2016年12月31日

3127話 コーヒーが旨い


 今朝のコーヒーは旨い。これは胃の調子が良いのだろうと高峯は思った。暇なのだ。そんなことに気付くのは。しかし、普段でも気付いているのだが、味や香りなどは気にしないことがある。他に気にしないといけないことが多々あるため。しかし、そんなときでも内なる世界からのメッセージは聞こえる。世界というほど大層なものではないが、身体だ。ただ、コーヒーが旨い日は胃腸の調子が良い日とは限らない。今朝は味はいいが、香りがしない。
 その喫茶店は専門店なので、毎回味が違う。同じ豆でも違いが出るのだろう。そして、胃の調子が良いからコーヒーが旨いと解釈するのは高峯の判断。ではなぜそのように感じるかというと、朝食も旨かったため。食が進み、もう少しご飯が欲しいほど。そして便も正常。そういう押し出しがあって、コーヒーが美味しいときは胃の調子が良い、となる。味だけでは決してそこまで判断しない。これを内なる世界というのは、高峯にしか分からない感覚のためだろう。
 その感覚とは、身体的な感覚で、肉体的な反応だ。
 では胃の調子か腸の調子か、その他の臓器の調子かは分からないが、コーヒーが不味いときがある。全部飲めないほど。これは、それまで何杯も飲んでいると、そうなることもあるが、朝食後の喫茶店の場合、これが最初の一杯。
 胃腸の調子が悪いときは、唇が荒れたり、舌が荒れたりする。今朝はそれがない。もし、それがあれば、コーヒーも不味く感じるだろう。
 この内なる世界は、身体がメインだが、当然精神的な世界もある。身体と精神という昔から論じられてきた問題だ。幽霊が飛び出したり、宇宙そのものが頭の中の存在だったりするような展開もある。個人の頭の中なので、狭いはずなのだが、この頭とは身体のことだ。しかし、頭の中だけで考えたり思ったりしているわけではない。
 そして、朝のコーヒーが旨いとどうなるのかというと、どうもならない。それだけのこと。不味ければ、胃の調子が悪い程度なら、翌日直っていたりする。悪い物でも食べたのか、胃に悪い出来事でもあったかだ。
 そして煙草も旨いとなると、絶好調だろう。
 個人の、この内科的な内なる世界。それはただの体調なのだが、この影響が結構他の事柄でも出る。主義主張や、自分の流儀さえ変えてしまうほどの。
 これはただ単にコンディションが悪いという程度の問題なのだが、これが結構効いたりする。
 今朝のコーヒーが旨いので、高峯は、その日は大事な用件に取りかかったが、結果は散々。
 調子の良い日はろくなことがない、という経験がそのまま出た。内なる世界と外の世界とは繋がっているのだが、都合のいいようには繋がっていないようだ。
 逆にコーヒーが不味い日にやった仕事のほうがかなり良かったりする。不思議なものだ。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:08| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする