2019年10月31日

3557話 みっともない


「晴れましたなあ」
「空は晴れても心は闇よ」
「いますねえ。そういう人。いつも難しそうな顔をしている人」
「わしもそう見えるかね」
「不機嫌そうな顔です。気むずかしそうな。それは無理にそういう筋肉や筋を使っているのですか。たとえば寝るときは緩めるでしょ」
「分からん」
「しかし、その厳つさは反則ですよ」
「そうか」
「だって、構ってくれといってるようなものでしょ」
「それは違う。相手になってもらわんでもよい」
「他の人は普通の顔なのに、あなただけが怖い顔、不機嫌で何か不服そうな顔だと、気を遣いますよ。だから反則だと言ってるのです。あなただけ特別扱いになりますからね。まるで腫れ物でも触るような。これは平等、フェアーじゃありません。最初からあなたが有利なのです」
「そんなつもりで見ておるのか」
「そうですよ。我々は損をしているのです。あなたは最初から得をしている」
「有利なものか、心は闇よ」
「ほら、そう言って威嚇しているのですよ。ということはあなたは弱い人なんだ」
「何を」
「ほら、一寸言うと、さらにきつい目で反応を返してくる。喧嘩腰になる。だから迂闊なことをあなたに言えない。誰だって争いたくないですからね。だから、あなたに対して甘くなる。だから反則なんです。そして自分の弱さを晒しているようなもの。恥ずかしいとは思いませんか」
「心が闇なのじゃから、しかたがない」
「そういう状態でも、普通にしている人もいるでしょ。だからあなたは弱いといっているのです。たとえば私なんて、あなたより不幸な状態にいるかもしれない。しかし、それは私事です。人様に言っても仕方がない」
「じゃ、どうすればいい」
「そんな簡単なことも分からないほど馬鹿なのですか」
「え」
「難しい顔をしているのは、難しいことを考えているわけじゃなく、解決方法が見付からないので、難しい顔になるのでしょ。だから気むずかしい顔のまま固まってしまった」
「何を申す」
「ほら、あなたの解決方法は、そうやって威嚇し、怒鳴るだけ。レベルの低さを見せているようなものですよ」
「けしからん」
「弱い犬ほど吠え立てる」
「許さん、斬る」
「少し忠告しただけですよ。誰かが言わなければ、あなたはそのままだ。まあ、それでもいいのですが、結果的にはあなたは損をし続ける。そして誰も本気で付き合ってはくれない」
「よくぞそこまで言いおったな」
「では、これで失礼します。親切心があだになり、斬り殺されるのはごめんなので、退散します。では、御達者で」
 岩倉は喫茶店の窓硝子に映った自分の厳つい顔を見て、そう言うことを思った。
 そして、眉間の皺を緩めた。
 みっともないので。
 
   了




posted by 川崎ゆきお at 12:07| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月30日

3556話 山神と武者


「山~様?」
「左様で」
「そんなものが効くのか」
「さあ、神様に聞いてみないと分かりませんが」
「何の神様だ」
「山の神様だと思われます。土地の人はそう呼んでおるので」
「戦いの神様ではないのじゃな」
「そうです」
「戦勝祈願のできない神に祈っても仕方あるまい。先を急ぐぞ。勝ち戦じゃ。出遅れるな」
「はっ」
 確かに勝ち戦。戦う前から分かっているような戦い。敵は武門の面目にかけてだけ戦っているようなものだが、大半の兵は逃げ出していた。
 木内重三は猛将。だが、あまり手柄を立てていない。これという敵の首を取っていないためだ。今日こそは何とかしたい。それで張り切っていた。
 そして今日ならたやすく手柄が立てられる。早い者勝ちだろう。敵は逃げていくだけ。だから、急ぎ追いかければいい。
 木内は数十の足軽郎党を引き連れ、追撃戦に加わった。
 武将としての身分は低い。しかし付き従う足軽は数十いる。これが最小単位かもしれない。
 木内の回りには郎党が五人ほどおり、これは木内の私兵のようなもの。この五人が馬上の木内を囲むようにして突き進んで行く。
 既に傷つき、逃げ足の鈍った敵兵の姿が見えてきた。取り放題だろう。
 そして、左右に味方はまだ来ていない。独り占めだ。滅多にない条件。しかも労せず取れる。
 それで、槍隊を突っ込ませ、そのあとから木内と郎党が続いた。
 足軽の槍で追い込まれた敵を木内がとどめをさす感じだ。これで首を取る。
 案の定、槍隊は敵に食いつきだした。
「今じゃ、突っ込め」
 木内は郎党より先に馬で突っ込んだ。
 しかし、バサッと落馬。
 敵は撤退中だが、しんがりというのがあり、それが途中に伏せており、鉄砲や弓で反撃しながら下がっていくのだ。その流れ弾にあたったのだろう。
 足軽もそれを見て驚き、戦うのをやめて、木内のもとに集まった。もし、木内を失うと、木内隊の戦いはここで終わる。足軽隊は村民たちだ。それを木内が指揮している。指揮官を失うと、引き上げるか、別の部隊に吸収されるか、どちらか。
 木内はむくっと起き上がるが、歩けない。馬にも乗れない。
 折角の機会を逸したことになる。
 木下は山神のことを思い出した。ここはその山神がいるとされる山なのかもしれない。
 やはりあのとき、参っておればよかったと後悔した。
 偶然、ひょんなことで、思いもかけないことが、等々、何が起こるか分からない。
 その後、木内はその村の者に壊れかけていた山神の祠を修繕させた。
 しかし、その後、木内が大手柄を立て、出世したという話は聞かない。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 12:34| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月29日

3555話 風邪の王


 風邪が入ったのか立花は鈍化した。動きが鈍くなったのだが、頭は愚鈍。だが、愚鈍な頭が早くなる。風邪のためだろうか。頭の中だけ風が吹き、それで追い風になっているらしい。向かい風のときは、まだ風邪が入る前なので、相変わらず鈍い。
 この頭だけのテンポが早まったとき、立花は変身するようで、そのシャープな動きで、これまでの遅れを取り戻していた。風邪様々だ。しかし、テンポよく切れもよく、いい感じなのだが、身体は鈍化したまま。だから体が付いてこない。普段は頭は愚鈍だが身体の動きは早い方。さて、どちらがいいのか。
 寝込むほどの風邪ではない。そんなときもあるが一週間ほどで治るだろう。ただ、二週間もひと月も風邪っぽい状態がグズグズ続くこともある。このグズグズのときは頭は愚鈍に戻っている。だが、身体は戻らず、動きは鈍い。さて、どちらがいいだろうか。
 立花はたまに風邪を引く程度なので、引いている間は僅かな期間。そこでの頭の冴えを活かそうとしても、途中で風邪が治り、再び愚鈍になる。頭が悪く鈍く、のろま。だが、鈍いだけで馬鹿や阿呆ではない。すこしCPUが遅いだけ。
 それで三日前から風邪の症状が出ているので、チャンスなのだが、身体が鈍化状態なので、何ともならない。だが、頭は冴え渡っている。毎回そうなのだが、物事ができそうでできないジレンマがある。冴えた頭を活かせない。
 それでも今朝も理事長室で座っている。それだけでいい人で、他の役員からは暗愚の君主と呼ばれている。だが、敢えて立花をトップに持ってきたのは役員たちだ。これで、平和が保っている。立花だからこそ治まる。他の誰かがやればバランスが崩れる。
 ただ、風邪の日だけ、非常に優れた頭になることを役員たちは知らない。
 理事長権というのがあり、これは王命に近い独裁権。この伝家の宝刀を理事長は持っているのだが、歴代のどの理事長も、それを使ったことがない。役員たちの顔色を見ると、使えないのだ。使えば、理事長の座が危なくなる。
 だから理事長の椅子にしがみつきたい人は、使わない。
 立花が考えているのは役員全員の解雇。辞めさせるのだ。これですっきりする。
 冴えた頭で考えたとき、行き着く先はそれになる。これが最善の方法なのだ。
 そして今朝も風邪を引いているので、頭は冴え渡っている。ただ、身体が重い。別に運動をするわけではないので、問題はない。
 それで、役員を呼び出した。
 驚いたのは役員たちで、暗愚の君主が何を言い出すのかと、心配した。今まで一度も立花から働きかけたことがないのだ。
 そして、会議室で、例のことを言い渡そうと招集を掛けたのだが、さて、会議というところで、風邪が治ったようだ。
 早い目に回復してよかったのだが、頭は愚鈍に戻っていた。
 
   了



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2019年10月28日

3554話 現場近くの怪しい男


 白骨死体が住宅街で発見された。家の中だ。
 多々良刑事は新米だが、寝ているところを起こされ、すぐに駆けつけた。初めての大きな事件と遭遇したようなもの。
 まだ少し古い家が残っている町で、朝の秋の風は冷たいためか、コートの襟を立てた。まだこの時期早いのだが、寒いのだから仕方がない。
 現場に到着すると、既に大勢来ており、多々良刑事は叱られるのではないかと思ったが、第一声は主任からの指示。現場近くに怪しい男が住んでいることは、所轄側で分かっていたので、念のため、様子を見てこいとのこと。
 多々良刑事はもう取り壊されるのではないかと思えるような安アパートの二階へ上がった。守口という男で、表札がかかっているので、ベニヤ板で補強したドアを叩いた。鈍くたるんだ音しか出ない。
「何か御用ですかな」
「警察のものですが、何か怪しいものを見ませんでしたか」
「いつですかな」
「昨夜でも、その前でも」
「寝ていましたがね、一度トイレに立ったとき、下の通りを何人かが歩いていました」
 しかし、発見されたのは白骨死体。その家に放置されたのか、持ち込まれたのかは分からない。空き家だ。それを発見したのは空き家の管理人。借家だ。
「詳しく話して頂けませんか」
「天麩羅がねえ」
「はあ」
「いや、天麩羅であたったのでしょうかねえ。昨夜トイレに立ったのは下痢でしてね。これは出し切ったのか、それで終わりましたが」
「はい」
「その天麩羅、古かったのでしょう。夕食で買ったのです。スーパーで。そのときアルミ鍋に入った天麩羅うどんにするか、鍋で煮て食べるパック入りにするかで迷ったのです。ものは同じなんです。入れ物が違うだけ。一方はアルミ鍋付き。これはあとで使えるでしょ。それに鍋も丼鉢も必要としない」
「はあ」
「少し風邪気味だったので、楽をしたいと思い、いつも買うはずの安い方ではなく、この高い方にしたのです。ところがです。すぐ横に賞味期限切れ間近品が置いてありましてね。そこを先に見るべきだったのですが、数ある品の中から売れ残ったのが上がるわけですから、天麩羅うどんが上がるとは限らない」
「あのう」
「もう少しです」
「はい」
「すると、偶然天麩羅うどんが置いてありました。ただ一つね。しかし、残念なのは安い方で、アルミ鍋ではないタイプ。ですが半額なんです」
「あのう」
「それでレジ籠に入れていたアルミ鍋天麩羅うどんを戻し、安い上に半額になっているものをさっと掴みました。この差額は結構ありますよ。だから、アルミ鍋が欲しかったし、鍋や丼を汚すのも嫌だったのですが、経済には勝てません」
「あの、怪しい人たちを複数目撃したという先ほどのお話ですが」
「怪しかったのは、その賞味期限間近の天麩羅でしたよ。それしか食べていませんからね。うどんで当たるわけがない。出汁も。乾燥ネギもね。犯人は天麩羅だ。しかも衣だけの中身のないかき揚げのようなやつ」
「あのう、ちょっと」
「あれは小麦粉そのものですよ。うどんも小麦粉、天麩羅も小麦粉。小麦粉をご飯に小麦粉をおかずに食べているようなものですよ。しかし、油が入っていますからね。まあ、おかずになります。それに塩気があるの、食が進む。それに昨夜冷えたでしょ。こういうときは脂っこいものが効きます。だから出汁も全部飲みましたよ」
「しかし」
「何ですか、刑事さん」
「天麩羅が犯人だとは限りませんよ」
「それは如何なる理由で」
「賞味期限間近で、まだ切れていません。それに多少切れていても、そんなことで腹を壊すようなことはないかと思います」
「じゃ、何故下痢を」
「昨夜寒かったと言ってましたね」
「台風が去ったあと急に冷え込みました」
「風邪の諸症状の一つじゃないですか」
「おお」
「どうです」
「解決しました」
「じゃ、これで」
 多々良警部は現場に戻った。
 主任は忙しそうに現場で指揮を執っていた。
「どうだったかね。守口は」
「普通でした」
「そうか。何か怪しげな様子はなかったね」
「天麩羅が怪しいと言ってましたが」
「天麩羅が怪しい。なんじゃそれ」
 
   了




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2019年10月27日

3553話 ある撤退


「雨で何ともならないですねえ」
「晴れていても何ともならないよ」
「そうですが、気分が違います」
「どうせここは何ともならないので、退却。だからもうあまり頑張らなくてもいいよ」
「そうですね。やっても甲斐がないですから」
「やりがいがないというやつだ。しかし、島田君は今日も営業かね」
「はい、外回りをしています」
「そんなこと、しなくても撤退するんだから、無駄な動きだよ」
「でも、日課なので、欠かせないと」
「何だろうねえ」
「習慣でしょ」
「そうだね。それよりも引き上げる準備、後始末をしないと」
「それは簡単です。夜逃げのように」
「夜逃げか」
「退却ですから、あまり知られないように、そっと」
「その意味で、島田君の動きはいいねえ。効果的だ。撤退するとは誰も思わないだろ」
「そういう意味で続けているんじゃないと思いますが」
「結果的には偽装だよ。陽動作戦」
「そうですねえ。島田さんも知っているはずですから、もう消えると」
「やはり、習慣かね」
「そうです。ここでぐだぐだ言ってるより、外で仕事をしている方がいいんでしょ」
「しかし、君ともお別れだね。次は何処へ飛ばされるか分からんから」
「これまでお世話になりました」
「いやいや、僕は上司じゃないよ。上司は島田君だよ」
「そうでした」
「あの人がここの所長だ。僕はただの顧問」
「はい、色々と勉強させて頂きました」
「しかし、撤退とはねえ」
「顧問は何をしていたんでしょうねえ」
「え」
「いや、顧問は」
「僕を責めているのかね」
「まあ」
「それはひどいじゃないか。言い過ぎだろ」
「でも、あなた、何もしていなかったでしょ。島田さんは必死で働いていましたよ。撤退になったのは顧問のあなたが顧問の役をやらなかったからじゃありませんか」
「どうしたんだ。急にそんなことを言い出すなんて」
「私は撤退後、もう辞めます。だから、このあとはないのです」
「私はねえ、ただの顧問じゃない。名前だけで、何もしなくてもいいんだよ。しかし、こうしてこんなところまで付いてきて、真面目に出勤しているんだよ。本当はしなくてもいいんだ。ただの肩書きなんだよ。幽霊顧問でもいいんだよ。それが、こうして来ているんだ。珍しいよ。これは」
「そうだったのですか」
「そうだよ。失礼な」
「でも、来ているだけで、何もしていない」
「来ているだけでいいじゃないか」
「目障りなだけ」
「よく言うねえ」
「島田さんが可哀想だった」
「失礼な、帰ったら、ただではすまんぞ」
「辞めるから平気です。それに撤退のお手伝いはしません。もう辞表は出しています。今日までです。あとはよろしく」
「そうだったのか」
「ちなみに島田さんも同じです。今日いっぱいで退社です。ですから、あなたが撤退の一切合切お一人でやってくださいね」
「そうはいかん」
「顧問でしょ」
「僕も辞めるだ」
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 12:19| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月26日

3552話 ススキが原の妖怪


 秋空であることは暦を見れば分かるのだが、ススキの穂が辺り一面を覆っている。これは抜くのに力がいる。根が強いので、掘り起こさないと抜けないだろう。だが刈ることはできる。
 宮下はそんなことを思うと同時に、遠くまで来てしまったことに気付く。そんなススキの原などある場所が遠くにあるのではなく、過ぎ去った年月が遠いところまで来ていること。こちらのほうだ。
 宮下はススキが原に来たのは妖怪がいると聞いたため。そんなことで身体を動かし、遠くまで来ているのだから、その人生そのものも遠いところを彷徨っているようなもの。この年になって妖怪など探しに行くだろうか。いったいどういう了見だろう。
 ススキが原の妖怪は河童のようなものだと思っていたが、蝦蟇の大きなものだとあとで分かった。しかし、実際にはそれではなく、ススキの妖怪が出るらしい。これが最新の情報。細い身体で、箒のような顔をしたのが出るのだろうか。それともススキとは関係のない形なのか、それは分からない。
 ススキの中へ分け入り、奥へ奥へと宮内は進んだ。身体をねじ込むと、身体がすり切れそうだ。それに引っ張ったぐらいでは切れない。
 そして、少しまばらな場所に出た。歩きやすくなったのだが、ススキが原の中庭のようだ。ここだけススキが少ない。
 その中に、黒いシルエット。
 すわ、出たなと宮内は身構えるが、どう見ても人のシルエット。しかし猫背。年寄りだろう。幅広の帽子を被っており、近所の農夫ではなさそうだ。そしてコートのような長いものを羽織っている。
 もしやと思い、宮内は声を掛けた。
「妖怪博士ですか」
 シルエットの顔がこちらを向いた。
「はい、そうです。よくご存じで」
「写真を拝見したことがありますし、ススキが原の妖怪について書かれたのも読んでいます。まさかご本人がおられるとは」
「ああ、あの続編を書こうと思いましてな。どうも尻切れ蜻蛉で終わったので」
「僕も気になっていました。何故なら、どんな姿なのかが分からないままなので」
「そうですなあ」
「それで、妖怪を探して、実物を見るため、来られたのですか」
「いやいや、そんなものは見つかりませんよ。ただ、それらしい何かを感じ取ろうとしていただけじゃな」
「そうですか、僕もその流儀です」
「いかにも何かがいそうな場所じゃろ」
「そうなんです」
「こういう場所を探すのが私の仕事でね。本当はそこで終わっている。妖怪はおまけじゃ」
「そのおまけに興味がいきまして」
「この先に子供が作った舟があります。ススキ船でしょうかな。よくできています」
「そうですか」
「おそらくススキの妖怪は、藁人形のようなものではないかと思われる」
「案山子ほどの大きさなら、十分妖怪に見えますねえ」
「ススキで編んだ案山子のようなもの。私が見たのは舟じゃが、ああいったものと同種でしょうなあ」
「子供がススキで編んだものですか。それが妖怪の正体」
「おそらく」
「参考になりました。それが解答編なのですね」
「まあ、そうです」
「有り難うございました」
「しかし、こんな辺鄙なところまで、よく来ましたなあ」
「はい、遠くまで来てしまいました」
「それはそれは」
「博士も、遠くから来られたのでしょ」
「わざわざね」
「ご苦労様です」
「じゃ、これで失礼する」
「はい、僕はもう少し探索して帰ります」
 青年は妖怪博士を見送った。後ろ姿が小さくなり、やがてススキの生い茂る白い中へ消えていった。
 蜻蛉を追いかけたまま戻ってこない人のように。
 
   了



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2019年10月25日

3551話 夢の中の友人


 夢の中でよく出てくる人物がいる。吉田の古い友人で、年を取ってからはその関係も消えたが、それほど遠くには住んでいないためか、たまに出くわす。
 吉田がまだ十代の頃に知り合っている。年はほぼ同じなので、目上目下の関係はない。同じような仕事をしていたが、どちらも既に辞めている。そういう年というより、長くやれるような職ではなかった。だから、その後、違う職に二人は就いているが、まだ付き合いは続いていた。
 その友人を最近見かけない。しかし、夢の中での登場頻度は高く、また出てきたのかと思うほど。
 その日も朝方の夢で現れた。チャイムが鳴ったので、玄関まで出てみると、彼がいる。これは夢の中での話。来るのは分かっていたのだろう。そして彼は青年時代のまま。おそらく吉田は今の年代のままだろう。そして見知らぬ子供を連れてきている。
 このパターンは現実にはなかった。複数で会うことはあっても、見知らぬ顔は混ざっていない。そんなシーンを探すと、一つだけあった。それは吉田が連れてきた初対面の人間だ。しかし、その友人は一度もそんな人を連れてきたことはない。ましてや連れてきているのが小学生。これはあり得ない。
「ご飯」
 友人の第一声はそれだ。とりあえず、近くの店屋でご飯を食べたいと言いだした。すぐに近くに喫茶店があり、そこでランチものもやっているので、そこへ行くしかない。
 夢はそこまで。これで終わっている。
 その友人、ここ数年見かけなくなったので、引っ越したのかもしれない。年賀状のやり取りなどは最初からなかったし、今はもう電話番号も忘れている。何度か変わるためだろう。いずれも家電話だ。
 そして最後に合ったときは健康状態が悪いと言っていた。それが気になる。だから入院でもしているのだろう。それにしても長すぎる。
 友人が夢の中で頻繁に現れるのは珍しいことではない。いつものことだ。その夢を見る度に、懐かしく思う程度。
 しかし、今回。小学生を連れてきている。これが妙なので、その顔を思い出そうとした。誰かに似ているとは思っていたのだが、該当する子供がいない。
 それで、やっと思い出したのは、その友人ではなかったかと。だから大人になったその友人と、まだ小学生時代のその友達が揃って来ていたのだ。
 吉田は彼の小学校時代を知らない。しかし、何となく似ていた。
 その友達は結婚していない。だから息子ではない。
 吉田はそこまで考えたのだが、所詮は夢の中での話。どうとでも解釈できるし、解答もない。
 その友人、生きているのか死んでいるのか分からないのだが、調べるのが怖いので、吉田はそのままにしている。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 11:59| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月24日

3550話 交代


 涼しさが寒さに変わりだした頃、田宮は心細くなってきた。季節は秋の中頃。そういう気になりやすい。特にこの時期、精神的に不安定になるのだろう。ただの気候、天気だけの話で、それまでと何ら変わることのない状況なのに、不思議なものだ。ただ、通常でもその不安な気配はしているし、いつ鎌首をもたげるかは分からない。不安感は常にあるのだが、あまり飛び出さない。
 ところが、寒くなり出した頃、それが大きく出てくるようで、田宮はこのときは色々と用事を片付けだしている。不安のもとになる原因は何となく分かっているためだ。
 そして、もう今年も残り少なくなっており、今からやり始めても、もう遅いものばかり。そして今年の初めからやり出したことも、春を待たないで頓挫しており、収穫期に稲など実っていなかったりする。一年間、まとまった何かをやっていなかったためだろう。せめて半年でも続けておれば、それなりの成果はあり、収穫も期待できたかもしれないが。
 そういった焦りのようなものが、この時期出るのだろう。今からやり始めても遅いのだが、今が今年の初めだと思えば、一年分の時間がある。そして秋の収穫時期とも重なり、丁度いい感じだ。つまり、秋から田植えをするわけだ。二毛作のように。本当は不毛作で、毎年まとまった収穫などほとんどない。これが百姓なら失格だろう。
「あなたは土地にしがみついて地味に働くたちではないのかもしれないねえ」
「他にありますか」
「商人なんてどうかね」
「あれは不安定ですから」
「じゃ、武者にでもなるか」
「あれは、怪我が多いし、死亡率も高いです」
「じゃ、土地にしがみつくしかないじゃろ」
「山に入って、狩りをするような感じはどうですか」
「田んぼよりも不安定だ」
「じゃ、何が向いているのでしょう」
「盗賊だな」
「はあ」
「しかし、正業じゃないので、進められん。それに才もいる。誰にでもできる職じゃない。まあ、職とは呼べんがな」
「じゃ、やはりここにいます」
「それしかないか」
「和尚さんの弟子にしてください」
「わしの弟子ではなく、仏様の弟子」
「なんでもかまいません。お願いします」
「それがなあ、増えてのう。困っておる」
「そんなに坊主が多いのですか」
「最近な。特に晩秋の頃。尼寺など満員じゃ」
「でも、見かけませんが」
「ここは狭いので、大きな寺へ行っておる。この前できた山寺など、一寸した町並みじゃ。坊主ばかり」
「修行しますので、ここにこのまま置いてください」
「まあ、親から頼まれて預かっておるだけなので、別に出家することもあるまい」
「しかし、将来が見えないので、お坊さんになろうと」
「それは怠け者がよくやる手でな」
「駄目ですか」
「まあ、しばらくはここで暮らしなさい。そして出家などしないで、世の中に出なさい」
「分かりました」
「わしも若い頃、世の中が生きづらくてのう。それで、寺に逃げ込んだようなもの。そのうち坊主らしくなったが、できればあの頃に戻り、その続きがしたい」
「そうなんですか」
「わしは本物の坊主になってしまったので、窮屈じゃ」
「そうなんですか」
「わしは還俗しようと思っておる。今からでも遅くはない」
「じゃ、交代で、私がこのお寺を継ぎます」
「ははは。そうするか」
「はい」
「交代か、あはははは」
「へへへへ」
 
   了




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2019年10月23日

3549話 大丈夫


 無難、無事、大丈夫。このあたりはたまに使うし、よく聞いたりする。無難にこなすとかは、一寸ややこしそうなことをクリアーしたときとか、普通にやっているだけだが、特に問題はなかったとかでも使う。無事も似たようなものだが、災難とは限らない。何事もなかったという意味だろうが、そのことはあまり良いことではなかっただけではなく、行事などが無事終わるなどは、悪いことではない。災難ではない。難儀なことではあるかもしれないが。
 大丈夫となると、これは人だろう。大いに大変丈夫な人と言うことになる。自分は大丈夫だといった場合、凄い丈夫な人を指すことになるが、自分のことを自慢しているわけではない。結果的に身に何も起こらず、無事だったということか。
 ただ、この大丈夫、「だいじょうぶ」で、そういうフレーズだ。夫なので、男だけではなく、もう漢字から離れて使われている。
 そして、「大丈夫か」などとよく使うので、使いやすいのだろう。大事ないか、でもいいのだが。無事でいたか、でもいいのだが、「大丈夫か」の方が言いやすい。これは「だいじょいぶ」という語呂だろう。音として二つよりも多い方が聞き取りやすい。そして、いかにも元気でいるという感じが強い。
 ヨレヨレの人が歩いているとき、怪我でもしているのだろうと思い「大丈夫か」と聞く。また、精神的に傷んでいる人に「大丈夫か」と聞く。「無事か」では一寸遠い。
 まあ、丈夫で何よりだが、頑丈な人だけに当てはめるわけではない。あることに関して、何ともなかったか、無事だったか程度。
 大丈夫は超人だ。もの凄く強い人。だから、まるでその強い人のように、難なきを得たのだろう。
 無事というのは状況まで差していることがある。悪いことが起こり始め「わしらも無事でいられるはずがなかろう」というが、「わしらも大丈夫でいられるはずがなかろう」では、少し違う。これなら、最初から丈夫な人になる。「大丈夫だった」のその人は、丈夫な人とは限らない。弱い人だったが、大丈夫だったとなる。
 大丈夫は、言葉が無事よりも長いので、ちょうどそれぐらいが良いのだろう。
 大丈夫に近いのは、達者がある。「大丈夫だったか」と「達者でいたか」の使い分け、これは自然にやっている。大丈夫も強い人だが、達者も、達者な人で、技巧派でもあり達人なのだから。達人、名人。ただ「達者で暮らせよ」などと健康状態を言っていることもある。そのレベルは大丈夫に匹敵するが、達者というのは、上手く避けたとか、上手く交わしたとか、上手にさばいたとか、そういうニュアンスもある。「何事においても達者な人」などで「器用」などの意味もある。
 それらは相手により、使い分けたりする。「じゃ、元気でな」もあるし「じゃ、達者でな」もあるが、達者のほうが時代劇かかっていて古かったりする。「堅固で暮らせよ」は、もう時代劇だけの世界だ。
「無事で何より」よりも「達者で何より」のほうが、相手を褒めているようなところがある。何せ達人レベルだと言っているのだから。
 大丈夫も達者も人物を表している。元気や無事は状況をいっている。この違いだろう。
 だから大丈夫も達者もキャラが先に立ち、そのキャラの象徴として分かりやすいのだろう。
 
   了






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2019年10月22日

3548話 満足を得る

満足を得る
「最近満足感を得ましたか。そういう満足を得た体験がいくつあります」
「一杯ありますが」
「そんなにありますか。本来満足を得られることなど希。そんな一杯あるなどはあり得ない」
「そうですか」
「一体どんな満足です。どういう状況のときなのかを教えてください」
「ご飯を食べたあと」
「はあ」
「満腹になるほど食べたとき、大満足です。とても良い気持ちになり、うっとりするほど。ああ、よかったなあ、美味しかったよりも、腹が膨れたことだけで満足、だからいつでも満足など得られますよ。ただし腹が減っていないときに食べると逆ですがね」
「それはただの生理的な満腹による、満足感ですね」
「十分でしょ。それで」
「私の言うのはそういう満足ではなく」
「ああ、満足にも種類があるのですね」
「そうです」
「しかし、満足には変わりないでしょ」
「もう少し高等なことでありませんか」
「たまに便秘で、なかなか出ないで、やっと出たと思ったら屁だったりして。空手形ですよ」
「それで」
「だから、溜まっていたものが出たとき、満足します。これは入れる満足じゃなく、出す満足。だから長い間捨てる機会がなくて、捨てられなかったゴミなんかを出したとき、満足しますよ。なかなかできなかったのに、やっとその気を起こしてゴミ出ししたとね。まあ、そのゴミは大型ゴミでして、持って行ってくれるかどうか不安でした」
「……」
「出してはいけないゴミじゃないはずなんですがね。誤解を招きそうなゴミなので、普通のゴミのようなわけにはいかない。出したことでとがめられるのではないか。しかし、無事、ゴミ置き場に出し、しばらくして、全部消えていると、ほっとしますよ。してやったりと」
「そのゴミの話、まだ続きますか」
「いや、この話、誰かにしたかったのです。それができて満足です」
「満足しやすいタイプなのですね」
「そういうわけじゃありませんが、不満も結構ありますよ。この前、蛍光灯の管が切れましてねえ。すぐに家電店へ買いに行ったのですが、そのあと百均へ寄ったとき、百円で売っているじゃありませんか。怪しい品じゃない。日本の家電メーカー品でしたよ」
「もう結構です」
「は、そうですか」
「満足を得る方法を紹介しようと思ったのですが」
「そうなんですか、じゃ、話の腰を折りましたか」
「折れていませんが、最近満足感を得ていない人でないと」
「ああ、それは残念」
 来訪者は不満顔で出ていった。
 
   了


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2019年10月21日

3547話 悪縁払い


「悪い相が出ておる」
「あ、そう」
「このままでは危ない」
「それは何ですか」
「運勢」
「はあ」
「定め」
「はあ。じゃ、何ともならないわけですね。運命、宿命なら」
「心がけで宿命も変わる」
「じゃ、宿命なんてないわけですね」
「変えればな」
「何を」
「だからそれを教えるのが占い師。だから金を取って職としておる。そのままでは占い師も役にたたんだろう」
「じゃ、どうすればいいのです。その宿命とか、運命とか、運勢とかを変えるには」
「今後、左目より右目が少しだけ小さい人が現れる。その人を避けること。それだけじゃ。関わってはならん」
「右目の方が小さいのですか。玉が」
「いや、やや閉じ加減でな。全部開いていない」
「はい、気をつけます。じゃ」
「待ちなさい」
「何か」
「お代」
「当たっていたら払います」
「そういわず、今、支払いなさい。常識でしょ」
「分かりましたが信用できないので」
「これであなたは助かるのだから、安い買い物だよ」
「そうですね」
 男は支払った。
「念を押すが左目よりも右目が少し小さい人物には気をつけない。避けて通りなさい」
「男ですか、女ですか」
「そこまでは分からん」
「年は」
「それも分からん」
「分かりました」
「これを悪縁払いという。ただし、払うのは本人。わしが払うのではない。悪縁が繋がらないように、あなたが上手く避けること、もし近くにいるのなら、遠ざけなさい。それだけじゃ。ただ、悪縁が減っただけで仕合わせになれたり、大成功を収めるということではない」
「はい」
「右目が細い顔、その人物をあなたは接触する運命にある。そのとき、避けることで、運命が変えられる。くどい説明になったが、大事なことなのでな」
「はい」
 しかし、この男、その後、左目のほうが細い人とは遭遇したが、右目が細い人と出合うことはなかった。
 そんな出合いの運命など、最初からなかったのだろう。
 
   了



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2019年10月20日

3546話 運命


 運を天に任せる。これは何もしないことだが、それでは何ともし難い。それを何とかする占い師がいる。その範囲は広く、それぞれに専門が違うが、この横山という人は変わった運勢見だ。だが、人の運勢が見えるわけではない。見えておれば、まずは自分の運が分かるはず。だが、横山は自分のことはどうでもいいようだ。この世から外れたと思っているので、栄達は望んでいない。これは欲がないのではなく、そういう欲なのだ。
 時代劇かかっているが、今の話である。当然市井に普通に住んでいる。
 当然欲を出さないので、いいところには住んでいない。どこに住んでも似たようなものだと思っている。世間体を気にしないタイプ。
 苦肉の策がある。その苦肉もなくなり、何ともならなくなった紳士が現れた。今の紳士なので、紳士服売り場で簡単に紳士の身なりはできるが、この人のは良い生地で、高そうだ。だから身なりにふさわしい地位にある人だろう。
 横山は占い師。そこへ来る人の問題は分かっている。落語を聞きに来るのではなく、人生規模の大事な話を聞きに来る。それがたとえ占い内容がそもそもフィクションであっても、それが必要な人がいる。だから占い師は廃れない。
「特殊な占いをされるようですが」
「いやいや、私のは占いではない」
「じゃ、看板を読み違えましたか」
「いえ、書き違えたわけではありませんが、まあ、運命鑑定のようなものです。これを運勢と呼んでいますが、それを当てるわけではありません」
「では聞きますが、運勢とは何ですか。よく言う運とは何ですか」
「うん」
「その運とは何でしょう。それは変えられるのでしょうか。運命は変えられるという人もいるでしょ」
「うん」
「その、運について教えてください」
「外枠から聞いてこられる人は珍しい。いきなり本題に入るのが普通でしょ」
「いや、あなたを疑っているわけではありません。ふとそんなことを思ったのです」
「運命というのはあなただけでは成立しません。世の中はシンクロしているわけです。たとえ孤島で一人暮らしでも、天気もあるし植物もある。海もあるでしょ、動物もいるでしょ。それらとシンクロしているはず。特に人の運命は人との絡みで成立することが多いので、そこばかり注目しますがね」
「はい」
「あなたがここへ来るまで、誰かとすれ違ったでしょ」
「よく覚えていませんが、駅から来ましたが、無数の人達とすれ違ったのは確かですが、見知らぬ人達です」
「ここへ来るまで、何か見られましたか」
「赤いのが」
「何ですか。赤ですか」
「赤いものが上でひらひらしているので、見ると洗濯物でも干しているところだったのでしょうねえ。二階のベランダです。敷物のようなので服ではありませんでした」
「干している最中なので、ひらひらしたわけですね。つまり動くものとして目立った」
「はい」
「吉岡さんの家でしょう。私も見たことがあります。その赤いものを。吉岡の婆さんは踊りに参加しています。そのときの衣装で、下に巻く赤いお腰です」
「それが何か」
「だから、あなたが通っているときと洗濯物を干しているときとが重なったのです。ほんの数分かもしれませんねえ」
「それが何か」
「運命とは時間軸が決めているのです」
「時間軸」
「一歩出遅れたので助かった。早く出過ぎたので、嫌な奴と鉢合わせになった。等々です」
「何ですか、それは」
「この僅かな時間の差が運命を決めているのです。それはほぼ定まっていますが、歩みを少し緩めれば洗濯物のひらひらも見なかったかもしれませんよ。逆に歩みを早めすぎた場合も、まだ洗濯物を乾かしにベランダに出ていなかったかもしれません」
「それは偶然でしょ。私との因果関係が何もない」
「あなたがそこを通ることが関係です」
「はあ」
「人の運命はそれら時間の重なり具合で決まるのでぅ」
「それは占いですか」
「さあ、得体の知れないものでしょ」
「私の場合、どうすれば良いのです。実は仕事が……」
「それは言わなくても結構です。細かいことは」
「占って欲しい内容を言わなくてもよろしいのですか」
「はい」
「じゃ、私はどうすべきでしょうか」
「運命、運勢を変えればいいのです」
「それは、まあ、そうなんですが、どうやって」
「簡単です」
「何か、買うわけですか」
「何も売りません。何も売らない占いですから」
「では、方法を教えてください」
「事々、物事、全て時間の一寸した事々で決まるもの。それは先ほどお話ししましたね」
「はい、聞きましたとも横山さん」
「だから、そいつをちと弄ればいいのです」
「どのようにして」
「あなたの仕草を見ていますと、額に手を当てるのが癖のようですね」
「この癖を辞めろと」
「いえ、少し早いようです」
「早い。何が」
「ほら、今もそうです。その手のスピードが早い」
「そんなところを見ておるのですか」
「きっと歩かれるのも早いのでしょ」
「そういわれると、人を追い抜く方です」
「じゃ、ゆるめましょう。足だけではなく全ての動作を」
「はあ」
「すると、先ほどの洗濯物ひらひらのシーンは消えるでしょ」
「洗濯物など関係がありません」
「万事のことが、少し違ってきます。その万事の中の一事か二事が大事なシーンのはず」
「それはただの心がけですか」
「それだけで、出合うシーンが変わってきます。その影響は全体に拡がるでしょう。それで運が変わるやもしれません」
「ほう」
「ただのお話しですよ。そういうことがあるかもしれないというね」
「あなたは道士だったか」
「そんな大層なものではありません」
「やってみましょう」
「今すぐ急いでやることはありません。それこそゆっくりその気になっていけば、そういう動作になるでしょう」
 これはどうも占いではないようなので、見料の支払いに、その紳士は困った。
 それで、指導料として何らかの金額を支払った。
 その後、この紳士の運命が変わったかどうかは分からない。
 
   了




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2019年10月19日

3545話 老犬ロボ


 取引先に老犬ロボがいるため、何ともならない。田中はこの玄関の番犬を何とかしないと、中に入り込めないので、先輩に相談した。
「老犬ロボねえ」
「あの老人、何とかなりませんか」
「忠犬だからね。何ともならない」
「噛みつかれそうになりました」
「誰に対してもそうだよ。飼い主にしか尻尾を振らない」
「懐かせればいいのですね」
「無理だよ。最初の取っ付きからして吠え立てる。寄れば噛みつく。何ともならない」
「しかし、僕が担当ですから」
「難しいところの担当になったねえ」
「まだなっていません。切り取り次第ということです。取引の道ができれば担当になれます」
「君で何人目かねえ。難攻不落の城だ」
「はい、でも頑張ってみますが、何度行っても同じなので、知恵を借りたいと思いまして」
「きゃつは犬だ。しかも老いぼれた犬。飼い主の命令しか聞かない。だから、犬の扱い方を覚えることだね」
「じゃ、そのままで、何ともならないということですか」
「忠犬だ。それは落とせない」
 田中は番犬のいる場所から行くので先へ進めないと思い、別の場所から入り込むことにした。これも常套手段だろう。色々なところからの接触。
 裏口ではないが、外出中の相手の担当と接触することができた。
 そして取引は簡単に決まった。
 正面玄関があんなに厳しいのに、中はスカスカで、相手の担当も柔らかい人で、人なつこく、愛想もよかった。
 その後、取引は成立し、その担当と長く付き合うことになった田中は、玄関にいる老犬ロボについて聞いてみた。
「あれは犬だからねえ。それしかできないんだ。それに番犬だし」
「それだけのことですか」
「そうだよ。犬は所詮は犬。でも、もういなくなるから正面から入って来てもいいよ」
「どうかしたのですか」
「飼い主が引退したんだ。だからあの老人も一緒に辞めるようだから」
 その事業所の名物だった老犬ロボの伝説は終わった。
 老犬ロボの後任者は、普通の人だった。もう忠犬の時代ではないのだろう。
 
   了




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2019年10月18日

3544話 日常風景


 日常の一寸したことでもより大きく広い世界と繋がっているものだ。ただ、そこから辿っていく必要まではない。日常内での話なので、一寸したことを一寸済ませる程度。それ以上関わるようなことはない。
 これは物や事柄だけではなく、人もそうだ。一寸そこにいる人、風景画の中に一寸書き込まれただけではない。親もおり、子もいるかもしれない。親がいるのならその親もおり、さらにその親もいるだろう。これは辿り出せばきりがないが、日常内ではその必要はない。ただ、いきなりそこにいるわけではないことは確か。当然、通行人にも住処がある。普段着で通っている人なら、この近所の人だろう。大きな町でなければ、こことそれほど違わないところに住んでいるはず。市外とか県外、または国外から来ている人は希だろう。
 その町はよくある地方の小さな町。より大きな町や都会とも隣接している。そのため、そのへんを歩いている人は近隣の人だろう。もし他府県の遠いところから来ているとすれば、何らかの事情があり、こちらが見ているのは日常の風景だが、そういう人にとっては遠隔地になる。わざわざこの町へ来るだけの用事があるのだろう。
 まさか、散歩が長引いてここまで来たなどはないはず。それなら旅行だ。ただ、この町は観光地ではないので、わざわざ来る人などいない。小さな町でもそれなりに観光資源を活かそうとしたり、町興しではないものの、何か地元らしいことをやろうとする動きはある。
 しかし、わざわざ他府県からそれを見に来る人などいないはず。そういった情報を全国的に発しているわけではないので。
 またこの町が故郷の人が、他府県から来ていることもある。お盆の帰省などがそうだ。車で帰って来た人は他府県ナンバーで分かる。
 だから、歩いている人が、全て近所の人ではなく、普段着の人だけではない。中には、とんでもない事情ができて、この町に降り立った人もいるだろう。
 また何らかの病を得て、その後、歩くのも難しくなり、ゾンビ歩きになっている人もいるはず。遡れば、それなりの事情が出てくる。
 日常風景といっても、その中には色々な拡がりがあり、また奥も深い。一人一人の事情だけではなく、建物にも、道路にも、それなりの物語が埋め込まれている。普段はその表の顔だけを見ていることになるが、それだけで十分。何故なら、直接関係してこないため。だから知らなくてもいい。
 そして、それを観察している日常の中にいる人も、いつ自分が日常的ではないことに陥るかは分からない。その他大勢の通行人の中の一人であることは、結構仕合わせな状態なのだ。
 
   了

 


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2019年10月17日

3543話 枯木灘


 秋の長雨。まるで真夏前の梅雨のようにじとじとしている。湿気でカビが生えそうだ。
 暑気落としがあるように、湿気落としをしたいと思い、何か乾燥したことを村岡は考えている。
 乾燥。それは水分が少なくなり、いずれ枯れていくよう感じ。
「枯淡の境地か」
 意味は違うが、カラッとしたもの、カリッとしたものが欲しくなった。すぐにポキッと折れそうな。粘着質がなく、しつこくないもの。
 そんなことを思っているとき、友人に若枯れした男がいる。枯れ木のような存在で、学生時代からそうだった。名を石田という。村岡は彼に合いに行くことにした。しばらく会っていない。わりと親しい間柄で、よく学校の帰り一緒に遊びに行ったりした。
 彼は神戸の灘区に住んでいる。年賀状は毎年来るのだが、住所は変わっていない。そこが実家。
 それで、彼が住む場所なので、枯木灘となる。そういう地名が他にもあるのかもしれないが、これは村岡が勝手に付けたもの。
 その石田の家へ行くのは久しぶり。二回ほど学生時代、遊びに行った。最後に行ったのは三宮で飲んだときで、終電が間に合わないので、彼の家、枯木灘で泊まった。その夜も遅くまで話し込んでいたものだ。だから、一寸した学生時代の顔見知りではない。
 村岡は松茸狩りにその日は行こうとしていたのだが、それをやめて、枯木灘に代えた。この長雨で、松茸がよく育っているのではないかと思ったのだが、毎年見付かるわけではない。山の隙間にある雑木林。ハイキング道からかなり外れているが、支流の奥の斜面にある。しかし湿気が強い場所なので、それよりも乾燥しきった枯木灘の石田を訪ねるほうがいいと思ったのだ。
 久しぶりだし、その後どうしているのかは年賀状で簡単な消息は知っているので、分かっている。相変わらず実家で暮らしているようだ。金持ちのボンボンなので、働く必要はないのだろう。
 金持ちの息子なので欲がない。それでどんどん枯れていったのかもしれない。
 小糠雨。傘を差していても濡れるような雨。その中を村岡は灘の町を歩いている。以前酒蔵があったところは、既にない。
 マンションが多い場所だが、一戸建ての家はそのマンションの敷地以上に広かったりする。そういう家が結構残っている。
 村岡の家はその中にある。木造煉瓦造りで変わった様式だ。まあ、木の板や壁土で固めるところを煉瓦を使っているところが、何カ所もある程度。基本は木造のよくある日本家屋。
 門は鉄柵で、横に勝手口がある。そこは煉瓦塀に穴を四角く空けたような入口。インターホンを押すと、すぐに聞き覚えのある石田の声が返ってきた。
 勝手口は遠隔装置で開くようだ。門と母屋までの間はそれほどないが。
 通された部屋は応接間ではなく、石田の部屋。ここはアトリエのようになっているが、絵の道具などはない。この部屋だけ板の間。以前父親が使っていたようだ。絵描きだったが、日曜画家。親も遊んで一生を終えたのだろう。
「木乃伊になっていないか心配して来たんだ」
「ああ、まだ水分はある」
「ところで、君なら枯淡の境地に詳しいと思い、聞きに来たんだ」
「枯淡」
「枯れることだよ」
「ああ、そうだなあ」
「君のように乾燥したい」
「村岡君は昔から油絵で僕は水彩画だったからねえ」
「煙草を吸うとき燃える」
「それじゃ油顔じゃなく、油紙だ」
「そうだね」
「枯れる方法はねえ、実は体質でねえ。それだけだよ。別に何もしていないから、方法も何もないよ」
「そうだったか」
「残念だね」
 村岡はそのあと、世間話を面白おかしく話した。石田はそれを聞くのが楽しいらしく、たまに枯れ木に花が咲いたように頬を紅くした。
 
   了



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2019年10月16日

3542話 三途の渡し


 豊志野の町外れに渡し場があったとされている。もう場所は特定しにくい。木佐美川はこのあたりでも大きな膨らみを持ち、橋は長い間できなかった。もう少し下流に橋が架かったのだが、それでもその橋まで行くのが面倒な人は渡し船を使っていた。
 渡し船以外にも渡り方はある。それほど深い川ではなく、水が少ない日なら歩いて渡れた。そういった飛び石のようなものや、杭などが打ち込まれていたためだろう。
 また、川漁師の舟はどの岸にも着けることができた。また荷船などの川船は終通っていたのだが、これは渡るための船ではない。
 いずれも昔の話で、今は鉄橋もあるし、幹線道路には必ず橋ができた。その間隔は広いのだが、不便を感じることはない。以前ならこちら側と向こう岸とは住む人も違い、また、行き来するような用事もなかった。
 高橋、これは橋の名ではなく、人の名。彼がその渡し場を探していると、葦原からいきなり人が現れ、教えてくれた。
 廃れてしまった渡し場、もう船着き場もない。簡単な板が出っ張っていた程度なのだが、そのとき打ち込んだ何本かの丸太が一本残っている。杭としてはもの凄く太いが、それも蔓草に覆われ、よく見えない。
「ここはねえ、客人、三途の川の渡し場とも言われていたんだよ」
 高橋は案内され、その跡を見るが、面影はその杭程度。町から見ると結構上流にあり、川幅は狭まるが、浅瀬が少ない。だから船底を突きにくいので、ここにできたのだろう。
「三途の川ですか。ここは木佐美川でしょ」
「川の名は色々ある。この町では木佐美川だが、下流や上流では呼び名が違う。わしらは三途の川と言っておる」
「じゃ、向こう岸へは渡れないのですね」
「彼岸と此岸」
「はい」
「此岸とはこちら側の岸、しかし彼岸は今見えておる向こう岸を指すのではない」
「あの世でしょ」
「いや、悟りの世界、涅槃をも差す」
「でも三途の川なのだから、あの世でしょ」
「まあな」
「ところでオジサンは土地のボランティアですか」
「違う。死神御用達の川船頭」
「はあ」
「死神も一緒に渡ることもあるが、ここいらの死神は、この渡し場まで、あとはわしら川船頭が引き受ける」
「そういうシステムだったのですね」
「そうじゃ、だからウロウロしておると、危ないぞ」
「オジサンが乗せてくれるのですか」
「わしは人さらいじゃないが、ウロウロしておると、わしも間違って、乗せてしまうかもしれん」
「舟は」
「呼べば来る」
「縄のようなのを引っ張るとか」
「それは向こう岸の舟を呼ぶとき。ここは一方通行じゃ。それは普通の渡し船。わしら三途の渡し人は縄ではなく紐を引く」
「見せてください」
 船頭は腰から印籠のようなのを取り出し、下に垂れている組紐を引っ張った。
「来るぞ」
「え」
 高橋は走り逃げた。船頭は葦原の奥へと逃げた。
 向こう岸には多くの人達がこちらを見ていた。羽織袴、大小腰に差した侍もいる。小さな子供もいる。その周囲だけ季節外れの菊が咲き乱れていた。
 
   了
 



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2019年10月15日

3541話 慣れきる


「まあ慣れるほどやることだね」
「なかなか慣れません。それに馴染めないです」
「慣れることは熟れること、成れること。慣れた状態になれば成功したようなものですよ」
「成功ですか。ただの慣れでしょ」
「慣れるだけでも実は大変。月日がかかります。ある程度の期間がね。貴重な時間をそこで使うわけですから、その時間消費分の成果が慣れるということですよ」
「分かるような気がしますが、一発でできないのですね」
「そうです。だから貴重なのです」
「慣れ損なって終わってしまった場合はどうなります。時間の浪費ですか」
「そうですね。無駄なことをして過ごしただけになります」
「だけ、ですか。それが何かあとで意味が出てきたり、その過程があったからこそいいことと遭遇したりとかはないのですか」
「ありません。無駄を認めたくないだけです。無駄は無駄です。しかし、退屈してる場合、それで時間が稼げたので、無駄ではないのですがね」
「退屈などしていません」
「慣れるとはそもそも続けないと何ともなりません。続けてこそ慣れてくるのです。これはいい意味でも悪い意味でも」
「はい」
「苦しいことでも慣れてくるとそうでもなくなってきます。決して楽しいことに変わるわけじゃありませんが、以前ほど苦しくはありません。慣れてきたからです」
「どんどん苦しくなることもあるでしょ」
「そんなときは、もう辞めるでしょ」
「ああ、なるほど」
「面倒なことでも慣れで解決することが多いのです。特別な知恵もテクニックも必要じゃありません。ただただ続けているだけ」
「それで成功するのでしょうか」
「いや、慣れただけで、十分成功ですよ」
「はあ」
「ほとんどのことは慣れで解決します」
「そうなんですか」
「こなれた人がいますね。これは慣れた人ですよ」
「慣れると熟するということですか」
「簡単でしょ、方法が。シンプルだ。種も仕掛けもない。特殊な能力もいらない。慣れさえすればいいのです」
「はあ」
「新入学、初めて見る同期生。こんな顔が世の中にあることは分かっていますが、見たことのない人達でしょ。特に変わった顔でなくても、初顔です。どういう声を発するのか、どういう人なのかも、まったく分からない。ところが学校などではすぐに慣れてきます。一年後にはすっかり顔馴染み、そして馴れ馴れしくできるようにもなっているはず。いつもの顔ぶれがいつも通りそこにいる。そうでしょ。そしてこのメンバーでないと落ち着かない。他のメンバーは考えられないほど馴染んでしまいます。良い状態のクラスだとね」
「確かにそうですが」
「入学当時、教室内でそれらの顔を見たときの印象と随分違うでしょ。一年後はもう見飽きたような人達になっているはずです」
「それが」
「そう、それが慣れるということですよ。慣れるだけで、もう十分」
「特に何もしていませんねえ」
「そうじゃないでしょ。細々とやっているでしょ。色々と距離を測りながら、接しているでしょ」
「はい」
「他のことでもそうです。慣れることが一番大事。どんな状況、環境下でも、慣れは強い味方になるでしょう」
「でも師匠の話、毎回毎回聞いていますが、似たような話ばかりで、すっかり慣れたのですが、飽きました」
「慣れると飽きる。そこです」
「何か解決策は」
「それはまだ慣れきっていないからです。慣れたと思うのはまだ早い。飽きるにもまだ早い」
「慣れた頃が危ないといいますねえ」
「だからまだ慣れ切れていないのですよ」
「それは何処まで続くのですか」
「さあ」
「頼りないですね師匠」
「師匠としての私もまだ慣れ切れていないのじゃよ」
 
   了



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2019年10月14日

3540話 風魔


 台風が近付くと岩田翁は頭が痛くなる。低気圧のためだろう。それに妙に気温が上がり、生温かくなる。そろそろ暖が欲しいと思っているときに、暑さが戻ったような感じで、この急激な温度差のためか、身体も重くなる。中が付いてこないのだろう。
 岩田翁は風魔のことを思い出した。それは台風の直撃を受けたときだ。空気の玉のようなのが飛んできてフワフワ漂っていた。どこから入り込んだのか、野球のボールぐらいの大きさ。そんな隙間はないはず。もしやと思いトイレに行くと、その窓がボールが通る程度開いていた。便所の戸は閉まっている。だから岩田翁が入って出たとき一緒に付いてきたのだろう。岩田翁の部屋は奥まったところにあるが、戸はほとんど開けている。だから家の中を飛び回っていたのだろう。
 それが風魔。
 岩田翁はそっとその風魔を両手の平でひよこのように軽く捕まえた。そしてフワフワした玉の奥に目鼻らしきものを見た。怖い顔をしている。
「誰だ」と岩田翁が聞くと「風魔」だとこたえた。そう聞こえたのかもしれない。
 風魔は南方の悪魔で、台風の目の中に閉じ込められ、ここまで来たらしい。台風から目がなくなり、ただの低気圧に変わったとき、飛び出たのだろう。時間的にも岩田翁の真上を通過した直後だ。このとき、既に低気圧に変わっていた。
 風魔は幻のような存在で、手応えがない。岩田翁はぐっと両手で握ってもスカスカ。物理的なものではないのなら、台風の目に閉じ込められることもないはずだが。
 しかし、風には弱いらしい。影響を受ける。特に空気の渦に弱い。風の悪魔なのだが、風に弱いのだ。
 戻りたいかと問うと、頷いたように見える。しかし、便がない。南方へ向かう便が。
 しかし、何度か、そういうことがあったらしく、帰る方法を知っているらしい。それは海流。かなり遠回りになるが太平洋を半周以上するコースがあるらしい。
 それは遠いだろ。台風なら一週間でここまで来られるはず。海流では遅いし、何処へ流されるか分からんだろうだろと聞くと、コースは分かっているらしい。
 この風魔、自力で動ける距離はしれているらしく、遠距離移動はできない。だから風に流されるとかでないと無理。
 それでは南方へ向かう飛行機か船に入り込めばいいと岩田翁が進めると、閉じ込められるのは嫌だという。
 物理的な存在ではないはずなのだが、壁抜けはできないようだ。何処かこの世の影響を受けているのだろう。だから岩田翁にも見えるのだ。ただ、かなり薄い。よく見ないと、玉の奥にある目鼻は見えない。
 結局、この風魔、一番効率がよく、そして自然な方法で南に帰ることに決めたようだ。
 それは渡り鳥にくっつくこと。
 その季節になるまで、岩田翁の家にいた。
 風魔、南の島での本当の名前は直訳すると魔球とか。知らなくてもいい知識だ。
 
   了

 
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2019年10月13日

3539話 ライブの前に


 宮内の町でライブをするのなら、しんさんに声をかければいいと聞いた。しんさんは有名人なので、聞けば何処にいるかすぐに分かるとも。
 しんさんは古いミュージシャンで、この世界では草分けに近いが、ヒット曲がなく、もう忘れられた存在だが、この業界では誰もが知っている。知らなければモグリ。だが、最近はモグリのミュージシャンが多く出てきたため、しんさんといってもピンとこない。ましてや地方にある聞いたこともないような宮内の町。
 柴田は全国ツアーで地方を回っているのだが、何度かに分けている。その中に、宮内が含まれているのだが、これは自分で決めた。宮内にライブハウスがあるので、庄内と駿河の間の町なので、ついでなので、そこも入れた。ただ、柴田は無名ではないものの、かなりの若手。
 それで宮内でやるのならしんさんと会ったほうがいいという話。やくざの縄張りではあるまい。
 しかし、やる前にしんさんに声をかけておくことを何度も念押しされた。
 そのしんさんの歌、レコードにもなっていない。ネットで調べてが、まったく引っかからない。そして今はもう歌っていないのだから、普通の人だろう。宮内が故郷なのかもしれない。
 噂では顔を繋いでおかないと、客が入らないらしい。ただ、ファンが多い人は別で、入りきれないだろう。しんさんに声をかけさえすれば、結構人を集めてくれるらしい。そのほとんどはしんさんと縁のある人達だが。やはり地元の強味かもしれない。そこに根を張っているのだから。
 柴田は二人でも三人でもいいと思っている。それほど有名ではないので、それは仕方がない。だから、無理にしんさんに頼んで、客を増やしてもらわなくてもいいような気がするが、宮内まで来てしんさんと会わなかったとなると、問題だという。どんな問題が起こるのだろう。
 しんさんは有名ではないが、その友人達は大御所になっている。凄い名前がずらりと並んでいる。顔が広いのだ。だからしんさんに挨拶しておくのはいいことだという話。後々何を言われるか分からないので。
 それで柴田は宮内の町に入ったとき、すぐにしんさんを探した。
 誰でも知っていると、久保田がいっていたので、通行人に聞いてみた。すると、すぐに分かった。
 教えられた家は、結構古くて立派な屋敷だった。ここが実家なのだろう。
 インターフォンを押すと若い子が出てきた。この家の子供だろうか。高校生だろう。
「しんさんいますか」
「ああ、ちょっと待って」
 そして出てきたのはお婆さんだった。
「しんさんですか」
「そうですが」
「間違いました」
 しかし確認しなくても、姿を見れば分かるだろう。どう見ても婆さんだ。
「あんた、探しているの、のぶさんじゃないかい」
「ああ、そうかもしれません」
 その信さんは四軒向こうにある酒屋にいるらしい。
 酒屋は既に廃業している。配達する人がいないためだろか。しかし自販機は並んでいるが。
 シャッターを叩くと、すぐに人が出てくる気配。
「はい」
「のぶさん、お願いします」
「ああ、おのぶさんだね」
「しんさんともいいませんか」
「おのぶさんです」
「おがつきますか」
「はい」
 ここではもう確認の必要はないだろう。しんさんはもうかなり年を取っているが男だ。
 おのぶさんというのは、この家の出戻りらしい。もう会う必要もないのだが、店舗跡に、フワッと姿を現した。
「何か」
「いえ、しんさんを探しているのですが」
「しんさん」
「男です」
「知らない」
 出戻りは小姑の顔を見る。
 小姑も知らないらしい。
 誰でも知っている有名人ではなかったようだ。
 久保田が大袈裟にいっただけなのだろう。
 そのあとも、しんさんを訪ね歩いたが、一人、やっとしんさんを教えてくれたが、子供だった。
 どうもしんさんというのは通り名で、愛称のようなものだろう。本名が「真」ということも考えられるが、真一とか、信太郎とか、その年代なら、そんな名かもしれない。しかし上の名字が分からないので、何ともならない。
 ライブハウスで聞けば一発だが、久保田によると、その前にしんさんと会えということ。これで、ライブハウス内での扱われ方が全く違うからと。
 しかし、業界内だけで通じる愛称では何ともならなかった。
 結局しんさんは見付からないままライブとなる。
 別に何の影響もなかった。
 後でライブハウスの人に聞くと、しんさんはその日聞きに来ていたらしいが、客の中に知り合いがいないので、途中で帰ったとか。
 宮内でしんさんに挨拶しなかったが、その後しんさんの祟りはない。
 
   了




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2019年10月12日

3538話 特殊な能力


 妙な子だと言われ、村の悪童に取り囲まれ、あわやとなったとき、カラスが飛んできた。見ると周囲の木々にカラスの群れ、明らかに襲ってくる勢い。
 また少し山に入った所で、熊と遭遇したのだが、怯えているのは熊で、飛んで逃げ去った。
 この少年、ある日村に来ていた高僧のもとに連れていかれた。変わった僧侶で、位は高いが、妙なことに興味を持ち、特にこの少年のような不思議な能力を見聞するのが好きなようだ。これは本道ではない。そのためか、今の位が限界のようで、人徳に少し難ありとされている。それでもかなりの高僧だ。
 高僧は少年の相を見て、将来世に頭角を現すであろうと予言した。ただの百姓の子供。時代は既に江戸時代中頃。大きく世が変わる動乱期ではない。
 村の悪童達はカラスに襲われそうになってから、もう近付かなくなった。ただ、一人だけ、どうしても懲らしめたいと思い、その少年と対決したことがある。今度はカラスは来なかったが、少年から出ている殺気に驚き、逃げ出した。別に目の色が変わったとかではなく、このまま取っ組み合いになれば殺されると直感したためだ。
 少年の家は土地持ちの農家で、所謂本百姓。小作人こそいないが、これで食べていける田畑を持っていた。長男である少年は、真面目に野良仕事を手伝った。もう悪童達もいい年になり、その少年に絡んでくることはなかった。ある年代になると、もう大人扱いになるためだ。
 つまり、この少年、普通の百姓の子として、その後もこの村で過ごし、やがて、家を継いだ。
 子供も生まれ、やがて孫もできた。
 彼は自分に特殊な能力があることを知っていたが、それを使うようなことはなかった。
 ただ、孫と遊んでいるとき、すっと鳥を呼び寄せたりする程度。
 潜在能力、それがいくらあっても使わないままのことがあるのだろう。
 小さい頃、お寺に来ていた偉い坊さんの予言も当たらなかったようだ。僧侶にその能力が無かったのだろう。
 彼はその後も世に頭角を現すことなく、一生を終えた。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 12:01| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする