2016年10月06日

3042話 赤塚と狐塚


 平坂町。元は平坂村で、赤塚と狐塚が合併して平坂村となり、今は平阪町。赤塚、狐塚は今は地名として残っていない。平坂一丁目から三丁目の一部までが赤塚、六丁目の一部までが狐塚。残りは最初から地名はない。赤塚か狐塚に所属していたのだろう。神社が二つあったが、平坂神社として纏められ、祭っているのはイザナギイザナミ。しかし、これは表の神様で、赤塚と狐塚の氏神様は小さな祠しか与えられていないが、実際にはこちらがメイン。二神の神様の名前がローカルすぎて、よく分からないということもある。偶然かどうかは分からないが、主神も二神だ。これは夫婦。ここに問題がある。
 赤塚は姓で、古墳などの塚とは関係しない。古墳時代からあるような家柄ではなく、室町時代あたりに、この地に根付いた。狐塚は地名と言うより、村内での呼び名。
 初代の赤塚当主は二人の夫人を持つが、二番目の夫人が一番目の夫人を追い出す。第一夫人はすぐ近くに引っ越し、第二夫人や先代に嫌がらせをし続けた。本当の女狐は第二婦人なのだが、その復讐で、第一夫人の方がきつい狐になった。それで、第二夫人が住む場所を狐塚と呼んだ。塚などない。赤塚と対比させるためだ。
 仮に彼女を狐女と呼ぶ。狐女はそこで再婚する。第一夫人の頃は開墾時代から面倒見がよかったので、赤塚村を二分させ、別の村を作ったようなものだ。そういうことは当主が亡くなる頃には狐女の勘気も収まっており、二村で争うようなことはなくなっていた。狐女の復讐は赤塚村の半分を取ったことで、溜飲を下げたのだろう。
 問題は神社だ。赤塚家は出身地の氏神様を祭っており、これはただの先祖崇拝のようなもの。そして狐塚はそれに対抗して実家が祭っていた神様を持ち込んだ。
 狐塚の人々も赤塚家の縁者なので、狐女の実家の神様など縁がない。しかし赤塚神社に対抗して、狐塚神社を建てた。そういう名ではなく、もっと難しい名の神社だが、狐女の神社なので、狐塚神社と呼んでいた。
 しかし、二つの神社とも、ある頃からイザナギイザナミを祭る神社として合体してしまった。所謂合祀だが、本殿の横に、お稲荷さんの祠のように、氏神さんは残っている。
 ちなみに赤塚一族の先祖が祭っていた神は、蜻蛉(トンボ)だった。狐塚神社の御神体は狐ではない。これは第一夫人のことをそう呼んだだけで、その実家の神様は青龍。まあ、背の青い蛇のようなものだ。この二つの神様も適当なもので、適当に家紋を作るようなものだった。
 赤塚村、狐塚村はもうない。外から入り込んだ平坂という豪族が、この辺りを本拠地にしたため、その後、平坂郷となった。しかし、地名だけは残っていたのだが、平阪町になったとき、ただの番地になった。平阪字赤塚や字狐塚の地名では、住宅地として売り出しにくかったのかもしれない。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 10:44| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする