2020年04月30日

3736話 妖怪博士の月参り


 その日は月参りのお寺さんのように平田邸を訪問する日だったので、妖怪博士は出掛けることにした。少し遠いが電車とバスで行ける。お得意さんなので、これは大事にしないといけない。単発の妖怪退治ではなく帯の仕事。
 平田氏は立派な屋敷に住む老紳士。家の立派さと経済力は関係ないかもしれないが、妖怪博士は長屋のようなところに住んでおり、これは経済力と関係する。本来は妖怪の研究家なのだが、そんなことで食べていけるわけがない。
 閑静な住宅地、今風な建売住宅の分譲地ではなく、昔からある屋敷町。道路が広いわりには車が少ない。妖怪博士はそこでバスを降り、歩道を歩いている。原型が何かよく分からないようなヘアースタイルの犬がいる。犬の美容院でやってもらったのだろうが、人と違い全身に毛があるので、割高だろう。色々なところが膨らんでいる。毛を全部抜けば、カシワにしたニワトリのように貧弱かもしれない。
 歩道には枝道があり、横からの道と交差する。その距離分の塀が長く伸びていたりする家もある。ここまで広いと個人の家ではなく、会社の寮かもしれない。高い塀からは母屋は見えないが、平屋のようだ。
 そこを通過し、二つ目の道を左に入ると平田氏の家が見てくる。家ではなく繁みが。庭に大きな木がある。神社でもあるのかと思うほど生い茂っている。こんなことをするからややこしいものが出るのだ。
 そして、出て久しい。出る度に妖怪博士は行くのだが、あまりにも頻繁なため、月契約にした。月に一度だけ行くことに。ただ、何も出なかった月もある。本当に出るのは数ヶ月に一度ほど。これは妖怪博士にとっては有利だが、行ってもやることがない月もあり、逆に退屈する。
「今月は無事でしたかな」
「はい、お陰様で」
「長いですなあ」
「お世話になります」
「いえいえ、この妖怪は退治できないタイプのようです。妖怪ハンターとしては面目ない限りです」
「いえいえ、あなたは妖怪研究家、退治するのが本業ではないのでしょ」
「まあ、そうですが」
「それをわざわざ私がお願いしているわけですので、私の方こそ無理な注文を」
「いえいえ、これもまた、研究の一環です」
「そうですか。しかし正体は何でしょうねえ」
 風もないのに庭木が揺れ、カーテンに写る梢の影が妙な形になったりするらしい。
 平田邸は何度も建て替えているが、元々は武家屋敷があった場所。庭木の大木はその頃の名残。その先に小高い岡があり、城跡がある。
 昔からある屋敷町なのだ。当然明治までは平田氏は藩士、そして位も低くはない。
 そのあたりに原因があるのではないかと何度も聞いたが、平田氏は否定。そんな話は聞いたことがないらしい。
 幽霊が出るわけではない。人から怨まれるようなこともない。またいくら怨まれていても未だに幽霊として出るのは希だろう。それなら妖怪博士のジャンルではない。
「ところで妖怪博士、最近どうですか」
「はい、ぼちぼちです」
「妖怪研究なんて羨ましい。それで、今も妖怪は方々で出ておりますか」
「多いですが、子供向けばかりで大人向けは減っているかと」
「老人向けが増えてもおかしくないように思われますが」
「さあ、需要の問題でしょ」
「そうですか」
「この一ヶ月、異変はなかったようですが」
「はい、お陰様で」
「油断はできません」
「それで、毎月お願いしているのです」
「そうでしたね。じゃ、やっておきますか」
「お願いします」
 妖怪博士は得意の御札、これは高い目の御札で、一種の版画だ。くさび形文字と、簡単な絵も入っている。
 妖怪博士は玄関ドアの内側の柱や、二箇所ある裏口、それと塀の木戸にもそれを貼り付けた。雨がかかるので、ビニールに包んで。
 それらの御札に効能期限はない。無期限。しかし平田氏は毎月貼り替えて欲しいと頼むので、この版木を持っている人に多い目に刷ってもらっている。そのため一札あたりの単価も安くなる。
 他にも御札はあるのだが、色々と見せたところ、平田氏はこの木版刷りの御札が気に入ったようだ。
 平田氏が気に入るということは、妖怪にとっては気に入らないはずなので、効くのもしれない。
 その御札が(オフダ)がお札(オサツ)に変わる。
 御札を渡して、お札を貰うようなもの。これをお礼(おれい)ともいう。
 妖怪博士がやっていることは、まさに月命日の月参りのお寺さんに近い。お布施をもらって帰る。
 国際情報、経済情報、政界の話などを二時間ほど平田氏と話す。
 このときの平田氏の声がいい。よく知っておられる人で、しかも語りは滑らか。雄弁だ。
 逆に妖怪博士は平田氏の読経を聞きに来ているようなものかもしれない。
 
   了
 


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2020年04月29日

3735話 一種の聖器


 神器というのがあるが、聖器はないようだ。西洋にはあるのかもしれない。まあ、聖なる物だと思えばいい。聖櫃、聖杯などが聖器に近いかもしれない。箱や器だ。
 三種の神器などは刀剣なども含まれる。聖という言葉は滅多に使うものではないようだ。また聖なる事柄は迂闊に言葉にしない方がいいらしい。
 ただ個人的には別だ。個人世界では神が走り回っている。神業として。神に近いほど優れたものや技だろうか。人では無理な技。
 聖人や聖者はいる。これは神なる人や、神なる者とは言わない。聖なるものは作ったりするし、人も聖人にはなれる。しかし人は基本的には神仏にはなれない。
 だが、個人の世界では聖なる人や聖なる物、聖なる動物などはゴロゴロしている。ただ、人に使われることが多いのだろう。物ではなく者専用に近い。
 だから神器はあるが、聖器はない。迂闊に聖器といえば性器が来るし、精気もあるし、性や生もある。
 下田が勝手に思っているのは聖器。三種の神器のように、三種はないが、聖なる器物。これはあくまでも個人用。
 その聖なるものは物。道具でもいい。これは茶碗や茶瓶でもいいし、カメラでも自転車でもアクセサリーでもいし、拾ってきた石ころでもいい。個人が勝手に思うことなので、何でもあり。当然下田はそれを人には言わない、というより言えないだろう。社会性は一切ない。だが、下田と社会を繋いでいなくはない。それが盾になり矛になる。
 何を持って聖なるものというのかは下田の感覚。だから人により聖なるものの条件なり規定はバラバラ。
 そして聖なるものの称号を与えるのは下田自身。だから、この世界では下田は偉いのだ。しかし、下田の聖器は下田よりも当然偉い。だから下田は聖器を崇めているが、儀式はない。粗末に扱わない程度。
 この聖器は下田そのものを現しているのかもしれないが、それなり聖器ではなく性器になる。それと似たような言い方や言葉が他にもあるだろう。だが、どれにも当てはまらない。だから聖器という造語をした。他で使わなければ問題はない。
 自分の内なる聖域とは関係がない。内なる仏とか神とかではない。もっと露出しており、外からでも見える。三種の神器が露出し、手に取れるように。
 聖なるものは、やはり直接言葉にしてはまずい。まずいというより簡単に言葉にできない。だから呼べない。ただ、聖器という言葉は言える。器だが、その器の中に入っているもを指せばいい。
 この聖器は一段高い。下田の理性よりも高い位置にいる。しかし神や仏ではない。アニミズムでもない。
 もう少し下世話な便所の秘密のようなことだろう。秘密にしてこそ、パワーが保たれる。
「下田君、また妙な研究を始めましたね」
「そうです。聖器です」
「紛らわしいので、やめなさい」
「ああ、言葉に出してしまいました。実はまだ、聖器という器の中に入れるものを決めていないので」
「要するに聖なるものが欲しいのでしょ。聖水とかはどうですか」
「それも、紛らわしいです」
「聖なるものはより俗っぽいものと裏表になりますからねえ」
「そうなんですか」
「まあ、そんな極端なものを使わない方がよろしいですよ」
「個人宗教のようなものですか」
「それは今は流行りでしょ。逆に俗っぽい」
「はい」
「だから、黙して語らずがいいのです。感じているだけで、それ以上何かややこしいことをしなくても」
「祭ったりとかですね」
「そうそう、余計なことをすると聖なるものも逃げてしまうでしょう」
「はい、分かりました」
 
   了
 



posted by 川崎ゆきお at 12:28| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月28日

3734話 遊山


「晴れていますなあ」
「そうですねえ」
「久しぶりだな」
「この前も晴れていましたよ」
「しかし、風が強かった」
「忘れました」
「桜も散った」
「次はツツジですよ」
「もう飽きた」
「そうなんですか」
「毎年毎年、同じことばかりやってる。たまには違うことがしたいが、これというネタがない。結局は目先のもので動く。これが情けない」
「そんな大層な」
「もっと趣向はないか」
「違う趣ですね」
「そうそう違うところを向く。どこかいい向き所はないか」
「さあ、ツツジ以外にも色々なものが咲いていますよ」
「マイナーではなあ」
「いえいえ、結構有名なのが咲いていますよ」
「そういうことじゃない。桜を見て、ツツジを見て、というパターンから出たい」
「じゃ、山でも見に行きますか。それこそ遊山です。気候もいいし」
「山で何を見る」
「まだ山桜が咲いているでしょ。それにヤマツツジも」
「また桜とツツジじゃないか」
「寺もありますよ」
「寺か」
「目先が変わるでしょ」
「しかし、どの寺も神社も同じような格好をしておって、どの寺か神社か区別が付かんほどじゃ。あるものがあるだけで、似たような目先」
「山そのものはどうですか」
「山」
「山並みとか」
「それはいいかもしれん」
「意外と、そこに来ますか」
「いや、山から見る山は滅多に見られるものじゃないし、空気も違う」
「でも少し登らないといけませんが、見晴らしのいいところまでバスで行けるところもあります。展望台とか」
「それはいいなあ」
「当然木々も見えますよ。全部見るころができますよ。山桜が残っておれば、色が付きます。山がうっすらと化粧したように。または湯気が立っているようにも見えたりします」
「いいのお。よしそれに決めた。これから行こう」
「え。それはいきなりです」
「じゃ、行く日を決めよう」
「晴れていないと駄目ですよ。今日ならぴったりですが」
「だから、行こうと言っておろう」
「今日は用事がありますし。時間的に、もう遅いです」
「分かった。私一人で行ってくる。ネタと言えばこれぞネタ」
「はい、御達者で」
 
   了




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2020年04月27日

3733話 他者の欲望


 希望というのがある。人には希望がある。望んでいることだが、どういった希望なのかが明快ではない場合もある。それは希望だけが欲しいということだろう。望んでいる事柄が曖昧でも、希望があるとないのとでは違うが、希望というほど立派なものではなくても、何かを欲しがっていたりする。この場合は具体的なものを見ているはず。
 漠然とした希望は、希望が湧いたとか、希望ができたとかだけになり、具体性がないこともある。この場合は可能性が開けたという程度だろうか。開けた瞬間希望が湧く。
 だが、具体性が全くなく、希望だけがあるということも一寸イメージしにくい。何らかの方向性や傾向が見えたのだろう。見えているだけではなく、そこへ行くことや触れることもできるような。そしてこれは人生規模になったりする。
 夢も希望もないというのは、望んでいるものが果てたのだろう。または遮られたとか、実際には無理だとか、それは様々だが、断たれたのだろう。
 そのため、夢や希望がない前は、あったのかもしれない。それが現実として無理なときの愚痴だろうか。ただ、別の夢や希望は転がっているかもしれない。だが、本人が欲しがっているものとは違っているので、夢でもなければ希望でもない。
 それとは別に、または同じかもしれないが、他人の希望、他人様の希望というのがある。自分が希望するものではなく、相手が希望しているもの、欲しがっているものだろう。人の希望だ。
 自分が思い描いた希望ではなく、期待されていることが希望になる。希望というより、そこはもう目標程度で、クエストに近い。そして本当は望んでいなかったりする。本人の希望とは違うためだ。
 この場合、相手を満足させるのが希望になったりする。相手を喜ばせることが目的になる。
 当然希望の中身にもよる。
 極端に言えば、自分だけのために生きるのか、他人だけのために生きるのかになるが、そんな極端な人はいないだろう。
 他人の希望がプレッシャーになるのは当然だろう。他人の希望と自分の希望は同じでも、少し違う。いずれズレてくる。
 または本人の希望が微妙に変化する。十年も立てばかなり違ってしまいそうだ。
 だが、あまり夢や希望といったビジョンがない人なら、他人に委ねたりする。希望が少ないのは、欲がよく見えないだけ。
 何がやりたいのかが弱いとき、またはないとき、他人の欲を盗んだりする。人が抱いている夢や希望は探さなくてもいくらでも目に入るだろう。普遍性が高い夢や希望なので、ゴロゴロしている。その中の一つを真似ればいい。ただ、本人は本心望んでいない。別にそれを欲していない。しかし、他人が欲しているものを欲しがるというのがある。
 無欲な人は確かに見かけるが、露骨でないだけで、実際には蛇のように、じっと狙い澄ませているのかもしれない。毒蛇は動かないという。
 本人の欲望も、実は他人の欲望なのかもしれない。植え込まれたの。もしそうなら、また別の人のを移植すればいい。本人が天然自然抱いているものというのはあまりない。
 夢を果たす。それは誰かにそれを見てもらいたいのためなのかもしれない。
 
   了







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2020年04月26日

3732話 妖怪変化と御札


 春先は無理だが、中頃になったので冬眠していた妖怪博士も動き出した。季節の変化に敏感なようで、暖かくなると、妖怪博士も外に出てくる。ただ、これは私用だ。真冬でも仕事となれば出掛ける。
 妖怪博士の仕事。それは重要なことではない。社会的貢献度も低い。冬場でも出掛けるのは御札が切れたときだろう。呪符。まじない札。これはお守り袋の中に入っている紙切れに近い。
 博士宅には冬場でも人が来る。妖怪を見たという患者にはこの札が必要。処方札だ。妖怪や怪現象、怪談、異変などタイプが違う。そのため、妖怪博士は色々と御札を持っているが、なくなればいつもの御札を使い回している。なんでも効く御札があるため。しかし、専用札の方が効果が大きい。いかにも効きそうに見えるためだろう。この札を相談者や依頼者に見せるだけで、もう効果があったりする。だからインチキなのだ。
 そのインチキを妖怪博士は丁寧にやっているので、御札が切れれば仕入れてこないといけない。冬場でも外に出るのはそのため。人はインチキ臭いことほど真剣に、そして真面目にやる。
 もし途中で誰かに聞かれると、これは説明しにくいだろう。説明は可能だが、御札を爆買いに行くというのは何か妙だ。これが交通安全の車に付ける御札なら問題はない。普通の神社やお寺で売っている御札でもいい。仕入れる行為ではない。ここが違う。だから大量に買うので、戻る途中、それを調べられれば、説明がややこしい。束ねた御札。伝票の束に見えなくもないが。
 閉じ籠もっていた妖怪博士も、春になると行動的になるのが、やはり家の中にいる。あまり出掛けたがらない。
 そこへ妖怪博士付きの編集者がやってきた。
「妖怪変化についてですが」
「一度それは説明したんじゃないかな。いや三度目かもしれんぞ」
「なぜ変化するのでしょうか」
「え」
「そういう質問がありまして」
「あ、そう」
「何か、コメントを」
「今、御札の整理をしているんだ」
 妖怪博士は針箱のような、または昔の薬箱のような小さな箱だが、小さな引き出しが一杯付いているところに御札を分けて入れている最中。
「変化のう」
「はい」
「内因と外因がある」
「はいはい」
「人はどうして変化をする。その説明と同じじゃ」
「長く生きた猫は猫又になります。これは内因ですね」
「超ベテランも妖怪と言われたりする」
「猫又の猫は努力したのでしょうか」
「え」
「ですから、猫又になる前はただの猫でしょ」
「猫又になる猫とならない猫がいる。普通は猫又になる猫などいないに等しいがな」
「人間になれる猿と、なれない猿の違いですか」
「さあ、猿から人になったかどうかは分からんぞ」
「今でも何処かで人間になり掛かっている猿などいませんからね」
「猫が進化すれば猫又になるわけじゃない。なるとしても何万年もかかるだろう。その猫が一生の間に叶うようなことではない」
「はい」
「しかし、長く生き続けると、ただの猫ではなくなるのだろうが、先ほどもいったように、どの猫でも猫又になれるわけではない。年老いても尻尾は一本のまま」
「じゃ、どういう猫ですか」
「猫又に変化する猫は、猫又になる原因がある。内からではなく」
「そうなんですか」
「猫又になる理由があったのじゃ。だから外因」
「はあ」
「理由というのは何かに対してで、そのスイッチを最初入れるのは外因だろう。自ら猫又になるわけではない。猫又になる理由がない」
 要するに妖怪博士の理屈は、冬場は寒いので出掛けないが春になると出掛けるという程度。気候という外因だ。
「変化が望まれるから変化する。自主的なものではないことが多い」
「はあ」
「最初から悪魔などいない。こうなれば悪魔になってやれというような外因がある。鬼のようになってやるもそうじゃ。何かがあるから鬼のようになるのじゃ」
「でも最初から鬼のような人、いますよ」
「それは鬼になった状態を見ているから。鬼になる前を見ておらんから、そう見える」
「でも鬼っ子と言うがいますよ」
「そうじゃな、それも外因が多い。そういう風に育ってしまったのかもしれん。真性の鬼っ子などいない。猫又も同じかもしれん。だが、ほとんどの変化は外因じゃ」
「要するに変化させたのは他の何かということですね」
「最初は外因でも、その変化が楽しいので、内因として取り込むこともあるじゃろう。または先を見越して内因として取り込んでしまう」
「難しい話ですねえ。もっと稚拙な妖怪変化の楽しい話題になりませんか」
「まあ、変化することは滑稽事かしれんな」
「面白可笑しくお願いします」
「これでも十分可笑しな話なんじゃが」
「まあ、そうですが」
「人はできれば変化は望まない。変化を強いられる理由でもなければな」
「さて、どうしましょう」
「何がじゃ」
「コメントとしては長すぎます」
「妖怪変化になる手前を考えないといけない」
「そうなんですが、そこは地味なので。それに子供相手ですから」
「君が適当に言い方を変えて答えておきなさい」
「じゃ、いつものように、それをコメントとして、掲載します」
「妖怪の研究とは、実は人や社会の研究なんじゃ」
「そうなんですか」
「それと人は惑わされる。こんな御札で悪霊が消えるのだからな」
 妖怪博士は、仕入れたばかりの御札を見せる」
「はあ」
「これは手書きの御札。印刷物よりも効く」
 妖怪博士は古い御札を出してきた。版画だろう。昔の印刷物だ。プリントしたもの。
「これは複製だ。しかし、古いので、効く。多色刷りのもあるが、高いので買えなかった」
「分かります。効きそうな雰囲気が漂っています」
「妖怪に効くのではなく、本人に効く。まずは本人が変化するということじゃな。その外因がこの御札」
「何か、効きそうなので、僕にも一枚下さい。妖怪とかの変なことに接していると、そういうお守りが必要ですから」
 妖怪博士は一番数の多い御札を編集者に渡した。なんでも効く御札らしい。
「この普通の御札も実は変化する」
「そうなんですか」
「柱に貼っておると、呪文が変わっておったりする」
「そうなんですか」
「お守り袋に入れ、持ち歩かないで、部屋で放置していると、御札も変化する」
「じゃ、御札の妖怪もありそうですねえ」
「紙の妖怪じゃ。式神として飛ばせそうじゃがな」
「それです博士。そういう楽しい話がいいのです」
「これが楽しいか」
「はい」
「君も変わっておるなあ」
 
   了






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2020年04月25日

3731話 話食い


 白銀岳を下ると小屋があるらしい。山小屋だろうか。三村はそう聞いたのだが、単なる噂。
 誰かが話しているのを盗み聞きしたのだが、その人が実際に見たわけではない。
 白銀岳。雪が積もるほど寒い場所でもないし、高くもない。だからこの白銀は銀山かもしれないが、白を付ける意味がない。だから加工した白銀で、これは貨幣に近いだろう。と、すると、これは財宝。白銀が埋まっている山なのかもしれない。銀山ではなく。
 しかし、そんな財宝を埋めたのなら、わざわざここに埋めましたと言わんばかりの山の名にするわけがない。
 三村は地図で確かめると、確かに白銀岳はある。町や村から遠く、奥山に属するだろう。山暮らしの人が名付けたのだろうか。
 三村は宝探しというような悠長なことをやる気はないが、白銀岳を下ったところにある小屋というのが気になる。山に興味はなく、また山小屋にも興味はないが、何かの縁。そういう話を耳にしたので、物語を起こすことができる。
 聞いたのは酒場。こういうところでは嘘か本当か分からないようなウダ話が多い。
 白銀岳を下ったところに小屋があり……のあとがよく聞こえなかった、その横の席から笑い声がして賑やかになったので、どんな展開になるのかは分からないまま。
 それを聞いている二人の客は普通の顔で聞いていた。その程度の反応だ。
 話食いというのがある。人の話を食べてしまうのだ。美味しそうに聞こえる。
 そして、これがきっかけになる。つまり、曖昧な情報だが、ネタといえばこれぞネタ。大して高い山ではなく、山は深いが高い山が続いているわけではない。里から離れすぎている程度。白銀岳の標高も大したことはない。
 ただ、ハイキングコースとかにはなっていないだろう。名山ではない。見渡す限りありふれた山また山の中の雑魚山。
 そこに山としての膨らみが独立してあるので、適当に付けた名だろう。行ってみなければ、どんな形の山なのかは分からないが、そのあたりの航空写真や、最寄りの町から見た風景写真があり、それを見る限り、よくあるような山々。山脈ではなく、山地だろう。
 白銀岳は地図にもあり、航空写真でも分かる。この山地部で特に高いわけでもない。形は真上からではほとんど分からない。他の名の付いた山に比べ、大きいわけではない。
 白銀岳を下ったところに小屋がある。下からその小屋へではなく、上から降りてきたところに小屋がある。入り方が逆だろう。
 または他の山から白銀岳を回り、違う山へ行くとき、一度下り、その下に小屋があるのだろうか。
 低い山々なので、避難用の山小屋ではなく、山仕事の小屋かもしれない。
 三村はそこまで思い描いてしまったため、白銀岳を見たい、山小屋が見たいと本気で思うようになった。山の名の由来も気になる。
 次の休みの日でも、行ってみようという気になった。目的はないよりあった方がいい。またある方が行きやすい。これを話食いという。
 しかし、その後、忙しくなり、休みの日は寝てばかりいた。
 それで、白銀岳の話は、そこで途切れた。折角積もった白銀も溶け始めた。
 話食いにも賞味期限があるようだ。
 
   了
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2020年04月24日

3730話 清流


 心理状態は常に動いている。高畠は目が覚めたとき、一瞬全ての流れを忘れているときがあるが、すぐに現時点での心理状態になる。これは状況を引き継がれる。たとえば昨日までのこととか、次の用事とか。
 そういうものが心理を変えているのだが、それとは別に体調というのもある。
 妙に元気な日もあれば、わけなくふさいでいる日もある。これは天気の影響もあるのだろう。だから個人的な用件や社会的な何かではなく、ただの天気の問題。または飲み食いしたものでも、変わってきたりする。
 かなりプレッシャーがかかっている心理状態、精神状態のときでも、食欲は別だったりする。
 逆に小さな心配事、取り越し苦労のようなことで食が進まないこともあるので、一概には言えないが。
 ただ、高畠は外因や内因とは関係なく流れているものを見る。底を流れているものか、大きな流れ、全体的な潮流かもしれない。おそらくそれが本流だと思われる。それが何かと考えても、なかなか説明が付かない。具体性が低いためだろう。
 これを高畠は気分と呼んでいる。気分の流れ、だから気流のようなもの。これはおそらく過去から押し出されてくる。色々なものの総体のように。
 高畠はその気流のようなものを感じるのは、目先の変化でそれとなく影響が分かるため。
 今まで興味がなかったもの、あまり積極的ではないものを動かそうという気になる。必要性が高いわけではない。何となくそんな気分になる。これは嫌なことでもやってみてもいいかと思うほど強い。何処から押し出されてきたものかは分からないが、目先の変化でそれが見える。
 そういうことを実際に実行してみると、気分がいい。ずっと以前から溜まっていた何かが出口を見付け、気持ちがいいのだろうか。
 新鮮さは過去からやってくるのかもしれない。新鮮だと感じるのは、それ以前のことから発する。たまに別のことをやると新鮮。その程度のことだが。
 高畠は自分の気持ちを自分で聞くというようなことはしない。これは期待している結果を引き出すような聞き方になるため。
 それよりもふっとやってしまう方がいい。抵抗が減った瞬間、風がやんだ瞬間だろうか。つまりあまり考えないで、さっとやってしまう。これは気分としか言いようがない。そういう気分、気持ちになるからできることで、この気持ちというのは無理に作ると、あとが怖い。
 まあ、どうしても取って付けたような芝居をしないといけないこともあるが、台本を作らないといけないし、練習しないといけない。本来の自分ではないため。
 高畠はその日も普通に起きたのだが、気分がいい。というより清々している。これは溜まっているものが少ないためだろう。出すものを出した便秘のあとのように腹が楽になる。所謂すっきりする。
 腹に一物もない状態。これがいいのだろう。実際には何かまだ入っているだろうが。
 そういういい気分というのを作ろうとしても、なかなかできるものではない。いつもご機嫌さんでは逆におかしい。
 やはりこれは全体的な流れで、たまにそういった精々した日がある。
 これを高畠は清流と呼んでいる。たまにその流れと遭遇する。
 
   了




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2020年04月23日

3729話 ハードとソフト


「ハードではなくソフトです」
「物理的なものよりも、プログラムのような、アプリの方ですね」
「いや、きついか弱いかだ。ソフトはそのままの意味で優しくふんわりとしている。ソフトタッチとハードタッチの違いで、機能は同じ」
「ハードウェアとソフトウェアの違いじゃないわけですね」
「きついものよりも大人しいもの。その程度だよ。あまり激しくないもの」
「それが何か」
「ソフトなものが最近の好みでね」
「豆腐のような」
「そうだな」
「それがどうかしましたか」
「ハードなものは行くところまで行く。ソフトなものは、そこまで行かない。これだな」
「専門性を極めないという意味ですか」
「専門家の話じゃない。好み、趣味の問題だ」
「趣向のような」
「そうだな」
「それがどうかしたのですか」
「どうもしないが、最近、そちらの方に興味がいく」
「なんでしょう」
「別に頭まで豆腐のようにソフトになったわけじゃないが、きついのは、えらい。疲れる」
「ハードですからね。当然疲れるでしょう。でも本格的ですよ」
「いや、その本格的というのが、最近面倒になってねえ」
「何かありましたか」
「好みが変わっただけだよ」
「よく分かりませんが」
「まあ、他人の気分など、誰にも分からんものさ」
「それで、どうされるのですか」
「だから撤退する」
「それが言いたいのですね。遠回しな」
「ソフトに伝えたかった」
「じゃ、本格参入はしないと」
「疲れるからな。それに、それだけの体力はうちにはない」
「つまり、それが戦略なのですね」
「いや、そんなものじゃなく、好みが変わったんだ。さっき言った通り。疲れることはもうしたくない。それとね」
「まだ、何か理由がありますか」
「意外とどぎついものより、弱めのやつの方が需要があったりする。本格的なものより、簡単なものとか」
「はあ」
「これは私のカンだ。第六感じゃない。そういう感じを私が好むようになった。だから戦略じゃない」
「よく分かりませんが、もう本気でやらないということですね」
「その本気が曲者でね。軽くやったときの方がよかったりする。そして誰もが本気を望んでいるわけじゃないはず。ここだよ。ここに最近気付いたんだ」
「よく分かりませんが、撤退はいいことだと思います。無理しているので、我々も実は歓迎です」
「おお、賛成してくれるか」
「本気でやり合っていても果てしがないので」
「逃げるんじゃないよ」
「はい」
「ソフトな路線に向かうだけ」
「楽になりますから、歓迎です」
「実はこちらの方が難しく、ハードかもしれないがね」
「はい、了解しました」
 
   了





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2020年04月22日

3728話 

深夜の寺の明かり
 下田が引っ越したところは郊外の外れ、そこから先はただの田舎町になるのだが、距離があり、続いていない。丘陵地帯が山からはみ出してきて、それで遮られてしまう。郊外の駅から、その田舎町までの距離が結構ある。途中の駅がない。要するに通勤圏ギリギリの郊外の端。それだけに家賃が安い。ここなら一戸建ての借家に住める。そして緑が多く、環境もいい。駅前はちっぽけながらも店屋が並んでいるし、コンビニもある。ファストフード店はないが、小さな喫茶店はある。入ったことがないのは、寝に帰るだけの家のため。
 それなら、もっと仕事先に近いところにワンルームでも借りればいいのだが、ゆったりと過ごしたい。使っていない部屋がある方が豊か。
 引っ越すとき、よく調べなかったのだが、お寺が近くにある。それぐらいあるだろう。しかし、間取りと家賃だけを見てすぐに決めたので、周囲はあまり見ていない。不動産屋の車で案内されたとき、その周囲もちらっと見たのだが、特に問題はない。ただ、空き家が多い。古い家ではなく、それなりに新しいが、安っぽい家。いずれも土地が安いので、ここに家を建てた人だろうか。
 問題は、そのお寺。二階の裏側の窓から境内が見えるが、小さい。個人の家に近いのだが、荒れている。境内は草がぼうぼうで、手入れされていない。門はあるが半分開いたまま。荒れ寺、廃寺かもしれない。
 墓場もあるが、古そうな墓石だけ。もう余地がないのだろう。下田は一度それを見学したことがある。歴代住職の墓のようで、時代により墓石が違うようだ。新しいのは柱。古いほど塔のように積んである。
 本堂も小さく、村の社殿よりも小さいが、住居がくっついている。こちらの方が大きかったりする。平屋で長細い。
 流石に見学したときは人の家に入り込むようなものなので、前までは行かなかった。ここは生活している気配がある。洗濯物などが垂れ下がっているが、年寄りのものだ。
 休みの日など、散歩に出たとき、この寺にもよく寄っている。近いというより、お隣だ。二階の窓からもよく見えるので、見学する必要はないのだが、その先の丘陵地帯に出るときの通り道。だから結構寺の前を通っていることになるのだが、人の姿を見たことがない。
 引っ越してからしばらくして、寝付けない日があった。何か神経が立つのだ。
 下田は一階の居間で寝ている。便所は一階にしかないので、二階では不便。
 二階は二部屋あり、もう一部屋小さいのがあるが、物置に近い。
 寝付けないので、何とかしようとしたが、じっとしているのが賢い。余計なことをすると余計目が冴えてしまう。
 しかし、何か物音のようなものがする。これで、やることができたので、その正体を探すことにした。
 言葉としても聞こえるが、何を言っているのか分からない。しかし一定のリズムがある。
 一階を全部調べたが音はそこからではないようなので、二階へ上がる。階段の中程に電灯があり、上がり口で付ける。妙なところに電灯を付けたものだ。電球の交換が面倒そうな場所。LED灯に早く変えた方がいい。
 二階の二間と小部屋を見るが、異常はない。ただ夜中なので蛍光灯は付けなかった。それでも明るいのは月明かりが差し込んでいるのだろうか。雨戸は開いており、ガラス戸だけ。カーテンは半開き。
 部屋に異常はないので、外を見た。普通の家族が住んでいた一戸建ての家なので、庭がある。ガレージもある。下田は車は持っていないので、庭としても使える。
 北側の窓、これはお寺側だが、そこから下を見ると、明るい。本堂も明るいし、住居側も明るい。夜中だ。
 何か得体の知れない因習。儀式でもやっているのか。物音は聞こえるが、人の声は小さく、聞き取れない。
 怪しい寺だと思っていたが、そういうことなのかと下田は再確認した。
 その夜は、なかなか寝付けないままだったが、気が付けば寝ていたようで、朝になっていた。
 あとで近所の人に聞くと、お通夜だったらしい。
 
   了
 




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2020年04月21日

3727話 メッセンジャー


「この近くなのですがね」
「どなたの家ですか」
「田村さんです」
「ああ、田村さんですか。この先を曲がったところです。行き止まりですが、狭い通路があります。自転車が何とか通れる程度。その奥が田村さんです。抜けられません。行き止まりから先にあるのは田村さんだけですから、分かりやすいですよ」
「有り難うございます」
「でもいつもお留守ですよ。よく見かけるのですがね」
「よく出掛ける人なんですね」
「そうです。よく見かけます」
「有り難うございました」
 島本は教えられたところで曲がり、まっすぐ行くと確かに行き止まり。鬱蒼と茂る生け垣が壁のように立ち塞がっているのだが、左側に切れ目があり、高い塀沿いに道がある。言われた通りだ。生け垣のある家は二階建てで大きな家だが見るからに廃屋。通路が狭く感じるのは生け垣が枝を伸ばしすぎたためだろう。その家が目的ではない。その奥。入口はここしかないのだろう。あまりにも狭すぎる。
 島本はその通路を抜けると、今度は本当の行き止まりだが、木造の安っぽい平屋があり、玄関戸がある。
 それを叩くが、反応はない。
 留守だろう。
 それで、出直すことにし、先ほど道を教えてもらったところまで戻る。
 その姿を待っていたのか、先ほどの人がいきなり出てきた。何処から飛び出したのだろう。
「留守でした」
「そうでしょ。よく見かけるのですが、行くと留守です」
「そうなんですか」
「玄関戸があったでしょ」
「はい、ノックしました」
「郵便受けはどうでした」
「見ませんでした。あったような気がしますが」
「溜まっていないでしょ。それに新聞は取っておられないようです。チラシを入れに来る人もいないようです。そんなところにまだ家があるなんて、分からないですからね。それに行き止まりだし」
「有り難うございます。日を改めます」
「たまにあなたのように訪ねて来る人がいるんですよ」
「どんな人ですか。田村さんは」
「何処にでもいるような人です」
「特に変わった風貌ではないのですね」
「そうです」
「有り難うございました」
「いえいえ、田村さん、たまに見かけますので、何か伝言でもしておきましょうか」
「そうですか。それは有り難い。吉岡の使いで来たとお伝え下さい」
「それだけでいいのですか」
「はい、それで分かると思います」
 島本は、もう分かったような気がした。
 そして、立ち去った。
 あの人がきっと田村氏だろう。凝ったことをする人だ。
 要するに、断られたということだろう。だから、出直す必要はない。
 島本はただのメッセンジャーで、用件は知らない。ただ、伝えるだけ。
 そして、依頼者のこともよく知らないし、ましてや田村なる人物が何者かも知らない。
 道を教えてくれた人が田村氏であるとは限らないが、彼の手の者だろう。
 
   了
   



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2020年04月20日

3726話 通らなくなった道


 しばらく通っていない道がある。よくあることだ。しかし、毎日通っていた道なので、日常の中からその道が消えたことになる。道は存在している。当然だ。
 しかし、吉田の中では消えてしまった。だが、再びそこを通れば姿を現す。吉田が通るまで休憩しているわけではない。工事でもしていなければ営業中だ。その道は有料道路ではないが、道沿いの店は営業している。普通の民家も多いのだが、それらの家は営業ではなく、日常を営んでいるのだろう。
 家だけがそこにあるのではなく、中身がある。ガレージの車も動き出すだろう。玄関先の鉢植えも季節により、違うものが植わっている。道はそのままだが、その沿道は生きている。それがただの林だったとしても、自然の営みを続けるだろうし、人の手も入るだろう。
 吉田がその道を通らなくなったのは、用事がなくなったため。用事は別の道に変わった。方角が変わったので、そちらの道が今度は馴染みに道になる。毎日通るので。
 それで二週間ほどになる。結構長い。満開前だった沿道の桜も散りかけているだろう。二週間経てばそれくらいの変化はある。そしてツツジが咲いているかもしれない。つぼみを二週間前に見ているので、もうその歩道の生け垣のツツジは咲いているものと思われる。
 それを見たいわけではないが、久しく通っていないので、どうなったのか、その続きを気になった。まるで連ドラを見ているように毎日その変化を見続けていた。その続きが見たいのだ。
 そして時間帯は違うが、夕方近く、散歩に出たついでに、その道に入り込んだ。
 先ず来たのは道がよそよそしい。沿道もよそよそしい。まるで他人だ。よく馴染んだ顔見知りのはずが、今は知らん顔をしている。そして余所者が入り込んだと歩道や沿道の店屋や電柱さえ違う目付きで見ている。
 道路に目があれば大変だが、歩道のアタリが違う。このアタリとは自転車のタイヤが先ず感知する。こんなにガタガタしていたのかと、改めて思う。繋ぎ目が広いのだろう。毎日なら、それは分かっていても、もう慣れて、気にしなかっただけ。
 いつも行っていたのはその先にあるのだが、二週間程度ではそれほど変化はないが、桜の古木が満開前だったのが葉桜になっている。妙に青々しい。逆に新鮮だ。二週間で年を取ったのではなく、若葉で若返っていた。
 たまにこうして吉田は通らなくなった道を通る。ご無沙汰しないように。
 
   了




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2020年04月19日

3725話 本物偽物


「本物と偽物の違いは何でしょうか」
「ものにもよりますなあ」
「一般的なところで、お願いします」
「お願いされても、結局は何か思い当たる任意のことからの意見になりますが、よろしいですか。普遍性はありません。全てには当てはまりません」
「はい、結構です」
「偽物の方が勝手がいい」
「勝って」
「道具やシステムでもよろしい。使い勝手」
「はあ」
「本物には負けるので、それに勝るものを用意したのでしょう。これは道具でも、その他のことでも当てはまらなくはないが」
「別に当てはまらなくても結構ですから」
「偽物の方が安い」
「はい」
「本物よりも高い偽物なら、それが本物にとって変わりますが、値段だけです。中身が劣っておりますと、取って代われない。すぐにその偽物、姿を消します。高いだけなのでね。これが本物よりも安くて、勝手がいいのなら多く買われます。そして本物に取って代わりますが、それでも、本物の存在感は、まだ残ります」
「そこです」
「え、何処ですかな」
「本物よりも勝手がいいのに、どうして本物の存在感は残るのですか。取って代わられたのでしょ」
「それは勝手がいいからです。そして、本物は勝手が悪くなりますが、ここがいいのです」
「何がいいのですか」
「何がといわれても、個々別々ですからね。固有の話になりますが、その本物は変わらないのです」
「変わらない?」
「そうです。偽物は次々に変わります。しかし、本物はあるところで固定されたように、動きません」
「古典のようなものですか」
「そうですねえ。しかし、世の中に本物も偽物もありません。全部偽物であり、全部本物だったりしますがね」
「そういう話ではなく、本物に接したのです」
「ほう、本物に。偽物じゃなく」
「はい。本物です。先ほどの古典を踏み倒したような存在感があるものでした。偽物の方が優れているのですが、存在感が凄い。決して雰囲気や、そういういう意味で見ているわけではありませんが、なぜか落ち着くのです。偽物には真似できない佇まいでした」
「ほう。達人に出合ったようなものですな。格が違うと」
「そうです。それが気になって仕方ありません」
「錯覚ですなあ」
「そうなんですか」
「本物が醸し出す錯覚。これには偽物は負けます。インチキ臭さを感じて、自己嫌悪に陥ったりするでしょう」
「そうです。それが言いたかったのです。あの力は何でしょう」
「だから、錯覚なのです」
「ただの気のせいですか」
「本物の力。実はそれなのです。だから偽物の方が優れていても、ここで偽物は負けます」
「錯覚で負けるわけですね」
「そうです。ところで、あなた、そんなことを聞いてどうするのですか」
「気になったもので」
「過去の幽霊です」
「それにやられました」
「何があったのかは分かりませんが、本物はただの表面だけではなく、根が深いのです。偽物はまだ新しいので、そこまで根が深くないのでしょう」
「はい」
「分かりましたか?」
「はい。それで……」
「何か」
「先生は本物ですか、偽物ですか」
「私は偽者です」
「やっぱり」
「真っ赤な、です」
 
   了





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2020年04月18日

3724話 メインテーマ


 メインというのは選ばれしものだが、そればかりやっているとアラも見えてくる。それだけ親しんだためだろう。アラは慣れるものではなく、欠点は何処まで行っても欠点で、それが長所になることは滅多にない。欠点はない方がいい。だが、完璧なものなど存在しないので、どこか気に入らない箇所が出てくる。
 メインである限り、滅多に変更や交代はできない。他のものに比べ、一番ふさわしいので、メインとなったのだから。
 メインを変えるとその欠点も消えるが、別の欠点が出てくる。
 欠点が消えるのは気持ちがいいが、メインほどの長所がなかったりする。つまり長所箇所ではメインが優れていたりする。だからメインとして君臨している。
 だから欠点には目を瞑る。それが帳消しになるほどの長所があるのだから。
 そのため、メインは滅多に動かさないし、動かせない。
 というような報告を中村がした。レポートのようなものだ。
「ほほう中村君、耐え忍んでいますね。我慢していますね」
「はい、研究テーマを変えるのは、今回諦めました」
「それが君のメインだからね。所謂メインテーマ。これは続けないと駄目だ」
「いつ変えられますか?」
「我慢して続けるというレポートを出したばかりじゃないか」
「はい、我慢しているだけで、いつそれが爆発して、クーデターを起こすかもしれません。気持ちいいでしょうねえ。メインを倒すのは」
「倒すときは気持ちいいだろうねえ」
「そうでしょ」
「しかし、そこまでだ。そのあと、これまでよりも悪くなる」
「どうしてですか」
「長所ばかり見て、短所を見ないからだ。その意味で中村君、君が今やっているのは、短所が少ない。君に合っている。そして何よりも、君にふさわしいテーマで、それ以外のものは次点だな」
「それは分かっているのですが」
「だから、メインは変えないという報告をしたのでしょ。私からの問いかけに対する答えとして」
「はい、そうです」
「だったら、これまで通り続けなさい」
「では、いつなら、変えられますか」
「また、そんなことを言っているのですか。そうですねえ、今のテーマよりもいいものが現れたときでしょ。しかし、その可能性は今のところない」
「メインよりもサブの方が楽しいです」
「メインを変えないのなら、サブをやってもよろしい。ただ、サブがメインになってはいけません」
「そうですねえ。サブじゃ頼りないですし。それをメインにもってくるのは流石に僕も」
「そうでしょ。サブで遊んだり、寄り道をしてもよろしい。しかしメインは続けなさい。そして、その座は守りなさい」
「分かりました」
「よしよし聞き分けのいい弟子だ」
「ところで」
「なにかね」
「先生のメインは何でした」
「余計なことを聞くでない」
「なかったりして」
「うう」
 
   了





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2020年04月17日

3723話 花水木


「花水木」
「はあ」
「ハナミズキ」
「はい」
「花の名は種々あるが、これはいい名前だなあ。淡い」
「桜の次は花水木ですか」
「そうだね。桜が散れば花水木の季節。これは地味で大人しい花を付ける。そして淡い。この淡さは何とも言えん。特に逆光で見たときね。桜のように固まって咲いていない。いい間隔で咲いている。これもいい」
「花水木のファンですか」
「いや、たまに見かける程度。花水木通りがあってねえ。街路樹が花水木。わざわざこれを植えたのは、外観だろうねえ。その歩道は実はマンションの土地なんだ。高層マンションでね。地元の反対があったが、結局建った。また敷地内に大きな公園を作った。マンション専用じゃないよ。誰でも出入りできる。地元に対するそれなりのサービスだね。殺風景で狭い道だったが、そこに広い歩道を作り、花水木を植えたのもサービスかもしれんねえ。今じゃ地元の人よりマンション住人の方が多いだろうねえ」
「外観とは」
「ああ、その花水木越しにマンションの写真。当然上から見たイラストにもその歩道と花水木が効いておる。北アメリカ産で、アメリカヤマボウシ」
「詳しいですねえ」
「さっきスマホで調べた」
「はあ」
「北アメリカ産らしいので、これはカナダも含まれる」
「はい」
「その花水木の下を毎日通っていてねえ。気にはしていたのだが、何の木なのかは知らなかった。それで、調べてみるとね。花水木。これは有名じゃないか。何処かで聞いたことがあるはず。喫茶店の名前だったか、スナックの名前かは忘れたがね」
「しかし、そういうものに目が行くようになったのですね」
「花水木は知っていたが、どんな花なのかは知らなかったが、木の花程度は読めば分かる。こいつがそれだったのかと知ったとき、言いたくなってね。それで君に言っただけさ」
「あのう、本日呼び出されたのは、その話をするためじゃないでしょうね」
「ああ」
「では、用件をお聞きします」
「まあ、そう急ぎなさんな。君と会うのも久しぶりだから、たまには食事をしたいと思ってね」
「光栄です。しかし、怖いです」
「用件がかい」
「そうです。わざわざ指名されたので」
「たまには君も使いたい」
「光栄です。で……」
「うむ」
「誰をやるのですか」
「言わずとも分かっておるだろ」
「はい」
「結果を楽しみにしている。頑張ってくれ」
「了解しました」
 
   了






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2020年04月16日

3722話 純喫茶を探せ


 雨が降っている。春の雨。強くはないが、冷たい。北の方では雪になっているかもしれない。既に桜は散っているのだが、花冷えというには花がない。桜以外にも草花は咲いているので、花は桜に人は武士に拘ることはないのだろう。桜以外は花ではない。武士以外は人ではないと、指摘はしないが、それほど代表するものだろう。
 それよりも喫茶店だ。世の中には色々なことがある。そして色々な用件はある。数ある中で喫茶店が注目ポイントになることは少ない。どうでもいいことに近いが、高田の日課に喫茶店巡りがある。だから高田にとり、喫茶店のポイントは高い。日常の中での比重も。
 しかし、高田の青年時代より喫茶店は減り続けている。特に純喫茶は。
 それで近所の行きつけの喫茶店が閉まった。オーナーが年をとりすぎたのだろう。もの凄く高齢のマスターやママもいるが、いつ閉まるのかヒヤヒヤしながら通わないといけない。店が閉まるだけではなく、その人も人生を閉じる。
 それでその近くにあるもう一軒に行くようにしたのだが、慣れるまでは日数がかかるが、三日ほど連続していけば、ほぼそのような人だと思ってくれる。どういう人なのか、つまり、三日連続ならもしかして常連になる人ではないかと思われる人。一日では駄目だ。一見さん。二日でも駄目。偶然だろう。何かそのあたりに用事でもあって続けて来ている程度。三日になると、顔を覚えられ、注文するものが同じなら、それも覚えられる。これが半年続けば黙っていてもコーヒーを運んでくる。
 高田はアイスコーヒーしか注文しない。
 さて、雨の日だ。その新規の店へは二日目となる。いつもの店よりも遠いし、さらに雨の中。それはいい。ここが一番近い喫茶店になったのだから、選択肢はない。近い方がいい。
 だが、自転車で行くので、距離はそれほど問題ではない。いい運動になるし、行くまでの景色を楽しめる。距離が長いほど、見るべきものも多い。だが雨の日は近い方がいい。
 そして、二日目に喫茶店の前まで行くと閉まっている。ここもか、と思ったが、そんな高齢の人ではない。それには早いだろう。おそらく定休日。
 それでは仕方がない。他に知っている店が複数あるが、それは順番で、朝に行く店は既に行ったので、夜に行く喫茶店が残っているが、これは方角が違うし、そこへは夜にしか行かないので、昼に行くと妙な感じなので、行かない。
 つまり昼ご飯後に行く喫茶店が不安定。年寄りがやっていた店が消えたのが痛い。
 それで、さらに向こう側にある喫茶店まで行くことにしたが、探さないといけない。少し遠いが同じ方角だ。数軒あったように記憶しているが、その前を通ったのはかなり前。今、あるかどうかは分からない。それに煙草が吸える喫茶店ではなくなっている可能性がある。現に朝の喫茶店は禁煙になってしまった。喫煙喫茶が減っている。
 まあ、それは御時世なので仕方がないと諦めている。それよりも、喫茶店に入るつもりで出たので、そのままでは帰りたくない。喫茶店内で一服したい。雨で体が冷えているし、傘を差しながらの自転車では疲れてくる。一休みしたい。だから、何でもいいから喫茶店さえ見付かればいい。どんな店でも文句は言わない。
 そして、閉まっている店を通り過ぎ、その先へ先へと走ったのだが、記憶にある店はおぼろげで、目印がない。方角だけは合っている。幹線道路を右に入ったところにあった。その幹線道路はすぐ目の前にあるので、その道にすぐに乗り、右へ曲がるところまで進むが、どの道が右へ曲がる道なのかが分からない。それほど遠くはないが、近くはない。その先に踏切がある。それを超える手前だ。その踏切、視界にはまだ入ってこない。
 結局、筋を間違えて、違う脇道へ入り込んだ。思っていた喫茶店のある通りではない。道沿いの風景は、これではありませんと言っている。
 もう一つ踏切側の筋だろう。しかし、その筋も、そから見えるのだが、それではなさそうだ。もっと奥だ。
 そんなに遠かったのかと思うが、そこへ向かう道がない。狭いところに入り込んだようだ。
 そのとき、思い出したのが、駅前だ。ここからなら駅前に出た方が早いと、
 そこはまだ農家が残っていたりするが、一寸した住宅地。迷路のようになっているが、駅までの道は流れで分かる。そちらへ向かっている人のあとを付けていけばいい。
 そして駅前に出た。ここは結構賑やかで、ほとんどの店屋がある。当然喫茶店もあったのだが、入ったことはない。遠すぎるためだ。しかし、通りかかったことは何度かあり、喫茶店があることは知っていたが、二軒程度。以前の記憶なので、今はどうなっているのかは分からない。
 それで宅地を抜けたところから駅前の店が見え始め、農協や銀行も見えた。バスのターミナルも駅前にはある。立ち食い蕎麦屋も。
 これだけの規模があるのだから、喫茶店ぐらいはあって当然。しかし、今から探さないといけない。覚えている店は駅前ではなく、その外れの歩道沿いにあった。
 とりあえず、そこへ向かおうと駅のどん前の広場まで出ようとしたとき、なんと純喫茶の看板があり、煙草吸えますの貼り紙もある。
 純喫茶と喫煙。両方揃っているではないか。しかもガラス戸から店内はよく見え、テーブル席がいくつかある。空いているテーブルもある。自転車は歩道に止められるようだ。店のどん前に乗り付けられる。理想的だ。しかも歩道の上は軽く屋根があり、自転車も濡れない。理想的ではないか。
 高田の記憶が正しければ、これは以前にはなかった店。新しい喫茶店ができているだけでも奇跡だ。それに純喫茶。高田が青年時代からよく行っていた馴染みの純喫茶。すっきりとした内装で、シンプル。
 それをガラス戸から確認できたので、すぐにドアを開けた。
 まさかというのがある。そのドアを開けた瞬間、そこは別の場所。などと心配したが、外から見たとおりの内部。何がどうのというわけではないが、理想的な純喫茶。
 まるでとってつけたような話だが、高田は探しただけの成果が出たので、満足を得たようだ。
 そしてまだアンコが痩せていない小さめの椅子に座り、一息付けた。
 
   了
 



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2020年04月15日

3721話 雨の日曜の自宅勤務


 吉村は自宅警備員ではないが家で仕事をしている。そのため、ずっと家に常駐していることになるが、流石にそれでは息が詰まるので、折を見て外に出る。その折とは区切り。その区切りとは朝は食べたあと。食べると眠くなる。特に雨の降る日は。
 色々と怠いのだろう。それで朝からまた寝るわけにはいかないので、散歩に出る。まだ仕事前だ。そこまでは出勤前の準備と変わらない。
 ところがその日は雨で、しかも強い降り。既に春とはいえ肌寒い。傘を差しても風があるので、濡れるだろう。朝から水かけ不動さんでは疲れる。一日の始まりなのだ。そこで体力を損ないたくはない。
 それに日曜なので、散歩の途中で寄る喫茶店も休み。その先にもう一店あるが雨では足を伸ばしにくい。それで散歩はやめた。
 朝食は食卓ではなく、作業机の前で食べている。そこにモニターが二つある。メインとサブ。そういうのを見ながら食べている。モニターにはまだ仕事のものではなく、ニュースとかSNSなどの画面のまま。
 食べたあと、何処にも出掛けないのなら、その状態のまま。
 これは頭を切り替えにくい。それに真っ先にやる仕事は、仕事の段取り。一番頭を多く使うところで、シャキッとしていないとできない。しかし、食べたあとはだらっとしている。だからこそ、散歩に出て頭を切り替えていたのだ。それが効かない。
 このままでは食後の気持ちよさのまま過ごしてしまうことになる。仕事モードに入れない。
 そこで吉村はコンビニへ行くことにした。これは近いし、自転車で行けばすぐだ。偶然煙草が切れかかっている。だから用事もある。いつもなら散歩の戻り道に買うのだが、今日はできない。
 それでコンビニへ出るための用意をする。特にコンビニ用のファッションがあるわけではない。散歩に行くときと同じ服装だ。それに着替えると調子が出てきた。散歩に出るのと変わらない。これもまた散歩。
 コンビニはすぐについた。雨で少し濡れたが、僅かな距離。問題はない。体力も消耗しないだろう。
 煙草と一緒にパンも買う。これは昼食だ。これで用事を二つ果たしたことになる。ついでに紙パックのコーヒーも買う。最初から甘味も生クリームも入っている甘ったるいタイプだが、そのまま飲めるのでいい。捨てるのは紙カップだけで済む。
 これで三つの用を果たしたことになる。散歩に出たときに済ませる用件と同じ。だから散歩なのだ。
 そして戻ってきて着替える。冷蔵庫に紙パックを入れる。もうそれだけで、何処かに出掛けて、戻って来たような気になる。
 これで頭を切り替えることができたので、仕事を始めた。
 雨は昼になってもやまない。昼は食べに行くのだが、それを予測してパンを買っているので、行かなくてもいい。しかし行った方がいい区切りになり、ダレてきた頭も新しくなることを知っている。昼は駅前まで出て、そこにある飲食街で食べる。馴染みの店が数軒あり、その日によって違う店に入る。食べたいものが日によって違う。
 駅前は近くのコンビニよりも多くの人と行き交う。閉じ籠もっていると、そういう群れの中に混ざりたくなるのだろう。
 そして仕事も疲れてきたところで、昼になり、パンを食べたのだが、そのあとの散歩はないので、そのまま横になり、昼寝した。
 この昼寝は頭の切り替え効果が非常に高い。昼を食べに行くよりも、夢の中を彷徨う方が区切りの変化が大きい。そういう夢を見ることは、昼寝では無理なのは分かっている。うとっとするだけで、夢など見ないことが多いが、意識が中断するだけでもいい。
 昼寝後、雨は小雨になり、やみそうなので、散歩に出ることにした。昼は食べたので、駅前ではなく、木々の多い公園方面へ向かうことにした。
 在宅仕事。頭を切り替え、仕事モードに入るためのスイッチを自前で作らないと、だらだらいってしまう。
 それだけの小さな話。
 
   了




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2020年04月14日

3720話 風が吹いている


 通り過ぎたというより、少し間を置いてしまったことがある。目まぐるしく変わる世の中、しかし個人の変化はほとんどない人もいる。だが、世の中が落ち着いていても、目まぐるしい変化を繰り返す個人もいる。世間とは関係なく。
 ただ、何らかの世間の風は入って来ているのだが、あまり強く感じないのだろう。
 柴田は春の風を受けている。リアルな風だ。風速計では結構いい数字が出るだろう。春一番などはとっくの昔に吹いたので、単に空が荒れているだけ。しかし暖かい。いい気候だが風が強い。こういう風の影響はもろに受ける。しかも向かい風だと足も重いだろう。それにビル風が加わると、蟹のように横へ飛ばされそうになる。当然、それで横転する人など希だろうが、軸がやや横へシフトする。暴風だがスポット。そこを抜ければ普通の風。やや強いが。
 歩いていると、色々なことが頭をよぎる。これは徒歩のリズムと頭のリズムとの相性がいいのだろう。考え事をするには都合がいい。
 考え事とは厳しい話だけではなく、楽しい話もある。ただ、そんな場を作らなくても、始終気にかかっていることがある。これはなかなか抜けない。常駐しているのだろう。抜けないが、忘れることもある。緊急性が低いためだろう。
 そろそろ動かないといけない用事などがそうだし、今後来るだろうと思う嫌なことなども。
 これも今後やって来る楽しいことも含まれるが、これは作らないと、滅多にない。
 散歩に出ると、少し頭に余裕が生まれるのか、今のことではなく、以前、やっていたことを思い出す。それは先ほども考えたことなのだが、間を置いたため、放置したようになっている。決してやめたわけではない。
 それらは可能性としてまだ生きている。その中の一つを柴田は思い出した。しばらく忘れていたことなので、新鮮だ。
 これは今、やっていることがあまりよくないのだろう。または煮詰まったのかもしれない。勢いが落ちている。
 それで、別のことを考えていたのだが、これを柴田は復活祭と呼んでいる。復活させてもいいようなもが複数ある。いずれも間を置いたため、放置したのと同じことだが、死んではいない。
 そんなことを思いながら、暖かいが強い春の風を受けながら柴田は歩いている。
 こういうとき思い付いたことは散歩が終わると終わってしまう。戻ってから実行することは少ない。
 ただ、散歩中は、そういったものが浮遊霊のように浮かび上がる。それを見るのも悪くはない。散歩の肴になる。散歩のアテのようなもの。
 少し前のことを思い出すのも悪くはない。たとえ復活させないで、そのまま眠らせていても。
 過去の積み重ねが今。良い積み重ねもあるし悪い積み重ねもある。
 いい気候だが、風が強い。
 
   了





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2020年04月13日

3719話 浦田の善蔵


「浦田の善蔵さんの姿が最近見えないが」
「仕事に出ているのでしょ」
「仕事ねえ」
「そうでないと食べていけませんから」
「そうだね、毎日ぶらぶらしている。何処かで仕事をしないとね。しかし何処へ行ってるんだろ」
「すぐに戻ってきますよ。何か用事でも」
「頼みたいことがあるんだが、留守じゃ仕方がない」
「私じゃ駄目ですか」
「あなたじゃ無理だ。難儀すると思う。それにあなたには面倒をかけたくない」
「しかし、善蔵さん、何処へ行ってるんでしょうなあ」
「頼まれ仕事でもあるのでしょ。この前、見かけない人が訪ねて来ていましたので」
「やはり、そういうことで食っているんだな」
「そうだと思いますよ」
 浦田の善蔵とは、この村内にある地名で元々は隠し田。裏田でもいいのだが、それでは露骨すぎるので浦田となった。今は隠していない。
 裏田時代、他所から来た人も多い。その流民の中に善蔵の縁者も混じっていた。生まれ在所を何らかの事情で捨てた人ではないようで、最初からの漂泊人。それら縁者の中で善蔵も育ち、今はあとを継いでいる。といっても表向きは百姓で、この村の人間。
 ただ昔からの縁があるのか、たまに村を留守にし、何処かへ行ってしまう。善蔵には弟がおり、田畑を任せているが狭い。それで当主の善蔵は滅多に畑仕事はしない。田植え前後や刈り入れ時に顔を出す程度で普段は遊んでいる。
 善蔵には姓はない。それで浦田の善蔵と名乗っているが、わざわざ名乗らなくても、村内の地名を名の上に付ければ、それで済む。この村は細かく地名で分割されているがそんな境界線があるわけではない。領主が年貢のため、勝手に付けた地名も多い。それが領主の家来の名だったりする。
「戻るまで待つしかないなあ」
「急ぎの用ですか」
「できればな」
「何でしょう」
「一寸した野暮用だ」
「はい」
「戻って来たら知らせてくれれば助かる」
「分かりました」
 浦田の善蔵の本業。きっとそのあたりの仕事なのだろう。
 
   了




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2020年04月12日

3718話 物言う木


 過ぎゆく時代を思いながら桜を見る。これは年中行事でよくあること。年に一度なので、一年単位。これは結構大きい。年代としてはわずか一年だが、去年の同じ頃に比べ、かなり変わっていることがある。桜が咲き、散るのは変わらないが、その桜が来年同じ場所にあるかどうかは分からない。
 当然去年と同じ春が来て、そっくりそのままの繰り返しだったとしても、それを見る人が、もうそこにはいなかったりする。
 ただの桜。だがら桜だけを見ているのではない。
「今年の桜は早く咲き、早く散るようですなあ」
「そうですか」
「例年、もう少し粘るものですよ。まだ咲いているとね。散るのも遅い。今年はさっと散ります。早い」
「気がつきませんでした。去年はどうだったのか、覚えていませんから」
「そうですねえ。ただの桜、見てもみなくてもいい。別に困らない」
「毎年、ここで花見ですか」
「いつも通る道ですから。それに公園があり、ベンチがあります。だから桜が咲いているときに限り、座ります。それ以外の季節には座りませんし、桜が咲いている頃でも座るのは一回だけ。今日はその日です。昨日でもよかったし、明日でもいい。まだ咲いていますからね。しかし、一回です」
「決まり事ですね」
「花など見ていてもつまらんでしょ。でもせっかく咲いているので、付き合っているだけです」
「誰とです」
「桜とです」
「ああ」
「樹木も話しかけてくるのですよ。別に花が咲いていなくてもね。木そのものが」
「木がものを言うのですか」
「言います。でも普段は聞かない。耳を傾けないとね」
「やはり耳から聞こえてくるのですね」
「頭の中の耳です。外に面している鼓膜じゃありません」
「そんな芸ができるのですか」
「そう感じるだけです。何かものを言っていると」
「何をです」
「何かです。言葉になっていません」
「そんな感じで花見をされているのですか」
「桜だけじゃなく、咲いたばかりのツツジでも、アジサイでもよろしい。葉を付け出した頃の青葉でもよろしい」
「すごい感性ですねえ」
「錯覚ですよ。ただの」
「それでも、そういうものを感じられるのですから」
「いやいや自慢するようなことじゃありません。寝言ですよ」
「いえいえ」
「じゃ、私は今年の花見はこれで終えますので、お先に」
「いい話、聞かせてもらいました。僕も耳を傾けてみます」
「はいはい」
 
   了




posted by 川崎ゆきお at 12:16| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月11日

3717話 喫茶店を探せ


 地方都市というより地方の街。駅があり、ビジネスホテルもある。観光地ではないが、地の人が昔から住んでいるのだろう。城下町でもないし、門前町でもない。田舎くささがないのは、建物が新しいのだろう。駅舎も新しいもの。
 人家は多く、店屋もある。よくあるような駅前の商店街はアーケード付きで、それが中で迷路のように伸びている。
 奥田は意味もなく、この駅で降りた。しかし、何か意味があるはず。ただの観光客なのだが、ありふれたところへは行きたくない。普通の地方の街を見学したい。ただ小さすぎてもいけない。外から来た人がうろうろしていてもいいような場所。これは観光地なら条件がそろうのだが、そうではなく、普通の人が普通に暮らしている街がいい。
 だが奥田のような観光客は少ないだろう。観光ではなく、仕事で来ている人が多いはず。見るべきものなどないのだから。
 そして圧倒的に通りを歩いている人は地元の住人だろう。
 駅前から商店街の枝道に入ったところにビジネスホテルがある。案内板が駅前にあるので、奥田はまず宿を決めることにした。もう夕方前だが日は高い。見学するにはちょうど。
 メイン商店街から脇に入り、少し行くとアーケードが切れる。上を見ると天井の骨格が出ており、何かが垂れ下がっている。破れたのだろう。そして、普通の路地になる。そこにビジネスホテルがあるはずなのだが、それらしいビルはない。普通の二階屋にホテル名が書かれている。昔の商人御宿レベル。これならビジネスホテルではなく、ビジネス旅館だろう。
 ガラガラと表戸を開けると、ロビーがあり、カウンターがある。表とは違い、意外と広く内装もいい。
 鍵を受け取り、二回の階段を探したが、エレベーターがある。しかし、二階しかないのだから、これは何だろうと思う。
 観光地よりも、この日本家屋の内装だけホテルのビジネスホテルの方が、いいものを見せてくれる。
 大きなリュックを置き、中から小さなカメラバッグだけを抜き出し、早速探索に出た。
 カメラバッグの中には財布と標準レンズ付きの一眼レフだけ。一番の軽装だ。カメラバッグに入れているのは、カメラを見せたくないため。観光地ではないので。
 奥田にはお決まりのコースがあり、まずは喫茶店に入ること。それで狭い商店街を抜けた角に質屋があり、そこを左に曲がり、本通り商店街と書かれたところを駅前へ向かう。その途中の商店街はがらんとしており、そして喫茶店が見当たらないので、結局駅舎まで出た。
 ファスト系でもあるだろうと思っていたが、視界にない。ここになければ、商店街の方だが、それは先ほど見た。もっと奥にあるのかもしれないが、それでは条件が悪いだろう。駅前は広々としており、瓦葺きの民家があるし、空き地もある。シャッターを閉めてから長いのか、錆が来ている店舗もある。
 また、長い間、人が出入りした様子のない民家も。
 しかし、人通りはまばらながらあり、自転車も行き来している。車も通っている。
 奥田は本通り商店街に戻り、喫茶店を探すことにする。すぐにビジネスホテルへの分かれ道の質屋前まで来た。ここまでにはなかったのは、先ほど見たので分かっている。その奥まで探すしかないが、アーケードの端が見えない。かなり深い。そして視界に入る限り、喫茶店らしき看板がない。ドアの前に何かを置いているだろう。焼き鳥の看板はあるし、焼き肉やマッサージ。その奥には布団と書かれた巨大な文字も見える。
 さらに進んでいくと、枝道が出ている。そちらにもアーケードがあり、狭いが深い。ただ、出口までは見渡せる。ここにも喫茶店らしきものはない。
 それで本通りの奥まで入り込む。大きな大衆食堂があるが、看板だけ。
 ビジネスホテルは素泊まりなので、夕食をどこかでとらないといけないが、これは飲み屋に入ればいい。または田舎町の喫茶店にある定食。これが意外と盛りが多く、おいしかったりする。喫茶店は難しそうなので焼き肉屋でもいい。寿司屋も開いている。
 人はそれなりに歩いており、子供もいる。商店街で遊んでいる子供達もいる。走っている。
 老人もいるし、青年もいるし女学生もいる。
 まるでとってつけたようなエキストラではないか。
 そんなはずはないが、かなり奥まで来たのに、喫茶店がない。枝道が見えるたびに奥まで見るが、やはりそれらしきものはない。
 終わらない商店街はない。いくら深い洞窟でも出口がある。それが見えてきた。トンネルの出口だ。明るい。
 その端に餅屋がある。よく見ると老舗の和菓子屋のようだ。そしてクリーニング屋。さらに牛乳屋。
 それが最後で、外界に出る。普通の町並みがまだ続いている。さすがにその先は丘があるのか、緑が多くなり、その向こうに山の腹が見える。
 しかし、喫茶店が見つからない。まさかここは喫茶店のない街なのか。そんななはずはない。もしそうなら、それで話題になるだろう。
 それに喫茶店を作らない理由は思い当たらない。確かに喫茶店は少なくなっているが、ファスト系ぐらいあるだろう。だが、それさえない。なくても困らない人の方が多いはずだが、旅先で、ちょっと休憩したいとき、あれば助かる。茶店と同じなので。
 これはややこしい街に来てしまったと思いながらも、ないのなら仕方がない。自販機でコーヒーでも買って飲むしかない。だが、奥田はコーヒーが好きなわけではない。また喫茶店はコーヒーを飲むためにあるとは限らない。ジュースでもいいし、軽食でもいい。
 しかし、何か胸騒ぎがする。この街、何かあるのかもしれない。探索するつもりだったが、悪い予感がするので、ビジネスホテルに戻ることにした。このまま街を彷徨いていると大変なことが起こりそうだ。
 道行く人、商店街を行く人を見るが、相手は奥田を見ない。奥田のことなど無視している。まあ、よほど妙な格好でもしない限り、目立たないし、よくいる通行人の一人なので、わざわざ見る必要もないのだろう。
 しかし、目の端で、ちらっと見ているのではないか。また奥田からは見えない位置からじっと見つめているのではないか、と妙なことを考え出す。
 来た通りをそのまま戻る。ここは一度通った場所なので、安全。新たなことなど起こるはずがない。
 すぐに駅側の出口が見える。洞窟の入り口でもあり出口だ。アーケードの端。
 そこまで出ないで、枝道に入り込む。質屋の看板が目印で、そこを曲がればビジネスホテルへ続く路地。ここも商店街で、アケードはある。これを見るのも三度目だろうか。
 少し行くと二階建ての民家のようなビジネスホテルが見えるはずなのに、ない。
 その代わり白くて高い壁。壁で道が塞がれているわけではない。路地沿いに立っている。だがこれはどう見てもビジネスホテルがあった場所。
 近づくとホテル名が書かれている。五階はあるだろうか。玄関口近くまで行くと、少し広い道に変わる。つまり、商店街からの道は近道というか抜け道のようなものだったようだ。広い道がホテル前まで来ている。
 表のドアを開けると、ロビー。確かにこの建物だ。エレベーターもある。
 二階しかないのに、エレベーターはおかしいが、階段がきつい人のためにつけたのではないかと思っていた。だがよく見ると、エレベータードアの上に文字が横に並んでいる。五階まで確かにある。最初見たときも、そうなっていたのだろう。見落としたようだ。
 木造二階建ての民家なのに内装はホテル並みだと思っていたが、違っていた。それで普通だった。
 カウンターへ行くと、顔を覚えているのか、ボーイが鍵を出してくれた。「お帰りなさい」と。
 陽はまだある。部屋に戻ってもすることがない。しかし、空気が違う。胸騒ぎのようなものがしたのだが、引き返せと言うことだろうか。そして引き返した。悪い胸騒ぎではなかった。その証拠に、部屋に戻っても無事でいる。何も起こっていない。
 奥田はもう一度外に出ることにした。街を見て歩き、居酒屋で夕食をとる予定がある。喫茶店が見つからないので、予定が狂っただけ。
 それで、前と同じように広い道側ではなく、狭い側の道から商店街に出ることにした。
 狭い路地、すぐにアーケードに出て、上を見ると、何か部品のような、布のようなものが垂れ下がっているのも前回と同じ。そして本通りのアーケードに出て左右を見ると、喫茶店があるではないか。駅側の入り口近くに一店。奥側にもそれらしい行灯が置かれている。アーケードの天井近くに窓がある。二階席もあるのだろう。
 これで普通なのだ。よくあるこういう地方の街にある風景ではないか。喫茶店の一軒か二軒、ないほうが逆におかしい。
 それで、奥側にある店に入り、コーヒーを注文する。個人の店らしいがしっかりとおしぼりとお冷やが出た。
 コーヒーの味や香りよりも、街見学のスタートは喫茶店からなので、ここでやっと一息つけた。
 しかし、さっきまでなかったのだ。そしてあのホテルも、五階建てではなかった。
 細い路地のアーケード、あそこをくぐるとき、くぐり違えたのかもしれない。
 
   了
 



posted by 川崎ゆきお at 11:01| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする