2020年11月30日

3949話 立ち話


「下田はいかん。あれは辞任すべきだ」
「交通機関の発達が、果たして人々に仕合わせをもたらしたろうか。利便性が必ずしもいいわけではない」
「下田の経歴を見たか。あれは嘘だ。それが分かっていながら、誰も何とも言わん。それを追求すると、おのれも追求されるからだ」
「私は歩いて旅する。これがいい。しかし、昔は伊勢参りなど歩いて行ったものだ。お参りよりもその道中の方が学ぶところが多いと言える」
 左側から来た人と、右側から来た人が神社前でばったり出合ったのか、立ち止まったまま立ち話をしている。神社が目的なのではなく、通過している最中。
「誰も正しいことを言わん。絵に描いた餅のような正論は言うがな。しかし、正論だけでは世の中、立ちゆかん。だが主義主張のあるいっぱしの人間なら、もう少しましなことが言えるはず」
「この前、近くを散歩したんだが、足が重い。歩いて旅するには鍛えんといかん。昔の人は運動目的で歩いたわけではなかろう。日常的によく歩いていたに違いない。しかし、どの程度のスピードで歩くのだろう。それは人それぞれ」
 二人は向かい合って話しているのだが、どちらも相手の目など見ていない。
「倉橋先生に出てきてもらうのが好ましい。まだ引退するような年じゃない。あの人の時代は良かった。言っていることが痛快だった。やっていることは同じでも言い方を変えると、説得力がある」
「牛に引かれて善光寺参り。年をとるとそれだな。しかし牛を飼わないといけない。昔は農家でも牛を飼っていた。その牛に引っ張ってもらうのも手だが、果たしてそれで合っているのかな。荷運びの牛は見かけるはず。そして荷は私だ。それなら行ける。だが、この時代、そんな牛に引っ張られながら道路に出ておる人などおらんだろ。だから無理だな」
「一人一人がもっと認識を持つこと。これが大事で、世の中のことをしっかりとチェックすることだ。私は毎日新聞を読んでいるが。それは信用できんので深読み、または裏読みする」
 二人は歩きだした。左から来た人は右へ。右から来た人は左へ。
 二人とも、一人でブツクサ言いながら歩いている辻説法系の散歩者だろう。
 
   了


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2020年11月29日

3948話 限界越え


 限界を超えると、そこで終わってしまう。いつもは限界内でやっていたのだが、その限界内にもレベルがあり、非常に高い限界内もあれば、それほどでもない限界内もある。その場合、限界など考えなくてもいい。限界を超える必要がないため。
 限界内での戦いがあり、競い合いがあるし、自分自身に対しても挑戦する良さもあるが、いずれも限界内での話。
 限界を超えるのは実は簡単なことで、一つの歯止めを外せばいい。これは誰にでもできる。限界内から見ると、それは反則。禁じ手。御法度だ。
 要するに御法度の裏街道を行くようなものだが、裏とは限らない。堂々と表街道も歩けるが、御法度破りにはかわりはないので、限界内の人から見ると、これは本来のものではないと感じるだろう。
 限界内だけでは不足で、また不満な場合もある。限界すれすれの箇所はほとんど限界を越えたところと変わらなかったりする。しかし限界内。戦いはそこが主戦場だったりする。
「その戦いに疲れました」
「それで第一線から引くのかね」
「ゆとりがありません。余裕も」
「しかし、すれすれのところが良いんだ」
「別にすれすれでなくてもいいんじゃありませんか」
「じゃ、大人しくなるよ」
「はい、もう大人しいのでいいのです」
「君がそう望むのなら、そうしなさい」
「有り難うございます。これでほっとしました」
 しかし、似たような人が大勢いて、大人しいところも満員だった。ここはここで競い合っていた。大人しさ加減ではなく、かなりのセンスが必要だったためだろう。だから、事情は変わらない。何処にいても、人がおり、それなりに競い合っている。
「多いです」
「大人しくはないか」
「はい、それで、もう一段下げたいと思うのですが」
「それを望むのなら、そうしなさい」
「はい。有り難うございます」
 さらに大人しく、地味なところにも大勢の人がいた。そこでは何を競い合っているのかは分からないが、決してのんびりできる場所ではなかった。
「駄目でした」
「じゃ、限界を超えるか」
「それは」
「その方がすっきりする」
「でも御法度破りになります」
「そうだね。そうなると、君ともおさらばだ」
「はい」
「じゃ、どうする」
「さらに下げてみます」
「同じことだと思うが」
「下げすぎるほど下げます。そちらへ向かっての挑戦です」
「君がそれを望むのなら、やってみなさい」
「有り難うございました」
 しかし、そこはずぶの素人の世界だった。
 下げすぎたようだ。
 
   了
 



posted by 川崎ゆきお at 14:28| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月28日

3947話 用事の話


「一つ用事を減らすと楽ですね」
「あ、そう」
「このところ忙しくなりましてねえ。色々と用事を増やすからでしょうねえ。それで一つ減らしました。すると楽になった」
「その用事、しなくて大丈夫ですか」
「大丈夫だったようです。しなくてもいいような用事でして、習慣になっていただけ」
「無駄を省くというやつですね」
「いや、最初から無駄なことをやっていたので」
「あ、そう」
「それで時間にゆとりができ、他の用事や用件もゆっくりやれます。いつも急いでやるものだから、それに比べると楽です」
「他の用事も必要なものですか」
「必要じゃありません」
「じゃ、もっと減らせますねえ。さらに楽になるんじゃないのですか」
「減らしすぎると退屈します。やることがないとね」
「でも減らせるんでしょ」
「しなくてもいいことですから、いくらでも減らせますが、先ほど言ったように用事が減るとやることがなくなる。やることがないので、やることを増やしたので」
「それで増やしすぎて忙しくなったと」
「そうです。それで一つ減らすと楽になった。それだけの話です」
「暇潰しの用事じゃなく、本当にやらないといけない用事もあるでしょ」
「あります。でも、やりたくありません」
「それはいけない」
「それで、本当にやらなければいけない用事がかなり溜まっています」
「じゃ、それをやれば退屈しないでしょ。やることが一杯できる」
「気が進まない」
「あ、そう」
「やらなくてもいいことの方がやりやすいのです」
「それじゃ絶対にやらなければいけない用事はいつやるのですか」
「差し迫ってからです」
「なるほど」
「あなたはどうです」
「そんなこと、考えたこともありませんが、普通の用事だけでも結構ありますから、退屈はしませんよ。わざわざ用事を作りませんがね」
「それで普通なんでしょうねえ」
「そうですよ」
「私はつまらん用事をやるのが好きなんです。しなくてもいいような。これは娯楽なんです。本当の用事はそうじゃないでしょ。仕事のようなものでしょ。やる義務があるような。責任がかかっているような」
「そうですね」
「それよりも無駄なことを一杯やりたい。まあ、それでやり過ぎて忙しくなり、のんびりできなくなりましたので、一つ減らしたわけです」
「呑気な話ですねえ」
「そうですねえ」
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 12:47| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月27日

3946話 闇の中の走馬灯


 闇の中を彷徨っていた。二吉はやっとその先に光を見て、出口を見付けた。そこは明るい世界。現実の世界。きっと昼なので、明るいのだろう。
「ほう、闇の中を彷徨っていたと」
「そうです。でも、そちらの方がよかったかもしれません」
「闇では何も見えんじゃろ」
「明るくても実は何も見ていなかったりします」
「ほう、それは奥深い」
「それに何も見えませんが色々なものが見えていました」
「頭に浮かぶものかな」
「そうです。見飽きるほどありました。まるで録画したままの動画のように、全部見るには一生では足りないかもしれません」
「何テラ分じゃ」
「そういう話ではありません」
「録画はどうした」
「自動的に録画できます」
「しかしハードディスクが足りんだろ」
「だから、そういう話ではなく、これまで生きてきたシーンが走馬灯のように頭に浮かび、流れていたのです。それを見ていると、もう十分でした」
「走馬灯。しばし、見たことがない」
「だから、そういうたとえです」
「あ、そう」
「光を見付け、出てきましたが、この現実、相変わらずですねえ」
「まあな」
「またあの闇に行きたいです」
「飯はどうした」
「時間がないのです」
「あ、そう」
「先ほど居眠りしていたでしょ」
「ああ、していたなあ」
「あの間です」
「じゃ、短い」
「そうでしょ。闇の世界ではうんとうんと長い時間でした」
「それは単に夢を見ていただけのことじゃないのかね」
「いや、夢ではありません」
「わしも行けるか、その闇の世界へ」
「さあ。私は偶然入り込みましたが」
「どこから」
「夢の中からです」
「何じゃ、やはり夢ではないか」
「夢の中に入口がありまして、そこに入ると、もう夢じゃないのです」
「ううむ」
「その中で、走馬灯をやったのです」
「幻灯会のようなものかな」
「幻灯はスライドで静止画ですが、動画でした」
「それがよかったのか」
「昔の思い出とかが浮かび上がり、それが、また長い長い物語で」
「死にかかっていたんじゃないのか」
「いいえ」
「そうだな」
「あの闇の世界は私の故郷といいますか、私そのものでした」
「独演会じゃな」
「はい、私だけが主人公でした」
「わしは出てきたか」
「はい」
「どんな感じで」
「それは言えません」
「あ、そう」
「また、あの闇の世界に行ってみたいです」
「夢を見ていただけじゃと思うがなあ」
「そうですねえ」
 
   了



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2020年11月26日

3945話 馬鹿になる薬

馬鹿になる薬
「機嫌良く暮らしておられますかな」
「良いときもあれば悪いときもあります。連日機嫌が良いのがいいのですが、そうはいきません。それに楽しいことが毎日続くと身体も気力も持ちませんよ。そのうち麻痺してしまい。楽しいはずのことなのにそれほどでもなくなってしまいがちです」
「長い説明有り難うございます。ただの挨拶なんですがね」
「そうなんですか、で、あなたはどうなのですかな」
「私ですか。私のことはいいのです」
「悪いのですか」
「いえいえ」
「じゃ、毎日楽しいと」
「そこまではいきませんが、まあ、どうでもいいことです」
「そんなどうでもいいことを私に聞いたのですかな」
「だから、ただの挨拶です」
「ああ、ご機嫌ようご機嫌ようの」
「そうです」
「機嫌が良い方がいいのですがね。機嫌が悪いときもありますよ。だからずっと機嫌が良いわけじゃないし、また機嫌がずっと悪いわけじゃない」
「それは先ほど聞きました」
「それで、あなたは」
「それも答えました」
「そうでしたな。で、用件は」
「機嫌がよくなる薬を持ってきたのです」
「ほう、機嫌が良くなる。それはいいですなあ。飲めば機嫌が良くなりますか」
「はい、なります。効能が切れれば戻りますが」
「原因は何です」
「え、何の」
「だから機嫌が良くなる原因」
「神経でしょ」
「何か良いことがあって、それで機嫌が良くなるんじゃないのですな」
「そうです。何もなくても機嫌が良くなります。気分も良くなり、良い気持ちになれます」
「しかし、理由もなく機嫌が良いって、馬鹿でしょ」
「そうです。馬鹿になれば機嫌が良くなります」
「じゃ、馬鹿になる薬ですなあ」
「そうです」
「私は馬鹿ですが、機嫌がずっと良いわけじゃない」
「この薬なら大馬鹿になれます」
「大きな馬鹿ですか」
「小馬鹿じゃありません」
「じゃ、私は馬鹿じゃなく、アホです」
「阿呆ですか」
「さあ、馬鹿と阿呆、どちらが強いのかは分かりませんが、似たようなものでしょ」
「そうですなあ」
「で、薬なんですが、どうしましょう」
「機嫌が悪い日でも寝れば治りますので、必要ないです」
「なるほど」
「分かりましたか」
「はい」
 
   了





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2020年11月25日

3944話 銀杏蛾


 イチョウの葉が黄色い。多くの葉は散って地面を真っ黄色にしているが、まだ枝に葉は豊富にある。いったい何枚あるのか勘定したくなるが、一円にもならない。この葉が小判に変わるわけがないので。
 そんなことを思いながら、上田はすぐ目の前の枝にある葉を見ていた。それらの黄色い葉もすぐに落ちるだろう。
 イチョウの黄色い葉を見るのは今のうち。もう来年の今頃まで見られない。繰り返される四季、折々の変化。上田はそれに関心があるわけではないが、数日限りの黄色い葉だと思うと、意識して見てしまう。それを見たことを来年の今頃、思い出すかもしれない。それには印象深い見方が好ましいが、そんな見方があるのだろうか。
 イチョウの葉に対して何かしたとか、一寸した物語性がいる。印象に残るほど思い出しやすい。
 そして、一枚一枚の葉を見ていたのだが、一枚だけ水平な葉があり、面を向けている。他の葉は全部傾いているのに。まさにイチョウの葉の形をしている。葉の肩が上に来ている。これは印象深いが、探せばいくらでもあるが、そういう角度で見える葉は少なかったりする。げんに他の葉を見ても斜めを向いていたり、横向きになっていたりする。
 それらの中で、いま上田の目の前にある葉は、しっかりと正面を見ている。そして何かの形に似ていると思ったとき、「気が付いたか」と来た。
「蛾じゃよ」
 黄色い葉っぱが喋った。何処に声帯があるのだろうか。葉を笛のように鳴らす人もいるが、葉だけでは鳴らない。ただ風を受けると鳴るが、「蛾じゃよ」とまで、しっかりとした言葉の音色にはならないだろう。
「やはり蛾でしたか」上田は何かに似ていると思っていたものが蛾だと分かり、当たっていたことで喜んだ。しかしそんな問題ではないだろう。擬態した蛾が話しかけてきたのだ。これはもう蛾ではないはず。
「こんなところで何をしているのですか」
「葉が落ちる前に姿を出す」
「じゃ、他のイチョウの葉の中にも、そんな蛾がいるのですか」
「さあ、仲間など見たことはないが、いるだろうねえ」
「どうして姿を出すのですか」
「出しても分からんだろ。見抜く奴などおらん。しかし君は見抜いた。葉ではない何かだと」
「はい、何かに似ていると思った程度ですが」
「その程度でも十分鋭い」
「それで、何をされているわけですか」
「このまま落ちる」
「蛾でしょ。飛べないのですか」
「飛べない」
「はい」
「あまり長く話すと、疲れて枯れ落ちるので、もう行きなさい。妙なものに関わるとろくなことにはならんからね」
 上田はイチョウの木から離れた。
 その夜、風が強く、さらに雨も降った。
 翌朝、上田はその前を通ったが、まだ残っている葉もあったが、あのイチョウの葉に似た蛾はいなかった。下に落ちたようだが、探しても、見付からない。
 少し印象に残りすぎたようだ。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 13:50| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月24日

3943話 田糠村の手前の村


「田糠村の木助さんのお宅は何処でしょう」
「ここは田糠じゃないよ」
「探しています」
「田糠村へ行かれて聞けばいいでしょ」
「木助さんをご存じですか」
「聞いたことはありますが、田糠村の人とだけ」
「そうですか」
「田糠村は、すぐそこですよ」
 農夫は畦道の向こう側で交差する村道を指差した。「左へ行けば田糠村、右へ行けば吉座原に出ますが、村は遠いです」
「有り難うございました」
「どうして、ここで聞くのですか」
「いえ、周辺の人から」
「人から?」
 つまり、周辺の人も木助を知っているのかどうかを確かめたかったようだ。
「どんな噂が立っているか、聞きたかったもので」
「噂ですか」
「そうです。何かありませんか」
「田糠村の人ですが、田んぼはやっていないとか」
「本職で忙しいと」
「そうでしょうなあ」
「何でしょう。本職とは」
「さあ、詳しくは知りませんが、たまに人が訪ねて来られるようです。知らない人をよく見かけますよ。あなたのように。そういう人は田糠村へ行くのでしょうねえ。そして木助さんに会いに行く」
「どのような人が多いのですか」
「馬に乗ったお武家さんや、物持ちの旦那衆が多いです。見かけない人ばかり」
「有り難うございました」
「お気を付けて、田糠村は行き止まりの村。しかし、行く人は見かけますが、戻って来る姿は一度も見たことがありません」
 旅人は少し不安になってきた。ここが一番大事なところだろう。
「戻って来ない?」
「見かけないだけですがね」
「別の道で戻ったのでは」
「必ずこの村を通りますよ。他に道はありません。まあ、山の中にでも分け入れば別ですがね」
「田糠村の向こうは山ですか」
「そうです」
「その山の向こう側は」
「山また山」
「有り難うございました」
「いえいえ、お気を付けて」
「はい」
 旅人は田糠村へ向かったが、途中で怖くなってきて、引き返した。
 ところが、先ほど話を聞いた村が、ない。
 怪しいのは田糠村ではなく、先ほどの村だったのかと、やっと分かった。
 
   了



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2020年11月23日

3942話 不審な動き


 平家物語ではないが、どの政権も永遠に続くものではない。長く続いた藤原時代、徳川時代も、やがて消えていった。ローマ帝国もそうだろう。
 ただ、その時代に生きていた人達は、孫や曾孫まで同じ政権のままだろうというのがあり、生きている間は、ずっとその政権。その先の政権など考えようがなかったのかもしれない。だからその人にとっては曾孫の代まで続くので、生きている間は、その政権のまま。
 ただ、その政権内でも争いがあり、政権はそのままだが、トップが代わる。これは何代も変わり、第何代将軍とかのようにもの凄く多い。そこでの争いはある。
 だから、同じ政権が続いているといっても、それを仕切っている人々が変われば、少し違ってくる。これはその時代、生きていた人達も、少しは変わる。
 そして自分が有利になるような新しい支配者が出ると、運も代わるだろう。
「島内が清原と会っていたとか」
「清原といえば大西派の人間じゃないか」
「そうです。島内は敵に内通しているのでは」
「島内と清原は竹馬の友。それだけだろう。それに清原など大西派の雑魚だ」
「島内も、わが派では雑魚ですね」
「そうだな。だから雑魚同士が会っても、別に影響はない」
「念のため、釘を刺しておきましょうか」
「そうだな」
「頑丈な土手も蟻の穴で崩れるとか」
「島内は蟻か」
「島内は雑魚ですが、顔が広い」
 その後、島内は清原の紹介で、雑魚ではない大物と会った。
「これは駄目でしょ」
「黒田と会ったようだな」
「敵の中枢にいる人物です」
「説明しなくても分かっておる。これは釘の刺し方が悪かったのかもしれん。直接わしが会ってみよう。島内に」
「それがよろしいかと」
 島内は自分が属する派閥の長と会った。
「最近、どうじゃな」
「はい、元気です」
「あまり元気を出さぬ方がいいぞ」
「はい、承知しました」
 これが釘のようだが、島内はそれに気付かない。鈍いのだ。だから敵側の人物と平気で会ったりしている。
 そして島内は誘われるまま、寝返った。
 だが、それだけのことで、何の影響も起こらなかった。
 やはり雑魚のためだろう。
 
   了
 


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2020年11月22日

3941話 古き流儀


 古きに戻るといってもそれほど昔ではない。ついこの前のことで、よく見えており、思い出すまでもないこと。まだまだよく覚えているので、昨日のことのように思われる。おとといのことになると少し曖昧になり、一週間前だと、かなり薄くなり、一月前だと距離感が出る。去年のことになると、もう繋がっていないような過去にも見えてしまう。
 古いといっても色々ある。新製品が出ると、旧製品になるが、今も使っている人がいるだろう。だからその程度の近さだと古いとは言えないが、言っても別にかまわない。新製品もすぐに旧製品になるので、新製品の旬は短い。様々な旧製品の方が数多くあり、そちらの方が豊富。
 その旧製品も、年月と共に、さらに旧旧製品となり、旧が増える。そしてもう忘れられたように、その存在は遠のく。
 これが商品ではなく、以前交わした約束とかならまだまだ生きているが、それが成立しないような状況になれば、自然消滅する。たとえば昔、そんな約束をしていたという程度で、今となっては約束の果たしようがなかったりする場合。
 お互いにそれが分かっているので、約束を実行する気は双方ともない。無理なので。
 山岸はそんなことを考えながら、自分の流儀について考えてみた。その流儀、かなり変化している。それで以前、これこそ古き流儀に成り果てているが、まだまだ使える流儀。これぞ山岸らしき流儀であり、やっと見付けた流儀なのだが、いつの間にか何処かへいってしまった。考えが変わったのだろう。流儀をそう易々と変える方がおかしいが、山岸の流儀とはそんなものだと自身思っている。流儀に拘らない流儀だろうか。
 それで、机の引き出しの底を掘り起こした。
 この引き出し、一杯一杯で、地層のように上から順に新しい。過去が積み重なっている。
 以前の流儀に目がいったのは、今の流儀に行き詰まったため。以前の流儀なら難なくできた。だからその箇所だけ、以前の流儀でワンポイントだけやればいいのだが、流儀とはそんなものではない。それなら流儀にならない。全部を同じやり方でやるからこそ流儀。
 個人の流儀、これは何とでもなる。本人が決め、本人がやるだけ。当然誰かのコピーが多いのだが、自分のものにしてしまえば自分の流儀になる。
 流儀とはただの目安だろう。そして慣れが加われば自分のものになる。そうすると、もうあまり考えなくてもできる。型ができ、その型通りやればいいだけで、あとは迷う必要はない。型に沿ってやればいいので。
 ただ、たまに型を変えてみたくなる。決して型破りに走るわけではなく、別の型に乗り換えるだけ。
 山岸は古き型、つまり流儀を引っ張り出してきたのだが、固定するとほぐしたくなるのだろう。
 
   了

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2020年11月21日

3940話 遠くへ行きたい


「遠くへ離れる」
「どういうことだ」
「自分から遠く離れる」
「そういうことか」
「しばし、離れるので」
「それはいいわけか」
「まあ、そうです。少し離れたい」
 そういった世間のしがらみから離れたくなるときがある。
 田村はそれを実行した。
 すると「責任逃れだ」という声が聞こえてきた。まだそれほど遠くへ行っていないので、聞こえたのだろう。もっと離れなければ。
 これは遠隔地へ行くわけではない。自分から離れること。すると、自分が自分でなくなるのだが、少しだけ残しておく。そうでないと記憶喪失者。いっそその方が楽かもしれないが、しばらく離れるだけで、戻る気はある。だから、しばし。
 それで、しばしのお別れなので、田村は自分自身に挨拶し、遠ざかった。
 しかし、距離的移動はないので、田村はいつものようにそこにいる。
 自分から離れる。これは自分を俯瞰できる。ああ、自分はこんなところにいたのかと。そして状況も分かる。自分中心ではなく、自分もキャラの一人として。
 頭がわさわさする。風邪の引き始め、田村はこの症状が出る。自分から離れたので、留守番がいなくなったのだろうか。そんなはずはないが。
 身体を置いてきたわけではなく、気持ちを置いて離れただけなので、身体はそのまま。その身体の頭がわさわさする。これは無理をしない方がいい。
 しかし、わさわさするので、捨て置けないので、田村は戻ってきた。
 そして元の田村になり、世間のしがらみの中に身を置いたのだが、わさわさは少し休むと、消えた。それでまた遠くへ行った。
「田村君、君はいったい何処にいるんだね」
「今はここにいます」
「心ここにあらずは治ったのかね」
「はい、しっかりと」
「じゃ、頼んでいた仕事に早速取りかかって欲しい。いいね」
 これから逃げようと、少し遠くへ行っていたのだが、身体はそのままなので、世間の風当たりはいつも通りだった。
 今度は身体も連れて少し離れた方が良さそうだ。
 
   了
 

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2020年11月20日

3939話 蜜柑と石榴


 ミカンだろうか。小学校の金網フェンスの上にある。雀もカラスも食べないのか、萎れ、枯れ出している。いい質感だ。光線状態は悪いが、一枚写しておこうと、吉田は鞄に手を入れたが、ない。
 カメラがない。持ってくるのを忘れたのだ。テーブルの上に置いてきた。出るとき、それを鞄に入れるはずだった。だから分かりやすいところに出していたのに。
 このあと、吉田は街中をウロウロする。犬のように散歩が必要なのだ。そういう縄張りがあるわけではないが、毎日通るコースがあり、吉田のテリトリー。
 それでカメラを取りに戻ることにしたが、もうかなり来ている。引き返すには距離が長すぎる。その往復を考えると、諦めた方がいい。だが、天気もいいし、穏やかな日。滅多にそんな日はない。ミカン以外にも、このあと写すだろう。
 それで、自転車をユータンさせ、小学校の端まで来た。交差点があり、待たないといけないが、信号はない。いつもとは違う方角、反対側。見通しは悪い。
 いつもは見通しがいいので、車の様子や、左右の信号を見ながら、車の切れ目を見付けて、すっと渡る。渡り慣れている。しかし逆側からでは様子が違う。
 もう車は来ないだろうと思うと、赤信号になりかけで猛スピードで走ってくる車が見えた。それでタイヤを引っ込める。
 いつもと違うことをしている。それでいいのかと、吉田は少しだけ不安になる。こういうところでもし接触事故でも起こしたとすれば、カメラを取りに戻らなければ起こらなかったことになる。
 そして、同じ道を引き返しているのだが、全て反対側から。
 よく知っている通りだが、後ろを振り返ってまで見ないので、逆側の面が目に入ってくる。こんな通りだったのかと、改めて思うこともある。見えていなかったのだ。
 それよりも、今は小学校の端にあるミカンを写したあと、次の角を右へ曲がり、神社前を走っているはず。時間的にはそうなるが、今は引き返している。何か縁起の悪いこと、引き返すことで、踏み込んではいけないところに入り込むのではないかと、あり得ないが、そんな気がした。当然ただの思い付きで、本気で考えているわけではない。
 そして家の近くまで来た。まるで予定されていない人、その時間帯にいてはいけない人のように、玄関を開け、カメラの置いてある部屋は入ろうとした。カメラはテーブルの上にある。その向こうにパソコンなどが置かれたもう一つのテーブルがあり、椅子があり、いつも座る場所がある。そこに誰かが座っているのではないかと、ふと思った。
 誰が。
 吉田自身。
 しかし、吉田は散歩に出た。吉田は一人。
 だが、吉田が家を空けたときは別の吉田が使っているのかもしれない。
 誰だ、その別の吉田とは。
 そんなことを思いながらテーブルのカメラを掴み、鞄に入れた。パソコン前の椅子には当然ながら誰も座っていない。
 もう一人の吉田は吉田とそっくりだろうか。それとも今の吉田より若かったりしそうだし、うんと年寄りの吉田かもしれないし、吉田ではなく、まったく別の人物かもしれない。あくまでも冗談のような想像だが。
 それで、再び自転車に乗り、散歩の続きをやることにしたが、今度は同じところを四回通ることになる。同じ道筋の風景を見ても仕方がないと思い、コースを変えた。
 これはこれで、予定にないこと。本来なら、そんなところを通らない。だから、これはこれで縁起の悪いこと、禁忌的なことをやっているのではないかと、また不安になる。あくまでも半ば冗談で、異変が起こるわけがないとは思っているが、そんな雰囲気がするのは確か。
 別ルートを走り出し、すぐに木の実を見付けた。ザクロだ。頭をかち割られ、ザクロのように、などと連想が走る。それが一つだけ残っている。先ほど見たミカンと交代だろう。
 吉田はミカンの代わりに、ザクロをパチリと写し、別コースを取りながら、いつものコースと合流した。
 そのあとは妙な妄想は湧かなかった。
 
   了



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2020年11月19日

3938話 秋眠


 春眠。それがあるのなら秋眠もあるはず。春は眠い。それと同じように秋も眠い日がある。まだ今は秋だが晩秋、すぐに冬が来る。
 武田が眠いのは小春日和のためだろうか。妙に暖かい。冬のような寒さが続いていたのだが、その日はポカポカと暖かい。しかし、眠気はそれではないようだ。睡眠不足でもない。
 朝、食べ過ぎた。
 それで動きが鈍くなる。これが秋の終わり、冬の初めの肌寒いころなら、眠気は来ないかもしれない。体が引き締まるので。
 だからやはり気温の高さも手伝って眠いようだ。小春日和の、この春は、春眠の春。春の日の眠さ。
 武田は今朝も寒いと思い、厚着をしている。これでさらに気温が高く感じられる。
 朝、外に出る。仕事だ。出勤。
 いつもの駅までは自転車で行く。家賃は安いが駅から遠い。複数の駅の中間ぐらい。どの駅からも一番遠い感じ。
 駅まで歩くのは面倒だし、バス停も遠いし、いつ来るか分からない。歩いた方が早い。しかし自転車なら、もっと早い。そして楽。
 自転車は駅から少しだけ離れたところにある大型ドラッグストア。仲間もいるようで、店内には入らないで、そのまま駅まで行く。少し歩けばいいだけ。駅前は当然駐輪禁止。
 いい気候だ。しかも快晴。雲一つない。こんな日は年に何度もないだろう。しかし、眠い。
 薬局の赤い看板が見えてきた。その前に信号があり、赤のまま。この待ち時間が長い。
 武田は信号待ちで止まると、寝てしまうのではないかとまでは思わないが、止まりたくない。しかしそのまま直進できるわけがない、赤だし、車はひっきりなしに横切っていく。
 そこで、左へハンドルを切る。止まりたくないため。眠いこの状態が気持ちがいいので、もう少し乗っていたい。
 大きな道路の広い歩道を竹田は走る。これも気持ちがいい。しかも追い風。
 眠気はまだ続いているが、一寸刺激的なことをしたので、眠気がましになった。
 刺激的なこと。これは道路を渡らなかったこと。そして左へ舵を切ったこと。この瞬間、遅刻だろう。いつもギリギリで、電車に乗る。次の電車では遅刻。
 広い歩道をスイスイと竹田は走る。これだけ走れば、気が変わって戻る気が起きても、もう無理だと諦めるだろう。
 そして、この道路は郊外へと続いている。前方に見える山が、少し近付いたような気がしたが、それは錯覚。
 そしてもう眠気は消えていた。
 そして竹田もその日一日消えていた。
 
   了
 

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2020年11月18日

3937話 紅い樹海


 紅葉狩りに出て道に迷う。そして二度と出て来られないまま彷徨うのでは、と心配していると、茂みの奥に人里が見える。こんなところにそんな町があったのかと。
 紅葉狩りの名所。最寄り駅は終点の駅で、そこからもう紅葉が始まり、駅前から既に土産物屋や赤い毛氈が敷かれた長い椅子がある。椅子なのかテーブルなのかが分かりにくいが、どちらも合っている。そこに座り、そこで何かを食べる。ではお膳の上に座って食べているのではないかということだが、縁台とはそんなものだろう。移動式の縁側。夏なら将棋をそこで指す。
 観光地として全国屈指のモミジの名所。諸国の諸大名も結構来ていたようだ。
 だから道に迷い込むような深い山ではなく、また山に登る必要もない。川沿いが見所で、山の斜面まで登ることはない。山といっても麓の襞のようなもので、一つの山が前面にドンとあるわけではない。
 川には遊覧と飲食の屋台船が浮かび、ボート乗り場もある。大勢の人出で賑わう晩秋。狭い道など前へ進めないほど混んでいる。
 ところが田村は、そこから離れたためか、迷い込んだ。
 しかし、大声を出せば人のいるところに届くはず。少し小高いところから下を見ると、店屋が見えている。それで安心して、奥へ奥へと分け入った。
 人が少ないというより、いないので、ゆっくりと紅葉狩り、散策を楽しめるはず。
 だが、徐々に心細くなってきた。
 このまま紅葉狩りに出て戻って来られないのではないかと。
 そんなはずは万が一にもない。あるとすれば異界の入口に知らずと踏み込んだのだろう。何処からがこの世で、何処からが異界なのかは分からないが、目の前は真っ赤。これほどの紅葉は川沿いにはない。こんな真っ赤っかなのだから、ここがスポットになり、ここに大勢が来ているはず。しかし、今は田村が独り占め。だがそれを楽しむゆとりがなくなりだすほど、今、何処にいるのかを考えていると不安になる。
 戻ればいいのだが、小道は続いている。ただの山の繁みではない。小道があるのだから人が作ったもの。だから、この先に何があるのか、見てみたい。ここまで来たのだから。
 緑のものが目の前を横切った。飛んでいる。紅葉を背景にした緑。これは目立つ。緑色の鳥は珍しくないが、この季節、いるのだろうか。それにオウムよりも大きかったようだ。
 飼われていた肥満体の鳥がいるのかもしれない。
 田村は先を急いだ。結末を見たい。それが先ほどチラリと見た人里。屋根が見えていた。
 繁みの道を上りきると、平らなところに出たようで、そこに二階建ての大きな家がある。古民家風で大名が泊まる陣屋風。
 さらに近付くと人の気配。
 建物の裏側に出たようなので、表側に回り込むと、巨大な駐車場。ほぼ満車状態。
 表から建物を見ると、食べ物屋のようだ。
 店と駐車場の間に何人か行き来している。家族ずれもいる。
 マイクロバスや観光バスも止まっている。
 これが結末か、と田村はほっとした。
 
   了


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2020年11月17日

3936話 妖怪座敷風


「家に何かいるのですが、何とかなりませんか」
 という話をまた妖怪博士担当編集者が持ってきた。妖怪博士はその話に飽きたので、調べに行きたくない。
 ところが編集者は粘る。依頼者は雑誌の広告主の関係者。これは形だけでも聞いた方がいい。そこを何とか説得して妖怪博士に引き受けさせた。しかし、出掛けるのはいやなので、本人に来てもらうことにした。
 その本人、まだ若い。広告主の甥に当たるようだ。この甥が本家の家を継いでいる。だが本家になったわけではなく、家だけを継いでいる。辺鄙な場所にあるので、本当の本家は都会に近い郊外に引っ越した。
 辺鄙な場所。引き受けておれば、そこまで出かけないといけない。そして寝ぼけ話を聞かされることになる。
 いやいやながら引き受けたのは、もしやの可能性があるため。ただの寝ぼけ話の中に本物が潜んでいる可能性がある。それに依頼者はまだ若い。ボケる年ではない。
 妖怪博士宅にその青年が訪ねて来たのだが、約束の時間をかなりオーバーしていた。
「場所が分かりにくくて、すみませんでした。迷いました」
 しかし、たまに来る訪問者からそんな話を聞いたことがない。分かりにくい場所ではないので、すぐに辿り着ける。裏通りの奥まったところにあるのだが、迷路のような場所ではない。
「何かいるとは何でしょうかな」
「はい、まずはこれを」
 青年はホームゴタツの横からすっと菓子箱を出し、コタツ蒲団の裾野を避けて畳の上を滑走させた。
 よく見かける包装紙、まだあるのかと思うような百貨店のもの。
「それで、何かいるとは」
「はい、古い家でして」
 本家の家族が引っ越したので、ワンルームマンションの青年が代わって住んでいる。それで数ヶ月経つ。異変は物音や、たまに何かの影のようなものが動いたり、室内なのに風が吹いたりするらしい。
 妖怪博士は、この手の話は聞き飽きたので、適当に聞いていた。
「それまで住んでおられた人も、その体験がありましたかな」
「聞きましたが、そんな変な家ではないと」
「あ、そう」
 妖怪博士は適当なことを適当に言って帰ってもらおうとしたが、室内に風が吹くというのが引っかる。
「何でしょうか博士」
「本家が引っ越したので、淋しいのでしょ」
「な、何がですか」
「家に棲み着いている何かでしょ」
「でも空き家じゃなく、僕が住んでいますが」
「やはり本家の家族じゃないと駄目なのかもしれません」
「血は繋がっていますが」
「まだ馴染めないのでしょうなあ」
 妖怪博士は座敷風という妖怪を思い出した。室内で風が吹くと言えば、これが近い。だが、これは現象で、そういう姿の妖怪が口から風を出しているわけでも、風袋から風を吹き出させているわけではない。
 もし、それが本物なら、対処方法はある。
「掃除をしなさい。特に廊下は毎朝雑巾がけを。そしてたまに柱も磨くのです。それで収まる」
 これは昔の本に書かれていることで、妖怪博士の案ではない。ようするに撫で撫でしてやるのだ。
「やってみます」
「家を磨く。それでその何者かは喜ぶ」
「やってみます」
 それから数日後、担当編集者から連絡が入り、怪しい現象は消えたとか。
 広告主でもある依頼者はお礼がしたいと言ったようだが、担当編集者はそれには及びません、となったようだ。
 妖怪博士は青年からもらった菓子箱の中の高級和菓子を一日一つずつ、食べるのが最近の楽しみのようだ。
 妖怪座敷風、それは座敷童の一種らしい。
 
   了



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2020年11月16日

3935話 赤塚の謎


 赤塚があるのなら黄塚とか、他の色の塚もあるのではないと思い、下村は周囲を探したが、それらしい塚はない。赤塚は盛り土だろう。それほど大きくも高くもない。周囲は平地。起伏はない。ただ、家々が立ち並んでいるので視界に入らないのかもしれない。
 下村は周辺を探したが塚はそこだけ。塚なので墓なのかもしれないが、他の目的で盛り土をして高みを作るというのもある。一段高いところに目立つものを置くため。
 赤塚と書かれているが、そこ以外に赤塚と名の付く地名はない。
 赤塚は道路際にあり、そこからいきなり階段が出ている。といっても二階ほどの高さはない。その半分程度。それほど目立った高さではないのだが、大きな木が植わっている。これが目立つ。階段を上りきると祠がある。お稲荷さんだ。当然階段の入口に派手な朱色の鳥居がある。
 そこに老婆が現れた。いきなり赤塚の上に降臨したわけではなく、下の道をこちらへやってくるのを下村は確認している。そして鳥居を潜り、階段を上がってきた。ついでなので、聞くことにした。
「赤塚の由来ですかな」
「そうです」
「赤いからでしょ」
「何処が」
「鳥居ですがな」
「ああ、そんな単純なことで」
 そういう通称が定着し、もう赤塚以外の名は忘れられたようになったようだ。そのあたりの下りを老婆は語ってくれた。
 村創設に関わる大事な話で、村を起こしたとき、村の神が降臨した場所らしい。
 村神様は難しい漢字で誰も読めない。適当に名付けたのだろう。だから定着しなかった。
 降りてこられた場所は塚ではなく木だ。一番古い木がまだ残っているが、根っこだけ。いま聳え立っているのは二代目らしい。村ができるまで、このあたりは原野に近い荒れ地だったようだ。そこに一本のクスノキが聳えていたとか。
 それで降臨の地はその根だけの古木。その木のある場所が聖地となり、その前に小山を作った。そこだけは田んぼにしてはいけないと。
 初めて見る人は古墳だと思うかもしれない。
 そのあと、できたのがお稲荷さん。これはある時代、流行ったようで、普通の農家の庭にも祭られていた。
 その鳥居も何代目かだが、よく手入れされ、いつも濃い朱色が鮮やか。それで、赤塚と呼んでいたらしい。実は村神の名を呼ぶことは憚られるためでもある。実際には村神の長ったらしい名に馴染まなかったのだろう。
 その村神が村を起こしたとなっているが、村を作ってから降りてこられた。お呼びしたのは村人だろう。
 ただ、近くにある神社は、スサノウ神社で、よくあるコンビニのようなもの。何処にでもある。隣村にもある。
 本当に祭るべきは、名前がややこしい村神様。赤塚が村の神社の発祥の地となっているが、村の神社にはその村神様はいない。隠れて祭っているのかもしれないが。
 そして今は村神様も忘れられ、お稲荷さんの鳥居が鮮やかなので、赤塚としか言わなくなった。
 村神様が消えたのは、周囲の村々がスサノウ神社のため。村同士の付き合いもあり、揃えたのだろう。
 先ほどの老婆がそのような解説をやったわけではなく、あとは下村の想像。
 では原野を開墾し、そのとき迎えた神様は何だったのか。どういう神だったのかは、三村もその後、調べたが分からない。
 この村の開拓者は方々から来た人々なので、出身地の氏神を持ってくると、複数いる。
 そういうときに重宝な村神様がいた。
 その土地の地神様ではないのは天から降りてこられたとなっているので、別系統だろう。
 しかし、それら全ては下村の想像で、それが当たっていても外れていても、何事も起こらない。
 しかし、読めないような神様が降臨したという古木の根っこに下村は一応手を合わせた。
 
   了

 

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2020年11月15日

3934話 彦山の魔獣


「聞き違えたようだな」
 瀬宮は魔獣退治に来た。彦山の魔獣と聞いていたので、山の麓で戦いの準備をしているとき、雑貨屋があるのが目に入った。コンビニのようなものだ。周囲にコンビニはない。田舎なのでそんなものだろう。最寄りの駅前にはあったが、降りた終点の村のバス停周辺にはない。
 その雑貨屋に縦長の看板が出ており、彦山饅頭と書かれていた。これを見た瀬宮は全てが終わったことを悟る。聞き間違いなのだ。
 饅頭とは出くわす機会が多い。特に年寄りが多く住む町では何故か潰れないとされている。饅頭というより和菓子。そして甘いもの。洋菓子ではなく、饅頭や餅の方がいいのだろう。
 引き返すのもったいないので、彦山に登ってみようと瀬宮は思った。低い山で、お椀を伏せたようにまん丸く、人工物ではないかと思えるほどよくできている。
 その前に雑貨屋へ寄る。
「彦山饅頭とは何ですか」
「ああ、下の町の和菓子屋の名物で、ここでも売っています。支店じゃないので和菓子屋ほど数はありませんがね」
「彦山饅頭とは」
「これです」
 主人は彦山のようなお椀型をした饅頭を指差した。
「どんなものですか」
「ただのあんころ餅ですよ」
「あ、そう。で、謂れか何かはありますか」
「だから彦山をかたどった饅頭ですよ」
「彦山とは」
「山です」
「何かありますか」
「何もありません」
 まさか彦山に魔獣がいるかどうか、聞くわけにはいかない。まずマジュウと言っても、聞き取れないだろう。そして聞き直される。バケモノでもいい、モンスターでもいいし、怪獣でもいいのだが、彦山の魔獣でひとつの言葉。魔獣を言い換えられない。それは瀬宮の勝手な判断だが。
 瀬宮は彦山饅頭を一つ買い、それを食べながら彦山へ登った。
 しかし山の麓の雑貨屋、周囲に民家が少しあるが、そんなところで店を開いてやっていけるのだろうか。
 山頂までは僅かな距離だが、上にいくほど坂がきつくなり、足が出なくなったので、瀬宮はそこで尻を着けた。
 そして、やっと頂上に登り切ると、先ほどの雑貨屋が見える。家々も見えるが、やはり少ない。
 彦山の魔獣とは、あの雑貨屋ではないかと、瀬宮はふとそう思った。
 それなら聞き間違いではない。
 急いで山を下り、雑貨屋に乗り込んだ。
「気付いたようじゃな」
 先ほどの主人が様変わりしている。ヘンゲしたのだ。
「彦山の魔獣だな」
「その通り」
 店先でドタバタが始まり、凄い音や叫び声が聞こえたが、一番近い家からも遠いので、聞こえないようだ。
 店内が静まった頃、魔獣は元の雑貨屋主人に戻っていた。
 瀬宮の姿はない。
 魔獣ハンター用に設けられたトラップだったようで、魔獣の目的は、瀬宮のようなら魔獣狩り師を狩ることだった。
 
   了


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2020年11月14日

3933話 柿門封じ


 まだこんな家が残っていたのかと思いながら、その古い家に妖怪博士は近付いた。餓鬼が出るらしい。依頼人はその屋敷の主で、一人暮らし。農家屋敷なので敷地も広く、それを囲む塀も長い。倉続きの土塀も見事だが、忍者ならその土塀の低さならわけなく飛び越えるだろう。地面に刀を立て、それを踏み台にしなくても。
 それよりも今頃餓鬼が出るのだろうか。依頼者は妖怪博士担当の編集者経由で頼んできた。編集者は乗り気ではなく、同行しない。
 農家屋敷に面して廃屋がある。古くはないが、どうしたわけだろう。妖怪博士はそちらの方に興味が湧いたが、玄関口の庭の柿の木は現役らしく、柿の実が鈴なり。
 掘のような浅い疎水が流れており、それを渡ると農家屋敷の門に出る。自転車一台分程度の長さの石橋。門と繋がっている納屋の屋根が高いので、ここは忍者はしんどいだろう。
 屋敷の主、依頼者は平べったい柿のような顔をしている。元来温和な人のようだが、目の周囲に常に皺が寄っている。これは力んでいるのだ。寝ているときはその皺もできないだろう。
 主の子供達は独立し、大きな街で暮らしている。主も誘われたがこの家で一生を送りたいらしい。生まれ育った家のため。しかし、修理や植木の手入れなどで結構維持費がかかる。
「餓鬼ですかな」
「そうです」
「どのような」
「餓鬼草紙に出てくるような腹の出た」
「それが出るのですかな」
「そうです」
「何だと思われます」
「だから、餓鬼だと」
「それは何処に出ます」
「家の中」
「一匹ですかな」
「もっと多いようです」
「一匹餓鬼の姿を見れば数匹いると言われておりますからな」
「仰る通りで」
「その餓鬼、何だと思われますか」
「だから、餓鬼です」
「餓鬼の正体に見当は付きませんか」
「いろいろ考えたのですが、どれも当たっているようで当たっていないような」
「目は大丈夫ですかな」
「近いところは駄目ですが、遠くはよく見えます」
「出る時刻は」
「夜です」
「昼間は」
「出ません」
「どんな感じで出ますか」
「昼間はどの部屋にもいません。庭にも。だから昼間はいないことから、夜にやってくるのかと思われます」
「毎晩ですか」
「不定期です」
「何か持病はありませんか」
「痔になることが多いだけ。だから気をつけています」
「そうですねえ。気張ると駄目でしょ」
「それそれ」
「今までそのタイプの幻覚を見られたことはありますか」
「ありません」
「はい」
「あのう、幻覚じゃありません。本当に餓鬼が出るのです」
「はい、承知しました」
「何とかならないものでしょうか」
「餓鬼供養ではなく餓鬼封じという方法がありますが」
「それそれ」
「やりますか」
「是非お願いします」
「ところで、家の中に出た餓鬼は何をしています」
「無闇に動いています」
「無闇に」
「手を伸ばして、そのへんを駆け回っています」
「餓鬼はあなたがいることを知っていますか」
「知らないようです。近付いても反応しません」
「それだけですか」
「はい」
「じゃ、餓鬼供養と言うより、やはり餓鬼除けを張りましょう」
「それそれ。そういう結界のようなものを張ってもらえば助かります」
 妖怪博士は屋敷を出て、前にある廃屋の柿の実を二つもぎ取り、それを農家屋敷の前を流れる疎水に二つ置いた。
 主はそれをじっと見ている。
「餓鬼には水柿除けが効きます。二つで水門をなし、これで入ってこられません」
「有り難うございました」
 これ以上付き合ってられないので、妖怪博士はそのまま退散した。
 その後、担当編集者から連絡が入り、餓鬼は出なくなったと妖怪博士に伝えてくれとのこと。
 効能があったようだが、手ぶらで帰った。
 いつもの御札を売って封じた方がよかったと後悔した。
 
   了




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2020年11月13日

3932話 陽だまりの老人


 秋の終わり頃、少し暖かい日があった。木陰ではなく陽だまりがあり、そこで腰掛けている老人がいる。座る場所などない。空間はあるが、座るための何かがない。しかし落ち葉が絨毯のようになっており、ないよりはまし。これが雨の降ったあとなら濡れているが、かさっとしているようだ。木の葉の紅葉、それを下で見る。そして触れる。老人はそんなことをしたくて座っているわけではなさそうだ。
 観察者が想像しているだけ。
 老人は膝を立てて座っている。たまに脚を伸ばす。左右交互に。杖などは持っていないようだが、小さなショルダーを斜めがけしている。その中からタバコを取り出し、火を付ける。
 路肩だ。しかし車はほとんど入ってこない。すぐに行き止まりになることを知っているためだろう。
 行き止まりだが人や自転車が通れる隙間はある。そこを抜ければ大きな道路に出られる。出てすぐのところにバス停がある。バスから降りた人が、その細い通路から老人のいる道を通っていく。
 先ほどからそれを見ていた上田は、逆方角から来ている。バス道へ出るため。
 バス停があることは知っていたが、乗ったことがない。いつも行き先の文字を見ているのだが、そこも行ったことのない町。聞いたことはあるし、駅もあるので、通過したこともある。バスでもそこへ行けるのだが、用事がない。
 用事がなくても行ってみようと思い、バス停へ向かっていたときに見たのが、この座っている老人。歩き疲れなら、バス停まで行けばいい。そこにベンチがある。
 わざわざ路肩で座っているのは陽だまりができているためだろう。いい観察力ではないかと上田は思った。その思いが当たっているかどうか、確かめるため、老人に声をかけた。
 老人は目を細めて、そうだと答えてくれた。
 上田は予想が当たったので、満足し、そのままバス停へと向かった。
 念のためというか、背中に視線を感じるので、振り返って老人を見たが、姿がない。しかし、視線を感じたのは確か。
 老人が座っていたところには枝道はない。次の交差点まで少し距離がある。去ったとしても早すぎるし、何処へ消えたのだろう。
 上田は妙な気配を感じ、老人が座っていた落ち葉の絨毯を見る。別に変化はない。そして周囲を見渡した。
 抜け道などない。道沿いは普通の住宅地。そして横へ抜ける場所はない。
 近所の人が外に出ていただけかもしれない。そしてさっと戻ったのだ。
 陽だまりのある前の家の人かもしれない。すぐに入ってしまったなら、消えたように見える。きっとそうだろう。
 上田はそう納得し、バス停へと向かった。
 
   了




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2020年11月12日

3931話 話の持参人


「今日はどうですか」
「昨日の続きです」
「何か、続けられているものがおわりで」
「いや、昨日の繰り返しです。だからその繰り返しを続けているだけ。言ってみれば変化なしで、毎日似たようなもの」
「それじゃ、退屈でしょ」
「いえいえ、繰り返すといっても同じじゃないので、それなりに変化があります。また繰り返し方が下手な日もありましてねえ。そういう日は調子が悪いのか、何かバランスが悪いのでしょう。そういう変化があるので、それを見ていると意外と飽きませんよ」
「同じことの繰り返しではないと」
「まあ人は何かを繰り返しているでしょ」
「それはまあ、そうですが」
「それで、何か」
「いえ、退屈されているのではないかと思いまして、いい話を持ってきたのですが」
「もう話に飛び乗るような年じゃありませんから」
「そうですか」
「それよりも、あなたはどうなのです。そんなインチキ臭いことばかり繰り返しているようですが」
「今回の話はインチキじゃありません」
「じゃ、前回はそうだったと」
「あれは特殊です。私も気付きませんでした。これは不可抗力。いい話だと思い、持ってきたのですがね」
「その前もそうでしたよ」
「あれも例外です。私の本意じゃありません」
「で、今回は」
「はい、では始めましょうか」
「その前に、その話、あなたは乗ったのですか」
「え」
「だから、乗ったのですか」
「いえ、まだ乗っていませんが」
「じゃ、あなたが乗ったあとに、また来て下さい」
「じゃ、一緒に乗りましょう。それならいいでしょ」
「泥船ですね」
「沈むときは私も一緒ですから」
「おお、それは責任感が強い」
「そうでしょ。だから自信があるので、持ってきたのです。いい話です」
「しかし、私にはもうその元気がない。昨日と同じことの繰り返しをやっている方がいいのです」
「そうですか。残念です」
「それで引っ込みますか」
「はい、帰ります」
「それ以上追わない」
「はい、しつこくは」
「良い人だ。そんな良い人がいつもどうしてややこしい話を持ち込むのでしょうかねえ」
「好きなもので」
「困った人だ」
「はい」
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 13:54| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月11日

3930話 保身の人


 吉田官兵衛は夜中起こされた。是非ご出馬ということを取りついだ家来が伝えた。
 吉田官兵衛は若者に人気があり、また小勢力の間でも人望がある。その国の家老で数ヶ村を与えられている。不動の地位にある実力者。しかし数いる家老職の中では冴えない存在。主導権は他の家老達が握っている。吉田官兵衛はそれには興味はない。我が身大事で、余計なことをしたくない。それで誰にでも愛想良くしていた。これは保身術だ。
 ただ、そればかりでは物足りないのか、特に若手を可愛がった。また領内にいる小勢力の頭目などとも親しく付き合った。
 若侍達が騒動を起こすなどとは思っていなかったのだが、今夜その使いが来た。彼らの言うことをいつもうんうんと聞いていたためだ。
 決起。それは領国を牛耳っている筆頭家老一派を追放すること。それに小勢力も加わったが、今一つ重みがない。それでやってきたのだ。領国の家老で重臣、吉田官兵衛が加われば重みが出る。
 愛想良くしていたばかりに、とばっちりを食ったようなものだが、普段から彼らの言い分に頷いていたのだから、仕方がない。
「まだ使者はいるか」
「はい」
「どんななりだ」
「鎧を」
「いかんなあ」
「どう返答されます」
「するな」
「では」
「わしは逃げる。屋敷に何人いる」
「宿番が四人」
「十分だ。逃げる」
「私めは如何致しましょう」
「だから、しつこく聞かれれば病で伏せておると申しておけ」
「あ、はい。ではそのように致しますが、私はいつ逃げればよいのでしょう」
「別に襲ってこんだろ。一番の味方なのだからな」
「では、そのように伝えて参ります」
「使いは一人だったか」
「二人です」
「名は」
「島岡義二郎様と、木内峰ノ助様」
「若いなあ、使い走りだな。なら、誤魔化せる」
 使いは二人とも帰ったが、その後、またやってきたようだ。
 吉田官兵衛は夜道を領地である村へと向かった。その途中、山の中腹から城下に火の手が上がるのを見た。
 牛耳っていた家老屋敷を襲撃したのだろう。
 城下の様子を探らせた吉田官兵衛は、安全だと見て、城下の屋敷に戻った。
 待っていたのは筆頭家老の職だった。
 吉田官兵衛は領国を牛耳るだけの器量はなく、またその気もない。だから名誉職で十分だった。
 使いが来たとき逃げたことは当然口止めしたが、何処かで漏れた。
 吉田官兵衛は、その言い訳を作っていた。
 挙兵したようなので、領地に戻り、兵を集め、その後、参戦するつもりだったと。
 仮病を使ったのは、敵を欺すには先ず味方からで、参戦しない振りをしただけ、と。
 
   了
 



posted by 川崎ゆきお at 12:35| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする