2023年05月31日

4870話 占い師


「何かいい話はないかね」
「役立つような。それとも儲かるような」
「役立つ話がいい。これを聞けば人生激変するとかね」
「じゃ、その話、聞いた人全員激変しまくりますなあ。色々な人がそれを聞き、そこら中で激変しまくり」
「だから、よくある話じゃなく、これは凄いと思うようなのがあれば話して下さい」
「もし、そんなものがあれば、人には話しませんよ。他の人が真似ますからね」
「あるんですか」
「ありません。あればこんなところで占いなどやってませんよ。屋根もないところでね」
「じゃ、ありふれた話でもいいです」
「それは皆さんご存じだ」
「そうなんですか」
「いい話は知っていても、実行出来ないから、同じこと」
「聞いただけで終わるんでしょうねえ」
「その時はいい気分になれますよ。激変したように。しかし、すぐに醒めます。長くは続かない。元の木阿弥になります。それなら元の木阿弥を磨いた方がよろしいかと」
「激変しますか」
「しません。しかし、少しは変わるでしょう。しかし、その程度の変わり方なら、普通に年取れば身につくようなこと」
「しかし、私も良い年になってますが、若い頃に比べて元気がない。昔のように色々なことをしなくなりましたよ。旅に出る回数も減りましたしね。まあ、落ち着いてきたのでしょうが」
「ほらほら、そうやって御自身で身に付けているじゃないですか」
「これがいいことなのですかね」
「それこそ身で感じたことなので、身につきますよ。修行の必要もないし、心掛けもいらない。だから、いい話も聞かなくてもよろしいかと」
「しかし、私、ためになる話、大好きなんですがねえ」
「そういうご趣味ですな」
「趣味なんですか」
「いいお話しを集めるのがお好きなんでしょ」
「はい、お好きです」
「まあ、占い師にそんなことを聞くよりも、何を占って欲しいのですか。雨が近いようなので、もう畳みますよ。お早い目に」
「占いは当たるかどうかを占って欲しいのです」
「あなた、変な趣味がありますねえ」
「どうなんですか」
「占いは当たりません」
「でも、あなた、占い師だ」
「我が身のことも占えない。こんなところで、占い師などやっていることなど、想像もできませんでした。まあ、その頃は占いをやってませんでしたので、占うことはできませんがね」
「じゃ、今はどうなんです。占えるでしょ。先のことを、あなたの」
「可能ですが、怖いので、やりません」
「あ、そう」
「あ、雨。じゃ、畳みます」
「はい」
 
   了
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2023年05月30日

4869話 奇襲


 小高いところに本陣を構えている。しかし、正面は各隊が何段も陣を敷いているのでいいが、後ろ側は弱い。道などないのだから大軍が来るわけではないが、奇襲あるかもしれない。
 ただし、脅しのような。
 それで橋蔵はそこに配置された。ただの見張りだ。敵が来れば知らせに走ればいい。橋蔵はただの百姓。足軽として駆り出されている。
 だから、前面に出るよりも、この見張り役は楽。橋蔵を含め同村の三人で見張っている。悪い役ではない。しかし、奇襲に遭えばそこが最前線。一番危険な場所。
 しかし、念のために見張っているだけで、戦う必要はない。それよりも報告。こちらの方が大事だろう。
 橋蔵は小便に立ち、そのへんの草村に入ると、そこにも兵がいる。見かけない顔。しかし、背に同じ小旗を差しているので、これは味方だ。
「見張りか」橋蔵が声を掛ける。
 そこに四人ほど隠れていた。橋蔵の知らない足軽達。近在の村にもいそうにない顔ぶれ。
「常雇いか」
「いや、臨時だ」
 四人とも戦い慣れているように見えた。そういう面構えをしている。冷酷で冷たそうな。
「百姓か」
「違う。足軽が仕事だ」
「わいらも見張りで、ここに来ている。同じか」
「ああ、同じだ」
「四人しかおらんのけ」
「見張りなので、そんなものだ。仲間は本陣の前にいる。おそらく激戦になるだろう。それに雇われ兵は先鋒にされる」
「先頭か」
「真っ先に矢や弾が飛んでくる」
「減るだろ」
「仲間がな。しかし、そんなへまなことはしない。危なければ前に出ないし、いつでも逃げる」
「じゃ、ここだといいなあ」
「ああ、安全だ」
「一寸間隔が狭いので、見張る箇所を変えるよ」
「そうか、でも敵なんてこないよ。固まっていた方が安全だ。合流してもいい。何人だ」
「三人」
「合わせると七人か。そのほうがいい」
「じゃ、知らせてくる」
 橋蔵が立ち上がったとき、銃声が聞こえた。
「奇襲だ」
 橋蔵の仲間も気付いたようで、飛び出していた。その前に雇い兵四人もかけ出していた。その足の速さに驚くほど。
 七人で本陣の小山に登り、報告した。
 別の見張りからも報告があったらしく、既に知っているとか。
 そして襲ってきた敵は少数で、数人規模。鉄砲を一発撃った後、逃げ去ったらしい。
「ご苦労。見張りを続けるように」
 といわれ、七人は裏手にまた戻った。
 
   了

 
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2023年05月29日

4868話 得道様


「方々を探したのですがね。見当たりません」
「大事なときに、何処に行っておられるのじゃろうなあ」
「村内にはいません」
「東神社の奥宮も探したか」
「あそこは遠いですよ。山の中です」
「近いと奥宮とは言えん。得道様はあそこへもよく行かれるとか」
「はあ、しかし、今から探しに行くとなると」
「そうじゃなあ。村内で行きそうなところは他にないか」
「村を出たのかもしれません」
「用事などなかろう」
「隣村にたまに行くようです」
「清司村か」
「いつもはおるのだろ。いつものところに」
「庵にずっといますが、たまにいなくなります」
「そのへんを散歩されているのではなく、出掛けたと言うことか」
「はい」
「城下へ行ったのかもしれません。あそこまで行かないと手に入らないものがありますから」
「その城下から人が来ておるんだ。探しに行っても無駄だし、見付けても、もう遅い」
「お城からは遠いですからねえ」
「折角来てもらっているのに、留守とは、返事に困る」
「何の用でしょうねえ」
「知らない。しかし、諦めて、帰るだろう」
「もうかなりお待ちですからねえ」
「長居されるのも困る」
「得道様の庵で待てばいいのになあ」
「留守なら誰もおらん」
「しかし、直接得道様の庵へ行かれたらいいのにねえ」
「場所を知らんのじゃ」
「聞けば分かりますよ。私がお教えしましょうか」
「いや、ここで得庵様と会いたいのだろう」
「お殿様もお寄りになる大庄屋邸ですからねえ」
「しかし、城の侍。若いなあ」
「何方様ですか」
「側近だろう」
「接待の必要はないのでしょ」
「茶膳で充分。諦めて、そのうち帰るだろう」
「はい」
 そこへ城の侍が呼ぶので、庄屋は客間で話を聞いた。
 すると、徳庵という村に居着いている人は学者で、この村には不思議な伝説があり、殿がそれに興味を抱き、村に詳しい徳庵様に聞いてこいとの話らしい。
 しかし、待っても戻られんようなので、帰ることにするとか。
 村にはそんな伝説はなく、あるとすれば東神社の奥宮程度。何が祭られているのか、分からないらしい。しかし、学者の得道が調べに行っているとは思えない。行っても何も出てこないだろう。
 きっと城で、誰かが適当なことを殿様に語り。それを真に受けて、調べるつもりだったのかもしれない。
 得道はその日、城下に出ていたようだ。そして久しぶりに酒を飲み、寝てしまったらしい。
 
   了

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2023年05月28日

4867話 仲裁


「このままでは争いになります」
「何とか避けねばのう」
「庄屋に動いてもらったのですが、無理でした」
「寺はどうだ。あそこには高僧がいる。仲裁してくれるはず。それにあの寺、どちらの勢力にも付いておらぬゆえ、中立。丁度いいではないか」
「話してみたのですが、関わりたくないと」
「あそこは修行の寺だからのう」
「世俗のことは世俗でと」
「では、間に入って止める者がいないではないか」
「領主様がおられれば、いいのですが」
「わしらが追いだしたではないか」
「そうでしたなあ。困りました。他国に頼るわけにはいきませんし」
「そうじゃ、長老がおる」
「あの人は隠居で、もうそんな力はありません。それに片方の人なので、中立ではありません」
「中立でなくてもいいではないか。あの長老、人格がある。徳がある。人望もある。長老に纏めてもらおう」
「体がきかないようです。寝床まで双方が来てもらえれば、口だけはきけるとか」
「動けぬのか」
「動けますが、出掛けるのは控えたいと」
「じゃ、長老にも掛け合ったのだな」
「一応は」
「それで、もういないというわけか」
「一人いますが。どうなんでしょう」
「いるのか」
「竹原様です」
「竹原家に頼むのか」
「元々はこの一帯は竹原家のもの。それを奪ったのは前の領主です。一応竹原様なら中立」
「争いにならぬ前に、お頼みせよ」
「はい、すぐに」
 
「どうじゃった」
「無理とか。その力はもうないとか。あるのなら、この地、取り返してやると」
「それは藪蛇じゃ。しかし、竹原家を残しているのは、こういうときのためじゃ。最後の切り札としてな。竹原一族はなに不自由なく暮らせているはず。それを支えているのは我らじゃ。こういうときに、仲裁に入ってもらわんとな」
「でも無理です」
「どうしてじゃ」
「だから、今回の争いを利用して、竹原家は元の鞘に戻りたいのでしょ」
「じゃ、竹原を引き込もう」
「そんなことをすると、本当に戦いになりますぞ。それなら勝てるので」
「分かった。竹原は無視しよう。それにそんな力、もうないはずだしな」
「では、どうしましょう。このままでは戦いに」
「仕方がない。わしが出向くか。相手側にも争いは避けたいと願っておる者がいよう」
「最初から、そうすればいいのに」
「え、まあな」
 
   了
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2023年05月27日

4866話 月が出ていた


 自分が変われば世界も変わるのなら重宝な話で、これは簡単だ。自分が変わるというのは折れると言うことでも可能で、折り合いが悪いとき、相手に変えてもらうよりも、自分が変わった方が早い。それに相手を変えるのは容易ではない。しかし、自分なら殆ど労はない。一瞬だったりする。
 そういうことではなく、吉田は一人ひと宇宙をやっているのだが、これもすぐにぼろが出る。
 月がある。吉田が見ているだけで、吉田だけが認識しているとすれば、他の人は月を知らないのだろうか。
 おそらく知っているだろう。だから吉田だけの世界での月ではない。ただ、月見る月は月々により違う。満ちかけの話だけではなく、月日が経つと、見え方が違ったりする。やや二重に見えたりするのは目が悪くなったためだろう。だから月の見え方はひと様々だが、月はある。
 吉田はまた運命は決まっており、偶然など無く、あらかじめ決まった上を歩いているとなる。しかし、それならシンプルだが、運命は変えられるとも考えている。虫のいい話だ。
 これは運命は同じでも、自分が変われば運命感も変わる。要するに受け取り方が違うことを運命は変えられるといっているだけ。
 確かに自分が変われば、違った運命のように見えるかもしれないが、具体的には相変わらずだろう。
 自分が変わることで、運命も変わるのなら、最初から運命というようなものなどなかったことになる。
 吉田は一人ひと宇宙を信じているわけではないが、そう考える方が楽なため。どう考えても一人であるはずがないし、何処かの人の影響を受ける。その人は他の人にも影響を与えるだろう。
 吉田だけの世界でのその人なら、吉田だけで終わってしまうが、吉田の知らないところでも、その人は動いている。吉田が知っているその人はほんの一部。普段は何をしているのかまでは分からない。
 行き交う人の一人。それも吉田の世界の人だろうか。しかし、その人にも生きてきた色々なことが含まれている。そこまでは知らないだろう。吉田の世界の人でも。
「吉田君、調子のいいことを考えてるねえ」
「いや、一寸した仮説を展開しているだけのことだよ。試しているだけ」
「相変わらず、凝ったことをするねえ。もっと素直にやりなさいな」
「月は見るまではないんだ。見たとき、初めて月として見える」
「え、また訳の分からんことを。でも月を見るとき、どうして月を探すんだ。位置が分からないじゃないか。それに月が出ているとは限らないし」
「まあ、そうだね。言い過ぎた」
「どうしてそんなことを考えるようになったんだい」
「面白そうだし、何か楽そうだから」
「そんなことばかり考えるのも吉田君の運命かもしれんね」
「ああ、早くまともになりたい」
「はいはい、お大事に」
 
   了
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2023年05月26日

4865話 期待していなかったもの


 期待していなかったものが、よかった場合、期待しない方がいいことになる。期待出来るものは該当する条件を満たしており、あるレベルに達している。これは期待出来る。しかし、蓋を開けてみないと分からないが。
 期待出来そうなことがないことを予測出来る場合、期待しない。まずまずのレベルだろう。平凡な。それ以下だと相手にしなかったりする。ただ、義務的に接することはあるが。
 期待していなかったのに、いいものだったことになると、予測が間違っていたことになる。
 たとえば情報不足とかで。だが、詳細まで分かってしまうと、これはこれで問題。意外性がなくなるため。
 おお、そうなるのかという驚きがない。そうなることが分かっているので。
 期待しない方がいいこともあるが、期待出来ないことが最初から分かっていると、それも可能だ。最初から大したものではないと踏まえて接するためだろう。
 ただ、漠然とした期待はある。これならこの程度のことになるだろうという感じで、敢えて期待とは呼べないもの。
 だから、軽く流せばいいようなもの。そういうものに予想されていないものが入っていると、これは二段階分の驚きがある。
 期待していたものだと、一段階。そうなるだろうと分かっているので、その通りになってくれればそれでいい。ならないこともあるので、なってくれただけで満足だろう。
 しかし、期待していないものだと、期待分が最初からないので、その驚きだけでも充分。さらに思っていたもの以上のものが含まれていることで、二段階分の効果。
 だから、如何に期待しないで接するかだ。これはこれで難しい。ついつい期待してしまう。いいふうに予測したりする。実はこれがいけないのだが、自然とそう思うものだ。それだけの情報なりを得ているので、期待出来るものとして最初から立ち上がっている。
 それで期待外なこともあるのだから、予測も情報も、それほど確実なものではない。それに予測なのでそんなものだろう。
 期待していたものがことごとく駄目。というのもある。過剰な期待をし、増やしてしまうため。
 しかし、期待しないで接するというのは、状況に左右されて発生するかもしれない。たとえば、義務的、機械的に接するとかだ。
 これは適当に流せばいいことで、期待の期の字も最初からない。この状態なら期待しないで接することができる。そこで期待していたものだったとすると、これは効果的だ。
 期待していなかったものの中に期待以上のものが入っているというのは滅多にない。そして、その味を知るとことで、期待しないやり方に期待したりする。この場合、そのものよりも、選び方の手法だろうか。
 だが、期待しているものを選ぶのが人情。それに確率も高い。やはりこちらが本道だろう。ただ、それだけではない偶然性のようなものがあるのも確かだ。
 
   了

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2023年05月25日

4864話 境地


 一つのことを決めると、それをやりたくなくなる。
 やることを決めるのだから、そこでもうやることは決まったことになる。もう何も考えなくてもいい。決まったのだから。
 しかし、それをやりたくないということが新たに浮上してくる。これはすぐに打ち消されるだろう。決定したのだから、それに従う方がいい。それに自分で決めたのだから、問題が起こりそうなことは一応考えての上。後は実行するのみ。
 しかし、そこでとたんにやるのが億劫になる。その決定に疑いが出ることもあるが、その場合は修正すればいい。そうではなく、完璧すぎる決め事ほど手を付けたくない。何故だろう。
「竹田君、またそんな症状になっていますね」
「何故でしょうねえ。やることが決まっているのに、しないとは」
「自分で作った罠にはまりたくないのでしょう」
「罠ですか。計画ですよ。予定ですよ。段取りですよ。それが罠なのですか」
「自分で決めたものって、臭いでしょ」
「臭い。臭いのですか。まあ、そういえば一寸臭いですが」
「インチ臭い気がしませんか」
「その臭いもします。それと、この決め事が果たして正しいのかどうかよりも、決めるとやる気を失うのです」
「じゃ、決めなくてもいいんじゃないですか。そんな臭い決め事など」
「それを聞くと、ほっとしますが。それでは何処へ向かっているのか、分かり難いです。目先のことしか考えないような気が」
「そうじゃないでしょ。かなり先のことも、何となく入っているはずですよ」
「何となくですか」
「言語化しないで、作戦帳にもない」
「先生は作戦帳を作っているのですか」
「まあ、計画書です。それはありますが、頭の中で考えているだけです。明言はしない。何となくです。漠然と思っているだけですよ」
「それで、先生の研究は成果が出ないのですね」
「出そうとは思っていませんからね」
「そこが根本的に違うんだ。しかし、先生はそんな無計画なことを勧めているわけじゃないでしょ」
「計画は必要です。でも、それはダミー」
「そうなんですねえ。だから決め事通りにできないのは、ダミーだったから」
「そういうことです。だから臭いのです」
「じゃ、どうすればいいのでしょう」
「いつも通りの竹田君でいいのですよ。思い付いたらやる。飽きたらやめる。頻繁に目移りする。余所見をする。これでいいのです」
「全部、悪いことじゃないですか」
「そのうち何かを掴むでしょう。偶然ね」
「はあ」
「だから、適当に泳げばいいのですよ」
「先生もそれですか」
「それは言えません」
「先生こそ、凄い研究をして、有名になって下さい。僕はその可能性は限りなくありませんが」
「無名でいいのです。その方が気楽ですよ」
「その境地、なかなかなれません」
「当然だよね」
「あ、はい」
 
   了
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2023年05月24日

4863話 馬に念仏


「人の話を聞きなさい。君はちっとも聞かない。自分のことばかり話している」
「はい、聞きます。そして自分のことではないことも喋るようにしますが、それって、ただの噂話になるのですがね。それでもいいのですか」
「そうじゃなく、目の前にいる人間の話を聞きなさい」
「あ、あなたの話ですね」
「そうだ」
「聞いていますよ。耳はあります」
「右から左だ。聞き流しておるだろ」
「でも聞いていますよ。うわの空じゃありません。何を話しているのか、聞いています。だから、こうして会話になっているのでしょ。ちゃんと聞いていますよ」
「運は人が運んでくる。しっかりと聞いていると、その運を掴むことができる」
「悪いセールスマンの話も聞くのですか。悪い運を運んできているかもしれませんよ」
「だから、そういう対応が駄目なんじゃ。それを揚げ足という。私の伝えたいことはそこではない。それを汲み取る力がいるんだ。まあ、素直に聞けば済むことだがね」
「人の話を何でもかんでも聞いていると、忙しくて仕方がないですよ。そこにいい運があっても」
「人の話を鵜呑みにするな」
「聞き流せばいいのでしょ。だから」
「そうじゃない、聞いた話を吟味する」
「誰が」
「君だよ」
「でもそんなことしなくても、これはまずい話だとすぐに分かるでしょ。聞く前から」
「どう伝えればいい」
「どう聞けばいいのでしょう」
「君は排他的だ。だから良い運が来ても受け取らない」
「運ですか。でも運っていきなり来てしまうのでしょ」
「いや、そうじゃない。運を掴む人間は、より多く人の話を聞き、そこから運を見付け、そして掴むものだ」
「聞かなくてもいいんじゃないですか。あ、この人いい運を運んできていると、分かれば、もう話など聞かなくても」
「君は話を聞くのがいやなのかね」
「分かりきった話をくどくどされると、聞きたくなくなります」
「私の話が、そのくどくどと分かりきった話なのかね」
「いえ、有り難いお話しです。一寸話を展開させますがいいですか」
「何かね。展開とは、まあいい。言ってみなさい」
「運てなんですか」
「困ったことを聞くなあ。そこは聞き流してもいいところなんじゃよ。運は運だ」
「運は決まっているのですか」
「また、ややこしいことを聞く」
「運は掴むものだと、あなたは言いたいわけですね」
「縁を作る。縁を増やす。運とは縁なんじゃ」
「縁はどうしてできるのですか」
「作っていく」
「ああ、よい縁組みで式ですね」
「そうじゃ」
「でも縁ができるもできないも、あるもないも運で決まっているんじゃないのですか」
「だから、縁も運も似たようなもの」
「だから人の話をよく聞けば、縁も運も得られるのですか」
「もう聞かなくてもいい」
「え、いいんですか。今回は丁寧にあなたの話を聞きましが」
「馬に念仏じゃ」
「快く、聞いていたりして」
 
   了
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2023年05月23日

4862話 程々


 程々のところがある。これは気付きにくいが、行きすぎたり、戻りすぎると、気付くことがある。ここではないようだと。
 しかし、いつものところでは今一つなので、もう少し遠くへ行ってみる。
 さらにその先があり、もういつものところとはものが違っていたりする。そして、その逆側も。
 つまり、一度振り切ると、程々のところが見えてくる。ところが、いつものところがどのあたりなのかは曖昧で、決まった場所はない。ただ、このあたりだろうというのは、何となくある。
 結構平凡なところで、そうだからこそもっと先へ出てみたく思うのだろう。そして出過ぎると、ここではないことが分かる。
 いつものところから少し出たあたりから、行きすぎたり戻りすぎたりしないところにあるのだろうか。
 いつものところともっと先のところとでは見るものが違ってくる。注目ポイントはそれほど違わないのだが、そこまで行くと、違うものになり、特別なものになる。
 これでは気楽に行けない。それは望んでいたものであったとしても、ちょとやり過ぎで、刺激はあるが落ち着かない。だから普段から行けるようなところではない。
 そして、程度の問題ではなく、ものが違ってしまう。そういうのを望んでいない。
 その逆もある。後退というか、もっと大人しいものだ。しかし、それでは大人しすぎて、刺激がない。ありすぎても困るが、ないのも難。
 いつものものに飽きて旅立ち、そして、そこではなかったと気付き、元来たところに戻る。すると、ほっとする。これは旅行などでもある。我が家が一番と。
 その我が家。どんな我が家だろう。我が家の中にいる間は分かり難い。そういうことだが、その一番が徐々にまた一番ではなくなり、また違うところへ行くかもしれない。
 中間に留まるのではなく、振り子のように行ったり来たりしている。中間も通り道の一つなのだ。通過駅だったりする。
 しかし、中間の何処かの駅がおそらく程々のところなのかもしれない。
 落ち着けるところ。それは程々のところだろう。何が程々なのかの程は曖昧で、動いているが。
 
   了
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2023年05月22日

4861話 朝会


 石清水宏一郎。浪人者だが、身なりはいい。仕官先から追い払われたり、藩が潰れたわけでない。郷士なので藩士とは言いにくい面がある。
 それに嫌気が差し、何とか抜けた。脱藩ではない。隠居ということにし、さらにその跡取りと言っても子がいない独り身。跡取りは適当な縁者に任せた。
 それで何とか城務めから解放され、藩からも切り放された。あとは何処へ行こうと自由。主君がいないし所属する藩がないため。個人になったわけだ。
 江戸のさる大名家の家老宅で朝会がある。朝食を食べるだけの集まりだが、その家老、用心深い。仲間内の藩士だけだと、これは怪しげなので、敵対する側の人間も誘っている。だから人脈的な繋がりはバラバラ。ここではその家老の私的なこととして、まあ、茶の湯のようなものだが、ただの朝飯会。当然飯を食うのが目的ではない。
「掴めませんなあ」
「何を考えておるのか」
「朝会と言いましても、何やらゴソゴソと」
「しかし、聞こえてしまうだろう。仲間内だけの寄り合いではないのだから」
「先日は石清水宏一郎と名乗る浪人者を引っ張り込んでおります」
「国は何処だ」
「山崎です」
「都の人間か」
「いえ、小藩にいた郷士とか」
「公家との橋か」
「あの家老が、そこに手を伸ばしているとでも」
「係わりのある人間かもしれんぞ。あの家老、朝廷を動かす気か。いや、ただの家老、そこまでのことはできんだろう。しかし、朝廷と親しいとなると、厄介じゃ。そうか、あの家老、そう来たか」
「石清水宏一郎は静かにご飯を食べておりました。始終聞き役で、何のために呼ばれたのかが分からないようです。世間話の一つや二つ、披露してもおかしくはないのですがね」
「別間で密談」
「いえ、我々と一緒に帰りました」
「勘ぐらせるためじゃな」
「はあ」
「憶測が憶測を生む。何もなかってもな」
 家老宅を出た石清水宏一郎は、何故誘われたのか、よく分からない。しかし、あの家老の家来に頼まれ、引っ張り込まれた感じ。朝飯を食べるだけだと。
 朝飯は宿で食べてこなかったので、ちょうど腹もすきだしていたので、石清水宏一郎は誘いに乗った。
 それだけの話だ。
 
   了
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2023年05月21日

4860話 道


 道の中にも道があり、寄り道の中にも寄り道がある。
 道を違える。これは本来の道とは違うところを行くことだが、その本来がそれほど本来らしくなく、仮の本来のようなものであれば、多少違えてもあまり変わりはない。
 どちらも間違った道かもしれないし、両方とも合っていたりする。だから本来の道というのは難しい。あるのかないのかさえ分からなかったりするし、見付けても錯覚だったりする。
 すると、道を違えた場合、そこが正解の可能性もある。ただ、いつもの道ではないので、違う道だと感じる。
 そのいつもの道、どうやって決まったのか。それは成り行きでそうなってしまったようなことが多く、意識的に決めたわけではない。他と比べれば妥当とか。他の道よりもましとか。何となく理にかなっているとか、あるいは好ましいとか、その程度のことで決まっていくようなもの。
 判断基準としては弱い。しかし、その道を選んだことになる。これはあの道ではなくこの道と言ったように、合っていそうな雰囲気もあるのだろう。
 ただ、それも確証はないし、全部が全部間違っていたりするかもしれないが。
 岩田は道を行くとき、そういうことを意識した。何故この通り道なのかと。他にもコースはある。時間的にも似たようなもの。
 沿道風景がいいからというのもある。だから好みも入る。また、歩きやすいとかもあるし、陽当たりの問題もある。冬場は陽が当たる道の方がいい。夏は日影が多い道がいい。
 それで、岩田は夏は道を変えている。これははっきりとした理由があるので、説得力がある。ただ、日影のある道は全部が全部ではなく、たまに木陰がある程度。そして距離的には長いので、時間が少しかかる。遠回りのようなもの。
 日影のない夏の道でも、急げば何とかなる。それにその道の方が通りやすく、さっさと行ける。日影のある道で日差しを受ける時間は似たようなものかもしれない。すると説得力を失う。
 暑くても寒くても同じ道を行く。これがいいのかもしれない。しかし、それに拘る必要が果たしてあるのだろうか。勝手に自分で縛っているようなもの。
 どの道を行くのか。どれがいいのかと考えていると、どちらもいいし、何でもいいのではないかと岩田は思えてきた。大した差はないのだ。
 それよりも何処へ向かう道なのかの方が大事だろう。
 
   了

 
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2023年05月20日

4859話 

臍石
 平岡の町は平地にあり、高低差はほぼない。ただ、川の土手が高いため、そこは少しだけ坂道。平岡町はその橋を渡ったところにあるのだが、そこからが平岡町ではなく、もう少し先。
 周囲には町工場があったり、農家だった家も見受けられるが、ほぼ住宅地。
 最寄り駅から離れているため、ここに引っ越すような人は少ない。そのため、マンションは少なく、高いのもない。あとは長屋風の棟が串柿のように連なっている。おそらく農地だったところだろう。
 いずれも工場が近くにあるので、そこで働く人にとっては通うのは便利な町。ただ、平岡町はそこではく、もっと内側にある。奥まった場所に。
 チマチマとした庭のないような建売住宅などが結構あるが、そこを通り抜けると、少し趣の異なる家が見える。
 町並みというほどの風景ではないが、長屋の他に、農家のように大きな家も見える。しかし、農家ではなさそうだ。平岡町が村だった形跡がない。大小の村が周囲にあるが、いずれも村跡で、今は農地さえない。
 そこに農家でもない古い家がそれなりに固まっているが、どの道も狭く、町の中央というのもない。神社もない。
 狭苦しい場所に、申し訳程度の児童公園と納屋のような集会所がある程度。
 だからこの町の特徴がなく、そんな町などがあったのだろうかと思うほど。
 狭い道しかない平岡町だが、その道が入り組んでおり、まるで迷路。すぐに行き止まりになるか車両が入れない狭さになる。
 しかし、わざわざこの町を通り抜けるような車はいない。近道にならないためだ。そして用事がない。
 その狭い道を行くと、行き止まりのはずが、左右に抜けることができる。ここは流石に狭すぎる。自転車のハンドル幅の限界だろう。
 そして中に押しいると、塀とか建物の壁が迫るのだが、すぐに抜け、少し広い道に出る。といっても車一台が通れる程度。
 さらに進むと、ぐるぐる回っているような感じになってくる。カタツムリのようにぐるぐると。ただ、カクカクとしており、曲線ではないが。
 どうも中央があるらしく、その中心部が町の一番奥深いところだろうか。
 こういうところに外から来た人が入り込むようなことはない。何かのセールスで来るのなら別だが、用事がなければ、そんな奥の奥の回り込んだ中央部へまで行かないだろう。
 そして、中央部には井戸ぐらいの空き地があり、そこに石が置かれている。一人では運べないほどの石。人が加工したような形だが、石仏の作り損ねではない。動物が丸まっているような形だが、最初からそんな形なのかもしれない。
 謂れ、言い伝えなどは一切書かれていないし、案内板のようなものもない。場所は四方が家の裏側。塀とか壁で囲まれた狭苦しい一角。
 平岡町の横に大きい目の道が走っている。そこから一瞬平岡町が見えるのだが、意識して見ていないと、そういう町があることさえ分からない。
 町の結構が、あの石を守るため、できたとすれば、そのわけを聞きたいところだが、説明はないし、その伝承も漏れ聞こえていない。
 臍石だろうか。
 
   了

 
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2023年05月19日

4858話 火曜


 今日は何もない日。徳田はそう思っている。その日は火曜で、ゴミの日は月曜。そして次は水曜と木曜。さらに金曜日もあるが、これは資源ゴミ。
 土日は何かありそうな日。休みのイメージがあり、これは普通の日ではない。すると、この火曜が目立つ。何もないのだ。ただ、徳田はゴミだけを出すことで生きているわけではなく、ゴミがメインではない。
 しかし、前日に用意しておいた方が、朝、出る時ゴミ袋を出してきたり、括ったりする面倒がない。もし直前だと、それが面倒で出さないかもしれない。
 寝る前に明日はどのタイプのゴミを出す日なのかを確認し、準備する。火曜にはないので、月曜日は寝る直前にそれをしなくてもいい。これが楽なのだ。
 それで、火曜日は何もない日となるのだが、これはゴミ出しを基準にしての話。だが、不思議とこの火曜というのは気が抜けたような日になる。何もなくはないが、何もないような日に。
 この日に何かをやろうという気はないが、やらなければいけないことはやる。だから、積極的にはやらない程度。
 もしかすると、火曜が週の休みではないかと思えるほど。ただの平日なのだが休めるような日。徳田は会社には行っていないので、いつ休んでもいい。土日の休みが習慣化していたのだが火曜のこの間が空いた、または抜けたような日が休みの日にふさわしい。
 徳田は毎日が休みのようなものなので、さらにまた休む日を設けるとなると、これは何だろう。休み疲れて休むようなもの。
 ということは毎日が休みでも休んでいないということ。色々とやることがあり、それをこなしているうちに一日が終わる。これは普段の用事なので、日常の用事。これをしないと寝ているだけになる。
 しかし、その火曜日、何もない休みの日と感じるのは、気持ちの問題で、結局はいつものことをいつも通りやっている。ただ、あまり頑張らないでやるので、それが休んでいる感覚に近い。手を抜くわけではないが。
 そして、その火曜日、いつもとは一寸だけ変えてみたりする。余裕だ。遊びだ。これが休みの日にふさわしいのだが、それほど大したことをするわけではなく、いつもの繰り返しの中に一寸だけ変化球を入れるようなもの。
 あくまでも気分の問題で、具体的な変化は僅か。しかし、それでも火曜日になると、ほっとする。これは前夜からそうで、寝る前、明日は火曜かと思うと、何もないので、結構穏やか。
 何故火曜なのか。それは火曜日はゴミ出しがないだけのこと。この日は徳田が決めたわけではない。
 世の中、そういう成り行きで決まるのだろう。
 
   了
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2023年05月18日

4857話 虫の音


 さほどでもない日々が続いていた。それほどでもない日々に近いが、田村は差ほどでもないと解釈している。差がそれほどないと言うこと。昨日と今日とでは。
 外からの変化はなく、あってもさほどでもないため、乱されることはない。一寸何かがあるとパニックになるわけではないが、気になることが起こると、やはり乱される。ただ、その程度なので、さほどでもない。
 それも程度によるが、その程度が低いと、それほどのことにはならない。
 外からの何かではなく、内側にも外側のようなものがあり、そちらの影響もある。内面という心理的な問題ではなく、体の調子とかだ。
 これは毎日違うが、それほどの差はないので、田村言うところの差ほどではないことになるが、やはり波があり、これは自然に発生するような感じ。
 そして今日の田村は大人しい。静かだ。波風が立っていないのだろう。これは逆に刺激がなく、平々凡々としたもので、何か頼りない。一寸した喜びとか興奮とかの刺激物が欲しいところ。一寸で良い。香辛料程度で。
 しかし、唐辛子は無理だ。ただ、少量なら何とかなる。
 元気があるのかないのかが分かりにくい日がある。特に調子が悪いわけではなく、普段通り。いつもの田村の状態なのだが、何か一寸違う。この何かは一寸分からない。ただの気のせいだろう。
 しかし、そういう日もあってよい。いつも元気が満ち満ちていると疲れる。元気溌剌なのは良いが、持たない。
 それで、少しクールダウンし、大人しくしているのだが、また復活する。また刺激を求めてと言うよりも活気が欲しくなる。唐辛子をなめれば解決する問題ではない。
 しかし、こういうものを解決しても、それほど意味はない。あまり影響はないためと、自然にやって来る波のようなものなので、その変化に任せておいた方が良い。波はすぐに変わり、高くなったり低くなったり、また、なかったりする。
 水面鏡の如しでは退屈だろう。しかし、たまにはいい。
 それで、今日はそういう日かと思ったのだが、小波が立っている。だから鏡としては皺が多い。
 先ほども田村は考えたのだが、内部の中に外部があるようだ。内部だと思っている箇所が実は田村には制御できないし、知りうることもできない外部だったりする。内面から沸き上がる何か。田村自身から発しているのだが、それは田村のようで、田村ではなかったりする。
 そういうのが波風を立てているのだろうか。昔はそれを虫の居所が悪いとなる。良い場合は虫は良い場所にいるのか、元気の良い虫が動いているのか、それは分からない。
 内面の声を聞けとは、虫の音を聞けと言うことだと田村は解釈しているが、聞いているだけで、はいそうですか程度の話だろう。
 それらの虫を使い、役立てるなどは虫のいい話だ。
 
   了
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2023年05月17日

4856話 見る


「雨が続きますなあ」
「昨日も雨でしたね。弱いですが」
「五月晴れの季節なのに、雨が多いです」
「明日も雨らしい」
「まだ続きますか」
「続きます」
「一日ぐらいならいいんですがね。二日は一寸何ですが、三日も続くと、さらに一寸です」
「何が一寸なのですか」
「いや、一寸です」
「しかし、この雨でアジサイには都合が良いかもしれませんよ」
「もう咲いていますか」
「まだ青いブツブツの蕾ですが、咲いている箇所もあります」
「雨が多いと咲きやすいのでしょうか」
「さあ、それは分かりませんが、アジサイは梅雨前にはもう咲きます。五月晴れのカラカラの天気が続いても咲くかもしれませんよ。しかし五月中ずっと晴れなんて年はないでしょ。だから確認したわけではありません」
「私なんて、アジサイなど見ていない」
「生け垣に多いですよ。歩道脇とかに」
「じゃ、見ているかもしれませんが、ほんの一瞬ですよ」
「しかし、目立つはずですよ。それに咲き出すと五月蠅いほどアジサイの帯の幕ができます」
「それも見ているんでしょうねえ。散歩でも行けばきっと見ているでしょうが」
「見えているのに、見えていない。よくあることですよ」
「そうですねえ、アジサイが咲いていても特に問題はないですから」
「そうですねえ」
「しかし、電線はよく見ますよ。電信柱の電線や、電話線のようなものも。中には有線の電線もありますよ。それとか共同アンテナのテレビ線とかも」
「詳しいですねえ。じゃ、道を行くとき、横ではなく、上を見ているのですか」
「さあ、自然と目に入るのです。真上を見ているわけじゃないですがね。それと電柱の形。継ぎ足していたりします。もう一段上に走らせるためでしょうねえ。足りないんです」
「よく見ておられる」
「高い電柱の先にカラスがいます」
「ああ、よく見かけますねえ」
「ダミーです。作り物です。機材などが置いてあるんでしょうねえ。だからそこに止まらないように剣山のようなので囲んでいます。さらにカラスの置物。これはカラスが警戒するのかもしれませんよ。見かけない奴がいるとかでね」
「そんなところまで見ているのですか。双眼鏡がいるでしょ」
「持ち歩いていません。よく見ると、それなりに見えます。逆光だと、一寸苦しいですがね」
「アジサイは見ないが、そういうのを見ると」
「あなたも電線が目に入っているでしょ。だから見ているのですよ」
「特に問題がなければ見ません。それにあまり興味が。あ、それはあなたがアジサイに興味がないのと同じことかもしれませんよね」
「はい、そうだと思います」
 
   了
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2023年05月16日

4855話 使えるやつ


「今度入った毛羽ですが、使えますなあ」
「駿馬じゃ。また才気がみなぎっておるしな。馬鹿なやつだ」
「名を毛馬とあらためたほうが良いようです」
「指摘したようだな」
「はい、講師の間違いを」
「言わぬともいいことを。馬鹿じゃのう」
「手綱も鞍もない裸馬。毛馬ですからなあ」
「毛馬とはそういう意味か。馬なら毛はあろう。言わなくてもいいこと」
「才気が走りすぎでございます」
「他には」
「既に仲間を主導しております」
「雄弁じゃからのう。口が立つ」
「それに言っていることが正しい」
「馬鹿なやつだ」
「呼びましょうか」
「そうじゃな」
「使えます」
「しかし、最近、そんな者はいなかったが、毛羽だけは特別か」
「知らないのでしょう」
「今まで何処にいたんだ」
「ずっと部屋住みで、しかも田舎暮らし。世の中に出るのは、これが初めて」
「道理でな」
「説得できるか」
「毛羽をですか」
「そうじゃ」
「味方に引き込めるか」
「馬には餌。簡単でしょ」
「しかし、食うかな。賢いぞ」
「白崎殿ならば、上手く言いくるめます」
「馬鹿なやつだ」
「良い道具です」
「捨て駒になるのにな」
「毛馬にはふさわしいかと」
 しかし、毛羽は誘いに乗らなかった。
 仲間から忠告されたのだ。あまり目立たないようにと。
 毛馬は賢い若者なので、すぐに理解した。
 最初の頃の勢いは消え。毛羽は大人しくなり、静かな若者になった。
 誘い人の白崎が色々と説いたが、毛羽は乗ってこない。まだ、田舎くさい若者なので、白崎は凡夫と思った。それなら、他の若者も、そんな感じなので、珍しくはない。
「使えませんなあ」
「白崎殿も落胆したようだな」
「どう口説いても、引っ張り込めません。餌も用意しましたのに」
「隠したな」
「おそらくは」
「賢いやつだ。これはますます使えるぞ」
 その後、毛馬は溢れんばかりの才気はまったく見せず。その逆になった。
 
   了
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2023年05月15日

4854話 日常の爆弾


 何気なく過ごしている日常でも、そこに爆弾が入っていることがある。それが爆発すると、町内は空襲に遭ったようになるが、そういう火薬の爆弾ではなく、トラップや偶然の悪い遭遇とか。
 これは地震ではないが、ある程度予想されている。だから知っているのだが、毎日それを確認したりしない。いつ来るか分からないので。しかし、いつ来てもおかしくない頃だったりする。
 それが、今来たかということになるが、その人の物語上、ここで、それが入るのかとなる。大きな災害なら物語が変わるだろう。
 これは事故とか、病とかもそうだ。ここで来るか、という感じで、いきなり来たりする。これも予測出来ることであっても、普段はあまり気にしていない。多少は気をつけるが。これは交通安全や健康に気をつけて、などで、習慣になることもあるが。
 だからといって日常の中に無数の地雷が仕込まれており、踏むと爆発するのなら、歩けない。
 気にはしているが、今ではないだろう、いつかだろう程度。
 本気でそのあたりの日常の地雷を考えると、地雷のタネには困らなかったりする。いくらでも増やし続けることができるが、そこまでは増やさない。ある程度を越えると取り越し苦労になる。
 しかし、その取り越し苦労が当たって、難なきを得たのなら良いが、防ぎようがない場合、同じことだ。ただ、予想をしていたので、少しはクッションになる。
 覚悟ができていたのだろう。しかし、日頃から、そんな覚悟を複数持っていると、苦しい。心配事の塊のようになり、数が多いと、それが起こらなくても爆発しそうだ。
 しかし、ある時は予測したり、覚悟をしていても、しばらくすると、忘れてしまうこともある。
 何が起こっても、その時はその時程度がいいのかもしれないが、未然に防ぐことは難しい。しかし、その防ぐための動きが災いになったりする場合もある。
 何事に関しても超然と構え、などはどだい無理だろう。ただ単に鈍いだけかもしれない。
 しかし、物事が起こってみると、よく出来た話のように思われることもある。自分のストーリーに組み込んでしまうためだろうか。
 
   了
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2023年05月14日

4853話 常識


 古代の歴史が変わり、常識が覆されることがあっても、明日のおかずが変わるわけではない。遠すぎるため。
 認識が変わるとしても、その認識が夕食に影響するわけではない。
 ただ、今までの常識が覆されるのは痛快。常識が変わる。しかし、古代の話となると、それを日常的には関係しないし、またそんなことが普段の話題には上らない。
 ただ、遺跡が発見され、常識では有り得ないものが見付かると、それはニュースになる。だが、これは報じてはまずいものは、出さないだろう。
 それが表に出たとしても、しばらくの間はニュースになる程度で、その話題性は今のものなので、今の話になる。ただ、今、起こっていることではなく、大昔に起こっていたこと。それでもその話が今蘇ったりする。ただし、直接の影響はないが。
 それで、認識が変わったとしても、どの程度それの影響を受けるだろうか。個人の生き方としては参考になる程度とも言えるし、人によっては何かを得たような気になり、何かの後押しになるかもしれない。逆にその新認識により、後退するかもしれない。
 先祖が名家だったことが分かっても、明日のおかずには影響しない。しかし、そのおかずレベルと名家とが合わなかったりするが、では名家ならどんなおかずを食べるのだろう。そんなことを急にやることもないだろう。
 過去のことが分かり、認識が変わるる場合でも、良い事ばかりとは限らない。それよりも、今が大事で、その今に役立つのなら、大いに認識を変えてもいいのだが、本人だけだったりする。
 世の中には常識とされているものがある。それが問題にならない限り、それに従うだろう。そこから外れた方が良いとか、覆した方が有利、ということがなければ。
 常識が嫌いな人でも、結構常識に従っていたりする。気が付かないだけで、かなり従順に。
 常識を疑えと言うことが常識になると。常識がなくなってしまう。これはあるとないとでは建て前だけであっても、あるほうが便利だろう。省略できるので。
 しかし、何もしなくても、常識は変わる。その中でも変わらないものはあるが、それは敢えて語る必要のないものだろう。常識以前にあるものかもしれない。
 
   了
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2023年05月13日

4852話 退屈


 今日は特に何もない平凡な一日になりそうだと田村は思った。面白味のない日。
 では、そうではない日とはどんな日だろう。何か良いことがある日とか、待っていたものが届く日とか。今までやったことのないことを始める日とか、思い付くまま想像したのだが、実際にはそれほどでもなく、かえってしんどい日になったりすることもある。
 企てのない日。これだろうと田村は考えた。企みだ。悪いことを企んでいるわけではないが、一寸し刺激物だろう。これは実際には大したことではなかっても、それが先にあると、少しは楽しめる。そのものを楽しむのではなく、それが先にあることが楽しい。
 遠足の前の晩のように。
 実際に遠足に行くと、それほどでもなかったりするが、これが待ち望んでいた遠足から思うと、楽しまなければ損だという気になる。御馳走を見ているだけではなく、食べているところなので。しかも全てが見たことのない場所。
 しかし、その日は見事にこれといったものがない。いつものことをこなすだけ。しかし、それを安心してこなせない日もある。落ち着きのない日だ。これは何かが覆い被さっているような日だろう。
 いつもの用事は楽しくも苦しくもない。そう言うものだと思っているし、難しいことではない。毎日できることなので。
 しかし、今日は何もない。そう考えることを退屈というのだろうか。毎日同じことの繰り返しではつまらない。一寸した変化が欲しい。そういうものは田村自身が企てたり、発見したりして、見付け出し、少しは刺激を味わう。
 そのネタが長持ちすれば御の字で、これは当分持つ。上手くいけば数日。さらに一ヶ月とか一年も飽きないでやれるかもしれない。流石にそれが毎日なら飽きは来るが、それでもまだ引力はあるようで、引っ張られるものがあるうちは生きている。
 それが一生続くならライフワークになる。そのことをずっとやり続ければ、既成事実として、そうなる。
 田村はそこまで望まない。今日は何もない日なので、少しだけ何かがあればいいだろう程度。これはそのままにしていても向こうからやってくることもある。探さなくても。
 そのためかどうかは分からないが、田村はあまり退屈とは縁がないようで、退屈で退屈で仕方がないという状況は滅多にない。閉じ込められておれば別かもしれないが、普段の暮らしの中で退屈さを感じることはほぼないだろう。
 これは小さな刺激でも、満足を得るためかもしれない。また退屈しないような工夫もやっている。
 しかし、今日は何もない。そういう日は体の力を抜き、気力も抜き、のんびりと過ごせばいいのだろう。
 
   了

 
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2023年05月12日

4851話 詫びの寺


 笹倉家の直系。つまり親から子へ、そして孫へ。さらに曾孫へと言うことだが、三代目の長右衛門の代で最盛期を迎えたが、跡取りがいなったので、長右衛門の弟が跡を継いだ。養子を取れば良いのだが、お家の事情でそうなった。
 長右衛門の上の弟が継いだのだが、下の弟との跡目争いで家が乱れた。二分され、兄弟ともに亡びたようなもの。相打ちだ。
 それで残るのは長右衛門のもう一人の弟の子供が本家を継いだ。しかし、その頃は笹倉は勢力を失い、かろうじて生き残っているだけ。落ちぶれた家なので、跡目争いも起こらず、そのまま代を重ねた。
 鎌倉時代。御家人の一人として名を連ねていたほどなので、名家。由緒正しい家柄だが、鎌倉の時代以前はそれほどでもない。源平の戦いのとき、活躍したので、取り立ててもらったのだろう。
 この笹倉家。戦国時代になると、浪人になる。仕えていた大名家が亡びた。
 それで仕方なく勢いのある出来星大名の家来になるのだが、元を正せば鎌倉の御家人。その戦国大名家の中では一番の名家。ただ、あまり知られた家ではないので、それは黙っていた。
 最盛期の三代目が領していたところがある。ここは善政を敷いたらしく、土地の人も覚えている。鎌倉の時代なので、もうかなり古いのだが。
 笹倉長右衛門。子供がいなかったので、直系の子孫は残っていないが、笹倉の末裔はまだいる。名は隠していないが、由緒のある家だとは誰も知らない。特に名を馳せた人ではなかったので。
 ある日、寺から手紙が来ていた。聞いたことのない寺で、知らない寺。しかし、場所は思い当たる。長右衛門が治めてた地方だ。
 これはあとで分かるのだが、その寺、長右衛門が建てたもの。
 笹倉家の末裔は、縁のある土地へ帰ることも考えた。旧笹倉領内は荒れ果て、何分割かされ、纏める人がいないらしい。
 この地では笹倉の名は大きい。いつ消えるか分からない出来星大名で低い身分のまま過ごすよりもいいかもしれない。
 末裔の当主はそう考えたが、自分にはそんな力はないし、旧領を一つにするとか、そんな大仕事など出来そうにないことを知っていた。
 それに食うに困っているわけではなく、一族も少ない。手足になって動いてくれる家来もいない。
 それでその末裔の当主。話を受けないことにした。そして戦国の世、断絶せず、幕末で続き、今も続いている。
 今の末裔は名を変えている。そしてたまにそっと長右衛門が建てた寺に参ったりする。この人の弟から別れた血筋。没落させてしまったことを詫びに行っているのだろうか。
 
   了
  
posted by 川崎ゆきお at 13:42| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする