2016年12月04日

3100話 物を変える人


 下田は普段使うものを始終変えている。たとえば箸や茶碗なども。これは滅多に変えるものではない。しかし変えると気分が変わるのか、割れなくても茶碗を変えている。そのため茶碗が溜まる。これは溜めておく。箸もそうだ。何度も変え続けると古い茶碗が新鮮に見える。以前使っていた茶碗はやや小さい。これが小さすぎるので、大きいのに変える。それでもまだ小さいので、大きいのに変える。するともう少し小さい目がよかったのではないかと思うと、間を飛ばして、かなり小さい目の茶碗にする。この場合、ストックしておいた茶碗から選ぶ。ただ、色目や模様や重さや薄さなどのバリエーションを増やすと、手持ちの茶碗の中にはないため、また買う。買ってから一度しか使わなかった茶碗もあり、買ったことさえ忘れている。そういうのを見つけ出し、また使うこともある。あのとき、どうして使わなかったのか、その理由も忘れている。
 きっと気に入った茶碗を見付けたため、すぐに乗り換えたのだろう。当然その茶碗もすぐに使わなくなるのだが。箸もそうだ。ではテーブルはどうか。これはそのまま。大きいので始終変えるわけにはいかない。使わなくなったテーブルを置く場所がないし、捨てるにしても、面倒だ。そのため、テーブルが気に入らないからとて買い換えることはない。ここは統一性がない。
 下田が変えるのは、小物が多い。要するに使わなくなっても、保存できる程度の大きさに限られる。また、溜まりすぎても、捨てやすい。
 逆に生活態度とか、立ち回り先はほぼ一定で変えようとしない。人付き合いもそうだ。仕事も若い頃からやっている職種をずっと続けている。あまり変えない人なのだ。それなのに茶碗や箸、時計やケータイなどは変え続けている。当然上着や帽子なども。
 人には「変えたい」という欲望があるのだろうか。変化を望んでいるとすれば、それは何でもいいのだ。変化さえあれば満足を得られるのなら、大事なことを変えるよりも、どうでもいいことを変えた方が影響は少ない。ただ、一つ一つの変化は大したことはないので、数をこなすことが大事なようだ。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 11:08| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする