2016年12月14日

3110話 メリーさんの幽霊


 洋館で幽霊が出たと、また伝法老人から連絡が入った。妖怪博士のお得意様で、数ヶ月に一度は出るらしい。そのたびに出掛けている。妖怪博士はお寺さんではないが、伝法家は檀家のようなもの。
 伝法家は今は大したことはないが、昔は羽振りがよかった。元薩摩藩士で、明治政府の官僚。海外に出ることも多く、その影響からか、自宅は洋式。官僚は世襲ではないので、その子孫は普通の会社員になったのだが、洋館を何軒も建てた。決して建築家ではない。そのほとんどはもうないが、大正時代に建てた一軒だけが残っている。伝法家の分家筋だが、その洋館に幽霊が始終出るらしい。そのたびに妖怪博士が鎮めに行く。
 妖怪博士は妖怪が専門なのだが、伝法老人に気に入られ、妖怪より幽霊の方が簡単だろうということで、その関係が続いている。
 妖怪は存在しないが、幽霊は存在するかもしれない。だから幽霊の方が簡単ではないのだが、伝法老人にとっては似たような怪だ。つまり、何らかの怪異が起こる程度で、もろに半透明の幽霊が出るわけではない。
「失礼します」
 勝手知ったる檀家を月参りで訪れる坊主のように、妖怪博士は玄関脇にある小さな応接室のソファーに着いた。いつもそこで話を伺うことになる。
 洋館といっても規模は小さく、下に四間、二階に二間ある程度だが、各部屋は結構広い。そして二階建てなのに、三階建てほどの高さがある。当然屋根裏部屋もある。建物に比べ庭は狭い。伝法家が残した洋館の中で、一番小さなもの。役人だった頃の三男坊の子孫が建てたらしい。
「メリーがまた来ました」
「メリーさんですか」
「麗しのメリーなのだが、幽霊ではのう」
「今度は何を」
「その窓に」
「窓に出ますか」
「ネッカチーフが」
「はあ」
「白いネッカチーフが窓からのぞいておる」
「分かりました」
 妖怪博士は窓の下に水の入ったコップを置き、何やら呪文を唱えた。これはお経ではない。知り合いの占い婆さんから習った祝詞だ。そのため神式。これが西洋人のメリーさんに通じるかどうかは分からない。
 妖怪博士はメリーさんの写真を何度も見せてもらった。先代の奥さんの妹さん。まだ娘のまま日本に遊びに来たとき亡くなったらしい。伝法さんとは血が繋がっている。明治時代の写真だが、まるで西洋人形。この写真は複製だが、分家の伝法家にもあり、古いアルバムに残っていた。伝法老人は小さな頃からこの写真を知っている。
 怪異が続いた頃。すぐにメリーさんだと、察したようだ。
 呪文を唱え終えた妖怪博士は、入れ直したもらった紅茶を飲みながら「これでしばらくは出ないでしょう」と断言する。この断言が大事なようだ。
 伝法老人はさっと席を立ち、封筒を持ってきた。お布施だ。
 妖怪博士は大相撲で勝った力士のように手刀のようなものを切り、それを受け取った。
「ではまた」
「ありがとうございました妖怪博士」
「いえいえ」
 これが妖怪博士の定収入だが、檀家は少ない。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:33| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする