れているのだが、ありふれた郊外の住宅地だ。
「何もありませんねえ」
 やがて町名が変わり、寿町一丁目となってしまった。樫木町をもう抜けてしまったようだ。
「何も起こりませんでしたねえ」
「樫木町に何かあるというのはやはり噂だったのかなあ。悪いことをしました。暑いのに、歩かせただけ」
「いや、いいですよ。運動不足なので、たまには歩いて汗を流さないと」
「戻りますか」
「そうですねえ」
 二人は来た道を引き返し、弥勒堂前からバスに乗った。
 この中身のない樫木町都市伝説。ミステリーものだが、一人で入り込まないといけなかったらしい。
 
   了


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2019年08月12日

3477話 葛餅


 常田は昼ご飯が面倒なので、わらび餅を買った。しかし、しっかり見ていなかったので、実は葛餅だった。四角い豆腐のような大きさで、容器も似ている。そこにきな粉と蜜の袋が入り、樹脂製だが先の尖った鋭利なナイフのようなものも入っている。爪楊枝ではない。葛餅を切るためのもの。
 わらび餅なら小さな団子よりも小さいので、そのまま爪楊枝に突き刺して食べられる。きな粉は最初から乗っている。
 暑いときはところてんのような、寒天ものがいいらしい。それで似ていなくはない程度のわらび餅を買ったのだが、本格的な葛餅を間違って買ったので、果たして効果はあるだろうかと、少し心配になった。
 それで、豆腐一丁分近くある葛餅の上にきな粉をまぶせた。飛び散らないように注意し、樹脂製のナイフをぐっと突き刺し、すっと引くと簡単に切れた。それで食べる分だけ切って口に入れた。
 昼ご飯なので、全部食べた。
 そのあと、喉が渇いた。何が乾かせたのだろう。蜜は付けていない。きな粉だけだ。葛餅本体にも少し味があり、きな粉もいらないほどだが、色目が違うし、華やかで明るくなる。菜の花が咲いたように。
 何が喉を乾かせたのか。それはきな粉なのか葛餅なのかは分からない。
 今までにない喉の渇き。水を飲むがまだ乾く。
 冷菓で涼しくなろうとしていたのだが、それよりも喉が渇いて仕方がない。
「そんなことがありましたか」
「詰まらん話でしょ」
「わらび餅と本格的な葛餅を買い間違えたあたりからおかしくなったのですな」
「いやいや、大した違いはありませんよ。しかし、わらび餅にきな粉を付けて食べてもあれほどの喉の乾きはありませんでした」
「その葛餅、どんな梱包でした」
「わらび餅は安っぽいパックで中が丸見えですが、少し高いのを食べてやれと、奥から取り出したのです」
「奥」
「高いのは奥にあります。まるで土産物のような箱に入っていました」
「じゃ、贈答品のようなものでしょ。暑中見舞いなどでの手土産用の」
「そうだと思います」
「だから、賞味期限も長いはず」
「しかし、葛餅だったのかどうか、うろ覚えです。確かそう書かれていたような」
「豆腐一丁近い葛餅を全部食べられたのですな」
「わらび餅のようなものだと思いましたから。それに昼ご飯代わりなので、それぐらい食べるでしょ」
「それで喉が非常に乾いたと」
「そうです」
「それだけの話ですね」
「はい。だから詰まらない話です」
「それ以上発展しない」
「はい、喉が乾いたなあ、で終わりです」
「聞いている私まで乾いてきました」
「すみません」
「豆腐一丁分の葛餅ねえ」
「はい」
「私なら」
「どうされます」
「わらび餅でもなく葛餅でもなく、吉備団子にします」
「ああ、はあ」
 
   了




posted by 川崎ゆきお at 10:52| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする