2016年10月26日

3062話 天神堂


 幸里村はこの地方の中心部にあり、近隣の村々の人達もよく来ている。一寸した町屋もあるためだ。狭い盆地だが、山沿いに寺社も多い。
 その山沿いの神社の裏側に天神堂がある。今は小さなお堂がぽつりとあるが、昔は一寸した建物があったらしい。お寺で言えば宿坊。
 その天神堂は所謂菅原道真を祭った天満宮ではない。文字通り天の神、つまり天つ神だが、意味が少し違う。祭られているのは天神さんで、これは女性。神になったわけではないが、人気のあった遊女だ。若くして亡くなったので贔屓の旦那衆が半ば洒落で天神堂を建てた。供養のつもりだ。この天神さん、祟りはない。
 天神さんと呼ばれていたのは遊女の位から来ている。一番上が太夫。その次が天神なのだ。小吉野という遊女で、まるで天女の如しと、その頃のカタログのようなものに書かれている。
 遊郭は神社裏の谷にあるが、今は当然跡形もない。残っているのはこの天神堂だけ。土地の人も、もう謂われを気にしなくなったのか普通の天神さんとして参る人もいる。賽銭箱もあるし、ガラガラもあるので、神社と間違える人がいる。しかし、このお堂、実は納骨堂で、神社ではないことが、これで分かる。
 旦那衆達が建てたのは実は天神堂ではなく納骨堂だった。ただし、遊女の小吉野天神の骨だけなので、いつの間にか天神堂と呼ばれるようになった。
 骨は納骨堂の下にある。お堂と言うより、墓に近い。この謂われを知っている人は結構多い。旦那衆達の子孫は全員知っているし、近在の人も知っている。
 江戸時代にできたお堂だが、明治に入ってから補修され、脇に牛を置いた。天満宮のように見せるためだ。それ以来、普通の天神さんになり、太夫の次に偉い天神と入れ替わった。 いちいち解説はないので、参りに来た善男善女は見ず知らずの遊女の骨を拝んでいることになる。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 11:10| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする