2017年01月17日

3143話 ネギ


 まだ早朝、岩田老人はこの時間、自転車で散歩する。特に用はない。徒歩ではなく、自転車という程度。こちらの方が遠くまで行けるため、見る景色も多い。
 その朝も自転車散歩からの戻りがけ、餅を思い出した。正月、もらい物の餅をずっと雑煮にして食べているのだが、これが美味しい。正月が明けてからも朝は雑煮になり、半ば習慣化していた。当然もらい餅はすぐになくなったので、買い足した。
 この朝、餅を思い出したのは、餅が切れたからではなく、ネギが切れている。雑煮といっても毎朝作る味噌汁に餅を入れる程度。そのため、朝は一椀で済む。味噌汁にはネギと豆腐を入れていたのだが、雑煮にしてから豆腐は入れなくなった。そしてネギを切らせた場合、餅だけを煮ることになる。これは淋しいと思い、ネギを買うことにしたが、早朝なのでスーパーは開いていない。こういうときはコンビニに入る。都合よく、思い出した場所からコンビニが見えている。いつもの近所の店ではないが、同じチェーン店。白ネギが置いてあるはずなので、それを一本買う。
 それを自転車の後ろ籠に斜めに入れる。レジ袋から当然はみ出ている。ネギが丸見えだ。
 岩田はカモネギを思い出した。鴨が葱を背負って走っているようなもの。岩田はカモではないが、ネギと一緒に鍋にされそうだ。しかし、野菜はネギだけでは淋しい鴨鍋だろう。
 いつもなら寄らないコンビニに寄ったので、帰りの道も、入ったことのない路地に入り込む。こちらの方が近道かもしれないが、元来散歩は寄り道がつきもの。ただ、帰路なので、早く戻りたい。
 細い路地をじぐざぐに抜ける。真っ直ぐでは方角が違うためだ。
 すると路地の角に白い着物を着た若い人が立っている。下は袴だ。それはいいが、この季節、寒いだろう。
「こちらです」
 と、袴が言う。
 村田は意味が分からないが、誰かと間違えられたのかもしれない。
 問題はネギだ。それが合図だったようだ。
 村田が案内された場所は、木造の古びた家だが、一歩室内に入ると、そこは神社だった。
 袴姿の青年はそこの禰宜らしい。神職だ。
 その神社は隠された神社で、隠れ裏鴨神社。そこで鴨鍋をするわけではない。
 村田はえらいところに連れ込まれたと後悔した。心の準備がまったくできていない。
 ネギなど背負って走るものではない。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:34| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする