2016年12月15日

3111話 狐谷の変


 狐谷は里山にあり、町からも近い。里からなだらかな山が続いており、その取っつきの山と山の間にある。山を縫って、他国へ出られるため、山道もしっかりあるが、狐谷はその街道ではなく、ただの山と山との隙間。いつもじめっとしており、山道に水が流れていることもある。谷の途中に庵がある。別荘だが、よほどの趣味人でもなければ、こんなところに建てない。その人が亡くなってからかなり立つためか、今は廃屋。
 狐谷の変がここで起きている。襲撃事件だ。狐狩りではないが、それに近い。
 幕末の頃で、ここは外様大名の藩領のはずれ。狐谷はその境界線で、その先は山また山の天領。
 幕末時代というのは南北朝時代に戻ったのではないかと思えるほど、各藩は面倒なことに巻き込まれることになる。
 どの藩も、立場を決めないといけない。それで、大事な藩の将来を話し合う密議があった。それがこの別荘跡だ。ただ、ここに集まったのは薩長側。藩としては表向き幕府側にこれまで通り仕えるつもりなので、これは許せない。本当はどちらも良いのだが、幕府に知られるとまずと思い、薩長側を一網打尽にするため、襲撃したのだ。しかし、重臣たちの中には、心配する人もいた。藩の方針はまだ決まっていないのだ。これでは幕府に付くことを決めたも同然。
 その重臣、止めに入ろうとしたが、時遅し。
 襲撃に向かった藩士たちは、まさに藩兵。殿様から強引に藩命を取り、先祖代々の鎧を身に付け出陣した。
 狐谷は里山なので、登り口はいくらでもある。三方から狐谷へ向かうのだが、夜ということもあって、そのうち二隊は道に迷った。普段からこんな谷に入ったことがないためだ。
 狐谷に入れたのは一隊で十人ほど。庵程度の建物だが、土塀があり、敷地は結構広い。藩士たちは土塀を乗り越え、一気に別荘の戸を破り、殴り込んだ。
 しかし、誰もいない。密議がここでおこなれているというのは確かな情報のはず。その証拠に、その夜、薩長側の藩士宅を見張っていた藩士が、こっそりと出掛けるのを見ている。
 気付かれたのかと思い、別荘から引き上げようとしたとき、斬り込まれる。数が多い。逆に襲撃を受けたようなもので、暗闇での斬り合いとなる。
 結局は同士討ちで、別の隊が仲間とは知らず、襲撃したことになる。幸い鉄砲などはなく、刀剣での斬り合い。しかも暗いため、手傷程度で済んだ。
 これをこの藩では狐谷の変とし、極秘扱いにした。別に政変というわけではなく、狐に化かされたような事件のためだ。
 そしてこの藩、最後の最後まで立場が決まらず、戊辰戦争のときにも、兵を出さなかった。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 11:13| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする