2016年10月31日

3067話 新しいものほど古い

新しいものほど古い
 新しい物好きな三好なのだが、最近、その理由が分かってきた。それは新製品などを見ていると、昔に似たようなものがあっため。当然それは今の技術で作られているのだが、そのシンの部分、本質は昔にもあった。ただそれは未完成のまま終わってしまったものも多い。特に画期的な新発明のようなものは、発明は良いが、実現性が乏しかったりする。その中にペン先のない万年筆がある。これは三好がまだ子供の頃のもので、少年雑誌にその広告があり、通販で買っている。
 ペン先がないのに、どうやって文字や絵を書くのか、それが不思議だが、広告の写真では針のようなものが出ている。だからこれがペン先なのだ。そのため、ペン先のない万年筆は誤りで、ペン先はある。ただ、従来のペンとは違う形。注射針のようなものではないかと、三好は想像した。それが当たっているかどうかを楽しみに待った。そして一週間後に届いた封筒に、解答が入っていた。その一週間は楽しかった。いつ届くのかは分からないのだが、一週間以内となっていた。だから、ぎりぎり届いたのだ。支払いは価格分の切手を封筒で送った。
 その間、色々と想像したが、やはり注射針で、先は針のように尖っていないが、管だった。つまりペン先がないというのは、万年筆のペン先を飛ばして、インクを送り込む管をそのまま使っていた。付けペンではないので、万年筆にはインクタンクのようなものが軸にある。そこからインクを送り込んでいる。その管で書いているようなものだ。万年筆を分解してインクの流れを見たわけではないので、仕掛けは分からないが。
 これは根詰まりが多く、かすれまくった。インクは出ないが紙に文字の形は刻まれた。実用性はなかったが、後にそれは製図ペンとして商品化される。仕掛けは同じだ。ただ、インクの出は良くなった。それで実用化できたのだろう。そのため、製図ペン、ロットリングとも言われているが、それを見たときも、ああ、あれかとすぐに仕掛けが分かった。昔、あったためだ。
 三好はその後も様々な新製品が出るたびに興味を示したが、最近では、懐かしさに秘密があるような気がしてきた。昔は子供の玩具程度で、実用性がなかったものが、出てきている。だからその懐かしさに惹かれて買うことも多い。
 その少年雑誌の広告の中にロボットがあった。十センチほどの人形で、鉄の塊。これはただの置物ではないかと思い、流石にそれは買わなかった。人型で二足歩行。そんなものが、そんな昔にできるわけがない。せいぜい巨大な下駄を履いたロボットだ。ゼンマイで一応は歩く。しかも光線を発しながら。しかし、広告で見たロボットは非常にシンプルで足も細い。これは謎のまま。小さすぎるのだ。テーブルを叩くと振動で動くのかもしれない。紙相撲のようなものだ。
 当然普通の家電にも興味を持っているが、いずれも原理は同じ。つまり、昔、未完成で、そこで終わったものや、またどうしても物理的に無理なものが可能になった商品。いずれも原型があり、新製品というより、懐かしい品のように見える。
 画期的な新製品ほど古かったりする。色々な問題が解決し、復活したようなものだ。ただ電気掃除機はなくても、箒があれば掃除はできるので、その程度のものだが。
 流石に箒の形をした電気掃除機が出れば買うだろう。箒と同じほどの大きさで、重さであることが大事で、しかも箒の形をしていることも。
 しかし、箒そっくりの電気箒なら、普通の箒として使った方が早いかもしれない。吸い取るより、履いたり、また指でゴミを摘まんだ方が早かったりする。
 新しいものほど懐かしい。これが三好が辿り着いた法則だが、あまり範囲は広くないようだ。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 11:35| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする