2016年10月13日

3049話 螺旋の回転


 平田氏は今夜も震えている。肌寒い季節になっても着るものがなく、当然エアコンもない、というわけではない。立派な洋館に住んでいる。寒さで震えるようなことはない。その原因はドア。平田氏はこれを螺旋の回転と呼んでいる。ドアノブがたまに回る。一人暮らしではなく、夫人と孫娘がいる。夫人は寝たり起きたりで、足も悪いので二階にある平田氏の部屋までは車椅子では上がれない。大きな洋館ではないので、階段が緩やかではない。しかし踊り場があり、窓があり、そこからの眺めを夫人は気に入っていた。今はそんなことを思う頭もないようだ。その踊り場の窓から別館が見える。
 孫はその別館に住んでいる。家出してきたまま、ここで暮らしている。平田氏の孫なので、もう結構な年の女性だ。
 孫の手というのがある。ドアノブが動くのは孫の手かもしれない。しかし、引き籠もりがちな孫が、呼ばれもしないで二階まで来ない。だが、この孫、料理ができる。そのため平田老夫婦は重宝している。しかし、当てにならないので、家政婦を頼んでいる。この人は夕食後帰る。
 では誰がドアを開けようとしているのか。
 その解答は既に平田氏は知っている。以前ここに住んでいた人達だ。不動産屋は何も言わないが、その人達がいるのを小耳に挟んでいる。
 平田氏には主治医がいる。その方面は今回関係しないと、彼自身が判断した。つまり、幻覚や幻聴ではないと。
 そしてこの方面での主治医ではないが、出入りの神秘家がいる。平田氏好みの紳士で、年齢も近い。その彼、妖怪博士を呼ぶことにした。
「ノブが回るのですかな」
「そうです。螺旋を回転させているような、嫌な軋み音と金属性を含んだ音です」
「見られましたかな」
「見ました。回るのを」
「ほう。それで、ドアは」
「ロックしてあるので、開きません」
「じゃ、入ってこれないと」
「そうです」
「先ほどお伺いしましたが、この洋館に以前住んでいた人の幽霊ではないかということですね」
「そうです」
「じゃ、その幽霊は物理的な壁は越えられない」
「はあ」
「だから、人でしょ」
「違います。その証拠に、その幽霊は見えません」
「はい。続けて下さい」
「この家にまだ居続けているのです。ノブを回す以外はその気配さえありません。また、階段は古いのできしみます。上がってくれば音がするはずです。それがありません」
「じゃ、物理的な存在ではないと」
「そうです。だから妖怪博士、あなたをお呼びしたのです」
「私は物理的な存在ですよ」
「それは分かっています」
 平田夫人は車椅子では階段を上がれない。まさかロープや滑車を使ってまで来ないだろう。問題は孫だ。しかし、階段はきしむので、音がする。ただ、鶯張りのようなものだが、端っこなら音はしないらしい。しかし、その孫にはそんなことをする理由がない。
 妖怪博士は見当が付かないので、この家を知っている近所の人を訪ねた。平田氏がいう以前住んでいた人達。これは平田氏が不動産屋に聞いたことがあるらしいが、知らないととぼけられたようだ。
 妖怪博士は探偵博士になり、先住者の噂を聞きだした。長くこの辺りに住んでいる情報通で、お喋りのお婆さんだ。
 それによると、痴情関係の縺れがあったらしく、それはもう随分と昔の話で、もう何十年も前の話。住み込みの家政婦が消えたらしい。辞めさせられたのだが、その老婆とは親しい関係だった。連絡が取れなくなっている。
 老婆によると、殺されたのではないかということだ。主人とできていたのだ。
 洋館の二階の一間を今は平田氏が書斎として使っているが、隣の部屋にはベッドもある。
 これで話はできた。その家政婦の幽霊が、夜な夜な主人の部屋に訪ねて来ているのだ。しかし、今は平田氏が住んでいる。
 老婆の話からは、その線が出て来るのだが、妖怪博士はその筋には乗らなかったが、一応そう言うこととして、平田氏に話した。
「家政婦の幽霊」
「はい」
「いや、たとえそうだとしても、部屋に入って来ない。だからそれは何かを知らせようと、ノブを回しているのです」
 平田氏の考えももっともだ。しかし、何を知らせようとしているのかが分からない。
「平田さん。その節ですと、何等かの存在を示すため、ノブを回しているのでしょう。私のことを忘れないでくれとか」
「しかし、それは私ではない。何十年も前の、この館の持ち主でしょ」
「だから、それを教えて上げればいいのです」
「どのように」
 妖怪博士は常に持ち歩いている御札の裏に、平田氏の名前を筆ペンで書き、それをドアに貼り付けた。
「これで分かるでしょ」
「なるほど」
 その後、ノブの回転はなかった。
 妖怪博士はかなりの礼金をもらい、満足を得た。
 
「それは何だったのですか」
 ある日、訪ねて来た妖怪博士付きの編集者が聞いた。
「平田夫人でしょうなあ。犯人は」
「でも足が悪いし」
「車椅子では無理じゃが、はってならあの階段は上がれる」
「じゃ、何のためにドアを開けようと」
「開ける気はないのでしょ。ドアノブが少し回る音がするだけで」
「幽霊と同じ合図のようなものですか」
「そうだろうねえ」
「何のために」
「夫婦の事情は分からんよ。聞いても話さないだろうし。それと別館の孫。本当に孫娘だろうか」
「それと、御札を貼ると、止まったのは」
「平田氏が私を呼び出したので、ゴソゴソ調べられるのが嫌で、螺旋の回転をやめたのだろうねえ」
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 10:50| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする