2016年12月07日

3103話 吹野洞窟の妖怪画


 吹野岳の麓を流れる川沿いは切り立っており、ちょっとした渓谷。地図にはないが吹野渓谷とか吹野の谷と土地の人は呼んでいる。一山越えたところに、もう一つ大きな渓谷があり、それと区別するためだろう。市街地からも意外と近いが、交通の便がない。
 妖怪博士は担当編集者の軽自動車に乗せられ、林道を走っている。車でぎりぎり吹野渓谷まで近付くためだ。里からも近いため、渓谷近くまで植林されているので、林道がしっかりとある。ただ、どの林道も行き止まりになる。
 妖怪博士は妖怪の絵を見ている。誰が画いたものかは分からないし、紙の上ではなく、壁画のようなもの。岩肌に画かれているのを写真で撮ったのだろう。それがネット上でアップされたのを、この編集者がプリントアウトした。
「ネタがなくなると、こんな遠くまで出かけんとだめかい」
「いえいえ」
 壁画は渓谷の洞穴に残っていた。数メートルほどしか奥行きはないが、この近くのもう一つの渓谷には鍾乳洞がある。結構深くて長い。こちらは公開され、観光地となっている。まだ発見されていないような穴があるかもしれない。
 林道の途中で、編集者は車を茂みの中に入れた。地図で見ると、ここからが一番近い。後は徒歩になるのだが、ほぼ下り。ハイキングコースにもなっているのか、道はしっかりとしている。渓谷沿いのコースだが、洞穴は少し離れたところにある。当然地図には載っていない。編集者が投稿者に頼み、略図を書いてもらったので、手がかりはある。
「その投稿者のいたずらじゃないのか」
「偶然発見したらしいですよ。春頃、飯ごう炊さんで遊びに来た学生です」
「そうか」
 結構手間取ったが、洞穴は見つかった。
 そして奥に確かに妖怪の絵。懐中電灯で照らさなければ分からないし、奥の突き当たりには水が溜まっており、寄り付きにくい。
 結局誰かのいたずら書き、落書きのようなものに近いが、スプレーではなく、刻み込まれている。ただの岩のヒビや汚れで模様のようにしか見えないが、よく見ると細い溝による線画だ。
 妖怪博士がお茶をかけると、さらに鮮明に見えた。写真で写っているものと同じものが浮かび上がっている。
「何でしょう」
「蜘蛛だな」
「そうですねえ、蜘蛛に似ていますねえ。足がいっぱい。しかし胸から上は人のようですが」
「火星人だろ」
「いえいえ、それならタコです。しかし蜘蛛とタコ、似ていなくもないです」
「足がカクカクと硬い。だから蜘蛛だ」
「はあ」
「こんなのがいると怖いですねえ」
 と、言った瞬間地面が動いた。
 二人は洞穴から飛び出た。
「蜘蛛です」
「そのままじゃな」
 しかし、その蜘蛛は小さく、しかも胸から上も蜘蛛だった。
 この洞窟画、いつ頃刻まれたものか分からないが、この渓谷は蜘蛛が多いようだ。そして大量の蜘蛛と遭遇したため、一匹にまとめて大きく描いたのだろうか。
 吹野渓谷から戻ってから、妖怪博士は、そのことを纏めることになるのだが、わざわざそんな場所まで行ったわりには、良い話にはならなかったようだ。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:58| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする