2023年10月31日

5021話 全盛期


 勢いがあるように見える頃が全盛期かもしれない。伸び代が期待でき、先が楽しみ。
 しかし、その伸び代は財産で、それを使い続けると、勢いはますます増えていいのだが、使いすぎると、あとがなくなる。小出しに出していけばいいのだが、それでは弱いが、そちらの方が長持ちする。毎回少しずつでいいので。
 しかし、殆ど使い切り、あとは横並びになるが、その頃はもうかなり安定したものになり、逆に新味がなくなる。所謂マンネリだが、そのままならいいのだが、大人しくなる。地味になると言ってもいい。
 このあたりで勢いがなくなったとなるのだが、継続しているだけでも大したもので、弱まってもそれなりの価値はあるのだろう。
 もうそこで充分で、そろそろ終わってもいい。また終わっても誰も惜しまない。もう飽きたと言うことで。
 しかし、それに続くもの、それの代わりになるものが、まだまだ育っていないとなると、その間、まだ続けないといけない。
 そこで、思い切ったことを、その段階でやることになる。これは生き返ったようなものだ。今まで同じことの繰り返しで、しかも大人しくなり、下り坂。それを一気に上り坂に持っていく方へ切り替えた。
 もう安定しているのだから、新たなことをしなくてもいいし、それ以上のことは期待されていても、無理だろうと、思われた。
 むしろ、引き時はいつかと考えていたほど。しかし、引くどころか、まだ続けるようで、しかも今までになかったことをやる。
 やっていることはいつものことなのだが、ある一点に絞ってやる。これは他に類を見ないし、今まで誰もやっていない。そういうふうにはできていないためだ。その一点だけに絞ったものは。
 それは新味があり、いいのだが、逆にその先はもうないと言っているようなもの。つまり、それをやってしまうともう後がない。そのため、これが最後ではないかと。
 伸び盛りが全盛期。伸び代が豊富。しかし、それらを使い果たしたあとが難しい。
 
   了

 
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2023年10月30日

5020話 暗雲


「陰ってきましたなあ」
「これは雨になりますよ」
「このところ、晴れが続いていましたので、このあたりで下り坂でもいいでし
ょ」
「しかし、嫌な陰り方ですねえ。この雲は」
「いきなり黒い雲が出てきた感じですなあ」
「暗雲立ち籠めるですよ」
「縁起が悪そうですなあ」
「まあ、空が心配事で機嫌が悪いわけじゃないですが、何か異変でも起こる前
触れかもしれませんよ」
「空の異変ですか」
「空の下。天の下。つまり天下騒乱とか」
「ああ、地上のことですな」
「しかし、空は陰っても雨が降るか、風が強い程度でしょ」
「そういえば、嫌な風が吹いてましたなあ。あれが強くなるのですねえ」
「風は風、雨は雨ですから、関係はないかと思いますが、何か嫌な感じですね
え」
「陰ると言いますか、勢いがなくなる感じが不吉ですよ」
「何か、思い当たることでもあるのですか」
「いや、天は天、人は人ですから、紐付きじゃないと思いますが、悪いことで
も起こりそうな」
「思い当たることでも」
「色々とあります。あれが悪くなるとか、これが面倒なことになるとか、考え
てみればいっぱいありますが、これは取り越し苦労ですが、雰囲気だけはあり
ます」
「何が起こるかは分からないと」
「あなたは」
「一寸トラブルがありましてね。今まさに暗雲の中。これ以上悪くならないと
思いますから、この黒雲、時の神かもしれません」
「嫌な黒雲が時の神」
「嫌なことがある時、逆にこの黒雲、よく効いたりします」
「さらに悪くならないのですか」
「これ以上悪くなりませんから、そこは大丈夫」
「しかし、この風、雨を呼んでますよ。降りそうです」
「そうですなあ。そろそろ戻りますか」
「はい、そうしましょう」
 
   了
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2023年10月29日

5019話 落ち武者


 坂道を越えたところで、下りの道が見える。そこをおびただしい数の武者。ただ騎馬はいない。鎧武者が大勢登ってくる。
 ハイキングに来ていた竹下は驚く。これを驚かないで、何を驚くのだ。鎧武者、こんなところで行事などやっているはずがないし、何かの撮影なら、それなりにスタッフがいるだろう。後にいるのかもしれないが、坂を登るところを正面から写したいはず。それともリハーサルか。
 その考えは、救い。そうであって欲しいとの願い。どう見ても鎧武者が登ってくるのだが、勢いがない。鎧に血が付いているし、怪我をしているのもいるが、必死で坂道を登っている。
 竹下は見てはならないものを見たのだろう。見えるはずのないものを。
 ただ、見えなくてもいるものではない。最初からそんな武者などいないのだ。
 落ち武者だろうか。それなら馬にまたがっているのもいるはずだが、馬の姿は見えない。
 では、なぜここを登ってくるのだろう。
 既に戦闘があったようなので、奇襲を掛けるため、ここを通っているのだろうか。道が険しく、途中で切れていることがある。ハイキングコースなので、そんなもの。
 下村は後方を振り返った。今まで登ってきた坂だ。武者とは反対側。お寺があり、さっきまでそこで休憩していた。
 寺と関係するのだろうか。
 やはり彼らは落ち武者で、寺を目指しているのかもしれない。いったんその寺で立て直すのだ。怪我人もいるし。
 下村は坂道の頂上にいる。前へは進めない。落ち武者が登ってくるので。
 仕方なく寺へ戻ることにしたが、その寺が武者達の目的地だったら、同じこと。しかし、そんな武者などいるわけがない。
 寺の人なら、何か知っているかもしれないと思い、やはり寺へ戻ることにした。
 昔、この近くで戦があり、その時に落ち武者が、出たのかもしれない。
 下村は坂道をスタスタと下っていったのだが、振り返ると落ち武者の姿が見える。坂の上にもう辿り着いているのだ。
 坂道が平坦になり、しばらく行くと、寺が見えてくるはず。
 しかし、見えない。
 もっと遠くだったのかと思い、沢沿いの道を進むが、それらしい建物がない。
 寺が消えるわけがない。そこで草餅を食べのだから、消えたのなら、胃の中の草餅も消えるだろう。消化するにはまだ早い。しかし、本当に食べたのだろうか。
 そうこうしているうちに落ち武者が近付いて来た。
 一人の足軽が駆け寄ってきた。
 下村は逃げようとしたが、足軽は手で制した。危害は加えないと言うことだろう。
「このへんに寺があるはずなのじゃがな、おぬし知らぬか」
 下村が聞きたかったことだ。
 やはり落ち武者達は寺を目指していたのだ。
「さっきまで、あったのですが」
「ああ、じゃ、あるんだ」
 足軽は隊列に戻り、それを伝えた。
 下村は当然、その場を離れ、ハイキングコースを逆戻り状態で逃げた。
 そして、寺があった場所から少し戻ったところで、紙を取り出し、前方落ち武者注意と書き、木に貼り付けた。
 また、寺にも注意と、書き加えた。
 
   了
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5019話 

落ち武者
 坂道を越えたところで、下りの道が見える。そこをおびただしい数の武者。ただ騎馬はいない。鎧武者が大勢登ってくる。
 ハイキングに来ていた竹下は驚く。これを驚かないで、何を驚くのだ。鎧武者、こんなところで行事などやっているはずがないし、何かの撮影なら、それなりにスタッフがいるだろう。後にいるのかもしれないが、坂を登るところを正面から写したいはず。それともリハーサルか。
 その考えは、救い。そうであって欲しいとの願い。どう見ても鎧武者が登ってくるのだが、勢いがない。鎧に血が付いているし、怪我をしているのもいるが、必死で坂道を登っている。
 竹下は見てはならないものを見たのだろう。見えるはずのないものを。
 ただ、見えなくてもいるものではない。最初からそんな武者などいないのだ。
 落ち武者だろうか。それなら馬にまたがっているのもいるはずだが、馬の姿は見えない。
 では、なぜここを登ってくるのだろう。
 既に戦闘があったようなので、奇襲を掛けるため、ここを通っているのだろうか。道が険しく、途中で切れていることがある。ハイキングコースなので、そんなもの。
 下村は後方を振り返った。今まで登ってきた坂だ。武者とは反対側。お寺があり、さっきまでそこで休憩していた。
 寺と関係するのだろうか。
 やはり彼らは落ち武者で、寺を目指しているのかもしれない。いったんその寺で立て直すのだ。怪我人もいるし。
 下村は坂道の頂上にいる。前へは進めない。落ち武者が登ってくるので。
 仕方なく寺へ戻ることにしたが、その寺が武者達の目的地だったら、同じこと。しかし、そんな武者などいるわけがない。
 寺の人なら、何か知っているかもしれないと思い、やはり寺へ戻ることにした。
 昔、この近くで戦があり、その時に落ち武者が、出たのかもしれない。
 下村は坂道をスタスタと下っていったのだが、振り返ると落ち武者の姿が見える。坂の上にもう辿り着いているのだ。
 坂道が平坦になり、しばらく行くと、寺が見えてくるはず。
 しかし、見えない。
 もっと遠くだったのかと思い、沢沿いの道を進むが、それらしい建物がない。
 寺が消えるわけがない。そこで草餅を食べのだから、消えたのなら、胃の中の草餅も消えるだろう。消化するにはまだ早い。しかし、本当に食べたのだろうか。
 そうこうしているうちに落ち武者が近付いて来た。
 一人の足軽が駆け寄ってきた。
 下村は逃げようとしたが、足軽は手で制した。危害は加えないと言うことだろう。
「このへんに寺があるはずなのじゃがな、おぬし知らぬか」
 下村が聞きたかったことだ。
 やはり落ち武者達は寺を目指していたのだ。
「さっきまで、あったのですが」
「ああ、じゃ、あるんだ」
 足軽は隊列に戻り、それを伝えた。
 下村は当然、その場を離れ、ハイキングコースを逆戻り状態で逃げた。
 そして、寺があった場所から少し戻ったところで、紙を取り出し、前方落ち武者注意と書き、木に貼り付けた。
 また、寺にも注意と、書き加えた。
 
   了
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2023年10月28日

5018話 隠し事


 隠すから見たくなる、隠していなければ、そのままなので、大したことはない。
 ただ、それが重大なことなら、大きな問題だが、分かっている問題。
 隠しているものは、何が隠されているのかを見たくなる。おそらく、これだろうとは予測は付くが、それでも隠している方が値打ちがある。
 その隠し事のようなもの、隠さなくても良かったりする。なのに隠している。しかし、それが表に出ても、ありきたりのものだったり、話だったりする。
 では何故隠すのか。それなりの事情や意味があるのだろう。そちらの事情も大したことはなく、ただの約束事だったりする。中味はありふれていたり。
 他のところでは隠さないことが普通だったりする。ただ、そこでは隠そうとする。この隠そうとする行為がいいのかもしれない。そこに隠されたものに値打ちがあるように見えたりする。大したことでなくても。
 しかし、隠れて見えなければ、正体は分からない。とんでもないものが隠されているかもしれない。これは開けてみるまでは分からない玉手箱のようなもの。何が入っているのを想像する。
 確定していないので、最初から見えているものよりも興味深い。謎のあるなしだ。
 知らない方が夢があるような気もする。知ると、何だこれかと思うだけ。その後の楽しみがない。
 いつかその隠していたものも明らかになる時期がある。それまでのお楽しみだが、そんな時期はなく、最後まで隠され通しのものもある。
 おそらくこういうものが隠されているのではないかと想像しているときの方がよかったりする。答えは一生知ることができなくても。
 ただ、隠しているものの片鱗が分かることもあり、それで全体を推し量ることもできる。片鱗なので、その物の一部であることは確かなのだが、そのものではない。だが、それで大凡の様子とか、事柄が分かったりする。
 いずれも想像だが、そういうことでじわじわと謎に迫る方が長持ちしそうだ。分かってしまった瞬間、興味が薄れる事柄もある。
 隠してしまうとその現実は分からないのだが、何となく察しがつくものだ。
 
   了
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2023年10月27日

5017話 出不精


「どうですか、最近は」
「今日のような秋晴れで、過ごしやすい時は何処かへ行きたいですねえ。しかし、行きませんがね」
「でも、ここまで来るの、いい散歩になるでしょ」
「そうですね。程良い距離です。ここを歩いているだけで遊びに出た気分です。近いので、すぐに戻れますが。しかし同じ道じゃつまらない。余裕のある時は別の道を通って戻ります。私にしては冒険だ。ただ、元気なときに限りますよ。そして散歩日和の日に」
「今日などがそうですね。じゃ、いっそのこと出掛けられては」
「もう時間的には遅いです。戻りは流石に寒くなるでしょ。暖かいのは昼間だけです。それにどこへ行くのかを考えるのが面倒でしてね。それほど行きたいところがない。近場で充分です。しかし、同じ道筋しか通っていませんがね」
「要するに出不精というやつですね」
「いや、出るのは好きです。家にいるよりも。だから、こうして、毎日ここに来ています」
「そうなんですか」
「この前など、戻り道を変えて妙なところに入り込みましたよ。こんな場所、こんな近くにあったのかと思えるようなね」
「そうなんですか」
「大きな木が二本立ってました。かなり切られて、高くはないのですが、太い木です。その下に祠がありましたが、よくある絵です。しかし、近くにそんな太い木があるなんて、知らなかった。古木ですが切られて背が低いので、遠くからではよく見えなかったのでしょうねえ」
「はあ」
「しかし、その道、戻り道なので、何度か通っているはずなんです。何故気付かなかったのかと思うと不思議です」
「そんな木や、祠、本当にあったのですか」
「私もそれを疑いました。もしかすると、妙なところに迷い込んだのではないかと」
「妙なところとは?」
「そんな道など本当はなく、そんな二本の木や祠などもない」
「異次元ですか」
「しかし、よく見ると、その手前が更地になっていました。ああ、そういうことかと、やっと謎が解けました」
「その更地にあった建物が、木や祠を隠していたのですね」
「そうです。建物の横に回れば見えたかもしれませんがね」
「あまり高い木じゃないんですね」
「本当は高いのでしょうが、切られて」
「ああ、そうでしたね」
「一瞬、妙なところに来てしまったとわくわくしましたよ」
「遠出したのと同じ効果ですねえ」
「ここと家との往復でも、道を変えると、結構楽しめますよ」
「それよりも、ここなんですが」
「はい、私もあなたも毎日来ているところです」
「ここって、何処なんでしょ」
「はあ」
「ここって、本当にあるんでしょうかね」
「ははは、また怖いことを。私よりも怖いことを言う。怖い人だ」
 
   了
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2023年10月26日

5016話 家督


「家督でございますが」
「嫡子がいるだろう」
 長男のことである。しかも正室の子。
「それが」
「馬鹿だと言いたいのじゃろ」
「とんでもない」
「では阿呆か」
「とんでもございません。殿のお子にそのようなことは、それに嫡子様でございますので」
「それが出来が悪いと申すのだな。それは分かっておる。しかし、他に譲ると、揉める。
 家督争いで内部分裂しかねない。この時代、長男があとを継ぐ慣わしがあり、誰を跡取りにするのかは最初から決まっていた。そのため、家督争いを防げたようだが、実際はどうだったのだろう。
「幸い今は安泰。いくさもありません」
「引退か」
「はい、家督を譲り、殿が後ろに控えておられれば、大丈夫です」
「何が大丈夫なのじゃ、あの子では駄目と言っておるようなもの」
「滅相もございません」
「わしが目を光らせなくとも、その方達重臣が大事なことを決めればいい。今もそうじゃないか」
「しかし、殿とは違い」
「何が違うのじゃ。あの子が違うのか」
「滅相もございません。聡明であられます」
「わしのように言うことを聞かぬと申すのか」
「いえいえ」
「まあ、引いてもいい。平時ならあいつでもやっていけるだろう」
「ではそのように致しますが、よろしいですな」
「それが重臣達の総意か」
「はい、一応は」
「まさか、わしが言い出したことが気に食わんとみえるな」
「あれはおよしになった方がよろしいかと」
「いや、あれはやる。それぐらいいいだろ。今まで言うことを聞いてきた。座っているだけの殿様だったんだ。一つぐらいは」
「それはいけません」
「いや、やる」
「はいはい」
「家督を早く譲れというのは、わしか。わしが原因か」
「滅相もございません」
「もういい。隠居すればいいのだろ」
「既に手はずは整っておりますので」
「早いのう」
「わしより息子の方が扱いやすいか」
「いえいえ」
「しかし、あれは馬鹿だから、わしよりもキツイかもしれんぞ」
「いえいえ」
 
   了
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2023年10月25日

5015話 達成感


 達成感は簡単に手に入るものや得られたり見つかったりするものではないので、値打ちがある。
 朝ご飯を食べたあとの達成感はないが、それがなかなか食べられなければ、やっと果たせたとかになるだろう。本人の事情により、変わってくる。
 ただ、すぐにできるような、果たせるようなことなら、達成感も何もなく、何も思わない。
 当たり前のことであっても、それが当たり前にならない時期が続いていると、同じことでも達成感が来るが、達成とは何かを目論んでいるときに使うことが多い。
 目的のようなものがあり、それが果たせたとき、達成感や場合によっては征服感とか、色々と言い方は違ってくるが。
 そして、その達成感、小さいのから大きいのまである。それぞれ重力が違うように重さが違うのだろう。
 一生掛かっても達成出来ないことを運よく果たせたとすれば、これは大きい。並みの達成感ではない。これは感動を引き起こすだろう。重いし深い。
 しかし、そんな大ネタではなく、月に一度とか週に一度ぐらいの範囲内で果たせるものもある。
 週に一度なら、もう慣れた達成感で、それほどでもないかもしれないが、毎日ではないので、たまにそういうのが入る方がいい。
 月に一度とか季節に一度とかもあるが、それらも毎年果たせていることなら、平凡なものだろう。ただ、この冬は無理かもしれないと思っていることもある。果たせて当たり前に近いが、今年はできるかだろうかと、心配になる。
 この心配が大きいほど、小さなことでも大きい目の達成感になったりする。
 また、できればいいと思っていることで、特に何もしていなくても、いつの間にか出来ていたとかもある。良い偶然が重なったとか、そういう巡り合わせになっていたのかもしれない。
 何かを仕掛けて、それが上手くいくと、達成感が得られる。別に必要なことではなく、どうでもいいことでも、その人にとり、価値があるのなら、余計なことをしているようでも、そうではない。
 この達成感がいいのだ。色々な意味で。
 下手な薬や健康法よりも効いたりする。何処に効くのかは分からないが、間接的間接的にそこに効くのだろう。
 ただ、その達成感、曲者で、次もまたその気分になりたがる。これは易々とは得られないし、同じことをしても、一回目よりも落ちたりする。やはり初物の方が効果がある。
 ただ、初めてのものは難しい。それだけに低いレベルでも、一寸したことでも満足を得られたりする。本当の達成は、まだまだ先なのだが。
 また、達成し、達成感を味わえなくても、その過程や準備とか下拵えなどをじわじわとやっていることでも、達成感の欠片のようなものが味わえる。
 地味に努力をしているときなどがそうだろう。その先に良いことがあるためだ。だからつまらないこと、面倒臭いことでも、地味にやっていけるのかもしれない。
 またフィニッシュがなく、達成感を味わえなくても、それは欲というもので、過程を楽しめばいいのだ。過程にも地味だが、達成感はある。
 
   了

 
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2023年10月24日

5014話 自然


 時代が変わるのか、本人が変わるのか、吉田は最近考えた。世の中が変わっていくのは確かだが、そちらが変わらなくても、吉田側での変化がある。
 それは好みとかの問題もあるが、コロコロと変わる。先へ向かっているかと思えば、その前に戻っていたりするが、同じものではない。これは時代の変化はそれほど受けていない。吉田側の事情だ。
 その吉田の変化に沿ったものへと向かうのは自然だろう。他に影響がなければ。
 そして自然に任せて進むと、意外と古いものに戻されることがある。すると、先々考えていたり、準備していた新しいものが全部無駄になる。これはもったいない。
 しかし、そちら側への興味が薄れたので、戻ろうとしていたのだろう。ただもったいないが。
 その頃は、それが自然な流れだったはず。しかし、そこを進んでいくと、もうそれはいいか、となりだしたのも自然な流れ。
 自然はいいが、自然も変化する。いつも同じような動きではないのだろう。ただ、吉田の自然な動きとか、流れというのは胡散臭い。本当に自然なことなのか、作為があったのではないか。
 しかし、その作為も自然な流れで、そんな作為を企てたのかもしれない。
 自然には不自然な自然はない。そうでないと自然とは言えない。ただ、この自然、結構あやふや。
 自然体というのもそうで、作ったり、作為的な自然体もある。むりとに自然な感じに持っていくとかだ。
 それも含めて自然な動きの内かもしれないが。
 それで吉田は分からなくなった。これもまた自然なのだ。ということは何をどうやっても同じようなものだと言うことだろう。
 演技とかわざとらしい動きというのは不自然だが、それをやろうという流れは自然かもしれない。
 自然も変化するので、当てにならないが、変わることが自然の摂理かもしれない。
 吉田の判断では不自然と思えることも、実は自然な流れだったりする。では吉田の判断が間違っていたのだろうか。
 そういう判断をすることも自然な流れなら、その間違いも、自然な間違いで、素直に間違ったのだろう。
 しかし、人が頭の中で考えたことは、自然だろうか。大自然の自然ではない。かなり作為的。
 この人為的な自然は自然に入るのだろうか。そのものは不自然だが、そういうふうに流れるというのは自然かもしれない。
 
   了
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2023年10月23日

5013話 意欲的


「まだ、勢いをなくした、この会社にいるつもりですか」
「安定していますから」
「それじゃ何ともし難い」
「何ともとは」
「期待がない」
「それだけですか」
「新会社を知っているね」
「はい、先輩達が起ち上げた会社ですね。あそこは凄いようです」
「それほどでもないが、意欲的だ。新たな展開が期待出来そうだ。実際には分からないがね。ここほど保守的じゃない」
「そうなんですが、あの先輩達、窓際に追いやられてましたねえ」
「ここの全盛時代を作った人達だ。しかし、今は一線から外された。安全な路線に切り替えたためだよ」
「それで、新会社を起ち上げたのですね」
「そうだよ。人脈も、先輩達の方が多い」
「じゃ、独立ですね」
「いや、共同関係は維持している」
「あなたもそちらへ移られるつもりですか」
「ここじゃ、退屈だ。それに意見も通らない」
「ここはもう思い切ったことをしなくても、やっていけるのでしょ。だから安定しています。しかし、大人しくなりましたが」
「逆だね。先輩達はうんと古い人達だ。以前なら若手だった人が音頭を取っている。これはオーナーが変わったからだね」
「佐々木さんですね」
「芝垣さん時代は冒険をした。独立した先輩達も、その芝垣さんについて行ったんだよ」
「ああ、芝垣さんがやっていることは知ってましたが、そういう事情があったのですね」
「だから、この会社のコアな箇所は、新会社の方へ移ったということだよ」
「じゃ、ここは抜け殻ですか」
「そうじゃないけど、まあ、冒険はしないってことだよ。僕は冒険がしたい、色々とやりたいことがあるんだが、ここではその意見、通らない」
「そうですねえ」
「君はどうだ。不満はないのか」
「ここのほうが安定してますから」
「そうだね。それは確かにある」
「意欲って、何でしょうねえ」
「え」
「先輩達は意欲的な人達ですが、あれって何でしょう」
「やりたいことがあるってことかな」
「じゃ、僕はそんな意欲とは無縁です。無事にここで勤められたいい程度」
「そういう人ばかりが、ここにはいる」
「だから意欲的な先輩達は出て行ったのでしょ。あなたも行きますか」
「いや、先輩達が凄すぎて、僕の入り込む隙がないようだ」
「じゃ、ここで、その意欲的何とかをやった方が良いのでは」
「そ、そうだね」
 
   了
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2023年10月22日

5012話 調子の悪い日


 調子の悪い日は大人しくなる。調子のいい日ははしゃぎまくり、大暴れするわけではないが。
 その中間が一番多いはずなのだが、それはどんな状態だろう。
 調子の悪いときは静かになる。ざわめいていたものが静まる。冷静になるのか、調子の良いときは良く見えたものも、それほどではなかったりする。
 白けるわけではないが、過剰な興奮はしないのだろう。
 黒田は今日は調子が悪い。だからその境地に入る。これは瞑想しているような感じで、丁度いい機会だ。
 しかし、冷めたような気分はあまりよくない。あまり楽しくないのだ。
 調子の良いときは、同じものでも楽しめる。楽しもうという気があるためだろう。ただ、調子の悪いときは楽しみたくないというわけではないが、楽しむと疲れる。それに調子が悪いので、楽しんでいる場合ではない。だから脇にやる。
 黒田はそれで調子の悪い状態での静けさを少しだけ味わった。心が揺れない。動きにくい。しかし、黒田の心の定点が何処にあるのかは分かり難いが、好き嫌いや気持ち良さや悪さで決まるのだろう。理詰めで考えたことではない。その情が起こるかどうかは自然に湧き出るので、そこは弄るとわざとらしくなる。
 しかし、黒田は調子が悪いので、意欲的ではない。では何に対しての意欲なのかと考えると、大したことではなかったりする。それでもつまらないものであっても意欲的になる方が楽しめる。疲れたり落胆したりもするが。
 今日の黒田は調子が冴えないが、これは順繰りに回ってくるようで、特に何もしなくても調子が戻っていたり、ハイテンションになる日が勝手に来る。
 だから今日は底だろう。充電期間と言ってもいい。コンセントはいらない。
 喜怒哀楽とかも、周期的にやってくる。そしていつまでも続かない。調子が悪い日はあまりよろしくはないが、それなりの良さもある。
 
   了
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2023年10月21日

5011話 古田の神帰し


 古田神社は盆地にあるのだが、それなりに高低差がある。しかし山はない。当然だろう。一応そこには平野名が付いている。
 しかし、古田神社のある場所は一寸した山の下。丘よりも高いが、目立つような山ではない。盆地の周囲は当然山が壁のようにある。その山の続きかもしれない。盆地が水没すれば、その小高い山のようなものは島のように残るだろう。
 古田神社の由来は適当で、その都度変わるようだ。しかし、この地の神様、地神のようなものを祭っているらしいが、表立ってではない。
 裏で祭っているわけではなく、隅っこの方に小さな祠となって今も残っている。こちらがメインの神様なのだが、流行らないのか、地味なのか、横に置かれてしまった。
 新たに祭っている神様もよく分からない。これはこの盆地を治めていた大名の関係だと言われている。その神様は大名家の先祖神。古くから信仰していたらしい。盆地を領していたが、土地の人ではない。
 明治になると、メジャーな神様を祭るようになる。大名家の神様は全国区ではなかった。
 それでも、それ以前からいた神様、それが土地の神様だが、この神社の祭りでは欠かせない。固有の行事で、ここでしかやっていない。
 神が降りてくるのを阻止する行事。逆ではないかと思われるが、神さんは山から下りてくるが、盆地内の小さな山から来るのだ。その神ではないと言うこと。
 つまり、もっと奥山から来てもらわないといけないのに、近すぎるのだ。だから、その神様、偽物扱いで、逆に禍をもたらすとされ、その年の決まった日に、丘の上から降りてくる神様を追い返す慣わしがある。
 それは鬼の格好をした人達が、大勢集まり、通さないようにする。その中には子供もいる。押しくら饅頭のように、押し返すのだ。その神様、当然一人で、眷属もいない。
 ただ、この神様、悪い神様ではなく、奥山にいる神様と同レベルで、同種なのだ。しかし、それでは浅すぎる。盆地の中の小山、それは誰でも登っているし日常の中にある。そんな低い山にいる神様では頼りないのだ。
 この行事、追い返すだけで終わる。逆に盆地の外の山から神を迎え入れる行事などはない。それをするのは盆地内の村々の神社で、古川神社は扱わない。盆地の地神様専用のため。
 ところが、その地神様、謂れは忘れられ名前さえない。地神だけに地味。地鎮祭のときの神様ではない。
 ただ、神を追い返す行事だけは残っており、小山の頂上まで押し返したところで、神社の太鼓と頂上まで運び込んだ太鼓が同時に響く。一寸した共振が起こり、その振動が快いようだ。
 鬼が神を追い返す。妙な祭りだ。
 
   了

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2023年10月20日

5010話 天狗


 山の怪と言うのなら海の怪、海怪もあるはず。しかしカイカイでは痒そうで、語呂が良くない。
 山の中で天狗に出合ったという話はよく聞く。分かりやすく、また天狗は有名なため。
 天狗にも種類があるようだが、誰が調べたのか、または言い出したのかは分からない。
 鞍馬天狗も天狗だ。天狗党というのもある。何か人を超えた存在だろう。ただ、鞍馬天狗は天狗ではないし、天狗党の人々も天狗ではない。
 天狗になるというのもよく聞く。修験者、行者から天狗になるというのもあるし、また自慢しすぎたり自信過剰になることを天狗になるとも言う。
 だから天狗の種類は多い。ただ、本物の天狗を捕まえたという話は聞かない。そういう言い伝えが残っているかもしれないが。
 怪異を起こすのは狐狸が多いが、これは村内や、里山までで、その先の山になると、天狗の縄張りか、同じ怪異でも天狗の仕業とされるようになる。
 ご免下さいと玄関から入ってくる天狗は見かけないが、これはこれで驚くだろう。
 狐狸と違い、天狗は人型。鼻がピノキオのように長いのは特徴がありすぎるので、鼻だけを見て天狗だと分かったりする。実は違うものだったりしても。
 ある武家の子供が天狗と仲良しになり、毎日将棋を教えてもらったとかの話は聞かないが、牛若丸は天狗から武道を習ったらしいので、あるかもしれない。
 知恵のある天狗もいたはずで、そういう人は人相的にも鼻が高かったのかもしれない。聡明な感じがする。当然海外から来た人はそのへんにいる人よりも鼻が高いだろう。
 天狗の狗は犬だ。天狗と近いところは、鼻が特徴。臭いに強いのが犬。形ではない。しかし、漢字にするとそうなるので、こじつけになるが。
 純天狗、古典的な天狗は深い山にいる。だから人と接触することはない。昔の人は深山には入り込まないので。そこは神が住む場所。
 だから、そんな深い山なら人が知らないものがいてもおかしくない。神や天狗以外にもややこしいものがウジャウジャいたとしても。
 いずれも人が入り込まない場所なので、何がいるのかいないのかさえ分からないので、あとは想像。
 深山では怪異があってもおかしくはない。人の視線が来ないような場所。
 ただ、高い山なら里から見えているので、視線は充分あるが、遠すぎて天狗がいても見えない。
 これが上空から拡大して見えるようになると、途端に神秘が消えてしまう。
 聖地とか聖域が消えるのだが、その中に身体を実際に入れてみなければ、分からない世界があるようだ。
 天狗はいないかもしれないが、天狗のようなものはいるのだろう。
 
   了
 
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2023年10月19日

5009話 豆腐小僧


 一つ目の小僧が、豆腐を水に浸した鍋を持って通っている。
 すわ、化け物と思い、剣士が斬ったが、豆腐のように歯応えがない。スカスカだ。従って幻想。幻を斬ったことになる。
 そのことを師匠に言うと、修行が足りぬからそんなものと出くわすのじゃと、叱られた。果たして修行と関係しているのかどうかは疑わしい。この師匠、何かあるとすぐに修行が足りないを持ち出す。
 その師匠、夜道を歩いていると、先ほどの一つ目の小僧と出くわした。やはり豆腐を入れた鍋を両手で大事そうに持っている。鍋いっぱいに水を張っているため、こぼさないようにするのは大変だ。
 水の量が多すぎたのではないかと思うのだが、果たしてその小僧、その豆腐、何処で求めたのだろう。夜中開いている豆腐屋などないはず。
 師匠はそれにいち早く気付いた。この鍋や豆腐も幻覚。この世のものではない。だから斬りつけてもスカスカだろう。鍋を含めての幻覚。この世のものではない。
 しかし、小僧には重力があるのか、草履はしっかりと地面に付いたり離れたりしている。幻覚なら宙に浮いていてもいいはず。
 師匠は試しに足元を払うフェイトを掛けた。すると小僧は、それを避けようと、後ずさった。その時、鍋から水が落ちた。
「あ」
 と、小僧は叫んだ。
「水が大事か」
「はい。こぼさないようにと和尚さんに言われましたので」
 師匠はこの近くの寺を知っているので、その和尚も当然知っている。あの和尚、化け物使いだったのか。
 だから使いをする小僧がいてもおかしくはない。それに夜中に豆腐を何故食べる。酒の肴かもしれない。
 師匠は和尚の名を言ったが、どうも違うようだ。それで、何処の寺の使いかと、聞いてみた。
「もう以前のことなので忘れました。確かに頼まれたことは覚えていますが、私はずっと豆腐を運び続けています。それしかやってません」
 やはり化け物だと判明したが、何故か哀れを感じた。
「そうか、ではここを通す。運べばいい」
「有り難うございます」
 一つ目の小僧は礼を言いながら、そっと師匠の横をすり抜けた。
 当然、師匠が後ろを振り返ると、そんなものはいない。小僧の後ろ姿を見たかったのだが、その絵はなかった。
 ただ地面にポツリポツリと水が落ちていた。
 それと師匠は一つだけ気に掛かっていることがある。それを聞くのは忘れていた。
 何故一つ目なのかと。
 
   了
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2023年10月18日

5008話 盛り上がらない日


 盛り上がらない日々が続いていた。別に活気をなくしたわけでも元気がなくなったわけではなく、何となく昨日と同じような一日で、今日は何をしたのかが思い出せないほど。
 特に変わったことはしていない程度で、これはよくある。ただ、そんな中でも一寸した刺激があり、またこれということをした日がある。
 したというのが印象に残り、寝る前、それを思い出す。これは買い物でもいいし、一寸した仕事でも用事でもいい。
 いつもとは一寸違うもので、歯応えがあるものほどよい。少しの頑張りが必要なほど。これでやっと、してやったりとなる。
 しかし、佐久間は最近、その、してやったりがない。こういうのは向こうからやってくることが多くあり、佐久間は動かなくてもいい。来れば、それを受けるために動く。
 その夜、佐久間は今日は何をしたのかを思い出そうとした。何か一つでも成果があれば、それをやった日となる。
 探すと少しはある。壊した小物を買い直した。別になくてもよかったのだが、ないと少しだけ不便。その少しだけなので、成果も少しだけ。これは取るにたりぬだろう。取り沙汰するようなことではない。
 しかし、敢えて言えばそれが今日の一位。非常に低い一位だが、ないよりはまし。だが、そういうのは日常的にやっているので、言うほどのことではない。
 ただ、日々平穏で、無事に過ごせている。これだけでも充分なのだが、やはり物足りない。しかし、何かを思い立ち、それを実行しても失敗することがある。
 逆に負を背負う。それが元に戻るまでやることができるが、弄らなければ、そんなことをしなくてもいい。
 佐久間は戦国時代の武将、大名とかの一覧を見ていた。その中で、何をしたのかが分からない人もいる。歴史上の重大事に関わってこなかったのか、その程度の動きでは、どうということはなかったのだろう。
 だからエピソードも少なく、家柄が分かる程度。その子孫が今も残っているとしても、この人、何をした人かと聞かれても答えられなかったする。
 歴史にも、言い伝えとしても残らないが、家督を継いだりするのは大変なことだったはずで、また家督を譲るときも、色々と問題があったに違いない。決して何もしていない人ではなく、それなりのことをやっていたはず。
 要するに目立った働きをしなかったので、何もなかったかのようになってしまうが、当時にワープし、その人を観察すれば、意外とハードなことをやっていたのかもしれない。
 歴史と言うよりも記録、または言い伝え。それが少ないほど影が薄いが、そんな人はいくらでもいるだろう。
 また、もう思い出す人もなく、その名を口にする人もいない人もいる。それが殆どかもしれない。
 
   了
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2023年10月17日

5007話 付け家老


 今まで頼っていた勢力が弱まりだした。その傘下に入っている岡田城主は思案した。同盟ではなく、従属。それは軽い従属で、小倉の家臣ではない。
 しかし、その礼は尽くしていた。だから岡田城は小倉家の城と変わらない。小倉家から家老が来ている。これは見張り、監視。
 ただ、かなり前からなので、その付け家老、もうすっかり岡田の者にも馴染んでおり、岡田家の家臣との縁組みもいくつかある。
 だから、今では岡田家の人としてみられている。小倉家から見れば、それは苦い。監視の役目を忘れてしまったように思われた。
 実際、そうなっている。
 そして小倉家の勢力が衰え、その属国の中に独立する小勢力もいる。これは岡田家もおめおめしておられない。方針を固める必要がある。このままでは小倉家と共に滅んでしまう。
 そこで岡田城主は重臣達を集めて相談した。その重臣の中に、あの付け家老も入っているのだ。だから小倉家に筒抜け。
 そこで小倉家を裏切ることが決まれば、それもすぐに付け家老が小倉城に知らせるだろう。
 それが分かっているのに、岡田城主は付け家老を会議に加えているのだ。
 評定の結果、小倉を裏切り、独立することで決まった。だが、何処の勢力に付くのかは決めていない。少なくても小倉家とは縁が切れたことが他国に分かればいい。
 これは付け家老も合意した。その方がいいと。なぜなら小倉とここで縁を切った方が安全かもしれないと思ったため。
 ところが勢力が衰え、先がないと思われた小倉家だが、盛り返した。逆に敵国へ攻めていくほどの勢い。
 岡田城主や付け家老も、それには驚いた。これは何とかしないといけないとうろたえたが、小倉家は他国を切り取るとき、大負けし、小倉城も囲まれてしまった。
 岡田城側は胸をなで下ろした。付け家老も同じように。
 小倉家はかろうじて危機を乗り切ったが、もう昔の面影はない。
 岡田家の重臣は、小倉城を攻め落とし、小倉家を滅ぼし、岡田家が後釜に座る案を出したが、岡田城主と元付け家老は頷かなかった。
 
   了

 
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2023年10月16日

5006話 念の情報


 情報の中に情念や情緒のようなものが含まれていることがある。そう感じるだけで、実際には情報の中にはなく、受け取る側の問題かもしれないが、情念も情報の一つだ。
 ただ、自家発電なので、その人にしか分からない。また情念のデータを情報として取り出しても、やはり他の人が見ると、情感のある情報としてみているだけかもしれない。
 つまり情報を再生する側の問題。情念豊かな情報でも、聞き取れなかったりするし、違うものとして捉えたりする。
 ただ、情念とみられる情報も、実際にはそのものではなく、やはり情念は情報には乗せられないのかもしれない。
 たとえば言葉でいくら伝えても、伝えきれないように。また音楽や映像で伝えても、それもまた上辺のほうが目立ち、その奥にあるものは聞き取るだけの何かがいる。情報に乗らない領域のため。
 人が何かを見たり、触れたり、接した体験。これを人にそのまま伝えるのは難しいのと同じ。意味は伝えられるが、それは情報。感じというのは分かり難い。
 しかし、その感じの欠片や大意は伝えられるだろう。受ける側がそのパターンのような皿を持っていての話だが。
 そのため、似たような皿で当てはめようとする。それが精一杯で、そのものが伝わったのではない。伝わるが解読していないようなもの。この解読が厄介で、感じは感じとしか言えないような曖昧なものなので。
 しかし、大凡のことが分かれば支障はない。怒っているのに笑っていると勘違いしない程度に。
「それがどうかしたのかね竹田君」
「いえ、伝えるのは難しいなあと思っただけです」
「で、何を伝えたかったのかね」
「それは言えませんが、誤解があったようです」
「相手がかね」
「誤解と言うほど離れていませんが、ニュアンスが一寸違うのです。それで相手は分かったような気になっていますので、そうじゃないというのが言いたかったのですが、これはくどいので、やめましたが」
「また、微妙なところにいるねえ、竹田君は」
「完璧に伝えることは無理だとは分かっていますが」
「じゃ、いいじゃないか」
「そうですねえ。まあ、情念の念というのは怖いです」
「念のためにいっておきますがね、竹田君」
「はい」
「念を込めれば念が読めると言われていますよ。ただ、実証されていません」
「はい、また訳の分からないことをいいだして、すみません」
「余計なことを考えないで、作業に戻りなさい」
「あ、はい」
 
   了
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2023年10月15日

5005話 直感


「証明できますか」
「いいえ」
「裏は取れていますか」
「いいえ」
「じゃ、説明できますか」
「いいえ」
「じゃ、どうしようもないじゃないですか」
「だから、もういいです」
「できれば採用したい。それを使いたい。他の方法がないのでね。しかし、説明もできないことではねえ」
「だから、いいです。なかったことに」
「私はいいが、周囲が納得しない」
「何かないかと言われたので、言ってみただけなので、もういいです」
「ケチを付けているわけじゃない。いいアイデアだ。その手があったのかと思うほどのね。しかし、説明ができない」
「証明もできません」
「ただの思い付きでしょ」
「そうです」
「やはりねえ」
「何でもいいので、何かないかと聞かれたので」
「でもいい加減なものじゃ、困る。しっかりとした裏付けのあるものでないと」
「ありません」
「じゃ、君はどうしてその方法を見付けたのかね」
「何となく、これじゃないかと」
「何となく?」
「はい」
「頼りないねえ。何となくじゃ。根拠になるようなものあれば多少はましなんだが、あるかね」
「ありません」
「じゃ、何だ、その発想は」
「カンのようなものです」
「直感か」
「何となく、浮かび上がったので」
「それじゃ駄目だな」
「はい、言わなかったことにします。余計なことを言ってしまいました。すみません」
「これで裏が取れればいいアイデアなんだけどねえ。根拠もないし、説明もできない。使いたいんだけどねえ」
「じゃ、お使いになっては」
「そうはいかん。いろいろと考えると、そんなことはできない。当然でしょ」
「でもいい考えだと思われるでしょ」
「まあね。そこが一寸気になるが、まあ、無理だな。私だけが賛成しても」
「じゃ、これで」
「待ちなさい」
「あ、はい」
「何でもいいから適当でいいから、説明のようなものをしてくれないかな」
「説明できません。過程がありませんから」
「何でもいい。適当でいい」
「嘘の報告になりますが」
「嘘のような方法、アイデアだろ。だから説明も嘘でいいんだ」
「裏が取れていません。それも嘘を」
「形だけのことだ。一応提出してくれ」
「いいんですか。インチキですよ」
「他に手はない。君の直感を信じるわけじゃないが、何か提出しないとまずのでね。おそらく却下されるだろうが、それでいいんだ」
「了解しました。そのように取り計らいます」
 
   了
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2023年10月14日

5004話 野僧


 野草のような野僧。野原にいる。寺にはいない。定住する場所もない。野の人。そして田舎にいる。できるだけ辺鄙な場所にしばらくいる。付いてくる弟子もいるし、来ることが分かっているのを知った人もやってくる。
 野僧と自ら言っている。粗末な僧衣で装飾性はなく、風呂敷には旅道具などが入っている。何処にでもあるような適当な布。これは風呂敷よりも丈夫そうだが、広げればただの一枚布で、紐も付いていない。だから風呂敷だといってもいいが、上等なものではない。
 この人、悟ったようで、それを聞きに来る人が絶えない。中には興味本位の人もいるが、弟子もいる。
 ただ、野を彷徨っているような師匠なので、遠くへ行きすぎると、代わりの弟子、おそらくその周辺の人だろう。弟子といっても話を聞きたいという熱心な人に過ぎないが。
 悟ったのは、その野僧だけ。僧侶は修行で悟ることができるが、それは一瞬だけ。だから一度悟った人は何度でも悟ることができるが、一瞬。
 あっと言う瞬間だけ。すぐに戻る。これは戻らないと、僧侶の務めができなくなるためと言われている。
 だが、その野僧、悟ったままを維持しているらしい。そして悟ったことを弟子に話す。しかし、それで悟った弟子は一人もいないが、話を聞いているときは気分がいいらしい。一寸した酔い心地。
 これで、この師匠に人気が出た。下手なところに遊びに行くより、この師匠の話を聞いている方が楽しいのだ。実際に笑える話もある。
 このあたり、落語の先祖のような感じだが、悟るという真面目な目的があるので、遊びではない。しかし、悟るのは遊びかもしれないが。
 本当に悟ろうと思い、師匠の話を聞きに来る人もいるが、それこそが笑い話のように見えてきて、途中で悟ることをやめるようだ。だから、ろくな弟子はいない。
 ただ、弟子は固定しておらず、常連もいるが、常に付き従っているわけではない。
 武士で言えば野武士のような坊さんで、それを生業にしているようだが、決して村や町ではおこなわない。これは縄張りがあるため、入り込むと揉めるようだ。
 この野僧、本当に悟ったのかどうかは疑わしい。ただの世捨て人が、ブツクサ話しているようなものかもしれない。
 
   了
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2023年10月13日

5003話 帽子男


 その日の仕事は順調で、今までにはないようなパーフェクトなものだった。
 非常にいい日。高田はいい気分で仕事先から帰るところだった。調子のいい日。こんな日に限り、ガクンとなるような事が起こりやすい。このガクンとは急激な変化。
 それが何であるのかは予想できない。起こったあと、ああ、これが来たのかと分かる程度。
 地下鉄で乗換駅まで行くのだが、そこは繁華街でもある。こんないい日は、そのまま帰った方が無難だが、気持ちは高ぶっている。仕事が上手くいき、将来に明る見通しが付いた。これを記念日としてもいい。あの日から良くなっていったと。
 だから、一人で祝杯でも挙げたいところ。そこまで行かなくても、一寸ウロウロするぐらいはいいだろう。上がったテンションを下げてから戻った方が良い。
 いつもならつまらない顔で繁華街を歩くのだが、今日は胸を張っている。行きつけの店もあるので、そこで一寸いいものを食べてもいい。仕事先での地位も上がり収入も増えるはず。いつもなら頼まない高いタイプを食べても、もういいだろう。
 繁華街には色々な店や商業施設がある。中にはややこしい店もあるが、ほぼそのままのややこしさだろう。
 今日はややこしいものよりも、メジャーなものがいい。定食屋ではなく、レストラン風な高い店。滅多に入らないが、一応は行きつけの店の中の一つ。
 夕方なので、先ずは腹ごしらえだ。今日は自炊しなくてもいい。こういういい日ほど地味さに徹するのがいいのだが、浮ついた気持ちは抑えられない。
 といって贅沢をするわけではない。高いといってもしれている。そしてそれが食べたいわけではなく、そういう余裕が欲しいだけ。
 これは懐具合の余裕の見せ所。発散のしどころ。しかし、まだ収入が増えるのは先の話だが。
 店に入ると、年寄りが多い。高田が一番若いのではないかと思われる。古いレストランで造りも古い。今風ではないため、年寄りが入りやすいのかもしれない。そして高い。
 四人掛けのテーブルが空いていたので、その一つに高田は座る。
 年寄りグループが何組もいる。一人で来ているのは一人だけ。高田の他に一人いるのだ。
 その人はレストランの中でも帽子を脱がず、黙々と食べている。フォークとナイフではなく、箸で。
 高田の丁度左前。目を合わすとまずいような気がした。
 しかし、視線を感じる。きっとその帽子男、高田をずっと見ているのではないか。顔は高田を向けていないが、目の玉だけはピタリと向けていそうな。
 こういう日ほど注意しないといけないのに、まっすぐに帰らなかった。この帽子男が後々まで禍になる初接触になるのではないかと、変な想像をした。
 運ばれてきた料理を食べながら、高田はそのことを気にしたが、やはり目先舌先の刺激のほうが強いのか、帽子男から離れた。
 そして、食べ終わる頃、帽子男が立ち上がった。そのままゆっくりとレジの方へ向かった。高田など見ていない。向きが違うためだろうか。何らかの接触があるのではないかと思っていたが、違っていた。
 これではなかった。
 そして、何か怖くなり、繁華街の通りを早足で歩き、乗換駅に辿り着いた。あとはいつもの電車に乗り、いつもの駅で降り、帰るだけ。
 しかし、果たしてそうだろうか。真っ直ぐ帰してもらえるのだろうか。
 では誰がトラップのようなものを仕掛けているというのだ。
 ホームに入ってきた電車に急いで乗る。ただ、ラッシュ時なので、ホームで並ばないといけないが、できるだけ前の方に並べたようだ。これは座れる。
 反対側のドアが開き、客が降りたころ、手前のドアが開き、行列が急に団子になる。順番が狂うのだが、これは高田も心得たもので、サッと乗り込む。そして空いている席を見付け、これもサッと座る。やはり、今日は調子が良いのだ。
 しかし、五駅ほど先の駅で降りるのだが、止まらなかった。間違って特急に乗ってしまった。
 外食したので、時間帯が変わり、勘が狂ったのだろう。そのホームは各駅停車の乗り場だと。
 そして行きすぎたが、かなり先の駅で止まったので、そこで降り、引き返した。今度は間違えなかった。
 上りの電車のなるので、客は少なかった。
 その中に帽子男がいた。
 
   了
 
posted by 川崎ゆきお at 13:40| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする