2016年09月20日

3026話 長者の夢


 満足を得られると不満はなくなるが、大きな不満だけではなく、小さな不満も多くあり、全てに満足というような状態は滅多にない。不満なものを思い出さなくなったり、敢えて忘れているためだろ。満足を得られると暇なので、まだ不満だと思えるものを探す。これは際限がない。
 不満に大小があるのかどうかは分からない。今、不満に思っているものが当面の敵のようなもので、これは壁であり、抵抗体であったり、常に不快な状態に連れ込むような状況だろうか。
 満足を得られたとき、一種のカタルシスを覚える。これは溜が大きいほど、カタルシスも大きい。永く上から押さえ付けられていたようなプレッシャーが取れると、すっきりとするだろう。ただ、次のプレッシャーがまたやってくるのだが。
 達成感を味わうには、それなりの不満や不快や、抵抗体や、嫌なことがなければ、それほど効果はない。
 腹一杯に食べることを満腹という。これは満足だろうが、苦しくもある。しかし、それは苦痛ではない。そこで何がなくなるのかというと、食欲だ。もう食べたくない。ハングリー精神とは逆方向だ。充ち満ちた生活は、そんなものだろう。
「満足なのが不満です」
「はいはい」
「不満足な状態のときの方がよかった」
「それは贅沢な話ですよ」
「やることがなくなった」
「ほう」
「以前は満足を得るために色々なことをした」
「でも、満足には限りがないでしょう」
「ですから、その満足が不満なのです。次は、これです」
「そういう幸せな人の話はあまり聞きたくないのですが」
「見た目は幸せですがね。そんなに居心地が良いものじゃない」
「じゃ、今お持ちの全ての物を捨てなさい」
「それは、もったいない。苦労して手に入れてものばかり。それにこの地位や人間関係も」
「所謂あなたは成功者なのです。そして頭打ちになった。これ以上望めないほど目的を果たした。まさか地球征服でも目論んでおられるのなら別ですがね」
「それは無理だ」
「結局あなたは精神的な落としどころを作らなかったのです」
「精神的」
「達成感だけで生きてこられたからです」
「精神的修行もしています」
「じゃ、全ての物を捨てなさい。すると軽くなります。そしてまた無限の満足感が待ってますよ」
「それには」
「寄付です。寄進です」
「寄進」
「それで楽になります。もう満足感がどうのと言うところから抜けられます」
 その長者は、全ての財産を寄進し、ただの旅の雲水になった。
 そこで夢が覚めた。
 その反対の夢はよく見るだろう。ものすごい宝物を持ち帰ったのだが、夢だったというような。
 大した違いはないのかもしれない。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 09:07| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする