2016年11月30日

3096話 鍋と仏像


 浮田の散歩コースの中にお寺がある。お寺にお参りするわけではないが、寺がある通りは古い道が多く、車も少ないので自然とそんなコース取りになる。寺町という地名があるほど寺が集まっている町もある。それに近いのか、寺が三つほど続いている。その前は広場になっており、公園ではなく、避難所のような空きスペースだ。
 そこにフリーマーケットが出ている。これはポスターが貼られていたので、知っているのだが、日にちまでは見ていない。その日は偶然その日に当たるのだろう。もう冬で寒くなってきているが、その日は陽射しもあり、それほど寒くはない。
 お寺前や広場前は駐輪禁止。しかしその日は自転車がずらりと止められている。ここなら止めやすいと思い、浮田は覗いてみることにした。露店は前の道からでも見えるのだが、店の裏側になるようだ。広場の中でやっているためだろう。
 さて、それで覗くと、一般の人の店もあるが、プロの店もある。商品に値札が貼り付けられていたりする。
 店の殆どは女性向けで、古着や鞄や、置物や、小物などのガラクタに近いものがマットを敷いただけの場所に並んでいる。だから非常に低い位置だ。
 流石にプロの店は台があり、正に屋台だ。最初に足を止めたのは雑貨屋で、手巻きの腕時計から炊飯器まで並んでいる。その中に小さな鍋があった。一人用の鍋かもしれない。アルミだが、蓋は丸い木の板。片手鍋ではなく、耳が付いている。ちょうどこれぐらいのサイズの鍋が一つしかないので、浮田はそれを買う。その蓋に「田舎鍋」と書かれていた。新品のようだがビニールなどの袋には入っていないし、箱もない。店番の老人はレジ袋にそれを入れた。その袋には聞いたことのないファミレスの名前。支店が三つある程度の食堂に近い。
 ああ、と浮田はそのとき了解した。そのファミレスが潰れたのだろう。店で出す鍋だろう。それが余っていたに違いない。
 デパートが倒産したとか、家事で水をかぶったとか、そういう手を使って売っているテキ屋が昔いたように記憶している。そのルートかもしれないが、この鍋は本物だろう。
 そこを立ち去ると、昔あったような絵札や、カードなどが美術品のように飾られている。日本髪を結った女性がビール瓶を持っていたり。
 それで半分ほど見て回ったのだが、あとは婦人向けばかりで、古着のガレージセールのようなもの。またその個人の物を個人で売っているのではなく、そういうのを集めて、ボランティアの人が何組か店を出している。売上は募金らしい。
 しかし婦人向けばかりなので、素通りしていると、道具屋があった。これならいける。
 真っ先に目に入ったのは仏像。敷物の上に並んでいるので、輪投げのように見えたのは、あの輪の中に入りそうな大きさのため。
 値段を見ると、二束三文。今のお金でいえばいくらかは分からないが、五百円を切っている。土産物屋にありそうな仏像だが、五百円なら買ってもいいと、すぐに決心が付いた。
 さて、その仏像だが、何様かが分からない。それにかなり傷んでおり、汚れている。木像のようで、かなり軽い。
 散歩から戻った浮田は、鍋は台所に置き、仏像は本箱の上に上げた。始終使うものではないためだ。
 そして、夜になると、その仏像が……ということはない。
 ある日、その鍋で鍋焼きうどんを作り、書斎でそれを食べているとき、ふと本箱の上に目がいった。あの仏像がそこにいる。そんなことは分かっているのだが、鍋を買ったときの仏像なので、これはセットものだ。鍋は焦がしたり、汚れすぎると捨てるかもしれないが、飾り物の仏像は、長くこの家にあるだろう。
 その後、その仏像が、ということはやはりない。きっと何処かの土産物屋が潰れて、そこから回ってきたものだろうが、浮田家では大事にされている。
 
   了

 
posted by 川崎ゆきお at 10:27| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする