2016年10月21日

3057話 土民を見た


 秋になるとドンドンと音が聞こえてくる。太鼓の音だ。下村はまだ土民が騒いでいると感じる。地元の人が秋祭りで太鼓を叩いているだけだが、その太鼓はお神輿に仕込まれている。既に周囲の田圃は減り続け、本当に農家をやっている人は数えるほど。秋祭りの多くは実りに関する行事のようなもので、神様にお礼を言ったり、一緒に食べたりする。そしてお神輿は神殿の出前のようなもので、村を練り歩く。その道筋に農家があり、提灯などが飾られている。お神輿は村を隈無く回るのだが、今はもう担ぎ手がいないため、ボランティアが多い。地から生えた根だけでは足りない。
 太鼓の音がうるさいので、昼寝から目が覚めた下村だが、この時期、毎年毎年、これだけは続いていることに気付く。それはお隣の村も同じで、神社の境内にお神輿が出され、飾り付けされ、夜間用のライトアップまである。
 下村は昼を食べないで、昼寝をしたため、コンビニへ弁当を買いに行った。丁度その道をお神輿が移動している。ドーンドンと空き腹に響く。その担ぎ手や世話人を見ていると、土民に見えてくる。実際にはボランティアの会社員だったりする。この旧村での秋祭りは平凡なものだが、これをしないと気持ちが悪いのか、戦中は知らないが、担ぎ手がいる限り、途切れたことはない。
 町の景色は随分と変わったはずなのだが、秋の祭りだけは、誰にでもできるものではない。先ず神社がいる。氏子がいなくても、世話人がいる。そして、昔からここに住んでいる家々がある。多くは農家だが、そういう人が土民のようにいるのだ。
 コンビニに入ると、それと分かる担ぎ手や年配の世話人がいる。その中の一人は代表らしく、裃袴で腰には小刀まで差している。名字帯刀が許された大百姓の子孫かもしれない。
 時代がどんどん変わり、何もかも様変わりしている中、おそらく江戸時代から続いているような土壌がこの日に隆起する。もうそんな地面はないのだが、その辺を掘り起こせば、そこが田圃のあとだったことは分かるはず。
 稲刈りあとの農道を神輿が巡行していた時代とは背景が違うが、道は昔と変わっていない。
 下村は弁当を温めてもらい、レジ袋を水平に持ちながら、まるでお神輿のようにぶら下げた。傾けると、ご飯やおかずが端に寄ってしまい、量が少なくなったように見えるためだ。
 お神輿はもう何処かへ行ったのか、太鼓の音だけは遠くで鳴っている。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 10:08| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする