2020年09月30日

3888話 万次郎坂


 万次郎坂を登り切ると枝道がある。峰に向かう山道で、滅多に人は入り込まない。山の頂に用はないためだ。しかし峰伝いに歩いている人がいる。何処の誰だか分からないが、集団で移動していることもある。
 万次郎坂はその集団の中の一人の名前で、ここで果てている。特に何かをした人ではないが、里人との交流があった。万次郎小屋というのが峠にある。いつも移動する仲間と外れて、そこに定住した。そして商いをやっていたのだ。
 その峠坂のことを万次郎坂と呼ぶようになった。万次郎は愛想のいい人で、商い向け。人柄も優しいが、身体は大きい。
 その万次郎、何かを成した人物ではない。ただの山店の主人。歴史に何も残さなかったのだが、坂の名で残っている。ただし小屋のあった峠は別の名。これは古くからある名なので、流石にそこまでは変えられない。ただ峠坂には名がなかったので、万次郎坂と名を付けた。これは里人が付け、その後もずっと使われている。
 今でも地図に載っている。ただしハイキング地図だが。
 ハイカー達はこの万次郎坂が好きなようだ。真っ直ぐに伸びた坂道で、下界がよく見える。この坂を登り切れば山向こうに出られる。だから、この坂に辿り着けば、もう越えたのと同じ。
 坂はそれほど険しいものではない。里からも近い。
 万次郎以前も峠に市が立ったことがある。
 山のこちらとあちらとではお国柄が違う。その両者がこの峠で取引をしていた。それはうんと昔の話で、万次郎が小屋を建てた頃は、終わっていた。
 山を移動する集団に属していた万次郎は、かなり離れたところの物を売っていた。これが珍しかったのだろう。
 万次郎は里で鼻つまみ者の娘と結婚し、子供も成した。その娘、男っぽかったので縁がなかったのだろう。
 しかし、万次郎が亡くなると、母子はすぐ下の里で暮らすようになる。母親の里でもあるためだ。
 父は偉業をなしたわけではない。しかし、その頃から万次郎坂と呼ばれるようになっていたのだから、一寸したものだ。
 山店は消えたが、山を移動する集団が、たまに万次郎の子供達の家を訪ねたりした。いずれも万次郎の縁者だろう。
 そのうち峠の店ほど派手ではないが、里で萬屋を開いた。
 珍しい品々は城下から来るのではなく、万次郎坂を下ってやってきた。
 今も残る万次郎商会というのは、その末裔が明治の開港時に起業したもの。貿易商だ。万次郎の名はここにも残っている。
 
   了





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2020年09月29日

3888話 惰性


 何をどうしようと、大した変化がないことが分かってきた。ただただ淡々と過ぎていくだけ。いくら創意工夫をこらしても大きな展開にはならず、凄いことが起こることもなかった。
 それに気付いた下原は、懸命にやることを辞めた。どうせ何をどうやっても同じことなのだから、単に続けておればそれでいい。これで楽になったのだが、やっていることはまさに惰性。
「惰性の原理ですか」
「そうです」
「確かに物理的作用はありますが、あまりいいものではありませんよ。しかし省エネです。惰力で走るとか、惰力で飛ぶとかはね」
「そういう科学的なことじゃなく、事柄の問題で」
「惰性がどうかしましたか」
「惰性の原理のようなものがあるのではないかと思いまして」
「事柄における惰性。それはあまりいいことじゃないようですよ。惰性で物事を行うというのは、サボっているようなところがあります。あまり積極的ではなくね」
「積極的に働きかけたのですが、結果は同じなのです。惰性でやっているのと、結果が変わらなかったりします」
「しかし、惰力を見くびってはいけません」
「悪いことになると」
「いや、惰力のパワーは結構強いのです。これは継続の力だけではありません。それに惰力なので、力はいらない」
「はい」
「惰力から生じるものは、積極的に働きかけたものよりしぶといものがあります」
「しぶとい?」
「太いのです」
「図太いとか」
「そうですねえ」
「じゃ、惰性でやっていてもいいのですね。でも結果を出したのですが」
「惰力の力を信じなさい」
「信じるとか、そういった世界になるのですね」
「まあ、そうです。オカルトです」
「惰性はオカルトですか」
「惰性とは習慣のようなものです。今まで通りのことを今まで通りする。これは文化に近いです。儀式のようなもの。他に取って代わるものがなければ、それを使います」
「生活習慣病というのは強いですねえ」
「大病ですよ。しかも一生ものになりかねないほど強い」
「惰性を信じてみます」
「そうしなさい。しかし、惰性なので、信じるも何もないのですがね」
「はい、余計なことをしないで、これまで通り綿々粛々と続けます」
「まあ、特にいわなければ、誰だってその惰性でやっているわけです」
「そうなんですか」
「だから、惰性の強さの違いが出るだけ」
「分かりました。同じことをもっとしつこくくどくやってみることにします」
「惰力で乗りこなせるようになると楽ですよ」
「はい」
 
   了





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2020年09月28日

3887話 葉法師


「葉法師」
「はい」
「何だそれは」
「一寸法師がお椀の舟に乗っているようなものです」
「では木の葉に法師が乗っておるのか」
「桜の葉がいいようです」
「どうしてだ」
「桜餅もありますので」
「うむ」
「葉法師が出るのは桜の葉が紅葉する頃。そして落ちるとき、法師が乗ります。法師の乗った葉は落ちないで水平にそのまま飛びます。葉の舟というより、飛行機でしょ。動力がないので、グライダー」
「どの程度飛ぶ」
「紙飛行機よりも飛びます。法師が舵を取りますから」
「魔法の絨毯のようだな」
「あれも飛びますね。それよりもかなり小さい。だからお椀と一寸法師の比率に近いです、葉法師は」
「それが現れるのを、君は待っているのか」
「紅葉の季節には飛びません。その前に枯れて散る桜の葉があります。早い目に落ちるのです。他の葉はまだ緑のまま」
「それが現れる時期が、今だと」
「そうです」
「この桜の木か」
「葉法師が乗りそうなので」
「ほう」
「あの葉をご覧下さい。一つだけ黄色いでしょ。あそこにそろそろ乗る頃です」
「柿の葉では駄目か」
「重いです」
「柿の葉寿司は好きだがなあ」
「はい」
「それで、乗るのをずっと待っておるのか」
「そうです。しかし明日かもしれませんし、明後日かもしれません。まだ早いかもしれないのです。しかし、後れを取ってはいけませんから」
「そんなことをして、どうなる」
「はあ」
「だから、葉法師が飛ぶのを見て、なんとする」
「見るだけです」
「もしそんなものがいるのなら、捕獲すればいいじゃないか」
「一寸法師のように針の剣を持っています。手強いです」
「そうか。それを見たか」
「はい、針ではありませんが、爪楊枝のようなのを二本持っていました」
「二刀流か」
「これは櫂です。葉舟、ボートのようなものなので、それで漕いだり、操縦したりするのでしょう」
「見たのか」
「いいえ」
「ではどうして分かる」
「想像です」
「では葉法師は」
「それも想像です」
「あ、そう」
 
   了



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2020年09月27日

3886話 頭の中に宿るもの


 ある日それが頭の中に宿り、ずっと棲み着く。これはあることだ。しかし頭の中にそんな家や部屋があるわけではない。しかし空いている部屋があるのかもしれないし、部屋はいくらでも作れるのかもしれない。
 頭の中に入り込んだ寄生虫ではない。虫は具体的だ。そうではなく思いのようなものだろう。今まで思っていなかったことが増えた。そういうことだ。
 ただ、そういう思いもいつかは消えており、部屋は空。そこにまた何かが入り込む。棲み着いて、またしばらくは滞在する。
 住み着いたものを放置していると、そのうち変化を起こし、禍となるかもしれない。だから手当が必要。これは具体的な行動に出ることだ。頭の中に住み着いたものには具体性がない。ただの思いなのだから。
 住み着いたものと直接関係のある行動を具体的に取るのもいいが、それができない場合、間接的にやっつけるしかない。これは何か悪いものを退治するような感じだが。
 当然、それは非常にいい思いの場合でも、それが禍の種になったりする。
 思いというのはそのうち忘れたりする。別の思いにとって変わられたりする。より強い目の思いの方に気が行くためだろう。または思うことに飽き、もう力がなくなっていることもある。
 当然、ある時期を過ぎればいつの間にか時と共に流れ去ることもある。季節が変わると枯れる花のように。この場合、何もしなくてもいい。
 頭の中に何かが宿るのは、それだけの理由がある。それまでの状態や状況で宿らせてしまうのだ。虫が湧く場合、湧くだけの理由がある。虫が好きなものがあるのだろう。または虫にとって都合のいいものが。
 また現状を打開するため、何かが宿ったりする。これが突破口になるかもしれない。逆に現状維持を望んでいるのに、それを壊すようなものが入り込んでいることもある。
 ただ、本当に現状維持を望んでいるわけではなく、不満もあるはず。その不満が何かを宿らせる。これは悪いものだろうが、使いようだ。
 人は頭の中ではまったく正反対のことを同時に思っているもの。本当はどちらへも転べるのだが、それは頭の中だけの話。実際はそんなことはしないし、またできなかったりする。
 頭の中に宿ったもの。これは妄想かもしれない。亡き女への想いと書く。凄い言葉だ。では女性の場合はどうなるのか。しかし、これは本当の女のことではない。女性の中に眠る男性。男性の中に眠る女性。眠っていない人もいるが。
 想いというのも、木の目の心だ。木は年輪を重ねる。確かに年輪ごとに記憶があるだろう。木の目は手相のようなもの。人相もそうだ。その心とは、となる。
 人は単に思っているのではなく、具体的なものが背後にある。それが妄想でも空想でも、何らかの塊があるはず。
 頭の中に宿るもの。人はこれと一生付き合うことになる。
 
   了

 


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2020年09月26日

3885話 幽霊電車


 入ってきたのは幽霊電車であることは分かっていた。
 三村はホームのベンチに座ったまま立ち上がらない。見送るべきだろう。各停しか走っていない路線で、終点まで三駅ほど。
 幽霊列車は車両が古い。おそらくこの鉄道ができた頃のものだろう。木材も使われている。しかし電圧とか、そういうものは合うのだろうか。まあ、幽霊電車なので、動力はいらないのかもしれない。車輪の一つが欠けていても走るだろう、水平に。さらにレールに接しているようでいて、実際には浮いているのかもしれない。幽霊には足がないというが、車輪は付いている。
 こんなものに乗るとろくなことはない。
 幽霊電車は大きなブレーキ音を立てながらホームに着いた。錆びた鉄の砂が舞う。車内を見ると、誰もいない。運転手も乗客も。そして車内は薄暗い。昼間なので、中はもっと見えるはずなのに。
 電車が止まったとき、ドアが開いたが、よく見ると手動ドア。それが勝手に開いた。
 ベンチに座っていた三村は、それが開いたことで、思わず腰を浮かした。開くと乗りたくなる。これは幽霊電車の誘い。それには乗るものかと、腰を下ろした。それに誰も乗っていない。
 わざわざ幽霊電車になど乗る人などいないだろう。子供なら別だが。
 幽霊電車は長く止まっていた。この駅でそれだけの時間停車する電車はない。すぐに出る。
 駅員も出てこない。当然幽霊電車の車掌も首を出さない。誰も乗り降りしないので、閉まる前の笛などいらないのだろう。
 いつもならアナウンスがある。それがないのは幽霊電車のためだろう。
 かなり経ったが、まだドアは開いたまま。なかなか発車しない。信号待ちではない。前方の信号は青い。何を待っているのだろう。
 三村ではないか。
 幽霊電車は三村が乗ってくるのを待っているのではないか。
 お呼びだ。
 三村は腰を上げた。
 自分のためにじっと待っていてくれる。ダイヤの遅れなどがあるはず。しかし相手は幽霊電車、そういうものとは関わらないのかもしれない。
 ギューという木がこすれるような音がした。
 動力が不明なドアが半分閉まったが、すぐにまた開いた。
 呼んでいる。
 そしてよく見ると、開いているドアはそこだけ。三村の前のドアだけが口を開けている。
 ご指名だ。
 そこまでされると乗らないわけにはいかないだろう。
 三村はその手に乗ってしまった。
 
   了





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2020年09月25日

3884話 エアーアパートと風邪


 柴田は相変わらずの暮らしをしているが、風邪を引いたようだ。
「一寸風邪なので、静かにしている」
 友人の笹原からの電話。
「じゃ、これから行く」
「だから、風邪を引いたので」
「気にしないから」
「こっちが気になる」
「急ぎの用なんだ」
「そうなのか」
「寝ているの?」
「いや、寝込むほどではないけど、今日は静かにしている」
「だったら、静かに聞けばいいから」
「そうなの」
「もう近くまで来ている」
「あ、そう」
「すぐにドアを叩くから」
「分かった。でも静かにしているからね」
「ああ、了解だ」
 しかし、いくら経っても笹原は来ない。近くまで来ていると言っていたが、何処から電話をしたのだろう。笹原の家は近い。そこから推定すれば、アパートの前あたりからではないかと思える。近くまで来すぎだ。まあ、いきなりドアを叩くよりも、先に声をかけたのだろう。
 だが、笹原は来ない。
 柴田は窓から下の道を見るが、一部しか見えない。身体を乗り出せば、もう少し見えるが、今日は静かにしたい。ドタバタしたり、身体を動かしたくない。それに妙な角度で身体を捻らないといけないので、筋を違えそうだ。
 柴田は電話をかけてみたが、通じない。電源を切っているのだろうか。しかし、電源を切らないといけないところは、この近くにはないはず。
 かなり待ったが来ない。
 その間、柴田は静かにしていたが、いつ来るか、いつ来るかと思うと、落ち着かない。
 それで、表に出て、様子を見ることにしたのだが、あまり意味はない。笹原が迷うはずがない。何度もこのアパートに来ているのだから。
 部屋を出ようとしたとき、電話が鳴った。
「取り潰されたんだね」
「何が」
「満月荘」
「あるよ。間違ったんだろ」
「そうかなあ。この近くにそんなアパート、君ところぐらいだよ。他にあるか」
「ない」
「ほら、やはりそうだ。更地になってる」
「その周囲に何がある」
「廃業した酒屋」
 合っている。
「僕は今、そのアパートにいるから」
「でも入口がないよ。エアーアパートだ。君の部屋は二階だろ。そもそも階段がない。そこはただの空気だ。君は空中にいることになるぜ」
「冗談を。まあ、待て。下に行くから、待ってて」
「OK」
 柴田はアパートの木の階段を降り、通りに出た。廃業した酒屋がある。酒屋は他にもあるが、廃業したまま看板だけ残っているのは、そこだけ。友人が来ると、よくこの酒屋でビールとかおつまみとかを買ったものだ。冷蔵庫代わりに使っていた。
 電話はまだ繋がっている。
「降りたよ。いないよ。いま酒屋の前だ。君は」
「同じ」
「僕の姿、見えないか」
「君の姿も見えない」
「あ、そう」
「どうなってるの」
「説明できない」
「どうする」
「僕は部屋に戻る。今日は静かにしてないと駄目なんだ。風邪なので」
「僕はどうすればいい」
「部屋で待ってるから」
「そのアパートがないんだよ」
「おかしいなあ」
「おかしいでしょ」
「じゃ、部屋に戻る」
「でも、目と鼻の先に、君、いるんじゃない。いま」
「え」
「だって、酒屋の前にいるんだろ」
「そうだけど」
 笹原は手を大きく動かし、柴田の身体に触れようとした。しかし、見えないのだから、何ともならないし、手に触れるものは空気だけ。
「今日は静かにしているから」と、柴田が言ったあと電話を切った。
 笹原は放置された。
 何があったのかは分からないが、今日は静にしていたいので、柴田は部屋に戻り、録画していたテレビドラマを見たり、音楽を聴いたりして過ごした。
 そのうち、笹原のことなど忘れてしまった。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 12:38| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月24日

3883話 欲心


「欲を捨てることで、別のものが見えてくる」
「はい」
「聞いておるのか」
「聞いています」
「では続ける」
「はい」
「欲に目が眩み周囲が見えなくなる。他のものでもいい。その眩んでいる目の近くにあるもの。実はそこに美味しいものがあったりするのじゃ」
「聞いていますが、もう分かりません。僕は何を見ればいいのですか」
「欲を捨てる。諦める。これは容易なことではないが、実は簡単」
「僕は何を見ればいいのですか」
「まあ、聞きなさい」
「はい」
「欲を抱けないことが分かったとき、捨てることができる。捨てるというより、諦める。無理だと」
「何を見ればいいのですか」
「欲とは関係のないものを見るようになる」
「何を見ればいいのでしょう」
「まあ、聞きなさい」
「はい」
「欲を抱けんことが分かれば頭も切り替わる。別の見方をする。すると、本来の見え方になる」
「だから、何処をどう見ればいいのですか」
「まあ、聞きなさい」
「はい」
「欲が邪魔して、本来のものが見えなかったのだ。いや、見ていたが、欲のある目で見ていた。所謂欲目だ。しかし、人は誰もがよく欲目で見る。それで本来のものを見失う。そこから欲を抜けば、最初から見ないかもしれない。欲が抱けないものは見もしないはず」
「だから、何を見ればいいのでしょう」
「まあ、聞きなさい」
「先ほどからずっと聞いています」
「何を」
「何を見ればいいのかと」
「ほら、それが欲というもの。その何が問題なんじゃ、きっと欲の塊が、その何なんだろうなあ」
「おっしゃる意味が分かりません」
「まあ、聞きなさい」
「はい」
「欲を捨ててこそ浮かぶ瀬もあり」
「川柳ですね」
「欲心が目を眩ます」
「はい」
「しかし、諦めることはできる」
「それはさっき聞きました」
「よく覚えているじゃないか。しっかりと聞いていたんだな」
「はい」
「諦めるというよりも、欲を出しても仕方がないと知る。その場合、結構落ち着く。ここが境地じゃ」
「いきなり境地だと言われましても、中間を飛ばしすぎです」
「まあ聞きなさい」
「先ほどからずっと聞いています」
「よし」
 
   了



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2020年09月23日

3882話 ミスマッチ


「最近分からなくなりましたねえ」
「何が」
「欲しいと思っていたものが違うような気がして」
「あ、そう」
「欲しく手に入れてものが、案外、そうじゃないような。しかし間違ってはいない。確かに正解で、ど真ん中。これ以外考えられないほど」
「じゃ、良かったじゃありませんか」
「ところがあまり良いとは思わない。手に入れる前の高揚がなくなった。手に入れた瞬間、これだったのか、本当にこれだったのかと、少し疑問に思いましたが、長く求めていたものなので、水を差すようなケチを付けるのを控えていたのですが、しばらくすると、それが芽を吹き出し、表に出てきました」
「何事にも欠点というのがあるでしょ」
「それは大いに分かっているのですが、それに気付かなかった。こんな欠点があったのかと」
「良いところばかり見て、悪いところを見なかったのでは」
「悪いところはできるだけ見ないようにしました。それは確かですが、それを越えるほどの長所。これさえあれば多少の欠点など、問題ではありません」
「じゃ、良かったじゃないですか」
「しかし、その長所、しばらく経つと、もう長所だとは思わなくなりました。これだけのことだったのかと」
「よくあることでしょ」
「あると困りますねえ。それは全てあなたのことですよ」
「ああ、私の、これは手厳しい」
「いえいえ、褒めているのです。もう慣れたので、こういうことを言ってもいいかと」
「僕もそうです」
「何が」
「僕が欲しかったのは、あなたの力です。しかし、さほどでもなかった」
「それは手厳しい」
「いえいえ、褒めているのですよ」
「まったく褒め言葉になっていませんが」
「そういうことが言えるのは、あなたの力が思ったより低かったからです。だから気楽に言えるのです」
「どちらにしてもミスマッチでは」
「まあ、他に探しても、いませんから、これが最強でしょ」
「そうですねえ。あなたなら、まだましな方だ」
「はい、お互いに」
「ですが、組むのはこれが最初で最後ということに」
「了解しました。望むところです」
 
   了



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2020年09月22日

3881話 暗い散歩


 雨が降りそうなのだが降らない。雨を呼ぶような強い風が吹いているが、雲の流れが見えにくい。雲としての輪郭がない空で、真っ白。たまに色が変わるが無彩色、しかし濃淡があり、墨絵ほどには見事なボケ具合ではないものの、少しは変化がある。また灰色雲の手前に白い雲が流れて行ったりする。僅かながら輪郭がある。灰色と白との境界あたりが輪郭となり、白い雲に形があるように見えるが、それも風で流れて行くのか、形が変わる。
 雨具は用意してきたが、こんな日に散歩に出るのは失敗だったのではないかと中村は考える。合羽を着てまで行くような場所ではない。それに降るか降らないかが分からないのなら、折りたたみ傘でもよかった。合羽を持ってきたのは、買ったばかりのため、袋に入っている。二度とその袋など使うことはないほど窮屈な入り方。もう一度入れ直せと言われても、面倒だろう。しかし、開封していないので、もの凄く薄く小さい。それで、鞄に入れたのだ。折りたたみ傘よりも軽い。
 散歩に出るなら今日しかない。それは明日から忙しくなるため。散歩など呑気なことなどしてられないので、今日がその最後。
 何が、その最後なのか。
 風はあるが、雨は降らない。まだ持つようだ。しかしこの強い風では傘は駄目だろう。やはり合羽を持ってきてよかったと思う。ただ、降っていないので、まだ着ていない。
 明日からのこと。これは苦痛だ。しかし、それをしないといけない。そういう義務がある。
 本当に義務だろうか。
 中村はそこのところを考えてしまった。そこに針を入れてはいけない。
 空が暗くなってきた。夕方に近い。雨が降っていないだけ幸いだが、散歩を楽しむという感じではない。それに今、何処を歩いているのかが分からなくなってきた。平凡な市街地。山中なら別だが、迷うことはない。バス停はあるし、大きな道に出ればどのあたりにいるのかはだいたい分かる。しかし、中村は裏道を選んで歩いている。
 その裏道に入り込むと、普通の住宅が建ち並んでいたりする。賑やかなのは大通り沿いだけのようだ。大きな街と街の間、その中間ほど手を抜いているわけではないが華やかさがない。ただ、この華やかさとは店屋の演出だろう。ただのしもた屋が並んでいるだけの通りは地味。
 明日から忙しい。呑気なことができるのは今日限り。それにしても地味な過ごし方だ。
 ただ、一人でポツンポツンと歩いていると、色々なことが頭をよぎる。当然明日からのことが一番多いが、急に昔のことを思い浮かべたりする。
 そして裏道を抜けたのか、大通りに出た。これで場所が分かった。雨が本当に降りそうなほど雲行きが怪しいので、中村はバス停を探した。歩道を少し行くと、すぐにバス停は見付かった。
 そして、駅へ向かうバスが入ってきたので、それに乗る。これで散歩を終えたことになる。
 その翌日、中村は姿を消した。
 
   了

 


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2020年09月21日

3880話 好みの問題


 秋風が吹く頃、温かいコーヒーが美味しい。まだ熱いうどんを食べると汗が出るが、食べやすくなった。
 うどんには何も入っていない。うどん玉を買い、醤油と砂糖で煮こんだもの。これをうどんすきと岸本は言っている。だが、具はない。
 コーヒーは部屋では飲まない。喫茶店で飲む。別に好きなものではないが、それが癖になっている。それでも方々の喫茶店で色々なコーヒーを飲むと、その違いが分かる。これは味の違いが分かる人間ではなく、単なる好みだろう。
 そしてコーヒーそのものではなく、シュガーやシロップの味というのもあり、これで決まったりする。当然生クリームの味や香り。これが決め手になったりするので、純粋にコーヒーの味と香りの違いが分かっているわけではない。
 砂糖を少し多い目に入れると味が変わる。フレッシュもそうだ。瓶に入った生クリームを出す店では多い目に入れたりするし、少ない目だったりする。
 うどんだけを砂糖と醤油で煮込んだものが好きなのは、すき焼きの残りにうどんを入れたのが好きなため。これが肉や野菜よりも美味しかった。子供の頃だろう。だから一番美味しいものだけを煮こめばいい。肉汁や野菜からの出汁などは加わらないので、味は違うのだが。
 まあ、甘辛いうどんならいいのだろう。他のものは欲しくない。うどんだけが欲しい。だから貧しくてうどんだけを煮たものを食べているわけではない。
 ネギや卵を入れても、それほど高いものではないのだが、邪魔なのだ。
 人にはそういった好みがある。しかし強調するようなことではなく、またそれで争うようなことでも、主張すべきものでもない。ただの好み、嗜好なのだから。しかし、これが実際には岸本の場合大きな意味を持っている。岸本を動かしている大本営のようなもの。
 そのため、初対面での第一印象で、好みではなければ、それなりの関係になる。印象が良ければ、その内容よりも、優先する。好みの方が大事なのだ。
 この好みの阿弥陀籤を綿々とやることで、今の岸本があるようなもの。
 ただ、好みは変わる。お好み焼きの好みが変わるようなもの。豚玉からイカ玉になったり。
 この好みの変化で後退したり、後戻りしたり、復活するものもある。好みは羅針盤。
 しかし岸本は好き嫌いが激しいわけではないし、趣味性が高いわけでもない。実に平凡なもの。
 実際には好きになれないことでもやっている。だから嫌いなことはやらない人間ではない。まあ、そのへんに掃いて捨てるほどいる人間と同じレベルだろう。好みが高じて、達人レベルになれるわけではない。
 好みのものが選択できないこともある。それが商品なら高くて買えないとかだ。非常に好ましいものでも手が出せない。無理をすれば出せるが、そこまではしない。
 岸本が最近好みとしているのは、あまり好ましくないもの。だから好みではないもの。それに挑戦している。
 だから、固定した好みを常に持っており、軸がぶれないタイプではない。何せ好みなので、何とでもなる。
 岸本が分からないだけで、本当は好ましいものかもしれない。それを確かめるための冒険だ。そのほとんどは第一印象とほぼ同じで、やはり好ましくない場合が多いが、たまに好ましく思えるものにも出合う。これは岸本がそれまで誤解していたのだろう。本当は岸本好みのものを。
 そして、いずれは好みに囚われなくなればいい。
 ただ、違いがなくなると、それはそれで寂しい。
 
   了




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2020年09月20日

3879話 無期待の期待


 期待していたものより、期待していなかったものの方がよかったりする。何を期待するのかにもよるが。
 期待しないことを期待する。ということがあるだろうか。期待していないものは最初から期待していない。それを期待するというのは、どういうことか。
 期待していないものは最初から期待できないもの。問題はその期待だ。それを欲と置き換えてもいい。善くでも良くでもいい。期待の対象はまちまち。ものにより、事柄により、タイミングや時期にもよる。
 期待していなかったものが意外と良かった場合、次はどうなるか。敢えて期待できないものを選ぶのだろうか。期待できないものの方がよい結果なら、そうなるかもしれない。
 それで、期待していないものを選ぶと、やはり期待できなかったりする。それで普通だろう。
 では期待していなかったのに、良かった場合は何だろう。例外だろうか。
 期待すると期待外れが来る。期待できると思うためだ。期待していなければ外れはない。最初から外れているのだから。しかし、たまにアタリがある。
 それ以前の問題として、何を基準にして期待するかだろう。これは色々な情報や、経験から来ているはず。またはカンもある。
 期待していないもの、期待できないものを選ぶのは期待に疲れたためだろうか。期待疲れ。
 当然期待するものが違ってくる。期待していたものが期待通りで、非常に良かったが、次からは非常が抜ける。非常と言うほどではなく、単に良かっただけになる。それをさらに繰り返すと、悪くはない程度。そして普通になる。すると、期待しなくなる。
 それでも悪いもの、良くないものよりもまし。
 期待するものの変化、これを欲の変化と読み替えると、望むものの変化だろう。
 また、個人の変化で、望むものは変わってきたりする。
 期待外れ、それは何を考えていたのかだ。何を期待していたのか、その何かが問題。
 それらは期待し続けることよって得たものかもしれない。それで期待の中身が変わっていく。
 これは好みの変化と似ている。
 新たな期待を掘り起こし、見出す。そちらの方が新鮮で、それだけで十分な場合もある。
 
   了

 

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2020年09月19日

3878話 シースルー少女の微笑み


 超能力者と噂される少女がいた。それを発見した毛羽博士は後悔した。その能力は主に透視。
 噂が噂を呼び、テレビ局に達した。
 公開の場で、生放送でその能力を試すためだ。透視少女、これはスケスケの服装ではないがシースルー少女と名付けられた。
 番組の主旨は決まっている。偽物であることを晒すこと。
 サイコなのでサイコロを振るわけではないが、出た目を当てること。サイコロは一つ。
 サイコロは振られ、ツボを開ける。三十回振り、三十回とも外れた。
 ツボの中のサイコロが見えなかったのだろうか。
 次は数字当て、十枚の木札が用意され、一から十までの数字が書かれている。横一列にトランプのように裏返して十枚並べる。そしてかき混ぜる。そして並べ直す。
 木札は分厚い。サイコロのツボよりも。
 これも少女は全部外す。
 似たような透視実験をさらに続けたが、正解は一度もない。
 これで決まりだ。
 少女を見出した毛羽博士は公開の場では能力が発揮できないとか、色々説明するが、言い訳にもなっていない。
 それで、この少女には透視能力がないと判定。それが番組の主旨なので、そちらへと盛り上がった。
 少女は嘘をついていた。彼女を見出した毛羽博士も当然大恥をかいた。
 だが、毛羽博士は決して恥じていない。
 少女の能力に逆に仰天した。
 立会人の中の一人が、何か意見を言おうとしたが、司会者が割って入り、他の立会人の声で、かき消された。
 毛羽博士はほっとした。
 何故なら、その立会人の意見が怖かったのだ。おそらく言い当てているだろう。
 それは当たらないということだ。
 サイコロを三十回以上振った。でたらめを言っても一度どぐらい正解する。
 数字の木札も、一つぐらい当たるだろう。
 そのあとも、似たような実験だった。
 そして最後の実験では二択だ。確率は五割。それを何度繰り返しても、一度も当たらない。
 毛羽博士が少女に指示したのは、全部外せということだった。
 少女は見事に外した。
 立会人の一人がそのことに気付いたのだが、発言を止められた。
 少女は芝居ができない。
 言われた通り見事外すことができたので、満足の笑みを浮かべた。
 
   了



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2020年09月18日

3877話 秋の収穫


 稲が黄金色になり、もうすぐ刈り入れ。今年の収穫だ。
 それを見ていた田岡は少ししょんぼりとした。田植えをしなかったので、当然稲など実らない。刈り入れ時でも、刈り入れるものがない。だが、田んぼはあり、水田状態になっていたためか。ヒエとかアワが育っている。当然それより背の高い草も。水は涸れているが、草の種類は多い。中には実がなっているのもある。植えた覚えはない。マメ科の何かだろう。あとは庭鳥の餌のような葉っぱの大きいのが目立つ。決して野菜として食べる人などいないだろうが、細かく刻んであく抜きをすればいけるかもしれない。塩をたっぷり入れて漬物にしてもいい。
 稲作ではなく、草作だが育ては覚えはない。勝手に生えているだけ。
 それらの草にも勢力争いがあり、負けて枯れている草もある。
 決して収穫がないわけではない。売れない草だが。
 そして虫が多い。それらの虫も売れないだろう。
 収穫とは言えないが何かを得ている。そのまま放置すれば、冬になればそれらの草も枯れるかもしれない。刈り入れるのなら今だ。牧草になるかもしれないが、家畜は飼っていない。
 田岡はこの時期憂鬱だ。何もしてこなかったのだから、当然のこと。秋の祭りはない。収穫がないのだから。
 荒れ放題の田んぼだが、コスモスが咲いている。これが収穫だ。これも植えた覚えはないが、去年も同じ場所で咲いていた。
 米とコスモス。価値は米の方が高いのだが、花もまた別の意味で価値がある。花より団子だが、団子より花の人もいるだろう。
 地味だが価値のあるものは派手な花は咲かさないで、しっかりと実だけを付ける。
 しかし田岡は花を咲かせてしまった。だが、勝手に咲いているだけなので、栽培したわけではないし、コスモス畑にしようと考えたわけでもない。
 何もしていなくても花は咲く。誰もが一生のうち一度は花が咲くと古人も言っている。
 しかし花では食えない。
 だが、田岡の田んぼは人気がある。野原のようになっているので犬の散歩コース。多くの犬の散歩人が来ている。集まっていることもある。
 子供は虫籠を持ち、網を振り回している。
 また、道行く人も足を止め、コスモスやその他の野草を見ている。
 田岡はそれらの人を見る度に、これが収穫ではないかと思ったりした。
 
   了



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2020年09月17日

3876話 無芸者


 平田源八は考えさせられた。これはどういうことかと。
 武芸、ここでは刀や槍による試合だが、それに負けた。当然木刀で決められたときも、相手も強くは打たない。勝負があったため。突きも止める。怪我をするので。
 平田源八は何でもない技で負けた。平凡な太刀筋で、単に上段から振り下ろすだけ。そればかりの流派もあるほど、単純な技なので、技と言うほどではない。ただ勇気がいる。胴が全部開いているのだ。
 そして、上段からの振り下ろしは太刀筋が分かりやすいので、避けられやすい。相手もそれが分かっているので、勇気がいる。下手をすると相打ち。
 平田源八はある流派の極意を極めている。奥義だ。当然免許皆伝。その奥義は奥深い。しかもかなりの技術、太刀の振り回し方にコツが必要で、それを会得するのに数年かかる。それほど複雑な技で、秘伝とされている。
 その奥義を使わなくても平田は十分強い。これは天性のものだろう。
 ところが平田は負けた。上段からの降り下ろしを喰らい、防御する前に頭にコツンときた。木刀でもまともに喰らえば大怪我だろう。
 上段から来るとは分かっていた。しかし、それは見せかけの場合が多い。太刀を構え直す瞬間別のところに剣先が来る。平田はその手は喰わないため、中段に構えたままでいた。
 そのまさかが、来たときは遅かった。
 実に何でもない打ち込み。しかし、これが基本だろう。だが、その基本の手は意外と使わない。相手も知っている。そのため、迂闊に踏み込んでも打ち込めない。
 だから、安心していたわけではないが、次の手を考えていた。秘伝の太刀筋、奥義の技をどの機会で使うかばかり考えていた。
 ところが、試合が始まった瞬間、相手は木刀を振り上げたまま突っ込んできて、そのまま薪割りのように、振り下ろした。そして、ポコッと当てただけで、さっと引いた。審判が勝負ありを宣言した。
 平凡な技での瞬殺。平田は何もしていない。握った木刀は秘伝の技を組み立てるため、少し動いただけ。
 試合後、平田は相手と話す。
 その技は何処で会得したのかと。
 相手は、そんなものはないと答えた。
 基本の技で、誰でもやっている技。それが早いかどうか程度の違いしかないし、間合いを掴む程度の技。
 平凡な基本技だけで行く。
 平田は、凝った技よりも、これかもしれないと、悟ったが、それなら誰でもやっていることなので、芸がない。
 しかし、その無芸者に負けた。
 
   了







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2020年09月16日

3875話 安穏


 日々安穏と暮らす。これはできるようでできない。できたとしてもしばらくの間だろう。
 忙しく働いている人が安穏と暮らしている、というようなことはあまり聞かないのは、忙しいと安穏とが水と油のためだろう。しかし、忙しい人が毎日忙しいのかというとそうでもない。たまにはゆっくりとしている日もあるだろう。その日は何もしないで、じっとしているかもしれない。それでは安静だが。
 忙しく日々立ち回っている人が意外と安穏たる日々を送っている可能性もある。忙しい方が安定していたりする。そして安らいだりも。逆に何もなく穏やかに暮らしている人の方が、心穏やかではなかったりする。これはまったく逆だ。見かけと中味は違うように。
 忙しさの最中は意外と静かだったりする。熱中しているため、雑音が聞こえない。
 安穏に暮らしていると、小さな雑音が気になる。それがうるさくて仕方がない。
 極楽にある地獄、地獄にある極楽のようなもの。そういう場所へ行って戻った人はいないので、あるのかどうかは分からないが、現実の何かの比喩だろう。イメージだ。
 このイメージは自分でも作れるので、何とでもなる。ただ、多くの人は似たようなイメージを懐いているので、それほどかけ離れることはないが。
 さて、安穏と日々を送るのを理想としている吉村だが、これは退屈で仕方がない。地獄の方が退屈しないのだが、刺激が多すぎる。
 それでちょとした刺激でいいので、何か少し野性的な、野蛮な、またはいけないことを少しだけ考えた。
 だが、それらは考えなくても、何処かからやって来るようで、安穏とした暮らしも、すぐに潰されたりする。
 生活を根こそぎ変えなければいけないことになると難儀だ。そんなときはいつもの暮らしに戻りたいと思うだろう。
 どちらにしても安穏とした暮らしは長くは続かない。ただ、気持ちの持ち方で、どんな状況でも呑気に暮らせるかもしれない。
 この呑気というのは良薬で、貴重なもの。なかなか呑気になれるものではない。呑気な人は最初から呑気。成ろうとして成ったのではなく、ただの気性だろう。
 それで吉村の理想はなかなか見付からない。呑気な気性ではないが、怠け者ではある。
 この怠け癖を活かせば、結構いいものができるのではないかと考えた。
 それもまた呑気な話になるのかもしれない。ということは吉村にも呑気のケが結構あることになる。
 
   了


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2020年09月15日

3874話 大義名分


「人を動かしているのは、何でしょう」
「昔と今とは違う。今は大義名分などはない。細々とまだその古典をやっておる人はいるが、例外だろう。まだそれが生きている世界もある」
「今は何でしょう」
「昔もいたかもしれない」
「今は、何でしょう」
「知りたいか」
「はい」
「君の思っていることとほぼ同じだろう」
「はあ」
「だから敢えて答えなくてもいい」
「私が思っていることですか」
「そうだ」
「私を動かしているものですね」
「そうだ」
「さあ」
「ないのか」
「あるはずですが」
「家のためか」
「さあ」
「仲間のためか」
「さあ」
「仕事のためか」
「それは少しありますが、仕事はよく変わります」
「血のためか」
「血」
「血縁とか」
「それはありません。そんな時代劇のような」
「じゃ、何だ」
「ありました。でも、それでいいんでしょうかねえ」
「それでいい」
「実は、私を動かしているのは」
「動かしているのは」
「楽しみです」
「そう来たか」
「はい。楽しみです」
「楽しみたいと」
「だから、恥ずかしいので、人にはなかなか言えません。それと楽しみといっても色々ありますし、コロコロと変わったりします。一つじゃありません」
「正解だろう」
「そ、それが人を動かしているものですか」
「うむ、そのあたりのことだ」
「でも、私の場合、もの凄く個人的で、プライベートすぎて、人には言えません」
「それが動かしておる」
「つまらないことですよ。もの凄く大事なことじゃありません」
「事を成すよりも、成したあとの一服の茶が美味しいので、それを飲むのが目的」
「え、そんなの、最初から飲めばいいじゃありませんか」
「味が違う」
「でも、人を動かしているのが、お茶じゃ」
「君も似たようなものだろ」
「まあ、そうです。お茶を美味しいと感じたことはありませんが、お茶漬けは好きです。でもお茶漬けのために生きているわけじゃありませんから。それこそ人に言えない」
「人に言えない。それが正解なんじゃ。人を動かしているものの正体はな」
「はあ」
「そして自分を動かしているものを正確には言えない。大義名分のようにな」
「なるほど」
「分かったかね」
「違うと思いますが、分かったような気になりました」
「うむ」
 
   了



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2020年09月14日

3873話 蟻の田中


 涼しくなりだすと、夏場死んだように働いていた蟻が動き出す。
 死んだように働く。それは働いているときの自分は死んでいるためだ。その蟻、田中は秋に蘇生する。
 そして死んだようにではなく、しっかり自分を生かした生き方に戻る。
 その蟻、田中がキリギリス宅を訪れた。キリギリス吉村は友人。この時期夏場の疲れで寝込んでいる。しかし、蓄えがないので、何ともならない。寝て治すしかない。
「うな重だ」
 その声で飛び起きた田中はアパートのドアを開ける。そのときは非常に元気で、衰弱していない。うな重の一声で回復したのだ。
「おお、田中君か、差し入れか」
「助けに来たよ。キリギリス君」
「有り難う蟻君」
 田中はバイオリン弾き。そのバイオリンだけは手放さない。安いので、値段はしれているし、売っても捨て値だ。それに商売道具。ただ、それだけでは食べていけないので、普段は働いているが、サボることが多く、今年は特に怠けていたので、蓄えがない。
「いつかキリギリスの恩返しをするよ」
「僕はこれから走り出す」
「ああ、夏場よく働いたからねえ」
「見ていたか」
「凄い仕事をしていたねえ」
「その頃は死んでいた。いま生き返ったんだ」
「怖いなあ。で、何をするつもり」
「旅に出ようと思う」
「そんなに稼いだの」
「小旅行になら行ける」
「僕は、このウナギを食べて、養生するよ」
「そんな一食だけでは足りないだろ」
「そうだけど」
 田中は鞄から札束を取り出し、ぽんと置いた。
「使えよ。これで養生するんだ」
「有り難い、借りるよ」
「さあ、僕は出掛ける」
「しかし、夏場働いただけで、札束を人に貸すほどお金が入るものなの。しかも今から旅行に行くんだろ」
「それは蟻の秘密さ」
「どちらにしても助かった。これでいいのを食べ、栄養を付け、元気になるよ」
 キリギリスの吉村は回復しても、働きに出ないで、バイオリンを弾いている。小さなライブハウス回りをしているだけなので、食べていけるわけがない。しかし蟻の田中から借りた札束が効いている。当分遊んで暮らせる。
 その頃、蟻の田中は旅行中で、それがまだまだ続くようで、なかなか帰って来ない。長旅だ。旅の途中、仕事をしているらしい。
 冬になった。
 キリギリスの吉村は相変わらず遊んでいる。冬を越せるだけの金はまだ残っている。
 しかし、遊び疲れたのか、飽きたのか、吉村は普通にまた働くようになった。
 一方、旅に出た蟻の田中は戻ってこない。行く先々で仕事をしているようだ。
 蟻の田中、いったいどんな仕事をしているのだろう。
 
   了
 



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2020年09月13日

3872話 意浴


 体調を崩しているとき、よくなれば、あれもしよう、これもしようと思うのだが、治ってみると、何もしない。意外と元気なときよりも、弱っているときの方が意欲が湧くものだ。
 それに気付いた坂上は、それならば体調を崩した方がいいような気がした。意欲だけは盛んで、元気。非常に前向き。しかし動けない。
 これは実際には今すぐやらなくてもいいので、意欲も湧くのだろう。実際には実行できないのだから。そして実行できる状態では、意欲が消える。下手に意欲を湧かすと、やらないといけない。これで止まる。
 坂上は足を痛めたことがある。歩くのが少ししんどい。だが、歩くことは歩ける。それで、元気になろうとよく散歩に出た。しかし、治ってからは歩いていない。散歩にも出ない。だから弱っているときの方がよく行動していた。しかし、普通には歩けないので、本当の意味での散歩ではないが。
 それで、足が治れば遠くまで散歩に出たいと考えるのだが、これも同じで、治れば何処にも行かない。
 身体だけではなく、気持ちが弱っているときもそうだ。
 要するに坂上はへたっているときの方が元気ということだ。気持ちが。
 しかし回復すればやらないというのはどういうことだろうか。何でもできる状態になっているのに、無視する。
 これは実際行動を伴うのが面倒なためだろう。本当に実行することが。ただ想像ならいい。そのときの方が元気。想像ではなく、実際にやるとなると、もう駄目になる。だから考えなくなる。
 それで坂上は色々なことを先送りし、手付かずの事柄も多いが、あのとき実行しておれば、今頃大変な目に遭っていることもある。やらなくてよかった、手を付けない方が実はよかった例も結構ある。
 当然、あのとき動いておれば、良い目にあったのに、というのもあるが、その良い目もまた、時期が来ると元の木阿弥になっていたりする。浮き沈みがある。
 元気なときにもリスクがあるし、当然良い結果にもなるが、元気がないときも、似たようなものなのだ。どちらがいいのかは分からない。
 ただ、どうでもいいようなことなら、どんな体調や精神状態でも、実行する。大事なことではないほどやりやすい。
 そして本来やるべきことは、そのままではしんどいので、それなりの加工をしてやる。たとえば掃除が嫌いなら、それを修行としてやる。決して掃除をしているわけではない。修行をしているのだと、すり替える。
 等身大というのがあるが、無理のないその人らしい感じだろう。その能力にふさわしいような。
 そして、それは意欲があろうとなかろうと、何となくやっている。
 下手な意欲は身を崩す、かどうかは分からない。ただ、意欲が湧き出しているときは気持ちがいい。温泉に入っているようなものかもしれない。
 意欲ではなく、意浴だろう。
 
   了






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2020年09月12日

3871話 家宝の名刀


「岸本嘉平殿はご在宅か」
 奥から岸本が出てきた。
「私が岸本嘉平だが、何か」
「あ、人違いだ」
「人違い」
「別の人だった」
「このあたりで岸本は私だけだが」
「いや、わしの知っておる岸本殿ではない」
「そうか」
 岸本は奥へ戻った。
「いや、やはりあなたかもしれない」
 岸本が振り返ると、その男は既に廊下にいる。上がってきているのだ。
「確かか」
「確かめたい」
「それより勝手に上がり込んでは困る」
「つい」
「まあ、奥へ来なさい。といっても家人はおらん」
「やはり岸本殿じゃ」
「何故分かる」
「困った顔をしたとき、頬に皺が寄る」
「いま家人がいないのでもてなせないが、よいか」
「お構いなく」
 岸本と男は、奥の小書院風の座敷で白湯を飲んでいる。
「喉が乾いていたので、これはいい」
「まだ暑いのでな」
「そうですなあ」
「ところで、私に何の用だ。それに用も聞かずに座敷に通したが」
「ご無礼いたしました」
「で、用とは」
「もう一度岸本殿にお会いしたかったのです」
「もう一度とは、一度会ったか」
「はい、戦場で」
「どの戦いじゃ」
「先年の」
「確かに私も加わった」
「合田新兵衛といいます」
「その方の名か」
「名乗ったはずです」
「忘れた」
「あのとき、見逃してくれました」
「敵だったか」
「そのときのお礼をと」
「私の名をどうして知った」
「同僚から教えてもらいました」
「そんなことで来たのか」
「わしにとっては命の恩人」
 合田新兵衛は刀に手をやった。
 岸本嘉平は身体をぐっと反った。
「お礼でございます」
 名刀らしい。
「旧主から頂いた家宝」
「そんな大事なものを受け取るわけにはいかぬ」
 合田新兵衛は刀を抜いた。
 岸本は片膝となる。
「ご覧下され」
 黒光りし、角度を変えると、真っ白。
「おお」岸本嘉平は手に取って、じっくりと見た。
 既に刀は合田新兵の手にはない。
「受け取って頂きたい」
 合田新兵衛は鞘も渡した。
「うむ」
「これで、すっきり致しました。礼を言いたかったのです」
 合田新兵衛はすっと立ち去った。
 勝手に屋敷に上がり込み、勝手に出ていったことになる。
 岸本は、そのとき、やっと思い出した。確かに見逃した敵がいた。手傷を負っていたためだ。確かに合田新兵衛と名乗っていた。
 数日後、岸本は合田新兵衛について、家中の者に聞いてみた。
 先の戦いで、亡くなっていたとか。
 負っていた傷が深かったのかもしれない。
 合田新兵衛が先日来たとき、置いていった名刀は、まだ残っている。
 岸本はそれを家宝とした。
 という言い伝えが岸本家に残っている。
 
   了





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2020年09月11日

3870話 ある安堵


 台風は去ったのだが、箕田の生活は安定しない。生活が天気により、安定するのかどうかは分からない。何らかの因果関係はあるだろうが、普通はない。しかし、生活ではなく、体調の変化はある。天候と体調はかなり関係しており、その影響が出る。低気圧だと、どこも身体が悪くなくても、しんどかったりする。
 台風が来る前のしんどさというのがあり、箕田はそれを感じていたが、去ると少しはましになる。その後、雲が多かったのだが、怖いほどのスピードで流れて行った。雲足が速い。
 そして雲が履けると青空。これを台風一過の空というのだが、箕田の心は晴れない。つまり、生活が芳しくないためだろう。ただ、これは慢性化しているので、それほど気にすることではないが、好きなものが食べたいときでも、それを食べると月末のおかずが貧しくなる。
 しかし、その貧しさが箕田の好みでもある。今よりももっと貧しい暮らしをしていた。夕食のおかずがちくわ一本。それを薄く輪切りにし、多くあるように見せた。醤油を一杯かけ、ちくわの穴が表面張力で幕を張るほど。
 これだけでご飯は進むが、栄養的にはどうだろう。ただ、米を食べているのだから、そこだけは押さえてある。それと魚は出汁じゃこ。これは尾頭付き。魚を何匹も食べていることになる。味付けはしない。そのままでも香ばしい。そして噛めば噛むほど複雑な味がする。噛んだりしがんでいるとき、箕田は猫のように目を細める。これは人には見せたくない。「見たな」「見たであろう」と油をなめている化け猫のようなもの。
 しかし晴れたので、体調はよくなり、それで機嫌がよくなった。それだけのことで、気分が変わる。いい感じだ。安上がり。特に何かをしたわけではない。
 箕田は夏場遊んで暮らしていたキリギリスではない。年中蟻さんをやっているが、いい有様にはならない。蟻程度の動きでは何ともならない。もう少し大きな虫でないと、運ぶ餌も小さい。
「空は晴れても心は闇よ」と呟きながら、箕田は路上を行く。いいものが落ちているかもしれないと、期待しているわけではない。
 雲が流れ、動いているように、箕田も動いている。その動きがよくないのか、いつも迷走。瞑想しながら歩いているわけではない。
 市街地の賑やかなところに出た箕田は、知り合いを見付けた。軽く「やあ」という感じで手を上げると、その友人、一瞬気付いたようだが、さっと視線を外し、身体の角度も変え、何か思案げな顔をわざとらしく作り、さっと方角を変えた。
 箕田に近付くとろくなことはない。だから、友人知人は避けて通る。
「箕田さん」
 逆に声をかけられる。後ろからだ。
「箕田さんじゃありませんか」
 芝垣という怠そうな男だ。
 箕田は聞こえないふりをし、ポケットから手帳を取り出し、それを見る振りをし、早足で、後方の芝垣から遠ざかった。
 箕田が避ける相手。その芝垣、余程重症なのだ。関わるといけないと思い、箕田は逃げた。
 自分よりも下がいる。箕田は少しだけ、安堵した。
 
   了



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