2016年12月06日

3102話 橋の上からの風景


 三村は家を出てからしばらくしたところにある橋で一服する。文字通り煙草に火を点ける。住宅地にある細い道なので、車はあまり来ない。川が流れているのだが、広い目の排水溝。そのため、結構深いが水かさは十センチもない。大雨が降ったとき用のものだろう。川幅は短く、車二台分ほどの長さ。橋の両側に道があり、一方は細い畦道程度で、一方は普通の車道だが、これも広くはない。橋側に「止まれ」の白い文字がある。橋を渡ると同時に道も渡るためだろう。川岸の道が優先されている。止まらなくても川岸なので見晴らしはいい。
 三村はここで決まって煙草を取り出すのが習慣になっている。そして上流と下流を見る。空が青いと川面も青い。川には何もいないはずなのに、水鳥がたまに来ている。大きな白サギがじっと立っていたりする。鴨がものすごい勢いで水に潜って、何かを捕っているのだが、獲物が何かは分からない。魚などいないはずなので、虫かもしれない。
 鳥を見かけるのは滅多にない。今日、いるかどうかを見るのを三村は楽しみにしているほどではないが、一寸した変化があると楽しい。
 橋の向こう側に家があり、その庭に犬が三匹いる。小型犬だがよく吠える。それも三匹揃って吠える。金網で仕切られているので、飛び出てくることはなく、また、よほど近くまで寄らないと吠えない。その家の庭に先の尖った柿が成っている。去年も、その前の年も見ている。もっと前の年も見ているはず。
 柿は柿色で目立つので、目に付くのだろう。その先の家の庭に梅の木があり、緑色の小鳥が止まっていたことがある。それは二年前の春先で、見たのは一度。だから柿の実のように毎年見ているわけではない。
 橋の上から真っ直ぐ先を見ると、小学校にぶつかる。そこには門はなく、大きな車道があり、そこにぶつかる。
 毎日見ている橋の上からの風景だが、実は何十年も昔から、その道を見ている。三村はユータウン組で、生まれた町に戻ってきたのだ。そのため、この橋のある道の先にある小学校は六年間、ずっと見ていた道になる。
 しかし、その頃の記憶とはオーバーラップしないのは、沿道の風景が一変、変わりすぎた。だから、あの頃の道とはもう思えなくなっている。
 そしてあの頃は、この橋はなかった。これは運河なのだ。
 そこまで思いながら橋の上で一服しているわけではない。最初の頃はオーバーラップさせようとしていたのだが、それはもう済んだためか、今は今の風景内での変化を楽しんでいる。
 昔、その場所に立ったとすれば、田圃の真ん中だろう。そして小学校と門がポツンと向こうに見える程度。
 風景も変わったが、三村も変わったようだ。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:08| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする