2016年09月30日

3036話 隠遁者の町


 須崎の町は下町で、昔の町屋が残っていたりするが、開発が遅れ、隠れ里のようになっている。ボールが飛んでこない内野のようなものだ。まだ古い長屋が残っている。知る人はここを隠遁者の町と呼んでいる。名だたる人達も隠れ住んでいるためだ。既に現役を引退し、何することなく暮らしている。
 隣近所全て隠遁者では、これは多すぎる。ただ隠遁者だけに籠もっていることが多いので互いに顔を合わすことは希だが、まったく閉じ籠もっているのもまた無理な話で、食べに出たり、買い物に出たりする。
 このとき隠遁者同士が遭遇するというより、あるコンビニなど客の全てが隠遁者で、特定の品物がまったく売れないので、置いてなかったりする。
 同じ工場などに勤めている工員の家族が住む長屋は昔からあった。社宅のようなものだ。それらの人達が隠遁者になったわけではない。定年を迎える前に別の町で家を建てたりし、殆ど引っ越している。それで空き屋になった穴を隠遁者が移り住みだし、入れ替わってしまった。
 それらの隠遁者も先はそれほどないので、入れ替わる。また金持ちの隠遁者は普通の中古住宅を買ったり、町屋時代の店を買ったりしている。
 彼らは隠遁者なので、大人しい。静かに暮らしているだけなので、問題は何もないのだが、数が増えると社会ができる。しかも似たような人達なので、互いに意識し合うこともあるだろう。
 ドロップアウト、リタイアしたとはいえ、ついこの間まで社会の中核をなしていた人達だ。その道のベテランも多い。また芸術方面で活躍していた人や、何かの活動家もいる。
 ここを訪れた若者は、町そのものが老人ホームではないかと錯覚する。猫までも老猫。犬も全て老犬というわけではないが。
 また、昔から若年寄とあだ名されていたような若者も早い内から引っ越して来ている。さらにまだ青年なのに、隠遁している人もいる。
 町屋時代からある広場は公園化され、隠遁公園となった。正式な名ではない。
 そういう間の抜けたような町があると楽しいだろう。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 09:45| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする