2016年09月14日

3020話 散歩の話


 これは著名な散文家の話だ。
「散歩人と通行人の違いは何でしょうか」
「それは、もう答えが分かっているのに、聞いているんだね」
「はい」
「散歩人も通行人だが、通行人は通っているだけ」
「同じように見えますが」
「通行人は目的に向かって最短距離になるようなコース取りをする。これは例外もある。通りたくない場所があるときは迂回する。急いでいるときは別だがね」
「はい」
「散歩人にも種類がある。ある場所から散歩人になる散歩人もいる。それまでは通行人。つまり散歩ができそうな場所で散歩する。そこまでは通行人と同じ」
「もう一種類は」
「途中も糞も、全てが散歩コース」
「はい」
「野糞をするわけじゃないよ」
「分かっています」
「犬のようにできればいいんだがね」
「散歩人の話を」
「次の散歩人は何処へ行くか分からない。尾行したり、GPSで追えばとんでもないところを通っている。目的地へ向かう道じゃない。だから何処へ向かうのかが分からない。気の向くまま進む。これは徒歩でも自転車でも同じ。ただ、バイクや自動車はその限りではない。一方通行とかがあるし、狭い場所ならスクーター程度なら入り込めるが、担いで乗り越えないといけない段差などがあると無理だ。階段とかね」
「はい」
「散歩人が怪しまれるのは用がないのに、ウロウロしているためだ。これが商店街や観光地なら問題はない。しかし、ただの住宅地でこれをやると不審者となる。昔のように意味なく外を歩けない御時世だ」
「はい」
「だから通行人が通行しているような感じで散歩をするのがいい」
「それよりも、なぜそんな普通の場所をウロウロするのですか」
「普通の場所が見たいからだよ」
「それは癖のある散歩人で、一般的じゃないですね」
「そうだね。普通の散歩人は公園や遊歩道とか、散歩するにふさわしい場所を行く。決して住宅地の狭い路地などに入り込まない」
「しかし、どうしてそんな場所に入り込むのですか」
「表通りだけでは飽きるからね。それに裏表を見た方が分かりやすい。それよりも」
「はい」
「この道は何処へ繋がっているのかが興味深い。散歩と言っても結局は道を歩いているんだ。その殆どが車道だね。狭い道でも私有でない限り、一般公道だ。そのため、市街地や住宅地での散歩とは道を通ること。森や草原を行くわけじゃない。こちらの方が散歩らしいがね。本来はそうだったのかもしれない。一寸今のことを忘れて自然の中を歩くとかね」
「はい」
「しかし、近場にそんな場所がないので、車道を行くことになる。これはこれで興味深い。道が込み入っていると迷いやすい。障害物は建物だ。それが邪魔をして、全体が見えないからねえ。これを全部更地にしてしまえば、意外と狭い場所になる」
「あ、分かります。家を取り壊して更地にしたとき、こんな狭い場所だったのかと思います」
「家は盛り物。これは乗せ物だね。上物だ。これは変化が激しい。できたり消えたりするが、道は意外と残る」
「廃道なんかはどうですか」
「いいねえ、廃道。しかし、その先が廃坑になって、そこへ行く道も使われなくなったりすると、廃道になるか、または崖崩れとかで、山の形が変わってしまい、通れなくなった道もあるだろうねえ。使われなくなった道は手入れもされていないだろうから、荒れ放題。だから廃道に近い。人や車が通ってこその道だ。ケモノミチというのもあるが、あれは動物が何度も何度も通るから、道のようなものができたのかもしれない。通らなくなると、戻ってしまう」
「もっとお話を伺いたいのですが、少し用事が」
「あ、そう。散歩と同じで、話が散漫になったからねえ」
「いえいえ」
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 09:39| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする