2023年09月30日
4990話 弱い話
「弱いものは良いねえ。落ち着く」
「自分よりも弱いものですか」
「それは人だが、それもそうだね。弱い者と言っても弱すぎると気の毒だが、少し下が良い」
「他には」
「弱いものは長持ちする。元気なときは強いものの方がいいが、そうでない場合は。弱い方がこなしやすい」
「それは人でもそうなんですね」
「私は人付き合いはないので、気を遣わなくても良いがね。昔は気になったよ。まあ、誰でもそうだがね。人だけではなく、色々なことでも弱い目がいい。これは元気なときは物足りないかもしれんが、普通の状態なら何とかなる。そして弱っているときなど丁度いい。その調べがね」
「ああ、音楽でもそうですか」
「音楽は聴かないが、昔、聞いた歌などがたまに出るねえ。調子が良いときは悲しいメロディーが来る。逆に調子が悪いときは元気なメロディーがね。それは私が選んで口ずさんでいるんじゃない。勝手に飛び出す。それで今の私の調子が分かったりする」
「健康管理の話ですか」
「ああ、逸れたね。弱いものの話だったね」
「結論を急ぐのですが、早く纏めて頂けませんか」
「ああ、結論なんてない。それに何も論じておらんしね。ただの感想だし、思い付きなのでね。ただ、体験したことなので、想像ではないよ」
「弱いものの何処が良いのでしょうか」
「良くないよね。弱いから。本当はもう少し強い目の方がいいんだ。しかし、それじゃ疲れるし。間が持たん。だから弱いものを選んでいるようなもの」
「はあ」
「弱いものがいいので、選んでいるのではない。とりあえず間に合うからね」
「間繋ぎですか」
「まあね」
「でも本来のものではないのでしょ」
「それが不思議でね。それが本来のものに見えてきたりするのですよ。これは慣れてくると、そうなるのでしょうねえ」
「不思議な話ですねえ」
「本来のものに向かうと疲れるのですよ。それに本来のものなど実際にありませんからね」
「暫定政権のようなものですか。とりあえずの」
「いや、何かよく分かりません。不思議とも言えないし」
「あのう」
「はい」
「結論のある話をお願いします」
「はい、気をつけます」
「あなた、弱いですねえ」
了
2023年09月29日
4989話 神南備山
「神南備山へ行きなさるか」
「よくご存じで」
「この先、その山しかなかろう。見るべきものはな。こんな山道は旅人は通らぬ。だから神南備山を見に来たとしか思えん」
「他にも色々とあるでしょ」
「特にない。この山道、神南備山のために作られた道。道はそこで終わる。まあ、あるにはあるが、人が入り込むような道ではない。山の中で自然にできたような切れ目のような道」
「誰も通らないのですか」
「山仕事の連中ならたまに入り込むかな」
「猟師とか」
「いや、このあたりでは山菜や薬草だな」
「有り難うございました」
「まだ、解説は終わっておらんぞ」
「え」
「神南備山の話じゃ」
「神様のいる山ですね」
「どの山にも神さんがいる。しかし、神南備山は一寸違う。どの山にも神はいるのに、わざわざ神がいる山だと付けておる」
「それで、私も知りました」
「御山が神、御神体。山が御神体なのじゃ。分かるな意味が」
「他の山は山の中に神さんがいるんでしょ。でも神南備山は山そのものが神様」
「おお、理解しておるな。流石に見学に来ただけのことはある」
「ちらっと都で聞いただけです」
「都からか、遠いぞ。ここは」
「遠方に行く用事がありまして、そのついでに立ち寄りました」
「もう着いたも同然だな。ほれ、その松と松の間に見えておる繁み、あれがその山じゃ」
「あ、あれですか、低いし、目立った形をしていませんねえ」
「何処にでもある山の姿じゃろ」
「でも、どうして、聖地になったのでしょ。他の山でも良かったのに」
「行者や山師が特定したんだろ」
「山師」
「鉱山を探す人じゃよ」
「行者の直感ですか」
「山に近付くと、妙な気持ちになる。何か発しているような。それと、昔からの言い伝えもある。あの山は神だと」
「神の住む山じゃなく、山が神なのですね」
「それは先ほど言った」
「でも淋しい場所ですねえ」
「山も深まると、そんなものじゃ。どの山道でもな」
「はい」
「わしら里の者は、ここまでで、そこから先へは行かん。山仕事でもない限りな」
「詳しい話、有り難うございました」
「気をつけてな。山に刺されんようにな」
「え」
「いや、蚊に刺されると痒くなる」
「ああ、藪蚊ですか」
「神にも刺されんようにな」
「あ、はい」
了
2023年09月28日
4988話 感性度
「一つか二つほど前の方がよかったかもしれませんねえ」
「二つほど前は一寸古いのでは」
「三つ前でもまだいけます。以前はそれを使っていたのですからね、最新のものとして」
「当時は新しかった」
「そうです」
「じゃ、今のは駄目ですか」
「余計なものが増えましたねえ。使いもしないようなものが。そして基本的なところは上がりましたが、逆に落ちたところもあります。痛し痒しです」
「痛くて痒い。痛さが痒さになると、治り掛かっているとか」
「そう言う話ではありません」
「失礼しました」
「二つ前、これは改良の余地があるので、一つ前がよろしい。三つ前になるとこれは完成されたものでしょう。今のものより優れている箇所があります。劣っているところもありますが、致命傷ではありません」
「一つ前は分かります。この前まであったのですが、しかし、二つ前になると忘れていたりします。三つ前になると、覚えていても懐かしいだけかも」
「いや、ものにより、一つ前が完成度が高く、今のは、劣るとかもあります」
「それは何でしょう」
「感性です。数値化できない」
「感性。だから感性が良いのが完成度が高いと」
「ここなんです」
「よく分かりませんが、バランスの問題ですか」
「いや、今の方がバランスが良い。そうではなく、方向性の問題でしょうねえ」
「じゃ、感性とは一寸違いますね」
「方向が変わったのでしょ。方針とかが。それで二つ前三つ前のもので向かっていた方角とは違っている。一つ前もそうです。そこから変わったのでしょうねえ」
「一つ前、二つ前って、全てのことに当てはまるわけではないのでしたね」
「そうです。まあ、そんな順序と言うことでしょうか」
「でも、今の時代に合わないのではないのですか。二つ前とか三つ前とかなら、もう昔の遺物のような」
「そうとも言い切れません。三つ前でも十分機能を果たしていた。そのまま今の時代でもいけたのですよ。だから、その後に出てきたものは余計なものだったとも言えます。今風な仮面を付けていますが。そして仮面だけなら良いのですが、中味も変えてしまった。これは別物ですよ」
「何となく分かります。父親の話よりもお爺さんの話のほうが落ち着きますし、曾お爺さんならもっと落ち着くような」
「まあ、それは枯れていくからでしょうが、昔の人ほどしっかりしていた、というのはあるようですね」
「それだけのことですか」
「問題は感性です。数値化できません。だから説明も難しいのです。それに良し悪しは人の感性に依存するので、感じてみなければ分かりません。個人差がありますし」
「新しいものの方がいいような気がするのですが」
「よく見えても、中味は昔の方がよかったというのはあるでしょ」
「ああ、そういうことですか」
「分かりましたか」
「はい、曖昧ながら」
了
2023年09月27日
4987話 神々の深き欲望
何となく勢いがない。芝垣はどうなったのかとやや不安。いつもの勢いが出ないのだ。活気のようなもの。何かに向かうような気構えとか。
良く考えると、仕事が一段落付き、それでほっとしていただけ。また念願だったものを果たしこともあり、それで気が抜けたのかもしれない。
仕事はやらなければいけないが、一寸した欲があり、これは別のことだが、そちらのことも果たした。それで欲が抜けたのだろう。
しかし、芝垣は何故か居心地が悪い。落ち着かない。いつも前向きで、ぐっと向かっている姿勢なのだが、すっと体を起こしたようなもの。前屈みから。
欲が抜けると元気がなくなる。これだろうと芝垣は悟った。これは分かったという程度のことだが。
確かに欲がなくなれば腑抜けになる。ふにゃっとしており芯がない。その芯こそが欲。目的のようなものだろう。
「色々と忙しいんじゃないのか」
「一段落したのでな」
芝垣が訪ねたのは友人宅で、長い付き合い。今では話し相手が少なくなっているので、貴重な存在。また用がなくても訪ねて行ける。
「神々の深き欲望なんだ」
「また、変な話かい」
「欲がないと駄目だな程度の話さ」
「じゃ、芝垣君は神か」
「神々なので、多くいる中のひと柱」
「八百万の神と言うから無限にいるだろ。万物に」
「だから、人も神であってもいいわけだ。何にでも神がいるんだから。人間にもね。そして、皆だったりする」
「全員神なら有り難くないねえ。誰も拝まない」
「その神々、深き欲望で生きているだ。それをエネルギーにしてね」
「そのエネルギーが切れたのかい」
「この前、果たしたから、しばらくは欲なしの神だ。しかし、欲は一つじゃないんだ。小欲、中欲、大欲と欲は無数に、また色々と他にもあるんだ」
「永遠にある。勝手に湧き出すのかな。僕にもあるけど芝垣君ほどには脂ぎっていないなあ」
「でもあるんだろ」
「あるある。芝垣君よりも欲が深いかもしれない」
「まさか欲を捨てる欲を持っているというんじゃないだろうなあ」
「捨てると腑抜けになるだろ」
「そうだったなあ。腑抜けでも良いけど、楽しいとは思えないよ」
「欲とか執着はないとやりにくい」
「固執するとかもあるねえ」
「どれも悪いことだと思われているけど、それがあるから生きていて楽しんだよ。やることができるし。しかも考えなくてもね」
「うん」
「この余は苦で、苦しいことばかりだと言うけど、楽しいこともあるじゃないか」
「苦があるから楽があるか」
「いや、苦がなくても楽はある」
「楽を求めること自体が苦を作るとも言うぜ」
「楽しみのための苦しさなら帳尻が合う。それに苦労して果たしたことはさらに楽しい」
「相変わらず、楽天主義だ」
「考え方、受け取り方を変えても世の中変わらない」
「まだ言うか」
「しかし、表では言いにくいねえ」
「そうだね。ここだから言えるんだ」
「そうそう」
了
2023年09月26日
4986話 予見者
「予見者?」
「はい」
「予言者の間違いではないか」
「見えるようです」
「先のことがか」
「はい」
「どの程度の」
「一寸だけとか」
「その一寸が見えるのか」
「はい、一寸見えるらしいのです」
「見るだけか」
「はい、見ているだけです」
「どれぐらい先のことだ」
「それは分からないようです」
「見たいものが見えないのか」
「はい、一方的に見るだけです」
「どの間だ」
「間?」
「長さだ。見えている長さ」
「瞬間だそうです」
「それではよく見えないだろ」
「サッとですが、分かるようです」
「それを覚えているのか」
「はい、すぐに忘れるようですが、そのときは良く見えているとか」
「しかし、サッと見えるだけ、一瞬では細かいところまでは見えんだろ」
「だから、印象です」
「たとえばわしの場合はどうだ」
「予見者に頼むのですか」
「いや、そうではないが、もし見てもらったとする」
「はい。年寄りになったわしがいたとする」
「まだ、お若いですが」
「時期は選べんようだが、年寄りのわしが見えたとする。その予見者がな」
「はい」
「すると、その年までわしは生きておることになる」
「そうですねえ」
「それだけでも十分かもしれんなあ」
「見てもらいますか」
「しかし、それがわしだろうか。違う者を見たとも考えられる」
「ああ、そこまでは何とも言えません」
「一瞬ではなあ。先々の事柄が知りたい」
「そうなると、予言者です」
「言葉ではっきりと言われた方が確か」
「しかし、世の予言は曖昧です」
「それなら予見者のほうがまだましか」
「頼みたいのですか」
「わしはそのようなものは信じておらん。だから頼まん」
「それはよろしいかと」
「しかし、先々がどうして見えるのかのう」
「見えるから仕方がないと言うことです」
「その予見者の言葉か」
「はい、見たくもないのに、目の前にいる人の将来が見えるとか」
「一刻先も将来、三十年先も将来。どの将来かが分からぬが、昔のことは見えぬのか」
「見えないようです」
「じゃ、先だけか」
「どういたします」
「わしは頼まん」
「そうではなく、処置です」
「人を惑わすということでか」
「はい」
「しかし訴えはないのだろ」
「ありません」
「では、捨て置け」
「はい、そのように取り計らいます」
了
2023年09月25日
4985話 帰って来た兄弟子
帰って来た兄弟子
西方館という私塾がある。藩にもあるが、学問の系譜が違う。
西方覚三という人が開いた。既に亡くなっており、その弟子があとを継いだ。藩の学問所のようなところよりも、優れた門弟が来ている。
その学問、儒学を元にしているが、危険ものではなく、逆に柔らかくした独自の考え。やや安易で生ぬるいが、儒学と言いながら、諸子百家の良いところなどを取り入れている。西方覚三の博識の広さだ。
時代とは逆に穏やかさがある。
そこへある旅人が訪ねてきた。そういうところに来るのだから、それなりの人だろうが、身形は良くない。旅に疲れた浪人そのもので、痩せ細った中年男。二本差しなので、一応侍だろう。
疋田三郎と名乗る。言えば分かると玄関の間に詰めていた弟子に言う。
「疋田三郎」
「はい。そう名乗っています」
「知らんなあ」
「どういたしましょう」
「私は知らないが、先生なら知っているかもしれない。聞いてくる」
先生とは、ここでは塾長のこと。西方館なので、館長だが、塾長とか、師匠とか、先生のほうが呼びやすい。
その先生、西方覚三の初期の頃の弟子。彼があとを継いでいる。優れた弟子だったためだ。また西方覚三の教えを忠実に守っている。そのため、西方覚三がいたときよりも、塾生は増えている。
先生はその名を聞き、思い当たるところがあるようだ。
まさか、今日、ここに来ているとは、信じられないと言うより、滅多に思いだしたこともない人。しかし記憶にはある。それよりも最初の頃は世話になった。この人の兄弟子に当たるのが箕田三郎。そして一番弟子。
本来、箕田三郎があとを継いでもおかしくないが、そこにいたのは短い。諸国行脚したいと言い出し、そのまま出ていった。そして戻ってこなかった。
塾長は緊張した。兄弟子の帰還。歓迎しなければと思い、御馳走を用意させた。
その緊張は、そういうこともあるが、何をしに来たのか。これが不安。
本来、あとを継ぐ人。西方覚三もその気でいたのだ。塾長はそれを知っているし、また同席していた。
しかし、フッと出ていき、戻ってこないのだから、継ぎようがない。それに西方覚三が亡くなったときも、戻っていない。知らなかったのだろうか。
それを今日、知ることになるのだが、彼が出て行ってからの年数を考えれば、寿命の向こう側。亡くなっていて当然なので、知っているはず。
箕田三郎は客間で御馳走を食べていた。その下座に塾長がにこやかな顔で昔の思い出を語っている。
しかし、何か言い出すのではないかと、笑い顔も小さい。
「ちょっと寄っただけでな。他意はない」
「このままここに留まりますか。是非、お戻り下さい」
「いやいや、塾のことなど放ったらかしで、旅暮らし。色々と思案しながらの道中。今だその最中でな。昨日は何も食べていなかったので、この御馳走、嬉しい限りだよ」
「これからどうなされます」
「近くまで来ることが何度かあった。また来ても良いかな」
「また旅へ」
「来たら、また御馳走を頼む」
「おやすい御用で」
塾長はほっとした。
了
西方館という私塾がある。藩にもあるが、学問の系譜が違う。
西方覚三という人が開いた。既に亡くなっており、その弟子があとを継いだ。藩の学問所のようなところよりも、優れた門弟が来ている。
その学問、儒学を元にしているが、危険ものではなく、逆に柔らかくした独自の考え。やや安易で生ぬるいが、儒学と言いながら、諸子百家の良いところなどを取り入れている。西方覚三の博識の広さだ。
時代とは逆に穏やかさがある。
そこへある旅人が訪ねてきた。そういうところに来るのだから、それなりの人だろうが、身形は良くない。旅に疲れた浪人そのもので、痩せ細った中年男。二本差しなので、一応侍だろう。
疋田三郎と名乗る。言えば分かると玄関の間に詰めていた弟子に言う。
「疋田三郎」
「はい。そう名乗っています」
「知らんなあ」
「どういたしましょう」
「私は知らないが、先生なら知っているかもしれない。聞いてくる」
先生とは、ここでは塾長のこと。西方館なので、館長だが、塾長とか、師匠とか、先生のほうが呼びやすい。
その先生、西方覚三の初期の頃の弟子。彼があとを継いでいる。優れた弟子だったためだ。また西方覚三の教えを忠実に守っている。そのため、西方覚三がいたときよりも、塾生は増えている。
先生はその名を聞き、思い当たるところがあるようだ。
まさか、今日、ここに来ているとは、信じられないと言うより、滅多に思いだしたこともない人。しかし記憶にはある。それよりも最初の頃は世話になった。この人の兄弟子に当たるのが箕田三郎。そして一番弟子。
本来、箕田三郎があとを継いでもおかしくないが、そこにいたのは短い。諸国行脚したいと言い出し、そのまま出ていった。そして戻ってこなかった。
塾長は緊張した。兄弟子の帰還。歓迎しなければと思い、御馳走を用意させた。
その緊張は、そういうこともあるが、何をしに来たのか。これが不安。
本来、あとを継ぐ人。西方覚三もその気でいたのだ。塾長はそれを知っているし、また同席していた。
しかし、フッと出ていき、戻ってこないのだから、継ぎようがない。それに西方覚三が亡くなったときも、戻っていない。知らなかったのだろうか。
それを今日、知ることになるのだが、彼が出て行ってからの年数を考えれば、寿命の向こう側。亡くなっていて当然なので、知っているはず。
箕田三郎は客間で御馳走を食べていた。その下座に塾長がにこやかな顔で昔の思い出を語っている。
しかし、何か言い出すのではないかと、笑い顔も小さい。
「ちょっと寄っただけでな。他意はない」
「このままここに留まりますか。是非、お戻り下さい」
「いやいや、塾のことなど放ったらかしで、旅暮らし。色々と思案しながらの道中。今だその最中でな。昨日は何も食べていなかったので、この御馳走、嬉しい限りだよ」
「これからどうなされます」
「近くまで来ることが何度かあった。また来ても良いかな」
「また旅へ」
「来たら、また御馳走を頼む」
「おやすい御用で」
塾長はほっとした。
了
2023年09月24日
4984話 今日の用事
今日の用事
朝、起きたとき、生野は今日は何をする日だったのかを思い出そうとした。
しかし、何もないようだ。何もなくはないが、今日やらないといけない用事は特にない。特にはないが、毎日やらないといけない用事はある。
それに加えて、何か違うことがあるような気がしたのだが、忘れてしまった。きっと暇なときにやろうと決めていたことなのかもしれない。
そういうのは結構あるのだが、そのままになっていたり、うやむやなまま消えている。もうしなくても良くなったのだろう。
しかし、確かに今日、やることがあったような気がする。何処かにメモしたわけではないが、しなくても覚えているはず。分かっていること。
しかし、本当にそんなことがあったのかどうかも疑わしい。すぐに思い出せないのだから、きっと何もなかったのだろう。それでも何か気になる。何かあるはずだと。これは気のせいにしてもいいのだが、やはり気掛かりだ。
もし、それを今日やらないと大変なことになったりする。
だが、うっかりしていて忘れたと言うことも結構ある。あとで思いだして「しまった」となるのだが、これはそのことよりも、忘れていたことで「しまった」となる。大した用事ではなくても、忘れているというのが「しまった」なのだ。
しかし、やはり今日やることがあるような気がする。そこで生野はさらに深掘りすると、これは今日明日の問題ではなく、もっと先のことに関してで、そろそろそれをやり始めた方がいいという件ではないかと言うこと。目先ではない。ずっと先々だ。
方針のようなもので、それは何かをやるとかではなく、やり方の問題のような気がする。そんなことを昨夜考えていたのを思い出す。
だから今日すぐにでもやらないといけない用件ではない。違うところを探していた。
それで、用事を忘れて困るような目先の話ではないので、ほっとした。
しかし、昨夜決めたこと。これは方向性や態度とかの話なので、やることなすこと全てに当てはまるので、結構忙しい。それに気を配りながら、コントロールするのだから、不自然と言えば不自然。
たとえば冷静沈着に心がけていても、驚くべきことがあれば驚くだろう。驚いたあとで、驚きすぎたので、もう少し静かめに驚くべきだったと思う程度。
ここはやはり素直に驚いた方がいい。驚きの感情を控えることもできるが、それは演技をしているようなもの。何処かわざとらしい。
それを考えると生野は昨夜思い付いた明日から始めるその方法がきな臭く思え、自由型に変えた。これはいつもの生田の態度や姿勢に戻しただけ。
しかし、そんな定点があるわけではなく、自然とそうなった癖のようなものだろう。
目先を変えるのはいいのだが、すぐに変えられるので、これは常用できないだろう。
それで生野は、その作戦をやめたので、ほっとした。
生野は何処へ行くのだろう。
了
朝、起きたとき、生野は今日は何をする日だったのかを思い出そうとした。
しかし、何もないようだ。何もなくはないが、今日やらないといけない用事は特にない。特にはないが、毎日やらないといけない用事はある。
それに加えて、何か違うことがあるような気がしたのだが、忘れてしまった。きっと暇なときにやろうと決めていたことなのかもしれない。
そういうのは結構あるのだが、そのままになっていたり、うやむやなまま消えている。もうしなくても良くなったのだろう。
しかし、確かに今日、やることがあったような気がする。何処かにメモしたわけではないが、しなくても覚えているはず。分かっていること。
しかし、本当にそんなことがあったのかどうかも疑わしい。すぐに思い出せないのだから、きっと何もなかったのだろう。それでも何か気になる。何かあるはずだと。これは気のせいにしてもいいのだが、やはり気掛かりだ。
もし、それを今日やらないと大変なことになったりする。
だが、うっかりしていて忘れたと言うことも結構ある。あとで思いだして「しまった」となるのだが、これはそのことよりも、忘れていたことで「しまった」となる。大した用事ではなくても、忘れているというのが「しまった」なのだ。
しかし、やはり今日やることがあるような気がする。そこで生野はさらに深掘りすると、これは今日明日の問題ではなく、もっと先のことに関してで、そろそろそれをやり始めた方がいいという件ではないかと言うこと。目先ではない。ずっと先々だ。
方針のようなもので、それは何かをやるとかではなく、やり方の問題のような気がする。そんなことを昨夜考えていたのを思い出す。
だから今日すぐにでもやらないといけない用件ではない。違うところを探していた。
それで、用事を忘れて困るような目先の話ではないので、ほっとした。
しかし、昨夜決めたこと。これは方向性や態度とかの話なので、やることなすこと全てに当てはまるので、結構忙しい。それに気を配りながら、コントロールするのだから、不自然と言えば不自然。
たとえば冷静沈着に心がけていても、驚くべきことがあれば驚くだろう。驚いたあとで、驚きすぎたので、もう少し静かめに驚くべきだったと思う程度。
ここはやはり素直に驚いた方がいい。驚きの感情を控えることもできるが、それは演技をしているようなもの。何処かわざとらしい。
それを考えると生野は昨夜思い付いた明日から始めるその方法がきな臭く思え、自由型に変えた。これはいつもの生田の態度や姿勢に戻しただけ。
しかし、そんな定点があるわけではなく、自然とそうなった癖のようなものだろう。
目先を変えるのはいいのだが、すぐに変えられるので、これは常用できないだろう。
それで生野は、その作戦をやめたので、ほっとした。
生野は何処へ行くのだろう。
了
2023年09月23日
4983話 はいどうぞ
「涼しくなりましたなあ」
「鈴虫も鳴いてます」
「涼虫ですな」
「夏でも鳴いてますが、今頃の音が澄んでいて良いかと」
「そのうち彼岸花も咲くでしょなあ」
「はい、夏ともお別れです」
「過ごしやすくなって良いのですが、何故か物悲しい」
「出ましたね。十八番の物悲しいとか、いと淋しいとかが」
「ああ、口癖です」
「真夏でも使ってましたが」
「全てのもののには悲しさや寂しさがあるのですよ」
「侘しいとかは」
「それは貧乏だから。しかし、質素なものに憧れるかもしれませんね。物持ちは」
「もっと欲しがるんじゃないのですか」
「それが面倒になるんでしょ」
「ああ、なるほど。そんな身分になったことはありませんので、よく分かりませんが、道具に凝り出したことがありましてね。同じようなのをいくつも集めた」
「ほう」
「しかし、満足を得るものは見付からないので、さらに集めていましたよ。どれも普通に使えば使えるんですがね。より以上のものが欲しかった。あの道具にはできるのに、この道具ではできないというのがありましてね。できないわけじゃないけど切れが悪いとか。その逆もあります」
「何か、語り始めたようですが、長くなりますか」
「短いです」
「じゃ、どうぞ」
「両方兼ね備えた道具があるはずだと探したのですが、それは無理なんです。存在しないことが分かりました。矛盾してますからね。それで」
「そこで終わりですね」
「はい、それで、一つだけ残して、あとは売却したり、人にやりました。まだ、残っていますが、放置したまま」
「そこで終わりですね」
「あと、もう少し」
「どうぞ」
「物持ちほど物を捨てるというのが分かる気がします。いっそないほうが清々するとか」
「しかし、道具よりも、それを探しているときのほうが楽しかったのではありませんか。おっと話を長引かせそうな問いかけでした」
「いや、切ります。このへんで」
「そうして頂くと、都合が良い。次は私の番ですから」
「番?」
「喋る番です。残り時間が少ない。あなた、語りすぎたんですよ」
「すみません。延長しても結構です」
「いや、長話にはならないので、大丈夫です」
「はい、ではどうぞ」
「あれは私が子供の頃から大人になるまでの間に起こった様々なことで、それを一つずつをお話ししていこうと思うのですが」
「大長編じゃないですか」
「長い話ほど短い」
「そうなんですか」
「じゃ、語り始めます」
「あ、はい、どうぞ」
了
2023年09月22日
4982話 運命鑑定
運命鑑定と書かれた看板を田坂は見る。
そこは下町で、商店街から抜けたところ。住宅地だ。
その安アパートの二階の窓にその看板。運命鑑定としか書かれていないが太い文字。情報はそれだけでいいだろう。
田坂は何の気なしに、その二階へ上がった。廊下があり、各部屋が並んでいる。看板があった部屋は二つ目の窓だった。だから二つ目の部屋がそうだろうと思い、ノックした。
どうぞという声。結構早い。
白髭が口から顎に掛かっている。首のところにも毛が見える。しかし顔は剃っているようだ。その白髭も看板のようなものだろう。
服装は年寄りがよく着ているようなゆるいもの。これは鑑定をする占い師の服装ではない。
しかし、ここで寝泊まりをしていないようで、生活臭さがない。事務所のように使っているのだろう。またはテナントのように。
そのため、二間ある部屋の大きい部屋にテーブルがある。すぐ後ろは窓。そして看板の影が見えている。看板が雨戸のように大きいので、一寸暗いが。
「占って欲しいのですが」
「何を」
「だから、表の看板のように運命です」
「占うも何もない。運命は決まっておる。占い方で変わるわけがない。だから占いではない。事実をわしは言う。いいかな」
「はい」
「本当にいいのかな。これは君の運命を明かすことになる。本当にいいのだな」
「僕はどんな運命なのでしょう」
「聞きたいか」
「はい」
「覚悟はできておるなあ」
「何かよくない運命なのですか」
「それはこれから見る」
「何処を」
「君からだ」
「道具とかは使わないのですか」
「それは占いじゃ」
「じゃ、予言ですね」
「わしのには裏がない」
「じゃ、裏ないですね」
「余裕があるのう」
「その前に鑑定代なのですが、どのタイミングで」
「払いたければ勝手に払いなさい」
「え、商売にしていないのですか」
「客など滅多に来ん。商売にならん。だから趣味じゃ」
「じゃ、普段は何をされているのですか」
「本を読んだり、テレビを観ておる。ここは書斎で借りているようなもの」
「お金を取らない占い。いや、予言ですか。怖いですねえ」
「では、見てやろう」
白髭は目を閉じ、じっとしている。特に芸はしない。
しばらくして「分かりましたか」と聞く。
「何となくな。将来の君を見た」
「どうでした。僕の未来はどうなっていました」
「悪くもないし、良くもない」
「良かった。悪ければ、何とかしたかったのですが」
「運命は変えられん。だから何ともできん。だから先のことなど聞くのは怖いはず。覚悟がいるはず。良い未来なら、聞くと安心する。怠けるかもしれん。だから、聞くものではない」
「でもここは運命鑑定所でしょ」
「ただのアパートの二階の畳の間じゃないか。六畳の。そこにテーブルを置き、ソファーを置いておる。これだけでも妙じゃないか」
「そうですが」
「ここに君は来た。それも運命で決まっていたんだ」
「でも来ないこともできましたよ。一寸迷いましたから」
「その迷うことも決まっていたんだ」
「はあ、じゃ、どんな動きをしても無駄なのですね」
「無駄な動きをすることも決まっていたんじゃ」
「じゃ、ここで、こんな話をすることも決まっていたのですね」
「そうじゃ」
「それって、身も蓋もないって言いませんか」
「そう言うセリフを吐くことも決まっていたんじゃ」
「これは叶いません。もういいです」
「君の未来を聞きたくないのか」
「さっき聞きました、良くもなく悪くもなくって」
「そうだったな」
「これ、お礼です」
田坂は万札を渡した。鑑定料の相場が分からないので、釣りをもらうわけにはいかない。千円札は一枚しかなかった。
ここで、万札を出すというのも、決まっていたのだろうか。
了
2023年09月21日
4981話 世が世なれば
篠原は血筋はいいのだが、今ではもう役に立たない。篠原一族の本家で、その直系で、何代目かに当たる。しかし、それが役に立つことはあまりない。
篠原家の家老の家柄の子孫が今の篠原の上役。この偶然に驚いたが、その地位が逆転することはない。
家来のほうが偉いのだ。しかし、実力でそうなったのではなく、長く勤めており、程々の成績なので、部下を持つ地位になっただけ。
その部下が主君の子孫と言うこと。その子孫が弱いので、逆転したわけではない。新卒で入社。最初から高い地位など不可能。
それ以前に篠原家は大名として明治まで残らなかった。小藩で一万石あったが、取り壊されている。これは江戸初期のことなので、長くは続かなかったのだ。
室町時代の動乱期、のし上がってきた豪族に過ぎないので、由緒正しき家柄ではない。
その頃からずっと家老として付き従っていた家来が、先ほど触れた篠原の今の上司。
その上司も篠原の身元が分かってからやりにくくなった。元主君。しかし、今はその間系ではない。
だが、上司はその部下に一寸だけ遠慮気味。もう遠い時代で、歴史の中でも出てこない家柄。ただ、江戸時代の初めに一万石を領し、藩主だったので、記録はある。ただ、一般的には知られていない。
また藩主だった頃の領民も、すぐに別の藩主と変わったので、エピソードも残っていない。短い期間だったのだろう。
それと出身地の村では流石に篠原家は名家だが、何せ室町の頃だし、その後、その村も領主が次々に変わり、地元の人も入れ替わったりした。
明治の頃の篠原家はただの百姓で、細々と生き延びていた。家来などもう関係がない。
そんな篠原の子孫なので、先祖は殿様だったことを言っても、没落の印象しか残せないだろう。
上司と部下。関係が逆転しているが、上司は主君ではない。会社なので。
世が世なれば、ということだが、その世とはどんな世だろうか。
了
2023年09月20日
4980話 おしまい
「島田君か」
「はい、少しおかしいのです」
「個人的体験が効いているのだな」
「そうだと思います。特殊は考えを持っているようですが、僕らには分かりません。そういうものかと思う程度で、そういう考え方もあるのだなと」
「島田君はそれを押しつけてくるのかね」
「そんなことはありませんが、どうもそれに縛られているようで」
「おかしな話か」
「一寸常識とは違います」
「離れすぎか」
「逆だったりします」
「それは皮肉じゃないのかね」
「いえ、本当に信じているようです」
「ほほう、島田君は信じるものがあると」
「僕らにはありませんが」
「私にもそんなものはない」
「でも島田君にはあるようで」
「しかし、妙な考え方なんだろ。一般的には通用しないような。だから君にも理解できない」
「理解はできますよ。言ってることは分かりますが」
「理解できるのなら、分かるということだろ」
「頭では分かりますし、理屈も分かります。しかし」
「しかしの先だね。しかしが付くと信じにくい」
「信仰じゃないですが、納得しきれないのです」
「それは島田君の体験から来ているからだよ。それが効いていると言っただろ」
「僕らには効きません」
「島田君のような体験をしていないからだ。当然だ」
「でもそれに近いものはあります。でも浅いです。島田君のように奥までいってません」
「想像はできるのだね」
「はい。しかし、実感が伴いませんから、しっくりとはいきません」
「そんなものだよ。個人的すぎるんだ」
「島田君もそう言っています。個人的すぎると」
「分かっているじゃないか。島田君も」
「何でしょうねえ」
「一人で宗教をやっているようなものかもしれん。教祖一人で信者一人。どちらも島田君だがね」
「そんな感じですが、植岡君は一寸傾いています」
「島田教にかね」
「そうです。一部思い当たるところがあるのでしょ。全部じゃないので、一寸だけ」
「植岡君に都合の良いところがあるんだろ。そこに刺さったんだ」
「しかし、どうなんでしょうねえ」
「私達はよくある経験しかしていない」
「そうですねえ」
「だから発想が違うんだ。そして根が深い」
「僕ら凡人にはついて行けません」
「いや、口に出さないだけで、特殊な体験は誰だってやっているかもしれん。言わないだけ。それを表に出さないだけ」
「え」
「それを出しちゃ、おしまいなんだよね」
「島田君はそのおしまいをやっているのですね」
「この話も、もうおしまいにしよう」
「あ、はい」
了
2023年09月19日
4979話 強すぎた家臣
よくあることだが手柄を立てすぎた。
主君よりも人気があるし、また人柄もいい。できた人物で、人望もある。主君の大叔父の息子なので、同じ一族。
兵も多く持ち、この大名の主力軍でもある。領主の直属軍よりも強く、常に前線で戦い、敵を蹴散らす。
この家臣のお陰で、領土も拡大した。そのため、主君に次ぐ大きな領土を与えられている。当然だろう。同じ一族で、重臣。頼りになる大叔父の息子だ。
「手柄を立てすぎたようですな」
「わしがやらなければ誰がやる」
「当然でございますが、ちと目立ちすぎ」
「もう、大きな戦いはないはず。わしの出番もな。だからもう目立つことはない」
「問題は跡目争いです」
「殿には立派な跡取りがおるではないか」
「お前様の息子がよろしいかと」
「誰だ、そんなことを言うのは」
「もっぱらの噂です」
「それはない」
「しかし、同じ家系。継いでも不思議ではありません」
「それはない」
「だから、このあたりが引き時。もうあまりいいことは起こりませぬ。悪いことばかりになりますのでな」
「うむ」
「力を付けすぎた家来。これは主を食う。よくあることです。だから、早い目に」
「隠居するのか」
「殿から頂いた領土、小分けしてご子息や縁者に」
「わしはどうなる」
「一ヶ村で充分。命あっての話」
「わしは狙われているのか」
「お前様が乗っ取るのではないかと」
「誰じゃ。岩田か、竹下か」
「殿も、それを信じるようになったとか。これはもういけません」
「もしそうなら、逃げ出すしかなかろう」
「本城からの呼び出しがあれば、それでしょう。やられます。だから行かないように」
「隠居届だけでいいのか」
「今なら、逃げなくても大丈夫でしょう。我が軍のほうが強いのですから」
「それで、呼び出して暗殺か」
「はい」
「よくそこまで見えておるのう」
「よくあることですから」
隠居届と領地の小分けで難なきを得たが、その後、隣にまで迫っていた新興勢力が攻め込んできた。
主力軍であり、精鋭部隊は解散していた。大叔父のその息子、村で兵を集めたが数十人。何ともならない。
これはやられると思い、隠居の次は帰農した。そため、今もその豪農屋敷は何度も建て替えられたが残っている。
了
2023年09月18日
4978話 ニュートラル
「今日は普通だ」
「はい」
「元気はないことはないが、それほど元気ではない。といって元気が全くないわけじゃない」
「はい」
「ニュートラルだ」
「じゃ、何処にもギアが入っていないと」
「入れていないだけ」
「でも、何処かに入ってるでしょ」
「私は車じゃない」
「分かってます」
「中間と言うことだ」
「中立のような」
「誰と」
「中間の方が分かりやすいですねえ」
「しかし、ど真ん中なんてない。まあ、あまり偏りがない程度。これはいつでも変わる。何かあるとね。だが、あまり変えたくない。どちらとも言えない状態を維持したい。どちらかに傾くと面倒だからね」
「それで今日なのですが」
「決断しないと駄目か」
「もうギリギリです」
「面倒だな。中間のままでは駄目か」
「どちらかに決めて頂かないと」
「じゃ、中立を守る」
「中立は駄目です。決めていないことになります」
「じゃあ中間で行く」
「同じです。決めていないことには変わりありません」
「今、有馬温泉と言わなかったか」
「言ってません」
「実は中間なんてないんだ」
「そうです。どちらかに決めないと」
「今、ナイトと言わなかったか」
「騎士ですか。言ってません」
「実はどちらかに傾いているんだがね。私の中間は」
「じゃ、決まっているじゃありませんか。明言を」
「明言、大層な。名言も大層だがな」
「榊原さんでよろしいですね」
「最初からそうなんだが、宣言しないといけないか」
「榊原さん寄りであることは周知の事実です」
「じゃ、わざわざ言う必要はあるまい。もう決まっているんだ」
「まだ、中間に拘りたいですか」
「だから、私の中間は、その位置なんだよ」
「榊原さん寄りでよろしいですね」
「どちらかというとね。あまり積極的じゃないが」
「では、そのように計らいます」
「今日はニュートラルなので、反対もせんし賛成もせん」
「やはりギアが入っていないのですね」
「ああ、下り坂なら進める」
「あ、はい」
了
2023年09月17日
4977話 退屈男
「最近は何処へ向かわれていますか」
「大人しいものに興味があります」
「ほほう、それは方針が変わられましたか」
「そうですねえ。大人しいものでは退屈なのですが、大人しくないものは疲れるのです。それに、さらに進むと、もっと疲れます」
「でも大人しいものは退屈でしょ」
「はい、ですが、その退屈もよかったりする」
「退屈が好きなのですか」
「退屈男ではありません」
「じゃ、大人しくないものへの興味は薄れたのですか」
「ありますが、先ほど言いましたように疲れるのです」
「集中できるからでしょ」
「あまり集中したくないようです」
「人ごとのように」
「少し引いてみると、分かります」
「では退屈を楽しむと言うことですね。やはり退屈男だ」
「いえ、大人しいものの中にもあるのです」
「何が」
「興味深いものが」
「ほほう」
「これは大人しくないものよりもよかったりします」
「静けさの中に一寸した波風ですか」
「波風だけでは疲れるでしょ。それに落ち着かない」
「静かなものは落ちつく。まあ、そうなんでしょうがね」
「大人しいものばかりに接していると、そうでないものが目立ちます」
「普段穏やかなのに、嵐が来ると、目立ちますねえ」
「そうです。低く構える方がいいかと」
「嵐が来たときは低く構えるのですか」
「いえ、普段から低く構えるのです」
「それで最近、あなたは腰が低い」
「それは腰が悪いからです。誤解です」
「でも前屈みのほうが腰には悪いのでは」
「それは私の骨格の曲がり具合で、その方が安定するからです。疲れませんし」
「あなたが言っていること、よく分かりません。思い当たらないので」
「大人しいものだけが良いと言っているわけじゃないのです。そこを標準にした方が安定すると言うだけです」
「そういえば私も遠くまで来たものだ。たまには引き返したいことがあるよ。あの頃に」
「進みすぎたのですよ」
「まあ、参考にしましょう」
「はい、どうぞ」
了
2023年09月16日
4976話 勝手に治っている
放置していると治っていることがある。電化製品でもそれがあるので不思議だ。
きっとそれなりの理由があり、カラクリがあるのだろうが、故障したと思い、そのまま放置し、半年ぶりにスイッチを入れると、治っている。
故障する前からスイッチは入るのだが、その後の動きが悪い。使えないほど。
変な音もするので、これは危険だと思い、田中は放置した。
日々の暮らしや仕事で使う必需品ではないので、不便は感じなかったが、結構高価だった。そしてその電化製品の効果がよかった。この効果、なくても困らないのだが、あった方がいい。まあ、趣味に近いだろう。
それよりも、放置している間に何故治ったのだろう。保証書もあったが、邪魔臭いので、捨てるつもりだった。しかし、なかなかゴミとして出せないまま、置いていた。
ある日、それを手にした。普段はしない。手の届くところにあるのだが、その棚はあまり使わないものを入れる一時置き場のような棚。そこにそれを投げ入れていたのだが、どうして手にする気になったのか。
それは待ち時間。出掛けようとノートパソコンを鞄に入れようとしたとき、更新のため再起動しなさいとなっていた。それで再起動したのだが、そこからが遅い。なかなか終了しない。起動しないのだ。
それで他の用を少しやるが、まだ。
他にやることがないので、その時ふっとその電化製品を手にしてみた。捨てることになるのだが、その前にもう一度触ってもいい。
幸いバッテリーは残っていたようで、起動した。問題はそのあとだ。妙な動作音がし、故障してますよと告げられたのだが、今回は音はし、振動もあったが、そのあと治まった。まるで治ったかのように。
故障したとき、何度も試したのだが、結果は同じ。もう手はない。そこまで試してみたので、もうやることはないので、諦めた。
今回正常に作動した。放置していると治る。というようなことがあるわけがない。人ならその相手が変化し、関係が治ったりするかもしれないが、機械もので、しかも電気物ではそれはないはず。
田中は喜んだ。半年間使えなかったが、使えるようになった。また、その電化製品、買ってすぐにそういう状態になった。落としたためだ。
その傷が半年で癒えたのだろうか。そんなわけがない。それよりも、何故諦めていたそれを、その日、手にしたかだ。半年間触れたことはなかった。
それはパソコンの更新時間が長いので、余計なことをした。触る必要のないものを触った。しかし、ノートパソコンの更新時間が長いことはよくあったが、別のことをしている。
その日、田中は体調が悪かった。一寸しんどい日で、たまにある。それと関係しているかどうかは分からないが、体調を崩したままの電化製品をふと見たのだ。田中から少しだけ見えている。二度と見たくない品だが、お前も具合が悪かったなあと言う何かが起こったのだろう。
それで、治っていることを知り、そしてノートパソコンを鞄に入れ、やっと出掛けることができた。
何となくだが、体調が悪いことを忘れたような外出だった。
了
2023年09月15日
4975話 道を変える
一つ道を変えると、違った風景になる。
いつも通る道筋。これは決まっている。いつの間にか決まったのだろう。
一本道なら変えようはないが、並行して走る道に変えることはできる。そちらは遠回りになるので敢えて選ぶことはない。
平田がいつも通る道。いくつも曲がり角があり、何処で曲がっても似たようなもので、距離的には変わらないのだが、やはりよく通る道を選ぶ。
これは選ぶも何も勝手に曲がっていたりする。たまに行きすぎることもあるが、作為的ではない。
平田はその日、作為的に道を変えた。どうして変えたのか。
理由は、たまには違う道を通るのも良いだろうという程度。しかし、これは余裕だ。考えること、思うことは他にも色々ある。通り道のことなどはどうでもいい。通れなければ別だが。
だから敢えて変える必要はないし、そんなことは普段からも考えていない。
ところがその日の平田は違っていた。道だけの問題ではなく、一寸違ったことをしてみたいと言うこと。これは大事なことなら下手に変えるとあとが面倒。道なら、問題はない。
そしていつもは入り込まない道に入った。少し遠回りになることは分かっていた。そこが犠牲になる。移動のために時間を使うため。
まず、その決心。覚悟。これも大層な言い方だが、道を変えることで、そのあと、影響が出る。その覚悟。これはいつもの道なら、そんな覚悟はいらない。
そして入った道。そこは何度か通ったことがあるので、知らない道ではない。町並みも覚えている。特にどうということのない風景。いつも通っている道筋の風景とそれほど変わらない。
その違った道、姿を現した。その沿道。
以前と変わっていないように思えるが、かなり前なので、少ししか覚えていないので、以前はどうだったのかも曖昧。
そして、その後、起こった変化もあるだろう。更地になったり、庭木が伸びていたり、空き家になったのか、門に蔓草が巻き付いていたり。
一年ほど前、一度通ったことを平田は思い出す。その一年分の変化は平田が見ていなくても起こっているだろう。平田が通ったとき一年分の変化をサッと表示されたわけではない。見るまでは分からないのだが、見ていなくても動いているだろう。庭木は伸びる。平田が見ていなくても。
一年前に通ったきりの沿道。覚えているものもあるが、忘れているものもある。こんな建物があったのかとかと思うのは忘れていたためもある。
また新たにできたものは忘れるも何もない。記憶になくて当然。しかし、全体は何となく覚えているもので、違和感はない。
一年前の風景、それは平田の記憶の中だけにあるわけではない。ただ、印象は違うが、同じものを見ている人がいるだろう。近所の人や、その通りの家の人とか。配達の人とか。ただ、普通の通行人は少ないようだ。
風景も動いている。ずっと営業中。平田が見ていようが見ていまいが。
道を変える。それは、一寸積極的。一寸だけ揺さぶってみたかっただけなのかもしれない。
平田が違った道に入り込んだのは、そういう盛り上がりのある日だった。
了
2023年09月14日
4974話 面を上げよ
志村郷にややこしい男がいる。百姓だが土地を持っていない。小作人をやっていたこともあるが、やめている。
生業は手伝い。ただし田んぼは手伝わない。忙しい時期、人出がいるのだが、知らぬ顔。性に合わない。
そんなややこしい男でも、村は抱えている。それぐらいの余裕があるし、他の人ができない嫌仕事をやってくれる。やると穢れるような。しかし、その男、進んでやる。
狐に憑かれた村人が出た時も、活躍し、狐を落としている。一人ぐらい、そういう人材がいてもいい。困ったときに、役立つこともあるので。
そんなとき、志村郷で刃傷事件が起きた。旅の侍が斬りつけられたのだ。役人が来て調べると、どうもあの男が怪しいとなる。
見かけからして不審。他の村人とは違う。いかにもやりそうな男で、すぐに捕らえられた。男は抵抗しなかった。
しかし、確証があったわけではない。その男が武家に斬りつける理由がない。もしかすると、誰かから頼まれたのではないかと思い、厳しい取り調べがおこなわれた。拷問とまではいかないが。
それで自白すれば、簡単。
だが、白状しない。
男は、そんな武家は知らないと言うし、また村人も、そんなお武家様が村に来ていたことも知らない。誰も見ていないのだ。
その武家、斬られて怪我をしたわけではない。ただ、けしからぬ村だと怒っている。襲ってきた男は顔を隠していた。
取り調べの役人も、形だけでいいだろうという感じで取り上げた。大した事件ではない。
そして、その武家、ある日、消えてしまった。取り調べが長引いたため、長居できなかったようだ。
武家は牢のその男を見たが、分からないという。
しかし、あの男も、あの武家も、何かおかしな雰囲気。
それで、面倒なので、その男を解き放すことにした。
その前に、村人達からの陳情があり、さらに大庄屋が直接来て、助けに来ていたのだ。
流石に役人もそれで折れた。それに、この件はもう早く終わらせたかったのだろう。
男は縄を解かれ、役人達のいる場所に連れてこられた。土下座している。
奉行格の役人が面を上げよと、男に言う。
どんなやつかを見たいのだ。取り調べは下の役人がやっていたので、上役は初めて見る。別にわざわざ見なくてもいいし上役の出番でもない。
「面を上げよ」
「ははー」
「面を上げよ」
「上げております」
「それがそちの顔か」
「はい」
「嘘をつけ、まだ俯いているではないか」
「上げております」
他の役人や、見に来た村人達は顔を上げているのが分かるが、その上役には見えないらしい」
「面を上げろというのが聞こえぬのか」
「上げております」
横の役人が、上げていると上役に伝える。
上役も、そうなのかと思い、それ以上言わなかった。
この上役、後に、その男のことを妖怪だと記している。妖怪を見たと。
では、その上役、一体どんな顔を見たのだろう。まさか顔か頭かが分からないような顔だったというわけではあるまい。
この上役も怪しい。
了
2023年09月13日
4973話 奥の欠片
今まで見えなかったものが見える。しかし、見えなかった頃の方がよかったのかもしれない。
より見えるのだが、大した違いがなかったりする。逆に見えなかった時代でも、その欠片は見えていた。それが拡大され、詳細になるが、それほど変わらない。意味としては似たようなもの。
見えていないことで想像で補ったりする。それが見えてしまってもさらにまだ奥があり、まだ隠されている。
それさえも見えるようになると、もう想像する必要はないのだが、それがそのものの全てではなく、さらにその奥がある。
奥は何処までも続くわけではないが、その先はもう別のものになる。つまり最初に見ていたものとは意味が違ってくるし、もの、そのものが逆に分からなくなるほど。
片鱗や欠片、何となく分かる程度だが、そこは日常範囲内で、いつもよく見ているものの範囲内。
一歩踏み込むと、日常からも少し離れ、別に専門的な世界というわけではないが、何の気なしに見ていたものとは違ってくる。
奥に入り込むほどそうなる。より詳しく分かるのだが、部分的になり、全体が視界から消えるようなもの。
ぐっと引けば見えるのだが、全体を見ながら、詳細も見たいというのがある。これは視覚だけの話ではない。
見て見ぬ振りをするのではなく、もっと見たいのだが、実際には見えない。だからよく見ているので、見ていないや、見ないのとは違う。
見えないものを見る。それはできないが、想像はできる。その一つ奥にあるものは他にも類があり、それを知っているため。おそらく似たようなものがあるだろうと。
だから隠れて見えていなくても、想像は付くということだ。おそらく大きな間違いはないが、想像なので、そのものの実際ではない。だから見えないものはずっと見えない。代わりのものを当てはめる程度。
見るというのはきりがない。何処まで見えればいいのかは、程度による。一番奥まで行った場合、何もなかったりする。だから見ていないのと同じ。
これは奥の奥の果てまで行くと、もう付いて来れないのだろう。感覚が。
程々の見え方。これは日常からは離れていない。その範囲内だ。
ここで見えているものだけでも充分だったりする。たまに見えないはずのもの、欠片や片鱗が見えることもあるが、その程度でいいだろう。
了
2023年09月12日
4972話 日常シーン
いつものことがいつも通り行かなくなったりする。
そしてまた戻っていたり、そのまま終わっていたり。
また、新しいものがいつもの中に加わったりする。これは日常と言うより、その日の一シーン一シーンのこと。
食べているシーンもあれば、仕事をしているシーンもあるし、遊びに出ているシーンもある。
これはいつもではないが毎日何処かへ遊びに行っているのなら、それはいつものシーンになる。
ただ場所変わるが、大枠は同じだ。遠い近いもあるし、見るもの触れるものも違うが。
いつもの茶碗。それに模様や絵が入っていたりする。色柄、絵柄など。そういうものは見ているようで見ていない。
洗うときは見ているが、茶碗として見ており、じっくりと色柄までは見ていない。
ご飯を食べるときは上から茶碗を見ている。かなり距離は近い。しかし茶碗そのものよりも、ご飯を見ている。またはおかずばかり見ているとか。
茶碗は変わらないが、中のご飯は刻一刻と変化する。食べると減る。それだけだ。当たり前の変化。
ご飯の残りとおかずを計算しながら食べているわけではないが、ご飯が余りそうだと、多い目に箸で挟む。ご飯だけ残り、おかずがないと食べにくい。それとおかずばかりを沢山食べると、ご飯が残る。
逆にご飯を先に食べてしまい、おかずが残ることもあるが、これは残してもいいおかずだろう。一食分としては多すぎるもので、保存の利くもの。
さて茶碗の色柄、絵とか模様とかが入っているタイプだが、しげしげと見ることは少ない。殆どなかったりする。
しかし毎日それを手にし、目にしている。意識して絵柄までは見ないだけだが、もし見たとすれば、いつもとは違うだろう。そういうシーンは毎日ない。見えているのだが、じっくりとではない。
だから毎日同じシーンの連続でも、見方によると、別のシーンが挟まれる。大枠は同じなのだが、ポイントが違う。
これは毎日同じことの繰り返しなので、飽きたからではない。逆にあまり考えないで自動的にやっている。
だから違うことをしたいとかを思わない限り、自動的に次のシーンへと移る。これだけでもなかなか大変で、そうならないこともある。
また、一寸した狂いや違いが出てきて、調整しないといけなかったりする。良い違いが出るのなら、喜ばしい。たまに起こる。そんなラッキーも含まれているにだが、少ない。
当然、人との交流シーンでも、日により相手の様子が違っていたり、変化していたりする。大枠、シーンは同じなのだが、一寸演技や演出が違う。
日常標準コース、そんなものはないのだが、なんとなくシーンの並び、順序やネタが出来ている。何十年も変わらないわけではないので、固定したものではない。ただ大枠は似ていたりする。
了
2023年09月11日
4971話 妖怪は外にいる
夏場暑いので、活躍していなかった妖怪博士だが、秋風が吹き出す頃、ようやく動き出した。冬眠ではなく、夏眠。
しかし、暑くて寝てられるものではなく、睡眠時間は逆に短い。そして昼間は長いのだが、何することなく、だらっとしていた。この箇所では動きがない。そのため夏眠。
ただ、じっとしていたわけではなく、妖怪について考えていた。しかし真夏の夜の夢のように、それは妙なもので、まともな研究内容ではない。ただの妄想だろう。
ただ、妖怪そのものを研究する場合、この妄想を大いに働かせないと、解き明かせない。ただ、妖怪の実態を明らかにしても、世間での価値は低く、戯言に近い。
妖怪に姿を与えるのは人々の妄想から。想像した形。その後、その形が広まると、そういうものを実際に見たとなる。想像ではなく妄想でもなく錯覚でもなく。そういうものがいると。
これは形を知っているからで、知らないと、ただの妖しげな雰囲気で終わるだろう。または怪現象として。
妖しく怪しい事柄。これが妖怪。
この妖しいの中に、見たことのないややこしい姿の動物的なものを見出せる。
ただの火の玉なら怪だろう。ただ、その火の玉の中に目鼻があったりすると、妖だろう。怪しいやつを通り越している。
妖怪博士はそんなくだらない分類をしていたのだが、他にも妖怪は何処にいるのかも考えた。
これは頭の中で発生したと解釈しないで、外にいると思っている。妄想や幻覚は内側。頭の中で沸かしたもの。しかし、妖怪は頭の中ではなく、外にいる。
どういうことか。
外にいるから他の人にも見えるのだ、または感じたりする。そして同じものを見ている。外にいるというのは、そういう意味だが、これは解釈が難しい。
確かにヘビを怖がるとかの共通したものがある。その人だけではなく。怖がらない人もいるが。
しかし、共通に持っている感覚ではない。それなら頭の中にいることになる。
ただ、ハイブリッドで、外にもいるが内にもいると言うこと。どちらにもいる。その場合、姿となって現れ、他の人にも見える。
そして、妖怪はその場所にいる。またはその物の中にいる。これは外だ。物怪などはそのままで、内ではなく外にいる。しかし、内にもやはりいたりするのでハイブリッド。両方にいる。
だから、怪しいものでも怪しさが分からない人には感じることはできない。
妖怪は外で沸き、内でも沸く、同時に沸く。
妖怪博士はそのことをちらっと担当編集者に話したのだが、意味が分からないのか、無視された。
それと、子供にも分かる話しにして下さいと釘を刺された。
夏場考えていたことなのだが、暑いので、そんな発想が湧いたのかもしれない。
了