2017年10月10日

3408話 奥白根


 白根地方の領主は自ら山奥にある村落を訪ねる。散歩のようなものだが、数日かかる。しかしやっていることは散歩だ。
 白根家はこの一帯の領主なのだが、奥の方になると年貢を納めていない村が殆ど。そのため領主自らが取り立てに行くわけではない。この時代、領主は村が決めていたことがある。そして複数の領主を持つことも。村を守るため、顔の効く実力者が必要だったのだ。村同士の争い事が起こったとき、調停してくれる。しかも、有利なように。
 白根領の奥の村には郡代はいない。だから領地ではないが、白根領の内にある。これは昔からの分け方が残っているだけ。
 白根領の奥というのはかなり広い。村落は散らばっており、五戸程度の小さな村が山中にくっついている。岩川村というのが一番大きな村なのだが、それでも百戸ほど。それら全ての村々を奥白根と呼んでいるが、実は奥の方が広く、本白根領の領民よりも多いかもしれない。しかし散らばっているので、まとまりがなく、一つの勢力にはならず、分散したまま。
 白根領の領主がここを散歩のように始終訪ねるのは顔つなぎのためだ。顔を出すことで慣れてもらうため。領主自らが顔を売りに行っている。
 奥白根の入り口にある岩川村に滞在し、近くの村を回る。しかし奥までは一日では行けないほど広い。そのため、数戸しかない村で泊まる。
 そこでやっていることは、年貢の催促でもなければ、人出しでもない。人出しとは大きな工事などのとき、手伝ってもらうことだ。当然兵役もあるが、領主ではないので、それはできない。
 この奥白根地方、その周辺にも有力者がいる。それらの領主から見ても、奥の方、裏側にそんな村落が所々にある程度の認識しかない。それに遠く広すぎるので興味はない。ここを支配しても、後が大変だし、言うほどの実入りもない。
 白根の領主がこの地を散歩するのは、魂胆があるため。村々を訪ね歩いたとき、その広さや、村の数の多さは想像していた以上の規模だった。下手をすると本白根領を越えるほどの兵を集められる。
 平野部の百姓よりも、この山岳地帯の男たちの方が強靱ででたくましいこともある。鳥や獣を常食し、険しい山岳地帯に暮らしているため足腰が違う。肺活量も。
 白根の領主はその目論見があるため、頻繁に訪れ、顔を売っている。世間話程度でいい。
 徴兵はできないが、傭兵として加わってもらえれば、山から大軍が舞い降りた感じになる。
 そして、そのときが来た。白根の周辺で戦いが起こり、白根も巻き込まれた。敵は白根の兵数を読んでいる。それほどの動員力が無いと思っているはず。そこが付け目なのだ。
 実際に奥白根から来た兵は白根本軍の数倍。敵は慌てふためき、一気に勝負が付いた。陣容を見ただけで、勝負が付いた。
 領主の目論見が当たった。散歩のおかげだ。
 しかし、数年後、領主が代わる。奥白根が取って代わったのだ。戦いには勝ったが、敵の領地を取ったわけではない。そのため、傭兵に払う銭がなかったのだ。
 あの領主はその後、奥白根に棲み着き、もうやることがなくなったので、散歩の日々を続けている。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:35| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする