2019年10月11日

3537話 すっきりさせる


「色々思うところがありまして」
「辞めるのかね」
「はい」
「何を思った」
「いえ、事情がありまして」
「それを思ったのか」
「はい」
「どんな事情かね」
「諸事情」
「だから、どんな事情なのかね」
「それは言えません」
「理由はそれだけかね」
「はい、一身上の事情でして」
「君だけの一方的な事情だね」
「そうです。僕だけの問題です」
「まあ、いいがね。去る者は追わずだ」
「ここがどうこうしたとかのことではありません」
「どうこうとは何かね」
「いえ、仕事関係ではなく、家庭の事情です」
「だから一身上の事情なんだね」
「そうです」
「分かった。手続きをしておこう」
「はい、有り難うございました」
「嬉しそうだね」
「いえいえ。苦しいです。折角慣れてきたところなのに、すぐに辞めてしまうのは心苦しいのですが」
「苦しくなさそうだけど」
「じゃ、これで」
「最後に」
「はい」
「一つ聞きたい」
「あ、はい」
「何か言いたいことがあるだろ」
「いえいえ滅相な、何もありません」
「そうか、じゃいい」
「失礼します」
「もう二度と会うこともあるまい」
「はい」
「すっきりしただろ」
「いえいえ」
「私はすっきりした」
 
   了




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2019年10月10日

3536話 片隅の人


 神田という人がその業界にいるが、存在感が薄い。それは若い頃からそうで、そういう人がいるということは当然認識されているが、ほとんど相手にされていない。目立たないのだ。影が薄いのだろう。それで神田ではなく、影田と呼ばれている。
 注目されるだけのものがなく、また大人しい性格で、口数も少なく、いつも隅っこにいる。つまり辺境の人だが、中原での人の入れ替わりが激しい中で、神田の存在も何の保証もないのだが、不思議と無事でいる。都ではなく田舎なので、影響が少ないのかもしれない。
 そして中心部での争いなどにはまったく関わらない。辺境に神田がいることは知られているが、役に立たないので、無視されていたのだろう。また、数に入れなくてもかまわない存在。
 その神田ももういい年になっていた。その間体制が何度も変わり、消えていった人も多い。神田は相変わらず業界の片隅でひっそりといる。いてもいなくてもいいような存在なのだが、それなりに業績を積んでいる。キャリアだけは長くなり、若手にとっては大先輩に当たる存在。だが、そんな人がいることさえ影の薄さからなかなか気付いてくれる人もいない。
 ある時期、大変動が起こり、体制派と反体制派の凄まじい闘争になり、共倒れした。
 さて、そこで出てくる。
 人がいないのだ。
 そういえば神田という大先輩が一人いたなあ、ということで、思い出してもらえた。
 神田はこの業界のトップとなった。
 人がいないのだ。
 神田には元々人を引っ張るような力はなく、リーダーの条件をほとんど持っていない。
 しかし、下の者の意見をよく聞く人なので、その温和な性格でか、結構丸く収まった。
 よく考えると、この業界、リーダーなどいらなかったのだ。
 
   了




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2019年10月09日

3535話 思い出の中の人


 過去は戻ってこない。と思うのは、思い当たることがあってからのことだろう。
 以前行ったことのある土地、町でも山でも場所でも建物でもいい。同じことがまたできるのなら、そうは思わないだろう。消えてなくなったものならもう二度と行けない。その場所までは行けても、目的とするものがなかったりするため。
 また人もそうだ。何年何十年も経つと、もう関係が消えたりし、その人が生きていても、もう二度と会えないとか、会ってはいけないとか、そういったことがある。状況が違っているためだ。
 当然以前行った旅行先。これはそっくりそのまま戻れるかもしれない。多少は変わっているにしても。しかし、そこへ行く気がもうなかったり、また旅行などしなくなっていたりすると、思い出の地へは行けない。物理的には行けるが、問題は本人が昔のままではないということ。これが一番大きい。その時代、その年の頃は再現できない。
 そういうのは何かの拍子で思い出すことはあっても、以前ほどには鮮明には覚えていない。旅行から帰って来たあたりでは一部始終覚えている。車窓から見える山並みとか、離れた席に座っている人の話し声とか。会話のセリフ全ては無理だが。
 それが一年、数年になると、かなり間引かれてしまい、もっと年を重ねると、そういう所へ行った覚えはある程度にな。行ったことは覚えている程度。
 昨日のことを思い出そうとしても、結構忘れているのに、遙か彼方の過去のことになると、ほとんど記憶から消えているだろう。ただ、事実関係程度は何となく覚えている。
「思い出の中によく出てくる人なのですがね」
「はい、誰にでもいますよ。印象深い人が」
「ところが記憶にないのです」
「記憶にあるから思い出すのでしょ」
「はい、色々なところに出てきます」
「じゃ、記憶にあるじゃないですか」
「ところが、誰だか分からない」
「まあ、忘れることもありますよ」
「覚えていないのに忘れることもないでしょ」
「え、どういう意味ですか」
「思い出の中だけに出てくる人なのです」
「ほう」
「そんな人はいません。私の過去の中には」
「何と」
「当然名前も曖昧で、顔も曖昧です。しかし、よく知っている人なのですが、誰にも該当しないのです」
「それは夢の中での話ですか」
「違います。普通に昔のことを思い出したとき、色々な人が出てきますが、その中に混ざっているのです」
「何か、故障でしょ」
「そうなんですか」
「そうですよ」
「故障とは、また……」
「思い出というのは作られるものかもしれませんからね。その都度ね。だから、その再現装置が故障したのでしょ」
「いやいや、もっと神秘的で不思議な話ですよ。これは」
「何か影響ありますか」
「ありません。ただの回想ですから」
「じゃ、それでいいじゃありませんか」
「あ、はい」
 
   了




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2019年10月08日

3534話 菓子箱


「秋の初めの頃は体調が悪くてねえ」
「夏の終わりがけにも言ってましたよ」
「いや、夏の終わりと秋の初めじゃ違う。タイプがね。だから体調の悪さも違う」
「そういえば夏頃は何も言ってませんでしたね」
「安定してたからね、天気が。だから体調も安定していた」
「冬もそうですか」
「そうだ」
「じゃ、秋の終わり頃は」
「悪い」
「冬の始まり頃は」
「悪い」
「秋の終わりと冬の始まりは同じじゃないのですか」
「これも違うのだよ」
「じゃ当然冬の終わり頃とか春の始まり頃とかも悪いのですね」
「そうだね」
「それは治るのですか」
「季節が深まればね」
「はい」
「それだけの話だ」
「そうですね」
「しかし、影響がある。体調が悪いときは静かにしている。だから生活は落ち着いている。だから悪い時期じゃない。体調は悪いがね」
「じゃ、体調が悪い方がいいと」
「それはいけない。特に秋の初めのだるさは何とも言えん。夏の終わりにはそれがないが、秋の初めは怠い。それと風邪の症状と似たものがある」
「はい。それは辛いでしょ」
「そこまで厳しくはない」
「はい」
「ところで今日は何かね」
「少し頼み事がありまして」
「さっきまで聞いていただろ」
「まだ話していませんが」
「いやいや、体調が悪いと言ってるんだ。頼まれごとなどできる状態じゃない」
「でも、簡単なことなので」
「うーむ。面倒なことはこの時期したくない。静かにしていたい」
「尻に火が点いています。助けてください」
「自分で消せ」
「何とかお願いします。ある人物を紹介して欲しいのです」
「消防の人か」
「違います」
「さっさと言え、回りくどい」
「西田さんを紹介してください」
「西田か」
「はい」
「必要なのか」
「西田さんなら助けてくれます」
「分かった」
「助かります」
「安い御用だが、あの人も体調を崩しておるはず」
「そうなんですか。どんな容体で」
「私と同じだ。秋の初め頃は体調を崩しておられるはず」
「じゃ、見舞いがてら、伺います」
「しかし、わしよりひどいぞ」
「そうなんですか」
「まあ迷惑な話だ」
「すみません」
「それに」
「はい」
「今日は頼み事をするのに、手ぶらかね。横の風呂敷包みは何だい」
「はいはい、これをどうぞ」
「何だ、菓子か。しかも包装もしていない」
「粗末なものなので」
「菓子箱だけは立派じゃなあ」
「はい」
「それに重いのう。水菓子か」
「いえいえ」
「甘い物か」
「え」
「だから甘い菓子か」
「それは、忘れました」
「しかし、重いのう」
「饅頭だと思います」
「あんこの重さか」
「はい、つまっていると」
「しかし、どんな菓子か分からんとさっき言っていたが」
「いえ、おそらく、そうだと」
「分かった。じゃ、西田へは電話しておく。それでいいな」
「はい、有り難うございました」
 
   了




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2019年10月07日

3533話 何でもないもの


 何でもないもの、これが一番扱いにくかったりする。特徴がないためだ。特に何かが飛び出しておらず、これといった引っかけどころがない。簡単で、たわいのないもので、ありふれている。これを意識的に扱うとき、掴み所がないのだ。
「世の中にはそういう面もありますねえ」
「ほとんどそうだったりしますよ」
「そうなんですが」
「ごくありふれたものなので、何処にでもあり、何処にでも転がっており、見飽きるほどありふれています。だから、逆に難しいのですよ」
「ほう。平凡すぎてですか」
「そうです」
「じゃ、平凡に扱えばいい。だから一番簡単で扱いやすいはずですよ」
「だから難しいのです」
「うむ、その理屈が分かりませんが」
「平坦すぎてメリハリがない」
「それが特徴でしょ」
「特徴と言えるものが少しでもあればそこを弄れますがね。それがない」
「ほう」
「だから、特徴が有り、非凡なもののほうが扱いやすい。ポイントがはっきりしていますからね。そこを弄ればいいのですよ」
「のっぺらぼうでは弄りようがないと」
「だから、ここからはかなりの技巧が必要なんです。一番扱いが難しいのでね」
「その場合、どうされるのですか」
「のっぺらぼうに目鼻を付けます」
「なるほど」
「扱う人によって顔が変わります。特徴がないのですからね、僅かな起伏を膨らませることになります」
「妙なことをされているのですね」
「平凡なもの、ありふれたものから価値を見出す。これをうまくできるようになれば、宝の山ですよ。ゴロゴロ素材が転がっていますからね」
「そんなうまい話があるのですか」
「いや、これは心がけの問題でしてね。元々何でもないものなので、何もないわけです。だから勝手に何かあるようなつもりでやるわけです」
「はあ」
「最初から難しそうなものは意外と簡単なのですよ」
「違いは何でしょう」
「違わないところを違えることです」
「もう分かりません」
「まあ、何でもないものを扱うのは超上級者でしかできません。なぜならどう扱っていいのか見当が付かないからですよ」
「難しいお話、有り難うございました」
「理解できましたか」
「できませんでした」
「簡単な話過ぎたようです」
 
   了






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2019年10月06日

3532話 不思議な話が残る村


 小倉村から先は辺境に入る。小倉村そのものも片田舎にあるのだが、それなりに平地がある。盆地だ。古くから開けていた場所なので、田舎だがそれなりの文化も育っている。ただ、中央から見れば草深い田舎。実際、草の丈は長いようだ。
 小倉村には様々な伝承があるが、その中でも怪異談が豊富。小倉村の先は何もない山々が続き、村落はない。ただ、僅かながらも平らな場所もあるのだが、敢えてそこには村を作らない。山の神の土地だと言われているためだが、奥山とはそんなものだ。そこから神が漏れてくるわけではないが、御山の入口あたりで色々な話が残っている。
 当然村内にも数え切れないほどの怖い話や、気味の悪い話、また妙な現象についての言い伝えもある。当然楽しい話、愉快な話もあるにはある。要するにそういった昔話の宝庫。だから怪異談の数も多い。決して怪異談だけが伝わっている村ではない。
 ここを調査した人は結構いる。ほとんどが口承で、口から口へ耳から耳へ、それをまた誰かに伝えるというもの。
 当然書き留めた人もいるが、数は少なく、口承のほうが圧倒的に多い。
 最近になって、一人の研究家が、そこを訪れた。既に調査され尽くし、聞き取りなどはもう既に終わっており、それを聞いたとしても、既に初めて聞く話ではない。
 本田というその学者は、いつ頃からの話が多いかを調べた。すると平安時代までは遡らないようで、鎌倉時代の中頃からの話が多い。当然この村の歴史は古いので、さらに昔の話も伝わっているはずだが、それはない。
 さて、細かい話は抜いて、本田が調べた結果を話そう。
 鎌倉時代に入るまで、このあたりは中央とは切れていた。その頃流れてきた人がいる。流浪の語り部らしく、琵琶法師のようなもの。ただ、楽器は使えない。だから一席設けて、そこで話して金銭を得ていた。勧進坊主のようなもの。
 怪異談のほとんどは、この男の創作らしい。本田が調べたのは、この男の消息だが、ほとんど分かっていない。
 この男の話を聞いた村人が、他の村人に伝えだした。不思議な話なので、人に喋りたくなったため。
 そこには山の神や鬼や、河童や狸や、馴染み深いものが登場してくる。
 先に話ありきで、フィクションが先なのだ。
 それを村人から村人へ、そして、その子から孫へと話しているうちに、フィクションであることを忘れたのだろう。
 その後、そういう異変がよく起こり、不思議な現象、山から天狗が下りてきたとか。川で河童を見たとかが続いた。
 河童が先にいるのではなく、河童の話が先にあるのだ。それから河童が出るようになった。
 本田は鎌倉の中頃に来たその漂泊者を調べたが、手掛かりは何もない。あるのは、そういう人が村に来て、不思議な話を聞かせてくれた程度のもので、これは書きもので残っている。しかし、その後まったく忘れ去られた。
 こいつが原作者なのだ。
 その後、本物の異変が起こり、妖怪変化がうじゃうじゃいる地方になった。
 これこそ不思議な話だ。
 
   了
 


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2019年10月05日

3531話 腹八分


「腹八分がいい」
「また、急に何を言い出すのですか」
「茶碗がある」
「はい」
「それに富士山じゃないが八合目あたりで止める」
「八割ということですか」
「まあ80パーセントということじゃ」
「茶碗の大きさにもよりますが」
「細かいことはいい。八分で止める。ましてや山盛りは駄目」
「てんこ盛りですね」
「それは亡くなったときに備えるご飯で、これは縁起が悪い。それに箸をご飯の上からグサリと刺すとなると最悪。墓じゃないか」
「箸墓ですねえ」
「まあ、そういう話じゃない。ほどほどにしておけということだろう」
「それが最近の好みなのですか」
「やや不足している程度がいい」
「でもその不足分、すぐに手に入るのでしょ」
「それを控える」
「満腹じゃ駄目ですか」
「満ち足りてしまうとね」
「満ちないほうがいいと」
「そうじゃな。まだ余裕を残しておる状態。しかし、やればできるのだが、しない。満腹ではそこで終わってしまう」
「もの凄くよく聞く話ですが」
「分かっていてもできない」
「腹八分目はどのような境地ですか」
「やればできるのだが、しない」
「駄目じゃないですか」
「そうだな。何か手を抜いているように聞こえるが、そこが際どいところでな」
「はい」
「寸止めの余韻」
「また、ややこしいことを言い出しましたねえ」
「ややこしくはない」
「村八分などはどうです」
「あれは村人としての付き合いは八分は駄目。しかし二分はできる。葬式とかには出られる」
「じゃ、腹八分とはまた違うわけですね」
「腹二分になるからな」
「そうですねえ」
「二分じゃ食べたことにならない」
「今回はどういうところから、思い付かれたのですか」
「わしの話は全部思い付きか」
「そうじゃなく、急に言われるので、何かあったのかと思いまして」
「控え目の良さのようなものを体験したのじゃ」
「師匠ほどの人が、今頃そんなことを」
「立派な師匠なら、こんなところで、ゴチャゴチャ垂れてはおらん」
「はい」
「控えるというのは少しだけ欲を抑えることでな。全部じゃない。少しだけ。これがいい」
「はい」
「腹八分なら空腹ではないはず。だから支障はない。我慢とかではないはず。少し物足りないかなと思う程度だが、美味しおかずがあればもっと食べたいと思うが、普段の飯はそんないいものではないはず。さっさと済ませたいときも多い。食べるのも疲れるのでな」
「それだけですか」
「いかんか」
「それだけでは物足りません」
「だから腹八分にしなさいと言っておる」
 
   了



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2019年10月04日

3530話 隅の埃


 何の事務所かは分からないが、個人事務所。だから小さい。建物も古い。場所もオフィス街から離れている。町名一つで安くなる。
「何かありますか」
 訪問者が聞く。
 仕切りが一つあり、そこに接客用のテーブルがある。
「何もありませんねえ」
「ありませんか」
「まあ、無理に探せばあるにはありますがね」
「ほう、どのような」
 訪問者は身体を乗り出す。
「部屋の角に埃が溜まりましてねえ。既に綿ぶく状態です」
 訪問者は事務所の角を見るが、どの角も物が置かれている。
「ここじゃありません」
「分かっています。冗談です」
「これが気になってましてねえ。さっと箒で掃けば済むこと。しかし、その行為には至らない。何故だと思います」
「さあ」
「少し綺麗になるだけです。まあ、普通になるだけで、綺麗さが新たに加わるわけじゃないですが、この隅は板の間でしてね。いい木を使っているので、磨けば光るかもしれません」
「何かあるとはそのことですか」
「いや、その程度のことじゃ何ともならないでしょ。ただの掃除ですよ」
「私に掃除を依頼したいと」
「何かないかといわれたのでね。その程度しかないということですよ。頼めますか」
「分かりました。引き受けましょう」
「わざわざあなたが出るほどの用事ではないでしょ」
「他に何もないので」
「そうですか。じゃ。お願いします」
「その部屋の角の埃だけでいいのですね」
「そうです。そこだけです。そこに溜まりやすいのです」
 訪問者は地図を書いてもらい、鍵を預かった。
 場所は郊外。住宅地。
 地図にある建物を見付け、玄関口に預かった鍵を差し込むと、カチッと開いた。
 そして、建物に入り、教えれた部屋に入る。二畳ほどの板の間。その隅は一箇所。
 確かに埃が溜まっていた。
 そのまんまの依頼だった。
 
   了




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2019年10月03日

3529話 陰獣対陽獣


 平田陰獣と蛭田陽獣がいる。どういう分け方かはすぐに分かるだろう。
 この陰獣と陽獣は意外と仲がいいかもしれないし、悪いかもしれない。また普通だったりするかも。
 少し暗い人、明るい人はいる。陰獣はうんと暗い人で、陽獣はうんと明るい人。両端にいるのだが、その端っこの人数はかなり少ない。暗すぎる性格もおかしいし、明るすぎる性格もおかしい。ほとんどの人は中獣だろう。
 だから中獣の場合、特に語ることはない。それが問題にはならないためだ。
 ある日、とある業界の総会で、偶然この二人が同席した。座敷だ。しかも狭い。茶室にもなるらしい。ここはそれなりの人しか入れない。茶の席では身分はなくなるのだが、ここは偉い人の控えの間のようなもの。または休憩所。
 そこに偶然平田陰獣と蛭田陽獣とが鉢合わせになる。
 総会行事は大広間で行われているが、今は雑談状態。懇談会、親睦会のようなもの。一寸した展示などもある。
 二人共長老格だがライバル同士ではない。本当の長老は別にいる。普通の人だ。陰獣では駄目で、陽獣でも駄目なので、二人とも端っこにいる長老。そして長老が結構多い。
 だから総会ではなく、長老会のようになっている。
 この業界、もう古くなり過ぎ、若い人がいない。全員年寄りだと、いきなり若者は入りにくいだろう。その中間の年齢の人がいればいいのだが。
「まずいです」
「二人一緒かね」
「そうです」
「何をしている」
「お茶でも飲んでいるのでしょ。静かです」
「会話は」
「ありません」
「じゃ、何も起こっていない」
「しかし、まずいです。両極端なので」
「そうだね」
「それに二人とも暴れます」
「獣だからね」
「そうです。危険です」
「まあ、二人共大人だ。馬鹿なことはしないだろう。それに長老なんだし」
「そうですね」
「しかし長いねえ。なかなか出てこない」
 幹事は心配になり、その茶室風の襖を開けた。
 すると、二人とも横になっている。向かい合ったまま横たわってしまったのだ。
「睨み合っていたのでしょうねえ」
「そうに違いない」
 相打ちと言うより、共倒れだった。
 
   了



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2019年10月02日

3528話 創意工夫


「多彩なアタック方法ですか」
「そうです。多様な」
「そのメリットは」
「同じことでも新鮮に見えます」
「あ、そう。中身は同じで、やっていることは同じなので、結果も同じでしょ。だから同じことの繰り返しに過ぎませんねえ」
「まあ、そうですなあ」
「それで、新たな展開とか、進歩とか、そういったものが、その新たなアタック方法で生まれるのなら別ですがね」
「生まれません」
「じゃ、駄目ですねえ」
「しかし、同じことを繰り返しておりますとですね、もう考えなくてもできる。暗記してますからね。意味など考えない。次はこれをして、終われば、これをしてとかの流れが自然に付いていますから」
「それは慣れというものですねえ」
「そうです。しかし」
「はい」
「意識してやり出すとできない」
「ほう」
「次は何をしていいのか順番さえ見失います。しかし前後のことを考えれば、すぐに分かりますがね。でも、これでいいのかと不安になったりします」
「ほう。何でしょう」
「パターンで覚えているのでしょうねえ。中身じゃなく」
「それはありますねえ。私はパソコン操作が苦手なんですが、ファイル一覧からファイルを選ぶとき、上から二番目とか、三番目とか、そういう方法でやっています。ファイル名など見ない」
「それに近いです」
「これは会社のパソコンですがね。たまに誰かがフィル一覧の順番を入れ替えたりしています。更新順とか、新しい順とか、名前順とか。すると、もう分からなくなります。ファイル名を見ないと、探せません。ところがいつもは上から三番目です。これを動かされると止まりますねえ」
「はいはい、それと同じなんです」
「ファイル名もですねえ。ずらりと並んでいる中から探すときでも、短い目のファイル名だったので、まずはそこから探します」
「もうその話はいいです」
「そうですか」
「本題はアタック方法を毎回変えるということです」
「ああ、忘れていました。そういうお話しでしたねえ」
「順序を変えると、違った道を歩いているようなものでしてね。通り方によって、印象が違うのです。それで、新たな発見があったりします。パターン化したやり方では気付かないことです」
「はい」
「終わりました」
「ああ、それだけでしたか。何かすごいことを言い出すのではないかと期待していたのですがね」
「まあ、同じことばかりしていると飽きてくるものですよ。だから飽きないような工夫です」
「でも新たなものを産み出す方法じゃないでしょ」
「それは先ほど聞きました。それがどうかしましたか」
「いえ、進歩とか、色々と」
「多少進んだ程度では何ともなりませんよ」
「なりませんか」
「千メートルに一ミリ足す程度ですから」
「ああ、なるほど微々たるもの」
 
   了





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2019年10月01日

3527話 範囲内の世界


 世の中には範囲がある。当然個人にも範囲がある。その範囲から外に出ようとするのはうんと若い頃だろう。自分を試すためではないものの、行けるところまで行ってみようと。つまり未知なる可能性を持っているためだ。未知に対しては憧れを懐きやすい。夢や希望というのはそのあたりにある。つまり今の範囲から出たところ。
 ただ、範囲を確かめる必要もない人もいる。与えられた範囲、常識的な範囲で充分という感じだが、それさえ難しい場合もある。普通にやればここまで行けるだろうという一般的な事柄でも、辿り着けなかったりする。
 一般的な人達にとり、あたりまえのことであり、普通のことでも、そこに達していない人にとり、それは未知の世界。
 当然、それら一般的な範囲から遙か彼方まで行った人もいる。平凡な村人ではなく、飛び抜けた村人で、平凡ではないので非凡な人だろう。こういう飛び出しは嫌われるものである。ただ、村のためにもの凄く役立つことをする人なら大歓迎だろう。村長になれる。しかし、村規模を越えてさらに広いところを範囲とした人は、あまり村には貢献しなかったりする。
 それなりの年、分別が付く頃には、自分の範囲が何となく分かる。それが分別というものだ。ではもう冒険しないのではないかというと、そうでもなく。実はこの範囲内にも秘境があるのだ。
 県会議員が市会議員ほど市内のことを知らないようなもの。あまり細かすぎて、そこまで見えないだろう。ローカルすぎるためだ。さらに市会議員よりも、町内の自治会の人のほうがよく知っている。ただ、お隣の町内のことはあまり知らなかったりしそうだが。
 それをぐっと縮めていくと、向こう三軒両隣となり、そして我が家となり、自分個人となる。流石にここまで来ると、もう本人にしか分からなかったりするが。
 さて範囲内の秘境だが、それは探せばいくらでも深みがあるはず。何も広い世界に出なくても、狭い町内でも十分深かったりする。
 ある範囲内で物事を行う。これは広い世界で自由に泳ぐよりも、難しいかもしれない。
 限られた資源を使い、それだけでやるようなもの。その範囲を超えた芸や手を使わないで、やりくりする。そこでは創意工夫とか、色々と凝ったことをしないといけない。だから難しいのだろう。
 たとえば何でもないものを何でもなくはないように見せるようなもの。
 これは幼児が使うクレパスで名画を描くようなもの。こちらのほうが実は奥が深かったりする。
 
   了


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