2016年11月25日

3091話 岸の森の賢者


「岸の森へ行くにはどうすればいいのでしょうか」
 高橋は見知らぬ老人から道を聞かれた。しかし高橋もこの地に遊びに来た人間のため、土地勘はない。この町の地名程度しか知らない。それに周囲に森らしいものはないし、岸の森というのだから、川岸にあるかもしれないが、川が何処にあるのかは分からない。地名になるほどなのだから大きな川だろう。小さな川ならあるが、排水溝程度。または少し広い目の農水路。
 高橋は見知らぬ町を訪ね、何か怪しげなものはないかと物色するのが趣味。この町、吉野原というのだが、まだ少ししか探索していないが、特に変わったものがなく、失敗だったと、戻ろうとしていたときなので、この岸の森の話に乗った。
 岸の森に何があるのかと聞くと、森があるらしい。では森に何があるのかと聞くと、その奥に竹林があり、賢人が庵を結んでいるとか。その庵跡を見に行くらしい。
 しかし森などなく、当然竹林もない。高橋は得意の遠目で繁みとか古そうな建物の屋根を探すが、そんなものはない。繁みはあるが神社。これは先ほど見学した。何でもない氏神様。
 こんもりとした繁みはないものの、少しだけ妙な盛り土を発見する。この一帯は平らで、丘はない。当然坂はない。しかし、こんもりとした膨らみがある。そこは一応木が茂っているが、それも森というほどのボリュームはなく、低い塀のように続いている。臭いのはこれしかないので、調べてみると、土手跡らしい。川筋を変えたのだ。つまり昔はここに川が流れていたが、上流側で切ってしまったようだ。氾濫するため、運河のようなものを掘り、蛇のように曲がっていた川を直線にしたらしい。これで、川岸があったことが分かった。
 次は森だ。土手跡の繁みはあとで植林されたもので、古くからある森ではない。
「岸の森はどうして知ったのですか」
「ものの本に書かれていました」
「じゃ、そういうのがあったということでしょ」
「はい」
「その跡をごらんになりたいだけなのですね」
「そうです」
 土手の周囲は住宅で埋め尽くされ、森の奥の竹林の賢者庵跡があったとしても、もう分からないだろう。
「あ」
 と、老人が声を出した。高橋がタブレットで、地図を見ているときだ。
 老人はそのタブレットを覗きながら「吉野原じゃなく、吉田原でした」
「あ、そう」
 高橋は吉田原を検索すると、他府県で、しかもかなり遠い。
「遠いですよ」
「でも、行ってみます」
 老人は礼を言い、さっさと立ち去った。
 どんな本を見たのかは知らないが、そんなことで見に行くというのは、高橋の趣味に近い。
 だから、この老人、先輩に当たるようだ。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:25| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする