2020年12月31日

3980話 暗雲


 年末、もう数日で年を明けるというのに、その手前で三村は立ち止まった。何か重い空気を感じる。白ではなく黒。黒い空気というのあるとすれば、煙が出ているのだろう。それほど黒いと危ないはず。
 そうではなく、暗雲が立ち籠め始めた。実際にそんな暗い雲が空にかかっているわけではないが、三村の頭の中に、それが立っている。あと数日で新年なので、その手前で妙なことが起き、年を越せないかもしれない。越せたとしても、無事に越せないで、その暗雲を引きづったままの年明けとなり、その後、ずっとその雲が取れない。
 三村はそんな気がしてきた。今年は調子が良かった。だからこのまま大晦日まで行けるはず。クリスマスもいい感じで終えた。あと一息ではないか。
 暗雲の原因は分からない。ただ漠然とした不吉さがある。悪いことが起こるような。
 それが何かが分かっておれば、対処の仕方もある。だが、分からない。何が来るのか。
 こういうときは下手に動かない方がいいのだが、押し迫った頃、三村は街中に出て買い物をしたりする。また今年中に済ませたい用事もある。当然楽しい用事が多いのだが。
 だから今年は暗雲が理由で、元気がない。どうせこの暗雲、闇のようなものに包まれ、大変な大晦日になり、大変な新年になる。そう思うと、楽しいことなどできなくなる。
 これは一種の予知能力なのかもしれない。今までにもそれに近いものがあったのだが、そういうお知らせを無視して過ごしてきた。だが、後で考えると、その虫の知らせのようなことは当たっており、それに従っていた方がよかったことが多い。このお知らせはストップがかかる。つまり、それをやろうとすると邪魔が入る。出掛けようとすると雨が降る。軽く止められているのだ。しかし、何の因果関係もない。個人の事情で天から雨が降るわけではない。
 しかし、今年は違う。良い年だっただけに、何か悪いことの一つや二つないとおかしいと思う。
 このまますっと新年を迎えられないのではないかという不安は、そのあたりからも来ている。
 それで三村は年明けまでの数日間、大人しくしていた。
 そして除夜の鐘が鳴り出す手前、三村は注意深く時計を見ていた。あと数秒だ。まだ越していない。最後の際に来るかもしれない。
 目を閉じていたので時計は分からないが、毎年零時に鐘を鳴らす寺があり、それが聞こえてきた。年を越してから鳴らすので、時報のようなもの。それが三度鳴る。そのあとは鳴らない。
 三村は無事、年を越せた。
 そして、そっと目を開けると……
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 12:43| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

3979話 年越し

「クリスマスはどうでした」
「いつの間にか来て、いつの間にか去っていました」
「そうですか」
「あなたは」
「同じようなものです」
「そうですか」
「年末はどうですか」
「もう数日で今年も終わりますねえ」
「どんな感じですか」
「さあ、いつの間にか来て、いつの間にか新年でした。明けて新年、元旦。正月三が日もあっと来てあっと去るでしょう。初夢を見る暇がないほど早い」
「そこまで早くはないと思いますが、要するに平日と変わらないと」
「そうです。だから色々とゴチャゴチャある年末年始は調子が狂います。早仕舞いする店、休む店。平日の方が良いです。特別な日よりも」
「以前からそうでしたか」
「いや、子供の頃はクリスマスやお正月が楽しみで、早く来い来いお正月でしたよ。ずっと待ってました」
「お年玉ですか」
「クリスマスプレゼントやお年玉、前者は物で来ますが、後者は現金で来ます。プレゼントは予約できて、これが欲しいと言えばそれが来ます。いずれにしても小遣いができ、色々なものが買えます。つまり正月は玩具買いで忙しかったのです。そういうのを買いに行く行事が正月行事だったのです。神社にも行きますが、輪投げをよくやりました。狙っている人形、買った方が安かったです。でもたまに輪を買い足さなくても一発で入れた物もありますがね。これはミロのビーナスですが、ただのヌード人形。これは恥ずかしくて、家に帰っても飾れませんでしたがね」
「何故裸人形を狙ったのですか」
「どうせ入らないので狙ったわけではありません。それに当てて、手前のものを狙っていたのですが、当てたはずが入った」
「急に元気になりましたねえ」
「行事よりも、そういうことが子供には楽しいのです」
「そうですねえ」
「そういうのはもうできませんので、クリスマスも正月も、面白くありません」
「まあ、無事クリスマスを超え、今度は無事年越しできれば、それだけで十分でしょ。但し無事に」
「それでもクリスマスと正月、少しだけ散財したい気分です」
「そんな小遣いがあるだけでもいいじゃありませんか」
「いや、何か買っても昔ほどの喜びはない。子供の頃のようなあの燥ぎ方がね。もうできない」
「年をとるに従い、そうなるものでしょうねえ」
「そうですねえ」
「ところで、あなたはこれからどちらへ。買い物ですか」
「仕舞い参りに行きます。今ならガラガラなので」
「はあ」
「しかし、それが私の初詣なんです。年に一度しか行きませんからね。それが年越し前になるだけです。今年初なので、これも初詣でしょ」
「渋いことをなされるのですねえ」
「あなたはこれからどちらへ? 買い物ですか」
「いえいえ、師走の町をウロウロするのが年中行事でしてね。特に目的はありません」
「そうですか、じゃ、いい年越しを」
「はい、あなたも」
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 12:41| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月29日

3978話 繁華街の裏道


 年末、年の瀬。年が押し迫って来た頃、芝垣は街中をうろついている。迫って来ているのは来年かもしれない。あと少しで正月。新年。それが迫って来ている。大晦日が迫っているのではなく。
 何故ならそんなものは数日で終わるだろう。大晦日など一日だ。長いのは新年。一年ある。
 忘年会の翌日から仕事は休み。今年のことはもういい。忘れるための忘年会。
 芝垣は忘年会ですっかり今年のことなど忘れたわけではないが、もう来年のことを考えている。といっても一週間もない。週が始まったばかりの頃、週明けからのことを考える程度の距離。
 街中を芝垣がうろついているのはやり残したことがあるため。既にクリスマスの飾り付けは終わり、正月ムードがもう既に漏れ聞こえている。今年はクリスマスで終わったかのように。
 正月用の品々の買い忘れがあって街中に出てきているわけではない。その程度のものなら近所でも売っている。わざわざ大きな繁華街のある街などに行く必要はない。そこで祝い箸を買って、どうするのか。
 それに芝垣は祝い箸など使わないが、子供の頃、元旦の朝は、祝い箸が出たのを覚えている。実家にいた頃は毎年出た。使うのはその日だけ。
 芝垣が繁華街に出たのは、その裏にある妙な通路。そこを探検したいと思った。幸い今日から冬休み。仕事始めまでかなり間がある。もし手間取り、一日二日と長引いてもかまわない。おそらく年内、除夜の鐘の前には片付くだろう。
 本当は、すっとその通りに入り、すっと出てくれば時間はかからない。あとは家電店で無線のヘッドフォンを買う程度。コード式は縺れるし引っかかるので邪魔で邪魔で仕方がない。しかし大きな音を鳴らすわけにはいかない。ヘッドホンなしでは小さな音だし、音質も悪い。幅がない。やはり耳元から流れてこないと、伝わる物が途中で落ちてしまうのだろう。それにパソコン内蔵のスピーカーはカサカサする。
 しかし、そんなことはどうでもいい。問題は繁華街の奥にある通路。その先に何があるのかを調べてみたい。
 昨日も実は忘年会のとき、その近くを通った。以前からも、その通りがあることは知っていたが、怪しげなので、なかなか踏み込めなかった。
 それを昨日、思い出した。翌日行ってみようと。それが今日。
 仕事が休みに入って真っ先にやるのは、そんなことか。それでいいのかと思いながらも、他のどんなことよりも気になる。
 ただ、それは人には言えないだろう。ワイヤレスヘッドホンを買いに行くのなら言えるが。
 だから非常に一般性の低い行為。
 芝垣は繁華街のメイン通りからその裏道へ続く入口に入った。その枝道が裏道ではない。そこからさらに奥へ踏み込み、何度か曲がらないと、本当の裏道へは行けない。大凡の行き方は分かっており、裏道の路地の前まで来たこともある。問題はその先。
 夕暮れが近いのかネオンが灯り出す。雰囲気としてはいい。そして裏道へと続く通りや小道を進むに従いネオン看板が少なくなり、場末感が漂う。
 そして、目的とする裏道の前に来た。
 決心はできている。今日から当分休み。安心して突っ込める。
 ずっと気になっていたこの裏道の中、一体どうなっているのか、はたまたその先に何があるのか。
 芝垣は緊張しながらも、足を踏み入れる。入口には人がいたが、裏道の中は無人。その先はトンネルのように暗い。
 何処からかジャズの音色。そういう店があるのだろう。しかし、店屋らしきものはあるにはあるが、全て閉まっている。大きな繁華街とはいえ、この深い箇所までは人が流れて来ないのだろう。まるで深海。
 芝垣は深海魚になったつもりで、裏道の細い通路を泳いでいった。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 13:26| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月28日

3977話 埒内埒外


 埒外はある範囲を超えたところのものだが、今の範囲内からでもよく見えている。圏外でまったく見えないわけではない。埒内と埒外の違いはあるのだが、それは将来に対してのこと。今のことではない。埒内が増えると埒外だったものも埒内に入ってしまう。
 だから埒外だと諦めたりしないで、いずれは埒内に入ると思えば、埒外も埒内になる。予想される未来のようなもの。しかし、その予想内ではなく、予想外で、本当にかけ離れていてもう無関係に近い埒外もある。こちらが本来の埒外。全くの見当違いで、それを内に取り込もうとすること自体が無茶な話。また無理な話。
 ところが可能性のある埒外もある。先の予定にはなく、埒外なのだが、可能性はある。しかし実現性が乏しいので、埒外に置いている。
 この灰色のような、どちらなのかが曖昧なものもある。少し経過すれば色々と変わり、埒内になる可能性がある。
 埒内のものよりも埒外のものの方が魅力がある。それは身の丈に合わないので、埒外となっているのだが、身の丈が変われば埒内に入る。
 また段違いのものにはそれなりの魅力がある。その段を上っていけば、段が同じにさえなれば、段違いではなくなる。しかし、今すぐというわけにはいかない。
 埒外と思うのは気持ちの問題も大きい。現実を鑑みれば、そういう気持ちになって当然。大きな背伸びになる。または過激すぎたりやりすぎになったり、的外れの暴挙になるかもしれない。そういうことを秘めているので、その含みが気持ちにも出る。気持ちにはその裏付けとなるような具体的なものを飲んでいるので、そうなるのだろう。
 しかし、一つの埒外をものにしたときは気持ちがいい。なかなかできないことであり、勇気もいるし、自分という殻を破る必要さえある。自分はその殻で守られているので、破ると危ないことになるのだが。
 埒外や埒内は計算された世界。それとは別に勘のようなものがある。これなら埒外で何の裏付けもないのにやってしまうことがある。このときの判断はだたの勘としか言いようがない。ただのムードだったりするが。
 そういう直感のようなもの、計算しないで閃いたものは、そのときは良いが、すぐに計算機が働き出し、おじゃんになる。やはり計算が立たないため、埒外に投げ返される。
 しかし人としては埒外な事をやっている人の方が興味深い。いったいどんなバランスで、そんなことができるのかと。
 その人だけの計算式があり、その人の中では計算できる世界で、埒内なのかもしれない。
 
   了
 


posted by 川崎ゆきお at 13:25| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月27日

3976話 妖怪堂


「祠とお堂の間ぐらいの大きさでしてね。祠は人などは入れないほど小さいのがほとんどですね。お堂になると人が入れる大きさ。それの小さいのがありましてね。庚申堂らしいのですが、今は使われていません。それに中は何もありませんが、台座が残っています。須弥壇というのでしょうねえ。青面金剛さんがいたはずなのですが、いません。もぬけの殻です」
「それで」
「この須弥壇といいますか、台座ですが、その背に板が付いています。大きな板です。黒板のような。ここに色々なことが書かれた紙が貼られていました」
「はい」
「その庚申堂は古墳の近くの繁みの中にありましてね。古墳とは関係ありませんが、近くにお地蔵さんなどもある一角なので、この町の聖域のような場所です」
「それで何が起こったのですかな」
「祠の裏というのをご存じですか」
「裏側ですか」
「たとえば塀とかを背にしたり、山なら崖を背にしたりします。まあ、祠の裏に用事はありませんが、その庚申堂、裏側は土塀ですが、隙間があるのです」
「何が起こったのですかな」
「最近妖怪がこの近くをうろついています。一匹、いや一体と数えるのでしょうか、大小います。何体も何匹も。それが湧き出る場所を私は突き止めたのです。話はそこから始まります」
「妖怪を見られたのですな」
「そうです」
「続けて下さい」
「妖怪のあとを付けたのです。すると庚申堂の裏側に入り込みました。狭い隙間です」
「はい」
「私はそっとそれを見ていると、庚申堂の裏から中へ入っていきました」
「裏口があるのですかな」
「はい、庚申堂は村人の密談場所でもあるのです。それで、もし何かあったとき、裏口から逃げられるように、須弥壇の裏側から出るのです。普段は板のようなものがあるので、戸は見えませんが」
「それで」
「私も、その裏口の背の低い板戸を開けて、中に入りました。すると」
「妖怪がウジャウジャいたのですかな」
「いえ、広いのです」
「何が」
「庚申堂がです。倍以上の広さで、あの板も、台座のような須弥壇のようなものもありません。ただの板の間。かなり広いのです。そして本当の入口を開けてみますと、見たことのない場所が目の前に開けているじゃありませんか」
「それは昼ですかな、夜ですかな」
「夜です」
「どんな場所でした」
「提灯が一杯。人も多いです。何かの祭りのようで、お堂の前の広場でやっているのでしょうねえ」
「何時代ですかな」
「今じゃないのは確かです」
「髪型はどうです。髷を結っていたとかは」
「そこまでは見ていません。少し離れているし暗いので」
「ほう」
「私は怖くなり、すぐに戸を閉め、狭い板戸を開けて、裏に出ました」
「そこは」
「はい、さっき入った所でした」
「はい」
「翌日、気になったので、またあのお堂の裏へ行き、もう一度入ろうとしましたが、そんな裏戸は見付からなかったのです」
「よく出来た話です」
「はい」
 妖怪博士は、もう聞く気がなくなったようだ。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 13:04| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月26日

3975話 あれも夢これも夢


 下草は何か夢を見ていたようだが、起きてしまうと、忘れてしまった。それが気にならないのは実用性がないためだろう。夢判断には興味はないし、何とでも解釈できる。その解釈の仕方に、その人の深層心理があるのだろう。見た夢ではなく、解釈に。
 しかし深層心理、無意識だが、これは意識できないのだから、何ともならない。何かを実行するとき、この深い意識が作用しているといっても、意識できないのだから、どんな意識なのかは分からない。それもまた解釈の問題で、何処まで行っても深い闇の中から小石を拾うようなもの。小石は一杯転がっている。
 下草は、そんなことを思いながら朝の用意をしていたのだが、何故か気になる夢。覚えていないのだから、気になるも何もない。忘れたので、気になる程度。
 しかし片鱗というか、カケラぐらいは覚えている。具体的なものではなく、ジャンルぐらい。
 ああ、そのあたりの夢なのか程度。
 それはかなり深い夢、奥の方から湧き出て来る夢に近い。似たような夢を見て、覚えていたことがあり、それは実に興味深いというか、根底に関わるような夢だった。簡単に言えば懐かしいような。
 今回、すぐに忘れた夢も、そのタイプだとは見当が付く。
 これは何かを教えてくれる夢だが、具体的なものではなく、抽象的。方向性だけを示唆するような。それを受け入れるかどうかは下草次第。
 懐かしく感じる夢は、過去に懐いた未来へ引き戻そうとしている。
 しかし、今回は覚えていないのだから、印象に突き刺さらない。そこからワッと何かが開けてくるような種のある夢であったとしても、忘れたのなら仕方がない。
 現実は実は夢の中にあり、現実こそ夢だったりする話もある。本当のことは夢の中にあり、その全体像は分からないが、欠片は分かる。これが本当の現実の一部。そう解釈するのもいいのだが、そうなると、夢と付き合うことになり、これはこれで面倒。
 また、夢は荒唐無稽。それが果たして現実といえるかだろう。だから夢は所詮は夢。ああ、夢を見ていた程度のことで、それ以上詮索しない方がいい。
 下草は準備を済ませ、家を出た。
 歩きだしたとき、普通の現実がどんどん流れる。歩くスピードで流れが変わる。
 それで、夢を見て、忘れて、そしてそれは何だったのかと思い出していたことも、忘れてしまった。普通の現実の中を歩いているためだろう。
 布団の中が夢の住処。この布団の中こそ、もう一つの現実。しかし、自分だけの現実。それだけにより個の世界。
 まあ、プライベート空間とかプライベート時間というのももう一つの現実だといってもいい。個人的な世界。
 現実が夢なら、その夢の中でまた夢を見ていることになる。あれも夢、これも夢。
 しかし、あたりまえの話だが、現実と夢との区別は誰にでもできるし、分かりきったことなので、区別する必要もないのだろう。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 13:30| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月25日

3974話 最後の一葉


「紅葉狩りへは行かれましたか」
「もう終わりでしょ。冬ですよ。もう、雪もちらついていました」
「いや、まだ残っていますよ。色づいた葉が。残り物には福が付くと言いますから、最後の一葉見学が良いのですよ」
「付くのですか」
「そうです。福が付きます」
「福付きの最後の一葉ですか」
「そうです。今ならまだ間に合うどころか、まだ早いかもしれませんよ。結構葉は残っていますので、これからが旬です」
「旬」
「この時期でしか得られない福です」
「福笹じゃなく、福葉」
「黄色が良いです。赤よりも」
「分かります。黄金色。小判の色ですね」
「福笹に小判を飾ることもあるでしょ。金運を招くためのトッピングです。しかし黄色い葉ならその必要はありません。小判は最初から付いてます」
「それは見ているだけでいいのですか」
「そうです。枝を折って持ち帰らなくてもいいのです。持ち帰ったとしても、すぐに落ちるでしょ」
「見るだけ?」
「そうです。見るだけ」
「それで効用はありますか」
「さあ」
「じゃ、ただの淋しい紅葉狩りですねえ」
「黄葉狩りです。または効用狩りです」
「行ってもいいのですが、淋しそうです。それにもう寒いですよ」
「そうですねえ」
「あなたは行くのですか」
「まだ早いので、もう少し経ってから」
「しかし、最後の一枚の黄葉だと思っていたら、まだまだあったりすると、最後になりませんよ」
「それは承知しています。まだ残っている葉が別の木の枝に付いていたりしますが、それはいいのです」
「何がいいのですか」
「どれかにあたりがあります」
「おみくじですねえ」
「だからポツンと一葉だけ残っているものなら、どれでもいいのです。しかしスカかもしれませんがね」
「はあ」
「で、去年も行かれたのですか」
「去年は体調を崩して行けませんでした」
「それは大変だ。今年は行けるのですね」
「そうです」
「私も行きたくなりました」
「近場でもいいのですよ。ただそれだけを目的にして行くことです。最後の一葉だけが目的で、他のことはしない。まあ、戻り道なら問題はありません」
「そういうこと、何処で教わったのですか」
「オリジナルです」
「あなたが作ったのですか」
「作ったというほどじゃありません。それにそんなこと行事化しないでしょ」
「はあ」
「だから良いのです。効きそうですから」
「御利益は小判ですか」
「私はそれを願っていますが、別のものでもいいんです」
「いやいや、貴重な話、有り難うございます。何か行ってみたくなりました」
「そうでしょ」
「はい」
 
   了





posted by 川崎ゆきお at 12:11| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月24日

3973話 本多郷領


 隣国との国境、常に小競り合いがあり、戦闘状態。慣れたもので、敵が押し出してくれば、こちらからも迎え撃てば、敵は退却する。実際に戦いになることは少ない。矢が飛んでくる程度。軽い矢合わせで済んでいる。そのあと突っ込むはずの槍隊は動かない。
 白根砦では、それが日常化している。ここを守る武将は交代制。僻地と言うほどではないが、長くいたくないのだろう。
「敵の有力部隊が来るようです」
 物見からの報告。
「誰だ」
「奥山の兵とか」
 奥山は敵の主力部隊に近い。だからこれまでの兵とは違い数が多いし、本気でかかってくる可能性が高い。
「それはまずい、すぐに本城へ伝令を」
「はっ」
 しかし本城では別の敵が来ているので、そこに兵を出したあと。
 白根砦は何とか持ちこたえよとの命令。
 それでは見捨てられたようなもので、守るにしても落とされるのは時間の問題。この砦を奪われてもまた取り返せばいいと思い、白根砦に詰めていた武将や配下は引き上げた。もの抜けのカラで、もう誰もいない。砦を捨てたのだ。
 敵の奥山隊は戦わずして白根砦を得た。
 本城の主力部隊は別の敵と戦っていたのだが、これが苦戦で、何ともならない。その隙に白根砦から本城へ奥山部隊が突っ込んできそうな雰囲気。
 本城に主力兵がいないので、これはかなり危ない。
 さて、白根砦から逃げ出した武将とその配下は吉良村に入った。ここは中立地帯の寺領。
 本城に戻っても危ないと思い、そこに逃げ込んだのだ。
 または状況を見るため、一時待機ということで。
 白根砦守備隊は数百規模。本多重森という武将が本拠地の村々で動員した兵達。
 吉良村は寺領と言っても小さな寺がある程度、普通の村だ。しかし町屋が多いのは戦闘のない村のためだろう。店屋も多くあり、一寸した町。
 白根砦を奪った敵の大将奥山が僅かな供回りで、その寺領へ入った。白根砦の敗走兵が、ここに来ていると知ったので。
 しかし、ここでの戦闘は禁止されている。この寺領の本山を敵に回すと五月蠅いためだろう。それにそれは決まりだ。奥山の一存でできることではない。
「奥山様がお見えです」
「ここまで追ってきたか」
「僅かな供回りです」
「分かった会おう」
 本多重森が仕える主筋は二方面から攻められているようで、いずれ亡びるだろうという話を奥山が語った。今なら本城は空き城同然なので、そのまま攻め取れる。
「そこで相談だが」
 つまり、寝返れと言うことだ。このまま本多隊が本城に入り、そこで反旗を翻せと。それなら無血で落ちる。
 密談は成立した。
 本多重森は本城で謀反を起こし、敵の奥村隊を引き入れた。
 本多は数ヶ村与えられる約束だったが、それを断り、本拠地の村に引き上げた。
 この本拠地の村々がある郷、寺社領と同じ扱いにして貰いたいと奥村に頼んだ。
 奥村はそれを引き受け、希望通りになる。
 本多家はその後も実質上誰にも仕えず、明治まで本多郷館主として続いた。
 
   了
 


posted by 川崎ゆきお at 12:40| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月23日

3972話 勢い待ち


 勢いというのは向こうからやってくる。また向こうからやって来ないと勢いとはいえない。勢いは自分で盛り上げていくことでも勢いよくなるが、ただの気分だろう。そこで完結してもいいのだが、盛り上がりに欠く。一人芝居のように。
 やはり向こうから勢いが来ないと、盛り上がらない。勢いを呼び込むようなものだが、待ち受けるだけのものを持っていないと、素通りしていく。そして興味も引かなかったりする。だから受け皿が必要で、待っているものがないと駄目だろう。
 そして普段から注意深く、その動向を見ていること。そうでないと、勢いが向こうからやって来ているのに、見えない。当然興味のないものは最初から見えていても見えていないが。
 ずっと待っていると、向こうから勢いがやって来る。勢いを呼び寄せたのではない。見逃さなかっただけ。
 ただ勢いには浮き沈みがある。別にそのものが沈んでいくわけではないが、興味が沈むと、勢いが盛んなものが来ても、値は低い。
 だから勢いは、まずは自分から盛り上がっていくことから始めることになる。盛り上がりのないところに勢いのあるものが来ても、知らぬ顔だろう。
 だから最初は自己完結で自己満足でもかまわない。それに、勢いがあるだけでも大したもの。また、そういった盛り上がるものを持っているだけでも大したもの。
 まあ、普通の人が普通に盛り上がるようなものは世の中には沢山あるので、珍しいものではないが、少し掘り下げたところのあるものは共有する人が少ないだけに、少数の人しか盛り上がらないような事柄になる。
 この少数の人、というのは、それだけ狭い世界で、より個人的な面が出ているところ。一般の人にとり、どうでもいいようなことだったりする。それに、これも受け皿の問題で、それがない人にとってはただの皿。
「長い説明ですが、結局どういうことが言いたいのですか」
「はい、勢いが落ちましたので」
「だから待機して、勢いがやって来るのを待つわけですか」
「いえ、自分からも色々と仕掛けますが、結局はその先は待つしかもう方法はありません」
「それで、今日もぼんやりしているのですか」
「釣り糸を垂らさないと魚は釣れません」
「で、釣れるのかね」
「それは何とも言えませんが、そのうち」
「本当に勢いが向こうから勝手にやって来ると思うのかね」
「はい」
「あ、そう」
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 12:30| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月22日

3971話 見える


 日々安穏と暮らしている高峯だが、たまにはとんでもないことをする。しかしそれは人は知らないし、また誰にも分からない。部屋の中で異常なことをしているわけではない。もし監視カメラで監視されていても、そのとんでもないことは分からないだろう。そのような映像はないので。
 テレビを見たり、寝転がったり、たまに掃除をしたり、料理を作ったり、本を読んだり、散歩に出たり、買い物に行ったりで、全ての行為を監視できたとしても、分からない。
 では、高峯のとんでもない行為とは何だろう。それが行為といえるかどうかは疑わしい。しかし、何かをやっている。これは確か。
 寝ているとき、それを監視されても夢の中までは見えない。ただ、寝返りを多くうったり、寝言を言ったり程度は分かる。何か夢を見ているのだろうと。しかし夢の中までは覗けない。
 それに近いことを日常の中で高峯はやっているのだ。買い物をしている高峯。籠に品物を入れる高峯。何も変化はない。レジに立つ高峯。ここでも変化はない。しかしその最中にやっている。
 何を。
 高峯がそのとんでもないことができるようになったのは最近のこと。実は子供の頃からその片鱗はあったが、気付かなかったようだ。
 例は違うが、家庭科の授業でポテトサラダを作って、昼はみんなでそれを食べたとき、全員中毒のような症状を起こした。これはジャガイモの芽を取らなかったためだと後で分かった。しかし、一人だけ平気な児童がいる。本人は気付いていない。
 それに近いことが子供の頃、高峯にもあった。
 高峯は一人暮らしだが、気楽な暮らしぶりで、また人柄も温和。目立ったところはない。
 とんでもないこととは、この世のものではないものと交流できること。たとえそれが本当でも人には言えないだろう。
 それが見えるのだが、普段は見えない。見る気を起こさないと見えない。
 この見る気を起こすことがとんでもないこと。
 では何が見えるのか。
 スーパーで買い物をしていると、蝶々のようにひらひら飛んでいるものが見える。そして高峯に気付いて近付いて来る。そして肩に止まったりする。そこで世間話をする。当然蝶々は他の人には見えないし、声を出して会話しているわけではない。唇も動いていない。
 しかし、時間は短い。ほんの数分で、蝶々も消える。
 鳥がさえずっている内容が分かっても、大して役に立たないだろう。それと同じだ。
 その蝶々もそれに近い内容しか話さない。賞味期限間近台にトマトがありますよ、とかだ。
 人に話せばとんでもないことなのだが、本人にとっても大した内容ではない。
 高峯はそれが見えだしてから、少し心配になり、いろいろと調べてみたが、一番近いのは妖精らしい。
 これが幻覚なら安いトマトがあることなど分からないだろう。
 高峯が見えるようになったのか、妖精である蝶々のようなものが見えるようにしてくれたのかは分からない。
 
   了
 


posted by 川崎ゆきお at 12:29| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月21日

3970話 自分らしさ


 選択肢が多くある。これは迷う。どれでも良いというわけではないが、選べるのは一つ。何故それを選んだのかの問題がある。選ぶことの問題だ。それを選べば問題が起こるわけではないが。
 ただ単に選ぶわけではない。それまでの履歴というのがある。経験とか、蓄積とか。それとの統合性も必要だ。まったく必要ではないものもあり、それは新規のもの。冒険だ。これまでのものとは切り放されたところにあるが、何となく繋がっている。ただ、ポリシー的には違うものだったりするので、これは冒険。新境地と言ってもいい。しかしそれまでの繋がりを捨てるわけにはいかない。もったいない。
 その意味で従来のものの発展型ならさっと選べる。しかし発展させる必要はないのではないかと思うと、選べない。ほとんど進歩のないソフトのアップグレード版のようなもの。ただ、時代の要請に少しは応えている。辞書なら新語が加わるだろう。
 人には歴史がある。これは何をしてきたかの経歴のようなもの。そこからの押し出しは強いし、また新しいことをするとき、そこからの抵抗も大きい。
 また、自覚している自分らしさというのがある。これは想像ではなく、過去を振り返れば分かるだろう。おそらくその延長線上の自分らしさに将来の選択も囲われているはず。自分らしさがあるものは安心感がある。
 ただ、この自分らしさを疑うこともある。過去の履歴からの推測なので、実行していないものは無視される。現実化しなかったのだろう。だから自分らしさに取り込まれないまま今も彷徨っているのかもしれない。
 ただ、自分が気付いていない自分らしさもある。これは一つではないのだろう。自分らしさは色々な範囲に及んだりする。実際に実現したり、現実のものになるのは限られている。それほど多くのことができないため。だから選択する。
 自分らしさとは、よく似合っていること。これは自己評価よりも他人から見た方が正確かもしれない。自分よりも他人の方がしっかりと見抜いていたりする。
 自分のことは分からないが、他人のことは分かる。これはかいつまんでみるためだろう。
 自由に選択できる場合、この自分らしさに関わってくる。その自分らしさを自分で想像するのは難しかったりする。だから自分らしさの迷路に入り込む。
 このときの抜け道は難しいが、実際にはどれを選んでもいい。一応候補に挙がっているものなら、全てOKだろう。だが、どれを選んでもいいとなると、さらに難しかったりする。
 そこで最終的な決め手となるものを発見したとき、それこそ、それが統合性のある自分らしいものとなるのかもしれないが、これも時期などにもよる。
 自分らしさは難しい。オリジナルも難しい。本当はなかったりして。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 13:20| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月20日

3969話 年の瀬のプラットホーム


「今年も暮れていきますねえ」
「そうですねえ」
「今年何をしたのかと思い出すと、これといったことはしていません。何か思い出せるような凄いことをしたいものですが、もう迫ってきました。今からじゃ遅いし、その期間でできることなんてしれていますから、何ともなりません」
「記念品でも買われたら」
「買うのですか」
「良いものを買えば思い出しやすいですよ」
「必要な物はあります。もう買う必要はない」
「じゃ、贅沢品を買われたら」
「それは贅沢というものです。私がこれまで何とかやってこられたのは贅沢しない。欲を出さない。地味に過ごしてきたからです」
「地味なので印象に残るようなこともなかったのですね」
「今年もそうです。特にいうほどのことはない」
「だから、余計なことをすればよろしいかと」
「余計?」
「そうです。しなくてもいいような」
「必要ではないものには興味はありません」
「無趣味なんですね」
「遊びません」
「じゃ、この一年全部地味で、印象に残らないのですね」
「そうです」
「しかし、この一年、何かした、というのが欲しいんじゃありませんか」
「欲しくはありませんが、一寸気になっただけ」
「要するに平穏無事、淡々と過ごしてこられた。良い事じゃありませんか。望んでもできない人がいますからね。それこそ印象に残りすぎるほどのことが色々あって大変な人が」
「そうですね」
「じゃ、今年もこのまま静かに年の瀬を迎えられたら如何ですか」
「しかし、何か物足りない」
「あ、そう」
「何か出し惜しみの人生のような」
「何を出していないのですか」
「何か」
「あ、そう」
「しかし、何か出さないといないのに出していない」
「何でしょうねえ。その何かとは」
「いや、何でもいいのですよ」
「それは余裕ですよ。出し切ったあと、さらに出し続けないといけない人もいるのですから」
「そうですねえ」
「しかし、冒険をやる気はある?」
「冒険」
「一寸変わったことをしたいとか。思い切ったことをしたいとか」
「それは常にありますが、やっても仕方がないと思い、実行には至りません。よく考えれば、しなくてもいいようなことばかりですから」
「冒険とはそんなものですよ」
「私は発展家じゃないので、憧れはしますが、できません」
「そろそろ発車の時刻です。もう二度とお目にかかる機会はないかと思いますが、お元気で」
「そうですか。私の便は、そのあと来ます」
「しかし、この駅まで何をしに来られたのですか」
「ちょっと」
「いつもの用事ですね」
「いえ、ちょっと」
「何処へ行かれるんでした。次の次の便は大垣行きです。大垣まで行くのですね」
「いえ、はっきりしませんが、そっちへ」
「それは聞きますまい」
「はい」
「列車が入って来ました。じゃ、これで」
「はい、あなたもお元気で」
「はい、お互いに」
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 13:38| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月19日

3968話 刺客


 草加の日常は何もない日が続いている。しかし最小限の用事はあるので、決して何もなくはない。だが将来を見据えた何かというのがもう消えている。やるべきことは既にやり終えた隠居の身。あとは楽して生きればいい。重荷もない。
 草加はその気でも、周囲は違う。
 その日も何もないので縁側で日向ぼっこをしていた。その時刻、いい感じで陽だまりができる。こういうのは猫がよく知っているのだが、草加もそれを覚えた。
 すると木戸から庭に入って来る編み笠の武士。大刀だけを一本腰に突っ込んでいる。浪人者かもしれない。
「草加殿ですな」
 低い声だが、よく通り、木戸と縁先はそれなりの距離があるのに、よく聞こえる。
「そうじゃが」
「ご無礼とは知りながらも、押し掛けました」
 表には番の家来がいる。裏にはいない。
「何ようかな」
「実は」
「そのようなところではなんだ、もっと寄りなされ」
「ご免」と言うや、さっと太刀を抜き、斬りかかってきた。
 草加は座ったまま後ろへころりと転び、そのまま番の家来がいるところまで突っ走った。
 編み笠の武士は当然だがワラジのまま座敷に上がり、草加を追った。
 廊下の角を曲がった板廊下で、武士はひざまずいた。足をやられたようで、歩けるには歩けるが、痛い。それを我慢し、立ち上がり、もう一歩足を出したところで、また激痛。両足ともやられた。
 そのうち番の家来が駆けつけ、取り押さえた。
 草加は蒔き菱を使ったのだ。
「誰が放した」
「え」
 武士は意味が分からないらしい。
「誰に頼まれた」
 武士は失敗すればきっとそう聞いてくることを知っていた。
 番の家来は編み笠をとり、身元が分かるようなのを探した。
「分かった、言う」
「誰じゃ」
「村岡庄左衛門様です」
「おぬしはその家来か」
「いえ、雇われました」
 草加は、番の家来に放してやれと命じた。
 武士は取り上げられた太刀を腰に差し、編み笠を被り、入り込んだ縁側へ戻ろうとしたが、歩けない。
「歩けません」
 草加は下男を呼び、家来と二人で裏木戸の外まで運んだ。
「訴えましょう、大殿様」
「いや、面倒はしたくない。なかったことにする」
「はあ」
 刺客の武士は木戸の前から何とか歩きだした。やられたのは両足の裏。しかし側面は使えるし、足の指だけでも歩けそうなので、傷口に当たらないよう工夫し、立ち去った。
 下駄なら良かったのに、と呟きながら。
 今日も何もない日が続くと思っていた草加だが、今日はいいものを見せて貰った。しかし、長く引っ張るつもりはないようだ。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 11:32| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月18日

3967話 偽書のある神社


 市街地からも見えている山の取っ付きにある神社がある。地元の村の神社ではないようだ。既にこのあたりは村の面影など一切消えている。山と海に挟まれた狭いところ。稲作が盛んになる前は海沿いの、この山裾に人が住んでいたようで、遺跡が残っているが、古墳ではない。それ以前だろう。
 その山の取っ付きに神社があるのだが、灯台としても知られている。最初から高いところにあるので、石灯籠のようなもの。昼間は目立たないが、夜に明かりが入ると海からもよく見えたのだろう。それは神社とは関係がない。
 山の取っ付きといっても市街地とはそれなりの距離があり、なだらかな山ではない。神社は平らな場所にある。その敷地だけが平ら。そしてかなり古い古木が林のように拡がっている。樫や栗だろうか。ある人に言わせると縄文時代に栽培していたのが、今も残っていると。そんな古い木が残っているとは思われないが、縄文杉もあるぐらいなので、縄文栗もあるのかもしれない。樫、ドングリのことだが、この樫の名が付く地名が多いのは、その頃からの名残かもしれない。
 特にこの神社の境内にかなりの本数があり、老いすぎて枯れたり、倒れたり、立ち枯れ状態のもある。その横にある梅園よりも広い。いずれも山の取っ付きの広い場所は神社の土地。この平らな場所こそ縄文時代、村があったのではないかと思われる。遺跡はさらに山側にある。
 神社の成り立ちは不明、またいつ建ったのかも不明。氏子はいるが、漁村の人達。今はそんな港などない。漁村だった場所をさらに埋め立て、工場地帯になっている。だから氏子はいないのだが、その近くの人が寄進とかしている。正式な氏子ではないが、このあたりでは貴重な聖地。神社は他にない。
 この神社は知る人ぞ知る神社で、太古に書かれた文書の写しが残されているらしい。漢文ではない。古代文字。
 ここに本当の日本の歴史の始まりが書かれているとか。当然偽書。さらにこの神社にあるとされているのは、その写しだが、嘘だと分かっていても、この場所の雰囲気や立地条件などで、本当ではないかとついつい思ってしまう。
 古代王朝が、この地にあったとしてもおかしくない。たとえば卑弥呼時代にも無数の国々があった。それ以前なら、全国至る所にあっただろう。だから古代王朝の王は一杯いたに違いない。
 
   了

 


posted by 川崎ゆきお at 13:37| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月17日

3966話 偶然の寓話


 良い偶然と悪い偶然がある。まんが悪いとかもある。
 これは心がけでは何ともならない外との関係。ただ、悪い偶然を減らすことはできる。当然良い偶然も増やせる。まんが悪い場所に行かないとか、危険そうなところには近付かないとか、危ない話には乗らないとか、そういった危機意識というよりも、憶しているだけだが、この臆病さが命拾いになる。ただ、それだけでは良い運と巡り合えるチャンスも減るかもしれない。
 良い巡り合わせや、幸運は危険なところにあったりする。
 人というのは偶然の巡り合わせで一生を終えるのかもしれない。作為的なこともあるが、ただの偶然で決まることもある。
 また全ての偶然は必然というのもあるが、これは言い過ぎだろう。ただ目に見えぬ運命のようなものがあり、最初からシナリオが決まっていたりする説もある。その場合、そのシナリオを意識しだしたときからおかしくなったりする。それもシナリオの内なのかどうかは分からない。シナリオを意識したときから流れが変わる。
「最近起きた偶然の出来事について語って頂けますか」
「寓話ですな」
「何でもかまいません」
「自転車置き場がいつも一杯で、止めるところがないのです。探せばあるのですが、本来の場所ではなく、歩道にはみ出してしまいます。そこに止めちゃいけないことになっていますが、一杯の時は止めている人が多いのです。他に置き場所がありませんからね」
「偶然は?」
「あ、はい。その日、一杯一杯のはずなのに、隙間がポッカリ。しかも余裕のある広さ。キチキチじゃ自転車をこじ入れる必要があるのです。そのときハンドルとかが引っかかって、自分や相手の自転車の何処かをこすりつけたりします。これはまずいですね。それと入れたはいいが自転車の横に立てない。キチキチですから。だから前籠の荷物などは手を伸ばさないと掴めないし、掴めてもその角度からでは重い」
「はい」
「また鍵を掛けるにも、窮屈なので往生します。手元がよく見えない。私の自転車の後輪の鍵、これが上手く閉まらないことがあるんです。コツがいるんです。油を差せば改善しますが、最近忘れていました」
「偶然の話なのですが?」
「いま話しているじゃないですか。そういう状態が多いのに、左右に十分隙間が空いた空間があるのです。これなら自転車の横に立てる。これが偶然なのです」
「ああ、そういう偶然ですか」
「これは滅多にありません。しかし、いつもガラガラの駐輪場なら、偶然もクソもありません。普段から一杯一杯だからこそ、この偶然の隙間が有り難いのです」
「そういう説明は私がします」
「失礼しました」
「それだけですか。最近の偶然は」
「そこに自転車を止めて」
「また自転車の話ですか」
「違います。あとを聞いて下さい」
「はい」
「そこで自転車を止めて喫茶店へ入るのですが、喫煙室がいつも一杯一杯」
「またですか。それで、空いているテーブルが偶然あると嬉しいとか、ですね」
「それは私がこれから語ることです」
「どうぞ、次を」
「もう、あなたが言ってしまったので、話す気がしませんが、その日に限ってガラガラでどの席にでも座れる。この二点。良い偶然でしょ」
「そうですねえ」
「ただの偶然ですが、これも普段の状態があるから、良い偶然だと感じるのでしょうなあ」
「それは私が言うことです」
「失礼しました」
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 12:42| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月16日

3965話 妖怪木泣き爺蝉丸


 一段落付いたので、吉田はのんびりしている。しかし、妙に退屈。緊張が取れ、プレッシャーが解け、リラックスできるのだが、何か頼りない。くにゃっとしてしまう。
 これは休憩が必要で、またやっと休憩できるようになったので、のんびりでもかまわない。
 こののんびりが意外と手強い。のんびりほど簡単なものはなく、何もしなくてもいい。しかし、何か芯がない。目的を失ったためだろうか。ターゲットに向かい邁進する、これが欠けている。
 だが、目的は果たしたばかり。一段落付いたのだから。
 しかし何もしていないと、魂の抜けたような人間になる。魂とは外に向かっての何かだろう。内側だけでは発生しない塊。
 こういうときは余計なことをして時を過ごす方がいい。現実的なことではなく、それとは違うような。
 それで思い付いたのが、森林浴。ターゲットは木。別に森へ行かなくてもいい。一本のそれなりの木があればいい。そしてかなりの大木で太い木が好ましい。これは近場で思い当たるのは神社の神木程度。少し遠出すれば山へ行けるが、その規模ではない。木があればいい。
 森林浴ではなく、林浴でもなく、一本木浴。
 ただ、木から降り注ぐ精気を浴びるわけではない。木に手を当てる。これだけでいい。これの方がディバイスとしては直流。
 駅近くの商店街の裏側に神社があり、その木が見えていたので、そこへ行く。
 遠くからでも見えていたので、大きいだろう。その神社へ入ったことはない。目的がないし、余計な寄り道などしないので。
 吉田は役立つことしかしない主義。
 しかし、その主義では限界があり、今日のようなのんびりしてもいい日が苦手になる。だから一寸非現実なことに走らないと、間が持たない。ターゲットや目的がいる。
 大木に片手でも両手でもいいから手の平をぺたりと当てる。だから細い木だと握るような感じになるし、もたれかかればゆさゆさするだろう。そのため、大木がいい。
 ほとんどやっていないような商店街の横から神社へ抜ける道がある。裏側から入ることになる。今は駅が町の中心だが、昔はこの神社が中心だったのではないかと思われる。そのため、細い道が、この神社に集まってきている。
 狭い路地だが人が意外と通っている。駅への抜け道で、近道なのかもしれない。
 左右の二階のベランダに洗濯物が干されている。
 商店街裏なので、何かの店らしい跡がポツンポツンとある。もう普通の家の玄関になっていたり、物置になっていたり、錆びて開けるのが難しいようなシャッターのままの店跡もある。シャッターがやや波打ち、傾いている。これは開かないだろうと、余計なことを吉田は心配する。
 それでいいのだ。今日は余計なことをしに来たのだから。
 神社前に出たらしく玉垣がある。裏というより、横を突いたのだろう。それで回り込んで鳥居のある正面から入る。
 神木は社の真後ろの繁みの中にある。人が来ないような場所なので、都合がいい。そんなところを知ってる人間に見られると厄介だ。
 田中は一直線に神木に向かい、隠れん坊で鬼を見付けたように、神木にタッチする。これを「デン」と子供の頃に言っていたのを思い出す。
 そして両手をかざし、両の手の平をピタリと幹に当てる。
 そのとき、両手の左右に何かある。幹の両端から指のようなものが出ている。そっと田中は回り込むと、人が幹に抱き付いていた。
 田中は、怖いものを見たと思い、逃げ出した。
 妖怪博士はその話を聞き、それは「木泣き爺の蝉丸じゃよ」と説明したようだが、これこそ、どうでもいいような話だ。
 
   了




posted by 川崎ゆきお at 12:08| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月15日

3964話 懸念


 懸念していたことが起こらなかったので、里中はほっとした。もし起こっていても大したことにはならないが、面倒なことをしないといけない。その面倒も難しい面倒ではなく、よくある面倒。しかし、面倒臭い。これが臭いので、懸念が起こらないことを願ったが、起こるだろうと仮定し、それがほぼ当たっている確率の方が高いので、面倒臭いことをする覚悟までしていた。ただ、覚悟というほどの凄いことではない。日常的なことかもしれない。難度は低い。
 懸念、それはいくらでもある。しかし、普段はそこまで思わないため、数は限られている。そして予測され、しかも確実にやってくるタイプは分かりやすい。問題はいつ起こるのか分からない場合。これは心配し出すときりがないので、普段から心に留め置くようなことはない。そうでないとパンパンに懸念が増え、懸念だらけの生活になる。
 里中はそういった懸念が解決、またはクリアした後、何か楽しいことを用意しておくようにしている。それが餌だ。ご褒美のようなもの。そしてそのご褒美は懸念前に使わないようにする。まあ、単純なプレゼントのようなものだが、これは絶対に必要なものではない。だから半ば贅沢品。
 それは旅行でもいいし、一寸したイベントへ行くのでもいい。いずれも実行しなくても困らないようなこと。
 懸念の前日は落ち着きがない。いつものような暮らしぶりをしていても、どこか違う。懸念のない日常に早く戻りたい。昨日と同じようなことが今日も起こるような。昨日とは全く違うところに立たされる今日ではなく。
 自分の意志で立つのならいいが、立たされる。そして時間もそれで取られる。いつもの日常の節々にはないシーンが挿入される。
 もし昨日と同じような日なら、今頃あれをしていた、これをしていたと思う。そしていつもの日々が如何に平和なのかを思い知らされる。それほど楽しい日々ではないのだが、変化のない穏やかさでパターン通りが繰り返される。つまりワンパターンの良さ。次に何が来るのかが分かっている。これが本当は良いのだろう。
 懸念。心配してもしなくても起こることは起こる。起こらないことは起こらない。だから、心配しても仕方がないのだが、その懸念が去ったあとのほっとした気持ちは、心配してこその収穫だろう。
 
   了
 


posted by 川崎ゆきお at 12:54| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月14日

3963話 初冬


 初冬、それほど寒くなく、しかも昼過ぎ、一番気温が上がる頃。鈴木は毛糸のセーターだけで外に出た。いつもはその上からジャンパーを羽織っているのだが、暑苦しいことがある。
 一枚脱ぐ、重いコートではないが、ジャンパーを脱ぎ……は春で暖かくなってからのセリフ。これからどんどん寒くなっていくとば口で脱ぐというのはどういうことか。
 寒くなり出してから過剰に着込んだため。
 まだそこまで寒くはないのに。
 しかし寒さに慣れてきたのか、それほど着込まなくてもいいことが分かった。それでその日は脱いだ。
 しかし、セーターだけで出ている人は見かけない。道行く人は冬向けのダウンジャケットやオーバーやコートやジャンパー。
 これは少し脱ぎすぎたかと、鈴木は後悔した。その証拠にビル風がスースーと入ってくる。これが夏場なら涼しいかもしれないが、今は寒い。しかし、何故か気持ちのいい風。それほど冷たい風ではないが、衣服を通過し、身体にじかに回り込むような風。風の被弾。
 それが妙に快いのは、どうしたことか。
 冬場、敢えて部屋の窓を開けっぱなしにすることがある。空気の入れ換えだ。これも寒い。
 鈴木が小学校へ通っていた頃の担任の先生がそうだった。まだ暖房も冷房もない木造教室。隙間風で寒いのだが、先生は窓の全開を命じた。
 暖房はないが、生徒達が熱いのだろう。人が暖房装置になっている。
 そして全開すると、スーと風が入って来て、今までの空気と入れ替わる。まあ、外に出たのと同じ。凍結するわけではない。気温は零下ではない。
 このときの清々しい寒さを鈴木は思い出した。何かしゃんとする。引き締まる。
 たまには冷たい風に当たるのもいいだろう。これは何か別のことでも当てはまるのではないかと考えながら、部屋に戻ってきた。
 当然すぐに暖房を付ける。部屋は暖かくなり、居心地が良い。
 しかし暖かいので気持ちはだらけてしまった。
 それで、鈴木は暖房を切る。そして冷房に入れ直したわけではない。それなら冷蔵庫にいるようなもの。そこまでせず、暖房なしの状態にした。鈴木が戻ってくるまではそうだったはず。しかし外よりも室内の方が少し温度は高い。外にいるよりはまし。また風もない。隙間風はあるが、大したことはない。
 するとだらけていた頭もシャキッとし、あの小学校時代の教室での爽やかさになった。
 その夜、鈴木は風邪を引いた。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 11:26| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月13日

3962話 何でもない状態


 何でもないものが難しいのは何でもないため。何でもないだけに何もないに等しいが、実際には何かがある。しかしそれだけで間を持たせるのは難しい。刺激的な何か、ポイントになるような見どころのようなものが少ない。しかし、ずっと刺激的なものばかりだと麻痺してしまう。刺激はより強い刺激を求める。だから際限がない。ところがそれ以上強い刺激となると、もうないかもしれない。
 刺激的なものは退屈しないが、そればかりが続くと退屈になる。望んでいるものがより大きくなるためだろう。少々の刺激では応えなくなる。
 ところが何もないものには刺激はないが、なくもない。それとなく刺激的なものが含まれている。ごく僅かだ。気が付かないほど。しかし、やはり退屈。そのため、この間を持たせるのが難しい。
 刺激的なものは簡単で、それを入れればいい。
 間が持たないはずだが、何とか間を持たせる。ここが難しい。それなりのセンスなどで繋いでいくしかない。
 また、刺激を求めないで、穏やかなものを好む場合もある。これは刺激に飽きたためだろうか。贅沢な食事ばかりしていると、それに飽き、あっさりとしたものに箸がいく。
 しかしお茶漬けばかり食べていたのでは何なので、こってりとしたものを欲しがる。その中間があるはずで、これは日々食べている普段のものがそれに近い。
 中間というのは難しい。しかし長く場を持たせるには中間を使うしかない。その中間の間が本当は難しい。徹したものよりも。
「中間ねえ」
「はい」
「中途半端と言うことかね」
「地のような」
「地?」
「普段のような」
「よく分からんが、何かあったのかね」
「日常が充実するような」
「余計に分からんよ」
「あまり刺激的ではない普段が一番居心地がいいような。これは楽しさではなく、居心地です」
「何か知らんがまだ若いのに、悟ったようなことを言うものじゃない」
「そうなんですか」
「日々せわしなく、忙しく、ドタバタし、たまに疲れて休む。それでいいんだよ。妙なことを考えて作為的な生き方をするよりもね」
「はあ、まあ、それで普通ですねえ」
「だから、探さなくても、よい問題だ。良い日々もあれば悪い日々もある。何も感じない日々もある。それだけだ」
「はい、心得ました」
「そんなこと心がけるから駄目なんだ」
「あ、はい」
 
   了
 


posted by 川崎ゆきお at 13:35| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月12日

3961話 伝えられない話


 蛭田はかなりの年寄りだが、貴重な情報や資料を多く持っている。非常にマニアックな世界だが、その道のさらに奥の細道まで知り尽くしている。また生きてきた時代時代に多くの体験をした。これだけ知っている人は類を見ないだろうが、アカデミックなことではないので、その専門家とはいかない。当然そんな学会はないが、学会とかの組織的なものとは合わないのだろう。
 それらの体験を資料と一緒に本にすればいいのだが、本という形にしても、ほとんど売れないはず。
 蛭田を慕う若者がおり、本にしたがった。または体験談を録画し、ネット上に上げたかった。それで何度もその相談で訪れている。早くしないといけないような年。
 しかし蛭田は断り続けている。もしそんな本なり動画が世に出れば、ただでは済まない。ただというのは無料なので、お金が入ってこないということではない。まだ生きている人がいるので、暴露することになる。そんなことをしてまで出しても意味はない。ただのゴシップのようなもので、当事者達に恥をかかせるだけ。またそんな悪趣味もない。
 そこで青年は秘蔵版と言うことで、一般には公開しないので、作りたいと、伝えた。
 それでは出す意味がないのだが、そういう本なり動画があるというだけで、十分だと青年は説得した。
 何故なら、このまま蛭田が亡くなれば、その部屋にある資料類も消えてなくなるだろう。青年が引き取ればいいのだが、置く場所がないし、また本人に聞かないと分からないような資料もある。
 一冊だけの本でも作れるので、その一冊の中に資料の写真も挿入すればいい。そして一つ一つの資料というか証拠品は動画で蛭谷が説明する。
 蛭田は、それでも承知しない。今更昔のことをほじくり返すのがいやで、相手もいるし団体もいる。そして蛭田自身も恥多きことを語ることになる。
 つまり蛭田も共犯。これでは語れないだろう。
 青年はそれでも諦めないで、それではインタビューだけでもいいので、語れることだけでも語ってほしいと頼んだ。
 蛭田は承知した。
 そして、インタビューの収録が始まったのだが、数分で青年は停止ボタンを押した。あまりにも凄い話のため、中止した。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 12:20| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする